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今日も、芸術の力に 感動してきました。午前中、1才の孫を おんぶして、家人と喜多方市、隠里(かくれざと)の 地名 と 名前が、そのまま同じ、喜多方市にある ギャラリー 「隠れ里」に 行って来ました。まるで、切り絵 のような 繊細さ。これが、あの、頑丈な蒸気機関車と同じ、鉄で 出来ているなんて作品を、どんなに、ジーーーー っと 見つめていても、とても、信じられない。 蔵を 移築したという 館内は、繊細 華麗で、温かな 鉄の芸術品で あふれており、私は、初めて、金属による、このような空間を 体験しました。どんなに 辛いことがあり、どんなに 苦しい毎日でも、これを見て、そんなことは、一瞬でも 忘れて、楽しんでね。と、慰められるような 作品群の空間。地元、福島に、こんなに すごい人が、いるなんて、今日まで、知りませんでした。画廊のオーナーは、東京の人で、(隠里の 牧歌的、風光明媚に引かれて移住という) 企画展も、フランス人の 陶芸家とか、なかなか、ユニークで、田舎なのに、オーナーのこだわりは、全国メジャーで、刺激的である。私は、家人に うるさがられ、うとまれながらも、同行して行き、いろいろ ハッとする経験を できることに 感謝である。で、オーナーは、骨董についても、詳しくて、画廊の2階で、貴重な掛け軸を、見せていただいた。私は、孫を おんぶしているので、背中の孫を あやしながらなので、じっと、していられない。それで、置いてある掛け軸の入っている箱の すき間の 畳の所を またいで、移動したのであるが、家人には、貴重な掛け軸の箱を、またいだ ように 見えたのか、不敬罪に 値するくらい。信じられない。と、私の蛮行を 非難し、落胆して おりました。まあ、そんなことも ありましたが、「鉄が、鉄にして、鉄にあらず。」宮沢賢治の心が、響いて来るような作品を、地元で見ることが出来たことに、感謝です。安斎氏の個展は、これから、東京の三越でも、予定されているそうです。
2016年05月25日
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今、話題沸騰の「若冲」展5月6日行って来ました。テレビの BSとか デジタルで、何度か 若冲 番組を 放送していて、テレビで見る、行列のすごいこと、すごいこと。その行列のすごさに、「若冲」展は、「行く」 「行かない」にハッキリと、二分されそう。私のような おばさん達は、そんなに すごい芸術品なら、行列の待ち時間にこだわらず、ぜひ、ぜひ、行って、この目で確かめなければならない。そして、「今、すごーく話題になってる 若冲展に 行って来たのよ。」と、井戸端会議で 吹聴し、みんなから、「へぇー。すごーい。テレビでも、やってたよね。私も、行きたーい。」と、あこがれのまなざしで、見つめられるのも、まんざらでもない。という 派と、テレビで見る行列と、待ち時間を考えただけで、うんざり。「あんな行列してまで、行きたくない。」という 派。で、私は、行列も、待ち時間も、なんのその、あの、若冲さんと、「皇室の名宝」展 以来の 再会。となれば、ただ、ただ、「行きたい。」「行きたい。」で、家人に、「一緒に 行かない。」と、一応、言いましたが、案の定、「混雑していて、よく見れないから、行かない。写真で 見たほうが よい。」と、言う。いつもは、しつこく、「一緒に行こう。すごいんだよ。テレビでも 言ってたじゃない。」と、言うのであるが、 以前、東京国立博物館で「故宮博物院 神品至宝」展の時、一般公開は、数年に一度、という、神品の絵巻を 見たいと 思って、家人と行ったのであるが、「神品至宝」鑑賞 の列に並んで、並びの時間が ありすぎるので、その間、家人と交代で、私が、他の作品を見ている間に、 家人が、勝手に、列を 棄権してしまい、見れず、帰り、 上野の精養軒で2人で ビールを 飲んでしまった。という 苦い、経験があるので、無理に 家人を 誘わずに、「じゃ、図録 買ってくるから。」と、私 一人で行くことに、決めた。で、いつ行くか?平日は、休日より混雑しないと思うので、平日 行きたいのだが、孫の子守りがあって、行けない。7日の土曜日にしようか?と、思い、5月4日の 連休中に、娘に 「若冲展を 見に行くから。」と、言ったら、娘は、「6日に 仕事 休み取っている。」 と、言う。予期せぬ なんという幸運。では、平日の6日にしよう。連休明けだから、みんな連休疲れで、美術館、空いているかもしれない。なるべく、空いている時に 行き、じっくり、見たい。ということで、急きょ、6日の日に決める。では、交通手段は、鉄道か? 高速バスか?で、連休中 6日までの、新幹線は、「大人の休日」の 割引が きかない。では、価格の安いバスにしよう。 5日の 午後11時発の夜行バスに 乗れば、翌朝の 6時過ぎには、東京駅に着く。そこから、上野に行けばよい。 ということで、5月4日、あわただしく、もう、残席2枚しかないという、バスの切符を 買い、近くのコンビニで、若冲展の入場券を買った。あとは、5日 午後11時の夜行バスに乗るだけ。なのであるが、今まで、夜行バスに 一人で乗ったことが無い、娘と一緒とか、昼間の高速バスでも、家人と一緒とかである。 隣の窓側の席が、男性だったら、嫌だ。 昼間なら、まだしも、夜中、一晩である。 見知らぬ男が、隣の席に 一晩中いるなんて、心地よいものではない。7日の新幹線にしようか? 嫌な気分で、ストレスの一夜なら、少しくらい値段が高くても、新幹線で、快適に行ったほうが、良いので、バスをキャンセルしようか?と、悩んだが、席を変わってもらうことも、出来るのでは?と、覚悟を決めました。 5日の夜、おにぎり4個作り、ペットボトルに水を入れ、ウエストポーチと、ナイロン製の 小さくたためるリュックを持って、家人に 車で、バスターミナルまで、送ってもらました。 そしたら、予想外、夜行バスは、結構 女の人が多く、心配した、私の隣の席は、若い女の子でした。よかった。よかった。これで、安心して、眠れる。で、通路斜め前の席は、男性が 窓側で、後から、女性が、通路側の席に座りましたが、女性は、隣が、見知らぬ男性でも、まったく、気にする様子もなく、スマホを いじっていました。それを見て、「私も、そんな風に 度胸をつけて、慣れないといけないのだ。そうでないと、一人で どこにも行けない。」と、自分に 言い聞かせました。 夜行バスは、途中、パーキングで、トイレ休憩や、時間調整などありましたが、あまり、眠れませんでした。 夜明けの東京は、通行人、誰もいなくて 青葉が目にしみ、田舎のようでした。皇居の周辺を、通り過ぎましたが、昼間の喧騒は、まるで、蜃気楼 ウソのように 静かでした。 終点、東京駅から、山手線で 上野に行き、6時半近く、都美術館に着きました。そしたら、私は、なんと、3番目でした。ラッキー。 でも、9時過ぎまで、3時間も 待ってなくてはならないのです。はて、どうしたものか?一応、時間つぶしに、文庫本を持って来ていて、リュックに たまたま 入っていた チラシを 地面に敷いて、座りこんで、読んでました。私の前の2人のおばさんは、上野の近所の人で、肌寒かった朝で、交互に 家に 上着を取りに 戻ったりしてました。 開場は、少し 早めで、職員の誘導で、受け付けに 向かいました。 会場に入ると、順序に従って、見ても、前をさえぎる人は、2人だけだから、ゆっくり、見れると思っていたら、後からの男性が、早々と、上の階に行きました。それを見て、わたしも、順路など、関係なく、速足で、サー と 見て、上の「動植綵絵」に向かいました。 そしたら、人影は、まばら、みんな、下の階を、じっくり見ている。 その間、しばし、私は、 思う存分、誰にも、邪魔されず、「動植綵絵」30幅を、間近に 堪能することが 出来たのでした。絹地の横糸まで 鮮明に見えるというなんという 贅沢さ。 「皇室の名宝」展では、絵の下のほうは、人だかりが すごくて、そのすきまから、ピョン、ピョン ピョン、ピョン、ジャンプ しないと、見れなかったのに。 それが、信じられないことに、掛け軸の 前の ガラス面に 一人 張り付いて 細部まで 見ることができたのです。 豪華絢爛な絵、中年おばさんが、大、大、大好きな あでやかな 花の絵柄。着物の模様に染め付けて、着てみたい。 ニワトリの絵も すごい。世界中で、これほど リアルな ニワトリの絵を描ける人が、いるだろうか?これほどの集中力を持って、細部の細部まで、生真面目に 絵筆を走らせられる 超人は いるのだろうか? 一人で、自由気ままに 鑑賞して、帰りは、家人に、図録を買い、 夕飯に、新宿 高島屋、デパチカで、老舗、「なだ万」のおかずを買い、バスの中で、家から持ってきて 残っていた おにぎり1個と 缶ビールと共に、食べました。いろいろな具材が入っていて、とても、おいしかったです。 ささやかなれど、身も 心も、ぜいたくな一日でした。
2016年05月22日
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朝の6時半ごろ、突然、近所に住む3才の孫から、電話が来た。泣き声で、「おばあちゃんに、会いたい。おばあちゃんに 会いたい。すぐに 会いたい」 と、そんな朝の電話など、今までになかったので、何事か?と、驚いたが、同居のおばあちゃんが、用事で、東京の家に行っていて、いないので、急に、淋しくでもなったのだろうか?ここ数日、我が家で 面倒みていて、幼稚園の帰りの午後から、夕方まで 我が家で過ごしていたので、私の夢でも見たのだろうか?私が、「きのう、おばあちゃんと、 一緒に 遊んだでしょう。今日も、これから、行くからね。待っててね。」と言っても、「おばあちゃんに 会いたい。」と、言い続けている。いつも、一緒にいるおばあちゃんが、東京に行っていて、いないので、寂しいのかもしれない。なんとか、なだめて、電話を切り、7時半ごろ、祖父母 2人で、孫の家に行き、娘は、仕事に出掛けるので、上の孫を、幼稚園バスに乗せ、下の1才の孫を、連れてきて、子守りである。そして、夕方、仕事帰りの父親が、孫たちを 迎えに来るのであるが、下の孫は、父親の姿に 嬉々として、突進するのであるが、上の孫は、「おばあちゃん ち〈家)で、ご飯食べて行くー。」と、後ずさりする。「ばあちゃんちなんて、おいしい ご馳走なんて ないから、家に 帰りな。」と、言っても、「おばあちゃんちで 食べて行くー。おばあちゃんちで、食べて行くー。」と、泣く。ご飯くらいで、孫を泣かせていることもないので、夕ご飯 食べさせて、孫を送っていく。それにしても、母親が、迎えに来ても、何故か、孫は、帰らない。それで、我が家で、孫の様子を見ながら、孫が、「家に 帰る。」と言いだしたとたんに孫の気が変わる前に、即、急いで、連れて行くが、孫の家に着いて、娘が、玄関の戸を開けたとたん、孫は、どういう心境の変化か?尻込みして、中に入らず、「ばあちゃん家に 行くー。」と言って、悲壮な顔で、私にしがみついて 離れない。何とかして、中に入れようとするが、3才児の本能的全力の抵抗には、大人も タジタジで、かなわず、その切羽詰まる悲痛な泣き声は、まるで、幼児虐待をしているかのようで、ばあちゃんとしては、耐えられない。そして、また、自転車の後ろに乗せて、「また、ばあちゃんちへ 帰るなら、どうして、家に 帰るなんて言ったんだ。」と、3才の孫に、愚痴をこぼしながら。連れ帰ったこともある。孫は、そんなばあちゃんの愚痴など、なんのその 鼻歌 歌って 上機嫌。まいった。まいった。ということで、かなりな度合いで、孫に好かれてしまっている。方言丸出し、ぞんざいな物言いで 身近かから、敬遠されている私が、孫から、好かれていることに 周囲は 不思議がって、「孫から、好かれて、良かったね。」と、冷ややかにのたまう。末の息子は、我が家で、嬉々として 過ごしている姪に、「こんな家、つまんねぇーぞ。どこが、面白いんだ。」と、マジで 言っている。まあ、私としても、こんな風な 孫との蜜月が、いつまで、続くことやら。短い期間、今のうちだけ、とは、思っているが、それにしても、この状態は、我ながら、うれしい想定外なのですが、どうしてだろう?どうしてだろう?と、考えていて、ハッと、浮かんだことは、もしや、私の精神年齢が、3才の孫と、同じなのではないか?孫と同じ思考回路なので、孫に、好かれているのでは、と、ということで、もしかしたら、かなり、ショックなことだが、私は、3才児の精神構造のまま、今まで、過ごしてきたのかもしれない。
2016年05月18日
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