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文楽5月東京公演第2部「彦山権現誓助剣」(ひこさんごんげんちかいのすけだち)、消えてしまったのと同じには書けませんでしたが、当日のあの臨場感はやっぱりムリなので、諦めてアップします。この日上演されたのは全11段という,超大作の六段目「須磨浦の段」から「瓢箪棚の段」、「杉坂墓所の段」、そして九段目「毛谷村六助住家の段」までの4段でした。明治までは大人気の狂言で、全11段通し上演がたびたび行われていたそうですが、なにしろ11段、尋常でない長さです。お弁当からおやつ、飲み物、つまみにお酒まで持ち込んで、桟敷で寝転んでみることもできたと聞くその頃と違い、イスに座って観劇するようになった昭和以降には、ほとんど九段目「毛谷村六助住家の段」のみの上演にとなり、通し上演は国立劇場で1975年に行われたくらいで、今回の4段続けての上演も半通しと呼ばれる珍しいことで、平成12年以来、18年振りのことだそうです。さて、お話です。6段目からですので、なかなかわかりづらいと思いますが。。。須磨浦の段同僚の京極内匠の闇討ちにあって殺された、長門の国の剣術指南役吉岡一味斎の次女のお菊は、息子の弥三松(やそまつ)と若党の友平と3人で敵討の旅をしています。お菊が疲労困憊で、体調もすぐれないのを気遣って、友平が前の宿へ籠を雇いにいっている間に、浪人姿の京極内匠が通りかかり、国にいるころからお前に惚れていた、ここで会ったのは神の導きとお菊に迫ります。お菊は、弥三松を葛籠に隠し、京極に気のあるふりを装いながら隙を見て打ちかかりますが、あえなく返り討ちにされてしまいます。その時友平が戻ってきますが、時すでに遅く、友平は息絶えた菊のそばで敵のものらしい守り袋を見つけ、弥三松も葛籠の中から助け出します。*****吉田勘彌さんのお菊は、内匠に横恋慕されるほど美しく、病身で弱々しいけれど、友平に帰国を勧めらると、たとえ返り討ちにあっても敵を追うと言い張る凛々しさもあって、殺されてしまう哀れさが際立ちました。京極内匠は吉田玉志さん。強くて暴力的で、色にもお金にも汚く、根性は曲がり切っているという、物凄くアクの強い悪役が、玉志さんだと、ものすごい感じじゃなく、さらっとクールで、もう一枚皮を剥ぐと中に別の人物が潜んでいるかもと思わせます。どちらもとてもいい配役です。それと義太夫では、若くてイケメンの咲寿太夫さんが甲高く良く通る声で子どもの弥三松をやっていらしたのが、ピッタリなんだけどなんだかおかしくて、床を見ると笑えてしまいました。瓢箪棚の段山城の国小栗栖(おぐるす)。京極内匠はばくち打ちを装い、いかさまばくちをして往来で稼いでいます。一味斎の上の娘で、お菊の姉のお園は、敵がそんなに近くにいるとも知らず、夜になると近くの神社で夜鷹のふりをして、京極を探しています。そこへ弥三松を、お園の泊っている宿に預けた若党の友平がやってきます。妹お菊の最後を聞いて嘆くお園に、友平は犯人の守り袋を手渡して腹を切り、いまわの際に守り袋から落ちたへその緒を池に投げ込みます。すると、不思議なことに、池の水が逆巻き、水煙の中でお園の懐の千鳥の香炉が啼き声をあげたのです。それを、自分を呼ぶ声だと思ってやってきた京極内匠は、水煙を見て、山崎の合戦で敗れこの地で命を落とした明智光秀の亡霊だと言い、色々思い合わせて自分が実は光秀の子であったと悟ります。そして、久吉(秀吉)が光秀の首を洗ったその池に、光秀が隠した名剣蛙丸でを探し当てます。剣の気を受けて蛙の声もお園の香炉の啼く声も大きくなり、不思議がりながらも立ち去ろうとする京極内匠の前にお園が立ちふさがり、お互いに相手を知らないまま、二人は刀をめぐって争い始めます。争ううちに剣は傍らの瓢箪棚にはね上げられ、内匠が棚に上り、それを追ってお園も棚の上に。二人の争いは互角の様相、どうやらお園さん、女性とはいえ、大変な遣い手のようで、剣が折れると今度は鎖鎌(!)で相手の太刀を受け止めます。お園はその太刀を見て、敵と思い当たり、月明かりの中後を追っていきます。*****お園は、吉田和生さん。いつもはいい女房みたいな落ち着いた役の多い和生さん、お園は珍しい役のような気がしますが、このはっちゃけた娘さんの生真面目さや女らしさが際立つようで、とても好感が持てました。このお園と京極内匠の立ち回りがすごいのです。二人で瓢箪棚の上で争う内、いきなり玉志さんが人形もろともその棚の上から飛び降りるのです。皆さん思わず息をのみ、一拍遅れて拍手していました。玉志さん、涼しい顔で、すご~~い!!それともう一つすごかったのが、奥の鶴澤藤蔵さんの三味線でした。前に、確か忠臣蔵の時だったか?三味線がまるでロックのようでしたと書いたことがあったの覚えていらっしゃるでしょうか。藤蔵さんを見て、すぐに、あ、あの時の!と思いました。今回もすごく熱のはいった演奏で、まさにロックでした。義太夫の津駒太夫さんも、その力のこもった三味線に全然負けてなくて、こちらはしっかり義太夫でしたが、あの気迫に太刀打ちできるロッカーもなかなかいないかもしれません。杉坂墓所の段いつものように亡き母の墓を参っている六助。そこへ四十九日だからと、村の男たちが山仕事の合間にやってきます。明日の五十日の念仏の約束をして男たちが帰っていくと、老婆を背負った浪人風の男が通りかかり、六助の名を聞くと、六助に勝てば五百石の知行を与えるとの高札を見たので、剣の試合をして自分に負けてくれるように頼みに来たと言います。老いた母への孝行のためだと涙ながらにいうのを聞いて、六助は今まで負けたことなどないが、母への孝のためなら負けましょうと承諾します。親子と別れ六助が水を汲みに行っている間に、墓所の前を通りかかったお園の連れの佐五平は、京極内匠の一味、門脇儀平と仲間に襲われます。連れていたお菊の息子弥三松を小屋に隠しますが、佐五平は切られてしまいました。そこへ戻ってきた六助は賊をやっつけますが、深手の佐五平は、身振りで弥三松を頼むと手を合わせたきり何も言い残すことができずに息絶えてしまいます。名を尋ねても国を尋ねても泣くばかりの幼い弥三松に困り果て、六助は家にに連れて帰ります。*****六助は吉田玉男さん。六助って本当に強くて、佐五平を襲ったやつらをやっつけたのも、どうしたかといえば、体をひとひねりするだけで投げつけて気絶させ、気付いたのを引き倒し、岩にブチ当て、挙句に谷に投げ捨てちゃう。その間、佐五平に泣いてすがる弥三松を抱き上げ、あやしたりしています。気は優しくて力持ちを絵にかいたような人で、悪い奴には恐ろしい程の強さですが、弱いものや仲間にはめっちゃ優しく、なおかつとんでもなく人がいいのです。先週見た玉男さんの慈悲蔵も親孝行な善き人でしたが、それでも彼はお腹の中に秘めたものがあり、忠義のためには自分の子を殺し、兄が逃げられないように手裏剣で傷つけたりもします。ところがこの六助さんは、どうやら善人も善人、まるで秋の青空のようにスコ~~ンと、底も天井もないかのような人のよさです。それはもう危うい程ですが、玉男さんの六助には危なげも頼りなさもなく、もう気持ちよいばかりなので、舞台上の善き人に安心して寄り添っていられました。毛谷村六助住家の段毛谷村の住処に戻ると六助は勝ちを譲る約束をした微塵弾正と立ち会い、約束通り負けてやります。弾正は人が変わったような傲慢な態度を取り、扇で六助の額を打ちます。村人たちも強いと信じていた六助が負けてあからさまに失望を口にしますが、六助は気にも留めず孝行の手伝いができたと満足気です。弥三松の着ていた血まみれの小袖を洗って門の外に干しておくと、ひとりの老女が泊めてほしいとやってきます。とにかく休んでいきなさいと家にあげると、いきなりひとり暮らしなら親子にならないかと言い出し、お金も持っているし、足りなければ金儲けの方法も知っていると言います。首をかしげながらも奥で休ませ、仏壇に念仏を唱え鈴を鳴らしていると、弥三松が外から戻ってきて、母を恋しがって泣いています。六助、思わず駆け寄り抱き上げてもらい泣きです。泣くのはやめて太鼓で遊ぼうと誘うと、弥三松は眠たいから寝ると言ってコトンと寝てしまいます。その時、門口に怪しい虚無僧が現れ、弥三松の小袖に見覚えがあると手を伸ばしたところに、近所の男たちが、泥棒だとつかみかかりますが、逆に尺八で叩きのめされ逃げていきました。六助が気付いて出てきながら偽虚無僧だとなじると、笠を脱ぎ捨てて、家来のかたき!と打ちかかってきます。それは、虚無僧に身をやつしたお園でした。門口の小袖を見て、六助が佐五平を殺して金を盗み、弥三松まで。。。と思ったのです。筒に仕込んだ短刀で切っ先鋭く切りかかるのを、無刀の六助は躱し、それをお園が追い、争っていると、眠っていた弥三松が起きだし、「伯母様」と駆け寄りました。六助が杉坂でのいきさつを説明し、お園の誤解が解けます。そして、六助が名乗ると、お園は驚きながら六助をうっとりと見つめ、妻がいないことを確かめると、自分が妻だと言い出し、夕飯の支度をはじめます。親になりたい人が来たかと思えば今度は妻ですから、どうしたことかといぶかしく思い、仔細を尋ねると、以前、父の一味斎が、豊前国毛谷村の六助という剣術に優れた若者を将来お園と結婚させて吉岡家を継がせようと会いに行ってきたと言ったというのでした。許嫁のことも、一味斎の死も知らなかった六助は仰天しますが、お園は敵討に旅立つ前に盲目の弟が自害したことや妹も切り殺されたことなど、辛かったことを打ち明けます。それを聞いた六助も、一味斎から兵法印可の巻物を賜ったことを思い出し、落涙します。そこへ先ほどの老女が奥から出てきて、自分が一味斎の妻であることを告げ、一味斎の形見の刀を六助に差し出しました。六助は刀を戴き、お園と三々九度を交わします。そこへ木こり仲間が板戸に遺体を乗せてやってきます。それは斧右衛門の母親で、むごい殺され方をしていましたが、六助には、それが過日微塵弾正が母といって背負っていた老婆だとわかりました。それを見て、微塵弾正の嘘に気づいた六助は怒り心頭。微塵弾正の名を聞いたお園親子も、京極内匠の流派は微塵流で、年齢や人相も一致することから、微塵弾正は敵の京極内匠に間違いないと気づき、一刻も早く敵を討ちに行きたいといいます。しかし六助は、真剣で勝負する前に、自分がこの前の意趣返しに木太刀でぶちのめすので、そのあとに敵討をすればよいと言います。三人は身支度を整え、弥三松もつれて、小倉の領内へ出かけていきました。*****この段では、最初床が無人で、三味線さんも大夫さんもいないのです。六助の家の前で役人たちが見詰める中、弾正と六助の試合が始まり、終わってようやくドンデンが回り、睦太夫さんと勝平さんが現れました。先週の織大夫さんがテノールなら、睦太夫さんはバスバリトンといった趣の、男らしく力強い義太夫です。前半の「押しかけ養母」のあたりの、玉男さんの六助の、善き人をはるかに超えた桁外れの天然ぶりが、男らしくきっちりと語る睦太夫さんのまじめそーな義太夫でさらに可笑しみが増し、くすくすと何度も笑ってしまいました。このあたりの呼吸って、大阪っぽい演出なのじゃないかなあと思いながら。後半の義太夫は千歳太夫さんで、千歳さん大好きなわたしですけど、ひいきを抜きにしても、それぞれの人物を丁寧に表現していて、とっても良かったのじゃないかと思いました。まず、幼子の弥三松。母を慕って泣いたりぐずったり、そうかと思えば、太鼓で遊ぼうと誘ってあやす六助に、「おりゃ眠たい、寝さしてほしい」と言ってコロンと寝てしまうあどけなさが可笑しくて可愛くて、何百年たっても子どもって変わらないっものなのねと胸が熱くなりました。それからお園。偽虚無僧といわれていきり立ち、家来と甥の敵と思い込んで六助に打ちかかるお園と、その男が許嫁の六助であると知って急にかいがいしく女房ぶりを発揮するお園、そして旅立ちから今までの苦労話を掻き口説くお園。おかしくも、可愛くも、涙ぐましくもあるいろんな顔を、実に印象深く語り分けていました。和生さんのお園も良かったです。女ながらに武芸に秀でた、元気で強気で力持ちの、少し薹の立ったお嬢さんが、六助という許嫁にあった途端に、あらら、甲斐甲斐しくも色っぽく、優しげな女性に豹変します。苦労話をしながらしてみせる後ろ振りというのかな、こういうのです。ネットから拝借してきた、これは桐竹勘十郎さんですが、女っぽいでしょ?こんなところも見せるんですよ。さっきまで虚無僧姿で短剣振り回していた女性が。。。って思うと余計にきゅんとしますよね。そうかと思えば、六助と三々九度を交わすのですけど、その辺にある盃での三々九度、オトコマエにもぐいぐいと一気にお酒を飲み干すお園のあっけらかんとした姿もまた笑いを誘います。和生さん、やはりいろんなひきだしをお持ちなんだと改めて感心しました。六助はといえば、そんな弥三松も、お園も、母親のお幸も、近所の木こり仲間たちも、誰をも疑わず、良いように解釈して受け入れる底抜けの天然ぶりと、小気味よい程の一本気さが、千歳太夫さんの語りから愛情たっぷりに伝わってきました。天下の達人一味斎が婿に迎えて跡継ぎにと決めただけのことはあって、超一流の武芸者らしい凛とした趣もありながら、その「底抜けの天然ぶり」がすごく自然で温かく、う~ん、これならお園さんが惚れちゃうわけだわと思いました。清々しいまでに自然で天然な青年の、文楽の登場人物には珍しく、世間だの義理だのに縛られない、からっとした明るさに、観客からも自然な笑みや哄笑が生まれていました。玉男さんの人形も、真っ直ぐで、気持ちがよくて、だけどしっかりと一本筋は通っていて、深みのある人柄の六助を、あっさりと表現していて、とっても良かったです。こんな素晴らしい舞台を見せていただくと、次の九月公演が本当に待ち遠しくなります。昨日、劇場の設計が。。。なんて不満を言いましたが、これだけ楽しませていただいたのですから、わたし、もとは十分とってましたね。
2018.05.25
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5月19日の土曜日、先週に引き続いて、文楽5月東京公演の、今度は第2部を観に行きました。素晴らしい公演だったので、帰ってきたその晩に一気に日記を書き、書き上げて気分良くアップしようと「公開する」を押したら楽天ブログメンテナンス中という画面になり。。。お分かりですよね、はい、そうなんです、きっぱり全部消えていました。保存してからアップすればよかった!と思いましたが時すでに遅し。一度消えたものを再度書くのって倍以上の労力と気力がいる気がしますね。でも、今頑張って書いていますので、またまた長い日記になりそうですが、書きあがったら読んでやってください。で、それまでのつなぎというわけでもありませんが、今回はこの劇場の設計のせいで、というか、おそらく古いせいでしょうが、あまり気持ちよく観劇が出来ず、とても残念な思いをしたので、そのことを書いておきたいと思います。何日間かはすごくムカついていましたが、今は気持ちも落ち着いたし、そう遠くない将来に建て直しをされる、その時に生かして戴けたら嬉しいので、冷静に書いていきたいと思います。さて、今回のお席は端近で、字幕が目の前にあったのですが、壁からわずかに出っ張った2階部分のせいで視界が塞がれ、列は前の方だったのにその字幕が見えなくて、舞台を挟んだ遠い方の字幕を見るしかありませんでした。遠くても、字はちゃんと読めましたが、わたしの席が前の方の列だったことが災いして、字幕を読もうとすると、視線が斜め前ではなく横向きに近い角度になってしまい、舞台がほとんど視界から外れてしまうのです。今回の舞台は動きもとても面白かったのに、視線がそれてしまうのが、すごくもどかしい気持ちでした。それと、今回は運悪く、舞台とわたしの席を結ぶ線上にある右前の席に背の高い男性が座ってしまいました。ほっそりした方だったのですが、それでも視界が塞がれ、舞台を見るには、身体を傾げないとなりません。舞台上の動きに応じて、右に左に前に後ろにとわたしはずっと体を動かしていましたから、きっとわたしの後ろの席の方も、舌打したい思いでいらっしゃるのではないかと、忸怩と言っては大げさですが、申し訳ない思いでした。そうは思っても、やはり舞台は見たいので、心ならずも落ち着きなく体を動かすしかありませんでした。字幕のことは苦々しくは思いましたが、国立劇場を建設したときには、字幕がそこにつくことは想定されていなかったのかもしれず、あのでっぱりが邪魔になるとは設計時点では予想できなかったのかもしれないと、自分をなだめました。でも、前に背の高い人が座ると舞台が見えないのは、今に始まったことではありません。前方席の床にも傾斜をつけ、できれば左右の端の方は少し高くなるような、ゆるいすり鉢型の設計だったらこんなことはなかったでしょうに、それだと具合いことがあるのかもしれませんが、何か解決策はありそうなものだと胸中は不満たらたらでした。設計上の制限は色々あったかもしれませんが、それをクリアーするために舞台を見ることをおろそかにしては、建物本来の意味がなくなってしまいます。先日初めてここに来た友人が、開演前でも館内で待ち合わせのできるロビーがないことに不満を言った時は、そんな不満は贅沢だと内心思ったのに、今回は、早く建て直してもっと見やすい小劇場にしてほしいと思ってしまいました。なかなか身勝手なmamatamでした。
2018.05.24
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またまたご無沙汰しております。先週末、連休前に起きた特大トラブルの後遺症は何とか克服できてホッと一息ついたようなことを書きましたが、ホッとしている場合ではなくなっていました。先週は、毎日どころか一日に何度かスケジュールを組みなおすこともあったほど、注文が速いテンポで入ってきて、しかもいつも増して「急ぎ」と付く注文が多いのです。夏のボーナスに向かってキャンペーンの準備をされる会社が多いのかな?理由が詳らかであろうとなかろうと、忙しいことは変わらず疲れるのも同じです。しかも、気候がなんだか日替わりですよね。昨日までは真夏並みの気温だったのに、今日は冷え込んで上着が必要なくらいだし。。。皆様お体大丈夫ですか?30℃に迫ろうかという暑さが続いたとき、息子が昨日帰りがけにこんなものを買ったと言って仕事場に持ってきました。お昼ごはん用だそうです。暑い日のお昼には冷たい麺が食べたいんですって。でも、仕事場には直火の調理器具がありません。あるのは湯沸かしポットと電子レンジだけ。↑は、電子レンジでパスタを茹でるための道具。細長いお弁当箱みたいな形です。夫社長もそうめんのお昼ならサイコーだ!とのたまうので、夕方、晩御飯の買い物にスーパーに行ったとき、ついでにそうめんやスパゲティを買い、レトルトのスパゲティソースも何種類か買いました。フリーズドライの葱とパセリも買って、麺つゆの棚に行ったら、おなじみのメーカーのものに混じって、見慣れぬ商品が。これなんですけど。。。久原って、今話題の「茅乃舎のだし」の販売元じゃなかったっけ?そう思って、回して見ても、茅乃舎のかの字も載っていません販売元は久原醤油。聞いたことないけど、でも、住所が福岡県になっています。確か茅乃舎のだしも福岡だったような。。。別の面を見るとこんな感じで、やはり「か」の字もありません。結局はよくわからないながら、どちらにしても麺つゆは必要なので一本買ってきました。家に帰って「茅乃舎のだし」と比べてみたら、だしの方は「久原本家茅乃舎のだし」で、なんと住所は、(株)久原醤油と番地まで一緒でした。ということで、茅乃舎のだしと何か関係があることだけは間違いないと思い、翌日もう一度スーパーに出かけて行って、家用にも一本買ってきました。まだ、家でも仕事場でも封を開けていませんが、どうでしょうねえ、たぶん美味しいじゃないかと思うのですが。。。使うのが楽しみです。
2018.05.23
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ここ2-3年、長く愛読している大好きな作家の新作が出ていないかと検索しては空振りでしょんぼり。。。ということが多くなり、古なじみにこだわることはやめて、若い作家さんの中から気に入りを見つけましょうと自分に言い聞かせるようになっていました。でも、わたし自身が生活や時間に余裕がなくなっているせいで、探し方にも問題があったらしく、もう高齢なので筆を折ってしまわれたかと思っていたら本当に久しぶりに未読の作品に再会できて大感激なんてことも時にはあります。実はタイトルの「V.I.との再会」も、最近そんな風に感激の再会を果たしたというオハナシです。V.I.とは、ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、V.I.ウォーショースキー、女性作家サラ・パレツキーが生み出した女性私立探偵です。ポーランド系の警官を父に、イタリア系ユダヤ人のオペラ歌手を母に持ち、シカゴのサウスサイドという、あまり評判のよろしくない地域で生まれ育って、奨学金を得て大学を卒業、法律の学位と弁護士資格を持ちながら、エリートの香り漂う法曹界に背を向けて、今は、シカゴで最も無謀かつ有能な私立探偵として暮らし、バスケットとオペラとシカゴカブスを熱愛するアラフィフ女性、それがV.I.ウォーショースキーです。洋の東西を問わず探偵といえば男性だった時代は、前世紀とはいえ、年数で言えばそれほど昔のことではありませんでした。もちろんミス・マープルを筆頭として、女性が探偵役を務める推理小説は存在しましたが、それはいわゆるコージーミステリ、家を中心に半径〇Kmという感じの狭い地域で起きた事件、それらは決してとても暴力的だったり血腥かったりはしないのがお約束で、そんな事件を、警官や職業探偵でない素人が探偵になって解決するという(それはそれでとても面白く、わたしも好きな作品がたくさんありますが)、ほとんどがそういう作品でした。でも、サラ・パレツキーのこのシリーズでは、V.I.はライセンスを持った本職の探偵で、必要とあらば拳銃も携行し、暴力にも一歩も引かずに立ち向かい、時には顔や体に醜いあざを作り、命にかかわるようなケガで親しい人々を心配と恐怖のどん底に落としたことも、それが理由で恋人に別れを告げられたことも枚挙にいとまがありません。それでも、彼女が生き方を変えることはない。。。そんなオトコマエな、ハードボイルドでカッコいい女性、それが、このV.I.ウォーショースキーです。サラ・パレツキーが、いくつもの出版社に原稿を持ち込みながら断られ、第一作目をようやくアメリカで出版にこぎつけたのが1982年で、これが評判を呼び日本で翻訳出版されたのが1985年だそうです。わたしの、彼女との出会いは、その数年後、たぶん1992-3年ごろだっただろうと思います。1986年に生まれた息子が小学校に入学し、授業時間も長くなった頃です。それまでは、歩き始めてから幼稚園に入園するまでは、一日中公園で彼を追いかけて走りまわっていましたし、入園後は、往復数十分の徒歩での送り迎えが週に6日ありましたから、新聞で活字中毒を紛らわすのが精いっぱい、時間的にも体力的にも、精神的にも本を読む余裕がなく、その読書からは6‐7年くらいも遠ざかっていました。出会いの場は図書館でした。その頃もうすでに6作目ぐらいまで翻訳されていたこの作品で、初めて出会った本格的な女探偵に魅了され、既刊の作品を次々と予約して、読んでいきました。シリーズ第一作では、V.I.の年齢は30代の初めだったと思います。読み始めたころアラフォーだったわたしには、彼女は同年代の女性と思えていたようです。息子の入学で暇と単独行動のできる環境ができたわたしの行動半径は、それまでの「徒歩圏内数百メートル」から「電車利用十数キロメートル」にまで広がりましたけれど、相変わらず子育てと家事に追われ、興味も志向もまさにcozyそのものだったわたしには、その対極にいるV.I.が本当にかっこよく輝いて見えたのだと、あの頃なら絶対そんな事認めなかったでしょうが、今はそう思います。そして、巻を追うごとにV.I.の人となりや現在の生活、過去の暮らし、生い立ちなどが明らかになって、V.I.は1作ごとに、ただ単にカッコよくハードボイルドな女探偵ではなく血の通った女性になっていきました。そうして、既刊の数冊を読み終わる頃には、彼女はわたしにとって、尊敬する友人のような存在になっていました。それからは年に1作ずつ、といっても12か月毎というわけではなく、時には前作から20か月もたってから発行される次の作品を待ち焦がれて、図書館に資料がアップされればすかさず予約をして読んでいました。でも、12年前に始まった仕事が2年ぐらい前からめちゃくちゃ忙しくなって、図書館の新着図書を確実にチェックできないことが続き、わたしのようなファンを年々増やしていったヴィクシリーズは、ほんの時たま図書館をチェックしに行く程度では、新作を棚に見つけることもできなくなっていました。その頃は、ある作家の新作が読みたくて調べてみると、その方は老齢や病気のため亡くなられていたとか、Wikiで検索するとご存命のようだけれど著作リストはここ数年増えていないことがわかったとか、そんなことが何度もあった時期でもありました。ナメクジ長屋の都築道夫さん、SF作家の光瀬龍さん、慶次郎縁側日記や深川澪通り木戸番小屋の北原亞衣子さん、香菜里屋シリーズや親不孝通りシリーズの北森鴻さん、シャンディ教授シリーズのシャーロット・マクラウド、名無しのオプのビル・プロンジーニ、マット・スカダーシリーズの・ローレンス・ブロック、中でもショックだったのは、V.I.ウォーショースキーとともに女性探偵の双璧であるキンジー・ミルホーン(アルファベットシリーズ)を生み出したスー・グラフトン、などなど、などなど。。。長いこと大好きだったのに、もう新作には会えない、あるいは会えそうにない、作者たちです。V.I.シリーズも、新作に巡り合うことなく2年を過ごしたころから、正直なところ、作者のサラ・パレツキーは、わたしの曖昧な記憶では、わたしより年上で、夫よりは年下だったはずだけれど、もしかしたら、もう新作を発表してはいないのかもしれないと思い始め、正直なところもうほぼ諦めかけていました。ところが、先日、そんな彼女の近作と、それも2冊同時に、新刊書店でばったりと巡り合ったのです。「カウンターポイント」と「フォールアウト」です。本当にびっくりしました。このタイトルは確かに未読のはずと、何度も何度も奥付を開いては出版年度を確かめてしまいました。「カウンターポイント」は2016年12月刊、「フォールアウト」は2017年12月発行、どちらもこの2年のうちの新刊ですから、間違いありません、未読です!!嬉しさのあまり、文庫本にしては厚くて高価なその2冊をまとめて購入してしまいました。ヴィクとの、3年ぶりの再会でした。買ってすぐに読み始め、あっという間に2冊読了。第18作と第19作の2作、第1作から26年たったV.I.ウォーショースキーは、でもまだ50歳。わたしはちゃんと26年分年をとりましたので、V.Iよりだいぶ歳上になっていました。相変わらずかっこいいV.I.ですが、生き方は相変わらず不器用で、それがなんだかとてもいとおしく感じられ、わたしって成長した?というか、老いた?と、つい自分に突っ込みを入れてしまったmamatamでした。そして、70歳を過ぎたパレツキーさんは、まだまだ活きのいい女探偵を描いてくれそうな勢いが作品のそこかしこに漲っていて、わたしまで元気をもらった気分になりました。カウンターポイントもフォールアウトも相当長大な作品ですが、そんな元気なおばちゃんが、女性を主人公にどんなハードボイルドを繰り広げてくれているのか、頑張っていつか皆さんにご紹介させていただきたいと思います。いつか、きっと。
2018.05.17
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ここ2-3年、長く愛読している大好きな作家の新作が出ていないかと検索しては空振りでしょんぼり。。。ということが多くなり、古なじみにこだわることはやめて、若い作家さんの中から気に入りを見つけましょうと自分に言い聞かせるようになっていました。でも、わたし自身が生活や時間に余裕がなくなっているせいで、探し方にも問題があったらしく、もう高齢なので筆を折ってしまわれたかと思っていたら本当に久しぶりに未読の作品に再会できて大感激なんてことも時にはあります。実はタイトルの「V.I.との再会」も、最近そんな風に感激の再会を果たしたというオハナシです。V.I.とは、ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、V.I.ウォーショースキー、女性作家サラ・パレツキーが生み出した女性私立探偵です。ポーランド系の警官を父に、イタリア系ユダヤ人のオペラ歌手を母に持ち、シカゴのサウスサイドという、あまり評判のよろしくない地域で生まれ育って、奨学金を得て大学を卒業、法律の学位と弁護士資格を持ちながら、エリートの香り漂う法曹界に背を向けて、今は、シカゴで最も無謀かつ有能な私立探偵として暮らし、バスケットとオペラとシカゴカブスを熱愛するアラフィフ女性、それがV.I.ウォーショースキーです。洋の東西を問わず探偵といえば男性だった時代は、前世紀とはいえ、年数で言えばそれほど昔のことではありませんでした。もちろんミス・マープルを筆頭として、女性が探偵役を務める推理小説は存在しましたが、それはいわゆるコージーミステリ、家を中心に半径〇Kmという感じの狭い地域で起きた事件、それらは決してとても暴力的だったり血腥かったりはしないのがお約束で、そんな事件を、警官や職業探偵でない素人が探偵になって解決するという(それはそれでとても面白く、わたしも好きな作品がたくさんありますが)、ほとんどがそういう作品でした。でも、サラ・パレツキーのこのシリーズでは、V.I.はライセンスを持った本職の探偵で、必要とあらば拳銃も携行し、暴力にも一歩も引かずに立ち向かい、時には顔や体に醜いあざを作り、命にかかわるようなケガで親しい人々を心配と恐怖のどん底に落としたことも、それが理由で恋人に別れを告げられたことも枚挙にいとまがありません。それでも、彼女が生き方を変えることはない。。。そんなオトコマエな、ハードボイルドでカッコいい女性、それが、このV.I.ウォーショースキーです。サラ・パレツキーが、いくつもの出版社に原稿を持ち込みながら断られ、第一作目をようやくアメリカで出版にこぎつけたのが1982年で、これが評判を呼び日本で翻訳出版されたのが1985年だそうです。わたしの、彼女との出会いは、その数年後、たぶん1992-3年ごろだっただろうと思います。1986年に生まれた息子が小学校に入学し、授業時間も長くなった頃です。それまでは、歩き始めてから幼稚園に入園するまでは、一日中公園で彼を追いかけて走りまわっていましたし、入園後は、往復数十分の徒歩での送り迎えが週に6日ありましたから、新聞で活字中毒を紛らわすのが精いっぱい、時間的にも体力的にも、精神的にも本を読む余裕がなく、読書からは6‐7年くらいも遠ざかっていました。出会いは図書館でした。その頃もうすでに6作目ぐらいまで翻訳されていたこの作品で、初めて出会った本格的な女探偵に魅了され、既刊の作品を次々と予約して、読んでいきました。シリーズ第一作では、V.I.の年齢は30代の初めだったと思います。読み始めたころアラフォーだったわたしには、彼女は同年代の女性と思えていたようです。息子の入学で暇と単独行動のできる環境ができたわたしの行動半径は、それまでの「徒歩圏内数百メートル」から「電車利用十数キロメートル」にまで広がりましたけれど、相変わらず子育てと家事に追われ、興味も志向もまさにcozyそのものだったわたしには、その対極にいるV.I.が本当にかっこよく輝いて見えたのだと、あの頃なら絶対そんな事認めなかったでしょうが、今はそう思います。そして、巻を追うごとにV.I.の人となりや現在の生活、過去の暮らし、生い立ちなどが明らかになって、V.I.は1作ごとに、ただ単にカッコよくハードボイルドな女探偵ではなく血の通った女性になっていきました。そうして、既刊の数冊を読み終わる頃には、彼女はわたしにとって、尊敬する友人のような存在になっていました。それからは年に1作ずつ、といっても12か月毎というわけではなく、時には前作から20か月もたってから発行される次の作品を待ち焦がれて、図書館に資料がアップされればすかさず予約をして読んでいました。でも、12年前に始まった仕事が2年ぐらい前からめちゃくちゃ忙しくなって、図書館の新着図書を確実にチェックできないことが続き、わたしのようなファンを年々増やしていったヴィクシリーズは、ほんの時たま図書館をチェックしに行く程度では、新作を棚に見つけることもできなくなっていました。その頃は、ある作家の新作が読みたくて調べてみると、その方は老齢や病気のため亡くなられていたとか、Wikiで検索するとご存命のようだけれど著作リストはここ数年増えていないことがわかったとか、そんなことが何度もあった時期でもありました。ナメクジ長屋の都築道夫さん、SF作家で「百億の昼と千億の夜」が特に大好きだった光瀬龍さん、慶次郎縁側日記や深川澪通り木戸番小屋の北原亞衣子さん、香菜里屋シリーズや親不孝通りシリーズの北森鴻さん、シャンディ教授シリーズのシャーロット・マクラウド、名無しのオプのビル・プロンジーニ、アルコール依存症の探偵マット・スカダーなどたくさんの魅力的なシリーズキャラクターを持っていたローレンス・ブロック、中でもショックだったのは、V.I.ウォーショースキーとともに女性探偵の双璧であるキンジー・ミルホーン(アルファベットシリーズ)を生み出したスー・グラフトン、などなど、などなど。。。長いこと大好きだったのに、もう新作には会えない、あるいは会えそうにない、作者たちです。V.I.シリーズも、新作に巡り合うことなく2年を過ごしたころから、作者のサラ・パレツキーは、わたしの曖昧な記憶では、わたしより年上で、夫よりは年下だったはずだけれど、もしかしたら、もう新作を発表してはいないのかもしれないと思い始め、正直なところもうほぼ諦めかけていました。ところが、先日、そんな彼女の近作と最新作、2冊同時に、新刊書店でばったりと巡り合ったのです。「カウンターポイント」と「フォールアウト」です。本当にびっくりしました。このタイトルは聞き覚え、見覚えがないから、確かに未読のはずと、何度も何度も奥付を開いては出版年度を確かめてしまいました。「カウンター・ポイント」は2016年12月刊、「フォールアウト」は2017年12月発行、どちらもこの2年のうちの新刊ですから、間違いありません、未読です!!あとで調べてみたら、カウンター・ポイントの前作セプテンバー・ラプソディーはアメリカでは2013年、日本では2015年1月の刊行でしたから、カウンター・ポイントまで約2年間のブランクがあったわけで、わたしが断筆?絶筆?と思ったのも、あながち早とちりともいえないくらい長いご無沙汰だったのです。その時そんなことは知らないものの、とにかく嬉しくて、大げさなようですが涙がにじんできた程でした。そして、嬉しさのあまり、文庫本にしては厚くて高価なその2冊を、大胆にもまとめて購入してしまいました。だって、なにしろヴィクとの、3年ぶりの思いがけない再会でしたから。買ってすぐに読み始め、あっという間に2冊読了。第18作と第19作の2作、第1作から36年たったV.I.ウォーショースキーは、でもまだ50歳。わたしはちゃんと出会ってからの年月、26年分歳をとりましたので、V.Iより一回り以上(ってアメリカじゃそうは言いませんよね)歳上になっていました。相変わらずかっこいいV.I.ですが、生き方は相変わらず不器用で、それがなんだかとてもいとおしく感じられ、わたしって成長した?う~~ん、ていうか老いたんじゃない?と、自分に突っ込みを入れてしまったmamatamでした。そして、70歳を過ぎたパレツキーさんは、まだまだ活きのいい女探偵を描いてくれそうな勢いが作品のそこかしこに漲っていて、わたしまで元気をもらった気分になりました。カウンターポイントもフォールアウトも相当長大な作品ですが、そんな元気なおばちゃんが、女性を主人公にどんなハードボイルドを繰り広げてくれているのか、頑張っていつか、そう次の作品が出る前には、皆さんにご紹介させていただきたいと思います。いつか、きっと、そのうち。追記調べてみたらamazonに載っていましたので表紙をご紹介しておきます。角川文庫です。まずカウンター・ポイントそしてフォールアウト翻訳は第1作目からずっと山本やよいさんで、日本語で読んでいる読者には、たぶん他の方の訳では、違和感がありすぎて読み進められないかもしれないと思うくらい、本当に素晴らしい翻訳者さんです。
2018.05.16
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先週末、仕事場でインターネットの閲覧をしていたら(遊びじゃないですよ!)、突然別のウィンドーが開いて、「あなたはWindows7のドライバの更新をしなかったので危険な状態になっています。あと〇〇〇秒でファイルが消滅します。大至急Updateしてください。」みたいなポップアップがモニターの真ん中に現れました。(仕事場のPCはいまだに7なのです。)下には、あと〇〇秒でファイルが消滅というカウントダウンと一緒にアドレスが表示されていました。カウントダウンで脅かしておいて、そこをクリックすればUpdateが完了みたいな親切ごかし。飴と鞭?仕事場のPCは、受診したFaxをPC内のフォルダに記録しているため、退社後に入ってきたFaxを逃さないように、電源をONにしっぱなしにしています。なので、WindowsのUpdateは毎日夜中にこまめに自動チェックされていて、最初の警告のように、ドライバであれ何であれ、Windowsが推奨している更新をしていないことは考えられないのです。多分嘘とは思いましたが、念のためWindows Updateをチェックしてみようと思い、インターネットを離れようと×を押すと、一旦スッと消えてもまたゾンビのように不気味に湧き出して来ます。3分か5分ぐらいそうやって押し問答をした挙句、強制終了しようとしたけれど、出来ないとPCに断られてしまって、結局mamatamブチ切れ電源ブチッで切断!!!さらに3分後、めでたくちゃんと起動できたので、念のためWindows Updateで確認したら、PCは最新だとのこと。なんだか分かりませんが、やっぱりあれは詐欺と決まりました。そしたら今日、家のPCにも似たような表示が現れました。この時は、そんなにしつこく消えないことはなくて、無視してたら自然消滅したので、手間をかけないでくれてよかったのですけど、現れたのはWindows10とWindwos7を入れ替えただけで、ほとんど同じ文面だったような気がします。と(家のPCはWindows10。)メールでなく、インターネット画面にあらわれところがすごく悪質です。わたしは接続しっぱなしの仕事場のPCが先だったので、すぐにおかしいと思いましたが、もし家が先だったら、ちょっと慌てふためいてしまったかもしれません。だけど今回のことで、99%フィッシング詐欺だと思えました。皆様、どうぞお気をつけください。
2018.05.15
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ゴールデンウィーク直前のお仕事トラブルに見舞われ、その後遺症と連休の祟り、得意先のK社さんの無茶ぶりに散々振り回されたmamatam社でしたが、連休明けの一週間で何とか状況が旧に復し、来週からは、いつも通りの忙しさに落ち着きそうです。そのテンヤワンヤの最中には、自宅PCのインターネット接続の不具合に悩まされたこともありましたが、それもすっかり落ち着いてくれました。先週はわたしもそりゃもうすごく頑張りました。件のトリプルトラップのあおりで手を着けることができずず、やむなく延期していただいていた経理の締め作業を、3月4月の2か月分やっつけ、昨日、会計事務所から先生に来ていただいて月次監査をしていただきました。といっても1か月後にはまた同じ作業をするのですが、とりあえずはホッと一息です。で、今日は久しぶりの半蔵門、国立劇場です。前回に引き続き今月も襲名披露公演で、今度は人形遣いさん、5代目吉田玉助さんの誕生です。新玉助さんは三代目吉田玉助さんのお孫さんにあたる方だそうですが、お父様の吉田玉幸さんが早逝されたため準備していたのに四代目を継ぐことができなかったので、今回亡父に4代目玉助を追贈し、ご自分は5代目を襲名されたということです。今年の文楽界は、年の初めからの相次ぐ襲名公演の一方、2月には義太夫の始太夫さんが急逝され、この5月公演の直前には先年引退された人間国宝の竹本住太夫さんの訃報が報じられ、と、禍福は糾える縄の如しを地で行くような様子です。ロビーにも訃報が掲示されていました。(手前が住太夫さん、奥が始太夫さんです。)明治、大正の隆盛期から一転、戦争の影響もあって、消えかけたこともあった文楽の灯を必死につなぎ続けてくれた方たちが引退されたり亡くなられたりと、このところ不安な話題も多い文楽の世界でしたが、吉田玉男さん、豊竹呂太夫さんに続いての、その下の世代である前回の織太夫さん、そして今日の玉助さんので襲名で、未来へと続く道をはっきり見せてもらえたように思いました。玉助さんはまだ52歳という若さ。先日襲名された織太夫さんも同年代です。安定した力を身に付けつつも、まだまだ伸びしろもたくさんありますね。本当に楽しみだと思います。さて、先走って語ってしまいましたが、今日は小劇場入り口につくと、ゆるキャラ<くろごちゃん>が出迎えてくれました。係りの方がいらして、一緒の写真も撮ってくださったのですけど、アハハハ、笑ってごまかしておきます。記念にストラップ買ってきちゃいました。だけど、大きいんですよね、このくろごちゃん。この前買った妖狐ちゃんも結構な大きさなので、もうスマホには付けられないし。。。何に付けようかな。などといっているうちに幕が開きます。まずは「本朝廿四孝」です。今回のオハナシは、かなり支離滅裂な筋立ての多い文楽の中でも、迷走ぶりは過去最高レベルで、何とか整理してあらすじを書きましたが、わたしも十分お腹に落ちるまでは入ってない感じなので、読んだ方たちにはきちんと伝えられている自信がありません。読んでいてイヤになっちゃったら、写真だけご覧になって、字のところは飛ばし読みしてくださいね。なにしろ長いことも長くて、めちゃくちゃ入り組んでいるのです。全五段の大作のうち、今日はその中の3段が襲名披露の口上を挟んで上演されます。新玉助さんが遣う「横蔵」は、父が得意とし、祖父が襲名披露狂言で遣った役だそうです。お話はNHKの大河ドラマでも取り上げられた山本勘助が主人公なのですが、その「山本勘助」がたくさん登場して、例によって文楽の世界、わけがわかりません。甲州と越後の国境の野原に、慈悲蔵さんという人が捨て子をしに来ます。子どもを捨てるのはつらいけど、これは自分が母に孝行するためなんだそうです。その子のおくるみには「甲州の住人山本勘助」と札がつけてあります。えッ、慈悲蔵じゃなくて勘助?どうして??と頭の中が???でいっぱいになります。赤ん坊を最初に見つけたのが、甲州武田(信玄)家の執権高坂弾正の妻唐織。武田家に山本勘助を仕えさせることができたら夫の手柄になると連れ帰ろうとしますが、そこに越後長尾(謙信)家の執権越名弾正と妻入江が登場、長尾家も山本勘助が欲しいのでそれを阻止しようとします。さらに高坂弾正も登場。すったもんだの末、甲州武田チームが赤ん坊を連れ帰ります。次に幕が上がると、舞台には揃いの牡丹色の裃姿のお歴々がずらりと座っています。五代目吉田玉助襲名披露の口上です。今回は、舞台上には、御大吉田簑助さんをはじめ、和生さん、玉男さん、勘十郎さん、簑二郎さん、玉也さん、玉輝さん、玉佳さん、玉誉さん、玉翔さん、玉勢さん、玉志さんと、今回は全員人形遣いさんです。なので、苗字は勘十郎さんの桐竹を除いてみんな吉田さん(笑)。玉男さん、和生さん、勘十郎さんの温かい祝辞があって、華やかな中にも和やかで、とってもいい感じでしたよ。そして狂言は「景勝下駄の段」へ。舞台は田舎家の前。そこは山本勘助の家ですが、当の山本勘助は今は亡く、名を継ぐ者が決まるまではと妻が山本勘助を名乗って暮らしています。慈悲蔵さんは近所でも孝行者と評判のこの家の息子。この家にはもうひとり慈悲蔵の兄横蔵もいますが、こちらはとんでもない無法者で、近所中の女に手を出しまくり、弟の女房には自分の息子の面倒を見させる一方で、弟の子は捨てて来いと命じ、母にも我儘を言い放題。でも母は、横蔵に肩入れして可愛がり、慈悲蔵には冷たく当たり、川で捕ってきた魚を勧めても欲しがらず、真冬に裏の竹藪で筍を掘ってくるように言いつけます。この時物陰から長尾謙信の息子景勝が現れ、横蔵を家来にしたいと伝えます。母は不在の横蔵に代わって承諾し、固めの品を受け取ります。この段は、義太夫が竹本織太夫さん、そして三味線は人間国宝の鶴澤寛治さんでした。織太夫さんは、相変わらずの美声と豊かな声量で、ここに至っても未だなんだかよく筋のわからないオハナシをしっかりと聞かせてしまい、わたしはうっかりとオハナシについていってしまいます。織太夫さんの半分くらいしかないように見える寛治さんは、そんな織太夫さんを温かく包み込みながらさりげなくリードする、まるで孫と祖父のように見える組み合わせでした。そして話はいよいよ大詰め、「勘助住家の段」です。玉助さんの横蔵が帰ってきます。今回のパンフレットの表紙のお写真をお借りしましたが、二人はこんな風で上が慈悲蔵、下が横蔵。横蔵は見るからに悪人顔でしょ?横蔵は戻って来るや、母親に悪態をつき、炬燵がぬるいと文句を言い、弟の嫁にもちょっかいを出しとやりたい放題。そんな横蔵を甘やかす母。慈悲蔵は竹藪へ向かい、雪の中で筍を掘っていると何故か白い鳩が何羽も集まってきます。兵器のある場所に鳥が集まるという言葉を思い出し、母に頼んでも渡してもらえなかった父山本勘助の軍法書一巻が埋めてあると思って掘っていると箱が出てきます。そこに横蔵がやってきて、箱を取り上げようと大立ち回りになりますが、母もやってきて、慈悲蔵を裏口の見張りに行かせます。横蔵が掘り出した箱を母に渡すと、母は長尾景勝から預かった白装束と刀を横蔵に見せ、景勝の家来となり、腹を切れと言います。景勝が横蔵を家来にするのは、容貌がよく似た横蔵を自分の身代わりにして切腹させ、幕府に差し出すためだというのです。それを聞いた横蔵が逃げようとすると、手裏剣が飛んできて脚に刺さり、逃げられなくなった横蔵は刀を取って目に突き刺し、これで似た顔でなくなったから景勝の家来にはならず、父の名を継いで山本勘助になると宣言します。そして、長尾家家来直江山城助を呼ぶのですが、現れたのは、正装姿の慈悲蔵でした。慈悲蔵は長尾のため、景勝の身代わりに兄の命を取ろうとしていたのです。横蔵改め勘助は掘り出した箱から足利家の旗を出して、息子の次郎吉は実は足利義晴の忘れ形見であり、次郎吉と足利家を守ることを武田信玄と約束したことを打ち明けます。勘助の忠義と孝心は中国の廿四孝にも勝ると母は勘助を見直し、軍法の一巻も勘助に与えようとしますが、自分は父の名を継ぐだけで良いと、これまでの孝行の褒美に母方の名を継ぐ弟に譲ります。武田と長尾、敵と味方に分かれる兄弟は、戦場での再会を約束しました。というわけで、最後にやっといろんな意味が分かってカタルシスが訪れましたが、正直訳が分からず、途中ちょっと辛いところもありました。最後の勘助住家の段で、玉助さんの横蔵が、玉男さんの慈悲蔵と大立ち回りをが演じるあたりから横蔵の動きが素晴らしくて、皆さんが揃ってスケールの大きな立て役にと仰るのがよ~~くわかり、改めて楽しみな人形遣いさんだと感じました。義太夫は、前が呂太夫さん、後が呂勢太夫さんで、どちらもとてもとてもすばらしかったのですが、後の三味線の人間国宝鶴澤清治さんの三味線が、もう圧巻としか言いようがなく、床については、それで頭がいっぱいになってしまいました。この後は、義経千本桜の道行初音旅でした。ひな壇が設けられた舞台に、牡丹色の裃を付けた三味線さんと大夫さんたちがずらっと並んで座り、豪華な音の饗宴を楽しみました。人形は、静御前の豊松清十郎さんと狐忠信の桐竹勘十郎さん。清十郎さんの静は、可憐で清楚、勘十郎さんの狐はすばしこく、可愛くもあり、忠信への早変わりは、人形だけでなくご自身も、白地の裃から黒地に金のシックで派手な裃へと、楽しませていただきました。途中静が投げた扇子を忠信が受け取る場面があるのですけど、場内一瞬息をのみ、「とった!」とホッとして思わず拍手をしてしまいました。ひとつ驚いたというか嬉しかったのは、景勝下駄の段が終わってロビーに歩いていくと、最後列にどことなく見覚えのある小柄な男性がいらして。。。考えたら。。。引退された嶋太夫さんでした。お元気そうでした。そしてロビーでも、たぶんロバート・キャンベルさんらしい方や、スピードワゴンの井戸田さんらしい方をお見掛けしました。襲名披露公演の初日って、やっぱり格別なのかしらって思いました。4時間半の公演が終わり、今日は朝から帰りに寄ろうと決めていたお店があったので、寄り道。それがタイトルの山本道子の店。焼き菓子のお店なんですけど、宝島社のビルのおとなり、半蔵門のイギリス大使館の真ん前にあります。うっかり行き過ぎて坂の下まで行ってしまい、えっちらおっちら戻って買ってきたのが、こちら。焼き菓子はうっかりしていたら、夫につまみ食いされてしまって、残ったのはこれだけでした。下は焼き菓子を包んでもらっている間に見つけてしまったジャム2種。ルバーブジャムがあったので思わず。って、思わずの割には2種類ともちゃんと買ってる!
2018.05.12
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5月5日、日記の更新直後にいただいたいわどんさんのコメント、「15分ぐらい全部のプラグを抜いて、再起動!」は、日記にも書いたように、あの後夕方から出かける予定で、15分と言わずずっと電源オフにできるので、Good timing!仰せにしたがって、PC周りのコンセントを全部抜きました。そうしたら、暑がり屋さんからも、プロバイダーに電話。。。のアドバイスを戴き、プラン1いわどんさんバージョンを試してダメな場合はこれがある!と、心強い気分でお出かけしました。翌朝、夫社長が接待(だそうですが。。。)ゴルフに出かけて留守だったので、すっかり気が緩み、目が覚めたらなんと10時30分でした。数カ月ぶりの朝寝で、気分爽快。PCの事はすっかり忘れてうち中お掃除し、気にかかっていた箪笥の向きを変え、図書館とY電機に出かけ。。。気づいたら4時でした。コーヒーを飲んでいたらPCの事を思い出したので、ぬいたプラグを全部差し込んでPCの電源をいれました。最初、立ち上がりにいつもより時間がかかったのでやっぱり駄目?と思いましたが、焦らすようにぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。。。の挙句、見事インターネット接続完了!何が良かったのか、何が悪かったのか、皆目わからないながら、終わり良ければ総て良し!!!でございました。わあ~~い、パチパチ!!!てなもんで、メールソフトを立ち上げ~~の、た~~くさん溜まっていた受信メールをチェックし~~の、ついでにいろんなサイトも見に行き~~の。。。とやっていたら、この日は近場のゴルフ場でプレーしていた夫社長、真っ赤に日焼けしてご帰宅。久しぶりのインターネットでしたが、あえなく終了となりました。今朝、再度わがPCのご機嫌をうかがってみましたら、ご機嫌よく起きてきましたので、当分は大丈夫そうです。お仕事の方は、トリプルトラップですから、そう簡単には一丁上がり!とはいきませんが、連休明け、気は重くても作業は順調に進んでいますので、もう少ししたらブログの世界にも完全復帰できると思います。いろいろご心配いただき、ありがとうございました。
2018.05.07
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連休は嬉しいけれど、長いお休みのせいで前後が必ずてんてこまいになるゴールデンウィークです。 その直前にちょっとした災厄に見舞われた今年のmamatam社でしたが、そのトラブル自体はどうにか治まってくれたものの、リカバリ中に放置するしかなかった4日分の作業が「きっちりカタはつけていただきますぜ!」とばかりにデンと居座っていますし、発注も連絡もなしにいきなり原料を送りつけてきて、こちらから電話すると「急ぎです」とのたまうK。。。社様のびっくり注文はゴールデンウィークとあっていつにも増して件数もたっぷりを処理を待ちかねています。 原料ミスの呪い+ゴールデンウィークの呪い+K社さんの呪いで今年の5月初旬はトリプルトラップだと嘆いていましたら、連休後半が始まった途端に、今度は自宅で大問題発生‼️ パソコンでインターネットができなくなってしまったのです。 インターネット以外はできるし、Wi-Fiは繋がっているようなので、パソコンの設定?がダメみたいなのです。 メールの送受信もできなくて、すごく困っていますが、どうしたら良いのか、どうも頭が働きません。 この日記はスマホで書いていますが、スマホでは更新どころかコメントも時間ばかりかかって思うようにいきません。 今日はこれからちょっと用事があって出掛けなくてはならないので、明日、自分にカツをいれて頑張ってみます。 それで解決しなかったら、またしばらくご無沙汰するかもしれませんが、不調はパソコンだけ、それもインターネットだけですので、ご心配なくお願いします。
2018.05.05
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