見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記
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2年間の空白は、説明しがたいものがあって‥少しだけ経緯を書いておきたいと思う。 2015年2月の事。 医者が聞く。「お名前は?。ここが何処か分かりますか?」返事はするけど、全て的外れで意味を成さない返事ばかり。「ここは病院ですよ。あなたは心臓の手術をしたんですよ。分かりますか?」。何も分からなかった。入院するとともに意識を失い13日間眠り続けた。やっと目を覚ました日にベッドの上で起き上がった途端、悪質な不整脈に襲われ心臓が停止。心臓マッサージを受ける事36分間。死の淵から舞い戻ってきたけど、自分自身が死んでいたのを知ったのは、病院に運ばれて3ヵ月以上たってから。退院後に自宅で40日間のリハビリ終えても何も出来ずにベッドに横たわる日々が続いた。それでも生きている事だけは確か。図太く生きよとするか?。悪あがきをせず幕を引いてしまおうか?。悩ましい問題だなぁ。 私の愛猫ミスティーは、4月末に私が退院した時には誕生日を迎え19歳になっていた老猫さん。退院後も自宅には戻れず(1人住まいで食事も作れないので)姉の世話になり、やっと自宅に戻れた頃はすでに夏。約半年間、妹にミスティーの面倒を見てもらっていたが、帰宅した頃にはミスティーも私が分からなかったようで、呼んでも何となくよそよそしく、猫つぐらの中で過ごす日々が続いた。距離感は微妙になり、毛をといてやっても、お腹をさすってみてもさみしいほど無表情だった。家の中にポツンととり残されていたミスティーは、本当のところ、私よりももっと心細く、さみしい想いをしていたのだと思うと申し訳ない気持ちで一杯だった。 そのミステイーは私が家に戻って数ヶ月後、体調を崩しあっという間にやせ衰えて、何もしてあげられないまま、9月4日、19歳と6ヶ月で黄泉の国に旅立ってしまった。たったひとつの慰めといえるのは、痩せたミスティーの身体を私は腕の中に抱えて最後の時を迎える事が出来たことだ。深く大きな息をして、小さな声で「ニャンッ」と啼いて息をひきとった。悲しいときは突然やってくる。長生きしてくれてありがとうと言えばいいのか、退院後にもっと優しくしてやれば長生き出来たはずだと思ったり‥今でも後悔の日々が続いている。さみしい日々が続ている。 私は今年の2月で68歳。何となく過ごす日々がいつまで続くか分からないけど、中身の濃い余生を過ごそうと思う。ブログも、しっかりと続けようと思っている。
2018.03.31
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