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♪ ゲネプロが遺産となりしマイケルの飽くまで真摯意外に伸士 This is it.を観てきました。いろんな事件の報道をされる度に、エキセントリックな人物のように表現されることが多かったマイケル。何百時間にも及ぶリハーサルを一本の映画にまとめあげたこの映像を見る限り、彼は決してそんな人間ではなかったと感じる。決して怒るようなこともなく、奢らず、威張らず、飽くまでも相手の気持ちを思いソフトに対応する態度は、世界のスーパースターに有りがちな高慢なものではなかった。ここにいる彼は、自分の求める音楽と舞台を完璧なまでに真摯に追求する態度は、類まれな純粋なアーチストそのものだった。歌に関して言えば、声は弱弱しく声量はかなり衰えている感じは否めない。しかし、踊りの切れとリズム感はさすがに天才的な美しさに満ち溢れている。ただ両手を上げるだけで絵になり、肩を傾げるだけで美しい。全身に漲っているオーラが魔力のように発散して、存在そのものが正に天才を思わせる。これほどのエンターティナーはこれからも現れそうにない気がしてくる。今となってはこれが彼の遺産となったわけですが、晩年の姿ということになったことが妙に納得できてしまうところが悲しい。1か月後に迫ったロンドンでのコンサートを控え、6月26日(金曜日)・現地時間25日(木曜日)に突然この世を去ったマイケル・ジャクソン。水曜の夜にLAで行われたゲネプロでのマイケルのパフォーマンスは本当に素晴らしいものだったらしい。その翌朝に突然亡くなってしまうなど、そこにいた誰にも想像出来なかったという。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選★ Diary★ バックナンバー
2009.10.31
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♪ 人工の細胞生ます今生に生物数多は死にゆくばかり 人類は、ES細胞というパンドラの箱を開けて、中にあった打ち出の小槌を手に入れてしまった。もはや創造主に代わって生命そのものを操作する段階に入って行くのは時間の問題でしょう。遺伝子操作も(歯止めを掛けるにしても)、ある段階から飛躍的に発達するでしょう。そうして心の領域まで研究は広がり、神秘の世界がどんどんなくなっていく。その結果いったいどんな社会が人類の未来に待っているのでしょうか。50年後の日本の人口はおよそ9000万人と、現在の約1億2800万人から大きく減少(70%)するという試算が発表されました。「1930~2050年人口ピラミッドの転換過程」左「国勢調査報告」、右「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」国立社会保障・人口問題研究所その頃までに現在の生物分布がどこまで維持できているのか分かりませんが、人工の力で守られているだけでかろうじて存在しているものばかりにならないとも限りません。人口が減ったからと言ってテクノロジーの発達にブレーキは掛けにくい。逆に足枷がなくなって諸々の研究に拍車がかかるやも知れない。庭で鳴いている蟋蟀が、国の方針で遺伝子操作で人工飼育されたもので、各家庭に無料で配られたものだ、なんていう社会になりはしないか?人類もどんどん自然の生き物ではなくなっていく。情緒欠乏症の新人類が増えている現状があり、食物をまともに摂らずにほとんどサプリメントだけで毎日を送っている人までいる。それが如何にも健康的な生活だと信じて、50種類もの錠剤を流し込んで命をつないでいる。ケージで育てられてる人工飼育の人間じゃあるまいし・・・・。普通が普通でなくなり、普通でないものが普通になっていく。蟋蟀の方がまともな生活をしているような、奇妙な時代がやって来るかも知れない。人工が自然を追い越していく。自然でないものが”自然”となって、本当の自然が不自然に感じるような時代・・・・。いや、もうすでに始まっている。まだ目立たないだけで・・・・・「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選★ Diary★ バックナンバー
2009.10.30
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♪ 新そばやみどりの風のまなうらに香りのこりて腑に溶けゆかむ新そばの季節となりましたね~。嗚呼、早く食べたい。めん食いの我が家は、麺類ならラーメンもパスタもうどんも蕎麦も何でも好きですが、この季節になったらやっぱり”新そば”を食べなくちゃあ話にならない。淡い緑色がかった如何にも初々しい蕎麦を、ずずずーとすすって、のどをつーっと通った時の鼻に抜ける香りがたまらないね。やっぱり”ざるそば”だよねぇ。これぞ日本の秋だ~って思いますもんねぇ。しっかしです、新そばは秋だとばかり思ってましたが、新そばの時期は年二回あるそうじゃないですか。それぞれ”春新””秋新”というんだそうですね。ま、そうは言っても新そばはやっぱり秋に決まっとるワ。この秋冷の季節に、稔りの喜びを感じながら旬を食べる、というところに日本の情緒があるんですよね。そば通ってわけでもないですが、蕎麦一つで季節を味わえるなんて、何と贅沢なことだと思いますね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選★ Diary★ バックナンバー
2009.10.29
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♪ 言うことのありて言葉の見当たらず 並んで観ている「カンブリア宮殿」 「カンブリア宮殿」は村上龍が最もやりたいと思っている番組だろうと思う。一流の経済人を招いて一般のオーディエンスの前で対談し、聴衆からの質問も受け入れてその成功の秘密を探っていくというもの。目まぐるしく価値観の変わる時代の中で、最先端を闊歩する業界のリーダー・経営者が何を考え何を重要視してどういう経営戦略を立てているのか。今、注目を集めている会社の経営者が本音で語り、経済の最先端の成功者が常識を打ち破っていく情熱とモチベーションを、話が上手いとは言えない村上龍が探っていく。非常に示唆に富んだ興味深い話ばかりで大変勉強になる。息子も私も好きでよく観ている番組のひとつです。これと同じ形式のもので、アメリカのTV番組「アクターズ・スタジオ」というのがあります。NHK・BSで放映されているもので、これも好きな番組の一つです。ステージに俳優を迎えて演技や演出を学ぶ学生を前に、アクターとしての姿勢や役作りについてなど出演者の本質を探り出していく対談形式の番組。その役者が何を考え何を目指しているかなど人生観まで浮き彫りにする、洒落て的を得たホストの質問に思わず引き込まれてしまいます。好きな役者が出ていたりすると映画を見ている以上に観入ってしまいます。アメリカの俳優養成所、「アクターズ・スタジオ」が大学と連携して、演劇の修士レベルの学位を与えることができるプログラム、「アクターズ・スタジオ・ドラマスクール」と言うのがある。その創設者・名誉学部長であり、また俳優、作家、脚本家、振り付け師、舞台・テレビプロデューサー、などの多彩な肩書きを持つ、 ジェームズ・リプトンがこのドラマスクールの授業の一環として、学生たちを前に、有名な映画俳優、監督などを呼んで対談をし、その模様をテレビで放送するというもの。真剣な学生を前にしたこの番組は、非常に中身の濃い対談でスターの心の中を覗き見るにつけ、アメリカの舞台芸術の底の深さを思い知らされます。これだけのものは残念ながら日本の番組にはないですね。「徹子の部屋」は題名通り、黒柳徹子の個人的な番組であって時には出演者を徹子さんが”いじって”終わる様なこともあって中身が深いとは言えない。ショービジネスの規模そのものが違うのだから仕方がない事なのかな。英語が出来る方は「アクターズ・スタジオ」の公式サイトがありますので、覗いてみてください。
2009.10.28
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♪ 地獄にも落ちず暴利をむさぼりて保護され生きる聖職の業 聴くにつけあまりに酷い坊主が世の中に蔓延っているようです。知人のお寺の話永代供養として納めた金を、受け取っていないと平気で言い張る。お墓を移転するため精を抜いて、処分するための費用を10万円納めたにもかかわらず、何もせずに放置。揚句に、台風で崩れたと改修を指示してくる。仕方なしに自分で石屋を呼んで撤去しようとしているところへ来て、何故か、もっと深く掘れと言う。1.5m程も掘らせて、有ろうことか人骨が二体出てきた。そして、それを処分しろとのたまった。過去帳を調べてもそこに先祖が土葬した記録もないのにだ。お寺が何らかの事情で以前の墓の上に新たな墓を造り、土葬の遺骨を供養もせずに放置していたものらしい。それを知っている坊主が”勿怪の幸い”と、自分のすべき事を強引に押しつけてきたらしい。石屋が見るに見かねて”無縁仏”として処理してくれることとなり、一応はその場を収めたが腹の中は煮えくりかえったまま。既に10万円納めてある事を何度言っても聴き入れず、そんなもの10万で出来るはずがないとのたまう。石屋はそんなに掛かるはずもないと言って訝しがっているという。◆こんな話が幾らでもあってこういう話題が出ると、次から次に悪徳坊主の話が噴出してくる。あまりにも人道を外れた悪徳振りに開いた口がふさがらない。一体、祟りとか先祖の霊とか成仏とかをどう思っているのか、それらの坊主に聞いてみたい。多分、そんなものは鼻から信じてはいないのだろう。仏教の本来の姿は、死ねば土にかえるという極ごくシンプルな思想だったはずです。中国で儒教を浸透させるために、先祖を大切にすべきであるという考え方を広めた結果、仏教がその思想を取り込んで栄えてきた。日本に入って、仏教が”人々を救う衣”を着て、飢饉や厄災や動乱に付け込んで発展してきたといだけのもの。仏教が浸透しているこの国でも、最近その中身のなさに辟易している人が増えています。それは当然の事でしょう。特殊法人として税金を免れながらポルシェを乗り回すような豪勢な生活をし、人が苦しんでるのを助けようともしない。仏教界は今まで何をしてきた? 人を救う何かをしてきたか? 自殺者が毎年3万人以上もいることに対して、何かしてきたか?戦争放棄を核廃絶を標榜するこの国の仏教界は、世界に向かって何か行動をしてきたか?先人の残した遺産を食いつぶしながら”のうのう”とわが世の春を満喫してきただけでしょう。ここへ来て、お寺離れ・葬式離れが進んできて檀家の数が減り、今までの様な優雅な生活が出来なくなったことで、奴らは焦っているのに違いない。今の内に悪徳だと言われようが何しようが、”先祖の霊という人質を”があるうちに、搾取出来るものは手段を選ばず絞り取ろうと思っているに違いない。小乗仏教が基本であるはずの仏教が、大乗仏教としてここまで栄えてしまった以上、もう元には戻せない。一部には立派な方もおられます。それは確かですが、金儲けが当たり前の世にあって聖職というものとして存在させていくことは無理です。◆こんな事を書くとバチが当たると言う人がたくさんいそうですが、死んで人は、土に帰る。それだけです。本来、シンプルなもののはずです。人は弱いものですから、先祖の祟りも怖いし身内に病人も出したくありません。だからて言って、それをネタに金儲けをしてはいけません。しかし、そうして金もうけしている人が実際、バチが当ってるんでしょうか?何の根拠もない事をでっち上げて、寄ってたかって弱い者いじめしている、それだけでしょう?お寺に依存する事なんて何の意味もありません。「葬式仏教」は単なる商売ですから。宗教団体が与党から去った今、際特殊法人の在り方を見直すべき好機だと思います。鳩山さんに是非、その部分にメスを入れてほしいものです。
2009.10.27
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♪ 立ちのぼる煙の先はたそがれて薄墨流る秋の夕暮れ秋の夕暮れは足が速い。夕方のジョギングは、それはそれで情緒があって良いのですが外灯のない道は避けた方がいいと思い知った。出がけにはまだまだ明るいと思っていたのに、あっという間に陽は落ちて後半にはもう足元が見えなくなるほど暗い。そんな中を走って帰るのはちょっとしたアバンチュールだ。前から車が来れば眩しくて見えないし、車が通り過ぎた一瞬に足元の確認をした後は、真っ暗闇を手探りで行くしかない。歩道には横道の出入り口に段差があるし、意外に凹凸があって足元がふらつく。夏と違って秋の夜は暗さがより深くて濃い感じ。曇っていたのでなお更のこと。月がなければ真っ暗闇の世界だ。だけど、この暗闇はそんなに嫌いではないね。暗闇は全てを内包している故の奥深い魅力があるし、白昼のように余計なものが見えない分、心が安らぐというか。昨夜のローソクの夜につづいて、暗さを楽しんでると言えなくもないね。
2009.10.26
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♪ 日々に倦みて気を換えてキャンドルに 聴きしローランド・カーク 幽愁 毎日の変わらぬ生活に飽きて、ちょっと気分を変えてみたくなって、ふと、思いついた。ローソクを点けて薄暗がりの中でジャズを聴いてみようと・・・数あるLPの中から何故、ローランド・カークのこのアルバムに手が伸びたのか分からない。きっと、心の底の古井戸に沈んでいる何だか分からない今は眠ってしまっている情動を、呼び覚ましてみたいと思ったのに違いない。このLPの最初にある「ユーリピオンズのテーマ」は不思議な曲だ。えも言われぬ懐かしい雰囲気に満ち満ちている。このアルバム唯一のカークのオリジナル曲で、彼のハーモニカのイントロの後「もし、太陽がなかったら、君はこの歌をもったろう、暖かさと明るさを与え、君が強くあるために・・・・」という歌の朗読から始まる。一聴して古臭くてカビの臭いがするような不思議な雰囲気を醸し出している。どこか遠くの知らない世界へ誘うような、そして、とても懐かしーい気分に包まれる。ノン・ブレス奏法での息が詰まるようなパッセージは、単なるノスタルジーにとどまらない力強さに満ちていて、深い森の中を手探りで足早に突き進んで行くようだ。彼が盲目である事は彼の音楽を考える上で大きな意味を持っていることは確かだ。あたかも音で詩を朗読しているかのごとく、幽愁で深遠ななイマジネーションに溢れている。後年、脳卒中で倒れ半身不随になりながら、片腕だけでサックスを吹く方法を編み出すという強靭な精神の持ち主だ。三本の管楽器を同時に吹くという離れ業を持ち、時には鼻にホイッスルを着けそれまで併せてならしたり、鼻でフルートを吹いたりすこともある彼の音楽は、常識の範疇を大きく超えていてエキセントリックな印象を持つ人も多い。彼の音楽に興味のある方はこちらのWeb siteをご覧ください。試聴もできるようです。”音楽の究極はJAZZだ”と、私は信じて疑わない。これほどストレートに心情を音に込めて吐露している音楽は他に無いと思う。演奏する度にその内容は変化し、状況によって出てくる音の質も大きく変わる。”JAZZに名演奏あって名曲なし”と言われるように、その時の正に一期一会の演奏に全てが集約される。生きざまそのものがジャズなのです。久し振りに飲んだ「角」も美味かった。少し気分がリフレッシュした気がする。
2009.10.25
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♪ コウノトリ舞う公園に戻りたる人も含めむ生態系に 「コウノトリ」。こんなに大きな美しい鳥が身近に生息していたら、どんなにか心豊かになれるだろう。鳥綱 コウノトリ目 コウノトリ亜目 コウノトリ下目 コウノトリ小目 コウノトリ上科 コウノトリ科 コウノトリ亜科 という独立種で近縁にトキがいる。一度は絶滅してしまったコウノトリ。「兵庫県立コウノトリの郷公園」では現在100羽以上が飼育下で管理されている。85年にロシアから6羽譲り受けたものの人工繁殖が成功し、毎年のように野外へ放鳥している。食物連鎖の頂点にいるコウノトリはエサになる生き物がよほど沢山いないと生きられない。そのため、兵庫県豊岡市では「コウノトリ育む農業」というのを県や市、農家、住民が一体となって推し進めている。農薬を使わない、化学肥料の代わりに米ぬかをまく、田んぼに魚道を作る、冬場も水を抜かないなどを行っている。稲の天敵のウンカはクモが食べ、そのクモをカエルが食べ、カエルを蛇が食べる。好物の蛇やカエルをたべに田んぼにコウノトリがやって来るようになった。コウノトリブランドとして無農薬米を販売することで、収量の減少と手間をカバーできそうだという。観光客も増え、「コウノトリが舞いおりる」だけでその地域が盛り上がり、人の生活にも潤いをもたらしている。地球上にいる生物は約3千万種といわれ、様々な生態系を形づくっている。この「生物多様性」が急速に失われていて、絶滅の速度は地球史の約1千倍になっているという。コウノトリ・タンチョウ・トキの様なシンボルて的な生物がいない地域で、如何にこの自然を守っていくか。来年10月、名古屋で開かれる「COP10(生物多様性条約締結国会議)」が注目されます。ところで、成鳥のコウノトリは鳴くことはできないというのはどういうことなのだろう。”クラッタリング”と呼ばれるくちばしをたたく行為を行って意志の疎通を行うのだという。何だか進化を途中で放棄してしまったような鳥です。いかし、飛べない鳥に比べたらずっとましです。
2009.10.24
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♪ 頭髪を息子にゆだねおる秋の 宇宙(そら)に地球は生きて巡れる けっこう器用な長男は調髪も得意だ。特別な技はないが、ときどき友達にも腕をふるったりしている。それで、ゆうべ初めて我が薄毛を全幅の信頼を持って任せてみた。以前にも打診はあったが何だか不安で、どうしても任せる勇気がなかった。今回は何故か何の迷いもなく、すんなりと俎板に乗る気になった。クライマックスシリーズを観ながらの散髪は、躊躇いもなくジョキジョキとテンポよく刈り取られていく。順調に刈り取りは進んで、中日の形勢があやしくなる頃に終了となった。自信があるのか、気を利かせて手鏡を持ってきて見せてくれる。整えられた頭は剪定の済んだアベリアの生垣のように清々しい。折しも、小さな星型の花を付けてキンモクセイが香るこの夜も、オリオン座流星群が夜空にロマンの種をまき散らしていった。この流れ星の正体が、3千年前に放出されたハレー彗星の”ちり”だというから驚きます。地球の軌道がおよそ70年に1度のペースで、この”ちり”の流れと交差するのだそうで、2006年から数年間がその時期に当たっているんだとか。雲の切れ間の夜空を流れるオリオン座流星群息子に初めて頭を刈ってもらったというだけのことでも、何だか生きてる実感みたいなものを感じる。そして、ハレーすい星の残骸が3千年も生きているという驚きと重なって、宇宙と共に生きていることの凄さを思う。明け方、猫が足にひどく泥臭い匂いを付けて帰ってきた。一体どこをほっつき歩いていたのやら。猫は猫で、どこか特別な場所でこの流星を観ていたのかもしれない。
2009.10.23
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♪ 新築の仮の住まいにアパートへ越して二カ月おみなは逝けり 越してきたばかりで市営団地の人々も、顔を知らないうちに亡くなってしまったおばあさんがいる。新築のための仮住まいだそうで、御歳102歳だったそうだ。ここまで生きてきて、仮の住まいで亡くなるというのも何だか悲しい。南田洋子が亡くなった。認知症を患っていて別人のような姿をTVで観たのがが嘘のように回復して、最近は明るい表情で応対する姿を見せていた。肝機能が回復したことで認知症が治ったのだそうで、意外なところに原因があるものだと思って観ていた。その喜びの矢先、くも膜下出血で亡くなろうとは・・・。まだ76歳だという。低く潤いのある声が好きで、「ミュージックフェア」など良く観たものだった。義父の介護の後の自身の病気は、たとえ運命だとしても非情なこと。人の一生は全く先の読めない、想像を絶するものですね。気のせいか、今年は有名人の死亡ニュースが多い気がします。ピンコロ人生、ピンコロ運動、ピンコロクラブと、世の中ピンコロに憧れる人が”理想的な死に方”を願って色々な活動をしているようです。人の運命は生まれたときから既に決まっているといいます。何もしないよりした方がいい事は沢山ありますが、それをしたからと言って理想的に死ねるとは限りません。”生の中に死が同居している”という事を肝に銘じておく必要はありますね。”メメント・モリ「Memento mori」”、「いつか必ず死ぬ事を忘れるな」ということですね。
2009.10.22
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♪ 下丸の欠けしマークの目障りも成すこと為して気にならざりし 以前から気になっていた民主党のシンボルマーク。二つの丸のうちの下の方の丸の形が崩れている。マークの意味することがわからないので、この欠けた部分にずっと違和感を持っていた。政権の座について以来、賛否両論はあるもののブレずに前を向いて、堂々と政策実行する姿には好感が持てる。野党にあって言いたいことを言たり問題を起こしたりしていた時は、”あのマークが良くないんだ”とそのちょっと偏屈な形を揶揄していたものだ。それが今ではそんなに気にならなくなった。それにしても、あのマークの意味するものは何なんでしょうか。で、調べてみました。かのグラフィックデザイナー・浅葉克己さんデザインによるもので、1998年4月15に発表されています。『2つの円は、「民の力」の結合の象徴を表している。下側の円の輪郭線が曲線でないのは、円がみなぎる力で動いたり、育ったりして、生命体のように成長しつつ、融合して新しい形を生み出す様子を表している。円は和でもあります。語り合い、論じ合いながら、一つの力になっていく。その無限大 ∞ の形に、未来への限りない可能性を示しつつ、真紅に、『民の力』は統合されていく。』のだそうです。菅代表は記者会見で「最初に見たとき、下の丸が手書きのような形だったのでびっくりしたが、ある意味で、生きている形だ。例えば、雪ダルマをころがしている間はまんまるではなく、ころがしているうちにだんだん大きくなっていく」と紹介。「民の力」というのは、「民主党が目指す方向が、民主主義革命だということ。『官から民へ』という考え方を象徴する。市民とか国民と表現してきたが、『民』はもっとも凝縮された形ではないかと思っている」と。この理念を実行すべく、『民』のために日夜奮闘しているわけですね。頼もしいじゃぁあ~りませんか。「あばたも笑窪」という言葉もあります。一見変てこなものも好きになってしまえば良く見えてくるわけで、これが”あばた”に逆戻りしないようにしっかりやってもらいたいものです。
2009.10.21
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♪ 音もなく暮れゆく空に蝙蝠の舞っていつしか暗闇となり 加藤和彦の突然の死を伝えるニュースには驚きました。自殺と知ってなおビックリしました。最近は鬱状態だったそうですが、創作に行き詰まり、意欲を無くしていたらしいとのこと。そんな自分が情けなかったのでしょうか。人一倍責任感とグレードの高さを追い求めてきた結果、燃え尽きたということなのでしょう。より良いものを作ろうとするのは創作者の宿命ですし、その意識が無ければ創作を続けて行くことはできません。依頼されて創る仕事の性質上、矜持と意地と創作意欲とがはからずも”自分自身を削りに削ってゆく”ことをどうしても避けることは出来ません。期待と責任を一身に背負って、枯渇してゆく自分と折り合いを付けていく事など不可能です。様々なもののプロジュースも意欲的に取り組んでいたそうですが、”自分自身のプロジュース”を一番悩んでいたらしい。これは確かに苦しい作業に違いない。客観的に見られる立場の人間にそれを任せることが出来なかったところに、彼の完全主義者的な弱さがあったのかも知れない。「ま、いいか」という開き直りも時には必要です。「89点から92、93点ぐらいの曲はすぐできる。でも、100点じゃないとまずい」という妥協を許さない性格が、自身を追い詰めてしまったのは、宿命とはいえ悲しいことです。シンガーソングライターの草分け的存在。その後の活躍は日本の音楽シーンに大きな足跡を残してきました。彼がいなければもっと変わった形になっていたかも知れません。謹んでご冥福をお祈りします。
2009.10.20
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♪ 緊張のダム一振りて決壊のどよめき乗せて球飛びゆけり 日本オープン最終日は、3人のプレーオフとなる素晴らしい戦いだった。前日の猛チャージ(65のコース新)で首位に並んだ石川遼は18歳での最年少優勝記録が掛かる。メジャー初優勝を掛ける中堅・小田龍一(32)と、4度のプレーオフで未勝利の今野康晴(36)が優勝を掛け、18番ホールでサドンデスの勝負に挑む。ティーに立ってアドレスの瞬間、時が止まったような静寂が、やけに長く感じる。その緊張を突き破るようにドラバーが振り下ろされて、止めていた息を吐き出すように歓声が飛び出し、飛んでいくボールを追いかける。最初の勝負はお互いに譲らず引き分けとなり、再度18番ホールで勝負は続く。同じ18番ホールを3度続けて見られるこちらも、コースの状況は良く分かっている。第一打はほぼ同じ位置まで運んで、第二打の勝負となった。先ず、小田が打つ。ピン側に付け絶好のチャンス。次の今野はピン手前の難しい位置に載って万事休す。最後の石川はピンには近いもののエッジの部分にあって、やや不安の残る結果となった。今野がトライするもこれを外す。石川も外し、小田が決めて決着がついた。優勝する選手には何かしらの幸運の女神が付いているようだ。小田選手にも珍しいことがあったらしい(このシーンは見ていない)。8番ホールであわやOBというショットを放ったが、ボールが見に来ていた夫人に当たって跳ね返り、フェアウエーをキープ。バーディーを奪うという奇跡を生んだ。こんな事が起こるのがゴルフというもの。完全自己責任のスポーツではあっても、こんな奇跡が無ければそう簡単に優勝は出来ない。しかしだ、今季4勝もして賞金ランキング1位の石川遼は別格だ。もう完全に日本のトッププロの彼に関しては、年齢の事を話題にすることすら憚れる。驚異の18歳はタイガー・ウッズを凌ぐ世界のスターになることはほぼ間違いないしょう。イチローといい石川遼といい、日本からこんなスーパースターが出てくるなんて、奇跡としか思えてならない。
2009.10.19
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♪ 文字さえもリズム奏でて並びいる倦みて眺めし俳壇紙面 週一回載る新聞の歌壇・俳壇紙面は必ずチェックするようにしている。数日前の紙面が寝室の座卓に置きっぱなしになっている。低い視線で斜めから見るともなく眺めていたら、紙面の右半分を占める俳句の文字が心地いいリズムを持って並んでいた。短い句と作者の名前の羅列が少しづつずれて、心地いいリズムを生んでいる。短歌の方はフレーズが長いので、そんな感じにはなっていない。俳句は字面そのものにもリズムがあって、紙面上を舞台にみんなで合奏しているようだ。俳句は定型である故に音にも形にも韻律をもっていて、耳からも目からも脳を刺激する。声に出せば前頭前野を刺激し、左脳で言葉の意味を、右脳では直観的な意味合いを理解しようとする。情景を思い浮かべ、心の情動を誘ってストンと腑に落ちる。内容に飛躍がある方が俳句としての醍醐味があるし、奥行きもでてくる。意味を考えずに理屈抜きで直観的に作れ、と金子兜太氏も言っている。韻を踏んで飛躍して、脳全体を駆使して楽しめるという、”短詩形文芸”を生み出した日本人の感性って本当に素晴らしい。
2009.10.18
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♪ 股引の再来なるやレギンスにすね毛隠して街をゆくなり 巷の若い女性の間ではレギンスが真っ盛りです。それが男子学生にも波及しているらしい。しかし、そう聞いてももう驚いたりしない。男もブラジャーをするという時代、スキャンティーだってTバックだって驚かない。スパッツというスポーツ用のタイツなるものが、スポーツの世界では定番になっているし着用することそのものは自然なこと。昔から日本にも股引と言うものがあって、15世紀ごろから着用されてきたという歴史もある。ファッションの先祖帰りと言えなくもないか。スパッツは2008年ごろから、コレクションでコム・デ・ギャルソンなどのブランドからメンズスカートなどと共に男性用の衣料として発表されてきた。今秋は高島屋が「リーバイス」と共同開発し、「301XX」を完全コピーのプリントしたものを出すのだそうな。しかし、完全に”見せパン”としての着こなしなわけで、男のファッションもインナーやアウターの区別がなくなって行く。男が女性のファッションに近付いていくというのは、オスを意識しなくなったということの表れでしょう。こんな風に「良いじゃないの、好きなようにすれば」なんてことを言ってると、人間のポジションはロボットに奪われて、そのうち逃げ場を失って路頭に迷うことになりはしないか?まあ、上の写真を見る限りあんまりファッショナブルでもないし、こんなのが流行るとも思えないがなぁ。
2009.10.17
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♪ 高層の街を見下ろすテラス席ちょっと気兼ねす一人のランチ 昼下がり、ランチを摂ろうと駅前の高層ビルにあるイタリアンレストランに入った。テラス席と一般席とどちらにするかと聞かれて、咄嗟に一般席を選んだ。テラス席に座っているオッサン一人の姿は、如何にも侘びしそうに見えるんじゃないかという思いが、聞かれた瞬間に頭をよぎったのだ。このウィークデーの昼下がり、決してアベックばかりが食事しているわけでもなくオバサン連れも結構多い。それなのに自分はそのちょっと華やかな印象のするテラス席を選ぶ気にならなかった。席についてからテラス席がずっと気になっていて、きっとロケーションが素晴らしいんだろうなぁ、とちょっと悔んだ。気は若いつもりでいるのに、こんなことでは情けない。食べたパスタランチは味付けが濃厚で、やっぱり若者向けの設定になっているのかなぁと、しばらく経って胃のもたれを気にしながら考えた。
2009.10.16
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♪ 行く前にすでに楽しみつづきおり用具あれこれ矯めつ眇めつ 登山に誘った知人は今まで一度も山登りというものをした経験がない。体力も運動神経も人一倍の彼は、ただきっかけがなかっただけで山が嫌いだったわけでもないと言う。いざ計画が決まると、その入れ込みようは見ていて面白いほど。雑誌を見ては用具を調べ、専門店に行っては物色し、「俺は形から入るタイプだ」とうそぶいては楽しんでいる。一緒に行く仲間に、「靴は絶対いいものを買った方がいい」と言われ、早速モンベルの一番高いのを買ってきた。「この際全部揃えちゃおうか」と言う彼に、「一つづつ揃えて行った方がいいんじゃない」とブレーキを掛ける。だって今回は本格的な登山をするわけじゃないんだから。今度登るのは「御在所」。一応ちょっとは登り甲斐のある中道コースではあるが、標高1200mちょっとの山だ。装備が云々という程のものでもない。この登山をきっかけに彼は、本格的な山登りにのめり込んでいきそうだなぁ。もう行く前から、「もっと早く登山をしとくんだった」なんて言ってるぐらいだから、その意気込みがわかるというもの。まだ行ってもいないのに、「来年も行こうぜ!」と先のことまで言い出して、鬼が笑い出しそうな勢いだ。11月1日が晴れて、計画がを断念するようなことがありませんように!神様、それだけはお願いします。行けなくなったりしたら、彼は気が狂うかもしれない・・・・
2009.10.15
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♪ 半分の時間で行けるときがくるそんなに早く何をしに行く 20年後の生活がどうなっているか分からないが、果たしてスピードを競う社会なのだろうか。JR東海がリニア新幹線を2025年に開業する計画の概要を発表した。それによると品川・大阪間をこれまでの138分から半分の67分で結ぶという「南アルプスルート」(路線の長さ438キロ)。「木曽谷ルート」(同486キロ)は73分、「伊那谷ルート」(同498キロ)は74分。一つの革新が連鎖を起こし、それに引きずられるように社会全体が変化していく。今まではそうだった。競争原理が必要のないものまでもどんどん生みだし、物はあふれているのに人心は荒廃している現代社会。人間の本来の姿を無視して機械工学が先行し、必死でついて行っているのが現状なのにまだその先を目指そうとする。利便性につられてお金を使い、その結果もたらされるものは果たしてそれに見合ったものなのかどうか。「時間とお金に追い立てられて生きている」だけではないのか?選択の自由はあるようでないのが実社会ですが、この歯車から敢えて外れて生きる生き方が今後ますます増えて行くような気がしてなりません。「便利と引き換えにお金の奴隷になる」という生き方が、人間が求めている生き方ではないはずですから。一つクリアするとそのまた先を要求される、際限のないイタチゴッコは永遠に続くのでしょうか・・・・・・
2009.10.14
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♪ 西側は赤みの強しコムラサキ パークロードに露と光れる 最近、休日になると朝のウォーキングをする人がずいぶん増えたようだ。昨日は何人の人に挨拶をしたのだろうか。どんな反応が返ってくるのかを楽しみながら、出来るだけ全ての人に声をかけるようにしている。思った以上に明るく明快な反応があるとちょっと嬉しい。最近は中年男性の反応も良くなってきた。数年前までは無反応のことも度々あったが、今ではそんなことは稀になった。朝は一日のスタートですから、ブスッとしていないで大きな声を出すことが肝要です。声を出すことで、脳の活性がよくなるというもんです。また、”朝日”を浴びてウォーキングすることで、癒しホルモンのセロトニンが多く分泌されて前向きな気分になることは良く知られていますね。最近は皆さんその事をよく知っていて、休日に早朝のウォーキングを楽しむ人が増えたんですね。パークロードには色んな木が植えてあって、四季それぞれに季節の移ろいを感じさせてくれます。両サイドに「コムラサキ」の植わっている場所があって、今が盛りと紫の小さな実を沢山つけて朝露に輝いていました。それで、何故かその実は西側の方が赤みが強いんです。こちら側は朝日が良く当たっているので、そのせいだろうと思います。植物は”朝日”が当ることが重要で、一日の日当たり時間が少なくても”朝日”が当たればちゃんと育つ。西日だけではそうはいかず、西日が当たるのはかえって良くなかったりします。朝日が重要なのはなにも人間だけじゃなく、植物にとっても重要なんだね。
2009.10.13
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♪ 色づきて春はレビューの花とせば秋は花魁 錦繍の華色んな木の実が色づき始めました。春の色づきを”憂いを含んだ華やかさ”とすれば、秋のそれは歌舞伎の舞台を見るような”突き抜けた華やかさ”と言えるでしょうか。マユミの実がうす紅に色づいてきて、真っ赤に彩る前の、恥らうようなかわいらしさを見せています。これから野山は急速に暖色系の色に包まれていきます。そうして少しの間だけ、気持ちをリベラルなプチ・オプチミストにしてくれます。暖色系が濃い茶色系に変わりその色味も次第に抜けていく頃には、ペシミスティックなメランコリーの気分に変わって行きます。何たって私は寒いのが嫌いなんですから・・・・・
2009.10.12
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♪ 蝶みれば古のそら想うべし朝(あした)に情緒は夢と消えらむ 今年はあまり蝶ちょを見なかった気がしませんか?例年なら鉢植えの楠の木にアオスジアゲハがやって来て産卵・羽化するのに、今年はその姿を見なかった。クロアゲハもヤブガラシの花に舞う姿を見なかったし、南天の花には熊蜂も来なかったようだ。長雨と冷夏が影響しているだけならいいのですが、生態系が劇的に狂ってきているのかと思うと不気味な感じがします。数学の天才「岡潔」が随筆「春宵十話」の中で情緒の重要性を記している。何故人間が数学上の発見ができるのか、を考える。結局、子どもが昆虫採集に出かけ、みごとな蝶をみたときの「発見の鋭い喜び」の感情に導かれて、学問的な発見はなされることに気づいた。自然をうけとる美しい情緒のなかで育てることが、人間にとって何より大切なのだ。日本人は情緒の世界にすみ「人と自然との間にもよく心が通じ合」う。それがこの国の人々の美徳だと。この美しい国で自然そして情緒がそこなわれれば、人の心は腐り、社会も文化も悪くなる。「そう考えれば、この日本で、もう春にチョウが舞わなくなり、夏にホタルが飛ばなくなったことがどんなにたいへんなことかがわかるはずだ」。人間の中心にあってその創造性をささえているものは、頭でっかちの理屈ではなく情緒である、と明言している。 朝日新聞 磯田道史の「この人、その言葉」より日本人の優れた感性と優秀な民族性は、この豊かな自然に育まれたものであることは間違いのないことでしょう。数学の世界的権威がいう言葉は重いものですが、様々な分野で頂点を極めた諸氏は同じ思いを持っているのではないでしょうか。この数字にも成績にも表せない「情緒」というものは、学校で教えるというようなものではありません。生活の中で育んでいくものである以上、生活環境が鍵になる。今後は、子ども時代に田舎に育った人の中から、優秀な人材が輩出されるということが顕著になって来るのかも。子どもを田舎に住まわせることがトレンドになって、山村留学が流行るかもしれない。金持ちが、田園の中を高級車に乗って走り回っている風景なんて、ぞっとしますが・・・・・・
2009.10.11
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♪ 事の葉が空から不意に下りてきてハートの端に噛みついている ロボットに心はあるか?人間とは、相手に心があると認識できる存在である、と。ロボットに相手の心が読めるか。無一物中無尽蔵。この意味がロボットに分かる?心は常時変化して、一定の形を持たない。色即是空、空即是色。ロボットに自分を変えることが出来る?ロボットが人間に近付くとは、人間がロボットに近付くこと。進化と退化。脳全体の数パーセントの稼働で生きている人間。思考回路の粗悪品。フェイルセーフの人工脳。いつか追い越されるに違いない。
2009.10.10
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♪ 台風の過ぎて夜景のきらめけり心の塵も流すべらなり 昨夜のNHKニュースの最後に流れた名古屋市内の夜景が、まるでおとぎの国のように美しく煌めいていました。普段の雨と違い、台風は雨風が四方から吹き付けます。それが街全体を食器洗い機で洗ったように隅々まで洗い流して、汚れをきれいさっぱり落としてくれたのでしょう。空中のチリや埃も吹き飛んで、生まれたばかりの地球の素顔を見せているかのようでした。街全体が潤いを含んでいるため、照明が水滴を煌めかせるように浮き立っていた。こんな美しい夜景を見た事がありません。まるで宝石を散りばめたような夜景でした。同時に一難去った安心感と、自然と対峙してその猛威を甘受するしかない人間の弱さを思う。畏怖する気持ちが諦めと変わり、自然現象に対して僅かながらも敬虔な心を抱いている自分がいる。台風は人の心までを浄化して通り過ぎて行った。
2009.10.09
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♪ 暗闇を震わせわたる暴風と窓を打つ雨 あ奴が通る 先ほど5時過ぎに台風18号が真上を通過していった。夜明けとともに風も弱まり、我が家にはなんら被害がなさそうなので一安心というところ。電車は始発から運転を見合わせている。大した混乱もなく済みそうですが、どこかで線路に被害が出ていると影響を受けるのでハッキリしたことはまだ分からない。三河地方で激しい雨が降っている模様。最近10年で上陸した台風では最も強い勢力といわれていましたが、ここ知多半島周辺に限って言えばそんなに大きな被害は出ていない模様。例年は、10月になると日本の南海上にある太平洋高気圧が弱まって日本から遠ざかり、高気圧の縁に沿って進む台風は日本の東海上に遠ざかることが多い。しかし、今は残暑が厳しい9月のような気圧配置で、太平洋高気圧が日本付近にまで張りだしているため、18号は日本に接近するコースをたどっている。さらに、日本の南海上の海水温が平年より1度程度高いため、非常に強い勢力がさほど弱まらないまま、接近しているとみられている。 本州南岸に停滞している秋雨前線を刺激して大雨を降らせるおそれも強い。04年10月に上陸した台風23号も同様に秋雨前線が影響して全国各地に大きな被害をもたらした。東海地方は伊勢湾台風を経験しているだけに心配されましたが、ほっと胸をなでおろしているところです。真上を通ったことで大風の被害から逃れることが出来たのでしょう。やれやれだ。
2009.10.08
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♪ 必ずやあらねばならぬものならぬ物のあふれて不況かぜ吹き ♪ ないものは無い世にありて有るべきの 無かりしままにまた冬が来るデフレが進み、物の値段がどんどん下がると同時に、収入そのものも下がっていく。デフレスパイラルの先端は霧に包まれて、いつ終わるかがまったく見えないまま。新政権の大ナタによる公共事業圧縮は、国内の経済に大きな影響を与えることは間違いのない事です。内需依存の体質が足かせとなり外需の落ち込みとが両輪となって、下り坂で四苦八苦しているという状況はまだしばらく続くでしょう。物質には恵まれすぎるほど恵まれた環境にいて、幸せ感がないというのは不思議です。手に入れることが夢であれば手に入れてしまえば、それはもうそれ以上夢を与えてくれませんから、そこに幸せを求めることはできません。いっその事何もかも捨てて一から出直す方が、却って幸せになれるような気がします。物質文明の呪縛から解放されて、本来のあるべき姿に戻る。パソコンのように無駄なファイルや不要のソフトをアンインストールしたりリカバリーてしまうように、生き方を初期化するのです。そうすれば新しい夢と渇望するものが生まれてくるはずです。実際には難しいかもしれないことですが、そういう考え方・生き方の切り替えが必要なのだと思います。買いまくった食料品で一杯になった冷蔵庫には新しいものを入れようがないのです。心の大掃除が必要な時かもしれない。
2009.10.07
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♪ コッコッコッコッと右へ左へまた右へ 楠の木陰をハト啄(つつ)きをり 二羽の鳩が歩道の上を器用に突っつきながら、忙しそうに右へ左へと歩きまわっていた。多分、私の目には見えないほどの小さな楠の実が落ちているのでしょう。一定のリズムで首を上下させている姿は、まるで機械仕掛けで動いてるように見える。あんなものでお腹が膨れるのかなあと思って見ていましたが、あれは”おやつ”を楽しんでるんだ、と思えばそれはそれでいいのかも。鳩はオリーブと共に平和の象徴とされますが、これは旧約聖書のノアの方舟の伝説にも関係しているのだとか。ノアは47日目にカラスを放ったが、まだ水が乾く前であったからすぐに戻ってきた。ハトを放ったところ、オリーブの葉をくわえて戻ってきた。これによりノアは水が引き始めたことを知ったという。缶入りの(両切り)ピ-ス。いわゆるカンピー。スペイン歌曲に「ラ・パロマ」という有名な歌曲があります。ハバネラのリズムで創られているため、南米の歌だと思っている人も多い。南スペインの鳩は、真っ白な小振りな身体に目と足がピンクで、とても可愛らしいんだそうです。スペイン語で「ラ・パロマ(鳩)」「パロマ ブランカ(白い鳩)」「パロミータ(小さな鳩)」と呼ばれてる。歌詞は 「誰ひとり見送ってくれない旅立ちに、 君だけが一人見送ってくれた もし君の窓辺に鳩が飛んでいったら、 私だと思って優しくしてやっておくれ 花の冠をかぶせてやってくれないか ああ、いとしい人、私のもとに来てくれないか。」 というラブソング。学名:Rosa hybrida hort 'La Paloma'薔薇の花にも「ラ・パロマ」というのがあるんですね。まさしく南スペインの白鳩を意味しているような純白の薔薇。しかしこれはドイツで開発されたもの。純白へのあこがれは世界共通のようです。日本にいる鳩がすべて純白の鳩だったら、鳩のイメージもずいぶん違うものになったでしょうね。あのグレーがかった鳩の色は、如何にも湿潤な風土の中で”哀れと侘びしさ”を感じることがありますからね・・・・・
2009.10.06
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♪ 洗い桶の芋のごとくに村人の弄ばれて川流れゆく 八ツ場ダムのために40年以上に渡って拒否と受諾の間で苦しめられた町民が、今度は中止の宣告を受けて困惑している。1994年(平成6年)より工事が始まり、川原湯温泉街をはじめ340世帯が完全に水没するため、すでに移転・転居の手続きはほぼ完了している。新国道145号八ッ場バイパスと県道林長野原線が、対岸の川原湯側に県道林岩下線とJR東日本吾妻線の付替線が、両岸を結ぶ橋として県道川原畑大戸線(仮称1号橋)と県道林岩下線(仮称2号橋)が建設中。転居を余儀なくされる住民のための代替地造成や防災ダム建設なども進められている。「八ツ場あしたの会」より2004年(平成16年)、八ッ場ダム事業は2度目の計画変更を行い事業費が2100億円から4600億円に上昇。事業反対派は建設事業費に基金事業費、起債の利息も含めると総額8800億円になるという試算を示し文字通り日本のダムの歴史上最も高額なダム計画となったとしている。恩恵を受けるとされてきた利根川下流の一部住民からは「ムダな公共事業」との批判が起こり2004年(平成16年)11月、関係都県(東京、千葉、埼玉、群馬、茨城、栃木)の各地方裁判所においてそれぞれ公金支出の差し止めを求める住民訴訟が一斉提訴された(ひとつでも勝訴すれば、事実上建設ができなくなる)。利水および治水の必要性という側面からの是非が論ぜられた一方、国土交通省からのOB天下りを受け入れた公益法人と企業が、競争入札を行わない随意契約で多数の業務を受注していたことが判明。2004年前後数年だけで事業落札に絡んだ37社の企業に国交省から52人、随意契約業者57社に99人、財団法人国土技術研究センター、同ダム水源地環境整備センター、同ダム技術センターなど7つの公益法人に25人が天下っていたことなど、民主党の衆議院議員長妻昭が2007年に国交省から得た資料により判明し、政官業癒着の観点からも物議を呼んだ。政治の裏で人間の欲と面子と利権と権力が、一般の何も罪のない人々を無残に弄んで不幸に陥れる。何んとか族が、血税を湯水のように使って無駄を承知で造りまくる施設群。全国の空港しかり。箱ものしかり。アメリカの戦争もまたしかり。現場は、本体工事はほとんど手付かずの状態のまま道路の橋脚が立ち並んでいる。中止になった場合、この現場は人間の”欲の記念碑”あるいは住民の”心の墓標”として後世まで残すべきでしょう。
2009.10.05
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♪ こがねなる稲穂は国のまほらまの満ちたりし空に十五夜の月これぞ日本の秋という黄金色に輝く稲田は、刈り入れも終って満ち足りた空気に包まれています。島国の山里に囲まれた日本の原風景はこの田園風景にあります。稲作こそ日本が日本を維持していくための鍵になるものだと思います。大規模農業などではなく、個人と個人の集団でこそ成り立つ仕組みをもう一度構築し直すべきでしょう。輪島の千枚田では結婚式も・・・輪島市観光課 0768-23-1146 まるで図ったように前日までの雨が上がって快晴となった昨夜は、美しい十五夜の月が一晩中輝いていました。朔(新月)から望(満月)までの平均日数は約 14.76日で、旧暦15日の月齢平均より0.76日分だけ長い。このため、実際の満月は旧暦15日より遅れる傾向があるんだそうです。で、今年の本当の満月は今日(4日)なんだそうですね。今日は朝から雲ひとつない快晴です。全く雲がない空というのは、却ってとりとめのない味気ない感じがします。少し雲があった方が情緒って言うものがありますね。快晴の空なんて歌にもなりませんしねぇ。今夜もどうやら晴れそうです。本当の秋の満月を満喫するには絶好の夜ですね。でもやっぱり、時々月を横切るような少しの雲があった方が、時の移ろいを感じさせてくれるというものですね。
2009.10.04
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♪ トイレには世界地図あり赤道とオーストラリアは意外に近し オーストラリア大陸の上を南回帰線が通っているということに、地図を何気に眺めていて改めて気付いた。そんなに赤道に近い位置にあったとは思っていなかった。どうりでメルボルンやタスマニア辺りは過ごし易いわけだ。もっと寒い所だと思っていなので・・・・北回帰線でいえば、メキシコ、インド、ハワイ、サウジアラビアがある辺りだから、かなり赤道にも近い位置に当たる。赤道に近い方は結構厳しい気候なのでしょう。太陽が地表を照らす角度(太陽高度、仰角)は季節と時刻によって変化する。いちばん角度が大きくなる正午ごろの場合(このときの太陽の角度を南中高度という)、春分と秋分の日には赤道上で垂直に照らす。また北半球の夏至には北緯23度26分で、北半球の冬至には南緯23度26分で太陽が垂直に照らす。この緯度が最も高緯度で太陽が天頂に来る地域であり前者を北回帰線、後者を南回帰線、あわせて回帰線と呼ぶ。 Wikipediaより地球の大陸はずいぶん北に偏っているというのは何故なのでしょうかねぇ。その偏りのバランスをとるように、南半球の先端に南極大陸が鎮座しているというのも面白いね。北極には大陸はないわけだから・・・・・★ところで、20016年のオリンピックはブラジル・リオデジャネイロに決まったんですねぇ。東京は残念なだら落選した。五輪の意味する五大陸の内、南アメリカ大陸では一度も行われていないというところが決め手になったのかな?治安の問題が一番危惧されるけれど、これを機に国家が一団となって乗り越えれば今のブラジルならクリアできるでしょう。ブラジルは「Brics」に示されるように、経済発展が目覚ましい国です。日系二世・三世が企業の中枢で大いに活躍されていることも嬉しい事実ですね。ブラジルには、現在、ブラジルの総人口の約1%に当たる約150万人の日系人が生活していると推定されており、外国において最大の日系社会を構成しています。今では日系6世まで誕生しており、2008年が移民100年にあたり長い歴史と重みがあります。本来勤勉な日本人移住者たちは、農業から得た収入を子供の教育に投資しました。そして、教育を受けた優秀な人材が大学卒業後、個人の能力次第で成功できる知的専門職の世界へ進む2世が多くなりました。現在では、医者、学者、法曹界等で活躍する日系人が増えており、各界の頂点を極める人材も輩出するようになっているそうです。 サンパウロ大学学生の15%が日系人と言われ、近年では、大手新聞社や雑誌社の記者、俳優、歌手、芸術家も多く、マスメディアで活躍する日系人も目立ってきているのだとか。外務省がブラジルで実施した世論調査でも、ブラジル人の80%以上が日本人移住者や日系人がブラジルの発展に貢献していると答えている。日系人への高い評価がそのまま日本という国への評価にも投影され、地理的に遠い異文化圏であるにもかかわらず、ブラジル国民の多くは非常に親日的だそうです。日本でやるよりもこちらから出向いて行って、スポーツを通してより一層の緊密な交流が出来ることに意味があるように思います。というか、今後の世界経済をひっぱて行くだろう重要な国でもあるわけですから、外交的にもどんどんプッシュしていく相手でしょう。位置的にはほとんど日本の真裏に当たる、最も遠いところでの開催という事になりそうです。けっこう暑いのでそのあたりの対策が重要になってきそうですね。
2009.10.03
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♪ 目の前で噛みつきあいしオス猫の死守せむものの吾にはありや 毎度毎度、噛みつき合っての猛喧嘩。オス猫というのは因果な生き物だ。久し振りに我が家で過ごしている”ギンちゃん”が、どこぞの白ネコと喧嘩を始めた。石で追い払おうとしても無駄。両者ものすごい声を張り上げ、一瞬のすきを突いて飛びかかって行く。首根っこに噛みつき合い、組み合ったまま転げ回って、そりゃあ激しいものだ。その辺にある植木鉢なんか無残にもひっくり返っている。如何に相手に痛手を与えるかの戦いだから、お互いに負った傷はかなりのもの。治るか治らないかのうちにまた新しい傷を負ってくる。大概は自分で舐めて治してしまうのですが、舌が届かない部分をやられるとなかなか治らない。時期によってはその傷が化膿して強い悪臭を放ったりする。そうして傷を負って帰って来ても、決して弱音を吐くことなくじっと痛みを堪えている。こんなオス猫の生き方はすごいと思うし、敬服さえしてしまう。場合によっては、その傷がもとで死ぬこともあるという。そうまでして守ろうとするテリトリーの意味は・・・・・。繁殖の時期に多い喧嘩だが、その時期は結構幅があって年中やっているような印象がある。ギンちゃんはもうかなりの高齢なはずなのに、未だにこんな喧嘩をしている。生きるためとはいえ犬の世界にはない習性で、ネコ科独特のものなんだろうか。”犬は人に付き、猫は家に付く”という。そのあたりに理由(わけ)がありそうなのだが・・・・・。普段あまり仲がいいとは言えないが、珍しく並んで寝ている「アンリ」と「ギン」もう一匹の飼い猫”アンリ”はというと、最近喧嘩をしている風の声を聞くことがある。しかし、にらみ合いで終わっているのか大きなケガをして帰ってきた事がない。とにかく逃げ脚だけは早いので、やばいと思ったらすぐに木にでも登ってやり過ごしているのかもしれない。こいつは、だらしないんだか賢いんだかよく分からない。
2009.10.02
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♪ しゅうれいの朝のみそらに立ちのぼる雲になりゆくふたすじのもの 秋の長雨も今朝はお休み。湿気を含んだ今朝の上空には冷気が流れ込んだのか、火力発電の煙突に二筋の水蒸気が上がっています。気温が高いうちは何も見えないのですが、こうして見えるようになったことで少しづつ寒気が忍び寄っていることが分かります。モズの高鳴きか、しきりに「キチキチキチ・・・・」と鳴きつづけ、朝の空気を震わせています。上空を、大きな鳥がこちらへ(南から北へ)向かってつぎつぎと飛んでいきます。秋の朝空は忙しそうです。
2009.10.01
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