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地震のニュースも直後のそれより落ち着いてきた。けれど避難している方は相変わらず多く、車中に待機する人の中には死者も増えてきた。一般的に大変な事態というのはわかるけれど、特に高齢者を抱えている人、生まれて間もない子どもを持つ人、障害を持つ人のご家族は精神的にも大変だろうなあと思う。ペットだってかけがえのない家族なのに、あの避難所で生活をともにすることはできないよな。レスキューの活動や支援物資のこと、先の大地震での教訓が随所に生かされているとはいえ、やはりこういう緊急事態に弱者の立場は取り残されるような気がする。いいアイデアがないのかしらねぇと私なりに考えていたら、ふと思ったんだけどさ…。この頃、子どもの減少で統廃合されて学校が不要になる場合があるじゃない?あれはなんで跡地利用を考えなきゃいけないの?岡山では市内のど真ん中にあった学校がなくなった時に、やっぱり跡地を何にするかともめた挙げ句、図書館ということになったんだけど、これもたまたま土地があいたのを「なんとかしなきゃ」と急いで企画しただけだよねぇ。きっとこういう場所は多いのだ。学校というまとまった跡地を利用するということは、またそれなりの予算組みでなにかを建設しなきゃならないわけでしょ?ならいっそのこと、学校をそのまま廃校にして、建物ごと放置していちゃだめなの?岡山市内にある某小学校は、跡地利用が決まらないから、学校をまるごと市民に開放してアートイベントを開催したりしているのよ。普段はさ、こういう風にサークル活動や劇団の練習場に開放して、緊急事態にはヘルパさんたちにボランティアあるいはちゃんとした「仕事」として参加してもらって、介護が必要な高齢者や大勢と一緒の生活がしづらい障害者の人が利用できる待機所にはできないのかなぁ。ニュース映像を見て思ったのよ。自宅で介護している人がいるから危険だけど家を離れて待機所に行けないとか、家族全員が精神的に重いものをしょっているなあって。各都市にひとつでもふたつでもいいから、こういう場所を確保できていれば、緊急時は国が運営して隣県の人を避難させられると思うんだけどなぁ。無理?それとももうこういうのやってるの?みんな疲れ切っている。その上に介護の問題はキツイよなぁ。とね…。ない頭をうーんとひねってこの程度。行政サイドの方、食料も水も寝る場所のことだけでも大変ですが、こういう事態だから福祉の方も動かなきゃ。なにかいいアイデアはないのでしょうか。
2004年10月31日
仲間数人が集まって飲み会。昔からの知り合いがマスターやってる、表町オランダ通りの「ローリーポップ」。以前はよく宴会やってたものだけど、みんな少しは大人になって(笑)ゾロゾロ集まって飲む機会はめっきり減った。タイ風、韓国風、ベトナム風、名古屋風…無国籍料理がメニューに並ぶこの店は、お酒の種類も豊富。私はオランダの「パンダビール」がかわいくて好きだったりするんだけど、昨日は口当たりの良い「レモンビール」。生ハムとチーズのサラダ、チヂミ風のピザ、ナシゴレン、味噌煮込みおでん、ナンコツの唐揚げ、春巻き…。うっぷ、どれだけ腹の中に収めたかというほど食べて、その上デザートにも手を出してしまった。最後は中国茶でお腹の中をきれいにして店を出た。私はすっかりおっさん化しちゃったらしく、帰り道どうしてもこってりラーメンが食べたくなる。もうかなり遅い時間だったのでコンビニで脂っぽいのを選んで帰り、腹いっぱいのその上に汁まですべてかきこむ。ううっ、苦しいよぅ…シャワーを浴びてそのままベッド。朝起きたら顔がパンパン。キャー。少し治まったところで、こうして昨日の出来事を書いている次第。ああ、もう無茶食いはしないわ。
2004年10月30日
親切な夫が、朝、私のためにノコギリと脚立、それに新しい軍手を出して「いってきます」と出勤していく。ありがとう、あなた。今日もひとりで庭仕事をしなさいって意味なのね。ううう、疲れてるんですけど~。本職の方はすっかり暇になり、メールを開いたらいくつかのメルマガと古い友人からひとつの「依頼」が入っていたのみ。その「依頼」には応えられない旨を返信して、庭の方を午前中に終わらせてしまおうと作業に入る。脚立にのぼって、上の方にはびこる薔薇の枝を切る切る切る。思い切り豪快に、大ぶりの枝も全部取り除いたら、驚くほどすっきり。まだ枝打ちしきれていないのもあるけど、いくら脚立があっても私の背丈では手が届かない。私は優しい妻だから、夫のためにこの楽しい仕事は残しておいてあげよう。昨日抜いたミモザの木も、ゴミの日に出せるように切断していく。その堅いこと!!けれど、好きだった木を全部捨ててしまうのは忍びなくて、枝振りのいいところを切り取って植木鉢に挿してみた。根元に大きな松ぼっくりを飾ったら、カントリー雑貨風にも見えるじゃない!!ディスプレイは後々考えることにしよう。そんなことをやっていたら電話が鳴る。それほど打ち解けた間柄ではない友人からの、涙声だった。いろいろと事情を抱えていることは承知していて、いつだったか私に話して気持ちが収まるのならばと電話番号を知らせておいたのだ。私はうんうんと聞くだけだけど、彼女に限らず時々「へぇ、この人が」と思うような相談事や悩みを聞くことがある。ゆきーひろこさんと違って、カウンセラーとしの勉強もしていない私に相談してどうになるわけじゃないとは思うけど、人間って誰かにしゃべらないではいられないことがあるのよねぇ。たぶんその相手に私はちょうどいい存在なのでしょう。要らないことはよくしゃべるけど、秘密事は厳守するタイプ。そして意外にも、私は自分の悩みも他人には明かさない――ある意味“秘密主義者”なところがある。他人に悩みを明かさない(というか性格的に“明かせない”のだわ)ということは、自分の中で蓄積してしまって、心をどうしようもなく苦しめることがある。自分のそんな経験から、誰かが何かを明かす時には、ただうんうんと聞いてあげればいいんだと勝手に解釈している。今日もそうだった。彼女がそれで気持ちが軽くなったかどうかはわかんないけど、電話してくれてよかったと思うわ。その後スグに知り合いからの電話。今度は新規の仕事に関する相談で、お金も知恵もない私にアイデアを出せとこれまた無理なことを…。あれこれ話を聞いていたらあっという間に時間が過ぎてしまい、仕事を再開したのは午後だった。私も悩みは尽きないけど、みんなもイロイロあるのよねーと思いながら枝を切る。おかげですっきり。庭が少しだけ明るくなりました。
2004年10月29日
ひと仕事終わらせて、昼からちょっと庭仕事と外に出たのが間違いの元。“ちょっと”で終わるワケないのだ。だってさ、庭の荒れ具合を見て見ぬフリをしてどれぐらいになるんだろう。最初はりきってアーチまで作った場所は、肝心のツル薔薇は全滅してしまい骨組みだけが寒々しくお客様を迎えている。あまりに殺風景なので、早く緑で覆わなければとやたらに植えたアイビーは壁づたいに繁殖。抜いても抜いてもどんどんはびこるから、こいつも見ないフリを決め込んでいたのだ。もう最悪。薔薇を植えようと言い出したのはダンナだ。黄色いのやピンクや赤、当時はいろんな種類を買ってきてバラ園みたくなるのを夢見ていたんだろう。簡単だからモッコウ薔薇にしようよという私の意見に聞く耳持たず、勝手に庭の目立つイチに植えちゃったのだ。それが、手入れを全くしない物だから知らないうちに薔薇は消えてゆき、ただひとつ、大して特徴もないようなのだけが屋根ほどの高さになってのさばっている。屋根ほどの高さになる前に普通は剪定するものだけど、ダンナときたら知識もないくせにただ大きくすればいいという「貧乏性」の浅知恵でこんなことになってしまったのだ。くそう。このノーお手入れのせいで、ある年に虫が大発生してしまい、私が植えていたミモザが全滅。初春に真っ黄色に染まる様はご近所の目を引いたらしく、一枝くださる?と来られる方もいたぐらいなのに。そのミモザ、あまりに幹が堅くて下から2mぐらいのところをノコで切ってそのままの状態で立っていた。いつも見慣れているから家族はそうは思わなくても。こうしてしみじみ見ると格好悪いこと!!ははは、何年この状態でいたのかしらね。お客様、失礼しました。と、気にしてみると、あれやこれやと「なんとかしなくゃ」な場所がいっぱい見える。ふふふ、今日は「ちょこっと」やっちゃうわよーん。高枝切りばさみもどきを持ち出してと…パチン…ってならないじゃーん。使えねぇ、細い枝しか切れないとは。ヘナヘナ…。うぅ仕方ないわ、ここはもう力まかせに小さな剪定ばさみでパッツンパッツン地道にやるのみ。脚立が見あたらないから(ダンナがどこかにしまっているのだ)塀にのぼってパチン。部屋から椅子を持ち出して、それに上がってパチン。くー、手が痛い。首が痛いぃー。薔薇のトゲがいたーい!!!それにしてもなんという青空よ。見上げた薔薇の間から見えるのは、雲ひとつない真っ青な空なのだった。あー、こんないい日和に、私はなにをしているかねぇ…。枝をいくつも切り落として、最後の仕上げにミモザに手を掛ける。ん、なんかグラグラするぞ。もしかして根が腐っているのかも。エイッと引っ張ったら抜けそう。スポッ。あ、ほんとに抜けたわ。ここまでの所要時間、3時間。まだ奥には台風で傾いたゴールドクレストがそのまんま。それに、3時間かけたわりには殺風景なまんまだし。うわーん、誰か手伝って!!勝手に花を植えてくれてもいいよ。レンガを埋めてくれても枕木でアプローチ作ってくれてもいいよ。ガーデニング好きでおせっかいな人、急募。
2004年10月28日
朝、急に思い立ってひとりで映画に行く。『恋の門』――松尾スズキが監督したって聞けば、ちょっと期待しちゃうじゃないねぇ。松田龍平、酒井若菜、塚本晋也、忌野清志郎…このキャストもいいんだもん。クドカン作品の延長みたいなんだろうか?とワクワクよ。内容はねぇ、かなりマニアックで石に意味不明のアートを施して「漫画芸術家」と言い張る松田龍平と、コスプレ大好きで同人誌漫画家の酒井若菜のラブコメディ。私はこういうあり得ない内容ってのが好きだから、内容がいいとか悪いとかじゃなくて、肩の力を抜いてヘラヘラと楽しめたわ。平泉成は大竹しのぶと夫婦役、それもコスプレ歴20年というかなり壊れた姿が泣けてきたし、よーく見ると三池監督とか内田春菊とかちょこちょこ出演。エンドロールで田辺誠一の名前を発見して、どこに出ていたんだー!!!と思ったら、片桐はいりの強烈な演技に目がいって気づかないでいたのだわ。ごめんね、ナベイチ。同じようなジャンル(←ジャンルっていうのか?)でも、やっぱクドカン脚本のほうが作りがお洒落で構成がうまいわ。同じようなキャストで望んだせいかそのあたりに差が見えたけど、ま、酒井若菜はかわいかったし、龍平くんとのキスシーンもうっとりだったからよしとしよう。◆おしらせ◆明日10/28のKSBスーパーJチャンネルの「キッズニュース」だと思うんだけど、ちょこっとだけKAIが出るらしいよ。岡山・香川の方のみ、よかったら見てね。
2004年10月27日
自分が聴きたかったから、ダンナの誕生日にということでフジ子・ヘミングのDVDを買った。あんまり吟味せずにアマゾンで適当に注文したからわからなかったんだけど、そのDVDは演奏している様子じゃなくて、彼女の絵の作品集になっているらしかった。彼女の絵は『誰ピカ』やその他の出演番組でたまたま目にする機会があって知ってはいた。ペン描きのような細い線でサラサラッと描き、そこに赤とかエメラルドグリーンとか色使いが印象的。日本人のおばあちゃんが描くようなイメージじゃないわね。DVDに収蔵されているのも、ピアノを弾く少女、その足もとにいるネコ、花束、着物姿の女性…。繊細な絵で、感性は少女っぽい。ひとつひとつの形はぐにゃりと変形しているからデッサン力は今ひとつとして、こんなに楽しく絵が描けたらなぁと心をくすぐる。音楽DVDというより画集のような感覚かな。サロンでピアノを聴きながら、心地よ~く絵を見ている感じ。おほっ、贅沢でしょ。
2004年10月26日
地震の報道を最初に知ったのは日テレの夕方のニュースだった。たぶん6時からのやつ。報道番組好きの私は、ニュースもワイドショーも各局見ないと気が済まない。だから、あまり興味のない話題の時には別の局を、ニュースは時間帯が違うのを見たりして。朝、昼、夕、晩とほとんど毎日なのよ。あの地震があった時間は、他局で別のニュースを見ていたはずなのに、速報もなにも流れなかったような気がする。6時のニュースと同時に新潟方面でつい先ほど大地震がありましたと知り、刻々と飛び込んでくる情報に耳を傾けた。他局のも見てみたけど、日テレのそれはかなり充実していた気がした。私たちへの報道とともに、被災地の人に呼びかけたものも多く、テレビがご覧いただける方はそのままつけた状態で情報を得てくださいとか、ガスは大丈夫かとか、子どもに不安感を与えないようにしっかりと抱きしめてあげてみたいなのもあったような気がする。一段落した頃には緊急の伝言電話の使い方まで報道し、このごった返した現場にあってなかなか立派な構成だな、と思ったのよ。地震評論家とか呼ぶより、よっぽど役に立つもの。ニュースの後は、たしか視聴率が取れる特番があったはずなのにそのまま報道。他局もそれに続いていたけど、テレ朝だけは『ドラえもん』やってたのはなんともまぬけだったなぁ。クメヒロシが去って、報道には熱心でなくなったんだろうなぁ。TBSも報道でなにかと問題起こしているし、このチャンスに「報道の日テレ」なんて名前をいただいちゃうつもりなのかしら。野球は下火で視聴率とれないから(今さら巨人戦はありがたくもないよなぁ)、この機会に巻き返しているのかもしれん。と、そんな穿った見方をしつつ、それにしても今回の報道に関しては日テレあっぱれと思うわ。
2004年10月25日
実家近くにできたスーパーマーケットに行き、ちょっと魔が差してなわとびを買ってしまった。小さな集落で、ほとんど人通りのない実家は、隠れてなにかするにはもってこいの場所。バドミントンする私、キャッチボールする私、サッカー教える私…ほほほ、日頃は見られない私が年に1,2度見られる珍ポイントなの、ここ。毎年、苦労しているなわとびシーズンがそろそろやってくる。男の子ってリズム感がないのかしら、どうやってもうまくいかない。鬼のように練習している子たちをしり目に、なわとびヘタだって生きていく上で困ることはひとつもないしなんて思っているから上達するはずがないのよね。私も相当な運動音痴だからなにも言えないけど、けどよ。実はなわとびはものすごーく得意だったのよ(あと、水泳・マット運動・鉄棒ね。地味でしょー?)。全校をあげてのなわとび大会なんてはりきってたもん。二重跳びどころか三重跳びもやってたわ。あと、クロスして二重跳びするのとかも。ほほほほ、そんなすっごい腕前のお母さんがコツを教えてあげましょうとやってみたのはいいけどさー。あ、あれれれ?二重跳びがどうやっても3回ぐらいでひっかかる!!後ろ二重跳びなんて1回跳んだらもうおしまい。…ていうかさー、フツーに両足跳びで100回跳べない。交差跳びも5回ぐらい。これは私がブーツ履いてるせいなのよと自分に言い聞かせるも、違う。これは足が上がっていないせい。しかも、跳ぶたびにお尻と太股がタプンタプンしてるのがわかる。うぅ~、私の動きを阻んでいたのはお肉だったのね~。ゲラゲラ笑っていたダンナが私のなわとびを取り上げて二重跳びに挑戦。ブッ…ものゴッツイ形相なんですけど。歯を食いしばりすぎて、怖すぎますってぇ。足は「引っかかるもんか!!」と意地で無茶苦茶曲げ込んでいるから、なんか跳ぶたびに背が低くなってるみたいよ。その割には5回しか跳べてないじゃーん。あー、なんかさぁ、こんなにできない人になっていたとは。5回しか跳べてないダンナにエラソーな顔されるのも屈辱だわー!!
2004年10月24日
夕方から新潟の地震のニュース。この前は各地で台風で被害。自然の驚異と今の人は言うけれど、大昔の人なら神の怒りを買ったのではと畏れおののいているところじゃないだろうか。まったく、人間の力ではどうすることもできない災害がこうも続くと、もはや私だけは安全なんてことは考えられないなぁ。インタビューを受ける人々は一様に疲れ切った表情なのに、なぜか笑っている。人間って、途方に暮れると最後には笑うんだ…。さて、そんな地震の最中、私は昨日買った端切れをなんとかしなくちゃとせっせと縫い物に励んでいたのでした。KAIからは「お母さんがお裁縫箱を出している!!」とものすごーくめずらしがられ、指をブチッと突き刺しながらチクチクチクチクやっていたのよ。友人には「素敵なバッグを作るわ」と大見得を切っていたのだけど、そんな芸当は私にできるはずもなく(…と、一晩のうちに断念)、一度は捨てかけたインド製のストールに着物ハギレを縫いつけることに。それもたった3箇所。長方形に布を切って、波縫いで縫いつけるだけだから簡単だわ~と思っていたのに、実は自分が考えていた以上に不器用なことが発覚!!あっらー、アイロンで形を整えることさえできないよ。まち針で印を付けてるのになぜこんなに歪む!?キーッ、この糸また絡んじゃったよ!!ゼィゼィ…。やっぱり慣れないことはするもんじゃないわね。徹夜で仕事するほうがまだマシ。針刺しすぎて手が痛い~!!なのにねぇ、ひとつできるといい気になるのが私の悪いところよ。ついでに(なにが“ついでに”だぁ!!)洋服のリフォームなんてやっちゃいましょうと、なかなか着る機会のないスゥェードのトップスにこの布を付けてみることに。黒の服に紫の着物柄はきっと粋よとイメージだけは膨らむの。袖口からもちらっとのぞくようにしちゃおうかしら。ほほほほ…。と、挑んだのはいいけどさぁ。スゥェードってこんなに厚かったのかぁ。通らない針をブスブス刺していくから疲れるのなんの。針を押しすぎて指先が紫色。え、指ぬき?あー、そんな便利な物もあったのねぇ。忘れてたわ(涙)。うー、私がこんなことしてるから地震が起きたの?もうしません。もう二度としませんってば。
2004年10月23日
思いの外、用事が早めに終わってしまったので、友人と出かけたついでに街をフラフラ歩いた。先頃オープンしたばかりの、古い着物を扱う和雑貨のお店。ちょっと様子を見るだけのつもりだったのだけれど、私好みの着物ハギレがあったので買ってしまった。6枚も。私は針も糸も持たない。学校のゼッケンを縫いつけるのだけで苦痛だし、学期始めに持っていく雑巾は買って持たせる。私には無用のものだからミシンもないのだ。だからハギレを買ったってどうするわけじゃないのよね。でもいい柄だったのよ。いっちょガンバって袋でも手縫いしますかね(…とか言いつつ、最終的にはパッチワークが趣味の、実家の母の元に行くことになるのかも)。そのあと商店街にある和雑貨のお店にも足を運ぶ。ここの雑貨類は、値段は少々お高めな気がするんだけどセンスがいい。ディスプレイしている着物のきこなしも粋なのだ。お店の人と話をしていたら、着物が着たくなってきた。祖母が亡くなった時に、形見としてもらったものが数枚ある。絽の着物も、羽織も。柄が気に入ったからとすり切れた帯まで頂戴しているのに押入の奥にしまったままよ。あー、もったいない。そこの和雑貨屋さんでは、とても素敵な提案をしていた。着物の下には洋服の延長みたいな肌襦袢。帯の代わりにミニエプロンできゅっと締める。ああ、これなら私も着られそう!!帰ってさっそく着物を出してみた。見る目がないから、それがいいものか悪い物か皆目見当がつかない。祖母は着道楽の人だったから、いっぱい着物は持っていたのだけど、品質より何よりこれなら着るかなというのだけをもらっていたのだ。ま、品質よりも、着物の素材もいつの季節のものかもわかっちゃいないのよね(笑)それに、一度広げちゃうと仕舞い方で一苦労よ。私は日本人なんだろうか???…とまあ、呆れて物が言えないぐらい着物音痴の私、帯の代わりにロング丈のソムリエエプロンみたいなのを付けて、なんとか着物を着てみたけれど、どうもしっくりこない。襟元がだらしなく、着付けができるかできないかってこういうところに出ちゃうのねぇと実感だわ。KAIだけは、わーお母さんいい感じ!!とものすごく喜んでいたけど、これを着て買い物に行けるようになるまではあと何十年必要だろうか?
2004年10月22日
おととい夜からの熱は相変わらず。腹痛もひどく、KAIは学校を休んだ。朝イチで病院に行って熱を計ったらみるみる体温計が上がる。ほほー、39度をぐーんと超えましたな。解熱剤を3度ほど飲んだのにちっとも効かないまま。それでも熱のわりには元気だからこちらの方はあまり心配じゃないのよ。大変なのは腹痛の方。もしや風邪でなくて、別の病状で熱が出ているとしたら問題だ。いつもなら40度ぐらい熱が出たって食欲はあるのに、今回はそれもない。先生の見立てでは大したことではないだろうと。お腹の風邪じゃないかなということで整腸剤その他をいただくことに。帰り際、知り合いの看護婦さんが、「KAIくんはああいうキャラだから先生には比較的元気そうに見えるかもしれないけど、今回のは相当しんどそうよ。便が水みたいになったり、お腹の痛い場所が変わったらすぐ来てね」。夕方になり、便は水のようになったらしい。でもなぁ、食事を入れてないわけだから、それも仕方ないよなあ。お腹は相変わらず痛いというし、解熱剤も飲まさず様子をみているから熱はあまり下がってない。学校帰り、2人の友達が心配して様子を見に来てくれた。明日は学校行ける?というので「わかんないわー」と答える。クラスメートのひとりが転校で、会えるのは明日が最後とのこと。これはなんとしてでも行かなくちゃなぁ。その友人のために、お腹が落ち着いた時間を見計らって似顔絵を描いている。喜んでくれるだろうかねぇ。……………そんなKAIの元にイラストのご依頼。ほほほ、仕事よ仕事。はやく体調整えて、お働きなさーい。と、鬼のような私なのであった。
2004年10月21日
朝から台風とわかる雨と風。昨日中止になった「山の学校」、もし強行していたら大変なことになっていた。23号の勢力は今年最大級なのだそうだ。勢力範囲も広いというのもわかる。まだ接近していないはずの時間も、もう通り過ぎたはずの時間もずーっと、えらく長い間、岡山はこの風雨の中にいるよ。めずらしいことに一瞬だけど停電もしたわ。ご飯をいつもの時間に炊きあがるようにしていたらアウトだったな。台風より大変なのはKAIだった。夜中から熱が出ていたようで(「山の学校」が中止だったのは幸か不幸か…)、よく寝られていない様子。今日は朝から警報が出てうまい具合に学校は休み。解熱剤を飲んで一日中寝ていた。あー。それにしてもこの風、いつになったら止むんだろう。夕方には帰宅した旦那は外の様子が気になって仕方ないらしく、どこかのトタンが飛んでいるだの自転車を縛っておかねばと、うるさいうるさい。今回はダメかと思われた庭のゴールドクレストは意外にも丈夫で、この風の中踏ん張っている。がんばれよ~。……………《おまけの話》今日は台風の話で終わるところだったんだけどさ、さっき朝読みそびれていた朝日新聞を読んでいたら、カンヌ国際広告祭の話が載っていたので…。今、日本のCMが世界では評価されていないんだって。カップヌードルの「ハングリー?」の広告が世界でウケたのも随分昔の話だわね。そうそう、確かに日本のCMってつまんないって私も思ってたとこよ。今年日本のCMで受賞したのは、UFJつばさ証券の「パートナーは大切です」のCM。わかるかなぁ、敵に囲まれて反撃しようとする忍者が、手裏剣投げようとして、味方の頭にグサッとやっちゃうやつよ。あれは確かに笑えるよなぁ。――銀賞受賞だって。よくエンタメ系番組で「これは一体なんのCMでしょう」と外国CMをクイズ化して見せてくれるのがあるけど、うまい作りだもん。オチが洒落てるんよね。日本のCMはどんどん悪くなってる。企業側のせいだけじゃないと思うのよ。この前からマクドナルドの広告に腹が立つ。なんてセンスがないんだろうか?今のはマクドナルドカラーの服を着たモデルがただ出ているだけで、なーんのひねりもなし(あれは世界共通のマックの広告?ってわけじゃないよな)。ひとつ前のは、家族が旅館に行って、そこで子どもが落ち葉を廊下にちらかしたり、宴会場の外でスリッパにいたずらしたり、土産物売り場で番傘勝手に開いたり…っての。おーい、親はなんやっとんじゃー。最後は、ドライブスルーで疲れて寝ている“ばかママ”を起こさないでね、と“ばかパパ”が店員さんに「シィー」っと合図する。ええっ、オチはどこなんじゃー。っつーかさ、バッカじゃねーの(怒)!!!もしあんな家族が泊まる旅館に私が居合わせたら爆発だわ。最低のマナーも教えず、子どもを放置かよ~。旅館じゃなくてキャンプしろ。旅館で働く人のことも考えろよ。せめて自分の子どもの尻拭いぐらいして、廊下の葉っぱを集めろ!!!それだけ子どもを野放しにしておいてさ、車で爆睡ってどういう神経なんじゃ。旅館のスタッフ全員とお客に詫びのしるしをこめて、ものすごい数のマックを買っていくって流れの方が正統じゃないか?某シャンプーの広告で、飛行機の中で「オオーッ、ウゥー」ってやってる趣味悪いのがあったけど、まだそっちの方が許せるなぁ。あれもセンスのない男プロデューサーが作って、これまたセンスのかけらもない広告主がOK出してしまって、結果として肝心の女性顧客がしらけて見ているのに気づいてないんだろうなぁと気の毒に思うだけ。だって評判悪いんだもん、私の周りで(笑)。映像作りには一生懸命になってるくせに、技術だけが向上しても実は低下している広告のお仕事。インパクトも薄くて、あー、だからCMあんなにたくさんやってるのに、お菓子や車の名前が覚えられないんだな。ナルホド。
2004年10月20日
台風のあたり年なんだそうな。その恩恵は松茸ぐらいなのに松茸にはありつけず、害の方だけ被っている。もっとも被害といったって私が住んでいるところは大したことはなく、「雨が多くていやだわ」のレベルなんだけど。夏休みも台風の合間を縫っての旅行続きだった。そしてKAIは今日から「山の学校」を楽しみにしていたのが急遽取りやめとなった。バッグに1泊分の重い荷物を詰め込んで、いつもより大きめの水筒を肩に掛け、傘をさして登校したというのに。明日は西日本に台風上陸でこのままだと警報が出そうな気配なので、先生方の職員会議の結果、延期ということになったらしい。さぞかしガックリしているだろうと思っていたら、フツーの表情で帰ってきた。「みんな、えーっとは言ったけど、この雨の中に行ったってどうせ何もできないだろ?」と冷静なもんだわ。今時の子どもって大人なのねぇ。わが家では、別の意味であたり年のヤツがいる。ダンナだ。この人、この前からやけに宅配が多い。うちではお互いにほとんど話をしないから(だってあの人としゃべってもつまんないんだもん、趣味あわないし…)、何の懸賞で当てたの?なんてことも聞かないけど、2日続けて届け物があったこともあるからちょっとは気になっている。先日はCDギフト券が1万円分当たったらしく、さすがにそれは嬉しさを隠せなかったようで、私にもお裾分けがあった。「何か買ってあげる」というのでEGO-WRAPPINの『merry merry』を頼んで今聴いてるとこよ。音楽チャンネルで『カサヴェテス』を聴いていただけで、収録曲は初めて聴くのばかり。アマゾンのレビューで、最初はEGOらしくないように思えたというコメントがあったけど、私もそんな気がするわ。昔の大貫妙子を聴いているような感じ。でも好きよ、こういうの。
2004年10月19日
お昼にスーパーで買い物をし、袋詰めをしている隣で、小さな男の子が「お母さん、ここにはサメがいるよ」と言う。若いお母さんは袋付けをしながら振り返って、「あら、さっきどこかへ行っちゃったわよ」と言う。「違うよ、今、お母さんの中に入ってんだよ」。クククと男の子は笑って、それにお母さんがまた話を重ねていくという風で、まるでファンタジーのようだった。サメがいるよ、で思い出した。小学生の頃、ちょうど今のKAIと同じ年頃だった私は団地に住んでいて、そこの広い公園は格好の遊び場だった。同世代の友達は遊び相手には困らないほど多く、男の子も女の子も関係なく、学年が違うのも入り交じって毎日毎日遊んでいた。滑り台がどういう形だったか覚えてはいないけど、そこを船に見立てたサメ遊び(←今勝手にネーミング)も楽しかった。地面に降りたらサメに食べられちゃう。滑り台から降りないように、地面に降りるときには石の上とかだったらOKだった気がする。そんなヘンテコなルールを自分たちで作って、見えないサメに食べられないように移動するのだ。あの遊びは誰が考えたんだろ?鬼ごっこなら捕まえる人と逃げる人がいてルールはハッキリしているのに、あのサメ遊びはそんなんじゃなかった気がするのよ。ただ空想してキャーキャー言って、それでも結構楽しかったんだよね。サメっていうのは子どもにとっては「怪獣」よりも少しだけリアルで怖い存在なんだろうなぁ。この歳になってもサメがうようよ泳ぐ海で遊ぶ機会はなく、ましてや海賊に会った経験もない。バルタン星人に追いかけられるのは子供時代の夢の中だけだったし、ゴジラとか攻めてきたらどこに隠れようと考えることもなくなった。そういう怖いものたちは、私の前から随分と消えたなあ。なんだかつまんなくなっちゃったわ。
2004年10月18日
もうグニャグニャよ~今までの頭の重さ、肩の張り。首が後ろに回らないのは、ぜーんぶコリが原因だったのね。疲れが慢性化してしまってて、自分の体はこんなものかと思っていたわ。私をこんな気持ちのい~い状態にしてくれたのは“アロママッサージ”。エステも行ったことなけりゃ、今流行の足つぼってやつにも未体験――の私がなぜだかオープン当初から関わっているアロマとリンパマッサージのお店「te*to*te」。“手と手”と書いて「テトゥーテ」と読む、これ私のネーミング。開店の挨拶状とかいろいろやってるクセに、実は施術はどういうものかあまりわかっていなかったのよね。そしたら、今後の勉強のためにとデザイナーOさんがご招待してくれちゃったのよ。ほーほほほほ、なんて太っ腹なのかしら!!足のむくみ解消や背中のコリを取るもの、美顔、足ツボ…メニューはいっぱいあるんだけど、その中で私が「これ!」と言い張ったのは「顔痩せ40分」コース。アロママッサージで小顔ってのは全国でもめずらしいらしく、某有名誌でも紹介されたのだとか。あそこやここや、ケアしたい場所は山ほどあるけど、まずは一番目立つところから手を加えなきゃね。最初はお化粧を落とすことからなんだけど、その作業だけでもうっとり。本格的なマッサージになると、そりゃもう言い尽くせないほどの気持ちよさよ。小顔にする時には多少痛いかもと言われていたけど、その「痛い」時ですら寝そうだったわ。頬あたりがプチッとかグリッとかいう感じで、ほぐされているのがわかるの。この機会にいろいろ質問しなくちゃと思うのに、半分夢心地。あはははは、Oさんごめんなさい。完全に仕事放棄状態よ。今後のコピーの参考にと、血行良くして顔を引き締めるパックまでプラスしてくれて、デコルテ(肩や肩胛骨のあたりまでマッサージしてくれてあまりの気持ちよさに一瞬にして気を失いそうになる…)で私を骨抜き状態に。うはー、気持ちいいぃぃ。カイロプラクティクで施術後すっきりを経験したことはあるけど、アロマはもっとハマるね。香りもいいし、オイルがとにかく気持ちいいのよ。私、きっとまた行くわ。で、小顔になったかというと、そりゃあなた、私が別人になるほどの違いはないけどさ、自分ではわかる程度にすっきりよ。ふっと横を向いたときに、いつもは気になっていたお肉の重みがないの!あと2~3回すれば、もっと効果ははっきりするとのこと。よっしゃー、行くで。通うで。…と、私が力を込めて言うには理由があるの。だってここ、意外にお安いのよ。2000円、3000円代の手頃な料金体系、ランチを2回がまんすれば天国のような時間が味わえるんよ。顔も手も背中も足も…みたいな贅沢なコースにしたって7~8000円ぐらい。良心的でしょ?施術の前後はおいしいハーブティーでリラックス。割引券もちゃっかりもらってきたから、行く人いたら差し上げます。私は小顔をもう1~2回やろうかな。その後、背中のマッサージを希望。全身のコリを優雅に解きほぐしてもらうのだ~!!!…という、今日はなんだか宣伝みたいな日記になっちゃったわねぇ。
2004年10月17日
岡山市の「林原美術館」でやってる“五感で見る国際アート展”に行ってきました。林原美術館って、製薬とか“トレハロース”で有名な林原グループの美術館。そこが、障害を持ちながら芸術分やで活動している人たちの活動を通して喜びを共有する……として林原国際芸術祭“希望の星”というのを昨年からやってるらしく、これが第二回目なんだって。知らなかったなぁ、いつだったかやっていた「みずのき」の絵画展が第一回目だったんだろうか?今回は視覚障害を持つ人々にスポットを当てた作品展。オブジェや絵画が並んでいるのが、とても視覚に問題があるようには見えない。一番感動的だったのは、3次元音響(っていうんだろうか?)の音のアート。ヘッドホンをつけてCDをスタートにすれば、音が右耳から左耳に、頭のラインに沿って音が移動するような錯覚に。掃除機の音、はさみでカットしてもらっている音、大水に飲まれるような音、戦場の音…。それが、頭の側面や中や体全体や、そういうところを回るような気持ちになって、とっても不思議な体験でした。蚊のプゥゥーンって音が耳元にした時には、思わずパチンと手がでるぐらいリアルでした。その後、見たかった作品展に、ギャラリーを2件はしご。ひとつは写真で、DMはよかったのにものすごく期待はずれだったわ。*****KAI画伯マニアのみなさま。新作短編小説を、別館の本日の日記欄に掲載しました。よろしければどうぞ。
2004年10月16日
この業界に入ったのはイラストレーターになるためだった。描くことは大好きだったし、子どもの頃は「上手ねぇ」とそこそこおだてられていた。で、いい気になって大学では美術部、ゼミは美術系だった。イラストレーターとして勉強するには広告代理店の仕事よりもデザイン事務所の方がいいとアドバイスされて、就職は迷わずデザイン事務所にした。面接に一枚の作品を持っていったら「いいんじゃない?」と言われた。大学の卒業も間近になった頃、知り合いのデザイナーの人に頼まれて絵を描いたら、ポスターに使ってもらえた。イラストレーターの道って簡単、そんな気がした…………のに、いざ就職してみたら雲行きがあやしい。最初は言われるままに、なんでも「はい、描けます」と描いていた。PCが導入される前だから、色づけもアナログな方法でやっていた。カットがあれば、それも描いた。何ヶ月か経って、プロの仕事ってこういうもんじゃないだろうと、自分の絵がはずかしくなった。やっぱりイラストは「ちゃんと描ける人」がやらなきゃだめなんだとずっしり感じた。そのまま何年も過ぎて、今頃になってイラストの仕事が回ってきた。私が昔、絵を描いていたことを忘れていない人がいて、「もう絶対、絶対描けませんから!!」というのを、納期がない忙しさからか押しつけられてしまったのだ。ううう。本当に描けなかったよ。こんなのしかできませんよ、とさっき持っていったとこ。これで通るなら、私は今日からイラストレーターの肩書きも加えることにするわ(カット専門の)。
2004年10月15日
この前のことだけど、深夜にテレビをつけたらちょうど「ナビィの恋」をやっていた。これ、ものすっごく好きなのよ。何度も観て、うちにビデオもあるのに、また観てる。何が好きかって、あのオジィ役の登川誠仁。彼は沖縄音楽界の大御所なんだけどさ、役者としてもほのぼのといい味なんだよね。60年前の恋を成就させるため、島に帰ってきた恋人とともに駆け落ちするオバァ…をそっと見送るオジィ。自分の妻を連れ去る男に、よろしくお願いしますと歌で言葉を伝えるオジィ。もー、なんでよ。と言いたいところ、この映画ではいとも簡単に許しちゃう。けど、それがすごく自然に映るんだよね。登場人物は飄々としているのに、でも、私だけはいつも泣くのだ。オバァよー、アイシテルランドってどこに行くんだよ。そんな小舟で大丈夫なのか?と、いつも行く末を案じてしまうのだ。
2004年10月14日
オンナの体って敏感なのよ。ふふ。この私もそういう体質らしく、数ヶ月前までこの身もてあましていたの。悶えるような日々もあって、もうどうしようもなくて……ある日、訪ねたレディスクリニック。ん?なにか想像なさってたあなた、ごめんなさいな。ワタクシ、生理前ナントカ(←相変わらず病名が覚えられないのだ)という症状にハマったらしく、生理前のイライラが限度を超えてきていたの。お腹が痛いとかじゃなくて、私の場合は精神的なところに出ちゃったものだから、イライラはすごいし、それ以上にドヨーンと鬱状態になる日が月に一度訪れるという恐怖が。精神的なつらさというのは、熱や痛みでうんうん苦しむよりも深くて辛いものなんだと初めて経験した次第。それに重なるように、母の病気とか、そのために仕事を断らなくなって経済的な不安が生じるとかあったものだから、どこからどこまでが本来の悩みで、どこからどこからが病的なものかもわからなくなってしまったのねぇ。元々ノンキで楽天的な性格の私、今にして思えば病気のことも経済的な問題もあんなに悩み苦しむまでもなかったとはわかるけど、それは改善したから言えること。その改善を助けてくれたのが低容量ピル。ピルの使用には賛否もあって、私も抵抗がなかったわけじゃない。「こんなので本当に治るんかいな?」と思いつつ、けど、漢方よりも早い効果を期待していたので(ダメならやめりゃいいやとも思ったし)服用を開始――して4ヶ月あまり。それがまあ、す~っきりと改善されて、生理前のひどいイライラや涙もろさがまーったくなくなったのよ。なあんだ、こんなことならもっと早く病院行けばよかったわと思うぐらい。ただ、3ヶ月目を迎えた頃から微熱が続きだして、足の浮腫みやら体のだるさも感じるようになったのね。大体この時期ってわかるから、薬の副作用なんでしょう。私にとっては服用前の精神的な辛さの方が何百倍も大変だったから、この程度の副作用なら喜んで受け入れるけどね。あー、それにしても体がだるい。昨日から熱が出ている。微熱以上には上がらないから、たぶん薬のせい。急ぎの仕事、急ぎの見積り、いろいろ重なった上に今日は参観日。こんな状態なら休むところ、来週には「山の学校」があるというのでその説明会ははずせないしなあ。ヨレヨレになってたどりついた教室では、性教育の授業をやっていた。KAIはただいま小学4年生、体が変わりはじめる時期なのだ。若いオトコの先生が「精巣で作られた精子がペニスから出てきます」と精通の説明をしていた。生理のことも話された。けどさあ、照れながら聞いている女の子たちも、生理がこんな症状を引き起こすなんて夢にも思わないよなぁ。ああ、だるいだるい。でも明日朝までの仕事がまーだまだ。はぁーっ………
2004年10月13日
打ち合わせに出た帰り、書店に立ち寄ったらこんな本みつけちゃった。荒井良二の『にせニセことわざずかん』。コピーライターとしては放っておけない言葉遊び(?)の資料よ、ということで仕事用に買っちゃったわ。荒井良二のホニャホニャなイラストで、正しいことわざとナンセンスなのが見開きで載っているというもの。たとえばね、…………………………………………………………「乗りかかった舟」→「乗りたかった舟」イラスト=ぞうが乗ったとたんに小舟がベキッと折れちゃってる…………………………………………………………「住めば都」→「スメバ ミヤコ」イラスト=スメバミヤコというたすきを掛けたカバが選挙演説しているとこ…………………………………………………………「嘘から出た実(まこと)」→「ミソから出たオトコ」イラスト=ドロドロ状態の人間が……………………………………………………………「弘法も筆の誤り」→「ほうぼうで筆をあやまる」イラスト=ペンキ屋さんが看板書き間違え。イタリアンヒザとかラーメソってヒドイ!!…………………………………………………………てな具合よ。クソ真面目な文章しか書けない私、これを参考に精進します。
2004年10月12日
日本画にはとんと疎いので、塩出英雄がどれほど有名な人かは知らない。ただバスの中に貼ってあった特別展の告知ポスターを見るたびに、気持ちをそそられていた。今日は、その作品展のため井原市の田中美術館に行く。岡山県西部、ここが出身地というゆかりで彫刻家・平櫛田中の作品を常設する美術館だ。普段はそれほど馴染みはないところなんだけど、ここは時々「おっ、いいね」みたいなのをポソッと企画する。今回もそう。塩出英雄のことは、なーんにも知らないけどいい感じの作品に見える。こういうのなら好きかもと姑ちゃんにも声を掛けて、4人で出かけた。塩出英雄が亡くなったのは2001年。作品は20代から88歳で亡くなるまでの約50点が並べられ、どれも素晴らしく見応えがある。彼は和菓子屋の父と信仰心の厚い母の元に育ったにふさわしく、作品はその影響がしっかりと反映されているように見える。茶道に興味があったというだけあって、若い頃の作品ほど興味がストレートに茶道に向いており、野点の光景や茶器、茶室と静かな時間が流れるような作品が見える。お寺や僧侶も何点か見えるけれど、30代の作品で目立つのはすっきりとした面差しの若い女性。若い娘さんのように見えたそのモデルは、結婚間もない奥さんなのだと館内のビデオで見た。いいなぁ、こんな風に描かれるなんて。作品を一緒に見ていたKAIが「赤がとてもきれいだ」と言っていた。ふうん確かに、彼の作品で多様されているエメラルドグリーンに赤はよく映える。会場を見渡すとなんとも美しい緑の世界。爽やかで澄み切ったこの風景は、どれもこれも引きつけられる。柔らかで中間的なこのグリーン、私が好きな色だ。このグリーンの色使い、60~70代ではほんの少しだけ渋いトーンになり、80代で再び若い頃のような澄み具合を取り戻す、そんな風に見えたわ。買ってきた(というか、正確には姑ちゃんに買ってもらった!!)画集で再び作品を堪能。なんでこの絵にひきつけられたのかしら~とふと浮かんだのは、たぶん私はこのシンプルな線が好きなんだろうなってこと。華やかさが際立つわけでなく、地味でなく、嫌味なく、特に女性にはすすーっと受け入れられやすい色もいい具合。絵の中の間がまたよくて、ここにコピーを一本入れたらいいのになぁとか思っちゃう。それも、日本画だからと筆文字なんかではなくて、ポップなフォントとかでもOK。よくよく考えれば、塩出英雄の絵ってデザイン向きなのよね。晩年までの作品を観て感じたこと。彼は子どもの頃から書くのが好きで、素直な気持ちでそのまま画家になっちゃったんじゃないかなぁ。そういう作家の描く絵よ。会期は11月14日まで。
2004年10月11日
日曜朝のNHK番組『新日曜美術館』のアートシーン(全国のギャラリー情報を教えてくれるのよ)のコーナーが好きで、毎週見ている。その前に時間帯にやっている『課外授業ようこそ先輩』ってのもおもしろくて、半年ぐらい前からハマっている。お馴染みの番組だから説明するまでもないだろうけど、いろんなジャンルで活躍する人が出身小学校に出かけて、それぞれのテーマで授業(ワークショップ)を行うのだ。テーマの選び方も進め方もひとつひとつが実にユニークで、さすがに第一線で活躍している人の目の付け所や考え方というのはすごいなぁと思う。最近では、山本容子は身近な日用品を使った版画で、絵が苦手な子どもたちをすばらしいアーティストにしてしまったし、奥田瑛二は映画作りを実際に子どもたちに課し、脚本づくりからメガフォンを取ること、役者になること、カメラワーク…と一人一人の子どもの個性を引き出した。山下洋輔と子どもたちとの自由なセッションも見事だったなあ。今日の放送では、谷村新司がラジオのDJ番組を子どもたちと作っていた。授業はリクエストハガキを書くことからはじめ、どうしたら読みやすい様式になるかもさりげなくアドバイスし、ジングルを作り、放送室でのオンエアにのぞむ。DJ役の子どもは「教室ではみんなどういう顔で聞いているんだろう?」と半ばドキドキ顔。失敗もあるけど、それもいい。見逃していたので、昨日の土曜日は再放送を見た。弁護士の土井香苗さんが、戦争の悲惨な姿を子どもたちにストレートにぶつけて、富める国とそうでない国の不公平感を「ケーキがたくさんもらえる人」と「まったくもらえない人」のふたつに分けて説明した。戦争が起きたらどうするの?あなたたちはどういう法律を作るの?という問いかけに、頭の良さそうな男の子は「すべて話し合いで解決すればいい」と答えた。女の子は「武器を持たないまま、殺されるだけ殺されて、それでもだまっていていいのか?」と発言した。難民を受け入れることに関して、アメリカなどは何万人という単位なのに、日本は十数人という現実。「少ない」「もう少し受け入れては」と言いつつも、ではどのくらいの人数なら受け入れるかというと「30人」だったり「1000人」だったり。中には「悪い人はそれなりの環境に置いて、いい人だけ受け入れる」という旨の意見もあって興味深かったわ。最後には、彼らに自分たちで法律を作ってもらって、それを国連の国際会議で発表させるんだけど、おもしろいのがあったなぁ。「人はホスピスなどで自分の死に方を選べるようにする」とか「先進国は必ずひとつ難民受け入れのための会社を作らなければならない」とか。私は昔から子どもはあまり好きじゃない人間。だけど、こうした発想の豊かさには脱帽する。来週日曜は、漫画家・やくみつるが「先生」らしいよ。楽しみだわ。
2004年10月10日
CDで歌舞伎の「勧進帳」を流しながら仕事をした。音源は1985年の南座、現在の團十郎が襲名披露の時のものらしい。声が若いからか、團十郎好きのKAIは「なんだ海老蔵か」とすっかりだまされている。え、私には似ているとは思えないけどな。季節のアレルギーのせいなのか、かれこれ10日間ほど目が霞んで仕事がはかどらない。よく見えないと能率がこんなに落ちるものなのかしら。そんな状態なのに、HPをもうひとつ作ってしまった。こういうのって勢いなんだよなぁ。私は思慮の浅い人間なので、どうこう考える前に行動に移していることが案外多い。大きな石橋は叩いて渡るのかもしれないけど、目の前にある小さな橋は気づかないうちに渡ってしまっているタイプ。あ、と気づいた時にはもうページを作ってしまっていた。それをどうやったら解除できるかもわからなくて、前へ前へと進んでいたら、似ても似つかぬアバターまで作っていた。ついでに画像を集めたスライドショーも。思慮のないまま作ったので、ほころびはいっぱいです。でもよかったら「別館」の方へもお運びください。こっちほどマメじゃないけど、3日に一度は更新……しようかなぁと思ってます。トップページから、ようこそ。
2004年10月09日
金曜日の午前中はナイショの倶楽部活動をしている。何やってるかって?ふふふ、それはナイショなのだ。というか、毎週違うことばかり取り組んでいるから、何やっているか言えないの。あやしい?そ、あやしい活動なのよ。ふふふ。今日はその金曜倶楽部の活動日。メンバーだけは白状しておくわ。一人はワンワン、そしてもう一人は先週から仲間入りを果たしたはるなっち。どちらもこのページの常連さん。で、あやしい活動を1時間ぐらいで終えて、3人でそそくさとお出かけ。今日はゆきーひろこさんとランチのお約束をしていたのよ。ミニオフ会ってやつ?先週のこと、ワンワンと車で通りがかって「ここ行きたいよね」と言っていた韓国料理屋。たまたま今月の地元情報誌に掲載されていたらしく、ランチがあることもわかった。行く?行きたい!!となった時に、いいタイミングでゆきーひろこさんから「今度会いませんか?」のメッセ。こりゃもうみんなで行くしかないでしょー!!!辛いの苦手なはるなっちゃんは、どういう理由か韓国料理の辛さはOKな様子。みんなでおいしくパクパク食べたよ。お店の名前は「草家」。これで“チョガ”と読む。うまいのかまずいのかと聞かれたら、正直なとこ判断つきかねる。私の食べた日替わりランチは、小皿にナムル風のものがいろいろ乗っていて、メインは鯖のみそ煮をキムチ風にしたようなもの(メニュー名はわかんないから、こんな風にしか表現できなくてごめんね)。韓国のお母さんの味なのかな、でもどれもピリピリ辛くて、小皿の数があるわりには味に変化に乏しい…ような。本場の韓国料理を味わったことがないから、これがおいしい部類なのかまあまあなのか、そのあたりがわかんないという情けない舌よ。けど、部屋の雰囲気はばつぐん。なんかね、落ち着くの。トイレもこれまでに見たことのない仕様で、韓国のトイレってこんな風なんだろうか?と旅行気分が味わえたわ。その後、場所を変えてコーヒーを。草家のランチはプラス180円で飲み物がセットできるだけ、デザートメニューはなかったので、そこでケーキセットを食べる。この店、私が以前勤めていた会社の隣にあって、何度か利用したことはある。あるけど、マスターと親しく会話などした覚えがないのに、顔を覚えていてくださった。ひょー、10数年ぶりなのに。自分ではすっかり変わったと思っていたのに、あんまりイメージは変わっていないんだろうか?この店、ギャラリーも兼ねていて、2階に上がると別の楽しみ方ができる。今日は古い着物や、その着物を使ったリメイク商品の作品展をやっていた。ちょっと見てみるかの気分だったのに、いやーん、みんなハマってしまったのよ。ワンワンもはるなっちゃんも脱いだり着たり着物選びに必死。ゆきーひろこさん、あなたも目の色、違ってましたね(笑)。私も1着袖を通してみたら妙に似合ってしまった!!うぅ、私って古くさい顔なのかも。それにしても、あの紫の艶やかな色。今の時代にはない色合いよね。私が自分で着物を着られるなら、きっと買っていたはずよ。その後も楽しいところに行ったのよ。あ、はるなっちゃんはその前に帰っちゃったから、ものすごーく楽しかったわとだけ言っておこう。ねっ。
2004年10月08日
北海道にある旭川動物園の入場者数が鰻登りに増えているんだと。そういう内容の番組を見た。全国的に見て、動物園の入園者数が減っているのはあきらかだ。廃業に追い込まれた動物園も少なくない。子どもの頃には家族で動物園に行くのが楽しい娯楽だったものだけど、気が付けば自分の子どもを連れて動物園に行ったのは2回ぐらいしかないわ~。それも、地元にある唯一の動物園には一度も足を運んでいない(KAIは弟夫婦に連れられてと学校の遠足で行ったことはあるはずだが)。旅行先でたまたま見つけた動物園以外、子どもと行っていないとは!!地元の動物園、動物数が少ないわりには匂いがすごいし、古いし、どうも魅力を感じないのよね。それだったら水族館の方がまだおもしろいかなぁなんて思っちゃうのよ。って、こういう考えの人が増えたんじゃないかしら。オリの中見たって、夜行性の動物は寝ているだけだしね。ところがよ、画面見ていて、旭川動物園は私でも「行きたい」って思えるような場所だったわ。アザラシの垂直な泳ぎが目の前で見られるような筒状の柱水槽を設置したり、まるでペンギンが飛んでいるようにも見えるトンネル型の水槽は、見上げればペンギンの泳ぎのスピードがダイナミックに伝わってくる。人間の頭の高さに水面がくるようにしたガラス張りの水槽には白クマが。白クマは水面にあるモノをエサと認識するために、人間の頭をそれと間違えて向かってくるから迫力満点。猿のコーナーでは見学者が覗いてみるためのガラスに蜜のようなものを塗って猿をおびき寄せ、猿の指紋が一匹一匹違うことを教えてくれる。オランウータンは器用に綱渡りすることを利用して、園庭の高い位置にロープを張って、来園者の頭上を悠々と移動する様が…そうそう、私たちはもう「見る」だけには飽きちゃっているのよ。テーマパークが増えたのも、美術館でギャラリートークが盛んなのも、私たちが「知りたい」という欲求をぶつけたからなんじゃないかな。それを受け取ってくれた施設は伸びているもんね。“きれいな花を植えたからどうぞ”的なのだけじゃ、もう人は集まらない。めずらしい動物がいますからどうぞというのもパンダの時代で終わり。ここの動物園、そのギャラリートークのように動物園見学会も実施しているのよ。実際にサイのカラダに触らせてくれたら、そりゃもう嬉しいよねぇ。こんなのが近くにあるんだったら、喜んで参加しちゃうわ。
2004年10月07日
9月末にオープンした県立図書館。最初に行った時にCDを2枚借りていたので、今日はその返却だ。実は日曜日にも行ったばかり。その時にはさすがにすごい人で、図書カードを作る人が長蛇の列だったのよ。今日は平日だから、まあまあの入りね。今日はここでゆっくりと本でも読むつもりでやってきた。先日、喫茶コーナーにも行って、250円でアイスティーが飲めるのはわかったから、どこかフラフラ出歩くよりお安いかなと。本読んで、疲れたら一服。よしっ、それで行こう。どうせならスラスラと1冊読んでしまいたいから、やっぱジャンルはサスペンスでしょ。昨夜も短編集を1冊読んだばかり。今日はオーソドックスに横溝正史でも読んじゃお。…と、思ったのがそもそもの間違いでした。横溝正史ならいっぱい作品あるし、目をつぶってぱっと取ったやつでも読み切ればいいやと「日本文学」「ヤ行」のところに行ったのね。ありましたわ横溝正史。なーんでか時代小説ばかり(笑)。文学に疎い私、横溝正史が時代小説なんて書いているのを知りませんでしたわ。岡山は正史が疎開していたところで、執筆活動を行ったのは私の田舎のばあちゃんちの近く。地元では、ただのたんぼ道をミステリーロードみたく言い張っているけど、それほどの田舎でいくつもの作品が生まれたのだ。けどなぁ、時代小説はどうよ?暗くてミステリアスなのかと思ったら、なんてことのない話でさ、これがあのミステリー書いた人と一緒なのかとがっかりしちゃったわ。読み進むに従って眠くて眠くて、一応短いのを1編読んだけど、内容覚えてない…。次に選んだ宮部みゆきがどれだけおもしろく感じたことか。結局、横溝正史のせいで「よーし、今日は読むぞぅ」の気持ちはそがれて、読みかけの宮部みゆきともう一冊を抱えて帰ることに。帰ったら仕事が届いていたから、早めに帰れてよかったのかもなぁ。お願いです、県立図書館さん。もう少し、本を増やしていただけませんかしら。
2004年10月06日
いつもは見ない番組をつけたら、ちょうど上原ひろみが話をしているところだった。若いジャズピアニスト。演奏しているところがそのままCMにもなったし、注目度も年々上がっているから、ジャズファンでなくても知っている人は多いはず。だって、私が知ってるぐらいだもん。ボストンのバークリー音楽大学をスタート地点に、学生時代から彼女の活躍は注目を集めて、今やジャズ界の大御所たちと競演するまでになった。フジコヘミングは母親の音楽教育の元で育ってきたけれど、彼女の場合、育ったお宅はごく一般的なものだったらしく、ピアノを始めたのはヤマハ音楽教室っていうから、至って平凡。ただし、そこで出会った先生が違っていたのね。ずっと前に見たテレビで彼女が語っていた(ちょっと私の記憶場曖昧だけど)ところによると、その先生は楽譜通りの技術を教えるのではなくて、感覚やイメージで音楽を楽しむ教え方をなさってる。それが彼女の感性を育てて、早くから作曲をすることにも目覚めさせたに違いない。そして、彼女の努力とユニークで幅の広い考え方。いったんは日本の普通の大学(名門大学だったよあ、どこか忘れたけど)に入ったのは、いろんな人に出会ってさまざまなことを吸収して、芸の肥やしにするため。そこをステップにして、彼女は単身アメリカに行く。当時、英語ができなかったと言うけれど、なかなか頭の良さそうな人だ。できなかったと言っても、私の「できない」とは明らかに違いそう(笑)。バークレーでは校内に自分でポスターを貼って、自分のコンサートに人を集めてきた。ひろみはすごいと噂が噂を呼び、最後には大勢の人が押し掛ける人気のステージになったのだと。同じ土俵に立つ人からすごいと言われるのは、やはり才能。…と、自分は努力をしてきたと堂々と言えるだけの勤勉さだろうかな。ちょっと我が身を振り返ったりして。
2004年10月05日
ベーーイックシィィィィン!!!もうクシャミが止まらない。秋のアレルギーだ。辛いなあ。そんなこんなで午前中はぐったり。何もする気になれず、ソファでうとうとしていた。ティッシュを鼻に詰め込んで仕事している様は、なかなか絵になります。けど、誰も見に来ないでね。だって、女の子だもんっ。
2004年10月04日

新聞の地方欄で楽しい作品展があることを知って、これは行かなきゃとKAIと一緒に行ってみた。岡山市の中心部にある商店街、この東側に商店街と並行に続いている通りがある。何年か前に「オランダ通り」と名付けられたこの道には、楽器屋や沖縄料理店、真っ白なカフェ、ダンススクール、不思議な品揃えの雑貨屋、老舗の洋食屋、昭和っぽい居酒屋…等々が建ち並んで、メインの商店街とはひとあじ違った趣がある。本日のお目当てのギャラリー「すろおが463」はその一角にある。なんでこれを見たかったかというと、作品を鑑賞するだけでなく、作品を使って遊べる体験型の作品展だったから。ある日の新聞で、大きな乗り物に乗っている様子が掲載してあって、私も遊園地気分でやってみたかったのだ。作家は香川の彫刻家・大島よしふみさん。今回は2人展で、石を使った作品を地元の小林照尚さんという方が出展している。作品展のタイトルは「遊びの方向 ワンツゥーツー」。ギャラリーには受付の女性がひとり。そして入り口付近で大きな石を積み上げている人がひとり。この段階では単に作業している人かと思っていたら、後々、これは作品と格闘しているお客ということがわかる。ギャラリーの壁沿いにいろんな形の石(結構がっしりしている)が並べてあって、それをぴょんぴょんと渡って歩けるようになってた。ま、言っちゃえばそれだけのモンなんだけど、石の高さも質感も置いている幅もまちまちだから、なかなかよい運動になる(笑)。進んでいくと壁にメッセージが貼ってあって「こんなことしている自分をどう思いますか?」なんて書いてある。あー、いい大人になってもやりたいことはやりたいんだよ、と思います。ギャラリー中央には巨大なオブジェが2体。乗ってもいいということだったので、乗ってみました。こんな具合です。 これは足の部分にコマが付いていて、前後にうまく体重を乗せて揺らすと前へ進むのよ。KAIは体重が足りずにうまくいかなかったけど、60キロぐらいの人まで乗っても大丈夫らしい。私も不器用なのでうまく前には進められなかったわ。他に、クワガタの形をしたのは、下がキャタピラになっていて、前後左右、車みたいに動かせる仕組み。おもしろかったわー。入り口でお客が積み重ねていた石はパズルということが判明。答えも離れたところに貼ってあるので、それを頭に入れてチャレンジ――したのはいいけど、ひとつひとつの石が重すぎて(何キロあるんじゃー!!)、3つを動かしたところで断念。あきらめ早いのね。その頃には、思いっきり楽しむ私たちに触発されてか(ここのギャラリーはガラス張り。丸見えだから、クワガタに乗っている私を姿を道行く人が不思議そうに見てたわ)数人がギャラリーに。KAIは何度も踏み石を飛んで回っていたけど、疲れないのかなぁ。たしかこの企画は明日までよ。急いでね。帰りにミツルカメリアーノさんの色鉛筆展にも寄ってみました。ママディケイタとかアフリカンミュージシャンの絵がよかったです。………………………この前、ミョウガをいっぱいもらったmiraicci。これを何にしようと、ふと思い浮かんだのが、あのダニエル・カールが「これがあればご飯何杯でも…」となにかに書いていた一品。ミョウガとキュウリとナス(と、もしかしたら大葉もだったかもしれない)を小さく刻んで醤油に漬けておくだけのもの。そう、これ確かにうまいのだ。濃い口醤油じゃ辛すぎるような気がして、わざわざだし醤油まで購入。ナスだけは軽く塩もみしてアクを抜いて、材料をタッパの中に全部放り込んだらおしまい。調理準備の最初に作って、冷蔵庫で冷やしておくだけで、もうこれは最高のご飯の友よ。一晩おくとさらにうま~い。昼は豆板醤と卵で作った中華ピラフの具に入れて炒めたら、食欲が止まらないんじゃないかっつーぐらい食べてしまったわ(あ、かなり自画自賛ね)。簡単、うまい。みなさま、お試しあれ。
2004年10月03日
「子どもの本ワールドinおかやま」なるイベントに行ってみた。市内ではそこそこにスペースのある施設が会場だったので、私のイメージではものすごーく本が並ぶフェアをイメージしていたら、そこの小ホールってとこを利用した、わりとこじんまりしたフェアでびっくり(笑)。なぜか入り口でカルピスが振る舞われ(協賛していたみたい)、ノンタンの着ぐるみがチビッコたちに群がられて、ほのぼのした雰囲気。過去に2度足を運んだ大阪での絵本フェアの規模を思うと、かなり淋しいんですけど…。それに、来ているのが幼稚園以下ぐらいの子どもとお母さんたち。年齢が低すぎるぅ。今日は中川ひろたか氏(この頃売れ筋の絵本作家よ。知ってる?)の講演会があった他は、ワークショップといえば絵本の読み聞かせだとかペープサートだとか、低年齢の子供向けってのばかりだったからかしら。それでも、いつも書店で見るよりははるかに多くの絵本や紙芝居が集まっていて、初めて見る絵本もあって楽しかったわ。一緒に行った妹に「1冊だけ買ってあげるよ」と言われたKAIは、前々から欲しがっていた『すっぽんぽんのすけ(荒井良二)』にしようか『かっぱの生活図鑑(ヒサクニヒコ)』にしようか、それとも絵が魅力的な『モンテロッソのピンクの壁(江國香織/荒井良二)』にしようか、ものすごく悩んでいた。私は、めちゃくちゃナンセンスな『おとうさんはスーパースター(中川ひろたか/大橋重信)』ってのが最高だったんだけど、悩んで悩んで悩んだ挙げ句、決まったのは『どこどこどこ いってみたーい(長谷川義史)』。ウォーリーを探せみたいな絵本なんだけど、単に何かを探すだけじゃなくて、おもしろいストーリーになってるのよ。例えばじいさんが時代劇観て、悪代官の悪行に「くー、もうかんべんならん」。「わしがいってせいばいしてくれるわ。あくだいかん~どこどこどこ」と次のページをめくると時代劇の世界。この中から悪代官を探すという仕組みなのね。絵がこれまたユニークで、私好みの脱力系。妹もすっかり気に入ってしまって、このシリーズの別の本を姪っ子用に買っていたわ。レジのまわりには各書店がPR用に作っている絵本のイラスト付きのDMがいっぱい。この前買った『えんにち奇想天外(斎藤孝/つちだのぶこ)』『知らざあ言って聞かせやしょう(飯野和好)』のもある!!もちろん遠慮なくごっそりいただいて帰りましたわ。明日もやってるみたいよ。絵本好きな方、コンベックス岡山へ。
2004年10月02日
夜はちょっとした接待で外出していた。私はこう見えても社長なのだ。ほほ、個人事業主だから、どういう肩書きをつけようが自由なんだもん。不要なセールス電話には、徹底して「社長は今おりません」で撃退。そういう時に使うための呼称だ。でも、正真正銘私は社長なので、時々接待の席に招かれる。まあまあまあ、お飲みなさいとつがれるままに酒もあびる。今日がその日だ。みなさんのイメージにあるように、このデザイン業界ってハデなのよ。ある会社の社長さんのお誕生日会で、ぱーっと宴会。ゴーカでしょ。………と、ここまで書いたら疲れたわ。へっ?もちろん接待なんてただの飲み会よ。個人事業主だからけだからみんな「社長といえば社長だけど」よ。ああ、現実はなんてショボいのかしら~お誕生日会の方は本当。ただし、お店に繰り出したんじゃなくて、あるデザイン事務所に仲間が集まって、そこでたこ焼きパーティー!!ふふふ、お店で散財するよりこっちの方が断然素敵でしょ?酒が進むにしたがって、入れてる具はぐっちゃぐちゃ。たこやき丸くするのがヘタだうまいわと大騒ぎ。ワインとビールを空けて主役は気持ちよく寝ちゃってるし。あー、おもしろかった。たこ焼きいっぱい焼いてたらふく食べて、こんな楽しい思いができるのもこういう仕事仲間がいるからね。次は誰の誕生日よ?お誘いの声がかかるの待ってるぜ。
2004年10月01日
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