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ネットが火付けとなったこの本、出版されてすぐに友人Tが購入。それがまわり回ってやってきた。ほんとは「これ読みたい」と言っていた友人に渡すための中継地なのだけど、ちらっとページをめくったらいつの間にか読み進めてる!!といっても、この本がうちに来てもう結構な日数が経っているのだ。気軽に読むことができるから、ゆっくり時間があれば1日で十分。なのに私ときたら夜中の2時とかに開いちゃうもんだから、翌朝のことを思うと寝る時間をさいて一気読みというのは難しい。ああ、それにしても電車男。恋をすると男はこうも変わるものでしょうか。きっと女の方はキミを翻弄してんのよ、私だって計算ずくで男の子と遊んだ頃もあるもの…とオバチャンのやっかみも入れながら少しずつ読み進めているのだ。ふふふ。
2004年11月30日
今日はやんごとなき用事で朝から一日出かけていた。昼頃、少し時間が空いたので、そこから遠くない場所で仕事をしているダンナに電話を入れてみる。「一緒に昼食べる?」「食べる」ダンナの職場は商店街の中にあるので、食事する場所は困らない。困らないというのも困りもの、なんでもあるからどれを食べようか悩んじゃうよね。昼時にはいろんなお食事処がランチのメニュー看板を出している。本日の日替わり定食…メンチカツ。これはパス。人気の和食屋は早くも外の椅子で順番待ちのお客、これもパス。ラーメン屋というのも味気ない。あ、こんなところにぶっかけうどんのお店があったのか、でも今日はそういう気分じゃないなぁ。で、「こういうところでサラリーマンは昼飯なんか食べないぞ」というダンナをレピシエに連れて行く。お茶はするけどランチははじめてよとデザート付きのセットを注文。「いや、ここでランチははじめてじゃないだろ」「ううん、お茶はするけどランチははじめてよ」「え、でも前に一緒に食べに来たけど?」はぁ?そういえばそんなことがあった気がする。いっぱいランチに行き過ぎてわかんなくなっていたのか、ダンナとのランチは会話もないから印象が薄いのか、ま、そこのところは曖昧にしておこう。今日も特に会話もなく、「これおいしいわ」ぐらいで会食終了。「はい、ごちそうさま」って、お会計はやっぱ私なのね。トホホホ。やっぱさ、女同士のランチが一番だわ。←今さら言うなよ。
2004年11月29日
今日は天気もいいしほどよく風が吹いている。こんな日曜を待っていたのだ!!っつーことで、前々から自分の中で計画していた「黒っぽい大理石調テーブルを白く塗る」プランを実行に移す。大きさは気に入っているんだけど、なーんか野暮ったくてイヤだったから子どもの部屋で放置プレーしていたモノ。捨てるのももったいないし、そーだ、塗り替えちゃえば使えるかもとずっと思ってはいたのよね。秋にKAIがベニヤ板に描いたときに使った白いペンキが残っていた。この際だ、全部使い切ってしまおう。今日みたいな天候なら乾くのも速いでしょ。テーブルの脚を抜き、天板だけにして庭に運び出す。私、A型には見えないぐらいに大ざっぱな性格で、仕上がりの美しさはあまり気にしない人。もしこんなところにダンナがいたら、それこそ大変な「仕事」になる。新聞ちゃんと敷かなきゃだめだとか、マスキングしなきゃいけないとか、ローラーをキレイに洗って準備しろ、とか。けっ。そんなことしてられますかい。ペンキの缶に直接、テキトーに水を入れて準備完了。そのへんにあったハケ(100円均一で買っていたのを最初から捨てるつもりで使用よ)をとぷんと漬けて、そのままザザーッと塗っていく。あ、最初に天板拭いとくの忘れてた。ま、いいさ。きたないところも全部ペンキで隠してしまおう。ザザザ…。あ、セーターの袖にペンキが散っちゃった。これ、今シーズン捨てるべきかどうかと迷っていたところだから、これで処分する理由ができたなぁ。はははは。ハケの目は気にしだしたらきりがないから、私は最初から気にしないんだもんね。30分ぐらいおいて、また塗り重ねたら一度塗りよりはマシな感じ(当たり前か)。またまたしばらくおいて、脚をつけたところでサイドを塗ったわ。おおっ、いい感じよ。と、こんな息抜きをした気持ちのいい日曜日のお話でした。
2004年11月28日
サンマルクが経営する「鎌倉パスタ」に行った。今日、行動を共にしていた友人・ワンワンが「サンマルクカフェのすぐそばにこういうお店ができたらしい」なんていうもんだから、そりゃ行かねばなんないでしょう?って。和風ロックガーデンっぽいアプローチを通って店内に入ると、そこは和の空間。パスタパスタと思って、勝手にカジュアルなイタリアンカラーを想像していたから意外(っていうぐらい、なーんにも知識がなかったのよね。ああ、こういう新着情報に疎くなったらもうダメだわ)。この前から異常にスパゲッティが食べたくて仕方のなかった私、つい2~3日前も赤ピーマンを詰めた瓶詰めオリーブを買ってきて、前日の残り物のポークビーンズと合わせて具材にして食べたところ。今日はペペロンチーノをオーダー。KAIはカルボナーラ。それに500円プラスしてパン、サラダ、柚茶、デザート2種をセット(二人で分けるにはちょうどいいでしょ?)。生パスタだからか、ペペロンチーノは私の好きな堅さとは微妙に違ったけれどおいしかったわ。でも、KAIの注文したカルボの方が私の舌には合っていたかも。うー、取りかえっこすればよかった。なにより感動したのはセットメニューで出てきたパン。バジルをふんだんに使ったこのパン、焼きたてのをすぐに持ってきてくれるからふんわりとあたたかく、そりゃあいい香りなのよ。私、スパイスやハーブのにおいには弱いのよぅ。とくにバジルは一日中嗅いでいてもいいなぁってぐらいだーい好き。あんまりおいしいから、ワンワンに「これ、持ち帰りとかできないのかな」と話しかけたら…ワンワンってばすぐに店員さんつかまえて聞くのよ。さすがオバチャン!!でもさ、聞いてみるものねぇ。持ち帰りOKてことで二人で10個のパンを注文しちゃったわ。ホカホカ焼きたてのバジルパンのおかげで、車の中はしあわせの香りよ。あー、たまらない。私、これまで食べたパンの中でこれがいちばん好きかもってぐらい好きだわ。……………………………「鎌倉パスタ」のその前は、ダンナの関連会社が開催する服のバーゲン会場に。えへへへへ、ファーのベストを買ってしまった。私にしてはものすごい贅沢だけど、うちのダンナはこういう買い物にはとても寛大だ。お金がないから節約節約と食費を削っている状態の中でも、服に関しては「消えてなくなるものじゃないから」という理由で「買ったら?」と言う人。おほほほほ、じゃお言葉に甘えて(けれど――実はネットで自分の靴を注文していますということは、なんだか口が裂けても言えない感じだわぁ…)。ま、女ってものはいつまでもおしゃれなこと好きなのよ。明日は日曜、仕事をささっと切り上げて出かけちゃおうかしら~。
2004年11月27日
どこからこんな本選んできたんだ!!というようなのばかりをわざわざ選んでくるKAIが、自信満々で学校の図書室から借りてきた本。重いから持って帰れなかったと昨日言っていた通りにずっしりだ。けれど内容は相当興味をひいたらしく、「お母さん、昔うどんはお菓子として食べられていたの知ってる?」とか得たばかりの知識をひけらかしていた。ふうん、そんなにおもしろい本なんだ。タイトルは『発明発達の研究事典』。かなり年期の入った装丁……にしてはあまり読まれた様子がないから、このボリュームと文字の小ささから小学生には敬遠されてきた本なのだろう。いつ出版されたものなんだろうとページの最後を見ると、昭和46年とある。ひゃー、私だってまだ小学生になってないんじゃないか?てことは、内容は相当古いよなあ。案の定でしたわ。あの当時、日本が世界に誇る近代産業の象徴だったのか、中ページに大きく扱われているのは「現代の時計工業」。写真には、女工さんたちが白い服装で組み立てしている姿が!!「あたらしい食品の発明」の項では、アメリカのインスタントコーヒーを作る技術をならって“最近”みそやしょうゆを粉にすることができるようになったとある。冷凍食品についての項目では、アメリカで冷凍食品が多いのはアメリカの家庭用冷蔵庫には「小型のフリーザー(冷凍機)がついているから」なんて…。日本でもフリーザーのついた冷蔵庫が増えれば冷凍食品も多く使われるようになるだろうって、まさにその通りになりましたなぁ。さらに「宇宙旅行の計画」については、まだアポロが月に着陸する以前の記述。ロシアはまだ“ソ連”で、「ソ連の計画はすべて秘密なのでわからないが」なんて一文もあった。ふふふ、確かにおもしろいよ。でもこれを大人が読むならいいけどさ、子どもが読んだら大きな誤解も生じるかもね。なにしろ巻末の「発明発達史年表」は1964年で止まっている。ちなみに最後は「サターン・ロケットの打ち上げに成功した(アメリカ)」。
2004年11月26日
声楽のレッスン日。半年以上開いていないイタリア歌曲の教本を当日の朝に開く。30分ほどCDを聴きながら楽譜を追い、ははは、こりゃ歌えないわとあきらめて先生の元へ――。男の好みは世情に流されやすい先生(おそらく50代後半)は、今はヨン様に夢中。藤木直人がかっこいいわーと言ってみたり、昔の木村拓哉の写真集を持っていたり、これまでにも年甲斐のない“入れ込みよう”に圧倒されてはきたけれど、やはりヨン様に行ってしまわれましたか(笑)。今日は彼が来日とのこと、レッスンどころじゃなかったのか「今日は大変だわー」とウキウキよ。いいですなあ、そういうウキウキをいつまでも感じられること大切だものねえ。おかげで私がどれだけ練習してなかろうが(7ヶ月も時間があったというのに…)「これはホントにいい曲ねぇ」と歌のことは触れずに進行。私も気軽に楽しくやれたおかげで、久々にでっかい声でストレス解消よ。なにしに行ってんだか。先生、今頃はニュース番組でヨン様に手を振ってる頃ですかね。夕方にはまたまた嬉しいお知らせ。夏休みに絵を指導した(←もう堂々と書いちゃうもんね。指導だって…プッ。なんにもしてないのに)男の子の作品が、かなりいい賞を獲得したらしい。その子に力があっただけとはいえ、なんかさ「私が指導しました」みたく言いたいじゃない(笑)。ほんとうによかったわー。やっぱり私、絵画教室開こうかしら?
2004年11月25日
陶芸をやっている義妹が地元テレビで紹介された。彼女の陶芸歴は大学時代から。筋がよかったのか大学院での勉強も勧められ、先生について毎日しっかりと基礎を積んできた。就職はしないまま弟と結婚。その後は私の実家に工房をかまえて、来る日も来る日も陶芸に打ち込んでいた。独特の釉薬の使い方で作りだした淡い空の色は私の友人たちにも好評で、彼女はいつまで経っても「まだまだ」と自分の作品に納得できないようだけど、これで案外ファンは多い。一歩引くタイプの彼女は自分から売り込むということをしない。これで営業力があればもっと名前は浸透するだろうに、実に奥ゆかしいのだ(笑)。いくつかのお店で彼女の器を置いているけれど、それも先方から「うちに置かない?」と声をかけてもらったものだし、これまでやってきた作品展もすべてグループ展で「あなたもメンバーに」と声をかけてもらったから。陶芸展ではいくつか賞も取っているはず、実力派あるのにそれも自分からはアピールしない。なんともノホホンとした人なのだ(で、私の家族は彼女のそういうところが大好きなのよ~)。だから彼女がテレビでしゃべるというのにはホントにびっくり(これも自分から売り込んだわけではなくて、作品展に出していたのが誰かの目に留まって連絡してきたとのこと)。この前の日曜は風邪で寝込んでいたのを知っていたから「大丈夫かしら」と見ているこっちがハラハラドキドキよ。でも、テレビでしゃべる彼女はめずらしく口紅は塗っていたけど、いつもの格好でいつものテンポで、のんびりとしゃべっていたわ。陶芸に関していかにも無欲で、あの空色を創り出すにぴったりの人だなと改めて思ったよ。さて、この番組。このコーナーに出演する人は、最後に「好きな言葉は?」と聞かれてメッセージを披露するのだと聞いていた。出演が決まったときに「どうしよう、好きな言葉なんてなにもない」と言っていたので「“棚からぼた餅”とか言ってたら?あ、“左うちわ”ってのもよくない?」とアドバイス(←そうよ、ちゃんとしたアドバイスよ)していたのに、実際に放った彼女の言葉はもっとイカしていた。 “私はポットを作っているだけですよ”なんでも有名な作家の言葉なんだそうで、とても素晴らしい作品を作るのに、人には「私はポットを……」とこのセリフを言われたのだそう。だから自分も歳を取って今よりもっと上手になっていても、こういう風に謙虚でありたいというようなことだった。そっかー。そこが私と決定的に違うことなのね。私なら3程度の仕事でも「ほーらこんなにすごいのよ」と8か9のレベルに映るようにだましちゃう(笑)。少しは見習わなくっちゃねぇ。
2004年11月24日
活動大写真を観に行った。岡山市内で主に吉本の舞台として活用されている「三丁目劇場」。先月からここで毎月23日に「三丁目キネマ」として古い映画が上映されるようになったのだ。これを知ったのが先月(第一回)の開催直後で惜しいことしたなぁと思っていた。大正時代の阪妻作品だったのだ。今日は3本立て。『勤倹貯蓄 塩原多助(大正14年/10分)』と『べんけい対ウシワカ〔昭和14年/13分)』はアニメ。塩原多助は和紙に描いているというめずらしいもの。日本で初アニメが作られて8年後の作品らしいけど、意外にちゃんとしたアニメーションよ。ただ、ストーリーは至ってシンプル。いい人はいい人生を送れるのねと日本昔話を観ているような感じかな。表情とか細かいところに変化が乏しかったけど、ほのぼのと見られたわ。本当はサイレントなんだけど昭和16年に解説が加えられたらしく、子どもにもわかりやすかったかな。後者は当時かなり高価だったというセルを使ったアニメで動きはかなりなめらか、表情もたっぷり。BGMやテンポは、ポパイやトムとジェリーを見ているみたい。なのに日本の作品なんだよねぇ。笑える箇所もふんだんに取り入れておもしろかったわ。それぞれのキャラクターも魅力的だったし、あれはまた観たいなあ。もう1本は嵐寛の『鞍馬天狗恐怖時代(昭和3年/30分)』。アラカンが独立したプロダクションを作って初の映画らしく、弁士は大阪の人(野暮ったい口調が伴淳三郎を思い出させたわ。ほほほ…古すぎ?)だった。こういう古い映画って、フィルムが大丈夫なところだけをつなげてるの?話が急に飛んで、私の頭の中で全然つながらなかったわ~。でもね、チャンバラシーンはさすがにおもしろかった!!この時代の人は、映画に小難しいことではなくてささやかな娯楽を求めていたんだろうなぁと感じたわ。来月もまた行くつもりよ。人も少ないからゆったり観られるし、なにより500円という手軽さが嬉しいわ。入り口では福祉関係のお店が作っているあんパンなんて売ってて、それをかじりながら観るのもいい感じよ。帰りに「日限地蔵」の縁日に寄ってきたけど(毎月23日、三丁目キネマと同じ日です)、子どもの頃に知ってるような賑わいはなくちょっと淋しくなりました。
2004年11月23日
今日は朝から病院。約半年つづけている月経前ナントカ(←ほほほ、まーだ病名覚えていない)の治療も、薬の効果がばっちりだから切り上げ時かなと勝手に判断。その前に、先生へのおうかがいかたがた一度検診受けておこうかな、と。治療薬の低容量ピルには注意書きに血栓症や子宮ガンにかかる確率が高くなるなんてことも記してある。浮腫や微熱を感じているのはこの薬のせいとも思われるので、ま、注意するに越したことはないでしょう。でもなぁ~…………なのだ。私、とにかく注射が大嫌い。血を抜くというだけで失神ものよ。子どもの頃からそれは変わらず…というか、子どもの頃より注射器への恐怖は増大していて、今では病院の消毒の匂いだけで卒倒しそうなのだ。私が病院に足を踏み入れるというだけで、ものすっごい覚悟がいるのよねぇ。信じられないかもしれないけど。予約した時間より20分ほど早めに行ってみたら、今日の婦人科はかなりごった返していた。なんで?ここは産科はないからいつもは待ち時間がほとんどない状態なのに。おかげできっちり20分、待合室で待つハメになってしまった。でもさぁ、私、病院苦手だからじっとしているなんてとんでもないことなのよ。待つ間にいろいろ考えちゃうのよね。今日は血液検査するかも。痛いかも。泣くかも。倒れるかも。笑われるかも。あー、いやだいやだ。やっぱり帰っちゃおっかなー。今年できたばかりのその病院は、最近の病院らしくとても温かい造り。先生をはじめ、スタッフ全員が女性だから優しい安心感もある。それで私の気持ちも救われてまだ座っていられるけど、ここが昔ながらの総合病院だったりしたらきっと逃げ出しているところよ。きらいだ、注射器。診察はあっという間に終わり、せっかくうまいこと症状が治まっているんだから、もう2ヶ月続けてみたら?とアドバイスいただいて従うことにした。やめてみて、また悪くなったら開始してもいいけどどうします?とも言われたけど、それもこわい。最後に「じゃ、今日は念のため血液検査しておきましょう」。ンギャーッ、やっぱりですかぁ(涙)。「先生、私、血液検査苦手なんです。ほんとに倒れるかもしれません」「あっ、いいですよ。じゃあベッドで寝てやりましょう」。ということで、ベッドの部屋に通される。ローラアシュレイっぽいロマンチックな花柄のお布団。ははは、ここに寝て血を抜かれるわけですねぃ…。「すみません、いい大人なのに」というと「あ、こういう方は多いですから大丈夫ですよ。安心してくださいね」と優しいお言葉。す、すみません。ほんとにすみません。「ちょっとチクンとしますよー」「うぇ…………」「はいもう力を抜いていいですよ」「………(力が抜けない)」「もう緊張解いてくださいね。しばらく休んでもらっていいですから」「……すみません………」。あーあ、謝ってばかりよ。実は出産の前の検診でも、毎回ベッドで採血していた私。だってこわいんだもーん。血液検査の結果は後日わかるとのこと。受付の方にも「大丈夫でしたか?」と温かい声をかけられ、身を小さくして病院を後にしたのでした。いやん、はずかしぃ~!!!
2004年11月22日
昨日の午前中は、私、養護学校の学園祭におりました。KAIの仲良しの妹というのが脳性マヒが原因で、肢体不自由でやや知的な障がいがある。そこのお母さんとは妙に気があって、かれこれ5年ほど「ママ友」つき合いをやっている。ご主人も気さくな人だから、一緒にごはんたべたり出かけたり。ママ友の中でもかなり親しいつき合いの方かな。その妹ちゃんはかけ算が覚えられなかったり足し算があやふやだったりするんだけど、それでも両親たっての希望もあってKAIと同じ普通学校に通っている。手術によって歩行器なしでゆっくりとなら歩けるようになった脚で体育もがんばってる。春からはその脚が少しでも機能回復すればとスイミングにも通いはじめた。障がい児クラスというのか、スイミングにもそういうコースがあるらしく、養護学校などに通う同じ年代の友人も増えたらしい。その友達から「今度学園祭があるから来てね」と誘われたんだと。で、私もご一緒したというわけ。この妹、なぜか私をとてもライバル視している。昨日も会ったとたんに「ちょっとー、今日化粧濃いんじゃないのー」ですと。ムカッ。私、普段はブラウン系のアイシャドーなのだけど、その理由というのが明るい色を塗るととてもケバくなるから。ほかはなーんにも変えてなくても「あら、今日はお化粧がんばったのね」と言われたのも2,3度じゃない。確かに昨日はブルーを塗っていましたさ。でもさあ、面と向かって「濃い」はないでしょうが~。さらにめざとく指輪を見つけて「おばさんのくせにどうしてこういうのやってるのよー」「おばさんじゃないわ。あんたのカアチャンより年下や」「それになにさー、どうしたの?顔にブツブツ」。ムカムカッ。あなた、私の吹き出物を指摘しましたね。アレルギーで皮膚の状態最悪の上にクレンジングを変えたらいっぱいできちゃったのよ、ブツブツ。たしかにキミはつるんと色白の顔だけど、30歳も年上の私を比較するなってば(涙)。言うこと言うこと、私の顔や身につけてるもののことばかりよ。以前、「モー娘。」にあと一人入れるとすればどっちかってことでモメて、歌で勝負したこともあったなぁ。さらに、その養護学校には「若いお姉ちゃんを見ると乳をもみにくる」という男の子がいるらしく(友達なんだって)、じゃあ私は気を付けなくちゃと言うと「そんなんぜーんぜん大丈夫。おばさんなんて相手しないから」。くそー、意地でも揉まれてみせるぅ~(…と意気込んだけど、学園祭で本人に会ったらまったく私に関心を示さない。おばさんの烙印を押されてしまった!!!)。学園祭は思いの外楽しかった。けど、それより楽しかったのは彼女と張り合うこんなひとときで、会場までの往復は車の中で山口百恵のことでまたもめた。彼女が今いちばん気に入っているのが百恵ちゃん。車の中は懐かしい百恵ちゃんの歌声が響く。「あんたの結婚式は秋桜歌ってあげるわ」と言うと「プレーバックpart2にして」と返された。え、いいのか。結婚式にこの歌で(笑)。そんなお年ごろになるまで楽しいおつき合いができたらいいなあ。この頃は「私のような子どもが産まれるとかわいそうだ」なんてことを親のいない場所で言うらしい。おいおい、あんたは自分のことを「かわいそうな子」と思ってんの?いい加減にしなさい。そんなあなたにこき下ろされてるおばちゃんの身にもなってよ。結婚式にどんなエピソード暴露してやろうか?
2004年11月21日
横尾美美の個展、はやく行かなきゃと思っていたのにはじまってもう1週間が過ぎていた。やっと行けたわ。よかったー。前は少女っぽいなピンクの世界とか、父親(横尾忠則)の作品をホウフツとさせるイメージだったのに、今回のはまさに美美ワールド!!小さなキャンバスに(おそらくアクリル絵の具で)あざやかな多色を用いて小さな点で描いた作品の数々。いい、すっごくいい!!先月出版された「こどものとも」の原画もじっくり見られたわ。にごりのない原色の洪水、こんなに色を使っても気持ち悪くならないのは父親から受け継いだ血のせいなのかしら。ギャラリーオーナーやお客できていた彫刻家の人とも話していたんだけど、食べ物をこんな調子で描くと普通はグロテスクになるはずなのになってないとは。んむー、すごい感覚だ。今日はこれだけ見て帰るはずだったのに、その彫刻家の人の個展が近くで開催されていて、しかも今日が最終日とのこと。行かねば…。彼とはここで何度か顔を合わせるうちに、少しずつ話をするようになっていた。夏にはKAIの作品展にも足を運んでくださり、こちらの作品はかなり気に入ってくださっている様子。ただし、彼が彫刻家であることはよそから聞いて知ってはいたけど、どんな作品なのかはまったく知らないまま。とても興味はあったのだ。で、彼についてギャラリーに行くと、それは「ふくろう」をテーマにした4人の作品展でした。渋めのテーマながら、ふくろうだけでこんなにいろんな広げ方があるのね。黒い墨の柱から白いふくろうが飛翔する(私には獲物めがけて飛びかかるように見えたんだけど)彼の作品はとても洗練感があるもの。ふーむ、こういう作風なのかぁと思ったら、過去の作品ファイルでは抽象がほとんど。材料も様々でひとことで「こんな作風の人」とは言えないみたい。さてこの彼、美美さんの作品もそうだけど、多色を用いるKAIの作品がとても気になっているご様子(ありがたいわー)。色と離れた彫刻に関わっていると、ますます多色使いに憧れる…みたいなことをおっしゃって、ご自身が色をうまく使えないかに謙遜されるんだけど、私は彼が東京芸大出身というのをプロフィールでしっかりチェックよ。彫刻の下に、豊かな土壌がありすぎですってば(笑)。それからまっすぐ帰ろう…と思っていたのに、ユニークなインスタレーションがあるというので立ち寄る。女性作家がパフォーマンスも作品に取り入れてなんかやってるらしいというのでコワゴワのぞいたら………うわわわ、そこは妖精の世界(笑)。会場に入ると白いオーガンジー素材のマントをまとうのがルールのようだけど、私は見て見ないフリしていよーっと。意外にもKAIはその少女的な世界にすんなり入り込んでしまい、嬉しそうにマントをまとって歩き回っている。床には妖精なのか?布で作った不思議な生き物たちがお出迎えよ。踏むな、踏むなよ~。ここの主である作家さんと話していたら、彼女の方から「あれ、もしかしてKAIくん?」。どうやら過去2回の作品展に来ていただいていたらしく、また、彼女の前の作品展は行かれなかったけれど私がかなり気になっていたものということが判明。美術系の大学院で勉強中という彼女はとても不思議なムードを持っている人。創作意欲も旺盛、とっても魅力的だ。次はどんなことやるのかな、楽しみな逸材です。さて。帰ってからKAIはずーっと絵を描いている。アクリルで久々に歌舞伎の絵。というのも、今日は会う人会う人「あ、KAIくんってこの前歌舞伎の絵の作品展した子だよね」とか「まだおさむらいとか描いてるの?」とか言われたからねえ。きっと思い出したんだな、自分がそういう絵を描いていたということ。
2004年11月20日
この前、私が留守の間に持ってきてもらっていたプランが気に入って、生命保険会社の担当者に来てもらい、保険の説明を聞いた。ちょうど見直しの時期だよなあと思っていたところ、いいタイミングだったのだ。保険会社、次はどこが倒産するだろうとビクビクしていた頃、もしものこともあるかもしれないと子ども保険は解約(怪我は学校でかけているので十分だろうし、郵便局の学資保険もあるし…)、私は別会社に掛け替え、そしてダンナのだけはこの保険会社で続けていたのだ。ダンナの保険、スタートした時にはかなり考えてプランを組んでいただき、それはそれで満足していた。しばらくして、死亡してこんなに要らないよなと見直して掛け金を減額、わからないなりに「ま、これなら万が一に備えられるか」と現在の形にしたのが約5年前。ところがその後、保険もいろんなプランが登場して、それこそ掛け捨てのような金額でほぼ納得できる商品も誕生している。アメリカンファミリーの独占だったようなのが、アリコとかが勢いもつけてきたしねぇ。身近にガンを患う者がでると、実感としていろんなことも見えてくる。手術やその後の治療がいかに日数と費用を要するか。また、入院中に看病の必要はないとしても雑用で病院に行くことも多いし、仕事を休むとなれば所得にも影響してくるとか。新しく提案してもらったプランは、最近できたものだからこのあたりが内容充実。掛け金同じで、これまでなかった怪我での通院や入院前の通院にも手当がでるようになってた。すごいねぇ、保険のプランって。みんなの「心配」をよーく形にしているわ。説明を聞きながら、ふんふんといちいち納得しちゃったよ。この若い担当者、数年前は新人として顔を合わせたのに、今ではものすごく説得力のある仕事をしているのにも驚いた!!思わず「よく勉強されましねぇ」とほめちゃったわ。相手は保険外交のプロだっつーの(笑)。実は、何ヶ月か前にこれと同じ商品を持って、長く保険外交やってそうな年輩の人がやってきたのよ。具体的なプランではなかったんだけど、その時には納得できないのに「みなさんこれに変えられてる人気商品ですよ。お得なのになんでこっちにしないの?」みたいな口調だったから、「ぜったい変えてやんないもんね」と心に決めていたのだ。保険外交には経験も大切だけど人柄よねぇー。彼女は「実はこの前自分の知り合いで乳ガンの手術を受けた人がいて、4日しか入院しなかったから某有名ガン保険は出なかったんですよ。この20日以上の入院が必要というただし書きがあったから」とかほんとに自分の身近な情報を交えて、なぜこの商品を勧めるのかを明確にしてくれたのよねー。おもしろかったから、いっぱい質問してしまったわ。で、不要なところは省いて、必要なところは組み込んでもらって一応の形に。あとはダンナ本人が納得すれば成立かな。保険って長期的なサイクルでプランニングするけど、結局は5年ごとに見直しは必要な気がする。お宅はいかが?
2004年11月19日
銀行でお金をおろすというだけのために、ダンナの出勤に合わせて車に同乗。ところがどこにいったかA銀行のカードは見つからず、これをおろしちゃったら引き落としできなくなるの確実…のB銀行の口座に手を出すはめになってしまった。うぇぇん、それほど切実なわが家の家計。たぶん今月末の国民年金と健康保険の引き落としは無理よ。でもいいのだ、こんな生活困ってるのに毎月毎月バカ正直におさめてきたんだもん。1,2ヶ月滞納したってバチは当たらないさ。はははーんだ。おろしちゃならないハズのお金を手にして、そのままフラフラとスタバに寄った。まだ朝9時、お気に入りのカフェはあいていない。周辺にいくつかスタバスタイルのはあるけど、あんまり好きじゃない。定番すぎだよなーと思いつつカウンターに行って、ホワイトチョコレートのモカを注文。お客は私の他に3人ぐらい。これから出勤なのか、どこかのショップで働いてそうな人と会社勤め風の若いおにいちゃん。そして、このおじさんは一体何モノ?とかなり得体の知れない風貌の人。ひとりでまったりしていたら、ふと思い出した。あ、あの銀行カードは別のサイフに入れてあったんだ。そーか、そうだった。じゃ、そこからいくらか引きだしてボジョレでも買おうかな。……と、生活にヒーヒーいいながら、こういうことに使おうとしてる私ってどういう性格してんだろ。だからいつまでたっても人生設計ができないでいるのだな。15歳でプロ野球の世界に飛び込もうとしいる人もいるってのになあ。すごいよね、12歳にして単身でアメリカでしょ?そりゃしっかりしているわ。ああ、ケントくん、私にちゃんとした生活を送るすべを教えてください。
2004年11月18日
病院帰りに、デパ地下で買ったお弁当を手土産に母が立ち寄ってくれた。おお、ラッキー。冷蔵庫はからっぽだから、今日は買い物行かなきゃなとちょうど出かけようとしていたところ。この頃、かなり無精になっていてスーパーには週に1度の買い出しだ。それも2000円程度の小額。なに買ってるの?なに食べて生きているの?と言われそうだけど、これで案外事足りているのよ。野菜はもらいものでまかなっているから、たまに根野菜とキノコ類を買うのみ。肉類やアゲなどは冷凍して少しずつ使ってるし、ヨーグルトは食べないくせにヤクルトで配達してもらってる姑からのが回ってくるし(笑)。そうねー、ちゃんと買ってるって、お魚・牛乳・たまご・パンぐらいかな。この頃は、この前北海道物産展で購入した野菜フレークが大活躍で、朝の忙しい時間もコーンポタージュやポテトサラダがささっと作れて、これまでよりずっと充実した食卓になっている。粉チーズ+マヨネーズ+ヨーグルトで作ったドレッシングをいただきもののサラダ菜にかけて、あとはパンとココア。そんなもんだけど。それでも、あり合わせで済ませようとすると結構頭を使うのよね。昨夜は頭を使わないせいでバラバラの献立になっちゃったわ。たこの一夜干しをもらっていたので、それとシイタケを入れて炊き込みご飯に。おみそ汁は粉末イリコでダシを取り、具はワカメとアゲのみ。朝のパンが残っていたのをかりっと焼いて、それにサラダ菜とかぼちゃサラダ(←もちろん簡単に野菜フレーク使ったものよ)を添えてドレッシング。んー、メインがないなぁと冷凍室と野菜室をごそごそ。貝柱が出てきたので、小麦粉で作ったタネにネギと少量のキャベツ、生姜を入れて流し焼き。「チヂミのたれ」なるものをもらっていたから、それをかければなんとなくチヂミ(!)。あはははは、こうして書き出してみるとおかしいほどに組み合わせがバラバラだわ。ま、いいのよ。お腹さえ満たせれば。家族は妙な顔をしながらも、おいしいと食べてくれたしさー。今日は頭を使わなくていいわ。上品そうなお弁当。マツタケご飯もあるぞ、うひゃひゃ。洗い物からも解放だ~。……と、ウキウキしていたら、KAIがさっと袋を出した。ななな、なんですと。明日は給食の集金じゃありませんかー!!4000円!!あー、この頃こんな風に買い物行かないもんだから、サイフにお金が入っていなくてもヘッチャラになっていた。びっくりしたわー、サイフあけたら3000円と小銭しかないのよ。残り1000円はKAI様に貸していただこう(ダンナはお小遣い前でアテにはならないのだ)。あーよかった。買い物行ってたらアウトだったわ。いいのか、こんないい加減な生活で?
2004年11月17日
義姉が、KAIの誕生日にと24色のアクリル絵の具を贈ってくれていた。もう絵は描かないわ(←絵の具を使ったきちんとした絵という意味ね)と言って、秋にベニヤ板の大作を描いて以来、一度も絵の具を触ろうとしなかったKAIなのに、これにはウズウズ。実は私も使いたくてウズウズしてたのよ。でもさー、子どもにもらったものを私が勝手に使うわけにいかないじゃない(笑)。それで昨夜、ちょっと絵でも描いてみない?と誘って二人で並んで絵を描いた。いつかKAIが描いていて、それいいなあと思っていたのでそれにならって墨で線をどっしりと。黄色く塗ったキューピーちゃん。お腹にはタトゥーみたいに模様を入れたり、好き放題やってみたわ。KAIはもっと大きな紙を使って、いきなり絵の具で殴り書き(トップページ「別館」から昨日の日記参照)。うわぁ、すげぇ。私より楽しいのを2点描き上げた。昨日の絵はこちらでご覧いただけます。「てるてるおじさん」と「ライオン」です。あ、私のは掲載してないよ。だってあんまり…あんまりなんだもん(笑)。でも描くって楽しいわ。…………………………さて、今日は朝から打ち合わせ。調べ事をしてから取りかかりたい内容だったので、そのまま図書館に行き、帰ってまた資料をゴソゴソ。今日のは普通の企画で、少し勉強しなけりゃならないお題が出されているからのことだけど、この頃「へーこんなのやったことないわ」みたいな仕事が経験できて、ちょっとおもしろい。おまけにおほめの言葉も(これまでになく)続いていて、この仕事10数年やってるけどやっぱりそういうの嬉しいわ。
2004年11月16日
紀宮様のご婚約、まだ内定ということで正式発表ではないけれど久々に清々しいニュースだった。やはりお相手はそれ相応の方ですなぁ。雅子様、紀子様にしたって、皇族ではないにしても「庶民」ではないもの。ま、民間から皇室に入るというのは並々ならない努力と覚悟が必要だろうけれど、皇室から民間にというのも大変なことだろう。意識の違いを埋めるのに戸惑いもあるかもしれないなあ。まだ小学生だった頃、皇室の方々が大好きな(よく目立つ場所に皇室写真とか飾っていたわ)田舎のおばあちゃんから「miraicciちゃん、もし浩宮様から結婚してと言われても断ってなあ」と言われたことがある。年齢的にみれば結婚相手の対象にはなるだろうけど、それって飛躍しすぎと子どもの私も思ったわ。けれどおばあちゃんは真剣に「皇室に行ってしまったらなかなか会えなくなるから」みたいなことを言うのだ。美智子様のこともあるから民間との結婚も普通になると考えてのことだろうけど、おばあちゃん。やはり相手は皇室に相応しい方が迎えられるみたいよ(笑)。結局私は皇太子様にも秋篠宮様にも一度もお目にかかることもなく、お見合いの話も降ってこず、普通の結婚して普通に暮らしています。2億、3億円当たる以上の確率で、仮にプロポーズされたとしても、だ。きっとマスコミは私の悪行三昧を暴き立てて、世間が私の皇室入りを許さないだろう。品行方正、か。あのクロちゃんもそういうお顔建ちですなぁ。私と同世代とは思えない落ち着きぶり。この人ならと話が進んだのがよくわかるわ。おめでとうございます。
2004年11月15日
今朝の新日曜美術館は待ちに待ったマティスの特集。本来ならもう放映が済んでいるところ、放映日が地震と重なったためか延期になっていたらしい。マティスは大原美術館も数点収蔵していて、夏にはワークショップを利用して模写(ったって、色鉛筆で簡単に描いただけ)もした。好きな画家だ。好きは好きだけど、マティスがどんな人で、よほど有名どころでなければどういう作品があるのかは知らない。ただ、夏に開催したKAIの作品展で、何人からか「マティスを思わせる絵ね」と感想をいただいたので気にはなっていたのだ。とても大ざっぱに見える筆運び、ノホホンとした色使いのおかげで、マティスの絵って稚拙に見えるのよね。幼稚園の子が挑戦したら、偶然こういうの描けるかも…みたいな。けれど、今日わかったわ。マティスの絵がいかに構想を経て完成されたかということ。何度も何度も練り直して、その末にシンプルな構図ができあがっているのをマティス自身が記録している(させている、というべきか)。絵は徐々に変化を遂げて、スタートとゴールではまったく別物の絵になっているのがおもしろいとこ。感性の向くまま一気に描き上げていると疑ってなかったから、へぇと驚いたわ。まあ、KAIにしたって、したり顔の人は「これは一気に描き上げたね」と言うけれど、絵の下にはさらに絵があって、全部を塗りつぶして仕上げていたりする。子どもでさえこれだもの、どんな画家でも作品の下にはさまざまな苦悩や計算や努力や、いろんなものを塗り込めているのだろうな。今日はいつものようにゆっくりはしていられず、バタバタと用意をして外出。今日はKAIの英会話の発表会の日だったのだ。昨年はズラから衣装、刀まで装着して(メイクもほどこして)侍役を演じ、会場からは拍手と笑いをいただいた。比較的大きな英会話校なので、いろんな地区の教室が集まって行うんだけど、先生の演出力もあって一番印象に残るような出来だった。今年はリハーサルの折りに、知らない人から「キミは去年侍やった…」と話しかけられたり、知らない子どもが声を掛けてきたらしいから確かに印象的だったのだ。今年の演目は「モモタロウ」。KAIのクラスは5人の出演で、やつはモモタロウ役。今年は衣装まではつけないものの、ズラと刀は持ってきてねと言われていたのでまあ張り切ること。どういう内容かはお楽しみということか、親には内緒でコトが進行していたので芝居を見るのは今日が初めて。ブッ!!やっぱり芝居っ気たっぷりで、今年も笑った笑った。会場全体が大爆笑で、前の席からは「ほら、あの子は去年の…」という声も聞こえる。緊張しないんだろうか、KAIはニコニコとモモタロウを演じきり、鬼との格闘シーンでは自分たちでつけたらしい殺陣も披露。そしてかな~り意外なことなのだがやつは英語、うまいのだ(親の欲目ももちろんあるのだけれど)。すごく笑ったせいかお腹がすいた。帰ってから、今では貴重品となったキャベツを刻んでお好み焼きを作って食べたよ。なんだかいい日だったわ。
2004年11月14日

岡山県成羽町は、神楽の里として知られる歴史ある町(たしかこの秋、市町村合併で「高梁市」となったはずで、今は正式には成羽町じゃないんだろうけど)。この町には大正期まで銅山が操業しており、この銅山の捨て石を使ってベンガラ(赤色顔料)を作りだしたことからベンガラが町を潤し、この産業とともに発展してきた。化学的な製法が主流になるとともに衰退し滅びてしまったベンガラ作りではあるけれど、吹屋という地区の一角はベンガラを使った屋根が美しく、今では「吹屋ふるさと村」として観光客を集めている。ただ、倉敷などとは違って観光客の取り込みに必死でないのか、土産物屋がずらっと並ぶというより「こういう時代があったのだ」とにおわせる町をただ歩く、歴史散策のような味わいだ。 銅山とベンガラで財をなした長者も少なくないこの地区、とりわけ有名なのが広兼さんという人で、やたらとだだっ広い建物がでーんとそびえる広兼邸は外観だけでも十分見応えがある。ここは「八墓村」など横溝正史作品の撮影ではおなじみの場所になっているから、見る人が見ればあっと思うはずよ。さて、その成羽。本来の目的はここの美術館でやっている「住友コレクション知られざる名画」展に行くため。岸田劉生の「二人麗子像」がポスターに使われていて、とてもそそられていたのになかなか行く機会がなくて、開幕から1ヶ月経ってようやく足を運べたの。他にはどんな作品があるのか知らないままだったので、新鮮な気持ちで見られたわ。特にいいなぁと思ったのは梅原龍三郎の作品。これまで彼の作品を個性的とは思っても、特に好きというわけではなかったのに、今日に限っては、立ち止まってしまうのはいつも梅原龍三郎の作品前。それから中川一政。熊谷守一は小作品が2点あっただけで、惜しかったなあ。思ったほどは作品点数はなく、華やかさの点でもそれほどではなかったけど、味はたっぷりだったかな。その後、ベンガラ屋根の“吹屋”に向かい、途中で木造校舎が愛らしい吹屋小学校を見学(といっても中には入れない)。校門前の紅葉がまっ赤で、今の時代にこんな素敵な校舎が現存して、しかも現役というのは驚き。庭もきちんと手入れされ、まるで映画のために設えたような面持ちなのだ。写真を撮ったりしていたら、校舎から男の子が3人出てきて、こんにちわと挨拶してくれた。「いい学校ね」と話しかけたら、ここには10人の子どもが通っていること、冬になると雪が積もってとてもきれいなのだということを教えてくれた。「春には桜もきれいなんですよ」と見ると、運動場には桜の樹がある。そりゃきれいだろうなぁ。山里の小さな小学校、まるでお話の風景だよ。 ここから「吹屋ふるさと村」は目と鼻の先で、無料駐車場に車を止めてブラブラと町を歩く。観光スポットといってもお土産屋は2,3軒。普通に地元の人を相手にしているような食料品店では外に掌をふたつ並べたぐらいのしいたけを籠に盛って350円で売っていた。じっと見ていたら、地元のおばさんが「これはおいしいよ。やわらかいし味もいいよ。酢醤油で食べてごらんよ」と声をかけてくれる。こんにゃくも、ちゃんとイモから作ったものだから、町で売ってるのとは全然別物よと自慢そうだ(で、しいたけ買いました。柚もおまけについてくる親切さよ)。その近くには家の前に人なつこい犬がつながれていて、相手をしていたら家の人が出てきて、犬の名前を教えてくれる。どうやらここの人たちはみんなお話好きみたい(笑)。もう帰ろうとすると、「もう少し待ってたら?野々村まことが今ロケで来ているから。もうすぐカメラと一緒にここを通るのよ」だって。一緒に行ってた妹やKAIたちは撮影隊のところまで行って「野々村まこと、背が高かったわ」って。え、感想ってそれだけかい(爆)。…とまあ、里の秋、満喫の一日でした。紅葉が美しく、思わぬ行楽の一日になったわ。ささ、仕事しなきゃね。
2004年11月13日
昨夜のこと、KAIの部屋に「ゴキブリ出たぁー」というので、ダンナ出動。うちでゴキの出没は何年ぶりか?とにかく私は大の苦手、出てこられちゃ困るのだ。私の結婚の条件の第1は「ゴキブリをきれいに殺せる人」。私が見ていないところで跡形残さずきれいに処理してくれる――この条件だけは今でもダンナはクリアしてくれているから、この時だけは一生の恩人のように感謝してしまう。昨夜も部屋に駆けつけてくれたのに、その時にはゴキの姿はなし。それでも後で私がギャーギャー言うのがわかっているから、夜というのにダンナときたらベッドを動かしてマットをはずし、板をはずしまでして探索。が、ゴキのやつ、どこにいったのか見つからず仕舞いだった。おかげでKAIのベッドの下はすっかりキレイになった。あそこまで探したのにいなかったのだから、騒ぎの最中に窓から出たかもと(仕事場だったらもっと徹底していたとこ。KAIの部屋だからこんなこと言っていられたのね)安堵していた。朝にはそんなことすっかり忘れて、どの部屋も窓を全開して掃除をする。ささっと仕事もすませて、昼からはまた舅の病院に付きそうことになっていたから、ベッドルーム兼服置き場(ほとんど物置状態よ)でゴソゴソ。さて、カーテン閉めて着替えよう…と思ったら、ギャーアー!!!レースのカーテンに黒い影。ゴッキーだぁ!!!!もう、何が嫌いってヤツほど嫌いなのはないのよ。もう動けない。というか、失神しそう。でも、今こいつを見逃したら、またどこに行くかわからず大騒ぎすることになるのだ。窓だって閉めなくちゃ不用心よ。いろいろ考えた挙げ句、ゴキ退治のスプレーでやっつけることにした。意を決するって感じよ。ところが、私ってばこのスプレー見るだけでゴキを想像するものだから、どこか見えない場所にしまっちゃったらしい。だってしばらくゴキなんて見てないんだもん、スプレーの活躍の場もなかったのよ。新聞でたたくなんてとんでもない話。ここで洗剤使うのもなぁ。…で、油汚れに力を発揮する家庭用洗剤「オレンジクリーン」をシュッ。ガサガサ。ギャーーーーッ。その後は部屋の戸を閉め切って中が見られない。窓開けっ放し。もういいんだ、泥棒入ったらその人にゴキブリ退治をお願いしよう。姑ちゃんたちと回転寿司をたらふく食べてさっき帰ったとこ。すぐにダンナは2階の現場に行ったけど、ヤツの姿は見えなかったらしい。どこに逃げたんだ。屋外ならばいいけど、あー、夜中に出てきたら大いに困る。うっうっ、みんなゴキ退治自分でやってるの?私が一人暮らしできない理由がまさかこんなところにあるとは思わなかったでしょう?でも、死ぬほど苦手なのよ。なんとかしてー。…………………この一件さえなかったら、朝は嬉しい話を書こうとしていたのに。今日、地方紙を読んでいたら、見覚えのある名前が飛び込んできた。叔父が自宅兼賃貸アパートを建てるというので、そのネーミングを仰せつかっていた。ありきたりの名前なのだけど大層気に入ってくれていた。それなのだ。記事によると市のまちづくり賞の物件に決まったらしい。叔父の経営する別の建物も、いつだったかこういうのに選ばれている(たぶんそれも私が名前つけたような…)。デザインにはかなりこだわりあるんだろうなぁ、嬉しいニュースでした。
2004年11月12日
春からいろんなことがありすぎて、なんちゃって声楽のレッスンをお休みしていた。仕事以外にあれやこれやで忙殺されて、心の余裕がなかったのだ。秋から再開しましょうと約束していたのに、その日に限って仕事が忙しかったりして、次に次にと先延ばし。気が付けば7ヶ月経っていて、今日やっと再開になった次第。ところがよ。こんなに歌ってなかったら、声は低くなるのよね。出るはずの高音がかすれる、中音も響かない。今日はコンコーネもイタリア歌曲もお休みで、軽く日本の歌を(浜辺の歌とかふるさととか)やったんだけど、散々の仕上がりよ。あー。………………………って。日記はホントはここで終わっていたのだけど追記。仕事が終わってすっかり夜中。この前買ったままになっていた絵本の月刊誌「こどものとも」を開く。今回はだーいすきなスズキコージの作品で『ほかほかパン』というの。イラストではなくてウッディ粘土で綴った作品。粘土でもスズキコージはスズキコージ。いつもと質感が違うから新しい楽しみも広がったけど。けど………ん、まてよ。この作品、なんかとっても懐かしいんですけど。じぃっと絵本を見ていたら。大学時代、美術部に在籍(なにを思ったか…)していた時代のことが甦ってきた。ミッション系のお嬢様な女子大に通っていた私(プッ!!)、入部した美術部は今思えばかなりのお嬢様集団だった。顧問は地元ではかなり有名な画家(実はこの先生に絵を習いたいと思って入学を決めたのだ。ほとんど接点なかったけど)。先輩方は「油絵以外は許しません」で、ベーシックな静物画ばかり先生の指導で描いているって感じ。でも、私がやりたかったのはそんなんじゃなかったので(別にプロになるわけじゃないし)、最初は黙って油絵で自画像なんか描いていたのをやっぱり好きなことやりたいんでと、勝手にひとりパステル画を描く人になってしまった。そのうちとても気が合う友人ができて、それがヨースケだった。当時私は(その頃一部に人気だった)オリーブファッションが好きな人で、ヨースケもお嬢様校にしてはめずらしいヨレヨレの人(笑)。彼女もベーシックな油絵とはほど遠く、大学祭などではふたりして「これは売れないでしょう」という粘土ブローチなどを量産していた。ヨースケの、その粘土作品というのがこれまで見たこともないような脱力系で、もちろん売れ筋ではなく…でも、そこにくすぐられて全部買い占めたのが私(で、私の作品を「これは心理学的におもしろい」と買っていったのが心理学の教授。なんか問題あったんだろうか?)。今回のスズキコージの作品を見て、思い出したのがヨースケの作品だったのだ。だって、色というテキトーな形といい、あまりにもそっくり!!ヨースケの絵、好きだったなあ。あんまり好きすぎて、二人で作品展もしたのでした。私は当時描いていた女の子のイラスト。ヨースケはペン画で、そういや色使いや力の抜き方は今のKAIと同じだったなあ(笑)。ヨースケ、どうしているんだろ。いきなりジュエリーデザイナーの勉強はじめると東京に行ってから(これもビックリ。装飾品とはほど遠い人だったから)、こっちに戻って一度会ったきりよ。彼女の絵、今もあの時代のままでありますように。
2004年11月11日
しまった、気を抜いていたら白髪がここに数本…あっ、こっちにも!!私もよいお年頃、こういうことは気を付けてないとだめだったのだ。ショートヘアのまま買ってしまった蝶々のバレッタをつけたいばっかりに、後ろ髪だけ必死で伸ばしていた私。途中で傷めたら、またショートに逆戻りだとパーマもヘアカラーもがまんしていたのよ。でも限界!!ダラダラ後ろ髪だけ伸ばすなんて、なんて変化のないヘアスタイルなんだろう。この前会った友人は、金髪にしてくりくりのパーマ。ほんとは私、そういうのが好きなのよ。それに比べて今の私の野暮ったさったらどうよ?だめ。思えば思うほど我慢できないわ。夜中に「明日締め切りのがまだまだ終わらないよぅ~」と半泣きながら、すでに頭の中では朝イチで美容院予約する図ができていた。朝方まで仕事して、少し寝て、また起きてちょっと仕事して、午後になんとかなるようにメドつけたら昼前後の2時間でヘアカラーやっちゃおう。ん、そうしよう。そうと決めたら仕事もがむしゃらよ。無い頭をひねってひねってやっと形を付けて、午前中美容室予約して家を出た。長いつきあいの美容師さん、今では一見さんのお客はとっていないから、こういう時にはとても助かる。「明るい色にしたいの。すぐ!!」と電話しておいたから、行ったらスグに「どんな色?」と聞かないままに仕事を始めてくれる。仕上がりは思った通りの明るいブラウン。ほーっと気分まで軽くなったわ。その上に、サービスでセットまでやってくれる。彼は時々こうしてびっくりするようなデザインを創ってくれるから好き。今日のイメージは「YOU」なのだそうで、トップとバックを大きく巻いてカールしたのをルーズに崩して形にしていく。後ろの伸ばしたところは指で流れを作って自然なウェーブに。ほんとだ、髪型だけはYOUだ(笑)。いやーん、ちょっと気に入っちゃったわよぅ。これ、家でもできるの?……と、思ったけど、いつも彼がささっとやってくれるセットは、簡単そうに見えて不器用な私には手に負えないのだった。編み込みしてくれたり、アップにしてくれたり、これだけの髪の長さでよくできるねというマジックはいつも美容院から帰ったその夜に消えてしまう。そして、二度とそんな風にならないのだ。年代物のホットカーラーはどこかにしまってあるのになぁ。私に使いこなせないかしら?
2004年11月10日
デパートの観光物産展というのはどうしてあんなに心をくすぐるんだろう。とくに、沖縄と北海道。んー、特になにを買いに行くというワケじゃないのに、自然と足が向くのよねぇ。…ということで、昨日は病院帰りに姑たちと北海道の観光物産展に立ち寄った。人気のプリンはすでに「売り切れ」、そしていつものごとくスィートポテトには長蛇の列。いつものコンブ、いつものワイン、いつもの毛ガニ、いつもの毛皮製品…。品揃えにとくに変化はないから、大抵は試食していたりして。ほほほ。スィートポテトも一度食べたらこんなものかと納得しちゃったし、お腹いっぱいの状態でラーメンに食指は動かないし…などと思いながらキョロキョロしてたら「!」。いやーん、いいものみつけちゃったわ。「野菜のフレーク」。とうもろこし、かぼちゃ、にんじん、じゃがいもがフレーク状になってる商品。それぞれ1000円ぐらい。これ、どうやって食べるんだろう?とじーっと見ていたら、お店のおじちゃんがニコニコと解説をはじめた。これはね、ほら、こうしてビニール袋に入れるでしょ?そこに水をちょっと加えて……入れすぎたら出してね。で、これを揉むのよ。するとね、ほら。ジャガイモは味ついてないから、ここにマヨネーズとか入れるでしょ、すると簡単にポテトサラダができちゃうのよ。でね、ほーら、カボチャとじゃがいもを一緒に混ぜ合わせて作ったらおいしいよー。カボチャやとうもろこしは自然の甘さがそのまま楽しめるし、牛乳と混ぜ合わせたらすぐにスープが作れちゃう。これさえあればコロッケだってあっという間よ。ニンジンは離乳食にもぴったりだしねぇ、どれも非常食としても活躍よ。買う、買います!!おじさんのあざやかな手さばきと口車にすっぽり乗ってしまった。最初はじゃがいもだけと思っていたのに、次々見せられるものだから、カボチャも欲しくなった。姑は「奥さん、3つ買ってくれたらあとひとつ、どれでもオマケしちゃうよ」とささやかれている。ほほほ、全種類買っちゃったよー(姑が)。それを全部私にくれるというので、昨日から野菜フレーク大活躍。にんじんとカボチャはカレーの中でほどよい甘さを出し、ポテトサラダも本当に簡単。コーンスープもできちゃったわ。観光物産展、ありがとう。またまた手抜き料理のレパートリーが増えたみたい。
2004年11月09日
舅の診察に付き添って病院をハシゴ。1ヶ月前に甲状腺癌の摘出手術をしたのが、まだポリープが見られるとのこと、続けて治療が必要になったのだ。若い主治医はとてもおだやかに話をしてくれる人で、お医者さんとは思えない物腰の柔らかさ。病院嫌いの舅にとって、最初それはとても喜ばしいことだったんだけど、手術と1ヶ月の入院の中で、それは徐々に変わってきた。根っからの職人の舅は、とにかくこだわりだしたらキリがない。仕事も自分の納得いくまで続けてしまう人で、お客さんが「もうこれでいいですから」と思っても、相手の都合など聞かないでとことんやっちゃうタイプなのだ。これ、と思ったら思いこみで突き進む性格はマイナスに出るととてもこわい。自分の病気は深刻だと勝手に判断した舅は、入院後に医者を問いつめたり(深夜に病室を抜け出て先生に会ったりもしたらしい。迷惑な話だよ)、看護婦さんに悪態をついたり、もう散々な1ヶ月だった。いくらお医者さんが「あなたの病気はこんな感じ…」と説明しても、それを自分の思いこみで受け取るものだから、実際は小さな病状が頭の中でますます深刻になってしまう。私が聴いた説明とは全然違うぞということを言い出したり、それを否定しても「うんうん」と言いながら、また自分勝手な判断に走る。優しい先生は、そのたびに説明用にメモを残してくれていたのだが、舅ときたらその場では「うんうん」というくせに、陰では「この先生は言ってることがサッパリわからん」「説明の字がきたないから何を書いているか解読できん」と、こうだ。まあ、実際の病状その他については、姑や私の方でしっかり把握しているつもりだから、舅の戯言は聞き流しているのだが、気の毒なのは先生だ。さすが、年功序列の職人。若く見える(実際にお若いのだ)その先生のことを次第に「あれはインターンかもしれない。腕も確かでないのかもしれない」と、家族の前ではかなり見下すようになっていた。これには姑もほとほと困った様子でいたので、仕方ないから今日の診察には私が付きそうことにしたのだ。主治医の気遣いは家族にはとてもありがたく、この気むずかしい舅に声も荒げず、いちいち丁寧に相手してくださるのには本当に頭が下がる。舅は「あの先生は説明がヘタだ」と言うが、術後の説明も、今後の治療についても私にはその印象はない。むしろ丁寧でわかりやすいぐらいなのだ。今日は朝からその主治医に会い、資料だけをもらって別のO病院で診察を受ける。放射線に関わる投薬治療なので、今後はO病院にお世話になるだろうとのこと。今日はその説明を受ける日だったのだ。O病院の先生というのがこれまた若い人で、先の病院とは正反対のタイプ。テキパキと機能的というか、とにかくエリート医師ってこういう人か?と思わせるスマートさなのだ。私の質問にも、的確な言葉で手短に答える感じ。物腰柔らかすぎの主治医に不満タラタラの舅、この人がかなり気に入ったらしい。治療のことをひと通り聞いて、では投薬をはじめるのはこの日にとおさえてもらったら、あっという間に診察が終わってしまった。その足で、説明を書いてもらった手紙を持って再び主治医のもとに向かう。タクシーの中でも舅はご機嫌で、しきりに「いい先生だ。なんでもよくわかっとる。医者はああでなけりゃ」と言い放つ。そうかなぁ、ああいうエリートタイプは、きっと舅とは馬が合わないはずだ。ま、治療は投薬だけだし、顔を合わせる機会も今の主治医ほどにはなさそうだから問題ないんだけど。主治医の方でも説明をいただいた。病状や治療のこと、そして気になる副作用についても、この先生はほんとうにわかりやすく答えてくださる。いろいろと話すうちに、紹介されたO病院医師とは同い年で同じ大学出身ということまでわかる。帰り道、舅に「あの先生の言うことはよくわかったでしょ」と言うと、素直にうなずいていた。舅は無理難題をふっかけるだだっ子みたいなことは言うが、きちんと理論的な質問などしていないのだ。患者が質問さえすれば今の医師はちゃんと対応してくれる、それをしないで批判だけっていうのはどうかと思うよみたいなことをやんわりと言うと、少しだけわかった様子。それから今日わかったこと。舅は主治医の声が聞き取れないのだ。耳は遠いと感じたことはないけれど、年齢ゆえにおそらく聞き取りづらい周波というのがあるのだろう。低い声でボソボソとしゃべる主治医のそれは、まさに舅の苦手とする音域なのだと思う。今日はいろいろわかってよかったと舅に感謝された。自分ひとりでは今までよくわからなかった、実は今日の診察がこわくて昨日は睡眠薬なしでは寝られなかったのだ、とも。まだまだ現役で働く彼は77歳。頑固さはあまり変えようがないだろうけど、少しはいたわってあげないとダメなんだろうなぁ。
2004年11月08日
今日は静かに仕事をしていた。うまい具合に、昼からはダンナがKAIを連れ出してどこかに行ってくれたし、布団干しも自分たちでやってくれている。こんな休日は没頭できる。昨夜のうちに少しだけ手を付けておいたのを、今朝から取りかかる。リズムがないまま、おもいつくままに文章を書いて置いたのを、朝になって見直してコピーにしていく。これがこの頃のやり方でとても効率がいい。昔は元気なのにまかせて、いつまでも寝ないでウンウンやっていた。睡眠時間が4時間あればいいほうで、出産直後なんてもうろうとした状態で仕事していたような気がする。幼稚園の送り迎えがある時もきつかったよなぁ、毎朝弁当作ってたし。だから余計がむしゃらに「仕事は今日のうちにやっとかなくちゃ」と寝ないでがんばっていたんだな。男の人にはわからんだろうなぁ、会社や社会で育児休暇がもらえる制度を作ったって、本気でやろうとしている人は何%だ?そりゃあ、会社で仕事しているだけのほうがどれだけ楽だか。ま、ま。そんなことはヨソの話で、とにかくうちには関係ないんだわ。今はこうして育児期を脱出して、心にも余裕持って仕事できるようになったんだもん。効率よく仕事を進めて、午後からはまた別のに取りかかる。書いていなかった請求書も今日のうちに出しとかなきゃね。こういう事務作業はきらいだけど、他にやってくれる人はなし。スイスイと仕事が進むにつれて「いい心」も起きてきた。友人のために簡単な宣伝ポスターのデザインまでやっちゃったわよ。おほほほほ、私ってスゴイ。やりゃできるじゃ~ん。見返りも期待していよっと。ということで、今日は明日の分まで働いた。明日は舅の癌検診。1ヶ月前に摘出したのを再検査したら、別のところにあやしいポリープが見つかったのだ。詳しい検査が必要とのことで、病院の先生からあやふやなことしか聞き取れない姑ひとりを付き添いにするわけにいかず、なんでも質問しちゃう私が行くことにしたのよ、勝手に。ま、歳も歳だから、たとえそうであっても進行は遅いでしょう。それよりさ、ガクンと落ち込まれちゃう方がキツイのよねぇ~。こればっかりは仕事のように効率だけでは図れないのだわ。
2004年11月07日
ちょっとだけ前、昔からお世話になっているデザイナー氏に「この頃よく行っているんよ」という喫茶店に連れて行ってもらったら、そこのコーヒーがとてもおいしかった。ネルでいれるからか、味も香りもしっかり。ママさんも美人で大変愛想がいい。その時、なぜだかKAIの話題になって(デザイナー氏の子どもとKAIは同い年、たまたまママさんちの三女も同い年だったのだ)、「ここの子どもはおもしろいんだよ」と彼が言うものだから好奇心いっぱいのママさんが興味を持たないわけがなく、「ぜひ今度連れてきて!!」と携帯番号を教えられ、それから何度か「本当に来てね」と念押しされていたのだ。で、行ってきました。あらかじめ「この日に」と連絡しておいたので、ママさんちの三女ちゃんもお手伝いということでお店に待機(この子がまあ、よく働くの!!控えめだけどお客さんにちゃんとお水やコーヒーを出し、ミルに豆をセットしたり、KAIが注文したプルーンジュースをシェイクしてくれたり。家でもよくお手伝いするんだとかで、おばちゃん感心しちゃったわ)。似顔絵を描くという約束だったので、ママさんと三女ちゃんを続けて描き、そうしたら同じカウンターで見ていた人が「描いて」というので2人分描き…描き終わるかという頃にまた常連さんが入ってきてさらに描き、「これ描いてもらった」とみんなが壁に飾るものだから、続いてやってくる人も「描いて描いて」となって、さあKAIは何人分のを描いたのやら…(笑)ここのお客さんたちはみんないい方で、薄い頭をそのまま描かれても、シワを次々書き足してもみんな「そっくり!!」「上手!!」。おまけにみんな「ありがとう」と言ってお小遣い(といっても100円、200円という子どもにふさわしい金額ね)をミニ皿に集めてくれて、なんと喫茶店で千数百円も稼いでいる!!!その間、私はといえば、おいしいコーヒーをゆっくりと味わい、常連さんがもって来られたもを次々と平らげ、最後は日本酒までふるまわれていい気分。この頃はカフェでまったりするのがほとんどだったから、こういう昔ながらの喫茶店の空気を忘れていたわ。ほほほ、いいものねぇ。常連でもない(2回目の来店だもんなぁ)のにすっかり馴染んじゃったわ。それにしても、次から次へとお客さんがやってきて、あっという間に広いカウンターがいっぱいになるなんてママさんの魅力は絶大なのね。もちろん、コーヒーの味も絶品。帰り際、みんなに「KAIくんバイバイ」と見送られて、毎週土曜日来てねと言われたKAIはものすごーくいい顔していたなぁ。三女ちゃんとも少し打ち解けたから、今度会ったらもっと話しが弾むことでしょう。その帰り道。友人へのプレゼントを買いに雑貨屋に行ったら、コワモテの人に声をかけられた。よく見たら知り合い、この前飲みに行ったお店のマスターで、私が覇気のない顔で雑貨屋の階段上がっていくのが見えたから追いかけたのだと(いや、覇気がないというより日本酒ですっかりいい気分になっていただけと思うんだけどね)。KAIがギターもらってがんばって弾いているのよと言ったら、すぐ近くにある自分の店でKAIへの手ほどきが始まった(彼はギターおやじで店にギターとアンプを常備。バンドの練習もこでやってるらしい)。その間私はゆっくり買い物させてもらって、戻ってみたらCコードとGコードだけは弾けるようになった様子。「ちょうちょ」も完璧。おまけに「KAIは音感がいいから、今からギターやってたらすげぇぞ」といい気にさせてもらってる。隣がうまい具合に楽器屋で、そこまで連れて行って「今度はお金貯めてこれを買え」とアンプ内蔵のミニギターをKAIにもたせてる。ダメダメ!!夢見るのは画家でもギタリストでもいいけどさー、人生そんなに甘くないってことも誰か教えてよ。
2004年11月06日

ワンワン、はるなっち、どすちやん、そしてゆきーひろこさんがやってきて、午前中ワイワイ楽しいひとときを過ごした。KAIの作品を「理解」してくれるマニアックなはるなっちに、近作のイラストと小説を見せたら、それはそれは喜んでくださった。…ので、いい気になってちょっとイラストに色づけ(色はKAIに相談なし、私流なので本人は気に入らないかもしれないわ)して本日初公開。 この絵の横には実は説明書きが。「風あつで体のあちこちが切れるが、強力なキックユンボ」。キックユンボがどういうものかわかんないけど、じたばたしながら血まみれで迫ってくる様はたしかにコワイ。さすが強力回転キック。自傷行為にも見えるが、それでもこれは「技」と言い張るんだろうなぁ。 「目の前で指を止める」必殺技“目止め”。プロレスは真剣勝負じゃありませんと白状しちゃってるよねぇ。なんだかなぁ、これで負けるレスラーは応援したくないわ。あ、こんなんで勝つ人もどうかな…
2004年11月05日
この前KAIに仕事の依頼があって、「こういうイラスト」と言われるままに描いてFAXしていた。その前に、「こんなのしか描けませんよ」とお断りするためにパパッと落書きさせたのを送っていたら、おもしろいタッチだからいいのができそうだからということだったのだ。線描きだけで、デザイナーさんが色づけしてくださるとのこと。それでもギャラをいただく以上はきちんと描かなきゃと言い聞かせて、2カットあるのをそれぞれ3案ずつ作成していた。仕事だもん、子どもだっていい加減にしていて良いわけはないのよ。できあがったモノは、私には言いたいことはいろいろあったけど(もう少し動きが欲しいとか、表情を少し変えたのが別案として欲しいとか…)、ほとんどはKAIにまかせっぱなしにして提出しておいたのだ。イメージが違うようなら描き直しさせますと言っておいたのに、ユニークだからこれでいい、この中から選択してクライアントに見せるわとさっそく色づけもしてデザインに取りかかってくださっていた。で、クライアントに見せた結果、最初に見せられたかなーりいい加減な落書きがお気に入り…なんだと。いいよなぁ、そんなんで仕事になるなんて。私ゃ会心の出来と思うコピーでも訂正あるよ(笑)。力を抜いたらまるわかりだから、仕事はひとつひとつこれでも時間をかけてるよ(頭の中で組み立てる時間が長かったりするのだ)。将来はKAI様に食べさせてもらうかな。でも子どもゆえの「落書きでいい」と言われる効力はいつか失せるのだ。それが失せなかったら、「本物」なんだろうなぁ。ははは、期待しとこ。……………………とかいって、子どもに頼って生きてはいけないから、母の仕事も少しはなんとかしなくちゃなぁ。今日新聞見ていたら、ちらっと(まだしっかり読んでいないのよ)だけど、科学ライターを養成する講座が開かれたみたいな記事があった。科学をおもしろいものとして紹介するには、雑誌その他でそのおもしろさを伝える人は必要だもんね。昨日の夜、ビール飲みながら見ていたから内容はおぼろげだけど、最新の脳科学に関する高校生相手の講義があって、それがおもしろくて最後まで見ちゃった。おお、いいタイミングの記事だこと。人間の脳には、パソコン並の計算力を備えていて、人によってはすごい記憶力その他で高い計算能力を発揮する人がいる。では、パソコンは人間の「脳」と同じに進化できるのか?脳とコンピュータの決定的な違いは…などをつきつめていくと、これまでの科学では相手にしてこなかった「心」などの曖昧な分野で立ち止まってしまうのだと。そういえば、私が習ってきた物理も化学も「ナントカの法則」で数字を間違わずに入れることで答えが引き出されていたよなぁ。ところが、脳を科学しはじめるとそれが通用しない。そこには「私の心」という存在があるわけで、じゃあ「私の心」ってなによとなるわけ。昨日の講師だった茂木先生は、「クオリア」ということばでいろいろ説明してくれたんだけど、薔薇の絵から香りを、ヴァイオリンの絵から音色の質感を…という私たちが感じ得る微妙な感覚をそんな風に呼ぶみたい(酔っぱらってたからテキトーにしか理解できてないわぁ)。よく理解できてないけどさ、なんだかおもしろかったのよ。で、先生の話っていうのが、きっと授業だったら途中で退屈しちゃうかなみたいなヘタな話術(おっと失礼)でさぁー。こういうのをおもしろく解き明かしてくれる本とかあったら読みたいよねぇ。ずーっと昔、楠田絵里子が『ロマンチック・サイエンス』ってエッセイ書いてたの、あれがおもしろかったのを思い出したわ。私の頭がもっと理系寄りだったら、こういう仕事もできるのに。残念っ。
2004年11月04日
若い頃に好んで付けていたアメジストの指輪を、ふと思い出してまたつけはじめたらいっぱい楽しいことが降ってきた。おかげでとても慌ただしい日になっちゃったけど、なんだかなぁ、こんなに楽しいことばかりなのは申し訳ないみたい。まずは朝から嬉しいお知らせの電話。夏休みにちょっとだけ絵をみてあげた(手は貸さずに見ただけよ。ちょこっとアドバイスはしたけど)自称“絵の苦手な”Kくんからの弾んだ声。彼ははじめて絵画コンクールで入選したのだ。それがよほど嬉しかったようで、来夏もわが家で絵を描いていい?とかわいいことを言ってくれる。もともと実力もセンスもあるのを本人も家族も気づいてなかっただけのことで、私が描かせたわけじゃない。それでもほんとによかったよ~。すごく嬉しいわ。ウキウキしながら洗濯をしていたら、今度は仲良しの友達からの久しぶりの電話。掃除をしていたら「退院して元気になったよ」と叔父夫婦の訪問。その後すぐに、今日一緒に外出することになっていた友人が「お魚食べない?」とお土産付きでやってきた……。いいことがこんなに続いていいものなのか、外出先から帰ったら今度はシオシオッサンからの電話。この前KAIにエレキギターを譲ってくれると言っていたのは、どうやら酔っぱらいの戯言ではなかったらしく(笑)、なんとミニアンプまで!!!!思わぬプレゼントに顔がゆるみっぱなしのKAI、彼の体には随分と大きいギターを抱えてシオシオッサンに教えられた通りドレミファソラシドを何度も弾く。物覚えの悪いのを、なんとか繰り返しやることでやっとクリア。シオシオッサンが帰ってからも、ずーっと。昔、KAIのために買っておいた初心者用のクラシックギター教本がやっとページを開かれることになり、「ちょうちょ」までは弾けるようになったみたい。人間、努力は必要ね。飽きもせず、まだやってるからよっぽど嬉しかったんでしょ。素敵なプレゼントを、本当にありがとうね。さて、幸せを運んでくれたこの指輪。これは、大学時代か社会人になってすぐにコムサデモードのアクセサリーコーナーにあったのを衝動買いしたものだ。昨日アクセサリーを整理していたら、いろんなのが出てきたのよね。昔は指輪が大好きだったから宝石デザイナーの人が作ったオブジェ風のパールの指輪だとかハート形のルビーの指輪とか、使わないままよ。このまま寝かせておくのももったいないからどんどんつけることにしよ。それにしても、体の方は大きくなるのに、指のサイズは変わらないものなのねぇ。よかった。KAIの新作小説(目次)「別館」にあります。
2004年11月03日
カフェではラテ系のを注文することが多い私も、家ではお茶派だ。それも中国茶。去年はぱっと花が咲く工芸茶にハマっていたけど、この夏の間はもっぱらプーアールと烏龍。その2種を適当にブレンドしたものを冷やして2リットル以上は毎日飲んでいた。と、いうのも、プーアール茶って飲めば飲むほどノドが乾くのよね。なんでだろ。ジャスミンティーは私は大好きなんだけど、ダンナはあの香りがあまり好きではない様子。温かいのならそれなりの品質の茶葉にするところ、冷たくしてゴクゴクやるなら安いのがいい。香りもきついし味もしっかり、庶民の味よ。気温もぐっと下がってからは、毎朝3リットルぐらいのお湯でドバッとプーアール+烏龍茶ブレンドを作り、それをふたつのポットに入れて仕事の合間に飲んでいた。邪道かもしれないけど、私はこの味は冷たいほうがタイプ。それであったかいの向きの茶葉にと当分の間、毎日毎日どくだみ茶の熱いのを飲んでいたのよ。体にも良さそうだし。それが、この前実家で玄米茶を飲んだら、今度は日本茶のおいしさを再認識…もちろんいれ立てのお茶がおいしいのはわかっているけど、仕事しながら何度も台所に立つのはおっくう。で、やっぱり朝ポット2個分を作り置きして、ゴクゴク好きなだけやってるわ。みなさまどんなお茶が好き?この季節にぴったりの、おいしいのがあったら教えてね。
2004年11月02日
明日はKAIの誕生日。生まれた時はどうなるものかと(周囲が)思っていたものだけど、おほほほ…10歳まで私なんとか育てられましたわよ。10歳というのは彼にとっては格別の響きらしく、これまでの誕生日に増してスペシャルな日ととらえている様子。二桁になる分、大きくなるって感じなんでしょうなあ。なのに私とダンナにはプレゼントねだらないのよ、よくできてるでしょー(爆)。私の妹にはブラックジャックのマンガ2冊を頼んだだけ。もう何冊か本買ってあげるよと言われて、西村京太郎のサスペンス本を選んでいたの笑えたけど。おばあちゃんからの「なにが欲しい?」の電話には「ケーキ」と答えるベーシックさ。が、実はKAIには今と~っても欲しいものがあるのよ。けれどこれも親にはねだりづらいらしく、自分でコツコツ貯めるのだと手作り貯金箱にただいま5000円と少し。5年生になったらドラム&ギタークラブに入りたいから、彼はエレキギターを持ちたがっているのよね。わが家にはミニギターがあるんだけど、それ買ってすぐにチューニングができないことが判明。合わせても合わせてもすぐに狂うから、『禁じられた遊び』も弾けないの。ギター教えてくれと言われても、そんなシロモノでコードは不協和音になるだけだし。私もKAIぐらいの時にはギターがほしくて、父親のマンドリン持ち出しては勝手に弾いていたものよ。だから彼の気持ちがわからないではないのよね。お年玉をためて、初めて自分のクラシックギターを買ったのは小学校を卒業した頃だったなぁ。エレキギターを手にしたのはもう少し後の話(ちゃんと弾けないままだったけど)。別に新品でなくっていいんじゃないの?と、KAIが「5000円で買えるのない?」とシオシオッサンに相談したところ、心優しいシオシオッサン、彼のために自宅からギターを探し出してくれましたわ。さっき「こんなんだけど」と画像が送られてきたとこよ。そりゃもう喜んでいるよ。10歳、これからますます男の子っぽくなっていくんだろうなぁ。9歳いっぱいは私に甘えるそうだから、今日が最後になるんでしょう。立派なギター侍になってください。
2004年11月01日
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