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LC-A AGFA VISTA 100「真面目」って大切だ。「真面目」って必要だ。「真面目」は、絶対にいいことだ。真面目が彼の魅力だと思う友人(って言っていいかな、もうえらい長いこと会ってない)のメールに「あなたは真面目だから。」ってほんとに誉め言葉のつもりで返信したらあちらは、ちょっとひっかかったみたいだ。あれれ。大昔、一番近くに居たこともあった。それから、ずーっと会ってない。お互い、どんな人生を過ごし、どんな現在にいるのか、知らない。「起きたことは受け入れるしかない。怒っても仕方がない。セルフコントロールで幸せと思えることはある。」ほう。それでいいじゃん!至極、大人な考え方だと思う。「現状を維持するために、受け入れがたいことも受け入れている。」受け入れがたくても受け入れられるなら、受け入れがたくても受け入れなければならないことがあったとしてもそれでも維持したいほどの大切な現状があるなら、それほどまでの現状はやはり「幸せ」なんじゃないかなぁ。うらやましいぞ!そう書いたら、返信が来なかった。あれれ。しばらくしてから返事が来た。「色々と大変なことがあったと聞きました。理解できるとは死んでも言えません。でも、自分は不幸で他人は幸せなのかな?……そういう考えには賛同できません。君には逆風をはねのけて、立ち向かって欲しい。……」あ痛たたた。~(>_
2005.11.30
妹が風邪で高熱。仕事とミーティングをはさんで母と丸一日、弟の家にステイ。7月、おにいちゃまになった瞬間に熱性痙攣で入院していた甥っ子と一週間(といっても私は実質、後半のみ)過ごした時以来。あれから4ヶ月。「ママはお風邪なの?」マスク=病気と理解して、弟君はおっぱいで抱っこしてもらっても自分はなんとか我慢している様子。えらい、えらい。気を張りっぱなしでお昼寝もしないで次々と遊びを繰り出す。パパとご飯を食べたり、最近、なぜか彼にとっては鬼門のパパとポチャ(お風呂)もクリア。きっと彼なりに気を使ってみんなにサービスしていると思うとなんだか胸をきゅっとつかまれるような気がする。生まれたてからたった3年弱。それでも小さな胸の中で渦巻く感情もあり、それを表現する術も、すでに押し殺す慎みをも知らず知らずのうちに身につけている。自分自身では子どもを持つことはなかった私がこうしてすぐそばでその成長や機微を知ることができる。うれしくて切なくていとおしい。
2005.11.29
今日は、お教室の交流会。生徒たちのおかあさま方が準備してくださいました。年長さんから見てきた子達が6年生。今年から始めた年長さんたちと一緒に居ると「あー、こんなに小さかったのに・・・。」と感慨ひとしお。おこりんぼ先生でごめんよ。いつもいつも会うたびに元気をもらってるよ。ありがとう。いつまで見守れるか…なんて考えて寂しくなってるのは、私だけだろうなぁ…。(;_;)
2005.11.27
毎日帰りつく空間が大切なものもろともつぶれてしまうかもとわかったら、にもかかわらず、その空間のために収入の何割かが自動的に引き落とされ、それがこれから先、35年も続くのであり、いまここでの命の危機にさらされながら命を守るべく引越ししようにも、そのための資金は、すでに担保もない。想像するだに、恐ろしい。天井が落ちてくる前に、恐怖と閉塞感で押しつぶされそうだ。当たり前の、誠意とか、善意とか、責任とか、自負心とか、そういうものを信じる信じない以前であった自分がえらく浅はかだったような気がする。プロフェッショナルであるとか、一級だか、二級だか、ともかくもその資格をもって生業にしているという誇りはどこに行ったのか。そのために一生懸命お勉強もしたでしょうに。「あー、日本の戦後もついに行き着くところまでいったわね。」などと、一歩、いや百歩引いたこといっててすみませんでした。7月に泊まったホテル。件のA建築設計事務所が設計にかかわったということで営業を休止してました。新しくて駅に近くて感じよかったのに。当事者の末席気分。ぼー然。怒り。失望。それにしてもなんでそんなに平然としているのだろう。わからん。
2005.11.24
I work miracles 起こりえないことが起こることが奇蹟。だから、奇蹟が起きるなんてありえない。ありえないことだからこそ、起きることを信じる。信じる意味がある。そして、その奇蹟は、たぶん、起きてみなければわからない。起きてみて初めて、それが奇蹟だったとわかる。その奇蹟は、決して、ひとが望んだようには起きないけれどそれを受け入れたとき、それは奇蹟となる。だから、私は奇蹟を信じる。
2005.11.24

寒い!(>_
2005.11.22
昼日中、いきなりシュールなテレビ番組をみてしまった。「豚の心臓」である。生である。実物である。う~む。``r(^^;)ポリポリ「人間の心臓は、とても豚に近いと言われています。」「へ~。」「開いてみます。これが左心室、これが右心室です。どう違いますか?」「左心室の方が筋肉が厚いです。」「そうですね。なぜでしょう?」「右心室からは血液は肺に行くだけで、左心室からは身体中に送られるからです。」(^-^)//""「そうですね。そして、これが牛の心臓です。」「うわー、大きいですね。」「身体が大きいから、心臓も大きいんですね。」「心臓って、すごいですね。」(意味不明)「もし心臓がなかったらどうなりますか?」(ますます意味不明)「……死んでしまいますね。」(゜゜;)\(--;)ォィォィいったい、どこまでが「台詞」なんだろー。センセは、ひとり。アシスタント(と思われるファンシーなノースリーブ)がひとり。高校生役(?)の男女は、リアルな心臓柄のTシャツ着用である。なにもそこまで。申し遅れました。NHK高校講座「生物」、今日のテーマは「体液」。私が見たところは、心臓のしくみを学習しているところだったようである。この後も高校生男子が、人工心肺を医療メーカーに行って見学したりする。ううっ、もっと感動してくれっ!つか、意味わかってんのか。盛りだくさんであるが、ボケ3人にツッコミ皆無(+先生1名)なので、あまり心にも記憶にも残らないのである。これでいいのか。それにひきかえ、次の「数学」は先生がたったひとり。「三角比」を用いて、淡々と木の高さだの、船までの距離だのを解いていくのみである。あー、好きだよ、数学。どうして数学の先生ってみんな端正な字を書くんだろう。高校講座「生物」のディレクターの方、切り口と構成は悪くないんですけど登場人物を整理しませんか?
2005.11.21
まだまだ終わらぬ早雲寺話。友人と過ごした2泊3日。あたしの頭は、3年ぶりのフル回転。「会話のキャッチボール」とは言いますが、そんなヤワなもんじゃない!気を抜いてると命を落とすよ、とはいえ、話題はくっだらな~いこともあり、死ぬって言っても笑い死にしそうなことだらけなんで、「会話のドッヂボール」としときましょ。ともかく、彼女の頭の回転といったら。菩提寺とはいえ、お父様がお亡くなりになってからものの半年でお寺の大切なお茶席を任されるようなお付き合いになっているのもひとえに彼女の人柄と回転の速さにあり、それを認めてくれた和尚さまと大黒さまもすごいと思うんですけどね。そして、東京に戻ってから、彼女の身内のごときご友人・佐藤氏。わたくし、尊敬いたしております、この方。なんだろな~、最初にお会いしたときから、もちろん、彼女のとても近いところにいる方だからというのもありますが、真実の人、なんだなぁ。博学・博識、でもね、それがものの本とか、ネットなんかで得たようなもんじゃない。あー、心に垣根がないとか、各国語に堪能とか、すごく頭のいい方とか、つたないボキャブラリでは、とってもつまんなくなっちゃうので書きません。こういうひとがいるんだな、と。こういうひとがちゃんとそばにいてくれる友人が本当にうらやましいです。ともかくも。2泊3日、頭をフル回転させてなんだか、たまってた埃やオリみたいなものを吹き飛ばせた気がします。ひとりで飛ばしまくってたときには、それはそれで結構辛いこともあって、そのあと病気で、回転するもしないも、自分ではコントロール不能な状態に陥って3年。リハビリ時期になっても回転を与えるチャンスもきっかけもなく、それより、おっそーい回転でぽ~っとしてたほうが、ややもすると楽だと思っていたフシもあり・・・。ようするに、病気に逃げている自分。まったくな。こんなことだからつまんない埃やオリを引き寄せちゃうのよね。基礎体力のような、身体の芯に力をつけなくちゃ。そして、佐藤さんの戦い。感動しています。応援しています。祈っています。
2005.11.20
LC-A AGFA VISTA 100早雲寺でのお呈茶は、もちろん、お着物。以前からとてもとても楽しみにしていた友人との着物での初対決対面!私はお茶のために着物を着始めたので、どうしても「やわらかもの」が多いのだが、彼女は、普段から(お仕事にも着物で出かけるつわもの!)紬派。う~む、憧れる。私は一度も締めたのことがない半巾帯も一枚も持っていない木綿の着物も彼女の定番。今回の呈茶に際しては、早雲寺の奥様から「汚れてもいい小紋」との注文だそうで、彼女は、黒のちりめんに綴の帯。(いやいや、もちろん、汚れちゃ困るんです。)黒ってね~、やっぱり、いいものはわかる。絞りで白い飛び柄があります。で、その飛び柄と同じ大きさの地模様がある。う~ん、渋いねぇ。綴の帯は、彼女がとてもお気に入りの職人さんが織ったもので、彼女が買ったときからどうしても拝見したかったのです。金糸などが入った古典的な綴とはまったく違って草木染のあらゆる色が入ったモダンな、見たことない綴。これなら色無地でも、小紋でも、そして織の着物でもいけそう!一応、やわらかもの担当、中間色担当を十分意識して担当をはずさない組み合わせを考えました。(*^.^*)エヘッ薄ねずのちりめんに貝合わせの飛び柄。帯は淡~~~いピンクに宝尽くしの刺繍の名古屋帯。帯揚は薄い黄緑寄りの黄色で、帯締は水色。私にしては、むちゃくちゃ、かわいい組み合わせです。私のは、お値段もかなりかわいいです。…(^^ゞお互いの個性を出していてなかなかの好勝負だったと思いますよぉ!ストレートのショートヘアは彼女のモダンな組み合わせにぴったりだったし、はんなり系の私はいつものアップ。帯締だって、彼女は冠組と読んで、私は平組。あちらは、私が白の草履とわかっていたらしいし。さすがは、大学時代も合気道部対剣道部。むふふふ。 ( ^^)/\(^^ )そして、われらがトリオのチーフは、淡い浅緑の色無地にひと目でアンティークならではの「いい仕事してますなぁ」っていう黒地の帯でした。帯はおば様のものだそう。われら二人と違って、小柄なチーフは、おば様から譲られたお着物を着ることができるそうです。うらやましい。三人三様。それぞれがその場にふさわしいと着てきた組み合わせは、まさに、それぞれの個性を反映しているんだなぁ。そして、自分で選んだものは、やっぱり、とっても似合ってる。あー、着物って楽しいなぁ。ところで、タイトルの「衣裳持ち」それは、それは、私ですぅ。実は、実は、早雲寺の帰り、友人がおば様から譲り受けたお着物をたくさん、頂戴してしまいました!!!(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーーー!!!今となっては欲しくても織れない紬。お嬢様に譲るために至極丁寧にお手入れされていたためにとても美しいままです。そして、袖を通させていただくと…身丈も裄もぴったり~っ!貴重なお宝を遠慮なく頂戴いたしました。ほんっと、うれしいです!今週、さっそく、着させていただくつもりです。ありがとう!!!
2005.11.17
LC-A AGFA VISTA 100あっという間に2週間経とうとしていますが、11月の最初、箱根の早雲寺に縁あってお邪魔しました。初めておたずねした名刹で、友人と一緒にお寺にお見えになったお客様にお呈茶させていただきました。当日、初対面の「チーフ」(と命名)は、ご住職の奥様の友人であり、お懐石の先生をなさっているという達人。初対面で他流試合?のトリオながらも瞬時に互いの適職?を察するあたりからなかなかのチームワークを発揮。本堂の裏側には、すばらしい茶室があり、方丈様自らお心入れの茶席、お道具の数々、大宰府からお取り寄せのお菓子「宝満山」などなどまさに、幸甚。大黒様(奥様)は、最高のノリで呈茶トリオは、楽しくのびのびとおもてなしさせていただきました。歴史ある名刹、禅寺の古いお茶室、普段はお目にかかれない貴重なお道具の数々。そしてなにより尊敬すべき人々と茶道の先輩に恵まれてのお呈茶。なにをとってもその日、私はあらためてお茶を大好きにならざるを得ない幸せな一日を過ごしました。ここ数週間、すっかりお茶が、(いや、お茶は嫌いにはなれないのです)すっかり、お茶をやっている人が嫌いになりそうになっていたときに、次の週に控えた乗り越えるべきお茶席をいともたやすく乗り越えられるようにと与えられたような一日。小春日和の早雲寺は一生忘れられないお茶席となりました。
2005.11.16
いやはや~!昨夜は日帰り温泉でひたすら半身浴。今日もなんらかのデトックスと思ったのですが、いやいや、それどころか、もんのすご~い眠気が・・・。眠ってる合間に仕事していたような一日でした。まだ、眠いぞ。自宅のお風呂で半身浴。チョコレート食べ過ぎのぶつぶつは、すでに治ってきましたぞ~!
2005.11.15
LC-A AGFA VISTA 100春から頭に乗っけられてた漬物石が取り除かれました。すっかり、すっきり!とは、そう簡単にはいきませんが、いいお勉強をさせてもらいました!いろんなひとに支えられました。ここに来てくださってる皆さんにも。ありがとうございました!(^-^)/虚心坦懐。平常心。感謝。親切であること。たくさんの大切なことに気づかされたと思います。「打ち砕かれた」ことによってまた、1からパズルのように自分を組み立てることができるかも。とりあえず、疲れなどで風邪を引く予定~。(;_;)あー、ストーンスパに行きたいよぉ。ありがとう!
2005.11.13
明後日のお茶席のため、茶巾だらいと水次を借りに。これまで借りたお茶碗と違って、お稽古用具は、棚の下の開きに入っているらしい。主を失った水屋箪笥は、私が行ったときにしか開かない。10年以上ぶりだけど、確かここに・・・。一番右側の棚に、きちんと収まっていたお稽古道具。それは、来週の火曜日に、すぐに使えるように並んでいた。きっと、最後に伯母が仕舞ったまま、今日までずっとそこに出番を信じて待っていた。泣けてきた。お稽古の前日の夜、謡の稽古の帰り道、伯母が交通事故に遭ったきり、二度とお稽古はなかった。縁があって、また、お茶のお稽古を始めた。基本は伯母に教えてもらったものがしっかりと刷り込まれている。当時はわからなかった伯母の言葉が、今頃になって生きた言葉となることがたくさんある。伯母にお茶をやらされているんだなぁ・・・としみじみ思う。教えてもらったさまざまなことにあらためて感謝する。お稽古道具を助手席に乗せながら、声をあげて泣いた。伯母が事故に遭ったときより、亡くなったときより、悲しく、懐かしく、いとおしく、今、本当に会いたいよと、泣いた。伯母がついていてくれるんだもの、明後日は堂々と晴れ晴れと務めよう。
2005.11.11
LCA AGFA VISTA 100今の私はすべてを出し惜しみ状態。楽しいことへの興味とか、日常生活のための活動エネルギーとか、実に素直な自分の感情に対する反応とか、「それって、間違ってるじゃん!」とか、「うわーーーっ!あんたって感じ悪っ!」とか、「結構、それってあたし、傷ついてますけど。」とか、「うを~~~。いったいどうしたらいいんじゃい。」などなどそういうことさえ何も存在しないかのように、ともかく、気づかぬ振り、見て見ぬ振り。言ってみりゃ、半分、死んだ振り。なんとか週末を乗り切ること、というより、無事であれ、満身創痍であれ、週末が通り過ぎてくれさえすればいい、それまで、私自身が週末の行事から目をそらさぬためになんとか、自分を支えていなくちゃならない、と思っているから。あー、あたしってば、ものすごく偉いぞっ!(って、誰も言ってくれないので、自分で言っとこう!)誰かに...ρ(..、)ヾ(^ー^;)ヨシヨシって言ってもらいたいけどま、それは不徳のいたすところ、自業自得。相変わらずのヘタレで逃避し放題、ウトウトし放題、甘いもの依存し放題、チョコレート中毒で、この間までの胃痛、食欲不振をちゃらにして上塗りする吹き出物ぶつぶつのまん丸顔になってますがな・・・。がっくし。(>_
2005.11.09
なんてことでしょ。日記、ほんと、ずっと、書けてない。書く元気がない日もあるけど書くことがありすぎて書けない日もある。なんであれ、ひとはひとによってしか生かされない。誰かの心に「わたくし」がある限り、「わたくし」の肉体は消えてしまっても「わたくし」の魂は存在する。
2005.11.07
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