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ずっと曇り空。夕べ、娘が「星が見たい」というので、外に出たが、目当ての星は見えず、低いところを雲がいくつも飛んでいた。くじらが空を飛んでいる、とか、ブタが走っている、とか言って、遊んだ。もう少し、寝つきが良くなるといいなあ。 娘の学校の関係で知り合ったおかあさんは、今、心理学を大学で学んでいるのだそうだ。なんでも、お連れ合いが外国に単身赴任が長かったので、つらい母子家庭状態のご褒美に学費を出してもらったとか。 今教えている方々の中にも大人がいる。社会経験の長い大人の学生は、真面目だ。この一コマに何千円掛かっているか換算して、なおかつ自分の活躍できる時間を考えるから、無駄には出来ない。「それが主婦なのよね」と彼女は笑った。そういう学生がいると、厳しいけれど、全体が引き締まってやりやすくなるんだよね。 うかうかしていると、追い抜かれちゃう。だらだらとした学生生活の果てに、常勤→非常勤非常勤と重ね歩き、たまたまそういう履歴書を買ってくれる学校があっただけだ。しばらく離れていたから、これから人づてを探し、やらなくてはならないことばかりだ。なんだかこういう生活は、いつまでも学生のようで果てがない。************息子にこないだ言われた。「おかあさん、むずかしいことになると、読み飛ばすくせがあるでしょ。」「ぎく!なんでわかったの?」「だって、おかあさんにこないだ貸した『クレヨンしんちゃん』、読んだはずなのに覚えてないんだもん」見抜かれている・・・・。どうも、幼少時から聖書を読むような生活をしていて(今は読まないけれど)、子どもにはむずかしいから、そういう悪癖を身に付けたらしい。それにしても、するどいやつ!
2003.04.30
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この日記にはあまり心理学のことは書かないのですが、なんだか面白い話題があったので、アップします。*******http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/to/ml.html 集団の中で意見を交換すると、各個人の意見がバランスのとれたものから極端な意見に変化する現象が見られる(集団成極化現象)。******(以上コピペ)******メーリングリストにせよ、ホームページにせよ、なんとなく周りが全体的にある雰囲気になってしまい、息苦しさを感じて反発したりしちゃう。なんだかいつもの自分とは違う。あるいは、こんな素敵なことを書く人が、どうしてこんなに攻撃的になっちゃうの?おお、これぞ集団成極化現象。こないだは、学童の会議に出席し、絶対やりたくなかった仕事をほいほいと引き受けてしまった。ああ、今年も大変だ~。
2003.04.29
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夕べからあんまり元気が出ないので、何かなあと思ったら、おんぶのせいだった。入れ替わりで娘がけろっとしているので、まあいいかとも思う。経年につれて、疲れがその日ではなく、翌日、翌々日に出るようになる。なんだかねえ。一昨日の夜、学童保育の会議で、9時半過ぎに帰ってきたら、娘がおなかが痛いという。痛みには耐性がないのか、割と大騒ぎをする子だし、適当に気分をそらしてやるとそんなに苦しそうでないので、昨日の朝まで待って、医者に行った。連れ合いが仕事に出かけたので、500メートルくらい離れた医院に担ぎ込むのはなかなか難儀だ。少し歩かせて、少しおんぶして、20キロを超えると、女手では結構大変。それにしても、担当のお医者さんが、ずっと背を向けたままだったのが、ちょっと気になった。お医者さんは、存在自体がプラセボみたいなものなんだから、もう少し自信たっぷりで安心させて欲しいなあ。座薬を入れてくれた看護婦さんは、中堅のどっしりタイプで、心ある人のようだったから、まあいいか。幸い、38度を超えることはなく、今朝になったらけろっとしている。この子は、病み上がりは二重まぶたがきりっとして、いつもよりかわいらしくなる。このまま元気になるといいな。*********選挙は、すんでのところで棄権しそうになった。だって、あんなにたくさん出たら、わかんないんだもの。夕餉の準備を遅らせて、走っていった。情報収集している時間も十分なかったし、みんな良さげなことを言っているから違いがよくわからなかった。どうせなら、どこか地の利の良いところで、全員集めて、学会のポスターセッションみたいに公約を張り出させて、顔が見られるといいかも。そこでも投票が出来て、来られない人は地元で投票するようにする。そんなのは、どうかな。
2003.04.27
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今日は、子どもの学校の保護者会。近くの公園のけやき、いちょうがきれいな若葉で、空を囲むように枝葉が幾重にも重なっていて、うれしくなってしまった。なんだかエネルギーが出てきた。やりたいことがたくさんあって、なかなか日記には出来ないけれど、思ったことを少しずつメモに残して、前進するのだよ。年取ったから、思い出に残るしみじみと楽しいこと、形に残ることを少しずつでも確実にして行かなければ。そういえば、こないだの詩のテレビについて。ある母親曰く、「正解って出なかったですよね。」と。思わず、「詩の感想に、正解なんてあるんですか?」とわたし。発想が受験だよなあ。含意としてこれはこうだというものはあるけれど、それが、正解不正解となると、少しこわい。ねじめさんも、番組の中で、詩は作者を離れると、人々にさまざまに取られていくと言っているが、それでも、ひとつの方向性を示してはいる。国語、読解はむずかしいなあ。一方で、今日の保護者会では、担任の先生曰く、これからは、内容を理解すると共に、それに対して自分がどういう意見をもつかを大切にしていく、という話をしていた。息子の担任は頭の良い人で、話がわかりやすい。理科の実験も、教科書どおりでなく、学んだ知識を生活の中で使えるようにする、たとえば、火が燃えるためには、空き缶に空気穴が開けられるようにする、と言った実験をしているとのこと。なんだか乗り乗りの中堅で信頼できるのがうれしい。
2003.04.24
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今日は、風の強い日でした。真木悠介さんの「気流のなる音」(ちくま学術文庫)が再販されて、とてもうれしい。図書館で何度か借りたけれど、借りるごとに学ぶところがある。前半はメキシコ北部のヤキ族の呪術師ドン・ファンと共に生活したカスタネダの紹介。現代の価値観や枠組みとはまったく違った世界があることについて、語っている。 どんな道にせよ、心ある道を歩く。 うつくしい道を しずかに歩む。ということの意味はまだまだむずかしい。大きな樹を見ることが好きである。人間は地面につながっていることと、天に伸びることを忘れてはいけないように思う。今日は、眠くなっちゃったから、早く眠ろう。
2003.04.21
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授業が始まり、ばたばたと暮らしています。日記を書く間に他のことをしていた方が、適応的かなあと思って更新をさぼってます。なんだか、きっとその方がいいんです。こういうときは。でも、明日は書けるかな。ばたばたしていても、順序良く物事を進めて、安らいだ気持ちでいられるように、お祈りでもしておこう。わはは・・。
2003.04.20
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娘を連れて選挙に行きました。一緒に会場に入れてよかった。それにしても、すれ違う人たちがお年寄りばかりで、この人達はたぶん石原氏に入れそうだなあと思い、帰ってから連れ合いのお尻を叩いて投票所に向かわせました。反戦の追い風も止んでしまったし、時期的にも悪いけれど、意志を表示しないのは、たちが悪い。娘を連れていったのは、社会のお勉強ではありません。会場になっている中学校への行き帰りにつくしんぼを摘んで遊ぼうと思ったから。都心の近くでつくしが生えているのは、学校の近くの空き地と病院の植え込みの2カ所くらい。学校の近くの空き地はざんねんながら立入禁止で、スチールのひし形になった緑の柵の中に手を突っ込んでつくしを取るのです。去年は、なにげなく錠が外してあったのですが、今年はダメでした。つくしの後は、さくらの花びらを追い掛けて遊びます。娘が保育園の時、先生が、さくらの花びらを捕まえるとしあわせになれるとおっしゃったとか。ちらちらと踊りながら落ちてくる花びらは、いくら手を伸ばしてもすり抜けてしまいます。根気よく追い掛けると、ひとつふたつ。ほどよいしあわせが舞い込んでくるような。こないだ電車に乗っていて、やっと座れたと思ったら、網棚の荷物から白いものが落ちてきました。ゴミかなと思ったら、立っていた女性があわててあやまって・・・。荷物に付いていた花びらが舞い落ちてきたのでした。
2003.04.13
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タイトルページにURLを記したとおり、石原元都知事のホームページのタイトルは、「宣戦布告NETで発信」というものだ。 リンクフリーと書いてあるので、バナーまでもらってきちゃったのだが、この時期に、こういうタイトルを付ける感性が信じられない。若林氏、樋口氏のどちらかに政権を握って欲しいと思うのだが、どうも石原反対派が、この二手に分かれてしまいそうな気がする。石原氏って、嫌いだけれどくやしいけれど、魅力的だよね。若林氏の方がわかりやすいけれど、応援するなら樋口さんかな。もっと世の中のこと、分かりたいなあ。くやしいなあ。このスポンジ頭。戦争を巡ってさまざまな意見の対立が起こっている。それは、楽天に限ったことではない。少し離れたところで考えると、意見を異にする者同士が自由に意見を戦わせられる風土は、得難いものだ。しかし、それが人格までもこき下ろしたり、相手を見下したりということになる可能性を誰もがはらんでいる。人間は主義主張や論理以外のところでかなりの部分暮らしている存在であるから、自分自身を見張り、日常生活の中に存在する人間疎外の傾向に目を光らせていることが望ましい。いくら口でえらそうなことを言っていても、自分たちがえげつないことをやっていたら、あまり意味がない。
2003.04.09
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今日は、朝からずっとあいにくの雨。わたしの緑色のこうもり傘は、しばらく前から骨が少し曲がっている。1回外れたから直してもらったんだ。午前中、UAEの1ヶ月検診で病院に行き、その足で出かけたから、割と薄着。幸いコートは着て出たけれど、ちょっと迷った。病院の近くの青山のビルで、友人の送別会のためにカップを物色していたら、ますます荷物が増えちゃった。まあ一応は渋谷に行って見て、風が強かったら辞めようと思っていた。渋谷の街では、拡声器からの声が聞こえていたからすぐ分かった。樋口恵子さんが、ピンクのバスに乗っていたので、手を振った。なんだか考えもないミーハーみたいだなあと自分にシニカルになる。旗持っている人々がいたから付いていった。1時開始だったが、わたしが加わった時間は2時くらい。ケヤキ並木からずっと歩いてきた人たちと合流したわけだ。周囲の道を取り囲む警官がものものしくて、寒そうで、気の毒だった。転勤時期に突然の休日勤務だよね。でも、この人達がもし兵隊にかり出されるのだとしたら、残された家族はどんなだろう、とふっと思った。雨の渋谷の街は、とっても寒かった。一応スニーカー履いてきたけれど、朝からの病院の移動ですでに水が滲みているみたいだった。病院で経過観察中の下半身がしくしくした。歩いているのは、いかにも学生運動風の人や、わたしらみたいな普通のおばさん、学生さん、いろいろだった。赤ちゃんを抱えたおかあさんもいたみたい。一部の人以外は最初はあまり声も出さず、黙々と歩いていた。途中、警官とやり合う場面も見たが、幸いすぐ治まった。もともと争う気持ちなどないから、そういうことがない方が良い。しかし、連行された人もいるらしいと後でのシュプレヒコールで知った。2時から歩き始めて、終点の代々木公園に着いたのは3時20分くらいだった。途中から、「戦争反対!」とか「NO WAR!」とか、かけ声も大きくなっていった。最後の公園付近まで来ると、車道を歩いているわたしたちに、歩道から手を振ってくれる人たちがいて、楽しくなる。目的地についたら、用事があったので歩道を急いで帰りながらも、デモを歩く人たちに大きくピースの手を振っていた。知らない人たちとあたたかい視線を交わすのが、とても楽しかった。渋谷の街並みを過ぎ、地下鉄の入り口が見えると、「途中で失礼しようかしら」なんて考えていたけれど、最後まで歩いて良かったな。こうして歩くことで、戦争がなくなるのだろうか。おそらくなくならないだろう。しかし、同時代に生きながら傍観者でいることは、賛同しているのと同じ事ではないか。それなら、見る阿呆より、せめて踊る阿呆でいたいと思う。
2003.04.05
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4月になった。ダンナの誕生日のケーキを買ってきた。娘が誕生日にお酒を買うのを楽しみにしていたが、貯金箱の中の「500円がないよ~!」と泣き叫んでいた。どうなるかと心配しながら見ていたら、息子が「お金はいいから」と言って妹の分だと買ってきた。いったいどういうことが詮索できないが、なんだかほっとした。久しぶりにPTAの合唱部に出る羽目になった。OG、学校外の高齢者が多いクラブで、たったふたりだけの現役部員なので、出席できなくても籍は置いておいたら、もうひとりが卒業生の親になってしまったのだ。しかたがなく、再度名前だけは部長を引き受ける。今日は、学校側へのあいさつ。金子みすづの短い曲を歌っていた。久しぶりに発声をやる。大きな声を遠慮なく出せるのが良いな。非常勤の学校の勉強会の前に、子供が希望している塾の見学に行った。ブースという感じの半開放的な部屋で、先生と生徒が1対1で学んでいる。話を聞いていると、真面目に取り組んでいる塾のようだが、費用が高い。こないだ自費入院したばかりなので、なかなか息子の望むようには行かない。わたしは、自分のことで精一杯で、なかなか家計の予定も立たないので、困る。子供の希望くらい叶えて上げたいという気持ちに、ちょっとなった。どこまで許すというのは、もちろん現実検討を伴わなければならないし、我慢させるというのももちろんありだけれど。やはり、気持ちをどこまで向けられるかは大きい。 Tune the heart of the children to the perents, Tune the heart of the perents to their young, Tune the heart of all of us to one another, Tune the heart of the people to the Lord.なんてゴスペルがあったな。 今はキリスト教徒ではないが、このごろ妙に思い出す。昨日の雨はあまりひどくなかったので、まだ桜も見ごろ。
2003.04.03
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ピーター、ポール&マリーがずっと頭から離れない。アメリカやイギリスから戦争に志願していった現代のジョニーは、いったいどういう人たちなんだろう。ずいぶん給料が安く、イラクでは食事も満足に取れないと聞くが。義憤にかられた愛国心のある輩なのか、それともお金に困った人たちなのか。日本だったら、借金に借金を重ね、自己破産寸前の人たちなのか、リストラにあったお父さんだろうか。湾岸戦争に置いても、帰還兵は昔と違い、ヒーローとして迎えられることはなかったという。今回の戦争に置いても、きっと帰還兵を迎える目はおおかた厳しいだろう。それだけにPTSDは、たぶん冷たく引きづるものがあるのだろうなあ。どういうジョニー達が、死を覚悟して、殺人を覚悟して、戦地に赴くのだろう。
2003.04.02
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