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人というのは楽な方に慣れてしまうと苦労したという記憶を簡単に忘れてしまうものらしいです。最近二三年の暖冬に慣れてしまっていて、昔の北陸の雪の多い冬を忘れてしまっていたようです。 今年の雪の多さも昔は当たり前だったくらいの量だと思います。それが暖冬続きで楽な方に心も体も慣れてしまって、昔の北陸の冬を忘れてしまっていました。 東京の人たちが5センチくらいの積雪で大慌てする姿を、「何で?」と見ている私達なのですが、昔の自分が今の自分を見れば、きっと「何でそれくらいの雪で慌てているの?」と思うだろうと思います。 人の心というのは楽を覚えると次もそうなるだろうと楽な方に思いを流してしまう傾向があるようです。 北陸の冬はこんなものです。これが毎年続くのだと思って生きて行くほうが良いように思う今日この頃です。
2018年01月30日
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今朝の日経新聞のコラムは殉職に関するものでした。 過去世を氣視させていただいていると殉職というか他者のために犠牲になった方達の魂の記憶がよく視ることがあります。 自分を犠牲にして他者を救った魂は大切な霊的記憶として霊脈の中に記録され、転生の歴史の中でしっかりと残されて魂の継承者の守護や指導の霊体として残っていくことになります。自らの意思で他者のために自らの命をささげるという行為は霊的にもとても尊いものとされているようです。 親は子のために、子は親のために、愛する者のために人は命をかけることを厭わないものです。それは命あるすべての生き物に共通する姿勢というか傾向なのだろうと思います。 小さな鳥でさえも我が子のために怪我をしているという擬態をして天敵の注意を我が身に向けさせて救おうとします。それはきっと遺伝子に組み込まれている「愛」というものの姿なのだと思われます。 殉職された方達の魂は霊的にも尊ばれて貴重な魂の転生を重ねていくことを私は信じております。
2018年01月28日
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過去世が視えるとそこには現世との関係が強くあることが多いです。例えば過去世で在る国の外務大臣をしていたとすると、現世では社交面で数多くの悩みや問題点を抱えているといった形になります。 過去世の魂の記憶が現世での現状を作り出しているのか、因果関係があるのか、それともそういう過去世の魂の守護が必要だから呼び出されて就いていてくださるのか、それはわかりませんが、過去世が現世と深いつながりを持っているのは間違いないようです。 魂の傾向というものがあり、弱者を常に助けたいと思っているとか、常に自分自身を高めたいと願っているとか様々です。ただ基本的に魂の持っている本質は他者に迷惑をかけないで、できれば他者に慈愛の波動を送りたいと願っている者だと思われます。 性善説ではないのですが、自分が幸せになれば周りも幸せになると思っているような魂は本質的にはいないように思います。周囲の存在によって自分が生かされているとしっかりとわかっているのが人の魂の芯の部分だと思います。乱され迷わされている人が時々おられるのは、自分自身を見失っているとしか考えられません。 人は生まれ変わりを繰り返しつつ魂の本質に従って周囲を幸せにしようと努力している存在なのだと思っています。
2018年01月26日
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昨日から暴風が吹き荒れ、雷が鳴って雪も吹雪いてきました。大寒から立春までのこの時期が一番寒い時だと言われています。 それでも院内には穏やかな時間が流れています。お客様が残していってくださる「満足感」と「喜び」のようなものが波動として院内に残り、良い空間を作っていってくださっていると感じています。 何も特別なことをしなくても一人一人のお客様に誠実に接していくことによって少しずつ磨かれていく時空間が院内にあると信じています。私自身の力は拙いものですが、お客様一人一人の心の純粋さが良い波動として蓄積して行っているのだと思います。 こういう仕事をさせていただいていると人の心の純粋な部分が良く視えたり視えなかったりします。心を隠す方もおられれば、心を素直に出してくださる方もおられます。それでもお客様は「自分自身を知ってもらいたい」と基本的に思っておられると私は信じています。 身体と心の状態を「診る」こと。そして健全な体と心の状態になっていただくことが私の使命だと思っております。 今日の荒れた天気も自然界の中では攪拌のようなもの。浄化のための一つの作業なのかもしれないと思っています。
2018年01月24日
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氣視をさせていただいていると、よく視える国というのがあります。 ヨーロッパだとギリシャ、フランス、ドイツなどアジアだと中国、インド、オーストラリアなどです。 逆に滅多に視えない国がロシア、アメリカ、アフリカなどです。南米のインカ、アステカあたりはよく視える国になります。 霊的につながっている国々なのだということなのでしょうか?私自身の記憶野による偏りかとも思いますが、それほどロシアにしてもアメリカにしても知識量は変わらないような気がしますので、そうでもないようです。日本という国の龍脈のようなものがつながっているのはこれらの国なのかもしれないと思っています。 人の輪廻転生の仕組みというものにも何某かの道筋というものがあるように思えてなりません。その真実はきっと死後に魂となったときにしかわからないことなのでしょう。
2018年01月22日
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日本という国の神様の在り方は二重構造になっています。 古来からの日本由来の古代神たちと大陸由来の新しい神々が複層を為して国土に鎮座されています。 一般の日本人の感覚で捉えている神々の姿は新来の神様たちのお姿です。しかしよく目を凝らして視れば、古代から日本におわします神様たちのお姿も意外なところに隠し見えてくるものです。 最近は日本人の霊性の変化があって古代からの霊脈が視えるというか感じ取れる方達が増えてきて古代神に自然と手を合わしたり崇拝する姿もちらほらと見えるようになりました。 ただ時折新興宗教なのか自己の世界に埋没して寺社で変な祈りをささげている人たちも見るようになったのはちょっと困った感じもしています。そういう祈り方は一神教の世界観なんじゃないの?もう少し謙虚さというものを身に付けてほしいと何となく思います。 古代の神々は新来の神様たちの抑圧されてきましたが、勝ちもせず負けもしないという独特な環境に自らを追いやりつつ生き延びてこられているので、気づきさえすればそこかしこにそのお姿を視ることが出来ます。もちろんいつもお話ししているように人がたくさん来られる大きな寺社にはおられないことが多いです。ご縁があれば導かれて遭えることもあるという感じです。
2018年01月20日
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何が悲しいかというとお客様の中に時々自分を大切にしない人がおられる時です。自分の身体をまるで「モノ」のように扱って無理わ重ねている男性の方だったり、自分を卑下して彼氏に遜って尽くし続ける女性だったり・・・。 人はとても大切な存在で命を与えられて生かされていることはとても奇跡的なこと。とても貴重なこと。自分を大切にしなければなりません。もちろん自己中になってわがままに好き勝手をしても良いというわけでは決してありません。 他者に迷惑をかけないようにしつつも、自分を大切に生きていることの価値を高めていく努力をし続けなければならないと思います。身体を酷使するのは時には必要かもしれませんが、自分が不幸になると思えるような努力はしてはならないと思います。 また女性は男性に大切にしてもらわなければならない存在です。軽く扱われたり、無視されたり、虐げられるなどはもってのほかです。私はフェミニストではありませんが、弱者を虐げる趣味は持ち合わせていません。基本的に人は人を尊重すべきだと思っているだけです。 与えられて生かされている「命」というものを大切に考えるべきだと私は思います。
2018年01月18日
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過去世の出身国の傾向でヨーロッパ系の方が時々おられます。いくつかの過去世を視るとフランスやスペインあたりで生まれていることが多い方です。 キリスト教に関わっておられたり、鍛冶職人だったり時計職人だったり錬金術師何て言う方もおられたりしました。こういう方は日本での生まれ変わりが少なくて、今世においてもヨーロッパの国々への関心が高かったりします。やはり過去世の記憶に引きずられている部分があるのでしょうか? ほとんどの方が日本での過去世を多く持っておられます。少ないのはアジア圏での過去世記憶を持っておられる方でしょうか?本当にたまにミャンマーやインドの方がおられるくらいです。アジア圏で生まれる魂というのは何となく「原初の魂」に近い人たちが多いような感覚があります。幼い、若い魂が生まれているのが東南アジア圏のような感じがあります。 それに比べてヨーロッパ圏で生まれる魂は経験値の大きい魂のように感じます。古いというよりもページ数が多い書物という感じです。どちらが優れているとか劣っているとかそういう事はありません。ただ「日本」という国だけが何か特殊な霊的なものを含んでいる国だということは間違いないと思っています。
2018年01月16日
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大雪とまでは行かないように思います。S56の大雪やS38の大雪を経験してきた年代ですから、これくらいの積雪だと中雪というところのように感じます。 近年は冬の積雪が少ない年が続いていたので、これくらいにドカッと降ると慌ててしまいます。でも身体に染みついている冬の備えは残っていました。暖房用の灯油のストックはほぼ一か月は持つように準備していたようです、無意識のうちに。 車は完全に屋外駐車場で埋まってしまいましたが、少し暖かくなって雪が解け始めたら掘り出してこようと思っています。幸いにも町中に住んでいますので、日常の食品や日用品は近場で全て手に入ります。郊外に住んでいる方は大変かもしれません。娘の勤め先でも車が雪に埋まって出勤できませんという方がおられたようです。 それにしても思い出すのは昭和56年の大雪です。夕方から深夜まで休みなしに町内の除雪作業をづけていたのを思い出します。屋根雪を下すのに大屋根に登った父が足を滑らせて落ちたのも今から思えば楽しい思い出です。父は傷一つなく元気に生きていました。雪山の斜面のようなところにうまく落ちたようです。
2018年01月14日
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雷もよく鳴っていましたが、まさかテレビ塔に落雷・出火って・・・民放二局がデータ放送なしの電波状況が続いています。室内アンテナで受信しているほうは画面が流れて映りません。 今朝起きれば30センチくらいの積雪で昨日駐車場の車を掘り出したのに元の木阿弥という奴です。娘の今日の出勤はまた大変だろうなぁと思いますが、車で送っていくのはこちらも何時間かかるかわからなくなるので無理かなぁと思っています。 今日のお客様ちゃんと来てくださるのでしょうか?大変だろうと思います。 ソウルメイトのお話。 二人連れ三人連れでお越しになるお客様はソウルメイト同志ということが多いです。親子だと様々なパターンがあります。親と子が過去世では逆転しているケース。師弟が親子になっているケースなどなど。他人同士でも同じ先生の元で学んでいた親友同士とか、同じ宗教関係の修行仲間なんていうケースもありました。 ここに一緒に来られるということは何某かの「ご縁」につながっているということなので、過去世の縁は必ず深い強いものがあります。お互いに過去世も今世も助け合っているのが「ソウルメイトむというもののようです。 過去世の関係を聞くと今世とよく似通っていることが多く、皆さん驚かれ喜ばれることが多いように思います。魂同士でつながっているということはきっと誰にとっても嬉しいことなのだろうと思います。 つらい自然や天候の中でも人は魂同士でつながって頑張って生きているのだろうと思います。
2018年01月12日
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昨日から強風が吹き荒れて、雨や雪がそんなに降っていないので大したことにはなっていませんが、それでも火事とかになれば大変なことになるような天気です。 今年は風の神様のざわつきが・・・なんていうことを年初に書きましたが、こんな強風は堪忍してほしいものです。 金沢では強風が吹くと「波浪警報」がまず出されます。そうすると漁師さんが海に出れなくなります。そうすると地元の美味しいお魚が食べれなくなります。今は陸の輸送システムが発達したから県外からも新鮮なお魚が運ばれてくるのでそんなに不便というか不都合なわけではないのですが、それでも漁師さんたちは困っておられるだろうと思います。 冬の日本海は荒れていることも多いのですが、それでも冬の美味しいお魚がいっぱい獲れます。ぶりなんかが有名ですね。たらの白子の味噌汁とかが美味しいです。地元の海に生かされている自分たちの幸せを思います。風が穏やかになってくれることを祈ります。
2018年01月10日
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身近な人が亡くなりました。若い時から色々とお世話になった人です。身内の人と言えばそうなるのですが、家内の関係になります。 昨晩は夜伽に行っておりました。感慨深いものがあります。今年の冬の寒さは高齢者の方には堪えているようです。亡くなられた方の魂との対話が今も続いているような気がします。仕事もあるので働きながら心の対話を続けて行こうと思います。家内とも心がつながっているような気がしています。 これから通夜、葬儀と続きます。少し寂しい年明けとなりました。
2018年01月06日
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今年はどんな一年になるのだろうかと見通してみると、ざわざわと風の神様が動いておられるのが視えました。 今年はどのような分野であれ、流れや動きの激しい一年になりそうです。停滞していたモノやヒトが動き始めるように思います。 こういう時は自分をしっかりと保つことが重要です。何がやりたいのか、今は動くべき時なのか動かないでいる時なのかをしっかりと素早く判断していかなくてはなりません。 道に佇んで周りを見定める勇気も必要だろうと思います。ただがむしゃらに突き進むととんでもないところに出てしまう場合もあると思います。 何をどうしたいのかしっかりと自分の考えを確かめつつ今年は歩いていきたいと思います。
2018年01月04日
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本年もよろしくお願いいたします。 金沢は雪も無く比較的穏やかなお正月を迎えさせていただきました。本来なら北日本全体のように豪雪と嵐の天気に見舞われていてもおかしくない土地なのに、そういう天候にはならずに済んでおります。 ところで話は変わりますが、日本の神様の総元締めは伊勢神宮の大御神様のように言われていることに昔から異論がありました。 あの女神さまはどちらかというと為政者よりの押し付けに近い形で位付けが為されている神様なので、私は「新来の神様」ということで考えさせてもらっています。 旧来の神様、本来の神様というのは日本に太古から住まわれている別の神様方がおられます。蝦夷と呼ばれた民族とともに滅ぼされてしまった日本古来の人たちが信仰していた神々こそが日本の本当の神様たちだと思っています。 新来の神様以降併合やら吸収やらされて名前なども変えられている神様などもおられますが、今でも日本各地にひっそりと住まわれている「旧来の神様」たちがおられます。 氣視させていただいているとそういう旧来の神様に近い方達と新来の神様に近い方達がおられることにも気づかされます。区別や差別はしてはならないことなので、公平に接しておりますが、それでもどうも私は旧来の神様よりの人間のように感じております。 神様自体が今、本来おられるべき場所におられない時代ですが、逆に言えばおられる場所さえ感知できれば新来、旧来を問わずお会いすることができるのが日本という特別な土地だと感じております。
2018年01月02日
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