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先日、ひとりで車で石巻にまで行ってきた。 いろんな手続きの用事があったからなのだが、 そのあと、友達に会うために、 実家の近くまで行った。 「がんばろう石巻」の看板の前で待ち合わせた。 そこには、 津波の到達の高さを表す看板が新たに建てられていた。 6.9メートル。 見あげねば見えないその高さは、 人も車も家も、 街をすべて飲み込むのに十分な高さだった。 母の遺体を自分で発見してから、 うつぶせに埋もれていた母を引きずりだし、 泥や砂を水であらってあげてから、 ずっと頭を離れなかったことがある。 もしかしたら、母は、生きていたのではないか。 私がもっと早く迎えに来ていれば、助かったのではないか。 冷たい水の中で、父を案じながら、 助けを待ちながら息絶えたのではないか・・・・そんなことを思っていた。 けれど、 いくら家が残っていたって、 二階の天井近くまで水の跡があったのはこの目で何度も見ている。 足が悪い父を思い、尋常ではない揺れのあとの雪が降る寒さの中、 大切だと思われるものを二階に何度も運びながら、 (自分のコート、編み物の道具や本、父がいつも座っていた座イス、それに私と弟それぞれの名前が書かれた段ボール、育児日記やアルバムが入っていた。) 突然の波に、行ってしまった。 地震がきたら父と二人で二階に逃げるのが精いっぱいだと言っていた母。 逃げる間もなく、波にのまれ、父は家の外に流され、母は家の中で、逝ってしまった。 父は口をあけていたけれど、 母は口を閉じたまま、きれいな顔をしていた。 うつぶせの母を仰向けにするときに、 苦痛で歪んでいたらどうしようと腰が抜けて身体の震えがとまらなくなった。 でも、私の大好きな、きれいなきれいな母だった。 最近は生きている母はあまり夢に出てこない。 あの見つけた瞬間のことばかり頭をよぎる。 何を見ても母を思う。 好きな花、好きな食べ物、一緒に行った場所、一緒に行きたかった場所、 きれいなものを見るたびに、母に見せたいと思った。 美味しそうなものを見るたびに、母に食べさせたいと思った。 友達と別れてから、 がんばろう石巻の看板の前で、 神戸からきたという女性のグループと少しお話をして、 写真を一緒にとった。 すぐ目と鼻の先にある、まだ取り壊していない実家にも、お寺にも、 立ち寄ることができずに帰路についた。 車の中で、 「おかあさん」 と呼んでみたら、 語尾が震えた・・・・・。 陸前小野の駅前を過ぎ二つの川を渡って、ハンドルを大きく左にきったとき、 ラジオから、山下達郎さんの「希望という名の光」という曲が流れてきた。 歌詞には、「だからどうぞ泣かないで」とあるのに、 涙がぽろぽろ、ぽろぽろこぼれて仕方無かった。 去年は聞いても何も感じなかったであろう私の心に、 じんじん、染み込んできた。 聞きながら、 鼻水流して泣きながら、 もう一度呼んでみた。 「おとうさーん。おかあさーん。私、生きているよ。」 『希望という名の光』by山下達郎 この世でたったひとつの 命を削りながら 歩き続けるあなたは 自由という名の風 底知れぬ闇の中から かすかな光のきざし 探し続ける姿は 勇気という名の船 だからどうぞ泣かないで こんな古ぼけた言葉でも 魂で繰り返せば あなたのため祈りを刻める 眠れない夜のために 子守唄があるように 傷ついた心には 愛という名の絆を A Ray Of Hope For You A Ray Of Hope For You A Ray Of Hope For You For Everyone 運命に負けないで たった一度だけの人生を 何度でも起き上がって立ち向かえる 力を送ろう どうぞ忘れないで 移ろう時代(とき)の中から あなたを照らし続ける 希望という名の光を あなたを照らす光を 希望という名の光を A Ray Of Hope For You A Ray Of Hope For You A Ray Of Hope For You For Everyone
2012年09月06日
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シャッターを閉めよう 窓も閉めて カーテンも閉めて 部屋の電気は消して ベッドの中に潜り込もう そうしてそうして 身体を丸めて目をしっかりと閉じよう 夏の光に誘われて 自分が一番好きな季節だったから 自分が生まれた季節だったから 外に出てみたくなっただけ 外の空気を思い切り吸いたくなっただけ ほんの少しの優しさがほしくなっただけ 私の気持ちを少しだけわかったふりをしてほしくなっただけ 薬がなくては一人前に歩くことさえできないことを忘れてた
2012年09月03日
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