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長男用に、こんなの購入。紙工作だけど、いや、よくできてる。しかも5歳児でもできるくらい簡単。プラモとかは、取り寄せるの大変だけど、これならお手軽なので、他のシリーズ(動物と昆虫)もそろえてみようかと。(実は親がハマってたりして)と、これは余談。子供らのために、本の出費を増やそうと決めたのだけど、読み聞かせはやっぱりスペイン語のほうが聞いてくれるので、現地(?)で選ぶことにした。で、先日、児童書といっても多分小学校高学年向きくらいの文学全集から「トムソーヤーの冒険」と「アンデルセン童話」を購入。毎晩寝る前にがんばって読んでます。それで改めて見直し始めたのが音読の効果、というもの。「なぞり書き」について、ちょっと前の記事で取り上げたので、今回は音読について思うところを。音読の効果、って言うことでは、賛否両論、聞かされて考えさせられてるけど、自分としては「声だして読んでると時間がかかる」っていうのが一番の理由で、敬遠してた。速読のノウハウ本なんかにも、「学校で音読ばかりさせられていたから、大人になって黙読するようになっても頭で音読していて、速読の域に入れない」といった、「速読の敵は音読」みたいな言い方がされていたので、そういうもんかな、と思ったり。ただ、「子供に聞かせる」ってことで、ちょっと気合入れて、抑揚なんかも工夫して読んでみると、これはなかなか侮れない。まず、やっぱり集中力が違う。毎日4,5ページだけど、すごい疲れるのだ。これが(汗)。3,5歳児にしてはやっぱりむずかしめなので(つーか、3歳児のほうは聞いてません。涙)、読み聞かせながらこちらでコメントを入れたりして、話について行ってるか確認する(「今夜誰が来るんだっけ??←トムがハックと夜抜け出すトコ」とか)。当然、自分が音読しながら話の先を読んでいないといけないので、読みながら頭は別のこと(読んでる所を要約したり、質問を考えたり)を考える。さらに、会話文なんかは、語り手になりきって、声色を変えるんだけど、英語もスペイン語も(日本語もそうかな)、会話文の後に会話の主を特定するので("...," wispered Tomとか)、Tomのつもりで読んでたらIndian JoeだったりBeckyだったりするとまずい。で、音読しながら先を黙読したり、文脈全体を捉えて、誰の発言かを予想したり、なんてこともする。その他に、単語の読みとかも、一瞬で単語を特定して(流れが途切れないように)、正しい発音で読む、というのは、結構なチャレンジ。この辺は、語彙がまだまだ少なかったりすると(自分の場合スペイン語)、知らない単語、言えない単語がはっきり分かって、音読をきっかけに定着する率も結構上がっているのではないか、と思う。まあ、そんなわけで、なんか結構自分のために読んでる気もするけど。「ほんとにこいつら、わかってんのかな~~」と思いながら勝手に読み進めてたら、昨日はIndian Joeが墓地で医者を殺す場面で終わってしまい、長男が「怖いから一緒に寝て~」と言ってきたので、とりあえずは分かってるようで安心。まあ、そう言っても、なぞり書き(又は筆写)とおんなじで、ただ闇雲に読んでても、やっぱり効果はないと思うわけですよ。特に、自分の場合、聞かせる人もいないところで独り音読やってても、ぜんぜん話が頭に入らない、という経験がある。機械的に読んでるだけで、頭は違うこと考えてるんだよね。そういう意味で、スペイン語に関しては、専属聴衆に恵まれているので音読環境には最適なのですが、英語(日本語も)は、「聴衆がいるふり」とか、「ナレーターになりきり」とか、ちょっとした想像力が必要になってくるよう。ポッドキャストで音読するっていうのも、いいかもね(著作権の問題とかあるけど。古典ならいいのかな??)しかし、睡眠不足で夜9時前にはすでに朦朧としてるので、ちょっと気を抜くとすごい棒読みになって頭は寝てたりする。この辺が課題ですな(汗)留学ブログランキングランキングアップにご協力をお願いします。
2007.02.24
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大学講義のポッドキャストを聴く、と言っておきながら、めちゃくちゃ忙しくてiPod持ち歩く時間もないのですが、Soul Eater(前に書いたChronicles of Ancient Darknessの第3話)も終わったことだし、改めて再開。2週間ほど前のレクチャーですが、これは絶対お奨めです。http://webcast.berkeley.edu/course_details.php?seriesid=1906978399↑このページにある、1月31日のレクチャー。クラス(セミナー)は講義というより講演、という感じ、毎回ゲストスピーカーを招いて決まったトピックについて話すのだけど、この回は地域の子供の安全を推進する人がゲスト。話題の中心になったのが、93年にカリフォルニアで起こったPolly Klassという女の子の誘拐・殺害事件だったので、興味を持った。当時、自分はバークレイ一年目だったのだけど、住んでいた寮にもキャンパスにも彼女の捜索ポスターがあちこちに貼られ、大学内にも捜査に加わっていたボランティアがたくさんいた。そんな中で、全国的にも結構話題になって、両親のインタビューとかも頻繁にTV放映されていて、Pollyの名前と顔写真は、寮に住んでいた人の名前がほとんど思い出せない今でもはっきり思い出せる。事件は、数ヵ月後に、Pollyの死体発見、という惨劇で幕を閉じる。容疑者の似顔絵も公開されていたのだけど、捕まった前歴ありのレイプ魔がその似顔絵にそっくりだったのがショックだった。他にも、警察の捜査方法や法制度の落ち度なんかがキャンパスを含めたいろいろな場所で指摘されて、社会的にもかなりインパクトのあった事件だったのを覚えてる。で、今回の講演。ゲストスピーカーのMarc Klass氏。Pollyの実の父親である。事件の経過については、彼がレクチャーの中でかなり詳しく語っているので、そちらを参照。事件そのものが、残酷極まりないのだけど、実の父親の視点から語られると、やっぱりやるせない部分がある。ただ、レクチャーそのものは、「被害者の思い出語り」に終わらず、この事件をきっかけに、子供の誘拐を防ぐため、さまざまな法律を通過させる運動を展開してきたKlass氏の活動に焦点が当てられていて、現在の法制度がどうなっているのか、それらを定着させるために、市民レベルでどんな運動ができるのか、なんてことから、性犯罪者のプロファイルをネットで公開することや、精神異常の犯罪者に死刑を求刑すべきか、といった、結論を出すのが難しいトピックにも触れていて、かなり濃い内容になってる。今の日本でも、こういった事件が増えてきている今、日本の状況と比較しながら聞いても面白いのでは、と思う。と、聞き所はいろいろあると思うけど、自分が一番考えさせられたのは、「ある事件がきっかけで、その人のキャリア、人生が180度変わってしまう」という事実。レクチャーの最後の質疑応答場面で、Klass氏自身がこのことについて述べている。事件の前は、自分の進む道すら分からなかったごく普通の大卒の男性が、悲劇を通してアメリカ社会の変革に加わるほどの力をもつActivistに変わってしまう。もちろん、同じような被害にあった人が全員、彼のような方向を見出すことはありえないのだけど、彼の場合は、「娘の死を決して無駄にしない」という思いが、その後の自分の人生を決定し、実際、成果を見出してる。今、自分のすべきことが何なのか分からない状態にあっても、それを見出す瞬間って言うのは、人生のどんな時点でも、訪れる可能性があるものなんだな、と思った。レクチャーの前に、Facilitatorである教授が言ったように、Klass氏が通ったような経緯でこのような道を見出すことは、あってはならないことなのだけど。Pollyが今生きていたら、23,4歳、講義にでている学生は、それより若い年齢層。そんなところに時代を感じたけど、この長い期間にわたって、絶え間なく他の子供たちの悲劇を防ぐために活動を続けているKlass氏に敬意を表します。...って、今日は感想文??レクチャーについては、結構早口で、特に後半部は法的用語(法律の名前とか、手続きとか)も結構出てくるので、アメリカ、カリフォルニアのこの分野の話題に詳しくないと、ちょっとついていけない部分もあるかも知れないけど、筋ははっきりしてるので、断片でも聞き取れれば趣旨は理解できると思います。聞いてみてわかんないところとかあったら一緒に考えますので、質問してください(^^)留学ブログランキングついでにランキングにもご協力をお願いします。
2007.02.20
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某雑誌で、こんなものが紹介されていました。 なんか、なぞり書きがブームなんですか?「奥の細道」をなぞり書きする、なんて本も、ベストセラーだそうで。コンピューターによるタイプ時代到来で、本来の鉛筆で物を書く、っていう行為が懐かしがられているんだろうか??いまさら、小学校でやらされた書き方の授業の復習、と思うと、どうかとも思うけど,、、 しかしながら、「英文を手書きで写す」っていうのは、英語学習としてはそれなりの効果はあるんじゃないか、と思う。 自分のケースだと、中学、高校時代は、PCなんてないから、もちろん英作文も、授業の予習復習も、手書き。授業ノートに関しては、ノートの左ページに一行空けで教科書の文を丸写し、行間に授業の説明、左ページに訳と単語の意味を書く、というスタイルでやってた。 中には、教科書コピーしてノートに貼り付けて、書き込みをしていた子もいたけど、あれはよくない、と、当時子供心(?)に思ったもの。 やっぱり、自分の手で書かないと、覚えられない。書き写すって行為は、見て、読んで、頭でいいながら書くので、言葉の並びとかは一発で結構覚えられる。 よく、エッセイの添削やアドバイスをする時に、「どうやって自分の間違いを見つけるのか?」って質問を受けるのだけど、自分の場合、文法がどうだ、とかいうより「おかしいとピンと来る」って場合が多い。 で、これはやっぱり、人の正しい文を真似して書いていた期間が長いから、単語の順序が違ったりすると、なんだかヘンな気になるのだと思う。理屈じゃなくて、身体(手)が、「こんな文の並びは書いたことないぞ」って、教えてくれてるのかも。(もちろん、量としては十分やってきたとは言えないので、ノーマークで見過ごす点ももちろんあるけど) これが、読むだけだと「おかしい」って感じる感覚が研ぎ澄まされていないから、冠詞抜けとか、関係詞の使い方がおかしい、っていうのは、実際に書く作業をしてる際に犯しやすい。 また、書き写すんじゃなくて、自分流に作文しているだけでも、間違ったまま書き続けていくので、やっぱり「おかしい」ってピンと来ることがなくなってしまう。 そういう意味では、この本も、英語学習のいいとこついているのでは?と思う。ただ、字をなぞる、というのは、どんなもんなんだろう... 私は、毎日広告の裏紙にしこしこ書いてましたが(汗)。こんなのも、本を買ってやる時代になったのか。 ちなみに、今は文章書きはほとんどタイプ。単語のつづりとか、「手」というより、「指」が覚えてるといったほうがいいですね。タイプミスすると、間違いを見つけるのに大変。つづりは、確実に書けなくなってると思う。まあ、深刻なのは、英文より漢字なのだけど... ちなみに、この本、井上一馬氏の著書となっています。翻訳本は結構読んでますが(ボブ・グリーンの訳本は、大体この方がやってる)英語学習関係の本も多く出しているよう。これからチェックしてみよう。 留学ブログランキング応援お願いします。
2007.02.18
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や。しばらくこちらが放置状態で申し訳ありません。いろいろなことが重なっていたのですが。ウェブでいろんなことを試していました。まあ、ほとんどはスタディスキルズとは関係のないものなのですが。その中で見つけた面白いものといえば。ウェブディスクトップというもの。その名のとおり、ウェブ上にディスクトップのような機能を持ったページを表示することができるのですが。いま、ウェブ上でファイルや画像を共有したり、お気に入りのページとかを登録したりできるよね。あれを、ディスクトップみたいなインターフェイスでまとめたと思えばいいのかな?(コンピューター語は超初心者レベルなので、これで分かる人がいるとは思えないけど)具体的に説明すると、ウェブ上でディスクトップを開いて、そこからテキストエディタで文章編集&保存したり、RSSやお気に入りサイトを登録したり、チャットのソフトを使ったりする。データはウェブのサーバーに保存されてるわけだから、自分のPCのメモリは食わないし、ソフトをインストールする必要もないし、なにより、仕事先や学校のPCからも、そのサイトを開いてユーザー名&パスワードを入力すれば、自宅で保存したファイルが開けるので、メモリでデータを持ち運ぶ必要がない、と、なかなか便利。まあ、自分の場合は、オフィスと自宅を行き来するとか、家以外の場所でファイルを開ける、なんていうことはないのだけど、自宅にPCが2台あって、どちらもあまり信用できる性能ではないので、何かあった際にウェブにデータが保存してあると便利かも。とか思っているのですが。 まあ、ウェブのサーバーの信用度がどれくらいか、っていうのもあるけど。(基本的に、無料で使用できるので、何かあってアカウントやデータが消されても何もいえないわけ。盗まれて困るデータはアップしないほうが無難ですね) 人によってはかなり使えるのでは、と。ウェブデスクトップ、で調べれば見つかると思いますが、とりあえず試してみたのは YouOSeyeOSStartForce(日本語) というやつ。このブログを参照しました。各サービスのレビューはこちらに詳しく載っています。 なぜか、600×800の解像度だと、画面がはみ出しちゃって、テキストエディタもはみ出してもカーソルが出てこないで途中で書けなくなっちゃう(YouOS)のだけど。StartForceにいたっては、登録画面がスクロールできなくて登録できなかった。解像度変えればいいんだけど。デスクトップのほうは 600×800以上はめちゃめちゃ小さくなるので実用的じゃない。(PC使用時間一日10時間にあの小さい文字はきついので) まあ、そんな感じです。まだまだ、出てきたばっかりなので、開発が進めばこれらの点も改良されてくるかも。他にも、使えるアプリとかが出てくると便利だね。(WordやExcelを編集できるとか、画像データの編集ができるとか、ホームページの編集ができるとか。) 皆さんも、興味あったら試してみてください。 (ちなみに、今日の記事はeyeOSのリッチテキストエディタで書いてみました。なのでいつもと違う改行)。 留学ブログランキングお、落ちたな~(汗)。応援よろしくお願いします~。
2007.02.15
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先週のThe New Yorkerの記事で、面白いものを見つけたので、紹介。Moonshotというタイトルの記事で、Googleが、世界中の本をスキャンして検索を可能にする試みについて、現状とか、問題とかを解析していて、なかなか興味深かった。(参考:グーグルブックサーチ)論文としても、公平で広い視野でしっかりリサーチしてあって、勉強になると思う。読みたい人は、たぶんウェブではもう閲覧できないので、このブログの私書箱にでもメッセージを入れておいてください。 さて、ここで一番問題になるのは、もちろん著作権。著作権の切れた古典などはともかくとして、最近の小説とか雑誌記事、論文といったものは、Googleが勝手にスキャンして公表するのは、当然著作権に引っかかる。そこで、著者、出版社のいくつかは、何とかしてこの行為を阻止したいと訴訟の準備をしているのだけど、一方で、大学機関や大手出版社は、この Googleのプログラムによって、読書人口が増え、結果的に書籍の売り上げも上がるので、推進もしたい、と、深刻なジレンマに陥ってる。世界の果てに住んでる自分としては、立ち読みで内容を把握してから書籍を買う、という行為ができないので、ネットで立ち読みできれば、その部分の含まれた書籍は進んで買うと思うけど。今の時点では、読みやすさでネットはまだまだ紙の書籍に劣るから、書籍のセールスを脅かすとは思えないのだけど(雑誌とかは別だから、微妙だね)本っていうのは、知識であって、地域や経済格差によってアクセスに差ができるのは、いただけないことだとは思う。もし、著者や出版社の思惑が、純粋な利益に絡むものであるなら、本の中の知識により多くの人がアクセスできるようになることで、世界はどれだけよくなるか、とかいったことも、考えてほしいなあ、と思う。そういう意味で、Googleがこのプロジェクトを開始した背景っていうのは、もちろん利益もあるけど、多分、トップ層にそういった知識に対する情熱、みたいのがあったんじゃないかな、とも思うわけだ。本当に金儲けしか考えていないのであれば、もっと速く利益のリターンがあるプロジェクトに着手してもいいわけだし。「世界中の本を集めた図書館を持つ」という夢は、知識人であれば誰でも持つんじゃないかな。そんな夢を、ネットという道具を使って実現できる技術と資金を持っているGoogleのお偉いさんは、ある意味うらやましい。他にも、著作権の意味とか、将来とか、いろいろ考えさせられたけど、言えることは、著作権っていうのは、時代と環境によって変わらざるを得ないものだなあ、ということ。知識財産とか、もちろん尊重すべきだけど、それを特定の層だけにしか公開しない、っていう態度はもう時代遅れになってきてる。この辺を、Googleっていう強力企業が、よい方向に改善していくことができれば理想的ですね。 おまけ著作権といえば、この話も面白かった。ちょうどアニメのイラストにハマり出していたので、ちょっと心配(同人誌とかは、やってないけど。汗)。http://news.www.infoseek.co.jp/topics/business/doraemon/story/20070202jcast200725312/しかし、こののび太とドラえもんの同人誌、面白そうですな。留学ブログランキングランキングアップにご協力を。
2007.02.04
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スカイプ英会話、水曜にやりました。講師の方、毎週突拍子もないトピックを持ってくるので、非常に楽しい。楽しいながらも、会話をうまく流すためにいろいろ考えさせられるので、毎週楽しいひと時となってます。英会話力が上達(と言うか、復活)したかとかは、分からんのですが、スペイン語で話すよりはまだまだインテリっぽい会話ができるな、とほっとしる。以前に比べて上達したなーと思うのは、語彙とか発音とかどうこうでなく、「会話にあわせて思考を働かせる」という面。これは、通訳という仕事の効力が大きいかもしれない。通訳(私の場合、逐次)は、相手の話を聞きながら、それを別の言葉でどうまとめるか、を同時に頭で考えるんだよね。だから、「聞いてそのままの意味を理解する」って行為と「その内容を自分の言葉でまとめて、アウトプットする形を考える」って行為が同時にできるようになる。例えば、相手が外国語でだらだら話している内容を、頭の中で箇条書きに整理したり、順序を並べ替えたりして分かりやすい形にして、それを日本語で説明する、と言った感じ。英会話の場合、これをちょっと応用して、相手の話を聞いてる間に、その要点を引き出して、それに対する自分の意見や質問を言えるように頭のなかでストーリーを練る、という過程を踏む。(もちろん日本語でもやってるはずだけど、そんなに意識してないよね)。昔は、相手の言っていることについていくのに必死だったから、まず、言ってることを理解してから自分の言うべきことを考える、っていう手順を踏んでいたので、どうしても一歩遅れてしまっていた。当時に比べると、そういう意味での会話の流れは、ずっとスムーズで、自分も積極的に会話作りに加わっている、という実感がある(単語の度忘れとかは置いといて)。この間のトピックは、「美人コンテストの意義」についてだったのだけど、トピックが出された時点で、それに関連した言葉(ジョン・ボネット、ヴァネッサ・ウィリアムス、聾唖のミス・アメリカ、などなど)が、がーっと頭に浮かんでくるので、あとは会話の流れの中で、これらをうまく投げ込むタイミングを狙う。その他にも、相手がキーワードとなるようなことを言ったら(「コンテストの利点は...」と言ったら、利点の他に、当然欠点についても考えるよね)、もうその時点で、自分の論を固めていく(相手の話の続きを聞くことも忘れずに)、答えるばかりじゃなく、こちらから質問もするべく、うまく流れを読んでコメントしてみる、といったことが、かなり意識してできるようになってきたと思う。話についていくのに夢中で、いきなり質問をふられてしどろもどろになっていた留学時代よりは、成長したのかなあ。英語力というより、単純に知恵が働くようになったような(汗)。英会話の上達に伸び悩んでる人、英語からちょっとはなれて、こういった「会話の知恵」みたいのを考えてみると良いかも知れないです。いったん思考回路ができちゃうと、最初思っていたよりずっと会話への参加が楽になること請け負い。留学ブログランキング役に立ったらこちらにも一票を(笑)
2007.02.02
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ちょっと遅い話題になってしまったけど、柳沢厚労相の「女性は産む機械」発言について。ニュースを読んで、あきれたけど、もっと気に入らなかったのは、「どんな文脈での発言だったのか」を探そうとしたら、なかなか見つからなかったこと。どこのメディアも、上の言葉だけを取り上げて、騒いでいるだけなので、最初からニュースを追っていなかった自分にしては、背景が見えず、この部分だけで厚労相の人柄とか、能力を判断せざるを得ないような気分になった。探してみたら、こんな背景だったよう。集会に出席した複数の関係者によると、柳沢厚労相は年金や福祉、医療の展望について約30分間講演。その中で少子化問題についてふれた際、「機械と言って申し訳ないけど」「機械と言ってごめんなさいね」などの言葉を入れながら、「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」などと述べたという。参考うーん、これを読むと、最初の印象とちょっと違ってくるなあ。「女性差別者」というより、単にものすごく例えが下手な人、という感じだ。それで評価が変わるわけでもないけど。少なくとも、メディアがもう少し広い背景を入れて説明してくれれば、読み手のほうも、もう少し厚労相のもっと突っ込んだ心理とか考えることができたかもしれない。まあ、それはいいとして、本題は、やっぱりこの発言そのものである。このニュースを読んで思い出したのがSlip of a tongueという言葉。大学にいた1995年に、米国議会下院リーダーのDick Armey氏 が、インタビューの中で議員のBarney Frank氏を"Barney Fag"(faggotと同義。意味は調べてください。)と呼んだ事が結構大きなニュースになった。もちろん、この言葉がどんな意味を持って取られるか、といったことについて、Armey氏は十分理解していた、にもかかわらず、「クチ(舌?)が滑った」のである。いくら「そんなつもりはなかった」としても、「クチが滑った」ということは、潜在意識化で相手をそのような目で見ていたので、それがガードを外したとたんに表に出てしまった、彼は同性愛者差別家だ、ということになった。今回の「機械」発言も、似てるんじゃないか?本人は「わたしの女性観と見られるのもやむを得ないが、それは違うと理解してほしい」と言っているようだけど、意識のどこかで、女性が機械的に出産と言う生産作業を行なってる、ってイメージがあって、自然とその二つを比較するような言葉がでたのではないだろうか??(でも、上の背景を読むと、「例えるのは侮辱だ」ということは、十分心得ていたようにも思う。それでもあえて使ったのは、よっぽど結果に対して鈍感だったとしか思えない...)まあ、そう思うこと事態は、避けようと思って避けられるわけでもないし、彼一人の話じゃないだろう。心のうちで、さまざまな対象に対して偏見を持つって言うのは、ある程度避けられないことじゃないかと思う。重要なのは、そういった偏見を自分は持っている、と言うことを意識すること(=自分の特定の考えが、偏見であるということを自覚すること)、そして、それを態度や言葉で表に出して相手を傷つけることを決してしないこと、さらに、そういった偏見をなるべくなくすよう自分なりに努力すること、だろう。それができなければ、政治家としても人間としても価値を疑われるのはやむをえない。と言っても、さまざまなアイデンティティを持つ個人やグループが共存していく中で、自分の中の偏見を見つけるのは、時として難しい。自分では偏見と思っていないことでも、相手を傷つけることはしょっちゅうある。上の事件が起きた90年代、アメリカでPolitically correct/incorrectという言葉がはやりだしたのだけど、例えばBlack peopleがNGでAfrican AmericanがPolitically correctである、という理由付けとか、Chairmanには「女性は議長に慣れるわけがない」という意図があるのでChairpersonを使うべし、なんていうのは、言われてみなければ、特に非英語圏出身の人間にとっては、その重要さがどれくらいなのか図りかねるし、そもそも気がつかない。こんな間違いで「あの人は、潜在意識レベルで人種/性に偏見を持っている」とか言われても、困るわけだ。今回の件に関しては、女性として腹が立つ、というより、無知と無防備さが祟って窮地に立たされた柳沢厚労相を笑うしかない、という感じだ。まあ、「あんたが女性を機械にたとえるならこっちだって...」というネタはたくさんあるけど、Politically correctではないのでもちろん控えます(^^)。みんなも、アイデンティティや文化背景の異なる人と会話する時は、相手に敬意を払うことを第一に、人格に沿った会話をするよう心がけましょう(特に英語でね)留学ブログランキング応援よろしくお願いします~。
2007.02.01
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