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ナミビア共和国(Republic of Namibia)先住民族
ナミビア共和国には多くのアフリカの民族の母語となるバントゥー語属の系譜であるヘレロ(Herero)族とヒンバ(Himba)族が先住民族としています。
民族の悲劇
19世紀後半、現ナミビアにヨーロッパ人が移住してくると、特にドイツ人はヘレロ族の土地を農業の為に獲得しようと締結した契約から発展して、ヘレロ族の土地をドイツの植民地にしています。(1884年 、「南西アフリカ」・・ドイツ植民地
)
以降、土地、水、差別等の問題でヘレロ族とドイツ植民者の間で対立が頻発 し、結果、1904年、ドイツの軍人により ジェノサイド(民族消滅の為の大量虐殺)が行われ、9割の先住民族が殺害
されたと言われています。
ドイツ敗戦の第一次世界大戦以後は南アフリカ連邦が委任統治をする期間が続き、その間、 南アフリカ共和国の統治時代にも人種隔離政策
がとられ、民族の悲劇は続いていました。
幸い現在は 1990年に独立
を果たしていますが、アフリカでは豊かな国でありながらも民族の貧富の差が激しい国のようです。
南アフリカ共和国、程、都会的ではないようですが、 ナミビア共和国は清潔で、きれいな国
なのだそうです。
ヒンバ族
もともと バンドゥー族のヘレロ族は、このドイツ統治の時代にキリスト教を信仰し、西欧的生活を選んで近代化した(服を着た)のが現在のヘレロ族となり、尚も伝統を守り維持する道を選んだのがヒンバ族となった
ようです。
(もちろんヒンバ族もジェノサイドを受けています。)
1980年代に、大干ばつが発生し、放牧羊牛の9割が死んだ為、住民の多くは都市部のスラム地帯で難民化したと言いますが、 1990年のナミビア独立以降、ヒンバ族は政府の保護政策の下で放牧のほか、野生生物の保護や観光客向けに自然保護で生計
を立てているそうです。
彼らの家。放牧で草がなくなれば移動するようです。
現在ヒンバ族は北部のクネネ州に住み、総人口はおよそ2万から5万人といわれているようですが、一部族は30人程で構成され、複数の部族が近隣で暮らして成っているようです。
男達は昼間は放牧に行っているので村にはいません。村には女性とちびっ子ばかり見たいです。
同部族内での婚姻はできないしきたりなので近隣部族の者と結婚するようです。
戸籍はもちろん、個人が身分証明書を携帯しているようです。(日本のが遅れてる。)
観光には積極的に協力してくれるようで、ダンスを披露してくれるところです。

ケニアのマサイ族とは違い、ヒンバ族は、完全に部族の風習を守って昔からの生活をしている姿を見せてくれます。(ショーや営業ではありません。)
見学させてもらう代わりに生活物資を提供するのだそうです。
女性達はとてもオシャレです。でも、足に巻いているアクセサリーはヘビ対策になっているようです。
彼女達のオシャレについては次回に・・。
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