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顔半分朝陽浴びつゝ厨にて今日一日の平安祈るー月のひかりー 顔半分朝の光を浴びながら祈る私の心の中には 確かに暗い部分も 半分有ったということに他なりません 。 。 。 http://plaza.rakuten.co.jp/mmmyu/月のひかりのトップページへジャンプ↑のキリ画はHP≪Azusa≫より
2006年04月30日
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「お腹空いた!」塾の部屋に入ってくるなり、5年生の剛(つよし)が叫ぶように言う。「お腹空いたなんて言ってもここは塾だからどうすることも出来ないよ!辛抱して早く勉強始めないと!今はもう4時15分だから15分も遅刻して来たのよ!判っているの?」壁に掛かった時計を見ながら個別講師の私は決して怒ったりしないで思いっ切りやさしい声で言う。 「そう言うても俺、お腹空いて堪らんわ!もう我慢出来んわ!」 「そんなに空いてるの?」 「うん」 見れば、剛は目に涙まで溜めている。 まるで五月人形のようにふっくらと凛々しい顔立ちをしていて、きっと今に水も滴る美しい青年になるであろうと予想されるが、本人はまだ自分の顔立ちの良いことなんか全く意識していないので、今日も多分、今まで外で思いっ切り遊んでいたのだろう。 頬っぺたが泥で汚れて、おまけに今は涙なんか出てしまったついでに、鼻水まで出て来る始末で、それを全て手で拭うものだから、汚いの、なんのって、どうしょうもない。 戦後だったら兎も角、今時こんなタイプの少年は滅多にいないだろう。 「はい!これを使って!」 バッグからティッシュを取り出して渡す。 「一体どうしたって言うの?泣くほどお腹空くなんて!」 「母さんにお腹空いたから何か買うてくれと何回言うても、何にも買うてくれへんかった!俺の母さんっていうたらな!ずっと、仕事ばっかりしていて俺のことなんか、ちっとも構ってくれへんねん!弟とか姉ちゃんのことやったら色々構ってやってるのになぁ!俺、母さんのことなんか、もう大嫌いや!」 剛の母親は確か美容師である。 「そうなの!それは仕方ないわよ!お仕事は大切だから、お腹空いたことくらい我慢しないといけないよ!」「うん、判ってるけど・・お腹空いてるねん!」 塾で剛の国語の勉強を受け持つようになってから、早いものでもう1年余りになるがこんなことは初めてである。 最初はスクールで複数の生徒の中に混じって算数と国語の勉強をしていたらしいが、国語のテストで0点を取って、それから付いて行けなくなったということで個別専門の私が担当することになったという次第で、結局今では算数も国語と同様に個別で他の講師と続けているのだった。 勉強が出来ないという生徒に共通していることは集中力が無いということであるが、剛の場合もそうである。 多分、親の愛情が充分足りていない場合にそうなるのではないかという気がするが・・10分も勉強を続けると、我慢出来なくなって、決まったように問題集に鉛筆で落書きを始める。 あちこちに縦や横の線を引き、グルグルと渦を描き、答えを書いているのかと思えば、そうでは無くて、限りなくどこまでも続いて行く意味のない文字の羅列であったりして、まるで幼児のような行動をとる。 たまに正解が出たりすると、自分で赤色のボールペンを出して思いっ切り大きな花マルを描き、その下に100点!と書いて喜んでいる。 算数を受け持っている講師は男性だから多分、剛には厳しく接している筈だと思うが、私はそういう場合もどういう場合も決して叱らないという態度で接している。意識的にそのように接しているのではなく、そういう態度で接してしまうと言った方がより適切であるが・・ 愛情には厳しい愛情と優しい愛情があって、子供にはそのどちらも必要であるから、算数の講師と私とで丁度バランスがとれていて良いはずだとも思っていたし。落書きをせざるを得ないような情況があるからこそ、そのようにしているのだから、この際、したいことはしたいだけさせて上げようという気持ちである。 「本当にお腹空いているのね!」 「うん!空いてるよ!今にも目が廻りそうや!」 「そう・・駐車場に私の車置いてあってね。車の中にパンが一つだけあるのだけど、それを食べる?」 実はそのパンはこの勉強の後、他の塾に行く時にお腹が空いては困るので、私が自分の為に先程スーパーに立ち寄って買ったものであるが、この際仕方ないので、剛に提供することにしたのだった。 「うん、食べるよ!」 「じゃぁ、ちょっと、この儘待っててね!取りに行って来るから!でも、このことは誰にも言っては駄目!内緒だよ!塾の他の先生に見付かったら、とんでもない事になるからね!」 「とんでもない事って、どんなこと!」 「私が首になるってことよ!」 「首になるってどういうこと?」 「仕事を辞めさせられるっていうことよ!判った?」 「判ったよ!」 剛のその時の嬉しそうな顔といったら、今でも忘れられない。 急いでパンをムシャムシャと食べ終わると、漸く落ち着いたのか少しだけ勉強すると、間もなく定刻の時間になってしまって、あっけ無くその日の勉強が終了したのだった。 あれから1年経ったが、剛との国語の勉強は今も続いている。 相変わらず、勉強は出来る方ではないが、集中力だけはかなり付いてきた。 だから、きっと今に実力が付いて勉強が良く出来るようになるという希望がある。 「俺なぁ!国語が一番好きやで!担当の先生のことも物凄く気に入っているし!」 「そう、ありがとう!わたしも剛君のこと大好きよ!」 時々、まるで恋人同士みたいな会話をする二人である。 (完) 月のひかりのトップページへジャンプー↑キリ画はHP「花素材」よりー
2006年04月29日
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私の寝ている地球の裏っ側 ただ一りんの花風に揺れー月のひかりー ー↑キリ画HP「花素材」よりー今自分の寝てゐる地球という大地のちょうど裏っ側にはいったい何があるのかなぁ?そんなことをふと、想う私の目交(まなかひ)にたった一りん風に揺れて咲いてゐる名も知らぬ花が浮かんで来ました。 http://plaza.rakuten.co.jp/mmmyu/月のひかりのトップページ
2006年04月27日
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春は長閑で美しいイメージの季節である筈なのに、昨日から私って少々変なのである。私が変なのか、私に関わる対象の方が変なのかよく判らないのだけれど・・・今、私はインターネットの世界で小説と短歌というものを少しばかり書いている。勿論、趣味でだが・・そのことが今のところ、自分の楽しみの為にはなっていても、果たして少しでも他の人の楽しみにもなるレベルにまで到達出来ているのかどうか判らないのがとても気になるところであるが・・いずれは、その両方を兼ね備えたプロという者になりたいという希望を持っていることだけは、はっきりとした事実である。希望のあることは実現する可能性のあることなので素晴らしいことであると自分で思っているのだから世話はない。まぁ、そのことは兎も角として、昨日の朝早く「連続短篇小説」の最後の(4)を書き終わったのは実に嬉しいことであったが、いざ、登録しようとした矢先に何がどうなったのか、パソコンの一番下に帯状に寝転んでいる筈のツールバーの姿が突然消えて行方不明になってしまったのだった。私は大慌てで、書いた作品をその儘保存すると、ツールバーの居所を探してあちこちさ迷い歩いた。いつも在るものが、突然消えて無くなるということほど、私を慌てさせ惑わせるものが一体他にあるだろうか。全く人間にとって喪失というものほど危機を感じるものはないのだから・・・いったん電源を切ろうとしても「スタート」の文字さえ消えてしまっていては、どうしょうもない。(遣り切れないわ!どうしたら良いの?)こうなったら電源を直接切るしか仕方ないのかなぁと思ったが、その前にデスクトップのマイコンピューターなんかを開けて、殆どやけくその状態で、あちこちクリックしている中に、迷子になっていたツールバーちゃんが何と!いつ帰って来たのかパソコンの右側に今度は縦に「ぼぅ・・」として立っているではないか!ちょっと見たところではどこも怪我をしている様子も無いので、「当分はまぁ、これでも良いか・・」と思って、大急ぎで短篇小説を取り出して登録したという次第だった。未だに原因が何だったのか、何がきっかけになって再び戻って来たのかよく判らない。その後、家の中にばかり閉じ籠っていては駄目だと思って、夕食の材料を買うことも兼ねてぶらぶらと外に出て行った。駅前の広場を歩いていると、若い二人連れもまた私と平行するように並んで駅の方に向かってゆっくりと歩いていた。お互いに腕を組み合って、私より少し前を歩いているので、熱々の恋人同士であることがよく判る。(良いよねぇ!良いよねぇ!)と次第に遠ざかって行く二人の後ろ姿を見ながら、私はすぐ傍にあるベンチに何気なく腰を下ろした。他の家族に連絡することがあったのを思い出して数秒間、携帯電話を出して操作して、いざ電話を掛けようと顔を上げると、向こうから先程の若い二人連れが先程と全く同じように腕を組んだ姿勢で同じ方向に向かってゆっくりと歩いて来るではないか!「え!これって一体どういうことなの?」一瞬、不思議に思ったのだがそれ以上は深く考えないことにした。考えたところでそれが一体何になるのか?疲れるだけだから・・(それにしても、不思議なことだったなぁ・・)と、今でもやっぱりまだ心の中に謎として残っている。今朝は今朝で、短歌を一首登録しょうとしたのだったが・・・「高速エデイダ」を使って、背景が黒いのだから、いつものように白い文字に設定して、お気に入りの画像も入れて登録すると、短歌は一つしか入れていない筈なのに何故だかネット上には同じ短歌が二つも現われたので驚いた。人間にとって、無い筈のものが突然目の前に現れた時ほど驚き慌てることは無い。「これは一体どういうことなの!?」もう一度編集を開け、一つを確かに削除してから登録し直したのであったが、ネット上にはやはり二つ現れて、何度繰り返しても結果は同じことだった。「まるでお化けの仕業だわ!」と思わず叫んでしまった。高速エディダを普通のエディダに切り替えて、二つ並んでいる短歌とタグの部分を見つけ出して、(今度こそ!)と、一つを念入りに削除してから登録したら、遂に上手く行ったのでほっとした。もしかすると、原因はすべて自分の方にあるのかもしれないが、それが一体何であるのか自分としてはよく判らないことばかりなので、判らない間はいずれも「謎」ということになっていつまでも残る。事態が終了してしまった今となってだから言えることなのかもしれないが、すべてのことは明確にはっきりと判っている状態であるよりかは、むしろ判らないことは判らない儘に在る方が良いというようにも何となく思えて来る。何故なら、「謎」という言葉にはそれほど人を惹き付ける不思議な魅力があって、いつまでも消えずに残っていて欲しいと思うから・・春は長閑で美しいイメージの季節であるが、その一方謎めいた不思議な季節でもある。 ―完―
2006年04月27日
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缶ジュース飲み干さんとして仰向けばふざけた春の光の威嚇!!ー月のひかりー 画像はHP≪AZUSA≫より 春は長閑とばかり思っていたら大違い!時々思い掛けない悪戯をして来ることもありますから、ご用心!!
2006年04月26日
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(4)少年の名前は宮崎翔(しょう)と言う。中2の3学期の終わりに塾長と折り合いが悪くなって塾を止めたのだったが、思いがけず私の家に来て勉強をするようになったのは中3の夏休みの終わり近くになってからのことだった。塾での私との国語の勉強は何の問題もなく調子よく進んでいたので、突然来なくなった理由は何かという大方の察しは付いてはいたものゝ、何しろ私にとっていちばん最初の生徒でもあったし、そのまま、他のことが原因になって勉強をストップしてしまうのが何としても残念な気がしたのだった。折り合いが悪くなったと言っても、その原因というのが、あまりにもほんのちょっとしたささやかな事だったものだから・・少年が運動靴の後ろを踏んだまま履いていて、それを見つけた塾長が注意したのは良かったのだけれど、足やお尻を木の棒で叩いた上に「気を付け!」「廻れ右!」「気を付け!」「左向け!左!」と言いながら他の生徒や講師の見ている前で、あまりにも長時間遣らされて、「幾ら何でもあれではちょっとひど過ぎるわ!何でそこまでする必要があるのか?」と、思わず私まで涙が出るほどだった。さぞ、悔しい思いをしたことだろう。案の定、その後少年は塾に来なくなってしまったのだった。思い切って、塾長に少年の家の電話番号を聞いて、電話を掛けると、母親がとても喜んで、「よくお電話して下さいました!実はこちらからも連絡を取らせて戴きたいと思っていたのですが、お家のお電話番号が判らないので、どうしたら良いかと思っていました。そんな矢先に丁度お電話下さるなんて不思議ですわ!塾を止めたばかりの今は駄目ですが、翔は先生との国語をとても気に入っていますので、もしも差し支えなければ、今度は先生のお家の方で国語の勉強を続けさせて頂きたいと思うのですが、どうでしょうか!」「良いですよ!いつでもいらっしゃって下さい。」他の科目のことは知らないが、国語は気に入って貰えていたのだと判っただけで、私は充分嬉しくて、あの時電話を掛けたことはやはり正解だったなぁと今でも思う。他の生徒達との勉強も順調に続いて、少年のことはすっかり忘れそうになっていたのだったが・・油蝉がジージーとうるさいほどに鳴いていた真夏の殊の外暑い昼下がり、突然母親から電話が掛かってきて、その日の夜から少年との勉強が再び始まったのであった。少年は顔が日焼けして黒く、背が高く、筋肉が引き締まっていて、どちらかと言えば、勉強よりもスポーツの方が向いていると言う感じを受けたが、案の定私が推測した通りサッカー部に入っていたらしかった。夏休みの後半を過ぎると殆どの中3は部活から引退していて、少年とても同じことだった。初めて私の家に入って来た時は、まるで「今までサッカーで使い果たしていたエネルギーの持って行き場所が無くて困っています」というような冴えない顔をしていた。勉強以外にエネルギーのはけ口が無いので、思いっ切り過酷な私との国語の勉強に少年は自分の力の全てをつぎ込んだ。私もまた同様だった。少年との勉強に、自分の中に鬱積した訳の判らない遣り切れなさの全てをプラスのエネルギーに変えながらぶつけるようにして、どんどんと勉強を進めて行った。文章の読解、漢字、四文字熟語、文法、古文。勉強以外に会話らしい会話は殆どしなかったが、それにしてはお互いに不思議なほど気持ちを判り合うことが出来た。少年の微妙な心を理解するために、不眠症とか神経症で苦しんだ自分の過去の全ての辛い経験が思いがけず役立っていることが判り、人間にとって苦労することが必ずしも悪いことではなく、むしろ良い場合があるのだということを初めて知った。やがて、木の葉が赤や黄色に美しく色づいた秋の終わり頃、「俺ね!国語のテストが100点で、クラスで一番だったよ!」私の顔を見ながら嬉しそうに翔が言った。「まぁ!そうだったの!良かったわね!」言葉では言い表せないほど私の喜びもまた大きかった。じっと、お互いに顔を見つめあったのはその時が始めてだったかもしれない。少年が笑うと白い歯が見えて、(爽やかで素敵だなぁ・・)と思った。受験する高校も決まったし、後は2月に受験して合格したら、別れが待っている・・(高校に入ってからも国語の勉強に来れば良いのに・・)などと思っては、(そんな先のことを今頃から考える私って全くどうかしているわ・・)と苦笑した。寒い風の吹く朝、受験に合格したことを知らせに母親と少年がやって来た。「ありがとうございました!お蔭様で何とか無事に合格出来ました。」「そうでしたか!おめでとうございます!良かったですね!何しろ翔君、よく努力しましたので・・」「先生!俺、高校が始まったら、またここに必ず国語の勉強をしに来るから・・」帰り際に、私の方を振り返って、翔はそんな言葉をチラっと残して去って行った。(翔ちゃんって、まるで、爽やかに吹いてきては、またすぐにどこかに去って行く風みたいだわ!風ならもう一度私のところに吹いてきて欲しいわ・・)と思った。 少年の来ない日々はまるで火の消えた暖炉みたいにひっそりとして淋しかった。 桜が咲いて4月になった或る日、塾で使う問題集を買うために久し振りに大阪まで出掛けて行った。本屋で適当な問題集を探し出して何冊かを買って、店から出ようとしたちょうどその時、向こうから一人制服姿の高校生が歩いて来たので(まさか!)と思ったら、何と!その「まさか」は「まさか」なんかではなくて、本当のことだったので驚いてしまった。制服姿の高校生は正真正銘、宮崎翔だったのだから驚くのも無理はない。翔もまた今から何かの本を買うために私と同じ本屋に行こうとしていたらしく、私を見るとやはり一瞬驚いたような顔をした。「まぁ!こんなところで出会うなんて、いくら偶然だからと言っても不思議過ぎるよね!数秒間早いか遅いかで、会えなかったと思うよ。」「そうやね!じゃぁ、俺急いでいるからもう行くよ!」「翔ちゃん!それはそうといつから私のところに来るつもりなの?」「もうすぐ行くから、待っといて!」そんな言葉をさり気なく交わしながら二人はそのまゝ、すれ違って行った。何故だか心臓がドキドキとした。心の中が甘い哀しみのような不思議な感情の為に溢れそうになっていた。これは、もしかすると・・いいえ!これは紛れも無い恋というものだわ!「私ね、恋をしているのよ!実は・・・」と、妹に話すと、「それはね!恋とは違うわよ!そんなのはただの憧れに過ぎないもので、恋とは言わないわ!本当の恋っていうのは、もっと大人っぽいものよ!」なんて即座に笑われてしまった。「そう、そうかしら?」けれども、私はやっぱり自分は間違いなく恋をしているのだと思う。昨日の夜、ついに翔から電話が掛かって来た。「先生!俺、明日の午後1時に行くから・・」「そうなの!じゃぁ、また勉強始めるのね!待っているわ!高校で使っている国語の教科書とノートも忘れないで持って来てね!」「うん!判ってる!」 時計を見ると、今は12時45分。後15分したら翔ちゃんが来る!風のように爽やかな翔ちゃんが再び私のところにやって来る! 台所の壁に掛けられた黒板の青い「風」という文字を消し忘れたまゝ、今年も春が過ぎて行こうとしている。もしかすると翔ちゃんという少年は「風」なのかもしれないと、ふと、思う。 (完)
2006年04月25日
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散る花に混じりて蝶も飛んでゐる「さよなら!私は天まで昇るわ!」ー月のひかりー ー蝶のキリ画はHP[AZUSA]よりー
2006年04月24日
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ー画像はHP『AZUSA』よりー (3)台所でお湯を沸かしたり、ピザを温めたりしながら、私の回想は猶も続く。それはそうと、黒板に書かれた「風」という文字が今はどうなったのかというと、先程の素晴らしい働きをした風とは違って、平凡な風という意味を表すただの記号の文字に過ぎない様子を呈している。多分、私に先程のように特別な関心を持って見られていないからだと思うが・・・こういう類の文字とか物とかは、それを見る者の心次第でどうにでもなるものであって、先程私にじっと見つめられた時みたいに、時には命を与えられて生き生きと動き出すことだってあることを忘れてはならない。それにしても、黒板に書かれた「風」という文字は見れば見る程、何とも言えず恰好がよくない。自分で書いておきながら、こんなことを言うのも何だが、どう贔屓目に見ても、到底上手な筆跡の部類には入りそうも無い。真ん中の虫の上にノの字のある部分を囲んである底の無い箱と言ったら、それはそれは妙な恰好に曲がっていてお粗末この上無しなので、強いて言えばそれが却って些かでも風らしい雰囲気を醸し出す役割りを果たしているのかもしれない。とりあえず、私の何気なく書いた「風」という文字は如何にも素っ気無い顔をして、今は風らしい素振りなんか全く見せずに、小さな黒板の真ん中でじっと静止している状態であるとだけ報告しておくことにする。私の回想は猶も続く。新聞に挟まれていた一枚のチラシを見た私は早速、履歴書を書いて指定された日時にその場所まで出向いて行った。そこは家庭教師センターという所で所謂、小中高生対象の学習塾であった。それまでにも私は色んな所に小まめに足を運んでは、何とかして自分特有の日常の辛さから脱出をする為の糸口を見付けようと、精一杯努力を惜しまなかったつもりであったが、どういう訳かなかなか仕事は見付からなかった。職種などで望みが高過ぎるなどということも決して無かったつもりであるが、終にはレストランの洗い場の仕事をさせて下さいとお願いしに行ったこともあったが、結局、面接を受けに行く所行く所、全て不採用という結果で終わってしまい、苦しみの上に苦しみが更に加わって一体自分はこれから先どうすれば良いのだろうかと落ち込んでいた矢先だった。ところが今日は面接だけで、いとも簡単にその場ですぐ採用という返事を貰えて、あまりにも思い掛けないことだったので拍子抜けするほどだった。そして、何と!その日の夜から早速仕事が始まった。中三1人、中二2人、小五1人と私に与えられた生徒は合計4人だった。突然、少年、少女達との付き合いが始まって、急に忙しくなった私は次第に生き生きとし始めた。あれほど辛かった不眠症も神経症も日が立つうちに、いつの間にか姿を消してしまった。間もなく、中二の男子生徒が塾長と折り合いが悪くなり、突然塾を止めたと思ったら、暫くして今度は私の家に国語の勉強を続ける為に来るようになったのだった。今日は土曜日なので、午後1時から少年と勉強をする予定になっている。ポットにダージリンの葉を入れて、グラグラと煮え立ったお湯を注ぐ。ベーコン、ピーマン、トマトなど細かく刻んだ材料の載った上からチーズのたっぷりとかかったピザを食べながら、熱い紅茶を飲んで、誰もいない台所で私は一人お昼の時間をゆっくりと楽しんでいる。充実した忙しさの中でこそ、時間の有り難さも判るし、食べ物の本当の味も判るのだなぁと、しみじみ感じながら・・壁に掛かった黒板の「風」という青い文字はまるで私の方をじっと見詰めている顔のようだ。 ―この続きは明日のお楽しみー 月のひかりのトップページへジャンプ
2006年04月23日
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白き馬嘶きながら暗闇を過ぎる夢見る真昼のうたた寝ー月のひかりー真昼のうたた寝の束の間の夢に現れた白い馬。それは不可能の中の微かな希望が奇蹟の光となってほんの一瞬姿を現したかのようで私の心は喜びに震えました。。。月のひかりのトップページに上のキリ画はホームページ≪AZUSA≫よりお借りしています。メニューのリンク集をご覧下さい。-管理人-
2006年04月23日
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(2)「神様!どうか、こんなやり切れないしんどさから私を助け出してください!お願い致します!」教会に行って、先ず牧師先生に祈って頂いた後、自分自身も祈り始めた。暫らくたった或る日のこと。妹から電話が掛かってきて、「近くに温泉があるから行ってみない?」と誘われた。その日は朝から殊のほか寒かったし、いつに無く一緒に行ってみよう・・という気になった。温泉は平日であるにも拘らず大入り満員だった。ラジュウムとか硫黄とか成分の違うお湯の浴槽が幾つかあり、お婆さんから小さな子供に至るまで様々な年齢層の人達がゆったりとお湯に浸かって疲れを癒している。体が冷え切っているので、熱いお湯は随分気持ち良く、立ち昇る独特な硫黄の匂いも決して嫌いではない。浴槽にはめ込まれた石は多分お湯の成分の為なのだろう、「ぬめり」があって足の裏がぬるぬるとする。(温泉ってこんなに気持ち良いのだったら、もしかすると、お気に入りになって、はまってしまうかもしれないなぁ・・)なんて思いながら、妹の行く通り、後を追って順々に異なったお湯を楽しんだ。相変わらず心の中で祈りを続けながら・・細い滝のように、お湯が天井から勢いよく落ちている所もあり、肩とか腰の辺りをお湯に当てながら私はそこでもやっぱり絶え間なく祈っていたのだった。「もう一回お湯に入ろうか!」妹が言うので、「うん!そうしょう!」そう言いながら私達は仲良く浴槽に浸かった。「じゃぁ、今日はこれくらいにして、そろそろ出ることにしょうか?」と、どちらからとも無く言うと連れ立って浴槽の外に出た。妹の横を歩いていた私はその時、急に目の前が真っ暗になり始めて、それっきり意識を失ってしまった。どれくらいの時間が経過したのか・・・ふと、気が付くと、何と私は板の床の上に仰向けに倒れているではないか!「大丈夫?気が付いて良かったね!」私の顔を心配そうに妹が見つめている。「うん!大丈夫よ!私、倒れていたんだね。」「そうなのよ!急に出口の所で後ろ向けに倒れたのでね。私、支えるのに必死だったわ!何しろお姉ちゃんは私よりずっと背も高くて大きいのでね。大変だったよ!」「そうなの!それは迷惑を掛けてしまってごめんね」妹の他に全然知らないお婆さんや奥さんや娘さん達までが私を取り囲んで、まるで珍しいものでも見るようにじっと、ことの成り行きを見守っているのだった。誰が貸してくれたのか、私の体はすでに大きなバスタオルで包まれていて、裸を晒していないのが、せめてもの救いだと思った。何とかして起き上がろうとするのだが、すぐに頭がくらくらとして気分が悪くなるので、暫くその儘、じっと寝ていなければならなかった。今でもその日のことを思い出す度に妹が言う。「あの時、もしも私がお姉ちゃんの傍にいなかったとしたら、お姉ちゃんは後ろのガラス戸の中に思いっきり頭を突っ込んで倒れて、多分、命は無かったと思うよ!私、支えるのにどれほど重たかったか!」私はそれを言われる度に「ありがとう!ありがとう!」と繰り返して礼を言う。妹は自分にとって《妹である》ことと共に、今では《命の恩人》であることも否めない事実である。また、あの日、私の命が救われたことは何よりも他ならぬ神の恵みであったと言うこともまた否むことの出来ない事実である。(それにしても、何故あんなに熱心に祈っていたにも拘らず、私はこともあろうに大衆の面前で倒れて恥を晒すようなことになってしまったのか?)と、もう一つの私の暗い方の心が私に向かって囁き掛けてくることもしばしばあったが、神はあの日の出来事を通して、私のそれまで持っていた高過ぎるプライドをいったんずたずたに壊されたのであったと、今なら平気で素直に言うことが出来る。高過ぎるプライドというものは誰にとっても「百害あって一利なし」であるから、早速祈りに応えられた神は先ず私からそれを取り除くという第一歩の仕事を始められたのであった。その証拠に、それから以後の私が確かに色んな点で変貌を遂げて行ったこともまた事実である。何と言っても変貌の第一番目は、筋向いに住んでいる高校3年のユカリちゃんがわざわざ美容院まで付いて行って、私の代わりに美容師さんに詳しく説明してくれて、今までの固い感じのストレートな髪型から急に超モダンな感じのするソバージュという髪型にかわったことである。その事によって私のイメージは自分でも驚くほど一変したのだった。(これならば、まだまだどこに出しても通用するわ!)と、何時になく鏡を見ながらまんざらでも無い気分を味わった。(髪型が変わると、気持ちまで明るくなることもあるんだなぁ)と思った。実に神のなさることはいつも完璧であって些かの狂いもない。温泉での出来事はいつの間にか、懐かしい思い出となって、妹と私は同じその温泉に今でも時々一緒に行くことがある。それからも暫くの間は相変わらず専業主婦を続けていた私であったが、ある時、朝の新聞に挟まれている一枚の広告のチラシを見たことがきっかけになって、塾で国語の個別の講師として仕事をするようになったことは全く思い掛けないことであった。 ―この続きは明日のお楽しみー
2006年04月22日
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(1) 台所に入ってすぐ左側の壁にありふれた小さな黒板が掛けられている。「掛けられている」なんて、受身の形なんか使ってみても、それならば果たして一体誰が黒板を壁に掛けたのかと言えば、それは他ならぬ私・・・私以外にいったい誰がいるというのか? 黒板の真ん中に青いチョークで一文字「風」と書いて見る。 すると、文字の辺りに如何にも風みたいな雰囲気が漂い始めて文字って不思議だなぁ・・まるで生き物みたいだなぁ・・と思う。猶も、じっと見ていると、「風」というその文字のところに何と本当に風が誕生して、小さな渦巻きとなって姿を現したではないか!その生まれたばかりの柔らかな風は真っ先に私の心の中を吹き抜けたかと思うと、台所の中をひと回りして、間もなく入口からどこかに出て行ってしまった。風は地上の滞って重苦しくなってしまったものを再び爽やかにするという使命を果たすと、ひと時の間も、じっとなんかすることが出来なくて、いつだって今みたいに、たちまちどこかに姿を消してしまう。風のお蔭で少なからず爽やかになれたのは実に良かった。 ところで、話しは変わるが、主婦とは家の中で、たった一人で沢山な用事をしなければならない殊の外孤独な存在であるということは何の疑いもない事実である。あまりにも単調で、きりが無く、しかも重労働な仕事であるということもまた、主婦を経験したことのある者なら誰もが認める今更言うまでも無い事実であって、どちらかと言えば、意志軟弱な部類に入るかもしれない私みたいなタイプの主婦の場合には、当然遣り切れなくなって悲鳴を上げることも今まで度々あった。 が、その悲鳴の声すら他の誰の耳にも届かないとなれば、事態は最早容易では無く、深刻さを呈するのもまた当然の成り行きであると言わざるをえない。実際に私はその頃、酷い不眠症だとか神経症に悩まされていたのだから・・どうすることも出来ない自分に対して私自身が恐怖心を抱き、辟易としているというような日々が続いていたのであった。深刻な事態が発生した場合、何とかそこから脱出して一刻も早く自由の身になりたいと思うのもまた世の常であって、私とて例外ではなかった。ある日、台所の戸棚に残っていた小さな缶ビールを取り出して少し飲んでみると、意外に美味しくて、気分も何となく楽しくなったような気がしたものだから、「これは今みたいな何とも言えない辛さから解放されて自由の身となる為には、かなり手っ取り早い、良い方法だわ!」と思って、毎日昼食時にビールも飲むというのが習慣のようになってしまったのだった。量も次第に増えて、小の缶がいつの間にか中になり、そろそろ一番大きな缶にしょうかなぁ・・と思っていた矢先のことだった。親戚の法事に出席していた時、そんな自分のことを何となく話題に出してお喋りしていると、思いがけず、伯母からこっ酷く叱られてしまった。「あんた!毎日お昼からビール飲んでいるなんて、そんな風に自分から平気で言っているけど、一体それで良いとでも思っているの!アルコール中毒になったらどうするの?すぐに止めないといけないよ!」あんなにきつく伯母に叱られたのは初めてだったが、伯母のその時の言葉のお蔭で私はキッチンドリンカーという肩書きをあっさりと捨てることが出来たのだから、愛情とは実に強い力があるものだ。しかし、専業主婦という境遇は相変わらず私にとって辛くなる一方だったので、(この儘ではいけない!何とかしなければ・・)と、遂に教会に行って神にも祈り始めたのであった。 ー この続きは明日のお楽しみー
2006年04月21日
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台所の黒板に「風」の一文字を消し忘れたまゝ春過ぎてゆく ー月のひかりー台所は家の中で最も現実的な場所。いつだったか黒板に「風」と書いてみたら何だかそれだけで風が吹き抜けていくように爽やかになりました。「風」という文字を消し忘れたまゝ春はどんどん過ぎてゆきます。。。 (上の画像は作者不明です。もう一度調べてみます。すみません!)
2006年04月18日
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ここは塾の一室、先程から高2の沙織との古文の勉強が続いている。「これはぞ、なむ、や、か、こその中の「こそ」で係助詞よね。だから文の終わりが已然形の「あれ」で終わっている・・・それで・・・次の行だけど・・・えーと・・今日のお昼の食事は・・美味しかったよ・・・むにゃむにゃ・・お天気も良くて桜が・・・むにゃむにゃ・・」-暫し空白- 「え!今、私、変なこと言わなかった?」「そう言えば、ちょっとそうだったみたいな気がするけど、大丈夫?先生!無理したらあかんよ!」四月から高2になったばかりの沙織が心配そうに私の顔を見ながら言う。「有難う!大丈夫よ。一瞬今自分がどこにいるのか判らなかったわ。でも、もう大丈夫だから・・」塾の講師たる者がこんなことではいけない。もっと、気持ちを引き締めなければ・・と思うのだが、それにしてもどうも今夜は眠い・・昨夜は結局2時半頃まで起きていたし、このところ、用事があまりにも多過ぎるんだわ。 どれかを切り捨てなければいけないと思っても、どれも切り捨てる勇気なんかないし・・「そう、大丈夫なら良いけど・・きっと、先生疲れてるのね。」「私ってね。ずっと前、専業主婦だった頃にあまりにも退屈で我慢が出来ず毎日、退屈だ、退屈だと言い続けていたことがあったのよ。それで罰が当ったのかなぁ・・今は忙し過ぎて困っている。まったく人生って自分の思うようには、なかなか上手くいかないものだわ!」「でも、神様って罰なんかあてるようなひどいことをなさる方では無いといつも先生、言ってるでしょう!」「それもそうね、きっと、退屈しないように神様が沢山仕事を与えて下さったのだから感謝しないといけないわね。」「そうよ、私だって以前はよく眠くなって先生を困らせたことあったし・・」沙織とこんな風に一緒に勉強するようになって早いもので、まる2年経つ。確か中学3年生から勉強が始まったのであったが、いつの間にか今みたいに私のことを励ましてくれるようになったとは随分成長したものである。 さすが高校2年生だけのことあるよね!最初のうちは勉強が始まって10分もすると、すぐに眠くなって意識が朦朧としてしまうというような状態になるのがお決まりのパターンだった。中3だというのに勉強がなかなか軌道に乗らず、困ったなぁと思ったけれど、眠いものは眠いんだから焦ってもどうにも仕方がないので、その儘眠らせて置くと案外早く目が覚めて、再び勉強を開始することが出来た。何でも沙織は心臓が悪いらしくて少し前に循環器センターに入院していたとのことで、薬も飲み続けているらしかったし・・「ごめんね!先生!私って何でこんなに眠いのかしら?すぐに眠くなってしまって悪いと思うんだけどどうにもならないのよ。」と、本人が眠ってしまうことをいちばん気にしていた。「それはね、あなたは体があまり丈夫じゃないので仕方ないのよ。無理をしないで自分が出来るようにして勉強を続けて行きさえすれば良いことなので、全然、気にしないでも良いからね。眠くなったらいつでも眠りなさい。目が覚めるまで、ずっと待っていてあげるから・・心配しないで良いよ。」そんな風に言いながら、勉強を何とか続けて希望の高校に無事に合格することが出来たのだった。それだから、人生って全てを神様に任せながら、どこまでも自然な流れに添って歩いていくのがいちばん良いのだわ。「では、また古文の勉強続けましょうか!沙織さん、次のところ読んでくれますか!」おや?なかなか返事が無いと思ったら今度はまた沙織さんの方が眠くなってしまったようです。と、まぁ今夜の勉強はこんな風でした。報告終わり! (完)
2006年04月18日
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もうすでに壊れてるけど捨てられぬ二人の思ひ出刻んだ時計ー月のひかりー 過ぎ去った時間は再び戻っては来ないけれど思い出はいつまでも心の中に残ります。。 時計の画像は「梓のホームページ」よりお借りしました。http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sumire/5531/
2006年04月16日
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今私はマンションの五階にいる。お昼の食事の用意をするために台所に入って来た。左側の窓いっぱいに曇った灰色の空が見え、相変わらず雨が降り続いている。白っぽい空だけを背景に雨が降っている場合は姿を捉えにくいこともあるが、今は激しく降り続く音と共に、限りなく幾本もの銀色の縦線となって雨は方形の窓を一枚の「動く画像」たらしめているのだった。右側の窓には赤いチュウリップを中心に緑色の葉っぱをあしらった図案のステンドグラスを木で縁取った飾りの額が立て掛けられてある。ステンドグラスは外からの光線で晴れた日にはえも言われず美しいが、たとえ今日のような雨の日にもそれなりに独特な雰囲気を漂わせることが出来る。何でもイギリスから輸入された骨董品でインターネットで購入したとかであるが・・・左側は自然、右側は人間の創作、二つの絵は如何にも対照的であるが、どちらも互いに相手を引き立たせている。それはそうと、ここは勝手の判った自分の家の台所ではないので何をしょうとしても不自由と言えば不自由である。お鍋は見付かったので良いとして、肝心のお茶がどこにあるのか一向に判らないので、実は先ほどからあちこち探し廻っているのである。部屋で寝ている幼い者にたとえ聞いたとしても先ず知らないと言うだろうから・・・まったくあの子のパソコン好きにも困ったものである。一人っ子ということもあるのだろうが・・熱中し出すときりも無くて、他のものには全然興味を示さないので周囲の大人が心配して3月から学習塾にも通わせている。それでもちょっとの隙さえ見つけてはパソコンの前に座っているのだから・・・とは言っても、私のブログを作ってくれたのは実は他ならぬこの人だから文句なんか言える義理ではないよね。まだ4年生の分際で大人が顔負けするくらいパソコンのことに明るい。こんなことを言うと如何にも「何とか馬鹿」ということになって、人に笑われそうだが、事実は事実だから幾ら言われても平気、平気!「まぁ!こんなとこにお茶があったわ!まさかこんな可愛いバスケットの中に入っているなんて思いもよらなかったわ!」ぐらぐらとお湯の煮え立っているお鍋の中に日本茶のティバッグを一つ入れて(本当は布で作った茶袋にお茶を入れて入口を木綿の糸でくるくると縛ったものを入れるのだが、今はこれで充分である)、綺麗にお茶の色が出たところに2人分の洗い米を2合足らず入れる。後は時々しゃもじで混ぜながら20分炊くと、はーい!茶粥の出来上がりーこれが祖母に教えて貰った茶粥の炊き方の秘伝である。ちょっと大袈裟かなぁ・・ウフフフ幼い者の寝ているベッドの傍まで出来たばかりの茶粥、炒り玉子、干物の魚の焼いたもの、お漬物などお盆に載せて運んで行った。熱いので、ふうふうしながら一匙ずつ口に入れて食べさせると幼い者は美味しいのか思いの外によく食べた。炒り玉子も、普段あまり食べない干物のお魚まで気に入ったのかよく食べた。こうして先祖の秘伝って子孫に伝わって行くものなのだなぁ・・と感動した。たまにはこうして食べさせてあげるのも良いものだなぁ・・とも思いながら、自分もまた茶粥をさらさらと食べた。「何て美味しいの!これなら幾らでも欲しくなりますものね!」「ご馳走様でしたぁ!」その後、幼い者は相変わらずベッドから起き上がろうとしないで静かにしていた。いつの間にか眠ってしまったようだった。(しめしめ!この隙に!)と、パソコンの電源を入れた。「まずログアウトしてっと!次にパスワードを記入してからログインするんだよね!」自分のブログを開けて見ると、何と思いの外にアクセス数が増えていた。今朝は短歌一首しか登録しなかったというのに、いつもより増えているなんて不思議だわ!判らないものね。それだから、人生は面白いのよね!掲示板に届いていた幾つかの書き込みのお返しを書いて、新しく出来た短歌をフリーページに書き込んだりして、さぁ!いよいよ短い物語でもまた書こうかな・・と思った丁度その時だった。「ねえ!ねえ!いつまでパソコンの前に座っているのよ!もう夕方になっているっていうのに・・そんなにパソコンばかり一生懸命やってたら、また、腰が痛い言うて今に泣かんならんようになってもしらんよ!」と、隣の部屋からまるで大人みたいな口振りで幼い者が叫んだ。 (完)
2006年04月16日
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木蓮はグレイの空とよく似合ふ描いてみたいな・・油絵の具で-月のひかり-青空にも曇り空にも、どんな背景色にもよく似合うけなげで素敵な花、木蓮・・上の花の画像はHP「花素材集」http://www006.upp.so-net.ne.jp/suiko/ よりお借りしましたぁ。
2006年04月14日
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正ちゃんとこのお婆ちゃんと別れた後、私はいつものように一人で散歩を続けた。やはり散歩は一人に限る。一人だと誰にも気を使う必要が無いし、四季折々、景色を充分に楽しむことだって出来る。正ちゃんのお婆ちゃんとは、ほんのひと時でもお付き合い出来たのでとても楽しかった。 誰でも「自分は年を取ったなぁ」と自分自身確かに認めてはいても、その一方では若い時から持ち続けて来ているその人特有の感覚が生き生きと働き続けているものである。もしも「自分は年を取った老人である」という感覚だけがその人を占領して支配するようになったとしたら、おそらく、とてもつまらない日常生活になるに違いないだろう。正ちゃんのお婆ちゃんは若い時とても美しくて恰好良い人だったので、今でも「自分は年を取った」という意識と共に、若い頃からの「自分は美しい」という独特な意識もまた働き続けているのだろうと思う。二つの感覚を持っているからこそ、きっと日常生活の調和が上手く保たれることになるのだろう。他ならぬ自分自身もまたその事をよくわきまえて、これから先の人生をより楽しく有意義に過ごして行かねばならない。空は相変わらず曇っているが、時折吹いて来る風に、溢れるほど沢山な花びらを震わせながら桜がまるで何の屈託もないお転婆な少女のように笑って咲いている。桜はあまりにも美し過ぎて妖艶に見える場合もあるが、こうして遠くからだと、思いっ切り無邪気で爽やかな花にしか見えない。アスファルトの歩道の真ん中にできた窪みに雨の水が溜まって水鏡が出来ていた。「水鏡」という言葉を使って短歌を作ってみたい気分になったので考えながら歩いた。「ざあ、ざあ」という水音と共にやがて目の前に川が姿を現した。川に沿った道路の両側が桜並木になっていて、そのまた向こう側にも桜が溢れるように限りなく沢山咲いている。あまりにも明るく華やかな眺望に息を呑み一瞬立ち止まって見惚れてしまった。「桜、桜、やよいの空は見渡す限り 霞か雲か 朝陽に匂う いざや いざや 見に行かん・・」川の音を伴奏に心の中で繰り返して唄いながら誰も歩いていない川筋を歩いて行った。こんなに沢山の桜が美しく咲いているというのに、誰もわざわざ見に来る人が無いなんて、ずいぶん勿体無いような気がするが、人間って自分のすぐ傍にあるものは、たとえ、それがどんなに綺麗なものであっても当たり前になってしまって全く興味を示さないようになるものなので仕方ないのかもしれない。その時、後ろから誰か自分に向かって声を掛ける人がいた。振り向くと、一人のお爺さんが自転車を押しながら、こちらに向かって歩いて来る。 「桜、よう咲いていますな!」その人は正ちゃんとこのお婆ちゃんと丁度同じくらいで82,3歳ぐらいに見えた。(自分の外に誰も歩いていないなぁ・・)なんて思った瞬間に現れたのがこの人だった。「旅は道連れ、世は情け」なんて言う言葉が確かあったような気もするので、川が途切れた所まで暫くの間、そのお爺さんと一緒にお喋りしながら歩いた。と、まぁ、桜の他に、思い掛けず翁、老女(おうな)にめぐり遇えて事の外幸運な朝であったという次第。 「水鏡そっと覗けば薄墨の桜にまじる妖精の顔??」 「後ろから呼び掛けられて振り向けば自転車を押す花咲か翁(おきな)」歌も二首出来たし良かった!! (完)
2006年04月14日
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今朝は数日降り続いた雨がようやく止んだので、(桜の花でも見がてら散歩にでも行こうかな・・)という気になった。空はまだ、如何にも降り足りないという風にどんよりと曇ってはいるが・・私はここ暫く日頃の疲れが出たのか酷く体がしんどくて熱も出たりして動けない状態になっていたので、殆どベッドの上ばかりで過ごしていたのだった。それはそれで普段とはまた違った趣の過ごし方が出来て良かったとも思うが、食欲も戻り、ほぼ正常に元気が回復し始めると、やはり健康であることが何より嬉しいと思う。玄関のドアーを開けて外に出ると、筋向いの正ちゃんとこのお婆ちゃんの姿が目に入った。門扉を開けて外に出るとお婆ちゃんは私が出て来たことに早速気付いた様子だった。「おはようさん!どこかにお出かけですか?」「はい、雨が上がったので桜でも見に行って来ようかなと思いまして・・」お婆ちゃんはいつの間にかもう82,3歳になって、以前は背がすらりとして、この辺りではたいがいお洒落な美人で鳴らしたものだったが、さすがにこの年齢になると肉が落ちたとでも言うのか、背丈もかなりちじんだ感じがする。「そう!それは良いですね!それで、あんた、今からいったい、どこまで桜を見に行きますのん?」「すぐ近くですよ!ちょっと歩いたら桜いっぱい咲いてるからそれを見に行くだけですよ!」「そうなん!いいわね!そんなに近くに咲いてますか?」「咲いていますよ。知らないのですか?」「私、この頃、全然どこにも行かないから知らないのよ。」そう言いながらお婆ちゃんは私の傍に近付いて来た。「じゃぁ、私と一緒に桜見に行きますか?」「行っても良いけど、それはそうと、あんた、ずいぶん背が高いね!私も前はもっと高かったんだけどすっかりちじんでしもうたわ。」「そうね、お婆ちゃんは私よりもっと高かったですものね。でも元気だから何よりですよ。」「そんなこと無いのんよ。しんどいばっかりで、全然元気なんかじゃないのんよ。」「すぐそこからでも桜見えますから、私と一緒に坂の下の所まで歩いて行きますか?」「うん、それくらいやったら私も行けますよ。」「じゃぁ、行きましょう!」二人は仲良く腕を組んで坂の下までゆっくり歩いて行った。お婆ちゃんと腕を組んでいると体温が伝わってきて、私はふと、今は無き母のことを思い出した。「ほら!お婆ちゃん!あそこに沢山桜見えてるでしょう!きれいやね!」車の通る広い道路を挟んだ向こう側の公園の入口辺りにある幾本かの薄紅桜が数日間降り続いた雨にも負けず散らずに元気よく咲いていた。折りしも吹いて来た春の風に花びらを一斉に揺らして、如何にも爽やかな光景だった。桜は青空だけではなく曇り空ともよく似合う。海であっても、山であっても、工場地帯であっても、街であってもどのような背景にもよく調和する。「ほんまやね!桜咲いてるね!」「道路を渡ってあそこまでもう少し行ってみますか!」「行きたいけど、私、家の鍵閉めて来なかったから・・」「そうでしたね!じゃぁ、泥棒入ると困るから今日はここまでにしときましょうか。」お婆ちゃんと私はもと来た坂道をまたゆっくり登って行った。「じゃぁ、お婆ちゃん!私一人で、今からもう少し桜を見に行って来ますから、また一緒に行きましょうね!」「そうやね!また連れて行ってね!それはそうとあんた背が高いね!私も前はもっと高かったけどすっかりちじんでしもうて・・」「そう、でも今でもスラリとしていて、まだまだ綺麗よ!」「私、今朝はお化粧もしたんだったか、どうだったか・・」「まぁ、そうなの!それにしてもやっぱり綺麗だわ・・いつまでもとても綺麗で素敵だわ!」私がそう言うと、お婆ちゃんはこの上もなく嬉しそうな顔をした。もしかすると、桜を見た時よりもっと嬉しそうな顔だったかもしれない。私はその時、これからお婆ちゃんのことを「お婆ちゃん!」と呼ぶのはもう止めようと思った。「もし、また雨が降り出したら困るから、あんた傘を持って行った方が良いよ!」お婆ちゃんがそう言うので、私が自分の家に傘を取りに入ろうとすると、「あんた、そこの家の人やったんですか!私、どこの人なのか全然知らなかったです。」やって!!何てこと!!せやけど、お婆ちゃん、とても可愛かったわ・・!! (完)
2006年04月12日
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今朝からの雨は午後になっても全く止む気配がなく、もう3時を廻っていると言うのにずっと降り続いている。2日前、良いお天気の日にいち時(どき)に開花した桜はこの長い雨に濡れて一体どんな風になっているだろうかと、例え気になったとしても、実は私って昨日から気分が優れず今日は朝から自分の部屋の中で寝たり起きたり、眠ったりの繰り返しばかりだったので、わざわざ今から外に出て桜の様子を確かめに行くほどの勇気をまだ復活させてなんかいないのである。ベッドに座った儘、私はラフマニノフのピアノ協奏曲を聴きながら、白いレースのカーテンの半分ぐらい開かれた透明の窓ガラスの向こう側に拡がる庭の風景をじっと眺めていた。つい昨日まで咲いていたピンクの梅の花はいつの間にかすっかり散ってしまって、まるでパズルの迷路みたいに複雑に絡み合った細い枝には早くも限りなく沢山な青い新芽が出揃っている。その横ではハナミズキがまるで舞台裏で今か今かと自分達の出番を待っている踊り子達のような初々しい蕾を枝にいっぱい付けて降り注ぐ雨に濡れながら時折吹く風に揺れている。刻一刻と自然界は休むことなく活動を続け、季節はどんどんと移り変わって行く。それにしても、深刻なようであって、それでいて充分ロマンチックで美しいラフマニノフのこの曲って、今日のような状況の私の心と、雨の降り注ぐ春のこのような情景に何とよく調和していることだろう。音楽は確かに人の心と体を慰め癒す力を持っている。つい先ほどお昼を食べた後に作ったダージリンの紅茶を一口飲むと、次に、いつか塾の帰りにスーパーのお菓子売り場の棚に並んでいるのを珍しいからと思って買って来たギリシャのスナック菓子の袋を破って、中から一つつまみ出すと、かりかりとかじった。スナック菓子は思ったより固くて、かじる音がぼんやりとした脳を刺激するみたいで心地良い。(なるほど!ギリシャの人達ってこういう塩味も好んで食べるのね!塩味の好きなのは日本人だけかと思ったらそうではないんだわ。)ほど良い甘さと塩辛さが口の中でミックスされて、昨日からの何とも言えない重苦しい気分の悪さから次第に解放されて、再び正常な爽やかな感覚が自分の中に充満して来るのを感じた。昨日は熱もあってとても辛かったけれど今になってみると、それもまた却って良かったのだという気がする。何故なら、そのお蔭でこんなにゆっくり寛ぐことが出来たんだから・・ここ暫く私ってあまりにも時間に追われるような忙しい日々の連続だったから。ついでに今夜の個別の塾の仕事もキャンセルにして別の日に振り替えて貰っても良いし・・なんて考えまで一瞬頭を過ぎるが、そこまで決心してしまうのは幾らなんでも思慮に欠けたことになって普段の私らしくないだろうと再び気持ちを白紙に戻してそんなことは考えなかったことにする。いずれにしてもどんな時にもプラス思考であることは良いことに違いない。数週間前、大学の心理学科を受験する高3の生徒がいて、過去に出題された小論文の課題を使って小論文を書く勉強を一緒にしたことがあったが、何故だかその時のことがふと、甦った。AさんとBさんとCさんの3人が道を歩いていると、向こうの方から一人の人が歩いて来た。その人は泣いているのか、ハンカチで目の涙を拭いながら歩いて来たが、間もなく3人の横を通り過ぎてどこかに行ってしまった。Aさんは「あの人は今日とても嬉しいことがあったのでそれで思い出して感動して泣いているのだ。」と言った。Bさんは「いいえ、違います!あの人は今日とても悲しいことがあったので、それで悲しいことを思い出して泣いているのだ。」と言った。二人はお互いに自分の方が正しいと言っていつまでも口論を止めず、ついに何も言わないで黙って聞いていたCさんに「貴方が私達の中のどちらが正しいのか決めて下さい。」と頼んだ。「さて、あなたがCさんになったつもりで、二人に対してどのように言うのが最も適切であるか、それを考えて600字にまとめて書きなさい。」というのがその時の小論文の課題であった。生徒と私は暫くの間、「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を繰り返した結果、この二人はそれぞれどちらも間違ったことは言っていない。二人の人の育った生い立ち、環境、状況によって同じ物を見ても全く違った物に見えるのは当然のことだから。同じ黒い絵を見せても或る人には魔法使いのお婆さんの横顔に見え、或る人には美しい少女の横顔に見えるという心理テストが確かあったがあれと同じことで、結局AさんもBさんも二人とも正しいのだという結論にまでついに達したのだった。(と、言うことは、人生で遭遇するすべてのことは良いことだと言えるではないか!)と、あの時私はまるで哲学者が何かの大切な真理を発見した時のように、自分もまた何かを確かに悟ったような気がした。今から思えば至極当たり前のことが判っただけに過ぎなかったのかもしれないが、生徒も私もまるで鬼の首でも取ったように嬉しがった。気がつくと、部屋の中も外も夕闇色に包まれ、ラフマニノフの曲もいつの間にか終わっていた。その時、突然携帯電話の着信音が鳴り響いた。ディスプレイにはメールが届いている印しが出ている。「先生、いきなりですが、今夜の国語の勉強を他の日に振り替えて頂けないでしょうか。もし、駄目なら予定どおり行きますので、お返事お願いします。」(まぁ!やっぱり・・!)「不思議ですね。今日は体調がすぐれないので、私もちょうど振り替えて頂きたいと思っていたところでした。」と、私も早速キーボードの文字を打った。 (完)
2006年04月10日
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せっかく桜が満開になったというのに今日は朝から何となくしんどくて用事もいっこうに捗らず結局家から一歩も外に出ずじまいになってしまった。午後の3時頃からつい先ほどまでいつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めると、窓ガラスの外には早くも夕闇が迫り、桜を見に行けなかったことが無闇に残念で悲しい。(そんなことぐらいで何で?)と自分ながら不思議になるが、きっと、私って美しいものに対して弱い気質の人なのだろうと思う。昨日、桜並木の花のトンネルの中を潜った時、あまりの美しさに息を呑んだ。溢れるほどの花の中に閉じ込められた時、言葉を失い放心してしまった。ある種の魔力のようなものが美しいものの中には宿っていて、もしかするとその力に惑わされるのかもしれない。そう言えば「桜の木の根元に死体が埋まっている」なんて話を聞いたことがある。昨日は一庫ダムで女の死体が浮かんでいたとか・・自殺かと思ったら殺人事件だったらしい。テレビニュースで報道されていたらしいが少しも気が付かなかった。桜の咲く最も美しい景色の中で殺人なんて怖ろしい事を人間はするのだ。熱を計ってみると37度1分あって、いつもなら36度ぐらいしか無いので私にしては高い。道理でしんどい筈だ。もしかすると、桜の花の魔力にやられたのかな?カーテンの隙間から庭を覗くと、白い水仙と黄色い水仙達がいつの間に咲いたのか夕風に吹かれながら行儀よく並んでこちらを見ながら笑っていた。「花は桜だけではありません。私たちがいることも忘れないで下さいね!」と言っているみたいに・・・「判っていますよ!判っていますよ!あなた達のことを忘れたりする訳ないでしょう!」夕飯済んでから、夜桜を見に行こうかなぁ・・・
2006年04月09日
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自分の部屋の壁にあるカレンダーがいつの間にか4月に替わっている。このところ忙しかったのでうっかりしていて気が付かなかったけれど・・・(そりゃぁ、そうよね。今はサクラが満開に咲いているのだから・・)「ここは私だけの部屋だから誰も入って来ては駄目よ!」なんて、言えば言うほど入りたくなるのが人情というものであるらしく、部屋にこっそりと入って来て3月のカレンダーを4月に替えて行ったのが誰かなんていうことくらい、おおよその見当が付いているんだから・・・最も幼い身内の者が遊びにやって来ては勝手にパソコンを起動させてゲームなどして遊んでいることぐらい百も承知している。でも、カレンダーを新しい月のに替えてくれるとは何て親切で気が利いているんだろう。何だか、そろそろ眠くなってきたわ・・・それはそうとして、4月のカレンダーの絵の中の少女って何て素敵なのかしら!少女は後ろ向きに座っている。右の横顔をこちらに見せ、右腕を折り曲げてテーブルにひじを突いた姿勢で、左手は自分の腕からはずした時計を軽く持ったまま少しうつ伏せになって静かに目を閉じている。色白の顔とポニーテールに髪を高く束ねてくくってあるために、あらわになった細い首はとても華奢で如何にも少女特有の雰囲気が漂っている。耳には黒っぽい色のハート形のイヤリングをつけている。閉じた目元には長いまつ毛の先が少しカールしていて、高過ぎない恰好の良い鼻と可愛らしいイチゴのような小さな唇がほんのちょっぴり横から見えている。きっと、誰かを待っているのだろう。「ねえ!あなたはいったいそこで、何をしているの?」私は思い切って少女に話し掛けてみた。「え!私に話し掛けるあなたこそいったい誰?」少女は目を閉じて同じ姿勢をしたまゝそう言った。「私?私はこの部屋にずっと住んでいる者だけれど・・」「そうですか。じゃぁ、すみませんが暫くの間、そう・・4月の30日まで私をここにこのまゝ置いて頂きたいのですが、駄目でしょうか。是非ともお願いします。」「それは構いませんよ!遠慮しないで良いですから・・私はただあなたが誰かを待っておられる様子なので、ちょっと気になっただけなのですよ。」「そう、私はあなたの仰るとおり実は人を待っているのです。今か今かと時計を見ながら待っているのですが、その人がなかなか現れないので少し眠くなりました。でも、いつかきっと、その人が来てくれると信じていますので・・」「そう・・その人ってきっと、あなたの恋人のことでしょう。」「まぁ、あなたって私のことをどうしてそんなのによく知っているのですか!」「それはね!ずっと以前のことになりますが私も、あなたみたいに誰かをじっと待っていた時がありましたからねぇ・・それはそうと、少しお願いがあるのですが、あなたはとても綺麗な人のようなので、ちょっとこちらを振り向いてくれないでしょうか?」「そうですね!私も出来ればそうしたい気もしないではありませんが、やっぱりそれはお断りします。私はあの人がここに現われるまで、このまま、たとえ誰に声を掛けられたとしても、決して振り返ったりしないことに心を決めているのですから・・だから、このまま、そっとしておいて下さい!お願いします。」「判りました!私にはあなたの今の気持ちもよく判りますから。そのかわりあなたがそこにおられる間、良かったら今みたいにお喋りしたいのですが、かまいませんか?」「良いですとも!私だって退屈していることもありますので、ご遠慮なくどうぞ!4月の30日になったらお喋り出来なくなりますが、それでも構わないですね」「えぇ、構いませんとも!まぁ、私って何て幸せなの!こんな可愛い人とお友達になれて・・」その時、誰かが部屋をノックする音がした。「ねぇ!ねぇ!さっきから何を独り言ばかり言ってるの?」そう言いながら部屋に入って来たのは私の最も幼い身内の者であった。 (完)
2006年04月08日
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時計がぼぅん、ぼぅんと鳴っている。微かな優しい響き・・・友達の由梨絵が引越しをして行ってしまってから早いもので、もうかれこれ4,5年になる。由梨絵は主人を10年前に亡くしてからはずっと一人で暮らしていた。その主人という人は、大柄でどちらかと言えば朴訥(ぼくとつ)な感じのする顔立ちをしていたが、何でも活きている花が枯れない薬を発明している最中とかで、「主人は来る日も来る日もそのことばかりに熱中していて、今ではもう10年間も続いているわ!」と妻である由梨絵は時々言っていたのだったが、私はその話を聞く度に(人って見掛けによらないロマンチックなことをするものなんだなぁ・・)と心の中で思った。何しろ花の枯れない為の薬を作り出すためにはそれなりの実験を繰り返さなければならず、週の初めには花の卸し問屋まで車で出掛けて行って、それに使う1週間分の花をどっさりと購入して来るそうであった。「貴女のご主人はいったい何がきっかけになってそんな素敵なことを始められたの?」「それはね、いつだったか主人が病院に入院したことがあってね。その時に誰かが綺麗な花束を持ってお見舞いに来てくれて、それが始まりになったって訳なのよ。その花があんまり美しかったので、何とかして花が枯れない工夫が無いものかと考え始めたという次第なのよ。全然素敵なんかではないわよ!どんどんお金ばかり使って・・もう、殆どのお金は主人が使い果たしてしまって無くなってしまったんだから!でも、女遊びに使わないだけましかなぁ・・と思っているのよ。」こんな会話を由梨絵と私が出会う度に何度も繰り返していたような気がするが、時々「花が余りましたので・・」ということで「主人からです」と言って真紅の薔薇を何本も届けてくれることがあって、私としては随分嬉しかった。由梨絵は私よりも確か7,8歳年上であった。家が近所だったので、よく出会っては駅前のビルの中のレストランでお茶を飲むことがあった。私はそれまでわざわざ誰かと連れ立ってお茶を飲みに行くという経験は全く無かった。由梨絵に誘われて初めて行くようになったのであったが、その頃は主人が単身赴任をしていて淋しかったこともあって、それが自分にとって如何にも新鮮で素敵なことをしているように感じていたのだと思う。普段よりも少しだけお洒落な服装が出来るのも楽しかったし・・いつものように二人がレストランに行って寛いでいると、由梨絵が「ねぇ!ねぇ!ここの店長さんって、あの人なんだけど、ちょっと素敵じゃない?」と、楽しそうににこにこしながら私に向かって言った。「え!どの人?」「あの人よ!」由梨絵が目を向ける方を見ると、それらしく黒いスーツを着ている男の人がレジの所に立って何か用事をしている様子であった。「そうかな?別に普通の感じの人だと思うけれど・・」「私はとても素敵だと思うわ・・」由梨絵はうっとりとした視線でそちらの方ばかり眺めていた。それからというもの、由梨絵といったら、何かと言えばその人の話ばかりで終には夢にまで出て来るようになったらしかった。来る日も来る日もレストランばかりに付き添わされて、私は(これでは自分はまるで由梨絵の妹か、子分みたいだわ・・)と思ったが、その頃の私は他に友達もいなかったので断ることが出来なかった。由梨絵は終にその人に手紙を書いたらしく、或る日のこと、レストランを出る時レジの所で手渡していた。「まぁ、貴女って勇気があるのね!よくそんなことが出来るわ!もうそれ以上は止めておかないとね!貴女だいぶ変になっているわよ!」「変でも構わないから、ほっといて!」或る日、由梨絵はにこにこと最高に嬉しそうな顔をして私に言った。「あのね!私達ついに出会ったのよ!私、彼と一緒に京都に行ってきたわ。それで思いっ切りご馳走してあげたのよ!京都の道を一緒に歩いて来たんだからぁ・・!」「まぁ、そうなの・・それでそんなに嬉しそうなのね!」それからというものは由梨絵の行動がますます過激になって行った。いくら私が忠告しても聞く耳を持たなかった。レストランに行く度に目立つようなことを平気でするようになり私をはらはらさせた。そんな時、思いがけず店長さんが転勤することになったのだった。由梨絵の驚き、慌て方は一通りではなく、見ていて哀れなくらいであったが、どうにも助けてあげようが無かった。ただ、傍に付いてじっと、見ていたに過ぎなかった。そんな矢先に由梨絵の主人が突然亡くなったのだった。狭心症とかで・・・その後、たった、一人で住んでいても「私はちっとも淋しくなんかないわ。」と言って(強いんだなぁ)と私を感心させていたが、そうかと思えば、「私ね、時々記憶が途切れて、後から自分がいったい何をしていたのか全く記憶が無いような時間帯があるのよ」なんて、そんなことも言ったりしていいた。遠くにいる息子さんが「このまま一人でいては心配だから・・」と何度も言って来たので、ついに決心をして、家財道具を殆ど始末して、身軽になって引っ越して行ってしまった。壁時計を「記念に・・」と私に置いて行ってくれた。「時計が鳴る度にきっと私のことを思い出してくれるわね。」とも言っていた。 完
2006年04月06日
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夜中の3時に目が覚めたので、パソコンに向かっていつもの様に短い物語を書き始めた。思いの外に時間がかかり、いつの間にか夜が明けて朝になってしまった。6時頃にようやく出来上がったので「登録する」をクリックした。いつもの様に「登録完了しました」と出てきて、自分の書いた原稿の全体が表示されほっとした。次に「自分のページを見る」というのをクリックしたが、意外なことに新しく書いたページはどこにも見当たらず相変わらず古いトップページのままであった。驚いてあちこちクリックして見たが、書いた下書きも嘘のように消えてしまっていた。(ショック!)暫く呆然としていた。家族に話すと「保存をしてから登録しなかったアンタがうかつだっただけだよ」と言われて(それもそうだな・・)と思った。(自分で書いた文章なんだから・・)ともう一度気を取り直して、少しずつ思い出しながら再度挑戦した。結局、午後の1時までかかってやっと復活させることが出来たのが「引き籠り」という題の「短い物語」であった。(あぁ、しんどかった!でも、よかった!また一つ賢くなれたから・・)お蔭で、今までブログに書いた自分の文章を全部DVDに保存も出来たし・・そういう次第で、だいぶ疲れていたのか、ここ暫くぼぅ・・とした状態が続いていたが、春には毎度のことなので、まぁ仕方ないが・・・しかし、こうはしていられない!桜がどのくらい咲いたか早く見に行かないと!また、お天気が崩れたら行けなくなるし・・何しろ、ずっと楽しみに待っていたんだから・・ ♪(゚▽^*)ノ⌒☆
2006年04月04日
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部屋の隅の飾り棚の上に置いてある三角の形をした細長いビンに午後の薄い光が射して、まるで仄かに明かりが灯ったようにこちらから見えている。綺麗な緑色をした藻がいつの間にか増え拡がって、ビンの上の方の3分の1ぐらいを占領しているが、肝心の魚の姿は見えない。本当なら薄暗い藻の隙間を自由自在に銀色の鱗を光らせ、体をくねらせながら1尾の小さな魚が泳ぎ廻っている筈なのであるが・・・実は最初、魚は2尾いたのだった。魚が何という名前であるのかは知らない。或いは「めだか」かもしれないが、「めだか」が一体どんな姿をしているのか知らないので、はっきりとしたことは判らない。しかし、そんなことはこの際、どちらでも良いことである。もう、かれこれ4年ぐらい前のことになるだろう。その頃は自分が生まれてからこの方、一度たりとも経験したことも無いような辛い日々が続いていた。もう、今ではすでに済んでしまったことなので、思い出したくもないが・・いっそ、その頃の全ての記憶を綺麗に消し去ってしまいたいと思うほどである。「忘れる」ということが、人間にとってマイナスにだけなるものでは無いことを、私はそのことがあって初めて本当に判ったような気がする。もしも、人間の脳が「忘れる」ということをしなかったとしたら、恐らく誰にとっても人生を長く行き続けることは不可能であるに違いない。或る日、裁判所からの帰り道、電車に乗るために駅前にあるスーパーの中を通り過ぎて行く途中、花屋の店頭でふと、それが並んで売られているのを見付けたのだった。ジャムの入れ物くらいの大きさの透明なビンの中をよく注意して見なければ見えない程、微かで儚げな生き物が泳ぎ廻っていた。「まぁ!可愛い!何て素敵!」私はその時一もニもなく、即座にその生き物を買う決心をしてしまった。今から思えばきっとその時、何か可愛いものでも買わなければ、どうしても前に進んで行けないような心の状態になっていたのだろう。1尾だけならば淋しいだろうと思って、2尾を買って同じ入れ物の中に一緒に入れて貰って持って帰って来た。新しい住まいとして与えられた透明のガラス瓶の中で、2尾の魚達はどちらも元気にいきいきと幸せそうに泳ぎ廻っていた。「めだかの餌」を買って来て、一つまみ入れてあげると、どちらもパクパクとよく食べて食欲も旺盛であった。透き通るような流線型の銀色の体側には、じっとよく見ると、まるで童話の国に出て来る海みたいな青い色の線が描かれてあって、小さいながらもどちらも実にスマートで綺麗な姿なので、幾ら見ていても飽きなかった。ところが間もなく意外なことが起きた。大きい方の魚が小さい方の魚をいじめ始めたのである。初めはただ、からかって遊んでいるだけかと思っていたが、よく見ていると餌をあげる度に、大きい方の魚は小さい方の魚にどうしても食べさせたくないと思っている風で、何度も突進して行っては小さな魚の体を突付きまわして明らかに嫌がらせをしているのが判った。小さな魚はただ、ただ逃げ回るばかりであったが、終にはビンの底の隅にうずくまったまま、じっと我慢をしているという風で、後から大きな方の食べ残したのをこっそりと食べなければならない状態であった。私は大きい方の魚が憎らしくなって、ビンの外側をコツコツと爪で弾いては何とか、いじめを阻止しょうとしたのであったが、効果は全く無く、ずっと毎日当たり前のようにいじめは続いた。「どうしてもっと優しくしてあげられないの?人間という生き物なら喧嘩もよくするし、戦争もよくするけれど、あなた達までがそんな風だなんて困ったものね・・」ところが、間もなくまた意外なことが起きた。或る朝、大きい方の魚が死んで水面に浮き上がっていることに気が付いたのである。原因はいったい何なのか判らない。思い掛けない突然の出来事だった。(意地悪ばかりしていたから当然の成り行きだわ・・)と思ったが、死んだとなると、例えそうであってもやはり可哀想で、涙が出た。それから以後、小さい魚はビンの中でたった1尾で暮らして行かなければならなくなったが、淋しそうな素振りも見せず、毎日悠々とあちこち泳ぎ廻って幸せそうだった。時々水を入れ替えたり、ビンの内側に生えた苔を拭き取ったりして掃除をしてあげることがあっても、決して人間の私には馴染もうとはしないので、(このお魚はどこまでも野生のままでいたいのだなぁ・・)と思っていた。ひと月ほど前ぐらいから急に寒さが厳しくなるにつれて、次第に魚はビンの底の方ばかりで過ごすことが多くなって餌をあげても興味も示さず上に上がって来ようともしなかった。終に、どこに行ったのか姿が見えないようになってしまって、私をとても慌てさせた。(いったいどこにいるのかしら?)と、ビンの中を注意深くよく探して見ると、何と底に敷いてある砂利の中に潜り込んで隠れているではないか!(昨年も一昨年も冬眠なんかしたことがなかったのに、この冬に限って一体どういうことなの?)と思ったが、(まぁ、無事に生きていたので良かったわ!)といったんは胸を撫で下ろした。ビンの外側をコツコツと爪で弾くと、ピクピクと微かに体を震わせていた。しかし、もし仮に自分の命の最期が近付いていることを知っていて、このまま誰にも最期を見られないようにと思っているのだとしたら・・最期まで妥協などしないで野生のままで自分の命を終えようという意志があるのだとすれば、(何と潔い生き方だろう!立派だ!)と感心する。だからこそ、幾ら小さな生き物だからと言って、決して侮ったりなんかしてはならないと思う。それに較べると私なんて・・実は私って2.3日前から自分の部屋に引き籠りをしている最中なのである。人間というものにすっかり失望したという至って月並みな理由で・・失望したのは他の人達だけのことではなく、自分自身もその中に含まれていることを忘れてはならない。もしかすると、むしろ私は他の誰よりも自分自身に失望したのかもしれない。日常生活をあまり頑張り過ぎていたので、疲れたのかもしれない。風邪も引いていたし、食欲が湧かずそれで食べられなかったのかもしれない。道理で少しずつ空腹になってきたような気がする。「そろそろ起きたらどうなんや!今晩は食事の用意出来るのんか!」ドアーの向こうから誰かが大声で叫んでいる。「はぁい、そろそろ起きようと思っているところです!」ビンの中にいたお魚達のように、最期まで誰とも妥協しないで生きる潔い勇気など全くない自分である以上は、やっぱり隣人とは仲良くした方が良いに決まっていますものね。そんなこと、当たり前ですね。 (了)
2006年04月01日
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