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OL時代はストレスがすごくたまっていたので甘いものを今思うとぞっとするほど食べていました。いわゆる「どか食い」というものを日々繰り返していたのです。こんなことをしてはいけないと思いつつも普通の食事をした後、ばくばく甘いものばかり食べていました。食べた後は胃がどし~んと重たくなってすごく自己嫌悪になるのですが、どうしてもやめられなくて同じような経験をもつ友達とよく「どか食いは辞めよう!」とよく誓い合ったものです。ケーキ教室に通っていたので自分で家でもケーキを作っていたし、かなりの砂糖が体の中で蓄積されていたのでしょう。次第にひざが痛くなってきて歩くのや階段を上り下りするのが辛くなってきました。夜中ひざの痛さで目覚めることもありました。ひざが痛いなんてまるで老人病みたいで恥ずかしかったのですが、本などで調べてみて整形外科に行ってみました。するとおじいさん先生が「はっはっは!あんたは肉や魚は食べんでもよろしい。果物とかお菓子もいかん!」といわれて何を食べたらいいのかと聞くと「昔の人のようにご飯と納豆と野菜を食べてたらいいのや。」と言われました。どうも砂糖のとりすぎで体が極度に冷え性になっていたらしくそれが原因でひざ痛も引き起こしているそうなのです。体質改善のために体を温めるという人参茶を飲むようにも言われました。翌日から私の大好きな甘いものがあまり食べられないという辛い辛い日々が始まりました。職場のティータイムにも一人おどろおどろしい茶色の人参茶を飲んで先輩から「何それ~??」と驚かれていました。体質改善は少なくても3年はかかるとのことでしばらくは飲み続けていました。人参茶の不思議な甘さで以前ほどは甘いものをむしょうに欲しくなることはなくなりました。このことがきっかけで私はケーキ教室もいいけれど体に優しい自然派のおやつを作ることに傾いていきました。明日は自然派おやつを販売し始めたことについてお話致します。
August 31, 2002
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OLの時代は今のようにパンよりはどちらかというとケーキにはまっていました。美味しいケーキ屋さんの本をまるでバイブルのように持ち歩き、時間を作っては食べ歩いていました。ケーキ屋さんでは食べたケーキをスケッチしたりその時の感想を書き記したりして自分もいつかこんなケーキが置けるお店を作りたいと夢を温めていました。食べるだけでは飽き足らず教室にも色々と通いました。専門学校に入る道も考えたのですが、1日体験教室に入ってみてその入学金の高さ、年齢など、そして何より会社を辞めなければとても通学できないという壁にぶつかり教室で習い事としてケーキを学ぶというスタンスに落ち着きました。ケーキ教室だけでも一つのところである段階まで修了するとまた別の教室に行ったり、同時に2つの教室をはしごして午前と午後に分かれて通っていたりと忙しくケーキ作りに奔走していました。なのでお持ち帰りのケーキや試食のケーキでケーキの日は家の中でもティータイムがあり甘味の摂取量はすごいものでした。あるところではバスと電車を乗り継いで2時間近くかかりあるところでは車で2時間かけて通いそれでも好きなことなので全然苦にはなりませんでした。色々なところで習うとスポンジケーキの一つをとっても卵の泡立て方とか全然違うのです。色々なものを習って結局自分で納得のいくやり方におさまっていますが先生によってやり方は違うんだなぁと感じました。教室に行かない日でも、会社に行く電車の中でもケーキの本を眺め、家でもケーキケーキで本当にケーキの本を見ているだけでも幸せでした。でもこの頃から少しずつ私の体を怖い砂糖病が進行していたとはこのときは気づきもしませんでした。明日はその怖い砂糖病についてお話致します。
August 30, 2002
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OL時代の週末には家から歩いて20分ぐらいのところにあるパン屋さんへ行きランチするのが楽しみでした。母も好きでよくジムで水泳やサウナでたっぷりと汗をかいた後にここで一緒に好きなパンとカフェオレでランチしたものです。私の当時のお気に入りパンはブルーベリーデニッシュ。菓子パンなのですがデニッシュ生地にカスタードとブルーベリーの実がのっていてその酸味と甘味が最高でした。何度も繰り返し買ったパンです。帰りには父の好きなあんぱんでフランスあんぱんというフランスパン生地にあんこが入っているものと、翌朝の朝食用にはヴィエノアという牛乳で仕込んだほんのり甘い生地の細長いパンを買っていました。もう一つお気に入りのお店は車で20分ぐらいのところにある天然酵母のパンを出してくれる自然食レストランでした。このお店がオープンしたときはしばらく通い、友達も連れてきたりしてすっかりはまっていました。家を改装してレストランにしたようなアットホームな雰囲気でまさにその頃の私の夢でした。かぼちゃやさつまいもを使った素朴なカントリーケーキが置いてあり全て手作りのぬくもりが感じられるお店でした。そこのお店に、何度か通った後で思い切って週末だけでも働かせてもらえないかと熱いラブレターを送ったのですが、あいにく手は足りているようで断られてしまいました。そこで食べるパンは天然酵母なので翌日になるとちょっと硬くて噛むのに大変なのですが、レストランで出されると噛みしめて食べると味わいがあって好きでした。そこのレストランのオーナーに話を聞くと、北欧でしばらく住んでいてそこでの生活を元にと自然食のレストランをやってみようということでオープンされたそうです。明日は今よりは当時ケーキケーキとパンよりケーキに狂っていたのでケーキ教室のはしご時代についてお話致します。
August 29, 2002
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OL時代にお休みをもらってパリのパン屋さん巡りツアーに行ってきました。パン好きばかりが集まるイベントだったのですがなんとこのツアーに参加したいばかりに会社を辞めてきた人もいました。すごい意気込みだなぁと感心しました。パリといえばなんといってもフランスパン。これを食べずしてフランスの1日は終わりません。みんな朝食や昼食にフランスパンのバゲットをぱっと買ってパクパクそのまま食べるという感じでした。日本でいうならお弁当におにぎりを買うような感覚なのかバゲットのかじりつきにはちょっと驚きました。日本でもパン食が広がってきているといってもバゲットを買って丸かじりしている姿はなかなか見れないですものね~パリで食べたバゲットは本当に噛みしめるほどに味わいがあって「フランスパンってこんなに美味しかったかな?」と感じるものでした。日本ではそれほどフランスパンを美味しいとは感じなかったので食べ慣れていなかったからか、噛むと粉の甘味が感じられるバゲットのファンになりました。以前の日記にも書きましたが、バゲットのクープ入れをさせてもらったり職人さんの手さばきを目の前で観察させてもらってとっても有意義なパン屋さん巡りでした。バゲットと同じようにフランスといえばクロワッサンも有名。クロワッサンにカフェオレというのが喫茶店でよく目にするオーダーの光景です。私は甘いものが(当時は特に)大好きだったのでクロワッサンオザマンド(クロワッサンにアーモンドクリームがサンドされた甘い甘いパン)に狂ってしまいお土産にも買って帰ろうと最終日バッグに忍ばせていたのですが、気をつけてもって帰ったのに家であけるとぺっちゃんこにつぶれて包んでいた紙が油紙に変わっていました・・・クロワッサンの油にアーモンドクリームの油と考えるとすごいカロリーのパンなんですーーー他にはフランスパンでの田舎パンといえばあの有名なポワワーヌのパン・ド・カンパーニュ。このお店では外観からもその田舎パンが見えるように飾られていて小さなお店なのですがひっきりなしにお客さんがきて店内はこみこみでした。日本に空輸されて高島屋で売られていたことがありましたが確か2コで8000円ぐらいしていたと思います。このパンは天然酵母のパンで日持ちはするようなのですがしっかり焼かれているため皮もしっかり硬くて私ももちろんお土産に買って帰りました。パン好きの会社の支店長にもお土産に渡すととっても喜んでくださったことを覚えています。このパンは薄くスライスしてチーズを塗ったりはちみつとバターを塗ったりすると一番美味しいそうです。パン巡りツアーですが、私はケーキも大好きだったのでケーキ屋さんも眺めてはショーケースに綺麗に並んでいるすごい斬新なスタイルのケーキの写真をバチバチとっていました。東京と福岡にも支店があるミュロというお店ではハンサムなミュロさんもお店でケーキを片手に足取り軽やかに歩いている姿も見られてみんなサインとか頼んでいる人もいたような・・・ちょっとしたスターのような存在でした。ミュロさんのケーキはとっても華やかで最近では百貨店にも入っているようですが色合いといい飾り付けといいフランス菓子を代表する華やかさがあるなぁと思います。このミュロさんのお店自体も華やかさがあってついつい中に入りたくなるような感じでした。パン屋さん以外には日本でも道具屋筋があるようにプロの人が使う道具ばかり売っているマレ地区というのがあってそこでは陶器のクグロフ型やマドレーヌを一度に焼ける型とかプチマドレーヌ型とか色々と買いました。もちろんバッグにはパンもいっぱい!帰り空港でスーツケースを計ってもらうと20キロぐらいあって今にもはちきれそうでした。それでも買って帰ってきたパンは2週間ぐらいでなくなってしまったのだから驚きです。明日は週末にはお気に入りのパン屋さんで過ごした思い出についてお話致します。
August 28, 2002
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もともと私はサンドイッチが大好きでした。家でもよくサンドイッチ作りはしていてどこかピクニックに出かけたりするときには作っていって食べたものです。今パリではサンドイッチが流行っているそうですよ。食パンにはさむのではなくてフランスパン、フォカッチャブリオッシュなどにまるでお惣菜のような内容物をはさんでいるのを雑誌で見かけました。組み合わせが作る人の自由自在なのがサンドイッチの魅力ですね!私がよく作る定番は、ごく一般的なものばかりです。ゆで卵のマヨネーズあえにきゅうりのスライスをはさんだ卵サンドに、シーチキンと玉ねぎのみじん切りを混ぜたシーチキンサンド、ハムとチーズとレタスをはさんだハムサンドでした。冬場みかんがある時期にはカロチンジャムといってみかんの絞り汁にさつまいものふかしたもの、にんじんのすりおろし、砂糖を少し混ぜたものを作って1枚のパンにうすく伸ばしてくるくるっと巻いたロールサンドもよく作りました。OL時代の特に入社してから2~3年は会社の若手だけで色々なところへドライブに行きました。車を2~3台に分乗して遊びに行くのですが、ある時かなりの山道を運転していく温泉に泊まりがけで行くことになりました。その前日の夜道月明かりのもとを歩いていて「明日はいい天気だなぁ・・・」と思い、ふと「そうだ!明日はサンドイッチを持っていこう!」と思い立ったのです。それから帰り道にサンドイッチ用の食パン、卵にハム、シーチキンなど材料を買って翌朝早くからサンドイッチ作りに大奮闘!15名近いみんなのサンドイッチを作ろうとするのですから卵も1パック丸々大きなお鍋でゴロゴロゆで卵に。食パンもサンドイッチしやすいようにテーブルにずらりと並べて次々作っていきました。後にも先にもあれだけの量のサンドイッチを作ったのはあの時だけしかありません。少し重しをした後に包丁で切ってあとは人数分にパッキング。母にも少し手伝ってもらって重たいサンドイッチを抱えて慌てて集合場所にとんでいきました。お昼時にみんなに渡すとみんなからすごく驚かれました。よくもまぁこんなにたくさん一人で作ったねーーと。今から思うと何も作っていかなくてもドライブ途中にどこかで食べるというのがみんなの常識だったようですが私にしてみれば天気が良いとき(しかも確か秋頃で涼しいときでした。)に外の空気をすいながら食べる方が美味しいというピクニック気分だったのです。翌日から私の顔を見るたびに会社で「サンドイッチまた作ってきてね~」と言われました^^OL時代にはパンも好きですがケーキも大好きでケーキやパンのことばかり考えていました。いつかケーキ屋さんを開きたいなどと夢ばかり追っていましたがある日ケーキでは毎日は食べないからお弁当の仕出しサービスをしようかとまじめに考えたことがありました。その時の一つのアイディアにOL向けのロールサンドを考えていましたがいつしかそれも別の方向で実現していくこととなりました。念願のパン屋さんで働くことになった時があるのです。それはまたこの連載でお話致します~明日はOL時代に休みをもらって行ったパリのパン屋さん巡りツアーについてお話しますね。
August 27, 2002
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私はOL時代が7年間あったのですが2年半は大阪で残り4年半は奈良でお勤めしました。なのでその間の思い出はたくさんあるのでまず大阪での思い出から・・・晴れて念願の会社でのOLになってその仕事の大変さにびっくり!情けないことに初日から帰ってきて思わず家で涙ぐんだ記憶があります。それでも慣れてくると会社での楽しみはランチ。今テレビで「ランチの女王」をやっていますがあのランチを楽しみにする気持ちとってもよくわかります。貴重なお昼休みは私の入った当初は50分しかなくて12時間際にトラブルの電話をとったりすると15分ぐらい削られてしまいます。最初の頃は先輩達と色々なところへ食べに行ったりしたのですがだんだんそれにも飽きてくるとお弁当派も増えてきて、向かいのビルの北欧のパンもよく買いました。以前の日記に書きましたが、メロンパンにチーズコッペは本当によく買いました。それからちょっと粉っぽいクリームパンもハイジの白パンとよんでいた何の味付けもないシンプルな白いパンも大好きでそのお尻みたいな形のふわふわパンに粉をふきながら食べていました。(表面に粉をはたいて焼かれているのです)会社の帰りには家用のパンでA1のチーズコッペを買って帰りました。これはすごく軽いパンだけれどしっかりチーズ味がしていて表面にふりかけられたチーズが焼けこげてカリカリになっているのが特に美味しくてそのチーズの尾ひれみたいなものが多そうなものを選んで買っていました。このパンは確か1本でも65円とかそんな値段だったと思います。他にもごまののったパンやえびの入ったものとかありましたが一番チーズが気に入って今でも見かけると買って帰ります。OLになって驚いたのが仕事終わっての飲み会の多いこと!うちは特に洋酒の会社でもあったので当たり前といえば当たり前なのですが・・・あまりお酒が強いほうでもないので専ら食べる方に専念していました。その中で気に入ったメニューがあったお店はなんとハーゲンダッツのアイスがサンドされたサンドイッチがあるのです。いつだったかデザートとして上司が頼んで食べてみたら美味しかったのですっかり気に入ってお店に入って最初からオーダーしていると「そんなもん、最初から頼むなぁ!!」と叱られたことがありました^^柔らかいサンドイッチにはさまれたクリームがとろけてすごく美味しかった~ハーゲンダッツは会社の近くにもあったのでその頃はよく帰りにペロリと食べに寄ったものです。今ではちょっとヘビーに思えるあの甘さも疲れた後に食べると至極の美味しさに思えました。今でも濃厚な抹茶味が大好き!明日はOL時代のサンドイッチの思い出についてお話致します。
August 26, 2002
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食事系パンといえば何といっても食パンです。食パンの中でも特にはまったのは「ローマンミール」といって胚芽のたっぷり入った茶色の食パンです。父や母はあまりこの手のパンが好きではなかったのですが姉と私が好きでよく買ってきました。胚芽特有のプチプチ感が噛みしめるほどに味わえてサンドイッチにしても美味しいパンでした。私達姉妹は考えてみれば胚芽好きだったと思います。お菓子でも胚芽のお菓子には弱くてマクビティービスケットに始まり、今はないのですが「ナッチェル」というビスコぐらいの小さい小箱の胚芽ビスケットにクリームがサンドされているものには狂ってしまいました。何度買ってきたことかしれません。すごく香ばしくて絶品でした。もちろん今でも私は胚芽入りのパン、クッキー、クラッカーとなるとついつい手が出てしまいます。うちのダンナさんも胚芽パンは香ばしくて大好きみたいです。他にはイングリッシュマフィンも一時よく姉が買ってきてチーズとか野菜とかサンドして食べていました。マフィンといってもイングリッシュとつけば全然甘くなくて正式な食べ方はフォークでパンの横半分に切り目をざくざくと入れてサンドイッチ風にしたりジャムやバターを塗って食べるそうです。このイングリッシュマフィンは一口食べて美味しい~というパンではないのですが食事用にはあっさりしていて食べても太らないという安心感から食べやすいパンでした。確か外側にはコーンミールがトッピングされていたと思います。食べたことはないのですがマクドナルドにエッグマフィンというものがあるそうですね。それに使われているパンがこの手のマフィンだと思います。父がはまってしまった食パンにはボローニャのデニッシュ食パンがありました。これにはあんぱんしか食べない父も3日おきぐらいには買ってきてすごく厚切りにしてぱくぱく食べていました。夏場は冷やしたものを食べていたり、ご飯党の父にしては珍しく自分でパンナイフを使ってスライスしているシーンをよく見かけたものです。確かに食パンといってもほんの~り甘くてちょっとおやつみたいな感じですから何もつけなくても食べやすいのだと思います。でも実はすごいカロリーなのですけれどね~でも、短期的に熱くなったパンにありがちな運命でやっぱりしばらくすると普通の食パンに戻ってしまいました。たまに食べるならリッチなデニッシュもいいですが毎日となるとやっぱりシンプルな食パンがいいですね!明日は私のOL時代の思い出のパンについてお話致します。
August 25, 2002
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私の母は昔よく蒸しパンを作ってくれました。どうやら昔は蒸しパンというのは各家庭ではやっていたようですね。けっこうおやつに蒸しパンを食べて育ったという話を聞きます。私の母が作るのは、さつまいもの角切りとレーズンが入ったその名も「ロバのパン」というもの。昔どこかの地域ではロバが本当にひいてパンを売りにきてたとか・・・姉が小さい時にこの話を聞いてかいつしかうちの家で作る蒸しパンのことを「ロバのパン」と家族で呼ぶようになりました。日曜のお昼に大きなさつまいもを洗っている母の姿を見かけると大抵数十分後には蒸し器から湯気がモクモクたっていて「出来たわよ~!」の呼び声。この蒸しパンは出来たてが命なのですぐ食べないと美味しくないのです。かなりたくさん作るのでみんなが3コか4コぐらいずつ食べても3コぐらいは余ったものです。それを布をふんわりかけて置いておくと翌日は岩のようにカチカチになって硬い~~んです。それでもお腹すいたら食べていましたが・・・翌日まで持ち越すとそうなることがわかってくるとだいたい夜には母がご飯代わりに食べていたり、いつのまにか手が伸びた人が食べていて翌朝まで残っていることがまれでした。出来たてはほかほかで優しい牛乳の味がしてさつまいもとレーズンの甘味でいくらでも食べれそうなんです。お昼はこのロバのパンと飲み物だけでしたがみんなお腹いっぱいになって満足していました。市販の蒸しパンではまったのは「チーズ蒸しパン」きっと食べられた方も多いと思います。このパンを初めて食べたときはそのしっとり感に感激していつも母に「あれ買っておいてね~」と頼んでいました。これはそのままで食べてもいいけれど夏場なんて冷蔵庫で冷やしておくともっと美味しいです。裏に書いてある1コ400キロカロリー近い表示を見てびっくりしたことがあります。それ以来ちょっとご無沙汰になってしまいましたが・・・なぜか母はこのパンをあまり好きではなかったので家族でこれにはまっていたのは私一人でした。いつも私専用のチーズ蒸しパンが一つ冷蔵庫に入っていた時代がありました。結婚して自分で蒸し器を使って作るようになったら色々と作りました。蒸しパンのページにも載せていますが抹茶とあんこのみどりの蒸しパンやミックスベジタブルを入れたものやオレンジ蒸しパンなどなど。蒸しパンと言っていいのかわかりませんが肉まんもよく作りました。自分で作りたての味にはまるともう買う気がしないほどでした。それでも百貨店に行くと551の蓬莱にはみんな並んでいてうちも好きなのでついつい並んでしまうんですがね^^明日は食事系パンではまっていたものについてお話致します!
August 24, 2002
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ちょっとお腹がすいたなぁという時にパンが置いてあるパンかごがあってそこを覗くとよくスナックパンがありました。スナックパンで一番記憶にあるのは「リッチパン」というものです。今でもそれらしきものがあるようですがあの頃食べたから美味しいと感じたようです。リッチパンは袋に数本入っている長細いパンでバターや卵がたっぷり入ってほんの~り甘いシンプルなおやつパンなのですがこれが美味しくてそのままでも軽くトーストしてもどちらもグッド!超お腹がすいているときは思わず一袋(7~8本入っていたはず)いってしまうことも・・・同じような袋に入ったパンで甘納豆パンもよく食べました。これは緑色やら赤やら黒色の甘納豆がちりばめられている生地もほのかに甘いパンでミルクと共に食べるとおやつとして満足できるものです。それからこれはなんとも不思議な名前なんですが「ひねくれ棒」というスナックパンもありました。あまりパン好きでない父がよくよく買ってきたパンで確か名前のごとく生地がねじられていて(ひねくれていて)チョコレートが織り込まれているのでねじり模様にチョコの筋が出るようになっているのです。名前はかわいくないのですが、おやつにはぴったり!これは確か5本入っていてみんなが1本ずつ食べた後父が最後の1本をパクっと食べて終わりというあっという間に家族で消費するパンでした。スナックパンは今でもスーパーに置いてあるのを見かけますが大きくなってからは買ったことはありません。今ではドンクとかにミニクロワッサンが(昨日久々にドンクをのぞくとミニメロンパンとかまでありました)あるようにスナックパンといえばこういう小さいパンが食べられる時代なのでしょうか。あの頃は今ほどミニサイズのパンがなかったからスナックといいながら大きなパンをパクパク食べて育ちました。明日は大好きな蒸しパンの思い出についてお話致します~
August 23, 2002
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私が大学生になってすぐの夏休みには姉と初めて2人でハワイへ旅行に行きました。というのも翌年の3月には姉は結婚することになっていたので姉妹最初で最後の海外旅行というわけです。ハワイに決めたのは家の裏の英語教室で教えてもらっていた外人さんご夫婦がその時はハワイの家に戻られていたので17日間お世話になることにしたのです。ハワイに滞在中に教えてもらったパンがマフィンでした。レシピも見せてもらったのですがもちろん英語なので辞書をひきひき覚えました。マージョリンさんという奥さんなのですがとってもアバウトな性格で計量のカップ1といっても山盛りになったりそうでなかったり。それでも毎回美味しいマフィンを作ってくれました。中にいれたのは庭になっていた何という名前かわからないけれど赤い甘酸っぱい実でした。向こうでは美味しいことを「ヤミー!」というので私達姉妹はマージョリンさんが作ってくれたマフィンにいつも「ヤミー!ヤミー!!」と叫んでいました。ハワイから帰ってきてもこの時の味を思い出して何度も何度もマフィンを作って父母にも食べてもらいました。中に入れるのはりんごになったりブルーベリーになったりマフィンを食べるとハワイの楽しかった時代を思い出します。大学時代は車で30分で通学できるとても恵まれた時代だったのですが、お陰で母の足にもよくなりました。その頃母は社交ダンスを習い始めていてその教室がちょうど私の大学の近くだったので帰りはよく一緒に落ち合って帰ってきました。その帰りによく寄ったのがアンデルセンのパン屋さんで、ここで私の大好きだったパンはミルクフランス(フランスパンに練乳クリームが入っているもの)くるみパン(花形をしていてくるみがたくさん入ってほんのり生地が甘い)、金時豆がごろごろ入っている甘くない豆パンでした。ここに寄ればついでにアンリシャルパンティエ(芦屋に本店)の美味しいケーキも食べられるし密かに楽しみの日でした。大学の近くにはあいにく美味しいパン屋さんがなかったので珍しく大学時代はお弁当(しかもご飯)が多かったです。でも車での帰り道に気に入った家族で経営されている小さなパン屋さんがあってそこには奈良の土地柄、大仏あんぱんというのがありその名のごとくすごく大きなあんぱんなのです。持つとあんこの重さでトレーもずっしり!これはよくあんぱん好きの父へ買って帰りました。そこのパン屋さんで私のお気に入りは、ひまわりの種やらオートミールやら雑穀が10種類ぐらい入っていて生地も茶色のほんのり甘い美味しい食パンです。このパンは何度食べても飽きなくてお店に入るといつもこのパンを手にするのでいつしか店長も覚えておいてくれたほどです。思い出すとまたむしょうに食べたくなってきたので今度行く機会があれば寄ってみようと思います。明日は家族でよく食べたスナックパンをご紹介致します。
August 22, 2002
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私と姉は実家にいた頃は特に仲の良い姉妹でした。5歳離れているのですが共に食いしん坊で姉が大学生の時にはパン屋さんでバイトをしていてそこから帰ってくるときはいつもパンの売れ残りをもらってきていました。母と私はいつもそれを楽しみにしていたものです。よくパン屋さんやケーキ屋さんの1日の売れ残り品は店の外には持ち出し禁止になっていてもったいなくてもゴミ箱に捨てているという話を聞いたことがあったのですが、ラッキーにもここは持ち帰らせてくれたようです。パイなんかはもう持って帰るまでにくずくずになっていて食べるのも大変だったのですが、美味しい美味しいと食べていたのを覚えています。それから姉が大学生の後半にはやり出したのが北欧のパンでした。初めてここのお店のパンを色々と買って帰ってくれた時はどれを食べようかと迷うほど色々な種類を買ってきてくれました。特に好きだったのはコーンカスタードというデニッシュ生地にカスタードクリームがのっていてそこにコーンがたくさん入っているパンです。これはそれ以後姉から北欧で何を買ってこようかと聞かれると決まってリクエストしていたパンです。他にはスカンジナビアという甘くない揚げパンで皮がちょっとザラザラっとしていて中味はもっちり。淡白な味なのだけれどまた食べたくなるようなパンでした。これは残念ながらしばらくして消えてしまいました。それとプルミエという卵色をしたパンで柔らかいパン生地にドームのように卵ミルク味の甘いクッキー皮がのっている(メロンパンともまた違うのです)口どけの良さがすごく気に入っていたパンもありました。北欧のパンといえばこの時に知って以来とても長らくのお付き合いをすることになりました。私が会社に入ってからは目前に北欧のパン屋さんがあったのでお弁当でない日にはよく買いに行きました。しばらく買っていた組み合わせがメロンパン・チーズコッペの2コ。たまにすごく甘いものが欲しいときにはメロンパンの代わりにクリームパンを買っていました。北欧のパンはとてもリーズナブルでメロンパンにチーズコッペを買っても200円でおつりがかえってきたものです。この時の会社の直属の上司が甘いものが好きで私が北欧にパンを買いに行くときは「わしの分も買ってきて~」と頼まれていました。決まって甘いパンばかり3つということだったのでいつもとっておきの甘いパンばかり選んでいました。あんぱん、クリームパン、マロンクリームパンなどなど・・・甘くて歯が溶けそう~と思いながら渡すといつもあっという間にペロリのようでした。明日は私が大学生の時によく食べたパンについてお話します~
August 21, 2002
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私の目指す高校に入学する時に一つ夢だったことがあるのです。今から思うとなんて些細な夢なんだろうと思って恥ずかしいぐらいなのですが、その頃からパンが好きだったのだなぁとしみじみ感じます。それは高校の最寄駅近くにあるパン屋さんのパンを食べることだったのです。そこがそれほど有名というわけでも何でもないのですが当時の私にとってはそこのパンを毎日食べられることは夢の生活でした。晴れて高校にも入学しそこのパンを毎日のように通って食べることもできウキウキでした。以前にも日記に書いたと思うのですが、私の母もかなりのパン好きだったようでお弁当に持たされるパンがなんとパイ3コということがありました。それも甘いパイばかり!大阪に出かけると帰りに百貨店によってパンを買ってきてくれるのですが姉もお弁当がいったので3人分のパイ(父にはパイとか特に好きでないのであんぱんを買っていたようです)つまり9コ分のパイが袋に入っていた姿を今でも覚えています。アップルパイ、クリームチーズパイ、かぼちゃパイ今思うとすごいカロリーです。友達も私がお昼ご飯にパイを3コ食べている姿を見て気持ち悪がっていました^^パイ3コのお弁当はかなりヘビーなのでたまになんですがその日は朝から昼ご飯を思うと待ち遠しかったのです。他にも普通にご飯のお弁当を持ってきていてもどうしてもパンを食べていないという欲求不満でなんと食後にパンを売りにきている購買部に友達と行き当時大ヒットだった「はちみつトースト」をデザートのように食べていました。これは食パンがトーストされていてそこにバターとはちみつがうっすらとのっているものでその当時はこれが大好きでした。同じく大ファンの友達と売り切れないようにと買いに行っては並びました。高校時代の朝ご飯がパンだったときは私がよく「アップルトースト」なるものを家族のみんなに作りました。これは友達から教わったものでフランスパンを2cmぐらいにスライスしてその上にりんごのスライス、バターをのせ、シナモン、グラニュー糖をパラパラと降りかけてバターが溶けるまでトーストするのです。甘酸っぱいりんごの焼けたのがなんともいえずに美味しいトーストです。熱々を食べるのですが時々焼けたりんごの皮が唇にはりついて「アチチ~!」っと火傷しそうになるので唇をとがらせながら食べないといけない!?パンですがとっても美味しくて何度も作った記憶があります。明日は姉が大学生の時にはまっていたパンについてご紹介致します。もちろん姉がはまっていたということは私にも多大な影響があったパンです。
August 20, 2002
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今思うと、給食があった時代は本当によく食べました。あの頃は食べても食べても太らなかったので「やせの大食い」と思われていましたが、きっと成長にたくさん栄養が使われていたんだろうなぁと思います。小学4年までは大阪にいたのですが、3学期に奈良に引越しをしてそこで給食で出会った「減量バターパン」というのがとっても美味しくて大ファンになりました。なぜそんな名前がついているのか今だなぞなのですがとにかく美味しかったのです。それまで大阪で食べていたパサついたコッペパンよりしっとりしてほんのりバターの味がして1ケ月の給食献立表が出たときにはいつも「減量バターパン」の日を楽しみにしていました。それからこれはきっとどこの給食のパンにも出たと思われる「ぶどうパン」。このパンは私は大好きだったのですが、嫌いな友達がいていつもぶどうをほじくり出しては飛ばしているような子がいました。匂いもダメと全く食べられない友達もいていつもその子のパンまでもらって食べていました。その頃は友達が休むと給食のパンと連絡帳を持っていくというのが学校の決まりになっていたのでぶどうパンの日はいつも「食べられないから私のパン食べて~」と言われて喜んでもらっていたことを思い出します。家に姉と2人でいて母がいないときにお腹がすくと決まって私がホットケーキを焼いていました。小さい時にちびくろサンボの本を読んでそこでちびくろサンボがホットケーキを焼いていた挿絵があったのを覚えていてそれが由来で私たち姉妹はホットケーキのことを「ちびくろサンボ」と呼んでいました。「お姉ちゃん、ちびくろサンボいる?」「食べよう食べよう!」という具合によく小さいサイズのホットケーキを何枚も焼いては二階の子供部屋でハフハフと焼きたてにバターと黒砂糖のシロップをたらして食べていました。母のいないときに勝手に作っていてはしかられるかなと思って黙っていても母が帰ってきたときに台所に漂うホットケーキのなんともいえないかぐわしい香りですぐ作っていたことがバレたものです。もっとすごいのは食パン1斤を2人で夕食前に食べていたこともあることです。姉の部屋にあった石油ストーブの上では冬になるとやかんを置いておいたり、アルミホイルで巻いた焼き芋を置いたりして火力の強いのを利用していましたがいつだったか姉が食パンを1斤買ってきてそれをストーブの上で焼くとうまい具合に焼き目が入ってすごく美味しかったのです。それで2人ともペロリと1斤のパンを食べてしまいその後夕食も何食わぬ顔して食べていたのだからすごい食欲です。ジャムとかバターとか何も塗らなくてもパンの素焼きだけでけっこう食べられたのだから本当に食いしん坊だったのだなぁと思います。明日は高校時代の思い出のパンをご紹介致します。
August 19, 2002
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昨夜はダンナさんも帰省して私はわんこのるるちゃんとお留守番だったので久々に懐かしい過去の日記帳とお手紙を押し入れからどっこらしょと出してきて(なんせすごい量なんです!)大整理していました。今から17年前の日記からの整理が始まったのですが中を読み出すとあの頃の記憶がまざまざとよみがえってきてすっかり何かの本を読むかのように時がたつのを忘れて読みふけってしまいました。気がつくと朝から夜の遅くまで・・・それでもまだ読みきれてないのですが。色々とその日に食べたものとかも細かく書いているのでなんだかその時その時に我が家ではまっている食べ物履歴みたいなものがわかって懐かしかったです。本題の「うちの家でしばらくはまったパンの食べ方」というのは、まずは「卵トースト」。これはどの家でもきっとされていると思うのですがうちの家では最初これをし始めた時長らくこのトースト時代が続きました。卵トーストというのはゆで卵をマヨネーズであえたものを食パンにのせてそれをトースターで焼いて食べるもの。それまではサンドイッチにゆで卵のマヨネーズあえをはさんで食べることはあってもトーストすることはなかったのですごく新鮮でした。確か母がどこかで食べて家でし始めたのが事の起こりです。トーストは8枚切りで4人家族だったのでみんな2枚はペロリと食べていました。それから姉が友達から教わってきてしばらく続いたものに「独眼竜トースト」なるものがありました。名前はおどろおどろしいけれど、作り方は簡単!これは4枚切りの分厚い食パンを底が抜けないように丁寧に白いふわふわの部分をちぎってお皿のようにくりぬいてそこにキャベツの千切りをたっぷりしき卵を割ってのせて周りに先ほどちぎって出した白い食パンをまたのせて塩、コショウ、マヨネーズをちょっと落としてトースターで焼くというもの。卵が半熟になったぐらいが食べ頃。黄身が食べるとろけてくるのですがこれを吸い付きながら食べるのがとっても美味しいのです。もう一つはコロッケサンド。これは市販のコロッケでいいのですがもちろん手作りのコロッケならなおグッド!これはロールパンでするのですが、バターロールに包丁で切り目をいれてそこにキャベツの千切りをしいておいてコロッケを縦半分に切ったものを縦列にはさむのです。そしてケチャップをしぼって軽くトースト。このサンドもよくコロッケを買ってきては食べ続けました。こういうお惣菜系のサンドイッチはほかにおかずがなくてもそのサンドと飲み物があればお腹いっぱいになったものです。パンがあまり好きでない父もこういうパンだとよく美味しいといって食べていました。ほかには夜ご飯がカツのフライだと翌日はカツサンドハンバーグならハンバーガーという風に前日の夕食時にちょっと多めに作っておいてサンドイッチ風にするのはよく休日の昼ご飯に多かったです。明日は育ちざかりの時のパンの思い出をお話しますね~
August 18, 2002
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昔母が作ってくれたおやつで一番に思い浮かぶのはホットケーキのようなものでオムレットというものです。生地はホットケーキでちょっと小ぶりなんですがその中には季節のフルーツのスライスが入って(よくいちごが入ってたので春だったのね)生クリームのホイップがサンドされているんです。ふんわりしたケーキ生地が大好きでした。それからサンドイッチをして残った食パンの耳を揚げてグラニュー糖にまぶしたかりんとうも大好きでした。今でも耳が大好きなのはあの頃の食パンの耳かりんとうを思い出すからかもしれません。母が食パンの耳を揚げてお皿にもってくるのでその上から私がサラサラとグラニュー糖をかけてまぶすのが役割でした^^大きくなってからは油のとりすぎになるのではと耳を揚げずにトースターでカリカリになるまでトーストして食べていましたがこれもけっこう香ばしくてはまります。耳といえばパン屋さんですごい格安で売っているのでびっくりしましたが、耳だからとはいえあまりに乱雑に入っているとちょっと悲しくなって買う気がうせます。それにパンの耳だけ買ってというと母が恥ずかしがって「あんなのわざわざ買うもんじゃないわよ。」と反対するので大きくなってからは自分で勝手に買ってきておやつにしてました。食パンの生地はいらないから耳だけが欲しい!っていうぐらい耳ファンでした。それからラスクもよく食べました。これはフランスパンがあまったらバターを塗ってグラニュー糖をかけてカリカリトーストするもの。よくパン屋さんなんかでも売っていますね。とにかくこれはカリカリのものが美味しいんです~~以前ダンナさんが山形県に出張に行ったときに買ってきてくれた「幻のラスク」とかいうのはとっても美味しかったです。普通ラスクというのはフランスパンとか余ったパンの利用として作られのが多いのですがそこのラスクはラスク専用にパンが焼かれているらしくとっても贅沢なラスクでした。揚げ物で思い出したのですが確か家庭科の実習で最初にお菓子として習ったのがドーナッツでした。うちにも母が作ってくれたりしていたのであのドーナッツ型はあって早速家に帰ってから作ったことを覚えています。生地を伸ばしてくりぬいていくのがけっこう楽しいんですよね!ドーナッツ型とくりぬいて出来る中の丸型が家で作るとたくさん出来すぎてちょっとご近所にも熱々をおすそ分け。やっぱりドーナッツ系は揚げたてが一番ですから。それからこれは作ってくれたものではなく母はよく買っていたのですが私がパン教室に行って習ったので「あれって作れたのね~」と思ったものに甘食というものがあります。円錐形をしていて卵の味が香るおやつパンです。お店では5コぐらいまとめて入ってよく売っているのを見かけます。母はこれが好きでよくおやつに買ってきてあったのでお腹がすいたらよく食べました。パンかごに何かないかなぁと覗くと置いてあるのがこのパンでした。けっこう甘いので1コ食べると満足しますがまた食べたくなる味なんです。明日はうちの家でしばらくはまったパンの食べ方をご紹介致します~
August 17, 2002
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母は私を産んでからフランス刺繍を習い始めたそうなのですが、(それがはまってしまって以後30年以上続くことになったのです。)その教室が大阪にあったので習い事の帰りにはよく百貨店や地下街でパンを買ってきてくれました。中でも母が好きだったパンで私たち家族がよく食べたパンは神戸屋の「フルフル」というパンと「スイスロール」という甘いオレンジスライスののったデニッシュなのです。「フルフル」というのは白いパンで全然焼き目がないのですがほんのり生地は噛むと甘くてパンの表面にはパラパラとグラニュー糖がかかっているだけのシンプルなパンでした。それから「スイスロール」はデニッシュの生地にカスタードがちょっとしいてありその上にオレンジスライスのシロップ煮がのって表面にはアプリコットのジャムがうっすらと塗られているもの。見た目はすごく甘そうなのですが意外と甘さは控えめでオレンジの酸味がきいてとっても美味しいパンでした。かなり大きくなってからそのパン屋さんを偶然見つけてお店でもイートインできるということだったので小さい時に慣れ親しんだその2種類のパンを探したのですが残念ながらどちらもなくなってしまっていました。美味しかったんだけどなぁ・・・母にもその話をすると「あ~あのパンはよく食べたわね~」と懐かしそうにしてました。何度も食べたパンもなくなってしまうと寂しいものです。記憶の中にはある味なのですが・・・こう思うと何十年もずっと変わらぬ味で同じパンを作りつづけているお店もあるのですからそれはまたすごいことだと思います。きっと神戸屋のあのパンもそのときそのときの時代に流行があり色々なパンがある中で売れ筋ではなくなって消えてしまったのでしょう。そういうパンは私がOLとして働いていた時代にも一つありました。明らかに私がよく消費しているなぁと思うパンで、私が一つ買うと在庫がなくなるというぐらいの少しだけ作られているパンでした。会社に行く前に棚に出ているのをちらっと見て「帰りまであってね~」と願っているとちゃんと売れ残ってくれているのです。つまりあまり人気がなかったパンなのでしょうが、ある時からいつ見てもなくなってしまって、ほかにも買い占める強力なライバル出現か!?と思っているといつしか棚から消えてしまったのです。そのパンはすごく健康に良さそうないかにも健康オタクが好みそうなパンでした。色々な雑穀が入っていてその頃の私はかなりダイエット志向だったのでお気に入りだったのですが、考えてみると買ってきても家族の誰も食べずに私一人が消費していました^^きっとそのお店でも買う人が私ぐらいのものだったので商品からはずされてしまったのでしょう。でもすご~くお通じには良いパンで(食事中の方ごめんなさい!)体にはすごく良さそうなパンだったんですが・・・明日は「お腹すいた~」という時にささっとよく作ってもらって食べたおやつパンについてご紹介しますね!
August 16, 2002
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小さい時によく買ったパンは以前日記にも書きましたがカスタードクリームのたっぷり詰まったコルネなんです。渦巻き状のパンは見るからに美味しそうでいつもこのパンをパン屋さんで探していました。食べる時には太い方からかじりついて細くなった穴からにょろにょろとクリームが飛び出さないようにしないといけません。最後にクリームがなくなってしまわないように太い方につまったクリームをグッグッと後ろに押しやりながら食べるのがこのパンを食べるのに自然についたクセです。母が好きでよく買ってきてあるのを食べたパンとしてはレーズンバンズがあります。プクっとしたコッペパンで十字の切り口にはレーズンがぼろぼろ入っていて切り口にはお砂糖のザラメがのっています。給食にも出たぶどうパンって苦手な人もいますよね。私は母がレーズンを使ったパンをよく作ってくれていたからかレーズンパンは好きな方です。つわりの時期にはあの甘さが苦手で一時期食べれなかったパンなのですが・・・それからこれはパンというよりはケーキのような菓子パンなのですが「マイケーキ」というのはよく食べました。スーパーなどでよく売っていた袋パンなのですが確か40円かそこらで買えました。ふんわりしっとりした2枚のケーキ生地に薄くバニラクリームがサンドされていて冷蔵庫に冷やすと更に美味しいのです。これは母と私の3時のおやつに牛乳と一緒によく食べた記憶があります。明日は母が大阪に出かけるとよく買ってきて食べた今も健在のパン屋さんのパンについて語りますね~
August 15, 2002
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なぜか物心ついた頃から私の生活にはパンがありました。つまり「パン好きの母」の下に育ったという影響がかなり今の「パン大好きな私」そして「パン作りをライフワークとしている私」を作ったといえると思います。ということは今お腹の中にいる胎児ちゃんももしかしたらパンが大好きな子になるかもしれませんね。少なくとも今、羊水の栄養には私が手作りしているパンのエキスが含まれていることだと思います。生まれ育った環境というのは、その後のその人の人生の中で少なからず影響を与えるものだと思います。もし私がお米を栽培する農家の家に生まれていたらきっとお米大好き人間になっていて今頃お米を使った料理を色々と考えるお米料理人になっていたことと思います。また、もし果樹園をもつ家に育てばきっとその果物を使ったジュースやデザートを作る人になっていたことと思います。いずれにせよ、私は何か素材を使って作ることが好きなんです。それも自分なりの工夫がないと作る楽しみがないので、基本的なことを学べば、色々とアレンジしてオリジナルなものを作ることにすごく興味があります。自分の五感を働かして「作る」というより「創る」こと、そしてそれを食べてもらえる人がいるということが何よりの幸せだと思っています。この世に生まれて一番最初に食べたパンが何だったかは覚えがないのですが、とにかく母がパンを好きだったので(といっても私ほどパンきちではありませんが・・・)よく小さいときからパンを食べました。手作りが好きな母なので、パン教室にも通っていて大きなオーブンを買って色々と習ってきたのを焼いてくれてました。日曜の昼間には食べられるように朝からバンバンとパン作りが始まって冬場などこたつの中にはパン生地がいっぱいでうっかり足を入れると注意されたものです。その頃食べたパンはロールパン、調理パン(ベーコンと玉ねぎを炒めてゆで卵とマヨネーズであえたものがのっているパン)亀の形をしたぶどうパン、クリームパン、シナモンロール、デニッシュ、食パンなどなど。たくさん作ってくれても父と姉と私3人はよく食べたので母が「もうなくなったの?」と驚くほどすぐなくなりました。だからこそ余計に母も作りがいがあったことだと思います。今日からしばらく私は自分の今までを振り返って自分とパンとの出会い、よく食べたパン、パンに関わる思い出などをこの日記で載せていきたいと思っています。とにかくパンが大好きで、(一時期はケーキの世界に足を踏み入れたこともあるのですが結局毎日食べるものということでパンの世界に今は落ち着いています。)今まで食べたり作ったりしてきたパンの量は想像できないぐらいです。もちろんこれからもずっと大好きなパンは食べ続けると思いますし、人の記憶に残る美味しいパンを作っていきたいと思っています。明日は小さい時によく買ってきて食べたパンについてお話します。
August 14, 2002
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今朝起きて庭を見ると私たちよりも早く起きている花がいました。夏の花といえば朝顔です。淡い優しいピンクの花を咲かせていてとってもかわいらしい顔です。朝顔といえば小学生の頃「朝顔の実験」とやらで種を植えて観察日記を夏休みの宿題としてノートに書き記した記憶がありますが、今の小学生はそんなことはしないのでしょうかね~?夏休みの宿題の話からまた思い出すことは毎日絵日記を書くという課題です。最初のうちは花火やら高校野球やら色々と楽しく絵も描いて熱心に書くのですがそのうち1日、2日とたまってきて夏休み最後の方になると思い出すのに必死!まとめて日記という意味のないことをやっていました~~だいたい小さい頃からこと日記に関しては長続きしなかったんです。でも、日記帳を買うのは好きで、好きな柄のをお小遣いで買ってきては最初の何ページだけ買いてまた新しい日記帳を買うという具合に母からよく最後まで書きなさいとしかられていました。それがこのホームページを作ってというものなぜか日記を書くのを欠かしたことはありません。これに命をかけている(そんな大袈裟な!)わけでもないけれど不思議と日記を書かずには一日が終わらなくなってしまったのです。それもこれもこれを読んでくれている人がいて何がしかのコミュニケーションがとれることが一番の原因だと思います。そういえば中学生のとき一番仲のよかった友達と交換日記をしましたがそれも長い間続きました。今でもボロボロの表紙を何度も直した跡のある日記帳は私の宝物です。それと社会人時代気ままに寝る前にベッドの上でつける日記もかなり長い間続きました。これはけっこう悩みも多き時代で、書くことでストレスを発散するという効果があって続いたようです。書くことの意味がそれぞれの時代によって違ってきてはいますが、基本的に好きな方です。きっと子供ができたら育児日記もつけるだろうなぁ・・・皆さんは日記を書くのは好きですか?
August 13, 2002
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う~ん!見ているだけでもかぷりとかぶりつきたくなる美味しそうなお尻です!?まるで赤ちゃんのお尻のようなスキンカラーなのですがこれは私たち夫婦の大好きな桃ちゃんです~今年私の実家では残念なことに結局ほとんどとれずに時期が終わってしまいました。なので今は買い物に行くと美味しそうな大きな桃を選んで買ってきます。以前はまだ硬くてガジガジいってたのですが、最近はちょっと室内に2~3日でも置いているととろりんことなってとろけるように甘いです。毎朝桃を切ってカスピ海ヨーグルトをたら~りたらして桃ヨーグルトにして食べています。市販の香料が入っている桃ヨーグルトより自然の甘味で数段美味しいです!私のお腹の中の胎児ちゃんも最近とみにキックする力が大きくなってきて夜には痛いほどです。ぐにゅ~っと下腹のおへその下の辺で何かつっぱるような感じがしてキックキックが夜9時頃から盛んに始まります。胎児ちゃんのお尻も今このぐらいの大きさなのかな?
August 12, 2002
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なんだかこう暑いとお料理でも酢のきいたものとかレモン味のものがむしょうに欲しくなるんです。レモンも外国のものは防カビ剤とか色々とこわいものが皮についているようなので国産のものやノンケミカルレモンと表示しているものを買うようにしています。そこで、昨日の午後レモンパウンドケーキを焼きました。パウンドケーキなのでバターはしっかり使うのですが甘さは控えめにしたかったのでだいぶん砂糖は減らしてダイエットで注目されている全粒粉を入れてちょっとざっくりした感触を出そうと思いました。レモンピールも入れてレモン汁はこんなに~というほどたっぷりと!!焼いてもレモン風味が飛ばないぐらいしっかりとレモンレモンしたものを作りたかったのです。この間からレモン汁はレアチーズケーキに入れたりアイスクリーム作るときに絞ったり、朝のミックスジュースに混ぜたりしてだいぶんレモン汁にはまっているのですが元々はレモンの味のきいたケーキかパンを焼きたかったのです。出来上がりはほろほろともろいので我慢して食べずにおいて1日たった今朝切って朝食にちょっと添えてみました。甘酸っぱい~~!!予想していたのよりはるかにレモンの酸味がきいて、ききすぎぐらいでした。まあレモン汁はビタミンC補給にいいからいれすぎてもいいかな~私はレモン味のものって好きなんですよねーーー中学・高校のクラブの試合のときなんかは必ずレモンのスライスにはちみつを少したらしたレモン水を凍らしてもっていってました。溶けたときにシャリシャリしてとっても美味しいんです。はちみつレモンという飲み物もあるけれど私にはちょっとあれは甘ったるいんだなぁ・・・このレモンパウンドケーキは夏の暑い暑い午後にレモンティーでも入れてレモン&レモン味にひたってさっぱりするのにはいいかも~~アイスレモンティーもいいけれど、パウンドケーキなので熱いレモンティーの方が後味がさっぱりするようです。
August 11, 2002
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妊娠してからというもの、胎児ちゃんのためには食べ物にも注意するようになりましたし、今だ人体への影響がよくわかっていない電磁波についても少し気になるようになりました。身の回りの電化製品やOA機器が一体どれぐらいの電磁波を出しているのか皆さんご存知ですか?髪の毛を乾かすのにドライヤーを使ったり、部屋の掃除に掃除機、パソコンではメールのチェック、ホームページを持っていれば掲示板の書き込み、友達と待ち合わせの確認には携帯電話、食事の準備にはお手軽な電子レンジ、夜はゆっくりテレビでも・・・というように日々の生活で電磁波を出しているものはたくさんあるようす。電磁波は磁束密度で示されていて単位はマイクロテスラμT,ミリガウス=mGという表示になるそうです。身近な電化製品がどのぐらい電磁波を出しているのか調べてみました。下記の磁束密度はだいたいの目安です。ドライヤー 0.01~7μT,0.1~70mG掃除機 2~20μT,20~200mGパソコンでメールチェック掲示板書き込み 0.01μT,0.1mGIHヒーターでクッキング 7.5~15.3μT,75~153mG携帯 SAR値2W/kgが基準値テレビ 0.04~2μT,0.4~20mG電子レンジクッキング 4~8μT,40~80mG電子レンジの調理中は50cm以上は離れていたほうが良いらしくまた調理中は中を覗くことは避けたほうが良い。(目の影響が疑われているので)今、話題になっている発がんの危険性については、0.2μT~数μT(2mG~数mG)ほどの値を慢性的に曝露したときに有り得るのではないかということが議論されています。この磁界をなるべく避けていこう(予防原則)という考え方が比較的にすすんでいる国の一つにスウェーデンがあります。スウェーデンでは、国としての規制は設けていませんが、「2mG」を目安に学校・保育園などを高圧送電線から移動させたり、高圧送電線そのものを撤去することが地域の合意で行われたりしています。さらに、パソコンなどのビデオディスプレイターミナルから生ずる磁界を50cmの距離で「2.5mG」以下にするようにしています。磁界は距離とともに弱まる特徴がありますので、使用するときにはなるべく体から距離をおいて、短時間に済ませるというのがポイントです。一方、携帯電話には、体に近接して使用するため、別の基準値が定められています。それはSAR値と呼ばれており、携帯電話を耳にあてながら使用した際に、頭部の一部に集中的に吸収される熱を制限する目安となる値です。現在人体10g当たりの組織の基準値は2W/kgと定められています。日本では、携帯電話の電磁波に対する基準値を定めており、現在の携帯電話はこの範囲内でつくられているため健康に影響がないとしていますが、海外の研究者の間では警鐘を鳴らす研究が発表されており、まだまだ科学的にははっきりと分っていません。イギリスなどでは、2000年8月に16歳以下の子どもには携帯電話の使用を控えさせるよう国が勧告しているように、便利で手放せない携帯電話とも上手に付き合う必要があるといえます。 というようなことが電磁波を調べていてわかりました。私は今までお料理をしているときに使う電子レンジは平気で隣にたっていたり覗きこんだりしていたのですがこのことを知って今では電子レンジが回っている間は台所の柱の影に身を潜めて終了音を待っています。(そばから見るとかなり怪しい姿なのですが・・・)もう今まで浴びてしまった電磁波については仕方ないけれどこれからのことについては予防するのが一番のように思います。なので、身の回りの電化製品も疑わしきは使わないのに限りますね!私の対策は・・・髪の毛も今は洗いざらしの自然乾燥掃除機もなるべくぞうきんで拭き掃除にパソコンも(企業などでは電磁波カットのエプロンがあるらしいですがそれがないので)なるべく早く切り上げることにする携帯も体からなるべく遠ざけて使う(!?)電子レンジは上記のように調理中は隠れているテレビも見たいものだけ決めて離れてみるなど・・・とにかく磁力から遠ざかる努力をしようと思っています。ってこんなことしているのは私だけ?皆さん電磁波の人体への影響について気にかけておられることはありますか?
August 10, 2002
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昨日は母、私、母の家の隣家の方とその娘さんの4人で車で30分ぐらいかけて行ったところにある青山趣味工房というところへ行ってきました。自宅を開放して色々な趣味の教室をしているところで絵画、ロマンドール作り、英会話、手芸、生け花、押し花、料理、トールペイント、煎茶、詩吟などが習えるようになっていました。私たちはお昼のお料理を食べに行ったのですが、住宅地の奥まったところにあるのにそのおうちの前には車がいっぱいとまっていて中には既に先客さんや教室の生徒さん達がいました。自宅でランチもされているので、予約を入れないとダメらしいのですが、そこで手作りされた陶器に盛られて少しずつお料理が運ばれてきました。この家のお料理好きな主婦の方が趣味でランチをされているんだなぁという感じでした。この家にあがった時に以前私もこのように自宅を開放して自分の作るお料理やパン、ケーキを食べてもらえるようになりたいと思っていたことを思い出しました。私の思いはホームページを作ったことで少し形を変えて実現してきたわけですが、遠い昔まだ自分が何をしたいのかわからなかった時代にはこういう自宅を改造してのレストランみたいなことも考え、雑誌の切り抜きを集めまくっていたことを懐かしく思い起こしました。昔から私は何でも手作りするのが好きで、思い出せば中学生ぐらいのときには忙しい中間テストとかの合間に友達と毛糸でひざかけを編んだり、ビーズでアクセサリーを作って先生にプレゼントしたり、布やフエルトを買ってきてチクチクと手縫いしてお人形を作ったり、クッキーやケーキを焼いてはみんなに食べてもらっていました。誰かのために何かを作っているということが好きなんです。昨日のお店で出たメイン料理はすずきの焼き物にきゅうりのすりおろしに何かさっぱりした味つけをしたものがのっていました。このときに出てきたお皿がお料理を飾りつけるのにはちょうどいいなぁと思って写真に収めておきました。白が基調のお皿はお料理を引き立たせるのでやっぱり重宝しますね!夏の暑いときはお料理も量ではなくて見た目に涼しげな演出が食欲アップになるなぁと思いました。
August 9, 2002
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けっきょく、一番、幸福な日というのは、 すばらしいことや、驚くようなこと、 胸の湧きたつようなできごとがおこる日ではなくて、 真珠がひとつずつ、そっと糸からすべりおちるように、 単純な、小さな喜びを次々にもってくる一日一日のことだ と思うわ。 モンゴメリ「アンの青春」毎日とっているメルマガからこんな言葉を発見しました。幸福な日っていうとなんだか特別な日のことのようで実は日々の些細な喜びの中にあるんだということを改めて思い起こさせてくれる言葉だったので読んではっとしました。もちろん特別な日にも幸福はいっぱい詰まっているものですが、ついつい忘れがちな日常のささやかな喜びをもっと感じながら生きていきたいものです。昨日は久々に姉から(姉は高校の教師をしているのでようやく夏休みと思いきや文化祭の準備で登校しているらしい)電話があり子育てのことやダンナさんのこと自分の体のことなどとりとめもない話をしていました。一緒に同じ屋根の下で暮らしていた時はちょっと廊下を渡れば姉の部屋がありお互いお菓子とお茶を持って行ったり来たりして話しあったけれど今では電話が専らのしゃべる手段です。顔は見えないけれど姉との会話も私にとってはささやかな喜びの一つでもありました。今日という日はどんなささやかな喜びに積み重ねられた日になるかな?皆さんにとっても喜びが多い日だといいですね!
August 8, 2002
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昨日はうちの近所にあるイタメシ屋さんで予定日が同じ妊婦友達とランチをしました。ここでオーダーしたものはつわり時代から2人の共通する大好物のトマトとバジルのスパゲティー。このお店は以前行ったことがあるのですが自宅にあまりに近いとかえって行かなくて結婚してから行くのは初めてです。よくタウン誌などにもとりあげられているお店なのですが、人気があっても近いといつでもいけると思ってかえっていかないんです。いつかスパゲティー大好きなダンナさんも連れていってあげなくっちゃ!妊婦友達と私は予定日が同じとあって2人とも同じようなお腹のでっぱり具合。歩き方もお互いゆっくりです~テーブル席も隣があいていたので荷物をおいてゆったりと座らないとお腹が邪魔して動けません~普段は夕飯の残り物とか冷凍庫にあるパンの在庫を食べて昼間は過ごしているけれど、たまにはこういう涼しいレストランでゆっくりお話しながらまともな食事(!?)をとるのも良いものです。やっぱり胎児ちゃんのためにもしっかり食べないと。トマトとバジルのパスタは塩味もほどよく本当に素朴な味なのだけれど美味しかったです。パスタの量が多くておなかがいっぱいになりました。ほかにはかぼちゃのスープにデザートにはバニラアイスにパンナコッタも出て満足~また行きたいな!
August 7, 2002
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皆さん~今話題の(っていってももうだいぶん前から?)カスピ海ヨーグルト食べたことありますか?私もついに食べましたよ!この掲示板でもカスピ海のヨーグルトを食べていますっていう方がたくさんいて一度食べてみたいなぁと思っていたのです。昨日、母が近所のおばさんから分けてもらったヨーグルトの種で作ったものをもらったのです。それで私も早速作ってみようと思ってもらったヨーグルトに牛乳を混ぜて常温で1日置くだけ。昨日の夜6時頃に仕込んでおいたのが今朝おきたらちゃんと固まっていました。あら不思議~~って感じです。ヨーグルトの容器を綺麗に洗っていれておいたのでまるで買ってきたもののようです。普通のヨーグルトと違うところは長芋をすったもののようにネバネバしていて(とろり~っと)うちのダンナさんに言わせると納豆みたいでちょっと苦手だそうですが(納豆は大好きだけれどヨーグルトがネバネバしているのはいやみたい)私は大丈夫なのでしばらく朝の定番になりそうです。というのも私の家では毎朝パン食なのでヨーグルトと牛乳は欠かせないのです。ヨーグルトは特に毎週末には2コ(500ml)買っていたのでこれで牛乳を買うだけで永遠とヨーグルトが自家栽培できそうです~肝心のお味の方ですが市販のもののように酸味もなくなんか物足りない気もするのですが、プレーンのヨーグルトをもともと買っていたので同じ感じでフルーツにかけたりシリアルに混ぜたりして甘さをプラスして食べるといけますよ!以前ヨーグルトを作るという機械があったけれどそんなキットもいらないし、面倒な手間なしで牛乳をかき混ぜるだけで出来るっていうのは忙しい人にもぴったりですね!ヨーグルト好きな方にはぜひ試してほしいです。
August 6, 2002
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最近どうも熟睡できなくてお昼に強烈に眠気が襲ってきます。そういう時は戦わず自然に任せてお昼寝するに限るのですが・・・どうも受験勉強の頃の習慣でか睡魔には戦わなければ!という意識がしみついていて(!?)主婦になった今でも新聞を片手になんとか起きようとがんばる時がありますが気がついたらグースカ寝ています。それで以前はだいぶん寝すぎてかえって夜寝られないことがあったのですが、この頃はタイマーをかけて20分と決めてお昼寝しています。しかもパンを作りながらベンチタイムの20分を利用するとそれ以上寝るとパンが伸びるーーーという意識があるのでイヤでも起きます。パン生地がおねんねするタイミングにあわせて人間さんも一緒にお眠りするわけです。この20分という短いような時間でも意外と気分はすっきりするのです。新聞にも会社でお勤めの人が20分休憩室で仮眠をとるとすっきりするというようなことが書いていました。実はいつもうちのダンナさんが家でお昼寝するときこのぐらいの長さなんです。いつも新聞を読んで横になっていると「ぐ~~!」と気持ち良さそうないびきが聞こえて20分ぐらいすると「いびきかいてた?」と言ってすっとおきてきます。私なら永遠と寝つづけるところなんですが・・・私の場合は強制的にタイマーをかけないと熟睡してしまうのですが、ダンナさんの場合は体内時計が発達しているのか自然と起きれるようです。これを実行し始めて私も毎朝5時起きのダンナさんの生活リズムにつきあえるようになってきました。皆さんもどうしても眠いときはお昼寝は20分ぐらいをめどに切り上げると頭がすきっとそれから午後の生活にも支障をきたすことなくいけますよ~~お試しあれ~(もう実行されているかな?)
August 5, 2002
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皆さん今年は花火をもう見ましたか?昨夜は花火大会が各地で催されたそうですね。私も昨夜近くで花火をしていたので二階の部屋から寝そべって見ました。寝ながら見れるシチューエーションで最高でした!夜8時過ぎになると「ひゅ~~~どど~ん!」と音が鳴り始め早速ダンナさんと二階へ移動。次々に打ちあがる花火を眺めていました。ところで花火のしくみがどうなっているかご存知ですか?簡単に言えば玉の形をしている「花火玉」を地面に固定された打ち上げ筒の中に入れられ火のついた点火用具を入れると、花火玉の下にある打ち上げ用火薬に火がついて、花火が打ち上げられます。 同時に、花火玉の導火線にも火がついているので、上空で爆発するのです。花火玉があのように綺麗なのは花火玉が爆発して玉の中にある薬剤が化学反応によって飛び散るしくみになっているからなのです。そして花火玉の中の薬剤はなんと今でも花火師さんが手作業で作っているそうです。この花火玉につめる色々な薬剤によって花火の様々な色が出るらしいのです。火薬に色々な着色料をつけている花火師さんの地道な作業が、何千発も何万発も花火が打ちあがるその裏方にあったのだなぁと思うとなんだか一発一発打ちあがっては消えていくのがいとおしい感じさえします。花火の色で一番難しい色は何色だと思いますか?実は青色なのだそうです。世界は違いますがバイオでも青いバラがまだ成功していないように青い色っていうのは花火の世界でも昔から最も難しい色とされてきたようで、今だにまだ「綺麗な青」は成功していないようです。花火が作られるようになったのは江戸時代で、当時の花火は黒色火薬のみを使用したほの暗いオレンジ色の単色花火だったようですが、その後明治時代にもなると新しい化学薬品が入ってきて光も音も一新し、更に色をつける薬剤が入ってくることで明治20年頃には赤、青、緑の花火が誕生したようです。夏の夜空に打ち上がる花火も実は大空で繰り広げられる化学反応の饗宴だったわけです。そしてその花火を細心の注意を払って作ってくれている花火師さんの労もねぎらいたいものです。
August 4, 2002
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ちょっと前から母の薦めでどくだみ茶を飲んでいます。なぜ薦められたのかというと、妊娠している時に飲むと赤ちゃんの肌が綺麗になって産まれてくるらしいのです。母も私と姉を身ごもっていた時はちゃんとした漢方薬のお店で買い求めては常飲していたそうです。そういえば、姉が妊娠していた時実家でぐらぐらとやかん一杯のお茶がわいていてそれがどくだみ茶だったのを覚えています。私も飲んだことはありますが、とても美味しいとはいえないけれど冷たくして飲むとなんとかいける味でした。私が妊娠してから母が「どくだみ茶買ってきてあげようと思うんだけれどテレビで体にいいと放送されて百貨店にも置いていないのよ~」と言ってたのでしばらくは手に入らなかったのですがこの間やっと入ったと大袋で買ってきてくれました。それが処方箋(一応医薬品なのです)のところに妊婦は医師、薬剤師に相談することとあるので母は私に渡すのに気になっていたそうです。色々とネットでも調べてみると、子宮を収縮させる働きがあるので妊娠中というより産後に飲むと良いとか便秘に効くとか、アトピーにも効くので昔はお産の時に飲むと胎児ちゃんの肌が綺麗になると言われていたというようなことがわかりました。姉も妊娠中飲んでいて、確かに産まれてきた子供の肌は綺麗だったと看護婦さんに言われたそうなので効果はあるのかなーーと半信半疑ながら飲みはじめています。私の方の変化はないのですが、ダンナさんが(大の緑茶好きなのに私につきあって飲んでもらっているので)最近どうもおなかがピーピー気味だとのこと・・・普段便秘とは無縁の人だから、お通じがよくなりすぎてしまっているようです。私の方は変わらないんだけれどなぁ!!でも、体内の毒素をだす(だからどくだみ茶という名前)らしいのでしばらく続けようと思っています。それにしてもやかん一杯にどくだみの葉っぱを入れてしばらくぐらぐらと煎じるのですが、その時に香ってくるお茶の匂いがなんとも薬の匂い~~~って感じなのです。このときばかりは思わず鼻をつまみたくなるほど・・・つわりの時は緑茶とかコーヒー・紅茶が欲しくなくなって水かほうじ茶を飲んでいたのですが肌の綺麗な胎児ちゃんを産むためにこれからはどくだみ茶をがんばろって飲もうと思います。どなたかどくだみ茶を飲んでいる方はいらっしゃいますか?
August 3, 2002
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皆さんは蚊に刺されやすいほうですか?私もダンナさんもとっても刺されやすい(美味しい血なのかな?)のです。ちょっと庭に出ただけでもあっという間にボコボコになってしまいます。なので、この頃水遣りの時には長袖長ズボン靴下も履いているのですが、それでも顔や手の甲など露出しているところをうまい具合にやられてしまいます・・・虫よけスプレーなどをあまり効果がないようです。草が生い茂った庭を眺めながらも蚊の餌食になるのが怖くて草むしりをする勇気がありません~~それに今年の蚊は刺されるとすっごく跡が真っ赤に残っていつまでもかゆいのです。ぼこ~んと大きくふくれるし、こんなのにお顔を刺された暁には人相が変わりそうです・・・以前テレビで東北の方でいつもと違うタイプの蚊が出没していると報道していたのですが、もしやこれもそのタイプかな??と怪しんでいます。皆さんのところではどうですか?効果的な蚊対策があれば教えてくださいねーーーー
August 2, 2002
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連日暑さがとっても厳しいですね~~ちょっと歩くだけで汗がじわ~っと出てきて妊婦は特に汗かきになるのかと思うほど1日中よく汗をかいています。あまり冷えるのも胎児ちゃんにもよくないかと思ってちょっと前までは昼間でも冷房もつけずにじっとり汗を流していたのですがパンを作るのにもお料理を作るのにもオーブンを使うと台所は異常な暑さになって冷房なしではもう生きられない~~ある時から昼間も冷房をつけて過ごすようになりました。ふと部屋から庭を眺めるとポーチのところに日陰を求めてだれだれになっているネコを発見!うちの近くは犬を飼っている人も多いけれどネコも多いのです。なので、のら猫なのか飼い猫なのかわからない不明ネコがそこら中うろうろしています。うちで堂々と寝そべっていたネコも最近うちをまるで自分の庭のように思っているふしがあっていくら追っ払ってもダメなんです。この間は外の倉庫の上でのんきにお昼寝していました。この暑さでネコも夏バテしているようでだれだれ~として全然怖いものなしの様子・・・うちのるるちゃん(犬)も暑い日中は部屋の中で四足を放り出してお昼寝しています。今日も暑いけれど朝から1日パン教室の日なのでがんばって行ってきます~~
August 1, 2002
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