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小さなお子様の施療も時々させていただくことがあります。 小さな体と心で精一杯頑張っている様子が身体の氣の状態から読み取れます。元気にあふれているのはもちろんなのですが、心や魂はとても純粋で裸に近い状態にありますから傷つきやすくストレスもストレートにかかってくる場合が多いようです。 でも柔らかくて弾むゴムボールのように滅多に破れてしまうこともなく、驚異の復元力があるのも事実です。 また神霊界とも近い霊的位置にいることが多いので、そういう意味での守りも強く忠告や警告も大人よりもストレートに伝わってくるようです。そういう警告に敏感な子供さんは様々な危険をうまく回避していくのだろうなぁと思っています。 親御さんの深く強い愛情に守られて光り輝く未来を見つめておられる子供さん達の魂に触れているとこちらまで幸せな気持ちになります。
2014年01月31日
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以前にも書いたことがあると思いますが、私が信条としている習う時の姿勢です。 師たる人の動作・姿勢・佇まいと言ったものを必死の思いで心の中に書き込んで理解しようと努めます。見ることを止めた後も心の中に「師」の画像を焼きこんで何度も何度も繰り返し思い直すことを続けていきます。 そうしなければ師が伝えようとすることは理解できないと思っています。同じ本を何度も何度も読み込むのと似ているかもしれませんが、人がその全身全霊で伝えようとしている情報量は本の何百倍もあると思っています。 最近の私は遠藤先生のDVDを何度も何度も見続けています。まさに黙念師容の繰り返しです。見る度に新たな発見があり、新たに思うところがあります。 「指圧」とは何か?「共感的想像」とは何か?見る度に深く心の底がざわつきます。
2014年01月29日
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言いたいことがあっても言えずに我慢しておられる方は結構おられるように思います。 言いたいことを溜めていると大腸経がバランスを崩しやすくなり、筋肉があまり発達していない人だと周辺の大腰筋などが弱って腰痛の原因になったりもします。 しかし言いたいことがあっても我慢しておられる方はそう簡単に自分の性格を変えて思ったことを次々と周りに伝えていけるようにはなかなかできないものです。 先日そういう方の守護霊様からのメッセージはちょっと素敵なものでした。 「花のように自分の思いを伝えるのがいいよ。花はその色合いと香りでさりげなく自分の主張を周りに伝えています。それはあくまで自然で押しつけがましいことはなく、周りの人達をいい気分にさせるだけです。 花のように誰にと言う事では無くて、無償の愛を込めつつ自分の主張を少しずつ出していくようにすればいいのですよ。」 花の主張。人の心を和ませる優しい訴え。それは自然界の中に在って、とても優しい意見提出に思えます。
2014年01月27日
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その方は何かしらの邪悪なものに攻められていて、守護霊様に関わるどなたかによって「奇門遁甲による守地」に入れられているらしいということが視えました。 この魂の守り方は絶対的な力も有しているようですが、逆に守られている本人の魂も抜け出しようがない薄暮の中に留まらせる力も持っているようです。 だからご本人は自分がどうしたらよいかわからない状況に陥りかねないようでもありました。 実際には私にはアドバイスのしようもなく、ただこの「奇門遁甲による守地」から抜け出すには「死中の活」を見出していくしかない事しかわかりませんでした。 一番危ないと思われる道のそばにしか生き抜く道がないのがこの「守地」の特質だということらしいです。 人の魂は必ず守られていることは間違いないようですが、ご本人がそれを自覚して自らの力で生き抜いて行こうとしない限り「薄暮」の中に彷徨うこともあるのかもしれません。
2014年01月26日
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最近は「骨ゆらし」の技法に集中して研究・分析を続けていたために「氣の流れ」から少し遠ざかっていました。 氣の流れから遠ざかると、神仏や霊的な存在からの接触率も低下するようで無感覚な状態が時々出るようになっていました。潜在意識ではつながっていることは確実に感じていたのですが、氣の流れを軽視してはいけない事を感じていました。 少しずつ氣と経絡に心のアンテナを向きなおして、少しずつ霊的な振動数を復活させていこうと思います。自分自身の心の修行の再開です。
2014年01月24日
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お客様からまたストックの花を大量に頂きました。半分を母にあげたところ、母はディサービスの施設に持って行ったようで多くのお年寄りが綺麗な花に大喜びされたそうで嬉しい限りです。 当院にも活けてあるのですが、花を見ているとその無償の愛がまぶしく思えます。もちろん花も生きる目的があって綺麗な花を咲かせているわけですが、ストックの花はさりげなくおとなしやかで好きです。 ただ黙って目立とうなどとは微塵も思わずに、黙々と働こう。地の塩になろう。花を見ながらふとそう強く思いました。
2014年01月23日
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私が氣視を始めると、その方の魂は海中の海藻の林の中に分け入って姿を消そうとするところでした。 何だか悲しい姿に視えました。それから少しずつその方の現状を氣視させていただくと、自分の周囲の状況を断固として整理整頓していく姿が視えて、少しずつ周りの複雑な状況が消えて行ってシンプルにシンプルに、しまいには何もなくなって空虚な環境だけが残っていくような、そんな状況が視えてきました。 ご自身の周囲の人間関係やお仕事の状況を取捨選択して行って単純なものにしていくことは、ある意味大切なことですが、これでは何もかもに「幕引き」をしようとしているようでまるで「人生の後始末」のように感じられました。 これはあまり良い傾向ではありません。 人が生きていく道筋には山があり谷があり、森があったり、藪が続くこともあります。でも必ず道は続き、どんなに周囲が見えなくなっても必ずまたその道を歩き始めなくてはなりません。 ある意味「仮の死」があったとしても必ず「蘇り」があるのが、人の人生だと私は思っています。 この世に夕日が沈んで夜が訪れても、必ず朝日が昇って新しい一日が始まるように作られているのは何故なのか?それが生命にとって必然となっている「生きる生き方」を示しているのだと私は思っています。 海の中の海藻の林の中に逃げ込んでいくのは、人として生きる道から外れてしまうことです。頂いた命を全うして歩きつづけなくてはならないと私は思います。
2014年01月20日
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寒さが一段と厳しくなってまいりました。患者さんの左の首筋を触っているとほとんどの方がそこに走る三焦経という体温調節に関わる経絡を固くひきつらせておられます。 寒さに体が慣れようとしておられるのだろうと思いますが、今年の寒さはまた格段に身体に堪えるよヴす。 子供の頃は冬になると朝起きて外が雪で真っ白になっていると嬉しくてわくわくしたものです。その頃は身体がエネルギーではちきれんばかりになっていたのだろうと思います。子供にとって雪は無限に可能性の広がる遊び道具だったように思います。 ヒートテックもダウン素材のアウターもその頃は無かったのに、寒さなんて感じる暇もなかったように記憶しています。 人は贅沢になり、環境を操作できるようになってきたように思われていますが、本当は人そのものの生存環境も生存条件も変わっていないのかもしれないなぁと思います。 何しろ何百年も前から決まっている「大寒」という暦上の転換点が明日来るようです。今日の金沢の最高気温は二度です。
2014年01月19日
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もし地球の夜空に「月」という衛星がなかったら、とても寂しい夜空になっていたかもしれません。 海洋の潮の満ち引きも起こらず、生命の活発な活動も神秘的な輝きを失っていたかもしれません。 月というのは何がしかの霊的な意味合いを持つ存在なのだろうと言うことは何となく解っていますが、それにしても日本人にとっては情緒を育成し続けてきた存在だなと思います。 月と言う存在のお蔭で「真の闇」という存在が完全なものにならずに済んでいるような気さえします。
2014年01月17日
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時々500光年先の宇宙に心を漂わせます。 すると地上の世界の煩わしい雑事から心が抜けていきます。 宇宙へ思いをはせるとき、感じられるのはセンス・オブ・ワンダー 人だけが出来る贅沢なトラベルですね。
2014年01月15日
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それがいつの間にか「私の流儀」になっていました。何社かの会社に就職した経験があるのですが、苦手な上司や嫌いな同僚なんていう方達もおられるものです。 また、そういう方に限ってどうしても近しく付き合っていかなくては仕事にならないケースが多いもので、そういう場合には私は自分の感情は逆転させてなるべく近づいて接近して親しく話をして仕事をするようにしていました。 こちらが嫌っていることを人は敏感に感じるものです。嫌いだから、苦手だからと遠ざけていてはいつまでもその関係は変わらないし、悪化することもあり得ます。 そういう場合は開き直って近づく。親しく交わっていく。そうすると段々、お互いの心が開けてきます。少しずつ心の窓が開いてくると、相手のことが少しずつ解ってきます。すると苦手な気持ちも、嫌だと言う感情も「親しみ」にお互い変化してくるものです。 そうなってからも私の中には「苦手・嫌い」という感情は残っていますが、ここまでくると相手の方は私を「許してくれる」ようになります。そうすると私も「許しあう」間柄になっていることに気付くことになります。 ただ多くの人に人気がある人で私が苦手だと感じる人には、こういうアプローチはしなかったような気がします。ほとんどの人が嫌っているような偏屈な人に対して私は何らかの「価値」を見出して「近づく」ことを試みていたように思います。 私の持論ですが、偏屈でほとんどの人に嫌われているような人ほど「面白い人」が多いように思います。
2014年01月13日
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昨日の休みに天候も不順なこともあって、母親と二人で映画を観に行きました。 映画は「武士の献立」。加賀藩の料理番舟木家の物語です。上戸彩さんが主演で、確かに彼女がとても輝いている番組でした。でもこれは映画一本に収まるようなお話ではなくて、シリーズもののテレビドラマにでもしないと描ききれないような内容だなと感じました。 料理下手な夫の為にかいがいしく料理指南をする出戻りの年上女房という困難な役を見事に演じていた上戸さんは見事ですが、映画としてはもう少し細部を丹念に描きこんでほしいと言う不満が残った感じです。 加賀藩が外様大名としては最大級の藩として幕府から取りつぶしなどに遭わないようにいかに苦心惨憺していたか、幕府高官や諸大名をもてなす「饗応料理」というものに七の膳まであったのには驚きました。 大名家が贅沢をしていたということではなくて、幕府と外様大名筆頭であった加賀藩がどのような緊張状態を二百年間続けていたかと言う証しともなるものがこの「饗応料理」という伝統だったように思います。 饗応料理については映画を観てくだされればご理解できると思います。
2014年01月12日
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芸術や音楽に携わっている人達ってみんな変わっているなぁと感じていたのですが、よくよく考えてみれば人ってみんな変わっている部分はそれぞれに持っているもので、だからこそ人の魂は尊いのだろうなぁというところに思いが落ち着きました。 みんな変わっている。みんな他の人にはちょっと理解しづらい部分を持っている。だから面白いとも言えるし、難しいとも言えるのだろうと。 内省的な人もいれば外向的な人もいる。理解しやすく思える人もおられれば、理解しにくく思える人もおられる。一人一人が本のように様々なページで綴られていて、様々な魂の言葉で内容が記されているのだろうと思います。 この世の人々はみんな大きな図書館に属していて、読もうと努力すればきっとお互いにきちんと読みあえるのだろうと思ったりします。
2014年01月10日
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松と言う木は神様をお迎えするための木であるらしいと日経新聞のコラムに載っていました。 確かに松という木は「氣」の力も強いし清浄な氣で満ちている木でもあるように思います。 海岸近くに多いという印象です。北陸だと敦賀の「気比の松原」なんかが有名です。昔は金沢市内にも数多くの松の木があって、巨木になるとトンビなんかが巣を作っていてランドマークになっていたりしたものです。最近は減ってしまいました。 以前書いたことですが、杉の木は「水の木」檜は「火の木」そういう形で日本全国に分布している木々。松にしても海岸線を中心にして神様を待つ形で分布しているわけで、日本と言う国はなんて神界に近い国なのだろうと改めて思ったりします。
2014年01月08日
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昨日は「小寒」で言うところの「寒の入り」でした。寒くなりました。 ひどい風邪を引いてしまい、年末から年始にかけて治療に専念しておりました。咳が長引き、途中には高熱も出て寝込んでしまう感じの時もありました。今回の風邪はしつこいです。 体力が落ちているのか、家人からは体力をつけるための日々の運動を心がけるようにコンコンと説教される始末です。 今は回復期に入っていますが、お客様に移さないように殺菌・滅菌に努めています。何しろ寒い季節、風邪の菌の活動は活発です。喉が痛い・・・くらいから始まりますから早めにお医者さんに行って対処するようにしてください。
2014年01月06日
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人は辛いとき苦しいときに神仏に祈るものです。何か目に見えない力に守っていただきたいと願うからに他ならないのですが、心が折れそうになるときほどに神仏への帰依の気持ちは強くなるようです。 私も辛いとき、苦しいときに御仏に祈ることをしてきました。若いうちは苦しいときに祈るのみで、助かった後は忘れ果ててまるで自分ひとりの力で乗り切ったかのように思っていたものです。 年齢を重ねてくると神仏への日々の感謝の気持ちこそが、心を強く支えてくれるものだと言うことが解ってきます。何を願うわけでもなく、生かされていることへの感謝の気持ちを心の芯に持つことが生きる原動力になることを悟ってくるように思います。 どんな人の魂の傍にも御仏は寄り添ってくださっています。それに気づくか気付かないかで人の生きる強さが変わってくるようにも思います。 「生きなさい。与えられた命の尊さをかみしめつつ全ての森羅万象に感謝しつつ生きることこそが人の使命の基本なのです。」そう御仏は伝えておられるように思います。
2014年01月04日
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今年は雪の無い何だか温かなお正月を迎えています。 でもだからと言って温暖な天候かと言うと雷は鳴っているし、強風も吹きすさんでいます。雨の晴れ間を縫って初詣に行ってきました。 家族全員が健康で一年のスタートを切れたことを神様に感謝してきました。 皆様の健康と幸福もお祈りしております。良い一年になりますように。
2014年01月02日
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