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きょうは通院日。 大学病院の精神科。 いつもは電車とバスを乗り継いでいくけれど、 昼過ぎまでどうしてもおきれなくて、 いや、目が覚めているんだけれどおき出せなくて、 主人が車で一緒に行ってくれた。 担当は若くて目がぱっちりした、華奢できれいなアナウンサーみたいな女医さん。 今回で三度目。 先生がはじめに処方してくれた薬が、私にぴったり合っているようで、 初めて診ていただいた時の、絶望感や無気力感などはない。 悲しいかな、薬の力だとしても、 私はとりあえず、以前の私とは明らかに違う。 「生きるぞ」 図々しく、いやらしく、汚らしくとも、みっともなくとも、 ずりずり身体を引きずってでも、 それでもいいや。生きてやる。
2012年07月31日
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きょうは、私の誕生日。 おととしまでは、母親が夕方に必ず電話をくれました。 毎年、毎年、私が生まれた日がとても暑かったこと、 産声がとても大きくて、廊下で待っていた父や叔母などがみんな男の子だと思ったこと、 入院中に川開き祭りがあり、窓から花火を見たこと、 などなど・・・・・。 昨日は、うれしいことがたくさんありました。 お友達が素敵なお土産をくれました。 タルトのお店キルフェボンで、ごちそうになっちゃいました。 そのお店で、息子のおさななじみの女の子がバイトしていて、 でも、厨房だから会えないかなあと思ったらちょうど厨房が見える席に座れて、 私に気づいて手を振ってくれて可愛い笑顔をみることができました。 そのあともといた会社のメンバーと恒例になっている飲み会に行って、 楽しいひと時を過ごすことができました。 今日は何しましょう。 何を買ってきて、何を食べましょう。 生きているうちに一度でいいから、 一生心に残るような、サプライズをされてみたいなあ。 しょぼくないプレゼント、 しょぼくない食事、 しょぼくないシチュエーション、 私が考えたいろんなサプライズを超越した、 思わず涙が出るような・・・・・ ・・・・・・こんな欲が出てきたということは、 イイことなのかもしれないね。
2012年07月29日
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6月のお葬式のとき、ほとんど何にもしていないけれど、最後の最後まで悩んで弟を喪主にした。御葬式には喪主としての挨拶をした。その時彼は、「遠くから思い、胸が張り裂けそうでした」と言った。私はおそらく、胸をナイフで裂かれても、気がつかないほど今まで苦しみ続けているんだよ。
2012年07月24日
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ドコカ トオイトオイ トコロヘ・・・・・・・
2012年07月17日
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私の住んでいる町は昨日お祭りでした。おとといはその前夜祭で、花火があがります。今年は主人と出かけて見ました。私は花火が大好きだったのだけれど、それは、石巻に生まれて、「川開き祭り」の花火大会を生まれてから一度もかかさず見に行っていたから。最近は、息子と母親と出かけることが多かったから、どうしても母のことばかり思い出す。でかけるときには私が小さい時から使っていた水筒に、麦茶を入れて持って行った。それもつぶれて家の外に転がっていた。胸がぎゅーーーっとしめつけられるほど、花火って切ないものなんだね。来年、私、見れるんだろうか?そんな思いで出かけて見た花火。夜空にきれいに開いたけれど、ぱっと、散ってしまいました・・・・・・・・。
2012年07月17日
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自分のこと嫌いだから、いろんなことがうまくいかないのかな?私の大切なお友達が言っていた。私は私を大切にしているよ。きれいにお化粧して、きれいにお手入れして、お洋服も気を使って、大切にしていあげているよ。そんな風に教えてくれたことに感謝。そんな素敵な友達がいるんだ、私にも。また他のお友達が言っていた。彼女は乳がんになり、手術を受けた。調子が悪かった子宮も不安抱えてこのまま生きるより・・と全摘した。震災になって、福島の動物たちのことを個人で一生懸命に応援してきたけれど、あまりのひどさで虚しくなって、こんな世の中に生きる意味があるのかと思ったけれど、癌になったときには、「お願い、生きさせてください」と、生を懇願する自分がいた・・・と。まだ治療中なのにそうして私のことを心配してくれている友達がいるんだ。また、昨日はもとの職場のお友達がワインのおいしいおしゃれなお店に誘ってくれて、女子会で盛り上がって楽しかった。ちょっと元気のない一人の友達のために集まったのだけれど、私にも誰かを元気づけることができるのだと、うれしかった。ここに書き込んでくださるみなさん、書き込まないけど覗いてくださっているみなさん、そんな方もちゃんといるんだ。twitterで、声をかけてくださる方、会ったことないのに「私はあなたを心配しているよ。自分を信じて!」と行ってくださって、本当にうれしかった。過去に二回しか会ったことなくて、自分はご両親、おばあちゃん、まだ幼い息子さんを亡くして、それでも踏ん張って生きている方が、父母のお葬式のときに自分で調べてお寺にお花を送ってくださった。震災後すぐにうちにきてくれたのに、誰とも話せず玄関に私が付けるためのストールと、お悔みをおいて行ってくれた優しい私にとってお姉さんのようなお友達。どうしたらいいかわからないけど、どんな風に声をかけたらいいかわからないけれど、自分も出席したいと私の父と母のことを知らないのに御葬式に足を運んでくれた、元の職場の上司。「気の利いたことのひとつも言えんでごめんな」とあとからメールもらった。震災後に始めたtwitterで久しぶりに会えた、まったく変わっていない娘思いの同級生。自分というものをしっかり持って生きている後輩。はじめて会ったのに笑顔で話せた一人で仕事している素敵な人。日々こつこつ頑張っているサラリーマン。みんなまぶしく見えた。体調悪くて参加できないことのほうが多いのに、バーベキューしようと声掛けてくれる職場の一生懸命に生きている素敵な女の子。さびしがり屋なのに、それを微塵もみせずに、みんなのためにばっかえり一生懸命に生きている。その他、心配してくれる親戚やさまざまな、リアル、ネットの人たち。そうして、愛する猫たちと、青春満喫している大事な息子と、極楽トンボの息子の父親で前の夫、一番心配してくれている今の夫。私、ひとりじゃないじゃん。少しでいい。自分のこと好きになれなくても仕方ないから、大事にしてみよう。やりたいこと、やってみよう。明日なんてどうなるかわからないこと、一年と4か月前にいやというほど味わったじゃない。
2012年07月14日
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月命日だった今日。御葬式から一か月。お寺に行こうとしたけれど、震災で家族が亡くなった人が集まる日だったかもしれないと思って、なんだか私もそうなのに、なぜだか知らないけれど、私はいってはいけないような気がして、病気のせいもあるから仕方ないのかもしれないけれど、なんだかすごくすごくそう思ってしまって、本当はよりどころが欲しくて、さびしくて苦しくて仕方ないのに、きょうも気付けば呼吸が浅くなるくらい、息苦しい時間を過ごしている。たくさんの善意の手が差し伸べられて、それに救われて今日を迎えています・・・っていうの、よく聞くけど、私、そんな手、差し伸べられてないよ。だれとも会ったことも、食べモノもらったことも、支援物資とやらをもらったこともないよ。ずっとずっとひとりぼっちで孤独だよ。大人だから我慢しなくちゃいけないの?大人(両親)を失った、大人(私)だから、我慢しなくちゃいけないの?大人だって、悲しいのはおんなじなのに。苦しいのはおんなじなのに。どうして、誰も何にもしてくれないの?こんな時なのに、甘えちゃだめなの?明日が来なければいいと本気で思うほど不安だよ。私がいなくなっても、悲しむ人がちょっぴり、ほんのちょっぴりいるだけで、時間はそれを思い出に変えてしまって、悲しんだ人たちもいつかはこの世からいなくなる。孤独、孤独、孤独、不安。サビシイヨオ・・・・・。サビシイサビシイサビシイ。
2012年07月11日
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私は、「安心」と「安定」を求めて生きてきた。いつも不安で、だから楽しくなんかなくて、笑っていてもその場限りで、ずっとずっと不安だった。やっとやっとたぐりよせたと思っていた安心。そう思った矢先の、そこまでの我慢が爆発した「うつ」の発症。でも、なんとかそんな自分をだましだまし、平穏な日々を築いていたのに、あの震災。それでも、時間は流れて、悲しみやショックはかわらないけれど、平穏な暮らしが戻りつつあるような錯覚に捕らわれていた。けれど、また、不安のどん底にあと戻り。なんにも考えたくない、苦しくなるから。なんとかなるさなんて、今の私には無理。ベッドの上で猫のミントとソルトと目をつぶったら、そのままどこか遠い国に、二度と消えない、二度と別れることのない、二度と離れない、そんな場所に行きたい。
2012年07月10日
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先週から、運動不足の私を気遣って、主人が無理やりプールに連れて行ってくれてる。水中歩行コースというコースを、もくもくと歩く。意外と歩けるもんだ。きょうは、ためしに泳いでみようと思って、何年振りかに泳いでみた。25mの半分もいかないうちに、水の中が怖くて怖くて、息があがってくるのが、ぼこぼこと苦しんでいるようで、怖くて、いろんな思いや空想がこみあげてきて・・・・・・泳ぐのはやめた。
2012年07月09日
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じゃあ、いったいどうしてほしいんだよ!あーしてほしい、こーしてほしいってはっきり箇条書きにしてくれよ。みんな心配してるんだよ。それぞれいろんなこと考えながら、その人なりに精いっぱいに、もしかしたら上から目線で、もしかしたらどうすればいいのかわからないまま、もしかしたら時々、ほんの時々しか思いださなけれど、もしかしたらほとぼりが冷めるまで待っているだけで、もしかしたらこのままつきあいがなくなってしまうかなあ・・・と思いながら、もしかしたら伝家の宝刀「なんて声掛けたらいいかわからない」なんて、腫物触るように、でも気になるし、でもそっとしといても声掛けてもどっちも気に食わないみたいだし、いったいどうしてほしいのよ。みんな忙しいのよ、それどころじゃないのよ、それどころなんていってわるかったね、でも私も私の人生であなたほどではないかもしれないけれど、ずっしりと重い荷物背負ってんのよ。それがあなたにわかりっこないように、私もあなたのことわかりっこできないんだよ。「自分だけが被害者面すんじゃないわよ!」なんてひとことも言いたくもなるけれど、そんなんじゃ、そんなんじゃ、声掛けたくても、なんて声掛けていいかわからないじゃん。・・・・って思われてるかもね、ワタシ。
2012年07月09日
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遠くスコットランドにいる息子とのテレビ電話で、そのものすごさを教えてくれた skype スカイプ 。そのskypeからメールが来てました。そこにはこんな風に書いていありました。「大切な人が遠くにいてさみしい、そんなときは Skypeで会いたい人の携帯電話や固定電話に格安通話を発信しましょう。好きなだけ会話ができれば、お互いの気持も明るくなります。」これで、毎日話していた、お母さんの携帯に電話してみようかな・・・・?
2012年07月08日
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長編の本を、一冊通して読むことができました。読書が好きだった私は、震災後も本を読んだら少しは気晴らしになるかも・・・と思ったけれど、借りてみても買ってみても、パラパラとめくって重ねておくだけだったのに。今週は、プールに行き(というか主人に無理やりつれていかれ)一時間ほど歩いてきました。でも、「今日も行くぞ」と言われたけれど、「絶対無理」といきませんでした。朝に目覚めても、夢うつつの時間を引き延ばそうと、起き上がろうとしません。さらに意識して、再び眠ろうとします。ずっとうつらうつらとしていたい、心地よい世界。だって、その世界には、現実と夢の狭間に存在する場所があって、そこも海岸線はぐちゃぐちゃになったりして被災しているけれど、街はこわれて空間も時間もねじまがっているけれど、そこには、なんと、母がいるんです。母の後ろ姿を見ながら、日常を過ごしている自分がいるんです。死後の世界なんて信じないけれど、震災後に何度もこの、「夢うつつ」の世界では母と一緒に過ごしている。おそらく自分が死んだらそこに行くんじゃないのかな?・・・と思うのです。、だから、この時間がとてもとても大切なのです。だから、起きようと思えば起きれるのだけれど、まだこの世界にいたいから、どうか、私を、起こさないで・・・・・・・。
2012年07月07日
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息子が、7月1日からイギリススコットランドのエディンバラ大学に、短期留学に出かけた。今朝、skypeを使ってビデオ電話をした。ネットの力ってすごいなあ・・・・。時差9時間、(今はサマータイムなので8時間)の、とおーい国と、音声も画像も奇麗に話せる。地球って案外、狭いんだな。あちらは、日が暮れるのが夜の10時くらいだとのこと。天気予報を見ると、寒いので、出発間際までダウンを持っていくかどうか悩んでいた。地球って予想以上に、広いんだな。テストでクラス分けされ、いろんな国の人と一緒に過ごす6週間。きょうは、授業は午前中で、午後はパブめぐりをするらしい。向こうでは法律により18歳以上は飲酒可能なので、フィッシュ&チップスと、アルコールでも楽しむのだろうか?前半三週間は楽しみにしていたホームスティ。後半は、学校の寮。高校1年の時にアメリカでサマースクールの体験はあるけれど、ホテル住まいだったから、もっと現地の人と身近に触れ合いたいと言って、気を使ってだめな人はだめらしいけれど、息子はこのホームスティをとても楽しみにしていた。4人のお子さんを育てたという60代のご夫婦の家。息子さんが使っていた部屋は、とても居心地が良いらしい。私と違って、前向きでなんでも自分の「力」にしてしまう前向きな息子。中学高校と6年間お世話になった学校の先生から、「自己効力感がとても高い。だから、自分の思った通りのことが現実になるし、 向こうから近付いてくる。」と言われた。何を感じて、どんな影響を受けて帰国するのだろう。自分の息子なのに、彼がとてもうらやましい。
2012年07月04日
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