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年度の締めが完了すると、毎年会社からプレゼントが配られるが、今年はなかなか洒落が効いていた。 会社はパリから80KM離れたノルマンディーのPACYに有るため、全員が車通勤で、昨年度は通勤災害で休業した人が何人か出た。 今年の贈り物は、車用の防災キットで、蛍光色のSecurity Vest(高速道路での作業者が着用)と赤色のWarning Triangle(三角形の停止表示板)のセット。 仏法人の社長のメッセージが奮っていた。 1高速上の死者の55%は車から離れたドライバー 2その75%は夜に 3昼間は、Warning vest着用者は300M先から 確認可、無着用は100M 4夜間は、Warning vest着用者は160M先から 確認可、無着用は30M の解説付きで、I wish all of you a safe and pleasant trip!
2007年01月31日
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戦前派世代の本音が思わず出たのか、厚生労働大臣の「女性は子供を生む機械」、は言葉の持つ重みを理解しない信じられない失態。 Globalに仕事をしていると、言っては行けない一言で、敢え無く築き上げて来た物が破産してしまった例を何件か見て来た。 何が侮辱で、何が冗談で許されるかを理解していないととんでも無い事態に発展する。 今回の発言は欧州の少子化対策と対極に有るので、少々フランスの制度を紹介してみる。 仏では近年著しく出生率が向上し、2・00を超えた、3年余りで0.1ポイントも増えたのは驚き。 欧州でもフランスだけが、出生率を回復させると言う明確な政策スタンスを出している。 パリ市内の公園やブローニュの森を散歩していても、 子供3人連れの家族連れを良く見かける。 子供たちにお洒落をさせて、実に親子とも楽しそう。 フランスの基本は、仕事と家庭の両立支援で、欧州 の中でも税制や児童手当等の経済的なサポートだけで無く、いろいろな保育支援のインフラが整備され ている。 特に仕事への早期復帰を望む母親の最大の障害である、3歳未満の児童へのサービスが充実して来た事が出生率の増加に大きく寄与していると思われる。 保育サービスの多様化で、働く母親の「仕事と育児」 の両立を国を挙げてサポートしている好例が、2006年11月に発表された政府の「乳幼児プラン」5ヵ年計画。 従来型の在宅保育サービスに併せて、公立の託児所 の定員増加や特筆すべきは農村地域等の村に「ミクロ託児所」を実験的にスタートしたり、企業内託児所の補助金増加や減税措置で企業の負担を更に減らす措置が取られた。 従来両立が難しいと考えられて来た、フルタイムで働く女性の数の多さと出生率増加の両方をフランスが実現出来たのは、手厚い経済支援や優遇税制、休暇制度に拠る所が大きい。 インフラ面では、在宅保育の登録制のマテンネル・アシスターント「認定ママ保育制度」やヌリス(乳母)やヌヌ(ばあや)の「無認定保育ママ」が有り、認定には親に補助金が支給されるが、如何せん数が足り無く金額が高い事も問題。 経済的な支援も、様々な負担先を財源とする家族給付(児童手当)で20歳未満まで給付か受けられ (但し第2子以降)、子供の数が増えると給付金額 も増える。 税制面でも、子供の数が増えると所得税負担が緩和される。
2007年01月30日
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仏語のレッスンに、冬休み明けに渡したクリスマスプレゼントの日本のTraditionalなブローチをアン先生が付けて来てくれた。 毎度、プレセントを渡した時には、そのプレゼントに合ったCordinationでさり気無く現れる。 カールが物欲には無関心なもので、クリスマスプレゼントに貰った、ワイングラスやシャンパン、ワイン、クリスマスの食料品を毎年持ち帰って貰うが、その度に貴方は、 Very,Very Strange Person(何故か英語で)と言われている。 フランスで買った洋服は6年間で、皮ジャンとワイシャツ2枚、ネクタイ2本のみ。 単身赴任生活に対しては、何故フランスでGirl Friendを作らないのか、一人で寂しくないのかと真顔で聞かれる。 フランスの男性では、こう言うSituationなら先ず間違いなくPetit amiを作るもので、此処でも、Very Very Strange Personの称号を貰っている。
2007年01月29日
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ここの所、体調が優れず1週間の疲れが抜けないので、週末ドライブは自重して、アパートで休養している事が多い。今日も、ヌイイの朝市から戻った後で、3H程昼寝をした。大家さんに洗濯機の状況を聞きに行くと、新しい洗濯機のモード設定が、一般の物とは逆で、SWを全てONモードにして置かないと自動運転には成らない事が解かったそうで、Machine本体には問題が無かったと聞かされた。大家さんも操作方法を勘違いしており、実際に確認しなかった事を恐縮していた。漸く、6週間ぶりに洗濯に完全復帰出来、通常の洗濯以外に溜めていたウールのシャツやズボンの洗濯迄こなした。WIFEからは、今回の一連の洗濯機の呪いは、上手く行かなくなると、全て上手く行かなくなる「マーフイーの法則」通りだと指摘された。
2007年01月28日
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今週末は若手エンジニア2名を連れて、再度の「だめカンタービレ」ツアーに出掛けた。先ずはジュンク堂に行って、「のだめカンタービレ キャラクーBOOK」を探したが、在庫が無かった。メトロでサンシェルピス寺院に向かい、ダビンチコードのローズラインを見た後、サンタルチアで昼食。先週末に「のだめ」11巻を渡したオーナーは今日は不在だったが、店員が顔を憶えていて呉れて、マダムに紹介してくれた。「のだめ」メニューを頼み、ピザ焼き釜の写真を撮らせて貰った。 次いで、American barのモンダリアンに寄り、お洒落なパリジャンヌが多い、サンジェルマン通りを歩いた。此処で、中年男優のWと出くわした。中々名前が思い出せなかったが、大河ドラマに出ていた、奥さんもタレントだったと記憶が蘇り、漸く名前が出て来た。サンジェルマンからバスティーユに移動して、のだめと千秋が最初のDinnerを食べたボファンジェへ。先週同様に、昼食を済ませた後で、中には入らない積もりで居たが、店から出て来た女性幹部と思しきおねーさんに声を掛けて、コーヒーだけでも飲ませてと交渉した。時間待ちのバーのカウンターに席を作って貰う事で交渉成立。店に入ると、早速「のだめ」の10巻の該当ページを、店の幹部と思われる人に見せた。間違いなくこの店のイラストで有ると興奮気味に答え、是非該当ページの写真を撮るからマンガを貸してくれと頼まれた。結局は、サンタルチア同様、10巻は贈呈する事に成った。これで、店内を自由に写真に取る事が出来る様に成り、男性トイレが奇麗なので、写真を撮ったらと、変な提案を受ける事に。 男性トイレは、自慢の奇麗なトイレとは言い過ぎかも。 バーでお茶を飲み、時々写真を撮りに店内に出掛けたが、その都度レストランの順番待ちの人に席を取られていた。バー担当のネクタイ姿の幹部と蝶ネクタイの店員と記念撮影。 この店は大変な混雑状況で、次々と入店者が現れるが、回転も良く時間待ちは長くは無さそうだ。次回Dinnerに来る時の予約の要否を聞いたが、2週間前から予約を受け付けており、早いに越した事は無いとの返事で、予約は必須と思われた。最後に欲張って、「のだめ」が通う音楽学校のコンサルバトワールへ。今日も正門は閉鎖されており、何とか中を見学したくて、楽天仲間で音楽を勉強中のミミさんにTELを入れてアドバイスを受けた。裏門から入り、守衛に是非中を見学させて欲しいと交渉したが、週末は閉鎖しており、月曜日に来る様に言われて、結局中を見学する事は出来なかった。今日は、盛り沢山の訪問場所で有ったが、事前にコースルートを吟味していたので、効率的な移動が出来た。若手の出張者2名とはラファイエット前駅で別れて、PM5時前には帰宅出来た。
2007年01月27日
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今朝、もう一度最初から洗濯をやり直して見たが、昨夜と状況は変らず。洗濯機を途中停止状態のままにして、大家さんにメモを残してアパートを出た洗濯機のトラブルでほとほと疲れ果て、睡眠不足のまま会社へ。おまけに今朝の寒さは特別で、アパートの駐車場で-4度と寒さが身に染みた。仕事中は、トラブル処理のTELを世界中に掛け捲っていたので、眠気は吹き飛んで居たが。夕食は、日本より出張に来た若手エンジニア2名を連れて、先週同様凱旋門近くの日本食レストランのZへ。明日は彼らを連れて、再度のだめツアーへ。2週連続同じ行動パターンに成りそう。帰宅したら、大家さんからのメッセージがドアーに張ってあった。洗濯機の不良で、明日の午前中に電気店から人が派遣されてくるとのメモ。洗濯機の中に残して来た洗濯物は、干して有った。
2007年01月26日
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1.5ヶ月ぶりに新しい洗濯機がアパートに入り、帰宅後、大家さんから使い方の説明を受けた。昨年12月12日に発煙、大家さんは南米にバカンスで長期滞在の為に、この間コインランドリーに通い詰めた。PM10時、深夜と2度に渡り、いろいろ設定を変えてトライしたが、洗濯途中にマシンが停止する不具合が直らず、結局洗濯機の中に洗濯物を放置したまま寝る羽目に。自動運転の筈なのに、脱水から先に進めず、運転表示ランプは点いたままで、洗濯機が止まってしまう不具合。 何か使い方に誤りが有ると思い、説明書を読んだが、トラブルの原因は特定出来ず。寝たのはAM3時、洗濯機は鬼門。
2007年01月25日
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今朝は、今シーズン初めて積雪。冷え込みは-1度程度で、会社の廻りの雪は直ぐに解けてしまった。 スペインやイタリアを含めて欧州全体に雪が降り、交通が大混乱した様だ。明日以降は、更に気温が下がる予報で、今週末は大人しくパリで過ごした方が無難かも。テレビのニュースでも各地の積雪の状況を伝えていた。ウィーンから出張して来たGさんに、暖冬と積雪の過去の関連状況を聞いてみた。10数年前にも、今年と同じ様に冬場の前半が暖冬で、積雪が全く無かった年が有ったが、後半の2月からは寒波が来て、大雪が降り年間を通じては、きちんと辻褄が有ったそうだ。
2007年01月24日
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今週から急激にフランス各地は冷え込み、 漸く本格的な冬が到来。 昨夜のManagement会議メンバーでの会食はMalmaisonのセーヌの中洲のフレンチレストラン。スタートがPM9時と遅く、風も有り駐車場からの道のりでは寒かった。 今晩は、日本からの出張者5名と会社近くの中華レストランへ。 フランスの道路標識が話題に成ったが、普段は進入禁止やYield、速度制限以外は余り気に留めて居なかったが、話題に成った黄色の四角のマークが優先を意味するとは知らなかった。帰路のドライブで注意を払って探した所 、頻繁に出て来た。
2007年01月23日
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NPO法人「日本で最も美しい村」連合の関係者の方から、メールを頂いた。日本での「フランスの最も美しい村」協会の趣旨に繋がる会が発足した事は聞いていたが、改めて本連合のホームページを見て、引き込まれて行った。「フランス四季の色と美しい村」を出版した動機の一つに、日本でも同じ様な趣旨の連合体が生まれれば良いと考え、何とかフランスの美しい村とその自立的な活動を日本でも紹介したいとの思いが有った。本連合のホームページに、カールの本を紹介頂いている事も知った。今年の3月末には、フランスのゴルドで仏の協会発足25周年の記念行事が開催され、連合の関係者も訪問される予定。日本の連合は、2005年10月に7村からスタート、現在9村に成っている。是非、連合の趣旨{小さくても輝くオンリーワンを持った農山村が自立して、将来に渡って美しい村であり続ける}に賛同する、日本の最も美しい村の数が増える事を願って止まない。
2007年01月22日
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A13の8番出口シャペ村の山下農園に日本からの出張者3名を連れて、チャンコ鍋を食べに出掛けた。新鮮な具沢山の野菜や自家製のブレスト鳥を使用した鳥チャンコや鳥わさ等をたらふく食べて全員大満足。食事中に山下さんから、ブレスト鳥に纏わる雄鶏の天国と地獄の序列等の身につまされる話しを聞かせて頂いた。昼食後、昨日「のだめ」ツアーに参加したKさんより、ネットで「のだめ」が通ったパリのコンサバトワール音楽学校の場所を見つけたので、是非行って見たいと言う希望が出て来た。「のだめ」オタクはカールだけでなく、今回行動を共にした日本からの出張者3名も「のだめ」に嵌まった様だ。パリ北部のPark de la Villette内に有ると言う情報で、先ずはPark内のiへ。iの係員に場所を聞くと、直ぐ近くに有るが、日曜日は閉まっていると苦笑された。建物から音楽学生が出て来たので、大胆に学校の中に一人で入ったが、守衛に見付り追い出されてしまった。仕方ないので、外から学校の中の写真を撮った。雨が降り出したので、CITE DE LA NUSIQUEに飛び込んだ。此処では、音楽関係のパンプレット等を入手、音楽関係の本や展示物が楽しめた。
2007年01月21日
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4日ぶりの日記、プラハ出張記は後回しにして、のだめパリ編の探索記を。日本からの出張者3名とのだめの探索ツアーに出掛けた。のだめのパリ編の7巻をお土産に持参して貰い、昨夜プラハよりの帰路、凱旋門近くの日本食レストランで待ち合わせて、前半の3巻を自宅に持ち帰り、眠い中読み始めたが、途中で沈没。それでも文中のパリ縁の場所をピックアップした。ヒントが乏しく、前回場所を見つけたイタリアンレストランのSANTA LUCIA、Le Mondrianと言う名のAmerican Bar、最難問は場所も名前も不明な記念すべきパリ最初のレストラン、ヒントはバスティユに縁が有りそうだと言う点と天井が高く、店員が蝶ネクタイをしていると言う情報。先ずは、サンタルシアへ、此処で昼食。のだめが食べたマルガリータピザとトマトパスタをオーダー。 店のマスターと思しきイタリア人に本を見せ、日本で大ヒット(16百万部)のマンガにこの店が紹介されているが知っているかと聞くと、意外な反応が。とても喜んでいたが、のだめに出ている事は知らなかった様で、本を貸してくれ、店に来ているマスコミ関係者に見せると店の奥くに。次には、是非この本を譲って欲しいと頼んで来た。のだめがピアノを弾いた時に怒ったイメージのオーナシェフ(イラスト通り)が、この店にいるかと聞くと、うれしそうに自分だと答えた。確かに雰囲気は似て居そう。該当ページを開いたマスターを入れて記念撮影。 結局は、この店が出てくる11巻はプレゼントする羽目に成った。E-Mailアドレスが欲しいと要求されたので名刺を置いて来た。店内で臨席のお客と主人にLe Mondrianの場所を聞くと、歩いて5分程度の近くと教えて呉れた。この場所はネットでも調べて確認済では有ったが。このカフェでは、のだめと千秋が座った場所をガルソンに準備して貰った。変な要求をする奇妙はお客と不信がられたが、事情を説明するとデジカメに撮った、コミックの写真を持って上司に見せに行った。この店も日本のコミックののだめに紹介された事は知らない様だった。のだめと千秋が座った場所で記念撮影。 此処で、最後の難問であるパリでの記念すべき初レストランの場所を突き止める首級会議を4人でやった。10巻での文章やイラストを基に、地図とガイドブックを調べ、バスティユの近くのレストランで、天井が高くオペラ鑑賞後に最適との店が有る事を突き止めて、バスティユ広場に向かった。突然降り出した激しい雨の中で、ボファンジェと言う名のレストランを見つけて、中を覗き込むと、イラストに出ていた蝶ネクタイの従業員を見つけた。 これで、確信が持てたが、残念ながら此処は食事のみでお茶だけではNGだった。今日は此処で諦めて終了とした。4人で力を合わせて文殊の知恵を実感した一日だった。
2007年01月20日
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午後のパリへのFlight迄プラハ観光。今日は休暇にしたが、フランス人からからかいと嫌味を言われた、何時も厳しい事を言っている趣意返しか。先ずはプラハ城、旧王宮とヴァジリカ聖堂、黄金の小道の有料コースを選択。城内には衛兵が巡回。 旧王宮では30年戦争の発端に成ったオーストリー代官?をチェコの貴族が投げ捨てた事件の絵が興味深かった。錬金術師の作業場が並ぶ黄金の小道には、カフカが小説を書いた小屋(写真青色)も見える。この先には、髑髏が背中に乗っかった奇妙なオブジェが。 城外に出て、ロレッタ教会に立ち寄り、6622個のダイヤを散りばめた宝物展示を見学した。帰路、再度城の正門に人だかりが見えたので、近寄って確認すると、正午の衛兵の交代式をやっていた。プラハ城前広場から市外を見下ろして、カレル橋を目指して坂を下る。カレル橋上の両側にキリスト教の偉人の像が建っているが、人気はザビエル像と触ると幸福に成るとの言い伝えが有り、ピカピカの聖ヤン・ネボムツキー。 橋を渡って、旧市街広場に出た。ティーン教会の2つの塔が印象的。 此処までで時間切れ、ホテルに荷物を取りに戻った。メトロの駅前のカフェで急いでサンドイッチの昼食を取ったが、2人で飲み物を入れて、129CKD(650円)。チェコの二重価格は呆れるばかり、観光客向け価格と市民向け価格のGapの大きさには言葉も出ない。ホテルから毎日ダイヤルアップでチェコ市内のアクセスポイントから仕事のメールのやり取りをしていたが、この料金が10000CKD(5万円)を越えた、市内通話で、ホテルで抗議したが、Unfortunatelyでチョン。
2007年01月19日
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LeaderShip Forum最終日で、終了はPM3時。今日の便で帰国するメンバーは、会議が終るのを待ちきれずに、慌しく空港に移動した人も居た。カールと日本から参加したKさんは、もう一泊して明日の便でパリに移動するので、ホテルに戻った後、メトロで市内観光へ。今日の予定はユダヤ人街に有るシナゴーグに行き、第二次大戦中の悲惨なメモリアルを見る事で有ったが、生憎、既に閉門時間を過ぎていたので、中に入れなかった。ホテルに戻って、オーストリー人のGさんから紹介されたホテル内のアジアンレストランで夕食を取った。寿司と天麩羅を食べたが、ネタが新鮮で美味しく此処までは満足して居たが、支払いでトラブルが発生し、折角の好印象が一転して怒りに変容。ルームナンバーを記入してレストランを出ると、ウエイトレスが血相を変えて飛んで来た。不正記入が有るとしてレジの端末の所に引っ張って行かれた。その女性とレジの女性で画面を見て、上司にTEL。他人のルームナンバーでただ食いをしたと疑われた様で、名前と部屋番号が一致しないと言っている。レジ係りが画面を再チェック、正しい記入だと気が付いて血相を変えていたウェイトレスに指摘した。彼女は罰が悪そうに、謝罪後レストラン内に戻って行った。収まらないのはカール。翌日のチェックアウト時に責任者に抗議文を渡して来た。
2007年01月18日
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Leadership Forum2日目。今日のスケジュールは超ハードで、朝8:00から夕方18:30迄、殆ど休む時間も無く、各人に与えられたMissionに従ってのGroup討議と発表が分刻みで続いた。世界各国の若いLeader達との交流は、それなりに新鮮で、刺激は受けた。頭の回転の速さや体力は感心させられる事も多かったが、実務体験が薄いので、論理が空回りしたり、Realityに欠ける印象を受けた。厳しい質問に如何受け答えをするのか、Debate能力が欧米のManagerでは必須条件で有る事を改めて痛感。今日のDinnerは昨夜以上に時間が掛かる、GALA dinner。我が社のメンバーはパスして、個別Dinnerに切り替え。ホテルからメトロでプラハの中心街に出て、パリのシャンゼリゼ通りを小さくした並木道の坂を下って、レストランへ。レストランのウェイトレスは全員美人でスタイルが良い。メトロ内でも同様な印象を持ったが、会食事にオーストリー人、ドイツ人に何故チェコ人に美人が多いのかを聞いて見た。スラブ系とゲルマン系が融合した事が一因ではないかとの回答が帰って来た。
2007年01月17日
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今日から3泊4日でチェコのプラハ出張。これからドゴール空港へ移動。気掛かりは防寒対策で、世界の天気でのプラハの気温は今日が-2度から5度と比較的寒いが、それ以降は氷点下には成らず暖かい見込み。特別な防寒対策はしない事に、先週のルーマニア出張も暖かく、コートを脱ぐケースも有った。昨日の昼食時にも世界の異常気象が話題に成った。例年寒い地方(東欧)が暖かで、冬でも温暖な地方が異常低温と言う新年。中東のカタールが低温、米国のテキサスも低温、一方ウィーン在住のPさんに拠ると昨年は-20度を越えた寒波が来たが今年は零度を越える暖冬だそうだ。追記、チェコでの入国審査プラハ空港の入国審査で時間をロスし、待ち合わせバスに遅れるハプニング。All Passportと EU citizenにラインが分離されていたが、EUは当然ながら流れが良く、直ぐに空き状態に。一方、All passportのラインはアジア系の移民?の集団が30人ほど列を作り前に進まない。他のアジア系や米国人がEUラインに移動して入国審査を受けようとトライしていたが、アジア系は全て拒否、白人系は米国の若者は拒否されて戻って来たが、OKに成って通過して行った人も居た。パリから乗り込んだ多くの同じleadershipForumへの参加仏人メンバーは既に姿を消して早30分、このままではホテルへの送迎バスに乗り遅れるので、カールも意を決して、入国審査官(女性)にネゴに行った。最初に日本人で有る事を名乗り、低姿勢で事情を説明したら、OKが出て入国審査に応じてくれた。急いで、バスの待ち合わせ場所に移動したが時既に遅く、バスは出発した後。それでも運よく数人がバス待ちをしていたので、現場に居たチェコ人のスタッフに頼んで、数人乗りの小型マイクロを回して貰えた。急いでホテルにチェックインして、Forum会場に移動したが、昼食を取る時間は無かった。初日のDinnerは、プラハの中心街のレストランを借り切って実施されたが、世界中から集った参加者が600人超で、大混雑。
2007年01月16日
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今回のルーマニア出張時にも改めて痛感 させられたが、日本人の情報連絡や依頼がメール中心なのに比較して、仏人はTELを多用する。 会議中にも頻繁にTELが入り、会議が中断することも暫し、会議中はモバイルのSWを切る事が漸くルール化されたが。 メールで依頼した事に、タイムリーに返事が来ないので、声を荒げて怒りをぶつけたが、そんなに急ぎなら何故TELして来ないかと言う反応が帰って来た。 電話のメリットは緊急対応とCommunication。 反面、1:1の対応で情報が共有されなかったり、記録が残らない問題も有る。 メールはEvidenceが残ったり、関係者に情報を共有出来るメリットは有るが、所詮一方通行のCommunicationで、言い合いに成るとエンドレスなメールが飛び交う事も暫し。 フランス人などは、部下や上司に自分は頑張って戦っていると言う事を示す目的でメールを使う場合も有る。 メールは、問題解決の即応性には役に立たない事が多い。 日本人は英語で直接Communication出来る 能力に欠ける事も有り、時間を掛けてメールを出し、後は返事待ち(自分が望む良い答えを期待)と言うスタイルで多いが、此れでは事態の進展は難しく、相互に不信感が残ってしまう。 どちらのビジネススタイルが良いとは一概に言えないが、問題発生時にはメールのピンポン玉は早めに切り上げて、電話での直接対話やFace-Face会議をアレンジする事が、結局は近道かも知れない。
2007年01月15日
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未だ暗い朝8時にコインランドリーに出掛けた。予想通り、お客は一人も居ない、おまけに早朝割引で、3.8ユーロ。暫くすると女学生?が遣って来た。操作に戸惑っていたが、在ろうことか、カールに質問をして来た。何を聞きたいのか、理解が難しかったが、如何も一旦Annulationしたいが、操作が利かないと言っている様に聞えたので、解からないと答えるしか無かった。洗濯時間は1H、一旦店を離れて、運動不足解消にブローニュの森沿いに散歩する事にした。洗濯を終え、アパート内に洗濯物を干し終わった後でも、如何いう訳かドライブに出掛ける気力が沸か無い。天気が良いのに、こんな事は終ぞ記憶に無い。火曜日から今度はチェコのプラハに出張に成るので、防衛本能が働いたか、年には勝てない、とほほ。
2007年01月14日
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何時もの週末と同様に早く目覚めた。ルーマニア出張の残件フォローや報告のメールを発送した後で寝直した。今日はドライブは止めて、完全休養日にする事にした。昼過ぎまで眠れたが、疲労感は抜けず。日本から持参したダイコンを使う機会が無かったので、おでんを作る事に。その後は、半年後に迫った帰国に向けて、使用頻度の低い衣類や不要な食料品の処分を始めた。中には3年前に会社から貰ったクリスマスの食料がそっくり残っていたので、中味を出してビンやカンを処分したが、不気味な匂いがした。PM5時過ぎからパリ一区に食料品の買い出しに出掛け、帰りにラーメン屋で夕食を取る。大家さんが未だ中米でVacation中で、洗濯機は壊れた儘。コインランドリーで1週間分の洗濯をする必要が有ったので、パリからの帰路、車で前を通り様子を見たが、店内は大混雑。諦めて、明日の朝早く来る事にした。休養日でも、性格的にゆっくりと休養する事が出来ないのが悲しい。
2007年01月13日
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3泊4日のルーマニア出張の最終日。朝一番から本来任務以外の、現場ラインへのアドバイスや指導を強く要請されたので協力した。この年に成り、残り少ない業務時間に成ると、利害関係を超えて本当にカールの体験や知識を必要と思ってくれる経営者をサポートしたいと言う思いが強い。空港へ移動する直前に幹部間でのラップアップ会議を実施したが、問題点の解消の目処が薄いアイテムも有り、ギリギリ迄Task force内容を議論。帰路の機内の前の席に2才位の女の子が乗り合わせ、席の上に立って、頻りにカールにちょっかいを出して来た。手に持って食べていた食べ物の切れ端を呉れようと試みて来る。「フランス四季の色と美しい村」の本にも掲載したソー公園でのお花見の席でのアンドレアちゃんの再来かと、此方も反応を返した。彼女は大きなイヤリングを付けて居たが、ムキムキマン系の父親も同じ様なイヤリングをしていた。毎晩の会食でホテルへの戻りが零時前後に成り、数日間の日記記入が出来なかったので、頑張って昨夜アパートに戻った後で過去日記を書き始めたが、途中でダウンして今日に持ち越しと成った。
2007年01月12日
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訪問先の工場で紅茶を頼んだら、リプトンとロシアの紅茶が出て来た。 新し物や珍しいもの好きのカールは、喜んでロシアのBlack teaにチャレンジ。 行き返りのタクシーでも、毎日不思議な体験。 何時も決まった場所で、タクシーが一旦停止して料金ボタンを操作している。 今日、その謎が解けた。 市内と郊外はタクシーの基本料金が異なり、メータの変更操作をしていたのだ。フランスでも、パリ市内と市外では料金が異なるが、これはメータが自動的に切り替わって居るそうだ。今夜の会食は、ルーマニアの郷土料理で有名なCamelot Restaurant。この店に何度か来ているEさんの薦めで、全12人分の大皿料理を頼んだら、刺身の船盛りを一回り大きくした様な大きな木枠に、前菜(サラダ)、メイン、デザートの果物迄一盛りにした料理が出て来た。デジカメ持参者は一人も居なかったが、仏人は携帯で、盛んに写真を撮っていた。カールも負けじと、携帯で写真を撮った。メインの中心に居たのは豚の丸焼きで、大きな耳が印象的。脂ぎって、直ぐに食傷気味に成った。
2007年01月11日
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仏と日本から移動して来たメンバーと合流して、ティミソアラの訪問先の工場幹部との会議がスタート。 この工場へは、大きな問題が発生すると出張する羽目に成るが、振り返ると2年に1回の割合で来て居る事に成り、今回で3度目。 最低温度が0度以上で、例年の-10度前後と比べると拍子抜け。日本からのメンバーは、大量のカイロ持参他完全武装で来たのに。会議後の初日の会食は、中心街のイタリアンレストラン。 デザートにテラミスを頼んだ人が多かったが 、ルーマニアのテラミスは仏とは大違い。 アイスクリームの様な丸いガラスの器に入った物が出て来た。 白いクリームパフェに見え、これがテラミスかと皆で大騒ぎ。 オーダーしたCさんに頼んで、スプーンで断面を切って貰い、中味を確認して見た。 白いクリームの下にチョコレートの断面が有り、これが2層で、確かに断面はテラミス形状。 良い機会なので、フランス人にテラミスの食べ方を聞いて見た。 元旦に放映された、山本モナが出演したタケシのクイズ番組で、正しいテラミスの食べ方が出題された。 その時の料理研究家の回答が、本当に正しいのか確認したかったのだ。 横倒しにして、層毎に綺麗にナイフを入れて食べると言う答えが、胡散臭く思えた事もあり。 複数のフランス人のコメントでは、横倒しにして食べる事は無く、上からナイフで切って食べるそうだ。但し、お皿の上が汚れるのが難点とコメントしてくれた。
2007年01月10日
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PM3時まで、日本からの訪問の重要 Supplierの最高幹部との打ち合わせ。 会議終了後急いで、ルーマニア出張の ため、ドゴール空港へ向かう。 パリからルーマニアのティミソアラへの直行便が無いので、イタリアのミラノ経由のルート。 ミラノのマルペンサ空港から、アリタリア航空が東欧やアフリカへ多くの便を飛ばしている。イタリアは仏に比べて東欧に近い。 ゲートで出発便を待っていると、日本語が聞えたので、驚いて振り返ると30人規模の中年お団体客が現れ、チュニス行きのゲートに消えた。 団体観光が、イタリアからチュニジアとは、日本の観光客の多角化には驚かされる。 ティミソアラ到着は、On-Timeでも零時過ぎ。 ホテルに到着したのは、午前1時近くに成った。 時差が抜けない内の、ハードスケジュール、年を感じながらベットに直行。
2007年01月09日
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2週間ぶりの通勤ドライブ。 通常より30分早く、6時45分にアパートを出た。 移動中は未だ真っ暗闇の上、雨模様で視界が利かない。 仏人が出勤してくる前の1.5Hで溜まった書類の整理や出張清算を手早く片付けた。 昼食時には仏大統領選で与党が分裂、シラク派がサルコジUMP党首を支持しない事を仏語で議論して居た様に聞こえた(単語から推定)。 色々の情報を提供してくれるSさんから、メールを貰った。 速度違反の自動レーダーが進化して、肉眼では見極められない小型のハイテクレーダーが高速道路のA7に設置されたので、要注意と言う内容。 従来のごつい箱型に比べると、小型で走行中には先ず見落としてしまう代物。 プロバンスやコートダジュールへのドライブ前には、場所を特定して置く必要あり。
2007年01月08日
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現在、成田空港のラウンジより記入。心配していた、風雨も大した事は無く、一安心。連休明けの空港はガラガラで待ち時間無し。帰宅後に再記入機内は、冬休みに里帰りしたと思われる、日本人の家族連れが多く目に付いた。カールの隣の席は、在欧20年の日本人のキャリアウーマンで、現在は伊企業で日本とは全く無関係な業務に付いて居るそうで、そのバイタリティーと貫禄に圧倒された。パリは雨模様で有ったが、予想以上に暖い。
2007年01月06日
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日本での休暇の最終日、明日の便で仏に戻る。今日は、夫婦で昭和記念公園に出掛けた後、古くからの友人であるSオーナーシェフを京王八王寺駅前のフレンチレストランに訪ねた。ランチが一段落した2時過ぎに、厨房を離れて暫しの相互近況報告。お土産に「フランス四季の色と美しい村」のカレンダーを渡した。秋川渓谷沿いの廃屋と成った民家を手に入れて、ご自身で改築作業を店が休みの日に続けているそうで、写真を見せて貰った。「北の国から」の五郎を髣髴させるバイタリティーに圧倒された。何時の日にか、秋川沿いの手作りレストランで食事をする事を楽しみにしている。
2007年01月05日
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そろそろ日本での休暇も最終コーナー。仏に戻ると、1月2週はルーマニア、3週はチェコと東欧への出張が続く。防寒対策が必要かと思い、ネットで各国の気温を調べた所、温暖化の影響なのか、両国とも来週は、最低気温が0度前後と拍子抜け。山用の防寒下着が見付らなかったので、諦めて再購入せねばと思っていたが、必要無さそうだ。今日は自宅近くの神代植物公園に散歩に出掛けた。深大寺は未だに初詣客で混雑していたが、植物園は空いていた。年間パスポートを購入するか迷ったが、購入時から1年間有効と聞かされたので、仏を引き上げてから、年間パスポートを買う事にした。
2007年01月04日
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定年直前に退職されて、その後奥様と充実した人生をEnjoyされている、先輩のY夫妻と昼食をご一緒して、定年後の夫婦のあり方や仲良く暮らすアドバイスを受けた。何度も入院されたり、苦労を重ねられては居るものの、とても溌剌と若々しく第二の人生をご夫婦で楽しんで居られる姿を見せ付けられて、とても勇気付けられた。人生、特に今後の最大の難関と成る健康問題は、気の持ち様との思いを強くした。夫婦別々の時間や趣味を持つ友人としてのスタンスが、退職後の生活の秘訣の様だ。昼食後にY夫妻と別れて、007のカジノロワイヤルの映画を見に行った。サスペンス物の原点に帰った、派手な仕掛けやアクション場面が無い、人間臭い映画に戻った事は評価したいが、本内容で2時間以上引っ張るのは無理が有る様に思えた。
2007年01月03日
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箱根駅伝を堪能、駅伝オタクとしては事前にネットで情報収集してのテレビ観戦。今日の夕食は2部制(1部、PM5-7時)の多摩センターのホテル内の和食レストランで家族新年会。残念ながら長男のパートナーのMさんは、仕事で参加出来ず。夕食後は、ホテル内の喫茶店で家族懇談会、新年の各人の抱負や今年の目標を紹介し合う。今までは、中々家族が真面目にこう言う話題で話し合う習慣が無かっただけに、新たに家族の一員に成ったAさん効果が大きい。カールには退職後の予定や目標を聞かれて、返事に返窮する場面も。
2007年01月02日
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楽しみにしていた実業団駅伝のテレビ観戦をしている昼前に次男夫婦がやって来た。昨夜、新妻のAさんの実家や親戚の有る山口県から戻って来たばかり。お土産の搗き立てのお餅やお婆さん手作りの松前漬けの美味しさに感激。昼食後に、自宅近くの深大寺に初詣に出掛けた。これまで、元旦に初詣に出掛けた記憶は残っていない。このコースは手頃な散歩道で、途中には大型犬2匹が庭で放し飼いされて居る民家があり、何時もの様に寄り道して、声を掛けて手を出したら、突如吼えられて手を噛まれそうに成った。驚いて素早く手を引いたが、同行のWIFEや次男夫婦からは大笑いされた。深大寺の拝殿前やおみくじ売り場は、予想通り混雑していたが、歩けないと言う程では無かった。夕食後、長男も加わり家族5人でトランプ、大いに盛り上がった。
2007年01月01日
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