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走り始めてからマラソン大会の出場記録を入力している。47都道府県のフルマラソンを走破してから県別ではどのようになっているかを知りたくて、出場記録から集計するVBAマクロを作成して実行してみた。内訳は次のようになっている。第1位 山口県萩往還マラニック250kmを5回完踏していることが大きく寄与している。この大会が終わってしまったのが残念である。第2位 長崎県長崎橘湾岸スーパーマラニック273は年2回あり、距離も様々だが最長の273kmを始め10回完走している。最近はW273の上にさらに42km走るHハイパー320kmの部できたが年齢制限で私は走ることができない。今年の春は173kmの部で116㎞でリタイアしているので来年の春はリベンジしたい。第3位 高知県ここは四万十川ウルトラマラソンである。100kmの部10回、60㎞の部5回完走しているが、2023年に60㎞の部で初めてリタイアした。
2024年12月28日
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2024年12月8日(日)晴れ奈良マラソンは11年前に走ったことがある。その時はサブフォーにはこだわっていなくて、折り返しのエイドでぜんざいを食べても4時間10分ほどで走っていた。1年前にヒザの軟骨がすり減っていると診断されてから両ヒザが痛くなった気がする。走り始めて2,3kmは足が痛い。そして今年の8月にろっ骨を2本折って、2か月間まったく走ることができなかった。これまで都市型マラソンで制限時間を気にすることはなかったが、今回は練習不足でまったく自信がなかった。11月の和歌山ジャズマラソンハーフでは2:45で走っているが、単純に倍して5:30なので制限時間の6時間は厳しかった。直前のLTトレーニングでもゴール予想タイムは6:09→5:46だった。スタートブロックに向かう途中トイレの最後尾の看板を持っていたスタッフがいたので、そこに並んだが失敗だった。男性専用の列だったが小便器は5つしかなく30分近く並んで、自分の順番が来たのはスタート5分前だった。後ろには多数のランナーがいたので、トイレスタートになるだろうと思った。前日受付の日は出勤だったので、妻と長女にバイト代を払って代理受付してもらったので下見できなかったのが失敗だった。用を足して補助競技場のJブロックに向かったが、そこには多数の簡易トイレがあり、行列はなかった。すぐにスタートのピストルがなったが、ランナーはまったく動かなかった。スタート地点を通過したときはもう10分を過ぎていた。関門時間は1km平均でだいたい5kmまでは11:24、10kmまでは10:42、20kmまでは9:00、30kmまでは8:46、40kmまでは8:32、ゴ-ルでは8:32と次第に厳しくなるので通過タイムの貯金は次第になくなることになる。5kmまでは下り基調なのでキロ7分前後で関門は17分ほど前に通過したが、ロスタイムの10分は大きくて取り返すのは大変である。平城宮跡を見る余裕もなく、最初の折り返しから奈良公園までの登りの坂をランナーがぎっしり埋めていた。大仏前の角を右折して10km地点の関門を19分前に通過したが、後ろから来たランナーに追い越されるばかりだった。ここからは折り返し25kmまで南下する。風が冷たかった。15kmまではややペースが落ちたがキロ7分台で走り22分の貯金ができた。左折して田園地帯に入ってからはいつも向かい風のようで、ペースは8分前後まで落ちた。山道の峠に入った。忌野清志郎のコピーバンドはどこかで見た気がした。「雨上がりの夜空に」を歌っていた。白川大橋手前の20km地点も22分の余裕があったが下りで5時間30分のペースランナーに抜かれた。ハーフ地点を2:47:50で通過。前月の和歌山ジャズマラソンのハーフのゴールタイムより10秒速かった。反対側に還暦サブフォー目指しているMさんがやって来た。4時間のペースランナーが少し後でやって来たので私とは10km以上の差があることになる。25㎞天理教本部でも依然21分の貯金があったので、ぜんざいを食べたがこの5分のロスタイムが、あとあとに影響することになった。後方で男女の大きな掛け声が聞こえてきた。最終のペースランナーだった。100mくらい後ろだったが、この後何度も追い越された。30kmでは貯金が10分しかなくなった。追い越されたペースランナーの後を必死でついて行った。山道を抜けて最後の下りでまた「雨上がり…」が聞こえてきた。歌い手は替わっていて清志郎は道まで出てきてランナーを応援していた。35km付近は私が15㎞を走っていた頃トップランナーが通過していた。35km関門までの距離が応援する人ごとに違っていて残り距離が長くなったりして心が折れる。それでも関門時間の6分前に通過できた。40㎞手前の春日大社の登り坂でペースランナーが歩きましょうと声をかけてくれた。ゴールまではキロ10分で行けば良いので力をためて置く作戦のようだった。雨がパラついてきた。競技場の手前の登り坂は走って登ったつもりだったが、最後の2.195㎞は20分もかかった。制限時間の3分ちょっと前にゴールした。40kmの関門を過ぎたらゴールまで行けるのかと思っていたが、競技場入り口でも関門があるようで、スタッフが関門の準備を始めた。トラックに入って数人追い抜いて、前に誰もいなくなったところでゴールした。競技場の向こうに虹が見えた。6時間近くも走った方が疲れるものだと思った。
2024年12月15日
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12月になったので、恒例のカレンダー貯金箱を開けた。本来のカレンダー貯金は元旦に1円、2日に2円、3日に4円、4日に8円・・・と倍々に積み立ててゆくそうだが、最後は天文学的な金額になるので、1週に千円ということにしている。元々マラソン大会の遠征費用のためだが、今年はヒザの故障やろっ骨骨折があり目的がなくなった。理論的には5万3千円になるはずだが、臨時収入など積み立てたので1万円以上多くたまった。さて、どうしよう。
2024年12月06日
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