見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記
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本格的な梅雨の季節には早いが、梅雨になると思い出す事がある。 32歳の時に神戸に腰をすえて仕事を始め、なんとか落ち着いてやっていけそうな目処がたった頃。クライアントの多くは神戸と大阪にあって、後は東京の雑誌社関係の写真とコビーライトの仕事が不定期だがチラホラあった。そのまま飯が食えて行けたらいいけど、フリーランスはいつ仕事がなくなるかわからない。しかも、仕事の上がりが悪いとか、仕事をしくじるとか、明らかにこちらの失態で仕事が無くなるのならまだしも、カメラマンやライターの売り込みも頻繁にあって、仕事の上がりの評価よりも担当者の好みや仕事以外での繋がりなんぞが結構影響して、付き合いが途切れてしまうクライアントもあった。 担当さんが簡単にカメラマンやライターを変えるのは一緒にやってて仕事が楽しいかどうかなんてのも影響して、ある雑誌の仕事を断られた原因はなんと下戸の私が「酒を付き合わない」という理由だとある編集者から聞かされた。 なるほど。それも大切なコミュニケーションなんだ。その担当さんにしたら仕事終わりの打ち上げでいかに楽しく飯を食らい酒を酌み交わすか‥‥重要なんだろうなぁ。酒が飲めるのも芸の内。だよなぁ。 40代に入ると、仕事をいただいていた雑誌がドンドンと変わっていった。あまり若い女性向けの雑誌では記事を書く事はなくなり、お店を1日に何件も取材して回るって仕事も無くなってきていた。ファッションが写真撮影のメインではなかったので、どこかに取材に出かけて旅のルポ的な仕事が増えてきて、日本国内を行ったり来たり。その頃から仕事を頂き出した旅行社が3社程あって、ほとんどがアジア圏。香港、台湾、タイ、韓国、シンガポール、マレーシア、帰国した空港から他社の取材にそのまま出発なんてのもあってパスポートはあっと言う間にページが増冊されて日記帳みたいになってしまっう。個人的な事をメモしても分からないだろうね。 そんなパスポートのおかげでグァム島へ出掛けるのにアメリカのビザが貰えなくなった。大阪の領事館の近くまで出掛けることがあったので、自分でビザの申請書を書いて提出したのだが、担当者がビザを出してくれない。理由はこんなに度々グアムとサイパンに出掛けて来るのは仕事をしているからだろう。観光ビザは出せないから就労ビザを取れという。何度も足を運んで『フリーランスのカメラマンでグアムとサイパンの写真をフォトライブに預けるための撮影』に出掛ると言っても決して認めず「興行ビザか就労ビザを取得しろ」と譲らなかった。確かに何度も出掛けてきてるけど、現地のクライアントから仕事を受けて現地の仕事をしているわけではないから問題はないと思う‥‥。でも、結局は就労ビザがないのに仕事をしていたと判断されて機材を没収されてグアムから追い返されたカメラマンもいるとの事。で、内容を旅行社の担当に話しをすると「わかりました。出発までにまだ時間の猶予はあるようですから、私の方で手配します。明後日には降りるでしょう」と言ってくれた。 取材に出かけるために関西空港近くの前泊していたホテルに約束通り観光ビザが取得されたパスポートが返ってきた。 どんなやりとりで取れたのかわからないけど、ビザには滞在予定の5日間の日付に二重の赤丸が付けられ『5DAYS ONLY』と手書きでデカデカと書かれていた。 こんな事書いてるけど、ウクライナには行った事はないけど彼の地はどうなるんだろうね。『義』と言うものは地域の数だけ、人種の数だけ。民族や国の数、人間の数だけある。だから軽々しく自分勝手な事は言えないが、どう考えてもウクライナの悲劇は『もとKGBの男が独りよがりの「義」を振り翳して行った蛮行』だろう。 しかし待てよ。そう考えるのも極東のクソ爺ィの『自分よがりの見解』でしかないか?辛い夏を迎えそうだね。
2022.05.15
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