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開路待佳賓(みちをひらいてかひんをまつ)やってから後悔するか、やらずに後悔するかといえば、後悔するとわかっていてもやってしまうタイプである。後悔するかどうか考えるより先に火中の栗を拾いに行ってしまう、いや、気がつけば、もうすでに火中にいるタイプである。ようするに、おっちょこちょい。(←死語)火中の栗を拾いに行ってみたら、一緒に来ると思った人は、あっさりと踵を返していた、それどころか、あると思っていた栗さえなかったなんてことはざらである。せめて栗があるのを確かめてから来ればよかったものを。ようするに、馬鹿なんである。( ̄□ ̄;)!!あれ?と思ったら、「今は、一緒に拾えない。」・・・なんて、クールなひとこと。o(^^o) (o^^o) (o^^)o キャアキャア♪「『今は』って、いつまでかなぁ。」・・・どこまでもアホである。文意を汲み取れない、行間を読めない、国語能力マルデナシオ君である。今 means 今生である。今は永遠である。いまだ、気づかぬまま待っていたりするのである。_(・。・)φボーッそう、君子危うきに近寄らず。いわゆる「勝ち組」は、きちんと考えているのであったか・・・。それゆえに「勝ち組」であったか・・・。最近では、いわゆる「勝ち組」さんにお説教までくらう始末である。ヾ(・・;)ォィォィ約束と思うか、思わないか、それさえ、いわゆる「個人差」である。誤差があって当然である。それでも約束や期待にこたえようとしてしまう。どこで踵を返そうが、誰も失望したりしないのに。多分、それは、私自身が小さな約束や期待にこだわりすぎている。きっとそうやって、人を縛りたいのは、私なのだ。彡(-_-;)彡ヒューヒューだから、一度は「やる」といったら、すでに後悔し始めていても誰も一緒に行かなくてももう誰も必要としていない栗を拾いに行ってしまうのだ。栗もないのに火の中にどしんと飛び込んだ臼のように、逃げ出したくても手も足もないので、いまだに、くすぶり続けているのである。ヾ(@°▽°@)ノさぁさ、人生も残り少なくなってきた。少しは利口になって、拾いに行く前にほんとにその栗が欲しいのか、ほんとにその栗がそこにあるのか、せめてよ~く考えてみよう。とはいえ、習い性であるから、簡単にはそうやって生きてはいけないだろうなぁ。同じような習性を持った友人が、(あ、おっちょこちょいって意味じゃなく、あえて火中の栗を拾うタイプっていう意味で、ね)これからあえて冒険の旅に出る。やるべきことをやらずして、後顧の憂いを残したくないのだ。私とは違うからそして請われて栗を拾いに行くのだからきっと大きな冒険のあと、大いなる成長を遂げるだろう。それでも、小さな傷であってもどうぞ傷つかないで、と祈る。もしかしたら、背負いきれない重荷に押しつぶされることがあるかもしれない。ひとりで背負う荷は、重いから。「行くな」とのど元まで出掛かってもそれがそのひとのために、なんの役にも立たず、慰めにもならないのだろうと思うから、何も言うことができない。せめて、骨は拾いに行くから、そのときは、「火中の栗を拾う」ことになろうとも、きっと、探しに行くから。今は、その日のために、私が強くならなければ、と密かに自分に誓うだけである。かっこいいことを言っているのではなくて、まぬけなあほうが二人いるだけの話なのだ。ね、それでも、まぁ、いいか。
2005.10.31
買い物ができるようになった。たとえば、日曜日の午後のスーパーマーケットで、「あれとあれを買わなくっちゃ。」とか「お、今年はセロリが安いのね、じゃあ、豚肉とさっと炒めて塩味はどうかな?ごま油はあったかしら。」とか、「サラダはなににする?水菜とじゃこにも飽きたし、たまにはシーザーサラダが食べたいわ。」なんてあれこれ献立を考えながらカートを押しながら人込みを移動するなんて、かなり高等な脳の活動を要求されることである。これを毎日やってくださっている奥様がいるひとは、心から自分の幸福に感謝の祈りをささげ、奥様には、年に一度ぐらいはダイヤの指輪でも真珠のネックレスでもプレゼントするぐらいのことはすべきである。(^-^)/具合が悪かった頃、スーパーの駐車場で母を待っているのが精一杯だった。あふれるものと購買意欲に満ち満ちた場が怖かった。ま、それで済まされるだけ、ほんとは、私こそがこの幸運に感謝しなければいけなかったんだけど。この間、そうやってスーパーで買い物している自分がうれしかった。カートの中身も、パンと牛乳と納豆、だけじゃなくてオイスターソースにナンプラー、アーモンドスライスに鶏がらスープなんかを買っている自分に気がついた。今日なんて、仕事帰りにお買い得の合鴨肉を1パック見つけてかえってすぐにおねぎと煮て、おそばを食べたし。o(^o^)oワォ!ちょっとストレスがかかるとやることいっぱいなのにスロウダウンしてしまうけど、ま、こうして確実にできることが増えてるんだと思わなきゃね~。食い気先行なのですが・・・。(^^ゞ食べすぎにも注意だなぁ。
2005.10.26
LC-A FUJI FILM (大昔に期限切れ)真髄を知っている師がいるはずだ。「いつも目を覚ましていなさい。」聖書にもあるとおりだ。でも、今の私は…、眠いよね。('o').。oOO
2005.10.21
秋のせいなのか、ストレスのせいなのか、抜け毛が・・・。もしや、10円○ゲ。小学生の頃、ストレスで円形脱毛症になったことがある。ま、さておき。一昔前、カリスマ美容師の草分け(某有名キャスターとかのカットもしていた)の先生に、毎日暑くて大変なので、シャンプーするだけで済む髪形にしてくれと頼んで、すんごく怒られたことがある。「それじゃ、女を捨ててる」からだとさ。う~む。確かに。でも、猛暑には勝てず……。| 柱 |ヽ(-.-;) 反省その先生に、「80歳ぐらいになったらちょうどよくなるよ。」と言われたほど髪の量が多いのが悩みである。それよりはるかに速いスピードでちょうどよくなりつつあるかも。この話題、同年代以上の男性諸氏には、結構、微妙であるかも。ごめんね。某氏からは、効き目の弱い増毛剤では役に立たず、効き目の強すぎる生薬成分の増毛剤では頭皮がかぶれてしまったと言う、想像だにしない世界の壮絶な話をきいた。世の中には、かっこいいハゲだっているのだ。ほんと、惚れてしまえば、薄くなりつつあったって、かっこいいのさっ!もちろん、お望みとあれば、毎日、シャンプーだって頭皮のマッサージだってしてあげるけどさ。なんてー話をしてたらば、「あたしは、パパ(夫)が禿げたら、捨てるよ。」とのたまった友人がいて、ぶったまげた。Σ( ̄□ ̄;うっそ!!結構、マジだった…。でも、夫の外見にこだわるほど、まだ、ラブラブってことかしら?それにこだわる夫も妻に愛されたい(捨てられたくない)ほどに頭皮にお金と神経使ってるってことかしらん?どんな結果になろうが、そこには、まだ、愛があるってことよね~、多分。ごめん、なんのフォローにもなってなくて…。(って、誰に謝ってる?あたし。)
2005.10.20
甥っ子の日本語の能力の著しい発達は目を見張るものがある。私が聞いた中でのヒットは、「○○だってば~!」というのがある。絶妙なタイミングで、言われるとかなりの説得力である。なかには、いったい、どこで身につけたやら・・・というのもあるが。妹によると最近、お風呂で「ちんちんときんきん」と言ったらしい。「パパに教えたの?っていっても『知らない』っていうんですよ。」う~む。r(-◎_◎-) 「きんきんってどこにあるの?」と聞いたら、お尻をさすっていた。ますます、う~む。( ̄-  ̄ ) 今日も「おせんこ、あげる。」と何度もお線香に火をつけてはお仏壇にお参りしてくれたらしい。自分の食べかけのハンバーガーをお供えして、「どうぞ~。」「トントン。出て来てくださーい。出て来てくださーい。」とノックしていたようである~。父親も思わず、出て来そうになったであろう。ヾ(@^▽^@)ノ 出てきたらいいのに。誰も驚かないのになぁ。弟も私も、彼らをおいて仕事に出かけなければならず・・・。「ぶぶ、いっしょにあそぼう。」なんていわれた日にゃ、思わず、出かけるのがイヤになるのである。
2005.10.19
つまるところ、帰るべき場所を必要としている。ということは、すなわち、帰るべき家がない。ある、けれども、ここでなくてもいい、と。なんでここなんだろう、というべきか。ずっとそう思い続けてきたような気がする。そう思っては出かけて行って、存外、どこにでも住むことができて、そのまま、そこに根を張ることもできた。それでいて、今、ここにいるのもなんだかこころもとないままだ。帰るところがある。帰るべき場所がある。帰るべきところへ帰っていくひとの背中を呆然と見送っていた果てしない孤独。帰るべき場所。自分の居場所。生きている場所。死に場所。死んでから行く場所。場所を失った私の身体は、容積=0だ。
2005.10.18
甥っ子が父の遺影を立てかけてある棚をトントンってしているのを見て、「もしかしたら、あそこから出てくるって思ってるのかしら~。」と母と話したことがある。うちに来たとき、帰るときには、お線香を上げてちっちゃな手を合わせてくれる。みんなでお菓子をいただくときには、「じーちゃん、はいっ。」と遺影の口元に押し付けてくれる。「ありがとう。じいちゃん、喜んでるよぉ」彼がそうしてくれるのは、弟と妹が手を合わせているのを見ているからで、ふたりに心から感謝している。たとえ、現世利益ではなく、世界平和を願っていても、物心ついてから人が手を合わせるときには、何かを願ったり、祈ったり、求めたりしているのだろう。「なにも願わない手を合わせる」ことの尊さ。その手を持つ間だけの尊さが、そこにはある。
2005.10.17
恋をするときって「そうよ。私がずっとずっと捜していたのはこれだったんだわー。」ってなんだか、懐かしい気持ちがするんじゃないだろうか。だって、自分の片割れだったはずだもの。って、そんなことを何年ぶりで考えたのは、今日、そんな相手に会ってしまったからだ。(⌒^⌒)bうふっそれは、それは……「薪ストーブ」あー、いいな、いいなぁ。(*^.^*)ひとりで(お、やべっ。今、自動筆記で『ひとりで』って書いちゃった。)冬の夜、火を見つめながら、ぼけーっとしたい。ぼけーっとはいつもしてるけどそこに火があったら、なんとなく、素敵な「ぼけーっ」になりそう。(って、意味あんのか。(*^ー^*)えへへ♪)そうそう、たき火好きだったのにダイオキシンの話以降、火、焚いてないもんねー。薪割りばばぁになってもいい!いつも鉄瓶でお湯が沸いてるなんていいなぁ。それでコーヒー淹れたり、バーボンのお湯割りでもちびちび飲むなんてどうよ。朝もほんのりお部屋があったかいなんて、すってき~~~♪今日、前から気になっていたストーブのショウルームに入ってしまった。設置してからも、薪をこしらえること、煙突掃除やメンテナンスを考えるとやはり、贅沢なものには違いない。それ以上に、燃える火を見つめて暮らすのは、本当の贅沢だ。まさに、燃える恋。恋心は、つのるのか。
2005.10.16
LC-A AGFA VISTA 100ものが考えられるかも~。3年振りである。と思ったのもつかの間、3日天下であったか。なんだか、くっだらね~ことで怪しいねずみ色の雲がもくもくといともたやすくまたも暗黒の底なし沼に戻るのかー。嫌じゃ嫌じゃ。そうはいくかい!以下、愚痴日記につき、ご注意ください。ミーティングとは建設的なものではないのか。前回のミーティングに欠席しておられたので、イメージでも膨らまそうと喋って盛り上げようとしたら「イメージにとらわれすぎて決められないのでは?」といわれ、(゜Д゜)よし、無駄に喋るのはよそうと手書きのレジュメを持っていってみなさまに喋ってもらおうと思ったら、ヽ(´∞`)ノ 「そのやり方では前に進まないと出席者の誰かが言っていた。」と。なぜ、あなたご自身がそう思ったのではなく、「誰か」が言っていたのかな。「遠慮」なのか、「謙遜」なのか。はたまた、一度目はそういう風に控えめにするのがその世界の「常識」なのですか?「注文は一ヶ月前が『最低の常識』」だったり、「お菓子屋さんは午前中(に電話する)」ともんのすご~くいや~なトーンで言われるほどわしには、常識がかけているのであろうか?やはりな。(-_-)ゞ お道具買うのは、先生にバレるとまずいんっすか?お道具やさんを呼び捨てにするのは、あまり感じよくないと思うんですけど。それって、その世界の常識ですかい?「9月に思わぬ出費があったのよ~。」とうれしそうに言った場合は、「詳しくはいえないんだけど~。」とおっしゃっていても「何をお求めになられたのですか?」とうかがったほうがよろしいので?段取りが悪いっ!根回しをしろっ!ほえーーーーっ。である。シュッ≡o( )○☆)ロ゜)ノぐぇいやはや。たぶん、わたしは、徹底的に向いていないのであろう。つまらない責任感でこのような重責を引き受けるべきではなかったのだ。あー、失敗。で、挙句、「ひとりもののセンセイはキツイから嫁に行け」と。(もっともこれは先生が私のことを思って言ってくださった愛の言葉なのである。)ひとくくりである。┌(。Д。)┐ あはは♪キツイ先生方の共通点は、「ひとりもの」だけなのであろうか。無問題!一生、ひとりものであろうが、「センセイ」にはならないのである。私がやりたいことの本質はなんであろうか。そのための修行であれば辛いのもお勉強である。それ以外の瑣末なことには囚われてはならぬ。しかし、けっこうくっだらねーことで本当にやりたいことが嫌いになりそうである。できないことがあるのはこれから努力しよう。知らないことだらけなのは十分承知。ひとより後からお勉強を始めたんですもの。よく知らない人たちのなかでそして、その道の先輩たちのなかでリーダーシップを取るのは容易ではない。まして、遠慮、謙遜が美徳であることを体現なさっている方々だ。単純な性格は、「馬鹿」「能力なし」と映っているのであろうなぁ。ま、当たってるか。馬鹿な上に無知だよ、私ったら・・・。しょうがないなぁ。はぁ~~~。(´ヘ`;) すっごくつまんないことで、知りたいことの本質とはまったくかけ離れたことで、すぐにへこんでいる自分がいちばんがっかりだ。こんなことぐらいで偏頭痛と不眠である。あと一歩踏み外せば、お得意の不安と抑うつである。あほじゃ。ま、とりあえず、やろうぜ。一ヶ月の一日が過ぎた。これを乗り越えれば、残り一年。私の求めている「本質」を見つめよう。本質からはずれてしまっていたら、逃げと言われようがあたしゃ、誰にも相談せずに辞めますけん。あしからず。ダーッシュ!!ε≡≡≡へ(*-_ -)ノ
2005.10.15
LC-A AGFA VISTA 100こんな姿勢で熟睡中。チャージしてる?
2005.10.15

母のお友だちが無花果を届けてくださいました。天候のせいか、はやばやと全部はじけてしまったとか。こちらもいただいたままだったワインで煮ました。私のレシピノートには、材料の無花果は「6個」。軽く5倍以上はあるよ。ワインもほぼ1本。煮ている間にいい気持ちになりましたぁ。(*^ - ^*)ゞ
2005.10.12
今日、見上げた空は、突き抜けるような青ではなくてしっとりやわらかな曇り空。時にはいいよね。晴れた空、暖かな太陽を待っているとき。そんなときが、きっと、人間には必要だ。そんなとき、人間は優しさを育んでいるんだ。硬いカラの中でやがて新しい命が芽吹く準備をする種みたいに静かに祈りながら待ち続けてる。
2005.10.11
もうしばらくの間、イサム・ノグチのなめらかでほのあたたかい世界に包まれていたかったのですが、今日は、草間彌生展の最終日。どうしても見たかった。美術館のエントランスからすでに赤い水玉に占拠されていた。建物のガラス、黒い大理石の階段、2階の渡り廊下の曇りガラス、エレベータ内の表示、トイレの鏡、自動販売機のコーラの缶(残念ながら非売品)まで。私たちが体感できる水玉強迫。今回は、無数のミラーボール「ナルシスの庭」が、美術館の中庭、それを望む建物の回廊にも展示されている。ステンレス製の球を見ようとすると見慣れた景色の中に無数の私自身が迫ってくる。無限に繰り返される水玉、ネットなどの強烈なイメージと彼女自身が現代アートのスーパースターであるが、10代の後半に描いた岩彩の植物は持って生まれた才能を感じさせる。神から与えられた才能、逃れられない強迫。そして、おそらくは孤独。魂のおきどころを探し続ける果てしない旅。今回はそれを体感できる展示だった。まずは、松本市美術館に拍手!クサマの作品には「永遠」を感じるが、「永遠」という人間が憧れ続ける甘美な響きはそこにはなく、むしろ、終焉があることに、自分の命が限りあるものであることに感謝するような永遠だ。クサマ作品は、永遠に生き続けて人々にパワーを与え続けるであろうけれどそれはまた、彼女の孤独がこの世に永遠に存在し続けなければならない運命を与えられているように思えて、胸が苦しくなる。
2005.10.10
弟の住居兼仕事場に獅子舞が来ました~!甥っ子ふたりともお獅子にぱくぱくっとしてもらおうということで。お昼には、パパに「獅子舞、フォーっ!」と仕込まれ、午後は、ぶぶに「獅子マイケルっ!」を稽古され、ご祝儀をお獅子に渡すというミッションを託されたおにいちゃんでしたが、やはり、予想通り、抱っこしているわたしに涙の退去命令。弟のところのスタッフのおねえちゃんたちに励まされ、号泣にはいたらなかったものの、お獅子が迫ってきても泰然自若の弟くんより前進するのは無理でしたぁ。残念っ!でも、その後、次のお宅に向かう獅子舞とお神楽の列に加わり、しっかりと「うまい棒」をゲットして「楽しかった!」と満足げ。おうちに帰ってからも太鼓の音が聞こえるとわざわざ外にでて提灯を眺めていました。来年は、おにいちゃんやおねえちゃんたちと一緒に獅子舞に付いて行こうね!
2005.10.09
ヤンキースの試合を見つつ、昨日の雑誌をぱらぱらめくりながら、あーーー、眠い~と思っていたら、amazonのメール便が届きました。知り合いの精神科医さんに薦められた本で、早速、注文。24時間以内に発送のはずが、1週間経っても届かないなぁ・・・と思っていたら、「4~6週間かかる」とメールが・・・。昨夜、本を薦めてくださった先生から著者の講演会が11月にあるからと連絡をいただいたのですが、それと相前後して、発送したとのメールも届きました。わ~い!昨日買った新書はとても尊敬するシスターの著書。週末の課題図書、です。
2005.10.08
10月になってから買った雑誌。実は、通販でもう一冊買ってる。6ヶ月以上の定期購読をうたってるけど読みたい特集のときだけ1冊でも買えるところで買っている。でも、さっき、本屋で山積みされてた・・・。ショック。販売方法を変更したのか・・・。知らなかった。「着物」「茶道」と書いてあるとつい買ってしまう。え~ん。。・゚゚・(>_
2005.10.07
LOMO LC-A 遅ればせ~のモノクロ初写真です。なんだか、独特の静けさがあって好きです。『日々是好日』-物想う蓮- にもUPしてみました。自分で現像してみたいなぁ…。と夢だけは膨らむのである。
2005.10.05
イサム・ノグチ展、見てきました。イサムのデザインした照明シリーズの巨大な球状の「2mのあかり」に迎えられ、レダを初めとするブランクーシスタイル(勝手に命名)の真鍮の彫刻、グァッシュで描かれた抽象、ブロンズ、石、石膏、スレートの彫刻たち。あーーー、来た、来た、アドレナリン出過ぎで、展覧会の途中で気持ち悪くなるぅ~~~症候群。そして、Energy Void3.6メートル、17トン。その圧倒的な存在感は、周りの空間を制圧していた。彼は、初めて、北海道と東京を旅する。(どうやって運んできたんですか?どこからここに入れたんですか?なんてねー、思わず、聞いてしまいましたよ。ははは。すんまそん、3歳児な疑問で。)ああああーーー、あの真ん中んとこに腰掛けて日がな一日読書したい。お供はおせんべとほうじ茶だな。おにぎりも似合いそう~。居眠りしたり、ボケーっとしたいなぁ。座禅とか組みたくなるかも~。うちの庭に欲し~!(雑念&妄想 non stopじゃ~)。いっぱい語りたいんですけどね~、これ、受け皿がないと話せないんですわ、あたしの貧困なボキャブラリでは…。yamakumoさん、Help!どうも、今週、エントリーができないと・・・これはどう考えても巨大なEnergy Voidが胸につかえているんです。というわけで、備忘録に書いて、一度、深呼吸。あ~~~~、モエレ沼公園、行きたいよぉ!!!そうだ、子どもをモエレ沼公園に毎日連れて行けるところに住もうっ!しかし、寒いのは苦手だし、第一、子どもがいないのだったわ。アドレナリン過多と呼吸困難で脳みそvoidですわ。
2005.10.04
10・11月のお茶会月間の初日。とあるお茶会のお手伝いに行ってきました。お茶会というよりいろいろなお教室の「発表会」だったので、皆さん、慣れないお着物姿が初々しいし、ダンスの発表会場からhip hopが流れてきたり、そのhip hop集団がおそろいのTシャツでお客さんとして来てくれたり、お手前中の方に親戚のおばさんが「○○ちゃん!」と声をかけたり、なかなか和やかで楽しいお席でした。私はジーンズにエプロンでの裏方。お湯を沸かしたり、お茶碗を洗ったりというのがお役目。こんなお手伝いはのんびりと楽しくていいなぁ…。さて、さて、ちょっぴり忙しい朝の準備中に、全員集合の朝礼がありました。朝礼の最後は、ラジオ体操。何年ぶり~。いや、何十年ぶり~。昔はこれのどこが「体操」なんだろう?って思ってたゆる~い動作が、これ、ききます、結構。自分では手のひらが床についてるはずの前屈は、あれっ?軽~い屈伸運動が大腿の前部にきつい、きつい。ついつい、まじめにやってしまうと最後の深呼吸の頃には、なんだか、頭すっきり。酸素が身体に行き渡ってます~っていう爽快感!おそるべし、「ラジオ体操第一」!あれに続いてラジオ体操第2があったら疲労でお手伝いは不可能だったかも~。ははは。プールからもジムからも遠ざかって随分経つもんなぁ・・・。やばい、やばい。ラジオ体操から始めるか・・・。
2005.10.02
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