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じつは、トンネルでも橋でも良い。対立する2大国を融和しようという趣旨だったはずだ。財産権、所有権制度も廃止する、とも。・・・しかし、その方法は既にある。高率の所得税、贈与・相続税は、緩慢ながら、その私有財産制度を縮小する。国連分担金、まともなODAの類も、国際的な経済格差を埋めるはずだ。所有権廃止を掲げるからには、ピースキング・プロジェクトの投資の果実は人類共同の財産となることを意味しているはずだ。もちろん仮定のはなしだが、大規模に失敗すれば人類窮乏を招く。・・・誰の負担であれ、不要不急の工事で膨大な富を浪費すれば、世界経済にも悪影響があるだろう。北朝鮮も地下要塞化のために窮乏した。サイクロイド・トンネル構想で地上の財産そのものを消滅させて、所有権を廃止するのか? まるでイソップの「狐のおばさん」。米国人とロシア人との交流も良いが、協会内部の結婚、お得意の「交差祝福」は諦めたのか。・・・より効果的だと思うが、反省したのだろうか。さて、ベーリング海峡プロジェクトの舞台となっているアラスカについて見てみよう。アラスカはロシア皇帝の命じた探険によって発見。後に、友好国、米国に売って苦しい国庫を潤した。シベリアとの間に海峡はあるが、そのために米国、露が疎遠、不仲になったという経緯には無い。・・・不仲になったおかげで国際空港ができたり、軍事基地ができて、必ずしも地元は損していなかったのではないか。たとえば、2国が戦争し、停戦する前線は、多くの場合、自然の要害によるだろう。だから、国境と海峡などが一致する例が思い当たることになる。一方的な征服を妨げ、共存するためには、邪魔な海峡なども有用だったといえる。・・・そういう、正規戦は昔のものになりつつあるようだが、宗派間対立と家族愛からの報復、聖戦、仇討ちは、国境の中でも外でもお構いなしに実行される。原理主義過激派テロの時代。・・・すでにサタン側でボーダーレスが先行している。地理的な障壁、海峡ではテロを防げないのだ。パレスチナ紛争や北朝鮮拉致事件などの火中の栗から逃げて、アラスカで釣りに興じたい気持ちは、分かる。
2007/03/31
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89サイクロイド・トンネルの深さを計算した。直線距離85キロメートル。中間のダイオミード諸島でいったん地上に戻るとしても、42.5キロメートル。直線距離に対する深度の比率は、π(円周率)分の1。42,500m ÷ 3.14 = 13,500m絶望的ですなぁ。。乗り物が通るような太さで掘らなければならない。いや、地中の水の圧力に耐えながら造るにはどうするのか?細い鋼鉄のパイプで、このくらいだ。http://www.kelly.t.u-tokyo.ac.jp/~naganawa/drilleng/de1.html「1974年に米国オクラホマ州で掘削されたBertha Rogers 1という名前の天然ガス試掘井の深度9,583 m(31,441 ft)が陸上掘削での世界記録になっています。」この方法では、垂直よりも斜めに掘るほうが技術的に困難である。もちろん、経済活動だから、その限界もある。http://homepage1.nifty.com/issui/rep_tikyu_01.htm「最終的に目指すのは水深4000+海底下7000の11000メートルを掘り抜くことを目指す。 11キロである。11キロも掘って何が楽しいかというと、マントルに届く。ボーリングの深度世界記録はロシア・コラ半島で樹立された12261メートルだが、これは陸上での話で、大陸は地殻が厚いからそれだけ掘ってもマントルに届かない。」海底で掘ると、13500メートルではマントルに潜り込むことになりそうだが、あの海峡は地殻が厚いのだろう。よかった、よかった。ではない。垂直の細い鉄管だけで「夢のビッグプロジェクト」なのに、それをべーリング海峡で、乗り物を通す太さのトンネルで、斜めに掘るのだろう?頭を使っただけ損した気分になる。。
2007/03/29
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宇宙ロケットの類は実現したのに対し、モグラ型の地底ビークルは全く実現していない。鉱山開発などの需要はあるのだが。。掘削コストの負担を軽減したいのだが、地下技術は遅々として進んでいない。なぜか?http://www.iifwp-jp.org/Bering.htmlこの地下トンネルは、(衛星写真に描き込まれている計画路線図のとおり、)ダイオミード諸島の直下で急にカーブしている、というより屈曲している。これは緩やかな曲線に修正する必要がある。(あるいは、必ず停車させるのだろうか。)・・・なんてことを素人に指摘されるようでは、内部の態勢、人事など、全然なっていない。後知恵で補おうとしても、傷が深くなるだけだが。。真空チューブのなんとか曲線、もSF路線としては面白いが、http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Sirius/8061/essey/diarys/diary020.htmlそんなに便利ならば、辺鄙な土地ではなく、まずは交通量が多いドーバー海峡などで使うと良い。地下に向かって転落してゆく乗り物で、故障すると地底に閉じ込められる、というのは、バベルの塔をさかさまにした観があるが、住む霊界が知れる。地底には夢が無いから技術も発達しないのだろう。
2007/03/27
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・・・祟り無し 臭い物にふた(蓋)。 世界史、日本史はあるが、近代朝鮮史を扱うことはなかった。 倫理社会、学活、道徳はあるが、新宗教を扱ったりはしない。 官僚の先送り体質だけでなく、議論を嫌がる国民性も災いした。 システムとしては世間並みの体裁でも、高等教育の中身は、カネをドブに捨てるようなものだった。
2007/03/26
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26日に続く
2007/03/25
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古代エジプトの王族は、霊魂が死体に帰って蘇生する、あるいは冥府で地上と同様に暮らすなどと信じたようだ。死後に関しては、従来、基本的に3つの説がある。 すなわち、・肉体の死後、霊魂は新しい肉体(赤ん坊、ことによると他の生物)に宿るとする説(古代インド)、・肉体の死滅とともに霊魂も消滅するとみる説(デモクリトス)、・肉体の死後も霊魂は不滅であるとする説(プラトン)仏教(極東地方土着)の地獄極楽説やカトリックの天国煉獄地獄説はプラトン的な二元論と共通する。これらに加えて、19世紀に米国人の一部プロテスタントは、厳密な聖書解釈において、従来の霊肉二元論の影響を脱し、第4の死後観念に達した。再臨派の死後観念http://jp.encarta.msn.com/text_761562157__1/content.html 死者は単に眠っている(無意識の)状態にある。そのうち、義人は肉体ごと復活し、覚醒(意識回復)して、永遠の生命に入る。義人復活の時は、キリスト再臨の時、または、それにつづく世界崩壊の後、ないしは、至福千年の後。地上で(肉体が現実に再生して)復活する。もちろん、悪人は復活しないか、または、復活しても直ちに滅ぼされる。―――ちなみに、第4の死後観念は、ミイラの蘇生と共通する面もあると思う。米国の国章(裏側)にはピラミッドが描かれているのが面白い。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:USA_Great_Seal_Reverse.png それはともかく、幽冥界を死霊が漂って生者に復讐したり、先祖の霊が地獄で苦しみ、子孫の追善供養を求めているなどという話とは無縁である。むしろ、病院とおなじく墓はいずれ甦るべき人々の静かなベッドに過ぎず、目障りなものではないはずだ。青い芝生に白くて平らな石を並べるような墓地は、この観念によく合致する。
2007/03/23
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天皇陵(巨大古墳)の近くに住む人たちは、「お墓」を見上げて暮らしています。むしろ、ピラミッドは人気のある観光スポットです。 だから、お墓であっても、嫌がられるとは限りません。しかし、身近な所に普通の墓地ができると、迷惑がられます。地価が下がるそうです。墓から死者を想起し、死者から何か嫌なものを想起するのでしょうね。深く考えると、何が嫌なのかは謎ですが。それは、自分が家族を喪った哀しみでしょうか、自分や家族の避けられない死の苦しみ、哀しみでしょうか。それとも、恨みや無念の想いを癒されること無く漂っている死霊、つまり怨霊の気配などを感じるのでしょうか。・・謎です。かつて、人々は自宅の座敷で家族に囲まれて静かに息を引き取るものでした。しかし、いまや、生まれるのも死ぬのも病院で、病院から来て病院へ帰るという有様です。生まれること、死ぬことが日々の生活とは連続せず、具体的な生活が出生や死亡から切り離され、人生の全体像を知覚できなくなりました。ゆとりの無い生活条件のもと、日々忙しく、親族の死も十分に悲しみ切れていないのではないか、他人の墓を見たくらいで心に暗い影が差すのは、その不足に起因しているのではないか、と。死後観念の暗さ、といってもよいでしょう。この貧しい死後観念は、私たち現代日本人の脆弱さであり、霊感商法とのたたかいにおいて、必ず防備を固めるべき点でもあります。それぞれ自分の祖先の魂を墓に眠らせることは、嫌なことではないはずですが、他人のそれを見るのは嫌だ、ということからすると、自分たちの祖先と、世間一般の墓の主とは赤の他人、と感じているのでしょう。しかし、じつは、同じ祖先から分かれて来たに過ぎません。死後、どこへ行ったのか、と遺族に問えば、たとえば「天国へ行った」と答えるかもしれませんが、しかし実は、天国に行ったと思う遺族の胸の内に留まっています。「いや、消滅した」というなら、消滅したと思う遺族の脳髄の機能とともに、やはり、留まっているのです。空を見上げりゃ~空にありー、、と。死霊の住処は、墓石である前に、生きた人間たちでありましょう。
2007/03/22
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長谷川町子と姉妹の3人は父を亡くし、熱心なクリスチャンである母のもとで教育を受けた。万事、信仰優先。「月越しのかね」は持たない主義、盛大に「いわゆる良いこと」に遣う、などを家長みずから実践。遺産を散財した。伝道集会には娘も引き回され、また、牧師を招いて自宅で祈祷会が開かれるたびに、お祈りを強要される。よくあるカルト一家の風景。町子は母に反抗する。が、もとより当時は天皇主権、家長制を基礎とした体制で、つまりは、「教育勅語」に説かれた人倫の大本を「修身」教育で浸透させていた世の中だった。こどもの意思は一蹴される。ちなみに、町子はより現実的良識的な聖書解釈を支持している堅固かつ不熱心な信徒としての生涯を送った。さて、前置きが長くなったが、親が熱心な信者で子が巻き込まれるケースと、一般家庭の子が熱心な信者になるケースにおいて、世の中の常識は2つに分かれる。家族の絆を大事にする保守派と、自由意思を尊重する進歩派である。保守派は改憲運動で「家庭尊重」を主張し、この運動には統一協会などの新宗教関係者が浸透、合流している。他方、こどもの権利条約の実行を求める進歩派では、カルトの被害と取り組む社会派弁護士も一翼を担う。ここで、保守派が望んでいるように、もしも親権を絶対化すれば、カルト家庭も拉致監禁家庭も大手を振って歩けることになろう。したがって、カルトにはまった親に巻き込まれるこどもの被害すなわち虐待と、親による脱会強要、信者監禁を正当化せず、人権と秩序を守り、紛争を鎮めるには、家族中心の法制へ帰るのではなく、進歩派が望むように、自由な社会を守るべきだと思う。しかしながら、そうであっても、家族の自由な話し合いの機会を宗教団体に保証させる法制度を加えることはできる、と考える。
2007/03/19
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後生大事。死んだ後、どうなるかを考えてみましょう。まずは、霊魂不滅、輪廻、天国と地獄、あるいは、死霊の祟り、などが思い浮かぶのではないでしょうか。それらはどういうことを言っているでしょうか。 インドの「輪廻」思想~ あなたの死後の、より幸福な再生・転生を願え。そのためには、頑張って今の不幸を耐えよ。平民はバラモンに頼んで祭祀・呪術を施してもらえ。 ~日本の「祟り」思想~ この世の禍福は多分に霊の支配下にある。だから、あなたが祟られて災いに遭いたくなければ、霊となった死者に対して、慰霊・鎮魂・祭祀をせよ。 ~★仏教徒からの批判http://higashihonganji.jp/think/dounaru.html尾畑文正 氏(同朋大学教授) 霊肉二元論の「霊魂不滅」思想~ あなたは死にたくない。いや、人の死は不自然であって、本来、死ぬべきではないのだ。だから、肉体は滅んでも霊魂は不滅(そのまま生き続ける)である、と考えよう。 ~カトリックの「煉獄」思想~ あなたがた一般信徒は天国に入る前に煉獄へ赴き、苦痛を受けなければならない。生前犯した罪の軽重によって、そこにとどまる期間が異なり、罪を償うことになる。この苦痛を少しでも短くしたければ、とりなしの祈り、喜捨、ミサを捧げよ。 ~★プロテスタントからの批判http://www4.big.or.jp/~joshiba/qa/kaku/12.htm賀来周一 氏(ルーテル学院大学元教授)★SDAによる「甦りと霊魂不滅の違い」の説明http://www.sda-amanuma.com/sda1/qa.html(死後は眠りの状態、また無意識であり、もはや生きている人々と交流することはない) 尾畑氏や賀来氏はそれぞれ独自に宗教者の立場から、これらの考えを批判なさっています。私も同感ですが、今のことは今解決すべきであって、死後に持ち越すべきものではありませんし、地上の問題は地上で解決すべきです。また、死後のことは死後に対応すべきであって、今そんなことを検討しようにも、何の材料もありません。子々孫々の福と未来社会の平和・福祉・繁栄とを願い、これに繋がる道を合理的に選びつつ、日々地道に働き、助け合い、人に尽くし、世の中を明るくすることが全てではないでしょうか。いやしくも宗教者ならば、悪霊を騙って弱い人たちを脅すがごとき悪徳商法に手を染めてはなりませんね。 参考( 「永遠の命」 についての牧師による説明)http://www.asahi-net.or.jp/~nv3n-krkm/preach/1999/1999_09_05.html 以下抜粋↓ ・・・パウロはキリストへの信仰を「永遠の命」と表現しています。永遠の命、それはこの命が永遠に続く、あるいは霊魂不滅、という意味ではありません。神と、今、ここでつながっている、その生き生きとした関係をいいます。この自由は神からの贈り物、キリストの復活そのものです。キリストがよみがえっておられる、そこに私たちは固着します。キリストの復活こそが永遠の命です。また、こうもいわれます、キリストを通して神とつながること、それが即永遠の命なのです。ヨハネ17章「永遠の命とは、唯一のまことの神であるあなたとあなたがお遣わしになったイエスを知ることです」。軽込 昇 氏(茨木春日丘教会牧師)
2007/03/15
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「カルト被害を考える会」に投稿されたtomoさんのお仲間の記事ですが、出来上がりが不評なので、添削してみたいと思います。原文には灰色の背景色を付け、私の加筆には桃色の背景色を付けました。NO.6208送信日時: 2007年3月7日水曜日 17:38http://www.h4.dion.ne.jp/~true36vv/index.htmlこんにちは、統一教会員の 者です。 ○○と申します。最近、信徒が監禁される事件が 以前(××年頃)に比べて 多発 する 傾向にあります。監禁は最高裁が良しとしない「話し合い」の方法です。 皆さんでよく「救出」のあり方について議論して下さい。 管理人さん、ならびに他の皆さんは、親子の話し合いのためならば、監禁もやむをえないとお考えでしょうか? NO.6207送信日時: 2007年3月7日水曜日 9:58反統一教会派殿管理人殿ならびに貴会会員各位最高裁の意向 説示に示された判断 を無視して 現在も 行われている統一教会信徒に対する監禁に断固抗議する。いま、今月家庭 を持とうと 出発を予定 していた女性信徒が ○○によって、○○市内の○○に 監禁されている。これは明らかに違法な行為である。この国は法治国家だ。日本国民として 反統一教会派 統一教会の活動に反対する人たち の立場は理解する。が、監禁を行う 過激派 乱暴な輩 に対して貴会は容認している様であるから、貴会もまた 過激派 乱暴者の同類 と断じざるを得ない。最高裁は監禁はたとえ親であろうと、憲法にてらして認めることは出来ないとはっきりと、監禁事件を起こした両親に「もう二度と同じ事はしないように」と説示している。現在、こちらもとりうる手段を総動員して、信徒の救出に向けて行動している。この監禁が「事件」として警察の捜査対象になる前に、信徒の解放を強く要求する。こちらも、信徒の両親を容疑者にはしたくはないのである。話し合いは、自由な立場で、いくらでも出来る。貴殿らは、統一教会の撲滅をもくろんでいるようだが、もうすでにそのような時代ではない。世界を統一出来ない国連に代わって、文鮮明師は天宙平和連合を創設された。したがって、世界政府はいずれ文師の忠実な弟子である我々が組織し、人類を支配するのである。そうなれば、教理の普及を邪魔立てしたり、文師の恥ずかしい過去に言及するサタンは、親きょうだいといえども容赦しない。神のみことばで書かれた新しい憲法の下で、合法的に投獄されるであろう。人間、いつかは死ぬときがくる。死んだらどうなるのか、それで終わりなのか、それとも霊界は存在するのか、深刻に考えられることをお薦めする。貴殿らの後生を憂える故に、手荒なことはもちろん、今後は一切抵抗することのないようお勧めする。さて、感想を追記しようと思う。(2007.03.14)「貴様らぁ、死んだら地獄行きだぞぉ!」と、いわんばかり・・・の捨て台詞まで吐いているわけだが、文師の死後、いずれ私も死ぬので地獄に寄り道して、どんな目に遭っているか見物できるだろう、と楽しみにしている。・・・ そのまま住み着くか?(笑そういう下手な脅し文句を大真面目で吐いていることから分かるのは、恐怖心に束縛され、操られている幼ない姿であり、自由の無い信仰である。ことば遣いを見ても自立した成人とは思えず、本人の判断力には期待を持てない。傍目には保護者が必要と見えるところだ。下級審の判事の前でもそんな言動を晒していたとすれば、辛い判断だったことだろう。幼稚で狭量な信者たちは、自分たちの2世に対しては信じない自由を認めはしないし、家族との話し合いも、自由にはできない。摂理(銭集め)で忙しく、せいぜい年に2回しか帰宅しないというのが大方の実態だろう。和解の内容を履行する気配は全く無く、いずれ最高裁の顔に泥を塗ることになろうが、幼稚な信者には、最高裁で勝訴したかのようにしか見えないわけだ。ソ連解体のような歴史的事件、天宙平和連合発足のような内輪の演出などに、最高裁の和解も加えて、これらが地上での戦いの勝利(5%分の責任分担)と受け止められ、さらにはこれが死後の世界にまで反映して、「天国は統一協会のもの、反対する連中は地獄行き」と考えているように見える。現世の天下取り、形勢がどうなろうと、来世の天国・地獄が左右されたりはしなかろうと、これまでの宗教家は考えるところだが、統一協会では、一人ひとりの良心ではなく、神の側に立つ集団に属して実績を上げ、勝利することが決め手なので、あたかも天国を集団の間で取り合いをしているかの様相を呈する。戦う相手は、韓国の新聞であれ、米国の裁判所であれ、はたまたクリスチャンであれ、敵対する以上、みな過激派・唯物主義者であり、左翼の手先だ、という絵物語で満足してしまう。親に心配掛けて何を偉そうに!?..と親は嘆いている訳だが。「統一協会のものである天国」を認めない者は、、結局は同じ悪魔としか見えないのであろうか。
2007/03/13
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演歌「おふくろさん」の作詞者、河内康範氏が怒っている。 勝手に歌詞を変えている、今後、歌わせない、もう歌って欲しく無い、、歌の心が分からず、人間としても失格、、と。艶歌と書く場合もあるが、もともと、「演歌」は自由民権運動の志士たちが演説の代わりに節を付けて歌うようになったものだ。メッセージ性が生命である。この「おふくろさん」の歌詞は、母親の教えを息子が回想することに終始しており、5W1H、つまり、地域性・時代性などを伴っていない。息子本人のことには全く触れず、匿名性?が高く、抽象的だ。「世の中の傘になれ」自分の母親はそんな大仰なことは言わなかったよな・・・?と誰でも考えてみるだろう。 河内氏は世の母たちの理想像を示そうとしたのだろう。そのようにしっかり倫理を諭して敬慕される母親になってほしいと。 小柄で一見目立たない性格の我が母のことを思い出してみたりする。集中豪雨に見舞われようが、決して休むことなく、落選確実な左翼候補へ一票を投じに行く女性だ。いまだに、ノンポリの嫁(家内)には9条護持を熱く説いている老女。 息子がいうのはなんだが、河内氏が描く理想の母親像の片鱗はあると思う。フラクタル、というのだろうか。 ・・脱線した。 河内氏は自分の歌詞が歪曲されて、息子本人の肖像が加えられてしまったことに不満なのであろう。この息子は、特定の誰かであってはならない。これから育つ全ての男の子なのだ。だから抗議している、と思う。 教理が歪曲されたら、教祖は抗議しなければならない。
2007/03/07
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