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10月11日(日)駒田善治朗歌集「天遊」(88)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(9)日傘(1)歌一首ならずに抜けたる菖蒲園一花自立の群花連立一本ひともとの半夏生いま群れをなし半白頭振る五月の闇に葉の海に赤紫の花擡げ雲雀の声きくじゃがたらの花動かざる雲に向かひて我を問ふ携帯電話行き交ふ街を (つづく)
2026.10.11
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10月11日(日)鷲巣錦司歌集「綿の城」(26)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(26)街路樹(2)人工の光に夜毎照らされて木肌荒れつつ鬱となりゆく腕時計持たぬ暮しに馴れてより「時」は良き友ゆるりつきあふ形ある手応へのあるもの欲しと円空彫にけふは挑みぬこつこつと春の日永を彫りをれば仏の顔にいつか近づく「三国志」夜々をラジオに聞きて眠り張飛と呂布が夢に闘ふ (つづく)
2026.10.11
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10月11日(日)第27回NHK全国俳句大会(13)(令和8年3月29日NHKホール)井上弘美選 秀作(1)自由題閑古鳥ことば忘れし母問はな 栃木 会田比呂八月や語り継ぐべきこと持たず 熊本 あまの樹懶子供らの残して帰る月明かり 福岡 宮脇睦子ウインドーに映る聖夜の一家族 茨城 小宮光司背を撫でて猟犬放つ柞山 神奈川 山田凍崖(つづく)
2026.10.11
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10月11日(日)昭和萬葉集(巻十四)(515)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅵ(80)くさぐさの歌(80)わが思い(3)島田修二(1) 幸福論ひとつを持たず街上に三十五歳の夏を逝かしむ卒然と来ん終末を思ひゐき薄昏うすくらがりに妻も子もゐて窓ひろき硝子に雲の動きつつ圧しくるごときかなしみに耐ふ嘆きつつ一生ひとよは過ぎん積りたる雪の上ふたたび泡雪あわゆきの降る (つづく)
2026.10.11
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10月11日(日) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(237) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 四月三日(2) とくに子供は、幼い時から感情に負けないで、むしろそれを支配するように、厳しくしつけられなければならないでしょう。子供の気分にわずかでも譲ってはならないでしょう。それを重大にとってもならないでしょう。そうでないと、今日やたらに見受けられますように、役に立たない、不幸な人間ができあがるのです。(よりつづく)四月三日(3) わたしたちの内部の悪や凡俗は、わたしたちがつよく善を欲するやいなや、一時あとに退きます。しかし、それは攻撃の手を後日のために控えただけで、わたしたちが疲れ始めたり、内的成功を確信して最初の喜びに気をゆるめたりすると、またすぐ攻撃してきます。そんなとき、いつも悪は失地を挽回しようとやっきになり、しかもそれが実にしばしば成功するのです。 (つづく)
2026.10.11
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10月11日(日)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(90)参考:矢内原忠雄氏元東大総長創世記第12章1節~2節主はアブラハムに言いました、「あなたは国を出て、血族に別れ、父の家を離れ、私が示す地に行きなさい。私はあなたを偉大な国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしましょう」。信仰の旅立ち 住みなれた環境から出て未知の新しい生涯に進もうとする時、主の召しをはっきりと聞いたのでなければ、どうして過去を振り切る決断が出来ましょうか。信仰によるのでなければ、どうして前途の不安の中に足を踏み入れることが出来ましょうか。恩恵として受けるべき約束の地に出て行きなさいとの神の命令に従い、その行く所をすべて神の導きに信じゆだねてハランを出たアブラハムは、キリストを信じる信仰生涯に入る人の永遠の型です。 ・・・ 主の召しを受けて信仰を心に宿した人は、偶像に仕える親と社会に別れを告げる時が必ず来ます。その時は、主の命令に従って、この世の声に聞き従うべきではありません。信仰によって行く所を知らないで出て行くべきであり、この世的な思いわずらいと不安によって心をみだされてはいけません。最大の権威は主の命令です。最大の智恵と勇気と平安と希望は信仰にあるのです。恐れることを止めて、ハランを出るべきです。それがあなたの生きる道であり、また結局あなたの父とあなたの国民を救う道となるのです。
2026.10.11
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10月10日(土)駒田善治朗歌集「天遊」(87)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(8)初夏(2)青桐の葉陰ゆたけき風流る緑のゴーギャンタヒチへの道麦の穂のさやげる風のあな涼し黒き穂を抜き麦笛吹かむ竹林に人あるごとく気は流れ竹の子はやも皮脱ぎはじむ祈るなきわが身怖るる夕まぐれ雉鳩つがひ粛粛と鳴く (つづく)
2026.10.10
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10月10日(土)鷲巣錦司歌集「綿の城」(25)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(25)街路樹(1)昨夜よべ酔ひてサラリーマンがもたれゐし青桐の樹に朝の日当たるプラタナスに降る春の雨光りつつ瘤をつたひて瘤にしたたる昼休みケヤキ若葉の下をゆくオフィスの乙女鮎のごとしも空襲の暗き記憶を持つならむ庁舎の前の大き欅木 (つづく)
2026.10.10
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10月10日(土)第27回NHK全国俳句大会(12)(令和8年3月29日NHKホール)和田華凛選自由題一席万緑の中に緑の勢力図 東京 宮 尚自由題二席理由なく檸檬買ふ日のありにけり 北海道 北山てるみ題詠:口小春日や親子口開け離乳食 群馬 田村フミ江 (つづく)
2026.10.10
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10月10日(土) 昭和萬葉集(巻十四)(516)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅵ(79) くさぐさの歌(79)わが思い(2) 三国玲子 ボーボワールの声鋭けれわれは生きてつひに日本をいづる日なけむ村上一郎しらじらと風立ち秋に入る日なり前衛といふをわれは信ぜず組織みな消えゆけ額ぬかにきらめきてひとつ真近に立てる虹の根 (つづく)
2026.10.10
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10月10日(土) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(236) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 四月三日(1)箴言第16章三十三節「怒りを遅くする人は勇士ににまさります。自分の心を治める治める人は城を攻め取る者にまさります。」わたしたちは、単純に自分の感情や気分のままに従ってはなりません。感情や気分は、わたしたちが別の手をかさなくても、自然と存在しわたしたちの生活全体に影響を及ぼします。しかし、それはちょうど天候と同じようです。これを変えることはできなくても、抵抗することは出来るでしょう。そうして、性格はしだいに堅固さをまします。ついに感情はただ副次的なものとなります。それは、生活の単調さを破る変化として役立つのみのものとなります。例えば季節や天候の変化のように、または昼と夜の交替と同じようになります。(よりつづく)四月三日(2) とくに子供は、幼い時から感情に負けないで、むしろそれを支配するように、厳しくしつけられなければならないでしょう。子供の気分にわずかでも譲ってはならないでしょう。それを重大にとってもならないでしょう。そうでないと、今日やたらに見受けられますように、役に立たない、不幸な人間ができあがるのです。(つづく)
2026.10.10
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10月10日(土)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(89)参考:矢内原忠雄氏元東大総長黙示録第20章12節死んでいた人が、子供から大人まで神の前に立っているのを見ました。種々の書物が開かれ、さらに生命の書が開かれました。死人はその行いによって、これらの書物に従って審かれました。第二の復活 世界には主の名を知らず、キリストの名を知らずにこの世を終わった人々が 非常に多くいます。彼らがそのような時代、あるいはそのような国に生まれて死んだのは、彼ら自身の責任ではもちろんなく、神の経綸(けいりん)によったのです。しかも彼らの中には、良心の律法に従って真実を愛した人が少なくありません。 ・・・ そうして有徳の異邦人、心に偽りのない人、又はもし生前キリストの教えに接したならばこれを信じたであろうごとき人は、たとえ異教徒として世を去ったとしても、神の恩恵によって子羊の生命の書にその名を記されているでしょう。神は行為と生命と両方の書を参照して、彼らが都の真珠の門を通り、都の光の中を歩み、各自の栄光をたずさえ来て、神を礼拝することを許されるでしょう。その際、彼らが生前キリストを知らなかったというキズは、都に生える生命の木の葉によって容易に医やされるのでしょう(黙示録第22章2節)。 こうして私たちは、ホーマーもプラトンもブッダも孔子(こうし)も、法然(ほうねん)も日蓮も、すべて生命の木の葉によって医やされた清き姿を、神の都の純金の大路の上に見い出す望みがあり、・・・ 見出す喜びをもつでしょう。
2026.10.10
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10月9日(金)駒田善治朗歌集「天遊」(86)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(7)初夏(1)せせらぎに立ちて水飲む明烏人間に似て我を見過ごすわが眼見つつ餌をこふ雉鳩は人よりやさしき佇まひ見す敵味方いづれに見ゆる我ならむ間合ひを取りて啄む雉鳩葉にふさふ白き大輪泰山木古代の聖賢忘るな大国 (つづく)
2026.10.09
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10月9日(金)鷲巣錦司歌集「綿の城」(24)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(24)バルセロナの空(1)キリストを面長に描くグレコの絵地上をはるかに見下ろせる顔ゴヤを見るこころ次第に顫ふるへきて鎖ささるるごとし黒き絵の部屋止まりたる時間の中の街の景旧きトレンドに秋陽ただ射す積み上げて天に至らむ天才の狂気を見たりバロセロナの空生くるものとして創りしかガウディの建造物は精気を発すモンセラの黒きマリアををろがみぬ弥勒菩薩に似たるその面 (つづく)
2026.10.09
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10月9日(金)第27回NHK全国俳句大会(11)(令和8年3月29日NHKホール)堀田季何選自由題一席羽抜鶏山頭火かく歩みしか 大阪 大島幸男自由題二席俊寛の声とも島の虎落笛 福岡 高橋千恵題詠:口人類は口から亡ぶジギタリス 島根 下村やす子 (つづく)
2026.10.09
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10月9日(金) 昭和萬葉集(巻十四)(507)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(78) くさぐさの歌(78)わが思い(1) 村井幽果 大空に浮びて消ゆる白雲のゆくへも知らぬいのちとぞ思ふ木村真康萩の花こぼれ散る日も数えては無限に続く悔重ねつつ相良義重爆撃の下に傷つき死なざりし運の強さも生かし得ざりき菅野昭彦加納小郭家歌集の背文字陽に灼けて死ののちに残るものなべてかなしき (つづく)
2026.10.09
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10月9日(金) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(235) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 四月二日(2)しかし、それと同時に、すでに健やかな回帰がはじまります。あらゆる善に対するこのような不敵な挑戦に一時は茫然自失した一般大衆も、結局はそのような企図を欲しなくなります。こうなると、悪の方でも、しばらくは仮面を再びかぶるわけにはいきません。そこで仮面は一時はげ落ちて、人びとは悪のありのままの醜悪さをすっかり目の前に見ることができます。わたしたちは今そのような時代に生きているのです。なにかの哲学や倫理でキリスト教の代用をさせようとするすべての試みがしょせん失敗だとわかったら、そののちにキリスト教はふたたび本当の覚醒に向って進むことになるでしょう。(よりつづく)四月三日(1)箴言第16章三十三節「怒りを遅くする人は勇士ににまさります。自分の心を治める治める人は城を攻め取る者にまさります。」わたしたちは、単純に自分の感情や気分のままに従ってはなりません。感情や気分は、わたしたちが別の手をかさなくても、自然と存在しわたしたちの生活全体に影響を及ぼします。しかし、それはちょうど天候と同じようです。これを変えることはできなくても、抵抗することは出来るでしょう。そうして、性格はしだいに堅固さをまします。ついに感情はただ副次的なものとなります。それは、生活の単調さを破る変化として役立つのみのものとなります。例えば季節や天候の変化のように、または昼と夜の交替と同じようになります。(つづく)
2026.10.09
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10月9日(金)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(88)参考:矢内原忠雄氏元東大総長マタイ伝第9章35節~37節イエスは多くの町や村を巡り、その会堂で教え、福音を伝え、人々のあらゆる病い、あらゆる苦しみを医しました。しかし群衆が飼う人のいないヒツジのように迷い出て、弱り果てているのを見て、深いあわれみを感じ、弟子たちに言いました。「見なさい、収穫は多いのに、働き人が少ないのです。収穫の主に願って働き人を使わしてもらいなさい」。 ふん起の秋 見なさい、田は色づき、収穫を待っています。収穫物は多く、働き人は少ないです。救いを望む人々の心はかわき、福音の語られることを待っているのです。今やキリスト者は自分の殻(から)を出て、世に使わされた福音の使徒としてふん起すべき秋です。 聞きなさい、群衆はざわめき、指導者を待っています。唯物論者は情熱に燃えて町々に叫びますが、彼らは真理を知らないのです。この時に当たってキリスト者は自分の救いの満足にとどまって世の成り行きをただながめるのでなく、起きて世にむかい、確信の声を揚げるべきです。自己満足は罪です。傍観もまた罪です。善きサマリア人のたとえ話を知る人は、社会の混乱によって良民の苦しめられる事を見過ごすことは出来ません。今や世に使わされた真理の戦士として、キリスト者のふん起すべき秋は来ているのです。
2026.10.09
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10月8日(木)駒田善治朗歌集「天遊」(85)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(6)また見むさくら(2)花散らふ遠つ淡海の花川に流るるものは花のみならず今年また我は留まり桜散るされどさらさらゆかぬ心ね人よりも花に約して帰りゆくさくらさくらまた見むさくら月面に散りゆく桜おもはせて夜の桜の青く澄みたり (つづく)
2026.10.08
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10月8日(木)鷲巣錦司歌集「綿の城」(23)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(23)帆船(2)掌を合はす黄金きんの女神を先立てて帆船一路大洋に出づ覚え切れぬ家事を留守居の我に言ひ妻あたふたと出でて行きたり板書して振り向きしとき教室にだあれもゐない夢より醒めぬオリオンは夜毎に高く昇り来てわが精神の空洞を占む (つづく)
2026.10.08
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10月8日(木)第27回NHK全国俳句大会(10)(令和8年3月29日NHKホール)星野高士選自由題一席ゆつくりと夜をまはしてゐる金魚 福島 可 笑 式 自由題二席秘すること誰にもありぬ虎落笛 埼玉 菊地 英題詠:口シーサーの口の奥まで大西日 愛知 花輪朋子 (つづく)
2026.10.08
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10月8日(木)昭和萬葉集(巻十四)(512)和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(72)くさぐさの歌(72)同人誌のたかまり(3)田村二葉あぢさゐに轟然くわうぜんと雨降りし後はにかみに似て雫かがやふ新井伸一氷塊のなかなる息と交わりてのこぎり蒼し夏のひかりに中島幹恵去りゆくは何の候鳥 わが胸にはばたかざりし風かざ切羽きりのこる安森敏隆校庭に俯きかげんにシェーをする花とわれらとわだつみの像佐竹弥生木霊こだまもつひとりに逢いぬ溶けあいて月明の谷よごすかなしみ (つづく)
2026.10.08
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10月8日(木) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(234) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 四月二日(1)いつもできるだけある種の暗がりに身を置きます。そして、美徳の仮面をさえかぶろうとするのが、悪の政策です。享楽欲を、けちでありたくないからだといいます。憎しみや妬みを、真理を愛するからだと言います。野心を、神のみ心へ任せきっているからだと弁解します。ただ、時おり、大胆不敵な哲学者や現実主義の政治家が現れて、彼らの本当の悪の素顔を見せて、「一切の価値の転換」(ニーチェ)を企てます(よりつづく)四月二日(2)しかし、それと同時に、すでに健やかな回帰がはじまります。あらゆる善に対するこのような不敵な挑戦に一時は茫然自失した一般大衆も、結局はそのような企図を欲しなくなります。こうなると、悪の方でも、しばらくは仮面を再びかぶるわけにはいきません。そこで仮面は一時はげ落ちて、人びとは悪のありのままの醜悪さをすっかり目の前に見ることができます。わたしたちは今そのような時代に生きているのです。なにかの哲学や倫理でキリスト教の代用をさせようとするすべての試みがしょせん失敗だとわかったら、そののちにキリスト教はふたたび本当の覚醒に向って進むことになるでしょう。(つづく)
2026.10.08
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10月8日(木)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(87)参考:矢内原忠雄氏元東大総長第一列王記 第19章14節、18節「万軍の主、神よ、私のあなたに対する熱心のゆえにイスラエル人は私を殺そうとしています。彼らはあなたの契約を捨て、あなたの聖所をこわし、あなたの預言者を 殺し、ただ私だけが残りました」。主はエリヤに言いました、「・・・ 私はイスラエルの中に、バアルにひざを屈めず、彼に口づけしない七千人を残しています」。 七千人の残り者 真にキリストを信じる人は常に少数であります。それは多数であることは出来ないし、また多数の必要もないと思いますが、しかしバアルにひざを屈しない者七千人が残されているという事が、私たちの希望のつながるところであります。 この七千人は団結の力でもって一つの政党あるいは団体を作るという事ではありません。七千人の各々がただ一人で十字架の上に死ぬのです。真理のため、正義のため、平和のために節操(せっそう)を屈せずして、一人づつが十字架の上に死ぬ、そういう人が七千人残されているという事であります。 ・・・ 有り難いことには内村鑑三の時以来今日まで、こうした人々が絶えず、とぎれる事なく今日まで至っている事です。そして今後もあなたたち自身が次から次へとキリストの十字架の御旗(みはた)を掲げて、この真理の戦いを受けついで行って下さるだろうと私は信じ、また期待しているのです。
2026.10.08
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後藤瑞義入選歌・入選句(よみうり文芸)虫のねと思えば何も苦にならぬ秋の夜長の耳鳴りの音 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十月七日 入選 秋山佐和子 選) 海底のあまたの霊や星月夜 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十月七日 入選 西村麒麟 選)
2026.10.07
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10月7日(水)駒田善治朗歌集「天遊」(84)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(5)また見むさくら(1)ほつほつと咲ける桜の愛めごい子はくるくる目白そぞろ歩まむ老い重ね静けくなれる鬱金桜今年花見ず桜堤に花のなき男憐れむ姥桜繁しじに花びら青き萼に失ひし時は究めず眺むべし花なき萼に映るおもかげ (つづく)
2026.10.07
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10月7日(水)鷲巣錦司歌集「綿の城」(22)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(22)帆船(1)帆をあぐる若き掛け声湾頭にひびきて高し秋のマストはメインマストに張られたる帆ははや風をはらみて空へ発つごとく鳴る甲板に並びて歌ふ練習生女生徒もゐて大き口開く富士を背にセイルドリルを終りたる日本丸の姿まぶしむ (つづく)
2026.10.07
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10月7日(水)第27回NHK全国俳句大会(9)(令和8年3月29日NHKホール)西村和子選自由題一席ぎしぎしや長子泣くなと育てられ 千葉 中村かよ 自由題二席長生きを嘆く友より初電話 広島 坂本たか子題詠:口寂しさは口には出さずしゃぼん玉 東京 橋本信子(つづく)
2026.10.07
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10月7日(水) 昭和萬葉集(巻十四)(511)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(76) くさぐさの歌(76) 同人誌のたかまり(2) 須永朝彦火刑より磔刑たくけいよりもたへがたし少女の眼もて凝視うくるは中村暁子波よせて崩されてゆくつかのまの愉悦に孤りの砂の城もつ初田 博蟻地獄飼える少年ひそやかにその早熟を少女にわかつ増谷龍三クレー画集の見えざる杳くらき世界より口歪め来る硬骨魚類 (つづく)
2026.10.07
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10月7日(水) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(233) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 四月一日(2)深き底より今や近づく、うみの大波とむざんな死が。まことにおまえは地獄の門の前にきた。古き人は断末魔の苦しみにあり、生れたばかりの新しき人はなお苦しげに吐息といきする。 わたしの道は不思議な国へすすんだ、いや果のかなたの恐しいところへ。闇に包まれ、いいがたい思いに沈んで、われらは深淵のふちをたどった。 審さばきが下された、私の知るのはそれだけ。この道が気も狂うばかりのほとりを過ぎるからだ。この世はすでに遠くわが背後に、私はいま月桂冠でなく、痛いた矢やを受けた。 胸の呻きのみが私の救いです。救い主よ、あなたに私をお任せします。戦いはあなたのもの、栄光もまたそうです。私を死なせ、あなたの命いのちによみがえらせて下さい。(よりつづく)四月二日(1)いつもできるだけある種の暗がりに身を置きます。そして、美徳の仮面をさえかぶろうとするのが、悪の政策です。享楽欲を、けちでありたくないからだといいます。憎しみや妬みを、真理を愛するからだと言います。野心を、神のみ心へ任せきっているからだと弁解します。ただ、時おり、大胆不敵な哲学者や現実主義の政治家が現れて、彼らの本当の悪の素顔を見せて、「一切の価値の転換」(ニーチェ)を企てます。(つづく)
2026.10.07
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10月7日(水)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(86)参考:矢内原忠雄氏元東大総長詩篇第119章15節~16節私はあなたの法則をたずね、あなたの道を思います。私はあなたの定めを喜び、あなたの言葉をかてとします。 読書 真理探究の精神に直接触れるためには、古典を読むべきです。長い年代を経、その間歴史の変遷(へんせん)と学説の進歩があったにもかかわらず、なお生命を持続している偉大な書物は、個々の事柄についての知識としてよりも、むしろ真理探究の精神そのもののゆえに価値をもっています。こうした古典を繰り返して読むことは、私たちの学問のいかに楽しいか、また同時にいかに困難であるかを知らせ、真理の前に立つ人に謙そんと勇気を示します。古典を机の上にひもとく時、私たちはユングフラウの高峰を前にして立ったアルピニストのごとくです。この厳粛(げんしゅく)な快感において、読書の益はきわまるのです。 そこにならぶユングフラウ、マッターホルンの峰々。聖書あり、プラトンあり、アウグスチヌスあり、私たちは書斎(しょさい)のたなにならぶ古今東西の古典をながめて、この世の俗事を忘れて真理の国に遊びます。古典によって霊感された真理探究の精神を私たち自身に振るい起こして、困難な学問の研究に従事し、無知の事実を知識の領域に引き出し、それによって人間の完成、人類の幸福、世界の平和に貢献(こうけん)するのです。これが学問と教養に従う読書人の理想でなければなりません。
2026.10.07
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10月6日(火)駒田善治朗歌集「天遊」(83)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(4)春近し(2)流れゆく水に研がるる川砂利の中に立つ岩に鳥の佇む冬萌の桜並木の山の背に藪椿の花あかあかと咲く咲き終へし水仙の葉長長と残生のごと見る人もなく誰たそ彼かれに花顔の椿ふうはりとわが身に傾ぎ消えてゆきたり (つつく)
2026.10.06
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10月6日(火)鷲巣錦司歌集「綿の城」(21)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(21)三舟展(2)――勝海舟・高橋泥舟・山岡鉄舟晩年の鉄舟の筆遊ぶがにやさしく勁つよく円く流るる狭庭辺に洗濯物を干し満たし妻は仰げり白しら南風はへの空自転車にうつくしく乗る女生徒の少なくなりぬコスモスの道秋の日の城阯のほとり草笛を吹く老人の四、五人の見ゆ (つづく)
2026.10.06
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10月6日(火)第27回NHK全国俳句大会(8)(令和8年3月29日NHKホール)夏井いつき選自由題一席水掛けて裸祭を蒸しあげる 奈良 竹繩誠之自由題二席馬を喰ひ鮫を喰ふなり稲つるび 宮城 末永真唯題詠:口仮の名を山口さんと月の下 埼玉 吉野利美子(つづく)
2026.10.06
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10月6日(火)昭和萬葉集(巻十四)(510)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅵ(75)くさぐさの歌(75)同人誌のたかまり(1)松坂 弘 戦地よりついにもどらぬ兄ありてその娶めとらざる夭わかきうしろ背岡 貴子つかのまにわれ胎児なり 潮ざいの脈うつなすをいつくしむとき河野裕子たとへば君 ガザッと落葉すくふやうにわたしをさらつて行ってはくれぬか永田和宏蔓つる巻きし痕あとなまなまと幹を彫り 彫りて欲るべき愛の形象かたちよ (つづく)
2026.10.06
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10月6日(火) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(232) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 四月一日(1)偉大な思想は、大きな苦しみによって耕された心の土壌のなかからのみ成長します。そのような苦労を知らない心には、浅薄さと凡庸さが残ります。いくら竹馬に乗って背伸びをしたとて無駄です。例えばその竹馬が宗教的な、科学的な、それとも哲学的な性質のものであっても、あるいは人間的な特性であろうともです。 しかし、人は余儀なくされるのでなければ、だれがこの実り豊かですが同時に恐ろしい道にみずから進んで踏み入れる勇気を持つでしょうか。また、神の導きがなければ、だれが、時には毛筋ほどにも狭い、深淵のふちの小道を通りぬけることが出来るでしょうか。(よりつづく)四月一日(2)深き底より今や近づく、うみの大波とむざんな死が。まことにおまえは地獄の門の前にきた。古き人は断末魔の苦しみにあり、生れたばかりの新しき人はなお苦しげに吐息といきする。 わたしの道は不思議な国へすすんだ、いや果のかなたの恐しいところへ。闇に包まれ、いいがたい思いに沈んで、われらは深淵のふちをたどった。 審さばきが下された、私の知るのはそれだけ。この道が気も狂うばかりのほとりを過ぎるからだ。この世はすでに遠くわが背後に、私はいま月桂冠でなく、痛いた矢やを受けた。 胸の呻きのみが私の救いです。救い主よ、あなたに私をお任せします。戦いはあなたのもの、栄光もまたそうです。私を死なせ、あなたの命いのちによみがえらせて下さい。 (つづく)
2026.10.06
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10月6日(火)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(85)参考:矢内原忠雄氏元東大総長第一コリント人への手紙第2章10節~12節神は霊によって私たちに啓示します。神の霊はすべてを究め、神の深みまでも明らかにします。いったい人間の思いは人間の内なる霊以外だれが知っていましょうか。同様に神の事は神の霊以外知るものはありません。そして私たちはこの世の霊でなく、神の霊を受けました。それによって私たちは神から与えられた恩恵を知るのです。人格観念 「人格」(パーソナリティー)は「品性」(キャラクター)と異なり人が人として有つ存在の意義です。言いかえれば他の生物と区別する存在として人間がもつ固有の価値が人格です。すなわち人格は訓練されるべき品性でなく、認識すべき存在です。 人格観念は個性を基礎とし、道徳的責任の根拠であり、また学問的精神の前提です。
2026.10.06
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10月5日(月)駒田善治朗歌集「天遊」(82)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(3)春近し(1)花びらを散らすことなき花椿ひとひらふたひら山茶花のはなゆさゆさと古葉吹き出す楠老樹佇む我に巣くふか病魔風に鳴る楠の若葉よ汝が下に憩へるわれの邪気を祓へよ水飲むや身に水道みづみちのよみがへり累卵ひとつ流れ出でたり (つづく)
2026.10.05
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10月5日(月)鷲巣錦司歌集「綿の城」(20)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(20)三舟展――勝海舟・高橋泥舟・山岡鉄舟(1)剣と禅に鍛へ抜きたる三舟の筆跡に見る時代のこころ筆に引くサインコサインのノートあり勝海舟が勉学の跡三十四歳二君に仕へずと隠れたる泥舟の筆 槍の気合に鉄舟の「龍虎」の文字掛軸を破らんばかり気韻生動す (つづく)
2026.10.05
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10月5日(月)第27回NHK全国俳句大会(7)(令和8年3月29日NHKホール)高野ムツオ選自由題一席ねぶた来る空も地べたも踊り出す 埼玉 坂崎守寿自由題二席孫ほどの英霊が祖父星流る 千葉 浪岡 玄題詠:口大口の真神の息や月氷る 埼玉 清正風葉 (つづく)
2026.10.05
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10月5日(月) 昭和萬葉集(巻十四)(511)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅵ(74) くさぐさの歌(74)わが心象(11) 大野 静 裸形の冬樹亭亭と空を指しキリストは独り十字架に懸る古テレビあちらこちらにガタが来て映像うすき人生となる朝尾充子木々ごとの葉替えの季ときも知りそめつ住みて楽しと言うには遠く村木道彦わがまえに立つ すなわち赤いブラウスのそれでいてあなた はずかしがりや (つづく)
2026.10.05
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10月5日(月) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(231) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 三月三十一日 人はただ誠実であるだけでなく、愛すべきところがなければならないでしょう。ただ、こういう性質はごくまじめな人にあっては、往々おそくなってようやく現れたり、あるいは全く現れずにすむこともあります。 ですから、世間では、誠実ではなくとも愛すべき人の方が、偉大な徳のお手本のような人物よりも、かえってひとに好かれることが多いものなのです。(よりつづく)四月一日(1)偉大な思想は、大きな苦しみによって耕された心の土壌のなかからのみ成長します。そのような苦労を知らない心には、浅薄さと凡庸さが残ります。いくら竹馬に乗って背伸びをしたとて無駄です。例えばその竹馬が宗教的な、科学的な、それとも哲学的な性質のものであっても、あるいは人間的な特性であろうともです。 しかし、人は余儀なくされるのでなければ、だれがこの実り豊かですが同時に恐ろしい道にみずから進んで踏み入れる勇気を持つでしょうか。また、神の導きがなければ、だれが、時には毛筋ほどにも狭い、深淵のふちの小道を通りぬけることが出来るでしょうか。(つづく)
2026.10.05
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10月5日(月)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(84)参考:矢内原忠雄氏元東大総長使徒行伝第14章22節私たちは神の国に入るために多くの苦しみを経なければなりません。苦しみを経た信仰 私たちはいかなる病気を神から与えられるかも知れません。あるいは思いがけなく、それが神経中枢の病気でないとだれが言い得ましょうか。もし神が一指を私の脳中枢に触れれば、私たちはたちまち意思のコントロールを喪失して恥ずかしい内心の状態はそのまま外に現れるでしょう。その事を想像するだけでも、私たちは不面目、赤面、羞恥(しゅうち)の感に耐えません。しかしながらキリストを信じるによって与えられる新たな生命は、永久に私たちのものでしょう。 ゆえに私たちは平生の生活を慎まなければなりません。そしてそれにも増して私たちの骨に徹するまでにイエス・キリストの救いを信じて居なければなりません。 ・・・ 人はだれでも自分の過去を問われたならば、人前に顔が出せません。いや、自分の現在の心の状態をそのままさらけ出されても、大きな顔が出来るものではありません。だから神を畏れ、十字架を固く信じ、そして人を審いてはいけません。十字架の信仰を体験するためには、頭の割れる程の苦しみをも経なければなりません。しかしその救いがわかった時、恥も外聞もなく、感謝しつつ神に向かって生きて行くのです。
2026.10.05
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10月4日(日)駒田善治朗歌集「天遊」(81)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(2)初光(2)変若をち返る身にはあらねど新玉の年を迎へて心あらたむ鱓ごまめ噛む慮外な歯応へ入歯いま乳歯ならむか芯まで砕く紅梅のかすかににほふ参道を人は連れ立ち言霊さきあふざわざわと風に揺れつつ風逃がす鎮守の杜のもののけの道 (つづく)
2026.10.04
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10月4日(日)鷲巣錦司歌集「綿の城」(19)発行所:柊書房著書:鷲巣錦司発行:平成十九年八月十五日初めて静岡県歌人協会の総会に出席しました。大広間で昼食をたべていました。そのとき、微笑みながら隣に座り、「どちらからいらっしゃったのですか」と聞かれました。「下田です。」と答えると、「伊豆ですか、昔熱川中学校で教えたことがあります。」と言われ急に話が弾みました。なつかしい思い出です。(静岡市在住)Ⅰ職退く(19)与ひやう(2)たばさみし体温計の落つるとふ特選の歌辞世となりぬ (渡辺義雄さん)紫雲英草たんぽぽつめくさ咲きたけて休耕田は浄土のごとしをちこちの落ち水の音確かなり早苗根づきて朝のしづけさ少年の青さ鋭さしなやかさ伸びし稲葉に朝風わたる (つづく)
2026.10.04
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10月4日(日)第27回NHK全国俳句大会(6)(令和8年3月29日NHKホール)阪西敦子選自由題一席芹ぬきし砂のひとすぢ流れけり 広島 坂本たか子自由題二席開演や日傘の熱をあしもとに 愛媛 小野更紗題詠:口つり銭口に雨残りたる若葉かな 北海道 北藤詩旦 (つづく)
2026.10.04
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10月4日(日) 昭和萬葉集(巻十四)(502)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(73) くさぐさの歌(73)わが心象(10) 雲出雪枝 井戸底に電燈つきぬはるばると死界はゆれて花咲くらしも犬飼志げの緋の糸を歯にて噛み切るかたはらに身の透けるまで蚕は睡る総身のしづくを月にはじきつつ瀑布よりまつすぐ若者きたる死者の許にとどきゐるべし抽ひき出だしにかのゆきの日の封書なかりき (つづく)
2026.10.04
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10月4日(日) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(230) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日) 三月三十日 わたしたちも、巨人クリストフォルスのように、この地上の最も偉大な主人にだけ仕えようと固く決心しなければならない。しかし現代では、そのような主人とは、物質的進歩と享楽とでしょうか、科学でしょうか、芸術でしょうか、祖国とその代表者(国民あるいは君主)でしょうか、人道でしょうか、教会でしょうか、それとも神とキリストでしょうか。 これについては、あなた自らが決定し、そのうえで正しく精神を尽くしてそれに仕えなさい。(よりつづく)三月三十一日人はただ誠実であるだけでなく、愛すべきところがなければならないでしょう。ただ、こういう性質はごくまじめな人にあっては、往々おそくなってようやく現れたり、あるいは全く現れずにすむこともあります。 ですから、世間では、誠実ではなくとも愛すべき人の方が、偉大な徳のお手本のような人物よりも、かえってひとに好かれることが多いものなのです。(つづく)
2026.10.04
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10月4日(日)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(83)参考:矢内原忠雄氏元東大総長雅歌第2章7節エルサレムの娘たちよ、私はシカとアイベックスをさして、あなたたちにお願いします。愛の自ずから起こる時まで、ことさらに呼び掛けることも、目覚めさせることもしないでください。 愛は自然に 愛は説得や勧告や話し合いによって起こるものではなく、風が好むところに吹くように、霊的直観として心に宿るものであり、生きている泉のように心にわき出るものです。理屈や議論は愛を起こさず、かえって愛をゆがめ、不純にして、殺してしまいます。「直き心」をもって愛する愛は、霊による新生であり、勧告や挑発によって起こるものではありません。 愛は霊感ですから自由です。それゆえにシュラミの女性は「シカとアイベックス」をさして誓ったのです。これはくびきを知らない野の動物であって、自由軽快に山々を駆けめぐります。愛の本質はそのように自由で、素直で、自然で、理屈によらない霊感です。説明や説得によって愛を与えようとするほど、野暮(やぼ)なことはありません。 愛は信仰による霊的新生の生命です。姿や贈り物やその他の外的物件によって生まれたり増減したりするものでなく、信仰によって生まれかつ成長するものです。
2026.10.04
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10月3日(土)駒田善治朗歌集「天遊」(80)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店 静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。(浜松市在住)平成二十三年~二十五年(1)初光(1)日を仰ぎ出づる言葉はおのづから祈りとなりて新年言祝ぐ雲上の空を照らせる初光あまねく照らせ地球の万物人界を抜け出で輝く富士の峰被ける雪に身浄めつつ日が昇り残月入りゆく金八崖落ちゆく心とめねばならぬ (つづく)
2026.10.03
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