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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分の顔は、自分がつくる。「○歳過ぎたら、自分の顔に責任をもて」そんなことばを聞いたことがありますよね?ネットで調べてみたら、20歳、30歳、40歳と、諸説あるようです。今日は、それに関わるお話です。この3月に、友人が亡くなりました。高校時代、異年齢の地域の演劇サークルで、ともに、芝居をつくった仲間でした。今年1月、入院していることを知りました。時期を見てお見舞いに行こう、と思っていた矢先、訃報が届いたのでした。あまりにも早い死でした。友人とは、もう長いこと、会っていませんでした。大学卒業後、芝居の道に進みながらも、さまざまな事情から、断念せざるを得なかったこと。その後、結婚して、子どももでき、地域のサークルに所属し、活躍していることなどは、風の便りに、知っていました。会場には、びっくりするほど、大勢のひとが詰めかけていました。その多くは、仕事仲間であり、サークル仲間であるように見受けられました。そこかしこには、写真が飾られ、それをとおして、友人が、このかん、どんな生きかたをしてきたのかを、かいま知ることができました。紆余曲折を経ながら、自分の道をひらいた、自信と誇りに満ちた笑顔が、そこにありました。実際、棺のなかの、友人の顔は、とてもおだやかでした。病気のために、いくぶんやつれてはいたものの、軽く結ばれた口元は、満足そうなほほえみが、浮かんでいるようにさえ見えました。自分の顔は、自分でつくるものなのだと、そのとき、つくづく、思ったのです。それは、いつか完成する、というものではなく、いま、この一瞬、一瞬に完成されていく。その連続する営みが、生きるということなのだと、友人の死に際して、思い知らされたのです。あなたは、自分の顔が好きですか?もって生まれた造作ではありません。あなたが、自分で育ててきた、その顔です。どうぞ、人生のおしまいにいたったとき、好きだと言える顔でいてくださいね。そのために、いま、この一瞬、一瞬があるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第245号(2004年7月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------人生を味わいましょう、バームクーヘンのように。生きていくうちには、ときどき、自分がまるで進歩していないかのようなむなしさに襲われることがあると思います。そんなときに、よく言われるのが、「人生は、らせん階段のようだ」というたとえです。まるで進んでいないように見えるけれども、人生は、らせん階段なのだから、ちゃんと、上に進んでいるんだよ、というメッセージです。私自身、好きで、よく使ってきました。ところが、最近、こんなことばに出会いました。「人生は、バームクーヘンのようだ」そう、同じことを言っているのです。さて、あなたは、どちらのたとえが好きですか?もちろん、いい・悪いは全然ないのですよ。私は、だんぜん、パームクーヘンのほうが気に入りました。理由は単純。だって、おいしそうだから!!パームクーヘンの一枚一枚の層は、びっしりと巻きついていて、次の層に行っても、まったく同じに見えます。いまが、何枚目の層かなんて、目をこらして見たって、ほとんどわかりません。それでも、一枚一枚、はいでいくならば、いつのまにか、中心に到達することができるでしょう。本当に、薄皮をはぐように、微細に、私たちは、変化をしているのだと思います。そういえば、甘いお菓子をあまり食べる環境になかった、子どものころの私は、お土産などでもらうバームクーヘンが、大好きでした。それこそ、ほんのちょっとずつはがしては、味わって食べていたものです。人生も、同じようなものなのですね。味わって、味わって、味わい尽くしたときに、おしまいがやってくるのでしょう。だから、目に見えないくらいのちいさな変化を、少しずつ、楽しみながら、味わっていけばいいのだと思うのです。最後のひときれを食べたとき、「ああ、おいしかった」と、こころから満足して言えるように。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第244号(2004年7月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------スリッパで、わくわくする方法昨日(6月29日)のお話の「続編」です。http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000119721さあ、「スリッパで、わくわくする方法」とは?それは…、「ちがう使いかたを考えてみる」ことなんです。ね? 単純でしょ?(あー、怒らないでー)m(__)mでもね、「ちがう使いかたを考える」って、本当におもしろいことなんですよ。私は、ずっと、演劇にかかわっています。演劇は、まさに、「ちがう使いかたを考える」世界なんです。たとえば、ここに、細かく切り刻まれた紙くずがあるとします。普通の家庭なら、即ゴミ箱行きです。でも、演劇では、上から降らせば、雪になるんです。あるいは、水色の、裏地に使うような薄い布があったとします。長い布なら、両がわをもって揺らせば、そのまま、川や海を表現することもできます。演劇をやっている私たちにとっては、日常の、ごく当たり前のものも、すべて、「何かに使えるかな」と考える対象になるんです。ひとたび、舞台に向けての準備がはじまると、何を見ても、「何か、使えるものはないか」と、わくわくしてしまうんです。「それって、演劇やらないひとには、関係ないでしょ」と、思うひともいるかもしれませんね。そうではないと思います。これを書きながら、ふと思い出したのですが、子どものころ、私の家には、「自動ドア」がありました。普通、ありえないでしょ?そうです、父特製の「自動ドア」だったのです。釣りに使う重りに、ひも(鎖だったかも)をつけて、ドアを開けると、それが吊り上がって、手を離すと、自然に閉まるように、つくってあったわけです。(笑)もともとは、ただの重りと、ただのひも(鎖)です。でも、父のアイデアが(わくわくする気持ちが)そこにあったから、新しい使いかた?が生まれたんです。そんな気持ちで、まわりを見回してみませんか?「何か、新しい使いかたができるものはないかな?」って。スリッパを見ただけで、わくわくする生活がはじまりますよ!●追記そういえば、ずいぶん前に見たお芝居のひとこま。ちょっとしたショート・ストーリーだったのですが、ある場面で、二人の男女の役者さんが、いかにも、ロマンチックなムードで登場します。「夕暮れの浜辺を歩く二人のあとには、足跡が…」これまた、ロマンチックにナレーションが流れ、そして…。その二人のあとを、黒子さんが、スリッパを置きながら、ついていったのでした。そう、スリッパを足跡に見立てたギャグなのでした。会場はもう爆笑。(^○^)スリッパの遊びかたの一例でした。 やっぱり芝居じゃん、っていうツッコミは、 ご遠慮ください。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第243号(2004年6月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------「発見」がなくなると、時間が早く過ぎます。「年をとると、1年が早くなる」なんてことばを、よく聞きますよね。あれ、どうしてなんだろう、って、ずっと不思議でした。「年をとると…」っていうことは、子どものころは、もっと時間があったということ?そんなふうに考えていて、あるとき、ふっと気づきました。生まれたての赤ちゃんにとって、この世界は、知らないことだらけです。目の前にあるものに、ためらうことなく、手を伸ばします。つかみます。離します。また、つかみます。口に入れます。ときには、引っぱったり、投げつけたりします。赤ちゃんにとっては、たとえば、スリッパは、「ふかふかの手ざわりで、片面はたいらで、 ふかふかのほうは、きれいな色がついているけど、 たいらなほうには、色はついてない。 片手で持ち上げられるくらいの軽さで、 なめるとあまりおいしくないもの」もの ということになります。(もちろん、あくまでも言語化したら、ということですが)それが、足に履いて、おもに室内を歩くときに使うもの、と定義されるのには、あと数年を要します。(^^ゞちょっと理屈っぽくなってしまいました。(^^ゞ何が言いたかったかというと、赤ちゃん、そして、年齢の低いひとたちにとっては、出会うすべてのもののなかに、発見があるということです。だから、ひとつでも、新しいものに出会うたびに、立ち止まるのです。わくわくしながら、それを、確かめようとするのです。すべてが発見に満ちた、その時間は、たっぷりと中身のつまった時間です。けっして、意味もなく過ぎ去っていく時間ではありません。そう、おとなのひとたちが「1年は早い」というのは、この「発見」のこころが減っているためなのです。もう、私たちは、スリッパを見ても、わくわくすることはありません。見た瞬間に、それが何であるかを、すでに、こころにある情報と照らし合わせて、選別してしまうからです。でもね、あきらめる必要はありません。スリッパでわくわくしなくても(笑)、もっと別のもので、わくわくすればいいんです。その「わくわく」の源は、一人ひとりちがいます。今までやらなかったスポーツをはじめてみるとか、実際に、新しいことにチャレンジするのもいいでしょう。定年退職してから、大学に入り直した、なんていう例も、そういうことですね。あなたがその気になりさえすれば、「わくわく」の種は、そこかしこに満ちています。たくさん発見して、子どものように、豊かな時間をとりもどしましょうよ!●追記ところで、実は、もう一度、「スリッパでわくわくする」方法もあるんです。(笑)それについては、明日、書きます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第242号(2004年6月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「嫌い」と「好き」は、同じです。私はこう見えても、(どう見えてるのかなー)けっこうアクの強いところがあって、 嫌われるひとからは、けっこう嫌われます。(笑)以前、私の友人が、ある演劇関係の講座に参加したとき、隣り合わせたひとと、たまたま、私の話になったそうです。そしたら、そのかたが、きっぱりと、「あのひと(←かめおかのこと)、嫌い」と言ったとか。(^^ゞその話を、あとで聞いて、思わず、「ふふふ」と笑ってしまいました。「嫌い」という言葉は、かつては、八方美人?完璧主義(志向)人間の私にとって、マイナスの烙印以外の何ものでもありませんでした。でも、今はちょっと違います。それは、あるセミナーで、こんな話を聞いてからです。 「『好き』の反対は何だと思いますか?」と、その講師のかたが、参加者にたいして聞いたのです。たいていのひとが、「嫌い」と答えました。でも、そうではなかったのです。「『好き』も『嫌い』も、 ある対象にたいして、心が動くという意味では同じ。 『好き』(『嫌い』)の反対は、『無関心』なんです」なるほどお!! 人間は、自分のがわに受け皿がないことに関しては、受け取けとることができません。http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000119721(「今日のフォーカスチェンジ」第33号参照) 「好き」であれ「嫌い」であれ、対象に対して心が動く。ということは、そのひとの心には、私という存在にたいする、何らかの受け皿があったのです。 いてもいなくても、気づかないような「無関心」とは、ちがう存在だということなのです。すごく嫌だと持っていた相手の欠点が、実は、自分自身の欠点でもあった…、なんて体験は、誰でももっていることでしょう。私自身、腹を立てていた相手の行動が、実は自分の行動と、鏡写しであったことに気づいて、愕然とした体験をもっています。 「かわいさ余って憎さ百倍」という言葉もありますね。極端に言ってしまえば、「好き」と「嫌い」は、同じ。要は、いつでも反転しうるベクトルなのです。誰かは知らないけれど、私のことを「嫌い」なそのひとと、いつか出会えたらいいな。 そのとき、本当にそんなふうに思いました。きっと、つながれる何かをもっているひとなのだろうと思うのです。そのひとの距離が縮まることによって、「嫌い」が「好き」に転換できたら、楽しいだろうなあ。そんなふうに思うようになってから、ひとに嫌われることが、怖くなくなりました。少しは、反省しろっていう声も、聞こえてきそうですが…。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第241号(2004年6月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------私の文章練習法読者のかたから、「読みやすい文章ですね」と言っていただくことが、しばしばあります。とても、うれしい、おほめのことばです。書くことは、こどものころから大好きで、自己流にいろいろやってきましたが、そのなかで、これは、お役立ち情報かも、という練習法があります。それを、今日はちょこっとご披露したいと思います。●一つの文には、一つの内容だけ書く。日本語は、とっても便利にできていて、いくらでも、文をつないで書いていくことができます。ところが、これがクセモノで、そのために、何を言いたい文章なのか、わかりにくくなってしまうことがあるのです。そこで、「一つの文には、一つの内容だけ書く」。たとえば、「私は、最近できたばかりの駅ビルのレストランで、 コース料理を食べた」この文章では、「最近できた」のは、ビルなのか、レストランなのか、判断がしにくくなってしまいますね。だから、分けてあげるのです。たとえば、「私は、駅ビルに出かけた。 最近できたばかりのレストランで、 コース料理を食べるためだ」というふうに。まあ、これは、けっこう、ちまたの文章上達の本にも、書いてあることではないかと思います。で、もうひとつ。たぶん、これは、かめわざです。(笑)●1文を30文字以内で書く。ためしに、ふだん、あなたが書いている文の文字数をどれでもいいから、数えてみてください。30文字なんて、あっという間です。40字、50字だって、ざらじゃないでしょうか。上記の悪例(笑)だって、比較的短い文ですが、それでも、32文字ありますから。これを、徹底して、30文字以内で書いてみるのです。必然的に、余分な言葉が、どんどん削られていきます。文が、どんどんシャープになっていきます。必要なことを、必要な言葉でずばりと表現するコツみたいなものが、身についてきます。ちなみに、私は、さらに進めて、20文字で書くところまで挑戦してみました。(さすがに、限界を感じましたが)(笑)これらの練習によって、私は、それなりに、ひとに伝わりやすい文章が書けるようになったのではないかと自負しています。現在は、お読みいただいてわかるように、長い文も書きます。上記二つは、あくまでも練習法であり、実際の文章表現は、もっと豊かなものだと思うからです。でも、この二つの練習法をためした結果、長い文を書くときでも、その感覚を、生かせるようになってきたと思っています。万人に通用するかどうかはわかりませんが、どうも、文章がまとまらないなあとか、だらだらしてしまうなあというかたは、一度、ためしてみてはいかがですか。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第240号(2004年6月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------見守るしかないときも、あります。中学校演劇部の外部指導員をするようになって、足かけ10年になります。そんななかで、いくつものドラマに出会ってきました。ドラマといっても、ほんのちいさな瞬間ですけれども。今日は、そんなお話のひとつをご紹介します。相手役に、お願いをする場面があるのだけれど、どうしても、甘える演技のできない子がいました。なぜか、距離を置いた、よそよそしい表現になってしまうのです。稽古も佳境で、テンションのあがっていた私は、思わず、そこで、叫んでしまいました。「そうだ! お父さん。 何でも言うこと聞いてくれるお父さん! ねっ。 相手のこと、そーゆーふうにイメージしてみて!」 とたんに、その子の演技が止まりました。同時に、私も内心で、「しまった」と叫んでいました。その年、彼女のお父さんは、離婚し、家を出ていたのです!彼女は、低い声で「すみません」と言って袖に駆けこみ、ハンカチで目頭を押さえました。でも、何も言わずにすぐに戻ってくると、けなげに、演技を続けようとするのです。私の心は、一瞬、罪悪感でいっぱいになりました。 でも、彼女は何も言わずに、演技をつづけています。それは彼女のプライドだと思うのです。泣いてもしかたないことを、今は黙って耐えるしかないことを、知っているのです。たった14歳の女の子が、自分ではどうにもならない現実を前に、今、ここで、必死にこらえて、立っている。そのけなげさを踏みにじってはいけない。私は、気づかないふりをしなければいけない。 私は、さらにノリノリの調子を装って、手足を振り回して叫びました。「違ったっ。サンタクロースだっ。 相手のことを、サンタクロースだと思えーーー!」 もうひとつ。そんなことがあった日の、何日かあとのことです。卒業した部員が、久しぶりに遊びにきてくれました。その子が、帰りがけ、ぼそっと私に言うのです。「かめさん、私に『がんばれ』って言って」 「…?」がんばることの好きではない私は、そこで、ちょっと茶化した感じで、「がんばれえ」と言いました。とたんに、「もっと、真剣に」と、言われてしまいました。 それで、その子の目をじっと見て、今度はまじめに「がんばれ」と言うと、「ありがとう」という言葉が返ってきたのでした。理由は聞かないことにしました。たった10数年だって、生きていれば、いろいろなことがあります。子どもにだって、意地があるんです。おとなには、見守るしかないときも、あるんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第239号(2004年6月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------去る勇気と、はじめる勇気。先日、友人が、こんなことを言い出しました。「私、今の立場を降りることにしたの」友人の立場とは、ある地域サークルのリーダーです。メンバーが、ボランティアで支えあいながら、活動しているグループです。周囲の信望もあつく、実際、彼女がいたからこそ、組織が、ここまで大きくなったといえるのです。なぜ?と問う私に、彼女はあっさりとこたえました。「若い世代が育ってきたから」「若い世代が、意欲的に、動き出しているの。 彼らの発想を大切にして、やっていってほしい。 そんなとき、いつまでも古くからの人間がいると、 余計な口出しをしすぎたりする怖れがあるでしょ」そして、若い世代が、急な交代であわてないように、少しずつ、役割を手放しはじめているというのです。これが、60代、70代のひとの話ならわかります。が、彼女は、まだ、現役中も現役の年齢なのです。本来なら、あと10年や20年はつづけたって、おかしくない年齢なのに…。「それで、そのあと、どうするつもりなの?」驚きのおさまらない私の質問にたいする彼女のこたえは、こうでした。「いまの組織で学んだことを生かして、 新しい自分の組織をつくるの」そう、彼女には夢があったのです。いえ、これまでの組織での活動のなかで、さらなる自分の夢を、見い出してきたというほうが正解でしょう。自分が長く、いまの立場にいつづけると、若い世代が活躍する時期が、確実に遅れる。それに、自分の夢が見えてきたからには、現状にしがみついていてはいけない。だからこそ、「去る」ことを決心したのです。そして、「はじめる」ことを決心したのです。「世代交代」と、口で言うのは簡単です。でも、そこに踏み出していくためには、それなりの勇気が必要なのだと、あらためて思いました。そう、勇気なのです。去る勇気と、はじめる勇気。もし、彼女が、ただ去るだけだったら、これほど、潔くはなれなかったかもしれません。リーダーが年老いてからの交代が、しばしばむずかしいのは、そんな理由によるのでしょう。でも、去ったあと、次の展望が見出せたなら、そこには、マイナスではなくプラスの意思が生まれます。いくつになっても、それを生み出していけること。それもまた、リーダーの資質と言えるのかもしれません。新しい夢に向かって動きはじめた友人は、いま、とても輝いています。応援したくなる気持ちも、当然ですよね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第238号(2004年6月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------最初から、すべて持っているんです。購読しているメルマガ「ヒカリズム」第36号(2004年3月6日発行)の一節です。-------------------------- ところで、校長先生の式辞も笑えました。「みなさんは、それぞれ何かしら優れたところを持っています。 ですから、他の人と比較する必要はないのです」--------------------------メルマガ「ヒカリズム(光り輝く幸せな生き方)」http://www.mag2.com/m/0000123372.htm発行者・聖ひかるさんが、なぜ、この言葉に笑えたか?そうです。「何かしら優れたところ」を意識したとたん、すでにそれは、誰かと比較していることになるからです。校長先生に、悪意がないことはわかります。でも、同時に、こんな矛盾に気づかないくらい、私たちは、不安のなかに立たされているのかなあと、ちょっぴり、どきんとしてしまいました。私はこれまで、「ひとと比較する必要はないんだよ」というメッセージを、何度も発信してきました。「あなたにはあなたの価値があるんだよ」とも。でもね、それは、すべて、そのひとの内がわにあるものに、気づいてもらうための、きっかけのことばに過ぎないんです。あるとき、私が受講しているインプロ(即興演劇)のワークショップで、おもしろい体験をしました。メンバー一人ひとりにたいして、「このひとは、どんな役を得意としてきたか」「このひとに、やってみてもらいたい役は何か」という質問をしていくのです。これらの質問は、掘り下げていくと、その人の個性というか、生きかたみたいなところまで、自然にふれることになってしまうのです。たとえば、「思慮深いタイプの役をやってほしい」と注文されたひとは、ふだん、あまり、思慮深い行動をとっていると見られていなかったりするわけです。(^^ゞちょっと、どきどきしちゃうでしょう?実際、ワークの場でも、「そこまで言うか?」なんて爆笑の渦になってしまいました。ところが、その「やってみてほしい役」を、そのひとにやってもらうと、…これが、できるんですね。そんなときは、本人自身が、「こんな感覚、はじめて」と、驚いたりもするのですが。(笑)隠してあった宝物を見つけるみたいに、そのひとのなかにある、見えていなかった一面が、みんなのことばをきっかけに、引き出されてきたわけです。だから、安心していいんだと思うんです。私たちは、最初から、すべて持っているんです。その、持っているということに、気づいていくだけでいいんです。最初の校長先生のことばの例にもどると、私たちは、ことさら、自分の優れたところを見つけなくても、そして、ひとと比較しても、しなくても、いいんです。だって、みんな、最初から、すべて持っているんですから。そのことを、この校長先生のことばをきっかけに、気づくことができたら、それもまたよし、じゃありませんか。楽しく、いっしょに笑って、気づいていきましょうよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第237号(2004年6月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------光あるうち、光のなかを進め。昨日に引き続き、亡くなった友人の話題です。過去の、自分の日記を読み返していたら、こんなことばが出てきました。「光あるうち、光のなかを進め」(トルストイ)今日は、その日記を再録します。(多少書き直しています)----------------------------23時頃、「今日は少し夜更かしをしてしまった。もう休もう」と思っていたら、電話がかかってきた。早寝早起きの私を知っている友人たちは、めったにこの時間にはかけてこない。とると、ある友人からだった。この友人からは、月に一度くらいの割合で電話がかかってくる。いつものことではあるが、酔っている。ふだんは、短い会話を交わしてすぐに切れるのだが、その夜はちがった。話のきっかけは、治療に対する不満だった。彼は、人生の半分近くを、病気とともに生きているのだ。彼の話は迷走しながら、とめどもなくつづき、私はただうなずいて聞いているだけ。そのうち、最近の読書の話になった。定職をもたない彼は、時間だけは豊富にもっている(たぶん)。そして、もともと文学青年なのである。遠藤周作、岸田秀、道元の『正法眼蔵』(注釈つきの原文に挑んだそうだ)に始まって、トルストイ、ロマン・ローラン、サルトル…。読んだ作家と作品の名前を羅列していく。なんという、膨大な読書量なのだろう。「かめちゃん、これからはね、 ヒューマニズムが復活しないと、人間はだめになるよ」彼の言葉は熱を帯びる。文学を愛し、音楽を愛し、おそらく、病気(と酒)がなければ、もっとちがう生き方をしていたにちがいない。いや、もしかしたら、この病気のために、彼はここまで自分を見つめ、人生を見つめる時間を与えられたのかもしれない。私はこれほどの切実さをもって何かを学んではいない。これほどの痛みと向き合いながら、生きてはいない…。ふと、そんな思いがこみあげる。電話の向こうの声は、涙声に変わっていた。泣きながら、ベートーベンの第九を歌っている。本当はとてもせつないはずなのに、私はその声を「いい声だなあ」なんて思って聞いている。「光あるうち、光のなかを進め」トルストイの言葉を引用すると、彼は、「かめちゃん、カウンセリングありがとう」と言って電話を切った。おい、誰もカウンセリングなんかしてないぞ…ということばを飲みこんで、時計を見ると、もう24時になろうとしていた。なんだか、胸の底がしんとした。-----------------------------たとえ、どんな状況にあろうとも、生きている限り、私たちは、光のなかにあるのだと。いま、あらためて、そんなふうに思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第236号(2004年6月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------生きてること自体が、お祭りです。この2月のことです。友人の訃報が入りました。音楽を愛し、詩を愛し、酒を愛し、自由を愛し、そして、たぶん、誰よりも孤独が苦手だった友人でした。人生の半分以上を病気とつきあい、そのために、はたから見れば、なかばドロップアウトした生活を、ながいこと、つづけていました。その友人が、7年前、テレビ出演したことがあります。路上音楽家としての友人を取材した、15分番組です。そのビデオが、たまたま消さずに残っていました。訃報に接し、久しぶりに、見てみました。「生きてること自体が、お祭りなんだよね」それが、番組のなかで、友人が言ったことばでした。ああ、友人らしいなあと、あらためて思いました。「お祭り」ということばを聞くと、ほとんどのひとが、わくわくしてくるのではないでしょうか?(「お祭りさわぎ」が苦手なかたはいるとは思いますが)(^^ゞ勇壮なおみこし。飛び散る汗と、湧き上がるかけ声。立ち並ぶ屋台。あちこちから、おいしいにおいが漂って。金魚すくい。射的。輪投げ。なぜか夢中になってしまう。はなやかな表がわとは裏腹な、汚い路地裏。酔っ払い。そして、祭りが終わったあとの、不思議な静けさ…。「お祭り」は、そんなふうに、独特の、忘れがたい時間と空間をもたらしてくれます。永遠にはつづかないからこそ、大切にしたい時間。それこそが、人生そのものであるのだと…。友人の胸のうちには、そんな思いがあったのかもしれません。友人は、お祭りの人生を満喫したのでしょうか。はた目からは、不遇としかいえないような状況のなかで。それでも…。「生きてること自体が、お祭りです」そう言いきった友人のことばを、胸のうちで反芻しつつ、今日、私は、どんな一日を送るのだろうかと、考えてみたいと思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第235号(2004年6月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------------うまくいかないことがわかったら、別の方法を採用しよう。あなたが、いつも通っているお気に入りの道があったとします。その道が、今日は工事中で、通ることができません。そんなとき、あなたは、どうしますか?「気に入っている道だから、無理やり通る」というひとは、ほとんどいないのではないでしょうか。たいていは、別の道を通りますよね。道路であれば、おそらく素直にわかることなのに、ひとのこころとなると、なかなかそうはいきません。そのやりかた(通り道)でなければならないとどうしても、主張したくなることって、ありませんか?かつての私がそうでした。ある組織に所属していたとき、提案した意見が、否定されてしまいました。そこで、意固地になってしまったんですね。「この方法が一番正しい。これ以外はだめなんだ」と、強硬に主張してしまったのです。結果は、完全なる却下。「完敗」でした。(^^ゞいま、思い返して、思うのです。私が本当に伝えたかったことは、方法そのものではなく、その方法を使って得られるであろう「結果」だったのです。でも、そのときは、それ以外の方法はないと思いこんでいたので、反対を受けたとき、発想の転換ができなかったのです。もちろん、結果さえ得られれば、どんな方法でもいい、というわけではありません。プロセスが大切なことは、たしかです。でも、それでもやっぱり、考えてみたらいいと思うのです。うまくいかないときに、「この方法しかないのか?」って。意固地に主張するだけでなく、「こんな考えもある」「こんな方法もある」と、柔軟に対応していたら…。反対していたひとたちも、ひょっとしたら、いっしょに考えてくれたかもしれません。そこから、さらにいいアイデアが生まれたかもしれません。本当に、ほしいものは何かと考えてみるのです。意地をはることで、手に入るものが遠ざかるとして、それでも、主張したいことかと、考えてみるのです。案外、譲れる部分だってあるかもしれません。通り道は、たくさんあったほうが、楽しいじゃありませんか。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第234号(2004年6月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ただ、愛のなかにいなさい。友人との、トラブルにまつわる体験です。ちょっとした行きちがいがあって、ある友人との関係が、こじれてしまいました。私は私なりに、誠意を尽くしたつもりでしたが、友人にとって、それは不実と映ったようでした。友人は、激しく私を非難し、また、はっきりと、そのような対応をとりました。修復不可能と思えるほどの、深い溝が、友人とのあいだに横たわってしまったのです。とてもとても残念でした。同時に、内心で、友人の対応にたいする怒りも湧いてきました。あれだけ、気持ちを尽くしたのに、なぜ、こんな対応をしてくるのか…と。そのときです。ふっと、声がしました。「ただ、愛のなかにいなさい」と。それは、まぎれもなく、私の胸のうちから、湧きあがってきたことばでした。私は、驚き、とまどいました。同じ胸のうちには、まだ怒りが残っていましたから。けれども、もう一度、声は、響きました。「ただ、愛のなかにいなさい」まるで、降り積もる、夜明けの雪のように、おだやかで、深く静かな声でした。これは、魂の奥からのメッセージだ。…ふっと、そんな気持ちになりました。(もちろん、それが本当かどうかはわかりませんが)その瞬間に、友人にたいする怒りは消えていました。ただ、静かな、かなしみだけが残りました。理屈ではわからないけれども、おそらく、ここには、何かの「必要性」があるのだ。その学びが終わったときには、きっと、あらたな展開が生まれるのだろう。そんなふうに、自然に気持ちを切り換えることができたのです。私は、過去の、その友人とのあいだに起きた、たくさんの喜びの記憶を思い出しました。そして、そこに、深い感謝をささげました。それを「愛」と呼ぶなら、たしかに、私は、愛のなかにいたのです。それで終わりです。何の進展もありません。(少なくとも、今までのところは)けれども、それでいいのだと思っています。必要なことが、必要なだけ訪れるのですから。…ただ、愛のなかに、いさえすれば。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第233号(2004年6月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------キンコンカンに、したがいましょう。よく、運命のひとと出会ったら、キンコンカンと、頭のなかで鐘が鳴る、…なんて言いますよね。(ちょっと古い?)(笑)でも、それって、恋愛だけじゃないんです。キンコンカンの鐘であれ、チリリン、リンの鈴虫であれ、ヒューッ、ドカンの花火であれ、そのひとなりに、こころに、直接つながる感覚。そう、ひと・もの・こと、出会いはすべて、直感です。来週末(26日・27日)にせまった、沖縄でのワークショップ。共催者の「カメハハ」さんとの出会いも、まさに、キンコンカン、という感じでした。名前を見ればわかるように、お互い、名前のなかに、「カメ」という字が入っています。学生時代は、ともに、演劇ばりばり熱中少女♪しかも、現在、編集者をなりわいにしているところまで、いっしょです。一致するだけが、キンコンカンではないけれど、楽天日記でたまたま出会って、メールのやりとりをするうちに、意気投合。出会って(まだ、直接会ってないのですが)(^^ゞ1か月もしないうちに、「沖縄で、いっしょにワークショップをひらきましょう」って話に、発展しちゃいました。それが、今回のワークショップ。テーマも、いっしょに考えました。出てきたのが、「平和力」と「質問力」。一見、全然関係のないことばに思えるけれど、どちらにも共通しているのは、人間への思い。そのひとの内なる光にアクセスするのが、平和力。そのひとの魅力を最大限に引き出すのが、質問力。「カメ」「かめ」が、ひとと関わる原点です。すべてのはじまりは、キンコンカン。キンコンカンにしたがえば、流れはおのずと生まれます。あなたのキンコンカンを、見つけましょう。あなたのキンコンカンに、したがいましょう。あなたの輝くあしたのために♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第232号(2004年6月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------使いましょう、「想像力」という贈りものを。「想像力」のお話のつづきです。私たちは、想像力をもっています。「私、想像力ないから」と言うひとでも、「今晩は何を食べようかなあ」と考えることはできます。これって、想像力ですよね。ライオンは、絶対に考えません。目の前を走っているシマウマを追いかけます。(^^ゞすべてのひとが、ひとしく、この想像力というものをもっているのです。想像力とは、人間だけに与えられた、いわば、私たちの創造主からのプレゼントなのです。 創造主っていうのは、「宇宙」くらいのイメージで 受け取ってください。(^^ゞそして、この想像力は、当たり前ですけれども、どのような使いかたをすることもできます。「この仕事がうまくいかなかったら、どうしよう」と、思い悩むのも、想像力があるからです。「この頼みごとをことわられたら、つらいなあ」と、感じるのも、想像力があるからです。もう、おわかりですよね。そのあとの、選択肢は、すべてあなたにあるのです。仕事がうまくいかないかも…という想像力を豊かにもっているひとは、その想像力を、「どうしたら、うまくいくだろうか」という方向に向ければいいのです。頼みごとをことわられることを心配する想像力を豊かにもっているひとは、その想像力を、「受け入れてもらえるアイデアを考える」という方向に、向ければいいのです。不安がおおきければおおきいほど、心配がたくさんあればあるほど、それは、あなたが、とても豊かな想像力の持ちぬしだという証拠なのです。その豊かさを、不安や心配ではなく、希望や夢に向けて、働かせればいいだけなのです。もともとそなわっている力を、いままでとちがう方向に転換してやるのです。何度でも繰り返します。忘れないでください。あなたには、想像力があります。それは、生まれながらにして、与えられた贈りものです。この贈りものを、最大限に活用しましょうよ。あなたが、より生き生きと、あなたらしく、この人生を生きていくために! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第231号(2004年6月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------あなたが悩むのは、あなたが人間だからです。突然ですが、質問です。人間は、なぜ、悩み苦しむのでしょうか?こたえは、「あなたが人間だから」です。これでは納得がいかないと思いますので、少し説明しますね。(^^ゞ人間には、想像力があります。この想像力は、脳の、前頭葉がつかさどるはたらきです。すべての動物のなかで、前頭葉がこれだけ発達した動物は、人間だけなのです。想像力には、さまざまなはたらきがありますが、そのひとつに、「未来について思いをめぐらす」ということがあります。私たちは、想像力があるから、「明日、会社をクビになったらどうしよう」と、悩むのです。想像力があるから、「彼女は、オレのこと、裏切っているのでは」と、疑心暗鬼になったりもするのです。(^^ゞ犬は、「明日、家がなくなったらどうしよう」とは、悩みません。猫は、「老後はどうやって暮らそうか」と、将来の計画を立てたりはしません。あなたの悩みも苦しみも、あなたが人間だから、起きることなのです。悩むのは、つらいことです。苦しいことです。でも、想像力には、無限の可能性が秘められています。悩むためだけ、苦しむためだけに使うのは、もったいないと思いませんか?その想像力を、もっとちがうかたちで使ってみてはどうでしょうか。もう一度、書きます。あなたが悩むのは、あなたが人間だからです。あなたは、たまたま、今回、人間として生まれてきたのです。犬でも猫でも、牛でも鶏でもよかったのに、そのいずれでも、なかったのです。まずはそのことを、受け入れましょうよ。悩みも苦しみも、人間だからこそ味わえる、プレゼントなのだと、気づきましょうよ。そして、その源である想像力を、もっと、上手に使っていく方法を考えましょう。想像力。この奥深いテーマは、明日もつづけて書いてみたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第230号(2004年6月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------あなたは、もう、脱皮しているのです。ずいぶん前になりますが、友人から、悩み相談の電話をもらったときのことです。あるこだわりを、どうしても手放せないという話でした。話をしているときに、ふっと、セミの抜け殻のイメージが浮かんできました。そこで、それをそのまま、友人に伝えてみました。「あのね、私には、あなたはもう、その問題を クリアしているように思えるんだよね。 でも、その問題で、ずっと苦しんできたから、 まだ、その渦中にいつづけてる気がしちゃうのかもね」そのことばで、友人は、はっと気づいたようです。そして、すっきりした声で言いました。「そうだね。もう終わっていた問題なんだね」ずっと、かぶってきた殻は、苦しかったけれど、同時に、慣れ親しんだ感覚でもあったと思うのです。でも、ひとつの問題・課題をクリアすることは、その殻を脱いで、あたらしい世界に出て行くこと。最初は、皮膚がすうすうして、寒いかもしれません。固い殻がなくなって、心もとないかもしれません。でも、もう二度と、その殻のなかには戻れないのです。それは、あなたが選んだプロセスなのですから。もう一度、あなたが抜け出した殻を、よく見てください。あのなかに、あなたは、もういないのです。あなたは、脱皮したのです。殻に閉ざされて生きる時代は、もう終わったのです。感謝して、自然に還してやりましょう。役目を終えた、過去のあなたを。そして、そのとき、あなたは、発見するでしょう。あたらしいからだについている、黄金の羽に。次にあなたがすべきことは、その羽を、おおきく、ゆたかに羽ばたかせること…! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第229号(2004年6月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------「水」である自分を楽しんでみましょう。私たちのからだは、その約70%が、「水」でできています。赤ちゃんだと80%、お年寄りでも、60%くらいはあるそうです。水を入れたビニール袋を、ちょっと想像してみてください。それを、ゆっくりと押してころがしてみます。ぐにゃり、ゆらゆら、ふるふる、ぴしょん…。押されるままに、揺れるままに、ビニール袋のかたちは、変化します。袋のなかの水も、それにあわせて変化します。私たち人間のからだも、同じです。皮膚という皮の袋に包まれた、70%の水のなかに、骨やら筋肉やら脂肪やらが浮かんでいる。その状態が、人間のからだなのです。よぶんな力を限りなく抜いていき、内なる水の流れにまかせてやると、からだみずからが、本来の自然な状態のからだを、思い出していきます。そうすると、こわばりのない、ゆるやかで、楽ちんなからだを、とりもどすことができるのです。よく、「私はからだがかたいんです」というかたがいらっしゃいますよね。たいていの場合、息を詰め、からだを硬直させ、筋肉の力を駆使して、からだを曲げようとしています。でも、それは本当は逆なのです。力を抜いて、抜いて、内なる水の流れにまかせれば、自然に、しなやかなからだになっていくのです。私は、以前、右ももの内がわの筋を痛めたことがあります。それ以来、得意だった、開脚しての前屈が、痛くて、できなくなってしまいました。(座った状態で、両足をできるだけひらいて、 からだを前に倒していく、あれです)普通にまっすぐ前屈しようとすると、傷めた筋が、びりびりと、また痛み出すからです。ところが、からだのなかの水の感覚にしたがって、自然な流れで、からだを倒していくと、すっと、前屈できる回路があるのです。からだに、まったく無理をかけない状態で。私だけが、特別なわけではありません。人間は、本来、みな、そういうからだなのです。既成概念を捨てて、「水」である自分を、思い出してみてください。そして、「水」である自分を楽しんでみましょう。その、内なる水の流れを楽しみながら、かたまったからだを、ゆるゆるとほぐしていくと、いつのまにか、こころまで、やわらかくなっているかもしれませんよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第228号(2004年6月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------集中しないときは、学校モードで仕事してみましょう。今日はちょっと、お役立ちモード?の話題です。私はフリーなので、自宅で仕事をしているのですが、どうにも、仕事に集中できないときがあるんです。ネット散歩にはまってしまったり(笑)、買ってきた本を読みふけってしまったり、用もないのに、ガラス磨きを始めたり…(爆)。やらなくちゃいけないとわかっているのに、自分ひとりだから、ついつい甘くなっちゃうんですね。そんな自分のネジを巻きなおすために、ときどき使っているのが、この方法です。まず、その日、どういうスケジュールで仕事をするか、「時間割」をしっかり書き出します。ここまでは、当たり前にやることですよね。そのとき、一区切りの時間を、45分とか50分にしておくのです。わかりますか? 実は、これ、学校の授業時間と同じなんです。さらに、時間になると、タイマーが鳴るようにしておきます。そして、仕事を始めるのです。50分というのは、けっこうあっという間です。(学校の授業のときは、あんなに長かったのに?)(笑)「あっ、ノッてきた。もうすこしやりたい」というところで、タイマーが鳴るんです。(^^ゞそこで、5分とか10分、休み時間を入れます。(^○^)時間がきて、タイマーが鳴って、仕事を再開すると、さっきのやりたかった気持ちがまだ残っていますから、すぐに集中できるんですね。そして、50分後にはまたタイマーが鳴って…。学生時代の、チャイム(いまはノーチャイムの学校も増えていますが)に強制されて、やっていた授業。(^^ゞいま、フリーの身となってみると、なつかしくもあり、ありがたくもあり。(笑)そんなわけで、自分でつくってみる、ミニ時間割の「授業ごっこ」。なかなか集中できないっていうかたがいたら、ためしてみてくださいね。ちなみに、タイマーの音が、無粋な「ブー」ではなく、もうすこし美しい音色だったら、さらに楽しいかなあと思う今日この頃です。(^^ゞ --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第227号(2004年6月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------ときには、ことわる勇気も必要です。プライベートなことなので、多少抽象的になりますが、どうぞ、ご了解のうえ、お読みください。過去の、私自身の、ちょっと苦い思い出です。あるひとから、頼まれごとをしました。ちょっとした、人間関係の仲裁みたいなことです。そのときも、正直なところ、気が進まなかったのです。でも、以前、いろいろとお世話になったひとなので、協力しなくちゃと、かかわることにしたのです。そのひとの話を聞いていると、トラブルの原因は、おもに、相手のがわにあるように思われました。もちろん、鵜呑みにしてはいけないと、それなりの気持ちで聞いてはいたのです。でも、事態が緊急だったことや、相手のかたとは直接会えなかったこともあり、結果的に、私は、そのひとに請われるままに、動いてしまったのです。いろいろなやりとりがあって、ともかくも、結論を出す日がやってきました。実は、そのころになって、私は、相手のかたと、会うことができました。そして、その相手のかたの話を聞かせてもらったときに、私は、自分の間違いに気づいたのです。私が聞いていた話は、やはり一方的な情報だったのだと。もちろん、相手のかたにも非はありました。でも、私が受け取っていた情報は、相手のかたの本意とは、あまりにかけ離れていました。相手のかたには、相手のかたなりの誠意がありました。それは、話していて、切々と伝わってきました。そのことが、もっと早くわかっていたら、私は、言いなりになるような行動はとりませんでした。でも、ときはすでに遅く、決まってしまったことを、翻すことはできませんでした。私に相談してきたひとを、責めるつもりはありません。そのひとは、そのひとなりに、追いつめられて、苦しんでいたのですから。でも、それは、おそらく、そのひとにとって、必要な試練だったのです。そこに、そのひとの学ぶべき、何かがあったのです。だから、あのとき、私には、ことわる勇気が必要だったのです。そのひと自身の、学びのチャンスをつぶさないために。そのことがわかったのは、後日、そのひとが、同じようなことを繰り返していることを知ったからです。偏った情報で、他人を批判するということを。それを知ったとき、半分は、私の責任だと思いました。「ことわって、不人情な人間だと思われたくない」結局は、そんなエゴが、自分の内がわにあったのです。その私のエゴのために、私は、そのひとに、同じあやまちを繰り返させてしまったのです。ときには、ことわる勇気も必要です。あらためて、重くかみしめたできごとだったのでした。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第226号(2004年6月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------感情を楽しみましょう。人生は長いのですから。演劇活動に関わっている関係で、ときどき、このメルマガでも、演劇がらみの話題が登場します。今日も、そんな話題のひとつです。演劇をするうえで、欠かせないもののひとつに、「感情」があります。感情表現のない演劇なんて、普通はないですものね。さて、あるときのワークショップのなかで、みんなで、感情をあらわすことばを、挙げてみたことがあります。うれしい、楽しい、喜ぶ、幸せ、ときめく、期待する、あこがれる、甘える、感謝する、腹が立つ、くやしい、怖い、おびえる、ねたむ、悲しい、恥ずかしい、なつかしい、せつない…などなど。挙げていくと、びっくりするくらいたくさんの感情があることに気づきます。こうした感情を、私たちは、ふだん、どれくらい使っているでしょうか。また、ネガティブな感情と、ポジティブな感情、どちらをたくさん、使っているでしょうか。もちろん、ネガティブな感情は、いだかないほうが、楽に生きられます。でも、私たちは、感情の動物です。よほど、悟りをひらいたひとでない限り(?)、感情の起伏があるのが、当然ではないでしょうか。だから、まるごと楽しんでしまえばいい、と思うのです。苦しいことを、楽しんで生きるのです。悲しいことを、楽しんで生きるのです。せつないことを、楽しんで生きるのです。ねたましい気持ちを、楽しんで生きるのです。怖い気持ちを、楽しんで生きるのです。そんなこと、無理だよ、って言われそうですね。でも、人生は長いのです。ゆっくりゆっくり、身につけていきましょうよ。苦しみを楽しむことを、「くるたのしい」としましょうか。同じように、「かなたのしい」(悲しいことを楽しむ)「せつなたのしい」(せつないことを楽しむ)「ねたまたのしい」「こわたのしい」…(笑)なんだか、わけがわからなくなってきそうですが。(爆)でもね、自分に起きるすべてのこと・もの・感情を、そんなふうに、「楽しむ」視点をもてたら、私たちは、どれだけ幸福に生きられるか知れません。そう、人生は長いのです。その長い人生を、まるごと楽しむために、自分の感情をまるごと受け入れていくことは、とても大切なことのように思います。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第225号(2004年6月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------怖れを超えて、受け取りましょう。そうすれば…あるセラピストのかたの、個人セッションを受けているときでした。イメージ・ワークをおこなっている最中に、私の胸のうちに、不意に、あるビジョンが湧きあがってきました。その瞬間、私は激しくとまどい、怖れました。それは、私の日常あるいは常識からは、とうていありえないと思えたことだったからです。絶対に手に入れることはできないと、あきらめてきたことだったからです。私は思わず、こう言っていました。「受け取れません。 私には、これを受け取る資格がない…。 これは私のエゴが、 勝手に見せているイメージではないですか」セラピストのかたの返事はこうでした。「大丈夫ですよ。受け取ってください」私は抵抗をやめ、やってきたそのビジョンを受け入れました。すると…、かつて感じたことのないような、深い安らぎが、私を包みこみました。うまく表現できないのですが、私の存在、いのち、そのまるごとに、愛を注がれたような感覚でした。自然に、涙があふれて、こぼれ落ちました。それ以来、そのビジョンは、消えることなく、折にふれて、私に勇気を与えつづけてくれています。何があっても、うしなわれることはないでしょう。生きている限り、ずっと…。いま、振り返って思うと、私はあのとき、自分の内がわに、錨(いかり)をおろしたのだと思います。どんなに、荒れ狂う海に漂ったとしても、けっして、はずれることのない、強い錨を。怖れを超えて、受け取ったとき、はじめて、それを手に入れることができたのです。今日の話は、抽象的でわかりにくかったかもしれません。でも、こんなこともあるのだ、ということを、ぜひ伝えてみたかったのです。私たちは、自分で自分に制限をもうけてしまいがちです。最初から、だめだとあきらめてしまいます。そして、そのために、多くの可能性をうしなうのです。怖れを捨て、勇気を出して、受け取りましょう。あなたが本当に生きたい人生を生きていくために。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第224号(2004年6月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------頼りないくらいが、ちょうどいいのです。ある組織に、とても、魅力的なリーダーさんがいました。みんなは、そのひとを信奉し、活動に参加し、組織は、どんどんおおきくなっていきました。リーダーさんは、何でもできます。さまざまなアイデアを生み出し、ひとを指導し、読みごたえのある原稿を書き、会議の司会進行なんかも、それはみごとです。みんなは、ますますリーダーさんに信頼を寄せ、「リーダーさんにまかせておけば心配ない」と思い、なんでも頼るようになります。5年経ちます。10年経ちます。リーダーさんも年をとります。かつてのような勢いがなくなってきました。また、何でも自分でやらなければならないので、あちこち手が回りかねるようです。でも、誰も、リーダーさんを助けようとしません。リーダーさんに、おまかせにすることになれきってしまっていたからです。リーダーさんの代わりをやって、失敗したらとんでもないと思ってしまったからです。さて、ここで問題になるのは、周囲の、助けなかったひとたちでしょうか。たしかに、まわりのひとたちの責任はあります。でも、組織って、当たり前ですけど、ひとりじゃ成り立たないんですね。だから、組織を育てていくときには、最初から、みんなでわけもっていくシステムやら、一定期間たったら、バトンタッチしていけるような構図をつくっておく必要があるんです。また、多少のリスクを負っても、「失敗」の練習ができて、力をつけていける、そういう環境が必要なんです。その意味では、リーダーさんが、あまり頼りになりすぎるのも、問題かもしれません。その信条や目的はしっかりしていても、本人は、多少頼りなさそうに見えるくらいがいいのです。まわりのみんなが、「自分たちがしっかりしなくちゃ」と思いますから。おまかせにしないで、いっしょに考えていくようになりますから。また、そういう雰囲気をつくっていくことも、組織には、ときには必要ではないでしょうか。すばらしい理想や信念をもちながら、後継者がそだたずに衰退していく組織を見ると、そんなふうに思えてしかたがないのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第223号(2004年6月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------ひまで、好きなことをして暮らす方法。私は、まわりのひとから、よく、「忙しいのに、よくやりますねえ」と言われます。フリーの編集者という本業のほかに、メルマガ発行。演劇部の指導に出かけ、ワークショップをやり…。たしかに、いろいろなことをやってはいる、ようです。でも、言われるたびに、実は、ちょっと困ります。(^^ゞ私は「忙し」くはないからです。 その理由は、このメルマガ第15号(古っ)に書きました。 http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000119721なので、お返事のしかたを、ずっと悩んでいたのですが、最近、いいこたえかたを思いつきました。 「忙しいのに、よくやりますねえ」 「いえ、私、ひまですから」…え? こたえになってない?(^^ゞ でも、これが、私の実感に一番近いことばなのです。なぜなら、私は、好きなことしかしていないからです。自分の好きなことが、存分にできる。これって、「ひま」な人間の特権ではないでしょうか。そう言うと、今度は、こんなふうに言われます。「好きなことをして暮らせるなんて、いいですねえ」そのたびに、「はいっ、そう思います!」と、元気にこたえています。(^○^)でも、これも、微妙にちがうんですね。私にそう言うひとは、私よりきれいな服装をして、食事だって外食もできて、テレビもビデオもファミコンも、携帯電話ももってます。私は、服は、たいてい、友人からもらったのを着てるし、外食は、500円以下をモットーにしてるし、テレビもビデオもファミコンも、携帯電話ももってません。私をよく知っている友人なんか、「そんな生活、絶対、したくない」と言います。(爆)要は、何を価値基準に置くか、だと思うんですね。私の場合、「生きる」ことと趣味と仕事の境目がないので、とりあえず、何でも楽しめてしまうのです。衣食住に重きを置かないのは、それよりも、楽しいことがたくさんあるからです。その結果、「ひまで、好きなことをして暮らす」生きかたを、実現?してしまっているわけです。(笑)衣食住が満たされると幸せなひとは、衣食住を充分に満たせばいいのです。好きなことをしていると幸せなひとは、好きなことを存分にすればいいのです。もちろん、両方満たせるひとは、満たしていいのです。大切なのは、あなたが、何を望むかです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第222号(2004年6月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------相手に伝える言葉は、「シンプル イズ ベスト」。今日のテーマは、誰でも知っているけれど、ついつい忘れがちなことだと思って、書いてみました。相手にわかってもらおうと、一所懸命言葉を尽くして、かえって、誤解されてしまったことってありませんか?ていねいさは、とても大切なことだと思います。でも、長々としゃべっているうちに、つい、こちらの言いわけになってしまったり、言わなくてもいいことまで、言ってしまったり…。(^^ゞそのたびに、もどりたいのが、この言葉。「シンプル イズ ベスト」。単に、短ければいいという話ではありません。シンプルであるということは、必要な言葉が、必要なだけ、そこに選ばれているということです。これは、表現がうまい・下手の問題ではありません。必要な言葉を、必要なだけ選べるということは、伝えたいことの要点が、自分でしっかりわかっているということなのです。到達したい目標、提案したいイメージが、明確であれば、言葉に迷うことはないのです。(たとえ、多少稚拙であっても、 ちゃんと伝わるものなのです)表現の技術を悩む前に、まず、伝えたい中身を、しっかりとつかみましょう。あなたが理解している内容を、深く吟味しましょう。そして、そのこと・ものの、輪郭ではなく、本質ずばりを、言葉にしてしまいましょう。シンプルな言葉には、うそやごまかしがありません。それは、そのまま、聴くひとの胸を打ちます。それによって、あなたの言葉は、かつてなくパワフルなものに変わっていくでしょう。そして、これは、日常生活にも応用できるのです。無用な言いわけは、やめてしまいましょう。あなたが、よけいなまわり道をやめれば、相手にも、その気持ちが伝わるのです。、伝える相手に、最大限の信頼をおぎながら、どうぞ、あなたのメッセージを伝えてみてください。「シンプル イズ ベスト」。コミュニケーションを成立させるための、これは、魔法の言葉です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第221号(2004年6月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------怒りにまかせて、手紙を書いてみましょう。えーっ、そんなことしていいの?って、言われちゃいそうですね。(^^ゞはい、ちゃんと、つづきがあるのです。(笑)人間、生きていれば、誰でも腹の立つことって、ありますよね。怒りの解決法は、いろいろあると思います。その解決法のひとつとして、読んでみてください。あなたの感じた怒りを、一切がまんすることなく、そのまま、怒りの相手にたいして手紙を書くのです。罵詈雑言、OK。誹謗中傷、がんがんやってください。とにかく、書きたいことは、あますところなく、存分に徹底的に書ききってください。そして、その手紙を封筒に入れ、封をして…。勘のいいかたなら、もうおわかりでしょう。そう、この手紙は、投函してはいけません。そっとしまっておくか、静かに捨ててしまうのです。怒りは、「自分のことをわかってもらえない」「ありのままの自分を、受け入れてもらえない」という悲しみが、攻撃に転じた感情なのです。だから、本当は、悲しみを伝えたほうが、相手には伝わりやすいのです。でも、怒っているときは、こころのバランスがくずれて、正しい判断ができなくなっています。ふだんは、温厚でやさしいすてきなあなたが、あんな怒りの表現をしてしまうのは、そのためなのです。(いえ、見てたわけじゃありませんよ。想像デス)(^^ゞでも、「怒ってはいけない」と自分を抑圧すると、怒りは、行き場をうしなって、あなたの内がわで、マグマのように煮えたぎります。それって、からだにも悪いです。こころにも悪いです。だから、そっと、出してあげるのです。こころのそのままに、手紙を書くという方法で。この手紙は、そのまま送っても、相手には伝わりません。本当の気持ちは、悲しみなのに、文章では、怒りの部分を書いてしまっているからです。本当のことを書かないと、相手にはけっして伝わりません。だから、この手紙は、渡してはいけないのです。不思議なもので、書きたいことを書いてしまうと、怒りは、自然におさまってくれるものです。そんなことないよというあなたも、ひと晩たってから、その手紙を読み直してごらんなさい。きっと、投函するのが恥ずかしくなりますよ。(^^ゞそれでも、やっばり、怒りがおさまらないというひとは、何度でも、何度でも、これを繰り返してください。書いて、そして、何度でも破り捨ててください。火をつけて、燃やしちゃうのもいいかもしれません。そのうち、あなたの感情はしずかに凪(な)いで、あなたは、あなた本来の落ち着きを取り戻します。相手に働きかけるのは、それからでも遅くはないのですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第220号(2004年6月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------与えることのできる幸福に、気づきましょう。今回のお話は、あいまいな記憶にもとづいて書いているので、ひょっとしたら、間違っている部分もあるかもしれませんが、そのへんは、適当に解釈していただけると、幸いです。m(__)m托鉢のお坊さんが、なぜ、托鉢をするのか、ご存知ですか?精神修養のための修行。もちろんそうです。では、何のための精神修養なのか。こんな話を聞いたことがあるのです。昔むかし、托鉢のお坊さんは、村から村へと、一軒一軒の家の戸をたたきながら、歩きました。しかも、庄屋さんなど、裕福な家ではなく、貧しいお百姓さんの家の前に立って、その鉢をたむけたのだそうです。貧しいお百姓さんの家には、当然ながら、余分なものなど何もありません。一家が暮らしていくのさえ、やっとなのですから。でも、そのお百姓さんが、お坊さんのために、ひとにぎりのひえや、一杯の水を差し出すのです。私たちは、どんなに豊かな富をもっていたとしても、それを、誰かと分かち合うことができず、たったひとりで、生きていくしかないとしたら、どんな金銀財宝も、こころを満たしてはくれません。私たちは、誰かと分かち合うことで、生きている喜びも幸福も、実感できる存在なのです。貧しいお百姓さんが、誰かのために、何かを与える機会など、ほかにあるでしょうか。だからこそ、托鉢のお坊さんが、その機会をあげるのです。そのとき、お百姓さんは、施しを与えるという行為をとおして、お坊さんから、与える喜びを与えられます。そして、施しの機会を与えるという行為をとおして、お坊さんは、与えられる喜びを与えられのです。だから、托鉢とは、ともに、与え、与えられる喜びの修行だったのです。あなたはいま、誰かにたいして、何かを与えることができますか?必ずしも、金品でなくてもいいのですよ。ほんのちょっとした気づかいや手助けでもOK。ちいさなほぼえみひとつだって、充分に、与えるに値するものなのです。与えることのできる幸福を知っているなら、あなたは、そのままで幸福なひとです。そして、もしも、あなたがいま、何かの理由で、幸福を感じられないでいるのなら、ぜひ、この「与える」をためしてみてください。幸福の受け取りかたは、案外、こんなところにひそんでいたのですね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第219号(2004年6月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------私たちはつながっています。たとえ死が分かつとも。もうずっと前の話になりますが、猫をひろいました。北海道の11月の雨の降る寒い夜、家の外でこごえかけていたのです。猫はまだ、生後1週間ほどでした。猫は、そのまま、我が家の飼い猫となりました。誰にとっても、同じかもしれませんが、同居する動物は、深く、こころを癒してくれる存在です。その猫も、我が家には、いなくてはならない存在となり、たくさんの「名エピソード」を残してくれました。そして、14年の寿命を全うして、死にました。猫が死んだとき、私は泣いて泣いて、泣きました。自分が育てた、という思い入れもあったでしょうが、それほど、その猫は、強い印象で、私のこころのなかに住み着いていたのです。それから、1、2年たったころでしょうか。その日、私は、うとうとと、午睡をしていました。不意に、私のかたわらの「空間」が、ばっと、割れるような感覚があり、そこから、何かが飛び出してくるのを感じました。からだが動かなくなったと思った次の瞬間、胸のうえが、ふっと重くなりました。何も見えません。でも、たしかに重さはあります。そして、私の耳に聞こえてきたのは…、ゴロゴロという、猫特有のあの、のどを鳴らす音でした。理屈ではなく、わかりました。私の猫が来たのだと!驚きと、とまどいと、よろこびと、そして、ほんの少しの怖れとが、私を支配しました。私は、じっと、その音を聴き、あのなつかしい重さを味わっていました。どれだけのときが経ったでしょう。実際には、1分も経っていなかったかもしれません。「来てくれて、ありがとう。でも、もういいよ。お帰り」私が、こころのなかでそう言ったとたんに、ふっと、気配は消えたのです。ことわっておきますが、私は霊感なんかもってません。自慢ですけど、ものすごく鈍感な人間なのです。でも、それは、私にとっては、まぎれもない現実でした。あれ以来、猫は、二度とおとずれることはありません。でも、わかったことがひとつだけあります。それは、死が、すべての終わりではないということ。たぶん、理屈を超えた、どこか深い部分で、すべてのいのちは、つながりあっているのでしょう。そして、時空を超えて、ときには、こんないたずらな時間をつくることもあるのかもしれません。あの日を境に、私は、もう二度と、猫の死を、悲しまないでもすむようになりました。見えなくても、いつでもそばにいると、信じられるから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第218号(2004年6月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------あなたはいま、誰を演じているのですか?いま、突然、あなたに、「演劇やってみませんか?」と聞いたら、「できません」というひと、けっこう多いでしょうね。(^^ゞ「役を演じる」ためには、特別な才能が必要だと、思ってしまうからでしょう。でもね、本当は、誰でもが役者なんです。あなたは、毎日、毎日、演じつづけているんです。あなたが、親といっしょにいるときは、あなたは、子どもの自分を演じています。あなたが、子どもといっしょにいるときは、お父さんかお母さんの役割を演じています。あなたが、会社にいるときは、上司であったり、同僚であったり、部下であったり、それぞれの立場を、演じています。そして、それは、当然のことです。この社会で生きていくために、そのときどきの役を演じ分けていくことは、必要なことですから。ただ、私たちは、ときどき、自分が演じているということを、忘れるのです。とくに、会社で働いているひとたちのなかには、家に帰っても、会社での演技をそのままつづけてしまうひとがいます。また、お母さんの役を演じているひともそうです。ともすると、自分には、「○○のお母さん」役以外の役もあることを忘れてしまいがちになるのです。そうなってしまうと、とても疲れます。どんな俳優だって、24時間、同じ役を演じつづけることなど、できません。また、まわりのひとも疲れます。家庭のなかに、会社の上司がいたりすると、ゆっくりくつろげませんものね。(^^ゞあなたはいま、誰を演じているのですか?そのことを、ときどき、感じてみてくださいね。そして、もうひとつ。演じているその役は、心地よいですか?自分にも、まわりにも、調和していますか?私たちは、すべてのひとが、最高の「俳優」です。私たちは、どんな人間を演じることもできるのです。楽しく、おもしろがって、演じてみましょう。あなたも、あなたのまわりのひとも、いっしょに幸福になれるように。そして、最後に。ときどきは、それらすべての役を降りて、何も演じない、「自分自身」にもどってくださいね。どちらも、大切な時間です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第217号(2004年6月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------「0」と、「0.1」とは、全然ちがいます。私たちが、何かを行動しようとするとき、しばしば、精神的なブロックに、行き当たります。「うまくいかないかもしれない」「失敗したら、笑われるかもしれない」「誰も、反応してくれないんじゃないか」「失敗したら、自信をうしないそう」ブロックが多ければ多いほど、次々と、怖れの気持ちが出てきます。そして、あんまり、その気持ちが強いときには、無力感におそわれて、前に進むのをためらってしまいます。そんなときに、いつも言うことばなのです。「0と、0.1とは、全然ちがうよ」何もせずに、動かずにいる状態を、「0」とします。「0」は、いつまでたっても「0」のままです。行動しようとすることは、この「0」を、「1」や「2」や「10」にしようとする動きだと思うのです。ところが、いきなり「1」や「2」だと、ハードルが高い場合もあるのです。とくに、まったく初めてのことをやる場合や、困難が予想されることをやる場合、などです。だからこそ、「0.1」でいいと言いたいのです。どんなにちいさな歩みでも、前に進んだ瞬間、それは、「0」ではなくなるのです。その、「前に進んだ」感覚を、大切にしてほしいのてす。大河の一滴、砂漠の砂の一粒。どれも、とるに足らないものに感じるかもしれません。でも、その一滴、その一粒こそが、大河や砂漠をつくっている、もとなのです。その一滴、その一粒がなければ、どんな大河も砂漠も、かたちをなすことはできないのです。あなたの一歩を、ちいさなものと考えないでください。たとえ、「0.1」…、いえ、「0.01」であっても、間違いなく、それは「0」ではないのですから。たゆみなく、その「0.1」を重ねていってください。必ず、たどり着けます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第216号(2004年6月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------赤ちゃんの視点で、世界を見てみましょう。今日のテーマは、こころをリフレッシュする、とっても簡単なワークです。私たちは、毎日の生活のなかで、すこしずつ、疲れをためていってしまうようです。毎日が、ただ同じことの繰り返しのように思えてきて、どんどんエネルギーがなくなって、新しいことにトライする気持ちもうせてきて…。でも、こころのどこかでは、思っているんですね。「これでいいんだろうか」そんなあなたに贈りたいのが、「赤ちゃんの視点」。赤ちゃんの頭の上で、赤や黄色の色が、くるくると回っています。赤ちゃんが目を輝かせ、それに向かって手を伸ばします。おとなの目から見れば、それは、ただのメリーゴーランドです。でも、赤ちゃんは、そうは思ってはいません。不思議な色の、不思議な輝きをもつ謎の物体です。赤ちゃんが、ボールを見つけて、つかみます。おとなから見れば、それは、投げて遊ぶものです。でも、赤ちゃんは、それを投げるだけでなく、なめます。かじります。握ります。踏みつけます。もう、おわかりでしょう。赤ちゃんは、何も知りません。知らないからこそ、固定観念にとらわれないのです。目を閉じて、横たわりましょう。闇のなかにいる自分をイメージしてみましょう。ゆっくりと、目をあけます。そして、何も知らなかった自分にもどって、もう一度、目を開けて、この世界を見渡してみましょう。手を見てみましょう。あなたは、それで何ができるかを、まだ知りません。立ち上がって、歩いてみましょう。まるで、この地上に、生まれたばかりの赤ちゃんのように、 実際には歩けませんが、こころは、 世界を走り回っているはずです。 赤ちゃんのこころで、歩いてみましょう。すべてのものの名前を忘れ(たつもりになっ)て、ただ、そこにあるものとして、見てみましょう。丸いとか、四角いとかさえ、定義することをやめてみましょう。そして、ただ、純粋な好奇心のままに、目についたものに、ふれてみてください。してみたいと感じたことを、ためらいなく、してみてください。ゆっくりと、世界を遊んだら、もとの自分に、もどってきてください。このワークは、実際におこなってもいいし、ただ、イメージだけでおこなってもかまいません。この体験は、あなたに、「世界を、可能性のかたまり」として見ることを、思い出させてくれるでしょう。あなたの内がわを、もう一度、新しい光で満たしてくれるでしょう。その光で、あなたの生活を、あなたの人生を、照らしなおしてみてください。あなたの、あらたな、次の一歩が始まります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第215号(2004年6月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「本気」の種火をつけるには…。表現(演劇)指導の活動に関わるなかで、これまで、本当に、たくさんの子どもたちと出会ってきました。積極的な子どもたちも、います。目をきらきらさせて、歌ったり、踊ったり。でも、そんな子どもたちばかりとは限りません。せりふ一つ言うのにも、どこか自信なさげで、伏し目がちに、すぐにうしろに下がってしまったり、動きもちいさく縮こまってしまう子などなど…。けれども、私は、いつも思うのです。どの子も、みんな、おおきな可能性を秘めているのだと。それが、目に見えるかたちになっているか、いないか。いまは、ただそれだけのちがいだと。だから、私の仕事は、そんな子どもたちに、「本気」の種火をつけること。方法は、そのときどきでちがいます。でも、一貫しているのは、私自身が、「本気」の自分で、そこにいることです。誰だって、生まれ落ちた瞬間から、自信のないひとなんて、いないんです。私たちは、100%の可能性を信じて、この世界と向き合いながら、生きてきたんです。そして、そのなかで、たまたま、うまくいかなかったり、抑えこまれたりして、少しずつ、自分を見失い、こころのなかで燃えていた、火を消してしまってきたのです。火は、消えてしまったら、終わりなのでしょうか?いいえ、ちゃんと、ふたたび燃え出すための材料は、すべて、そこにあるのです。(それは、生まれたときから、なくなることはないのです!)ときには、おきだって、残っているかもしれません。だとしたら、私にできることは、私自身の内なる炎を、見せること。そう、相手(の可能性)を100%信じて、向き合うことなんです。それが、「本気」っていうことなんです。だから、ときには、ゲキの一つも飛ばします。何度も何度も、やり直しだってさせます。無理じいはしませんが、その子のなかに、「やりたい」という芽が少しでも見えれば、手加減せずに、要求します。妥協はしません。そうすると、その子のなかの種火が、もう一度、燃え出すんです。上手・下手の問題じゃない。大切なのは、そこです。そのことなんです!その瞬間に立ち会うと、私はぞくぞくして、躍りだしたくなります。うれしくてうれしくて、「やったね!」と叫びたくなります。(実際、とぎとき、叫んでしまいます…)(^^ゞもう一度、燃え上がった種火を、おおきくしていくのは、その子の責任です。それは、そんなに簡単なことではありません。でも、私は、信じているのです。私たち(おとなも子どもも)の、可能性というものを。だから、本気で、何度でも何度でも、向き合っていこうと思うのです。種火が燃え上がる、その瞬間に立ち会うために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第214号(2004年6月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------------ひとは、それぞれ、自分の「物語」を生きているのです。何度も繰り返して書いてきましたが、私たちは、他人とまったく同じものを見ることはでぎないし、同じ音を聴くことも、できません。そのひとの身体的特徴(視力など)はもとより、育ってきた歴史や環境その他で、受け取るものが、微妙に変わってきてしまうからです。すこし見かたを変えて、私は、このことを、「ひとは、それぞれの『物語』を生きている」というふうに、呼んでいます。その物語を、どのように、彩るかも、当然、本人次第です。あるひとは、自分はまわりから認めてもらえない、不遇な立場にあると感じています。つまり、そういう「物語」を、自分でつくりだしているのですね。そのひとにとっては、世間は、シンデレラのいぢわるなおねえさんみたいに冷たいのです。(^^ゞですから、たまに、やさしい声をかけるひとがいても、「そんなのはまやかしだ」と、信じようとしません。それは、自分の「物語」にそぐわないからです。また、あるひとは、人生はラッキーだと信じています。このひとにとって、まわりのすべては、わらしべ長者の登場人物みたいなものです。そのひとが差し出したものが、さらにすてきなものになって、もどってくるのですから。たまに、何か困ったことが起きても、「これは、どんなすてきなものに変わるんだろう」と、わくわくしていますから、気になりません。自分の「物語」に、悪いことは起きないと信じているからです。あなたは、どんな「物語」を生きてみたいですか?あなたは悲劇の主人公になることもできるし、ユーモラスな名脇役を演じることもできます。誰にも心をひらけない、『クリスマス・キャロル』のスクルージにもなれるし、すべてのなかに喜びを見出した、『少女ポリアンナ』の主人公になることもできます。大切なことは、それを、あなた自身が、選んでいるということを忘れないことです。私たちの人生の主人公は私たちであり、その書き手もまた、私たち自身なのです。自分の描いた「物語」を、しっかりと生ききりましょうよ!●追記蛇足ですが、ときどき、ひとの「物語」に、いろいろ注文をつけているひとを見かけます。それは、よけいなおせっかいです。あなたが生きられるのは、自分の「物語」だけです。気がついたら、すみやかに撤退しましょう。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第213号(2004年5月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------なにごとも、練習あるのみです。すみません、あんまり当たり前すぎる話ですが、自分の体験として、つくづく実感したことなので、書いておくことにします。(^^ゞこの2月、中学生の前で講演をしてきました。実は、私は、講演って苦手なんです。からだを動かすワークショップは、年間何十回と、やってます。こちらは、どんな状況でも、全然OK。飛び込みで、「表現」の授業だってやります。「え? からだ、動かすの?」なんて顔の企業のおじさま・おばさまがたを、いつのまにか乗せちゃう、なんて「かめわざ」も。(笑)からだを動かすことって、それだけで、もう、コミュニケーションなんです。ところが、講演って、一人でしゃべらなくちゃいけないですよね。これまでも、講演を頼まれると、途中でイメージ・ワークを入れたりして、純粋な講演って、やったことがなかったんです。(^^ゞでも、このときは、私の、ある作品(脚本)について語れという…。しかも、いただいた時間は、50分。持つのかあああ。で、数日前から、レジュメを考えはじめました。箇条書きで、こんなことを話そう、ということを。当日朝、ためしに、そのレジュメを見ながら、テスト的にやってみました。(もっと早くやれって)←自分ツッコミ結果、「30分で、終わっちゃうじゃんかー」(おいっ)しかたがないので、レジュメをさらに細かく書き直しました。それでも、1回、テスト的に話してみたことで、最初より具体的なレジュメができあがりました。しかし、ここで時間切れ。おいおい、あとはぶっつけ本番かあ。…と、後悔はあとをたたず。(爆)そして、いよいよ、本番です。80人ほどの中学生たちが、食い入るような、真剣なまなざしで見ています。その瞬間から、私は、下を向くことができなくなりました。私の目もまた、中学生たちに釘づけになってしまったのです。まるで、目と目の真剣勝負のような気がしました。下を向いたら、負ける(なんで?)。そんな感じです。というわけで、下を向けないので、せっかく書いたレジュメを、見ることができません!(単に、余裕がなかっただけですね、はい)レジュメなしに、私は語りつづけました。途中で、ときどき、何を話しているのかわからなくなりそうでしたが、(爆)それでも、とにかく話しつづけました。そして、話は40分で終わりました。(^^ゞ(やったー、練習のときより、10分長いぞ!)(こらこら)終わって、つくづく反省しました。やっぱり、ちゃんと練習しておくべきだったと。(笑)みなさん、なにごとも、とにかく練習あるのみです。おかげさまで、中学生の感想は、おおむね好評で、「感動しました」と書いてくれたひとも、なかにはいました。ここは、素直に、中学生に感謝をしておきましょう。そして、現金にも、「講演も、けっこう楽しいな」なんて思い始めている、今日このごろの私なのでした。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第212号(2004年5月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------祝福しましょう。それはいつかの自分の姿ですから。誰かを、「うらやましい」と思う感情は、誰のこころの中にもあるでしょう。もちろん私のなかにも、あります。成功したひとを見るにつけ、それがみぢかなひとであっても、そうでなくても。でも、その感情は、しばしば、嫉妬、ねたみという感情につながっていきます。「どうして、あのひとが成功しているのに、私は…」「あのひとだけ、うまくいくなんて、ずるい…」感情は、どんどん増幅していき、愚痴になったり、相手の批判になったり…。でも、冷静に考えれば、これって、まるで生産的じゃありませんね。愚痴を言っても、状況が変わるわけではないし、批判しても、どこかむなしさが残るだけだし。そんなとき、ちょっと考えてみてください。なぜ、あなたは、そのひとをうらやましいと思うのでしょう?そのひとと、自分を、どこかで、重ねることができるからではないですか?自分がまったく興味も関心もないことにたいしては、あなたは、嫉妬をすることはないはずなんです。たとえば、私は、ファッションに全然関心がないので、どんなにすてきな服を着ているひとを見ても、「うらやましい」とは思わないんです。なのに、お芝居を見にいって、素晴らしい演技をしている俳優さんを見ると、賞賛だけではない、どこか、こころが騒ぐんですね。自分がうらやましいと思う(嫉妬する)、それは、自分がなりえるかもしれない、いつかの姿なのです。あなたのかわりに、いま、誰かが、「それはこんな姿だよ」と、見せてくれているのです。だから、嫉妬のかわりに、祝福しましょう。「ありがとう、先に、その姿を見せてくれて」と。あなたの、いつかの未来に、こころからの拍手を贈りましょう。もちろん、それから先は、あなたの選択次第。あなたは、そういう姿をめざすこともできるし、そうではない生きかたを、選ぶこともできるのです。どちらに進んでも、間違いではないのです。大切なことは、その瞬間のあなたが、どれだけ満ち足りているか。それだけなのです。私? 私は、俳優の道は選びませんでした。いまもこころが騒ぐのは、きっとそれが、いつかの、なりたかった私の姿だからなのでしょうね。でも、けっして、後悔はしていません。それは最終的に、「選ばなかった未来」なのです。私は、私なりに、喜びに満ちて、いまの私を生きているのですから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第211号(2004年5月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------前に進みたかったら、現場に行きましょう。仕事で、(ときには趣味で)脚本を書いています。すらすら書けるときはいいけれど、やはり、書きあぐねて、悩むことも多いです。昨年、横浜市青葉区小中高生ミュージカルの脚本を書いていたときもそうでした。http://homepage2.nifty.com/dorama-net/ 脚本を書くっていうのは、孤独な作業です。誰も助けてくれません。ひとりで机に向かっていると、だんだん煮詰まってきます。1行も書けない日がつづくと、本当に苦しいです。散歩をしたりして気分転換してみました。もちろん、それなりに効果はありました。でも、実は、もっと効果のある方法があったんです。それは、現場に行くことでした。私の場合、現場とは、稽古場のことです。脚本が遅れているとき、稽古場に行くのって、針のむしろ(座ったことないけど)以上につらいです。でも、思い切って、行ってみました。80人近い子どもたちが、精一杯稽古をしています。生き生きした表情。はじける笑顔。見ていると、だんだん、元気が出てきます。ああ、あの子の、あの表情を生かしたいな。この表現ができるんなら、こんな場面もつくれるかも。…そんなふうに、どんどん、イメージがわいてくるのです。そして、すこんと抜けるみたいに、次の場面が浮かんできました。「よしっ、書ける」そして、実際に、書き進めることができたのです。前に進めないと感じたときは、現場に行きましょう。あなたの現場と、私の現場は、同じではありません。でも、それでも、あなたの現場には、あなたに必要な情報がいっぱいにあふれています。あなたのアイデアを必要としているひとたち、あなたの仕事によって喜びを得られるひとたちが、あなたとの出会いを待っています。どうぞ、苦しいときほど、現場に出てみてください。その風にあたり、その空気にふれて、あなたのなかで、とどこおっていたものを解き放ちましょう。そして、勇気をもらって、前へと踏み出しましょう!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第210号(2004年5月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------おとなになっても、わかりません!いきなりカゲキな発言で、すみません。(^^ゞ高校時代、ことごとく反発していた先生がいました。まあ、私も相当、素直じゃない生徒だったと思いますが、反発するには、それなりの理由もあったのです。その先生が、私にしょっちゅう言っていたことは、「みんながみんな、おまえのように やりたいわけじゃない」という言葉でした。集団のなかで、「これをやりたい、あれをやりたい」と発言すると、必ずその言葉が返ってきました。「みんなの足並みに合わせろ」というのが、その先生の口ぐせだったように思います。 先生、言っている意味はわかります。 でも、私は、それを、 みんなに強制しているわけではないのです。 この私が、やりたいだけなのです。 この集団のなかで、私がそれをやってみることを、 どうして認めてもらえないのですか。どうしても納得せずに食い下がる私に、先生もたまりかねたのでしょう。あるとき、こう言い切りました。「おまえも、おとなになったらわかる」それから私は、ずっと考えつづけてきました。おとなになったら、本当にわかるのだろうか。そもそも、おとなとは、いつなるのだろうか。あれから、○○年経ちました。とりあえず、私は、おとなにはなったようです。そして、○○先生、私はいま、こう思うのです。「おとなになっても、わかりません!」集団のなかには、さまざまなひとがいます。がんがん突っ走りたいひと(私です…)。ゆっくりのんびり行きたいひと。そのさまざまなひとが、そのさまざまなかたちのまま、集団をつくっていくことは、できないのでしょうか。できる、と、私は思うのです。まずは、そのひとの「やりたい」を認めることで。やりたいことを、認めてもらえると、ひとは、誰でも元気が出ます。やる気が出ます。そして、一所懸命に、そのことにトライします。それを見ていると、まわりのひとのなかにも、一緒にやりたいと思うひとが出てくるでしょう。それはそれでOK。どんどん一緒に参加しましょう。でも、もうちょっとゆっくりやりたいひともいます。それも、そのひとの「やりたい」なのです。そしたら、それも認めます。認めたあとは、バランスです。そのバランスを、お互いを尊重しあいながら、とっていけばいいのです。基本は、「やりたいことをやる」であり、「やりたくないことはやらなくていい」なのですから。(↑ このテーマは深いので、いずれとりあげます)先生、これが、おとなになった私の結論です。少なくとも、私は、このやりかたのほうが快適です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第209号(2004年5月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------いま、あなたは、どんな種を蒔いていますか?「蒔かぬ種は生えぬ」ということわざがあります。文字どおり、種を蒔かなかったところに、芽が生えてくることはない、という意味ですね。「当たり前じゃないか」と思われそうですが、私たちは、このことをしょっちゅう忘れるのです。いま、目の前で起きていることは、それが起きるための、種を蒔いた結果だということを。ためしに、自分の人生を振り返ってみてください。さまざまな思いが行き来することと思います。うまくいったこと、いかなかったこと。うれしかったこと、うれしくなかったこと。それらはすべて、いつかの過去に蒔かれた種が、芽を出し、花ひらいたものなのです。そのことを、しっかり受けとめることができたら、私たちは、これからをどう生きていったらいいか、自分の力で選べるようになります。もちろん、現実を見たとき、納得のいかないことも、いくつかはあるでしょう。たしかに、種は、鳥が落としていくこともあるし、風が運んでくることもありますからね。(笑)それでもやはり、あなたが何を蒔いているかは、大切なことなのです。たとえ、鳥が悲しみの種を落としていったとしても、あなたがいつも、喜びの種を蒔きつづけていたら、芽が出たとき、すぐにそのちがいがわかるのです。(その芽をどうするかも、あなた次第です)もう一度、繰り返しますね。私たちは、つねに、さまざまな種を蒔きつづけながら、生きています。どんな種を蒔くかは、すべて自分の自由です。幸せの種を蒔くのも、苦しみの種を蒔くのも、すべては、私次第、あなた次第です。だから、どんな種を蒔くのかは、とてもとても、大切なことなのです。いま、あなたは、どんな種を蒔いていますか?すべては、そのひとつぶからはじまるのです。私は、その種が、あなたの喜びになり、幸せになり、安らぎになることを願います。そしてさらに、あなたのまわりのひとにとって、わかちあう喜びに値する種になることを願います。わかちあう喜びの種が、またあらたな種を生んで、すべてのひとの幸いにつながることを願います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第208号(2004年5月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------あなたには、どれだけの「できる」がありますか?私の末の妹は、重度の脳性小児麻痺で生まれました。目も見えず、耳も聞こえず、もちろん、しゃべることなど、まったくできませんでした。生まれたときから、手足も動かず、寝返りひとつ打つこともできず、ハエが止まっても、払うことさえできません。(ハエが止まったことを、感知できていたかさえ、 わかりません)物を噛むこともできないので、食事のときには、母が、抱きかかえ、流動食を、一口一口、スプーンですくっては、流しこんでいました。妹は、何も、何ひとつ、できませんでした。5歳の夏に発作を起こして、あっけなく、私たちと別れを告げるまで、ずっと、ベッドに横たわったまま生きていました。けれども、ただひとつだけ、妹にできることがありました。それは、母が近づくと、笑うことでした。笑うといっても、顔面も麻痺しているので、笑ったような気がする、というだけですけれど。目は見えません。耳も聞こえません。どうして、母だとわかったのでしょうか?それでも、妹は、たしかに反応したのです。母が近づいた、そのときだけ。私たちは、現実を生きていると、たくさんの「できない」ことに、行く手をはばまれます。でも、そんなときでさえ、振り返ってみてください。あなたは、目が見えますか? 耳が聞こえますか?口がきけますか? 手足が動きますか?触覚はありますか? 匂いを感じることはできますか?それらはすべて、あなたの「できる」です。笑えますか? 泣けますか? 怒れますか?その感情を、何かのかたちで、伝えることができますか?それらはすべて、あなたの「できる」です。「できない」に目を向けるのではなく、あなたの「できる」に、目を向けてください。あなたは、私の妹がほしかった(であろう)ものを、すべて(あるいは、いくつも)持っているのです。その動く手で、なぜ、つかもうとしないのですか。その動く足で、なぜ、歩いていこうとしないのですか。あなたには「できる」のです。あなたには、絶対「できる」のです!あなたが、「できない」を見つめているあいだ、私の無数の「妹」たちが、あなたの「できる」のために、祈りつづけています。あなたが、「できる」を見つめて生きるとき、その一挙手一投足が、私の無数の「妹」たちの、喜びになります。どうぞ、無力感におそわれたとき、希望など何もないような気持ちになったとき、あなたの「できる」を振り返ってみてください。必ず、あります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第207号(2004年5月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------あなたのこころが、ためされているのです。少し前まで、そのひとの隠れた人間性があらわれるのは、次の三つのときだと言われていました。ひとつは、お酒を飲んだとき。ひとつは、車を運転しているとき。ひとつは、思いがけない大金を手にしたとき。加えて、天変地異など、思いもよらない事態が起きたとき、と、つけ加えてもいいでしょう。お酒を飲んだときは、アルコールのために脳が麻痺して、自分自身のコントロールをうしないます。車や大金のときは、日常の自分以上の力を与えられて、こころの振り子がおおきく揺れます。天変地異は、不測の事態で、とっさの対応がもとめられるとき、といえるでしょう。そして、これらに加えて登場してきたのが、インターネットを使うとき、です。自分の素性を知らせずに、他者にメッセージを発信できる。この便利さが、ときとして、マイナスの方向に振れることは、みなさんもご存知のとおりでしょう。匿名も可能であるがゆえに、そこで、私たちは、慈愛にあふれた「善人」になることもできれば、他者を傷つけてかえりみない「悪人」になることもできます。 (善人、悪人は、便宜的に使ってみました。 絶対的な意味ではありません)アルコールも、車も、大金も、天変地異も、そして、インターネットも、すべて、あなたが、どういうあなたでありつづけたいかを、教えてくれる、大切なきっかけです。あなたは、あなた自身を振り返る、たくさんのチャンスに恵まれているのです。もしも、知らない相手にたいしても、思いやりのこころをもって、語りかけることができたら、あなたのこころの器は、ひとまわりおおきくなれます。実際、私が、最初にネットに参入したとき、感激したのは、このネット音痴の私にたいして、実に多くの見知らぬかたがたが、あたたかいサポートをしてくださったことでした。逆に、もしも、あなたが知らない相手にたいして、必要以上に、批判的な言葉を使ってしまったら、あなたは、あなた自身のこころについて、見直すチャンスをもらったことになります。いずれにしても、あなたのこころが、ためされているのです。その「おためし」を、まっすぐに受け止めて、日々を、どう生きるかという問いに、還元していきましょう。あなたの思いひとつが、あなたの人生を豊かなものにも、そうでないものにも変えるのです。このチャンスを、前向きに生かしていきましょうね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第206号(2004年5月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
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