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少子化問題と同様に、なんか、ニート対策をいろんな、エライ人が話し合っているみたいだけど。制度とか、教育とか、施設なんかで、解決しようとしているようですね。2月頃だったっけ、ニートのパレードなんてのをやってたけど、かなり、意味がない感じでした。結局、自分の仕事に誇りを持ったり、楽しく働いたりするのを見せつけるのが、根本的な、ニート対策なんだと思うんだけどね。これを、天の岩戸作戦と呼んでいるんですが。古事記に「天の岩戸開き」という、有名な話しがある。下記は、お友達のサングリーンさんの「古事記のものがたり」の「天の岩戸開き」のURLです。http://www5c.biglobe.ne.jp/~izanami/monogatari/10.htmその冒頭を引用しますが・・・「高天原にある天の岩戸に天照大御神がお隠れになってしまわれ たために、高天原と中つ国から太陽の輝きが消え失せ、すっかり暗闇に覆われてしまいました。そのために神々の不満や怨差の声が聞こえ初め、たくさんのわざわいが起り出しました。」これって、どこか、今の世の中の、いわゆる「ひきこもり」であり「ニート」と似てるところもあるんですよね。それぞれ理由が違うのだろうけど、伊勢神宮に祀られる日本の一番大事だとされている神様でさえも、ショックや現実にうちひしがれて、引きこもりをしたわけです。その解決方法が、大宴会であり、音楽に合わせて、裸で踊る、いわば、ストリップ状態で、楽しく盛り上げ、それに、興味を持ったところで、引き出す作戦なんです。このとき、天照大御神は「世の中は暗く嘆いているはずなのに、どうして外はにぎやかに笑い踊っているのだろうか?」と言って、外を覗くために、扉を開く。そのタイミングで、うまく、連れ出すことに成功する。実際は、明るくないかも知れないけど、楽しくすることで、何かが開くんですよね。タイには、サヌックの精神という、サヌック=楽しい、つまり楽しく生活をしようという精神があります。楽しければ、仕事がきつくても、どうにでもなる所がありますよね。とにかく、誰かが、裸踊りをするぐらい、楽しく生活したり、楽しく働くことを見せることが、扉を開けるんだと思う。しかも、無理をして、空元気で、楽しく装ってもだめなんですよね。本当に楽しまなくてはね。とにかく、おもろいことやってなんぼですよね。審議会で、険しい顔で、楽しくなさそうに、ニート対策を話し合ってばかりいないで、楽しく仕事をしている所を見せて実践した方が、解決が早いような気がするんですよね。「古事記のものがたり」http://www5c.biglobe.ne.jp/~izanami/この本は、自主流通で売っているので、残念ながら、普通の書店では入手が困難です。このページか、著者の方たちの噛んでいるイベントなんかで、購入できます。部数も、5年間地道に売り続けた結果、一万八千部をゆうに越えて二万部に迫ろうとしています。さらに、最近、ついに、改訂版が出せる運びとなったようです。また、この本の影響で、他社からも、口語で手軽で読みやすい古事記が、何冊か出ました。楽天日記を書いている人で、本を出している方を、多く見受けますが。書店にあまり置いてもらえなかったために、自分の手だけで、本を売りさばき。その成果を見て、他社の出版企画に影響を与えた人は、あまり見かけません。この本の販売プロセスは、なかなか興味深いところがあります。まずは、買って読んでみて、どのように売ったのかをイマジネーションを深めてみるのも良いかもしれません。
2005.05.31
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同居人と、バンコクで行われる、2006年ドイツワールドカップアジア地区予選日本対北朝鮮戦の無観客試合を見に行く事にした。数日前に、バーレーンで行われる、バーレーン戦を見に行った、日本サポーターが、そのまま、バンコクに入ると思われるが、我々は、バーレーンには行かずに、直接バンコクに入ることにした。今回、興味があるのは、日本人追っかけサポーターの行動もあるのだが。現地にいる日本人が、降って湧いてきた、地元で行われる、日本の代表チームのサッカーの試合。しかも、ワールドカップに行けるかどうかが決まるかもしれない試合に、どのような関心を示しているのかに興味がある。それと、あくまでも噂だが、試合会場の近くは、しかも、半径2キロを交通封鎖をするという話しも聞こえてきた。競技場から半径2キロというのは、バンコクの繁華街がいくつもある。こんなところで、交通規制をしちゃったらどうなるのだろう。まあ、あまりにも現実的ではないような気がするけど。タイならやっちゃうかも。なんて気もしています。でも、この2キロというのは、根拠があるように思うんですよね。いま、国立競技場から2キロ以内に住んでいますが、5-6000人ぐらいが騒げば、なんとなく聞こえるんですよね。正確に言うと、どちらの応援かどうかは、はっきりと識別できます。もし、両チームに対して、応援をさせないというなら、半径2キロでは、集会をさせないなどの措置をしないと、声が聞こえてしまい。厳密に言うと、無観客試合として、成立しないかもしれない。日本サッカー協会も、バンコクでのパブリックビューイングについて、先週時点では、やるとも、やらないとも言えず。コメントを避けているのも気になる。チャーター機も飛ばすか、飛ばさないかの時間も若干猶予もあるので、このあたりの動きも見逃せない。とはいえ、私たちは、試合の2.3日前から、バンコク入りいるので、楽天日記やブログの日本人バンコク関係者とコンタクトが取れたら幸いです。さらに、バンコクにいる北朝鮮の関係者の人とコンタクトが取れれば最高なんだけどね。互いに、異国で、戦うのだが、近くにいても、直接は見ることが出来ないもどかしさは。どんな感情なんだろうね。それにしても、最悪は、目の前に競技場がありつつも、映画"ザ・カップ 夢のアンテナ"のように、アンテナを立てて、試合を見ないといけないようになるかもしれません。★この映画です★オープニング、エンディングのホーミーの曲が素晴らしいです。どうも、モンゴルでも同じ曲があるようです。先日、愛・地球博のモンゴル館で買ったCDに同じような旋律の曲があって驚きました。また、もう一つの目的は、試合後の滞在期間に、津波の被害を受けた近隣地域には行くことだ。それは、風評被害について、見に行くためだ。阪神大震災の後、数年間は、ルミナリエ以外に観光客が来ないという現象が起きたり。淡路島のペンションも、ハイシーズンなのに閑古鳥だったりしました。復興支援関連以外は、神戸や阪神間はずしという現象が発生した。これが、時間が経つにつれて、効いてくるんですよね。私も、いま東京で暮らしているわけですが。震災から、2-5年の間に、仕事の都合で、東京勤務になったり、東京近辺で暮らすようになった友人がけっこう多いんですよね。というか、いまでも、じりじりと増えてるんです。これって、ある種の天災から発生した風評被害の結果だと思うんですよね。これと、同様のことが、どうもスマトラ島沖地震の津波の被災地付近で発生しつつあるというのだ。プーケットとか、ピピ島なんかで、観光とその関連産業で食べている人が、食えなくなって、バンコクに出てきてしまわないといけない状況が出てくるというのは、とても忍びないわけです。とくに、日本人、中国人の観光客が、激減しているという。どうも、タイ南部で漁業を営んでいる人は、魚は捕れても、食べてくれる人がいないから、商売あがったりになってしまっているという事が新聞に載っていた。まず、このことが、本当のことなのか、この目で確かめるとともに、なんか、問題解決に繋がる事が出来る事に繋げていければということで。まずは、今回、見に行くという感じです。災害支援としては、立ち上がりが遅いけど、遅いからこそ、普通のこととして、出来ることがあるんじゃないかなぁ。このあたり、現地で、コンタクト取れる人も探しています。ご連絡お待ちしています。
2005.05.30
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「POSTCARDS」(http://postcards.jp/) という、アートイベント検索サイトをやっているのですが。そこのログを解析していると、Googleからの見に来ている人が多いことに気が付いた。そこで、元を辿ってみると、なんとGoogleでトップで表示されていた上「Fri, Sun, の検索結果のうち 日本語のページ 約 1,380,000 件中 1 - 50 件目 (0.35 秒) 」と表示されていたのだ。ええっ。138万ページの中で、堂々の1位!! ってか~これは、瞬間的なモノかもしれないけど、とても嬉しい。ちなみに、私の関係では、「名刺交換ML」(http://www.ideaeast.net/meishi/) が、常に、Googleの5位以内にランキング(さっき検索したら「名刺交換 の検索結果 約 483,000 件中 1 - 50 件目 (0.36 秒) 」と表示。その中の5位でランキング)されているのは知っていたけど。意外なことで、1位で表示されるから、面白いですねぇ。昔は、NTTの日本のホームページ新着情報なんてサイトのトップに掲載されるように、夜中にいろいろ作業して、トップ掲載をする努力なんてのをしていたけど。そんなことしなくても、自然にランキングが上がるってのは、これは、これで、発見があるというか。驚きがあって、楽しいよね。
2005.05.29
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人は、出会えば出会うほど、人間関係が狭くなるという事を、改めて体感する事になった。今日は、散歩ということで、四谷の若葉というタイ焼き屋に、タイ焼きを買いに行った。ここのタイ焼きは、一つ一つ焼いているタイプで、尻尾まで、あんこが入っている。一つ一つ焼くタイプは、同時に5つ焼くタイプの鉄板より、鉄板の場所によっての焼き具合の違いが無いため、確実においしくいただける。そんなことで、時々買いに行くのだ。タイ焼きを買って、家に帰ろうとした時。なんとなく、近くのギャラリー247photography Rooneeに立ち寄った。ここは、写真専門のギャラリーで、我が家から四谷三丁目の駅に行く途中にある。展示室に向かう途中で、ピンホールカメラを発見した。どうも、このギャラリーで、ピンホールカメラの販売を行っているのだ。5/8に、銀座の泰明小学校で行われたピンホールカメラのワークショップ に参加し、昨日、受賞したので、その賞品を取りに行くついでに展示されているのを、すどう美術館に見に行ったところだったので、ついつい、ピンホールカメラに反応してしまった。サイズは、35mm、6×6、6×9の3つのフイルムサイズがあり、それぞれに、デラックスタイプとスタンダードタイプとがあり、合計6種類ある。このデラックスタイプとスタンダードタイプとの違いを、ギャラリーの人に聞くと。シャッターの開き方と、レリーズが使えるか、使えないか、そして、水準器がついているかの3点がつがうだけだという。フイルムについてだが、35mmの方が、手頃で、扱いやすそうなイメージがあるが、巻き取り側に、少し、細工をしないといけないことがあったり。デラックスサイズとはいえ、ファインダーがついていないため、あとで、トリミングをする事を考えると、35mmより、6×6タイプの方が使いやすいそうだ。そんなことで、ピンホールカメラ談義をしていると。やはり、ピンホールカメラで、人間が繋がってきた。まあ、ギャラリーを経営するだけに、いろんな繋がりがあるだろうが、私がピンホールカメラデビューをした時のワークショップの指導をした、長沼さんという写真作家さんともお知り合いのようで。私の参加したワークショップの事をご存じだったのだ。昨日、すどう美術館に行く前に、銀座のフォレストクラブで行われた産直収穫市(無農薬・無化学肥料栽培野菜)を覗きに行った時。以前から知り合いだった、八百屋さんが、昔、すどう美術館で働いていたという事が発覚。世間は狭いと思っていた矢先だ。それにしても、ピンホールカメラだけに、ピンポイントに、人間関係が繋がっていくし、人の繋がりという、瞬間的でない、そこに存在するものが、見えてくるのが面白い。これから、ゆっくりと像を捉え続けることで、また、違ったものが、見えてくるかもね。★楽天で買えるピンホールカメラ★これは、ポラロイドタイプです。手軽で、結果が早いので、上達が早い。ただし、画質はいまひとつかも。まず、これで、練習をして、6×6タイプので作品を撮るというのがいいかもしれない。作品を撮りたければ・・・・Zero image社 ピンホールカメラ は、こちらで、買えます。
2005.05.28
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新橋の駅前で配っていた、キリンカップのチラシを持ってうろうろしながら、偶然に入った、銀座7丁目のキャッシュオンデリバリーのバーで見ていたのですが。今回のキリンカップ。最低でしたね。日本代表のビューティフルゴールは、ハーフタイムの間に流れた、小野伸ニの見せたマクセルのCMでのループシュート2本だった。(それにしても、前半の伸ニのシュートかっこよかった)ここで、試合のことは、語りたくない気持ちと同じく。試合が終わってすぐに、バーを出て、近くの中華料理屋で、担々麺で口直しをした。ほぼ、同時刻。国立競技場の近くに行くと言いながら、四谷のバーで観戦していた同居人も、試合直後に、店を出て、別の居酒屋で飲み直したそうだ。スポンサーは、大手ビールメーカーと言いながら、しょっぱい試合を見せられたら、その店でこれ以上飲みたくないよね。本当なら、そのまま、そこで、飲みたいんだけど・・・聞くところによると、日本代表の負けだけではなく、サッカー中継でお店は、なかなか儲からないそうだ。まず、安いドリンクだけを飲んで、料理を頼まず、粘る客が多いそうだ。まあ、息を呑む試合だったり、お金がなかったりと、仕方ない面もあるだろうが。もっと、楽しく飲み食いして、楽しくサッカーを見れる環境をつくりたいものである。サッカーの見れる飲食店をサポートしている、コンサルタントもいたりして、このあたり、いろいろ努力をしているようだし。みんなで、飲みながら、楽しく。人と出会いながら観戦する習慣が広がれば、楽しいんだけどな。そんな思いも、あの試合じゃあなあ・・・・帰りに、駅に向かっていたら、銀座5丁目辺りに、イギリス風のバーがあった。あそこで、前日のチャンピオンズリーグの決勝を見ていたら、楽しかっただろうなぁ。三点入れられた時点で、帰ろうと思ったかも知れないけど・・・
2005.05.27
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楽しみにしていた、DVDが届いた。タイトルは「荒野のドラゴン」という、イタリア映画。その名の通り、カンフー映画+マカロニウエスタン!という組み合わせ。日本でも、公開はされたそうだが、ほぼ、国内何カ所かで上映されたという状態で、幻の作品といってもいいかもしれない。DVD発売時に、公開される資料によると・・・───────────────────────────────────INTRODUCTIONマカロニウエスタン・ブームも下火になりつつあった1973年。カンフー映画と西部劇がミックスされた、不思議な作品が登場した。折しもホラー映画ブームの真っ直中、描写の残酷さではピカイチのマカロニウエスタン。疾走する抜群に格好良い音楽をブルーノ・ニコライが作曲、主役のチェン・リーは実は日本人俳優、早川明心。凄味のある悪役にも日本人カツトシ・ミクリヤが扮している。STORYカンフーの達人、上海ジョー(チェン・リー)がテキサスの町に流れて来る。仕事を探しに牧場主のところへ行くが、カウボーイたちは素手で打ち倒される。プライドを傷つけられた牧場主は町のボスと結託して殺し屋を雇い、ジョーの首に懸賞金をかける。殺し屋たちと凄絶な戦いを繰り広げるジョー。一人ずつ倒した後、最後に現れたのは、着物に帯、日本刀を背負ったサムライ(カツトシ・ミクリヤ)であった。───────────────────────────────────まず、この映画で、アメリカ人は、悪人として登場します。人種差別バリバリ。極悪非道です。それを、謎の中国人が、基本的に素手で立ち向かいます。一部は、ワイヤーアクションも使っているようですが、基本的に、主人公の上海ジョーのチェン・リーこと早川明心は、ローマで道場を開いている武道家なので、スタントマンなしで、体当たりのアクションをしてくれます。素手で、拳銃の弾を受け止めたり、蹴り一発で猛牛をぶち倒すという、強烈な荒技もさることながら。相手のやっつけ方も、描写の残酷さではピカイチのマカロニウエスタンなので、徹底しています。目玉はくり抜くは、心臓はえぐるは、頭の皮を剥いてしまうわ、あと、爆発してしまえば、北斗の拳の実写版を低予算で作ったらこんな感じかもしれないと思わせるほどだ。そして、カンフー映画ファンを、泣かせるのは。道場での特訓シーンや師匠からの言いつけという、お約束が妙に、マカロニウエスタンにはまってしまっているという所だ。音楽も、ノリノリの西部劇風でカッコイイし。主人公は、なんとなく、木枯らし紋次郎時代の中村敦夫を連想させ、無表情なのが、他の西部劇やブルースリーと共通していて、妙にカッコイイ。もう、サービス満点、てんこ盛り。さすが、イタリア映画という感じ。こういう映画って、今の日本じゃ難しいよね。個人的に、タイのアクション映画が、こういうノリを持っているような気がする。とにかく、これでもかという程、拳銃を撃ちまくる。もちろん、韓国映画、香港映画とともに、両手に拳銃を持って打ちまくるというシーンは登場する。とにかく、人が死にまくる。しかも、けっこうえぐい。仏像を壊すヤツは悪いヤツというシンプルでわかりやすい設定。なぜか、伝説の生き物が出てくるやのてんこもり。あとは、話しのテンポだという感じ。いやあ、こういう、映画を作れるのは、1本当たりの制作費が少ないなど、厳しい状況で、乱作しないと食えないという状況でありながらも。なんとか、食うために、作品が作れるという状況があるからかも知れない。それから考えると、今の日本の映画やテレビドラマは、何でも良いから、チャレンジ出来るという雰囲気は少なく、良い作品もたくさんあるが、作る元気さえも失われている気がする。★荒野のドラゴン★
2005.05.26
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都内某所にあるサロンで行われた、異業種交流会で、面白い人物に出会った。この異業種交流会は、毎回テーマをを決めて、ゲストを呼んでいるのだが。今回のテーマは「ソーシャルアントレプレナーへのお誘い」だった。こんかいの講師の方は、会社を辞めて以来、「コモンズの回復」をテーマにさまざまなテーマに関わって来たそうです。「コモンズ」とは、三省堂の辞書によると「〔共有地・公有地の意〕所有権が特定の個人でなく共同体や社会全体に属する資源。入会地、公海の水産資源など。」と書かれている。なんか、これも、難しい言い方なんですが。「コモンズ」は、「ソーシャルキャピタル(社会的資本)」に近い言葉である。それを、彼は、「個人から発想する時代」に向けて、社会構造の座軸の転換をすることで、「コモンズの回復」を実現したいようだ。その主人公とは言わないが、「個人から発想する時代」の「ソーシャルキャピタル(社会的資本)」を支える人材が、「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)」となるようだ。彼は、「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)」とは、単に収入を得る手段としてだけではなく、自己実現のために、そして環境や人権などの課題を解決していくために、新しい事業に取り組んでいる人たち。と定義している。それでは、なぜ、「コモンズの回復」が必要なのでしょうか。それは、この百何十年いや、地域によっては、もっと古くから、人と人を分断することで、経済や産業が発展した来た。これを、彼は「つながりこわし」と言っています。地域を分断することで、労働力の移転を楽にする事で、早いビジネスを可能にしたり。みんなで楽しむもの、みんなで使うものを、一人で楽しむように、一人で使うものにすることで、販売量を増やしてきた。たとえば、テレビ・自動車・冷蔵庫という、いわゆる新旧の三種の神器と呼ばれた製品たちは、かつては、一家に1台の普及を目指してきたものが、今では、各部屋にあったり、一人に一台となり、販売台数を伸ばした。他には、電話などでは、公衆電話という、社会的な共有物がなくなり、家の電話という家族の共有物も使われなくなり、携帯電話という個人が持つものとなることで、回線の数が大幅に増えたことで、電話業界全体から見れば活況となっている。そういう、分断された状況を、再び繋ぎ直すことで、彼は、「コモンズの回復」をしようとしているようだ。「コモンズの回復」の担い手として、人を繋げ直す「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)」の存在は、私の考えた「コミュニティスト」と、多くの共通点があるような気がする。ただ、一般に言われている、社会起業家は、NPOに属している事が多く、企業や官庁などとあくまでも、違った立場を取っているケースが多いし。そう捉えられがちだ。それに対し、彼の言う「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)」は、企業や官庁そしてNPOのどこに居ても構わないという概念を持っている所が共感が持てる。これは、私の考えている「コミュニティスト」とよく似ている。そして、私も、実は、個人であると共に、なにも目指さず、無意識のうちに既に「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)」になっていたという事に気づかされた。なんか、今回のお話しを聞いて、自分の考えている事が、少し整理できたような気がした事と。仲間が見つかった様な気がした。おそらく、今後は、なんらかの形で繋がっていくような予感がしている。なんか、楽しいよね。■あまり参考にならない参考文献■【楽天ブックス】社会起業家【送料無料商品】これから働き方はどう変わるのか すべての人々が「社会起業家」となる時代
2005.05.25
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今日は、満月の夜ということなので、池袋の片隅の小さなお店に、いろんな人が集まって、ちょっとした飲み会を行った。夕方から、土砂降りで、満月は見れなかったのですが、プロジェクターに、阪神大震災の前夜の屋久島で撮影された満月のビデオを映して、満月を拝んだ。ビデオが終わってから、自己紹介タイムとなったのだが、今回は、パン屋さんと、豆腐屋さんが来ていたので、自然と、食の話しで盛り上がった。このパン屋さんは、天然酵母を使って作っている要町パン屋さんで、お客さんにおいしいパンを食べてもらおうといろんな努力をしているようです。その一つが、イーストを使わないということです。そのかわり、そのお店の中は、酵母がたくさん住んでいるらしく、その酵母でパンが出来ている。もちろん、レーズンを使ったりいろんなことをして、酵母を育てている結果でもあるが、どうも、菌がそのパン屋を好んでいるらしい。そして、いくつかの拘りのなかに、粉砂糖への拘りがあった。粉砂糖は、べとつかないようにするためには、コーンスターチの入っているものを使うそうだ。以前は、コーンスターチに使っているトウモロコシは、ほぼ、確実に遺伝子組み換えトウモロコシが使われているため。遺伝子組み換えが全く入っていないコーンスターチが手に入らないそうだ。以前は、そういう理由で、コーンスターチを、使っていなかったのだが。お客さんの好む食感というか、手触りを大切にして、気持ちよく美味しく、しかも、普通に食べてもらうために。申し訳ないなあと、いう思いを持ちながら、商品を出しているという。もし、遺伝子組み換えでないコーンスターチを使おうとしたら、安全なトウモロコシを探してきて、コーンを粉末にしてから、水煮解かし、タンパク質の部分とデンプン質の部分といらない部分を分離して。そのデンプン質の部分だけを乾かして、コーンスターチを作らないといけない。これでは、手間がかかりすぎて、多くの人が楽しめる値段のパンではなくなってしまうそうだ。ちなみに、ここのパンは、激ウマです。得に、ライ麦23%という、ブレンドというパンは、コクと香ばしさと適度な軽さのバランスが絶妙です。しばらくして、豆腐屋さんとお話しをした。この豆腐屋さんは、おいしい豆腐を作ろうと努力すると、自然と、有機農法や無農薬の豆にたどり着いたという。そして、おいしい豆を作ってくれるように、優れた豆を作る農家からは、農協より高い値段で、豆を買い取って、豆腐を作っているという。また、水にも拘っているのだが。いろんな、水をもらってきて試したのだが、結局は、水道水を、調整して使っているという。どうも、いくら、いい泉源のわき水を使っても、容器に入れて、保存し、運搬しているうちに、いい水でなくなるようだ。それに対し、水道水の方は、常に流れているということもあって、一般的なイメージと違い、日本の水道水の方が、豆腐はおいしく作れるそうだ。日本の水道技術恐るべしという感じだ。そして、消泡剤の話しになった。消泡剤は、実は、口紅などにも入っている成分なのだ。よく、豆腐に消泡剤と表示されていると嫌ってしまう、消費者がいる。おかしいのは、豆腐に消泡剤と表示されていると嫌って買わないわりに、自らの化粧に使っている口紅の消泡剤を毎日舐めているのだ。確かに、消泡剤と言われるものの中には、有害なものもある。しかし、有害でない、安全な消泡剤もあるのだが。どの消泡剤を使っているのかを、表示する義務はなく、その一方で、豆腐に関しては、消泡剤を使ったかどうかは表示しなければならない。ここで、また、悲劇が起きている。これは、別の大阪の豆腐屋さんで起こったことなのだが。ある、大手スーパーのMDと呼ばれる人に、お客さんの好みから、消泡剤を使わないものが、好まれるという事で、そういう、消泡剤を使わないものなら、取引してもいいと言われたそうだ。実は、この豆腐屋も、拘りの豆腐屋で、消泡剤は、ある一定の時期しか使わないし、一番安全なものを使うように心がけている。だから、消泡剤を使う時期だけ、消泡剤と表示すればいいわけなのだが。スーパーに卸すためには、フイルムで包装して商品を出さなくてはならなく、その時だけのために、お金をかけて、別のフイルムを作るのは、中小の豆腐屋としては、金銭面では大きい。その時期だけのフイルムを作るのに、何万丁いや、何十万丁の豆腐を売らないと、その費用が出せないのだ。そういう理由もあり、実際は、消泡剤を使っていない、ほとんどの季節も、消泡剤を表示し、その商法剤の材質も表示している。その消泡剤の表示が仇になって、大手スーパーに商品が納品できず。ビジネスチャンスを逃した事があったという。その一方、これは、あくまでも噂でしかなく、裏が取れていないが、大阪の豆腐屋とは逆に、MDに選んでもらうために、わざと、消泡剤の表示を消している会社もどうもあるらしい。これは、とても、おそろしいことだ。また、甘い目の豆腐は、大豆オリゴ糖が入っている事が多く、この大豆オリゴ糖の材料として、遺伝子組み換えの大豆を使っている事が多いとのこと。しかも、恐ろしいのは、あとで成分分析をしても、大豆オリゴ糖を添加したかどうかがわからないのでそうで。それをいいことに、どうも、表示せずに添加している事もあるらしい。実際に危険かどうかという以前に、表示を偽るとは、消費者を騙し、バカにしているとしか思えない。次に、凝固剤であるにがりであるが。これが、安全性の事を考えると、必ずしも、天然にがりが安全とは限らないそうだ。いや、逆に危険なんだそうだ。それにしても、この世の中、健康や安全について、気にしている割りに、本当に安全なのかどうかを、確認せずに、マスコミの話題や広告に踊らされ、それを、純粋にしかも過剰にヒステリックに実行している傾向がある。実際は、不健康な事をやっているのにもかかわらず・・・。これを「健康安全原理主義」なんて呼んでいるのですが。文明というか、科学技術と生産技術が進み、自然で安全なモノが貴重になってきている状態で、ヒステリックに、健康安全な食品に走るのは、時には、貴重な資源を食いつぶす事になりかねない。豆腐屋さんが、人間は、自らで、農薬を撒いたり、自然を壊して、おいしくないものが出来る環境を作った罪があるのだから、そこで、出来たモノを、人間は食べなくてはならない。それは、罰なのだから。その罪の意識を忘れ、カネをはたいて、オーガニックだの無農薬だの有機農法だのと、健康安全を求め、それに、少しでも外れたモノに対して、購入しないというのは、とても傲慢であるという。人は、甘んじて、自らの犯した罪を、食べることで罰を受けるべきだそうだ。健康や安全は、とても大切なことだけど、その背景をもっと掘り下げて、なぜ、このような身体に悪いモノを食べなくてはならないのかを、じっくり考察して、何を食べるのか考える必要があるのだろう。
2005.05.24
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本日、14万アクセスを突破致しました。2003年10月26日に開設して、少しずつネタを積み上げての達成です。これは、多くのみなさまが、見て下さっているから、出来たことだと思っています。また、JR西日本の脱線事故ネタを何回か書いたのですが、ほんとうに多くの方から、トラックバックを頂きました。トラックバックを通じて、いろんなページと連動していく、一体感は、なんか、独特の高揚感がありますね。楽天広場ならではの話題としては、ページを見に来てくれた方が、いろんな所を覗いてくれたこともあり、アフィリエイトも少しずつ、数字となって現れてきています。あくまでも、時々、楽天市場内で商品を買う際の送料として充填しております。とにかく、みなさまに、感謝です。今後とも、ご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。
2005.05.23
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や、やられました。東京に、再進出をするという噂を聞いていましたが。いきなり、現物を見てしまいました。「世界の山ちゃん」とともに、名古屋系の安くておいしい店である「寿がきや」は、5年ほど前に、一度、関東を撤退しました。ちょうど、その頃、東京近辺で「寿がきや」のラーメンを食べようと、東京都の東大和のダイエー、埼玉県の川口のダイエー、かなり離れているが、同じ川口市のグリーンセンターなどを回りましたが。時、すでに遅し、閉店して空き店舗になっているか、別のラーメン屋が入っていたりした。いろいろ、痕跡を探してみたが、施設内の案内看板には、「寿がきや」ラーメンという文字の上から、シールが貼られていた。その後、「寿がきや」のラーメンは、どうも、時々禁断症状が出るようになっているらしく。どうしても、「寿がきや」のラーメンが食べたくなって、静岡県の沼津市内まで、東名高速を飛ばしていった事がありました。途中にインターバルを置いて、その日は、三杯も食べてしまいました。そんなことで、「寿がきや」のラーメンがなくて、東京の片隅で、淋しい思いをしておりました。そして、先月末の愛・地球博の仕事の際、名古屋には行ったのですが、いろいろ、回らなくてはいけないことがあり。「寿がきや」の看板は見たのですが、結局は寄れずじまいでした。そして、名古屋で生まれも育ってもいない私が、ときおり「寿がきや」の禁断症状を経験しながら、5年後の今日を迎えた。長期出張中に、育てていた、小さな木が調子が悪くなったので、園芸店に相談を市に行くことにした。引っ越してきて1年少しなので、近所の園芸店についての情報がなかったため、インターネットで検索して、外苑東通りを早稲田方面に行ったところの店を見つけ、自転車で、その店に向かった。外苑東通りが、少し、道の狭い所に、その店があった。店の前には、小さな苗がたくさんあって、その小さな緑に、なんとなく和まされる。年老いた店員さんは、木の状態をデジカメで撮影した写真を見て、それにあった対処法を、真剣に考えてくれた。何度か、棚にたくさん並んでいる雑菌を殺す薬を手にしたのだが、それも、あまり、ベストチョイスではないらしく。結局は、薬を使わない対処法を教えてくれた。店員さんの説明を聞いているうちに、その近くに置いてあった、小さなツタが気になってきたのと、アースデイの時に買った、渋谷のモヤイ像の下に植えてあった、植え替えの時に取り除いたツタがあったので、そのツタと一緒に育てようというというアイデアが合わさり。ツタを買うことにした。用件が済み、そのまま家に帰るのもいいのだが、ちょっと散歩がてらに、うろうろすることに。早稲田方面に行き、なんか、お茶をしたい気分になったのだが。目に入ったのは、蕎麦屋の「三朝庵」だった。カレー南蛮発祥の地であり。古くからの歴史のある店で、早稲田大学の歴史を感じさせる、いろんなサークルなどが残したものが飾ってある。丁度、テレビでは、ペルー代表とのサッカーの代表戦が映されていた。ペルーは、しっかり守っているのに対して、日本は攻めきれない状態だった。あまりにも、しょっぱい状況の試合だったので、前半戦終了と同時に店を出て、高田馬場方面にへ自転車を走らせる。途中、コンビニからは、サッカー日本代表のレプリカユニフォームを着た人が、両手に、お酒やら、カップラーメンやら、スナック菓子を持った状態で出てくるのに出くわした。しょっぱい試合だから、飲み食いするしかないのだろう。さらに、馬場口方面にいくと、映画館がある。どうも、韓国映画の二本立てである。韓国人街と言われる、新大久保に近いということというより、昨今の韓流ブームの影響だろうか。中年のどこかさえない女性が入場券を買い求めていた。そんなことで、明治通りの馬場口交差点に達したとき、交差点の角に「スガキヤラーメン」と書かれた看板の店を発見。看板には、従来の「寿がきやスーちゃん」の絵柄が無く、配色がオレンジかがった黄色と朱色のびっくりラー風で、カップラーメン風の赤いどんぶりのシルエットの上に、白抜きのカタカナフォントで「スガキヤラーメン」と書かれていた。だから、一瞬、「寿がきや」ではないかもと思ったのだが、ラーメンの値段は、290円と値段が10-20円違うとはいえ、価格帯が近いこともあり、おそらく関東に再上陸すると噂されていた「寿がきや」わかってきた。たぶん、店舗のデザインを今風ににしたのかもしれません。店舗の看板の汚れや、その他の雰囲気から、出来てから3-6ヶ月という感じがしてます。おそらく、早稲田大学に通う大学生相手に、商売をしようという腹なのだろうか。それとも、東海地方出身の大学生なら、中学、高校時代に、「寿がきや」を散々食べているだろうから、そこから、広げていこうという考えで、この地を選んだのかも知れない。とにかく。こ、これで、いつでも、自転車で「スガキヤラーメン」を食べにいける。なんなんだろう、この安堵感は・・・・だが、さっき、三朝庵で、お蕎麦を食べて満腹だったことだけが悔やまれた。★参考★いままでは、このようなものを食べて、禁断症状を抑えていました。★これは、密かにオススメ★ 寿がきや天ぷらうどん は、コープ東京にOEMされていました。つまり、それなりの安全性と栄養そして低価格が実現されている商品なのです。これに、総菜売り場で売られている、天ぷらをさらにトッピングして食べると、手軽で、無茶苦茶美味しいです。
2005.05.22
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テレビ会議などを含めたIP&携帯展示会&セミナー。「IPテレフォニー&携帯ソリューション2005・TV会議フォーラム2005」が、日経BP社主催で、サンシャインシティーで行われた。同じ日に、東京ビッグサイトで、ビジネスショウ東京が行われているのだが、真っ向からぶつかる形となっている。ビジネスショウは、東京モーターショーと並んで、古い伝統のある、日本が主体となって行っている、外資系の入らない展示会である。しかし、ここ数年、少しずつ、規模が小さくなってきているなど、どうも元気がない。それに対して、「IPテレフォニー&携帯ソリューション2005・TV会議フォーラム2005」は、フロアこそ狭かったが、元気だった。元気のバロメーターは、いろんなグッズがもらえるかで解る。今回の成果は、ボールペン×5本、ケータイケース×1個、ミネラルウォーター×1本、電卓付メモ帳×1という感じだった。今回は当たらなかったが、1/100の確率でiPod Suffuleの当たるという、高確率の抽選会もあったりと、大判振る舞いという感じだ。プレゼンテーションは、けっこう満席のものも多く、内容も上滑り的なものも多く、これまた、元気のある状態だ。派手なコンパニオンのお姉さんは多くないが、小さなブースに訪問した人を、その会社のプライベートショーに招待する仕組みになっている所が、何軒かアリ。展示会へのお金の使い方の変化を感じる。さて、実際の展示の方はどうだろう。個人的に、いくつか絞り込んで紹介しよう。テレビ会議システムの世界シェアトップである「ポリコム」を扱っているダイトエレクトロンでは、最新のデータ会議システムが展示されていた。これが、操作が簡単でしかも、コンパクトである。そして、接続は差し込むだけという感じで、とても簡単。サイズは、なんと、外付けハードディスクぐらいのサイズ。このサイズで、最大5拠点、「Web ビューア」は最大10拠点、合計15拠点で資料を共有が可能。共有の際、暗号化されたデータとなっているために、ランニングコストを掛けずに、高いセキュリティが確保されている。これには、音声会議システムがないので、多地点接続装置を買い足すなり、多地点接続サービスを受ける必要があるが。Polycomの多地点接続装置SoundStation2と足して、上代価格で40万円程度で実現できるのは、とても、リーズナブルな多地点データ会議システムといえよう。Polycom QSX http://www.polycom.co.jp/products/voice/qsx/次に、タンバーグを紹介します。このノルウェーのメーカーは、北欧のメーカーらしく、とにかくデザインがカッコイイ。イタリアのアエスラ社と共に、テレビ電話のデザインの向上に貢献している。 http://www.tandbergjapan.com/ 大きなシステムは、音に拘るタンバークらしさがあるとはいえ、東南アジアに売れそうなスピーカーを強調したデザインで、好き嫌いが別れるが、コンパクトなシステムのデザインが、ここんところ、良いような気がする。 TANDBERG 150 MXP http://www.tandbergjapan.com/products/video_systems/tandberg_150.html これは、シンプルなユーザーインターフェイスを持っていて、8.4インチLCDディスプレイの大きさや、高さから、初代Macintoshをそのまま薄くしたような感じで、Mac好きなら、涙が出そうなほどカッコイイと感じるに違いない。ハイパーカードを使って、Macintoshの横に置いた電話を掛けさせるなんてことやってましたが。その電話機まで合体してしまった感じで。肥大化したiMacより、初代Macintoshの正当進化的です。デスクサイドに置いておきたい一台だ。しかも、重さが1.4キロで、ノートパソコンより軽い。 あるユーザーが、海外出張の時、形がいびつにもかかわらず、このテレビ電話を持っていって、中国のLANの口のついたインターネット対応のホテルから、NATやファイアーウォールを乗り越えて、簡単に接続できたというから驚きだ。また、軍事用のテレビ会議システムのデザインも、マニア垂涎ものだ。 TANDBERG Tactical MXP http://www.tandbergjapan.com/products/tactical.html ほぼすべての航空会社の手荷物基準内サイズの頑丈な防水ケースに収納された完全一体型テレビ会議システム。 とにかく、無骨で、スパイ映画に出てきそうなヤバイ雰囲気を持ってる。 こいつと、衛星携帯電話とビデオカメラがあれば、戦場からの中継も出来そうだ。 ちなみに、タンバーグは、9.11事件の直後、300セット以上、ペンタゴンに納品しているという。こういう話を聞いてしまうと、この製品の、イメージがさらに膨らんでしまう。この機種の対抗馬として、今回の展示会では、展示されていなかったのだが・・・アエスラの VoyagerStar というのがある。http://www.aethra.co.jp/voyagerstar.htm こちらは、イタリアンデザインのせいなのか、軍事用というより、スパイ映画、いや、大泥棒が、銀行の金庫を狙うときに使いそうな感じがするのが、どこかおかしい。こんな雰囲気・・・ 日本人なら、ルパン三世や峰不二子、次元大介が妙に似合う。国産のテレビ会議システムとしては、最近は、ソニーが元気なようですね。 http://www.sony.jp/products/Professional/VIDEOCONF/ しばらく、売れなくて、大変だったのですが、PCS-1という機種が売れてから、勢いがつきだしたようで、ラインナップを拡充しつつあります。ヒット商品が出ると、元気になるというものなんでしょう。 「IPテレフォニー&携帯ソリューション2005・TV会議フォーラム2005」 詳細:http://expo.nikkeibp.co.jp/iptel/
2005.05.19
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日本(沖縄)とモンゴル(ウランバートル)とをテレビ会議システムで結んだ、国際理解授業が行われ、オブザーバーという立場で、その授業を見る機会があった。通常、こういう国際回線を使った国際理解授業は、英語で行われる事が多いのだが、今回は、日本語で行われた。開発教育用につくられた、都内の世界銀行の一室に入ると既にテレビ会議システムが立ち上がり接続されている。どうも、モンゴルと日本とが繋がる前に、何故かスリランカからの映像が流れている。これが終わってから、授業の本番らしい。こちら東京で、見ている回線は、一度ワシントンを経由しているそうで、少し、画像が乱れているのだが、沖縄とウランバートル間で繋がっている映像はもう少しいいそうだ。授業の冒頭で、モンゴルの民族楽器の演奏が行われた。演奏もさることながら、音声がすばらしく、テレビ会議システムの音声技術の高さを感じる。私たちと一緒にオブザーバーとして見ている人たちの中からも、その演奏の素晴らしさにため息が出てしまう。そんなことで、授業に入ったのですが、とにかく、モンゴルの生徒の日本語が上手いことに驚かされる。日本人も、モンゴロイドという人種で、モンゴル人と近い人種なのだが、これだけ日本語が上手いと、モンゴルと繋いでいる感じもしないし、日本人と話しをしているようだ。授業は、日本とモンゴルとで、それぞれの文化を交互にプレゼンテーションする形で進められたのだが、進むうちに、なぜ、あれだけ、日本語が上手いのかわかってきた。モンゴルでは、母国語のモンゴル語以外に、外国語として、ロシア語を習うという。そして、第二外国語として、ドイツ語と日本語から、どちらかを選択して習得するそうだ。今回のウランバートルの生徒は、市内の学校から、その学校で日本語の学習が進んでいる生徒を選出して、この授業に参加しているようだった。どうりで、日本語が上手いはずだ。それに対して、日本側は、特に選抜をしたわけでなく、クラスそのまま、普通の生徒が、授業に参加しているという感じでした。プレゼンテーション的には、ウランバートル選抜の生徒の方が、良かったのだが、モンゴルに、日本の普通の生徒の姿を見てもらったり、普通の生徒が日本語で、海外の文化にテレビ会議を通じて触れ合えたというのは、素晴らしい機会だと感じました。モンゴルの日本語教育が熱心に行われていた事が、別に成績が良くなくても、国際理解の遠隔授業を受けるチャンスを作る大きな要因となったようだ。そして、モンゴルで熱心に日本語を学んだ子供たちが、自分たちの話す日本語が、きっちりと通じることを授業を通じて確認し、自信をつけてくれたに違いない。★モンゴルの音楽のCD★★モンゴル800★沖縄のミュージシャンなんですが、なぜか、モンゴルって名前が・・・。今回は、沖縄とモンゴルを繋いだのですが、もしかして、企画する段階に置いて、このミュージシャンの名前が、頭にあったのかも。
2005.05.18
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ドッヂボールに続き、マイナースポーツネタです。今年で9回目になる、ツアー・オブ・ジャパンは、国際自転車競技連合規則及び本特別規則によって実施される自転車ロードレースだ。自転車ロードレースは、競輪やトライアスロンに人気を取られ、日本ではマイナーな自転車競技ではある。UCI 2という、ちょっと格下で、世界の一流と言われる選手こそ出てこないレースではあるが、大阪、奈良、南信州、富士、伊豆、東京を転戦する、日本最大級の自転車ロードレースであり、ちゃんとした国際レースである。この国際レースの主催者には、朝日新聞社、日刊スポーツ新聞社、テレビ朝日という、メディアがついているにもかかわらず、ネットニュースに、その結果はおろか行われていることすら載っていない。いちおう、今月の末あたりから、テレビでダイジェストを放送するのですが、いくらでも主催をしているから、ネットニュースに載っていないことはないが、主催者の朝日新聞のサイト asahi.com において「ロードレース」とか「自転車」というキーワードで、検索しても、レースについて検索されない。記事は、載ってはいるものの、自社サイトにおいて「ツアー・オブ・ジャパン」という名前を検索ワードに入れないと、自らの主催しているレースが出てこないというのも、お粗末な話しだ。これでは、素人だけでなく、にわかロードレースファンも、取り込めない。どうも主催という言葉は、ピンからキリまであって、実際は、どのぐらいの主催者として支援しているのか考えさせられてしまう。聞くところによると、あまりに盛り上がらなかったので、格下げになっちゃったらしい。今は、マレーシアの方が、ロードレース人気らしい。まあ、人気があり盛り上がる方が、格が上がるのは仕方ないにせよ。主催をするなら、するで、もう少し、なんとかしてよねって感じがしますね。★参考ページasahi.com http://www.asahi.com第九回 ツアー・オブ・ジャパンhttp://www.toj.co.jp/toj9/http://www.cyclestyle.net/2005tojnews/index.html名 称:第9回ツアー・オブ・ジャパン(9th TOUR OF JAPAN) 主 催:自転車月間推進協議会/朝日新聞社/日刊スポーツ新聞社/テレビ朝日 主 管:TOUR OF JAPAN組織委員会 (事務局: (財)日本自転車普及協会) 競技主管:財団法人 日本自転車競技連盟 後 援:内閣府/総務省/文部科学省/経済産業省/国土交通省/環境省/日本自転車振興会 協 力:東大寺/飯田観光協会/静岡県道路公社/(財)日本サイクルスポーツセンター 特別協賛:三菱電機株式会社/SUBARU 5月15日(日) 大阪ステージ 大阪府堺市:堺市泉北周回コース 140.80 km (12.80 km x 11 lap) 5月16日(月) 奈良ステージ 奈良県奈良市・山添村:東大寺大仏殿前→山添村布目ダム周回コース 146.20 km (25.00 km + 10.10 km x 12 lap) このあたりは、高校時代、何故か、ママチャリで走った事があるのですが、けっこうきつい山岳コースです。レンタサイクル屋に怒られました。5月18日(水) 南信州ステージ 長野県飯田市:飯田駅→下久堅周回コース→松尾総合運動場 155.30 km (7.30 km + 12.20 km x 12 lap + 1.60 km) 5月20日(金) 富士山ステージ 静岡県駿東郡小山町:あざみライン須走IC→富士山須走口5合目個人タイムトライアル 11.40 km (標高差1,200 m登坂) 五合目あたりでは、けっこう酸素が薄くなりつつあるので、厳しそう。5月21日(土) 伊豆ステージ 静岡県伊豆市など:サイクルスポーツセンター→伊豆スカイライン(亀石峠→熱海峠 →天城高原→亀石峠)→サイクルスポーツセンター特別周回コース130.35 km (90.35 km + 8.00 km x 5 lap) 5月22日(日) 東京ステージ 東京都:千代田区日比谷シティ前→品川区大井埠頭周回コース148.50 km (15.90 km + 7.80 km x 17 lap)
2005.05.16
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代々木公園から、井の頭通りを西に行った所に「ルヴァン」という、パン屋がある。ここのパンは、全て国産の麦の石引全粒紛を使っていて、天然酵母、自然な塩を使っていて、硬くて、しかも安全で健康に良いことに気をつけて作っている。そして、もちろん、美味しい。もうひとつ、特徴があるのは、個数ではなく、重さで売ってくれるお店なのだ。なんでも美味しいのだが「メランジェ」は得に人気があるようだ。このパンは、クルミとヤマブドウが中に入っていて、独特の風合いがある。店内は、木や煉瓦が多用されていて、なんか落ち着く。ここに行くとき、この店の隣に併設された、「ルシャレ」というカフェに寄ることが多い。入り口付近は、緑が多く、前が、交通量の多い、井の頭通りが通っているにしても、この緑に囲まれたおかげで、そとの慌ただしさから隔離してくれる。今日は、ルヴァンの春休みが終わったあとだったこともあり、店内が少し模様替えされているような気がした。なにげなく、壁を見ると、無数のバイクのスケッチが飾られていた。どうも、バイクのイラスト展が、「ルシャレ」で行われていたのだ。さっき、ルヴァンに入ろうとした時に、恐ろしく古いバイクが置いてあったので、気になっていたのだが、中で、バイクのイラスト展を行っているとは思わなかった。しかも、描かれているバイクは、だいたい1980年代までの個性的で古いバイクが中心だ。中には、珍車もあれば、時代を変えた名車もある。本当に、たくさんのバイクがある。しかも、バイクへの愛情からか、見事に特徴を捉えているので、イラストを見るだけで、どういう設計思想のバイクなのかが、伝わってくる。そんなことで、絵を眺めていると。相方が・・・「フレームが全部違うね」と言った。そうなんです。今は、バイクを生産するメーカーが、淘汰され少なくなったり。コンピュータで設計をしたり。カバーでフレーム部分を隠したりしているので、フレームの構造のバリエーションというか、個性が見えなくなってきている。しかし、ここに描かれているバイクは、すでに無くなったメーカーのものも多く含まれている。終戦後すぐ、バイクの開発は、今のインターネットブームと同じく、多くの会社がチャレンジし、その技術や個性を争った。日本だけでも、ピーク時は、3桁に達するバイクメーカーが存在したという。これは、世界規模でも、似たような傾向があったという。だからこそ、いろんな人のアイデアと技術が、バイクのフレームの形として、現れているのだ。なーんて、相方に説明したら。相方は、全部、額縁(フレーム)が違うという事に感動していたのだった。確かに「フレームが全部違う」コーヒーをいただいて、店外に出たところに、今回のイラストを描いた作家さんがいた。この作家さんは、バイクのパーツ屋やら販売店で、個展を開いたことがあるが。たまたま、縁があって、バイクと関係ない、拘りのパン屋さんで、個展を開くことになったという。いままでに、経験のない雰囲気の会場で、少し不安だったようだが。パン屋のクラフトマンシップと、クラフトマンシップの結晶であるバイクが、見事にマッチングした。その上、自然や環境に興味のある人が多く訪れる店に、ガソリンという化石燃料を焼いて排気ガスと騒音を撒き散らすバイクは、お客さんが受け入れてくれないのではないかと思っていたそうだが、意外にも自然に受け入れられているのが面白い。私が考えるに、バイクは、風も重力も感じるし、燃焼という「火」というものを感じないといけない。しかも、うまく走ろうとしたら、自然に逆らってはいけない。こういう所が、自然志向の人の感覚と、マッチングする所があるのだろう。いろいろ、作家さんと話していると。作家さんと、さっきまで話していた人が、店の前の恐ろしく古いバイクのエンジンに火を入れた。ガチャ、ガチャ、ガチャ、バルルルン、パンパーン!いきなり、ノッキングをして、エンストだ。いろいろ、調整して、再びエンジンを掛けると。今度は、うまくエンジンが掛かった。このバイクのエンジンの横の部分に、ポコポコと動いている部分に気が付いた。これは、バイクのエンジンに空気を入れたり、排気ガスを出したりする、バルブの開け閉めをするための機械が、露出して見えているのだ。これは、面白い。人間なら、血管が肌の近くに浮いて見える部分で、たまに、そこが、脈打っているのが見える事があるが、まさにそんな感じで、まるで生きているかのようだ。音も臭いも強烈なこともあって。近くを通った子供が、興味深く見ている。感覚として、蒸気機関車を走るのを見ている感覚だ。実は、このバイクは、1920年代のイギリス製のバイクなのだ。ライトも、電球でなく。ガスで点く仕組みになっている。どうも、このバイクの持ち主は、バイクの世界では有名人らしく。海外の古いバイクの集まりなどにも出かけているらしい。また、彼は、白バイにもよく捕まるらしい。でも、キップを切られることはないらしい。それは、ちゃんと整備しているから捕まらないということでもあるのだが。白バイ隊は、バイクが好きだから、志願して入隊する事が多く。そのバイク好きが、サイレンを鳴らして、この古いバイクを止めて、じっくり見るという。いわば、職権乱用の魔の手を使わせてしまうようだ。今の世の中、スーパーで売られているパンは、全て同じ重さに作られて、販売されているし。バイクも、海外製品が手に入りやすくなったとはいえ、新品を買おうと思うと、大手数社のメーカーのものしか選択肢がない。しかも、機械も生きているという感じを、カバーの下に隠して、何か均一なモノになってしまっている。でも、本来は、同じようなものでも、少しずつ違うし。機械も、周りの環境なりによって、刻々と微妙に調子が変わる。その少しずつ違う感覚が、心を和ませてくれる。なんだろうねぇ。違うことを受け入れる事は、人をやさしくしてくれるのかもしれない。ルヴァンhttp://ruvann.hp.infoseek.co.jp/
2005.05.15
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去年まで、タイフードフェスティバルとして行われた、代々木公園でのイベントが、今年から、タイフェスティバルという名前に変わって行われた。自転車で、代々木公園に着いたのだが、まず、自転車を止めるスペースがない、そして、会場を見ると、人だらけ。食べものパワーは恐るべし、先月行われたアースデイ東京に比べて、各ブース間は広く取られてはいるものの、とにかく、並ぶ、人、人、人で、身動きできない。おそらく、アースデイ東京の2-3倍は人が来ていると思えるほどだ。どこに、これだけ、タイ料理やタイ好きがいたのかと驚くばかりだ。いや、タイに興味のある人だけではない人も巻き込んでいるという感じだ。そんなたくさんの人の胃袋を満足させる料理は、さすがというか、あれだけ、大量生産をしても、味が落ちないというのも、本当にはずらしい。私は、というと、いろいろ買い食いをした後。無農薬のバナナ、タイの餅米と、それを蒸す小さな篭、それと、Tシャツなんかを買って帰りました。今回買った、バナナは、サイトにアクセスして、番号を打ち込むと、どの農家から、どういう過程で、流通してきたかが表示される仕組みになっていて、買う人の安心感を作り出そうというITを駆使したしくみが導入されていた。まあ、他のイベントに比べれば、努力はしているとは思うが、少し残念だったのは、客のマナーの悪さだった。確かに、たくさんの人が集まるイベントで、しかも、大盛況だったので仕方ない面は大きいのだが、ゴミの収集に協力しているお客さんが少ないのだ。これは、環境にやさしいイベントを見慣れているからではないように思えた。たとえば、係員が、ゴミの分別収集を呼びかけている3メートル先で、ゴミをその場に捨てていった親子を見かけました。たった、3メートル前ですよ。確かに、アジアの国の一部地域では、貧民層に仕事を与えるという意味もあり、わざと、ゴミを捨てていくという習慣があるところがありますが。その場でゴミを捨てている、本当の意味を知らずに、その国や地域に行った気分になって、代々木公園でゴミを置き去りにしているのなら、大きな間違いだと思う。フジロックなど、A SEED JAPANの噛んでいるイベントでは、ゴミの減量化への様々な取り組みが行われ、来ているお客さんも認識している事もあり、イベントが終わった後、約1時間で大まかな撤去が完了するということで、ゴミを減らすだけで、環境面だけでなく、主催者の負担を減らしている。この減った負担が、また、次回のイベントを開催するパワーに足されているという事は重要だろう。ということで、美味しい料理を食べて、たくさんのお土産を買い、家に帰り、愛・地球博で買った、ビア・ラオを飲んでました。
2005.05.14
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13日、阪神タイガースは、昭和54年の復刻ユニホームで、阪神-楽天との交流戦が行われた。今年は、阪神タイガースの70周年、そして、親会社の阪神電鉄が100周年と、なにかとアニバーサリーな年だ。その周年事業の一環として、この復刻ユニホームでの試合が行われた。昭和54年、1979年は、ラインバックとかがいた時代で、優勝こそしなかったけど、ある意味、タイガースファンの黄金期の一つと言われる時期だ。ダンカン氏が書くように「26年の歳月が思わずよみがえって、今岡の7番が真弓に、赤星の53が吉竹に、シーツの4が川藤に、金本の6が藤田平に、そして、安藤-矢野のバッテリーが当時16の上田と39の若菜にダブって、思わず当時の猛虎の名前を絶叫してしまったのはおれだけじゃないはず…。」という人は多かったに違いない。さらに、入団交渉において問題が発生した一場投手を打ち崩した姿と、入団に関する諸問題を抱えて、巨人に入団し、現在はワイン通のタレントとして活躍している江川卓投手に対して、プロの洗礼を浴びせかけた姿ダブった人もいるだろう。とにかく、なぜ、この昭和54年を選んだのかは、監督を務める岡田監督も、1979年の翌年、入団し、このタイプのユニフォームに袖を通しているということのようだが、本当の理由はよくわからない。このユニフォームは、6月20日まで、阪神主催の交流戦計18試合限定で着用されるという。ちなみに、こういう、復刻ユニフォームは、永久欠番のあるチームでは、難しそうだ。それは、時代によって、同じ背番号でも、違う名選手がいるからこそ、その時代を思い起こし、復刻の効果が上がるからだ。たとえば、巨人では、いくら復刻ユニフォームにしても、背番号3の選手が、グランドで戦わない事になる。これは、黄金期の一つである、V9時代の重要な要素がないこととなり、復刻の楽しみが半減することになる。球団の歴史や伝統を守り、伝える方法は多数あり、それぞれの考え方はあるのだが。取った方法によっては、場合によって、両立できない手法があるということなのだろうか。ちなみに、70周年記念の復刻グッズとして・・・阪神タイガース70周年記念マウスいちおう、昭和54年仕様かもそれにしても、この商品のページに掲載されている他のアイテムも、濃いので、是非見てやって下さい。
2005.05.13
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プロ野球セ・パ交流戦の巨人がらみの試合は、死球の多発で、なんだか荒れ模様の様相なんですが。そんな、荒れた試合の中で、野球に対する愛情を感じる出来事があった。5/11、東京ドームでの巨人-オリックス戦、延長11回1死、小久保の9号ソロで、1点差に詰め寄ったばかりで、イケイケ状態だった時の清原選手の打席の2球目。パリーグ屈指の速球王の山口の147km/hのストレートを清原が頭部に直撃。清原選手は、ぶっ倒れた倒れたあと、すぐに立ち上がり、ヘルメットのつばを右手でつかんで、地面に投げつけ雄たけびを上げ、鬼の形相でマウンドに立ち向かった。ここまでは、通算死球は歴代1位の清原ならではの、いつものパフォーマンスという事なのだが。なんと、今回の150キロ近い速球でのデッドボールの跡が、青くなっていた。これは、清原選手が、西武時代のヘルメットを、黒く塗って、巨人仕様にして使っていたため、ボールが当たった所の塗装が剥げ落ち、青いプラスチックの地が露出したのだ。その昔、阪神タイガース時代の田渕選手が、頭にデッドボールを受け、泡を吹いたという、アントニオ猪木がハルクホーガンとの一戦で、泡を吹いた事件と同様に、そのプロスポーツのあり方を変えてしまうような事件があったが。このヘルメットの様子を見ても、デッドボールの恐ろしさを改めて感じさせる。さて、この西武のヘルメットについて、さらに辿っていくと、元は、79年から80年に、野村克也が使っていたヘルメットだったという。80年には、前人未到の3000試合出場を達成し、同年限りで27年にわたる現役生活にピリオドを打った。そのときに使っていたヘルメットが、清原選手が入団した時に、たまたま、残っていたのだそうだ。清原選手は、85年12月に西武に入団したのはいいが、体格が良かったため、見た目の通り、彼にあうヘルメットがなかったが、たまたま、野村克也が、退団後5年経っていたにもかかわらず、保管されており、それを愛用するようになったとか。清原選手は、大阪の南海沿線である岸和田市出身。生まれ変わっても「岸和田市に生まれたい」と言い放ったという、生粋の泉州人。彼が、このヘルメットを愛用していたのは、単に、サイズがあっただけでなく、南海ホークスで活躍した、野村克也という選手へのあこがれと、愛情があったのではないだろうか。清原選手は、プロ野球選手になる際、入団に関しトラブルがあり、悔しい思いをしている。そんなときに、あこがれの選手に関係するものが、偶然目の前に現れ、しかも、自分とピッタリあうとなれば、このヘルメットが、その悔しい思いを吹き飛ばす、後押しになったのかもしれない。そして、結果を残した。だからこそ、約20年間このヘルメットを使い続けたのだろう。彼の野球に関する愛情の深さを感じた出来事だった。番長(清原選手を形容する以外は死語)!男を上げてますぜ。しかし、安全性の面では、オススメできませんね。あるブログでは、環境にやさしいという意見も出ていました。
2005.05.12
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なんか、浦和に、フィーゴが来る可能性が出てきたとのこと。観客動員の多さによる、資金があるにせよ。いやあ、久々の大型移籍は笑える。http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20050511&a=20050511-00000034-sph-spoそれにしても、この記事の「浦和は磐田MF藤田俊哉(33)獲得も目指しており、“日本の銀河系軍団”となる。」という表現が意味不明。ユニフォームは、和製マンUの和製レアルになるのだろうか。とにかく、実現する、しない、関係なしに、こういう話しは面白い。関係ないけど、6月にバンコクに行きたい!!!東急百貨店の上から、競技場をのぞき込むとか、できたら笑える。
2005.05.11
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銀座のいくつかの画廊が、青空の下に集まるというイベントに参加した。このイベントは「銀座おあぞらdeアート」と名付けられ、銀座の数寄屋橋の近くにある、泰明小学校の校庭で行われた。泰明小学校は、銀座の繁華街の中にあるレトロな雰囲気を持つ小学校で。昭和4年に竣工それた校舎は、半円アーチの窓、入り口の柱とか。そしてフランス貴族の館から寄贈された門など、とても、趣のある校舎です。この校庭に、銀座のたくさんある、画廊のうち、10廊弱が、若い作家さんの作品を中心に、青空の下で展示した。少し、風が強かったが、好天に恵まれ、とても、気持ちよく。こんなところで、作品を見ることが出来るのは、とても楽しい。おそらく、このイベントは、銀座の画廊さんのお客さんを、イベントを通して、共有することで、アートの街としての活性化を図るとともに。開放的な空間でのイベントでの新規客の獲得というか、アーティストと市民が触れる機会を作ることで、いろんな人が、アーティストの活動を支援できる環境づくりを目指したところがあるに違いない。このイベントは、作品を見るだけではない。たくさんのワークショップを通じて、アートに参加できる趣向となっている。私は「ピンホールカメラ撮影」に挑戦した。ピンホールカメラというのは、小さな穴を通じて光を通すと、レンズと同じ効果が出るという特性を利用して作ったカメラだ。今回は、ポラロイドカメラを改造して作った、ピンホールカメラを使った。実は、このピンホールカメラのデジカメ版というのは、防犯カメラなんかに使われていたりするんですよね。さて、ピンホールカメラは、小さな穴を通して、光をフイルム(今回のポラロイドカメラは、感材の付いた感光紙)に当てるため。通常のレンズを使ったカメラより光の量が少ない。だから、シャッターを開ける時間を長くすることで、きれいに写るように調整する。ちなみに、防犯カメラの場合は、CCD素子などの感度を上げて、対応。しかし、この光を当てる時間の調整は、とても繊細で、普通は、カメラの中に入っている、コンピュータが計算して、シャッターを開ける時間を調整するのだが。今回は、人間の手で、調整しないといけない。そんなこともあって、今回使う改造されたポラロイドカメラは、手動シャッターだ。ちなみに、この日は、晴れていたので、撮る場所にもるが、2-4秒という感じらしい。簡単な説明を受け、撮影開始。今回は、1人、5枚だけ撮影が出来て、そのうち、1枚を選んで、それを、アート作品として、提出し、後日(5/24-29)に、作品展を開いてくれる。また、写真作家さんや、画廊の方が、選んだ、優秀な作品については、賞が与えられるそうだ。さて、せっかくの作品づくりなので、まず撮影場所を選ぶ。レトロなデザインの校舎だけに、この校舎を活かしたい。また、シャッター速度が遅いので、動きがあるものを撮影すると、ぶれてくれるので面白い絵が撮れる。また、視点を、普段の視点から変えてみると、違ったものが見えてくる。それを、撮影をするのも面白い。構図を選んで、1枚目を撮影をする。どうしても、シャッターを空ける時間の感覚がつかめていないので、きれいに写らない。きれいに撮れだしたのは、3枚目ぐらいからだ。そのうち、手動シャッターということを利用して、多重露出という、何回かに分けてシャッターを開く方法などにも、チャレンジできるようになる。そんなことで、撮った作品です。これは、提出した作品ではないのですが、けっこう気に入っています。右の写真の赤いのは、金魚です。いやあ、はまりますね。追加情報。先日、写真展の案内のハガキが届きました。すると、なんと、すどう美術館賞ということで、入賞しているではないですか。賞品もあるみたいですので、楽しみです。「はじめてのピンホール写真展」すどう美術館 東京都中央区銀座6-13-7 新保ビル 電話 03-3547-1016期間 5/24-29開館時間 火-金 12時-20時 土・日 11時-17時
2005.05.08
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ついつい見てしまいました。「ドッチボール」子供の頃よくやった、ドッチボールを題材にした映画というだけで笑えるのだが。とにかく、マイナースポーツを題材にした映画なんですが、大爆笑のうちに終わってしまいました。しかも、エンドロールの最後も見逃せません。競技としては、日本の小学校でやる、ボール一つで行うドッチボールではなく、アメリカの公式団体が設定した、6人制で、6つのボールを使う競技となっている。基本的には、日本のスポコンアニメでよくある、出来ないメンバーが特訓の末、個性を生かして最強のチームとなるという話しだ。「ドカベン」も最初はそうだし「アパッチ野球軍」なんかも、その典型の一つだ。とはいえ、大きく違うことは、とにかく、コメディに徹している事だ。それにしても、隠れキャラの多い映画だ。あのブルースリーと対決したチャック・ノリスや、日本代表チームとして、角田信朗とおぼしき人物が登場。カーク船長もいた。極めつけがランス・アームストロング。主人公がくじけた時に、励ますのだが。これまた、自虐ネタ。ドッチボールの選手に、なぜ、ランス・アームストロングが声を掛けたのかというと、自転車ロードレースは、アメリカではマイナースポーツなので、ツール・ド・フランスを史上初の個人総合6連覇(劇中では5連覇)という偉業を達成しても、所詮マイナースポーツということもあり、たまたま、自分の競技の映っているマイナースポーツ専門チャンネルを見ていたから、ドッチボールの選手を知り、たまたま、出会った、その選手に声を掛けたという設定なのだ。とにかく、細かいネタです。おそらく、もっと、もっと、繰り返してみると、細かいネタが、出てきそうなので、DVDが出たら絶対買います。また、CGやワイヤーを使わないアクションも、いい感じだ。少林サッカーのように、極端にCGやワイヤーを使うのも、マンガチックで面白いのだが、こういう、身体を張った、コメディ・アクションは、やはり面白い。「ドッチボール」見たい人は、ほぼ、単館上映に近いぐらい、わずかな映画館でしかやってないので、ご注意。☆ドッチボール 公式サイトhttp://www.foxjapan.com/movies/dodgeball/
2005.05.07
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結婚をすると、親に対するケアが増えるのだが、そのついでに、いろんな面白い経験が出来ることがある。相方の両親は、町村合併で、北杜市になった、山梨県の甲斐大泉の近くに別荘を持っている。愛・地球博と滋賀県そして甲子園の実家に寄って、その帰りに、その別荘に寄ることにした。5/4の朝に、甲子園を出て、大阪に出る。それから、近鉄特急で、名古屋に出る。関東出身の相方からすれば、大阪と名古屋という150キロを超える離れた大都市間をノンストップで結ぶ、私鉄の特急の存在は、カルチャーショックだったようだ。そして、レールの幅が、JRより広いため、乗り心地が良く、しかも安いのが、気に入ったようだ。今回は、少しの割り増し料金で乗れる、三列シートのデラックスシートが埋まっていたので、乗れなかったのだが。近鉄特急にはまったのかもしれない。名古屋につき、きしめんを食べたのだが、これでもか、というぐらい天ぷらが載っていて、おいしかったけど、げろげろになって、特急しなのという振り子電車にのって、塩尻に向かう。特急しなのは、重心を低くして、カープの多い路線を高速に走らせるため、屋根が低く、網棚に荷物が置けない。だから、車両の端にある、荷物置き場に荷物を置かなくてはならず、置き引きというか、車上荒らしが心配だ。それに対して、塩尻から小淵沢の各駅停車は、網棚の高さがきっちりと確保されているので、荷物の多い人には、こちらの方が向いている。高速車両にするのもいいが、遅い電車にも、いろいろメリットがある。その日は、夕方遅くに別荘に着いたので、もう遅いので、翌日に、そば屋と温泉に行くことにした。この別荘のある北杜市は、町村合併で出来た市だが、その町村合併により、仕方がないのだが、サービスが低下した面がある。それは、その村に別荘を持っている人も、温泉に割引で入れたという特典が無くなってしまったのである。普通の北杜市民は、それぞれの町村が運営する温泉だけでなく、合併した範囲の町村が運営する温泉に割引で入れるようになり、割引で入れる温泉の選択肢が増えたというメリットがあるのだが。別荘を誘致して、町や村を起こそうとしていたところからすれば、町村合併によって、路線変更を余儀なくされてしまったという感じだ。そんなことで、北杜市内の温泉に入りに行くメリットがなくなったとはいえ、せっかく、北杜市として合併したということで、私は、行ったことがあったということもあり、甲斐大泉から、市内の遠くの場所にある増富ラジウム温泉に行くことにした。親父さんが、元調律師のやっている蕎麦屋で、地元の人とおぼしき人から、増富ラジウム温泉の情報を仕入れる。どうも、充実しているという情報を得て。増富ラジウム温泉に行くことが最終決定された。八ヶ岳の山麓にあるため、高低差を意識しながら、コース取りを決める。途中、道の駅のあたりに、大量の鯉のぼりが泳いでいた。子供の日ということで、どうもイベントが開かれているらしく、車が大量に止まっている。(あとでニュースで見たのだが、どろんこ祭りのような事をやっていたらしい)それにしても、北杜市は広大だ。1時間車で走り、かなり山奥に入った所に、増富ラジウム温泉があった。温度を選べる掛け流しの温泉は、競争率が高い。そして、ワインゼリーのような香りがするワイン風呂も笑える。そんなこんなで、時間が過ぎ、今晩のメインディッシュを買いに行く事に。帰りの道は、広域農道を使った。広域農道とは、国土交通省ではなく、農林水産省系の道路で、農産物の輸送を改善するために作られた道で、スーパー林道とともに、いろいろ物議を醸している道でもある。地図上では、県道やら国道ではないため、道路に色が塗られていないため、目立たないが、農道とは思えない、きれいに整備された道だ。おかげさまで、行きより、帰りの方が、10分から15分時間が短縮された。おそるべし、広域農道。大泉村役場ではなく、大泉支所の近くのスーパーに行くと、めぼしいメインディッシュが見つからない。メインディッシュは、イワナにしようとおもっていたのだ。仕方がないので、山梨ワインビーフという、ワインの絞りかすで育てた牛のカルビだけを買う。大泉は、名前の通り、八ヶ岳に降った雨や雪が地下を通って、泉として湧き出たところで、水資源が豊かで、しかも水質が良い。だから、イワナの養殖場がある。夕方も5時を過ぎようとしているので、急いで、養殖場に行く。祭日なのに職員がいたので声をかける。どうも、売ってくれそうだ。職員は、ちいさなビニール袋を持ち、養殖場の生け簀の方へ行く。生け簀は、酸欠にならないように、水車が回転し、水しぶきを上げている。職員は、生け簀の端の小さな網の所に行き、小さな網をすくうと、10匹ぐらいのイワナが網に入っていた。必要でない、イワナを、生け簀に放すと。のこりを、ビニール袋にいれる。イワナは、ビチビチと暴れている。このイワナの暴れ方が酷い場合は、電気ショックで、気絶させるらしいが、こんなにビチビチと暴れていても、電気ショックを与える程ではないそうだ。お会計をすると、あっと驚く激安価格。スーパーの1/2ぐらいの値段だ。そのぐらいの利幅がないと、スーパーや運送会社がやっていけないと思うと当然だが、それにしても安い。別荘への帰りの車の中でも、まだ、イワナが暴れている。そういうことで、晩の8時頃には、そのイワナも焼き上がって、胃の中に。そして、1匹は、焼いた上に日本酒に浸けられて、「骨酒」となる。本当は「骨酒」用のイワナは、もう少し大きいのだが、充分楽しめた。しかし、痛風の私は、アルコールがドクターストップなので、おあずけでした。☆楽天市場で、イワナを探してみました。 大町市・岩魚郷岩魚詰合せ幻の魚イワナ【岩魚】1尾≪長野県安曇野産≫☆骨酒用の器です ちなみに、こんなもの使いませんでした。でも、風情はあるよね。お手軽セットも!!
2005.05.05
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大阪は、安くて美味しいものがあるというイメージがあるが、その代表の一つが、阪神梅田駅のジューススタンドである。今年で、開業37年目だそうだが、昔から変わらない味だ。しかも、ミックスジュースが、1杯140円。この安さと美味しさ、そして、スピードの速さで、お客さんが途切れない。久し振りに飲んだのだが、相変わらずおいしい。東京の都心部では、地下鉄の永田町駅などで、ジューススタンドをみかけるが、生ジュースという付加価値を狙い、価格が300円と高めになっていることもあり、回転が悪く。ジュースが淀んでしまっている。それに対し、阪神梅田駅のジュースは、安い値段ということもあり、お客が途切れない。だからこそ、常に新鮮なジュースを提供できるという、好循環になっている。この阪神梅田駅のミックスジュースは、みかんの缶詰、黄桃の缶詰、バナナ、牛乳と氷と水と砂糖というシンプルなレシピで出来ているのだが、氷を入れるタイミング、混ぜてから置いておく時間などを、5つぐらいのミキサーをうまくコントロールして、独特の味を出しているのが素晴らしい。予備校時代の友達が、このジューススタンドでバイトをしていたのだが、ここのバイトは、とても研究熱心で、阪神百貨店内など、いろんな、生ジュースを飲んで研究しているそうだ。だからといって、ライバルを見て、味が変わるわけではないのだ。じつは、他のジュースを飲むことで、自分たちが提供しているジュースのアドバンテージを確認しているのだ。たしかに、たかが、140円のジュースだが。そのジュースに、プライドを持ち、安いありふれた材料を、細かいタイミングの調整など、腕で勝負をしているのだ。確かに、他のジューススタンドの方が、品質のいい材料を使ったり、ジュースが濃かったりするのだが、それが、決して、お客さんのニーズに応えていないことも、よく解っているようだ。最近、東京のJR中央線の駅を中心に、立ち食いそば屋の替わりに、オレンジ色のジューススタンドが設置されつつある。ここでは、150円でミックスジュースが提供されている。しかも、阪神梅田のレシピである、みかんの缶詰、黄桃の缶詰、バナナ、牛乳と氷と水と砂糖にプラスして、りんごなどが加えられている。立川駅で飲んでみたのだが、中に入っているものが、近いので、確かに、味は近くそこそこ美味しいが、やはり、阪神梅田駅のジューススタンドには、足下にも及ばない。若い女性店員が多く、おそらく、マニュアルはしっかりしていると思われるが、歴史とプライドが違うのだろう。立ち食いそば屋は、なかなか辞めてくれない中高年の労働者が多かったのだが、それを一掃して、すぐに辞めてくれる、若い女の子主体の店にするのは、労働力の流動性という、経営的に有利な状態を作るとは言え。すぐに辞めてしまう職場で、しかも、単価の安いものを売るお店で、どれだけ、従業員のプライドを保っていくのか、注目してゆきたい。
2005.05.04
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相方と義理の妹と、芦屋においしい蕎麦屋があるということで、昼ご飯をいただく予定なのだが、その前に、魚崎郷の浜福鶴にお酒を買いに行く。浜福鶴は、阪神大震災で、蔵が全壊し、そのとき、杜氏が、全壊した蔵の跡地に立ち「空しか見えない。」とつぶやいた言葉から「空蔵(くぞう)」名付けられた、傑作の銘酒がある蔵です。■関連記事http://plaza.rakuten.co.jp/ideaeast/diary/200501170000/なぜ、今回ここに行こうと思ったのかは、この旅の初日の4/28に、仕事で、愛・地球博に行き、その空き時間を利用して、ラオス館に寄り、泡盛の原型である「ラオラーオ」が売られている事を発見し購入。5/1に、明治村で、愛知県刈谷市にあった「菊の世」の酒蔵にて、酒造りの工程に関する収蔵品に、西宮の白鹿からの提供品が展示されていた事。5/2に、滋賀県の多賀神社の前の酒屋さんで、その近くの地酒「金亀」の全量木艚袋絞りの純米吟醸限定品を仕入れ、酒モードに入ってしまっていたからである。ちなみに、その店では、「金亀」の量り売りもしてました。■金亀浜福鶴では、今回は、純米酒を仕入れ、芦屋に蕎麦を食べに行く。ちなみに、浜福鶴の隣の、櫻正宗にも、記念館や直売をしている所もあるのだが、今回は時間がないのでパス。■浜福鶴■櫻正宗※櫻正宗は、プレミアがついてますね。楽天に出店している浜福鶴の方が、通販では、買い得感がある。ただし、直接買いに行くには、櫻正宗の方が、経済的かも。関西でも、最近は、おいしい蕎麦屋が増えているようで、ある意味、関西特有の文化が失われている面もあるとはいえ、美味しい店があることに越したことはない。そんな、おいしい蕎麦をいただいていると、なんとなく、時間があるので、お酒の博物館に行くことになった。またもや、阪神電車に乗り、西宮駅に。今日は、甲子園-魚崎-芦屋-西宮とこまめに阪神電車に乗っている。GWの割引切符なんかを買っておけば良かった。そこから、札場筋を下がり、日本酒に使われる名水のひとつ「宮水」の井戸の横をとおり、「酒蔵通り」、伊勢神宮に納品される御料酒を作る「白鷹」の横を通り、「白鹿酒造博物館」につく。■白鷹※タイガースのお酒は、暑い時期の野球観戦のイメージがあり、冷や酒で行きたい気がするが。熱かんで、おでん(関東煮)や鍋物などとともに食べる方が、おいしく頂ける気がします。「白鹿酒造博物館」酒ミュージアムは、阪神大震災の前に行ったきり、久し振りに行く。阪神大震災の影響で、あのあたりの雰囲気も、小さな頃、うろうろしていた時の、酒蔵の街の重い雰囲気はなく、ユニクロやホームセンター、関東系のコジマなどの大型家電など、チェーン店が、酒蔵の跡地に立ち、ずいぶんと風景が変わっている。このミュージアムも、全壊したため、震災以前と場所が変わっていたため、昔の入り口の方に行ってしまい、ご一行様を余分に歩かせることに。あたらしい、酒ミュージアムに入ると、記念のお酒がプレゼントされる。ちょっとラッキーだ。ここは震災後、古い蔵を改造して、作られていて。発掘された古い工場の跡を見ながら、昔ながらの酒造りの工程に関して、酒を見守り続けた人の拘りの見える、見事な展示である。しかし、かつての、酒ミュージアムに展示されていた、職人ワザを科学で分析し工業化をしていくという、酒造りの近代化の過程や、使われている機器や流通の変化など、日本酒が、多くの人に安心して飲まれるように工夫された歴史を綴った展示が全くなくなり。受付の近くの休憩所で、ビデオでドキュメンタリー映画が流されるだけになっていたのは残念でならない。酒ミュージアムの隣は、白鹿クラシックで、お酒に関連する商品が買えたり、おいしい料理を頂ける。お酒とは関係ないかもしれないが、ここでの、手焼きのプリンがおいしい。四角いプリンなのだが、ここでの、コーヒーとともに、すばらしい、ハーモニーを奏でている。白鹿は、バブルの時に、近鉄と組んで、甲子園に都ホテルを作ることになり。様々な要因から、都ホテルがダメになり、ノボテルになってしまったが。ホテルでの経験と、従来からの酒という味への拘りが、形が違えども、プリンという形で現れたのかもしれない。ちなみに、「白鹿」の中でも「黒松白鹿」は、「白鹿」のいわゆる工業化されていない商品のブランドです。職人芸を見るにはこちらです。とはいえ、工業化された量産品普通の「白鹿」と比べてみるのもいい。工業が、職人にどう近づけるかという、プロジェクトXではないが、技術者たちの壮大なプロジェクトの上に出来上がった酒だけに、飲み比べると楽しい。また、「白鹿」も「白鷹」も、共に、辰馬家の系列で、「白鹿」が、辰馬本家ということを踏まえて、一族での腕の磨き合いという面で、飲み比べてみるのも面白い。■黒松白鹿■白鹿後日談・・・結局、その後、北杜市の白州にある、サントリーや七賢にこそいきませんでしたが、5/6に、勝沼のワインカーブに行ってしまいました。
2005.05.03
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約半年ぶりに、滋賀県甲良町に来た。甲良町は、彦根市に近い、8000人の小さな町だが、13の集落がそれぞれ、知恵と力を出し合って、住民主体で、いろんなまちづくりへの取り組みを行っている。そして、この町の取り組みの話しをすると、多くの人が興味をもつそんな、小さくても魅力のある町だ。今回は、相方が、是非この町を見てみたいと言うことで訪れることにした。彦根で、レンタカーを借り、古民家を改造した、和食とイタリアンを合わせた創作料理の店で昼食をいただく。食後のコーヒー付きで、1500円程度と、昼ご飯としては、少し高いが、実際は、東京では、2500円ぐらいの内容のセットで、とても、割安感が高い。彦根市内を出て、20分ぐらいで、甲良町役場に着く。取材で何回か通ったせいか、カーナビが無くても、地図を見なくても、道が解る。役場に到着し、迷わず裏の駐車場に車を止め、まちづくり課に行く。場所が変わってはいたが、以前お世話になった方が、元気そうに働いている姿を見て、少しほっとする。共に仕事をした人に、久し振りに会い。しかも、元気そうだと、ほっとする。相方は、ここんところ、環境や地球に優しいものに関する書籍やフリーペーパーに関わっている事もあり、まちづくり課の担当者に町の取り組みについて教えてもらうこととなった。水にまつわるお話し、子供を大切にするお祭りなどに関するお話しなどを交え、町に住んでいる人が、どうプライドを持って、地域を大切にしているかを、手慣れた感じで、教えてもらう。町を回っていると、いろんな人に声をかけられる。その地域の人に「あんた。どこかで会ったね」と聞かれる。ちょっと驚いたけど、どこか嬉しい。その時、ピンと来なかったが、おそらく、去年のタイの研修生との交流会のビデオ撮影の時に、会ったのかもしれない。また、作ったものは、常に、手をつけるようにするしくみをもっており、常に更新され、持続が出来るような仕組みを持つようにしているのが多いのも面白い。いろいろ巡り、ある石畳のきれいな、集落に来る。ここは、この担当者が、必ず紹介する所だという。この地域のポイントは、外から見えるところは、全て公共物だからという理念から、ある家が、自主的に、庭など、外から見えるところを、花で飾るようになった。それが、隣の家、隣の家と広がり。その近辺は、石畳もさることながら、花がいっぱい咲いている美しい町並みとなっていた。ガーデニングは、まちづくりの一環なのだ。ここで、愛・地球博のモリゾーゴンドラの曇るガラスの事を思い出した。愛・地球博の長久手会場と瀬戸会場を結ぶ、モリゾーゴンドラは、途中で地域住民のプライバシーの保護のため、住宅地付近を走る2分間、ガラスが曇る仕組みになっている。これは、液晶技術を使った、面白い試みだが。人から見える所は、公共物となっていまうにも関わらず、普通では、外から見えない所も見えてしまうような乗り物を走らせてしまったことで、問題が発生したのだ。もっと、しっかりとした、話し合いがなされれば、もしかすると、目隠しをするという無粋なことをせず。堂々と、人に見せられる花いっぱいの環境にやさしい街の上空を走る、ゴンドラとなったに違いない。こちらの方が、森を切り崩して作った、博覧会場の展示より、より具体的な、先進事例を、世界にアピールできたに違いない。これは、どんなパビリオンよりも説得力のある市民展示となったであろう。そう考えると、とても残念だ。人から見えるところは、公共物という発想での、ガーデニングは、自分や家族、友人だけの安らぎを与えるだけでなく、地域を癒し。同時に、他の家のガーデニングは、自分もいやしてくれる。そうすることで、やさしい、街ができていくのだろうか。■甲良町http://www.biwa.ne.jp/~kouracho/
2005.05.02
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さて、明治村から、岐阜市内に戻る。連休中の日曜日ということもあり、ガイドブックに載っている店が、軒並み休み。気が付いたら、新岐阜から、柳ヶ瀬まで、来ていた。岐阜の柳ヶ瀬は、昭和41年に大ヒットした「柳ヶ瀬ブルース」発祥の地で、スナックの多い繁華街というイメージがある。しかし、地方都市ではありがちな話しだが、かつての都心より、車で行きやすい、郊外の店舗が流行っているせいか、少し寂しくなっている。今やワイドショーのご意見番「美川憲一」の「柳ヶ瀬ブルース」の収録されているCD 歩いていると、ふと、気になる店があったので、暖簾をくぐる。「でん」という焼酎がウリの店だ。店内は、こぎれいなラーメン屋が撤退した後をそのまま買取り、自分で改造して開店したという感じで。お金をかけずに、洒落た雰囲気を出すように工夫してある。カウンターには、品数が多くはないが、厳選された焼酎と梅酒が置いてある。私は、今日はお酒が飲めないのだが、相方は、梅酒を頼む。マスターというか、お兄さんは、梅酒の好みや、今の気持ちを聞き、それに合った梅酒を出してくれた。ちなみに、ノンアルコール組は、選択の余地が少ないので、お茶で我慢。料理も、とてもおいしい。焼酎を贅沢に使ったスペアリブは激ウマ。お兄さんに、スペアリブの作り方を少し教えてもらったのだが、一晩寝かせたりして、どうも2日がかりで作っているようだ。また、明方ハムという、奥美濃のローカルハムを使ったサラダも激ウマ。明方ハムは、昭和28年より生産しているのだが、昔は、岐阜県内でもよく食べられたのだが、大手のハム・メーカーに押されていて、岐阜の方でも、少し、懐かしい味という事になっているらしい。きっと、この明方ハムを、焼いただけのものも、激ウマに違いない。 幻のハムと言われているらしい「明方ハム」 2000円いろいろお話しを聞いていると、お店のお兄さんは、いろいろ、拘りをもって、商売をしているようだ。まず、ここで出しているお酒については、品数が多くなくても、メジャーではなくても、自分が気に入って、どういうものか、説明できるものしか出さないそうだ。しかも、気軽に楽しめるように、一杯500円程度からと、決して高い値段で提供しない。そんなこともあって、一部の固定客が中心となっているが、地道にこの店を続けたいようだ。帰り際に、お店のお兄さんに、愛・地球博の様子を聞かれたのだが、この拘りのお兄さんに、愛・地球博で買える、一つのお酒を紹介した。それは、去年、ラオスに行ったとき買い損なった「ラオラーオ」である。この「ラオラーオ」とは、横浜の野毛の沖縄料理屋に掛けてあった、泡盛の由来に書かれていたお酒で、泡盛の原型となったお酒だ。「ラオラーオ」を作る際に、アルコールの度数を、泡の立ち方で測ったことから、泡の目盛り、つまり「泡盛」という名前が生まれたという。そして、この「泡盛」を、島津藩が真似て、お米(タイ米)以外の作物で作ったお酒を蒸留して造ったのが「焼酎」だと書いてあった。この「ラオラーオ」を、愛・地球博のラオス館で販売しているのを発見したのである。美味しいかどうかは別にして、日本で花開いた「焼酎」文化、そして「泡盛」のルーツを探る上で、一度は口にしておきたいお酒だ。ラオスでは、最近、あまり飲まれなくなっているという「ラオラーオ」であるだけに、この機会に飲んでおきたいところだ。ちなみに、ラオス館は、ラオスの物価がやすいせいか、ラオスの布が、1000円から2000円と他の国のパビリオンより安く売られているので、愛・地球博のお土産として、要チェックだ。数枚買えば、もしかすると、愛・地球博の入場料の4000円分も取り返せてしまうかも知れない。そんなことで、岐阜という町の、山・川・宿・温泉・人・町・街・味を堪能した一日でした。それは、思わぬ収穫でもあった。また、ゆっくりと、岐阜の街に行ってみたいと思った。
2005.05.01
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愛・地球博の市民展示の仕事で、名古屋に来たのだが、さすがに、ゴールデン・ウィーク中は、名古屋市内で宿が取れず、愛知県の隣の県の岐阜市に宿を取ることにした。それが、嬉しい誤算になるとは思っていなかった。笹島サテライト会場の仕事が終わり。名古屋駅の近くで、軽く晩ご飯を済ませ、岐阜に向かう。岐阜市は、愛知県の隣の県と言うことで、中京地区以外の人からすれば、遠く離れている印象があるが、名古屋から意外に近く、新快速電車で、20分少しで到着した。感覚としては、東京から横浜、あるいは、大阪から神戸という感じの距離感だ。今夜と明日の宿は「きんか」という、小さな旅館だ。荷物が多かったので、タクシーに乗り、行き先を告げると、旅館の数が限られているせいか、まっすぐ旅館に向かった。長良川の橋のたもとを通り、有料道路の手前を、公園の方に右折し、タクシーは、こじんまりとした、旅館の前に、横付けする。旅館に入ると、女将さんとおぼしき女性が、出迎えてくれた。玄関に入って気が付いたのは、いわゆる、カウンターのようなものがない。そして、そのまま、家に通されるような格好となり、2階に上がり、部屋に通された。そこで、お茶をいただきながら、チェックインの手続きをした。すると、お風呂が空いているので、すぐ入るように勧められる。この旅館は、お風呂は、基本的に、貸し切りとなっている。だから、長久手会場からの最終の直行バスが着くまで、少し時間があるので、それまでだったら、ゆっくりお風呂に入れるからだ。1階にあるお風呂に行く。家族風呂ということになっているのだが、金泉と銀泉の2つの温泉の浴槽がある。早速、鉄分の多い、金泉の方の温泉に浸かる。お湯は、少し、ぬるめだが、なんとなく、身体が温まってくる。このあたりは、温泉ならではだ。翌朝、朝食が、部屋に届く。今回は、夕食なしというパックなのだが、料理をウリにしている旅館だけに、朝食も素晴らしい。マクロビオティックの原型となる、和食の素晴らしさを感じさせる。その日は、翌日の滋賀県でのアポがあるためと、しばらく、休日返上で働いていた事もあり、オフにし、あと、一泊、ここで過ごすことにしていたのだが、せっかく、岐阜に来たと言うこともあり、少し散策してみることにした。チェックインした際、手渡された、長良川の遊覧船の割引券があったので、船に乗ることにした。ここは、鵜飼いで有名な地域で、本来は、鵜飼いのシーズンのみ遊覧船というか屋形船が出ているのだが、愛・地球博に合わせて、土日と祭日のみ運行しているのだ。鵜飼いは、今年は、5月11日より解禁となるのだが、一足早く楽しむこととなる。旅館の女将に、乗船場を訪ねると、この旅館で、船の予約が取れるという。しかも、割引料金だ。早速11時の船を予約する。11時の船まで時間があるので、金華山の上にある岐阜城に行くことにする。旅館を出て、1分で、頂上付近まで登るロープウェイ乗り場のある公園に入る。信長の池という、池の端を歩く。公園は、きれいに整備され、緑が綺麗だ。ロープウェイは、もう、30-40年使っているだろう、昭和の香りがするものだったが、それが、余計に、子供の頃に、旅行に連れて行ってもらった時のどこかなつかしい感動を呼び起こす。愛・地球博の会場で、瀬戸会場と長久手会場を結ぶモリゾーゴンドラに乗ったのだが、そのプラスチッキーな、ゴンドラと対照的に、鉄で出来た金華山のロープウェイは、いかにも、機械と自己主張している感じがする。ロープウェイの窓から、外を見ると、金華山の斜面がとてもきつい事に驚かされる。この山に、よく、お城や、ロープウェイを作ったと感心してしまう。昨夜、名古屋で、軽く打ち上げ気分で、ワインをグラスに半分ほど飲んだせいか、今朝になって、てきめんに痛風が復活。右足が、軽く痛むだけに、ローフウェイという文明の利器のおかげで、山頂にたどり着けるのは、とてもありがたい。頂上に着き、リス園を軽く無視して、お城に向かう。お城に向かうまでの遊歩道には、立て看板で、この城の由来が書かれている。これが、軽く歩いては、休憩できるような間隔で立っているため。少し読んでは歩き、少し読んでは歩きで、足の調子が良くない私にとって、適度な休憩を提供してくれた。説明は、歴史に興味のない人には、難しい内容だが。少し、歴史に興味のある人にとっては、丁度良い感じだ。岐阜城に入る。このお城は、戦後に再建されたものだが、軍事用の見張り台として作られたお城だけに、長良川から濃尾平野まで辺りを一望できるのが最大の魅力だ。また、信長ゆかりの城ということもあり、ポルトガル語での説明があるのが面白い。残念なのは、お城に収蔵されているものが、いまひとつ体系的に展示されていないことだ。頂上付近の案内板の適切さを目の当たりにしているだけに、少し残念な気がしました。とはいえ、他のちょっと古い、多くの観光施設の収蔵物の展示は、もっとうまく体系づけられて説明していないものが多いだけに、岐阜城が、決してレベルが低いというわけではない。さて、金華山を下り、長良川河畔の船着き場に行く。船着き場のすぐ近くに古い町屋の並ぶ、川原町の町並みが見える。船着き場に着くと、10時の便の屋形船が到着するところだった。屋形船は、定員が30名少しのものだが、前に2人、後ろに1人の合計3人で、船を動かしている。チームワークが必要な仕事だ。屋形船に乗り込み、畳の上に座ると、川の水面が、視点のすぐ横に見える。船はゆっくりと、上流に向かって走る。右手には、先ほど上がった金華山がそびえ立ち、左側には、鵜飼いの家などがある町並みが見える。窓を空けているので、清々しい風が顔に当たる。ときおり、水鳥が、飛んできては川に着水し、しばらく、ぷかぷかと浮かんだ後に、水面下に消えて、浮上するのが見える。黒い水鳥は、おそらく、自然の鵜なのだろうか。鵜飼いの季節の前に、鵜が漁をする姿が見えるとはラッキーだ。かなり、上流に上がったところで、モーターの着いていない屋形船とすれ違う。こちらの屋形船の半分ぐらいの大きさで、船頭さんが、三人で、川底を長い竹の棒で突いたり、櫂を使って船を操作している。水がきれいなこともあるが、川底が見えるぐらい、浅い川だからこそ、できる船のコントロール方法だ。約1時間の遊覧船は、川の流れのように、ゆったりと過ぎていった。遊覧船を降りて、古い町屋のある方に歩いていく。赤い、古い、円筒状に帽子をかぶった形の郵便ポストのあるところに、ちょっとした、町屋を改造したカフェがあり、そこで、お茶をすることに。ここの奥にある蔵の中でおいしいコーヒーが飲めるのだ。手前は、ちょっとした小物がおいてあり、細長い建物の少し奥に行くと、とてもいいコーヒーの香りとともに、カウンターの横を通過する。そして、靴を脱いで、古い蔵に入る。テーブルやイスも、東京のカフェより、かなりゆったりと配置されていて。雰囲気だけでなく、その空間にも癒されるという感じだ。この蔵は、時々ピアノやジャズの演奏会もするようで、電子ピアノとちょっとしたPAシステムが完備されている。昨日まで、名古屋で行っていた、朗読と即興演奏をやっていたのだが、ここで行うのも悪くない。コーヒーがテーブルに来る。香りが良く、心地よい酸味のあるコーヒーは、遊覧船とは違う、ゆったりとした時間を提供してくれた。あまりにおいしくて、気に入ったので、コーヒー豆を買う。町屋の町並みを奥に行くと、うっそうと緑に包まれた家があった。どうも、そこは、途上国に学校を建てたりしているNGOらしい。カフェにしろ、なんにしろ、どうも、このあたりは、岐阜の中でも、洒落者が住んでいる地域のようだ。さて、ここで、お昼を過ぎたのだが。Qちゃんの記念碑を見てから。帝国ホテルが見たいということで、日本のテーマパークの走り「明治村」に向かう。岐阜県のとなり、愛知県にある犬山市までは、各駅停車のローカル電車で30分足らずだ。この犬山市は、日本ライン、犬山城という、岐阜市の金華山+鵜飼いの遊覧船と似たような、山+川の観光の他に、日本を代表する日本オリジナルのテーマパーク「明治村」と「日本モンキーパーク」がある。この二つのテーマパークは、この二つが出来た後に作られた、いくつものテーマパークの追随を許しておらず、楽しみながら学べる場として、博物館マニアから高く評価されている。他にも、リトルワールドというものなどもあり、犬山は、ちょっとした観光スポットである。明治村については、いろいろ、書くべきポイントがあるので、別の機会に書きたいと思うが、ここで少しだけかいつまんで書くとすれば、常設展示だからこそできる素晴らしさがある。明治村の中は、歩いても回れるのだが、乗り降り自由なレトロ調のバスが使えて、雨の日や、ちょっと足の調子が悪くても、楽しく巡回できる。このあたりは、愛・地球博と変わらないかもしれないが、大きな違いがある。バスの運転手が、案内テープの他に、お客さんの様子を見て、いろいろと説明してくれるのだが、これが、運転手毎にそれぞれ違うスタイルで、しかも、ユーモアを絡ませながら、適時、的確に案内してくれる。何年も、何年も、続けたことで、身に付いたことなのだろう。これは、期間限定では出来ない芸当だろう。同じものを、どう説明するのかという楽しみだけで、何回も来てみる価値がある。「岐阜に泊まり大満足 その2」 に続きます。明治村で売られていたCD【CD】明治村から / 小沢昭一
2005.05.01
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