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2012年12月15日(土)雨 全国47都道府県のフルマラソン走破にあたって「フルマラソン」について、決まった基準や規則など存在はしない。同業のKさんはすでに達成していて、今2回目の日本一周にチャレンジしているところだが、ウルトラマラソンで42kmを通過しても完走しなければカウントしていない。受付場所はランナーズステーションだった。主催者のFさんから赤い軍手とロッカーのカードを受け取って着替えた。参加者は9名だった。うち、女性が2名。スタート前にでおおまかな説明の後、Fさんがいきなり歌いだした。文部省唱歌「鎌倉」とあと歌謡曲。いずれも私以外の若い人たちは知らないだろう。Fさんは自転車で先に観光ポイントまで行ってランナーが到着すると説明を始めた。茅ヶ崎の地形の成り立ちとか、地元出身の大物歌手がいかに地元の人たちから人気がないかとか、東海道宿のうんちくや、艶笑小話など必要のない情報もあったが、説明は中間点の北鎌倉までだった。その後はランナー同士連帯感が生まれて、コンビニ休憩や体が冷えてきて江ノ島の茶店に寄ったりして集団走となった。後半の湘南海岸沿いではあいにくの雨で富士山が見えなかったのが残念だった。 ゴール後はランステでシャワーの後忘年会が始まった。 今回は高速バスで2車中泊、雨の中を40km以上走ったということで、36県目の走破ということにしておこう。次回は来年1月の千葉県、館山若潮マラソンの予定。
2012年12月17日
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朝、起きると昨日からの雨はまだ降り続けていた。沖縄北部観光に行く女房を残して一足先にホテルを出た。始発の首里駅から一つ手前の儀保駅まで1kmほど歩いた。沖縄モノレール「ゆいレール」の運転席のすぐ後ろは2人掛けの椅子があるが、幸い空いていたので座ることができた。次の駅でおばちゃんが乗ってきた。ゼッケンはどこでもらうのかと言う。受け付けは昨夜の20時までだったんですけど。でもここは沖縄、とにかく会場まで行けば何とかなるかな。駅に着くたびにランナーが乗ってきて、途中、満員になってしまい一人も乗れなくなった。おばちゃんが寄ってきて隣に若い女の子を座らせたので3人掛けとなった。会場の最寄駅の一つ手前の旭橋駅でもまだ乗って来ようとするランナーがいる。モノレールの次の駅は会場の公園を迂回して反対側にあるので、荷物預けのある武道館までここから歩いても反対の駅から引き返しても時間的には同じなのだが。雨が降っているとはいえ、これから42.195km走る人が300mほど余計に歩くのを惜しんでいる。 スタート50分前から整列が始まったが、荷物預けが混雑していたので、Dブロックには並べなかった。周りの若い人達が目標タイム5時間などと話し合っている。ほとんどのランナーが傘をさしたりレインコートを着ていた。気温は20度以上あるので寒くはない。暑がりのせいか、レインコートを着ていると走り始めて1kmも行かないうちに蒸れてしまう。10月の和歌浦ベイマラソンでも走り始めてすぐにレインコートを脱ぎ捨ててしまった。むしろ走るのには良い条件だ。自分と同じように雨対策していないランナーは5%くらいか。スタート時間前に一時止みかけたが、すぐに雨はますます激しくなった。雨はふっていてもさすがに南国である。空が明るい。国際通りを走りぬけて5km地点が思いがけず早くやってきたがスタートのロスタイムが3分あり35分近くもかかった。でも足が重かった。さすがに2週連続のフルマラソンは老体には無理だ。福岡国際がもうすぐスタートするが川内は大丈夫なのか。それにしても沿道の応援が途切れることなく、歌や三線それに和太鼓の演奏などにぎやかだ。走るところ、ところに鉢巻をしたいかにも沖縄の顔をしたおじさんが踊っていたりする。エイドもオフィシャルエイドがかすんでしまうほどたくさんの私設のエイドがある。小中学生が熱心にランナーにコップや沖縄ミカンなどを手のひらに乗せて差し出している。サトウキビジュースやシュウマイ、おにぎり、バナナほかにもいろいろあった。ハイタッチしようとする大勢の子供たちがいる。ランナーのために何かしたいという気持ちがあふれている。15km過ぎからのゆるやかな登り坂で足がますます重くなる。動物の被り物したランナーが追い越しながら声をかけてきた。同じチームのTシャツを着ていた。関西支部からは自分だけだが、仙台支部から大勢来ている中のひとりだった。登りを終わって中間点のタイムは2時間25分もかかっていた。これでは5時間もかかってしまう。下り坂でリズムに気をつけながら走っていると次第に前を行くランナーを追い越しできるようになった。左手前方に海が見え始めた。東シナ海である。地名に方角を表す表記は誤りではないか。極東といってもアメリカから見れば極西だろう。東の海といっても反対から見れば西の海だ。言い出した者の早い者勝ちか。中近東の反対語は何だろう。あちこちのエイドに合った駄菓子屋によくある色つき砂糖水を凍らせたやつの商品名でなく普通の呼び名はなんだろう。なんで二つにくびれているのか。足が痛くなったのでいろいろ考えて気を紛らせる。下らないことを考えながら30km過ぎで空腹になってきたところで牛丼を勧められたが、さすがにフルサイズは食べられない。エイドで立ち止まって給水を始めるようになってもうゴールタイムはあきらめた。楽しんで走らなければ。少し行ったところでミニカップの牛丼があったので、道路から離れテントの後ろで食べた。お茶をゆっくり飲んで再スタートした。エイドでゆっくりしては、先ほど追い抜いて行ったランナーをもう一度抜き返す、の繰り返しだった。途中何度もカーブを曲がったので方角がまったくわからなかったが、東シナ海と空港が見え始めてやっと周回コースを時計回りしていたため、いつもの大会と方角の感覚が違ったのだと納得した。練習でも大会でもだいたい反時計回りすることが多いものだ。飛行機が着陸する姿が大きく低く見えてゴールが近いことが感じられた。 後、1キロ地点を過ぎて公園内に入ってからが非常に長く感じた。今年から公認コースになったそうだが1キロごとの表示が長いところがあったり短いところがあったが、正確な距離表示だろうかと思った。最後はグラウンドをほぼ1周なのだが、トラックはアンツーカーではなく土のようでまるで田んぼだった。だいたい2列分ぬかるみでない「線」があって並んで歩きながらゴールに向かっているところを無神経ななランナーが泥をはねながら横を走って追い越して行った。ゴールタイムは先週の大阪マラソンより25分ほど遅かった。ゴールした直後スコールのようなこの日一番の土砂降りとなった。 景色こそ雨のため、今一つだったがすばらしい沿道の応援とエイドの充実さに評判通りの温かいもてなしだった。再来年の記念大会にもう一度来てみようかと思った。
2012年12月04日
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