全8件 (8件中 1-8件目)
1

青森ねぶたの時に泊まったのが、ホテルルートイン青森中央インター。その名の通り、青森市の郊外の青森中央インターの近くにある。ねぶたは、21時に終わっても、交通規制があるし、駐車場も遠く、何とか脱出してから宮城に帰ろうとしたら、2時とかになってしまう。それなら、近くに泊まって、となるが、一年前からねぶたの日の青森市内のホテルは埋まってしまうし、盛岡市ぐらいまで満室になるので、宿をとるのが難しい。いろいろ探していたところ、ルートインが、確か3ヶ月前だったかに一斉にホームページ受付をしていたと思う。高速回線と電波時計でピタリと申し込みをしたのだが、青森駅前は無理で、この青森中央インターで部屋が取れた。ホテルは、10階立てで、客室198室となかなかの大きさ。 玄関を入って、奥が入り口、手前にフロントとロビーがあった。ねぶたの時期なので、小さいねぶたとハネトの衣装を展示し、浴衣の販売もしていた。 ロビーには、無料のコーヒーサービス。エレベータで上がって、廊下。まあ、ふつうのビジネスホテルだが、きれいにしてあった。 部屋は、最上階のコンフォートセミダブル、通常は8500円だが、ねぶた期間で16000円だった。まあ、他の宿も倍以上値上げするという話だし仕方がない。駐車場は無料。ビジネスホテルのセミダブルだが、ベッドもそこそこの大きさだし、それほど窮屈ではなかった。コンフォートだけあって、布団の手触りがよかったり、机や椅子やライトが立派だったり、ズボンプレッサーや加湿器があったり、アメニティーが少し多かったようだ。 水回りは、ビジネスホテル。バスも洗面所も小さいし、トイレも一緒。きれいさはあった。 机は広めで、金魚ねぶたが置いてあった。値段をつり上げているといっても、そこそこの値段だし、いろいろサービスもあるので悪くはない。当時は、1階のインターネットコーナーだけだったが、今は部屋もLAN無料のようだ。窓の外は、10階で、この辺では高い建物なので、見晴らしはよかった。右の道路が、青森自動車道と国道7号。今回の部屋と反対側の窓の眺め。同じように自動車道と7号線。ルートインといったら、大浴場。1階に、ラジウム人工温泉、旅人の湯があった。 脱衣所、洗面、ランドリー。狭めだが、最低限のものはあるし、ホテルは部屋のバスが狭いので、温泉大浴場に入れるのはありがたい。 大浴場は、ラジウム人工温泉で、狭めだが、混んでなかったので、問題なかった。箱庭の眺め。(ねぶたから帰ってきて、風呂にいったら、イモ洗いだったが。。)朝食は、1階の花茶屋で。ルートインは、バイキング朝食無料。 バイキングで、意外に種類があった。1階なので、脇の道路と植え込みがみえるぐらいだが、広めの会場で、開放感は悪くない。 左が、一泊目の朝食。右が、二泊目の朝食。熱々で、基本は押さえてあるし、イカリングはおいしかったし、その日によって、ホタテフライが付いたり、味噌汁までメニューがかわるのはうれしかった。また、ねぶたに行く機会があったら、一番に考えたいホテルだ。ホテルルートイン青森中央インターhttp://www.route-inn.co.jp/search/hotel/index.php?hotel_id=565
2011年09月30日
コメント(0)

三国志「赤壁」、続き。桟敷席から見た方が、きれいに見える。臥龍 諸葛亮孔明、壇を築いて、綸巾(かんきん)の帽子を頭に、羽扇を手に祈祷し、東南の風を吹かせ、勝利へと導く。三国志演義は少しは脚色されているとはいえ、中国史に残る天才だ。ねぶたの周りには、跳人(はねと)が大勢いて、元気に跳ね回っている。ラッセラー、ラッセラー、ラッセ、ラッセ、ラッセラー。他には、太鼓や笛を奏でる囃子など。青森市役所ねぶた実行委員会、津軽鬼神伝 名刀鬼王丸。炎を吹きかけ、十振りの刀を鍛える鬼神の鬼王丸。それを見守る金子神。背面は、ありがたいお言葉。大迫力でせまってくる。青森菱友会、津軽為信と卍・錫杖。二人の童子(どうじ)に見守られた津軽為信。巌鬼山(がんきさん=いわきさん)を背に、津軽を平定する為信。サンロード青森、義と愛「直江兼続」。直江兼続の前にいるのは、J1 川崎フロンターレのマスコットの「ふろん太」。富士通つながり。ちなみに、サンロード青森は、青森市にあるショッピングセンター。2009年は、直江兼続の年だったからなあ。青森山田学園、朝比奈地獄破り。猛将、朝比奈三郎、夢の中で、地獄の鬼を手玉に大暴れ、対する閻魔大王。閻魔大王もねぶたでは人気のあるキャラだなあ。後ろは、天国のお釈迦様と不動明王、だと思う。。鏡を通して、地獄の様子を見守っている。これも、見事すぎる作品。青森山田学園といえば、スポーツで有名な高校。さすが、高校生だけあって、台車の中を駆け巡り、一番の速い動きだった。日本通運ねぶた実行委員会、難陀竜王。八大竜王の第一尊、難陀竜王。後ろは、お釈迦様が誕生した時に、清浄な水を注いだ場面。マルハニチロ侫武多会、関羽。蜀の豪傑、関羽。青龍偃月刀を手に、名馬赤兎馬に乗る、神々しい姿。ゆっくりと、曳き手によって引きづられ、その前には、囃子とハネト。ねぶた愛好会、金魚ねぶた。金魚ねぶたは、ねぶたのマスコット的存在。江戸時代から、青森では金魚の飼育が盛んで、あこがれだったとのこと。ねぶた愛好会、義人権太夫。神官の権太夫が、治水のために、水神に願いを立てるところ。ブレブレですみません。暗闇にねぶたなので、アップだと1/60秒ぐらいで余裕で撮れるんだけど、遠目の望遠だと、1/18ぐらいになるのでキツイ。フラッシュは、届かないし、みんなの目がねぶたに集中するので光らせにくいし。なかなか、カメラ小僧には厳しい祭りの一つ。とにかく、明るいレンズと手ぶれ補正、もちろん観覧席での三脚は禁止、一眼レフも狭いところで使うのは顰蹙。権太夫の勇姿、竜神の威厳あるふるまい、後ろには赤鬼と青鬼、21時の終了直前、最後だけあって、ラッセラーの掛け声も大きく。21時、通りを埋め尽くし、勇ましく輝いていたねぶたも一斉に終了。あっという間に、ねぶたも帰り道、観客も帰っていく。帰りの渋滞を気にして、そそくさといなくなるのだろうが、今回は、運良く、市内に宿がとれたので急ぐ必要はない。交通規制もあるし。通りには、ちょうど一周して、最初の子供ねぶたがまだ残っている。道路は歩行者天国状態なので、間近で記念撮影ができる。篠田町会、鍾馗(しょうき)。中国の道教系の神で、魔除けや学業の神様。後ろは、ピカチュウげんきでちゅう。もう、十年以上も人気だなあ。西滝子ども会、川中島より 武神 上杉謙信。今でこそ、上杉といえば、上杉景勝と直江兼続だが、元祖は、謙信公。越後の軍神、みずから武神 毘沙門天の生まれ変わりと信じ、白装束の謙信、対するは、風林火山の旗の下、赤備えの甲斐の武田信玄。川中島で5度、あいまみえたが、決着はつかず。生活協同組合コープあおもり、連獅子。スタート時にみたねぶた。子供ねぶたでも十分に大きい。帰りの寂しげな囃子に合わせて、去って行った。終了10分足らずで、あっという間に、ほとんどのねぶたが路地へ消え、観客も帰り道についてしまった。祭りの後の寂しさ、とはいえ、これだけの祭りでこれだけ引き際が早いのにはびっくり。カラスを退治するために一斉終了にして、片付けを早めたのだと思うが、余韻を楽しむ時間も欲しい気がした。ねぶたは、ねむたいに由来し、昔からの七夕の眠り流し、灯籠流しから、つながっている。東北の夏は短い(最近は長い)が、その夏に熱く燃えて、最後は海へ流れていく、青森ねぶた。東北の夏祭りで一番有名で最も人気がある祭りだけあって、ねぶたの巨大さ、派手さ、美しさは素晴らしかった。絶対にみておきたい祭りだと思う。青森ねぶたhttp://www.nebuta.or.jp/index.htm
2011年09月29日
コメント(0)

続いて、待ちに待った、大型ねぶた。青森市PTA連合会、戸隠山の青嵐。平惟茂が、美女に化けた鬼女を退治する。勇ましい。高さ5m、幅9m、奥行き7m、重さ4トンの巨大なねぶた。昼のテント小屋で見るよりも、ずっと大きく、闇にまぶしいほど輝いている。大通りをいっぱいに使って、ゆったりと進み、時に回転したり、頭を下げる。台車には、約20人の曳き手がいて、扇子もちという誘導係の合図で、歯を食いしばって巨体を動かすのだ。昔は、担ぎねぶたといって、担ぐものもあったらしい。また、台車には、その所属団体の名前だけでなく、いろんな協賛企業の広告が付く。ねぶた一基で約2000万円するらしい。大変な祭りだ。百聞は一見にしかず、静止画は動画にしかず。動画は実体験にしかず。目で見るねぶたは、本当にすばらしいんだけど、動画でお伝えするのが精一杯。巨体がくるりと回って、ねぶたは、正面からだけでなく、横から、そして後ろまで、きちんとしたドラマがある。やっぱ、これみると、正面だけで動かないラッセランドやねぶたの里では、ねぶたのすごさは分からないなあ。初めて見るねぶたに、みんな、すごいすごいを連発してた。(2年前のフジのデジカメなんで、暗所には強い方なんだけど、暗いのでぶれやすいし、VGA動画がやっとで動画はもう一歩。台車の曳き手の写りが暗かったので、VLCメディアプレーヤーで階調を上げてからBandicamで取り込み直した。この二つとunitemovie, cutmovieがあれば、トランジション以外の動画編集はほとんどできる。)JRねぶた実行プロジェクト、役行者と蔵王権現。役行者の祈りで現れた、青い鬼のような蔵王権現。迫力がある。またまた、くるりと回って、背中の鬼まで見事。パナソニックねぶた会、古事記「素戔鳴」。ラッセランドではビニールをかぶっていたが(本番でも雨の日の運行ではビニールをかぶる)、晴れて、素戔鳴の八岐の大蛇を退治する勇姿。ご覧のように、目の前をすーっと通り過ぎていく場合もあるが、ほとんどのねぶたは、大桟敷席の前で回転やおじぎなど派手に動いていた。県庁ねぶた実行委員会、文殊と龍王。昼と違って、夜の文殊と龍王はどちらも真っ赤に燃えて、対峙している。後ろのコンビニが小さく見える。背面は、龍王の住む、まさに竜宮城。反対側の観覧席に近づいては、こっちに接近して挨拶、大通りならではの動き。あおもり市民ねぶた実行委員会、地蔵菩薩 閻魔王「嘆願」。冥界の大王、閻魔王。夜は、一段と鬼気迫る勢い。後ろは一転、苦しむ人を救う地蔵菩薩。閻魔王のもう一つの顔である。こういったメリハリのある表裏の図柄が、ねぶたには合う。実際、すごい迫力。さらに、大桟敷席に迫ってきて、言葉を失う。大桟敷席、歩道をはさんで少し距離があるかなあと思っていたが、ねぶたがあまりにも大きいのでちょうどいい。少し上から見下ろすのも、ねぶたの表情がよく見えていい。青森自衛隊ねぶた協賛会、水滸伝 轟天雷 凌振。これまた、すさまじい迫力の凌振と大砲。かっこいいなあ。背面は、巻物を持った天女。凌振との関係は、ちょっと分からなかったので、水滸伝(もちろん漫画のヤツ)、読み直すかなあ。ヤマト運輸ねぶた実行委員会、白梅。変装して迫る豫譲と、白馬に乗った趙襄子。白梅の香りとともに。後ろには、たぶん、趙襄子に殺された、豫譲の主の智伯の亡霊。(桟敷席で、なんで立ってみるかなあ。最近、思うのは、田舎はマナー悪い。)私たちのねぶた自主制作実行委員会、掟知盛。壇ノ浦の戦いで義経は平家を滅ぼすが、頼朝に追われるようになり、摂津の国、大物の浦から船で九州へ逃がれようとする。そこへ、壇ノ浦で死んだはずの平知盛が現れ、戦いとなるが、知盛軍は敗れ、最後は、碇を身に巻き付けて、そのまま海の底へと沈んでいく。青森青年会議所の大物浦の戦いと重なるが、一連のストーリーなのだろうか。昔は、ねぶたは町内会で作っていたが、制作費が巨額になった今では、ほとんどが官公庁や大企業と大手のスポンサー付きになってしまった。そんな中、私たちのねぶたは、市民の寄付で運営しているらしい。背面には、多くの人たちの名前と「ありがとう」。に組・東芝、男伊達と不動明。火消しにあたる男伊達と、炎の世界に住む不動明。男伊達と不動明の荒々しい対決がお見事。消防第二分団ねぶた会・アサヒビール、三国志「赤壁」。関羽と曹操の対決。トイレに行ったついでに、沿道から、少しだけ見てみた。人垣があるのと、下から見上げるので、ハネトはよくみえるし、ねぶたも更に大きくなるが、やはり見づらいし、上から見た方が表情が分かりやすい。上に戻って、動画を。接近してきて、くるっと回って、後ろに見えるは、大好きな諸葛亮孔明。やっぱり、古事記とか民話もいいけど、三国志や水滸伝が好きだし、図柄もねぶたに合うよなあ。まあ、興味のない人には、ただでかくて凄いだけだろうが、やっぱり、ねぶたは、そのストーリーを分かって見た方が数倍楽しめる。さらに続く。
2011年09月28日
コメント(0)

19:10、会場となる通りでは、一斉にねぶたが動き出す。この日は、二日目で、大型ねぶた17台(22台ある)、子供ねぶた14台、凱旋太鼓の日だった。昔は、スタート地点とゴール地点があって、順に運行していたそうだが、場所によって開始と終了時間がずれて時間もかかるし、ゴール地点が渋滞するし、最後尾があるとカラス(黒装束などで気ままに暴れる若者達)が集まってしまうので、2001年に、あらかじめねぶたを配置して同時スタート、一斉終了にしたようだ。まずは、子供ねぶたの港町々会ねぶた、米沢再建 上杉鷹山。2009年は、天地人の年だったので、米沢上杉家の有名な鷹山公。なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり、まさに有言実行、質実剛健、質素倹約で米沢を再建した名君。今、一番、求められる政治家像だ。ちなみに、子供ねぶたは、幅3~7m、高さ3~5m、奥行き2~5mと定められ、これは大きめのものだ。続いて、馬屋尻子供ねぶた愛好会 本能寺の変。後ろは、石江江渡下町会 紅葉狩。明智光秀の裏切りで、本能寺で追い詰められた信長が、炎に包まれながら最後の舞い。「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり ひとたび生を得て 滅せぬ者のあるべきか」一部では、「是非に及ばず」が最後の言葉という話もあるが。。久栗坂子ども会 飛天大聖・李袞(りこん)。水滸伝の李袞で、円形の楯、背中に担いだ24本の投げ槍、右手の飛剣の名手。相馬町子どもねぶた愛好会 龍王。八大龍王の一つだと思う。。栄町町会ねぶた 因幡の白うさぎ。八岐大蛇を退治した素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子孫に、大国主神(オオクニヌシノカミ)がいた。因幡の国に八上姫(ヤガミヒメ)というきれいな姫がいて、神々はこぞって自分の嫁にしようと、因幡へ出かけた。すると、赤肌のウサギがうずくまっていて、どうやら、波にさらわれて隠岐の島に流され、何とか帰ろうとワニザメをだまして海に並べて渡ったが、最後にばれてしまい、毛をむしり取られたらしい。神々に、海の水を浴びれば治ると言われ、その通りにしたら、ますます腫れて苦しんでいたところ、大国主神が来て、川の水で洗ってガマの穂綿にくるまりなさいと言った。それで、無事に白いウサギに戻ったそうだ。ウサギは感謝して、八上姫は大国主神を選ぶでしょうと予言し、大国主神は八上姫と結婚したという古事記の話。生活協同組合コープあおもり 連獅子。獅子は我が子を谷底へ突き落とし、自力で登ってきた強い子獅子だけを育てる、 という伝説を演じる歌舞伎舞踏。青森中央学院大学、青森中央短期大学の集団。囃子、踊り手。ラッセラー、ラッセラー、ラッセ、ラッセ、ラッセラーの掛け声で元気に踊っていた。ミスねぶた。オープンカーに乗って、手を振っていた。青森は、色白で、すっとした美人が多い。いわゆる、新山千春タイプ。凱旋太鼓。巨大な太鼓と調子のよい囃子。 なぜか、ポン・デ・ライオン。かわいい、しっぽが、またかわいい。ポン・デ・リング、食べたい。こんな感じで、順に進み、なんとなく、市役所前だし、一番大きい桟敷席だし、放送席もあるし、進行もココに合わせているような気がして、場所は正解だったかな。で、大型ねぶたへと続く。。
2011年09月28日
コメント(0)

青森ねぶた祭りは、8/2~8/7の6日間、青森市で開催される夏祭りで、延べ300万人以上が訪れる日本有数の祭りだ。東北の夏祭りでも、一番有名で、もっとも人気がある。一度は見たいとずっと思っていたのだが、青森は遠い、そして最大の問題が宿がとれない、とにかく、青森市内どころか盛岡あたりまでどこも満室になる。なんとか、市内に宿がとれたので、2009年に念願の見学を果たした。17時頃、2日目で平日だったため、まだ、通りには現地の車が行き来している。普通に、沿道で観覧もできるのだが、初めてだし、混むのは分かっているので、無難に有料の観覧席を確保した。写真の左側の高台の席で、市役所駐車場にある一番大きい桟敷席、2200円だった。ここだけ、指定ブロック内の自由席で、一人60x60cmの割り当てで、横3人前後3列が1ボックスになる。なんで、2時間も前に行ったかというと、もちろん場所取りのため。。それでも、最前列は並んでいた人が占めて、前から2ボックス目の先頭だった。歩道の椅子も有料観覧席。場所によって、いろいろ長短はあると思うが、ここは通りも広くてねぶたの動きが大きい、一番大きい観覧席なので盛り上がる、隣の紅白の囲いのあるところが実況席なので分かりやすい、市役所のトイレを使えるので便利、などよかったと思う。すぐ隣の市役所と駐車場。(もちろん、駐車はできない。)また、売店も多く、焼きそば、おでん、焼き鳥、いろいろ売っていた。時間があるので、ぶらぶらと。ねぶたの会場は、青森市内中心部の国道4号、新町通り、県庁通り、平和公園通りで囲まれた四角形のコース。近くに、青い森公園があった。いろんな広場、遊び場、庭園などがあり、そこそこ広かった。青森は、夏でもそれほど暑くないためか、夏バラが結構、咲いていた。あとは、祭りのもう一つの楽しみ、食料の調達を。まずは、水分補給。青森といったら、田酒、600円でなみなみと、色味がついて、日本酒らしい味わいと香り、それでいて飲みやすい、大好きなお酒だ。焼きそば300円。定番。ジャンボ焼き鳥。つまみといったら、コレ。青森のB級グルメ、せんべい汁。せんべいと言っても、はっとみたいなつるっともっちりしたもので、やさしい醤油の出し汁で。あとは、やっぱり、ビール。ついでに、アスパムのイカ裂きマシーンで買ったもの。桟敷席で、飲み食いしながら、ゆったりと。18時ぐらいから、沿道も少しずつ混んできた。18:40頃になると、少し暗くなってきて、コースには大小のねぶたが集まってきた。手前が高台の大桟敷席、歩道側も有料の椅子席。あとは、立ち見、あるいは、隙間に頑張って陣取った人たち。19:10開演となる。
2011年09月26日
コメント(0)

青森市役所ねぶた実行委員会、津軽鬼神伝 名刀鬼王丸。昔、岩木山の麓に腕のよい刀鍛冶がいて、美しい娘を、十晩で十振りの刀を造れる男に嫁がせることにした。ある日、見たこともない男が現れ、刀をすごいスピードで打ち始めた。娘が鍛冶場を覗くと、そこには火を吹いて刀を鍛える鬼神がいた。十振り完成し、眠った隙に娘は一本を隠してしまう。朝になって、鬼神が刀をみて一本足りないのに気づき、「とうこしない(十振り無い)」と叫んで逃げ去ったそうだ。娘が隠した刀は、鬼神の名を取り鬼王丸と銘打たれ、巌鬼山神社に奉納され、この地区を十腰内(とこしない)と言うようになった。場面は、鬼王丸が刀を鍛え、それを刀鍛冶の守護神である金子神が見つめているところ。青森山田学園、朝比奈地獄破り。朝比奈三郎義秀は、鎌倉時代の猛将で、泳いでは鮫をとらえ、戦では武勇を誇り、「地獄の鬼でもいいから、私に挑戦してくれ」と十王堂に祈願した。帰り道の居酒屋で大酒を飲んで寝入ると、夢の中に、鬼が出てきたので、朝比奈は自慢の怪力で地獄の城門を開け、地獄を征服してしまった。鬼に舞いを踊らせ、宴を開いたところ、鬼の「まれ人は 花の盛りと みゆるぞや 風だに吹かば 我ものにせん」という歌を聞き、今は盛りでいいが、死んで地獄にきたら我ら鬼の餌食にしてやるという言葉にハッとして、この後は、善に尽くしたという。場面は、豪快に地獄の鬼を退治する朝比奈。さすが、青森山田学園、スポーツで有名な私立だけあって、ねぶたも立派。手前にいるのはハネト。青森市PTA連合会、戸隠山の青嵐。平惟茂(たいらのこれもち)が、信濃の戸隠山に狩猟に出かけた際、美女達が酒宴を開いていた。酒を勧められ酔いつぶれてしまったが、夢に男山八幡の神が現れ、美女の正体が鬼女であると告げた。目覚めた惟茂は、盃の酒に映った美女が鬼女に変わるのを見て、一刀両断にした。右は、ミスドのポン・デ・ライオン。かわいい。NTTグループねぶた、勧善懲悪 閻羅王。閻魔王は、閻魔庁で死者の生前の行いを浄玻璃の鏡に映し出し、六つの世界(天・人間・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄)のどこに進むか、裁判を行う冥界の大王。また、地蔵菩薩でもあり、地獄で苦しむ人々を助ける面もある。消防第二分団ねぶた会・アサヒビール、三国志「赤壁」。有名な三国志の赤壁の戦い。魏の曹操軍80万、蜀の劉備・呉の孫権の連合軍5万、しかし、孔明と周瑜の火攻めの計で、曹操軍は大打撃を受け、曹操は命からがら逃走した。場面は、蜀の英雄、関羽が、曹操を追い詰めるところ。に組・東芝、男伊達と不動明。1719年、大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)は、「いろは四十八組」制度をつくった。火事では、男伊達が、組の象徴である纏(まとい)のもとに集結し、火消しにあたった。祭りを前に、担ぎ手、囃子、ハネトが集まっていた。県庁ねぶた実行委員会、文殊と龍王。五台山は、中国山西省にあり、四季が厳しく、人々は苦しんでいた。文殊菩薩が修行に訪れた際、この地を救うべく、空気を潤す働きのある歇竜石(けつりゅうせき)を求め、東海の龍王のもとへ向かった。龍王は断ったが、文殊の強い願いに「歇竜石は非常に重く、一人で持ち帰ることができるなら差し上げよう。」と答えた。文殊が呪文を唱えると、巨大な歇竜石は小さな石ころに変わり、袖に入れ持ち帰った。五台山に戻って、歇竜石を置くと、焼け付くような暑さの荒野は、一瞬にして、涼しい牧場と化した。今では、風光明媚な観光地となっている。日立連合ねぶた委員会、水滸伝 樊瑞、公孫勝に挑む。公孫勝は、自由に風雨を呼び、竜のように雲に乗れたので入雲竜と言われていた。梁山泊に入って、仙人の羅真人より法術を学び、無敵の力を発揮するようになる。樊瑞(はんずい)は、山賊の頭領で、道術を使い混世魔王と呼ばれていた。梁山泊に挑んだが、芒?山(ぼうとうざん)で公孫勝の術に敗れた。その場面。その後、樊瑞は、梁山泊に加わり、公孫勝の弟子となった。この日は、点検作業中で、夜も出番はなかったが、この年は、この作品がねぶた大賞に選ばれた。青森青年会議所、大物浦の戦い。壇ノ浦の戦いで、源義経が平家を倒した際、敵将、平知盛は恨みを抱いて入水した。その後、義経は頼朝の怒りを買い、京都を捨てて摂津大物浦(せっつだいもつのうら)から船で逃れようとした。その時、怨霊となった平知盛が現れ、海に引きずり込もうとする。義経は、刀で切り払い、弁慶は法力で振り払い、亡霊を退散させた。青森自衛隊ねぶた協賛会、水滸伝 轟天雷 凌振。凌振(りょうしん)は、天才砲手で、その砲弾の威力から、轟天雷(ごうてんらい)と呼ばれた。呼延灼(こえんしゃく)将軍が率いる朝廷軍の梁山泊討伐戦に参加し、活躍するが、梁山泊の阮小二(げんしょうじ)ら水軍衆に生け捕られてしまう。栄江に礼を尽くされ説得され、梁山泊に入る。場面は、朝廷軍に向かって、投名状代わりの大砲を発射する勇ましい姿。以上、二十のねぷた、残りの二基は、撮り忘れたか、テントが閉まっていたか。私たちのねぶた自主制作実行委員会の「掟知盛」は、夜に会うことができたが、東北電力ねぶた愛好会の「素戔鳴尊 八岐大蛇退治」は、その日の夜も出動していなかったので、見ることができなかった。ねぶたの期間は6日間、見学した日は、大型ねぶた17台、凱旋太鼓、子供ねぶた14台の日で、日によってねぶたの数が違う。一番、いいのは5日目の大型ねぶた22台フル出動の日だったが、子供ねぶたに会えなくなる。そんな中、昼とはいえ、大型ねぶた22台すべてに会うことができるラッセランドは、ねぶたの見学には欠かせないところだ。ラッセランドは、ねぶたのかけ声のラッセラーに由来する。ねぶたラッセランド青い海公園にて、5月下旬からねぶた祭り終了日まで
2011年09月25日
コメント(0)

青い海公園には、5月下旬からねぶた祭り終了日まで、ねぶたラッセランドが設けられ、22基のテントそれぞれで、ねぶたの制作、祭り期間中は昼の展示が行われる。2009年のねぶた祭りを見に行った際に、昼に訪ねた。ラッセランドには、こんな感じで、大きなテントが立ち並んで、その中には、巨大なねぶたが鎮座している。奥は、x ピラミッド?、x ルーブル美術館?、青い海公園展望台。まずは、日本通運ねぶた実行委員会、「難陀竜王」。人間の大きさと比べると、ねぶたのデカさが分かるが、高さ5m、幅9m、奥行き7m、定員28名の中型バス3台分ぐらい。難陀竜王(なんだりゅうおう)は、仏教の八大竜王の第一尊で、釈迦が誕生した際に、清浄な水を注いだと言われている。また、六十三年賞は、六十三年間、参加したという証。(見た当時は、六十三と数が多いので偉い賞なのかと思ってた。。)サンロード青森、義と愛「直江兼続」。2009年の大河ドラマ、天地人だけあって、人気だった。言わずと知れた、上杉謙信の養子の上杉景勝に仕えた重臣で、米沢領主となり、関ヶ原の際は山形の最上義光と戦ったが落とせず、西軍の敗北とともに撤退、景勝とともに米沢に減封された。その後、質素な生活をしながら、領民のために尽力し、上杉家への愛を貫いたという。兜に愛で有名。青森県板金工業組合、楠木正行 四条畷の合戦。足利尊氏の圧倒的な勢力の反撃軍に対し、吉野朝廷は楠木正行(くすのきまさつら)に迎撃を命じる。5万の敵勢に5千、玉砕覚悟で敵陣に切り込み、大将の高師直(こうのもろなお)の目前まで迫ったが及ばず、全身に矢を浴びて、弟の正時と差し違えて自害した。勇猛果敢なその姿。ねぶた愛好会、義人権太夫。約500年前に、岩木川の用水の取り入れ口の堰が土砂でふさがり、復旧しようにも事故が重なり、どうしようもない状況に。その時、神官の権太夫が、水神に願いを立て、身を堰に沈め、それ以後は崩れることがなかったという。水神に、身を捧げる義人権太夫の姿。ヤマト運輸ねぶた実行委員会、白梅。晋の時代、豫譲(よじょう)は、智伯に国士として優遇された。智伯は、宿敵の趙襄子(ちょうのうし)と戦ったが、同盟国の裏切りに合い、討たれてしまった。その間際、豫譲に、逃げて生き延びるよう、白梅を託す。主君亡き後、豫譲は趙襄子に仇を討つべく向かう。一度目は見つかるが、心に免じて釈放。それでも諦めない豫譲は、身体に漆を塗り真っ赤にし、喉をつぶし、姿をかえて、白馬に乗る趙襄子に迫る。しかし、馬が梅の香りに気づいて、見破られてしまう。捕まった豫譲は、趙襄子に説得されるも曲げず、趙襄子の衣服をもらってそれを切って智伯に捧げ、思い残すことなく自決した。己を知る者へ忠義を貫く豫譲、敵ながらそれを讃える趙襄子の逸話。JRねぶた実行プロジェクト、役行者と蔵王権現。修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)は、白鳳時代(七世紀後半)に、奈良県の葛城山や金峯山など、全国の霊山を開き修行した。吉野金峯山上で、祈念した際、髪を逆立てた金剛蔵王権現が現れた。パナソニックねぶた会 古事記「素戔鳴」。古事記によると、日本は高天原の「伊耶那岐」「伊耶那美」の二神から創生され「大八州(おおやしま)」と呼ばれた。その左眼から「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」、鼻から「素戔鳴尊(すさのをのみこと)」が生まれた。素戔鳴は、暴れ者で姉の天照を困らせ、天照は天の岩屋戸に隠れてしまい日本は暗闇になってしまった。困った八百万の神々は祭りを始め、天照が覗いた隙に、引きずり出して光が戻った。やがて素戔鳴は高天原を追われ地上に降り、出雲で「八岐の大蛇(やまたのおろち)」を退治した。その場面。マルハニチロ侫武多会、関羽。三国時代の、蜀の英雄、関羽雲長。青龍偃月刀を手に、名馬赤兎馬にまたがり、武勇と義理人情を誇った。最後は、魏と呉に挟撃されて亡くなるが、今なお、武神・商神として、各地の関帝廟に祀られている。個人的に、三国志の武将では、一番大好き。かっこよすぎ。(知将では、諸葛亮孔明。)青森菱友会、津軽為信と卍・錫杖。大浦為信が父を継いで間もなく、夢に卍・錫杖という二人の岩木山に住む童子が現れ、津軽を治めるように告げる。その後、為信は、卍を旗印に、錫杖を馬印とし、見事に津軽を統一し、津軽為信となり、初代藩主となった。為信が計画し、二代信枚が完成したのが弘前城で、今年、築城400年。あおもり市民ねぶた実行委員会、地蔵菩薩 閻魔王「嘆願」。閻魔王は、人類最初の死者として冥界に入り、冥界の支配者として死者の生前の罪を裁く王である。閻魔王は、地蔵菩薩と同一とされ、罪人を地獄へ送ることは、閻魔王としても苦しみであり、いつも全ての人々が悪事をなさないことを願っているという。閻魔王の鬼の形相がすごい。。つづく。
2011年09月24日
コメント(0)

青森観光物産館アスパムは、Aomori Sightseeing Products Mansionの頭文字からとったASPMに由来する。青森港に近接して、青森市の北端にあり、青森の観光物産を紹介する代表的な建物だ。高さ76mの三角形の建物で、これは海側からみたところ。上の方に展望台がある。反対側の街側からみても三角形。横から見るとこのように、三角の板状なのが分かる。なぜに、三角かというと、青森のAをまねたらしい。中に入ると、1Fは中央のエントランスホールを中心に、物産館、イベントホール、観光案内所などがあるが、2009年のねぶた祭りの際に訪ねたので、ほとんどお土産屋さんと化していた。2階のあおもり体験ホールには、故 川村心先生の水滸伝 行者武松(ぎょうじゃぶしょう)が展示されていた。水滸伝に出てくる好漢で、修行者の姿の大男で、酒に酔って山で寝入ってしまい、素手で虎を退治したという話である。写真で見ると迫力が伝わりにくいが、実際は、台車の高さ2mも含めて、高さ5m、幅9m、奥行き7m、重さ4トンと巨大だ。2階には、他に、エネルギー館、青い森ホール、市町村ホールなどがある。3階はジョブカフェあおもりとハローワークヤングプラザ、4~6階は貸し会議室、7階は青森県物産振興協会、8階は事務局、9階は貸し会議室、10階はみちのく料理「西村」、13階は展望台、14階はDiningはなぁふ となっている。(せっかくの青森で一番高い建物なのに、貸し会議室ばかりで、もっと有効利用できないのかなあ。)とりあえず、1、2階の見学とお土産を買ったら、13階の展望台へゴー。大人400円だ。展望台は、街側と海側にあり、それぞれ180度のパノラマになる。海側には、青い海公園があり、透明な四角錐の建物が青い海公園展望台、さらに海の向こうには、天気がいいと遠くに津軽半島と下北半島までみえるのだが、当日は曇りでみえなかった。海側の西側には、夜景の名所の青森ベイブリッジ、その足元に八甲田丸、その奥にフェリー埠頭がみえた。また、展望台の料金を払うと、ワンドリンク無料カードがもらえる。ゆったりと眺めながら、アイスコーヒーを。海の東側は、手前の青い海公園の右奥の緑が聖徳公園。遠くの山々が、浅虫水族館のあたりから下北半島となっていた。街側の展望台から。右端の太い幹線道路がアスパム通りから県庁通りで、左右に市街地が発展し、遠くに青森県庁、さらに奥の平地に青森空港。もう一度、海側へ戻って、真下の青い海公園。ねぶた期間中なので、ねぶたが展示されている。次は、ねぶたラッセランドへGo。青森県観光物産館アスパムhttp://www.aomori-kanko.or.jp/
2011年09月24日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1