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疑問が湧き上がるのに任せて、延々と追究していますが、ここらで一服して、観念論?を弄んで見ます。^^キリスト教徒は・・・・血統に価値を認めません。ユダヤ人に対して「ユダヤの王」であるイエスの血統を主張するだけです。また、割礼、安息日などの神聖な掟には拘らず、ただの世間体の問題として対処します。それに替えて、洗礼ヨハネからの洗礼と、最後の晩餐のパンとぶどう酒の行事を受け継いでいます。とはいえ、神が課した義務ではなく、それによって清まることもないでしょう。(洗礼、聖餐で清まるならば、割礼、安息日厳守、沐浴、食前の手洗いでも清まるのではないでしょうか。^^)ユダヤ教徒も・・・・異邦人からの改宗を受け入れますが、割礼、安息日などを守っており、アブラハム、イサクの子孫であること(血統)に価値を置きます。(偉大な祖先にふさわしい子孫になろうと努力する向上心は結構なことでしょう。)日本人は・・・・家ごとに祖先祭祀を守り、天皇家の血統に価値を認めています。死と血の穢れという観念を持ち、一定期間、祝いや神聖な場を避け、ときに禊も守られます。また、日本人は多くが仏教徒(在俗の檀徒)になりました。インドで生まれた原始仏教では・・・・もともと、血統、祖先祭祀に価値を認めません。聖職者一族(バラモン)たちのヒンドゥー伝統の祭祀、呪術(エセ科学)から決別したのです。ブッダの息子は父に付いて行き、独身を通し、子孫を遺しませんでした。悟りのため、衆生救済ために血統を捧げたともいえます。その後、独身主義の弟子達はブッダの遺骨を師弟のつながり(法統)の記念品とし、大事に保管しました。東洋人仏教徒は・・・・世間体の問題として先祖祭祀に対処しました。先祖祭祀は不用であるが、俗世間は休みだから、その機会を利用して在俗のための仏典研究会を開こうということです。しかし、檀徒の間では土着化し、仏僧・寺院を物質的に庇護し、仏壇・位牌・墓に線香・樒・花などを手向けることが、在俗の人々の宗教になったのです。世俗の民は、仏僧の修行・悟り・説法に協力することに価値を認め、富豪・王族は、支援者(檀那)になることによって世俗の尊敬を得て、一族の繁栄・統治を正当なものと納得させるようになりました。(たとえば、事業主が共産党後援会長を務めるようなものです。また、後援会員たちは地元神社の氏子を兼ねていて、議員は、鎮守の森を落ち葉のごみ処理料負担から守り、補助金を獲得しようと働いています。事業主は党に喜捨する檀那、党員は神社仏閣を外護する檀那、となります。)日本人は仏教を受容し、一方では「色即是空」「悪人正機」といった高度な宗教哲学に帰依しながら、他方でヒンドゥーの説に由来する「穢」で土俗的、神話的な穢れを補強し、引継いでいるようです。(穢れで脅しつつ、悟りを勧めようというマッチ・ポンプでしょうか。^^)穢れ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%A2%E3%82%8C色 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%B2_%28%E4%BB%8F%E6%95%99%29空 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA_%28%E4%BB%8F%E6%95%99%29悪人正機 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E4%BA%BA%E6%AD%A3%E6%A9%9F新年に備えて、玄関の鴨居などに家畜の血液を塗る、というユダヤの儀式には、申し訳ないが、親しみは湧きません。ユダヤ人は周辺諸民族、近隣の住民とは異なる風習を固く守ることによって民族として存続してきました。そのことは、民族を至高とする価値観からすれば、尊敬に値するのでしょう。しかし、日本人はそうではありません。結果的には、日本人とユダヤ人は民族として存在していますが、内実はぜんぜん違います。全方位を海に囲まれ、海外とは自ずと異なってしまったに過ぎないのです。東洋人は先祖を大事にし、家名、宗族(そうぞく)の名を守ってきましたから、初代天皇も近隣諸国から渡来したのであれば、それ(氏姓)があったはずです。しかし、皇室はそれを持ちませんから、敢えて捨てたのでしょう。日本列島にも原人はいましたが、日本人の祖先の大部分を占めるのは、大陸方面と南方諸島から繰り返し漂着、到達した人々です。それぞれに先祖がいるはずです。が、記憶されていません。日本列島から出て行く人は極めて稀であり、影響を与えたのは朝鮮半島の一部と西南諸島に限られます。ですから、少数民族や部族を呑み込む終着駅、吹き溜まりともいえます。日本語は周縁部と隣接する言語(朝鮮語、アイヌ語など)との間の連続性がありません。それは、日本人と韓国・朝鮮人には普通のことのように思われますが、世界では珍しいことです。たとえば、中国(粤)とベトナムの間では、別の言語であるというのは、ほぼ虚構で、個人差といえます。ほかに、地中海世界では、マルタ語とバスク語がありますが、マルタ語は起源を読み取れます。他の欧州の言語は、よく似ている言語なので、一般住民にとっても、2つ以上の言葉を使うのは当たり前のことなのです。国境を跨いでいても、隣接する村同士では通訳を要しません。ユダヤ人はもともと、カルデア人の一家であって、一時はパレスチナに王国を建てたものの、古代のヘブライ語は廃れてアラム語などを話し、亡国の民となって世界中に散らばりました。鎖国を保っていた日本人とは大違いです。欧州での迫害をバネに奮起し、再びパレスチナに国家を建てましたが、実態は植民宗教国家です。ユダヤ人には(エセ科学では立証できなかったように)遺伝的な特徴が無く、ユダヤ教に改宗し、シナゴーグで結婚式を挙げ、それから生まれた者がユダヤ人です。これに、母系の子孫も加えられます。たとえば、母方の祖母がユダヤ人である日本人がいれば、その血統によりユダヤ系と認められますから、パレスチナに入植できます。これを「イスラエルへの帰還」といいます。ユダヤ人は共通の言語すら失って、無国籍の単なる宗教団体になってしまいましたが、民族としての意識を持ち、実際に新たな言語「現代ヘブライ語」を国語として作り出し、再び民族化しました。日本人はどうでしょうか。外国語を話すのはまことに困難であり、その反面、共通の国語は容易に成立しました。大陸から隔離されてきたので、国民として人為的に団結する必要はありませんでした。常に異民族が浸透してきて、ひしめき合うという状況になかったのですから。日本人の民族宗教は「神社神道」ですが、神社は土地の神のものであり、地域住民全員を「氏子」と認め、祭礼への参加を呼びかけます。日本人仏教徒は、神道を異教と認識しますが、もちろん氏子を兼ねており、仏教の戒律に抵触するとは考えません。(「神祇不拝」の教えに達している宗派などから、主として国家神道への批判はあります。)共産主義者は、もちろん、神道儀式、祭礼を必ずしも有害な民衆の阿片とは考えないでしょう。もはや、ふつうの神道にそれほどの効果はなかろうと思われます。神主と左翼系教員組合の役員を歴任する人もいるほどです。(ただし、国家神道やサニワの類は別です。^^)神社側は、肌が黒いカトリック教徒や、イスラム教徒も氏子と認めます。氏子は天地・自然界の恩恵に感謝しているだけであり、実質的には何か具体的な神と教理を信奉している宗教とも見えず、あまりにリベラルで、民族の違いを熱烈に誇示する「垣根」のような機能は期待できないはずです。小さな万人救済、ユニバーサリズム。しかし、実態としては、他の民族がそれぞれの壮大な体系をもつ宗教の立場から、神道を異教と認識するため、神社神道も民族の違いを明示してきました。そこで、神社参拝が「踏み絵」として機能することはありえます。(もちろん、日本人の緩い仏教徒は平気で踏みますが。^^)国民総動員(団結)のために機能する、シオニズムのような変態的神道を別とすれば、神道がいわゆる宗教なのかどうかすら疑わしいものです。キリスト教の一派であるユニテリアンとユニバーサリストは、主に北米で合流し、既に、自らをキリスト教とは看做していないようですが、穏やかな神道に近づいているかもしれません。ユニテリアンhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3万人救済主義http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E4%BA%BA%E6%95%91%E6%B8%88%E4%B8%BB%E7%BE%A9(来週につづく)
2007/09/28
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東洋にもユニコーンのような一角獣がある。それは、中国、朝鮮、日本の「かいち」「ヘテ」「狛犬」という瑞獣を表した伝統的な彫刻や古い中国の文献に見られる。日本の一角獣 狛犬 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%9B%E7%8A%AC東洋の一角獣 かいち http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8D%AC%E8%B1%B8これらが聖書のユニコーンだとすると、中国・北朝鮮・韓国の軍隊などは新たなエフライムやマナセの軍勢の再現であってもいいかもしれない。キング・ジェームス版 申命記(Deuteronomy) 33章17節His glory is like the firstling of his bullock, and his horns are like the horns of unicorns: with them he shall push the people together to the ends of the earth: and they are the ten thousands of Ephraim, and they are the thousands of Manasseh.しかし、ユダヤ人の聖書(旧約)に西洋の一角獣が混入したのは、紀元前3世紀から進められたギリシャ語訳(七十人訳)の民数記23章からイザヤ書34章において、誤訳したことによる。より正確な今日の和訳では次の通りである。新共同訳 申命記 33章 17節 彼は威光に満ちた雄牛の初子/彼の角は野牛の角。彼は諸国の民を角で突き倒し/地の果てにまで進み行く。見よ、エフライムの幾万の軍勢を。見よ、マナセの幾千の軍勢を。七十人訳聖書http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%8D%81%E4%BA%BA%E8%A8%B3%E8%81%96%E6%9B%B8・・・ヘブライ語のユダヤ教聖典(旧約聖書)のギリシア語訳であり、紀元前3世紀中葉から前1世紀間に、徐々に翻訳・改訂された集成の総称・・・・・・パウロを始め当時の使徒たちが用いていた旧約聖書は専らギリシア語訳の聖書である・・・よって、一角獣をあしらった「ヨセフの紋章」は、その後にヘブライ語聖書を持たない人々によって誤って創作されたものとわかる。10支族が消え去ったのは、500年を遡る紀元前8世紀、北イスラエル王国 (首都サマリア)が滅んだときであり、以後、2支族との間の通信は途絶え、仮に10支族の子孫がどこかに逃れていたとしても、これを知りえない。一方、一角獣そのものはインダス文明には既に登場している。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%B9%E6%96%87%E6%98%8E人類史上から見れば、七十人訳聖書の中の誤訳や、近代のユダヤ人富豪による利用などは些細なエピソードに過ぎない。しかし、中国の指導部がキリスト教やユダヤ教に改宗して、現代のエフライムやマナセの軍勢を気取るとまずいことになるだろう、という心配がないわけではない。西洋の一角獣 ユニコーン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3ロスチャイルドの紋章マイアー・アムシェル・ロスチャイルドhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89・・・家紋である赤い盾は、鷲とライオン、ユニコーン、ダビデの星の他に5人の息子を示す "五本の矢を握りしめる腕" を描いたものが1822年には認められる。・・・ヨセフ族を指す牡牛座http://www.meridianmagazine.com/sci_rel/011108lion.html・・・Finally, Joseph is compared a wild ox, with the multitudes of Ephraim and Manasseh compared to its two horns (Deut. 33:17). 最後に、ヨセフは野生の雄牛に擬えられるとともに、エフライムとマナセの軍勢はその2本の角に擬えられていた。(申命記33:17)The King James version of the Bible translates the Hebrew word for wild ox as "unicorn," as noted in the footnote of the L.D.S. edition. キング・ジェームス版聖書は、LDS改訂版の脚注に注記したように、野生の雄牛というヘブライ語を「ユニコーン」として訳した。The Hebrew word apparently refers to an extinct species of wild ox which has two long forward pointing horns, which is exactly how Taurus is depicted. ヘブライ語では、明らかに、長い2本の角を特徴とする種属の野生の雄牛を指しており、これはまさしく牡牛座を表している。・・・
2007/09/25
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世界のお祭り――9月http://wikitravel.org/ja/%E7%A5%AD%E3%82%84%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/9%E6%9C%88もうすぐ秋のお彼岸。それから、お月見もあります。お彼岸は太陽暦の祭日です。が、お月見はもちろん、旧暦の8月15日です。(ほんとうのひと月=朔望は29日半なので、必ずしも月齢15日の満月にはならず、1日ずれる場合が多くなります。)お月見は「中秋」といい、中国では「中秋節」、朝鮮半島では「秋夕」といいます。韓国では先祖の霊を迎える行事を兼ねています。これに対して、古くからの中国の風習を守る香港、台湾では、日本と同じように、その前の旧暦7月、つまり、旧暦のお盆の月には死者の霊(鬼子)が人里に集まると考えています。そこで中国語では「鬼月」などと呼びます。日中に共通する観念です。・・・ところで、イスラエルには古くから仮庵の祭りがあり、陰暦の十五日に始められます。そのイスラエルのうち、2支族の南王国ユダ(=今日のユダヤ教)では、第七の月の十五日に始まりますが、東洋の中秋(旧暦8月15日)と重なることになります。・・・もちろん、中国の天子(皇帝)や韓国の王家は南王国の末裔ではないでしょう。しかし、消えた10支族の北王国(首都サマリア)では、ひと月遅く、列王記上 12章 33節 彼は勝手に定めたこの月、第八の月の十五日に、自らベテルに造った祭壇に上った。彼はイスラエルの人々のために祭りを定め、自ら祭壇に上って香をたいた。 その結果、中秋よりもひと月遅い旧暦9月15日でした。・・・その日の2日前、日本では旧暦9月13日に、十三夜の月見 があるものの、日本および東洋では旧暦9月15日の祭りは知られていません。さて、それらの東洋とイスラエルにおける15日祭りは、「同祖」の痕跡でしょうか。むしろ、それらは12支族からではなく、太陰太陽暦の本家、古代バビロニアから東西に広まったもの、と考えられるのではないでしょうか。もっとも、太陰太陽暦が東洋とオリエントの2箇所で別々に誕生したのであれば、その他の似たような風習も各地で別々に誕生したと考えて差し支えありません。
2007/09/20
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ソロモン王(紀元前10世紀)は、12支族を糾合して王国を築き、そして、その新しい神殿には、大きくて深い鋳物の盥(たらい)を据えた。モルモン教徒は東京の新しい教会堂(1978年竣工の東京神殿)の地下室に牛の像が担ぐ水槽を持ち込んだが、2つのシナゴーグを除けば、日本史上初だろうと思う。たいがいの日本人にとって、旧約は未知の世界である。ソロモン王の神殿のたらいは「海」と呼ばれる青銅製の大浴槽であるが、派手な意匠であった。周囲に瓢箪(ひょうたん)柄が施され、縁は百合の花を象り、そして、12頭の牛の像が脚になっていた。模型画像http://www.finito.fc2.com/shonbori/tabi/orandaimage01/umi.jpgフェニキア人の海上都市国家ティルスの職人を招いて製作させたものだ。(ティルスは商業が盛んで、エルサレムにも進出し、安息日の妨げとなったとされる。)これらに使われた青銅は、ダビデ王がハダドエゼル(アラム・ダマスカス王Hadadezer)の2つの町から奪い取ってきたものである。ひょうたん柄だけではなく、たらい以外に、格子・網目模様(network of interwoven chains)、唐草模様(wreaths)、ざくろ(pomegranates)、なつめやし(palm trees)、ケルビム、獅子、牛の浮き彫りを施した柱や備品なども製作された。しかしながら、盛者必衰、奢れる者久しからず、と聞くとおり、ソロモン王の国は王の死後、南北に分裂した。このうち、サマリヤ(サマリア)を首都とする10支族の北王国は、紀元前722年に、アッシリア(新バビロニア)により征服され、そして、神殿のたらいは解体され、他の青銅とともに征服者に持ち去られた。10支族の支配層は征服者によって全てどこかへ連行されて消息不明となった。これが「消えた10支族」であり、その人達の子孫を手当たり次第に探し出そうとするユダヤ人などがいて、日本人も検討された。それが日ユ同祖論である。まずは手掛かりを論じてみる、試論なのだろう。(もちろん、旧約聖書への関心を惹こうというキリスト教界の布教戦略も垣間見える。したがって、事実を踏まえて検証するにはどうするか、試してみる題材として取り上げたい。)日本列島にはオリエントなどのような古い文明はなく、民族の入れ替わりも無く、独自の多様な民俗が守られている。比較的短い期間で、歴史時代の記録はよく保存されている方だから、論じやすいのかもしれない。さて、本題だが、神殿には多種の模様が施されているのに、幾何学模様は多くなく、肝心の「六芒星」すなわちダビデの星は記されていない。後世に成立したものだからである。一方、天皇家で「十六弁菊花紋」を使用するようになったのは、中世からである。また、全ての武士階級に家紋が普及し、その種類は数え切れない。もちろん、そこには「六つ鱗」や「籠目」もあるが、幾何学模様の家紋は多種多様で、世界中の文様の大半を網羅しているかと思う。とはいえ、ユダヤ教の本来の印である「七支の燭台」とか、サマリア人の「子牛」は無い。日本では、仏教に傾倒した天皇が、大量の銅を注ぎ込んで巨大な仏像を建立し、また、それに見とれた土着の民は、各地の国分寺に平伏したのは事実だろうし、ペルシャ起源の琵琶、篳篥(ひちりき)にも違和感はありつつ、既に雅楽には慣らされていて、伝統を感じたりする。また、近代において、文明開化でレンガ造り、丸屋根、ステンドグラスなどに憧れたことも事実に違いない。しかし、日本の住民は、いまだに檜皮葺の神殿に親しみ、神域に丸太の柱を立てたり、滝や湧き水の池で禊したりする素朴な伝統を大事にしている。ソロモン王のような、青銅の柱、青銅の浴槽、そして、百合、獅子、牛の像が好きな異邦人の感性や趣味には多少の違和感がある。むしろ新鮮といってもよいくらい、奇異である。もしも、10支族の誰かが日本に到達していたとしても、この日本列島の豊かで穏和な自然と文化に親しんで、モーセ五書の厳しい律法やソロモン王時代の栄華の思い出など忘れ、われわれの先祖である先住民の暮らしに溶け込んでしまっただろうと思われるが、どうだろうか。列王記上 7章13-14節 ソロモンは、人を遣わしてティルスからヒラムを連れて来させた。その母はナフタリ族出身でやもめであった。父はティルス人で青銅工芸の職人であった。ヒラムは知恵と洞察力と知識に満ち、青銅にかけてはどんな仕事にも通じていた。彼はソロモン王のもとに来て、ゆだねられたあらゆる仕事をした。13-14 King Solomon sent to Tyre and brought Huram, whose mother was a widow from the tribe of Naphtali and whose father was a man of Tyre and a craftsman in bronze. Huram was highly skilled and experienced in all kinds of bronze work. He came to King Solomon and did all the work assigned to him.・・・23-26節 彼は鋳物の「海」を作った。直径十アンマの円形で、高さは五アンマ、周囲は縄で測ると三十アンマであった。縁の下をひょうたん模様が取り巻いていた。すなわち、「海」の周囲には、「海」と共に鋳造されたひょうたん模様が、一アンマにつき十の割合で二列に並べられていた。「海」は十二頭の牛の像の上に据えられていた。三頭は北を向き、三頭は西を向き、三頭は南を向き、三頭は東を向いて「海」を背負い、牛の後部はすべて内側に向いていた。 「海」は厚さが一トファ、その縁は、ゆりの花をかたどって、杯の縁のように作られた。その容量は二千バトもあった。23-26 He made the Sea of cast metal, circular in shape, measuring ten cubits from rim to rim and five cubits high. It took a line of thirty cubits to measure around it. Below the rim, gourds encircled it—ten to a cubit. The gourds were cast in two rows in one piece with the Sea. The Sea stood on twelve bulls, three facing north, three facing west, three facing south and three facing east. The Sea rested on top of them, and their hindquarters were toward the center. It was a handbreadth in thickness, and its rim was like the rim of a cup, like a lily blossom. It held two thousand baths.列王記上 7章 39節 五台は神殿の右側に、五台は左側に配置し、「海」は神殿の右側、すなわち南東の方向に置いた。1 Kings 7:39He placed five of the stands on the south side of the temple and five on the north. He placed the Sea on the south side, at the southeast corner of the temple.列王記下 16章 17節 アハズ王は台車の鏡板を切り離し、台車の上から洗盤を取り外し、また「海」をその支えになっていた青銅の牛の上から降ろし、敷石の上に置いた。2 Kings 16:17King Ahaz took away the side panels and removed the basins from the movable stands. He removed the Sea from the bronze bulls that supported it and set it on a stone base.列王記下 25章 13節 カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運び去り、2 Kings 25:13The Babylonians broke up the bronze pillars, the movable stands and the bronze Sea that were at the temple of the LORD and they carried the bronze to Babylon.列王記下 25章 16節 ソロモンが主の神殿のために作らせた二本の柱、一つの「海」、台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。2 Kings 25:16The bronze from the two pillars, the Sea and the movable stands, which Solomon had made for the temple of the LORD, was more than could be weighed.歴代誌上 18章 8節 またダビデは、ハダドエゼルの町ティブハトとクンから大量の青銅を奪い取った。ソロモンはこれを用いて青銅の「海」、柱、青銅の祭具を造った。 1 Chronicles 18:8From Tebah and Cun, towns that belonged to Hadadezer, David took a great quantity of bronze, which Solomon used to make the bronze Sea, the pillars and various bronze articles.エレミヤ書 52章 17節 カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をことごとくバビロンへ運び去り、 Jeremiah 52:17The Babylonians broke up the bronze pillars, the movable stands and the bronze Sea that were at the temple of the LORD and they carried all the bronze to Babylon.エレミヤ書 52章 20節 ソロモンが主の神殿のために造らせた二本の柱、一つの「海」、それを支える青銅の牛十二頭および台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。 Jeremiah 52:20The bronze from the two pillars, the Sea and the twelve bronze bulls under it, and the movable stands, which King Solomon had made for the temple of the LORD, was more than could be weighed.
2007/09/19
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ユダヤ人と日本人の儀礼に共通するものとして、禊(みそぎ)が挙げられることがある。が、はたしてそうだろうか。キリスト教会には、洗礼の施設または容器などがあるが、信者は基本的に一生に一度だけ受けることになっていて、毎週の礼拝のたびに使うようなものではない。一方、イスラム寺院(モスク)には、礼拝のたびに手や顔などを念入りに洗う施設がある。なるほど、身を清める、という概念は聖書旧約にも登場し、死体に触れたり、出産したりすると汚れると考えるのも日本古来の穢れ観と同じだ。日本の伝統的な荒行をキリスト教および浄土真宗から見るとき、旧約と同様に、自力救済として括られることは理解できる。旧約は、新約とは異なり、自力本願に近いという対比が成り立つようで、その意味では神道儀式も旧約の儀礼に近いと評価されるわけだ。とはいえ、それはキリスト教徒などの価値観からの評価に過ぎない。特に2つの民族の間に限って、民俗祭祀の形式などが共通するという意味ではない。ヤコブの一家と同行者達は、外国の神々を身に着けていたので、祭祀儀礼も他国で受容していたであろうことは想像できる。それらの神々の偶像は放棄したと書かれているのだが、既に慣習となった諸外国の儀礼をも捨てたとはいいきれないはずだ。神像に触れていたことを、あたかも汚れと看做して、それを洗い落とすという演技が改宗の儀式として行われた。(もちろん、これだけではユダヤ人独自の儀式とはいえないだろう。)また、よく読むと、水浴びの後、清浄になるまでに時間を要すると書かれているほか、清めには、「清めの水」を誰かに振り掛けてもらうことであったり、全身の体毛を剃ることが含まれていたりする。穢れの観念も日本古来のものとは似て非なるようで、死体ではなく、戦闘で敵兵を殺した者に触れても汚れると考えている。これらは、日本にはほとんど見られない考えだろう。縄文時代に作られた土偶は神像にも見える。弥生時代になると、これに続くものは作られなかったようだが、それに代わって、青銅の祭器が作られた。矛、剣、鐸が作られたが、イスラエルの神殿で水浴用に設けられた「青銅の海」すなわち、青銅製の円形水槽はどこの神社や遺跡でも発見されていない。神社の境内に池を作り、ここで手などを洗い、ときには中に入るという形(御手洗池)もある。民俗祭祀では、いまだに、近くの海辺に降りて海水(潮)を浴びたり、あるいは、清めの砂(本来は浜辺の表面で日光に熱せられて海水が乾燥して固まった砂)を掬う形を踏襲している場面がある。そのように、本来の姿は自然の海や川での禊である。異邦の神々を身に付けていたヤコブ一行のような人々と、禊(身濯ぎ)を守ってきた日本人とはある程度同じような祭祀形式を共有しているとはいえる。しかし、週二回、火曜日、土曜日の沐浴や特別の水を振り掛けてもらうことを明確に義務化したような、「民数記」以後のユダヤ人とは明らかに違う。今日、神社などでは、何らかの給水施設とともに石の水槽などを設ける方式(手水舎)がひろく普及している。すでに触れたように、モスクにも同様の施設はある。イスラエルの神殿の「青銅の海」と、これらは基本的には同じ目的である。神様の前に出るなら、汚い風体ではまずい、という心情には普遍性があるようだ。日曜礼拝にスーツ・ネクタイ着用を推奨している教会があった。(仕事に着る俗塵に塗れた胡散臭い服装では似つかわしくないと思われて、私はいつもの自分らしい服装で通った。)キリスト教会では、もちろん洗礼は行われるが、一回限り授かるものであり、毎週の礼拝の前に手や口を手水舎で「清める」ような行為を求めない。救済は神様、キリスト様に委ねるとする教理上、自分で自分を清めるような真似は宗旨に合わないだろう。旧約創世記 35:2ヤコブは、家族の者や一緒にいるすべての人々に言った。「お前たちが身に着けている外国の神々を取り去り、身を清めて衣服を着替えなさい。Genesis 35:2So Jacob said to his household and to all who were with him, "Get rid of the foreign gods you have with you, and purify yourselves and change your clothes.民数記 8:7彼らを清めるにはこうする。彼らに罪の清めの水を振りかけ、体全体の毛をそらせ、衣服を水洗いさせると、彼らは清められる。Numbers 8:7To purify them, do this: Sprinkle the water of cleansing on them; then have them shave their whole bodies and wash their clothes, and so purify themselves.民数記 8:21レビ人は汚れを清め、衣服を水洗いした。アロンは彼らを奉納物として主の御前に差し出し、清めのために罪を贖う儀式を行った。Numbers 8:21The Levites purified themselves and washed their clothes. Then Aaron presented them as a wave offering before the LORD and made atonement for them to purify them.民数記 19:12彼が三日目と七日目に罪を清める水で身を清めるならば、清くなる。しかし、もし、三日目と七日目に身を清めないならば、清くならない。 Numbers 19:12He must purify himself with the water on the third day and on the seventh day; then he will be clean. But if he does not purify himself on the third and seventh days, he will not be clean.民数記19:13すべて、死者の体に触れて身を清めない者は、主の幕屋を汚す。その者はイスラエルから断たれる。清めの水が彼の上に振りかけられないので、彼は汚れており、汚れがなお、その身のうちにとどまっているからである。Numbers 19:13Whoever touches the dead body of anyone and fails to purify himself defiles the LORD's tabernacle. That person must be cut off from Israel. Because the water of cleansing has not been sprinkled on him, he is unclean; his uncleanness remains on him.民数記19:19三日目と七日目に、身の清い人が汚れた者に振りかける。汚れた者は、七日目に身を清め、衣服を洗い、体に水を浴びると、夕方には清くなる。Numbers 19:19The man who is clean is to sprinkle the unclean person on the third and seventh days, and on the seventh day he is to purify him. The person being cleansed must wash his clothes and bathe with water, and that evening he will be clean.民数記19:20しかし、汚れた者で、身を清めない者は、会衆の中から断たれる。主の聖所を汚したからである。清めの水が彼の上に振りかけられなかったので、彼は汚れている。Numbers 19:20But if a person who is unclean does not purify himself, he must be cut off from the community, because he has defiled the sanctuary of the LORD. The water of cleansing has not been sprinkled on him, and he is unclean.民数記31:19あなたたちは七日間、宿営の外にとどまりなさい。あなたたちでも捕虜でも、人を殺した者、殺された者に触れた者は皆、三日目と七日目に、身を清めなさい。Numbers 31:19"All of you who have killed anyone or touched anyone who was killed must stay outside the camp seven days. On the third and seventh days you must purify yourselves and your captives.
2007/09/14
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女性でも荒行に加わる者がいる。戦前まで男だけの裸参りだった正月の水垢離の行事に、一般の人々の中から多くの女たちが加わり、そのまま定着したところもある。戦地に送られた兄弟、夫の「武運長久」つまり、戦死せずに帰還できるように熱心に祈願したのだった。非常手段。村々から男達が居なくなり、祭りが成り立たなくなる惧れもあっただろう。本来、正月は若水を男が汲むところから始まり、煮炊きも男がしていた。今年、ふたりの野党女性候補がある祭りに参加した。多数の女性が参加することが定着している地味な行事ではなく、むしろ派手な男の裸祭りとして有名なところだ。2人の女性候補は、昔から巫女が禊に使う一重の白装束姿ではなく、肩を露出しているのが目立つ。(晒し木綿を巻いているというが、それならば男装である。)http://himei.jp/news/200702news.html (姫井議員の日記/水垢離を取る二人)非常手段として、雨乞いの行事に、女相撲が行われたことが記録されているが、これも、ふだんやらないことを敢えてやってみるということだった。低年齢の少女が参加する裸祭りがあるが、これは戦後の「男女同権」政策に従ったものだ。http://www.flickr.com/photos/62592076@N00/191726845/ (英語サイト/祭り衣装の父と娘)http://www.flickr.com/photos/jamesheneghan/314449342/(英語サイト/新天町子供山傘)http://www.flickr.com/photos/workshop/191709779/(英語サイト/海砂を採る儀式)http://www.nishinippon.co.jp/news/yamakasa/2004/rensai/cyugaku/#04(西日本新聞2004年6月17日/6年生女児)江戸時代まで祇園山傘は女人禁制で、かつ、水法被は着なかった。明治時代に法被を着ることにしたのは、西洋人から「野蛮人」視されたくなかったからだが、西洋人の価値観は、古代ギリシャ・ローマの伝統ではなく、近代キリスト教のそれらしい。ルネッサンス期、ミケランジェロが描いた天井画とも違うユダヤ的中世的価値観だろう。日本では、戦後、義務教育は男女共学になった。かなりの抵抗があったが、今日に続く「戦後レジーム」である。もともと、公衆浴場では、第2次性徴よりも前の年齢では混浴を認めてきた伝統もある。戦時下では小学校で乾布摩擦をしていた。これは戦後も長く続いていた。若い男性が戦争で減り、博多では男の子を裸祭りに参加させるようになり、これを追いかけて、低学年の女の子も受け入れた。いまは、町内会による転勤族対策という側面が強い。少しでも女の子が締込で参加すれば、男の子が恥ずかしがらないだろうとも思われる。女性の新たな参加を認めつつ、祭りの伝統である裸を守った結果、低学年女子が水法被に締め込み、という世界的にも珍しい姿になった。南米のカーニバルに並ぶか。(いや、少女に男装させるとは聞かない。)姫井候補(現・野党議員)らは女性の社会参加を体現する人達であって、性別役割分業を否定し、自分に続く少女たちの「積極性」を育てたいのかもしれない。女性でも参加しやすい安全な裸祭りなどを追求するのだろう。大相撲では、表彰式の女人禁制が問題になってきたが、むしろ、女性は成人男性の見物に専念する、という本来の女性に優しい仕組みからすれば、祇園山傘祭り、一般女性の水垢離行事などでこそ、戦後の混乱、戦時下の非常事態が常態化しているといえる。ジェンダー・フリー・バッシング派はどこに目を付けているのだろうか。水法被のような卑屈な妥協策をやめ、裸祭り、喧嘩祭り(格闘技の団体戦)を強調し、参加者の女人禁制へ復元したほうがお互いの為ではなかろうかとおもうが。
2007/09/10
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今日、大多数のお盆行事は、終戦記念日、新暦の月遅れに行われるが、旧暦では満月(7月15日)であり、ちょうど1ヵ月後(8月15日)は中秋の名月である。それぞれ、古くからの行事、祭りがある。大浦町平原集落(南さつま市/県西南) お盆行事の太鼓踊り独特の羽飾りが目を惹く。この衣装は近隣の祭りでも見られる。加世田津貫(南さつま市)同じ太鼓踊りだが、「ほぜ」という祭りである。「ほぜ」の意味は、放生会(ほうじょうえ)、豊饒、豊祭、豊歳と、さまざまな解釈が加えられているが、主に秋の太鼓踊り、棒踊りなどが鹿児島県に見られ、宮崎県からトカラ列島まで点在している。照島 (鹿児島県西岸) の場合、ほぜ祭りでは、天狗の仮面を付け、棒を持って子どもを威嚇する。ここまでは、なんとなく見過ごしてしまう。しかし、もっと交通不便な島へ渡ると、目を見張る光景に行き着く。トカラ列島 悪石島 ボゼ祭りhttp://www.minc.ne.jp/~hotei/fasta12bozetokara.htmlhttp://inpaku-kagoshima.com/jp/island/Kagoshima/Akusekijima/Traditionculture/001.htmかつて、旧暦1月16日、中之島では、男の子が扮した「ボゼ」が現れるという行事があり、また、「ボゼ」は、他の島でも子どもが怖がる鬼神、怪物の名前として使われている。旧暦7月15日のいわゆるお盆も、まことに多様で、奥が深い。遠く海を渡ってきた八百万の神々がこの列島上に共存してきたと思う。翌月の15日は十五夜、中秋だから、お月見があるがこれも古い行事である。十五夜の行事がもっとも盛んな土地は、沖縄県であり、中秋に綱引きがあるのはもちろん、「ウマチー綱」といい、毎年数回、旧暦15日にある。http://www13.plala.or.jp/kemonomiti/back/takamine/new_5.htmhttp://www.fm-taman.com/TamanTimes/2004/vol33/33-T.html沖縄だけでなく、仏教化する前には、お月見と同じような行事が旧7月15日にもあったと想像される。熊本県、菊陽と大津町では、正月の十五日に綱引きがある。鹿児島県南部には、十五夜行事に綱引きと相撲があり、綱を引き擦り回し、丸い輪にして置き、その中で相撲を取る。はじめに草とともに綱を月に供えるところもある。綱引きや相撲はなんとなく見過ごしてしまうかもしれないが、さらに奥がある。相撲ではなく、子ども達が四股を踏むだけのところがあり、また、独特の輪飾りの冠に腰蓑と褌という素朴とも原始的ともいえる衣装で踊る光景は幻想的。あまり知られていない古くからの日本の素顔に出会う。南薩摩のソラヨイ知覧(ちらん)、中福良(なかふくら)、山下(やまげ)【宮崎県】小林市須木(県南西) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E5%B8%82ほぜ祭りhttp://www.miya-shoko.or.jp/suki/asobu/hoze.html都城(県南西) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E5%9F%8E%E5%B8%82および西都(県中央) http://www.city.saito.miyazaki.jp/bunka/tanhou/index.htmlほぜ祭りhttp://www.miya-shoko.or.jp/sanzai/hozematu.html【鹿児島県】http://map.yahoo.co.jp/address/46/index.html霧島町田口 http://www.sanson-net.com/nisidata/kirisima/kirisima.htmlほぜ祭りhttp://www.kirishimacho.com/jp/kankoshokou/ivent05.htm枕崎市 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%95%E5%B4%8E%E5%B8%82ほぜ祭りhttp://makurazaki2006sw2-05.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_c5b2.htmlほぜ(豊祭)http://www.city.makurazaki.kagoshima.jp/service/se_rensai_season03_10_12.shtml坊津町(南さつま市) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E3%81%95%E3%81%A4%E3%81%BE%E5%B8%82ほぜどんhttp://kjm.daa.jp/slide/06hozedon/hozedon.html加世田津貫(南さつま市) ほぜ(豊祭)http://kjm.daa.jp/slide/06amenomi/amenomi.html開聞町枚聞神社(指宿市) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%9A%E8%81%9E%E7%A5%9E%E7%A4%BEほぜ祭りhttp://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E6%9E%9A%E8%81%9E%E7%A5%9E%E7%A4%BE+%E3%81%BB%E3%81%9C%E7%A5%AD%E3%82%8A&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=UTF-8&search_x=1&x=9&y=11&u=www.moriyama-edo1.co.jp/maturijouhou.htm&w=%22%E6%9E%9A+%E8%81%9E+%E7%A5%9E%E7%A4%BE%22+%22%E3%81%BB+%E3%81%9C+%E7%A5%AD%E3%82%8A%22&d=ScrUXv4-PYXC&icp=1&.intl=jp照島 (いちき串木野市/県西岸) http://map.yahoo.co.jp/pl?p=%BE%C8%C5%E7&lat=31.69864806&lon=130.28029889&type=scroll&lnm=%BE%C8%C5%E7%B3%A4%B4%DF&idx=22ほぜ祭り (天狗の仮面を付け、棒を持って子どもを威嚇する。)http://www.edu.pref.kagoshima.jp/es3/Terushima/tengu/tenngu.htmトカラ列島 http://www.h7.dion.ne.jp/~imagic/sima4/kagosima/tokara.html悪石島 http://www.h7.dion.ne.jp/~imagic/sima4/kagosima/akusekijima.htmlほぜ祭り(喜界島ラジオの記述)http://www.kikaijima.com/radio/bangumi/nomoto/8month/8month.htmlボゼ祭りhttp://www.minc.ne.jp/~hotei/fasta12bozetokara.htmlhttp://inpaku-kagoshima.com/jp/island/Kagoshima/Akusekijima/Traditionculture/001.htm中秋http://ja.wikipedia.org/wiki/8%E6%9C%8815%E6%97%A5_(%E6%97%A7%E6%9A%A6)月見http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E8%A6%8B「ウマチー綱」http://www13.plala.or.jp/kemonomiti/back/takamine/new_5.htmhttp://www.fm-taman.com/TamanTimes/2004/vol33/33-T.html熊本県 正月十五日 綱引き菊陽http://www.1ness.net/1ness_bn/y2004/201/201.htmhttp://portal.kumamoto-net.ne.jp/town_kikuyou/contents_dbpac/11kouhou/kouhou_main.asp?T_GRP=15&T_INF=11257大津町http://www.town.ozu.kumamoto.jp/view.php?pageId=1797鹿児島県南部 知覧(ちらん)、中福良(なかふくら)、山下(やまげ)ソラヨイhttp://www3.ocn.ne.jp/~nansatu/fasta7.html
2007/09/06
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フェルナンド・ルゴは、パラグアイの「新しい星」である。1977年に「神言会」という修道会の司祭となり、1994年からサン・ペドロ教区の司教となっていたが、来年の大統領選挙に出るため、破門してくれるように願い出た、と紹介されている。すなわち、還俗した「元司教」である。Lugo was ordained a priest on August 15, 1977 as part of the Society of the Divine Word and was ordained Bishop of San Pedro, Paraguay in 1994.( http://en.wikipedia.org/wiki/Fernando_Lugo )O religioso é bispo da Igreja Católica, mas pediu demissão do estado clerical para concorrer à Presidência do país em 2008. ( http://pt.wikipedia.org/wiki/Fernando_Lugo )一方、昨日のしんぶん赤旗では、ブラジルの左翼政党の党大会に中南米各国の左翼政党の代表が集まり、日本共産党の代表も混ざって挨拶を交わしたと報じられたが、この中でルゴ予定候補は「元司祭」と書かれた。格が違うのだが、その差は市議会議員と県知事くらいある。日本では、カトリックの影が薄く、または、共産党は宗教団体に無知である、などのことを、あなたは知ることができるかもしれません。Bishop (司教) ・・・司教の本来の職務は自らの教区の管轄である。・・・また、特定の教区を管轄していなくても、教皇庁における職務につくために司教に任命されるケースもある。・・・司教は助祭、司祭とならび叙階の秘跡によってその地位を受けるものであるため、高齢や支障によって司教の実質的な職務を引退した後や、司教の職務を停止された場合でも司教の称号は終生保たれる。・・・Priest (司祭) と Deacon (助祭) 司教は司祭と助祭によってその職務を補助されている。カトリック教会の聖職者は独身の男性に限られ、叙階の秘跡を受けることで選ばれる。司祭には、教区に属する教区司祭(かつて「在俗司祭」とも呼ばれた)と、修道会に属する修道司祭とがあり、どちらにも属さないフリーの司祭というものは存在しない。・・・( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E6%95%99%E4%BC%9A#.E5.8F.B8.E6.95.99 )サン・ペドロ県の人口は30万人、全国の5パーセントを占める。( http://en.wikipedia.org/wiki/San_Pedro_Department%2C_Paraguay )カトリック修道会「神言会」の支部は日本にもあり、現在の新潟教区の司教はその出身である。( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%A8%80%E4%BC%9A )【追記】9月4日付けしんぶん赤旗http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-09-04/2007090407_03_0.htmlいまのところ、ヤフー検索で、「フェルナンド・ルゴ」の1位はその記事です。が、恥ずかしながら2位はこの日記です。
2007/09/05
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ユダヤ人は、アブラハムの子孫、割礼があるもの、安息日を守る者、すなわち、ヤハウェ神の選民、という意識を持った。キリスト教徒は、これを踏まえて、ヨハネの洗礼、イエスの血肉を拝受し、「心に割礼」があり、復活節を守り、パンを割いて主日礼拝を守る者という別の選民意識を持った。異邦人や異教徒は劣っているかのように見えてしまう。6日目に神はアダムを造るにあたって、「自分の姿」に似せたのだという。人類は他の生物とは違うという。これも「選ばれた生物」といえる。地球人類だけが創造され、他の惑星には知的生物は居ないと考えるのだろう。神は他の惑星にも知的生物を創造することが可能だ。7日目には休んだが、そのまま引退したのだろうか。8日目には仕事を再開したのではないか?誰かが人類を創造したのであれば、創造した主体(神)も知的生物ではないのか?その神の発生はどのようになされたのか?進化論でも地球以外の知的生物の発生を排除しない。宇宙は狭すぎる、宇宙の歴史はまだ浅い、ということはいえても、可能性はどの説でも否定されない。だから信じたければ誰でも宇宙人を信じることができる。人類に反省を迫る材料ともいえる。
2007/09/04
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参議院は「良識の府」である、という。二院制の下では、議員の選挙が分散される。ややもすれば冷静さを欠く大衆の意思を誘導(扇動)する企てにとって、これは不利である。能率は悪いが安全であろう。新中国の成立前後、「政治協商会議」という会議体がつくられ、維持されているが、多数の政党が中国共産党との協議に参加した。一党独裁の方向性を薄める効果がありそうだったが、文革の悪政をとどめる力にはならなかった。その点では、日本でも戦前の貴族院が戦争回避には役立たなかった。今日の参議院は衆議院と勢力分布がねじれているので、どのような政権であっても、暴走できない。かなり強力な布陣となったかのようだが、しかし、小沢民主党と安倍自民党とのトップ交渉は圧倒的な影響力があるだろう。そこに不安はある。「良識の府」は必要ない、一院制で十分という意見もある。党議拘束を掛けていれば、「良識」が働く余地もないということだ。参議院では、民主党内護憲派の影響があるようだが、トップ交渉の上で、議員を拘束すれば、「良識」など出る幕はない。党議拘束に違反して除名された共産党議員、志賀義雄。部分的核実験停止条約だったとおもうが、米ソが核兵器独占するための条約なのか、核兵器廃絶への一歩なのか、という議論の結果、日本共産党では反対に決めて、ソ連共産党と衝突した。志賀議員は党の民主集中制に反し、党議拘束に反し、賛成投票したということだ。ソ連の手先にも見える。協同組合などでは、総会で決定すれば組合員は守る必要がある。NPOでも、職員・ボランティアとも、決定機関に従って活動する。従業員が取締役会に従うのもだいたい同じことである。株主総会や取締役会は従業員の意思を反映しないので、「非民主的」集中制かもしれないが、出資者の総意であって、それ自体は不当ではない。雇用契約と就業規則が妥当であれば、従業員の意思は無視できる仕組みだ。とはいえ、企業の発展は基本的に従業員の自発性に依存するので、むしろ、社内合意の形成と総会対策に余念が無いのが実情だろう。従業員の多数と個人の一般株主との間に緊張関係がある企業には良い事業を期待できる。それぞれが大義を競い合い、牽制し、暴走や怠慢を抑えるだろう。戦闘を目的とする軍隊には「鉄の規律」が必要である。熾烈な競争を闘う企業もおなじだろうが、政党もおなじだろう。ただし、大政党が参議院も含めて「鉄の規律」の下に統制してしまうと、経験的に言って、悲劇を招きかねない。現状の2大政党については、少なくとも参議院では党議拘束を緩めるべきであり、それ以下の少数野党は、より強い企業なみの固い規律を守るべきであると考える。鉄の規律は革命党のお家芸であり、共産党の非合法活動に利用されるのではないかという想像は、よく分かるつもりだが、少なくとも衆参いずれかで多数に迫るまでは、杞憂と見る。
2007/09/03
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