2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全8件 (8件中 1-8件目)
1
![]()
椎名誠の青春小説波切り草。前作黄金時代に続くシイナの青春物語。国全体が貧乏だった日本が徐々に豊かになりつつあった昭和の青春。生活はだんだん良くなっていく一方、失うものもあった時代に多感な少年時代を過ごしたシイナ。中学から高校へと進み、体も心も大きくなり、淡い恋心もしる。現代から見れば嘘のようなまだるっこしい恋愛。古い時代には好きに生きられたツクモ叔父も、時代に飲まれるように、瘋癲の生き方ができなくなる。今青春の中にいる人も、もうとっくに青春を忘れてしまった人も、時を忘れてシイナと一緒に豊かな時間を過ごせます。いつまでもシイナのような熱い心を忘れたくない物です。
2006年09月29日
コメント(0)
![]()
北上次郎絶賛の新人による時代小説の傑作が文庫化された。副題に新陰流を作った男、とあるように、上泉伊勢守信綱を主人公とする、歴史小説であり、剣豪小説であり、格闘技小説でもある。新陰流の名は誰でもしっているが、それが、誰により、どのように創始され、誰によって受け継がれたかということは、意外に知られていない。新陰流の草創は、室町末期の戦乱の歴史と絡んでいて意外と面倒くさいのだが、その辺の有職故実もうまく整理され、教養小説としても面白い。文庫で650ページ超の長編だが、時を忘れて読みふけることが出来る。時代小説の苦手な人にもお勧め。
2006年09月27日
コメント(0)
![]()
ネルソンデミル「ナイトフォール」読了。に続く〈中年の星〉ジョン・コーリー三度目の登場。1996年アメリカで起こったTWA機墜落事件が、政府の調査発表の言う機体整備事故ではなく、テロリストによるミサイル攻撃ではないのか、という、現実にアメリカで広く信じられている政府陰謀説にコーリーが挑戦。五年前のFBIによる情報封鎖された事件を検証する中で、コーリーが真相に迫っていく過程と、2001年9.21の航空機テロとの意外な結びつき、そして、次の展開を予想させるラストが秀逸。特に、主人公コーリーが、昨今珍しくなったハードボイルドタッチのキャラクターで読者の共感を誘う。上下二巻ですが、無駄な部分はなく、一気に読めます。続いて全く毛色は違いますが、「しゃばけ」でブレイクした畠中恵の新刊「うそうそ」読了。「病弱若だんな」シリーズという、人気連作の新刊。江戸の大店の若だんな一太郎は、一粒種で両親に溺愛されているが、めっぽう身体が弱い。でも、一太郎は大妖怪の血を引くため、身近にいる妖したちと交流できる特殊能力の持ち主。そんな彼を、身の周りにいる犬神や白沢といった妖したちがいつも守っているという、設定。前作まではそんな若だんなが、自分の所に持ち込まれる不思議な事件を妖したちを使って「アームチェア・ディテクティブ」として解決してきたが、今回は町内を出たことのなかった若だんなが、「箱根」に湯治に行くという大冒険。しかも、その中で若だんな自身が事件の中心人物になってしまうという新たな展開。シリーズ物のできあがった設定による安定感とそれによるマンネリを避ける展開が大成功。あらたな「しゃばけ」ワールドが楽しめます。あり得ない設定なのに、細かな設定・描写を丁寧に積み上げることで、不思議な世界へすっと誘う作者の手法は健在。江戸に関する時代考証が的確なのもこの作品の売り。シリーズ通してでも、この一作でも楽しめます。
2006年09月23日
コメント(1)
![]()
六人の会、大銀座落語祭を仕掛け、現在の落語ブームの中心的存在とも言える、春風亭小朝の新刊。ロングインタビューで小朝が落語の現在、過去、未来を語ります。かつて苦悩する落語で、このままでは落語会は滅びると訴えた小朝が何を考え、どう仕掛けて現在のブームを立ち上げていったか、そして、落語会をどうしようと考えるかが、熱く語られます。落語の御通家も、落語に興味を持ち始めた人にもなるほどと思える一冊だと思います。是非ご一読を。余談ですが、本に挟まれるアンケート葉書、今時読者に切手を貼れとは、「ぴあ」もせこいですな。
2006年09月23日
コメント(0)
![]()
小沢昭一 岩波現代文庫版「日本の放浪芸」読了。小沢昭一が1970年代に個人的興味から、全国の放浪芸(万歳・門付け・太神楽など)の最後の生き残りとでもいうべき古老たちを訪ねて、その芸や一生を再録した時の記録。のような映像や音源も残されてるが、若き小沢昭一が、全国を経巡って、放浪芸にであい、その認識を深めていく過程が興味深いし、昭和という時代はいろんな意味で幅の広い時代だったのだということが解る。小沢昭一は、にまとめられたように、軽妙洒脱なエッセイストとして知られているが、その淵源はすでにこの時代に有ったのだということがわかる名文でもある。末廣亭での語りも好評を博した小沢昭一の話芸の元になっているのも、おそらくこうした若い頃からの勉強なんだろうと思わせる内容。
2006年09月18日
コメント(0)
![]()
落語協会の新会長鈴々馬風師匠の新刊。(かつて単行本発行された物に加筆された物)寄席に足を運ばなければなかなかお目にかかれない馬風師匠の貴重な語り。文楽・圓生・志ん生・小さんといった名人上手の思い出から、山田隆夫まで、幅広い芸人のエピソードが貴重。六代目小さん襲名の裏話も必見です。続いて、先年なくなった江国滋の「落語美学」 昭和三十年代末に書かれた物の復刊で、社会現象的には古いことも多いのですが、社会を切り取る視点は今でも新鮮です。晩年の文章の飄逸さはありませんが、名文家であることはこのころから明らかです。圓楽・談志が若手だったころの貴重な話もあり、楽しく読了することが出来ました。また、落語の社会的な位置や意味づけも、現代と違う点が散見され、やはり談志の 「あなたも落語家になれる」以降の理論付けは大きな意味があったのだと実感しました。
2006年09月14日
コメント(0)

久しぶりに浅草に行ってきました。改装中のメトロ浅草駅から雷門へ、相も変わらず人力車の兄さん姉さんが熱心に客引きをするのを丁寧にお断りをして、まずは、雷門の反対側にある「亀十」へ和菓子屋さんですが、ほとんど「どらやきや」といったほうが良いほど、どらやきがおいしく、評判の店です。「あん」は北海道の十勝、「黒砂糖」は本場沖縄から品質本位のおいしさ第一をモットーにおいしいどらやきを作っています(お値段高め)。皮の焼き方が独特で、一見田舎臭い感じがしますが、上品な甘さで、甘い物が苦手な人でも美味しくいただけます。ぜひ、お試しください。そのあとは、雷門をくぐり、仲店へ、人形焼きの「木村屋」で、人形焼きではなく、人形焼きのあんをぬいた「カステラ焼き」を購入。これも、人形焼きとは別のおいしさがあります。最後に九重の揚げ饅頭を買って、歩き食べ。饅頭と揚げるというミスマッチが意外なおいしさです。 浅草寺参拝後は、通り全体でリニューアル。江戸風の町並みを再現した伝法院通りを通り、新仲店へ、一緒にいった配偶者は安売りの靴を購入。(浅草は靴の問屋街があるので、靴が安いんですよね。) 昼食は、ロシア料理の「ラルース」へ浅草はなぜかロシア料理の名店が多いのですが、「マノス」「ストロバヤ」とこのラルースが御三家かな、親子三人で、「キャベツロール」「ロールステーキ」「ビーフストロガノフ」「ピロシキ」「ボルシチ」を取り、シェアしながら頂きます。どれもしっかりした味付けで、とても結構。内装も昭和を思わせる落ち着いた雰囲気で、マダムの丁寧な接客と相まって楽しい食事ができます。特に「キャベツロール」楽天のお取り寄せにもありますが、絶品です。 おなかも満腹になったところで、浅草演芸ホールへ、東京の寄席定席4件のなかでも、末廣亭にならぶ、レトロ感たっぷりの建物で、末廣がリニューアルをした今、いすのぼろさは天下一品。9月の中席の初日ということでしたが、代演(本来出演を予定していた演者が、別の仕事が入ったため、代わりの者がやること。)が多く、お目当ての古今亭寿輔師匠に会えないのにがっかり。会場は落語ブームを反映して、平日の昼間というのに、七部の入り。しかも団体予約も入っており、実際はほぼ満席状態。二三年前には考えられない事態。周りの客席の話を聞いていると、やはり、代演という制度は一般にはなじみがないので、何で、プログラムとやる人が違うのか納得出来ていない様子。落語会はずっと閉鎖的に、昔のシステムをそのまんま引きずってきたから、プログラムに載っている人間がいきなり他の人と交代するのは普通のことかもしれないが、やはり世間の常識とはずれていると思う。プログラムの片隅には、代演があることも小さく書いてあるし、表の香盤表には本日の代演が書いてあるかもしれないが、初めて寄席に来る人がたくさんいるのだから、やはり、代演のものが、そのことを話のマクラへしっかり振るべきだと思う。 公演事態は落語芸術協会の公演で、一般の人には初めて見る演者ばかり、しかも団体客のマナーが悪く、演者もやりにくい中でも師匠方は投げずに熱演。拾い物は寿輔師匠の代演の金太郎師匠。私も高座所見ですが、団体客が声高に話をし、席もざわついている中でも惑わされることなく、じっくりと話を進め、きっちり客をひきこんでました。(残暑の中で「替わり目」は?でしたが) 寄席の公演も当たりはずれがあるのは事実で、何度も通っている者には何でもないことでも、初めていった人が「また、来よう。」と思える公演かどうかは疑問でした。
2006年09月12日
コメント(0)
![]()
キングの文春文庫の新刊「いかしたバンドのいる街で」読了。前回刊行の「ドランのキャデラック」に続き、短編集。短編だけに、ここの作品については、好き嫌いが別れるところだが、キングの初期の作品に見られた、登場人物の狂気なのか、怪奇現象なのかが判然としないまま、じわじわと恐怖が増していく展開があり、キング好きにはたまらない一冊。続いてクランシーの新刊「聖戦の獅子」上下巻を読了。いわゆるオプセンター物。クランシーも9.11以来、アメリカはテロリスト相手なら、どこで何をしても許される式の文脈作品が多く、あまり来たいはしてないが、今作は、オプセンターが新規部隊の補充をゆるされず、いわゆる昔ながらの諜報員をリクルートして、アフリカの宗教がらみのテロに対抗するという、地味な設定で、大きな敵の姿がちらつくわりには、尻つぼみの展開で、今ひとつ謎もすっきりせず、がっかり。レッドオクトーバーがなつかしい。
2006年09月10日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1