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明日から12月ということもあり、少し吐き出しておきたいと思います。ちょっと長くなりそうなので、2日に分けて書くと思います。愚痴のようなものも書いてしまうかもしれませんが、いつものようにご了承を。しかし、多くのご意見・感想をお待ちしてます・・・。じゃんじゃん、書いてやってください・・。辛口でも受け付けます。しかし、明らかな嫌がらせは拒否します。率直な意見をお待ちしています。今年に入り、4つの仕事をやってみました。今その4つ目は続行中ですが・・。<前編>一つ目は介護に関わる仕事。以前日記にも触れましたが、とてもやりがいがあり、私は本当に介護していた御利用者様達がとても慕わしく、大好きでした。何よりも心を尽くし、心を通わせることが重要視される仕事だったので、そういう現場が私は好きでした。責任も非常にある仕事である意味命にも関わることが多かったので精神誠意尽くすことが要求されました。肉体的にもハードであり、毎日腰は痛くなるし、筋肉痛でした。しかし、気持ち的には与えているつもりでとても多くのものを私は与えられました。こんな至らない私をかわいがって下さり、逆に心を尽くしていただきました。最後辞める時に私は声をあげて泣いてしまい、御利用者様達も私が辞めることにショックを受けとても惜しんでくださり、お互いに泣く泣くお別れしました。しかし・・、その反面介護の世界は本当に厳しかったです。利用者様達が慕わしければ慕わしいほど、心が痛むことが多かったです。あまりその様子はここでは語れないのが残念なのですが、一言で言うなら、非常にご利用者様達がスタッフの人に邪険に扱われていることでした。そう・・、すべてのスタッフというわけではないけれど、そこで立場が強いスタッフ(要するにそこでの仕事の勤務年数、時間が長い人たち)が意地が悪く、全くもって道徳心がない人たちが多かったのです。いじめはもちろんのこと、陰口・悪口・・。言葉使いも乱雑であり、私にとってはとても信じられない光景でした。それは同じスタッフでも心ある人が数名いたのですが、そういう人たちをいじめたり、怒鳴ったり、邪険に扱ったり、ご利用者様に対しても同様に酷い扱いをしていたのです。それをそこの施設長も見て見ぬ振りをしていて、その問題を解決することに対して逃げていました。私はあまりにも酷い現場に見かねて何度か助言をしたのですが・・、結局無駄でした。そのほかにも法律的にまだまだ整っていないところが多いのが介護の世界であり、事務的なことやその他さまざまな問題も多くありましたが。なによりもそこで働く人のモラル、人格面において、私は非常に苦しい思いをしました。そういった意味ではとても働きづらく、私の存在自体もそういう人たちにとって煙たかった存在だったに違いありません・・。その、立場が強い人たちからは阻害されていましたから・・。私は正直、仕事自体はやりがいがあり、楽しかったけれど、その仲間達にはとても苦しい思いをしてとてもストレスでした。といってもそのことが辞めた原因ではなく、外的なことと事務的なものだったのですが・・。介護の世界こそ、人格的にも錬られた人がやるべきではないのか?いつも自問自答していました。結局一番我慢するのはそこで多額のお金を払って入所している、ご利用者様なのです。多くの疑問を残したまま、その仕事場を後にしたわけです。未だに心にひっかりがあります。”皆さんどうしているだろうか?”と・・・。2番目はとある大手スーパーのところ。ここの現場も凄かったです!ここは私のような直接雇用の人もいれば、シルバーさんもいるし、派遣で働いている人も多くいました。まだ私のような直接雇用の人は守られていたのですが、そこでも心が痛むことばかりでした。特にシルバーさんたちに対する現場の上司の態度はえげつないものでした。現場の上司は私と対して変わらない年齢の女性で、自分の親ぐらいの歳の、しかもシルバーさんで人生経験も豊富な、とてもきちんとしている紳士的な男性に汚い言葉を使ってこけおろし、時には感情的に怒鳴り散らし、そしてグループを作って悪口を言う・・。そんな現場でした。私がいた数ヶ月の間にシルバーさんが何人も辞めてしまい、ハローワークに苦情まで言った人もいました。もちろん、こんな現場ですから、職場の仲間も気持ち的に荒んでいて、すれていました。パートも何人も次から次へ辞めている仕事場でした。またたくさんの部署があり、いろいろな部門に分かれているのですが、私がいた部署だけでなく、多くの部署で陰険なことが多く行なわれていて、いつも誰かが不平不満を言っていて、喧嘩やいがみ合いは日常茶飯事でした。私も何度も怒鳴りつけられ、時には言いがかりをつけられ嫌な思いをたくさんしました。ここでも私の心は辛かったです。世の中どうなっちゃったの?これは日本がどんどん荒んできてしまったって事?それとも私がたまたまいる職場がこんなんなわけ?中にはいい人もいたけれど、そういう人は本当にいじめを受けるのです。その人から直接話を聞き、本当に驚きました。ここでは詳細は語れませんが・・・。要するに言葉の暴力です。しかも人前ではなく影でいろいろ直接本人に言ってきたそうです。なぜなのか?皆ストレスが溜まっていて、それを弱い人、おとなしい人にはけ口としてあたっているのか?とても苦しく、悲しみさえ感じました。そういう職場だからお客様にもいい接客、心遣いができるわけがありません。私にはよくわからない世界でした。一緒に仕事をするのだから、皆気持ちよく、お互いに思いやりを持って、道徳心を持ってやっていく努力をすべきなのではないのか?と・・・。それは人間なのだから時にはトラブル、行き違いもあるかもしれませんが、よくしていこうという努力は必要だと思います。垂れ流しはよくないと誰でもわかりそうなものですが・・・・。そして・・、自分自身も荒んでいくのを感じたのと、ちょっと自分に良くないなと思い、もっと自分を今いる現場よりも高められる職場をずっと探していて、出遭ったのが例の新規開拓の事業の内容でした。この先は次回に書きたいと思います。
2007.11.30
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私は子供が基本的に大好きです。自分の子供という意味ではなく、子供達が好きです。本当に純粋であり、本質的には一人ひとり個性があり、環境によってそれがプラスににもマイナスににもなってしまう生き物・・。人間自体環境に順応性がある動物なので、染まりやすく影響を受けやすいのだと思うけれど、子供なら尚更であると思います。まるで真っ白いキャンパスに色を入れていくようだから、子供を取り巻く環境はできるだけいいものを与えてあげたいと思います。各々の子供が持っている可能性は無限大だと思うし、それを出来る限り伸ばしてあげたいと痛切に思ってしまいます。そしてその過程を見守るのが好きです。とても責任あることだけれど、育てていくことにも興味があります。本当は子供相手の教育関係の仕事ができたらと心密かに思っています。学生のアルバイトとしてしか経験はないのですが、何かと子供相手にいろいろと教えてきた経験があります。高校生の時にそろばん塾で100人近くの生徒を受け持っていました。大学生の頃は、塾の先生をやり、小学生、中学生をみていました。そして馬術部において、夏休みになると、子供相手に乗馬教室を開講し子供達に教えていました。なかなか楽しく、やりがいがありました。そして何より子供達と接するのがとても楽しかったです。自分自身も子供達からエネルギーをもらうことができるからです。今でも公園に娘と一緒に行くと、そこにいる他の子供達とついつい一緒になって遊んでしまう自分がいます。(きっと変なおばちゃんと思われているかしら?と思いつつ)だんだん世の中が荒んできて、一番の犠牲になり、影響を受けるのが子供達ではないでしょうか?(そして老人達かしら?いつも弱い立場の人たち・・)いじめの問題も、いつも思うのですが、子供達の間だけなのではなく、結局大人達の間でもそれは起こっていることでしかも平然と行なわれているのが事実ではないでしょうか?いや、子供達よりも大人のそういう世界の方が陰湿かもしれません・・。あらゆるところでのいやがらせ、ねたみ、嫉妬、悪口など、男女環境問わず、日常茶飯事行なわれていることではないかと思うのです。しかも大人の場合、そこで叱ってくれる人がほとんどの場合いませんから、垂れ流しのまんまセーブが効かない場合が多いのではないでしょうか?子供達に言う前にまず大人達の世界を正していかなくてはいけないのではないかと思います。私自身、子供を持って、とても感じることは自分の子供によって自分の良心が高められているということを感じます。自分でいうのもなんですが、私は自分の娘の存在がとてもまぶしくて、時々自省をさせられています。きっと皆さんも同じような思いになったことがあると思います。それは・・、子供の心があまりにも純粋であり、清いからだと思います。生まれた赤ちゃんになんの私利私欲や邪心を感じることができる人がいるでしょうか?とても清らかな洗われるような思いを誰でもが感じるはずです。私も自戒を込めて、”子供に恥じない大人になりましょう”そして子供を取り巻く環境が少しでも子供にとって希望を感じる世界になれるようにしたいと切に願います。ちょっと説教じみた文章になってしまいましたが・・、あくまでも自戒を込めて。私が、私自身に特に語ってみました・・。
2007.11.29
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本音を言ってしまうと、私は正直UCでの人間関係はなかなか満足していたものであったと思います。。少なくても、今生活し、関わっている一般社会の人間関係に比べて私にとって納得できるものとなっていました。もちろん、、比較しての内容なので、UC内にもいろいろな闘いはありましたが・・・。個性がとても強い人もいましたし、変人もいましたから・・・・。(人のことはいえないかもしれませんが)しかし、唯一違うところは一定の基準・、モラルのようなものが厳格に守られていて、それなりの審判が下ったということです。それが私にとっては心地よいものでした。良いものは良い・・、悪いものは悪いと、それなりに評価がされ、少なくても最低限の本心によるところの善悪がある意味ではっきりしていたように思います。またそういう環境、人間関係だったからこそ、どんなに方向性が間違っていてもそれに気が付かず、20年もの間活動してきてしまったのではないかと思います。確かにそこには純粋に信じ切れる何かがありました・・・。というか、何かがあるはずでした・・・。共に歩んでいたメンバーはそれはそれは純粋な思いで歩んできたと思います。その思いは・・・、私は本当に未だに素晴らしいと思うし、結果的に間違いに気付いたとしても、本当はその世界は本当に真実であって欲しかったし、そういう理想の世界を本当に築いていくことが目的の集団であって欲しかったです。今現在UCの組織がどういう雰囲気の人間関係になっているのかは全くわかりませんが、私が歩んでいたあの頃・・、それは素晴らしかった・・、私の青春時代はあの中にあったのだということは苦しいけれど認めなくてはいけないような気がしています。私は神様の為、人類の為、自分の氏族、家族の為に本当に自分を犠牲にして私利私欲が一切無く純粋な思いでただひたすら歩んできたその思いを持っていたそのとき共に歩んだ兄弟姉妹達が懐かしく、慕わしく、愛おしく、切ないぐらいに、思いを寄せています。この一般社会でそんな関係を築きたいと思いつつ、絶対に無理に違いないと思いつつ・・。私はそんな出会い、そんな人間関係を再び築けることを心底願っています。ますます荒んでいく今の世の中・・。現在。とても生きずらいです・・。悲しく、切なくなります。私の心は震えています。辛くて・・、苦しくて・・。自分はどうしたらいいのかと、悶えながら・・・。
2007.11.28
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その後・・。私自身、今回の件について何かすっきりしない気持ちがあり、先生にお話をした方がいいかとても迷いましたが、娘がぶつかってきたお友達との関係にわだかまりがある様子を感じたので、担任の先生にお話を伺うことにしました。先生は直接現場を見た訳ではないのですが(というのも先生は違う場所にいて、直後は全く知らなかった)、娘が転んでしまったということはご存知で、しかもその内容は真実とはかなりかけ離れているものでした。私はそのことにとても驚きました。どういうルートで先生が知ったかは判らないのですが、先頭集団がとても人数が多く、押し合いへしあいになってしまい、校外の一般道路の曲がり角で益々混雑し、娘を突き飛ばしたお友達も違う子に押されてしまい、しかたがなくうちの娘に当たってぶつかってしまったというものでした。しかし、事実は・・、私も遠めでしたがそれくらいのことは肉眼でも見えました。そのことは集団の中でではなく、確かに2人だけの間で起きたということを・・・。コースはグランドをまず一周走ってから校外の一般道路を走ります。もう既にこの一周で先頭集団が作られ、それはいつもの3人であり・・、そのままその後に続くグループとかなりの差をつけて、一般道路に向かっていきましたから、たくさん生徒がいたというのはありえないことです。先頭の3人がぶっちぎりで道路を走っていたわけで、ましてや転んだ場所は曲がり角よりかなり手前でした。先生の話を聞きながら”え~!!そんなはずじゃあ・・”と心の中で思いましたが、あまり言い返すことはできませんでした。そして大会が終わった後にぶつかったお友達に先生が聞いたところ、その子がすかさず、”だって他のお友達にぶつけられて、私もよろめいて○○ちゃん(娘の名)にぶつかっちゃったんだもの”と言ったそうです。私はそういうことを7歳の小学一年生の子がいうものなのかということがとてもショックでした。この子はきっと何かにおびえているのでしょう・・。そのことがとても不憫でなりませんでした。自分でやってしまったことの負債のようなものを感じ、それを周囲(特に大人、先生や両親)に決してやってしまったことを知られたくないのでしょう・・。とても悲しいものを感じました。この件は娘と話し、もう終わりにしようと言ってあります。娘には"その子のことは許してあげようね。神様はすべてを知っているよ!だから大丈夫!”と、最終的には教えました。この一件のことは周囲の関係者の人には誰にも言わずに私たちの心に秘めておこうと思いました。娘には本当にまっすぐに尚且つ逞しく、育って欲しいとしみじみ願った一件でした。
2007.11.28
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人生いろいろあります。小学校1年生の子供の、その小さな世界にもさまざまなドラマが隠されています。我が娘、走るのがまあまあ得意です。学年でだんとつトップではないけれど、2位、3位を争うような走りです。運動会でもリレーの選手に選ばれ、トラックを1位で駆け抜けました・・・。冬に入り、今度はマラソンのシーズンです。この間マラソン大会が終わったばかりなのですが、娘にもドラマがありました。大会一ヶ月前から学校ではマラソンの練習が始まりました。マラソンカードが配られて、生徒全員で練習します。娘も毎日サボらず練習していました。娘の話を聞いていると、なかなか好成績の様子。しかし、どうしても一番は取れない・・・。そう短距離でもだんとつトップの女の子がいて同じ子だという・・。他のクラスらしいので、クラスでは娘が一番らしい・・。とにかくマラソン大会に向けて娘の中でかなり盛り上がっていました。私は本人にすべてを任せそれを見守る形で微笑ましく見ていました。本番前日同じ一年生のママ達と話す機会があり、凄いことを小耳に挟んでしまいました。皆ほとんどの子が親ぐるみで練習をしているのだそう・・・。お母さんがストップウオッチを片手にお父さんが一緒に走る・・。そしてそういう環境が作れないと、お友達同士集い、練習するのだそう・・。凄い子は運動会終わってからもう練習に入っているそうで、私はその話を聞いて本当に驚いてしまいました。特にトップグループの子達は皆やっているのだそう・・。それをいつも身近にいるママさん達がそれこそ当然のように話をしていてそれもそれで驚いてしまいました。皆気合が違う・・。私は子供にすべてを任せていました・・。のんびりしていました・・。あまりにもの加熱振りに私は完全にひいてしまいました・・・。ここの土地柄なのかしら???そしてマラソン大会の当日の話が出てきて、"毎回必ず転ぶのよね~。特に先頭集団は危険よ!皆勝とうとして凄いから・・。”だからどうやったらそれを回避できるか、勝負に勝つことができるか、子供にかなり教え込んでいるということもいろいろ話をしていて、私は完全についていけていませんでした。"大丈夫かしら?うちの子・・”という不安だけは心の中には残りましたが・・。そして当日・・・。スタート後、すぐに先頭集団が作られ、ずっとトップ争いをしていた娘・・・。なんと・・、途中で内側からぶつかって抜いていった子に諸に倒されてしまい・・、転んでしまいました。その後、暫く起き上がれず、周囲の声援の中、起き上がり、負傷しながらも泣きながらどうにか完走しました。そして後から知ったのですが、かなり勢いよく内側後方からぶつけられた(つきとばされた)せいか、顔、口、ひじ、膝て、手など結構あちこち怪我をしていて、口の中まで切っていました。またぶつかってきた子が同じクラスで、ごめんなさいも何もなかったのが本人もショックだったようですが、親としてもいろいろな複雑な思いはありましたが・・、こういう小さな体験(本人にとっては大きな体験)を一つ一つ乗り越えながら積み上げて成長していくのかもしれない・・、そういうものなのかもしれないとしみじみ思ったマラソン大会でした。しかし・・、親の子供に対する加熱振りにはちょっとついてはいけない地域ですが・・、うちはうちでマイペースでやっていきたいと思っています。
2007.11.26
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私自身、今の生活・生き方に満足していないということはわかり切っていることです。何がどうして、満足できないのか?何を私は望んでいるかというと・・。しかし具体的に何かというと・・・・。そしてどうしたいかというと・・・。結局のところ・・、あの集団の中でやってきた以上のことを今の現実世界で何事もやっていないし、築けていないことによる虚しさと、焦りなのだと思います。どうしても比較してしまい、自分が情けなくなるのを感じます。人間関係しかり・・、確かにあの集団の中での絆は兄弟姉妹、家族というのにふさわしい関係が私自身築けていたと自負しています。人生に対しても、仕事に対しても、普段の日常生活にしても自分自身の気持ちの持ち方にしても・・、”洗脳されていた”と言ってしまえば簡単に片付けられてしまいそうだけれど、確かに充実はしていたのは間違いないと思います。私はあそこにいた以上にそういった人間関係を築きたいし、また気持ち的にも充実した思いで生活したい・・(というよりはしなければならないと思うほうが正しいのかな?)。自分はあれだけできたのだから、もっともっとできるはず。せめて・・、同じぐらいにはできるはず・・。といつも心の底で思っています。そうじゃなかったら、悔しいじゃない・・という思い。あんなところで一生懸命やっていた自分が惨めじゃない・・という思い。まるであんなところでしか一生懸命なれなかった自分が馬鹿なようで・・。いつの間にか私の基準があそこで一生懸命にやってきた自分にあるのに気付きます。なぜ、あんなところで、自分のすべてのパワーを使い果たしてしまったのだろうか?とふっと思うときがあります。あまりにも全身全霊捧げつくしてしまったのか、もぬけの殻になっている自分を感じるときがあります。しかし・・、これだけは思います。どんな自分になろうとも・・。やはり、あそこを抜け出てよかったと・・。こういった遅咲きだけれど、間違いに気付き、新しい人生を歩み始めてよかったと・・。これでよかったのだと・・。心からそう思います。
2007.11.19
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この前の日記で”気になること”があると書きましたが、本日それについて書きたいと思います。職場でのこと・・・。初日から、一緒のパートさんにいきなり、”私とタメなんだよね!”と唐突に言われました。その人は同じパートといってももうそこの職場で10年選手・・。大先輩であります。しかも、こういう業界は高校生のバイトからの経験者。ベテラン中のベテランです。本人がそう言っていました・・。あまりにもの貫禄ぶりに、そして見るからに申し訳ないのですが・・、オバサンぶりに、私は”私ってこういう年齢になっちゃったんだ!”ととてもショックを受けてしまいました。その外見しかり・・・。わたしより5歳は年上だろうと思っていたからです。しかし・・、それと同じぐらい、いやそれ以上に驚いたのは、(なぜ、私の年齢をはっきりと知っているんだ!)ということでした・・。ひじょうに胸騒ぎがしましたが・・、この個人情報に厳しいご時世にまさか!とは思い、いくらコンビにといっても有名なところだし・・、社員教育はしているでしょう・・。まさか!という私の思い。嫌な思いを自分で一生懸命に打ち消しました・・。きっと店長が次に来る新しい人ということであらかじめ紹介をしておいてくれたんだ・・と必死にプラス思考してみる・・。そして2.3日後・・。決定的なことが起きてしまいます。他のパートさん・・。仕事を私に教えながら私のことをいろいろ聞いてきました。なんと・・、マンション名や部屋番号まで知っていて、その人の仲良しママ友が何人かそこに住んでいてよく知っていることなど・・、ペラペラ話してきました・・。本当にびっくりしました。なぜ、知りえるのか、そんなことまで・・・。大抵コンビニなどでパートで働く場合、そのほとんどが住んでいるほんの近場の人が多く、もちろん私もその例外ではなく・・、生活圏内なのです。本当に"ゾク”っときてしまいました。思わず”え~、どうしてそんなことまで、私が言ってないのに知ってるんですか?”と聞いてしまいました。すると・・、彼女は平然と・・”う~んと・・、履歴書見たのかな?履歴書だったかな”だって!!!!私は本当に驚きました!なんということ・・!!!履歴書が見られているんだ!やっぱり・・。信じられない。私は思わず青ざめながら、彼女に”え~、どうして、履歴書なんか見れるんですか?”と聞いたら、ようやく彼女はそのことが非常識だったってことが気が付いたのかは判りませんが、罰が悪かったのか”う~ん、違ったかな?他のところかな?”なんてごまかしていたけれど・・。でもあっけらかんとしている・・。私は明らかに私の履歴書がほとんどのその職場の従業員に見られたということを察知しました。なんということかしら・・・。店長に聞いてみたいと思います。もう本当に正直憂鬱です。履歴書には別に変なことは書いてあるわけはないですが、少なくとも個人情報はすべて載ってます。最終学歴や職歴はもちろんのこと・・・。なんてことだ!ふざけるなと言いたいです。慣れない職場の従業員の人達はホント皆さん長くお勤めで仲良く、その人たちが皆私の個人情報を知っていると思うと・・、本当に嫌な気持ちになります。だって向こうは知っていて、私は何一つ相手のことを知らないのですから・・。こういうことって許されるのでしょうか?とにかく店長には言おうと思ってはいますが・・。言って解決付くものでもないとは判ってはいます・・。だって記憶は消せませんから・・。この理不尽なことに対し、どう対処したらいいものやら・・。ふ~。タメ息が出ます。
2007.11.16
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私はカルトとと呼ばれる集団組織に20年も所属・献身し、そこでの国際結婚をして家庭を持っています。時は定かではありませんが、夫と共に約2・3年前に自然自主脱会をしました。自分で言うのも恥ずかしい限りですが、狂信的な信仰的歩みを徹底的にしてきて、思う存分歩むだけ歩んできた結果、間違えに気付いたので、離教しての恐怖心は全くありませんでした。そして、変な話、神様との心情的な出会いは数限りなくあり、その教えの通り、”親子の心情関係を築く”という目標の中、確かにそういう絆のようなものは今でも持っているので、ぼんやりとはしてはいますが、どこか安心感のようなもの、許されているというような感覚は持っています。神様を思うからこそ、間違っていることに気付いたように思います。私の中の”良心”が感じ、それを許さなかったのだと思います。私にとってのリハビリは、”恐怖心”から抜け出すことではありませんでした。まさしくそれは”社会復帰”をすることです。まともに人生を生きていくことです。今それと闘っています。今まで自分の何が問題か気付かないでいました。最近私は少しづつ気付いてきました。私自身、あそこに関わり、この世の中から完全に切り離した生活が始まった18歳の頃から再出発しなければならないということ・・・。本来普通の生き方をしていたなら、当然すべきだったいろいろな普通な経験・体験が私には全くなかったということ・・・。それは就職活動にしてもしかり・・、人間として人生の節目の中で当然経験・体験すべきさまざまこと。私はやってこなかったのです。それを経験・体験して人は一人前に年齢と共に成長していくのではないでしょうか?私の実際の歳は41歳だけれど、18歳からやり直さなくてはならないのではないかと思いました。私の社会復帰はそこにあると感じました。一つ一つ積み上げていかなくてはならない・・。そしてそれが私のリハビリの始まり・・・。これから始まるのです。今までのは単なる助走でしかありませんでした。本当の意味での自立、社会的自活・・。そして自己の確立・・。私は離教してから自信が本当の意味でありませんでした。一人の人間としての・・・。社会的に生きていくのに不安で不安で仕方がありませんでした。自分に対して・・・。だから、自分をどこか取り繕ってきました。私には全く社会的な土台がないのです。築き上げてきたものがない・・・。私の社会復帰への道・・。これからです。実践的なリハビリ、開始です。それには今の職場はまさしく修行の場にふさわしいと思いました。真面目に18歳に戻ったつもりで、一からの土台作りをするつもりで頑張りたいと思いました。しかし、ちょっと引っかかることが一つあるのですが・・。そのことはまたの後程、書きたいと思います・・・。
2007.11.13
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人間関係って難しいです。大抵の人は苦手とはいうけれど・・。以前にも書いたけれど・・、私、本当に苦手です。どこの集団にも確かに合わない人はいるというのは常だし、どこにでも変な人、癖のある人は必ずいるというのは世の中の常識です。それを割り切って受け流し、スルーできるかどうかの差なのだとは思うのだけれど・・。私にはそれができない・・。間に受け、真剣に深く考え、ずっと悩んでしまう・・。私はこんな歳にもなって、なんて青臭いのだと思うときがいつもあります。精神年齢が低いのかしら?性格がすれれば、大人っていうこと?もしそういう意味が大人なら、私は大人になりたくない・・と思ってしまう自分がいます。私はピーターパンシンドロームなのかしら?私の年齢は来年早々もう42歳です。しかし・・、いつまでたっても青臭く・・、どうしたら普通のずうずうしいおばちゃんになれるのかしら?私より随分年上で人生の大先輩のような人が大抵職場にはいるのだけれど・・。それは外見の貫禄ももとより、とても精神的にも堂々としているのです。がんがん言いたいことも言えちゃったりする・・。おまけにその職場での業界のキャリアがとてつもなく長かったりすると鬼に金棒である・・。だから絶対に自分より歳上だと思ったりする・・。しかし・・、実は同じとか、時には歳下だったりもするのです・・。とてもかなりの衝撃的です。そのほとんどが、もうすでに高校生とかの子供がいるのだけど・・。そうすると・・、私は今までの人生何をやっていたのだろうという思いも沸々と湧いてしまうのです。私はそんな風に図々しく自分の同年齢の人と同じようになれない・・・。こんなふうに選べない人間関係の中でやっていくのがとても苦手です。とても気を使ってしまい非常に疲れます・・・。自分を全く出せないのです。また自分を装い、演出してしまいます。自分のいったい何が原因なんだろうと今日も考えてます。根本的な私の原因は何?なんとかしてこの生き難さを打破したいです。今回の職場はそういった意味でも自分を更生するための修行だと思いやっていきたいです。自分自身このままではいけないと思っています。きれいごとでは今の世の中生きていけません。純粋培養の中だけで生きていける人は今の世の中生き抜いてはいけません。苦しいし、惨めだと思うけれど、自分の訓練だと思ってチャレンジしてみようかな?いよいよ、脱皮する時が到来したのかしら?
2007.11.08
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いよいよ新しい仕事が今週から始まりました。とあるコンビニです。あまり大きな声では言えませんが・・(ってここは公開上のブログですが)店長を筆頭にちょっと変わり者が多そうな気配をすでに感じています。ちょっとキャラが濃いかも・・???もしかして私もその一人になっちゃう?????(いや、断じてなりたくないです!きっぱり・・)ところで・・・。本日見かけたとても目立つお客様・・。大柄な男性2名様。真っ黒なスーツのいでたちに、ゴールドの物ばかりじゃらじゃらと身に付けていました。顔は強面・・。ホント~、こわ~い・・。本物のやくざ様かも????店内にどことなく、緊張感が走りました・・。店員、お客様共に・・。う~ん、こういう人って確か万物復帰ではよく買ってくださる人が多かったよな~。私こういう人よく相手にB街は元より、一般家庭でも商品を売ったっけ・・。たくさん買ってくれたっけなあ~・・。と感慨に耽る私・・。そして・・・。なんとなく、どこかで見たことあるような雰囲気。そしてその風貌・・。そうです!文鮮明様御一行にとてもよく似ていらっしゃる・・。そういえば文一族、御一行様は鶴子婦人も含めて日本のやくざの貫禄だったなあ~と今更ながらに思い出してしまいました・・・。そして・・、なぜそんな人を真の誤父母様とかメシアとかと信じきってしまい涙さえ流したのでしょうか?そんな自分がとても恥ずかしくなりました。*でも今日のそのお客様達は・・、普通に買い物をして行かれてお店にとってはもちろんよいお客様でしたけど・・・・。
2007.11.06
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時給のあまりにも低さにちょっとどうしようかと悩んでいたのですが・・、採用の電話があり、気があまり乗らなかったけれど、断るに断れず、もやもやした気持ちの中、受諾してしまいました。さっそく来週から始まります。まあ、暇があってぼ~としているよりはマシかなという思いもあり・・。職もフルタイム・正社員で働くわけではなく、一日数時間程度で週にもせいぜい5日間ぐらいなのに、仕事を探すのって案外パワーがいります。めぼしい仕事を新聞の折込チラシやある時は店頭などで見つけ、電話をしアポイントを取り、履歴書を作成し、そのための証明写真も準備しなければならない。そしていざ面接へ・・・。そして結果を待ち、仕事が始まります。昨年引越しをして、全く新しい環境になりすべてが変わった中、思えば今年4回も仕事を変え、今回で5件目のパートの仕事であり・・、さすがに疲れました。こんなに転々としたのは生まれて初めての経験かもしれません。お稽古ごとやその他のことを含めても・・・。以外にねちっこく、変に生真面目なタイプでもあるので・・。今度こそ、長居をしたいです。少し落ち着きたい・・・です。しかし、ふと・・、諸外国に比べて1年にこんなに職を転々とできるほど、日本はまだまだ経済的に豊かであり、職に恵まれていることを頭の隅の中で考え、心密かに感謝する気持ちが沸き起こります。
2007.11.01
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