知らない道を走ってみたい(新館)
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
∇夫婦岩(60.8km)~黒瀬(90.0km) 夫婦岩を過ぎて軍艦島が次第に後ろに遠くなった。夕日が軍艦島に落ちる角度で写真を撮りたかったがもう余裕がなかった。先を急がないといけない。しばらく海を右側に見て海岸沿いに走る。左手は急峻な山が迫っている。前方にゆるやかな峠が見えてきて海岸からしばらく離れる。高台に見覚えのある店らしきものがあるが営業しているのか、していないのかわからない。登りにかかったとき、後ろから小柄な女性がすごい勢いで追い越しながらなにか声をかけていった。意味が分からなかったのでタイミングが遅れたがとりあえずナイスランと返した。リュックに星条旗を飾っていたので13時スタートの米国人のようだ。あっという間に見えなくなった。 ちょっとした集落になりガソリンスタンドやコンビニもあった。暑い1日だったのでエイドでは焼酎のワンカップに水を入れ、もう一つ自販機でペットボトルのスポーツドリンクや炭酸飲料を買って常に2本の飲料を持つようにしているが、今日はもう3本目のペットボトルだった。長崎の自販機は値段が大阪より概して高いという印象だ。 古里というぼんやりとした地名のところで、ふたたび海岸沿いの道に出た。同じところを走っているような錯覚をする。次の大エイドの恐竜博物館はこれまで走ったときにはなかったエイドで今回初めて立ち寄る。孫で2歳の女の子は恐竜が好きで、恐竜のおもちゃやぬいぐるみをいつも持っていたが、今はマイブームが終わったらしい。恐竜博物館まで確かあと3kmという表示があったが、3kmはとっくに過ぎたはずだったが、それらしきものはなかった。明日お祭りがあるようで漁港付近の広場に大量の幟旗とこいのぼりが見えた。 相変わらず海岸沿いの景色が続き、建物はまったく見えなかった。やっとグランドらしきところに恐竜のオブジェが見えてきた。恐竜博物館は水仙公園の中にあった。スタッフがいて右折を指示した。体育館の入り口付近がエイドだった。大きなビワがあったのでいただく。ここでリュックからヘッドライトを取り出し、帽子に取り付けた。そしてスマホとGPS時計の充電をセットしリュックの中に入れた。GPS時計はコロナ禍の前にこの大会のために買ったガーミン255でバッテリーが30時間持つことが理由だった。バッテリーの劣化と今回の走力で34時間は連続して使わないといけないので充電したのだが結果的には充電しない方が良かった。替わりに持ち上げると文字盤が自動的に光るスマートウォッチを着けた。 ここから権現山入り口までは漁港のある湾を回り込んで反対側あたりまで行かなければならないのだが、暗いうえに目印がないので難しい道である。ヘッドライトのスイッチを入れて、分岐で左折の道を確認しながら進んだ。走っているのに歩いているランナーに追いつかれた。お遍路笠をかぶっていた。このコースは初めてということで権現山の入り口までいっしょに行くことになった。これまで小学校だと思っていた公民館のところで海側に右折し右手に四角い建物が見えて権現山の入り口だった。ここからの2kmが遠い。菅笠の人に先に行ってもらうことにした。権現山から下るときに樺島に行く右折を見逃さないようにと告げると、ここまで下りてくると思っていたと礼を言われた。 権現山までは2kmの登りは休憩のつもりで全部歩いた。途中の分岐で樺島行と権現山行の白線が道路に引かれていてそれを見落とさなければ迷うはずもない。権現山と次の樺島では折り返しでランナーがすれ違うが上から降りてくるランナーが「お疲れ様」と声をかけてくる。皆自分より速い人ばかりで返す言葉に困るが「お疲れ様」と返すしかない。山道なのに蛍が飛んでいる。ヘッドライトに照らされた葉っぱかとも思ったがその後も何度か見かけた。山際を何度も回り込んで権現山チェックポイント(70.1km)に着いた。すでに時刻は20時を過ぎて13時間もかかっている。自己ベストの時は同じく7時スタートで明るいうちに次の樺島灯台折り返ししていたものだが。 リュクからチェックシートを取り出しパンチャーでチェックポイントの型抜きをした。抜いた破片を持って帰ってブログに使用するので慎重に受けた。以前、強風で破片が飛ばされてしまい他の人のものを拾ったことがある。椎名誠が本当の親子丼とは朝卵を産んだ鶏を締めて作ったものだと書いていたが、その伝で行けば本当の型抜きにはならないので、いつかコンプリートしたいものだと思っていた。しかし今回はパンチャーの不良のためかスタッフのサインになったところがすでに1か所ある。トイレを済ませ樺島灯台に向かう。距離は10.6kmなのだがこの区間はとても長く感じられる。途中登ってくる人が多くなった。13時スタートのランナーだろうか、ほとんどの人が走っている。権現山の下りは海から風が吹き上げてきて涼しく気持ちが良かった。下りきって海岸沿いの道は平坦だが、なかなか樺島への入り口まで着かない。もう遅い時間なのに自宅のガレージで私設エイドを開いている人がいた。何人かのランナーが休憩しているのを追い抜いた。これまで関門時間を意識したことはなかったが、83.5㎞のエイドの関門時間である午前1時半に到着しなければならない。樺島入り口のT字路に着いた。右折が樺島である。樺島から戻りの道は左折だが何人かが走っているのを見てうらやましかった。自分がここまで戻ってくるのに2時間ほどかかるだろう。 帰りに立ち寄ることになる樺島公民館を左手に見て灯台に向かう。このコースも入り口が難しい。以前、大ウナギ生息地の方に迷い込んでミスコースしたことがある。工場の敷地みたいな細い路地から目印の小学校に出た。道は急坂つづれ折りがあるが、灯台までは一本道である。下りてくるランナーのヘッドライトを見ながら登るだけである。時おり灯台の光が回っているのが見える。権現山は灯台まで行かないが、ここはすぐ近くまで行くことになる。夜中だが暑いので時々帽子を脱ぎ、ヘッドライトを手に持った。下りてくるランナーは多いが、後ろにはあまりいない。たまに下りがあると帰りは登りだと暗い気持ちになる。下りだけ少し走ったが、登りはほとんど歩いた。それでもチェックポイントに着いた。かけらを手で受けるようにしてパンチャーで型抜きする。距離的にはまだ半分くらいしか進んでいないが、全部で8か所あるチェックポイントの5番目が完了した。目の前に樺島灯台が浮かび上がってくるように見えた。 下りでは次々と登ってくるランナーのヘッドライトが見えた。灯台への往復5kmで関門の午前1時30分までの到着は厳しい位置だが、皆自分より速いランナーである。樺島公民館のエイドの名物はカレーであるが、ご飯極少量にしてもらった。水分取り過ぎで食欲がなかった。充電中のスマホとGPS時計をリュックから取り出した。GPS時計は「就寝の時間ですがどうしますか?」のメッセージを表示して回答待ちで止まっていた。24時から計測できなくなるとは思いも寄らなかった。とりあえず「再開」を選択した。3kmほど計測されなかったようだ。まだ走り始めて17時間しかたっていない。次回からは日付が変わってから充電することにしようと学習した。 樺島公民館を出てすぐ復路の樺島大橋(85.0km)である。ここで173kmのほぼ半分の距離を走ったことになる。次の目標はサザンパーク亜熱帯植物園の風力発電の風車だが、今は廃園になっていてコース図では入り口のバス停は黒瀬バス停となっている。登りはすべて歩いたのでキロ14分以上かかった。大橋から黒瀬までの6㎞を1時間半ほどかかった。∇黒瀬(90.0km)~川原老人の家(99.4km) これまで目標のキロ11:48をほぼ下回っていたのに貯金をだいぶ使ってしまった。聞き覚えのある風車の音が聞こえて、ようやくサザンパーク入り口に着いた。ここからは下りだと思っていたが、登りはカーブを何回か回っても、まだ延々と続いた。これまではどんな登り坂でも半分は走ったのだが。夜道を歩いてばかりではまったく進まない。サイクリングロード入り口はコース図では無人となっていたがスタッフがいた。 しばらく歩いてようやく峠の頂上に着いた。ここから川原老人の憩いの家(98.3km)まではほぼは下りである。下りに入ってもペースが上がらなかった。数人いたエイドのランナーに追い越されてまた一人になった。心配していたヒザの痛みは起こらなかったが、両足裏の指の付け根が痛み始めた。マメができたようで、下りの方が痛い。考えると2月の大阪マラソンでもゴール後、足裏を見たら黄色く固いマメができていた。フルマラソンなら痛みを我慢できるがまだ残り80km以上もある。100km超のウルトラマラソンは久しぶりなのでリタイアも仕方ない。次のエイドでリタイアしようと決めた。 ずっと山道を来たがやっと家も見えてきた。下り切って分岐があった。この辺りは記憶がなく右折して海岸集落に進むのか人気のない道を直進するのか迷った。後ろから誰も来てなかった。リュックから地図を取り出して確認して直進することが分かった。しかも右手の海だと思ったのはなんと池だった。エイドまではあと4kmを1時間ほどかかり川原老人憩いの家に着いた。以前は仮眠や着替えするところだったのでリタイアして着替えしようとしたら、着替えは次の茂木ぶらぶらにあるとのことだった。スタッフからまだ十分完走できるので、ここでリタイアするのはもったいないと言われた。まだ午前3時頃なので、茂木まで17.3km歩くことにした。確かに98.3kmでリタイアするより115.6kmでリタイアする方が様になると思いなおした。∇川原老人の家(99.4km)~茂木長崎ハウスぶらぶら(115.6km) エイドを出て、しばらくは海岸沿いに進むが、すぐに100km地点を通過したはずだ。ここ数年は四万十川や鯖街道、天女の羽衣といった60kmから70kmのミニのウルトラマラソンばかり走っているので、100kmを超すのは久しぶりだ。海岸線からはすぐに離れてトンネルに入りふたたび山道に入る。ここからはトンネルで新しい道を行くのも旧道を行っても良いというところが数か所ある。この辺りはコース図では曲がりくねった同じような山道が続く。注意書きでは「さしたる目標物もバス停もありません。何もないから淡々と進んでください。」とある。藤田尾(とうだお)はなかなか良い地名だといつも思っていた。無人販売でデコポン3個が100円で売られているが、旅の途中なので買うことはできない。特産のビワはさすがに高くて買えない。 前々日は3時間くらいしか寝てないので、ほぼ二晩寝てないと同じだ。幻覚が少し見えた。電柱のトラ柄の反射板が家の灯りに見えるのは萩往還のときに良くあった。一家の団らんのように見えてうらやましいと思ったら、電柱だったということが良くあるものだ。今回もそれが何回かあった。民家の庭にトーテムポールがあって、どう見てもその一番上に外人の男の人の顔がると思って近づくとただの木だった。茂木が近づくにつれて袋をかぶせたビワの果樹園が増えてきた。ビワ畑の中で人の話す声が聞こえてきた。これまで幻聴で林の中や小川から人の声が聞こえることも良くあった。進むにつれて空砲の音やカラスやトンビの不快な鳴き声も聞こえてきた。人の声と思ったのはカラス除けのために一晩中ラジオを流しているのだとわかった。 目の前をウサギが2羽走って行くのが見えた。これは現実だった。カメラを取り出して写真を撮ってみたが、白い光の点にしか写らなかった。 空が明るくなって、海の向こうに直線で30kmほど先のゴールの小浜が見えた(はず)。そして、その背景に雲仙岳も見えた。 残り3分の1、57.4kmを10時間で良かったのだが、あえなくリタイアして今年の挑戦が終わった。
2024年07月02日
コメント(0)