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きょうは‘中(なか)1日’でプールに行って泳いで来ました。いつもは最低‘中(なか)2日’あけるのですが、明日は家ですることがいろいろあるので・・・。 3日前に自転車で70kmちょっと走って、その翌日(=おととい)、‘7000M’泳いだので、全身的な疲れと水泳の筋肉痛が残っていました。水泳の筋肉痛が残っている状態で泳ぐのもずいぶんひさしぶりだと思います。・・・おととしの夏に、“10km”のOWSの翌日に“3.2km”のOWSに参加したのが信じられない。。。(^-^;) きょうはアップのときから腕や肩が筋肉痛で痛くて、思うように体が動いてくれませんでした。でも、痛めて痛い(・・・下手な言いかた(^-^;))のを押して泳ぐのとは違って、それなりに気持ちがよかったです。(笑) でも、なかなか調子が上がらないのと、1回平均で‘7500M’泳ぎたいのに今月はまだそれが1回も達成できていないので、きょうは今月最後ということで、‘距離稼ぎ’も兼ねて、アップで1000M泳いでおきました。 そのあとは、前回(おととい)とまったく同じにしようと思っていました。 平泳ぎのキックから始めたのですが、もともと苦手なので、きょうのように筋肉痛がある状態ではさらに体の動きが鈍っていました。 続く背面キックはもっとひどい状態でした。(^-^;)得意なつもりなのですが、スタートしてすぐに息が上がってしまう状態で・・・。前回は1分以内で戻れたのに、きょうは4本とも1分5秒をも超えてしまっていました。 ここでプールが妙に一気に混んで、まともに泳げなくなってしまいました。さらに、また新しい人に声を掛けられて、トーキング・タイムに。。。 いわゆる中級程度のレベルの人から見たら、私はちょうどいい‘目標’のようなのです。私よりもっと上手な人は敬遠されて誰からも声を掛けられないようですが、‘頑張れば手が届きそう’なレベルの私は、「いつもどれぐらい泳いでいるんですか?」とか、「子どもの時から水泳はやっていたのですか?」とか、「トライアスロンか何かしているんですか?」とか、間髪入れずに質問攻めにされます。(^-^;)そして、その後ろ2つの質問に対する「大人になってから、スイミング・スクールに通って泳ぎを覚えました」と「トライアスロンはやっていません。走るのが特別苦手なんで、無理です・・・」という返事を聞いて、ますます親近感を抱くようです。(笑)でも、最初の質問の答えで「最低で‘6000M’ぐらいです」というのと、最後の質問の答えに付け加えて、「海での遠泳大会には参加しています。好きなのは“3km”です」というのを聞くと、反応が‘微妙’に変わる人が多いのですが。。。 ・・・さて(笑)、そのあとはクロールのキックを8本を2セット。これはいつものように泳げました。 そして、最後に「3000M」をスタートしました。何か月か前から、前半で疲れてしまって、たまに‘60往復’が泳ぎきれない現象が出てきて、前半をかなり抑える習慣が付いてしまいました。元々“後半型”だと思っているので、このほうがましです。 でも、力があるときにスピードを殺して泳ぐのは、それはそれで忍耐力が要ります。「もっと速く泳げるのになあ・・・」と思いつつ、スピードを抑えて泳ぐのはもったいない気がします。 ともあれ、きょうも前半より後半のほうがずっと速く泳げました。調子が出てくるのが2000Mを過ぎたあたりというのが、“後半型”を象徴していると思います。ただ、タイムはさっぱりでした。。。(ct:dz)・・・前半、抑えすぎかなぁ。。。 最後はヘッド・アップの練習を少しして、ダウンを長めに泳いで終わりにしました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):1000M」「平泳ぎ・キック:50M×4」「クロール・イージー:50M×2」「背泳ぎ・キック:50M×4」「クロール・イージー:50M×2」「クロール・キック:50M×8」「クロール・イージー:50M×2」「クロール・キック:50M×8」「クロール・イージー:50M×8」「クロール・コンビ:3000M」「クロール・イージー:50M×8」「ヘッドアップ・クロール:50M×4」「ダウン:1000M」 ・・・トータル:7500M ということで、ようやく今年初めてトータルで‘7500M’泳げました。・・・明日はどんな筋肉痛が起きるのだろう。。。(^-^;)
2012年01月28日
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続いて、JR京都駅隣接の「美術館『えき』KYOTO」に行きました。ここでは「第4回京都日本画新展」をしています。この展覧会は入場無料です。私はこの展覧会を見るのは初めてでした。 (・・・以下、いずれ書くつもりです。。。)
2012年01月27日
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きょうは京都市内の展覧会を2つ見ました。 まず、「京都国立博物館」に行きました。今、ここでは「中国近代絵画と日本」という展覧会をしています。 (・・・以下、いずれ書くつもりです。。。)
2012年01月27日
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きのう、ひさしぶりに長時間自転車に乗って、尻の痛みと泳いだあととは違う筋肉痛が心配でしたが、きょう起きてみて、実質、どちらもまったく心配ない状態だったので、ほっとしました。(^-^;)ただ、体全体はさすがに‘どんより’と疲れていました。 きのう行くつもりだったプールに行って、「慣れた体の動かしかたで、‘どんより’とした感じを払拭できれば・・・」と思いました。 とにかく水泳(クロール)と自転車は使う筋肉や同じ筋肉でも使いかたが違うようで、泳いでいても、きのうの自転車ライドで筋肉痛がわずかに起きている部分はまったくどうもありませんでした。でも、体全体が疲れているので、あいかわらず水に乗った泳ぎはできませんでした。 妙にすいていたし、人目を気にしなくていいので(笑)、ほとんどしたことがない平泳ぎと背泳ぎのキックを少しだけしてみることにしました。 背泳ぎのキック(背面キック)をするときは、自転車で使う太ももの筋肉と共通する感触があります。きのう、家に帰った後で太ももが慣れない疲れかたをしていたのですが、十分にストレッチをしておいたので、きょうは背面キックは苦しくないだろうと思いました。(笑) 予想は的中して、ひさしぶりにすると、50M泳いで戻って来ると息が上がる背面キックが、無事に4本できました。逆に考えると、背面キックを普段からしておくと、自転車に役立つだろうと思います。背面キックは休憩を長めに取りましたが、クロールのキックと同じ‘57秒’程度で戻れました。 でも、やはり慣れないことをして疲れたので、最後に「3000M」を1本泳ぐことにして、その前に‘ついで’にクロールのキックもしておくことにしました。今までは16本を2セットしていましたが、きょうはまず、8本で一旦息が上がりました。(^-^;)少し休憩してから、もう8本だけ泳ぎました。 これでやや限界になったので、少し休憩がてらストレッチをして、クロールの「3000M」をスタートしました。 前半はさっぱり調子が出ず、イージーに近いようなロー・ペースでしたが、2500Mあたりからようやく体が動くようになりました。・・・あいかわらずエンジンがかかるのに時間がかかる体です。。。 最後は少しペースを上げましたが、泳ぎ終わってタイムをみると、やっぱりさっぱりでした・・・。(ct:cz) トータル距離を7000Mにしたかったので、これまたひさしぶりにヘッドアップ・クロールをしてみました。こんなことでもたまにはしておかないといけないのか、要領を忘れかけていました。。。 すっかり‘へろへろ’になったところで、長めのダウンを泳いで、プールから上がりました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」「平泳ぎ・キック:50M×4」「クロール・イージー:50M×2」「背泳ぎ・キック:50M×4」「クロール・イージー:50M×2」「クロール・キック:50M×8」「クロール・イージー:50M×2」「クロール・キック:50M×8」「クロール・イージー:50M×8」「クロール・コンビ:3000M」「クロール・イージー:50M×6」「ヘッドアップ・クロール:50M×4」「ダウン:1000M」 ・・・トータル:7000M きょうは、この冬初めて最低気温が氷点下になったらしく、外は雪が舞っていましたが、きのう、きょうと、ほとんど体の隅々まで動かしたからか、全身がぽかぽかしていました。
2012年01月26日
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きょうは仕事が休みで、インターバルの関係から考えると、プールに行って泳ぐのがうってつけの日でした。でも、先週あたりから、「自転車でどこかを走りたい」という気持ちが日に日に強くなり、自分の気持ちとの戦いになって、結局、「しまなみ海道」とほぼ同じ距離の70km余りを自転車で走って来ました。 旅行でなく、地元で日帰りなので、行けるところは限られています。先週からいろいろ考えていて、うちから西に直線距離で片道30km足らずのところにわずかに用があったので、そこまで往復することにしました。(帰ってから「サイクルメーター」を見てみると、行きは‘36.07km’、帰りは‘36.27km’だったので、合計すると‘72.34km’ということで、ちょうど「しまなみ海道(70km)」と同じ程度でした。) 実は、きょうあたりに自転車で数十kmを走っておきたかったのには理由があって、来月考えている小豆島、および、淡路島1周の‘練習’をしておきたかったのです。単に自転車用の体力付けと、‘尻の痛み慣れ’(笑)対策の必要があると思っていました。 去年の8月から9月にかけては、「しまなみ海道」を4回訪れ、途中で寄り道したり、遠回りしたりしても、体力的にも時間的にも1日で十分渡り切れるようになり、最後には日帰りで往復できたことはちょっとした自信になりました。でも、その後は、苦手な季節の秋になり、仕事も忙しくなって、まったく自転車から遠ざかってしまいました。 一方で、水泳のほうも調子はさっぱりで、体力か運動能力が落ちてしまったような気がしています。それで、きょうは気分転換も兼ねて、自転車で遠出をしたというわけです。 それと、実は、年末の「しまなみ海道」&「とびしま海道」のサイクリングから帰った翌日、目が異様に眩しく感じ、はじめは疲れかアレルギーだと思ったのですが、経験したことのない症状だったので落ち着いて考えて、どうやらそれが“雪目”ではないかと考えました。市販の‘何にでも効く’目薬(笑)を何度も挿していると、症状がましになりました。私は夏は屋外プールでゴーグルをつけた状態で長距離を泳ぐので、目が日差しにうまく慣れるのだと思いますが、冬に長時間屋外で過ごしたことはないので、目が日焼けしたんですね。普通の日焼けと同じで、症状が落ち着くと、むしろそれ以前より目が快適になりました。(笑) きょうはちゃんとサングラスをして走りました。冬にサングラスをしたのも初めてです。 予定(というより計画(笑))では、2時間ジャストで着くと見込んでいました。 行きはほぼ西方向に走ったので、冬の風を絶えず正面から受けて、寒いし、進まないし、大変でした。これはある程度想像していたことですが、風は思った以上に強くて、相当余分に体力を消耗したと思います。 それと、これも想定はしていたのですが、都会の道路は信号が非常に多く、赤に変わったばかりで引っかかると、2分ほど待たされるところもあり、結構なタイム・ロスになったと思います。・・・10個引っかかると、それで20分ですからねぇ。。。また、車が多く、場所によって車道を走ったり歩道を走ったりして、非常に神経を使ったのは疲れの原因になりました。 途中の3か所を「チェック・ポイント」として、目安の時刻をメモして行ったのですが、最初のチェック・ポイントで早くも10分ほど遅くなっていました。「しまなみ海道」や「とびしま海道」の予定を立てたときは、‘いつも’予定より速く進んでいたのですが、きょうは初めて予定より遅れました。 2番め、3番めのポイントも同様で、10~15分ずつ遅れていったので、目的地に着いたときには35分も遅くなってしまいました。つまり、2時間と見込んでいたところを2時間40分ほどかかったということになります。 数日前に「ヤフー!」で徒歩ルートを検索してみたときに、きょう走ったのとは別のルートが表示されたのですが、ルートは違うものの‘歩いて6時間’の距離が自転車で3時間近くかかったのが解せません・・・。 帰りは風を背に受けてずいぶん楽に感じましたが、とにかく都会の道路は走りにくいことこの上ありません。信号は多いし、車しか横断できない交差点があって、渡るためにはずいぶん引き返さないといけないところがあったりするし・・・。 帰りは2時間15分だったので、行きよりは時間が短縮されましたが、それでも見込みの2時間は完全に超えてしまいました。 きょうは体調はごく普通だったし、走っていて何も不都合は生じなかったのに、どうして行きも帰りもこんなに時間がかかってしまったのか、わかりません。 最高気温が6℃で、先月末に「とびしま海道」を走った日の7℃と実質変わらない寒い日でしたが、きょうは汗をうっすらしか掻かず、喉もぜんぜん渇きませんでした。「とびしま海道」を走った日など、500mlのペットボトルのドリンクを5本ほど飲んだし、常時全身ずぶぬれの状態であるほどの汗を掻きました。 OWSでも‘ワン・ウェイ’が好きなのですが、自転車も1日のうちに家に帰る‘往復’ではなく、どこかへ泊まりに出かけるのならもっと楽しいのかもしれません。来月の予定で考えている「小豆島1周」は1泊でできそうですが、迷っている「淡路島1周」は1泊では危ない気がしてきました。。。
2012年01月25日
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土曜日は基本的にプールに行って泳ぐ日です。きょうもスポーツ・クラブに行って、泳ぎ始めるまでは特に何もありませんでした。。。 ところが、いつものように短距離でゆっくり泳いでウォーミング・アップをし始めて、それまでどうもなかった右の肩がじんわり痛くなりました。 この冬は、泳ごうとすると、毎回のように体のどこかが痛くなります。。。それも、痛みを感じるところがあちらこちらに‘移動’します。。。 それと、たぶん今までかち合ったことのない男の人がいて、‘いいペース’で泳いでいて、きょうの私では太刀打ちできませんでした。。。 しかたなく多めにアップを泳いでみましたが、体の調子はまったく上向きません。ただ、体が温まったのか、右肩の痛みは弱まりました。 もしかしたら不調の原因の1つに、「自転車で遠出をしてみたい」という気分があるのかもしれません。秋にせっかく輪行の講習も受けたし、自分の自転車のパーツをいくつか取り替えたのに、今のところ何もしていません。 「小豆島ぐらいには行きたい」とか、「できれば淡路島が1周できたら、ちょっとカッコいいなあ」とか思う気持ちが強くなっていて、ここのところは気持ちが水泳より自転車に傾いていることもあるし、来月あたりに実際に行きたいと思っていて、今週は毎日夜遅くまでネットであれやこれやと調べていて、寝るのが遅くなり、寝不足がたたっているということもあると思います。。。 プールでは、平泳ぎのキックや背泳ぎのキックも50M単位でしてみましたが、疲れが増していくだけのような感じがしたので、きょうもイージーで「3000M」を泳ぐことにしました。 泳ぎ始めはまったくペースが上がりませんでしたが、1500Mぐらい泳いだ頃からようやく体がわずかに軽くなりました。コースにちょうど私と同じぐらいのペースの人が入って来たので、追い付かれたり、逆に追い付いたりしないようなペースで泳ぎ続けました。 イージーのつもりでスタートしたのでペース・クロックは見ていなかったのですが、泳ぎ終わってみると、55分は切れていたと思います。・・・「10000M」の3000Mのラップ程度ということです。(^-^;) 「3000M」を2本泳いでいた頃が嘘のように、きょうは体が「もういい」と言っているように感じたので、あとはイージーとダウンを長めに泳いで、トータル6500Mで上がりました。それでいて、疲れ具合はいつも以上でした。。。 腰の調子もまだ完全ではないし、あまり無理をしないほうがいいということかもしれません。 それにしても、「年が明けてからの‘泳調’の悪さはどうしたものか・・・」と思ってしまいます。。。
2012年01月21日
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年末・年始の美術展鑑賞の疲れ(?)がどっと出たのか、局所的な腰の痛みのために、先週末は家で安静にして過ごしました。その後、日に日にましになって行って、おとといあたりから日常生活に支障をきたすほどではなくなりました。でも、まだ痛みは続いていて、長時間同じ姿勢でいると、そのあと姿勢を変えるのに‘難儀’します。。。 そんな状態なので、きょうはハード・メニューなしでプールで泳ぐことにしました。泳ぐのが10日ぶりになったことは、去年は1度もなかったと思います。。。 加えて、おとといあたりから左の肩も痛みが発生していて、泳ぐのにはまったく不向きな状態でした。 プールに着いて泳ぎ始めて、やはり体が泳ぎの細部を忘れていました。いわゆる泳ぎの‘コツ’のようなものの記憶が蘇るのに時間がかかりました。 アップの後、きょうはイージーで「1500M」を3本泳ごうと思っていました。でも、もう少し肩を馴らしておいたほうがいいと思ったので、「400M」を流して泳ぎました。 そのあと、「1500M」をスピードを抑えて泳ぎましたが、泳いでいてどこもだるくなったり、力が入らなくなったりしないのが楽でした。その代わり、‘30往復’を数える数字がなかなか変わらないのは楽しくありませんでした。 イージーを挟んで、2本めをスタートしました。1本めとまったく同じで、疲れない代わりに退屈な感じがしました。 さらに少し休憩して、3本め。いつもは泳いでいて退屈だと感じることはないのですが、さすがにきょうはなかなか‘何往復め’の数字が変わらないので、少しうんざりしました。(笑)後半、しばらくコース内に誰もいない状態になったので、少しだけスピードを上げてみました。25Mは持つのですが、引き返してくるときにはもう体が言うことを聞かなくなっていました。やはり、こんな程度の泳ぎでも、少し間が空くと、体が感覚を忘れるようです。 とにかく、まったく力を入れずに「1500M」を3本泳げました。 あとは、ひさしぶりに背泳ぎのキックとコンビをイージーで「50M」ずつ泳ぎ、そのあと、ダウンをして終わりにしました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」「クロール・コンビ:1500M」「クロール・イージー:50M×6」「クロール・コンビ:1500M」「クロール・イージー:50M×6」「クロール・コンビ:1500M」「クロール・イージー:50M×6」「背泳ぎ・キック:50M」「背泳ぎ・コンビ:50M」「クロール・イージー:50M×2」「ダウン:800M」 ・・・トータル:7000M 泳ぎの練習にはまったくならなかったと思いますが、体力の維持にはなったと思います。 でも、「1500M」のタイムが「10000M」の1500Mのラップより遅いという愕然とする事実に、もうどんなことがあっても、「10km」のOWSには参加できないと思いました。。。
2012年01月14日
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阪急電車の東端の駅から西端の駅まで‘大移動’しました。(笑) 「神戸市立博物館」へ行こうとしたのですが、ずいぶんひさしぶりになってしまって、迷ってしまいました。(^-^;)結局、通りかかった人に聞いて、無事に到着。(笑) この時点で4時半を過ぎていましたが、特別展会期中の金曜日ということで、7時まで開館しています。 今は、「日本絵画のひみつ」という特別展をしています。ただ、この展覧会を初めて知ったときは非常に楽しみにしていたのですが、チラシができて見てみて、どうも思っている内容と違うようだと思いました。よく考えて見ると、「日本絵画のひみつ」であって、私が思っていた「日本画」ではありません。(^-^;)展示内容は、江戸時代の南蛮美術品をメインに、当時、どのような絵画作品があったかを紹介するものでした。 展示は、1階→3階→2階という、この博物館ではときどきあるややこしい順番になっていました。 (いか、いずれ書くつもりです。。。)
2012年01月13日
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きょうは京都と神戸の展覧会を‘はしご’しました。おそらく1日に別の展覧会を見るためにこれだけの距離を移動したのは初めてです。でも、そうでもしないと、見切れなくて・・・。 まず、「京都高島屋グランドホール」に行って、「犬塚勉展-純粋なる静寂-」を見ました。 犬塚勉という画家は知りませんでしたが、去年の4月に同じ「京都高島屋」で見た「中川一政展-独行此道-」が、中川一政という画家を知らずに行ったにもかかわらず、とても楽しめたのが強く印象に残っています。それで、去年はいろいろな美術館に名前を聞いたことのない画家の展覧会を見に行きました。‘当たり’と‘外れ’がちょうど半分ずつといった感じなのですが、今回もどうなるか、楽しみでした。 犬塚勉は1949年に生まれていますが、38歳で亡くなっています。いわゆる‘夭折’の画家になると思います。 「I.画家としての変遷」「大学院卒業後、画家となることを志しながら、美術の教師として働いていた時代が続きます。その後の2度にわたるスペイン渡航によって、西洋とは異なるアイデンティティーを重視するようになった」ということですが、26歳のときの自画像は油彩とは思えない薄塗りで、まるで印刷物のようでした。ある意味、これが既にアイデンティティーのようでした。 実際の風景のほかに架空の風景も描いたらしく、群像で描かれている人物は一応に表情がなく、風景の一部のようでした。 渡西後、画風もモティーフも変わり、1人の人物をクローズ・アップしたものが多くなっていました。タッチも変わり、即興に近いような線で描かれていました。 それがやがて人物の顔が描かれなくなり、具体的な誰かを描いたものかどうかは、見ただけではわからなくなります。 『塗り込められた記憶A』は人が馬に乗ったところですが、馬をほぼ正面からとらえた珍しいアングルの絵でした。 このあとしばらくは風景画が続いていましたが、「紙に油彩」がほとんどです。そして、絵の具の厚塗りがないため、水彩に近いような感じがしました。 モティーフに仏教的なものが現れるようになり、観音像などが見られました。 『多摩丘陵(冬)』の解説に、「このころ方向を見出せずにいたが、アントニオ・クラーヴェに感動し、大胆に素直に絵を描くことに立ち直った」という部分があって、そう思って見ると、私の大好きなクラーヴェのタッチとよく似た部分がありました。でも、この画風は長く続かなかったようです。 1983年に2度の大病を患い、入院をし、「ナチュラリティーとリアリティー」を意識するようになり、1つの方向が定まったようです。 絵が、いわゆる写真のようになっていきました。ただ、近くで見ると、意外に荒く、「ハイパーリアリズム」とは異なるものでした。モティーフも森や草原といった屋外が中心で、それがのちに大木や枯れた木の根などに移っていきますが、静物画はありませんでした。 「II.自然を描く」少し離れて見ると、写真かと思うような作品が続きました。その「写真か?」と思わせる要素の1つは、物のとらえかたがプロの写真家が撮った写真のようなアングルなのです。手前の草越しに向こうに広がる草原を描くなど、普通の絵画には見られない構図です。 「追及するものが密度から色彩へと変化した」とのことで、だんだんタッチは荒くなり、風景画のカラヴァッジョ版とでも言いたいような、明るい部分と暗い部分がはっきりしている絵になっていきました。 ‘晩年’は、ブナの大木がモティーフになり、その根元だけを描くことによって自然の雄大さと人間の小ささを表したそうです。 未完成の絶筆、『暗く深き渓谷の入口I』と『II』で会場は終わっていました。 会場半ばに展示してあった作風は力強さが感じられて好きでしたが、後半はリアルさを追求しすぎたようでもあり、素人目には何を描こうとしたのかが理解できなくなりました。 ‘夭折’の原因は病気ではなく、絵を描くために登った山で遭難したためだそうです。 言ってしまえば、「『目的』のための『手段』であるはずのものが『目的』になってしまったために起きた悲劇」のように思えてしまいます。画家が山で‘遭難死’するなど、普通、誰が想像するでしょうか。奥さんにしてみれば、夫が死ぬ前の心の準備をすることもなく、この世から去ってしまったわけです。それとも、その頃は既に絵を描くことよりも山に登ることのほうが楽しくなってしまっていて、山に登った‘ついでに’絵を描いておこうとしたと考えるのは、うがちすぎでしょうか。画家の威厳のために加えておくと、山に入ったのは新しい風景を求めてではなく、既に着手していた作品の細部を確認するためだったということですが、それでも、そこまでする必要があったのだろうかと思います。 正直なところ、私は病気で夭折した画家には憐憫の情を抱くのですが、好きで登った山で遭難死したという話を聞いて、どうも「目的」と「手段」を取り違えた気がしてなりませんでした。 最後は、人間の生きる目的と手段について考えさせられた展覧会になりました。そして、私はその死に同情できなかったために、図録は買っても開くことはないだろうと思い、今回は購入しませんでした。 デパートの展覧会で、楽しかったわけでもないのに、1時間15分かかりました。 このあとは‘大移動’して、神戸に向かいました。
2012年01月13日
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私はこの「楽天ブログ」は‘何をするためのものか、わからない’まま、「楽天」からの案内に従って、2004年の4月末に‘開設’しました。そして、「ブログ」というものが‘他人に見せる日記’であることを理解してから、自分でも書いてみようと思って書くようになったのは、それからちょうど1年半後の、2005年10月末でした。 それ以降、書こうと思うことがあって気が向いたときに日記を書いてきました。また、ネットでの買い物はポイントが分散するのが嫌だったので、「楽天」にまとめてきました。 でも、買い物のほうは納得できないことがあって、おととし(2010年)の5月にクレジット・カードも解約し、極力利用しないことにしました。 「楽天ブログ」は気に入っている部分もあるのですが、どちらかと言うと、‘改悪’されていっている部分のほうが多いと思います。 気に入っていた日記の「タグ」はずいぶん前になくなってしまったし、ブログ管理者が見られる「訪問者」の履歴も12日で終了になります。今後は誰が見に来たか、わからなくなってしまいます。。。同じ日に、掲示板もメッセージ機能もなくなってしまいます。 さらに、1月末で画像の投稿のしかたもまったく変わってしまうとのことで、うまくできるかどうか不安です。今までの画像投稿に関しては、月額100円をオプションで払ってきたのに・・・。 日記とは直接関係ないことで、ブログで嫌だったことがあります。 「楽天」のショップで買ったものにレビューを書くと、それが「お買い物履歴(Shopping List)」から見られるようになっていました。これは当初からの機能で、訪れた人がそこを‘踏んで’買い物をすると、レビューを書いた人に商品の1%分の楽天ポイントが入るというシステムで、たまに私もその恩恵を受けていました。 でも、購入したものを一覧で公開するということが、だんだんちょっとした個人情報の開示のような気がしてきて、あるとき一部を除いてレビューを削除しました。 普通は自分のブログのページから「お買い物履歴」をクリックして見ることなどないと思うのですが、去年の夏ぐらいに何となくしてみて、仰天しました。さすがに「何歳」までは表示されないのですが、年齢の「何十代」と性別が表示されていたのです。(例:「30代/女性」)私の場合、「男」であることは隠していないし、日記を読めばすぐにわかります。 でも、嘘をつく気はありませんが、年齢はあまりオープンにはしたくありません。少なくとも、初めて日記を訪れた人がその気になれば、「この人、何歳ぐらいだろう?」と思って簡単にチェックできるのは嫌です。 39歳の人が「30代」と表示されるのはまだいいとして、40歳になったばかりの人が「40代」と表示されるのは、普通は嫌な感じがすると思います。(笑) それで、それを表示しない方法がないか、自分で格闘したのですが、結果は空しいものでした。多くの人から抗議が来て、そのうち仕様が変わるだろうと思っていたのですが、気付いていない人が多いのか、それとも、案外そんなことはどうでもいいのか、11月になっても変化はありませんでした。 他の機能の‘改悪’にも嫌気がさしていたので、「楽天ブログ」からの引っ越しも考えましたが、膨大と言っていいほどの日記を載せてあるので、その移転を考えると頭が痛くなりました。。。 そして、ある日、調べまくって、とにかく年齢(年代)を表示しない方法を見つけました!ただし、買い物履歴ごと表示しないという方法なので、アフィリエイトでポイントがほしい人には適しません。つまり、「アフィリエイトのポイントは要らないから、年齢を表示したくない」か「年齢を表示してもいいから、アフィリエイトのポイントがほしい」かの選択になりますが、私は迷わず前者を選びました。 「お買い物履歴(Shopping List)」のタブをクリックして、年齢(年代)が表示されない人には3種類あって、それ以外の2つは表示されます。 1.「まだレビューの書き込みがありません」と表示される。(年代も性別も出ない) 2.「ここにはまだレビューの書き込みがありません」と出て、年代も性別も表示されない。 3.「ここにはまだレビューの書き込みがありません」と出て、年代も性別も表示される。 4.「××さんの商品レビュー・口コミ」というページが「年代/性別」とともに表示される。 5.「お買い物一覧(Shopping List)は、非公開の設定になっています」と表示される。 推測ですが、1はブログを作っただけで、「楽天」では何も買い物していないか、買ったとしてもレビューを今までに一度も書いたことがない人。2と3の違いがよくわからないのですが、2は登録した時期が古く、年齢・生年月日を知らせていない人?3は、ここで言いたい「デフォルト」です。何も買っていなくても、また、設定をしていなくても、今、これが標準になっています。買ったものにレビュー(コメント)を投稿したら、4がデフォルトになり、その買ったもの1つ1つにハンドル・ネームと「○○代」と年齢が表示されるようになっています。これはその商品を売っているショップの商品のページでも表示されます。5はブログの管理者が設定によってできる表示(設定)です。私は調べに調べて、これにできました。 5にする方法は、まず、ログインした状態で「ブログ管理」のページに入ります。そのページの左下のほうにある「その他機能」の「お買い物一覧」をクリックします。そのページの「Shopping List(お買い物履歴)を公開設定」の項目の「公開しない」にチェックをして、「設定を変更する」をクリックすれば、完了です。 11月のはじめ(3日)に無事に設定ができたのですが、厄介なのは検索サイトの「キャッシュ」です。この機能を使えば、2か月ぐらいは「魚拓」的に残ります。(笑) これも表示されなくなったようなので(笑)、今回、この話を書きました。
2012年01月10日
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3日前、起きてしばらくしたときから、2年に1度程度痛みが‘勃発する’腰のあたりがかなり‘ヤバい’感じがしていました。それでも、あいかわらずしたいことが山ほどあるので、電車に乗って京都まで行き、美術館で展覧会を2つ見ました。美術館の中をうろうろしているときから、腰の痛みは激しさを増し、帰りの電車の中で座ったのはいいのですが、乗り換えや降りる駅で立とうとして立ち上がれない状態になったことはまずいと思いました。 家に帰って、腰に痛み止めを塗って、鎮痛剤を飲んで、少しましになりました。早めに風呂に入って、浴槽に長めに浸かって、体を温めました。それでも、日常生活に支障をきたすほどの痛みだったので、どうしようか考えました。 考えた挙句、翌日は予定していた通り、倉敷と笠岡まで展覧会を見に行きました。(^-^;)ただ、電車の中で寝てしまうと、どうしても姿勢が崩れ、降りるときに立てなくなるので、眠いのを我慢してずっと起きていました。。。・・・電車の中でうとうとするのは気持ちいいんですけどねぇ。。。 激痛に耐えながらも結構離れた場所の2つの美術館を見て回り、帰りの電車の中でも寝ないようにして、何とか無事に帰って来ました。とにかく温めるべきだと考えたので、‘こういうとき’のために買い置きしてある『千年灸』を引っ張り出して、貼りました。‘ぽかぁ~ん’とした温かさが心地いいです。(笑) ・・・と、ここまでは頑張りました(無理をした?)が、きのうは目が覚めたときから起きられないほど体全体に倦怠感が漂っていました。予定ではプールに行って泳ぐ日でしたが、泣く泣く諦めました。この1年以上、1週間以上泳ぐ間隔をあけたことはなかったのですが、今回、次回プールに行くまで10日ほどあくことになります・・・。 きのうは風邪を引いたときのように、午後もずっと寝て過ごしました。体がだるいし、起きていても腰が痛くて、ほとんど何もできません。。。夜になっても状態は改善されたようには思っていなかったのですが、きょう昼前(^-^;)に起きようとしたときには、少しましになっているような気がしました。 若い頃には2年に1度“ぎっくり腰”になっていたのですが、今回のはどうもそれとは違います。2008年の11月に今回とほぼ同様の状態になったことがあり、いわゆる“ぎっくり腰”と違って、腰の局所が集中的に痛いのです。逆に考えると、そこの痛みさえ抑えられれば、最低限どうにかなります。 年末・年始に、‘家の掃除もせずに’(^-^;)出掛け回っていたのが原因か、ついに軽くダウンしてしまいました。例年はこれが秋にあります。去年の秋はそれがなく、「乗り越えられた~!」と日記に書いたのですが、年が明けてから‘やって来ました’。。。 2008年のときも「一旦寝て目が覚めると、次の日の夕方6時だった」などと書いてあるので、ここ数年の私は疲れが溜まると、腰に来るようです。。。粘膜系に来るよりましだと、私としては珍しく「前向き」にとらえるようにして、きょうも1日安静にして、明日からの仕事に備えたいと思います。。。
2012年01月09日
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倉敷から笠岡に移動しました。この区間の移動は2回めでしたが、前回も今回も電車はすごく混んでいて座れませんでした。_| ̄|○ 「倉敷市立美術館」も決して倉敷駅から近いとは言いませんが(速足で15分)、「笠岡市立竹喬美術館」は笠岡駅からもっと遠く(徒歩約23分)、途中で交通量の激しい狭い国道のトンネルの中を5分ほど歩かなければならず(・・・怖いし、空気が汚い)、駅から歩くのが最も‘楽しくない’美術館の1つです。でも、着いてしまえば、程よい広さの美術館です。 今は、「アンリ・ルソーと素朴な画家たち-いきること・えがくこと-」という展覧会をしています。この展覧会は「平成23年度市町村立美術館活性化事業・第12回共同巡回展」の一環らしく、展示作品はすべて「世田谷美術館」の所蔵作品です。1つの美術館が系統立てたコレクションを所有していると、それをまとめてどこかに貸してこういう展覧会ができるのも魅力だと思います。 「素朴派」と言うと、何と言ってもルソーがその代表だと思いますが、私は違います。(笑)私は言ってしまえば「素朴派」には興味はなく、ボーシャンという画家が個別に好きなのです。そして、ボーシャンの作品の中でいちばん好きな作品を「世田谷美術館」が持っているということで、今までに2度、その作品を見たことがあります。また、それ以外に去年の8月に伊丹市の「アンドレ・ボーシャン展」にも足を運んでいます。 その作品とは『聖アントワーヌの誘惑』(フランス語:「アントワーヌ」、ラテン語:「アントニウス」)で、ダリやエルンストといったシュルレアリスムの画家がほとんど例外なく取り上げたことのあるテーマです。(マグリットの『聖アントニウスの誘惑』は聞いたことがありませんが、存在するのでしょうか。)前回はちょうど2年前(2009年2月)に東京の展覧会で見ました。 「第1展示室」に入ってすぐに目当ての作品が目に飛び込んで来ました!わくわくする気持ちを抑えながら、その前にある作品を見て行きました。 この部屋は「第1章.アンリ・ルソーと聖なる心の画家たち」で、最初がボーシャンでした。 何度も書いて来たように、ボーシャンの描く人物の無表情さが好きなのです。今回もいちばんはじめにあった『ばら色の衣装をつけた二人の踊り子』も、体はリズムを取っているのに、顔は2人とも‘能面’状態。(笑)ボーシャンも絵を描くことが好きでしかたがないなら、人物の表情ももう少し楽しそうにすればいいのにと思ってしまいます。 ところで、「聖なる画家」という言いかたは、「“素朴な画家たち”を擁護した1人に画商・美術評論家のヴィルヘルム・ウーデがいる。ルソーの死後、パリで『聖なる心の画家たち展』を催した」ということで、その展覧会のタイトルに使ったことばを使用したようです。 4番めに私が追って来た(笑)『聖アントワーヌの誘惑』がありました。考えてみると、知っている限りにおいて、『聖アントワーヌ(アントニウス)の誘惑』というタイトルの絵で、嫌いな作品は1つとしてありません。代表はダリの作品だと思いますが、この絵は他の作品と併せてブリュッセルまで見に行きました。そして、私にとって揺らぐことなくいちばん好きなエルンストの作品は、ドイツの「ドゥイスブルク・レーンブルック美術館」までわざわざ見に行ったほどです。他にも、デルヴォーやアルブライト、キャリントンの作品も好きです。アルブライトの作品は所蔵している「シカゴ美術館」まで見に行ったのに、展示されていなくてがっかりでした。他にも、ショーンガウアーやボスの作品も古典として有名で、たまに画集を引っ張り出して見ています。セザンヌまでこのタイトルで描いた作品があることを知ったときは驚きました。 伝統的には魑魅魍魎をメインにして描き、アントニウスを怖がらせて修行を諦めさせるという趣向だったものが、現代ではむしろ妖艶な女性の誘惑によって修行をやめてしまうというという描きかたがメインになっているようです。デルヴォーの作品など、女性像しか描かれていません。 それに対して、ボーシャンの絵は、‘一応’魑魅魍魎がメインになっています。ただ、いくら見ても、怖くは見えないのです。確かに地球上には存在しない‘奇妙’な生物らしきものがたくさん描かれていますが、怖いというよりユーモラスな姿に見えます。そして、アントニウスを怖がらせようとしているのではなくて、魑魅魍魎たちがアントニウスを見て、「何か見たことがない生物が来たぞ。近くで見てみよう」という感じで、じゃれついているように見えます。そして、怖がっているはずのアントニウスも‘当然’能面状態です。(笑) ボーシャンの後は、ルソーでした。 他に、ヴィアンとボンボアの作品が数点ずつありました。 「第2展示室」は「第2章.素朴派の広がり」というテーマで、あまり知られていない画家の作品を少しずつ展示してありました。「20世紀に入って見出された世界各地の素朴派」ということでしたが、デスノス、ルフラン、ランベール、ラコフ、メテルリ、ギッザルディ、ラブジン、ハーシュフィールドと続いていましたが、見事に知らない画家ばかりでした。 ハーシュフィールドの『母と子』など、まったくボーシャンと同じで、母親に抱かれている女の子は、子どもに見えません。ただサイズが小さいだけで、母親と同じ顔なのです。(笑)女の人が自分そっくりの人形を抱いているような感じに見えました。 この後、ようやく知っている名前が出てきました。グランマ・モーゼスです。84歳のときの作品が展示されていましたが、ボーシャンの『聖アントワーヌの誘惑』も74歳のときの作品で、この手の画家は絵の巧拙は別にして、とにかく丁寧に描いていることに好感が持てます。本当に絵を描くことが楽しくて、好きでしかたがなかったという気持ちが伝わって来ます。 そのあとは、何と日本人の作品でした。塔本シスコ、谷内六郎、久永強、山下清らの作品がありました。谷内六郎や山下清も素朴派に入れられるんですね。 最後の部屋は「第3章.近・現代美術と素朴」というコーナーでした。 ここはむしろ巨匠の作品でした。ただ、デュブュッフェ、アペル、バスキアあたりを素朴派として扱うのは初めて知りました。 唯一、この展覧会を見る前に「あるかな・・・?」と思っていたボテロの作品がありました。巨大な作品で、『アダムとイヴ』というオーソドックスな絵でした。もちろん、アダムもイヴも思いっ切り‘メタボ’状態でしたが。。。(笑) 私にとって見応えがあったのは最初だけでしたが、最後の部屋では思わぬ巨匠の作品が見られたし、2番めの部屋では知らない画家の作品も見ることができて、まずまずでした。 2階の展示室に小野竹喬の作品があるというので上がりました。 初期の作品は南画っぽかったし、後期には川合玉堂風のタッチの作品もありました。 特別展に45分、竹喬作品の部屋は展示が少なく5分ほどいただけでした。このぐらいなら、最後まで飽きずに、また疲れずに見られます。 図録は薄いものでしたが、価格が1000円ということで、迷わず買いました。 今回のような「市町村立美術館活性化事業・共同巡回展」を日本中の美術館が企画して、巡回させてほしいと思います。 年が明けてまだ1週間ですが、これで既に9つの展覧会を見たことになります。(^-^;)
2012年01月07日
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きょうは日帰りで倉敷と笠岡の展覧会を見て来ました。 おとといは名古屋、きのうは京都と続いていて、やや疲れ気味です。。。 まず、「倉敷市立美術館」へ行って、所蔵作品の企画展「ちいさなちいさな遙邨展」を見ました。 池田遙邨の作品は去年の2月に「姫路市立美術館」で見ています。ちょうどこのあと行く「笠岡市立竹喬美術館」の小野竹喬と同じで、池田遙邨は特に好きな画家であるわけでも、お気に入りの作品があるわけでもありませんが、著名な画家の作品のコレクションを所蔵している美術館の作品をまとめて見るにはいい機会だと思いました。今は、展覧会の規模も小さく、作品も大きいものは少ない展覧会ということで、「ちいさなちいさな遙邨展」という展覧会名にしているのだと思います。ついでに、入館料(200円)も‘小さくて’助かります。(笑) 作品はいくつかのコーナーに分けてあり、その中で年代順に展示してありました。 まず、「富士山いろいろ」から。池田遙邨の絵は、若い頃はいかにも日本画という感じですが、それがだんだんとタッチが荒々しくなり、最後にはメルヘンチックな感じになります。堂本印象とは異なりますが、画風が大きく変わるという点では共通する部分があります。富士の描きかたも、普通に富士山をとらえたものから、夜の姿や木々に間から見たもの、さらには、湖に映った姿だけという作品になっていました。 また、作品によってメインの色があるといった感じで、赤っぽい作品や青っぽい作品がありました。奥田元宋のように1つの色遣いに特徴があるのではなく、小野竹喬のように作品によって感じさせる色があるというのも、2人に共通の特徴のように感じました。 続いて、「潮騒が聞こえる」。実際の海辺の風景のほかに、“心象風景”らしい作品がありました。池田遙邨はどうも灯台が好きだったようで、展示されている作品のうち10点に灯台が描かれていました。灯台はメインに描かれていたり、海辺の風景のごく一部だったりと様々ですが、「灯台がないと、‘抜けた’ような絵になるな」と感じました。 海の絵は、横山大観と違って、太陽ではなく月との組み合わせがメインでした。その月も満月ではなく、三日月や半月といった、太陽には見られない形を用いたあたりに特徴があるのかもしれません。 次は、「自然の中へ」。「遙邨の特徴の1つとして、風景の中に描かれた生物たちが挙げられます」ということで、一種の自画像のような側面を持っていたようです。小品ながら梟(ふくろう)を描いたものが目立ちました。 日本画版梅原龍三郎のような感じの作品もありました。 下絵だけでしたが、「今年の干支は龍!」のコーナーには今年の干支の龍を描いたものがありました。これは伝統的な描きかただったと思います。 最後は「春・夏・秋・冬」。若いときの作品、『木蓮』はやはり日本画らしい落ち着いた画風で、腕の確かさを感じさせました。『花火』という「油彩キャンバス」の作品が1点ありました。桜や菜の花をモティーフにしたものは色がきれいでした。 『のどか』 他には、珍しく麦畑を描いたものもあり、どの作品も画面一面に広がる感じが、小ぶりの作品を大きく感じさせる力を持っているように思いました。 展示は大きい1部屋だけということで、45分で見終わりました。それでも、思ったよりは時間がかかりました。 池田遙邨はまだ一部の作品を除いて、一目見て「これは遙邨の作品だ」と判別できるまでには至っていません。。。もう少し慣れが必要な感じです。 このあとは、笠岡に移動しました。
2012年01月07日
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続いて、「第43回・日展(京都展)」を見ました。 「日展」は「第39回」から欠かさず見ているので、今回で5回めになります。「第41回」までは「大阪市立美術館」で見ていましたが、「第42回」からは「京都市美術館」で見るようになりました。 今回は「日本画」が158点、「洋画」が89点、「彫刻」が66点、「工芸」が118点、「書」が123点で、合計554点もの作品が展示されています。例年と比べると、「日本画」が多く、「書」が少なくなっています。 とにかく展示されている作品の数が膨大で、どの作品も解説や作家のコメントの類は一切ないので、作品の前を止まらずに歩いて進みながら、気になるものがあったら止まって見るというスタンスで見て行きました。 (※以下、一部を除いて、作品のタイトルのみ書いて、作家の名前は書きません。また、感想についてはまったく個人的なものです。) まず、2階の「日本画」から見ました。 単純に言ってしまうと、実質、日本画と油彩(洋画)の違いはマチエール以外になくなったと言ってもいいのではないでしょうか。モティーフがアメリカの下街だとか、明らかに日本人ではない老人の姿だとか、どうも油彩のほうが適当な気がしてしまいます。 そんな中で、『忘れられし物』は、しばらくそれが何かわからなかったのですが、どうやらもう使っていない古い「五右衛門風呂」を横から見たところであろうという察しが付きました。私の家は子どもの頃にまだ五右衛門風呂を使っていて、近所の人たちに珍しがられていたのを覚えています。それを家を改築するときに、親が惜しがって近所の博物館に当たると、引き取ってくれるというので、‘寄贈’したことがあります。・・・展示されているはずですが、見に行ったことはありません。(^-^;)何となく懐かしい気持ちで作品を眺めていました。 伝統的な日本画を継承している作品は皆無といった状態で、背景にも必ず何か描いてある(=余白がない)し、物は輪郭線でなく色で描かれています。作品によっては、コラージュかエンボスかと思うほど、絵の具が厚塗りされていて、日本画のあっさり感が味わえなくなっています。いっそ昔ながらの画風に戻したほうが特徴が出て、アイデンティティのある作品になるのではないかとさえ思ったりしました。 油彩が抽象から具象に戻りつつあるのに対して、日本画はむしろその逆で、一見しただけでは何が描いてあるかわからない、抽象に近いような作品が多くなっているような気がしました。 続いて、「洋画」を見ました。 多くの人が立ち止まって見ていたのは、いわゆる‘写真のような’タッチの絵でした。『悲しみよ滞まれ』や『チョーク絵のある静物』などは、少し離れて見ると、それが絵であるかどうかがわからないような‘写実的’な作品でした。ただ、現実的には同じ空間に存在し得ないものが1つの画面に描かれているあたりは、それが絵画だということを実感させました。 1階の彫刻、工芸、書は実質、素通りでした。(^-^;)書もはじめから終わりまで読める作品が数点しかなかったので、‘鑑賞する’程度に至りませんでした。ただ、何が書いてあるかわからないものでも、全体のバランスを見ると、左右対称になっていたり、なだらかな曲線状になっていたりで、そのあたりも工夫のしどころだろうとは思いました。 「日展」を見る前に「コレクション展」を丁寧に見てやや疲れ気味だったのと、特に気になる作品がなかったのとで、会場全体を1時間5分で回ってしまいました。毎年、「日展アートガイド・作家のことば」は買っているので、今年も買いました。去年までとは表紙の雰囲気ががらっと変わりました。 新年になって既に7つの展覧会を見ました。明日も遠出をして、美術展を見る予定です。(^-^;)
2012年01月06日
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きょうは「京都市美術館」で行われている展覧会を2つ見て来ました。 1つはコレクションテーマ展示で「京都にさぐる・美術の『こころ』」、もう1つは「第43回日展」です。 まず、「京都にさぐる・美術の『こころ』」のほうから見ました。 会場入り口にある「ごあいさつ」に「永い歴史のある京都の文化は、『一見(いちげん)』ではうかがえないといわれます」という1文があって、まさに“京都の文化”が今でも受け継がれていることを感じました。 作品の展示は「はじめに」というコーナーから、綴れ織りの衝立、着物、磁気、陶器、油彩というごった混ぜで始まりました。 メインの展示は、まず、「第1章.薄暮と黎明」からで、小セクション「『こころ』尽くしの屏風」というコーナーに明治以前・幕末維新期に生まれた作家の屏風装の作品がありました。森寛斎、富岡鉄斎、川端玉章の6曲1双、菊池芳文の8曲1双と続いていて、見渡すとなかなか壮観でした。 川端玉章の『葡萄に栗鼠、芭蕉に狗子の図』で、右隻の組み合わせはよく見かけますが、左隻の組み合わせは初めて見ました。子犬たちは何かを見ながら楽しそうにじゃれ合っているのですが、何か意図でもあるのでしょうか。 菊池芳文の『春の夕・霜の朝』は、右隻は言うまでもなく春なのですが、山桜の枝に止まっている鳥はからすでした。左隻は霜ということなので、晩秋か初冬で、葉がまったくない木々が描かれていて寂しげでした。 「幕末・維新世代と近代美術」のセクションにあった幸野楳嶺の『帝釈試三獣図』は、帝釈天が仲よく遊んでいる兎と狐と猿を試すという‘あのシーン’でした。狐は既に大きな魚をくわえており、猿も低木の茂みに手を伸ばし、何かをつかもうとしています。兎だけは帝釈天のそばにいて、落ち着かない表情であたりを見回しているようでした。 そのあとは竹内栖鳳の作品が『散華』や『絵になる最初』のほか数点並んでいました。 上村松園の『人生の花』もありました。これが24歳のときの作品とは思えません。 油彩では、浅井忠、鹿子木孟朗らの作品がありました。 「第2章.伝統と革新」の最初のセクション、「『絆』と『個』京都画壇の師友たち」には、上村松園の『待月』や村上華岳の『阿弥陀』がりました。 入江波光の『彼岸』は初めて見ましたが、池に浮かぶ小舟に乗った3人、空中には天女が舞っているのですが、何を描いたものなのでしょうか。また、『海波之龍』の龍の指は4本でした。 「明治・大正・昭和『こころ』の旅路」のセクションでは、今回の展覧会のポスターに使われている上村松園の『晴日』のほか、菊池契月の作品が3点、また、須田国太郎、梅原龍三郎、安井曽太郎らの油彩がありました。今回の展覧会ではどうしても油彩の影が薄くなってしまいます。 「第3章.復興と創造」では1901年以降以降生まれの作家が取り上げられていました。 「『夢』と20世紀」のセクションは、1940年に40歳ぐらいだった画家の作品として、北脇昇『眠られぬ夜にために』のほか、富本憲吉の白磁、堂本印象の6曲1双の『松楓和鶴』などがありました。ただ、知らない作家が半分以上を占めていました。 「『こころ』『みる』出会いあるいは再会」のセクションでは、下村良之介の『池畔』がありましたが、マチエールが岩絵の具に見えないんですよね。。。 最後は「『記憶』二つの世紀をこえて」というセクションでした。 徳岡神泉の『流れ』は私の知っている他の作品とは違って、ターナーの蒸気機関車の絵のようで、ほとんど抽象画といった感じでした。 山口華楊の『鶏頭の庭』はよかったです。今年の秋に「京都国立近代美術館」で「山口華楊展」があるので、楽しみにしています。 ほかに、小野竹喬、上村松篁らの作品がありました。 コレクション展とはいえなかなか見応えがあり、1時間10分かかりました。 続いて、「第43回・日展(京都展)」を見ました。
2012年01月06日
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「名鉄百貨店」から「松坂屋」に移動しました。 「松坂屋美術館」はここ数年、年に2回ぐらい訪れているので、すっかり慣れました。多くのコイン・ロッカーが設置されていて、展示室の天井も高く、ゆったりと鑑賞できます。 今は「地上の天宮-北京・故宮博物院展」をしています。 (・・・以下、いずれ書くつもりです。。。)
2012年01月05日
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きょうは新年早々、日帰りで名古屋の展覧会を2つ見て来ました。 まず、名古屋に着いて、レストランが混む前に昼食を取ることにしました。昨年末に名古屋に行ったときはスケジュールが分刻みで、ろくに食事ができなかったので、今回はちゃんと味噌カツを食べました。半年ぶりぐらいでおいしかったです。(笑) そのあと、「名鉄百貨店」に入りました。特設会場で「平山郁夫-次世代への伝言(メッセージ)」という展覧会をしています。 「名鉄百貨店(特設会場)」は初めてですが、天井が低く、狭苦しい会場でした。「美術館[えき]KYOTO」、あるいは「高島屋大阪店グランドホール」と似たような感じで、コイン・ロッカーもなく、いまいちです。「大丸ミュージアム」や「松坂屋美術館」が、天井も高いし、コイン・ロッカーもあるし、いいですね。 会場の最初に小ぶりの作品、『瀬戸田曼荼羅』がありました。‘今まで’なら興味を示さずに数秒見るだけで次に目を移したと思いますが、今回はいきなりじっと見つめてしまいました。 去年の2月に広島県の「生口島(いくちじま)」を旅行し、そのときにいくつかのスポットを見学したのですが、自転車専用道が整備されていることを知って、自転車を借りて、わずかの移動に使ってみました。その後、自転車で移動するのが面白くなり、また、尾道から今治にかけて、それぞれの‘本土側’と間の島に結構な数の美術・博物館があることも知り、1年の間に9回も近辺を訪れました。しかも、旅行中の移動はすべて徒歩か自転車だったので、ちょっとした土地勘まで身につきました。その最初の訪問地で2泊したのが瀬戸田でした。やはり知らない土地と馴染みのある土地とでは、絵や写真を見たときの感覚が違います。 会場の前半はほとんどが色紙大のスケッチ作品で、本画はほとんどありませんでした。 平山郁夫自身によるそこそこの長文が貼ってあり、それにいちばんイメージが近い作品が添えてあるような感じで、ほとんどの人は絵を見ることなく、ひたすら文章を追って行っていました。 文章は第二次世界大戦の思い出から始まって、家族のこと、故郷のこと、学生時代の思い出、海外旅行のことなどが、数枚ずつの紙に書かれていました。 平山郁夫は水泳が得意だったようで、中学のときに背泳ぎで1番になったことがあると書いてありました。生口島もそうですが、もう少し南のほうの島には泳ぐのに適した浜辺がところどころにあり、夏に自転車でそばを通り過ぎると、「ここで泳いでみたい」と思ったのを思い出します。 後半になってやっと本画が並んでいましたが、シルクロード関係のものが多かったです。 最後のほうに再び瀬戸内海の絵がありました。6曲の屏風装になっている『天かける白い橋・瀬戸内しまなみ海道』という作品で、見た瞬間にそこに描かれているのが「来島海峡大橋」だということがわかりました。・・・去年、自転車で8回渡ったかな?自転車で渡っても30分以上かかる巨大な橋で、そのスケールに圧倒されます。そのスケールを絵で表すためにはやはりある程度のサイズが必要だと考えたのか、作品も日本画としてはとても大きいものでした。あとで絵葉書を見たのですが、買う気が失せるぐらい実物とは別物でした。 絵を見ていて、「これは××を○○の方向から見たところだな」とわかるのがうれしく、その意味で作品の中に入ることができました。 ただ、作品が尾道市の「平山郁夫美術館」か「(株)ジャパンヘルスサミット」からしか来ておらず、本画が十数点しか展示されていない展覧会で、広告に描いてある「画業を振り返る」というには無理があると思いました。 ところで、今回展示されていなかったと思う(見落とした?)のですが、図録には『求法高僧東帰図』が載っていて、僧が画面向かって左のほうにうつむき加減で歩いています。全員袈裟を見に纏っているのですが、右の肩を覆い、左の肩(画面手前側)を出す格好になっています。これって正しいのでしょうか。以前、ネットのどこかで「平山郁夫の絵で僧の袈裟の着かたがおかしいのがある」という指摘を見たことがあるのですが、この作品のことでしょうか。 50分ほどで会場を後にして、「松坂屋」に向かいました。
2012年01月05日
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例年は、年が明けて、まず、展覧会に足を運び(・・・今年達成で6年連続)、続いて水泳なのですが、今年は2日、3日と展覧会に脚を運び、初泳ぎがわずかに遅くなりました。 それでも、“2大趣味”で新年のスタートです。(笑) きょうは、以前は数年続けてしていた「新春メニュー」をしました。クロールを60本です。 調べてみると、2008年の初泳ぎ以来なので、4年ぶりになりました。(2009年は3回めにしていますが。。。) これまでは、「50M」のキックとプルとコンビを併せて60本でしたが、きょうはコンビだけで60本泳ごうと思っていました。前回の年末に一応108本泳いだので、60本は行けると思いました。ただ、前回は70本過ぎたあたりから肩がうずき始め、最後は泳ぎが半分崩壊してしまいました。。。 きょうは60本で、きれいに泳ぐことを心がけました。 その前に、せっかくなので、キックをしておきました。こちらは完全に慣れて、56秒で戻れるようになりました。 続いて、コンビで60本泳ぎました。きょうは今までで最も水温が高かったと思うほど、ぬるま湯のような温度だったためか、体がほぐれるのが早かった代わりに、20本めあたりでのぼせてきました。 前回のように最後に崩壊することなく、ほぼフラットなタイムで戻れましたが、4年前と比べると、4秒ほど遅くなってしまったのは、歳のせいか、普段短距離の練習をしないせいか・・・、と考えました。・・・両方でしょうね。。。(^-^;) ここまでは順調だったのですが、最後に「3000M」を1本泳ごうと思ってスタートしたのですが、疲れと‘暑さ’のせいで、「800M」で止まってしまいました。・・・脱水症状一歩手前だったかも。。。 あとは、イージーとダウンで、トータル7000Mになりました。このぐらいでやめておくと、疲れかたがましです。。。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」「クロール・キック:50M×16、1分30秒サークル」「クロール・イージー:50M×8」「クロール・コンビ:50M×60、1分サークル」「クロール・イージー:50M×8」「クロール・コンビ:800M」「クロール・イージー:50M×6」「ダウン:700M」 ・・・トータル:7000M 最後はプールの中でストレッチをしていると、だんだん寒くなりました。 やはり水温が高くても、季節は冬なので、体温より低い温度の水に浸かっていると、体が冷えます。 それでも、ひさしぶりにプールで汗を掻いたことを実感しました。年末ぐらいに体重が戻ってくれていたらいいのですが。。。(^-^;) 今年は夏に向かってどういう気持ちになるかはわかりませんが、最低「年間365km」泳げるように練習を続けたいと思います。
2012年01月04日
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「大丸心斎橋イベントホール」を出て、弟が「さあ、帰ろうか」と言ったのですが、私が「もう1つ行くよ」。弟には「はあ・・・?」と言われてしまいました。 弟の子どもに「今度は地下鉄で天王寺に行くからね」と言うと、「遠いん?」。「ううん、4つめの駅」。 ということで、「近鉄百貨店」阿倍野店に移動しました。 「近鉄アート館」できょうから「トリックアート展」をしています。「大丸」のほうが、入ったときよりも出たときのほうがチケットを買う列が短くなっていたので、「近鉄」のほうはさらにすいているだろうと思ったのですが・・・。 会場に着くと、長蛇の列・・・。「最後尾はどこ・・・?」と思いながら、列の途中にあった「ここで入場まで40分」という札を通り越して、しかたなく並びました。 「40分というのは大げさだろう」という期待は裏切られて、並んでから会場に入るまで50分かかりました・・・。 会場の最初はこちらも、左右に移動すると、建物が動いて見える連続した3つの絵でした。 そのあとは、‘地’に描いてある絵では形がいびつですが、円筒形の物に映すと、ムンクの『叫び』がちゃんとした状態で見えたり・・・、 天井の隅に吸い付いているように見えたり・・・、 アルパカに帽子を取られたり・・・、 「エイムズの部屋」の部屋に2人が入ったのですが、背が大きくなったり、小さくなったり・・・。ちなみに、2人の実際の身長差は20cm以上あります。 左右が入れ替わると・・・。 詳しいしかけはネットで簡単に調べられます。小さいヒントは、2人の足首が傾いていることです。動画で見るとさらに面白いんですよね。 最後は、ドラキュラの餌食になってしまいました。(笑) こちらの会場は西洋の有名な絵画を利用したものが多く、ダ・ヴィンチの『モナリザ』、ムリーリョの『蚤をとる少年』、マネの『笛を吹く少年』、アングルの『泉』などを元にしたものがありました。 写真はもっと撮ったのですが、うまく撮るには距離と角度がシビアで、半分ぐらいはうまく撮れていませんでした。また、この会場はフラッシュ使用OKだったのですが、フラッシュを使って写したものは、フラッシュの反射が写ったり、全体が青白くなってしまったりしていました。 「大丸」以上の混雑で、展示場の通路が狭いために、思うように写真が撮れなかったのが残念です。最後のほうは時間の関係もあって、何があるのかさえ見ないで出てしまいました。。。 会場を出て、「楽しかったね~」と言うと、弟の子どもは「うん!」と言ってくれましたが、きょういちばん楽しんだのが誰かは言うまでもありません。(笑) ‘いつも’の‘頭を使う’展覧会とは違って、とても楽しめました。
2012年01月03日
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元日に弟に仕事が始まるまでの予定を聞いたら、「特に決めていることはない」との返事。それとなく(笑)下の子に「おじちゃん(=私)と展覧会を見に行かない?」と聞くと、「いいよ」。私は「3日に『トリックアート』の展覧会があるから、××君は写真の“モデル”になってくれるかなあ」と言いました。 下の子とは2人でということはさすがにありませんが、今までに両親や弟の家族などの何人かで美術館や博物館に行ったことが何度かあります。 その返事を聞いて、弟が「いっしょに行くわ」。。。 下の子と行って、結果は“大正解”でした。(笑)ある程度以上の年齢になるとこういうことの‘モデル’をするのを嫌がるし、逆に幼いと思ったようにポーズを取ってくれません。 ‘まず’、大丸心斎橋店のイベントホールに行きました。「デジカメ・ケータイでどんどん撮影できる!!大トリックアート展」というのをやっています。 広告には「トリックアートとは、遠近法・陰影法を駆使したテクニックにより、2次元の作品から超リアルな3次元の世界を創り出すアート作品です。額から恐竜や動物が飛び出したり、人が空中で逆さまに見えるなど、あたかもそこに本物が存在するが如く現実ではありえない世界を体験出来ます。本展は、実際に見て、写真も撮ってお楽しみいただける、体験型アート展覧会です」と書いてあって、写真撮影ができるというか、写真で見ないと面白くない作品が多いのです。 会場に着くと、チケットを買うのに50人ほどの列ができていました。約10分並んで、やっと入場。。。 入り口の「ごあいさつ」のパネルからもうトリックが使用されているのですが、誰も気にも留めずに絵画の作品のほうに進んでいました。私は写真を撮ってみたのですが、うまく撮れていなかったので、“没”・・・。 最初に、2009年に「兵庫県立美術館」で行われた「だまし絵」展や、「大阪市立科学館」の外に常設展示してある、歩きながら眺めると建物もいっしょに動いて見える作品がありました。 あとは、簡単に・・・。 白熊にかき氷をやってみたり・・・、 恐竜に食べられそうになったり・・・、 亀がキャンバスから飛び出して、胸元に近づいて来たり・・・、 小さいはずのものが巨大になったり・・・、 名作の絵画の女性に服を引っ張られたり・・・、 スノーボードでいきなり回転技ができたりしました。 いちばん面白かったのは、「鏡の部屋」です。 これって、会場にいても何も楽しくないんですよね。写真に撮って、あとで画像で見て、「おお~!」となります。 最後は、ギロチン台(?)で首を切られて、会場を出ました。 他にもたくさんの作品があったのですが、とにかく凄い混雑で、写真が思うように撮れなかったのと、‘別のデパートで同様の展覧会をしていて’、それも見に行く予定だった(笑)のとで、40分ほどで切り上げました。 続いて、「近鉄アート館」に行きました。
2012年01月03日
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毎年、正月が明けて2日は、西宮市の「大谷記念美術館」に行くのが‘恒例化’しています。 今までは1日の夜は弟の子どもが隣の両親の家に泊まるので、2日の午前中は相手をして、昼過ぎに弟が迎えに来て開放されて、飛んで行っていました。今年はそれがなかったので、のんびり起きて、午後から行って来ました。これで‘6年連続’になりました。 年明けは所蔵品を使った企画展をしています。今年は「新春によせて-近代の日本画・油彩画」というタイトルです。所蔵作品のうち目玉になるものはたぶん全部見たと思うので、新鮮味はないものの、無難な内容で、規模も大きくはないので、年明けにちょうどいい感じです。 テーマを大きく3つの分けて展示していましたが、展示室ごとではなくて、展示の都合などで多少の前後がありました。 最初のテーマは「1.描かれた容姿」は美人画・人物画などの人物を主題とした作品のほか、中国の仙人、羅漢、観音などの仏教に関する人物を描いた道釈画も含んだ展示になっていました。 1階の展示室は、長谷川昇の『少女と犬』から始まって、橋本関雪の『僊女』を除いて、小磯良平や梅原龍三郎らの油彩が並んでいました。 2階の最初の展示室は同じテーマの日本画でした。 石川晴彦の『母の像』は日本画ながら、デューラーやホルバインにひかれて細密描写を試みたというだけあって、非常に細かいところまで丁寧に描かれていました。 山下摩起の作品が3点ありましたが、そのうちの1点はキャンバスに油彩で、2点は紙本着色でした。前者は『西洋婦人像』、後者は『婦人図』と『観世音菩薩』で、モチーフによって技法を使い分けていました。 ほかには、伊東深水の『舞妓』、上村松園の『蛍』、菊池契月の『小町』などがありました。伊東深水の『吹雪』は上村松園の『牡丹雪』の一部をクローズ・アップしたような構図ですね。 2番めのテーマは「2.花鳥と静物」で、花鳥画・静物画・動物を主題とした作品などでした。「元来は虚無(ヴァニタス)の象徴として花束や死んだ鳥・動物描かれる静物画に対し、花鳥画は季節感のほか、吉祥などを表す」ので、まったく意味合いが違うんですね。確かに、西洋の静物画を見ていると重苦しい気分になることがあるのに対し、日本の花鳥画は逆に見ているうちに気分が軽くなっていきます。 2階の2番めの展示室に、菱田春草の『秋林遊鹿』、杉山寧の『雉山百合図』、濱田観の『白木蓮』などがありました。杉沼寧のタッチは、私が好きな上村松篁や石崎光瑤に共通する部分が感じられるので、ぜひまとめて作品を見てみたいと思っています。 また、ダリアを描いた油彩が3点並んでいました。梅原龍三郎『赤地ダリヤ』、児島善三郎の『ダリア』、鈴木信太郎の『ダリヤ』ですが、どれも写実的ではなくフォーヴなタッチで、いずれもふっくらした形の花瓶に生けられた花でした。ダリアを四角い花瓶に飾るのはセンスがないのかと思いました。 最後のテーマは「3.移ろう景色」で、これは「山水画・風景画など、風景を主題とした作品」と解釈してよさそうです。まとめて1階の最後の部屋にありました。 青山政吉の水彩画が2点ありました。そのうちの1点は富士を描いたもので、「マチエールや技法に関係なく、日本人は富士山を描くものなんだな」と思いました。私自信、最近は富士山が描かれた横山大観の絵を見て、奮い立つものがあるようになってきました。 日本画では川合玉堂の作品が4点あり、油彩では地元の大石輝一の作品が3点ありました。 最後は冨田渓仙の『淀城』でした。現存しない天守を想像で描いたものでしょうか。どことなくはかない感じが漂っていました。 はじめの頃は2時間以上かかっていたこの美術館の年始企画展ですが、去年・今年は1時間ちょっとで回るようになりました。今回もざっと8割は見たことがあるものでした。 建物を出て、外の庭をざっと1周しましたが、山茶花が咲いているほかは、蝋梅(ろうばい)の黄色いつぼみが膨らみ、いくつかが咲いていたほかは見るものはありませんでした。 敷地に入ってから出るまで、ちょうど1時間半でした。 きょうはきのうと打って変わって、冷たい風が吹く寒い1日でした。
2012年01月02日
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‘いつも’のように昼過ぎに隣の両親の家に弟の家族がやって来て、雑煮を食べておせちをついばんだあと、初詣に行きました。 何度か行った2つの神社はどちらも境内に入るまでに数十分並ばなければいけません。きょうは非常に暖かかったのですが、やはり並ぶのは‘しんどい’ということで、有名なところでなくてもいいから、「待ち時間ゼロ」で参拝できるところにしようということになりました。 私は「去年と同じ寺はどう?」と言ったのですが、何となく弟は嫌な様子。。。父は「今年もパスする」ということで、弟がちょっと考えて、「兵庫の大仏でも見に行くか?」と言いました。 父が行かないのなら、全員が車に乗れるので、あとは弟に任せました。私は「兵庫の大仏」は知っているだけで行ったことがなかったので、内心わくわくしました。(笑) 名前は「能福寺」で、天台宗の寺です。車の中では子どもたちとしゃべっていて、どこを通ったかわからないまま、到着しました。 姿は「胎蔵界大日如来坐像」で、奈良の「東大寺」、鎌倉の「高徳院」の大仏と並んで「日本三大仏」と呼ばれているそうです。高さが11メートルあります。 実際に見てみると、なかなか感慨深い気持ちになりました。 鎌倉の大仏は2009年8月に、奈良の大仏は(このブログを書くようになってからは)同じ年の11月に訪れたので、これで「日本三大仏」をすべて見た(拝んだ)ことになります。 そのまま帰る予定でしたが、せっかくだから「須磨寺」にも行こうということで向かいました。 こちらは寺の駐車場は長蛇の列で、近くの駐車場もいっぱいだったので、かなり離れたコイン・パーキングに車を止めて、そこから歩きました。 この寺も初めてでしたが、ちゃんと参道も伸びていて、思ったよりずっと立派でした。 山門をくぐって、子どもたちが鐘をついて、そのあと本堂をお参りしました。 おみくじを引いて、お守りも買って帰りましたが、車の中でみんな寝ていました。 家に戻って、全員ですき焼きをして食べました。 そのあとは、テレビを見たり、トランプをしたり、ゲームをしたりしました。 今年は下の子も両親の家に‘お泊り’せずに帰って行きました。 今年もこのブログをよろしくお願いします。m( _ _ )m
2012年01月01日
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