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続いて、「アートホール神戸」に行きました。 元町駅の南側は「神戸市立博物館」や「大丸ミュージアム」などへ行くときに通るのですが、北側はうろうろしたことがありませんでした。「兵庫県公館」も「アートホール神戸」も北側にあります。 「アートホール神戸」は改札から歩いて2分ぐらいのビルの中にある貸し展示スペースのようです。 そこできょうから「没後40年記念-日本画家・山下摩起展」をしています。 山下摩起という画家は西宮の「大谷記念美術館」に行くとよく展示してあるので名前を覚え、大阪の「四天王寺」の「五重塔」の内部壁画を描いた画家として知ってはいました。そして、何度か作品を見ていくうちに、去年あたりから意識するようになりました。 今回の展覧会のタイトルにわざわざ(?)「日本画家」という言葉が入っているのは、油彩を描いていた時期があったからでしょうか。 会場はオープンな1部屋だけで、「入場料が500円というのは少し高いなぁ・・・」と思いながら金を払って入りました。 作品はすべて「東丸記念財団」所蔵のもので、醤油の「ヒガシマル」の財団ですね。 展示されている作品は30点でしたが、制作年がわかっているのはわずか2点というのはどういうことでしょうか。 作品は大きく「風景画(山水画)」「仏画」「花鳥画」に分けて展示されていました。 はじめに水墨の風景画が3点あり、そのあとに仏画が並んでいました。 村上華岳の仏画も一目見ただけで華岳の作品だとわかる特徴がありますが、山下摩起の仏画も一目でわかるようになりました。 『観世音菩薩』が2点ありましたが、墨のほかにわずかに金泥を用いた簡素というか質素な感じの菩薩像で、仏像から受けるのとは異なる感覚で見ていました。勢いよく引いた線でのみ描かれた作品で、線描に寸分の狂いも許されないという点で書道と同じ要素が感じられました。それにしても、ほぼ完璧な直線や円はどうやって引いたのでしょうか。 如来や菩薩だけでなく、明王の絵が多いのもこの人の特徴ではないでしょうか。今回は『大威徳明王』と『不動明王』がありました。 大作の1つ、『阿弥陀如来』はまずサイズと作品の勢いに圧倒されました。でも、逆にじっくり見ていて、どこが頭で、それ以外の部分もどこがどうなっているのかわからないような、半分抽象画のような作品に戸惑ってしまいました。マチエールも、墨、金箔のほかに、コラージュとなっていて、ずいぶん現代的な技法で描かれていました。 山下摩起は1890年生まれで、「1928年から2年間、ヨーロッパに遊学し、伝統的な日本画描写はもちろんのこと、西洋絵画技法も修得した。コラージュやポスターカラーなど、それまで日本画制作では見られなかったテクニックや画材を積極的に取り入れ、模索を繰り返しながら仏画、風景画、花鳥画などに独自の世界を築いた」ということなので、このあたりがその作風の作品なのでしょう。 また、「摩起は、文展や帝展などいわゆる官展のみならず、反官展系とされる国展や独立展にも出品していている。こうしたことは当時としては珍しかった」ということで、「ヨーロッパからの帰国後に、まず、洋画で入選。しかし、1双の屏風の作品が、院展で一方が入選、一方が落選するという奇妙な結果になり、これを契機として、展覧会に合わせて作品を制作するという態度にも問題があると考え、以後、中央画壇への出品を取りやめてしまう」ことになります。 この「一方だけが入選した」のは『雪』(6曲1双)という作品で、西宮の「大谷記念美術館」で今月はじめに見たのですが、図録の解説に「折り重なる雪竹が徐々に密度を減らして簡潔にまとまるという構図の意図が理解されず、右隻のみの入選となった」と書いてあります。この展覧会(「日本画、その妙なる世界」)はまだしているので、興味があれば実際に行って確かめることができます。 次は花鳥画がまとめて展示してありました。私はこの人の典型的な花鳥画は初めて見たと思います。 『雪に群雀』は、雪の積もった笹の枝に群がって止まる雀たちの姿で、最後に数点あった軸装の作品は日本画らしくて落ち着いた感じがしました。 その手前にはわずかにグアシュの作品もありました。 落ち着いて鑑賞できるスペースというわけではなく、また、展示作品数も少なかったのは残念でしたが、30点とはいえまとめて作品が見られたのはよかったと思います。
2013年01月31日
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きょうは神戸の展覧会を2つ見ました。 メインはあとで行ったほうの「山下摩起展」だったのですが、これも単独ではわざわざ出かける気にならなかったので(^-^;)、近くで併せて見られる展覧会がないかさがしていて、「兵庫県公館」というところで地元の画家の小規模の展覧会を無料でしているのを見つけました。ここでは冬咲きのチューリップがちょうど今満開だということもあって、行く気になりました。 まず、日が傾く前に屋外のチューリップを見たいと思い、「兵庫県公館」に行きました。JRか阪神の元町駅から歩いて5分ほどです。 まず、道路の突き当たりに正門が見えました。 敷地に入ると、玄関までのアプローチの両サイドに鉢植えの赤いチューリップが満開状態でした。地植えしてあると思っていたので、ちょっと期待外れ・・・。 建物の中の展示品にこの建物の模型がありました。こんな感じの建物で、かつては兵庫県庁だったそうです。 「展示室7」で「納健展-ある風景シリーズ-陽と陰のアンサンブル」をしていました。 画家の詳しい紹介がなく、納(おさめ)健(たけし)は現在も神戸を中心に活躍している存命の画家ということでした。 作品のメインは外国の街角の風景のようで、画風は佐伯祐三とデュフィを足して2で割ったような感じでした。また、一部の作品は色彩が明るめのヴラマンクのような感じのものもありました。 今回初めて経験したのは、油彩と水彩がこれほどまで違わない画家を見たことがないということです。普通は言うまでもなく遠目で見ても、作品が油彩か水彩かはすぐにわかりますが、油彩が薄塗りというわけではなく、水彩が厚塗りのために、いわゆる水彩画の軽さがありません。しかも、一部の作品には水彩にヘラを使っていました。もちろんよく見れば、絵の具の質感や紙のたわみかたが油彩とは違うのですが、水彩でここまで‘重い’作品は初めて見ました。 絵の特徴は微妙な歪みにあるように思いました。通りにある建物が地面に対して垂直でなかったり、川に架かる橋の角度が歪(いびつ)だったりで、その意味で、具象画でありながら完全に写実でもない作風を醸し出しているような感じがしました。 2点だけ抽象画もありました。でも、抽象画に微妙に具体的なタイトルが付いていました。 作品を単独に撮影するのでなければ(=展示の様子を写すような感じなら)撮ってもいいということだったので、抽象作品2点を斜めから撮ってみました。左が『響』で、右が『流れ』です。 作品は展示室のほかに廊下(通路)に4点飾るような感じで展示されていました。それでも全部で15分で見終わってしまいました。 せっかくなので、他の公開されている部屋(資料展示室)も見て回りました。小ぶりの博物館のような展示です。 「伝統工芸展示室」では県内各地の伝統特産品が旧国ごとに紹介されていました。 「県出身の文化勲章受章者」がすべて紹介されているコーナーがありましたが、15人のうち画家は小磯良平と伊藤清永の2人だけでした。 目当てにして行った絵画の作品はわずか12点で物足りませんでしたが、併せて常設展示の部屋も回れたので、まずまず楽しめました。 続いて、徒歩数分の「アートホール神戸」に行きました。
2013年01月31日
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前回(4日前)、年に1度あるかどうか程度に調子よく泳げたのはやはり気持ちのいいもので、もう1つの趣味である美術鑑賞で美術館・博物館に出かけるのも億劫ではなくなるほどでした。(^-^;) きのうは、駅からちょっと距離がある2つの博物館に出かけても、歩くのが気分的に苦になりませんでした。でも、きのうトータルで歩いた時間が2時間近くと、博物館の中で立って見学していた時間が3時間ほどになり、さすがに脚が少し疲れました。。。 立って疲れた脚をどうにかしたいときは、水泳に決まっています。(笑)重力のない状態で横向きになって、脚を補助力として動かす(=クロールで泳ぐ)のは、疲れを増幅するのではなく、ほぐしてくれるような感じです。 前置きが長くなりましたが(^-^;)、もともときょうはプールに行く予定になっていた日でした。 平日の昼下がりにスポーツ・クラブに行くと、‘若いスポーツ好きの人が体を動かして汗を流している’のではなく、‘近所の年配の人たちが談笑に来ている’というイメージのほうが近く、きょうもプールの平均年齢は‘60歳’ぐらいだったと思います。病気自慢と孫の話は毎回ですが、この前は手術歴、また別の日には入れ歯の種類・・・、と将来役に立つような、聞きたくないような話が、周りから次から次へと聞こえてきます。きょうは、飲んでいる薬の数比べを聞きました。。。 そんなこんなで、はじめは思うように泳げない状態だったので、のんびりとアップをして、そのあと、イージーで「400M」泳ぎました。 ようやく混み具合がましになり、さらに、コース内は泳げる人だけになったので、最初のメニューであるプルの「3000M」をスタートしました。調子のいいときは、あとでするコンビの「3000M」よりプルのほうが速かったりするのですが、前回はプルは重かったので、きょうもなかなか調子が上向かないのをあまり気にせずに黙々と泳ぎました。可もなく不可もなくといった感じで泳ぎ終わりましたが、タイムはさっぱりでした。。。(cs:vd) さすがに前回が調子がよすぎて頑張ってしまったのと、きのうの歩き疲れが残っていて、きょうはいくら泳いでも欠伸(あくび)が止まらない状態でした。(^-^;) 休憩ののち、今度はコンビで「3000M」のつもりでスタートしました。 泳ぎ始めてすぐにときどきかち合う、私とほとんど同じ速さの男の人が入って来ました。調子の出ないときは私が前をときどき譲るのですが、きょうは10往復ほどしても、まったく差は変わりませんでした。 気の弱いときならあまりにも毎回同じところで擦れ違うのに‘気まずさ’を感じて無理にスピードを落とすのですが、きょうは‘頑張り’ました。つまり、私のほうがわずかにスピードを上げたのです。その後の10往復ほどで追い付いたので、その人はターンの際に前を譲ってくれました。前を譲られたら、迷惑にならないように直後はさらにスピードを上げることになります。それで一旦限界に近くなりましたが、再びまったく同じところで擦れ違う状態で泳ぎ続けました。30往復で止まらないということは、「1500M」以上泳ぐことを意味します。普通はあり得ないことなので、「いくら泳ぐんだろう・・・」と思いながら、差が縮まらないように泳ぎました。 さっきと同じ気持ちで、再び少しスピードを上げて、擦れ違う位置が変わるようにしました。また10往復ほどで追い付き、ターンの際に前を譲られました。 よくわかりませんでしたが、その人は4500Mぐらいで止まったような気がします。あるいは、5000Mまで行ったのかな・・・? 最後の数百メートルは、私は1人で泳ぐことになりました。・・・もちろん、他の人はコース内でそれぞれに泳いでいましたが。 泳ぎ終わってタイムを見ると、前回よりは40秒遅くなっていました。(cu:cd)それでも、2回続けて気持ちよく泳げました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):700M」「クロール・イージー:400M」「クロール・プル:3000M」「クロール・イージー:100M×4」「クロール・コンビ:3000M」「クロール・イージー:100M×3」「ダウン:200M」 ・・・トータル:8000M ダウンはできれば400Mぐらい泳ぎたいのですが、そうすると、合計で8000Mを超えることになって、さすがに疲れが心配なので、最後は200Mだけのんびりと泳いで、プールから上がりました。 前回も書きましたが、1回自転車にも乗っておかないと。。。
2013年01月30日
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姫路に移動して、「兵庫県立歴史博物館」に行きました。 今は、特別企画展として「姫路・城下町の祭礼-播磨国総社の三ツ山大祭-」というテーマで展示をしています。 この「三ツ山大祭」というのは播磨国(はりまのくに)総社で20年に1度しか行われない祭りだそうで、今年、つまり2013年が前回の1993年から20年ぶりに当たるということで、この展覧会が企画されたようです。ちなみに、今年の3月31日から4月7日にかけて行われる予定になっています。 この祭りの特徴というのか目を引くのが、神門の前に用意される、高さが18メートル、底部の直径が10メートルという大きな3つの「山」だそうで、祭りの名前はこの3つの山に由来しているということです。 この祭りのほかに、60年に1度という「一ツ山大祭」もあって、次回は2047年に行われるそうです。 つまり、「三ツ山大祭」は生きている間に3~4回見ることができ、「一ツ山大祭」は1度だけ見られる程度の祭りだということですね。 まず、「第1部.城下町の祭礼」の最初に「1.3つのお山」というコーナーがあり、「山」の10分の1の模型(?)がありました。10分の1でも、背の高い男ぐらいあるので、実物は見上げても全体は見えないと思います。模型といっても、それ自体が重要文化財に指定されていました。 あとで行った「常設展示室」にミニチュアのレプリカがありました。(常設展示室は撮影できます。) 模型の周りを1周してみると、形は左右対称なのですが、飾り(?)は表だけで、裏に回ってみると何もありませんでした。ちなみに、中は螺旋階段状に登れるようになっているようです。 「2.播磨国総社」からは資料展示でした。こういうコーナーは丁寧に見るかどうかによって、全体を回る時間がまったく変わります。私は適当に歩いて、気になったものだけを見て行きました。 「三ツ山大祭」と「一ツ山大祭」を行うのは、「射楯(いたて)兵主(ひょうず)神社」という神社で、「射楯大神と兵主大神を祭神とし、延喜武神名帳に登載されている由緒ある神社」だそうで、かつての姫路城の敷地内にあるということです。(・・・今は敷地の外に見えるところにある。) 「3.城下町の成立と中世の村」になると、まさに歴史でした。(ここは「歴史博物館」!) 「1600年の関が原の合戦を経て姫路城に入った池田輝政は、豊臣秀吉の姫路城を解体して新たに縄張りを行い、現在の姫路城を築城した。内堀、中堀、外堀という姫路城の枠組みは完成し、商人たちが住む所は中堀の南側に作られた」のだそうです。 江戸時代の姫路城を俯瞰したような図面がありました。 「4.城下町の賑わい」では、「1853年の三ツ山は前年にペリーが来航したために開催を1年遅らせて行われた」とありました。ペリーの来航は、それほど大きな出来事だったということですね。 祭りの様子を描いた屏風絵や、絵巻がありました。祭りを直接見たことがある人には楽しめそうでした。 絵だけでなく、文字でも祭りの様子は記録されていて、「見聞録」もありました。 「第2部.懐かしの三ツ山大祭」では、明治、大正、昭和の祭りのときの写真と絵葉書が並んでいました。 「1873年は藩主が不在であったこと、世情が不安定であったことなどを理由に翌年に行われた」ということなので、完全にきれいに20年ごとというわけではないようでした。さらに、このときは「三ツ山は作られたが、造り物や練り物、俄(にわか)、流しなどは行われなかった」そうです。 案内のパンフレットも、1928年の「一ツ山大祭」からカラーのものが出始め、種類の豊富さなどと合わせて考えると、いかにこの2つの祭りが姫路では伝統的で大切な祭りであるかがわかるような気がしました。 ここまで45分かかって見て、あとは常設展示をさらっと見ました。 常設展示室の1つに「祭りと芸能」という部屋があり、兵庫はかつての5つの国が線引きを変えてできた県だけあって、地域ごとに祭りの様子がまったく異なることがわかりました。 ここに上の画像の「三ツ山」のミニチュアがありました。 全体でちょうど1時間かかりました。 きょうは公立の博物館を2つ見て回りました。どちらも特別楽しいという感じではありませんでしたが、知らないことをいろいろと知ることができたという点では充実感が持てました。
2013年01月29日
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きょうは兵庫県内の2つの県立博物館を見て来ました。 1つは「兵庫県立考古博物館」で、もう1つは「兵庫県立歴史博物館」です。後者はこれまでに何度か行ったことがあり、特別展も常設展も見ていますが、前者は今回初めてになりました。 まず、「兵庫県立考古博物館」に行きました。この博物館は兵庫県の瀬戸内海側にあるのに、市ではなくて郡(加古郡播磨町)にあります。 行きかたを考えていたのですが、微妙に不便なところにあります。JRの「土山」駅から歩いて15分か、山陽電車の「播磨町」駅から歩いて25分かになります。どちらの駅も普通電車しか止まりません。私はどちらも利用したことがなく、このあとで行く姫路の「兵庫県立歴史博物館」が山陽電車の駅のほうが少し便利なので、「播磨町」駅から歩くことにしました。 実際に駅から歩くと、小さい川沿いに歩くだけで、車や人が多くないので、歩きやすかったです。また、博物館の案内サイトには「徒歩25分」と書いてありましたが、信号も1つもなく、実際には18分で着きました。さらに、博物館の近くまで行くと、展望台が見えてくるので、道に迷うようなこともありません。 あとでわかったのですが、「土山」駅からは旧別府鉄道の軌道を整備した道を歩いて行くことになるようです。また訪れることがあれば、そのルートで行ってみたいと思います。 博物館に着くと、建物が独特の形状でした。 建物の向こう側には展望台がありました。 展望台に登るのは無料なので、まず、そちらに行くことにしました。途中に太古の家屋を復元したレプリカがありました。中に入ることもできます。 塔はエレベーターで登れるようになっていました。 高くはないので、それほど見晴らしがいいわけではありません。おおよそ土山駅のほうだと思う方向にカメラを向けました。 階段で途中まで降りて、博物館の屋根の通路を通って、元のエントランスのほうに行きました。 この博物館は無料のゾーンが結構あります。 今は、企画展として「“ひょうごの遺跡”vol.5-調査研究速報-」というのをしています。 入館料を払って、まず、この企画展の部屋に入りました。 兵庫県はかつての国として「播磨」「摂津」「丹波」「淡路」「但馬」の国の全部か一部を併せて作られた県です。この博物館がある播磨町や、このあと行く姫路は、播磨になります。面白いのは、県庁所在都市の神戸が、おおよそ東半分は摂津で、西半分は播磨で、1つの市が2つの国にまたがっていることです。 ここでの展示は、その旧・国ごとに分けて、遺跡から出土したものを紹介するものでした。 「播磨」では、竪穴住居が密集して発見されたという長越遺跡(2~3世紀)から出土した土師器や甕、鉢等、また、家の形の埴輪も展示されていました。 他に、池ノ下遺跡、市之郷遺跡、加古川の坂元遺跡(6世紀)からの出土品が展示されていて、また、神戸(西区)の神出(かんで)遺跡(11~13世紀)からは時代が新しいこともあって、瓦や青磁器などの出土品もありました。 「摂津」では、三田の伊勢貝遺跡(4000年前)から出土した石の欠けらにしか見えない石器類が展示されていて、「古墳時代のオンドル付き竪穴住居が見つかった」とありました。 あとは、「丹波」の七日市遺跡(28000年前と2000年前)、東古佐遺跡(13~14世紀)、「淡路」の馬木遺跡、「但馬」の鳥居遺跡(2~3世紀)、加都遺跡(4世紀)などからの出土品が展示されていました。 これらのほかに速報として、朝来(あさご)の喜多垣遺跡(8~12世紀)から出土した杯、淡路の田井A遺跡(8・13世紀)からの甕、佐用の平福御殿屋敷跡からの鬼瓦などがありました。 正直言って、‘マニアック’な展示でした。(^-^;) 続いて、常設展示室(「テーマ展示室」)に行きました。音声ガイドが無料で借りられるということだったので、借りました。 ここは、「『人』、『環境』、『社会』、『交流』の4つのテーマを通じて“ひょうご”の昔を謎解く」というコーナーでした。ここは写真撮影が可能でした。 「人」のコーナーでは、「昔の兵庫人」として弥生時代から始まるのですが、他の博物館と違って人骨や埋葬の様子が続いていました。 壁には身長を紹介する男の絵があって、縄文時代は158cm、弥生時代は161.7cm、中世人は159cm、近世人は155cm、そして、現代人は170cmとなっていました。時代の流れとともに徐々に背が高くなったのではないことがわかります。 「環境」のコーナーの最初には人とナウマン像の実物大の模型があって、音声ガイドで「ぬかるみに脚を取られたナウマンゾウを襲う旧石器時代の人たちの様子です。ゾウも最後の抵抗であがき、慣れない若者は怖気づいて逃げてしまいました」と言って、コーナーの外に置かれている模型が1体ありました。(笑)・・・画像の左端に写っています。 他に、食べていたものの例として、トチ、クリ、オニグルミ、イチイガシの実があって、これは触れるようになっていました。 奥には弥生時代の農耕の様子(玉津田中遺跡)が再現されていました。 「社会」のコーナーでは、国の成り立ちとして、戦(いくさ)の道具が展示されていました。戦うと聞くと、攻めるほうの道具しか思い浮かびませんが、ここでは自分を守る道具がたくさん紹介されていました。 兵庫県内の古墳はほとんどが前方後円墳で、他にはわずかに円墳がある程度だそうです。いちばん大きいものは「五色塚古墳」で、「神戸市立博物館」に詳しい紹介のコーナーがあったことを思い出しました。 「交流」のコーナーでは、「石器や土器の材料は、香川、徳島、大阪、新潟などから来た」ということで、陸路、海路ともに利用されていたことがわかります。 「大和田の泊(とまり)」の様子を再現した実物大模型がありました。 最後は、江戸時代のキセルやタイルの紹介で終わりました。 特に楽しいとは思いませんでしたが、これまで訪れた博物館の‘通り一遍’の展示とは少し違ったアプローチがされていて、その意味では面白かったです。 他に、主に子どもを対象とした発掘体験広場などもあり、無料ゾーンも含めると、ちょうど1時間かかりました。 続いて、姫路の「兵庫県立歴史博物館」に行きました。
2013年01月29日
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続いて、「京都国立博物館」に行きました。 ここでは特別展会場で2つの異なる特別展(企画展)をしています。1つの展覧会では展示するものが足りないようです。 メインは「「国宝十二天像と密教法会の世界」で、もう1つは「成立800年記念・方丈記」という展覧会です。 まず、会場は「国宝十二天像と密教法会の世界」の「第1部.国宝十二天像と後七日御修法」の「第1章.国宝十二天像」から始まりました。・・・こんなややこしい章立て、見たことない。。。(笑) 「後七日修法」というは、「宮中における天皇の安泰と国家の鎮護を祈る修会」のことで、真言宗において行われるものだそうです。「1123年に火災により二大尊像と十二天像は消失し、その後、直ちに朝廷の命により新調された。最初にかいたものは後鳥羽院から『蔬荒』と批判され、描き直した」そうで、今回はその十二天像(1127年制作)がすべて展示されていました。 「閻魔王」、「火天」、「帝釈天」、「伊舎那天」、「毘沙門天」、「梵天」、「地天」、「月天」、「日天」、「風天」、「水天」、「羅刹天」の順に、それぞれが両脇に侍像を従えた姿で描かれていました。正直言って、「十二天」ということばはよく耳にしますが、半分以上は聞いたことのない名前でした。。。そして、個別の説明がなかったので、知らない天像についてはわからないまま先に進むことになりました。 「第2章.空海帰朝」では、「804年に遣唐使に従って唐に渡り、密教を学んで、3年後に帰国した」空海に関する展示でした。 2種類の『弘法大師像』があり、そのうちの1つは「互御影(たがいのみえい)」という、右に五鈷杵、左手に数珠を持った姿で、もう1つは「秘鍵大師像」でした。 『求聞(ぐもん)持虚空蔵菩薩像』や、菩薩のような姿の『孔雀明王像』がありました。 「第3章.後七日御修法のはじまり」では、「空海は帰国後、嵯峨親王の信任を受け、高野山金剛峯寺を開創し、真言宗の地位を確立した」ということで、国宝の十二天像(平安時代、西大寺蔵)のうち、「火天」と「帝釈天」と「閻魔天」が動物に乗った姿で描かれた軸絵が展示されていました。 「第4章.後七日御修法の荘厳」で、「荘厳とは、飾り付けの意味の仏教用語で、密教の法会で煩悩を打ち砕くという意味合いがある」という説明に続いて、大阪の久米田寺の『両界曼荼羅』が展示されていました。 他には、密教の法具類があり、左右に分割できる「割五鈷杵」がありました。 最後の「第5章.後七日御修会のあゆみ」では、「一旦劣えた後七日御修会が王寺をはじめとする真言宗の努力によって場所を東寺灌頂院に移して明治16年に再興され、今日なお旧儀を連綿と伝えている」との説明がありました。 続いて、「第2部.灌頂とその荘厳」に移り、「山水(せんずい)屏風」と、今度は「十二天屏風」が延々といった感じで展示されていました。。。屏風はいずれも「6曲1双」仕立てでした。 一部の法具のほかは、天像と文書の展示の繰り返しで、だんだん食傷気味になっていきました・・・。やはり如来や菩薩に比べると、天像は名前すら知らないものが多くて、興味が最後まで続きませんでした。。。 それでもここまでちょうど1時間かかりました。 最後の2つの展示室は、「成立800年記念・方丈記」の展示でした。 メインの展示物は『方丈記』の「大福寺写本」だと思います。現存する最古の写本だそうです。 表記は、片仮名と漢字が混ぜて書かれており、「ユク河ノナカレハタエスシテ、シカモゝトノ水ニアラス」となっていました。まだ男が平仮名を‘馬鹿にして’使っていなかった時代でしょう。 最後の展示室に『阿弥陀四尊来迎図』なるものがありました。普通の「阿弥陀三尊」に地蔵菩薩を加えたもので、阿弥陀尊の向かって右脇に少し小さく描かれていました。 最後は、国宝の『餓鬼草子』があり、ゆっくり歩きながら端まで見て行きました。 「方丈記」の展示は10分ほどで見て、会場を出ました。 いつも博物館の敷地の外に展覧会案内の巨大なパネルを設置しているのに今回はなかったし、売られていた図録には大量の誤植があり、しかも、カラー図版まで差し替えが入っている状況で、あまり力を入れずに準備した感が否めませんでした。 天像に興味があれば楽しめたのかもしれませんが、如来好きの私には後半‘苦しい’展覧会でした。。。
2013年01月27日
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きょうは京都市内の展覧会を2つ見ました。本当はきのう予定していたのですが、天気予報で「きょうはこの冬いちばんの寒さ」と言っていたので、きょうに替えました。・・・きょうもすごく寒くて、あまり意味がなかった感じですが。。。 まず、きょうが会期最後の「第5回・京都日本画新展」を見ました。「美術館『えき』KYOTO」で開催されていて、入場は無料です。私はこの展覧会は去年初めて見たので、今年が2回めです。 「京都日本画新展」は、「京都を中心に活動している若い日本画家たちの新たな発表の場として創設されたもの」だそうで、今回は「選考委員から推薦を受けた20から40歳代までの38作家の清新な作品を一堂に展覧」するものとなっています。 まず、書いてしまうと、チラシを見ても知っている名前が1つとしてなかったので、さらっと見る程度にしようと思いました。実際に作品には一切の解説や作者のことば等が添えられていないので、絵を見ていくだけなら「日展」と同じで時間がかかりません。 会場に入ってすぐのところにあった宇都大志の『生きる』は菊の花の絵でしたが、板に直接描いてありました。油彩ならときどき見かけますが、日本画で絹本でも紙本でもないものは初めて見たと思います。枯れかけた葉の茶色くなりつつある部分を薄塗りで板の色と模様が出るように描かれていました。私はこれは悪くない斬新な発想だと思いました。 優秀賞を取っていた上岡奈苗の『冬のあじさい』はどういうテーマなのかわからなかったし、大賞の三橋卓の『room』に至っては、タイトルが英語で絵は‘何か’が置いてある机とカーテンレールだろうと思われるものにハンガーで吊るしてある衣服をピントをぼかして描いたような作品で、「何が評価されたのだろうか」と思いました。やはり選者の寸評か、描いた本人のコメントぐらいはあったほうが助かります。 それより私の興味を惹いたのは、いわゆる伝統的な日本画らしい作品でした。 まず、幸田史香の『花日和』。庭と思われる場所を無背景に塗りつぶして、猫とすずめを配置して絹本に描かれています。すずめは猫から植物の陰になって見えにくいところにいます。ただ、ここまではいいのですが、何本か描かれている植物がすべてクリスマスローズだというあたりが現代でしょうか。それでも、今回の作品の中でいちばん気に入りました。 続いては、藤原裕之の『幽淵』。意味がよくわかりませんでしたが、英題を見ると、「Stillness and Depth」。水中の魚だということは見てすぐにわかったので、日本画だという前提で見て、はじめは池の中の鯉だと思いました。でも、近くで見ると、鯉とは違う感じがしました。そして、水に流れがあるように描かれています。しばらく見て考えて、その魚が鮭だと気が付きました。川を遡上している鮭たちの様子でしょうか。 そして、5人の評議員のうちの1人である村田茂樹の『芙蓉図』。使う色を控えめにした感じで、タイトルどおり芙蓉の低木2本が並んで白い花を咲かせている絵でした。無背景で奥行きのない、すべての無駄を省いた静謐な感じのする作品でした。 あえてもう1人挙げるとすれば、同じく評議員のうちの1人である大野俊明の『月影』。海の前の松林を小野竹喬そっくりのタッチで描いていました。 「日展」の日本画と違い、絹本に描かれたものが数点あったのがむしろ新鮮でした。 上に書いた作品以外は「日展」で見るような‘今’の日本画で、私にはよさがわかりませんでした。私がいいと思った作品は賞を取っていないわけです。。。 さらっと20分で見終わり、このあとは「京都国立博物館」に行きました。
2013年01月27日
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今週末の土日も、1日は水泳、1日は美術展という過ごしかたをすることは前から決めていたのですが、展覧会の会期が日曜が最終日となっているので、今回はいつもと逆の順序で、土曜日に展覧会に行って、日曜日にプールで泳ぐつもりでした。 ところが、きのうの夜から「あしたは泳ぎに行きたい!」という気持ちが強く、それと、きょうはこの冬いちばんの寒さだとかで、駅から美術館(正確には博物館)まで歩くのが‘辛い’ような気がして、結局、‘いつも’の順番で行うことにしました。・・・これほど「泳ぎに行きたい!」という気持ちが出るのは珍しいことです。。。 それでも、やはりきょうの寒さは強烈で、さらに風も強く、スポーツ・クラブに向かいながら、「きょうは美術館に出向かなくてよかった」と思いつつ、「この寒さの中、室内とはいえ、プールで泳ごうというのも変わってるのかも・・・」と思いました。 プールに着くと、いつもより人が少なく、「寒い日はプールがすいている」というジンクスのようなものが当たりました。 自分の体も寒さで固まっているので、気持ち多めのアップをいつもよりはスピードを上げて泳ぎました。 ちょうどアップが終わったときに、プールがさらにすいたので、まず、プルで「3000M」を泳ごうと思いました。 はじめは肩が硬かったものの、1500Mを過ぎた頃から調子よく動くようになりました。 泳ぎ終わってみると、タイムは平凡なものでした。(cq:th) イージーを挟んで、そのあとは前回「800M」で止まってしまったコンビの「3000M」を泳ごうと思いました。 プルとコンビでそれぞれ「3000M」泳ぐのを“フル・メニュー”と呼んでいます。(笑)きょうできれば、“フル・メニュー”は今年2回めになります。 泳ぎ始めはプルの疲れが残っていて、肩はよく動くもののだるい感じがしました。それでも、ときどきペース・クロックに目をやると、プルのときより速く泳げているのがわかりました。プルとコンビのタイムが違うのは当たり前だと思うかもしれませんが、距離が長ければ長いほど、タイムの差はなくなります。なくなるどころか、プルのほうが速いこともあるほどです。 きょうはそれがなく、ここしばらくはなかった調子で泳げました。 1500Mのターンの際にタイムを見ると、単純にその2倍だと、一応、自分で合格点が付けられるタイムでした。それで、疲れてはいましたが、残りの1500Mも同じペースで泳ぎ切りたいと思いました。 私はもともと「後半型」だと思っているのですが、この2年ほど、前半で疲れてしまうことが出てきました。。。それで、きょうも「後半はむしろタイムが落ちるだろうな・・・」と思いながら泳いでいたのですが、ひさしぶりに後半に入って一段と肩がよく動くようになりました。 手や腕がすっと伸びて、水中ではうまく水をキャッチできて、悪くないフォームで泳げたと思います。「ベスト・タイムは無理としても、かなりの好タイムかも・・・」と期待しながら、終わりが近づくほどペースも上げて泳ぎ切ることができました。タイムは期待したほどではありませんでしたが、去年のベストよりいいタイムで、前半より後半のほうが1分近く速く泳げていました。(cu:dd) ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):700M」「クロール・プル:3000M」「クロール・イージー:100M×4」「クロール・コンビ:3000M」「クロール・イージー:100M×5」「ダウン:400M」 ・・・トータル:8000M これほど気分的にもすっきりと、そして、タイムもコンビのほうは満足の行く泳ぎができることは、年に1回あるかどうかです。さすがに、ずっと前から決めていた予定を変更させてまで泳ぎに行かせた分、体がよく動いてくれたと思います。(笑) きょうは土曜日だったものの、夕方はずっとプールは閑散としていて、人のことをほとんど気にせずに泳げたことも影響していると思います。 寒さで体調を崩さないように気をつけるとともに、2月に自転車旅行を計画していて、水泳とは違う疲れかたをするので、また少し自転車に乗っておかないといけないと思っています。水泳でついた持久力が、交通の不便な美術館に自転車を数時間走らせて行くのに役に立つとは、考えてもみませんでした。 ある程度の寒さは大丈夫ですが、自転車旅行は天気と風に大きく影響されるので、行きたいと思っている日が穏やかな天候になってくれるとうれしいのですが。。。
2013年01月26日
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きょうは仕事がオフだったのですが、明日は早出の日で5時前に起きないといけないので、何をして過ごすか決めかねていました。 きのう、職場で知り合いが重度のインフルエンザにかかったという人の近くに2時間ほどいたので、何となく間接的にウィルスをうつされたのではないかと気になっていました。(^-^;)家に帰ってから何となく体が重く感じられ、まず念入りにうがいをし、目には殺菌目薬を差しておきました。また、万が一のことを考えて、個人輸入で買ってある「タミフル」を服用しておきました。 きょうもブランチのあとで「タミフル」を服用しておきましたが、安心し切れませんでした。 そのとき思ったのが、インフルエンザのウィルスは熱に弱いので、汗を掻くほど体を温めればいいだろうということでした。ということで、気分は乗らなかったのですが、プールに行って泳ぐことにしました。 きょうは‘いつも’ほどは泳がないことにして、プルで「1500M」とコンビで「3000M」を泳いでさっさと帰ろうと思いました。 プールに着いたときは、混んではいなかったものの、泳力の異なる人が各コースに混在している状態で、アップをしながら様子を見ました。 住宅街の平日の昼下がりのスポーツ・クラブって、本当に「老人クラブ」のような感じです。あちらこちらで数人単位の談笑の輪ができ、ときどき響き渡るような笑い声が聞こえます。近くにいる人たちの話題は、主に‘病気の自慢’と‘孫の世話’で、きょうはこれに加えて詳細な“入れ歯の種類”の話を聞きました。。。 話を聞いているだけで不健康になりそうだったので、当初は予定になかった潜行をして時間を潰し、わずかに人が減ったところで、プルで「1500M」泳ぐつもりでスタートしました。 何度も前の人に追い付きましたが、たいていはターンの際に前を譲ってくれたので、泳ぎに大きくは影響しなかったと思います。・・・途中で、25Mに1分半ほどかかる人が入ってきたときには、どうなることかと心配しましたが、監視員が声をかけて、「ゆっくり短く」のコースに移動するように言ってくれたようで、すぐにいなくなりました。 やや遅めのスピードで泳いだために30往復が終わりに近づいてきたときもあまり疲れていなかったし、コース内には私より遅い人しかいなかったので、そのままプルで「3000M」泳ぐことにしました。・・・泳ぐ距離がその場で2倍になっても泳ぐことができるあたりが、‘素人’ですよね。。。 「3000M」泳ぎ終わって、タイムを確認しましたが、「10000M」の練習の際の3000Mのラップと同じぐらいでした。(cs:vc) 少し休憩して、コンビで泳ぐのは「1500M」にしようと思ったのですが、コース内はさっきとまったく逆の状況になっていました。つまり、コース内にいる人が全員私より速い人になっていたのです。それで、今度ははじめから速めにスピードで泳ぎました。 ところが、案の定、すぐに疲れてしまいました。泳ぎながら、「スピードを落として『3000M』を泳ぎ切る」か、「『800M』でやめる」かの選択を考えました。 きょうは何となく体がだるかったし、最初のプルが「3000M」になったし、「きょうは明日に疲れを持ち越すわけにはいかない」という判断が強く働いたので、「800M」で止まることにしました。 数えるほどしかありませんが、「3000M」を‘50分以内’で泳げたときは、1メートルを1秒以下で泳いだことになります。それで、疲れているとはいえ、「800M」ならそのぐらいのスピードで泳ぎたいと思ったのですが、疲れのほうが勝ってしまいました・・・。 それでも、そのあとのイージーとダウンを併せて、ちょうど6000M泳ぎました。 泳ぐのはそれまでの準備が結構大変なので、体調が完全でないときや気が向かないときは、とろとろと準備をします。でも、プールに行って泳ぎ始めると、気持ちがよくて、つい泳ぎ過ぎてしまいます。自転車にまたがったときも、たまについ遠出をしてしまうことがありますが、職場に行ったときにはつい仕事をしてしまうことはありません。(笑)仕事では‘過労’にならないよう、常にセーブする心が働きます。きょうは泳ぐほうでもセーブする心が働きました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):900M」「潜行(2種):25M×2、帰りはクロール」「クロール・プル:3000M」「クロール・イージー:100M×4」「クロール・プル:800M」「クロール・イージー:100M×4」「ダウン:400M」 ・・・トータル:6000M トータルで6000M程度しか泳がなかったときは、プールから上がるときも、家に帰ってからも、あまり疲れた感じがしないのですが、きょうは力いっぱいの「800M」の泳ぎのためか、いつもと変わらないぐらい‘憔悴’してしまいました。。。今、「800M」というと、中距離的な感じなので、体にとっては慣れないことをした感覚なのだと思います。 ・・・あした、筋肉痛がするだろうなぁ。。。
2013年01月23日
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ようやく寝違い的な左首筋の痛みも治まり、珍しく(?)まあまあよく寝られたので、きょうはプールで少し゜しんどい’ことでもしてみようかと思いました。 いつも1度プールに行くと、合計距離だけは長く泳ぐのですが、その内容はそれほど‘苦しい’ものではありません。まあ、見る人によっては、あるいは、昔の自分自身から見たら、どんな内容であれ、何千メートルも泳ぐというのは大変なことになるとは思います。泳げなかったときの私は数百メートルを続けて泳ぐ人を見て、「きっと普通の人とは体の構造が違っているのだろう・・・」とまじめに考えていたほどです。 それが今では長い距離を続けて泳ぐのは楽で、短距離を時間を決めて何本も泳ぐほうが大変になってしまいました。 きょうはそんなことをするのではなく、いつ以来か思い出せないほどひさしぶりにプルで「3000M」を泳ごうと思いました。一応、私のフル・メニューは、プルとコンビでそれぞれ「3000M」ずつということになっています。(・・・誰が決めたのか?) 帰ってから調べてみると、プルとコンビでそれぞれ「3000M」泳いだ直近は、去年の7月14日のようでした。(^-^;)・・・つまり、ちょうど半年ぶりかぁ。。。 プールに着いたときには、混んではいなかったものの泳力の異なる人がぱらぱらと泳いでいたので、アップの後もイージーで泳ぎながら様子を見ました。 その後、一旦人が減ったときに、プル・ブイを脚に挟んで壁を蹴り出しました。 ‘懐かしい’感触でした。(笑) でも、最近、「6000M」を泳ぐときに、ときどき最後になって急に左肩に力が入らなくなって泳ぎが崩壊するので、はじめはペースを落として泳ぎました。コンビのときはキックでも進めますが、プルのときはそういうわけには行きません。。。 1000Mを過ぎても大丈夫そうだったので、少しペースを上げました。その後も問題なく泳げたので、最後の200Mぐらいはほぼ全速力で泳ぎました。 タイムはコンビの「6000M」の半分プラス1分といった感じでした。(cc:dh) 最近、同じ6000Mを泳ぐのに、プルとコンビで3000Mずつにせず、コンビで一気に「6000M」泳ぐ最大の理由は、そのほうが時間がかからないからです。プルで泳ぎ終わった後、どうしてもある程度の休憩が必要なので、一気に泳いでしまったほうが早く終わります。それと、続けて泳いだほうが楽だという理由もあります。 きょうは特に久しぶりだったので、方が熱くなっていました。 しばらく休憩した後、今度はコンビの「3000M」をスタートしました。やはりといった感じで、プルの疲れがどうしても残っていました。スピードも思ったように出ず、いつもよりわずかにキックに頼るような泳ぎになってしまいました。 最後の400Mぐらいになったときに、トライアスロンをしているらしい人が入って来て、私よりはるかに速いスピードで長距離を泳ぎ始めました。疲れがピークに達しているときにかち合ったので、止まることも考えましたが、最後まで‘泳がせてもらいました’。タイムはごく平凡でした。(cq:qc) イージーを泳いでいるうちに、プールはみるみる混んできたので、「ゆっくり長く」のコースに移って、ダウンを泳いで、トータル8000Mにしました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」「クロール・イージー:100M×3」「クロール・イージー:400M」「クロール・コンビ:6000M」「クロール・イージー:100M×3」「ダウン:400M」 ・・・トータル:8000M きょうは「3000M」を2本という格好になりましたが、長距離を泳ぐのに慣れると、他の持久力系の行動にもいい影響を与えてくれるので、うれしいです。「他の持久力系の行動」というのは、今の私にはとりもなおさず自転車になりますが、年に数回の長距離ライドでも、体が覚えていてくれるようになりました。 「しまなみ海道」と「とびしま海道」がメインですが、去年は「高松←→丸亀(往復)」、「淡路島1周」、「小豆島1周」、「新居浜←→今治(往復)」なども走って、少しずつ自転車用の体力も付いたと思います。「しまなみ海道」にはまた行くつもりですが、どこか新しいところも‘開発’したいと思っています。私の場合は、距離は長くてもいいから坂のない道を走りたいのです。まあ、来月、ほぼ決めた旅行があるのですが。。。 私の場合は、泳ぐのはそれ自体が楽しいのですが、自転車は走るだけでは乗る気になれません。どこかへ行く手段にならないと、気が乗りません。その「どこか」が美術館であれば、文句はありません。(笑) 片道70kmほどで、帰りはルートを途中から変えるだけで、5つの美術館と2つの博物館に行ける平坦なルートがあることを知りました。それで、先日、ほぼ予定を固めました。実行したら、日記に書きたいと思います。
2013年01月19日
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続いて、神戸・元町の 「大丸」神戸店に行って、「大丸ミュージアム」に入りました。ここはひさしぶりになりました。 ここでは「歌川国芳展~奇想の浮世絵師による江戸案内~」という展覧会をしています。 毎回書きますが、デパートの中の会場としては、コイン・ロッカーもあり、天井も高く、バーゲン会場のフロアではないので、落ち着いて鑑賞できます。 まず、「1.花のお江戸のファッション・グルメ」というコーナーから始まりました。 「幕府が町人の奢侈(しゃし)を禁じていたため、縞や小紋などが流行し、染め色も多様化した」ということで、限られた条件の下でおしゃれを楽しもうとした様子が紹介されていました。 木版で着物姿の女性や、町人や花魁(おいらん)を描き、様々な柄と色が使われていました。 男もおしゃれを楽しみ、「伊達男」が登場していました。 これら以外には、歌舞伎や狂言の衣装を描いたものもあり、さらに、化粧をしている姿やものを食べているところを描いたものもありました。 「2.季節を楽しむ江戸っ子のレジャー」では、花見、花火、夕涼み、雪遊びなどの様子を描いたものや、川遊び、すもう、戦ごっこをする子どもたちだけを描いたものもありました。目を向ける対象が大人の男だけでなく、女性や子どもにもしっかりと向けられていました。 隅田川の船から見る花火や品川での紅葉狩りの様子が、「木版でよくもこれだけ細かく再現できたなあ」と思うほど見事に描かれていました。 後の伊東深水や上村松園らが参考にしたのではないかと思う構図の『雪中傘持つ女』がありました。 「3.国芳の江戸散歩」では「風景画を通して見る江戸の名所」ということで、西洋画法を学んだ国芳の風景画が並んでいました。 筑波山、隅田川、浅草、霞ケ関などが、スナップ写真のように描かれていましたが、浅草や霞ケ関は完全に“ど田舎”でした。(笑) 「4.江戸のコミカル・ワールド」は、いわゆる「戯画」のコーナーでした。 「天保の改革によって、役者絵、遊女、芸者、風俗の絵が禁止されたことは、かえって国芳の縦横無尽な発想を生むことになった」ということです。以前、「芸術は貧しさの中から生まれる」ということばを聞いたことがあるのですが、共通する部分を感じました。何でも自由で満たされすぎていると、創作意欲は湧いてこないのかもしれません。 ここはある意味、国芳らしさが溢れていました。動物のほか、化け物や福神までがコミカルなタッチで描かれていました。 12の干支で作った老人の顔(『年が寄っても若い人だ』)や、裸の男を寄せ集めて作った顔(『人をばかにした人だ』)といった有名な作品があり、いちばんの人だかりができていました。 面白かったのは、きつねたちが化ける稽古をしているところを描いた絵でした。(笑)きつねも練習しなければ、他のものに化けることはできないんですね。 最後は「5.英雄たちの大冒険」でした。江戸ではやった「冒険奇談」をもとに、超人的な活躍を繰り広げる英雄たちを描いていました。 木版画ばかりで作品が小さいために目の前で見ないと何が描かれているのかわからないのが欠点で、また、展示作品数が120点もあり、少し疲れてしまいました。内容が豊富だったのでまずまず楽しめましたが、浮世絵は版画なので、まとめて大量に見ていると、最後のほうはだんだん飽きてしまうんですよね。。。 でも、相変わらず見やすい環境でよかったと思います。展覧会のタイトルに「江戸案内」とありますが、江戸という町と、江戸という時代の両方の様子が垣間見られたと思います。
2013年01月18日
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きょうは大阪と神戸のデパートで行われている展覧会を1つずつ見ました。 まず、「高島屋」大阪店のグランドホールに行きました。ここでは「山本高樹・昭和幻風景ジオラマ展」をしています。 展覧会のタイトルが示すように、今では見られなくなった昭和の時代の風景を絵画や彫刻ではなく、ジオラマで再現したものが展示されています。ただ、可能な限り忠実に再現したものではなく、現実を基にしながらも作家自身が想像を加えて制作したものだそうです。残念ながら会場内は写真撮影は禁止されていました。・・・こういう展覧会は撮影をOKにしたほうが客が呼べると思うんだけどなぁ。。。 会場に入ってすぐのところに、大阪の通天閣のジオラマがあり、みんなそれぞれに歓声を上げながら見ていました。 でも、関西のものはこれだけで、あとは「東京幻風景」ということで、「まぼろし」と「原風景」をかけて制作したものが続きました。 『凌雲閣』は浅草にあった塔の名前で、私は去年の「大阪歴史博物館」で行われた「ザ・タワー~都市と塔のものがたり~」」という展覧会で知りました。そのときは写真で見ただけだったのですが、今回は‘レプリカ’だったので、様子がよくわかりました。 この塔は関東大震災で壊滅的な損傷があり、失われたということです。 煉瓦造りの建物だったようですが、今回のレプリカは煉瓦の模様が描いてあるのか、小さい紙を貼ったのかが、至近距離で見てもわかりませんでした。美術的価値は置いておいて、作業の細かさは大変なものです。 このあとは、有楽町界隈の賑わいや、浅草の縁日などが再現されていましたが、作品によって縮尺がまったく異なります。これは作品をある程度同じサイズにそろえるためだと思いますが、並んでいる作品同士の縮尺が極端に変わると、一瞬、人の大きさの違いに戸惑いました。 「懐かしき日々」では、『トロコ風呂』といった言葉(言いかた)までが‘懐かしい’作品もありました。・・・よく「展示禁止」にならなかったなぁ。。。 そのあとに、『梅ちゃん先生の町』がありました。私は見ていなかったのでよくしりませんが、NHKの朝の連続ドラマのオープニングで毎朝流れていたものだということでした。 最後は、「懐かしの情景」というテーマで、今はもうなくなってしまった建造物のジオラマでした。 熊本の『光幼稚園』の校舎や、長野の『冬支度』では個人の家に大根を干す習慣があったことの再現のほかにも、いろいろありましたが、関西のものがないことも相まって、いまいち楽しいとは思えませんでした。 35分ほどで会場を出て、神戸に向かいました。 以前は大阪の難波と神戸の三宮や元町というと、移動が若干大変で交通費もかかりましたが、今は阪神電車1本で移動できるので、楽になりました。
2013年01月18日
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芦屋に移動して、「芦屋市立美術博物館」に行きました。 ここでは所蔵作品を使った企画展示、「ザ・コレクション-具体躍進」という展覧会をしています。 この美術館は、リーダーだった吉原治良をはじめ、「具体美術協会」に所属していた画家の作品を結構所蔵しているようで、今回はそれらを紹介するものでした。 セクションは、「Early Members of GUTAI」、「New Members of GUTAI from the early 60’s」、「New Members of GUTAI from the late 60’s」の3つに分けられているようでしたが、1階にイントロダクションのような格好で、この3つのセクションを代表するような作品が数点ずつ展示されていました。いきなりここから何を見ているのかわからない状態になりました。 つまり、端的に言えば、グループの名前は「具体」でありながら、作品は抽象的です。一部に形ぐらいは見受けられるものの、多くは無造作に線が引いてあったり、色が塗られていたりにしか見えません。 2階の展示室で、3つのセクションに従っていろいろな作家の展示がされていましたが、解説がほとんどないので、よくわかりませんでした。 まず、通路では「芦屋の画塾/アトリエ」ということで、吉原治良の作品から始まったのですが、初期は具象画でした。『土瓶と魚類』というタイトルが示すように、机の上に魚やカニが置いてある絵でした。 その次は『手と朝顔』という作品でしたが、画風よりもこの組み合わせの意味のなさ(「デペイズマン」)がちょっとした作品のようでした。 1951年の『夜・鳥・猟人』になると、ミロの平面的な作品のような感じになり、かなり抽象的になっていました。 見たことがなく説明のしようがない画風の井上覚造の『失われてゆく時』は、シュールでもあり、小磯良平のような感じでもあり・・・。 展示室に入ると、「Early Members of GUTAI」のコーナーに吉原治良の作品がありましたが、まったく見た目の異なる作品にすべて『作品』というタイトルが付いていました。「作品」とか「無題」というのは、抽象画の世界ですね。 マチエールにマッチ棒を使った上前智裕、ウレタンを使った吉田稔郎らの作品は、作品に顔を近づけてそのマチエールがわかれば、誰の作品かわかります。 田中敦子の作品の横には本人のことばとして、「新しく発表する美術作品は、現在数多くある作品に異なった新しい美を表現していかなければならない。既に展示された美を、再び繰り返して提出することは、職人的な手仕事の類であって、美術を行おうとする者は、未だに提示されていない美を発見し、定着することが責任であると思う」と書いてありました。・・・なるほどね~、職人と画家の違いかぁ。。。 「New Members of GUTAI from the early 60’s」のコーナーには、ボンドをマチエールにした松谷武判の作品がありました。この人もよく気を付けていたら、結構あちらこちらの美術館に作品がありますね。 「New Members of GUTAI from the late 60’s」のコーナーには、坂本昌也、今井祝雄らの作品がありました。 この美術館の展覧会は特にいいと思ったことはありませんが、逆に、がっかりということもなく、その意味でよくも悪くも‘印象に残らない’展覧会が多いと思います。規模が大きくないので、よく知らない画家の展覧会であっても、最後まで疲れることなく鑑賞できるのがいいところです。1階の歴史展示室は見ずに45分で見終わりました。 この美術館はかつての海岸線に近いところに建っていて、風が強く吹きます。帰るとき、外は西風が吹いていて、とても寒かったです。。。
2013年01月13日
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きょうは神戸と芦屋の展覧会を1つずつ見ました。 まず、神戸の「小磯記念美術館」に行きました。 ここでは、「自らを見つめる-画家と自画像」という展覧会をしています。85人の画家の合計90点が展示されています。 一応、特別展で、入館料は1000円します。でも、入ったあとでわかったのは、展示してある作品はここの所蔵ではないという意味では特別展ですが、借りたところは「笠間日動美術館」の1か所のみでした。つまり、「笠間日動美術館」に行けば、すべて見られるということです。・・・常時展示してあるかどうかは知りませんが。 実は、はじめは「自画像ばかりの展覧会なんて、見ているうちに食傷気味になって、つまらないだろう」と思っていたのですが、先に書いてしまうと、なかなかよかったです。「自らを見つめる-画家と自画像」というタイトルが示すように、画家が描く自画像は単なる肖像画とは違うということがわかったような気がしたのです。 いつものように、「第1展示室」はこの美術館所蔵の小磯良平の作品で、ほぼ見たことがある作品ばかりなので、さらっと見て、「第2展示室」に行きました。ここから今回の特別展の作品が展示してあります。 まず、入口のパネルに「日本において、独立した主題として数多くの自画像が描かれるようになったのは、洋画の輸入ののち、近代になってからのことでした」という説明があったのですが、考えてみると、日本画に自画像はありません。そして、自画像が肖像画の一部としてではなく、むしろ別の独立したジャンルであると考えたほうがいいのかもしれないと思いました。 展示は概ね画家の生年順で、作品のキャプションにはその作品を描いたときの年齢と白黒写真が添えてありました。今回の展覧会では年齢を表示するのは大切なことだと思いました。 大雑把に言って、写実に徹したもの、心象を前面に出したもの、自分の画風で自分を描いたらこうなったという感じのものに分けられると思います。写実的な作品からは、そのときの画家の自信、あるいは、不安といったものが伝わってくるようでした。 それと、‘覚悟’はしていたものの、知らない名前が多かったです。油彩を描く日本人画家の名前を85人言える人って、どのくらいいるでしょう。。。 満谷国四郎の56歳の自画像は実物より男前だと思ったし(笑)、南薫造の47歳の自画像は比較的粗いタッチながらも自分の特徴をよくとらえている感じがしました。 ほかには、鹿子木孟郎の54歳の自画像、誰の顔と言っても通用しそうな萬鉄五郎、デフォルメしたペン画の小出楢重、5cmぼどの石膏像のフジタ、水彩の梅原龍三郎、おそらく自画像をたくさん描いた作家と言えるのではないかと思う岸田劉生、岩絵の具で文字のような線を引いただけで顔にすら見えない‘もの’を軸装にしてあった中川一政などがありました。 他に有名な画家としては、藤島武二、金山平三らの作品がありました。 また、シャガールのモノクロのエッチングと、キスリングの小ぶりの油彩もありました。 「第3展示室」に移動して、佐伯祐三、小磯良平らに続いて、文化勲章を受章した画家であるにもかかわらず、私は知らなかった福沢一郎と森田茂などのほか、鴨居玲は19歳、54歳、55歳、57歳の4点ありました。 また、瞽女(ごぜ)のシリーズで有名な斉藤真一は『ラッパを吹く自画像』を瞽女の絵と同じタッチで描いていました。 平成の作品になると、肖像画もバリエーションが出てきていました。上半身だけでなく、全身を描いたものや、動物を抱いた姿などがありました。 最後になると、その絵が自画像なのかどうかもわからないほどでした。 顔の写真が並んでいるのとは違って、まず、個性があり、写実的であってもなくても、単なる顔を描いただけではないと感じさせるものが多かったように思いました。 小磯良平の展示室と合わせてちょうど1時間でした。 図録は立派なパンフレットのような23ページしかない仕様でしたが、500円と廉価だったので買いました。この美術館の展覧会で図録を買ったのは初めてです。 続いて、芦屋に移動しました。
2013年01月13日
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今週は仕事も始まったものの、正月気分が抜け切らないので、1週間が長く感じました。。。 今週末は月曜が「成人の日」なので、3連休でうれしいです。(笑)きょう土曜日はプール、明日日曜日は美術館、あさって月曜日は家で休憩と少し仕事・・・といった感じで過ごします。 水泳に関してはきょうで今年3回めのプールになるので、正月気分は抜けていて、普通に泳げるだろうと思っていました。珍しくまずまず寝られたし、体調も悪くないので、‘いつも’のメニューをこなしました。 プールに着いたときはよくすいていたのに、アップが終わったときにコース内にいろいろな泳力の人がいて、長距離がスタートできなくなってしまいました。 それで、先行をしてみたり、イージーで「200M」を泳いだりして、様子を見ました。 知り合いも入って来たりして、幸か不幸か時間が過ぎていきました。。。 ようやく泳げる状況になったので、「6000M」のつもりでスタートしました。 前回、4000Mを過ぎたあたりで急に左肩に力が入らなくなって、泳ぎが軽く崩壊したので、きょうははじめをいつも以上に慎重に泳ぎました。また、寝違い(?)のような左首筋の痛みもまだ完全には治っていないので、その不安もありました。 でも、どこかが少し痛いのは、泳いでいるうちに緩和されると言うか、体全体の疲れで紛れてしまうので、きょうも泳いでいるうちに首の痛みのことはすっかり忘れてしまいました。(笑) 前半の3000Mが無難に終わり、後半も同じペースで泳ぎ続け、残り1000Mになったときに、「これで大丈夫だ!」と思ったので、若干スピードを上げました。 タイムとしては平凡なものでしたが、前回と違ってはじめから終わりまでイーブン・ペースで泳げたのでまずまず満足でした。(eh:qc) 時間があれば、最後のダウンをもう少し泳ぎたかったのですが、時間がなかったので、少なめの300Mで切り上げました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):700M」「潜行(2種):25M×2、帰りはクロール」「クロール・イージー:200M×3」「クロール・コンビ:6000M」「クロール・イージー:50M×6」「ダウン:300M」 ・・・トータル:8000M 仕事のほうは正月気分があと一歩抜け切っていませんが(^-^;)、泳ぎのほうは完全に‘通常モード’になりました。‘通常’以上になればうれしいのですが、今月はともかく、来月は美術鑑賞のほうが「・・・(^-^;)」という状況になってきているので、体調と体力の管理に気をつけたいと思います。
2013年01月12日
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きょう最後は「京都高島屋」のグランドホールの展覧会を見ました。 「魅惑の赤、きらめく金彩-加賀赤絵展」という焼き物の展覧会です。焼き物はどうしても様々な区別が付かないし、さらに、出来のよしあしもわからないのですが、展覧会によっては絵画とセットで展示してあることも多く、「まったくわからない」では都合が悪いと思うようになりました。今回は赤い色がつけてある焼き物の展覧会で、先月(2012年12月)は「三木美術館」で黒い焼き物の展覧会を見ました。・・・目が少しずつ慣れていくといいなぁ。。。 「I.中国写から『加賀赤絵』への進化」のコーナーでは、まず、「18世紀末から19世紀にかけて中国・明代末期の万暦赤絵、呉須赤絵などの色絵磁器の模倣が京都から地方に伝播する」という紹介に続いて、「景徳鎮窯」、「漳州窯」、「春日窯(1807~1820)」、「若杉窯(1805~1875)」、「宮本窯(1832~1859)」と解説と作品が並べられていましたが、早速区別が付きませんでした・・・。確かに、隣のものと交互に見れば、‘何となく’違うとは思うものの、別々に見れば、どれが「何窯」なのかはわからないレベルでした。。。 「II.華やかな輸出九谷」では、まず、「九谷五彩」の説明として「赤、黄、緑、紺、紫」の5つを指すとあり、それに加えて、「『金彩』『洋絵具』の導入によって加飾の幅が広がり、まばゆい金襴の煌きを放つ絢爛豪華な明治九谷が誕生した」とありました。そして、九谷焼は「1887年に瀬戸、京焼を抜いて陶磁器輸出額の代位1位となる」と書いてありました。 九谷焼の赤は、純粋な赤というより朱の混じったような赤ですね。 ここには写真撮影可能な食器のセットの展示がありました。実際には‘怖くて’使用する気にはなれないような高そうなものばかりでした。 まず、赤丸雪山の『国扇文コーヒーセット』で、「初夏の午後用」だそうです。 続いて、同じく赤丸雪山の『花卉文四段重』で、これは「飲茶のもてなし用」(の一部)だそうです。 最後は、清水美山の『京祭礼図コーヒーセット』で、「夕食後にコーヒーを飲むとき用」だそうで、カップには「加茂の祭り」の様子が描かれています。 こうなってくると、少なくとも私には完全に「美術品」で、「実用品」ではありません。。。 最後のコーナーは「III.近現代作家出現による作風の多様化」で、「明治の後半期には価格の高騰により九谷焼は輸出が減少し、国内向けの作品作りに移行する」とありましたが、国内には高級な九谷焼はないということでしょうか・・・。 富本憲吉の文壷のほか、「表面に金箔を貼り付け、透明釉をかけて焼成する技法で1961年に完成した」吉田美統の平鉢がありましたが、描いた金との違いがわかりませんでした・・・。 正直言って、まだまだ‘場違い’なところにいた感じで、改めて「焼き物は難しい・・・」と思いながら、40分ほどで会場を出ました。(^-^;)
2013年01月08日
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3年前までは「日展」は「大阪市立美術館」で見ていて、おそらく多くの人が思っているのと同様に、「日展」が始まると、春の訪れが近いと感じていました。それに対して、「京都市美術館」で「日展」が始まるのを聞くと、本格的な冬の始まりを感じます。会期が12月の中旬から翌1月中旬にかけてだからです。 今年も「京都市美術館」で「第44回・日展」を見ました。 この展覧会は展示作品数が‘半端ではない’ので、自分で見る基準を作らないと、すべてを見ることは不可能だし、丁寧に見ていくとどこかで嫌になるのが明らかです。 今年は、「日本画」が156点、「洋画」が97点、「彫刻」が69点、「工芸美術」が115点、「書」が133点で、 合計で570点もの作品が展示されています。見るペースが1つ10秒としても、全部で95分かかります。実際には作品から作品へ移動する時間もかかるわけなので、ざっと見るだけでも2時間は必要です。私は展示室に入ってざっと作品を見回して気になった作品と、見たことのある作家の作品だけを見て行くことにしました。 それと、今回ははじめに毎年買っている1000円の『作家のことば』を購入して、会場でぱらぱらと見ながら進んで行くことにしました。 まず、「日本画」から見ました。 毎年同じことを感じるのですが、今となって、「日本画」と「洋画」の違いは何なのでしょう。と言うか、区別する必要があるのでしょうか。 もちろんマチエールが違うことはわかっていますが、厚塗りで軸装にできない作品を日本画というには苦しい部分を感じます。 相変わらず本来は日本画の特徴であったはずの輪郭線がある作品は数えるほどしかなく、同様に背景が淡色のものに至っては皆無でした。 モチーフが神像である土屋禮一の『宮毘羅』や、鈴なりの柿の木に群がる小鳥を描いた『実り』などは油彩で描くよりしっくり来ると思いましたが、逆に、那須勝哉の『マルセイユの休日』などはタイトルのとおり外国の風景で、しかも‘油彩っぽく’リアルに人やものが描いてあって、余計なことながらどう考えても油彩で描いたほうがいいように思いました。 また、日本画らしく桜を描いた渡辺信喜の『枝垂桜』はあまりにも全体の感じが「山種美術館」所蔵の奥村土牛の作品『醍醐』とそっくりだと思いました。 思い切って書かせてもらうと、今年の三輪晃久、中路融人の作品は、私は興味を感じませんでした。 キリンが映っているブラウン管テレビに群がる猫を描いた長谷部貞子の『視る』は「特選」に選ばれていましたが、その授賞理由は「日常に潜む皮肉と風刺、ユーモアを擬人化して大胆に表現している。構成も描写もしっかりしている」とのことですが、この文章自体下手だし、理由の前半は「そうかなぁ・・・」と思うし、後半は「だったら、油彩で描けば?」と思ってしまいました。 そんな中で私がいちばん感動したのは、東俊行の『炎(ほむら)』でした。一目見てそれが那智の滝であると同時に、作品からも崇高さが漂っているように感じられました。画面下の手元では燃え盛る炎、その奥にまっすぐ滴り落ちる威厳のある滝が作品の周りの空気を清めているようにさえ感じました。 「洋画」に移動しました。 写実絵画専門の「ホキ美術館」のような美術館が建てられ、しかも、不便な場所にあるにもかかわらず結構人が押し寄せているという事実からもわかるように、近年、ハイパーレアリズムの絵画が人気が出てきているのでしょうか。「日展」でも毎年必ず数点は見かけます。ただ、これも以前書いたように、中山忠彦の作品はあまりにも毎回似たような作品で、しかも、近くで見るとはっきり筆跡も見えるので、私は好きではありません。 「特選」に選ばれていた松野行の『峠を行く』は、画面のほぼ半分が赤で塗られ、牛が引く荷車に乗る男がどこかうつろな感じで、鴨居玲にわずかに似た感じがしながらも、独創的で面白いと思いました。 同じく「特選」の浅見文紀の『化身』は、何かの動物の頭部の骨と大きな貝殻、枯れた枝、少し痛んだ段ボール紙が描かれていて、見ていていかにもはかなさが漂っている感じでした。 「工芸」は事実上パスしました・・・。 「彫刻」は、毎年同じような作風で記憶に残っている中村晋也の『大釈葉』だけ、「ときどき見かける痩せ細った釈迦像と共通するものがあるなぁ・・・」と思いつつ眺めていました。 「書」は、いちばん近づきがたい作品かもしれません。 字が書いてあってそれが読めるものを「書」とすると、こういう展覧会に展示されている作品は私にとっては「書」とは言いがたいものになっています。発想の転換をして、1字1字を求めるのではなく、全体の配置をメインに捉えると、絵を鑑賞しているような感じになり、芸術と言えるような気がしました。でも、正直言って、‘これだけ’多くの作品が展示してあっても、書いてある字がすべて読める作品がまったくないというのは寂しく感じました。漢字は草書になるとほとんど読めないし、かなも変体仮名は1字1字体しか知らないので、私の知らない字体で書いてあると、そこで止まってしまいます。字の散らしかたを楽しみにしないといけないと思いました。 こんな見かたでも70分かかりました。まる1日過ごすことも可能ですね。。。 このあとは「高島屋京都店」のグランドホールに行きました。
2013年01月08日
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きょうは京都市内の展覧会を3つ‘はしご’しました。 そのうちの2つは「京都市美術館」で行われています。まずは1階の右半分のスペースで行われている「没後50年に顧みる-須田国太郎展」を見ました。 須田国太郎は1891年京都市生まれの洋画家です。 会場は「第1章.渡欧前」から始まっていましたが、この美術館の1階の向かって右半分のゾーンの最初の2部屋は絵画の展示には‘最悪’の場所だと思います。軸装の日本画か立体物を展示するためのスペースだと考えらるのですが、ガラスで仕切られた‘遥か’奥の壁に作品を展示するので細部はわからないし、特に、額自体にガラスがはめてあると、もう画集を眺めているほうがましなレベルです。さらに、ここはショーケースの外側に強烈なライトがあって、それをガラス越しに内側の展示品を照らすという考えられないライトニングになっているのです。常に自分の顔が何重にも映り込む状態で作品を見て行きました。 23歳頃の『自画像』から始まっていましたが、眼鏡をかけて画面の手前に手を伸ばしている独特と言ってもいいポーズでで、背後の壁が真っ赤で白いドットがあり、それが見ようによって自画像を‘殺して’いるようにも目立たせているようにも感じられました。 何点か京都駅近辺を描いた作品がありましたが、今では考えられないのどかな風景で、写真撮影など誰もしない時代の記録画のような位置づけもあるような感じがしました。 「第2章.渡欧、模写」は、1918年に渡欧した際に、西洋の名画を模写した作品ばかりが展示されていました。 ゴヤの人物像、ティントレット、ティツィアーノらの作品の模写があり、確かに筆運びまで‘真似’したのだろうと思いますが、私の目でも「これは本物ではない」とわかる程度で、エル・グレコの『復活』がいちばんしっかり模写されているように感じました。 そのあと、小ぶりの自作の風景画がありましたが、強烈な個性のある有名な絵の模写の後で見ると、まったく特徴のない風景画に見えてしまいました。 「第3章.第一回個展から大戦へ」では、帰国後の作品が展示されていました。 再び『自画像』がありましたが、38歳の姿は老けたというか、疲れが感じられるというか、時代のせいもあるとは思いますが、30代の顔には見えず、また、最初に見た20代前半の自画像と同一人物とは思えないほど違った顔になっていました。 1930年の『発掘』などは、これが後の須田国太郎のアイデンティティーにつながるのだと思いますが、メインの人物と馬は手前に描かれているもののほとんど影絵のようで細部はわからず、後ろの山に光と焦点が当たっているような描きかたでした。 このことは『椿』でも同様で、手前の椿は色も暗く存在感がないのに対し、後ろの雪山は真っ白に輝いていて、そちらのほうに目が行ってしまいます。 ここに解説があって、「風景画では必ずしも見えるものすべてを描くのではなく、近・中・遠のうち、選んで描いている」ということで、「なるほど」と思いました。 また『自画像』があり、47歳と49歳のときのものでしたが、さらに顔が変わっていました。 「第4章.山間風景」では、「遠景か俯瞰した場所からの眺めが多い」という解説のとおり、真横からの眺めはほとんどなく、近景や中景も省いて(?)遠くに見える景色だけを描いた、気が付けば‘おかしな’眺めが多かったです。 それにしても、京都や信州の山の名前がタイトルに付いたものが多いのですが、特徴的な眺めを描いたわけでもなく、よほどその眺めを知っている人以外は場所が特定できないような作品ばかりでした。 「第5章.動物と花の描かれた風景」では、ヒョウ、牛、馬、らくだなどの大型の動物を描いた作品と、バラを中心に花を描いた作品が並んでいました。 ここでも、「影にひそませた動物や花を前景にクローズ・アップし、中景・後景を明るく描く手法で質感と量感を獲得した」という解説のとおり、普通の静物画とは違って、手前に描かれているものが暗いという違和感を持たざるを得ないような絵ばかりでした。また、結果的にどのモチーフも写実的ではなく、細部は‘どうでもいい’ような感じで処理されていました。 最後は「第6章.人里の風景」で、やはり近景・中景・遠景のどれかを省略した構図に、明暗が本来なら不自然なような作品が並んでいました。さらに、また、特定の場所を描いたとは言いがたいような‘どこにでもある’風景画が続いていました。こういった絵は描く本人の中に思い出や思い入れがあればいいということでしょう。 それほど丁寧には見ませんでしたが、ちょうど1時間かかりました。 続いて、別の展示室で行われている「日展」を見ました。
2013年01月08日
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12の干支が一巡するまで一通り購入しようと、数年前から干支の塗陶の香合と古帛紗を年末に見繕っています。 今年は巳年ということで、デザインが難しいのか、なかなか気に入ったのが見つかりませんでした。 そんな中で、まず、古帛紗はこれにしようと思いました。 蛇が絵柄ではなく、「巳」という文字であしらわれています。裂(きれ)の模様は蔓牡丹で、その段織の中に「巳」の文字が入っています。(小さくて、見えにくいですが。) 香合は塗陶のものにしました。この中に練香を3つ入れておきます。 側面には、「松・竹・梅」が描かれています。 松・竹・梅は「三友」と呼ばれ、共に寒さに負けず葉を茂らせ、特に梅は花を咲かせることで愛されてきた植物です。 一般に蛇は好まれませんが、蛇を見るのはいいことが起こる兆しで、蛇が建物の中のどこかにいると金持ちになると言われているそうです。実際に天井の裏に蛇がいたら、嫌ですが・・・。 今年1年がいい年でありますように。。。
2013年01月07日
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おととい、スポーツ・クラブの営業終了時刻を間違えていて、泳ぎ終わった後、十分なダウンやストレッチができないまま帰り、きのうの朝、起きるときに左の首筋が一瞬、「ずきっ!」としました・・・。次の瞬間、首を左右に振って状態を確かめてみたのですが、寝違いのような感じになってしまいました・・・。確実に10年以上寝違いを起こしていなかったのに、わずかの油断で‘やって’しまうんですね。。。 きょうは泳ぎに行くつもりだったので、起きてから首筋のストレッチをしましたが、ましになる程度で痛みは確実にありました。「泳げるかなぁ・・・」と言うか、「息継ぎのときに、痛いかなぁ・・・」と気にしていたときに、ふと、おととしの同じような時期に肩を痛めて、赤外線ランプを当ててましになったことを思い出しました。そして、15分ほど当ててみると、ましになったような気がしました。これって、‘治る’のではなくて、一時的にましになっているだけなんでしょうか・・・? ともあれ、何とかなると思ったので、スポーツ・クラブに行きました。 きょうは‘いつも’程度の混雑で、速い人に混じってアップを始めました。 でも、心配していた通り、息をするために首をひねると、痛みが走りました。私はクロールの息は左側でしかできません。試しに1度右側でしてみると、まったく痛くありませんでした。ただ、恐ろしく顔が上げにくいので、‘使え’ません。。。・・・こんなとき、「エラ」があったら便利ですよね。。。(笑) 顔を横に上げないと言うか、息をしなくていい泳ぎをしてみようと思ったので、ひさしぶりに潜行をしてみました。たまにしておかないと、水にもぐっているのが不安になるし。。。 潜行は2種類問題なくできたので、あとは今年初の「6000M」を泳ごうと思っていました。本当は「3000M」を2本にしたほうが意味があるのですが。。。 わずかにひさしぶりの「6000M」は調子よく滑り出しました。半分の60往復を過ぎても疲れず、それどころか、後半に差し掛かったあたりでひさしぶりにたっぷりと“脳内麻薬”が出てきたようで、体の疲れを感じなくなりました。 さらに、痛みが分散して(?)、寝違いで痛かった部分も意識しないほどになりました。 自分でも気持ちいいほど肩が回り、入水のときに腕が伸びたのですが、4000Mを過ぎたあたりで突然、左腕に力が入らなくなってしまいました・・・。これは「10000M」の練習のときに何度か、7500Mあたりで経験したことです。‘壁’のようなものがある感じで、本当に突然力が入らなくなるのです。ひどいときは、50Mのラップ・タイムが63秒ほどになってしまいます。 幸か不幸か、ちょうどコース内に人が多くなり、ターンのたびに速い人に前を譲りながら軽く休憩して、無理をしないようにしました。結果として泳ぎが‘崩壊’するまでには至らず、ごく普通のタイムで「6000M」を泳ぎ切ることができました。(en:qh)・・・前半のスピードのままで泳げていたら、どうなっていただろう。。。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):700M」「潜行(2種):25M×2、帰りはクロール」「クロール・イージー:50M×4」「クロール・コンビ:6000M」「クロール・イージー:50M×10」「ダウン:500M」 ・・・トータル:8000M 今回はおとといから中(なか)1日だったし、寝違いで首が痛かったのを押して泳いだこともあって、すべて泳ぎ終わった後、なかなか息が整いませんでした。。。 思い起こせば、3年連続で1月にどこか筋(すじ)系統を痛めているので、やはり寒いときは体全体が硬くなっているということだと思います。その意味では、自転車の長距離ライドや長距離泳は体を温めてくれるので、いいことだと思います。
2013年01月05日
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きょうは日帰りで「笠岡市立竹喬美術館」に行って、「百花繚乱・国画創作協会の画家たち」という展覧会を見て来ました。 この美術館は地方都市の市立美術館とは思えないほどしっかりした企画をして、所蔵作品を使った企画展と、他の機関から作品を借りて行う特別展をするのに感心します。 今回は所蔵作品を使っての企画展で、「国画創作協会」の画家にスポットを当てたものです。 「国画会」というのは、「国画創作協会」の略称で、1918年に京都市立絵画専門学校の第一期生だった小野竹喬、榊原紫峰、土田麦僊、野長瀬晩花、村上華岳が会員として設立した日本画の在野団体で、後に会員となった入江波光とともに、1928年までの10年間に7回の展覧会を開催したそうです。そして、1921年から会員の渡欧による3年間の中断を経て、第二部に洋画、工芸、彫刻を加えた総合的な公募展に推移したのち、経営破綻を主な原因として1928年に日本画部門は解散したということです。 今回の展覧会では、主にそのあたりの画家の作品が展示されていました。 まず、1階の「展示室A」は、「国展」に出品された小野竹喬の作品が展示されていました。 第1回に出品された『波切村』は4曲1双の屏風絵で、どこか南国風の雰囲気が漂う大作でした。これが29歳のときの作品ということで、特別驚きはしませんでしたが、やはりただならぬ才能の持ち主であったことは伝わってきました。 第2回出品作の『夏の五箇山』(4曲1隻)、第3回出品作の『海島』(2曲1双)と続き、他に川合玉堂の作風と似た感じの『春秋山水』(2曲1双)、『青梅』などがありました。 2階の「展示室B」には寄贈された竹喬の作品が展示してありました。小ぶりのものから大作まで、地元の人にとって小野竹喬は愛された偉人だという感じが伝わってきました。 28歳でこんなに‘渋い’絵を描くのかと思わせられた『桃山之冬』、大根畑で作業する人を描いた『夕映』、87歳のときに描いたとは思えないほどの『伊豆之海』などがありました。 1点だけ竹喬の作品ではないものがありました。小野春男という人の『茄子』という作品で、竹喬の息子だそうです。2曲1隻の屏風に描かれた丸い茄子に、オミナエシとドクダミと思われる植物が脇に描かれていました。戦争で中国に赴き、26歳で亡くなったそうです。戦争は芸術や才能まで奪ってしまうんですね・・・。 再び1階に下りて、奥の「展示室C」と「D」は、小野竹喬以外の画家の作品が1点から数点ずつ展示されていました。榊原紫峰と入江波光と土田麦僊の3人はともに明治20年の生まれだそうで、麦僊の20歳のときの『雪の鴨川』が展示されていました。先ほどの小野竹喬の作品といい、ずいぶん若いときに‘渋い’テーマで絵を描こうとするあたりが凡人とは違うと思いました。 小野竹喬は兄も画家だったようで、小野竹桃という名前で絵を描いていました。少し土田麦僊に画風が似ているように感じました。 林馬女(しめ)という画家は知りませんでしたが、「法隆寺金堂壁画ほか、名画の模写を行って、模写の第一人者と言われた」ということですが、そういう活躍のしかたもあるんですね。 最後は知らない名前が続いていましたが、唯一、作品を見た瞬間に誰の作品かわかる画風の絵がありました。よく言えば妖艶な、悪く言えば気味悪い感じで主に女性を描く甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)の『抒情小品』でした。この人の作品をまとめて見たいと思っているのですが、どこかで展覧会をしてくれないかな・・・。 あとは、岡本神草、森谷南人子、稲垣仲静らの作品がありました。森谷南人子の『笠岡麦秋』は大作で、段々畑で稲刈りをする人々の姿を描いたものでした。ただ、近景にはマネの『草上の昼食』に見られるような人物が描かれており、「この人は何をしているのだろうか」と思いました。地元ののどかな風景を描いたこの作品は、笠岡の人にとってはちょっとした“宝物”なのではないでしょうか。 最後は知らない画家の小ぶりの作品が多くて、必ずしも楽しめたとは言えませんが、それでも1時間25分かかってのんびりと見ることができました。 笠岡の隣(?)の倉敷の「倉敷市立美術館」といい、「大原美術館」といい、岡山県の西部に日本画を中心とした作品をメインに所蔵し、企画展・特別展ともに面白い展覧会をするところがあるのはうれしいことです。「笠岡市立竹喬美術館」の次回の特別展は「入江波光展」ですが、本当に入江波光の作品だけで展覧会が開けるのだろうかと‘心配’していたのですが、出来上がっていたチラシを見ると、間違いなく入江波光の作品だけで75点(素描を除く)も集めたものになるようです。期待したいと思います。
2013年01月04日
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きのう、「初美術展鑑賞」を済ませたので、きょうは「初泳ぎ」をしました。 通っているスポーツ・クラブはこの年末年始はなぜか休館日が長かったこともあってか、着いたときはものすごい混雑でした。 今の私の‘体を動かす’系の趣味が長距離泳と自転車長距離ライドなので、普段から油物や甘い物をよく食べていても、体型を考えなければ(^-^;)、比較的すっきりした感じだと思います。この年末年始も毎日軽く気分が悪くなるぐらい食べて、体重は増え気味なのですが、体脂肪率は自転車旅行のあとで測ってみると、むしろ下がっていました。きょう泳いでおけば、カロリーも消化できると思いました。(笑) 最初は混んでいたので、長めのアップを終えて、「新春メニュー」として、短距離のインターバルを少ししようと思いました。先日の「泳ぎ納め」では、「50M」を‘108本’泳ぎました。年明けは数年前は「50M」を60本泳いでいたのですが、きょうは超長距離も泳ぎたかったので、「50M」は30本だけにしようと思いました。 泳ぎ始めて数本めに見たことのない女の人がコースに入って来ました。これが遅い・・・。50Mで止まるのではなく延々と泳ぎ続けるのですが、50M]に70秒以上かかっていました。ターンの際に追い付いたら前を譲ってはくれるのですが、その前に追い付いてしまうことがたびたびで、他の人も蹴り出すタイミングが難しそうに考えているのがわかりました。 私も一定のペースで泳ぐことはできないまま、30本を泳ぎ終わりました。 しばらく休憩も兼ねてイージーを泳いだり、ストレッチをしたりして、「もう帰るだろう・・・」と思いつつその女の人を見ていましたが、1時間15分経っても止まりません。私の「50M」のインターバルとほぼ同時に入って来ていたわけだから、相当な時間泳ぎ続けていることになります。見かねた男の人が監視員に事情を話し、その人が声を掛けてくれたので、その女の人は無事に「ゆっくり長く」のコースに移動しました。 1時間半の休憩を終えて(^-^;)、ようやく「3000M」をスタートしました。休憩しすぎの感もありましたが、体は結構スムーズに動きました。 っと、隣のコースからさっきの女の人がこちらのコースに戻って来たのが見えました。 こういう人って、上級者用のコースで泳がないと、プライドか何かが許さないんでしょうか・・・? 再び何度も追い付きながら泳ぐ格好になりました。 その後、コース内は速い男の人が数人入って来て、そのためか、さっきの女の人はようやくコース内からいなくなりました。 でも、私より速い人と同じコースで泳ぐのも気を使うので、疲れます。。。 結局、無事に泳ぎ切れて、しかも、かなりひさしぶりのまずまずのタイムでした。(cu:cc) この段階でトータル6100M泳いでいたので、あとはイージーを合計で500Mとダウンを400M泳いで、トータル7000Mにしようと思っていました。ところが、なぜか人はプールから出て行くばかりで入って来る人がいません。「あっ・・・」と言って思い出したのは、きょうは祝日営業だということでした。。。 900M泳ぐ時間がないことがわかり、イージーを割愛して、ダウンだけ泳ぐことにしました。 最後はストレッチもろくにできず、更衣室のほうに移動しました。・・・う~ん、残念。。。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):700M」「クロール・コンビ:50M×30、1分サークル」「クロール・イージー:100M×5」「クロール・イージー:400M」「クロール・コンビ:3000M」「ダウン:400M」 ・・・トータル:6500M 泳ぎ足りないと言うか、最後のダウン系がのんびりできなくてあわただしかったと言うか、うっかりしていました。。。 ともあれ、今年初めての泳ぎとしてはまずまずでした。今年も夏のOWSに向けて、調子を整えたいと思います。 ところで、そのOWS大会ですが、今年は早々と年間の予定(スケジュール)が、NOWSとJIOWSAから発表されています。ただ、これが個人的には去年までよりさらに都合悪くなっています。参加しようと思っていた大会が6月になっていたり、まだ名前が出ていなかったりという状態です。・・・6~7月や9月の中旬以降はパスです。。。8月はハイ・シーズンなので、むしろしにくいのかなぁ。。。JIOWSAのほうでは詳細未定ながら、明石で計画されているようなので、これは参加する方向で考えたいと思っています。・・・でも、距離が短いなぁ。。。でも、JIOWSAって、去年も早々と淡路島大会の予定を発表しておきながら、結局、中止になったという案内もないまま消えてしまった大会があるので、期待薄かなぁ。。。 まあ、このあたりは‘ぼちぼちと’考えたいと思います。
2013年01月03日
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元日の翌日は西宮市の「大谷記念美術館」に行くのが恒例になっていて、きょうも行って来ました。これで7年連続になりました。 「西宮市大谷記念美術館」は開館40周年記念ということで、年末は洋画の所蔵品企画展を、年明けは日本画の所蔵品企画展をしています。‘お祝い’という位置づけがあるのか、きょうと明日は入館が無料になっています。無料なのはうれしいのですが、いつもより人が多くなるのは我慢しなければいけません。。。 この美術館が所蔵している日本画は116点だそうで、思ったよりずっと少ないのに驚きます。それはがっかりという意味ではなくて、ここで見た日本画は質が高く、それだけのものを展示しようとすると、もっと膨大なコレクションを持っていそうな気がするからです。今回はその中から62点が展示されているので、所蔵作品の半分以上が1度に見られるわけです。 展示に力が入っているのはわかるのですが、前回の洋画の展覧会のときと同様に、展示目録は作られていませんでした。入館料を低く抑えた(300円)分、削れるところは削ったような感じがします。。。 今回の展覧会のポイントは、この美術館が所蔵している上村松園の作品3点、川合玉堂9点、横山大観4点のうち、川合玉堂の1点を除くすべてが初めて一堂に会していることが挙げられると思います。 展示は「章分け」がなく、おおよそ表装と絵の種類によって展示室が分けられているだけでした。 まず、1階の第1展示室は、主に屏風装の作品でした。ざっと見回して、見たことがあるものばかりでした。この美術館の所蔵作品を使っての企画展には少なくともこれまでに6回訪れているわけなので、当然といえば当然ですね。 下村良之助の屏風装の作品3点から始まって、土田麦僊の大作『僊女』、『後赤壁図』、山下麻起、富岡鉄斎と続きました。 山下麻起の大作『雪』は、「渡欧した後、しばらく油絵を描いていたが、日本画に戻る決心をして、院展に出品した記念すべき作品」だそうで、一見雑なタッチで笹に積もった雪が多くの色を使わずに描かれていました。 2階に行って、第2展示室は半分は川合玉堂が占めていました。 冨田渓仙の『淀城』も何度か見た作品です。想像を交えて描かれた天守とその周囲の雪景色でした。 橋本雅邦の『夏流牧童図』に描かれている牛を引いている少年は、1892年作の絵であるのに前がボタン留めになっているシャツを着ており、当時としては斬新だったのではないでしょうか。 第3展示室には、菱田春草、入江波光、西村五雲、榊原紫峰、川端龍子、横山大観、小林古径、堂本印象らの季節を感じさせる作品が並んでいました。 落ち葉の連作5点のうちの1点である春草の『秋林遊鹿』、寒さで寄り添う猿たちを描いた五雲の『冬暖』、大観の『春秋山水図(春山雨後・秋霽)』、ミニチュアのように小さい8曲1隻の屏風(23.4×82.0cm)の古径の『桜』などがありました。 再び1階に下りて最後の展示室に行くと、壁の片面は植物を描いた作品、もう片面は美人画でした。 相変わらずシンプルな構成の福田平八郎の『紅葉』と『竹』、この人の作品はタイトルまでシンプルです。 奥村土牛の『初夏』はガラスの瓶に生けた赤と黄色のバラで、瓶の中が透けて見えるのが涼しさを醸し出していました。 美人画では何と言っても、上村松園の作品が3点並んでいるのが圧巻でした。兵庫髷に髪を結った若い女性が小袖を着てうちわであおっている『蛍』、つぶし島田の髪型の女性が青もみじを振り返って眺めている『清韻』はどちらも私の好きな作品です。特に前者は、「足立美術館」所蔵の『待月』に次いでお気に入りです。 そのあとは伊藤深水の作品が並んでいました。和傘を差した着物の女性を描いた同タイトルの『吹雪』が2点と、大輪の菊を生ける女性を描いた『菊』の3点でした。 最後は新所蔵作品となった寺島紫明の『遅い朝』で締めくくられていました。 画家の解説はあったものの、個別の作品の解説がないのは前回の洋画の展覧会と同じでした。私が見た記憶がない作品は全部で5点ほどでしたが、これまで何回にもわたって見てきた作品の総集編といった感じで、1時間半楽しめました。 図録はB5サイズで頼りない感じのものでしたが、1100円ということで購入しました。 もし、私がこの美術館に去年まで6年連続で年始に訪れていなければ、「今年No.1」に挙げてもいいほどの中身の詰まった展覧会だったと思います。 2月下旬からの新所蔵作品展にも足を運びたいと思います。
2013年01月02日
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きょうは元日ということで、両親と弟の家族揃って、お屠蘇を頂き、おせち料理を軽く食べてから、みんなで初詣に行きました。 弟たちが来るのが遅めになったので遠出をするわけにもいかず、かと言って近場の有名なところは人手が非常に多くて、本殿に‘たどり着く’までに何十分も並ばないといけないし、車で出かけると、去年のようにどこの駐車場もいっぱいで、結局‘さまよう’ことになるので、4年前に初めて行った神社に歩いて行くことにしました。 家から歩いて20分ぐらいとはいえ、用がなければ通らないところなので、付近の家並みをきょろきょろしながら歩きました。低い山の中腹のようなところにあるので、神社に着いたときは小汗を掻いていました。 4年前は並ばずにすぐに本殿に行けたのに、今年は5分ちょっと並びました。・・・みんな同じようなことを考えていたのかなぁ。。。 弟の子どもたちは今年もおみくじを引いていました。 お神酒のサービスもあったので、頂きました。飲み慣れない日本酒の味が何とも言えませんでした。。。 あっと言う間にお参りが終わってしまったので、これまた4年前と同じように、そこから歩いて20分ぐらいのところにある別の神社にも行くことにしました。 距離は遠くないのですが、上り坂と、最後は300段ぐらいの石段を登らなければならないのが大変でした。 帰りにときどきケーキを買うケーキ屋の前を通りかかって見ると、営業していました。弟の子どもたちが「晩ごはんのあとで食べる!」と言うので、ケーキを1個ずつ買って帰りました。 家に戻ってからしばらくテレビを見て、そのあとはすき焼きをしてみんなで食べました。 そして、デザートにケーキ。。。 毎年のことながら、元日は食べすぎてしまいます。。。 最近は弟の子どもたちは両親の家に泊まらなくなったので、早めに‘宴会’は引けました。 明日からまた趣味に没頭しようと思います。(^-^;) 今年もこのブログをよろしくお願いします。m( _ _ )m
2013年01月01日
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