全14件 (14件中 1-14件目)
1

金魚草昨日は滋賀県に住む息子が関東方面への出張があり、東京に勤めている孫と新宿駅で合流して一泊二日で山梨の我が家に来てくれる予定だった。妻は布団を干したり買い物したりその準備におおわらわだった。昨夜8時11分に甲府駅に着くとのことで私が迎えに行って来たが、客人を乗せて自宅に着いたら妻はご馳走を並べ始めてくれていた。ビールを飲んだり手作り料理を食べながら談笑した。「おとうさんピアノ発表会どうだったの」と聞かれたので、「リポビタンDを飲んで記憶が飛んだり指が動かなかったりして散々だった」と答えたら「ただ下手だっただけではないの?リポビタンDのせいだなんて聞いたことがないよ」と笑われた。信じてもらえるか否かは別としてその時の状況と心の動きを書いて置こうと思う。今年運転免許を返納することにしたので、それに伴い発表会出場も最後と決めていた。曲目は「美しき青きドナウ」の易しく編曲されたものだ。今年最後だからと、特別な思いで1年間、寸暇を見つけて練習してきた。7月12日の発表会に向けて、6月に入ってからは楽譜を見ないで何百、何千回と練習してきた。繰り返しの個所が2か所あり、1回目か2回目かが分からなくなることがあり、その2か所の繰り返しの所は特に念入りに練習した。先生からも褒められてまあまあの自信はついてきた。そして会場への出発直前に、少しでも頭がシャープになって上手に弾けるようにとリポビタンDを飲んで出かけた。そしてリハーサルに臨んだ。少し弾いたら何百回も弾いてきた曲なのにつかえてしまい前に進めない。すごく焦ったが、本番になればなんとかなるだろうと思った。しかし本番ではリハーサルの時よりさらにひどくて、いっぱい練習してきた繰り返しの所など一回も弾けない状態で、茫然自失してすごすごと舞台を降りた。有終の美を飾ろうと必死で練習してきた結果がこの結末で、落ち込みの極だった。「あれだけ練習してきたのにこの結果とは」と完全に自信を無くしてしまった。「家ではあれだけ弾けていたのに何てこと!」と家族も呆れてしまい、二の句がなかった。あんな状態になってしまった原因を色々な方面から調べてみたら、結構よくあることのようだった。緊張状態にある人が、カフェインを摂取すると相乗効果で交感神経が過緊張の状態になり、腕や指の筋肉がガチガチにロックされてしまい、脳では記憶が飛んで覚えていたことがが出てこない時があるとのことだった。リポビタンDには無水カフェインが50mg含まれており、その症状を引き起こすには十分な量と思われた。感受性の問題があり、必ずしもすべての人にこのような症状が起こるとは限らないが、発表会前のような極度の緊張状態にある人は、カフェインは避けた方が良いとは以前から注意喚起されていたとのことだった。1年間の集大成である発表会が終わった今、すこし心が落ち着いてきた。緊張しすぎの原因が分かってほっとしている。緊張を取ろうとコーヒーを飲んだりリポビタンD(カフェイン含有)を飲んで失敗た事例として今後の教訓になればいいと思う。本番では失敗したが、家では「美しき青きドナウ」もそれなりに弾ける。落ち込みから立ち直り、今はユモレスクを練習している。老人の最後の大きな夢は粉々に打ち砕かれたが、時間が経てばそれ程のことでもなかったと思えてきた。発表会の為でなく、楽しみとして気楽にピアノを弾いていこうと思っている。息子とその娘はその後寝室の天井の壊れた蛍光灯の取り換えや浴室の天井の掃除など大活躍してくれて本日の午後7時45分の電車で滋賀に帰る予定である。私は高い所の作業は殆ど無理になってきているので2人に心から感謝している。
2026.07.26
コメント(4)

ツルバギア安青錦が昨日の相撲で勝って10勝を挙げ、規約により大関復帰を一発で決めた。大関になるころは強くても大関になってから勝ち越し基準の8勝を挙げられないと、次の場所はカド番大関と言われ、その場所でも勝ち越せない時は関脇に陥落する。今場所では大関琴桜がカド番大関で今6勝しているのであと2勝すると大関に残れるが、難しそうだ。一旦大関から陥落すると大関に返り咲くのは極めて難しい。最近では返り咲いた力士は貴景勝と霧島の二人しかいない。朝乃山、御嶽海、正代、高安は大関陥落組だが長年経っても大関には復帰できていない。安青錦が10勝して大関に復帰できることは大変なことで今後の活躍が期待される。昨日の試合では反則の髷を掴んだように見えた場面もあったが物言い付かず勝利になって幸運だった。試合後のインタビューで「自分を信じてきた結果だと思います」と述べていた。自分を信じるとは自信を持つことだと思うが、上記朝乃山以下4名の力士は自分を信ずる力が弱いのかも知れない。相撲に限らず野球やサッカーそれに私達の日常生活にも言えるのではないかと思う。この頃の世の中を見ると、私を含めて自信を無くしている人が多いと思う。自分を信じて突き進んでいくことが大切だと思うので、強い力で自分を信じて仕事や家庭生活をしていこうと思う。
2026.07.23
コメント(6)

こぼれ種から庭のあちこちに咲いているペチュニア7月17日が医学論文の締め切りで当日の17日に直接医師会本部の受け取りポストに投函してきたことは当日のブログに書いたが、その後本部からメールがあり、原稿は受け取ったがこれから査読に入るに際し、原稿と図表をメールで送って欲しいとの要請だった。今時は原稿を一々読まずにパソコンの中で査読していくのだろうなと思い、本日は海の日で休日だったので野菜畑の中の草を取る予定だったが、急遽原稿送りを優先して取り組んだ。論文は直ぐ送れたが、写真を送るのは少し苦労したがこれも何とか遅れた。問題は表である。コピーしてヤフーの送信画面に貼り付けると表の線が消えてしまって文字だけがずらずら並ぶ形になってしまい表は3枚だけだったが3時間が過ぎ5時間が過ぎ7時間も過ぎてしまった。今日やる予定だった野菜畑の草取りは諦めることにした。AIに聞いたらヤフーメールは線が苦手で線なしでぐちゃぐちゃになることが多いとのことだった。それでもAIは熱心に色々教えてくれたが駄目だった。それなら添付ファイルで送ればいいのだと気づいて添付することにしたがワードやエクセルは添付ファイルとして選択できなくてマイドキュメントに保存されていなければダメだった。マイドキュメントに保存できるようになるまでに数時間かかってしまった。論文送信作業を始めたのが1時半位で無事全部遅れたのが8時半位で7時間位かかってしまった。本日は祝日休日で色々やりたいことが沢山あったがパソコンとにらめっこで惨めな悲しい午後から夜にかけての時間だった。明日は勤めである。今日の時間の無駄使いは忘れて頑張ろうと思う。
2026.07.20
コメント(8)

マーガレットコスモス大河ドラマの「豊臣兄弟」が前回と今回でクライマックスを迎え、信長が織田家の重鎮明智光秀に京都本能寺で討たれる場面が放映された。信長を慕っていた秀吉、小一郎兄弟の驚きと悲しみは想像を絶する状態だったが最終的には秀吉の主君を思う気持ちが光秀の正義心より勝って光秀は討たれてしまうが、光秀の果たした役割も大きかったと思われる。歴史の大きな転換機だったが、光秀がもう少し用意周到に計画していたなら簡単に秀吉に敗れなかったと思われ、信長の光秀への扱いにかっとなって起こした行動が自らを破滅に導いたともいえる。史実によると1582年(天正10年)5月上旬信長から中国攻め(毛利との戦い)の総司令官に任命されたが、5月中旬信長は家康を京都観光に招待してその供応役を光秀に命じた。家康の接待は大変なことで、強度のストレスにさらされたと思われる。そして5月下旬に家康が京都を離れた後には、再度中国攻めの軍事侵攻を命じられ、その準備のために亀山城に入った時に信長討伐を決断したと思われる。その原因は5月上旬に中国攻めの総司令官に任命され、その準備に悩殺されていた最中に家康の接待役を命じられ、最高度のストレスの中でその業務をこなしてほっとしたのもつかの間、再度中国攻めを命じられ、神経質で几帳面な性格の光秀が「やってられないよ」と爆発したのではないかとみられているが、それまでの信長への積もり積もった不満の鬱積も関係していたのではないかと思われる。
2026.07.19
コメント(4)

白のインパチェンス、6月中旬頃私も手伝って植えた花大きなストレスがかかった二つのイベントは昨日で終わった。今朝起きた時は何となく気が抜けたようだった。ストレスはあったが、到達しなければならない目標になり、それが生きがいになっていた。80歳を過ぎて半ばに差し掛かっている今、同じ年代の方々は認知症になったり、お亡くなりになられている方が多い。私のように常勤医師として雇って頂いて、毎日出勤している人間は少ないと思う。でも最近は体力の衰えからあちこちの不調が感じられ、退職の時期を考えるようになっている。でもその日までは元気で働いて勤めを全うしようと思っている。それには目標を持つことが必須だと思っている。ストレスは大きかったが次の論文を書くことを目標にかかげてもいいと思う。ピアノ発表会にはもう出ないことは決めているが、ユモレスクが弾けるようになることを目標に掲げたいと思う。朝と夜の体操は引き続いて必ず継続していこうと思っている。今日を境に新たな目標を掲げて、退職まで頑張ろうと思う。
2026.07.18
コメント(4)

かがやき。1970年に鈴木省三氏によって製作されたバラで季節に関係なく時々このような赤い花を咲かせている。恐らく妻がどなたかに頂いたバラだと思うが未だに細々と咲いてくれる。ストレスはいけない。ストレスを抱え込まないようにしよう。ストレスとの上手な付き合い方などと様々な方々がアドバイスを書いたり喋ったりしているがストレスの渦中にある人にはあまり参考にならないかもしれない。私の場合は7月12日がピアノ発表会、7月17日の今日が医学論文の締め切り、各々単独でもストレスが大きいのにそれが二つも重なってストレスは極度に達し食欲はなくなり体重は3Kg減った。おまけに最初の難関だった発表会で大失敗して終わってストレスが軽減するどころか倍加されてしまった。そして本日の論文締め切り、昨夜医師会の本部郵便箱まで直接投函に行く予定だったが間に合わなくて今朝6時50分頃直接本部の郵便受けに投函して、今勤務先の病院に到着したところである。これですべてが終了してストレスも終わるはずだがどうなるか分からない。勤務そのものがストレスの多い職場でストレスのない人生なんて夢物語かも知れない。もう回診の時間になってしまった。以前「心」が最も大事だと書いた。心が揺れていればストレスは襲い掛かってくる。心が平静ならばストレスは逃げていく。心を強くしたいと思う。
2026.07.17
コメント(5)

まだ咲き続けている松葉ハルシャギク昨日の発表会の翌日、成功ならニコニコ、まあまあの出来でもそれなりの達成感が得られたと思うが、大失敗だったので気持ちは暗かった。あれだけ努力したのにあの始末、リポビタンDの影響があったかもしれないが失敗感、屈辱感、絶望感をどうすることも出来なかった。でも日課の朝の回診を終えてきた今、患者さんに救われたと心から思った。患者さんは私の失敗を知らない。ニコニコしながら応答してくれる。私の絶望感を1枚1枚剥がしてくれた。有り難い方々だと思った。この仕事もやがて卒業することにしているのでその後はこういう機会はなくなる。その時は一人で絶望感を抱えて生きていかなければならないが今は患者さんがいて助かった。持ちつもたれずのこの世界である、患者さんに勇気づけられ、私も患者さんのためにいい医療を行い、激励してあげようと思った。
2026.07.13
コメント(6)

エキナセア7月12日のピアノ発表会のため課題曲「美しき青きドナウ」を何千回と練習してきた。そして楽譜を見ないで5分間でスラスラと演奏できるまでになった。昨日はかなりの自信があり、練習の合間に野菜に水やりなどもしてかなりの余裕であった。ところが本日のリハーサルでつまずき、本番ではなおさら弾けない状態で失意も失意、無惨な敗残者になってしまった。練習に練習を重ね、全力を注いだつもりだがリハーサルと本番で実力を発揮することが出来なかった。付いてきてくれた家族からは「家ではあんなに上手く弾いていたのに本番でのつかえつかえの弾き方には呆れた」と非難され、指導してくれた先生に申し訳ないと思い、どうしてよいか分からない状態になってしまった。緊張で上がってしまったからと思ったが、家に帰って真因を調べてみた。緊張状態で上がったことは確かだがそれを助長したものがあった。本番1時間30分前にリポビタンDを飲んで生命力をつけようと思った。リポビタンDはカフェイン50mgを含有しており普段コーヒーをほんの少ししか飲めない私がコーヒー一杯分の50mgを飲んだら過覚醒+記憶検索障害になるとのことだった。疲れがとれた感じになるかも知れないが、高度の緊張状態にある人には交感神経緊張の過覚醒状態になり、記憶検索障害も起こすとのことだった。ピアノ曲を思い出すことが出来なかったことと関係あるとのことだ。リポビタンDが悪いのでなくそれを超緊張状態の時に摂取したことが今回の惨めな結果の最大要因と思われた。病人に悪いタイミングで処方する悪処方の典型例と思われた。
2026.07.12
コメント(4)

クロコスミア(姫扇スイセン) 畑でやっと一個膨らんできたスイカ(毎朝見に行っています)21人の出演者は殆どが小学生か中学生で、老人は私一人。老人と言っても彼らからみたら大人である。大人の人があまり間違えては示しがつかないと思うので緊張している。これから最後の追い込みの練習をしようと思う。曲目は「美しき青きドナウ」のやさしい版である。
2026.07.11
コメント(4)

ベゴニアの寄せ植え昔の友人から電話があった。軽い脳梗塞後で家でのんびり暮らしている状態だという。もう63年前の話である。私は感ずることがあって静岡大学理学部を中退して東京に出て晴見港で沖仲仕をしていた。大きな貨物船は岸には直接接岸できないので遠洋に停泊して荷物を艀に移して陸揚げしていたが、その艀の荷揚げ人夫を沖仲仕といった。今では人夫も沖仲仕も差別用語とされ辞書を引いても出てこない。沖仲仕は下層階級の人間とされ、油で汚れたボロボロの服を着て、陸上の人間より一段下の人間だと自らを卑下していた。私もいつしか仲間と同化して陸上の人間とは違うという意識を持っていた。その時信州大学工学部学生だった彼が陸上の岸壁から手を振って何やら叫んでくれたのである。こちらは沖仲仕なので陸上の白いワイシャツを着た彼は輝いており眩しかった。本日の電話で、その時は身分の違う者同士だったので陸上の君を「崇めて見ていた」よと言ったら、彼は艀内の私を「決して蔑んではいなかったよ」と言った。その時は大学中退して仕送りもなく生活のために沖仲仕をしていたが、将来のことは全く分からなかった。陸上の人達とは違った生活をして社会の片隅で暮らしている人たちが多く、自分もそういう人たちに染まった状態で、ひ弱な青年だった。ただ中退した動機が医学部に行きたいだったので、沖仲仕をしながらもそのことは考えていた。しかし医学部は難関で行きたいと思えば誰でもすぐ行けるような所ではなく、その思いが叶えられるのはほんの一部の人間だけであるということは知っていた。そのような状態での彼との出会いだったが、その後私は医学部に合格して人生は一変した。彼との付き合いも60年以上になる。お互いの余生が今後どうなるか分からないが、この時点で元気な声で会話ができたことを喜んだ。
2026.07.10
コメント(2)

千日紅が咲き始めたいよいよピアノ発表会の7月12日が迫ってきた。毎日練習しているが中々スムーズに弾けない。今日最後のレッスンに行って来た。美しき青きドナウはワルツの曲で3拍子だ、一拍目を強く打って2,3拍目と打つのが正しいが私の場合は3拍目が強くて長い、4拍子のように聞こえる所があるとのことで指導を受けた。家に帰ってきてその修正を試みて何度も練習したが難しい。当日までに修正できるかまた課題が増えた。ピアノに限らずスポーツや踊り、歌唱などの発表会に出演なさった経験のある方は如何にストレスがかかり緊張するかご存じだと思う。当日の出演者は21人で、小学生14人、中学生5人、高校生1人、老人が一人でその老人一人が私である。今頃皆さん緊張して大変だろうなと思った。緊張するのは小学生も中学生も老人も同じだと思う。苦しい状態だが何とか練習して当日を迎えたいと思う。
2026.07.08
コメント(5)

チェリーセージサンパラソル前回のブログで金や名誉や外観よりも心が大事と書いたらある人から「毎日毎日の積み重ねが大事」とのコメントを頂いた。その通りだなと思って1日を充実した気持ちで送ろうと思ったが、日によって体調の善し悪しはあるし、1日単位では生活の充実感が得られないと感じていた。そして今朝突然ひらめいた。瞬間瞬間が大切なのだということに気が付いたのである。朝出勤してすれ違うスタッフたちとの挨拶の声の調子から違ってきた。回診で患者さんを励ますエネルギーも違ってきたように感じられた。廊下を歩く時も今までは疲れてどうしょうもないように感じていたが、瞬間が勝負なので一足一足より先に心が元気だよとの指令をくれる。少しも疲れないで歩けるようになったのである。万能の杖を手に入れて怖いものなしの気持ちになったが、三日坊主で終わるいつものくせ、明日以後については分からないが、人生の極意であることには変わりないと思う。この世にはそのような極意で、三日坊主にならないで成功人生を歩んでいる人も多いと思うが、私もその仲間に入って心輝く人生を歩んで行こうと思う。
2026.07.07
コメント(4)

アメリカフヨウ松葉牡丹人生にはそれぞれの人が宝物と思っているものがある。ある人はお金と思っているかもしれない。ある人にとっては才能であり技術の高さかも知れない。ある人は外見や容貌が最も大事と思っているかもしれない。自分には地位も名誉も金もなく、才能もなくて顔も悪くて何もない。と悲観している人がいるかも知れない。しかしよく考えてもらいたい。地位や名誉,財宝、以下全てが揃っていても心が悪かったら幸せではない。心とは何か。幸福の根源である。貧乏でも才能がなくても外見が悪くても心さえ輝いていれば、誰よりも幸せなのである。幸せな心は誰でもが手にいれることが出来るものである。心は若くても年寄りでも経験がなくても磨くことが出来るものである。自分さえ得すればいい、自分さえ儲かればいい、という思いをすてて皆が楽しみ健康になれるように配慮することである。自分勝手な人もいる。相手の都合よりも自分の都合で弱い立場の人に接している人もいる。その場合心の中はくしゃくしゃしていて幸せではない。相手が幸せになるよう相手の立場で接することによってこちらの心は幸せになる。地位も学問も才能がなくても心が幸せになる道があるのだ。振る舞いとはそのような心を持てば自然に表れる行動であり、心と振る舞いは一体のもので、心は振る舞いをリードして、その振る舞いによってさらに心が磨かれるのである。
2026.07.05
コメント(5)

半夏生(ハンゲショウ)ブルースター廊下を忙しげに歩いているスタッフを見て自分も彼らと同じように歩きたいと思い、速足で歩こうとする。どんなに難しい症例に当たっても若い時の自分は時間に関係なく夢中で対応してきたし疲れることはなかった。それが今ではチョッとしたことでも疲れてしまう。他人に憧れ、自分に失望した状態で生きてきた。しかし誰にも使命はあるはずだ。命尽きるまでそのような状態で生きていたら使命も果たせないかもしれないし自分自身も不幸だと気が付いた。他人が軽々と歩いていてもいい。自分も若い時には軽々と歩けたのにと思ってもいい。でも今の自分と比べないことにした。他人は他人、過去の自分はもう今の自分とは違うのだ。今の自分のままで出来るだけのことをして明るく生きようと決意した。
2026.07.02
コメント(2)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


