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そんな言葉遊びを子供の頃していたことがある。「ピザ、ピザ、ピザ、ピザ・・・」「ここは何?」「ひざ!」いや、それは「ひじ」でしょう。同じように、「いっぱい」って10回言って。「いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい・・・」「いをおに変えてみて。」「おっぱい」でも、本当は「おっぱお」。なんでそんなことを思い出したかと言うと、今年も恒例のBIG BROTHER(一般人十数人を24時間ビデオ監視付のハウスに閉じ込めて観察する番組)を見ていたら、参加者のイギリス人が同じような遊びをしていたから。「SILKって10回言って。」「SILK, SILK, SILK, SILK・・・」「牛が飲むのは何?」「MILK!」いや、牛は水を飲みます。英語にもあるんですね~。なんか、感心してしまいました。
May 25, 2006
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最近ようやく暖かくなり始めたイギリス。ふと気づくと、窓際にほっておいたバジルにちいさな白い花が!去年もバジルを育てていたけど、花は咲かなかった。どんな条件が揃ったら花が咲くんだろう。ハーブとして食べるにはまだひよわな感じの残るうちのバジル。日照時間が長くなる夏を待って、葉もつまずにずーっとほったらかしだった。食用のハーブを育てていると考えたら花を咲かせることはメリットにはならないかもしれないけど、あんまりかわいいんで摘み取れないでいる。もう少し咲かせておいてあげよう。
May 19, 2006
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BBCのヒットシリーズ「Apprentice」がようやく終わった。毎週見たくないのに結局最後まで見てしまう、そんな番組だった。番組の趣旨は、マルチミリオネアのSir Alan Sugarというボスの元で働くポジションをめぐって若者10人が争う姿を見るドキュメンタリー。毎週2グループに分かれてあるタスクに取り掛かり、より成功したチームは全員が勝ち。負けたチームから一人が毎週クビを言い渡される。タスクの種類はいろいろだけど、いつもより多く稼いだ方が勝ち。中古の車を売ったり、不動産物件を賃貸したり、豪華客船上でのイベントを企画販売したりする。参加者は皆大金持ちにあこがれるだけあって、経歴的にはセールスやマネージメントで成功してきた人物が多く、誰もが「私が一番」と言い切るだけの自信を持っている。番組の醍醐味は、やはりそういうエゴのぶつかり合いにある。誰もが自分がデキると信じてるので、相手の意見を聞かない。チームが勝てばクビの危険はないのでチームワークが大事なのに、誰もが自分の能力を見せたくて仕方がない。毎週一人プロジェクトマネージャーを決めるのに、他の人は言うことを聞かなかったり、でしゃばって役割が入れ替わったりする。この番組を見ていていつもイライラさせられるのが、そういった「人の話を聞かない」態度。イギリス人にはとても多い。相手の言うことにかぶせたり、全く関係のない反論をしたり、要するに「聞く気がない」。そしてとてもデキるはずの人たちが、醜く言い争い、簡単にけんかになる。この国にいると自分の立場を正当化する、ということの大切さを実感させられることは多い。しゃべれないと、負けなのだ。でも正当化するあまり、自分の非を認めない、認めたら負け、というような間違った意識があるように見える。誰だって間違えるし、失敗もする。他の人の意見の方が正しいこともあるし、それを認めることで向上できることも多いはず。でも、その「失敗」とか「間違い」を認めることがまるで自分の一切を否定することかのようにかたくなに嫌がる。タスクに失敗してSir Alanに間違いを指摘されても「もう一度同じタスクを与えられたって自分は同じことをする。私の判断は間違っていない。」と簡単に言い切ってしまう姿は何度も目にした。そしていつも、失敗した理由は他人にあるのだ。クビを逃れようとSir Alanの目の前で失敗の責任のなすりあいをする姿などはとても醜かった。教育の違いなのか、道徳観、理念の違いなのか、とにかくイギリス人は自信過剰でエゴイスティックな人が多い。大学を出て3年しか働いてないような若者が恥ずかしげもなく「私のような素晴らしいセールスマンは他にいない」と豪語する。自分を売り込む文句が次から次へと出てくる。(聞いていてあきれてしまうくらい自惚れていることが多い。)失敗しても必ず「自分は正しいことをした」という姿勢なので、失敗から学ばない。反省が一切ない。反省するということを「負け」を認めることのように考えているのだろうか。とにかく、絶対一緒には働きたくないような人ばかり目に付く番組だった。見るたびにいつもイライラした。でもSir Alanも見る目があるのか、そういう口先だけのbullshitterはどんどんクビを言い渡されていった。結局Apprenticeに選ばれたのは高校教育もまともに受けていないブロンドの若い女性で、スーパーのレジ打ちから始め年収2000万円まで自分ひとりで身を立てたという驚くような経歴の持ち主。シリーズを通して一番目立たないキャラの一人だったが、(もちろんタスクの成功もあるけれど)性格的にも温厚でエゴも低いところが買われたのかもしれない。母子家庭の長女で兄弟と母親を養っている、という裏話も涙を誘ったのかもしれない。一番むかつくようなタイプが選ばれなくて良かったと思うけど、イギリスの社会にはああいうタイプが蔓延している。人の話を聞ける人が極端に少ないのだ。「You are the best!」といって子供を育てる親の姿はよく目にするけれども、謙虚さを教えないのも考えものだなぁ、と思う。それともそんな考えはアジア人特有だろうか?そんな考えじゃこの世界では生きていけないのかな。
May 12, 2006
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いきなり汚い言葉でごめんなさい~。ちょっと不思議に思ったもので。両方とも英語でよく使われるswear words(汚いスラングのような言葉)ですが、微妙に意味が違うんですねぇ。Shit!というのは何か失敗したり、痛い思いをしたり、間違ったときなんかによく言いますよね。「しまった!」というのをもうちょっと汚くしたかんじでしょうか。北の人はシャイッと言ったりもしますね。ほとんどいつも名詞として使われますが、イギリス人はShittyという形容詞にして使ったりもします。Shitty jobなんていうとどうしようもなく酷い仕事な感じがします。 I don't give a shit.というフレーズになると、「そんなことどうでもいい」といった感じの投げやりな意味になります。普段は「shit!」とは言わない私もなぜかこのフレーズになると使ってしまいます。それはさておき、最近不思議に思ったのはBullshitという単語のほう。意味を考えてしまうと牛のshitということで、なんだかグレードアップ(?)しただけのような感じですが、実は違うんです。こちらも名詞として感嘆詞のように使ったりもしますが、まずほとんど「しまった!」と言う意味にはなりません。どっちかというと、他人の言ったことに対して「そんなばかな!」とか「ありえない」いう疑いの気持ちを表す気がします。そして大抵は不快な感情がこもってます。「今日は地下鉄がストで動いてないらしいよ」「Bullshit!」という状況は想像できます。That's bullshit.と言うこともあります。それよりも面白いのが、動詞として使う場合。たぶん疑いの気持ちを表す意味合いが強まって、「信用の置けない(適当な)ことを言う」と言うような不思議な意味になります。He's just bullshitting.なんていうと、「あいつは口からでまかせを言ってるだけだ」なんていう意味になります。それがさらに名詞化して、bullshitterなんていう派生をしたりもします。でまかせばかり言う人なんでしょう。ぺらぺらと口先で調子のいいことばっかり言う人(イギリス人には多い)のことも言います。He's just shitting.ではそんな意味にはなりません。言葉どおりの意味になってしまうでしょう。なんだか汚い話ばかりのようで恐縮ですが、英語には色々swear wordsがあって面白いです。よく「日本語にはないの?」と聞かれますが、とても英語のののしり言葉に張り合えるようなものは見つかりません。そしてテレビなんかでも平気で使いますね。番組の冒頭で「strong language」を警告することはありますが、誰もそれほど気にしてるようには見えません。あ、でもBBCの「家族向け」番組では絶対に汚い言葉を避けるものがあって、逆に面白い。イーストエンダーズというドラマでは(ロンドンの下町と言うラフな設定なのに)誰もののしりません。でも、I don't give a shitと言う代わりにI don't give a monkeyと言ったりして、なんとなくののしってるような印象を与えたりもします。一般的なものを避けて、代わりに勝手に新しいののしり言葉を作ってはやらせた番組もありました。英語ではswear wordsも言葉の一部、言葉遊びの一種のようなものじゃないかと思うこともあります。なんとなく後ろめたい気持ちがありながらも、いらいらしたり怒ったりしたら使うことでなんとなく気持ちがすっきりするような。余談ですが、言語学でシラブルと言う単位を探すときはネイティブに「この単語にfXXkingを入れれるとしたらどこに入れるか」と聞くことで単語の音の切れ目を探すのが常套手段です。absolutely が abso-fXXking_lutely になるので、シラブルの切れ目が分かる。真面目な言語学の授業中にこの方法を持ち出すときは、先生も生徒も笑わずにはいられません。
May 9, 2006
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英語には二種類の間違いがある。例えば、He don't.と言うようなのが一つ。三単現なのだから、He doesn'tのはずなのに、 don'tを使ってしまう。それに対して、もう一つはThey doesn'tという類のもの。複数形なのに、 doesn'tを使うのは間違い。どうしてこれを二種類と呼ぶかというと、片方は「自然な」間違い、もう片方はそうじゃないから。例えば英語の文法ルールを覚えるとき、I do, You do, He does, They doと、ひとつずつ覚える人は少ないはず。普通は「三人称現在単数だけはdoes。それ以外はいつも do。」と覚えるものだ。その方が脳の容量を使わないで済む。それはネイティブも同様で、不規則変化をするものだけを特別に「勉強して」記憶する。だからHe do、You was、 I writed、 It's the baddestなんていう間違った文法は、ネイティブの子供や(一般に教養がないといわれる)大人も使う。これは本当の意味での間違いではないともいえる。ネイティブが使うのだし、使っても意味が通るから。「教養がない」とか「階級が低い」という印象を与えるかもしれないが、それは社会的、政治的な力が加えるもので、言語そのものの質には関係ない。一昔前に、ある一定の教養を持ったイギリス人達が「自分たちがしゃべっているのが正しい英語」だと決め付けて他を「間違い」としただけで、他のイギリス人はずっと何百年もYou wasと言い続けてきたのかもしれないのだから。そういう人達は大抵「私たちはまともな英語をしゃべらない」と卑下したりするが、それも大きな間違い。母国語をしゃべっている限り、それは「間違い」とは呼べない。色んなバリエーションがあるというだけの話だ。日本でしつこいくらい「間違い」だと教えられてきた文法をネイティブが普通に使っているのだから、誰でも最初は驚くだろう。それに対して、外国人しかしない間違いというのがある。They doesn'tというような自然な方向に逆らった間違いだったり、母国語の文法をそのまま適応したことによっておきる間違いなど。日本語の文法を英語に当てはめて I this like.といったらそれはやっぱり間違いだ。三人称現在単数のsを付け忘れてもいいが、SVOの順番を変えちゃいけない。こういう間違いはもっと英語の基本に関わるので、間違うと通じない、誤解を与える、と言う恐れがある。日本で英語を勉強するときは、やたら不規則変化とか三単現のsとかそんなことばかりに気をとられて、「英語」をしゃべることを忘れている気がする。そんな表層的な間違いとも呼べない間違いより、英語の根幹にある仕組み、考え方を教えるべきだ。不規則変化する動詞をリストして覚えさせる前に、簡単に意思疎通できる英語文の作り方でも教えるべきだ。実際ネイティブを目の前にして話す環境におかれたら、誰も三単現のsなんか気にしていられない。間違ったって誰も気づかないし、気づいたって意味は通じるのだから。最近間違いを恐れて英語を話せない日本人がやたら目に付くので、そんなことを考えていた。
May 5, 2006
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先週末は連休だったので、友人の家で寿司パーティをした。何度もお邪魔してご馳走になってばかりで、こちらでおもてなしをしたことがなかったので、こちらから提案した。でもうちのフラットは狭いし、向こうの家にはお嬢さんやペットの犬猫がたくさんいるし、と言うわけで材料を持ち込んでの寿司パーティに。友人のフランス人の夫婦は前々から寿司好きを自称していたので、手巻き寿司をすることにした。でも、前にも寿司好きだというイギリス人を寿司屋に連れて行ったら、店に着いてから「生魚はちょっと…」と言われて驚いたことがある。どうやらこちらの人にとっての「寿司」は必ずしも生魚ではないようだ。アボカド、スモークサーモン、きゅうり、卵なんかが乗った寿司セットはスーパーでも良く売っているので、それを寿司だと思う人も多いのかもしれない。「寿司が好き」だと言っても生のマグロは食べられなかったりするのだ。そんな経験があったので、今回は事前に希望を聞いてみた。すると案の定、奥さんとお嬢さんは野菜中心で、という希望。午前中にロンドンの日本食品屋に行き魚類を調達。中トロ、サーモン、しめ鯖、甘エビ、カツオ、ねぎトロが手に入り、満足。寿司飯を作り、アボカドやきゅうり、練梅、シーチキン等の生魚以外のネタも用意して、いざ友人宅へ。ネタを一つ一つ説明し、寿司の作り方を教えた。カツオのたたきが手に入ったので買っていったけど、英語名がわからなかった。紫蘇は「バジルのようなもの」と説明してみる。ガリのことは知っていた。意外にも、友人夫婦は生魚が気に入ったようだった。全種類の魚を試し、自分たちなりに工夫していろいろ組み合わせている。日本人としては「いや、それはちょっと…」と言いたくなるようなコンビネーションの寿司が出来上がる。手の上では巻けないらしく、ナプキンの上にのりを置き、その上にご飯を置き、何種類もの魚を入れ、楊枝でわさびを丁寧に伸ばして巻き、下を折って袋状にする。「丁寧にわさびをスプレッドするのがコツなんだ!」と楽しそうに言っていた。気に入っていたのは「のり+ご飯+マグロ+ガリ+練梅」という不思議な寿司。ガリまで巻いてしまうのだからすごい。紫蘇も気に入っていた。最初はNettleというトゲのある雑草に似ているので躊躇していたようだけど、スパイスとして気に入ったようだ。やはりそこはフランス人、手巻き寿司までも料理にしてしまう勢いがある。何よりも、何にでも手を出す好奇心に感心した。そして、カツオのたたきとしめ鯖は寿司にしないでそのまま食べた方が美味しいという結論に達したようだった。それは私も同感。ちゃんと味が分かってるんだなぁ、この人たちは。イギリス人ではこうはいかないかもしれない。舌の発達程度が違うのかも、と思ったりする。後日、とても楽しかったとお礼のメールをもらった。奥さんは友達に会うたびに寿司パーティの話をするという。こちらでの手巻き寿司パーティは初めての試みだったけど、どうやら大成功だったようだ。日本文化を知ってもらうという意味もあるし、お寿司の本当の美味しさをわかってもらうのも大切。でも、相手が異文化や食文化に対して興味や好奇心を持って初めてできることだと実感する。その点イギリス人は保守的で、外国に行ってもイギリス料理(そんなものがあるなら!)ばかり食べたがるのだから仕方がない。食べ物に関する貪欲さ、という点ではやっぱりフランス人はかなり上を行ってるのかもしれない。日本人の彼氏がいるというお嬢さんは魚には一切手を出さなかったけど、まだ10代なのだから仕方ないかも。でもなぜか、彼女は学校で「スシ」というあだ名で呼ばれているそうだ。
May 3, 2006
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