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前の記事と、微妙にかぶるかもしれませんが...←タイトルだけメルマガで今、学習教材についての話をしてるけど、自分は教材そのものよりそれらを使った人の「体験談」を読むのが好き。特に、ブログの「英語学習記録」なんてテーマのカテゴリー(あったっけ??)で書いてる人たちがいると、つい読んでしまう。今回は、そんなのを読みながら思ったことをちょっと。ざっと見て「英語学習記録」というか、「今日はこんな教材買いました/で勉強しました」日記には、3つのタイプがある。その1 明らかにアフィリ狙いこりゃ、絶対勉強してねー、てか、買ってもいねーだろっ!!ってやつ。「この教材はいいよ」みたいなことは書いてあっても、自分がそれ使ってどうだったかなんてことはぜんぜん書いてなくて、ひたすら商品説明。写真つきで、クリックするとその人がアフィリエイトをしているサイトに飛ばされる。アフィリエイト自体は悪くない。自分もお世話になってるし、いいもの紹介してもらったら自分もそのサイトのリンクから買うようにしてる。ただ、こういう、見境なく何でも紹介する人は、本人、いい教材の選び方とか、そういう教材と自分との相性とかが分かってないんだろうなあ、と思う。それじゃ、どんなに立派な商品棚が出来ても、自分の勉強は...伸びないかも(まあ、最初っから商売狙いならそれはそれでいいんだけど)その2 とにかくやってます!!このタイプが、読んでで一番不安になってくる。○月×日、学習時間何時間、リーディング○分、ライティング○分、使った教材これ、というのを、毎日丁寧につけてるやつ。もちろん、これは本人が自分の記録のためにつけているものであって、それを勝手に読んであーだこーだいう筋合いはないのだけど。1つ心配なのは、こういう人たちの日記からは「やってりゃ満足」という空気が伝わってくること。がんばってる、っていうのは、すごくよく分かるし、時間、お金を投資して、学習記録までつける、というのは、相当な意欲がある証拠なのに、一定期間の記事を読んでいても、その人自身の成長ぶりというか、「変化」が見られないのだ。スポーツでも、毎日筋トレしました、素振り何回しました、だけじゃ成果が生きてこなくて、筋トレならオレはキャッチャーだから肩を、とか、おれはホームランよりヒット量産型だからバットの振りはこんな風に、とか、なりたい自分に合わせて練習法も微妙に変えなきゃいけない。量をこなしただけで満足している人は、じつはこういう明確なゴールがない場合も多いんだけど、とにかく、記録を見た限りその勉強量と比較して、ゴールがやたら遠いところにあるような気がして、傍観者ながら結構心配してしまう。上手くいえないけど、ひたすらやって、ひたすら記録してればOK、みたいな。「過去一ヶ月の学習記録を見直したら、リーディングがあまり伸びていないことが分かったので、勉強方法を変えてこれから一週間は拾い読みの練習をしよう」みたいな結論が出せればいいのになあ、と思うこともしばしば。その3 自分も真似したくなるこのタイプは、私自身、まだ、数個しか見つけてないかなあ。楽天のブログにも英語系でひとつふたつ、すごいのがある。ご本人に連絡できなかったので名前はふせますが。これは、その日学習したことを細かく自己レビュー、時間とか学習内容の記録じゃなくて、今日はこんな文章の解釈に苦労した、とか、この単語に新しい意味があることを知った、とか、「ホントに勉強してる」のが、読んでる人にもよく分かる。ついでにこっちも勉強できる。教材についても、どこかのレビューから引っ張ってきたようなものじゃなく、「自分はここが弱いのでこれは役に立つと思って使ってみました」とか、「この教材はこんな特徴があって、自分には合わない」とか、「自分にとってどうなのか」っていう視点から分析してる。こういうの読むと、この人たちって、ホントに英語/その分野の学習が好きなんだなあ、っていうのが伝わってきて、自分も負けずにがんばらなくちゃ、って気持ちが湧いてくる。さらに、そういう人は、教材を選ぶ目が肥えてるので、そこで紹介されてる教材(有料、無料に関わらず)に、興味がいく。それも、ただ欲しい、って思うんじゃなくて、「この人みたいな使い方をすればいいんだな」って入手する前からそれでどうやって勉強するか、って見通しもはっきり出来るから、あとで後悔する確率も少ない。自分のいま頻繁に使ってる教材は、たいてい、この手のブログで紹介されているのから拾ってきたものだったりもする(笑)こういう人は、自分がどんなゴールを達成したいから、どんな教材をどんな風に使うか、を、きちんと判断できているんだろう。というか、判断するために、学習記録をつけて、それをみながら自己分析を繰り返しているのかもしれない。学習記録の公開っていうのは、モチベーションアップにもいいし、教材紹介はアフィリエイト収入にもなる。でも、本当にそれを自分のために役立てるためにはもう一歩の工夫が必要なのでは?と思う時もたまにある。自分の場合--学習してないのがばればれになるのでその手の記録はあくまで非公開(笑)
2007.09.26
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前回紹介した「英語美人」の他に、アマゾンから届いたもの。教育ママは、海外からこんな雑誌も講読(笑)。小学生ママの子育て・教育応援雑誌edu買い始めたきっかけは表紙のデザインのよさだったのだけど、この手の本を読んだことなかったので面白い。子供の教育論を唱えている人は大勢いるはずなのに、数人の著名人のメソッドのみに偏ってる嫌いはあるけど、教育法、学習法とも「成績を伸ばすこと」より「人間力を養うこと」(生活習慣、食事とか)に焦点を当ててるところが、すごく参考になって、結構熱心に読んでる。今回届いたのは10月号。テーマは「『塾に行かない』という選択」。「早くから塾にいってる子は、自主学習の習慣がつかない、生活習慣が乱れる、段取り力がつかないという弊害が出て、家庭学習の子より学力が落ちる」、というのが論。ちょっと、決め付けすぎ、の印象もあったけど、そういう見方もできるなあ、と一方でも思う。極端に言ってしまえば、塾っていうのは、家で自分で本とノートを開いて問題に取り組む時間と意欲がないから、そして、そうしていて助けが必要な時にたよる人(=親)が不在だから、時間も場所も、教える人も、教材も、果てはモチベーションまで提供してやる、ってものなんだろう。ウチの親は「行かせない派」(つーか、なかったなあ、塾。)だったので、塾の内部事情をほとんど知らない自分はどうこう言えないのだけど。でも、そういう視点で塾ってものを見てみると、大人になってからの学習傾向も、小さい頃家庭学習or塾で養った態度が反映されているのかなあ、とか思ってみたり。とにかく教材を買ったり英会話学校とかに通って、「学習時間を確保する」だけで、勉強している気になっている人、結構いるよね。それで、なかなか結果が出せない人と、「おれは、塾に行ってるから他では勉強しなくていい(←塾でも友達とダベってるだけにもかかわらず)」とかいう子供時代を送った経験のある人と相関関係とか調べてみると面白いかもしれない。大人の学習にしても、教材、学校、講師に頼りっぱなしで与えられた課題を何も考えずにこなす人と、自分で時間を作って、教材を選んで、段取りして学べる人と、タイプが大きく分かれる。「塾に行かないと勉強しない」のと同じで、「お金をかけて教えてもらわないとなにも覚えられない」という受身学習の態度は、小さい時からついてしまっているのかなあ、とも思ったり。「塾=英才教育」みたいなイメージは、はやりすぎでもうなくなってしまった感もあるけど、「ふ~んjunquitoは宿題やんないんだ~。そうか~、もうお母さんたちテレビ見るけど、いいよ、やんないで一緒に見たって。でも明日みんなの前で恥ずかしいよね~。部活のせい?じゃ、やめれば~?楽でいいよ~。」と、絶妙な心理攻撃を仕掛けて子供たちを勉強させてたうちの母(「お母さんこんなのもうわかんないよ。学校で聞いとかないとダメでしょ」攻撃も効いたなあ)、実は塾の先生よりだれより教育に長けていたのかもしれないなあ、と、親になって思う今日この頃(笑)(本人は、「あんたたち(娘三人、一応全員大学出)、安上がりでホントに助かったわ~」としみじみ言ってますが」)大人になって学習に伸び悩んでる人、自分のこういう傾向を見直してみて、改めて「自主学習」の習慣をつけるよう努力してみてはどうでしょう??
2007.09.25
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ようやく我が家に到着。英語美人--「なりたい自分」になるための変身勉強術(上のリンクは楽天ブックス。アマゾンで探したい人はタイトルで検索してください(^^))すでにいろんなところで感想が掲載されているし、著者の西沢知樹さんのメルマガでもキャンペーンとかやっていたので、みんな知ってるかも。アマゾンからの海外配送だった故、キャンペーンには間に合わなかったのですが。告知だけでもしようかと思いましたが、読んでないものの感想は書かない/書けない性分なので。逃しちゃった人、ごめんなさい。で、やっとこさ読んでるわけですが、読みやすい。全部で5章あるのだけど、章ごとにキーワードを使ってテーマをざくっと切ってそれでいて全体を一貫したテーマでまとめているこういうスタイルって、洋書の自己啓発本とかその訳本で見たことあるけど、日本人の方が執筆したものでは初めて読んだと思う。飽きずに一気に読んで、すぐまた読み返したくなる感じ。内容自体も、例えとかがすごくうまく使われてて、「そうそう、自分もそうなんだよ」と思えることがあちこちに書かれてる。「英語学習」「勉強術」というよりは、自己啓発系のジャンルに入るような本。それだけに、逆に読む側がしっかり受け取らないと、感動するだけで終わってしまう危険もありそう。本の中で何度も繰り返されているように、英語学習に限った内容ではないので、各人が自分の例を頭において、自分の欠点はこれとか、この解決法を実践しよう、とかを考えながら読んでいけば、「みるみる変わる」かどうかはともかくとして、これからの学習計画の大まかな指針はできるんじゃないだろうか?(狙ったように余白が広いので、メモするのにも便利。笑)あとは、この手の本にありがちな、「読んで満足」で終わらせず、読み手がちゃんと内容を実践できるかだね。それは、読み手次第なわけで、この本の内容の真の価値は、実践できて初めて現れるのではないかと思う。どんな人にお奨めするか、というと、たぶんどんな人でもそれなりに得るものが多いと思うけど、特に挙げるとすればやる気は十分あるのにどっちの方向に進んでいいかわかんない人、だろうなあ。「オレ、こんなにがんばってるのになんで成果が出せないねん?」とか思ってる人。自分もですが。自分も、こういう本は「すごいなあ」と感心するだけで終わることが多いので、ちょくちょく読み返しては初心に帰って計画建て直し、というのを繰り返してる。これも、ウチの本棚のそういうセクションに並ぶ気配(笑)とりあえず、ここ数日は、これ読みながら楽しんで学習計画作成してみたいと思います(^^)。西沢さんとは、直接お会いしたことはないのだけど、メールいただいたり、彼の作成した教材の付属レポートを書かせていただいたりと、こちらから一方的にお知り合いのつもりになっているので、彼の「本物の本」を手にした時はなんかミーハーな気分になってしまいました(笑)。English-Boxのさやかさんの著書も出るっていうし。すごいなあ。自分もいつか、夢は写真集...あれ??
2007.09.25
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面白い記事を楽天で発見したので、リンクを以下に。留学とは関係がいまいち薄いけど、将来の傾向となる兆候は見られるかも。2歳半でIQテスト 学費は年間2万ドル (ゲンダイネット)「私立校は幼稚園から高校までエスカレート式なので、幼稚園にさえ合格すればこっちのもの。その幼稚園受験でモノをいうのが保育園からの内申書なのだ。名門私立高からの名門大学進学率は高い。」って、こういうの、日本だけじゃなかったんだ。記事の中で紹介されている「赤ちゃんはトップレディがお好き」は未見だけど、「セレブや大富豪の子が通う名門幼稚園」てのは、ドキュメンタリーかなんかで見たことあるなあ。子供時代は、金持ちでもないのに「親が私立の幼稚園に入れてくれれば、こんなに苦労しなくてもいい大学いけたのになあ」とか思ったもんだけど、親になってみると、「アホになる前にいいとこ入れて進路確保」というのは、子供の能力を信用していないってことで、そういう意味では早期英才教育とかもあんまり興味なくなった。子供の才能を開花させてやりたい、最高の環境で最大限の能力を発揮できるようになって欲しい、って願う親だってもちろんいる訳だし、そういう理由で子供の興味を持つ習い事をさせたりそれに投資したりするのも反対はしない。自分の子供にだってできる限りのことはしてやりたいと思うけど、やっぱり望むもの全てを得られない環境で自分で立てた目標に向かって死に物狂いでがんばれる子供に育てたい、と思うのですよ(^^)。話はそれたけど。「東大よりハーバード」なんて傾向が日本でもはやりだすと、幼稚園留学受験、も増えてくるのかなあ。記事の最後の部分を読むと、ごく一部の人に限られた選択、という感じもするけどね。...ただ、小金持ちの日本人家族は入ってからが大変。学年が上がるほど学費も上がり、高校になると年間3万ドル(約345万円)と名門私立大学並みだし、親は芸能人やケタ外れの大富豪がほとんどなので、学校外での付き合いにもまたケタ外れの金がかかる。「無理して入ると惨めな思いをするんですよ」とは、ある日本人の親の弁だ。おまけ。これは面白かった。(全寮制名門中・高校の様子)アメリカのスーパーエリート教育こちらはまあ、世界が完全に違ってるけど、教育システムに関心がある人には参考になるかもアメリカ最強のエリート教育おまけのおまけ「エリート教育」で検索したら、こんなものまで(笑)ひみつのアッコちゃん(第2作目) 第8話 潜入! エリート幼稚園
2007.09.23
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ずっと前から、「聞き流すだけでこんなに英語が分かるようになった!」という学習法は目にして気になっているのですが。高校の時からア○クのヒアリングマラソンとかあったし。実際、留学直前にはイング○ッシュアドベンチャーなんかやりましたよ(^^)。ま、一応「試した」経験があるので、語ってみようと思いますが、あまり信用しないで参考程度にするよう願います。まず、EAについては、「英語のテスト30点台だった私が98点に!先生もびっくり!!」みたいな広告文句をあまりに頻繁に目にしたので、ほんとかどうか、いっちょやってみよう、と思って申し込んだ(投資してくれた母さんありがとう)。当時は、英語の音声自体入手しにくい時代だったので、ってこともあったけど。今だったら、まずネットの無料オーディオブックサイトに走っていただろう(笑)。結果は...微妙。当時のリスニング力で、聞き始めたときは単語半分聞き取れるけど話としてつながらない、くらいだった。スクリプトとガイドがついてくるので、それ読んでから聞くと今どこの場面だ、と分かるような。確か1年?12回だったと思いますが、最終回も...レベルは同じようだった(汗)。もちろん、ちゃんと単語調べとか、理解度チェックとかしなかった自分が悪い。最後の方は、ほんと、2,3回聞き流してそのまま忘れちゃう感じだったし。結果として、「おんなじ教材を使っても、誰もが同じように結果を出せるわけではない、数万人の人が受講して、新聞の宣伝に掲載されるような驚異的な効果を出す人はほんの何%かに過ぎず、残り何10%は、感想を書く気にもならないほど効果がなかったと考えるべき」ということが分かった。それに、話の意味は聞き取れなくても、確かに「英語の音に慣れた」といえば、それはそうだし、もしかしたら、潜在的な効果とかはあったのかもしれない。留学してからは、比較的早く聞き取れるようになったし。そんな経験を得ているので、いくら広告で「聞き流すだけ」といっていても、ほんとに聞き流すだけで聞けるようになるわけない、なんらかのプラスアルファを学ぶ側が努力しなくちゃ効果ないだろう、というのが自論です。「聞き流す」のと、「言っていることに注意を払いながら、頭の中で解釈して理解する」という行為は根本的に違う。聞き流しは、音としてのインプットはされるけど、それを頭の中でプロセスしないから、「言葉」として理解されていないんじゃないだろうか?たとえ、意味が分からなくても「あ、いまあの人名前言った。どんな事件だろ」とか、「なんか、この人怒ってるような口調だけど、何で怒ってるのかな」とか、「あれ、あたし今までこの単語こう発音してたけど、ネイティブの発音だとちょっと違うんだな」なんて程度に注意が払えれば、そこから、理解の糸口がつかめると思う。内容に対する興味と、聞く目的ができるから、あとはポイントポイントで拾っていって、全体の意味をつなげて予想する、ってことも可能なのだ。そういう意味では、大量に聞くのは効果的だし、リスニング上達には必須だと思う。ただ、やっぱり受身でBGM程度に流していても、上達が保証されるわけではないんじゃないだろうか。特に、お金払って1000時間分の音声を聞くんだったら、自分でちょっと聞き方を工夫できるか出来ないかで、効果にものすごい差が出てしまう。せっかくなんだから、「驚異的な効果」を出せた方の組に入りたいよね。最近は、前にもまして集中力が落ちているので、大事な事を聞くときは必ずノートを取るクセがついてる。ノートとペン持って構えてるだけで、理解度が全然違う。そういうわけで、「聞き流し」は、あまり言葉どおりに信じず、興味のあるトピックの音声を使って集中聞きをお奨め。せめて、聞いたトピックの内容の記録だけでもつけておくと、だいぶ違うのでは??
2007.09.22
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前に、GyaoというオンラインTV番組配信サイトを試したのですが、日本外からはアクセスできずにそのままになっていたのですが。海外ドラマも結構見られるみたいですね。ただいまFRIENDS第1シーズン4話まで放映中とのことhttp://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0006658/字幕版だと思いますが...(ここからだとお試し視聴も出来ない)スカパーなんかに入っていると、海外番組も副音声で聴けるんで良い、とのことですが、加入するほど経済的に余裕のない人は、こういうのも利用できるかも。もっとも、あらかたDVDででてるものっぽいから、レンタルと言うオプションもあるのだろうけど。とりあえずはお知らせ、とか。(視聴できる期間が限られてるのでお早めに~。視聴方法とかは、サイトを参照してください(^^))
2007.09.21
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ポッドキャストについてのコメントをもう一つ。自分が使っているレクチャーポッドキャストサイトには、2001年からの講義の音声/ビデオアーカイブがある。ポッドキャストが一般に広まったのはここ数年のことだから、かなり先を行っていたようだ。面白半分に5年くらいさかのぼった講義を視聴してみると、教授も結構おもしろがっているのがうかがえる(笑)。興味深かったのは、2002年頃の講義の、「講義に出席する代わりにポッドキャスト/ウェブキャストで間に合わせる」というオプションに対する教授のスタンスである。某クラスでは、一回目の講義できっぱり、「ポッドキャストというすばらしいものを大学で提供してくれているので、他のラボの時間やバイトと重なってもどんどんクラスに登録してくれ。ウェブキャストを見れば講義には出てこなくていいから多少人数オーバーでもかまわない。私もクラスに出てこない学生がいても別にがっかりしないし--出席率が半分まで落ちたら、話は別だけど」と言っていた。ところが、その次のセメスターでは、同じ教授がやはり同じようにコメントしているのだけど、「去年もやっぱりウェブキャストをやったんだけどさ、中盤から講義にくる学生が半分以下になっちゃって...」さらに「自分のウェブキャストのアクセス状況はモニターできるんだけど、それを見るとアクセスのない週とある週の差が激しいんだよね。テスト前だけ急にアクセスが伸びるっていう...。講義に出てこないにもかかわらず、ウェブキャストも見ていなかったってことだ。成績も、当然普通より低かった。」自分も、いつもセメスター始めは大張りきりで数クラス分フィードを登録するのだけど、更新されるたびにマメに聞いてたのはほとんど(汗)。「後で聞けばいいや」が重なって、結局たまりにたまってしまう。授業に出てるわけでないのでテストもないから、半分以上聞かずじまいで終わってしまうパターンが多い。このクラスの教授がコメントしたように、生の講義の代わりとしてポッドキャストを利用するなら、相当のself desciplineが必要。ない人は、高い授業料払って大学で生の講義聞きなさいってことだね(笑)。(講義を一般公開することで、入学希望者が減る恐れはないのか、という質問に自信満々でない、と答えてた大学側の意図もよーくわかる)現在は、ほとんどのクラスで「ポッドキャスト聞くだけで授業に出てこない」はNGになってると思う。病気とかの理由で出席できなかった場合とか、ノートを取り損ねた、意味がよく飲み込めなかった、という時の確認用という位置付けだろう。そしてもちろん、self desciplineをもって、貴重な講義を聞いて知識を吸収したいという私達のため。ポッドキャストで講義を聞いて学習したい人、相当の覚悟が必要ですよん(笑)。
2007.09.20
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レクチャーのウェブキャストは、最近いわゆるsurveyコースというものに注目。一般に使われている言葉か分からないけど、言い換えればover viewのコース、ということで、大学の1、2年目に取るのが普通。Introdution to...なんてコース名が付いているのはこの類だ。恐らくは、そのトピックに関して高校卒業程度の知識があれば、英語はともかくとして内容的にはついて行けると思うので、これから留学を目指している人、授業がどんなものか知りたいなら聞いとくことをお薦めする。自分の場合、自分の専門以外の教科、大学時代には専攻で要求されているクラスを取る都合で取りそこねた教科をぼつぼつ聞いてる。(得に理系、物理や生物、天文学辺りは、子供らが最近いろいろ質問してくるようになったので、改めてうんちくを蓄えておかないと。)と言っても、留学したばかりの人は、この手の授業で苦労すると思う。大きな範囲をカバーするので、情報量はやたらと多いし、教科書も分厚いのを読まされるケースが多いので、圧倒されてしまうのだ。そこで、surveyクラスを受ける際のTipsをひとつ。「専門用語や細かいデータを暗記するより、Big pictureを眺める努力を」この手のクラスでは細かい暗記事項をテストすることはは比較的少ない。(教授にも拠るけど)理由は、カバーする範囲が多いので結果浅く学ぶことになる、という他、教授が学生にそこまでの知識を求めないこともある。多くの学生は、まだ専攻も決めていない段階で、あくまで要求単位を埋める必要がある他、一般教養としてトピックの興味をもっている「非専門家」と教授は見なしている。むしろ、教授が求めるのは、「このクラスがこの分野に興味をもつきっかけになって、日々の生活に知識を生かしてほしい」ということではないかと思う。だから、担当の教授は一般にその学部でも人気の高い優秀な教授でレクチャーもエンターテイメント性が濃い。データを必死で書き写すより、教授のパフォーマンスを楽しんで、研究に対する熱意を感じ取ると、おのずとそのクラスで何を学ぶべきか(どこまで深く学ぶべきなのか)が見えてくるだろう。テスト勉強にしても、重箱の隅をつつくがごとくひたすら用語や数字の暗記ばかり頑張ってしまうと結局木を見て森を見ずの結果となり、クラス全体のテーマにかかわってくるエッセイクエスチョンのアイディアが一つも浮かばなかった、なんてことになってしまう。ちなみに、ばかばかしいと思える質問でも平気でできるのもこのタイプのコース。たいていは大人数のクラスなので手を上げるのに勇気はいるけど、逆に大人数だから恥かいてもだれも覚えていないし(笑)。実際、あまり突っ込んだ質問は出ず、たいていは「そのトピックに詳しくない人から見た、素朴な疑問」であることが多い。もっと上のクラスになると、学生の質問のレベルも高くなるので「何を質問すべきか分からない」状態に陥る。そうなる前に、クラスで質問/発表する経験をなるべく積んでおくと後々得である。私は、一年目の最初の学期で取った2つのSurveyコースの教授と授業内容に感動してダブル専攻を決めるに至ったクチ。そういう素晴らしいクラスに、留学の早い時期に出会って欲しいデス(^^)
2007.09.19
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My muscles are mechanical now, the limits are built in. No matter how hard I try, a 100% is all I've got.(Teen Titans: Only Humanより--動画リンクはこの下に隠しておきます(合法か疑問なので)) http://www.youtube.com/watch?v=TFFmRTuF8zQアメリカのアニメ、Teen Titansを見てたら出てきた台詞。身体の半分がサイボーグ化したヒーローチームのメンバーが仲間に言う言葉。身体が機械である以上、「自分のもってる力の110%を出す」というのは、物理的に不可能なのだ。一方人間は、機械のように能力がbuilt-inされていないから、「100%の力を出しているか」は、本人と周りの人の主観的な意見になる。自分が100%と信じた所が100%であって、時間や環境によってこの100%ラインは常に動くものなのだ。ゆえに「努力」の点で言うと、人間は2つの極端タイプに別れる。すなわち。 実力を過小評価する人と、過大評価する人。言葉を代えて言えば、できるくせにできないと最初から捨ててしまう無気力な人、逆にできもしないことをやって見せようとして異常なプレッシャーをかける人。(親とか教師が、子供や教え子の実力を評価する際にも言えることだけど、ここでは「自己評価」に限ってみる。)留学生を見ていても、最初から全く努力する気なく、「ワタシ、リュウガクセイ」を言い訳に、「評価が悪くたって経験することに意味がある」と納得している人がいる一方で、「現地の学生には絶対負けない」と、とにかくわき目も振らず成績だけ追ってる人もいる。どちらも、後になって振り返ればそれなりに学ぶこともあっていい経験にはなるのかもしれない。が、いろいろな意味で損をしているのも確かだ。上で述べたように、自分の実力の自己評価は主観的にしかできないので、自分が実際過大評価しているのか過小評価しているのかは分からないと思う。そして、自分が分からなければ、当然周りの人の言うことだって当てにならない。そんな時は、素直に自分で「今の自分が、本当に好きか」を自問してみることをお勧めする。まだまだ頑張れるのか、ちょっとブレークがほしいのか、頑張ったら、または休んだらそのことで自分を誇りに思えるのか、自分のことは自分が一番いたわり、励まして上げるべきだと思う。限界以上に頑張れて、且つ燃え尽きないのは、自己評価で110から120%くらいでは?自分も、それくらいはがんばりたいなあ。ところで冒頭で紹介したエピ、最後は仲間を救うためサイボーグが火事場のくそ力を出して自分より強い敵のロボットに勝つ。腕に表示されるパワーは130%。シメの言葉は"My body has limitations, but if I put my mind to it, there's no limit to what I can do...After all, I'm only a human."リミットが未知数の人間である方がいい、ってことだね。アメリカのカートゥーンは、こういう教訓臭いところが好き(^^)。
2007.09.17
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Procrastinationについての記事を読んだ次の日に、タイトルの言葉を某お友達ブログで見たので、一言。Procrastinationという言葉は、学生の間でもよく聞かれる。タイムマネジメントなんかの話をしている時にもよく出る。あえて訳語にせず意味を説明するなら「待っててやる、あるいは待ってるだけでやらない」ことだ。上で言及した記事には、ただぐずぐずしてる、というより、心理的な観点から見て、やらなければならない仕事を前に、どうしても手が出ない一種のパニック状態に陥る人がいる、というようなことが述べられてた。それで、パニックを解消するために「まだ大丈夫、まだ間に合う」と自分に言い聞かせて先のばしにしてしまうのだ。これ、自分にも覚えがあるのでうなずける。今も仕事している時たまにあるけど、大学時代もそうだったかも。ペーパー作成然り、教授への質問然り。「めんどくさい」というより、「はじめてから行き詰るのが怖い」「自分には難しすぎるタスクなんじゃないか」という、やっぱりパニックのようなものがあったと思う。留学生の身で一番不安なのは、「周りと比べて自分がどのレベルにいるか」、「他はどんな風に課題をやっているのか」が見えないことだ。分からないので、自分もどのくらいのレベルを目指して、どんな要領でやったらいいのか分からない。質問に行くにも「他人はこんな質問しないんじゃないか、こんな質問したら馬鹿だと思われるんじゃないか」という思考が先にたつと、どうしても足が進まないのだ。そんな状況にいると、「待ってみる」のが、最良のように思えてくる。待って様子を見れば、誰かが先にへまをするかもしれない、そんな心理があるのかもしれないし、他の人の様子を見て安心したい、という気持ちもあるだろう。まずいことに、現地の学生は、一概に異様にのんびりしている人が多いので、彼らに合わせていると間違いなく遅れる(^^;。←現地の学生はみな優秀と思うべからず。スタートダッシュがよければよいほど余裕ができるし、間違いを直したり他人に相談したりする時間も作れる。それは分かっているんだけど、いざはじめようというと固まっちゃう人、他にも多いんじゃないだろうか??そんな人たちにとって、一番高い壁は「始めるきっかけ」を得ること。課題の山を見ているだけでなく、先にやるべきことがあったらさっさと終わらして、腹をくくって机の前に座る。座ったら、まず10分、他には何もやらないでとにかくその課題に集中するよう努力する。10分過ぎれば、波がつかめる。思っていたよりたいしたことない、ということにも気づける。自分のやっていることに自信がつけば迷わなくてすむ。壁にぶつかったら、疑問がぼんやりしたものから具体的なものになるので、他人に聞くきっかけにもなる。ひとつの行動が次々とポジティブな思考につながって、仕事をすすめるエネルギーになる。ちょっとした気持ちの持ちようで、仕事のはかどり具合が変わってくる。Procrastination癖を持つ人は、まず身体を動かすことからはじめるべし。
2007.09.12
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前回2回の記事から、「日本語の文章をもとに英文を作ると英語らしくない英文が出来る?」という結論、さらに「じゃあ、英語のライティングを勉強する際は、日本語で文を書くのは上達の邪魔になる?」という結論に行き着いた人がいるかもしれないので、以下補足。上の疑問の回答から言うと、前回指摘したポイントが分かっていれば、日本語を書く練習は逆にプラスになると思う。まあ、この点は、スピーキングに関しても自分は「留学中は一切日本語を話すべからず」という考えから「話す、と云う行為自体は、英語、日本語にかかわらず英語スピーキングには有効、少なくとも無害では?」という考えに変わってきたので、人によって異なるかもしれないけど(スピーキングは微妙に異なるのでこれは後日)上のようなことをいう一番の根拠は自分の(産業)翻訳という仕事の経験から。特に、日本語を英語(スペイン語も)に訳す時。前回話したような点を踏まえて与えられた日本語を英語にしようとすると、直訳の訳文は欠点だらけなのだ。そこで、原文を知らずに直訳文を読む英語ネイティブの立場に立って、意味の通じないところ、理屈が飛んでいるところ、といった部分の並べ代えをしたり、日本語に頼らず文脈上ぴったりのつなぎ語を考えてみたり、省かれてる語を入れてみたりして文章を整える。本来の意味はいじってはいけないので、日本語の文で何を云いたいか、を読み取らなくてはいけない。そのうえでそれが確実に伝わるような英文を作り直す、といった感じだ。これを毎日やってると、自分が英語を書く際アイディアや文章をまとめる際も自然とそういう目で自分の文章を眺めるようになるのだ。要は、「相手の振りみて自分を直せ」である(笑)。自分の作る文章には、「これが1番」とか、「これ以外の言い方はない」といった、ある種の固定観念が付いて回るので、別の立場から見直すのは難しい。だけど、他人の文ならそんな固定観念からの離脱が案外簡単にできるのだ。自分だけのために利用するなら(=一般公開しなければ)、ネットでも書籍でも材料に出来る。簡単なのであればネットショップの商品紹介、短いブログ記事、そのコメント、なんていうのを、毎日一定量「英語的に」訳してみるのも結構役に立つのでは、と思う。(エッセイ的なものは、長くて飽きるし、複雑なので事実を述べるシンプルな文を選ぶことをお薦め)言葉の置き換えでなく、相手の思考パターンに合わせて言い方を選べる術を身につければ、日本語も英語も、書けば書くだけどちらも上達すると思う。こういうのが出来るうちは、まだまだ機械翻訳には負けないと思うぞ、人間。
2007.09.09
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うまい英語エッセイの書き方、その2。つなぎの言葉をくどいくらい使う。当たり前のようで、日本人のエッセイを見ると結構目立つ点がこれ。まず、バリエーションが少ない。主に使っているのはand、 so、 but、 however、 so、 therefore、くらい。まあ、これくらいあればたいていは間に合うし、日本語で文章を考えると、「そして」「また」「~だが」「~ので」あたりでほぼすべてのニュアンスが伝わってしまう、よって、それを英語で置き換えるとつられてバリエーションが少なくなる、っていうのも、一因なのかもしれない。だけど、「そして」イコールand、と、単純にはいかないんだよね、実際。文脈を見るとin addition to...や、After...、場合によってはHaving ...ed(完了形の現在分詞)なんていうのの方が文脈的にしっくりいくことも。単純に「そして」=andとせず、「そして」という日本語の中に、文脈上のどんな意味合いが含まれているかを改めて解剖して、別の言い方を考えてみる癖をつけるといい。butやsoも同様。その際、「くどいくらい」と言うポイントを忘れずに。前の文に出てきたキーワードを繰り返すとか、原因-結果の関係を、たとえそれが明白であっても言葉にするとか、日本人の感覚で「ここまでくどくなくてもいいんじゃない??」と思う程度でちょうどよかったりする。(同じフレーズの繰り返しは嫌われるのだけど。このへんが難しいよね)これらのつなぎ文句を集めたテキストを丸暗記するのも手だけど、特に、論文形式の英文を読む際は、文やパラグラフのつなぎにどんな言い回しを使っているか片っ端から線ひいて、使えそうなのはどんどんまねして自分のエッセイのなかに取り込んで行くことをお薦めする。ちと、この記事だけでは言葉足らずで、何のことやら、と思う方も多いと思いますが、おりおりいろんな場でコツとか紹介していきますよ~~(^^)前の記事と合わせて、この2点注意するだけで、英語非ネイティブのまずい文章も、(まずいなりに)相手に理解してもらえるものにはなります。お試しあれ。
2007.09.08
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英語でエッセイやペーパーを書く際に、英語以外で気をつける点、1。話の流れを考える。考える、と言っても、日本語で言いたいことを考えて、英語に置き換えるだけの人が多い。「英語思考的」な流れを、意識的に身につけて、意識的に使わないといけない。これに関しては、「英語的思考」がどういうものかが分かってしまえば、結構楽に適応出来る。思考そのものを変えろ、と言ってるのでなく、自分の考えを英語スピーカーに分かるように再構成する、ってこと。詳しい内容は、このブログやメルマガにちょこちょこ書いているので省略。ただ、お薦めは、この「英語的思考の流れ」が、良く分かってる人(しつこいようだけどネイティブ英語スピーカーがみんなこれを知ってるとは思わないこと)に自分のエッセイをいくつか読んでもらって、正直な突っ込みをいれてもらうこと。エッセイを読み慣れてる人なら、トピックがいつの間にか外れてるとか、理論が飛んでるとか、主張、背景、問題、事例、解決過程、結論、なんて要素が順序よく取り込まれてるか、なんてのは、読むと分かるもの。そういう人と、視点を分かち合って自分のエッセイを客観的に批評出来れば、コツはすぐつかめるはず。参考になるか分かりませんが、自分の場合読み手を意識するとその人の視線で自分のエッセイのどこが悪いか見つめられるようになるので、1人でエッセイを書く際にも役に立ちます。英語の場合、学生時代にtutorのJ君にさんざん注意されたので、今でも英文を書くときは「これJ君に見せたらなんていわれるだろう」って、ひとりでに考えて、直すべき箇所を見つけてる。逆に、日本語ではそういうCriticalな目で自分の文章を読んでくれる人がいなかったため、こういう公の場でも語尾の統一もなくだらだら書いてて平気なのだ。←一応気づいてはいるのだけどそれで通してる。英語の文章書きに切実に困ってる人は、厳しくチェックしてくれる人を見つけるといいのかも(^^)。
2007.09.07
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最近増えてきたTOEFLエッセイ講座の受講生さん達。別の仕事が忙しい時はオーバーロード気味になってきましたが、まだ余裕があるので興味のある方は(笑)。「安くてていねい」という評価が主でしたが、最近実際良い結果を出している方もいて。「スコアが上がった」「留学できた」というコメントを受講生の方から伺う機会があるともう、これが最高の賛辞ですね(^^)。ところで、これら受講生さん、レベルの違いはあっても当初想像していたよりずっと英語力があるのにちょっとおどろき。半分は院への留学を目指す人で、数人は過去にライティングの訓練を受けたことがあり、そしてみんな、学習熱心ということもあると思うけど、正直添削してくれ、と言われても立派すぎて直すのも申し訳ない、というエッセイにもたまにぶち当たる(失礼!)。こういう人は、英語の点では、それ以上のレベルにはなかなか行けないし、どんなに英語力を磨いても点数アップに結び付かない。それより、多くの人のエッセイを読んでいて気づいたのは、みんな英語より、アイディアの表現方が、言ってみれば「採点者ウケ」をねらったものになっていないのだ。これは、意識できるようにならないと絶対変わらないし、他人(この手のエッセイの書き方を良く心得た人)から客観的な意見をもらわないと、そもそもどこがどう悪いか分からない。逆に、自分でこの視点からエッセイを自己評価できるとおもしろいようにエッセイが上達するのも確か。大学でtutorさんに教わった自分がそうだし、現在添削させてもらってるエッセイも、こちらでアドバイスした内容がうまく伝わると、「英語らしい」エッセイになってるのがはっきり分かる。言ってみれば、英語の知識ではネイティブスピーカーに劣ってても、そういう視点から日本語でていねいにアドバイスできるって言うのが、添削者としての自分の強みなのかも、と、最近ちょっと自信がついてきた次第(笑)。エッセイ添削はナレッジサーブというところでやらせていただいているサービスゆえ、受講者の方に教えているレベルでのノウハウをここで公開するのは不可ですが、今まで添削して気づいた、だれにも参考になるポイントをサワリだけ、次回から何回かにわたって紹介してみようと思います(^^)(もったいぶってるわけではないのだけど、PDAで入力してるので、長い記事書くのが大変なのだ。笑)
2007.09.02
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大学講義のウェブキャストなど見てると、クラスの様子も結構見えるのですが、ノートパソコンを持ち込んでノートを取っている人、かなり多くなってますね。学期始めの注意事項でも、「授業中のメールはダメ」って言及が必ずあるし。ケータイ禁止とあわせて、昔の学生である自分には結構新鮮だったりする。現在、PCを持ち歩いてセミナーに行く、なんてこともないのだけど、この度、PDAを購入したこともあって、これでノートテイキングの練習をして、Eブックを購入してくれた方たちにも対応できるよう、スキルのアップデートをしようと試みる。...といっても、自分は完全手書き派で、PCでタイプしたりマインドマップソフトを使う、というのが主流になることはなさそう(練習はしてますが)。その点、PDAは手書きメモ機能があるので、ペンの使い方になれれば手書きのノートのように書けて、しかもこれ一個持ち運びするだけでどのクラスのノートも取ることが出来るので、自分としては手書きとPCのいいとこどり、といった感じ。で、今やってるのは講義のポットキャストのmp3ファイルをPCに取り込む。SpeedWaveというソフトで音声の速度変換し(今んとこ1.7倍)、PDAに送る。PDAで音声再生ソフトとメモ帳を開き、居間とか、外とかで講義を聞きつつ、がりがり書く(倍速再生してるから、90分の授業も1時間弱。単に時間の節約。ただし慣れるまですげー疲れる)で、もちろんノートを取ったあとは、普通とおなじでそれを見直してきちんと書き直すのだけど。これは、ちゃんとタイプするか、紙のノートにまとめるか、どっちがやりやすいかは微妙なところ。ちなみに、メモは、書いていくと勝手に紙面が広がっていくという優れもの。「どこまでも描けるらくがき帳」、なんだそうです。1つのファイルで全部書ききれるからいちいち保存とかしなくてよくて簡単。...ただし、普通の画像ファイルでの出力の仕方が分からず。こんなのしか出来なかった。(もう解読不能。涙)印刷は無理。スクリーンを直接見ながら書き直すしかないのかなあ。(これで約1時間の講義、スクリーン15個分くらいスクロールしてると思う)PDAでなくても、最近は超小型ノートパソコンで、タッチパネル機能付きというのがあるみたいなので、大学で使うためのPCを購入するなら、こんな点も考慮してみるといいかも。自分はやっぱり、反故紙の裏にがんがん書いて、でかいファイルに入れて持ち歩くスタイルが好きですが。でも、PDAとかもって、教室でぱっと開いてノート取り始める、なんてのも、あこがれるなあ。講義のノート取りのコツが知りたい人は、こちらもよろしくお願いします m(_ _)m
2007.09.01
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