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9巻 10巻を読む、いろんな意味で面白い、漂流談も、また面白い、ギャクも、書いた当時で 古いので、いまでも褪せていない、少し、昔風がいいのかな?最新を狙うと、あせるばかりか?アマゾンでの、風雲児たちの書評も読む、いろんな人たちがいるなと思う。これもまたよし
2004年09月30日
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建築史の観点から いろんなものを積めこんだところはおもしろいのですが、それが散漫な印象を与えているのは惜しい気がします、安易に武功夜話を使い、孫引きしかやっていないと思われたのは著者の真意とはちがう部分もあるのにとは思いますが。本願寺の成立から 大坂城のドラマ、神になりたかった話というので 焦点を絞ったほうがよかったかも。
2004年09月29日
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極左と 極右が似ていると いっても、結局のところ、なんとか えらい人を倒して、自分たちが いい暮らしをしたいということがポイントだよ、なら 最初から 政治を目指せば良かったんだ、そのまま軍の学校にいれば良かったんじゃない?確かにそうだったね。家もいいとこだしね。榎木孝明みたいな美男子だから 女もよってくるさ 新しい女がくれば、前の女は邪魔になる、何 主義とは違うじゃないか?それりゃそうさ 下半身から下には人格はないのだよ。子供が生まれれば 金も必要、腹が空けば 飯も食いたい、どんなところからでも金は貰うよ、この本の著者だって、革命のためなら どんなことをしてもということで、とある右翼の親玉の雑誌でライターしていたじゃないか?俺を殺したのは?最近はとある軍閥の親分の黒幕で おれがその政敵の犬で 彼らの政争に巻き込まれて殺されたという説が出てくるらしいね、さーあどうなんだろうね。
2004年09月28日
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戦国時代の見方を、騎馬に載った大名の視点ではなく、農民という視点からではなく、その間のざまざまな雑兵たちの視点で眺めてみようという考え方によっては いろんな読み方のできる本です。(ただ、雑兵をごろつきとみるか、一般庶民として考えるかで、読み方はずいぶん変る本です)。たとえば、古代史はどうだろうか?源平時代は? 南北朝時代は?明治維新は?ある意味 高度成長期は?流民の視点で見直してみるべきではないかという視点も でてくるのではないかと思うし、武士の成り立ちもさかのぼって見なおしを迫ることができると思います。また戦国時代の有名な人物 たとえば 上杉謙信(果たして 正義と神頼みだけだったのか?) 豊臣秀吉(朝鮮出兵や 大坂の陣にはどんな意味があるか?) 山田長政(海外に売られていったのか?) 石川五右衛門(戦国時代には無数の同類がいたのではないか?)など 倭寇、鎖国、切支丹についても 従来の見方の見直しをせまる書です。とかく 英雄史観の反対は、民衆史観ですが、その中間にある雑兵史観という見方はもっと普及してもいいと思いますし、英雄というのも、それ自体で 時代精神の表れであるので、評価されてしかるべきですが、英雄も 人間の一人、時代をたまたま勝ち残った1人として捕らえるべきではないかと この本を読むたびに思い出します。
2004年09月27日
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関が原での、島津一族の動きに、フォーカスを絞り、書かれた長編小説、司馬関が原からの剽窃(パクリとは違うと思うぞ)問題がらみとやらで 現在 絶版中関が原の場面に焦点を絞り、戦国プラトーンさながらの映画が、この本をもとに日本映画全盛期の頃なら、すぐにできただろうた思うが、いかがだろうか?たしか 作者も元脚本家さんで おまけに軍隊上がりかな?ただ、改めて、再読して感じるのは、これって 当時は小泉政権支持で、時代に向かおうとしていた(在る意味 時代と寝ようとしていた)作者の心境が見えるような気が、この小説から感じるんですが、いかがでしょうか?だから剽窃なんて たいしたことではないと感じたんでしょうか?そういう思いで この小説を読むと、なんだか 複雑な気がします。この本なり、作者が もし生き残れるとすれば そのへんがどう問われるかではないかと思いますが いかがでしょうか?
2004年09月26日
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斎藤道三の物語を 八切止夫が、司馬遼太郎の国取り物語とはちがう角度から 取り上げたもの、小説版も別にあるが、これは ある意味セッセイのような形になっている。斎藤道三の時代は、従来は見逃されがちだった 後南朝や応仁の乱後の時代と重なり、道三もあくまでも時代の子であったという観点から、彼が悪党であるよりも、善人であり、彼が 日蓮宗の寺で修行していた点に注目して、著者は注目して、道三の国取りは実は世直しでなかったかという定義をこの本の中ではおこなっている。これだけでは、たしかに一種のトンデモ扱いだが、伊勢長島の一向一揆も、中心になったのは、織田家に組するのをよしとしない、寺侍が中心になり、旗頭に本願寺が座ったものと解釈する向きがある、叡山や幕府に抵抗した天文法華の乱というのも日蓮宗にはあったという点を、考えれば この見方については、さらに掘り下げておくべき価値があると 私は思う。そして、信長の美濃攻めに、協力してきた 竹中、蜂須賀らの豪族も、元は 道三派であったという点に注目すべきだと思うが、さていかがだろうか?
2004年09月25日
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