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人生とは実に不思議なもので、20年前に初めて経験した海外旅行のオープニング部分を娘と再現しようとしている。2006年に、家族で西安→敦煌旅行、2008年に、娘とと二人で上海旅行に繰り出しているので、中国旅行に目新しさはないものの、広州→香港という行程が私個人にとっては重要だ(本当は、香港→マカオ→広州だけど)。なんせあれから20年も経ったわけで、世界情勢も個人情勢も大きく変わった(笑)ネットでスワンホテルをいろいろ調べたところ、「建物の古さは否めないものの、ホスピタリティー溢れる本当のサービスが受けられる一流ホテル」というのが現在のスワンホテルの一般的な風評らしく、驚いた。20年前のホワイトスワンホテルは、「建物は一流、サービスは2流」という感じだったからだ。20年前、ホワイトスワンホテル界隈は、古びた建物にや怪しい市場、さびれた埠頭に囲まれた不思議なエリアだった。その中で、そのホテルだけが燦然とたたずんで、周囲を威圧していた。今や、ホワイトスワンホテルの位置づけは、「時流に飲み込まれそうになりつつ、老朽化に苦慮しながらも、サービスだけは一流ホテルのプライドを頼りにがんばっている老舗ホテル」という位置づけらしい。あのプライドの塊だったようなホテルが、驚くべきことだ。20年前に泊まったという経緯がなければ、利便性の欠けるプライド頼りのホテルなんて絶対に宿泊しないんだけど(笑)、今回は事情が異なる。3月29日から31日まで、ホワイトスワンホテルには2泊する予定。今回予約したのはスタンダードルームだが、20年前に宿泊したのはもっとグレードの高い部屋だったのかもしれない。記憶があいまいではっきりしたことは言えないけど。20年前、たぶんこのホテル内で夕食を食べた(ハズだ)。朝食をどうしたのかはまるで記憶にない。20年前の中国では、「寄生虫の恐れがあるので生野菜は食べない」というのが不問率だったが、このホテルでたまらず私は食してしまった(笑)。ホテルショップではお土産の買い物をした記憶もある。翌日、香港へはホテル近くの埠頭から出発している夜間フェリーに乗ったのだが、その夜間フェリーに乗る間、日中どうやって過ごしたのかについての記憶もない。人は必要のない記憶は忘れ去っていく生き物だと実感。だから記録することが必要なのだろう。筆不精な質で、旅行記を記録したことがない私は、20年前の広州で、じぶんが感じていたことを知る手がかりが曖昧な記憶以外にはない。前のブログに書いたように、「お金持ちになって英語もペラペラになって、広州にリベンジする」というのが、最も強く刻まれている記憶だ(笑)。しかし、リベンジしようにも、ホワイトスワンホテル側が「ホスピタリティー溢れるホテル」に変わってしまっているわけで、もし20年前にタイムスリップできるなら、当時の結果盛んな私に会って、「まぁ、まぁ」と肩を叩いてあげたいような状況だ(笑)とにかく、この春の旅行では、真の意味での初の香港・マカオ・広州旅行をゆったり楽しんでくるつもり。本当に今回の旅行は、計画的で余裕あるな(笑)
2009.02.11
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春休みの香港・マカオ・広州旅行計画の続きである(笑)香港で3泊、マカオで2泊、広州で2泊、香港で1泊という旅程を考えている。思いのほか長いプランになってしまった(笑)香港の最初の3泊は、結婚して子供が生まれてからは初めてのゲストハウスに宿泊することを考えている。いろいろ調べてみたところ、香港では下手なエコノミーホテルより質の良いゲストハウスの方が雰囲気が良いのがわかったからだ。香港での最初の3泊は、どうしても九龍の中心地に泊まりたかったので、評判の良いゲストハウスをチョイス。マカオでは評判の良いエコノミーホテルに泊まる。広州でホワイトスワンホテル、最後の香港一泊は、空港に近いエコノミーホテル(中心地ではないので、安い割に評判が良い)という感じ。いろいろ調べていると、いやがおうにも盛り上がってきます(笑)久しぶりに仕事の話を。本日は山本譲二さんの取材。男らしいイメージ通りのステキな方でした。昨年から今年にかけて取材させていただいた方々は、瀬川瑛子さん、アグネス・チャンさん、氷川きよしさん、ジュレップス、小林幸子さん、ジェロさん、川中美幸さん、クミコさん、島倉千代子さん、柳亭市馬さん、天童よしみさんなどなどである。最近、高齢者向きの音楽雑誌の仕事をいただいているので、大御所と言われるような人たちを取材する機会が多い。
2009.02.05
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娘の春休みにまたまた海外旅行に行こうと画策中。本当は家族3人でエジプト旅行を考えていたんだけれど、夫が忙しく都合がつかなくなったので、近場旅行に切り替えた。香港をベースに、マカオと広州に行くというプラン。またまた娘と二人旅行だ(笑)。う~ん、楽しそう。なんでこんなに海外旅行が好きなんだろう?大袈裟でもなんでもなくて私にとって海外旅行とは、「生きている!」という実感が湧く時間なのだ。いろいろ調べたところ、香港はホテル代が高くてびっくり! ホテル代だけを考えると、日本より高い。1万円を超える価格を支払っても、たいしたホテルには泊まれないというのが香港の宿泊事情らしい。それだったら、メインとなる香港の宿泊費は極力抑えて、物価の低い広州でそれなりのホテルに泊まることを考えた。今から20年前に友人とふたりで共産圏バリバリの中国に20日間ほど旅行したときに、帰国前日広州にたどり着き、旅行費用が余っていたので高級ホテルのホワイトスワンホテルというところに泊まったことがある。それまでの旅中では、よくて中級という感じだったのだが。ちなみに、20年前の中国旅行の旅程は、香港イン→国境を越えて広州(香港は返還前のイギリス領だったので)、広州から飛行機で北京。北京から列車で鄭州。鄭州から車中泊で桂林。桂林から飛行機で広州に戻り、広州から船で香港、成田へ帰国というもの。当時、中国大陸に入るのは香港インが一般的だった。北京にも上海にももちろん国際空港はあったものの、価格が高かったのだ。そんなこんなで、今回、ホワイトスワンに宿をとることを考えた。今から20年前、パックパーカー丸出しの薄汚れた風体で、予約もなくホワイトスワンホテルのフロントに立った私たち。レセプションでバッチリメークの性が、見下したような目つきをわたしたちを見下ろしていたことを今でも覚えている。20日間近くにおよぶそれまでの中国旅行の中では、その女性よりもっと失礼な態度をとられたことなんて星の数ほどあった。それなのに、そのホテルスタッフのことは今でもよく覚えている。20年前の中国をパックパーカーとして旅行するということは、先進諸国の文化と完全に離されてしまうということだった。それは今では想像もできないこと。ペットボトルも缶飲料もコンビニもない。手軽に飲める飲料水は「お茶」のみ。それも、独特な形状の湯飲みに茶葉を入れ、そこにお湯を注いで、茶葉が沈んだところでお茶を飲むという本格的なお茶セットが、かなりリーズナブルなどこのホテルでも用意されていた。中国初のファーストフード店は、天安門広場前にできたケンタッキー。そのせいかどうか、今でも中国でファーストフードというとケンタッキーが幅を利かせている。そんな生活を20日間ほど続けて、たどり着いたのが広州のホワイトスワンホテルだった。そのホテルには、私の慣れ親しんだカルチャーがあった。今も昔もホワイトスワンホテルは5★のホテル。当時、私は日本国内でさえ5★ホテルに泊まったことがなかったけれど、当たり前に清潔で当たり前に明るく、普通に当時の世界のヒット曲が聞ける環境という点で、そこは23年間私が属していた世界があった。それだけで私はとても安心できたのだ。ホテル内に流れる有線(?)から、当時人気だった映画『プラトーン』のテーマ曲が流れてきたときの感動といったら!? それだけに、言葉だけは慇懃なホテルのスタッフの見下したそのまなざしは印象的というか、屈辱的でもあった。当時、私は23歳の娘っ子真っ盛りだったので(笑)、「英語をマスターして、お金持ちになって、このホテルにもう一度来るから!」と、その旅行に同伴していた友人に宣言したのだ(笑)。今でもそのホテルスタッフの顔をおぼろげながらも思い浮かべることができる。20年前、このホテルの近くにある埠頭から香港まで船で南下したのだった。船の中で自販機を見つけたときは本当にうれしかった!飲みたくもないのにジュースをその自販機を買ったこともよくおぽえている。20年経った今、見返せるほど英語力は上達していないし、お金持ちにもなってないけれど(笑)、娘とふたり、リベンジしでホワイトスワンホテルに宿泊してみようと思う。そのとき、私は何を思うんだろうか?
2009.02.03
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