知らない道を走ってみたい(新館)
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今回はフルマラソン 88 回目の挑戦となる。一昨年の青島太平洋マラソンから約 1 年 2か月振りの完走挑戦だった。昨年11月に医者から 6 か月の休養を言われていたが 3 か月目のレントゲン検査で軟骨がすり減って狭くなっていた右膝外側の骨と骨の間隔がほぼ正常に戻っていた。ジョギングしても良いとのことだった。おそるおそる大阪マラソンを走っても良いか聞いたら、それもOKとのことだった。大阪マラソンの 2 週間前から練習を始めた。大阪マラソンの制限時間は 7 時間なので42.195 で割ると 9:57/km で走れば良いと思っていたが、あとで間違いに気がつくことになる。完走予想タイムは自己申告制なので第2ウエーブでのスタートだった。福岡マラソンでは申告タイム2:05 のつわ者がいたらしい。Dブロックは 第2ウエーブスタートなので9:30 スタートだった。ピストルがなってから7時間とは 16:15 分までであり、第2ウエーブスタートでは制限時間が 6:45 しかないことがわかった。スタート前に雨が一瞬止んだが、その後はほぼ 1 日中雨だった。スタートしてすぐ右足に違和感が出た。またリタイアかと脳裏に嫌な予感がした。走り始めて少しすると体が温まり、痛みが消えることを願った。練習ではキロ10分前後でしか走ることができなかったが、御堂筋まではキロ 8 分を切っていた。しかし京セラドームを過ぎたところで足が重くなった。永いことは知っていないので足が萎えていた。四万十川ウルトラマラソンも下関海響マラソンも 15km 地点でリタイアしているのでまたかと思い始めた。20km 手前の折返しで最終ランナーとすれ違った。すぐ後ろに収容車がいた。最終ランナーまで 5km も離れていない。とりあえず 30km 地点まで行けば完走の見込みが出てくるのではと思った。スタートから次々に追い越されてばかりだった。トイレに並んでいるランナー4、50 人を抜いてもその直後それ以上に追い越された。スピードがまったく違う。ヒザの痛みはなかったが、足底筋が痛くなった。足首のスナップを効かせてつま先で着地すると少しは痛みが消えた。30km を過ぎて今里筋の長い直線になって 1km が遠かった。歩いているランナー(ウオーカー)に追い越される。沿道の応援の人が残り距離を長く言う人が多かった。普通は実際より短く声掛けするものだが。39.4km の関門タイムと時計を見て余裕が 15 分しかないことがわかった。関門でもウエーブスタートのロスタイムは考慮されないことに気づいた。40キロ過ぎて一安心したが41キロ過ぎてもまだ関門があるとは思いもつかなかった。最終関門は 10 分前に通過できたようだった。ここで、家族が応援に来ているのがわかった。ランナーズアいで途中のポイントにも来ていたらしいが、見つけられなかったそうだ。フルマラソンで 6 時間以上走ったのは初めてだったが一昨年 12 月の青島太平洋マラソン以来 1 年 2 か月振りの完走ができて、途中諦めないで良かったと思った。
2024年03月05日
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