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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分の感覚をみがきましょう。「ほめて育てなさい」「ほめてばかりではだめ」育児でも、社員研修でも、よくそんなことばがかわされます。そのたびに、みんな、どっちがいいのか迷います。「○○が正しい」と、何かを決めることは大切です。軸がなければ、いつでもふらふらしてしまいますから。でも、人間って、いつも同じとはかぎりません。たとえば、体調が悪いとき、いつもと同じだけの仕事を要求されてもできません。こころを病んでいるとき、なんでもないことに、傷ついてしまったりします。ひとは、生きているかぎり、変化しつづけているのです。何かを決めたとしても、そこいるのは、いつでも生身の人間であることを忘れないでほしいのです。ただ、体調なら気づけても、こころの状態については、ついつい、見落としがちです。そこで、今日は、相手の変化を見落とさないための方法をお伝えします。 あ、上級編です。念のため。m(__)mそれは、自分自身が、自分の感覚に正直でいることです。自分の感覚とは、頭ではなく、「からだ感覚」のことです。それは、直感と言い換えてもかまいません。自分の感覚を大切にしていると、まず、自分自身の微細な変化に敏感になります。頭で考えて、どうのではなく、「からだ感覚」で、ものごとを受け止められるようになります。理屈ではなく、ふっと、必要なことがわかってきます。ちがうときは、何かちがうなと、選択ができるようになります。ときとして、漠然としたままのこともあるかもしれません。それは、そのときには、漠然としていることが必要なのかもしれません。そんなときは、すぐに判断せず、自分のなかに、漠然としたまま、置いておくのです。漠然としている自分の感覚を受け入れるのです。すると、必要なときにそれは、必要なかたちになってあらわれます。この感覚を育てていくと、自分以外の人間にたいしても、感覚がはたらくようになります。ことばでは発していなくても、あるいは、表面をいつわっても、そこに何かを感じることができるようになります。「ほめていいのかいけないのか」それは、しょせんは、頭のうえでの判断なのです。迷ったときには、自分の「からだ感覚」にしたがうのです。「からだ感覚」で、相手をまるごと感じて、見るのです。その感覚にしたがったとき、おのずから必要な選択が生まれてきます。それが頭の判断とちがっても、本当に必要なのはどちらなのか、あとでかならず、知ることができるでしょう。自分の感覚をみがきましょう。それは、表面的な「ほめる・ほめない」を通りこして、あなた自身の生きかたをみがくことになります。すべては、自分の生きかたをどうするかにかえってきます。人間関係も(育児も)、そんなふうにとらえてみると、受け止めかたが変わるかもしれませんね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第975号(2006年7月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------何か言いたくなったら、まず、ほめてから。なぜか、ひとを見ていると、長所より短所のほうが目についてしまう。そんな体験をおもちのかたは少なくないと思います。実際には、いいところも、ちゃんと見えてはいるのです。ところが、いざ、口をひらくと、なぜか、いいところよりも、欠点やできていないところを指摘してしまいがちなのです。(書きながら、反省です…)ひとは、誰でも、「認められたい」「受け入れられたい」という欲求をもっています。それなのに、長所よりも短所やミスした部分ばかりチェックされたら?うれしくはありませんよね♪というわけで、今日は、当たり前のことだけれど、なかなかできないことを意識化してみましょう。「相手に何か言いたくなったら、 まず、ほめてから」ほめるためには、ポイントがあります。本人にとってどうでもいいことは、ほめても意味がないのです。うまくいっていようがいまいが、精一杯やっているところ、興味・関心を向けているところ。ここはまず、ほめて効果のあるポイントです。次に、いつも言うことですが、重箱の隅をつつくように(笑)、ほめること。どんなにちいさなことでも、きちんと認めてあげるのです。とくに、本人に自信がないとき、この方法は効果大です。たとえば、さっきより一歩でも前にすすめたなら、それを最大限にほめるのです。錯覚かなと思うほど(笑)微細な変化も、しっかりとピックアップするのです。実はね、そのためには、私たちは、相手のことをこれまで以上に、よく見る必要があるんです。中途半端な見かたでは、重箱の隅は見えませんからね。(爆)そしてね、不思議なことに、そんなふうに見ていくと、欠点よりも、短所よりも、いいところ、長所のほうがどんどん見えてくるんですよ。ミスしたことを指摘するときも、トーンがまるで変わるんです。いいところを認められて、ミスしたところをやわらかく指摘される。相手はどう感じると思いますか?けっして、つけあがって、「直さなくていいんだ」とは思わないものなのですよ。自分を大切に受け入れてくれるあなたにたいして、誠実に対応したいと考えるものなんです。ね? あなたにとっても、相手にとっても、心地よい関係が自然につくれるんです。これ、直接の対人関係だけとはかぎりません。顔の見えないネットの世界でも、有効な方法ですよ。ぜひ、おためしあれ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第974号(2006年7月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ほめて、ほめて!先日、あるひとと話をしていたときのことです。「ほめて、ほめて! もっと、ほめて!」そのひとは言いました。その言いかたがあまりにもくったくなかったので、思わず笑ってしまいました。そのひとは、年齢的には、私よりも上のひとです。でも、いつでもあたらしいことに果敢にチャレンジするエネルギーをもっています。純粋で、好奇心旺盛で、前向きな姿勢には、いつも頭が下がります。そんなひとでも、ときどき、エネルギーダウンすることがあるのだそうです。当然ですよね。そんなときの強力なアイテムは「ほめてもらうこと」。「ほめて、ほめて!」もしも、あなたに、そんなことばをかけてくるひとがいたら、ぜひとも、その要求にこたえてあげてください。そのひとは、自分が何を必要としているかをちゃんと知っているのです。そして、それをひとに言えるくらい、自分が好きで、自分を大切にできるひとなのです。その思いに、しっかりこたえてあげましょうよ。そして、あなた自身も、自分のエネルギーをとりもどすための方法をちゃんと見つけてくださいね。それを伝えることをためらわないくらい、自分を好きになってくださいね。「何がいいのか、わからない」というひとは、まずは、この「ほめて、ほめて!」をためしてみてください。これ、万人共通のかなり効果の高い方法です。ほめられて、意気消沈するひとはめずらしいですからね。(笑)ただし、ほめられるのを待ってちゃだめです。自分から要求するのです。ええ、もちろん、堂々と。さらに、ほめられるときですが、まちがっても、首をかしげたり、横に振ったりしてはいけません。くちびるをとがらせたり、みけんにしわを寄せるなんてもってのほか。にこにこと、うなずいてください。うんうんと、あいづちを打ってください。「うれしい。もっと」と、臆面もなく、要求してください。あなたが、ほめられるたびに、あなた自身が、パワーをとりもどしていきます。そして、目の前で、あなたをほめたひとは、自分のほめことばで、ひとが元気になるようすに、自分の価値を見いだします。そう、ほめたひとまで、うれしくなってしまうんです。一石二鳥、副作用なし。さあ、はずみをつけて、言ってみましょう。せえの…「ほめて、ほめて!」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第973号(2006年6月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------まずは、あなた自身から。私たちのこころの痛みは、すべて、弱くなっている部分に隠されています。それは、からだでいえば、うっかりして、すり傷をこしらえた部分であったり、ぶつけて青あざになっている部分であったりします。こころにも、そんな部分があるのです。からだの傷がそうであるように、水がしみて痛かったり、知らずにふれて飛び上がったり。そんなとき、水を責めてもしかたないのです。たんすの角に、文句を言ってもはじまらないのです。(^^ゞこころも同じです。でも、こころの場合は、痛みを感じる相手が、人間であることがおおいために、つい、原因が相手にあるように錯覚してしまうのですね。誰かのことばやおこないに怒りを感じたとき。あるいは、傷つけられたと感じたとき。どうか、そっと、自分のこころをよく見てください。そこに、どんな傷が隠されているだろうかと。見つめたものは拡大します。憎しみを見つめれば、憎しみが拡大します。怒りを見つめれば、怒りが拡大します。それは、たいていの場合、苦しみの連鎖につながります。ほとんどの場合、人間関係を不毛なものにしてしまいます。だから、傷を見つけたら、自分のこころに言ってあげるんです。「自分も責めない、相手も責めない」そして、こうつけ加えます。 「自分もOK、相手もOK」あとは、自分をケアしてあげるだけでいいんです。抱きしめてあげてもいいし、よしよしと、なでてあげてもいい。たまには、ごほうびをあげるのもいいし、瞑想をしてみるのもいい。だって、この自分こそ、自分にとって、一番大切な存在なのですから。本当に幸福になってほしい存在なのですから。どれだけケアしてあげても、しすぎることはないんです。あなたがあなた自身を誰よりも大切にできて、自分をケアすることができたなら、そのとき、こころの傷は消えています。誰も責めない、すべてOKの自分になっていることに気づくでしょう。まずは、あなた自身から。あなたのケアを応援します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第972号(2006年6月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------神さまを利用してみてください。「手放す」「ゆるす」ひとが、幸福になっていくプロセスのなかに、かならずそれらは入ってきます。実際、私もそれらのことばを、このメルマガでもしばしば使います。でも、ときどき、こんなひとを見かけるのです。「私は怒りを感じているけれど、 怒りはマイナスの感情だから、 感じないようにしよう」「全然ゆるしてないけど、 ゆるさなくてはいけないから、 ゆるしたつもりでいよう」もちろん、型から入る方法もないわけではありません。でも、「ねばならない」を自分の内がわにかかえていると、ゆるしも、手放しも、たいていはうまくいきません。私たちの深い部分が、それはうそだと、叫びつづけているからです。ゆるすためにも、手放すためにも、まずは、目の前のそれをしっかりと見る必要があるのです。そして、起きてきた感情を感じ尽くす必要があるんです。だって、いま、自分が手放そうとしているもの、ゆるそうとしているものが、はっきりと見えなくては、手放しようも、ゆるしようもないでしょう?さて、少し前のことですが、私は、ある失敗をしました。そのとき、私は、強烈な自己嫌悪におそわれました。自己嫌悪とは、自分にたいする怒りです。私は、自分の内がわで、怒りを解放することにしました。ただし、自分を責めることはしません。私は、天に向かって吠えたのです。「神さまのぱかやろー」(爆)「なんで私に、こんな失敗を させるんだ。責任とれー」(爆)さんざん叫んで、そのままふて寝しました。(^^ゞ朝、起きてみたら、のどが枯れていました。(笑)でも、もう、怒りは残っていませんでした。「まあ、そんなこともあるわよ」そんなことばになっただけでした。あなたが、まじめで誠実なひとであればあるほど、怒りや憎しみの感情を、感じたくないと思うかもしれません。そんなときは、ちょっと神さまを利用してみてください。大丈夫。神さまは寛大です。寛大でいることが、神さまの仕事ですから。(笑)がんがん文句を言ってください。罵詈雑言を浴びせてください。そんなことで、バチを当てるほど、神さまのこころはせまくはありません。何しろ、神さまですからね。だから、絶対に大丈夫。そして、すっぎりと、全部叫んだら、あとは、神さまにおまかせしてしまうんです。「あとは、なんとかして!」(笑)ポイントは叫び尽くすこと。かけらも残してはいけません。ぜひ、ためしてみてください。ちょっとラディカルな「ゆるし」への道でした。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第971号(2006年6月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------自分で自分をケアすることができます。胃痛や頭痛など、体調不良だけれど、薬を用意していないとき。お医者さんに行くほどにはしんどくはないけれど、でも、ケアがほしいとき。こんな方法をためしてみてください。一方の手の指を、もう一方の手の指で軽くつまんで、一本一本、根元から指先へと抜くような感じで、すべらせましょう。次に、軽く両手を振ります。手の先から、水滴でも飛ばすような感じで。最後に、てのひらをあわせて、ちょっと熱くなるくらいこすりあわせましょう。 ここまでが準備運動です♪楽な姿勢ですわるか、横になるかしてください。軽く目を閉じて、ゆっくりと呼吸しながら、からだのちからを抜いていきます。吐いて…、吸って…。呼吸するごとに、どんどん、ちからが抜けて、楽になっていきます。肩、胸、おなか、腰、足…すべての部分から、ちからが抜けて、リラックスするようすをイメージしてください。 頭や顔のちからも 抜くことをお忘れなく。痛みを感じるところに、手をもっていきます。直接痛みがなくても、気になるところなら、そこを選んでかまいません。てのひらの中心部分が、きちんとふれるように、そこに手を当ててください。 中心部分が浮かないように。 でも、よぶんなちからは 入れないようにね。(笑)そのまま、じっと、手を当てていてください。当てたまま、静かに呼吸しつづけてください。その部分から、何かが、てのひらのほうにあがってくる感じがします。もしかしたら、それは、冷たい感じがするかもしれません。色が感じられるかもしれません。いい・悪いの判断をせず、ただ、感じていてください。あがってきたそれは、からだから浮き上がり、あなたのてのひらの表面に張りつきます。なかまでは入ってきません。ちょうど、磁石に砂鉄が吸いつくような感じです。ある程度、あがってきたと思ったら、ゆっくりと、てのひらを離します。くっついたそれらもいっしょについてきます。 イメージしながらやると、 よりうまくいきます。そしたら、両手を勢いよく振りましょう。てのひらにくっついていたそれらは、どこかに飛んでいってしまいます。そして、あなたのてのひらは、すっかりきれいになっています。何度か、これを繰り返します。回数は自由です。お好きなだけ。(笑)痛みがとれてくるかもしれないし、すこし楽になってくるかもしれません。そしたら、それは、ラッキー♪痛みが残る場合でも、たぶん、自然に眠くなってくるはずです。そのまま眠ってしまってください。たいていは、起きたときには、痛みはうすれるか、なくなっているはずです。どんなときでも、私たちは、自分で自分をケアすることができます。ぜひ、ためしてみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第970号(2006年6月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------天使の視点をもつのです。私たちは、本来、生まれた瞬間には、だれでも、100%、自分を受け入れていた存在でした。私たちは、欲求のままに、泣き、笑い、眠りました。感情を抑えることなど、まったく必要ありませんでした。それは、まさにこの世の楽園の時代です。でも、さまざまな理由から、たいてい、私たちは、その楽園から追放されます。 追放されたように感じます。やがて、世のなかとは、おおくの制限と矛盾に満ちているものだと気づきます。たくさの抑圧に囲まれて、息が詰まりそうになります。そのとき、あなたは、出てきてしまった自分を責めはじめます。自分を追放した相手を責めるときさえも、実は、そのおどしにまんまと乗った自分をその感情の底で責めています。すべての怒りは、実は、自分に向けられているのです。だから、私たちは、自分に怒っているときでも、他人に怒っているときでも、ひとしく、自分のこころとからだを痛めつけます。目に見えない部分で、怒りはみずからを侵食します。今日は、そこから抜け出すことをトライしてみませんか?天使の視点をもつのです。ゆっくりと、殻を脱ぐように、いまの自分のからだから抜け出します。(イメージします)あたらしい、あなたのからだは、まばゆい光に包まれています。こころもからだも軽く、あなたをさまたげるものは、何ひとつ存在していません。ゆっくりと、光の自分を味わってください。ふと気がつくと、さっきまでのあなたが、下にいるのが見えます。どんな表情をしていますか?どんな雰囲気をしていますか?いまのあなたは、天使です。あなたには、このもう一人の地上にいるあなたを幸福にするちからがあります。天使のオーラを、そのひとにそそぎかけてあげてください。見えない光で、そのひとを包みこんであげてください。そのとき、天使のあなたには、すべてがわかっています。たとえ、地上のあなたが絶望のなかにいたとしても、本当は、それは錯覚にすぎないことを。私たちは、望み、選んで、この人生を生きているのだと。そして、いつでもそれは必要があれば修正してかまわないものなのだと。天使のあなたには、すべてがわかっています。本来、ゆるされないものは、ひとつもなかったことを。過去も、現在も、未来も、私たちはすべてゆるされてここにあるのだということを。あなたは、本当はすべてを知っている存在なのです。知っていて、すべてを包みこみ、ここまで生きてきたのです。何も怖れる必要はないのです。だから、自分を責めることを今日をかぎりにおやめなさい。今日、あなたは、天使の視点をもったのです。天使の視点で生きてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第969号(2006年6月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ハートのワーク 応用編どうしても、人間関係がうまくいかないひとに、はたらきかけるワークです。私のこころの師匠・あまちゆうとさんのエネルギーワークをもとに提供させていただきます。楽な姿勢ですわって、ゆったりと呼吸してください。できれば、照明もすこし落として、おだやかな音楽でも流して。準備はできましたか?あなたの苦手なひと、できれば避けたいひとをイメージしてください。さまざまな感情が湧いてくるかもしれませんが、それを、止めてはいけません。ただ、静かに、流すのです。流れていくのにまかせるのです。 この「止めずに流す」は、 ワークのあいだじゅう、 忘れずにおこなってください。 そのひとの胸のところに手をやって、なかからそっと、そのひとのハートを取り出します。そのまま、じっと、てのひらに載せてみましょう。そして、ただ、じっと、そのハートを感じてみるのです。そのひとのハートは、どんな感じがしますか?色やにおい、重さ…。もしかすると、それは、冷たくこごえているかもしれません。ふるふると、ふるえているかもしれません。あなたが、苦手だと思う部分、避けている部分は、ひょっとしたら、そのひと自身にとっても、ひとしれず、苦痛に感じていることかもしれません。意識のうえでは気づかなくても、そのひとのハートは、本当の気持ちを知っています。何しろ、ハートですからね!あなたが、あなたのてのひらで感じていることを、まるごと受け止めてみてください。事実がどうとか、真実がどうとか、あらゆる判断を捨てて。てのひらに載せたまま、ただ、受け止めてみてください。たっぷり、じっくりと感じたら、今度は、もう一方のてのひらに、自分のハートを取り出して、載せます。自分のハートが、おだやかなやすらぎのなかにあることを確認して、ゆっくりと、ふたつのてのひらを重ねあわせます。ふたつのハートは、ひとつにとけあいます。あなたのハートが、そのひとのハートを包みこむのです。あわさったてのひらのあいだから、光があふれてくるのを感じてください。すべては、とけていきます。すべては、とけて光に還元されます。 湧いてくる感情は、 ただ、流してください。 流しつづけてください。もう一度、深く呼吸しましょう。 そして、ゆっくりと、てのひらをひらきましょう。ふたたび、ハートを分離します。そして、そのひとのハートを片方のてのひらに載せたら、紙飛行機でも飛ばす要領で、そのひとのこころにもどしてあげましょう。これで、何が変わるか、ですって?それは、あとのお楽しみ!ええ、もちろん、目に見えて劇的な変化は、起きないかもしれません。でも、あなたはすでに変化しているのです。だって、苦手な、避けたいそのひとのハートを、受け止められるだけの存在になっていたではありませんか。そして、もしも、エネルギーの世界を信じられるひとであるならば、本当は、どんなに微細でも、そのひとの内がわにも変化が起きていることを知っておいてください。それは、必要があれば、動き出すのです。このワークは、何度やっても問題はありません。どうぞ、思い出したときに、ぜひ、繰り返してみてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第968号(2006年6月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------あなた自身の手で、育てることができます。自尊心と書いて、「みずからをとうとぶこころ」と、読みます。自分で自分を尊く思うこころですね。尊いと感じるものにたいして、私たちは、けっして粗末にはあつかいません。自分を尊ぶということは、自分を大切にすると言い換えてもいいでしょう。(かめわざ的定義です)ところが、日本語にはこんな表現もあります。「自尊心を傷つけられた」というのです。かめわざ的に、これは、日本語として間違っています。本来、自尊心とは、誰が何を言おうがしようが、「傷つけられる」ことはないはずなのです。だって、自分が自分を尊ぶ、その基準は自分ですから。他人の評価に左右されるなら、それはもともと、自尊心とはいわないのです。自尊心を傷つけることができるのは、自分だけです。自分が、自分をおとしめないかぎり、自尊心は傷つくことはないのです。たとえば、60年以上も前、酷寒のシベリアに抑留されながら、俳句の会をつくっていたひとたちがいた、という話を聴いたことがあります。あのナチスの収容所でさえ、助け合い、支え合いの場は、いくらでも見られました。どちらも想像を絶する過酷な労働と環境のなかで、です。そのひとたちもまた、自分を大切にしたひとたちだったと私には思えます。でも、そのひとたちが、それ以前から、自尊心の高かったひとたちかというと、それはさだかではありません。むしろ、そのような環境に置かれたときに、その環境を生き抜くために、自尊心は育ってきたのではないか…。そんなひとたちもいるように思えてならないのです。ぎりぎりの限界まで選択肢をうばわれたとき、本当の自尊心は動き出すのかもしれません。自分を大切にしたいというあらがいがたい欲求が湧いてくるのかもしれません。これはあくまでも仮説です。でも、もしも、自分が何をしていいかわからない状況におちいったら、ためしに、自分に制限を加えてみるのも方法です。逆に、自分には制限がありすぎると考えたら、その制限のなかで、何ができるかを、発見してみるのも方法です。どちらにしても、私はあなたに自分を尊ぶ気持ちを思いだしてもらいたいのです。いま、あなたのなかに自尊心は育っていますか?自分を尊ぶ気持ち。自分を大切にする気持ち。それは、いま、この瞬間から、あなた自身の手で育てることができます。今日は、あなたの自尊心を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第967号(2006年6月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------地道に、幸せになりましょう。地道に、勉強しましょう。地道に、練習しましょう。地道に、稼ぎましょう。「地道に」ということばを聴いたとき、何となく、そんな感じの文章が連想されると思いませんか?何かをこつこつと積み重ねることで、たどり着くものなんだなあって。そんなときに、このことばに出会ったんです。「地道に、幸せになりましょう」なんだか、ばっと、目の前が明るくなる気がしました。だってね、「地道に勉強しましょう」「地道に練習しましょう」っていうとき、私たちは、その先に、きっと、達成できるイメージを抱いています。なんたって、「地」つづきの「道」ですからね♪そしたら、「幸せ」だって、ああ、地つづきなんだ…って、ごくごく自然に思えたんです。幸せになりたい、なれないと、なげいているひとは、世の中に、おおぜいいます。たいていのひとは、一足飛びになろうとしてしまっているんです。雲の上に、幸せがあると勘違いしているんです。地道に、地つづきでいいんですよ。いっこいっこ、幸せへの道を踏みしめていく。その道すじは、当然、一人ひとり、ちがいます。でも、大切なのは、かならず、この道はつづいていると信じること。信じられること。さあ、深呼吸して、背すじをぴんと伸ばして、あなたが歩く目の前の道を見つめてみましょう。一足飛びだと見えないものが、地道なら、見えてきます。道ばたに咲く季節の花に感謝しましょう。ほおをなで、吹きすぎてゆく風にも、感謝しましょう。太陽のひざし…、時折の雨…、すべてに、感謝しましょう。地道だから、そんなよゆうもあるのですよ。人生で出会うこと・もの・ひと、一つひとつをゆっくりと味わい、自分の一部として受け入れながら、この道を歩きましょう。やがて、振り返ったとき、あなたの歩いてきた道が、すべて、見わたせるはずです。あなたが出会ってきたこと・もの・ひとすべてが、あなたに向かって、ほほえんでいるはずです。 終わりよければすべてよし、ってね♪地道に、幸せになりましょう。今日は、あなたの地道を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第966号(2006年6月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「山田さん」という現象。あなたの同僚に、「山田さん」というひとがいるとします。「山田さん」は、けっこう怒りっぽいひとです。あるとき、あなたは、「山田さん」のごきげんをおもいきりそこね、飛び上がるくらい、どなられてしまいました。その日から、あなたは、「山田さん」が、こわくてしかたありません。「山田さん」の名前が出ただけで、びくびくしてしまうようになってしまいました。一見、どこの職場でもありそうなお話です。実は、私自身も、かつて似たような体験をしています。ところが、あとになって、同じような体験をしかかったとき、ふと、気づいたのです。「山田さん」というひとだと思うから、しんどいのだ、と。ここで、少し話を変えますが、私は北海道の出身です。10月には初雪が降り、4月まで雪が残っている地域。昔は、冬といえば、ただ、家のなかに閉じこもるしかありませんでした。けれども、北海道のひとたちは、冬のあいだにも、楽しんで生きるすべを見いだしました。スキー、スケートはもとより、雪祭りをやったり、凍らせてレーザー光線をあてたり、それはもうさまざまな雪を使った楽しみかたを生み出したのです。雪は、もう、ただ、暗くて寒くていやなもの、ではなくなりました。「山田さん」に話をもどします。あなたが見ている「山田さん」は、実は、「山田さん」という「現象」なのです。あなたは、いま、「山田さん」という現象の、苦手なところばかりに目を向けています。でも、「山田さん」には「山田さん」なりのおもしろい部分、楽しめる部分もかならずあるはずなのです。そこを、積極的に見つけてみましょうよ。雪という「現象」が、毎年おとずれるように、「山田さん」もまた、その職場にいるかぎり、避けられない存在。だとするならば、上手におつきあいすることを考えてみるのです。雪がそうであるように、「山田さん」は、24時間、365日、荒れ狂っているわけではありません。しずかでおとなしい(出張で不在とか…)ときもあるのです。(^^ゞひとを「現象」あつかいするとは何ごとかと叱られそうですが、人生を快適に過ごすひとつの方法として活用してみてください。…あ、でも。この話、「山田さん」にはしないほうがいいかも、です。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第965号(2006年6月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------そのままで、愛のかたち。道を歩いていたら、何の脈絡もなく、ことばがおりてきました。「愛をそそぐ」です。この「そそぐ」という感覚は、私にとって、とても親しみ深いものです。そそぐ、ということは、どういうことでしょうか。それは、固体ではありません。気体でもありません。そう、液体…水のイメージなんですね。そういえば、「そそぐ」は「さ」行。「さ」行には、もともと、水のイメージがあるようです。さらさら、しっとり、するする、せせらぎ、そそぐ…水のイメージとは何でしょう。束縛がないことです。とらわれがないことです。水は、出会う器によって、自在にかたちを変えます。でも、それは、水が、自分を殺したり、抑えたりすることを意味しません。水は、どんなときでも、水のままです。だから、どんなところにも、どんな状態にも、身を置けるのです。必要に応じて、氷になったり、蒸気になったりさえしますが、いつでももとにもどれます。そういえば、自分のことを「みずから」と言いますね。「みず」から…水から?これって、単なる偶然でしょうか?(笑)さて、そこに、おりてきたのは「愛」。「愛をそそぐ」ということばです。 いつでも自分自身でありながら、いかようにも変化できる。そんな愛のありようが、イメージされてきます。そこには、怖れはありません。怖れとは、自分をうしなう(みうしなう)のではないかという気持ちです。でも、愛を「そそぐ」ものだと気づいたときには、その怖れは不要なものとなるのです。だって、いかように姿を変えても、自分は自分なのですから。惜しみなく、愛をそそぎましょう。たとえ、愛のなんたるかを知らなくてもね。あなたがあなたであること。それが、そのまま、愛のかたち。そして、このことに気づいたら、あとは、応用編です。あなたは、どんなときでも、自分をうしなうことはありません。そして、どんなときでも、ひとを変える必要はありません。あなたは、あなた、そのままで、愛のかたち。相手は、相手、そのままで、愛のかたち。そのかたち(器)を使って、いまという時空を体験しているのです。その体験を尊重しましょう。そそがれる愛のままに。そそぎこむ愛のままに。いつでも自在に変化しながら、ゆるやかに、しなやかに、このいのちを生きましょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第964号(2006年6月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------自分の尊厳くらい、自分で守るんですよ。私たちは、実はすべてのおこないをとおして、自分の生きかたを…言い換えると、魂のありようを問われている存在です。 魂があるかないかは、 わからないので、ひとつの 比喩として読んでくださいね。(^^ゞたとえば、すぐれた才能を発揮しているひとにたいして、ああ、あんな才能があって、うらやましい。あんなひとになりたいなあ。そんなふうに思えたら、あなたは、きっと、自分をみがく努力をはじめるでしょう。それは、自分が、そういう存在になれる可能性があることを知っているからです。まったく関係のない存在なら、あこがれも嫉妬も感じようがないのですから。でも、ときどき、そんなふうに感じられず、うらやんで、相手の足を引っぱろうとしてしまうひとたちもいます。そのひとたちは、自分にも、ひとしく可能性があることをみうしなってしまったひとたちです。生きてきたプロセスのなかで、何らかの理由で、自分が本当は、価値のある存在であることが見えなくなってしまったのです。まるで、塀の向こうを見たいのに見えないのは、自分がしゃがんでいるせいではなくて、塀が高いせいだと、勘違いしてしまっているのです。そして、塀を壊そうとしてしまうのですね。 実は、それは、自分の家の 塀であるかもしれないのに。本当は、それもまた、自分が立ち上がるためのチャンスなのです。気づかないと、その貴重なチャンスをのがしてしまうのです。私たちの人生は、ときどき、こうした「おためし」を超えて生きるようになっています。「おためし」は、さまざまなかたちであらわれます。なぜあらわれるかというと、あなた自身が、自分の尊厳に気づけるようになるため、なのです。私たちは、もともと、生まれながらに、尊い存在なのです。この宇宙に愛されて生まれてきたのですからね。だから、うらやましさからひとをおとしめてしまうひとは、何度でも、繰り返し、そこに気づくための学びを重ねなくてはなりません。そのような、いばらの道を自分で自分に課してしまっているのです。でも、「おためし」は、実は、足を引っぱられたひとにも向けられているんです。そのとき、自分をおとしめる相手を、憎んだり、さげすんだりしてしまうと、自分もまた、相手と同じレベルの存在と見なされてしまうのです。共鳴の原則にあるとおり、関係ないものには、ひとは反応しないからです。せっかく、自分の尊厳に気づいていながら、そこでひとの悪口を言ってしまって、みずから手放してしまうなんて、もったいなさすぎますね。自分の尊厳くらい、自分で守るんですよ。自分を大切に思うなら、ひとしく、ひとも大切にするんです。そのことに気づいたひとから、次のステップにすすめます。お楽しみに♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第963号(2006年6月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------相手の問題ではありません。すこし前に、あることで、追いつめられたような気持ちになる体験をしました。 ここで、あえて 「ように」と表現するのは、 自分を、被害者の立場に おかないためです。だれも理解してくれるひとがいないような。自分のしていることがかえりみられないような。…そんな孤独感。喪失感。そのとき、私は思いました。「そんなばかなことが あるものか!」と。そう、ありえないんです。本当にだれも、自分を理解してくれるひとがいないなんて。自分のしていることが、意味のないことだなんて。そう思いこむことで、自分を追いつめている自分がいるだけなんです。私は、SOSを発信しました。こころをわかちあえる友人たちに向けて。友人たちは、私をフォローしてくれました。それぞれの方法で。また、私は、自分を無価値に感じさせるものにたいして、必要と思える距離をとりました。そのことで、動揺を最小限に抑えることができました。そして、また、私は、カードを使って、自分のこころの整理をしてみました。すると、いま起きていることは間違いなく、自分自身の学びのためにあることがわかりました。ここに書いたことは、あくまでも、たまたま私がとった方法にすぎません。お伝えしたかったことは、自分を救うために、自分にできる、ありとあらゆることをやってみたということです。人間関係がうまくいかないとき、私たちは、しばしば、無価値感、無力感、絶望感におそわれます。でも、そのときに、気がついてほしいんです。私たちは、けっして、どんなときでも、無価値でもなければ、無力でもないし、絶望することもありません。あくまでも、それは、そのように「感じて」いるだけ。だから、その「感」を手放すことができれば、自分を取りもどすことができるのです。自分自身を救うために、ありとあらゆる方法を使ってください。ただし、注意してほしいのは、それは、相手を変えることとは無縁のことだということ。結果的に相手が変わることはありえますが、相手を変えることを目的にしないことです。自分を救えればいいのです。相手の問題ではありません。私たちが、本当に自分を受け入れ、自分を認めることができれば、他者によって(こころを)傷つけられることはありません。傷つけ「られた」と、「感」じたときに、「傷ついた」ように「感」じるにすぎないのです。 上級編ですか?(^^ゞ自分を救うために、ありとあらゆる方法を駆使してください。ひとつの遠慮もいりません。あなたがあなたを最大限に大切にすることが、あなたを生かすことであり、問題解決への一歩なのです。相手の問題ではありません。まずはあなたからです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第962号(2006年6月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------さらなる自分みがきをひとは、さまざまな感情をもっていますが、そのひとつに「嫉妬」があります。私の場合、どんなときに嫉妬を感じたかというと、すばらしい舞台を見たときです。なぜ、私はこちら(客席)にいるのだろう。なぜ、舞台でスボットライトを浴びているがわにいないのだろう。(アマチュアでしたが)自分自身が舞台に立っていたときは、そんな感覚を覚えたものです。でも、その感覚は、けっしてマイナスのものではありませんでした。私は、より自分をみがくことを意識することができたからです。あの舞台に立っている俳優さんたちのように、もっともっと、いい舞台をつくるんだと…。そうしてみると、嫉妬は、実は、自己ステイタスの高さではないかと思います。自分にたいする評価が低いと、ただ、「よくできるなあ」「すごいなあ」で終わります。嫉妬できるということは、自分にたいして、それだけ価値を感じているのです。それが、たまたま満たされていないから、嫉妬を感じるのです。だから、嫉妬することは、ひとつも悪いことではありません。ああ、自分は自分の価値をわかっているのだと、自分を認めてあげるんです。そして、そのうえで、嫉妬を感じる相手にたいし、「ありがとう」と、伝えてください。(こころのなかだけでも いいですよ)だって、自分の価値を気づかせてくれるチャンスを与えてくれたのですもの♪あなたは、いまから、もっともっと魅力的になれます。もっともっと賢くなれます。もっともっと輝くことができます。だって、嫉妬できるだけの力量をもっているのですから!ただし、ちょっとだけ注意してほしいことがあります。嫉妬を感じる相手の魅力(才能)を、真似する必要はまったくないということです。相手には相手の魅力(才能)があり、あなたにはあなたの魅力(才能)があるのです。あなたの魅力(才能)を、だれかと比較しても、意味はないのです。人間がちがうのですからね!自分は価値のある人間だと気がついたのなら、その価値の部分をしっかりみがくんです。そうすると、いままでぼんやりしていた輝きが、がぜんちがってくるんです。本当の輝きに変わっていくんです!嫉妬の感情に感謝しながら、さらなる自分みがきをしていきましょうね。あなたがほしかったものに、また一歩近づけますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第961号(2006年6月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------あなたに、幸福に生きてほしい。ちょっとした、おとぎ話です。とあるところに、とても悪い庄屋がいました。民百姓は、庄屋のためにひどく苦しめられています。正義感の強い政吉は、どうしても庄屋がゆるせません。とうとう、思い余って庄屋を殺してしまったのです。さて、その庄屋には、かわいい一粒種の息子がいました。極悪非道の庄屋も、この息子にだけはやさしかったのです。やさしくていいお父さんが、なぜ殺されるのか、息子には理解できません。どうしてもゆるせず、とうとう、息子は、政吉を殺してしまいました。その政吉には、一粒種の娘がいました。正義感の強い父親が、正しいことをしたのに、なぜ、殺されなければならないのか、娘にはどうしてもわかりません。とうとう、思い余って、庄屋の息子を…。もう、このくらいにしておきましょう。(^^ゞおとぎ話に、いい悪いはありません。ただ、あなたの好きなように解釈していいのです。今日は私の解釈を書きますね。あくまでも、ひとつの参考として。 歴史的な事実はこの際、置いて、 お話として読んでくださいね♪庄屋が民百姓を苦しめているとき、民百姓たちにとって、それは、苦しい体験だけだったでしょうか。もしかしたら、貧しいなかで、互いをいたわり、ささえあい、深いいつくしみのこころを育てるチャンスにもなっていたかもしれません。あるいは、庄屋にたよらず、未開の地にみんなでのがれて、新天地を開拓する話に発展したかもしれません。ひょっとしたら、知恵のあるものがあらわれて、庄屋との関係を変える画期的なアイデアを出したかもしれません。たとえば、一休さんのように、とんちで庄屋をけむに巻き、年貢の額を減免させてしまうかもしれません。すべての体験は、あたらしい可能性への扉です。私たちは、その、どの扉をひらくこともできるのです。選択肢はつねに自分にあるのです。そして、ご存知ですね。感情は、共鳴します。怒りには怒りが、憎しみには憎しみが、同じだけかえってくるのです。どうしても、ゆるしがたいものが目の前にあらわれたとき…。あなたは何を選択しますか?どんな感情を共鳴させたいですか?私には何も強制することはできません。ただ、これだけは伝えたいと思います。あなたに、幸福に生きてほしいと。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第960号(2006年6月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------敵をつくりたくなければ…。敵をつくりたくなければ、方法は簡単です。何もしなければいいのです。よかれと思ってやったことも、よけいなおせっかいとたたかれるかもしれません。だったら、最初から何もしなければ言われません。ちがうと感じることに、口出しすれば、反感を買うかもしれません。だったら、見て見ぬふりをすればことなきを得ます。ひととことなることをすれば、目立ちやがりと、うわさされるかもしれません。だったら、ひとの真似だけしていれば、やり過ごせます。そんなふうに、敵をつくらないことだけにこころをくだいて、毎日を生きているひとが、いま、どれほどいることでしょう。どんなに、こころを尽くしても、合わないひとはかならずいます。どんなに、誠意を示しても、気づかないひともきっといます。なのに、それを避けるために、どれだけ、自分の人生の時間をついやしていることでしょう。敵をつくらない方法は、本当は、ほかにもあるのですよ。それは、出会うこと・もの・ひとすべてに、感謝することです。生きて出会うこと・もの・ひとは、すべてが、人生における、学びの意味をもっています。そのときにすぐには、はっきりとわからなくても、「かならず、学びがあるのだ」と、ちいさくつぶやいておくのです。それから、もうひとつ、敵をつくらない方法、上級編。あなたが、相手のことを、敵だと思わないことです。あなたが思いさえしなければ、相手は、絶対に「敵」にはなりません。(なれません)どんなときでも、あなたは、「敵」ではない相手として、接しつづければいいのです。ただし、どうしてもしんどいと感じるときには、その場を立ち去るのも方法です。あなたは、あなたなりの方法で、自分をケアする権利があるのです。相手を敵にしないのと同じように、自分自身をも敵にしてはいけません。もしも、どうしても、苦しく感じるときには、静かに、祈ることも方法です。何を? 相手のやすらぎを。誰かと敵対せずにはいられない、相手の魂に向かって、平安を祈ってほしいのです。あなたは、いつでも、あなたの最善を生きています。そこで出会うこと・もの・ひとは、さまざまな意味で、すべて、あなたにとってのプレゼントです。そのように受け止めて、今日の一日を生きてみませんか?これは、あなたと私自身に贈るエールです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第959号(2006年6月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------まずはトライしてみたらいい。子どもたちのワークショップで、しばしば起きることがあります。たとえば、グループで、短い劇づくりのための話し合いをするときに、ときどき、まるで進行しないグループが出てきます。ほかのグループが、和気あいあいと、動きはじめているのに、そのグループだけ、どんよりと無口のまま、座りこんでいるのです。話を聴いてみると、「アイデアが出ない」「何も浮かばない」と、かなり消極的。でもね、こんなとき、気をつけて見ていると、微妙な差かあるんですね。本当にやる気を見せない子と、やる気はあるのに、まわりの雰囲気に流されていっしょに落ちこみモードにはまっている子…。そう、本当は、一人ひとり、ちがうんです。本当にやりたくないときは、やらなくてもいい。ただ、見ているだけでもいい。異論はあるでしょうが、私はそういうスタンスです。でも、ちょっとでも、動くものがあるようなら、まずはトライしてみたらいい。というわけで、たいていは、あれこれ、話を引き出しながら、誰か一人でも、興味を示しはじめるのを待ちます。そしたら、必ず、いるんです。そこが糸口になってくれます。「やれるところまで、 やってみようよ」そんな投げかけをすると、たいてい動き出します。動きだすと、あとは不思議と止まりません。やらないと言っていた子まで、入ってきたりします。(^^ゞそして、おもしろいことに、そんなグループの表現が、案外シンプルで、わかりやすくできていたりするんです。 下手にウケをねらわないので、 伝わりやすいのかも。(^^ゞポイントは「あきらめない」こと。無理をする必要はないけれど、「できない」「だめだ」と、あきらめるのが、いつも早すぎる気がするんです。だって、本当は、みんな、たくさんの可能性をもっているのですから!あきらめるのは、トライして、トライして、もう、誰にも負けないくらいトライしたあとでもいいような気がするんです。そして、もしも、そこまでトライできたら、それ自体が、自分の自信につながりますよね♪どんなときでも、動ける可能性があります。どんなときでも、変化の可能性があります。ただ、そのことをみうしなわないことです。それだけで、いつでも、あたらしいスタートが切れます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第958号(2006年6月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------光の連鎖がはじまります。こころが弱っているとき、私たちは、自分で自分のことを認めることができなくなります。なんてだめなやつなんだ。サイテイサイアク!だいっきらい!!まるで人類のカタキのように、自分を責めてしまいます。もしも、ね。そんな状態におちいっている自分に気づいたときはね、こんなことをためしてみてください。あなたの身のまわりのだれかのことをほめてあげてほしいんです。「あなたの○○がすてきね」「こういうところがいいと思う」そしたら、相手は、きっとにっこり笑うでしょう。「ありがとう」と、お礼を言うでしょう。あるいは、街に出て、何かちいさなお手伝いをするんです。たとえば、お年寄りに席をゆずるのでもいい。視覚にハンデがあるひとの、サボートをするのでもいい。やっぱり、相手は、きっとうれしく感じるでしょう。「ありがとう」と、お礼を言うでしょう。あなたが、あなた自身を受け入れられなくなったら、どうぞ、ほかのひとに、何かひとつでいいから、そんな「プレゼント」をしてみてください。あなたは、そのとき、気づくでしょう。自分の存在が、だれかの喜びになっているということ。自分の存在が、だれかに、光をもたらしているということ。何の評価もはさまず、ただそれだけを、まるごと受け取ってください。あなたが、落ちこんでいるときも、元気でいるときも、変わらず、あなたは価値のある存在です。あなたはどんなときでも、だれかの光になれます。そしてね、忘れないでいてほしいんです。あなたが、ちいさな光を贈った相手もまた、その光によって、元気になれることを。そのひとはきっと、そのほほえみを、また、ちがうだれかに向けるでしょう。向けられただれかもまた、ほほえみを受け取り、また、だれかに伝えるでしょう。光の連鎖がはじまります。あなたが、自分自身をおとしめてしまっているときでさえ、あなたは、それだけの「奇跡」の発信者なのです。あなたが生きて在る、その価値を、けっしてみうしなわないでください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第957号(2006年6月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------いま、私は、たまごのなか。自分で自分をケアする方法は、さまざまにあります。たとえば、基本的なパワーがあって、撃沈しているときと、(そんなときも、あるんですよ)パワーがなくて、撃沈しているときには、方法は変えたほうがいいのです。これは、パワーを消耗したときに、私が使っていた方法です。部屋のなかを暗くして、からだをちぢめて、横になります。自分で自分を抱きしめるように。いま、私は、たまごのなか。たまごのなかで、私は、生まれるときを待っています。どんなたまごかは、一人ひとりのイメージにおまかせします。いつ生まれるのかも、自分が決めていいのです。たまごのなかは、準備の時間。だから、あせらずに、ゆっくり、ときを待ちます。こころをからっぽにして、たまごのなかで身をゆだねます。たまごのなかのぬくもりを感じます。すこしうとうととするくらいの静寂のなかで、そっと、音を聴きます。たまごのなかの音。たまごの外の音。音は波のようにやさしくひびいてきます。どんなものも、あなたを傷つけることはありません。たまごのなかは、何も見えませんが、光は感じます。やわらかな光です。その光のシャワーをたっぷりといただきます。たまごのなかで、あなたは、自分自身にことばをささやきかけます。もう一度、生まれるために、必要としていることば。過去をゆるし、自分をゆるし、ひとをゆるし、世界をゆるすために。さざなみのように、何度でも何度でも繰り返し。ときが満ちるまで。こころが満ちるまで。世界が満ちるまで。そして、やがて、ときが来ると、あなたは、ゆっくりと起き上がり、おおきく伸びをします。そのとき、たまごは自然に割れるのです。そして、そこには光のシャワーを衣にまとった、あたらしいあなたがいるのです。ありがとう、たまご。そっとつぶやいて、あなたは、あたらしい世界に踏み出すのです。いつでも、何度でも、あなたは生まれなおしていい。あなたは、世界にゆるされているのですから。今日は、私自身とあなたに、このメッセージを贈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第956号(2006年6月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.21
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------そこが、入り口です。今日はひとつ、提案します。私たちは、私たちが思っているほど、ちっぽけな存在ではないかもしれないって。私たちが、いま、見えている世界は、見えているもので、本当にすべてですか?いいえ、ちがいますよね。オカルトチックな話をせずとも、電波や光波、さまざまな見えないものが混在しています。では、私たち自身はどうですか?いま、わかっていること、できること。それだけが、私たちのすべてですか?私たちは、ひょっとしたら、ものすごい能力や可能性をもっているかもしれません。ただ、それを見ていないだけ。そして、ないものと、思いこんでいるだけで…。100億から150億年前、宇宙創生のときから、私たちは、「存在」していました。無から有は生じませんから、すべてのはじまりの地点に、私たちは、「存在」していたのです。 いまの「かたち」では、なかったけれど。私たちは、その長い時間、「うしなわれる」ことなく、存在しつづけてきました。さまざまな変転を、変化を繰り返しながら。そして、いまの「かたち」にたどりついているのです。だから、私たちが、いま、こうして存在していることは、それだけで奇跡なのです。このことを、今日は、かみしめてみてもらえませんか。もしも、あなたが、自分のことをとるに足らない、ちっぽけな存在だと思いこんでいるとしたら、なお。そう思いこむことによって、私たちは、眠らせてしまっているかもしれないのです。私たちが本来もっている、おおいなる可能性を。私たちは、宇宙とひとつです。私たちは、地球とひとつです。私たちは、生命とひとつです。私たちは、すべてとひとつです。どうか、そのことに、思いをはせてみてください。そして、見えない可能性に目を向けてみてください。そこが、入り口です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第955号(2006年6月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あざやかに、手放しなさい。私たちは、いつもたくさんの怖れをかかえて、生きています。両手に、背中に、胸に、怖れは、びっしりとおおいかぶさってきます。しがみついていればいるほど、それらは、ますます重く、ずっしりとのしかかるのです。そして、私たちは、いつか勘違いしてしまいます。まるで、怖れは、自分と一体のものだと。でもね、ちょっと視点を変えて考えてみましょう。ためしに、いま、ダイエットを考えているひとにおたずねします。あなたが、過去、自分の理想体重だったときのことを思い出してください。いま、そのときと比べて、どのくらい体重は増えましたか?5キロ? 10キロ?それと同じだけの、お米の袋をもったと想像してみてください。重いですね。こんなものを、毎日、ずっとぶら下げているなんて、信じられないくらいですよね。怖れも似たようなものなんです。それは、いつかあなたが、気づかぬうちに、身につけてきたものなんです。10キロのダイエットをするには、かなりの覚悟がいります。(笑)でも、こころのダイエットは、…そう、怖れを手放すのは、ずっと簡単にできるのですよ。あなたが、「手放す」と、決めさえすればいいのです。手放すことは、うしなうことではないのですよ。自分をしばりつけているものから、自由になることなのです。本当の、素の、すっきりした自分を、取りもどすことなんです。さあ、イメージしてみましょう。あなたのその重い荷物を、手放す場所を決めましょう。それは、海辺かもしれません。あなたの怖れは、海に還元されていきます。それは、草原かもしれません。怖れは、大地に還り、地球によって癒されます。あるいは、夜、山頂にあなたはいるかもしれません。おおいなる宇宙が、あなたの怖れを受け取り、永遠のカオスにもどすでしょう。そのとき、あなたは知るでしょう。怖れには、怖れの意味があったことを。でも、もう、それは終わりました。いまは、怖れを、やすらぎへと帰すときです。あざやかに、手放しなさい。あなたが、あなたを生きるために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第954号(2006年6月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------そんな人生、本当に楽しいですか?インプロ(即興演劇)の基本のひとつに、「イエスアンド」があります。相手のアイデア(考え)を受け入れて肯定し、そこに自分のアイデアをつけ加える。「○○しよう」「よし、そうしよう。 そして、□□しよう」「そうしよう。そして…」実際にやってみると、どんどんパワフルになっていくのがわかります。アイデアを否定されないので、とても気持ちがいいのです。ところが、しばしば、あるところに来ると、このパワーが鈍りはじめます。「宝物を見つけよう」「よし、そうしよう。 あっ、わにが出た。逃げよう」「よし、そうしよう。 今度は、橋がこわれている。 まわり道しよう」「よし、そうしよう…」たしかに、ストーリーとしては、ふくらみが出るかもしれません。でも、ちっとも前に進まないのです。宝物が目の前にあるのに、自分からわざわざ、わにやこわれた橋などの障害物をつくりだしてしまう。そして、前に進めなくしてしまうのです。なぜだかわかりますか?「自分でこたえを出す」のが、こわいからです。誰かに、最終責任をまかせたくなるのです。うまくいかない状況に出くわしたとき、私たちは、どんな方法をとってもいいのです。でも、そのときに、こんなふうに考えたとしたら?「自分はだめだから」「ちからがないから」「認められていないから」そうです。けっして前には進めません。その結果、ほしいものは当然、手に入りません。あなたはそのことを悲しく思うでしょう。でも、同時に、リスクをおかす怖れもありません。安全圏にいられるのです。傷つかずにすむのです。自分を認めないということ、つまりは、自分を信頼しないでいると、危険は回避できるのです。ほしいものが手に入らないことの言いわけができるのです。でも、そんな人生、本当に楽しいですか?たしかに、トライしてみた結果、うまくいかないこともあるかもしれません。だけど、そのことを怖れる必要はありません。トライしたという事実だけは、確実に手に入れられるんです。それは、ゼロではありません。むしろ、うまくいかなかった数だけ、あとで話のネタになるじゃありませんか。やっていくうちに、必ず、道はひらけていくものですよ!怖れを捨てて、前に踏み出してみてください。前に進もうとする自分を信頼してください。今日はあなたの一歩を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第953号(2006年6月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------これは、ボタンのかけちがい。最近、身辺で、ちょっとした、人間関係のトラブルがありました。それを、友人が、「ボタンのかけちがい」と表現してくれました。ああ、そうかと、とても納得がいって、救われました。(^○^)トラブルにおいて、ひとが一番苦しむのは、ほとんどの場合、「どちらが正しいか」という選択肢に直面するときです。もっというと、「どちらが正しいか」という選択肢を自分につきつけるときです。相手が正しいとなると、自分の身の置きどころがありません。自分が正しいとなると、それを認めない相手が、ゆるせなくなります。でも、「ボタンのかけちがい」となると、どうでしょう?そう、どちらも間違ってはいないのです。二番目のボタンと三番目のボタン穴は、役目は果たしているものの、なんだかちょっときゅうくつです。三番目のボタンと二番目のボタン穴は、自分がひとりぼっちの理由がわかりません。(笑)でも、それだけのことなんです。ボタン穴にボタンがはまるという意味では、間違ってはいないのです。(笑)そして、外から見たら、どこがずれているかも、わかるんです。もちろん、人間関係においては、どこがずれているのか、わかりにくいときもあります。でも、そのときにさえ、「どちらが正しい」ではなく、「ボタンがかけちがっている」と思うだけで、ずいぶん楽になれるんです。「どちらが正しい」のわなにとらわれて、苦しみのなかにおちそうになったとき、ぜひ、口にしてみてください。「これは、ボタンのかけちがい」大切なことは、あなたには、いつだって、選択肢があるのだということ。あなたは、いつだって、かけちがったボタンを、もどすことができるんです。でも、ちょっとずぼらをして、(ときには、意地を張って)(^^ゞきゅうくつなままにしておくこともできるんです。大切なことは、そのことがわかっているということ!そして、もうひとつ、あなたには、そのきゅうくつな上着を脱ぐ選択肢もあることをお忘れなく。そう、すべての選択肢はあなたのなかにあるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第952号(2006年6月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「かめおかさんだからね」めったに腹を立てない私ですが、どうしても、カチンと来ることばがあります。(^^ゞ「かめおかさんだからね」たとえば、パソコンはあまり得意ではない、というひとたちがいます。でも、いろいろな活動や仕事を拡大したいと思っています。そこで、私は、「インターネットの可能性は とってもおおきいよ。 チャレンジしてみたらいいよ」と、おすすめします。でも、そのひとたちは、けっして、そこに足を踏みこもうとしません。そして言うのです。「(それができるのは) かめおかさんだからね」私が、自宅にパソコンを導入したのは、2000年10月。友人の古いパソコンをゆずってもらいました。最初は何ひとつできずに、ただ、電源をつけたり消したりしていました。(笑)私は基本的にキカイオンチなのです。(^^ゞ2001年6月にホームページ立ち上げ。http://homepage3.nifty.com/kaishin-juku/このときも、自分では何もわからず、ホームページに詳しい友人が背後霊のように私のうしろで指示をし、(笑)ようやく原型が完成。その後も、笑っちゃうようなアクシデントを繰り返し、そのたびに、詳しい友人たちに「助けてくれえ」のSOS。これは、いまだに変わりません。そう、そんな繰り返しなんです。赤ちゃんが歩くのを覚えるのと同じです。私だって、何ひとつわからないところを、一つひとつ、クリアしてきたに過ぎないのです。むしろ、ひとよりもうんと遅い歩みだったとさえ思っています。だから、ついつい、しゃくにさわってしまうのですね、このひとことが。「かめおかさんだからね」でもまあ、腹を立てていてもしかたありません。この際、フォーカスチェンジするとしましょう。(笑)「かめおかさんだからね」そう、私だから、どんなに愚直な歩みだと思っていても、つづけられる。だって、もともと、愚直なことがわかっているから。「かめおかさんだからね」私だから、大変だなあと思えることでも、やってみる。だって、もともと、不器用だから、大変は当たり前。「かめおかさんだからね」私だから、何を言われても、まあそんなもんかと受け流せる。だって、ひとが何を言おうと、自分は自分にしかなれないって、わかっているから。そんなふうに考えてみると、このことば、そんなに悪いことばじゃないかもね。「かめおかさんだからね」そう、私は私。あなたはあなた。私たちは、それぞれに、それぞれの輝きかたをすればいい。誰かをうらやむ必要もないし、誰かをおとしめる必要もない。ただ、私が私であればいい。ただ、あなたがあなたであればいい。大切なことは、お互いが、自分の幸福を生きること。…でしょ?(^o^)丿--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第951号(2006年6月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------三日坊主を楽しみましょう♪「三日坊主」って、マイナスの意味で使われることが多いですよね。「おまえは三日坊主だから だめだ」みたいな…。でも、あるとき、こんな発見があったんです。ワークショップで、「ことばの言い換え」をやっていたときのことです。一見ネガティブに感じることばを、ちがった角度から見てみるワークです。そこで、「三日坊主」が出てきました。「三日坊主っていうことは、 好奇心旺盛ってことだよね」「チャレンジ精神も旺盛だよね」「気持ちの切り替えが早いと いうことも言えるのでは?」まだまだいっぱい出てきたんです。実は、私も、「三日坊主のすすめ」をよくするんです。私たちって、しばしば、生真面目すぎることがあるんですよ。たとえば、おもしろくない本でも、買ったからついつい最後まで読んでしまったり…。でも、それって、ちょっと時間のむだです。飽きたら、即やめる。これが、「三日坊主のすすめ」です。そしてね、やりたいことをどんどん増やしていけばいいんです。どんどん三日坊主で切り替えていけばいいんです。ただし、やりたいことが、121個になったら、いったんそこで止めてくださいね。どんなに三日坊主をやっても、それを越えると、1年では終わらなくなるからです。(爆)(365日÷3日=121.6)(^○^)三日坊主を楽しみましょう♪それは、あなたの可能性の数を意味します。どんどん楽しいことが増えていきますよ!それからね。どんなに三日坊主のひとでも、本当にやりたいことが見つかったら、三日坊主にはなりません。そしたら、そのときは、一生坊主(あるのかしら)をやればいいんです。あせることはありませんよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第950号(2006年6月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分が自分になるということ。先日、友人と話していたときに、ふっと出てきたことばです。自分が自分になるということ。私たちは、生まれてこのかた、自分以外のものになったことがありません。 夜中に鏡を見たら、タコに 変身していた…というひとは 別ですが。{怖いよう)(^^ゞなのに、私たちはしばしば、自分が自分でないような、自分が自分を生きていないような、そんな感覚にとらわれます。なぜそうなるかというと、私たちは、たしかにこの自分を生きているのですが、その生きていくために、さまざまなこと・ものを模倣・習得します。あくまでも、模倣・習得であり、あとからいくらでも改造・変更は可能なのに、ついつい、そこにとらわれてしまうのです。また、私たちの多くは、ひとりになることを極端に怖れます。ちいさなころ、目が覚めると、枕もとにいたはずのお母さんがいなくて、泣いてしまったあのときの感覚が残っているのでしょうか。誰かにそばにいてもらうために、本来したくないことをやったり、したいことをあきらめたりしてしまうのです。そのうちに、だんだん、自分が自分でないように感じるようになっていくのです。これらは、どちらもとても不幸なことです。自分が自分でないように感じると、生きている実感も感じにくくなります。そうすると、生きていることが、だんだん、つまらなく感じてしまいます。あなたが感じている無力感やけだるさは、あなたが本来のあなたから遠ざかっているしるしです。あなたが、本当に本来のあなたを生きるとき、あなたの退屈さや倦怠感はどこかに吹き飛んでしまいます。今日はそのことに気づきましょう。そして、本来のあなたを生きる決意をしましょう。そう、自分が自分になるのです。怖いですか?とても無理だと思いますか?あせる必要はありません。ゆっくりゆっくりでいいんです。なぜならば、私たちが私たち自身を生きてこなかったその長さのぶんだけ、変化への怖れもまたおおきくて当然なのです。だから、まずは、静かに、「自分を生きてこなかった自分」をゆるすことからはじめましょう。苦しかった、つらかった、せつなかった、むなしかった、そんな自分を受け入れましょう。うそをついていた自分をやさしく抱きしめて、いい子いい子してあげましょう。そうです。ゆるしてください。ゆるしていいんです。だって、そのために、あなたは、これまで、本当に苦しい思いを耐えてきたのですから。そんな自分を、もう、責めるのはやめましょうよ。自分が自分になるということ。その第一のステップとしての「自分をゆるす」ということ。どうぞ、トライしてください。いっしょに歩いていきます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第949号(2006年6月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------不完全という完全を生きているのです。私たちは、とても不完全な存在です。まず、生まれた瞬間から不完全です。だって、ひとりでは、生きていくことができません。自分の足で歩けるようになるのでさえ、1年近くもかかります。そして、こころはさらに不完全です。いわゆる「おとな」の年齢になっても、こころが「おとな」でないひとは、たくさんいます。そして、たくさん悩みます。迷います。ぶつかります。どうして、ひとは、こんなにも不完全なのでしょう。虫や鳥や動物たちのほうが、よほど、完全な生きかたをしているように思えます。でもね、ふと思ったんです。もしかしたら、ひとは、「不完全」という完全を生きているのかもしれないと。つまり、こういうことです。虫も鳥も魚も花も木も、それらが、急に変化することはありません。ダーウィンの進化論はさておき、ともかく、目の前の虫や鳥や魚や花や木が、ある日突然、個体によって、ライフスタイルが変わったり、悩んだり葛藤したりする、ということはないのです。その意味で、彼らは彼らの完全を生きているのです。でも、人間は変わります。大好きだったものが、突然嫌いになったり。昨日まで、極道のかぎりを尽くしていたひとが、突然、出家して悟りをひらくこともときとして、ありえます。{その逆も…?)(笑)そんなふうに、人間は変化します。変化しつづけます。けっして、完全になる、=変化を止める、ということがないのです。ということは、人間は、不完全という完全を生きているのです。不完全であることが、人間として完全である、ということなのです。もしも、あなたが、自分の不完全さを嘆く気持ちになったときは、どうぞ、このことを思い出してください。私たちは、永遠の不完全を、完全に生きているのです。不完全であることこそ、人間であることの証なのです。不完全であることを喜んでください。あなたは、人間として、まっとうに生きています。変化しつづける不完全を、思い切り楽しんでください。今日は、あなたの不完全を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第948号(2006年6月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分を信頼してください。ものごとが順調で、うまくいっているとき、私たちは、自分にたいする信頼感を強めます。これ、当たり前ですね。でも、最近、私は、「そうでもないかも」と思うようになりました。うまくいっていないときでも、私たちは、自分を信頼していいのだと。うまくいっているとき、自分を信頼するという考えかたは、つまりは、「うまくいっている」という外がわの現象に、自分を合わせていることになります。外がわに、自分の基準をつくってしまっているんです。ということは、この信頼は、…おわかりですね?そうです。外がわがくずれると、一気にくずれてしまうのです。ところが、うまくいかないときでも、とにかく、自分を信頼する。これだと、基準が自分の内がわになります。そうすると、ほかの要因で、くずされることがなくなるんですね。うまくいかないときに、どんなふうに信頼するのか。いま、うまくいかないと感じる(見える)体験を自分は選択しているのだと、とらえてみるのです。そして、その選択をした自分にOKをあげるんです。そのときは、最悪の状況だと思っていたけれど、あとになって考えると、あの体験をしておいてよかった…。そういう体験って、だれにでもありますよね?そう、ものごとは、「いま」「ここ」だけでは、判断できないことがたくさんあるのです。生きるということは、つねに「いま」「ここ」ではあるのですが、その連続が私たちの人生だからです。だとしたら、いま、うまくいっていない状況を体験している自分にOKをあげていいんです。どんな一瞬であっても、それは自分の生きるプロセスであり、穴ぼこが空いていたり、抜け落ちていたりしていいはずがないのですから。そして、そのうえで、その状況が、なぜ、いま、自分のもとに来ているのかを考えてみましょうよ。もしかしたら、それは、いまの自分を終わらせて、次のステージに進むためのジャンピングボードなのかもしれません。こたえがすぐに出てこなくてもあせらないで…。こたえがすぐに出てこなくてもあせらない自分を信頼しながらね。(笑)どんなときでも、自分を信頼してください。どんなときでも、自分を信頼できる自分を信頼してください。たとえ、いま、本当には信頼できなくても、まずは、自分にそう宣言してしまうんです。ついでに、にこっと笑うと、より効果的ですよ。 間違っても、 歯を食いしばって、 悲壮な顔でやらないで くださいね♪今日は、あなたの信頼を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第947号(2006年6月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------ちょっとだけ、極悪非道になりませんか?こうすれば、幸福になれるのに(楽になれるのに)と思っても、どうしてもそれができない。そんなふうにおっしゃるかたが、ときどきいらっしゃいます。それってとても単純なことで、自分をゆるしていないからなんです。こんな(ゆるせない)自分は幸福になってはいけない。楽になってはいけない。そう思ってしまうから、わざわざ不幸になる(苦しくなる)方向を選んでしまうんです。でも、こころの深いところは、本当は、幸福になりたい、楽になりたいと叫んでいるから、なりたいのになれないという矛盾が生まれてしまうんです。その感覚、よくわかります。私自身がそうでしたから。でもね、気がついてください。そう感じてしまうあなたは、実は、ものすごく「いい子」だったのですよ。いい子であったがゆえに、あなたはいま、それほど苦しんでいるのです。考えてみてもください。もしも、生まれた瞬間から、悪魔の申し子のように、不良行為、極悪非道のかぎりを尽くして生きているひとが、仮にいたとしたら…。(^^ゞ(あくまでも、想像なので、 おつきあいくださいね♪)このひとは、ベースが悪の権化ですから、どんなちいさな「いいこと」をしても、それだけで、すごい「更生」になっちゃうんです。道路に落ちているゴミひとつひろっただけで、すごい奇跡。ただ、単に笑顔になっただけで、ものすごく、進歩したことになる。でも、あなたは、(私も)残念ながら、「いい子」であり、「いいひと」だったんです。「いい子」であり「いいひと」というのは、実に損なんです。いいことをやっても、それが当たり前の世界ですから。そして、「いい子」「いいひと」は、自分にきびしすぎます。自分の基準から、ひとつでもはずれることをしてしまうと、もう、「だめなひと」のレッテルを自分で自分に貼ってしまうんです。それこそ、重箱の隅をつつくように、自分の欠点を見つけ出します。では、生まれたときから極悪非道なひとは、どうでしょう。自分で、マイナスのレッテルを貼るなんてことはしません。「極悪非道? 当たり前じゃん。 なんか文句あっか?」って思うだけです。(笑)だから、今日は遊びのつもりで、あなたに、こんな提案をしてみます。「ちょっとだけ、 極悪非道になりませんか?」(爆)自分のことを「だめだなあ」と思ってしまいそうになったとき、極悪非道の「当たり前じゃん」の感覚を使ってみるのです。ごみ一つで、立派に更生しちゃってる感覚です。「なんか文句あっか」です。ポイントは、あまり真剣に考えないことです。(^^ゞ映画かまんがの悪役になったつもりになることです。悪役は、徹底的にワルいほうが、絶対におもしろいですから。でね、そんなふうに「なんか文句あっか」と、とりあえずでも言えたときに、あなたは、ひとつ、自分をゆるしたことになるんです。そう、ゆるせちゃうんです。極悪非道のおかげで。(^○^)だったら、極悪非道も、そんなに悪いことじゃないですね?さあ、どうぞ、今日は、いつもよりちょっとだけ極悪非道な自分を楽しんでください。あなたのゆるしがパワーアップします!幸福へ向かう、ちょっとアクロバットな?提案でした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第946号(2006年6月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「何のために」と「その先」。以前、ある団体に参加していたときのことです。その団体では、さまざまなもよおしが企画され、そのつど盛り上がるのですが、年とともに、少しずつそれが変化してきたのですた。だんだん、その盛り上がりが低調になっていくのです。いえ、最終的には何とか盛り上がって終わるのですが、なかなか、次につながらなくなっていったのです。離れていくひとは、さまざまな理由を口にしました。個人の事情、家庭の事情等々。でも、離れていくことに変わりはありません。その団体は、やがて解散しました。あんなに盛り上がっていたのに、なぜ…と、長いこと疑問でした。最近、ようやく、ああ…と、わかった気がします。「何のために」と「その先」が見えなくなっていたのです。長年やっていることだから、今までやってきたことを、中断させたくないから…。やれば、楽しいから。喜ばれるから。盛り上がるから。…そういう理由でも、ひとは、動くことはできます。でも、エネルギーはつづきません。たとえ、100年つづいてきたことでも、そのたびに、自分が何のためにやっているのかを、問い直す必要があるのです。そして、その理由が見つからなかったら、もう一度見つけ直すか、終わりにするか、どちらかが必要なんです。(だれかに渡すという 選択肢も含めて)また、そのもよおしをやること自体を目的にしてはいけません。そのもよおしをやることが、自分にとって、まわりにたいして、何をもたらすか、そこが見えていることが必要なのです。それが、「その先」です。以前にも書いたことがありますが、山で遭難したとき、山小屋にたどり着くことを目的にしてしまうと、山小屋が見えた瞬間にちから尽きます。山小屋に着いて、何をしたいか、「その先」が見えていると、山小屋が見えたときに、もうひと踏ん張りのちからが湧くのです。これは、団体の話にかぎりません。私たちの人生においても、同じことがいえます。何のために、それをするのか。それを達成することで何を手に入れたいのか。(何を実現させたいのか)それが明確になったとき、エネルギーが持続します。そして、これは応用がきくのです。「何のために」がはっきりと見えないひとは、「どんな自分だったら 楽しいか(うれしいか)」と、「その先」をイメージしてみるのです。「その先」の自分にたどり着くためには、いま、何をすればいいかを考えてみるのです。そうすると、いまやること、やっていることの意味(何のために)が見えてきます。「何のために」と「その先」、あなたもちょっとチェックしてみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第945号(2006年6月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------豊かさとつながっています。かつて長いこと、「お金がない」ことで、劣等感や無力感にさいなまれていた時期がありました。とりわけ、人間関係の破綻からつとめていた会社を辞めた直後は、最悪の心境になっていました。正社員ではなかったので、退職金はありませんでしたし、もともと、たくわえもほとんどなかったのです。不本意な状況にあるといういらだたしさに加えて、「お金がない」みじめさは、容赦なく私を打ちのめしました。食べていけるのだろうかという不安と怖れに、毎日のように振り回されていたのです。いま、振り返るとわかります。あのとき、私は、「貧しかった」のではなく、「貧しいこころ」でいたのだと。この日本に生きている以上、たとえどんな状況であっても、全世界における、わずか数パーセントの富裕層として生きていることを否定することはできません。私たちは、(少なくとも、私も、このメルマガを読んでいるあなたも)富める階層の人間なのです。にもかかわらず、どれほどおおくのひとが、欠乏感と喪失感のはざまで生きていることでしょうか。生きている感じがしないと、みずからいのちを断っていくひとのなんとおおいことか。私たちを苦しめるのは、貧しさではなく、「貧しいこころ」なのです。この「貧しいこころ」こそが、私たちを、魂の芯から、ほろぼしていくのです。あなたが、幸福に生きる道を選びたいなら、もう、「貧しさ」につながることをやめませんか?私たちは、けっして貧しくなどないことに気がついていきませんか?あなたのその手は、誰かの手をにぎりしめ、あたためてあげることができます。のどが渇いたひとがいれば、水を汲み、飲ませてあげることもできます。何でもできる魔法の手なのです。あなたは、そのことに気がつくだけでいいのです。同じく、あなたのその足は、道に迷った誰かを、正しい方向に導いてあげることができます。自分自身を、ここちよい海辺や山のなかへと運び、癒してあげることもできます。あなたのその足もまた、何でもできる魔法の足なのです。あなたは、そのことに気がつくだけでいいのです。あなたの目も、耳も、口も、あなたの存在すべてが、誰かの豊かさとつながっています。そして、あなた自身の豊かさとつながっています。そう、私たちは、いつでも世界の豊かさとつながっているのです。もしも、あなたがそれを実感できないとしたら、あなたら、「貧しいこころ」にしがみついているのです。どうか、そっと、解放してあげてください。代わりに、豊かさをその胸に抱きしめてあげてください。今日は、あなたの豊かさを祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第944号(2006年6月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------あなたの質問には価値があります。全国各地で、ワークショップや講演等をさせていただいています。たいていは最後に、質疑応答の時間をもうけます。ところが、しばしばこんなことが起きます。ワークや講演のあとですっと寄っていらして、「質問してもいいですか」と言われるかたがいるのです。先ほど、質疑応答のときには手を挙げていなかったかたです。そして、たいていは、こんなふうに言われます。「みなさんの時間を 削るのがもうしわけないので」「こんな質問は、ほかのかたには 関心がないと思うので」でもね。たいていの場合、それは間違っているんです。そう、その質問こそ、ほかのかたにも聴いていただきたかった、と思うことが、実に多いのです。なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。ひとつには、悩んだり苦しんだりしているひとは、しばしば、自分の気持ちは、誰にもわかってもらえないことだと思いこんでいます。だから、人前で話してもしかたがないと思ってしまうことが多いのです。もうひとつは、そういうひとたちは、自分自身の価値を必要以上に低く感じている場合が多いのです。だから、ひとの時間を自分のために使うなんて、無駄なことだと決めつけてしまうのです。これらの思いこみは、いずれも、おおきな損失です。なぜならば、私たちは一般的に考えて、まったく異なる趣味・傾向のものには興味は示しません。○木ひろしのコンサートに行くひとと、○崎あゆみのコンサートに行くひとの層は、あまり重ならないと思います。 すみません、私は 歌手の名前をほとんど 知らないので…。(汗)とすれば、私のワークや講演に来てくださるかたがたも、どこか、ある部分は、共通の気持ちをもってくださっているはずです。だとしたら、あなたのメッセージが、ほかのひとの役に立たないはずがないのです。あるいは、仮にほかのひとが考えていないメッセージを発したとしても、それも大切なことなのです。ほかのひとたちは、自分の知らない視点を与えてもらって、思いがけないお土産をもらえたことになるからです。そして、もうひとつは私からのお願いです。あなたが、ご自分の価値を低く見た結果、個人的に質問をされることで、私は同じお返事を、何人ものかたにしなくてはならないはめになります。これ、けっこう疲れます。(^^ゞあなたの質問には価値があります。絶対に間違いありません。ほかのひとたちのためにも、どうか、堂々と、みなさんの前で発言してくださいね。あなたの持っている価値を、ひとりじめしないで、どうぞ頒けてあげてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第943号(2006年5月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------被害者または犠牲者のことば。対人関係で、こころに何か引っかかったとき、つねに、チェックしていることがあります。それは、「受け身のことば」を使っていないかどうか、です。受け身のことばというのは、「~~されて(させられて)いる」「~~したくても~~できない」「(~~のせいで) ~~しなくてはならない」といった言い回しです。これらのことばを総称して、私は、「被害者または犠牲者のことば」と呼んでいます。こうした言い回しを無意識であれ、自分がしているときは、自分を被害者または、犠牲者の立場においているということなのです。つまり、みずから、主格の座から降りていることを意味します。すこし厳しい言いかたですが、あえて書きます。被害者または犠牲者でいることは、実はとても安全で安心なのです。なぜならば、被害者または犠牲者でいるかきり、問題になるのは、つねに害を与えた相手であり、自分自身は変化する必要がないからです。表面の現象を見れば、たしかに、相手は問題の持ちぬしでしょう。でも、たとえば、山道でがけから大岩が転げ落ちてきて、目の前をふさいだからといって、大岩に文句を言っても、はじまらないでしょう?私は不運だ、なんてなげいていても意味がないでしょう?自分がよけるか、岩を粉砕するか、誰かに助けをもとめるか、何らかの対応をするはずなんです。人生だって、同じなんですよ。被害者または帰省者の意識でいると、この対応が遅れます。変わるべきは自分ではなく、相手と思っているために、変化への判断がにぶるのです。そう、大岩に、「よけろ」と、言っているのと同じなんです。 どの選択肢が正しくて、どれが間違いであるか、それは私には言えません。ただ、大切なことは、その選択肢が、あなたを不幸にしないことだけです。たたかって、自分の正しいこたえを勝ち取ることが、あなたにとって幸福なら、それを選択すればいいのです。タケコプターでも何でも使って、その場を脱出することが自分らしいと思えれば、それだってかまわないのです。その選択を自分が決めたとき、私たちは、被害者にも犠牲者にもならないですみます。たとえ、ほかのひとがなんと言おうとね。さあ、いま、自分が使っていることばを、チェックしてみてください。被害者または犠牲者のことばはひそんでいませんか?気づいたら、いますぐ、そのことばを使うのをやめるんです。あなたが、あなたの人生を、あなた自身を主人公として生きていくために!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第942号(2006年5月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------踏み出すときなのかもしれません。自分の存在が無視あるいは軽視されていると感じたとき。自分の主張が、正当にかえりみられないと感じたとき。私たちは強い葛藤を感じます。相手をゆるせない思いが湧き上がってきたり、自分を責める気持ちに包まれたり、こころはひどく動揺します。それって、人間として当たり前の気持ちだと思います。でも、あなたがもしも、幸福な人生を生きたいと本気で思うなら、今日は提案があります。いつもの回路を使うのはもうやめにしませんか?相手を責める回路も、自分を責める回路も、あなたを幸福にしたことはかつてなかったはずです。何度繰り返してみたところで、それは、幸福につながるルートにはなっていないのです。あなたがこだわっている問題は、たしかに、あなたにとって、重要なことかもしれません。でも、もしかしたら、本当は、それを手放す時期に来ているのかもしれませんよ。そう、いまはまだとうてい手放すことはできないと感じていること・もの・ひとは、かつては、たしかに、絶対に必要な存在でした。でも、もしかしたら、いつのまにか、その必要は終わっているのかもしれません。終わっていることに気づかずに、しがみついているだけなのかもしれません。こころを静かにして、自分に問うてみてください。あなたにとって、そのこと・もの・ひとは、本当に絶対に、必要ですか?そんなにもあなたを幸福にしないこと・もの・ひとを、あなたはずっと追いかけていたいのですか?もしかしたら、いまが、踏み出すときなのかもしれません。あなたが勇気を出して、新しい地平に目をやったとき、そこはまだ雨模様かもしれませんが、あとほんの少し先には、晴れて虹がかかるかもしれませんよ。顔をあげて、しっかりとその新しい地平に向かって、足を踏み出してみませんか。足もとのあらたな大地を、一歩一歩、いとおしむように踏みしめていくんです。一歩踏み出すごとに、あなたの背中から、あなたをしばりつけていた影が、はがれ落ちていくことがわかるでしょう。その影が、どんどん遠く、薄くなっていくことをあなたは背中で感じるでしょう。振り向く必要はありませんよ。それは、終わったものなんです。しずかに、過去の大地に眠らせてあげなさい。あなたの前の、明るい虹を、ただ見つめて進んでください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第941号(2006年5月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------私たちの胸のなかの、ちいさな痛み。たとえば、マザー・テレサのように生きたい。あるいは、ガンジーのようになりたい…。ひとはさまざまなひとにあこがれをいだきますね。でも、自分自身を振り返ったとき、とてもそんなふうにはなれないと、あきらめてしまいます。だって、現実の自分は、ちいさなことに嫉妬したり、いらいらしたり、悩んで落ちこんだり…。それどころか、あれもほしい、これもほしいと、欲はかぎりなく出てくるし…。こんな私って、だめだめじゃん…なんて。今日は、そんなあなたのために、ちいさなヒントを差し上げます。 いえ、ひょっとして、これは、 自分へのヒントかも?(笑)私たちが、しばしば、自分を不完全だと感じるとき。(否定的に感じるときも含めて)そのとき、私たちの胸のなかには、ちいさな痛みが生まれています。そのちいさな痛みは、あなたをちくちくとさいなみます。でも、あなたは、けっして、その痛みから、目をそらしてはいけません。こころをからっぽにして、じっと見つめてあげるんです。そこには、どんな判断も批判も不要です。そして、その痛みを、胸のなかで、そっと抱きしめてあげるのです。その痛みはね、私たち人類のすべての痛みとつながっているんですよ。本当に完全な人間なんて、この世にひとりもいないんです。たとえマザーであろうとね。(^^ゞ私たちは、誰であっても傷つくし、そして、知らずに、誰かを傷つけてしまうのです。だから、あなたは、あなたの痛みをとおして、すべての人類の痛みを抱きしめてあげるのです。あなたが、痛みを感じるとき、世界のどこかで、誰かが傷ついています。あなたが痛みを抱きしめるとき、世界のどこかで、誰かが癒されています。そしてね、あなたの痛みもまた、世界のどこかで、きっと誰かが抱きしめてくれるんです。だから、おまかせにしましょうよ。自分を責めるのは、おしまいにするんです。もしかしたら、私たちの胸のなかの、ちいさな痛みは、痛みを忘れないためにこそ、あるのかもしれません。ひととひとが、かぎりなくやさしくつながるために。ひととひとが、どこまでも深くつながるために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第940号(2006年5月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------「ちょっと」を、大切にしてみませんか?朝、起きて、笑顔で、おはようと言う。太陽にも、部屋の花の小鉢にも、家族がいれば家族にも、ペットがいれば、ペットにも笑顔で、おはようと言う。ふとんは端をととのえて、こざっぱりと。バジャマはたたんで、きれいに重ねるか、ハンガーに吊って、風をとおすように。ひと晩、ありがとうとこころでお礼を言って。ごみを片づけて、部屋を少しだけきれいにする。ごみ捨て場に、ごみをていねいに置く。そこで行き逢ったひとにも笑顔でおはようと言う。食事の前には、手をあわせて、いただきますと言う。食事をしながら、食べものたちに、ありがとうと言う。食事が済んだら、手をあわせて、ごちそうさまと言う。食器を洗うときは、先によごれをふき取って。食器を洗ってくれるひとがいるときは、よごれないように重ねて。毎日の仕事に、毎日のありがとう。出かけるときに、玄関のくつをそろえる。玄関に鏡があったら、のぞいてにっこり笑って、いってきます。家族のいるひとは、家族にも、いってきます。家族からも、いってらっしゃい。ひとが、ほんのちょっとだけ幸福になれる瞬間って、どんなときだろうと、ふと、考えてみたのです。朝起きてからの、ほんの少しの時間に、こんなにたくさんありました。もっとさがせば、もっとたくさんありますね。そこにあるのは、ほんのちょっとの気づかいと、いつでもの惜しみない、ありがとうの積み重ね。そう、ほんのちょっとの積み重ねで、私たちは、幸福になれるんです。どかんとおおきな幸福もいいけれど、毎日がそれだと、疲れてしまうかも。(笑)毎日の幸福は、ほんのちょっとずつ。でも確実に、こころがあたたかくなるように。毎日毎日の暮らしのなかで、あなたの「ちょっと」を、大切にしてみませんか?あなたの「ちょっと」の幸福は、間違いなく、あなたのまわりのひとの「ちょっと」の幸福につながっていきます。「ちょっと」がたくさんつながっていったら、いつか、「ちょっと」ではなくなっているかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第939号(2006年5月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------くすっと笑う、慈愛のほほえみメルマガを発行していると、さまざまなかたからメッセージをいただきます。 本当にありがとうございます! レスできてなくてごめんなさい!基本的には、面と向かってのお叱りでも、ウェルカムです。だって、そのひとは、それだけ、私(の文章)に関心をもってくれているのです。わざわざ、時間と労力をそこに割いてくれているのです。だから、ありがたく受け止めます。ただ、私自身は体験したことがありませんが、世のなかには、誤解や曲解、ときには悪意にもとづくコメントもありえます。 その背景については、 書きたいことはありますが、 それはそのうちに…。はっきり出してくれればけんかもできるのですが、(笑)微妙な表現で来られると、ちょっと反応に困ります。で、そんなときのアドバイスです。くすっと笑って、受け入れましょう。ポイントは「くすっと笑う」です。ただし、「こばかにして」の「くすっ」は、だめですよ。赤ちゃんを見るお母さんの慈愛のほほえみの「くすっ」です。「くすっ」と笑ったとき、こころは、どんなふうになりますか?胸のなかに、ふわっと花がひらいたようなやさしさを感じませんか?このやさしさのなかにあるとき、ひとは、感情を乱されずにすむのです。すべてをやわらかく、受け入れることができるのです。ああ、これって、ちょっと批判が入っているかなあ。 くすっ…。でも、ストレートじゃないところが、かわいいよね。もしかして、これ、皮肉? くすっ…。なかなか上手な表現じゃないの。こんなふうにね♪もちろん、思い当たることがあるときには、謙虚に受け止めることが必要です。でも、そうではないなら、そのことで、あなたが余計な気を使う必要はないし、感情を乱される必要もないのです。笑いは、ひとを幸福にします。幸福な状態で、こと・もの・ひとと接すると、私たちは、おだやかさをキープすることができます。それだけのことなんです。あなたは、あなたの感情を、自分で選ぶことができます。そこに、「くすっと笑う慈愛のほほえみ」を、追加してみませんか?人生がもっと楽しくなりますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第938号(2006年5月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------仮面とは、はずれるものなのです。演劇のワークのなかに、「仮面のレッスン」があります。私も、少しだけですが、体験したことがあります。 仮面には、中性面と表情面が ありますが、ここでは、 表情面をあつかいます。まず、静かに立って(または座って)呼吸を整え、気持ちをニュートラルにします。(ニュートラル=中性)それから、おもむろに仮面を手にとり、目の前にもってきます。何も考えず、面を見ます。面には表情があります。じっと見ていると、からだの内がわから、何かが動きだします。それは、自分であって自分でないような、不思議な感覚です。あせらずに見つめつづけ、内がわから湧き上がる感覚に身をゆだねます。ふっと、ある瞬間がおとずれます。その瞬間に、面を顔につけます。面と自分が、ひとつになるのです。そのあとは、ただ、からだが動くにまかせ、声が出るのにまかせます。自分が動いているのか、面が動かしているのか、わからない状態です。感情もはげしく動きます。いっさいを止めずに、ただその流れに乗っていきます。ひとしきり経って、一段落したところで、面をはずします。もう一度、ニュートラルの自分にもどります。私たちは、日常のなかで、さまざまな面(仮面)をつけて生きています。そして、しばしば、その仮面をはずすことができないかのように感じています。でも、それは誤解なのです。仮面とは、はずれるものなのです。また、はずれるからこそ、仮面でもあるのです。素(中性)であるあなたは、いなくなってしまったわけではありません。仮面をはずせば、いつでも、素(中性)であるあなたが、そこにいるのです。ただ、仮面をつけていると、あまりにも、仮面の影響が強く感じられるために、素(中性)である自分がなくなってしまったかのように感じられていただけなのです。ためしに、ひとりでいるとき、静かに立って(座って)、おだやかに呼吸しながら、あなたの顔のふちに、手をやってごらんなさい。そして、実際に手をかけて、あなたの仮面を、ためしにとってみる、とイメージしてみてください。急いではいけません。まず、素(中性)である自分をイメージするんです。何度も何度も、仮面をとって素(中性)である自分が、そこにあらわれるようすをイメージしてみるんです。仮面をはずしたときの自分がイメージできたとき、実際に、仮面ははずせます。仮面とは、そのようなものなのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第937号(2006年5月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------ちょっとだけ鈍感になりましょう。思いつきワークです。このワークは、「あなたって、鈍感ね」と言われるひとにはあまり向いていません。ちょっとしたことが、どうしても気になってしまう、特定のことで、ついいらいらしてしまうというあなたは、おためしください。なぜ、あることが気になったり、いらいらしてしまうのか。こたえは、簡単です。そこに意識が向いてしまうから。え? こたえになってない?いえいえ、立派なこたえです。ひとは、意識を向けるから、感情が動くのです。より正確にいえば、意識が向くと、感情が動くように、習慣づけられているのです。というわけで、いらいらしないポイントは、ちょっとだけ鈍感になることです。そこに向ける意識の割合を減らすのです。わかりやすい例があります。子どもたちです。お母さんやお父さんに叱られているとき、子どもたちは、実に上手に意識を飛ばしています。あれを見習うのです。(笑)ポイントは、大好きで夢中になれるもの、いつ思い出しても、にこにこしてしまえるような何かをこころに用意しておくこと。何かが気になりだしたとき、いらいらしてきたときは、意識を、その映像に集中するようにするのです。そうすると、意識は、行ったり来たりはしますが、行ったきりにはなりません。それすらもむずかしいというひとは、そのようにこころが動くものの写真か、カードを常に携帯すること。そして、意識が動き出したら、さっと、その写真(カード)を見る習慣をつけること。意識が行来きしだしたら、その心地よいほうに来る時間を少しずつ長くしていくのです。そうすると、いらいらする感覚は、自然に薄まっていきます。結果、外から見ると、鈍感になったように見えるのです。そんなわけで、ちょっとだけ鈍感になりましょう。あなたのこころの健康にも、あなたにチェックされる対象の相手にも、一石二鳥の解決策だと思うのですが、いかが?(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第936号(2006年5月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.01.01
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