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2023年11月23日
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いつも、内田樹氏の書いていることを読むと考えさせられる。


​月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」2023-11-16
― ウクライナ戦争に続いてイスラエル・ハマス戦争が起こりました。この事態をどう受け止めていますか。

 でも、今回の事態を何と表現すればいいのか、私にも実はよく分からないのです。これは近代的な国民国家間の戦争ではありません。かといって、ポストモダン的な非国家アクターによるテロではないし、単なる民族抗争、宗教戦争とも言い切れない。そのどれでもなく、そのどれでもあるような、複合的な戦いが起きている。このような事態を適切に表現する言葉を私たちは持っていないという気がします。私たちはまず「何が起きているのかうまく説明できず、解決方法もわからない」というおのれの無知と無能を認めるところから出発する必要があると思います。
 ただ、イスラエル側の認識には前近代的な宗教戦争や「聖戦」思想に近いものを感じます。今回、ハマスは非戦闘員を含むイスラエル国民を無差別に虐殺しました。これについてネタニヤフ首相はハマスを「新しいナチス」と呼び、演説では「私たちは光の民であり、彼らは闇の民だ」という善悪二元論的な理解を示しました。イスラエルの国防大臣は「私たちは人間のかたちをした獣(human animals)と戦っている」とまで言い切りましあ。イスラエルによれば、今回のハマスとの戦闘は、二つの国家がそれぞれの国益を守るために行う「ふつうの戦争」ではなく、人間が悪魔と闘っている「神話的な戦争」だということになります。それではイスラエルのガザ攻撃に歯止めが利かなくなって当然です。相手は人間じゃないんですから。

 戦時国際法では、攻撃してよいのは敵戦闘員か軍事基地などに限られます。降伏者、負傷者、病人などの非戦闘員は攻撃目標にしてはなりませんし、医療施設も教育施設も宗教施設なども軍事目標にしてはならない。もちろん、実際の戦闘においては、市民や非軍事的な施設が「巻き添えを食う」ことは避けられませんが、それでも交戦時には「巻き添え被害」を最小限にとどめることがすべての軍隊には求められています。
 しかし、今回のイスラエルのガザ空爆は敵国の構成員は原理的にはすべて潜在的な戦闘員だという理解に基づいています。たしかに戦闘員と非戦闘員の線引きは困難ですけれども、交戦に際しては、その線引きのために最大限の努力をすることが求められている。自分が殺そうとしている相手が戦闘員か非戦闘員かがわからないときには、引き金を引くことを「ためらう」ことを求めている。それは正義の実現とはほど遠いけれども、犯さなくてもよい罪は犯さない方がいいと命じている。ことは原理の問題ではなくて、程度の問題なんです。

 ところが、今回イスラエルは、敵国の構成員である以上、子どもも大きくなれば兵士になるかも知れないし、医療施設で治療を受けた人間は治癒すれば前線で戦うかも知れないという理屈で「子どもも殺すし、病院も爆撃する」ことを正当化している。「ジェノサイド」と呼ばれるようになったのは、そのためです。
 これは近代国家として守るべき最低限の節度を越えています。今起きている事態をどう呼べばいいのかは僕にはよく分かりません。でも、名前をどうつけるよりも、この瞬間も殺され続けているガザの人たちの命を守るために一刻も早く停戦することが最優先される。「これは言葉の問題ではなく、時間の問題なのだ」というのは感染の拡大を前にして、この病気がペストかどうかをいつまでも論じている専門家たちに向けて『ペスト』の医師リウーが告げる言葉です。今のガザについても、同じことが言えると思います。

―― ウクライナ戦争にも聖戦の側面があります。
内田 ロシアも前近代のパラダイムに退行しつつあるように見えます。プーチンはウクライナの「非ナチ化」を掲げて侵攻しました。ウクライナ政府がナチ化しているというのは、まったくナンセンスな妄想です。でも、妄想にも十分に現実変成力はあります。妄想に駆られた人によって現に都市が破壊され、多くの人が殺されている。
 一方のウクライナは、国土と国民を守る国民国家の自衛戦争をしています。こちらの方は戦うことに国際法的な合理性がある。ですから、国際社会はロシアを非とし、ウクライナの自衛には理があるとした。軍事支援はNATO諸国に限定されていますが、モラルサポートは世界から送られました。
 しかし、パレスチナ戦争の勃発直後に、ゼレンスキーがイスラエル全面支持を打ち出したことで、ウクライナへのモラルサポートは一気に萎んでしまった。ウクライナの最大の戦力はロシアに対する倫理的優位性だったのですが、ガザの市民を虐殺しているイスラエルを支持したことで、その倫理性が深く傷ついてしまった。かつてウクライナを支持した同じ市民たちが今はパレスチナを支持しています。当然、欧米諸国政府の対ウクライナ支援の機運もこれで萎んでしまうでしょう。すでに「ウクライナ疲れ」が広がっているこのタイミングでのゼレンスキーの「失言」はもしかすると彼の政治的求心力に致命傷を与えるかも知れません。

―― アメリカの覇権が衰退する中でヨーロッパと中東で戦争が勃発し、近代的な国際秩序が動揺する一方、前近代のパラダイムが復活してきている。
内田 そういうことだと思います。ただし、ウクライナとパレスチナは同列に論じることはできません。ロシア・ウクライナは独立した国民国家間の戦争ですが、イスラエルとパレスチナはそうではありません。パレスチナは長くイスラエルによって分断され、抑圧され、国家機能を奪われており、いまだほんとうの意味で国家としての政治的自立を達していませんから。
 それからもう一点、ロシアとウクライナは文化的にも多くの共通点を持っている同じスラブ民族の「兄弟国」ですが、イスラエルとパレスチナは、民族が違い、言語が違い、宗教が違うまったくの「異邦人同士」です。ですから、仮にこれから和平があり得たとしても、この二つの戦争ではずいぶん違うものになるだろうと思います。

― パレスチナでの戦争は「21世紀の中東は誰が管理するのか」という問いを突き付けるものだと思います。
内田 「中東の管理者」は歴史的に見ると、13世紀から1922年まではオスマン帝国、大戦間期は英国、そして第二次大戦後はアメリカというふうに遷移しています。
 第一次世界大戦中、英国はオスマン帝国を弱体化させるために、アラブにはフサイン=マクマホン書簡で独立を約束し、ユダヤにはバルフォア宣言でユダヤ人の「民族的郷土(National home)」を約束するという「二枚舌外交」を行いました。それが今日のパレスチナ問題の原因となりました。
 大戦間期には「中東の管理者」を任じていた英国は、第二次大戦後に国力が衰え、「世界帝国」から大西洋の一島国に「縮む」という戦略転換をしました。その時に「中東の管理者」のポストは英国からアメリカに移りました。
 しかし、アメリカも英国同様、中東の管理には結局失敗します。イラク、アフガニスタン、シリア、そのどこにもアメリカは「欧米的民主主義」を扶植することができなかった。そもそもアメリカが中東に強い関心を寄せたのは、石油資源が欲しかったからです。でも、中東全域をパックスアメリカーナの秩序下に収め、石油の安定供給を確保するために要する「統治コスト」より、アメリカ国内で資源を調達するための「技術開発コスト」の方が安いということがわかった時点で、アメリカには中東に固執する必然性がなくなった。
 それゆえ、オバマは2013年に「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言し、アメリカは本格的な「リトリート(大退却)」を開始しました。それは「中東をコントロールするために要するコストは、中東からもたらされるベネフィットより大きい」という算盤を弾いた結果です。そうやって、2021年にはアフガンから撤退し、イラク駐留米軍の戦闘任務を終了しました。それに並行して、イスラエルとアラブ諸国の関係改善を主導して、2020年にはイスラエルとバーレーン、UAEの国交正常化を実現し、イスラエルとサウジとの国交正常化交渉を進めています。つまり、アメリカは「中東管理」という苦労の多い仕事をこれからはイスラエルに代行させて、自分たちはそっと逃げ出す算段をしていたんだと思います。でも、「リトリート」の代償として、アメリカはイスラエルに「中東におけるフリーハンド」を与えてしまった。それが裏目に出たのが今回のガザ侵攻だと言ってよいと思います。
 厄介払いをしたつもりが、逆にアメリカはウクライナ問題に加えてイスラエル問題という問題を抱え込むことになってしまった。いわば「二正面作戦」を強いられることになったわけです。そして、ウクライナ支援では共同歩調をとってくれたヨーロッパ諸国の国民世論は圧倒的に「パレスチナ支援」に傾いていて、イスラエルを後押しするアメリカには国際社会のモラルサポートがありません。
 アメリカはかなり手詰まりになっています。アメリカが中国との関係改善に意欲的なのは、そのためだと思います。ここで中国との関係が緊張してしまうと、いよいよ「三正面作戦」を展開しなければならなくなる。たぶん中国はここで窮地のアメリカに「貸し」を作ることで、対中国包囲網を緩和させるという譲歩を引き出すつもりでしょう。アメリカは譲るしかないと思います。

―― イスラエル戦争は米中接近につながった。
内田 そうです。でも、もちろん米中接近には限界がある。かつてイギリスがアメリカに覇権を委譲したのは、英米がアングロサクソンの「兄弟国」だったからです。でも、アメリカから中国への覇権委譲はそれほどスムーズには実現しないでしょう。かなり複雑で、ぎくしゃくした「米中協調」になる。でも、それしかアメリカにとっての選択肢はありません。今後、アメリカはウクライナでも、中東でも、アフリカでも、国際秩序を保つためには中国の外交力と経済力を借りなければならない。その点では中国に頼りたいのだが、中国の国際社会でのプレゼンスをこれ以上は大きくさせたくはない。どうしたらよいか。たぶん、米中以外に複数のキープレイヤーを関与させて、問題解決における中国のプレゼンスを減殺するという戦術を採択することになると思います。
 中東の場合でしたら、トルコがこのキープレイヤーになるでしょう。今回の戦争についてエルドアン大統領はイスラエルを「戦争犯罪国家」と断じ、イスラエルを支持する欧米を「十字架と三日月の戦争を引き起こしたいのか」と厳しく批判しています。イスラム世界のリーダーとしては当然の発言だと思います。
 でも、トルコは中国ともアメリカともロシアとも「等距離」にいます。何よりオスマン帝国には600年にわたって安定的に中東を統治してきたという実績がある。その歴史的経験を踏まえて、今新たに強国として登場してきたトルコが中東情勢安定に積極的に関与するというシナリオはアメリカにとっても中国にとっても決して「損になる話」ではない。アメリカからすれば、トルコはNATOの同盟国ですし、トルコ国内には米軍が駐留している。そして、トルコと中国はいずれ「帝国の辺境」において必ず衝突するはずだからです。
 中国が「一帯一路」構想でめざしているのは西域から中央アジアを経て黒海に到る現代のシルクロードですが、その地域はそのままトルコからアゼルバイジャン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンを経て新疆ウイグルの至る「スンナ派テュルク族ベルト」と重なります。どちらがこの地域の「主」となるか、その覇権をめぐって中国とトルコはいずれ必ず衝突します。この潜在的な緊張関係を利用すれば、アメリカはトルコと中国を「操作する」ことができるかも知れない。たぶん米国務省はそういう算盤を弾いているはずです。

―― イスラエル戦争の停戦や新しい中東秩序が実現したとしても、パレスチナ問題の解決は至難の業です。

内田 こればかりはうまい解決策が思いつきません。1948年にパレスチナにイスラエルが建国され、先住民であるアラブ人たちは土地を追われました。その非道を正すための「アラブの大義」を掲げて、1948年から73年までに4度の中東戦争が行われましたが、イスラエルが軍事的にはアラブ世界を圧倒した。この戦争の終結のために、1978年にジミー・カーター大統領の仲介で、エジプトのサダト大統領とイスラエルのベギン首相の間キャンプ=デーヴィッド合意が取り結ばれました。この二人は翌年ノーベル平和賞を受賞しました。しかし、ここには戦争の当事者であるパレスチナ人の代表は呼ばれておらず、ベギンはエジプトとの和平実現後、1982年にレバノンにあるPLOの拠点を攻撃するレバノン侵攻を実行し、サダトはイスラエルと合意したことで「アラブ人同胞の裏切り者」と批判され、のちに暗殺されまてしまいした。
 1993年にはイスラエルのラビン首相、ペレス外相とPLOのアラファト議長が「二国家共存」を目指すオスロ合意を交わし、これも彼らにノーベル平和賞をもたらしましたが、ラビン首相はやはり自国の過激派に暗殺され、アラファト議長没後にPLOは分裂し、パレスチナは、主流派ファタハがヨルダン川西岸地区を支配し、非主流派のハマスがガザ地区を支配するという現在のような分断国家になりました。
 二度にわたって和平合意がなされ、当事者五人がノーベル平和賞を受賞しながら、結局平和は達成できなかった。この歴史的経験からわかることは、どれほど合理的な和平合意も、それぞれ当事国の国民による「感情の批准」が得られなければ空文になるということです。
 問題は和平協定そのものの合理性よりむしろ国民感情です。最も強く人を衝き動かすのは怒り、憎しみ、屈辱感といった「負の感情」です。だから、ポピュリスト政治家は、そのような「負の感情」を政治資源として利用して、権力を獲ようとする。でも、一度火が点いた感情はそう簡単にはコントロールできません。ポピュリストは、国民の怒りや憎しみや屈辱感を手段に使って政治目標を達成しますが、しばしば暴走する感情を御し切れずに自分自身が政治生命を失うことになる。イスラエルはおそらくそうなると思います。ネタニヤフ政権は「史上最右翼」と言われる政権ですが、それはイスラエル国民の怒りと憎しみを政治資源として「活用」することで権力を維持してきたということだからです。
 10月7日のハマスのテロを事前に察知できなかったのは情報機関の失策だと言われていますが、そのせいで1200人の死者が出て、イスラエル国民の怒りに火が点きました。支持率低下に苦しんでいたネタニヤフにとってはこれが政治的浮力になった。怒りと憎しみをおのれの政治的求心力のために利用した以上、この後、仮にネタニヤフ政権が停戦に合意しようとしても国民感情がそれを許さないということが起きる可能性があります。過去二度の合意と同じように、和平に合意した者は味方から「裏切者」と罵倒されることになるかも知れない。

―― 最終的に国際問題を解決するためには、「負の国民感情」を鎮めなければならない。
内田 そうです。そのためには死者を鎮魂し、生き残ったけれど深く傷ついた人々を慰藉しなければならない。供養というのは、死者たちについては、彼らがどう生き、どう死んだのか、それをできるだけ精密に語り継ぐことです。それは「負の感情」に点火するための営みではありません。怒りと憎しみを鎮めるための営みです。そこから死者たちについての新しい「物語」が生まれてくれば、死者たちはもう「祟る」ことはなくなります。
 その点で注目に値するのが、韓国の取り組みです。韓国ではこの10年、李氏朝鮮末期から日本の植民地支配時代、軍事独裁時代を題材にしたドラマや映画を次々に発表してきました。自国のトラウマ的経験、歴史の暗部をあえてエンターテイメント化してきた。私はこれは国民的規模での「鎮魂」の儀礼だと思っています。
 日本でも朝鮮人虐殺を題材にした映画『福田村事件』が異例のヒット作になりました。これは森達也監督がこの「歴史の暗部」をあえてエンターテインメントとして再構成したことの成果だと思います。
 物語がエンターテインメントとして成立するためには、登場人物たちに「深み」がなくてはなりません。薄っぺらで記号的な「善人」や「悪人」がぞろぞろ出てきても、感動は得られないからです。シンプルな「勧善懲悪物語」には人を感動させる力はありません。私たちが映画やドラマを見て感動するのは、すべての人は、それぞれ固有の事情を抱えながら、運命にひきずられるようにして、ある時、ある場所で、思いがけずある役割を演じることになるという人間の宿命の抗いがたさの前に立ち尽くすからです。『福田村事件』はそういう映画でした。私たちは死者たちについて物語ることを通じて「供養する」。それは死者たちに「善人」「悪人」というラベルを貼って、それで済ませるのではなく、一言では片づけられない人間の「深み」を物語るということです。
 現在、日韓関係は改善に向かっていますが、その背後にはこういう文化的な努力の積み重ねがあるからだと思います。どれだけ長い時間がかかったとしても、私たちは死者の鎮魂と生者の慰藉を通じて負の国民感情を鎮静させ、民族間の憎しみの連鎖という「呪い」を解かなければなりません。

―― 「この世には命や平和より大切なものがある」という考え方があります。そういう超越的な価値に基づいて戦っている当事者に「命や平和を守りましょう」と呼びかけても説得できないではありませんか。
内田 十字軍やジハードや祖国防衛戦争など、いつの時代も現世の幸福を否定しても「聖戦」に身を投じるという人はいます。でも、来世の幸福を渇望するのは、現世が不幸だからです。テロリズムは今ここでの物質的・精神的な「飢餓」が生み出すものです。ですから、まずあらゆる人々の衣食住の欲求が満たされる必要がある。でも、それだけでは十分ではありません。自尊心や集団への帰属感が得られなけれれば「飢餓」は満たされない。
 ヨーロッパでは移民の衣食住はなんとか制度的に整えられていますが、それでも移民によるテロ事件が後を絶ちません。それは彼らが日常的に劣等感や屈辱感を味わっているからです。テロリストになることで自尊感情と集団への帰属感を回復しようとするのは、今いる社会ではそれが得られないからです。
 ですから、「テロリズムと戦う」というのは、「テロリストを根絶する」ということではなく、テロリズムを生み出す怒りと憎しみと屈辱感を誰にも与えない社会を創り出すということです。遠い目標ですけれども、テロリズムを根絶する方法はそれしかありません。

―― パレスチナ問題は「二国家共存」という政治的解決が示されていますが、真の解決はどうしたらできるか。
内田 パレスチナ問題の根源にあるのはヨーロッパの反ユダヤ主義です。近代反ユダヤ主義はエドゥアール・ドリュモンの『ユダヤ的フランス』(1886年)から始まります。ドリュモンはフランスの政治も経済もメディアも学問もすべてユダヤ人に支配されているという「陰謀論」を展開して、爆発的なブームを巻き起こしました。ドレフュス事件はその渦中で起きました。
 ユダヤ人ジャーナリストのテオドール・ヘルツルは『ユダヤ人国家』(1896年)を執筆して、近代シオニズム運動の主導者になりますが、彼が「ユダヤ人の国」が建設されなければならないと決意したのは、取材に訪れたパリで、ドレフュス大尉の官位剥奪式に詰めかけた群衆たちの反ユダヤ感情の激しさに触れたことによります。「ユダヤ人はヨーロッパから出て行け」というフランスの反ユダヤ主義者たちの主張を重く受け止めたヘルツルは「ユダヤ人の国」の建設というアイディアを得ますが、このアイディアを最初に言い出したのは「反ユダヤ主義の父」ドリュモンです。「ユダヤ人はヨーロッパから出て、自分たちだけの国を建国すればいい。そうすれば、そこでは誇りをもって生きられるだろう」と彼はユダヤ人に向けて「忠告」したのです。
 ヘルツルが「ユダヤ人の国」の建設予定地として検討した中には、ウガンダ、アルゼンチン、シベリアなどがありました。つまり、「どこでもよかった」のです。でも、やがて近代シオニズムはそれ以前から宗教的故地への入植活動として細々と営まれてきた宗教的シオニズムと合流するかたちで「シオンの地」であるパレスチナに「ユダヤ人の国」を建国することを目標として掲げることになります。
 今、イスラエルはパレスチナとの共存を拒んでいますが、イスラエルという近代国家ができたのは、そもそもヨーロッパがユダヤ人との共存を拒んだことが遠因です。問題の根源は「他者と共生すること」ができない人間の非寛容さです。それが近代反ユダヤ主義を生み、パレスチナ問題を生み、現在のガザでの虐殺を生み、さらには新たな反ユダヤ主義さえ生みだそうとしている。
 答えは簡単と言えば簡単なのです。反ユダヤ主義とパレスチナ問題は同根の問題だからです。これを生み出したのはどちらも「他者との共生を拒む心」です。そのような弱い心情に人が屈する限り、同じ種類の問題は無限に再生産されます。「理解も共感も絶した他者とも共生し得るような人間になること」、それ以外の解決法はありません。(11月4日 聞き手・構成 杉原悠人)


「他者との共生を拒む心」を乗り越え、異なる他者との共生が出来る知恵と理性が、これほど劣化してしまった人間が獲得できる日が来るのだろうか。
もしもそれが可能な人間集団が生まれるとするなら、それはどのような人たちなのだろうか。





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最終更新日  2023年11月23日 09時19分06秒
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