すべて伽哉のうち迷い道日記

すべて伽哉のうち迷い道日記

2007.10.24
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水滸伝
   百八人の豪傑、好漢が、朝廷の奸臣たちと闘う物語。 
   この百八人の豪傑、好漢とは、一人一人がそれぞれ天魁星、天機星などの
   百八の魔星の生まれ変わりとされた。

   百八とは、また仏教でいう 煩悩 の数でもある―。



クール今日は水曜日。

  それでも朝晩はめっきり気温が下がり、ついに猫ニャのための びっくり
  とっておきのコタツをつけてみることに。(布団はまだ使わず上掛けだけ)
  家が古いので、冷え込んでくると、そろそろコタツが欲しくなるのです(悲)

    本当に、すこし前までの暑さが嘘のような、涼しさになってきました。

  さて、昨日書いた比叡山の千日回峰行について。  

   それだけ厳しい修行を、自らに課するということで
   その修行の果てにどのような境地に達するのだろうか。
   無我の境地に達することで、逆に五感というものが鋭くなっていく。
   あるいは、心という器に、唱えている不動明王の真言があふれていくのか。

     いかなる心境に達するものなのか、非常に興味がわくのです。

   諸々の 煩悩

   ふつうの日々、日常を生きているということは、自分の心との折り合いでもあり
   時として、その自分の心の変転の不思議さにも打たれることもあり
   自分の心を持て余すことも度々。

        だからこそ、そんな日常を顧みて、厳しい行を自分に課す人の生き方に


  さてさて、秋の日は短く、あっという間に日が暮れる。    
          これを つるべ落とし という。

          俳句の季語でもあり、そんなつるべ落としの秋の日。
          夜はまた長く、「 夜長 」という秋の季語もある。

水滸伝 耽読(たんどく)をする 夜長かな

     上の句は、わたしがだいぶ前、水滸伝を読んでいたのを、母が詠んだ句。
     うろ覚えだったので、一応当事者でもあるので、多少の脚色をしてみました。
     (作者に ことわりなし なんだけど 汗 )

  このときの読書が耽読だったか、濫読だったか、乱読だったか、
  よく覚えてはいないけど、秋の夜、けっこう水滸伝にもはまり、読みふけりました。

      偶然にも、今日の帰り道、道沿いにある古本屋さんで、
      文庫版の『三国志』と『水滸伝』の全集を売っていて
      思わず、買おうかどうしようかなと迷ったものです。
      (荷物になりそうだったので、結局、今日は買わずじまい)


             秋はまた読書の季節。    

       思いきり長い物語を、夜長に読み耽る。
       物語に出てくる登場人物たちの、行動を、また心を、迷いを、煩悩を
       時に共感し、時に反発をもする。

       本を読む醍醐味というのは、その辺にあるんだなぽっ

       というわけで、今日の夜あたりは、また一段の冷え込み。
       とりあえず、一応のこたつも用意してあるし。

       こんな秋の夜長は、猫ニャと一緒に、こたつにもぐって、
       まだ読んでいない本をそばに積んで
       読書でも楽しもうかなと思う、今のわたしなのです。
      (でも、こたつは、まだちょっと暑いかな??)











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最終更新日  2007.10.24 21:11:11


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