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アレマンドは無伴奏チェロ組曲第6番のプレリュードと5曲の舞曲の中で、ただ音をなぞるだけなら一番易しいと思う。重音や超高音域は比較的少ない。ただ、譜割りが細かいのでそれを理解するのに時間がかかる。 バッハの作品にアレマンドはたくさん登場するが、あまり統一した雰囲気をつかめないでいる。「饒舌」というキーワードを思いつくぐらいだ。細かい音が続く。バッハの他の無伴奏チェロ組曲にもアレマンドはあるが、6番がテンポとして一番遅いかもしれない。遅い曲として感じられる。 このアレマンドは骨格部分と絶え間ないおしゃべりの部分を弾き分ける必要があると思う。骨格部分の強拍は時間を使うべきだろうが、それだけでなく音色の設計をしっかり考える必要がある。深々と鳴る低音と、弱奏だが楽器全体が鳴る低音とを使い分けたり、左の力を抜いてかすれ気味に弾いたりしたくなる。音色を使い分け、音の長さを不均等に(イネガル)割り振りながら、4拍子に聞こえるように弾くのはなかなか難しい。 毎日6番を全曲通して弾くようにしているが、アレマンドが一番気持ちよく弾けておだやかな気分になる。
2010.01.31
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チェロのレッスンに行き、レッスンの前に先生にお願いしてカンタータ70番のアルトのアリアをつきあってもらった。この曲は5月のカンタータの演奏会で弾く曲で、アルトのアリアは器楽がオブリガートチェロ+通奏低音のみだ。このオブリガートチェロを弾くことになるが、通奏低音(オルガン+コントラバス)のコントラバスは団内にいないから、プロをよんでくることになる。ほとんど全員そろっての練習はできないと思われるので自分で手当てしておく必要がある。とりあえず息子にヴィオラでアルトパートを弾いてもらって様子をつかんだが、通奏低音との関係をつかむために先生に付き合ってもらった。私はいつも通奏低音を担当しているので、こういう機会はめったにない。 この先生はソロも良いが室内楽でも活躍している。全体をきっちりと把握する室内楽奏者だと思う。その先生と初めて二重奏を弾いたわけだが、とても安心して弾くことが出来た。この曲の場合、支えるのは先生の弾くコントラバスパートで、私が弾くオブリガートチェロはその支えの中でアルトと絡む。先生の支え方は支えられている安心感と、どのように弾いても許されるという自由な感覚とを与えてくれる。通奏低音はかくありたい。
2010.01.30
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入学試験は受験生にとってプレッシャーのかかるイベントだが、学校にとっても重要な行事だ。どんな学生を入学させるかで、その学校の将来が決まる。中学や高校の場合大学受験に強い学校が評価され人気が高くなるが、大学受験に強いのはその学校の教育の仕方が優れているという要因より、優秀な生徒が入ってくるという要因の方が大きいと思う。素晴らしい教師陣とカリキュラムを持っていても、勉強をする気のない生徒ばかり入ってきたらどうしようもない。できる生徒は放って置いても自分で何とかする。「玉磨かざれば光なし」というが、「瓦は磨いても光らない」も真実だ。大学受験に強い高校には優秀な生徒が入って来るから、大学受験でも良い結果を残すようになるという循環になるが、高校の評価が下がると入ってくる生徒の質が落ちるから、大学受験の成果も急落する。 昔は違ったのかもしれないが、今では大学の評価は就職に強いかどうかで決まるだろう。医学部の人気が高いのは、医者になれば食えると思われているからだろう。それ以外にも通学の便とか、学費とか、漠としたイメージの良さとかも加味されて、大学の人気が決まる。大学にとって、質の高い受験生がたくさん受験してくれるかどうかは死活問題だ。受験者数が入学定員に満たなかったりしたら、もうその大学に未来はない。私の職場の大学でも医師になれない学生が一定の割合で存在する。なんとかこういう学生を入学させないような入試制度にするように考えて工夫をこらしているのだが、相変わらず瓦のような学生が入学してくるのを排除できない。難しいものだ。
2010.01.27
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バッハの無伴奏チェロ組曲は6曲あり、それぞれが6曲(6楽章?)からなる。5番は変則調弦(スコルダトゥーラ)(1番線を通常のAではなくGに落として調弦する)だから、変則調弦の難しさか、通常調弦で弾き楽器がマッチしていない難しさのどちらかを受け入れることになる。6番は5弦の楽器のために書かれているから難しい。そのように言われてきたし、そうなんだろうと思ってきたのだが、実際に6番を練習していると、一本弦が足りないから難しいという箇所は限られている。他にも難しい理由がたくさんある。 たとえばクーラントはとても難しいのだが、この曲はそんなに高い音程もないし、重音もほとんど出てこない。ごく普通のバッハの舞曲なのだが動きは速いし、移弦も難しいし、フレーズの設計もトリッキーでなかなかちゃんと弾けない。 そこで1番から4番までの無伴奏チェロ組曲を思い出してみると、同じように難しい。なんらかのものすごく難しい問題がどの曲にも存在する。4番までは子供の頃レッスンで習ったから、一応勉強済みという扱いにしていたが、どの舞曲もプレリュードもまともには弾けないと思う。6番の難しさと正面から向き合って初めて、バッハはどれも難しいことを思い出した。 5弦の楽器に書かれている6番だから難しいのではなく、バッハだから難しいのだ。
2010.01.25
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論理的な内容を相手に伝えるように話すのは難しい。会話に出てくる単語の定義を相手と共有していないことが多く、その単語の説明を挿入せざるを得なくなる。メインの文脈から一歩迂回して単語の説明に入っているということを相手に意識させつておき、あとでメインに戻ったときにそれに気づいてもらわなければならない。その構造が伝わっていないと何をしゃべっているのだかわからなくなる。 その会話が論理的な内容でなく、友好の確認が目的ならそういうことを考える必要はない。説明から元のメインに戻らず、話題がどこかへ彷徨っていっても何の問題もない。 音楽を演奏したり聴いたりするとき、ベートーヴェン、ブラームス、モーツァルトは論理的な内容を持っていると感じる。骨格となるメインの文脈を常に意識し、それを修飾する部分と区別しておくというのが大事だと思う。 それがロマン派の途中から、骨格はどうでもよく、修飾の方に作曲家が重きを置いたと思われる曲が増えてくるように感じる。全体の構造より細部のお飾りに本質がある。それが嫌いというわけではないのだが、お飾りは綺麗でなければ意味がない。傷だらけの装飾など見たくもない。ミスがつきもののアマチュアとしては、そういう音楽を他人に聴かせるのは気が重い。
2010.01.24
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ヒトは視覚優先の生き物だから、ヒト同士の個体識別は目で見た情報を最大限活用して行っていると思う。聴覚で声を識別したり、嗅覚で体臭を区別したりということが無いわけではないが、まず見た目で個体識別しているだろう。 どこかの島の海鳥の巨大営巣場所の映像などを見ると、たくさんの雌鳥が同じような巣を一面に作っていて、それぞれがつがいとなる雄鳥を持っている。鳥同士は自分のペアを識別しているらしいが、私には全く区別が付かない。人間の目には同じように見えていてもその種の鳥の目からは大違いで簡単に識別できるという可能性もあるが、たぶん違う特徴で識別しているのだと思う。たとえば、鳴き方に一羽ごとに違うとか、匂いが微妙に異なるとか。 そういえば、多くの動物の鼻腔には我々には無い「ヤコブソン器官(鋤鼻器官)」という感覚器がある。人間には無いから、それがどのような感覚をもたらすか実感できないけれど、どうやらフェロモンの受容らしい。フェロモンは同種の異性間の匂い信号物質だから、こういう器官で自分のペアを識別しているのかもしれない。 鳥類はほ乳類より、色を識別する網膜の錐状体細胞の種類が多い。ほ乳類は中生代に夜行性動物として出現したので、暗闇で働かない錐状体細胞は退化した歴史がある。鳥類は中生代の勝者である恐竜の子孫だから昼間に活動し続けており、色覚は重要だった。鳥類には我々には見えない微妙な色の違いを見分けられるかもしれず、この能力も個体識別に役立っているのかもしれない。
2010.01.23
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今年チームを移ったルーベンス・バリチェロというF1ドライバーは移籍先のチームのメンバーの名前を三日間かけておぼえたという。私も講義実習のために学生の名前をおぼえる。全員を覚えるのが望ましいが、百人を超える学生全員は難しいので、優先順位をつけておぼえる。 学生の多くはまだ精神が子供だから、授業中抜け出したり私語をしたり内職をしたり携帯電話をいじったりヘッドフォンで何かを聴いたりする。これを授業しながら注意してやめさせる必要があり、その時は学生の名前を呼んで注意しなければ効果がない。全員に向かって「静かにしなさい」と言ってもだめで、「鳩山君、小沢君とおしゃべりするのをやめなさい」と言う必要がある。他の授業の試験に不合格になっている学生や実習中発見した勉強していない学生をリストにして、集中的に名前を覚える。講義室で後ろの方の席を好む学生は授業を聞かない傾向があるので、そういう学生の名前をおぼえる。国立大学で教えていたときはあまり意識しなかったが、私立大学では学生に勉強させ、なるべく留年せず卒業させ、医師国家試験に合格させることを優先している。そうしないと良い学生が集まらなくなり大学が立ちゆかなくなる。 サル学はたぶん京都大学の研究グループが世界をリードしていたと思うが、彼らの研究法の基本は、研究対象の群れに属しているすべてのサルを個体識別することにあったという。すべてのサルに名前をつけ、特徴と結びつけて名前を覚える。これによって、個々のサルの行動範囲とか、どのサルと一緒にいるとか、特定の行動をするサルとしないサルの区別とかが明らかになり、多くの知見が得られた。 人間はヒトの顔を識別するのは得意だが動物は難しい。かなりの努力をしないとサルを個体識別するのは難しいと思うので、この研究グループの研究者は凄いと思う。サルはサル同士で個体識別するのは得意なのだろう。我が家のネコはアメリカン・ショートヘアだ。他のアメリカン・ショートヘアも柄は一緒だが、しばらく観察すれば我が家のネコと区別がつくような気がするが結構難しいだろう。これが実験に使うラット、マウス、モルモットだと、ほとんど不可能だと思う。ラット同士は個体識別できるのだろうか?巨大な群れを作る渡り鳥は?
2010.01.22
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今、学生の解剖実習が進行中だ。学生は初めてだし内容は多いから時間内には終わらない。以前勤めていた国立大学では、適当な時間を設定して、その時間にはなんとしても終わらせるように恫喝して学生を追い出していたが、今の大学では基本的に終わるまでつきあう。医者になる訓練の一環だと考えるなら、制限時間内にやらなければならないことを完了するようにトレーニングした方が良いように思うのだが、この大学に移籍する交渉をしていたとき、こちらのボスの出した条件にこのことがあったので、のんびりと付き合っている。私の出した条件は平日でも音楽のために休むことがあるというものだった。この代償なら年に15日くらい遅くなるのは十分我慢できる。 家では隣家への迷惑を考えて夜8時までで楽器演奏をやめているから、実習の日は練習できない。おさらい会が近いので毎日練習したいのだがやむをえない。考えてみれば平日に毎日練習できる人の方が恵まれているというべきだろう。 実習中でも学生によばれて質問に答えたりしていない空き時間は時々あるので、そういう時間に頭の中でバッハの無伴奏チェロ組曲6番を鳴らして(全部暗譜している)、解釈をチェックしたりしている。
2010.01.21
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真鍮製のカンナが美しいからというわけではないが、真鍮製の自転車用のベルを買った。自転車にベルは必需品だ。横一列に道路全体に広がって走ってくるおばさんたちは自転車に乗ったまま横を向いておしゃべりにはげんでいるから、正面衝突の危険がある。ベルを鳴らしてこちらを向いてもらわなければならない。ハンドルの上に漫画本を乗せて、漫画を見ながら走ってくる高校生にもこちらを見てもらわなければならない。 今、ロードレーサーとモールトンの2台の自転車を持っている。通勤はロードレーサーだが、休日に散歩がてら新しい場所への行き方などを考えるのにモールトンを使う。モールトンの方がずっと重いがギア比の関係で急坂も上れる。ロードレーサーには左のアルミ製のベルを付けていて、特に問題はなかった。モールトンにはちゃちなベルが最初からついていて、そのうち替えようと思っていたので、今回ブレーキシューや冬服と一緒に通信販売で買った。慣れているのでこの形式のベルが良いのだが、材質をアルミではなく真鍮にしてみた。 金管楽器は真鍮製だから真鍮製のベルの方が音が良いという話を聞いたような気がするし、アルミより真鍮の方が輝きが綺麗だ。早速ロードレーサーのアルミのベルを外し、真鍮製を付けてみた。ロードレーサーに付けると真鍮の色が自転車に合わない。妙に浮いてしまう。ハンドルのステムがアルミ合金なので、アルミ製のベルの方が色が合う。これは失敗したかと思ったが家で鳴らしてみると音は綺麗だ。少し音程が高いし響きに雑音成分が少ない。 早速通勤に使ってみた。あまりベルを鳴らすのは好きではないが、女子中学生が3人横一線に広がって横を見ながらおしゃべりしてこちらに向かって来る。もうブレーキをかけなければならないタイミングでベルを鳴らしてみた。ところが、音が弱い。大声でおしゃべりをしている彼女たちに聞こえない。 あとで人のいないところで鳴らしてみたら、アルミ製よりずっと音量が少ない。静かなベルなのだ。これでは警報の道具としては危ない。金管楽器を真鍮で作るのは、叩いて曲げたり伸ばしたりする加工がやりやすいからだろうが、あれでもアルミで作るより音が弱いからなのだろうか?アルミで作ったらうるさくて周囲が迷惑するとか。 帰宅してもとのアルミ製にもどし、真鍮のベルはモールトンに付けた。モールトンはスピードもロードレーサーよりは遅いし、音量が無くても大丈夫だろう。これまでついていたちゃちなベルよりはちゃんとした音だし。モールトンのフレームの黄色(キャメルイエロー)は真鍮の色と違和感がない。
2010.01.20
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初めてパソコンを買ったのが1985年、自作パソコンを使い始めたのが1995年でそれからはノートパソコン以外は自作だ。自作パソコンを使う理由は安いからではない。今では作るより完成品を買った方が安い。windows単体が高いから、自作は割高になる。自作にした最大の理由は修理が簡単で速いことだ。壊れたパーツを特定し、そのパーツを交換して必要なソフトをインストールし直せばよい。買ったパソコンを修理に出すと数日間帰ってこない。その間非常に困る。 自作だと余計な物がついてこないのも良い。おまけでついてくるソフトや、最低グレードのキーボード・マウスなど使う気がしない。キーボードはずっと、マイクロソフト・ナチュラルキーボードという、手首の関節に負担のかからないキーボードを愛用している。キー配列がハの字に開いているから両手首をまっすぐに伸ばしたままブラインドタッチで打てる。 ところが最近では様子が変わってきて、自作のメリットは大分無くなってきたと感じる。オンライン・ストレージが発達してきたから、自分が作ったファイルをインターネット上に置いている。パソコンが安くなったから周囲にたくさんあり、どのパソコンからでも自分のファイルにアクセスできるから、メインマシンの重要性が相対的に小さくなっている。1週間くらい修理に出ていても痛痒を感じないようになっている。 Vistaと7 ではwindowsからアプリケーションまで完全にバックアップが出来る。これはHDDのクラッシュに対しては完璧で、HDDを交換して修復すれば完全に元に戻る。しかし、自作PCでマザーボードが壊れた場合はどうだろう?マザーボードを交換して元のHDDからそのまま起動したらだめなような気がする。全く同じマザーボードに交換すれば大丈夫だと思うが、作ってから数年経って同じマザーボードが入手できるとは思えない。マザーボードを交換した場合、新品のHDDにまずwindowsをインストールして、すべてのアプリケーションを入れていくしかないだろう。この点、メーカー製の完成品なら修理に出せばもとのマザーボードと同じだろうから、windowsの完全バックアップで修復できるだろう。 今のところ自作が快調に動いているから買い換える気はないが、次はどうするかわからないという気分だ。また、私が面倒を見てやっている家族や親戚のパソコンも、メインテナンスしやすいので私の自作なのだが、これからは注文で直販のデルとかエプソン・ダイレクトなどに切り替えさせた方が良いかもしれない。こういうところならキーボード・マウスは不要といって注文できそうだし。
2010.01.19
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模型製作の世界で「金属製」という言葉は重い。プラスチック製のパーツより金属製のパーツの方が偉い。鉄道模型で客車など紙と木でもそれらしく作ることが出来るが、HOゲージの真鍮製のキットにはそそられる。金属加工はハンドツールだとものすごい体力が必要で子供には無理で、それだからこそ金属加工用の工作機械にあこがれる。いつか旋盤とフライス盤を買ってライブスティーム(本当にお湯を沸かした蒸気で走らせる蒸気機関車の模型)を作りたいと夢見たものだ。カメラでも、外装が全部金属製のずっしりと重いカメラというのは手触りがよい。 今回ドイツから届いたカンナは本体が真鍮製(刃はさすがに鋼鉄製)で、実に良い形をしている。机の上に置いて眺めているだけでも楽しい。刃の上の円盤はねじになっていて、このねじによって刃を固定する。刃がカンナの底面からどのくらい突き出すかは木を削りながら微調整しなければならず、ゆるめに固定しておいて小さな金槌で刃の背中を叩いて出したり、カンナ本体のどこかを叩いて引っ込めたりすることになる。この形からすると引っ込めるときには円盤の部分を叩くことになりそうだ。なるべく綺麗なままに使いたいが、円盤の部分に傷が付くのは避けがたいだろう。今のうちに写真をとっておくことにした。 同封されていた書類によると、一緒に注文したこのカンナ用の櫛刃の発送予定は4月7日(7月4日ではなさそうだ)になっている。大分待たされるが仕方がない。
2010.01.18
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プラモデルは買ったらすぐに作り始めないと永遠に作らなくなるように、通信販売で買ったものもすぐに使わないと気合いが削がれる。自転車のブレーキはすぐに交換した。ブレーキシューの厚みを1ミリ増やしたと書いてあったが、確かにそうで、新しいシューに替えたらいつもブレーキが効いている状態になってしまった。13年前にこの自転車を作ったときに付いてきた、ブレーキのマニュアルを念のために読んでからブレーキ調整をした。一緒に届いた自転車用の冬服と靴下を身につけて早速通勤に使った。 このデュラエースのブレーキ(BT-7700)を13年前に初めて使ったときそのタッチの良さに感動したものだが、今回シューを交換してみてその感動を思い出した。やはりシューが減ってゴムが固くなってタッチが悪くなっていたのだ。軽く制動をかけたときから車輪がロックするところまで思いのままの強度でブレーキがかかる。分厚い手袋の上からブレーキレバーを操作しているが、どのくらいの強度でかかっているかがよくわかる。にんまりとしてしまう気持ちよさだ。 同じ日に届いた西洋カンナは実に美しく、飾っておきたいくらいのものだ。まず刃を綺麗に研いでから使ってみよう。
2010.01.17
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英語は中学の時から一貫して一番嫌いな科目だったが、英語無しでは困ることが多いので嫌々ながら勉強してきた。膨大な数の英単語を覚えてきたが、知らない単語、知らない用法は数限りなく出てくる。新しい製品や技術は毎日生み出されているから、英語の新しい単語や用法も日々増えてくる。それらが辞書に書き込まれるようになるのはずいぶん後のことだから、普通の方法では理解することが難しい。本質的な語源のイメージをうまくつかむことが出来た単語だと、新しい用例に出くわしても対処できるが、それが無いと辞書にも載っていないからわからない。イギリスにいたときはイギリス人の友人にきけば説明してもらえたが日本にいるとそういうこともなく苦労する。仕事で読む論文は、専門用語が全部頭に入っているから、なじみのない英語の表現が出てきても類推できるが、楽器製作の本や自動車の本(ロータスエリーゼの開発ストーリーとか)だとわからないことが多い。 ハブ空港、という言葉を初めて聞いたとき、最初から理解できたのは自転車の部品名を正しく知っていたからだ。車軸の中央に位置する部品がハブで、そこからスポークという針金が放射状に伸びていきタイヤと接している金属部分であるリムとつながる。あのハブだな、ということで類推が着いた。 上の息子が、アメリカに自分の演奏を録画したDVDを製作して送らなければならない状況が生じて、ビデオカメラやPCを使って作業をしている。その製作ガイドに次のような文章がある。Label the discs and spines of ALL cases with your name and instrument using a permanent marker (even if the spine is narrow).息子が、このspineってなんだ?と聞いてきた。息子は音楽大学に行ったから勉強などしておらず、私に輪をかけて英語音痴だ。 私の知るspineは解剖学用語だ。背骨をspineとよぶし、背骨の真ん中にある突起もspinal process(日本語では棘突起キョクトッキ)。また、肩の土台になる肩甲骨から後方に向かって突出する長い出っ張りもspine だ。日本語では肩甲棘ケンコウキョク。それとDVDのケースのspine の関係を類推するに、たぶんディスクのプラスチックケースの厚みの部分だろう。たぶん、本の背表紙もspineとよばれるのではないか、と思って辞書を引いてみたらそうだった。私の持っている英和辞典は1990年に買ったものだから、DVDが出現する以前だ。絶対にDVDのプラスチックケースの厚みの部分、ここに内容の短い説明(映画のタイトルなど)が書かれる、などと出ているわけがない。
2010.01.16
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最近、店で物を買うことが本当に少なくなった。近くの駅に出来た大型商業施設に興味のある店はほとんどないし、大阪梅田に行っても見に行きたい店はない。ショッピングセンターはほとんどが女性のための店だし、たまに見かける趣味に関わる店も品揃えは初心者対象だ。たとえばスポーツ自転車の専門店に行ったところで、私の自転車に使うチューブラータイヤを在庫している店はショッピングセンターには無い。マニアックな商品を在庫して小売店は、専門性の高い店主がやっている昔からある店だけで、そういう店は年をとった店主が引退すると共に消滅し、どんどん数が減っている。 インターネット経由の通信販売が発達して小売店は大打撃を受けていると思うが、買う側としては通信販売の方がはるかに利点が多い。以前は店に出かけていき商品を実際に見ているうちに欲しくなり、それから金を貯めて半年後に買うなどということがあったが、小売店はいつ売れるかわからない高級品を在庫しておく余裕がないのか、置いてある物は安物ばかりになっているように思う。店に行っても実物を見ることが出来ないのなら、通信販売で買う方が簡単だ。私が道楽関係で欲しくなる物はすべてマニアックなものばかりだから、通信販売しかない。 外国から直接通信販売で買うのも簡単なので、もう国境も意識せずに買う。これによって、以前より商品の選択の幅が広がり、世界中から自分の欲しい物を買うことが出来るようになった。 昨日、帰宅したら二つ箱が届いていた。一つは自転車の通信販売の店からで、自転車用の冬服とブレーキシューが入っていて、もう一つはドイツの工具ショップからで、チェロ用の魂柱立てと小さなカンナだ。カンナは櫛刃(Toothed Blades for Finger Planes, arched sole)も一緒に注文したのだが、在庫が無いらしく後から届くらしい。箱を開けながら、もし、インターネットの通信販売がなかったら、ここにある商品を買い揃えるためにどれほどの手間がかかっただろう、と思った。
2010.01.15
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Windows のシステムイメージの保存を行う意味は、windows の自分好みの設定、アプリケーションソフトのインストールと設定、周辺機器のドライバ、ネットワークの設定を、PCのHDDがクラッシュしてもやり直さなくて良いというところにある。職場のPCにインストールするアプリケーションの数は少ないが、もし新品のHDDに交換してwindowsのインストールから始めたとしたら使い物になるまでに1日はかかるだろう。保存しておいたシステムイメージから復元すればはるかに簡単にもとに戻る。壁紙までもとのままになるので、自分のPCそのものという気分になれる。 自分が作ったファイルとかメールの記録もシステムイメージで保存されるが、こちらは違う手段でも保存している。windowsのバックアップはスケジュール化して、月に一度くらいの頻度でやっているが、ファイルやメールは更新速度が速いからこれではクラッシュしたときに不便だ。メールはG mailにしているからローカルのPCが壊れても心配はない。メールの保存には知恵を絞ってきたが、G mail にしてから気にする必要はなくなった。ファイルは昔読んだ、野口悠紀雄氏の「超整理法」を参考にしてNoguchiというフォルダ内に毎月新しいフォルダ(今なら1001というフォルダ)を作り、その月に作ったファイルはすべてそのフォルダに入れるという方法で整理している。 インターネット上の無料のストレイジであるdropbox(2GBまで無料)の使用法をいろいろ考えて、今は月ごとのフォルダの最新のもの数個と「更新中」というフォルダを dorpbox 上に置いている。新しい月に入ると前月のフォルダを職場と家のPCのNoguchiフォルダにコピーする。こうやっておけば、自分が作ったファイルの古いものは2台のローカルPCとwindowsバックアップにあり、新しいものはインターネット上にあるので安全だと思う。
2010.01.14
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Windows Vista は実に評判が悪く、ほめている人に会ったことがないくらいだが、私はWindows Comlete PCバックアップ機能のお世話になったので、上位機種だけとはいえこの機能を持つようになったVista を評価していた。Windows7はHome Premiumでもこの機能がついているので、高いエディションを買う必要はない。Windows7に替えてからだいぶ経つから、バックアップを取っておくことにした。 バックアップはHDDに取る。古いSATAでない規格のHDDがあるから、これにSATAへの変換アダプタをつけて取る。Vistaの時にスレイブで使っていたHDDをそのまま使って「ファイルのバックアップと復元」から「今すぐバックアップ」選んで実行するのだが1時間以上経ったところでエラーが出てバックアップができなかったと言ってくる。USB接続のHDDにバックアップを取ろうとすると、「システムイメージを含める」にチェックが付かない。 自分の作ったファイルを納めているフォルダは簡単にバックアップが取れるようにしてあるから、Windows にバックアップを取って欲しいのはシステムイメージの方だ。これさえあれば、HDDを交換してもすぐに元通りの環境に戻る。ソフトをインストールしたり設定をいじったりしないですむ。PCのエラー、トラブルはまともなロジックで克服できたことはない。わからないけれどいろいろいじっているとうまくいった、ということばかりだ。今回は、バックアップの保存先のHDDを一度領域を開放し、もう一度全体を一つのボリュームで確保してクイックフォーマットしてみたら、何事もなくシステムイメージの作成ができた。 Windows7のバックアップには「システムイメージの作成」と「バックアップ」がある。バックアップにもシステムイメージを含めることができるから同じような気がする。両方やってみると、保存先のHDDには別のファイルが出来ている。バックアップの方は定期的に、自動でバックアップを取れるところが違うようだ。変更のないファイルはいじらない「差分」だけができるようだから、2度目からは速い。たぶん、こちらの方が使いやすいのだろう。
2010.01.13
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行ったことのない場所に行くときは地図を調べ、分岐点の目標などを頭に入れてでかける。歩きでも車でも同じだが、初めて行くときは遠く感じるし到着までの時間を長く感じる。車で、この目標まで3キロなどと思いながら走るとずいぶん長い時間走ったような気がする。その場所にしばしば行くようになると、近く感じるようになるし着くまでの時間も短く感じるようになる。行き慣れてくると、家から目的地までの全体の地図が頭に浮かび、その地図のこの辺を今走っているという意識があるから、全行程にかかる時間と現地点からの残り時間との関係が正確に予想できるせいのように思う。初めての時は、これから何が起こるかわからないので予想が難しい。 音楽も同じで、新しく練習を始めたときは曲を長く感じるが練習が進むと短く感じるようになる。こちらは現実に弾くテンポが上がってくるから演奏時間が短くなっているが、それだけではない。最初のうちはこの先がどうなっているかわからないから、音符をにらみつけて今弾いている場所に集中している。巻物を繰りながら読んでいるようなものだ。わかってくると今音楽がどこへ向かっているのか、全体の中のどういう要素なのかを意識している。全体像の理解が曲を短く感じさせているように思う。最初はその楽章の構造、たとえばソナタ形式の展開部のこの要素、という意識が出来るが、そのうち全楽章の構造のここ、という意識まで拡張され、全体の演奏時間のうちこの辺まで来ているという感覚になっていると思う。
2010.01.12
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ここ数年続いている弦楽四重奏団は、モーツァルトの後期10曲を弾くために集まった。この10曲のうち、ハイドンセットの何曲かとプロシア王の1番はかつて別の人と弾いたことがあるし、今の弦楽四重奏団でもすでに6曲弾いたので、私にとって手つかずは弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499と第23番プロシア王第3番を残すのみだ。そして今日からK.499の練習を始めた。 モーツァルトの後期10曲の弦楽四重奏曲はどれも大好きだが、ハイドンセットの6曲はモーツァルトとしては少し肩に力が入っているように感じる。注文されたわけではなくハイドンに自分の腕前を自慢したかったという気持ちがこめられているせいだろうか。一方プロシア王の3曲は、チェロを優遇するという意図のせいか多少の無理が感じられる。両者の間に位置するK.499は、モーツァルトが何の無理もせず円熟した腕前で書き上げたように思われる名曲で、子供の頃からとても好きだった。 しかし、この曲はかなり演奏が難しく、学生時代に組んでいた弦楽四重奏団では全く歯が立たなかったし、今の団体の初顔合わせで弾いたときも無理があり、他の曲で経験を積んでからにしようということになった。 今回弾いてみたら、やはりモーツァルトばかり弾いてきた経験は貴重で、今回はちゃんと仕上げることができそうだ。好きになり弾きたいという気持ちを持ってから30年以上経っているわけだが、弾いていて感動する素晴らしい曲だ。
2010.01.11
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自転車は部品を買ってきて自分で組み立てたから、全部自分でメインテナンスする。調整、グリースアップ、消耗部品を注文して交換という作業は、最初から自分で組み立てていれば何も難しいことはない。本当は自動車も全部自分でメインテナンスしたいのだが、自分で組み立てたわけではないので不明なことが多いし、車全体を持ち上げる装置など機材が必要なのでできない。シートやワイパーのゴムを交換したり、スタッドレスタイヤに交換したりという作業をするくらいだ。エンジンオイルの交換やオイルフィルターエレメントの交換も自分でやっていたのだが、エリーゼはエンジンの下がアルミ板で覆われていて持ち上げる装置が無いとできないし、アルファロメオもオイルフィルターエレメントを交換するときにエンジンの補機を動かす必要があってやはり持ち上げなければならない。仕方がないので行きつけのガソリンスタンドで付きっきりで指図してやってもらっている。 壊れていない機械を分解したり部品を交換したりするのは子供の頃から大好きだったが、壊れた機械を修理するのは嫌いだった。子供の頃、掃除機や洗濯機を修理させられたが(昔の機械は簡単だった)好きではなかった。 大学で獣医の勉強をしているとき、基礎科目が終わって臨床系の科目が始まったときすっと興味が冷めていくことに気づいた。私は壊れていない動物の正常構造を理解する解剖学と、うまく作動している動物の身体の作動原理を理解する生理学は好きだが、不調になった動物の身体を修理する、つまり病気を治す方には向いていないことがわかった。獣医として働くのは無理なのだ。解剖学を仕事にできたのは幸運だった。
2010.01.10
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今乗っている自転車のロードレーサーは予算を考えずに作った。最終的に50万円弱になったが全く節約は考えなかった。お金が足りないなら貯まるまで待てばよい。自転車に乗ってきた経験で、グレードを落としたところは後でグレードアップされる運命になることがわかっていた。安いパーツが混じっていると、のどに刺さった魚の骨のように気になって仕方がない。結局買い換えるから最初に買った安い部品の値段だけ損をする。妥協せずに完全に満足するものを最初から買っていれば、買い換えなど考えず長期間使い続ける。自動車もアルファロメオ156とロータスエリーゼの2台を持つようになってから、全く買い換えを考えない。すでに私が所有した車で最長保有期間の記録を更新中だ。たぶん、車を製造するときに最も環境を汚しているから、買い換えずに長く乗り続けることが、環境に配慮している行為かもしれない。 自転車はすでに12年を越えた。ほとんど通勤にしか使っていないが走行距離は3万5千キロほど。安いパーツを使うと途中で消耗してしまうから部品交換が必要だが、シマノの最高ブランドはデュラ・エースという名前の通りデュラブル(耐久性がある)で、チェーンさえ一度も交換していない。変速機も一貫して正確に作動しており、調整の必要もない。タイヤは、今は流行らないチューブラータイヤで、ヴィットリオというイタリアのメーカーの最高グレードであるコルサ・CXに決めている。安いタイヤは感触が悪いし加速が悪いからだめ。以前は年に一度程度パンクしたから、その都度交換していた。このタイヤはパンク修理ができないから高くついたが、ここ3年パンクしていない。パンクしないように改良されてきたらしい。後輪のトレッドがつるつるになってきたからそろそろ交換した方がよいのかもしれない。ブレーキシューも一度も交換していない。さすがにゴム製の部品だからそろそろ交換しようかと考えているところだ。
2010.01.09
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テレビでピーター・ウィスペルウエイの演奏を放送していたので録画して見た。彼はオランダ人のチェリストで、この番組では無伴奏曲ばかりだった。私は現代音楽はコダーイの無伴奏チェロソナタを唯一の例外として、あとはノー・サンキューなので、前半をスキップしてコダーイだけを見た。 非常に上手なチェリストだ。技術が高い。肉体要件が違いすぎてまねはできない。画面で見た第一印象は、チェロが小さいということだったが、それは体が大きいということだ。ほれぼれするような形の左手指。長くて太すぎず、先端がヘラのように広がっている。コダーイはまだ指使いをおぼえているが、私には信じられないくらい楽々と拡張ポジションを取っている。それでも時々音程のミスに気づいたから、あの曲は難しいのだ。コダーイでは左手で弦を押さえ、余った指で弦をはじいてピチカートというのがある。私の手では指で押さえている場所とはじく場所が近すぎて弦を十分に振動させられないのだが、この人は指が長いし手のひらも大きいから、相当に離れた位置をはじける。 音色がとても美しいことに気づき右手を見たら、こちらも凄い。どんなに難しいところでも弓が不用意に走るということはない。弓を返した瞬間の弓速が完璧にコントロールされている。弓を節約しなければならないとき、たくさん使わなければならないときがあるが、それに応じて極端な速度を使い分けている。重音をよく響かせるときには右手を完全に脱力し、ほとんど指を弓から離して弓を弦に委ねている。弓を飛ばすのも上手い。3楽章の初めの部分など、大きく飛ばしていながら音がとてもきれいだ。 演奏そのものも良いと思う。ただ、音楽に引きずり込まれたときにはテレビで見ていても私がこういう技術的な感想をもつことはない。それを思うと最高の演奏とは言えないだろう。ソリストたちは皆、先人とは違うチェリストでなければ存在価値がないと考えているようで、こういう有名な曲を弾くときには必ず自分独自の演奏にする。決してシュタルケルのようには弾かない。アマチュアは楽譜を勉強して自分が信じるように弾けば、それが誰に似ていようと、似ていまいと気にする必要はないが、ソリストは誰かに似ていたらおしまいなのだろう。ご苦労なことだ。
2010.01.08
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フレーズの最後の処理がおろそかになる悪癖は、普段は顔を出すことはない。そのことを意識しないで弾いていても大丈夫だ。録音を聴いても問題はない。この癖は非常に難しい箇所でのみ現れる。 こちらの先生にそのことを初めて指摘されたのはコダーイの無伴奏ソナタを見てもらっていたときだ。重音の連続する箇所があり、重音でフレーズを終え、別の重音で新しいフレーズが始まる。間の休符は非常に短い。このとき、まだ終わりの音が鳴っている(あるいは余韻が残っている)のに、左指を動かして次の準備を始めていて、そのために余韻の途中で指が音程の位置から離れて変な音が入るというのだ。この現象に演奏中の自分は全く気づいていない。意識が、次の音に向かっているため、現在鳴っている音に無関心になっているらしく、雑音に気づかない。録音を聴いても、そのことに集中しなければ気づかない。聴いているときでさえ、意識は次の部分に向かう傾向がある。 今習っているバッハの無伴奏チェロ組曲第6番は、プレリュードも5曲ある舞曲もすべて極めて難しい。そのため、悪癖は頻繁に顔を出し、しばしば注意される。フレーズの最後にクレシェンドがかかる傾向が出る。重音がらみの箇所が多い。次のフレーズの頭が重音だった場合、重音を綺麗に鳴らすために準備する。弓の理想的な場所で弾き始めたいのだが、直前のフレーズの終わりを弾いたとき、その理想的な場所に弓が来るように速度が変わるらしい。最後に加速が入るのでクレシェンドがかかる。次の重音を弾き始めるための脱力の準備で弓を持つ指のバランスが変わり、圧力がかかりクレシェンドがかかる。重音の全部の音を綺麗に鳴らすには右手の完全な脱力が必要なのだ。これもすべて意識のチェックにかかって来ない。 難しくなればなるほど、次を弾くために早め早めの準備をしたくなる。新しいフレーズを弾き始めるタイミングに遅刻は許されない。それでその前のフレーズの末尾は早々に切り上げている。 練習としては、フレーズの末尾で完全に終わってしまい、一端完全に停止してから次を弾く、というのが良さそうだ。それでもこの6番はなにしろ頭で意識しなければならないことが多すぎる。重音で多声部(ポリフォニー)を弾いているときなど、バスは支えているか?旋律はつながっているか?内声は正しく和声を変えているか?三重音の下を拍頭より前に出したとき、旋律は正しく拍頭に来ているか?など、必死でチェックしている。なかなかフレーズの末尾を監視する心の余裕がない。 要するに、基礎学力が足りない。さまざまな事が自動で正しく実行できるように訓練してきていないくせに、難しい曲を弾いているということのようだ。脳の働きで言えば、小脳に自動制御回路ができていないことをやろうとしているから、大脳皮質が忙しくあちこちの面倒を見なければならなくなっている。私にはバッハの6番は難しすぎるという、あまりにも明白な結論に直面しているところだ。
2010.01.07
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子供の頃から時間厳守の癖があった。それは親のしつけの影響という環境因子によるものだとずっと思っていたのだが、息子が幼稚園に上がる前から時間厳守の癖を持っていることの気づき、これはどうやら遺伝因子が関係しているかもしれないと考えるようになった。父も祖父も時間厳守の癖があった。 何か締め切りが設定されているものを直前まであがくということはない。高校の定期試験の勉強も、早々に始めるが前日は何もしなかった。提出期限があるものは必ず何日か早く提出する。学会発表の準備などでも、完璧を求めてぎりぎりまで努力することはなく、一通り形になっていればそれで良しとする。遅刻はしないが、遅くまで延長されるのは嫌いで、会議などでも長引くと途中で脱走する。次の予定に食い込まれることを病的に嫌う。準備は早く始め、切り上げるのも早い。 長く相手をしてくれたプロのヴァイオリニストの女性に、とても話の長い人がいる。この人から電話がかかってくると一時間は覚悟しなければならない。彼女は次々に頭に浮かんでくる話題を全部、最後まで話し終わるまでは電話を切ってくれない。彼女は室内合奏団を主催していたが、お説教を始めると止まらない。3時間の練習時間のうち説教が1時間を超えることも普通だった。この人とつきあう時は、その後の予定は入れられない。こちらがお願いして室内楽をつきあってもらう立場だから、こちらが彼女の悠然たるペースに合わせなければならない。 この人の音楽の特徴は、フレーズの最後まできっちりと歌うことだ。表現したいことを全部出し切る。フレーズの最後を端折るなどということはない。しっかり弾いてきちんと減衰して時間を作り出し、次のフレーズを弾き始める。それが聴いていて落ち着いて説得力のある音楽を作り出す。 この人によく注意されたのは、フレーズの終わりの処理をきちんとしていないということだった。ちゃんと終わっていないのに次の準備に入っている。気持ちが先のことにとらわれているから、自分がどんなにいい加減に処理しているかに気づいてさえいない。その理由として、私の時間厳守の性格を指摘された。先の予定など忘れて、今やるべきことに集中しなければだめ、というのだ。 時間厳守の性格が遺伝だとすると、性格改造は難しい。他人の演奏を聴いていても、あの生真面目さを性格から取り除かなければだめだな、と思うことがあったりする。時間厳守も生真面目も一般社会では悪いことではないと思うが、音楽には有害らしい。すぐれた演奏家が社会的には困った人であったりするのもやむを得ないのだろう。
2010.01.06
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グリークのソナタのCDでロストロポーヴィッチと共演しているのはリヒテルだ。リヒテルの自伝を読んだり彼の生涯をまとめたテレビ番組をみたりすると、彼がロストロポーヴィッチを嫌っていたように感じるが、彼らの共演からもそれを感じる。ベートーヴェンのソナタ全集のDVDを見ても、リヒテルはロストロポーヴィッチに対して冷たい。今回のグリークでも、ピアノが主体でありチェロの言い分には全く耳を貸さないという姿勢が感じられる。ベートーヴェンでは、リヒテルの解釈力の高さが出ているから、あれほどピアノ主導で演奏してもなんとか成立していると思うが、グリークではやり過ぎだと思う。私なら、あんな風にピアニストが弾いたら、楽器を仕舞って帰る。ロストロポーヴィッチは台風のようなリヒテルのピアノの中で何とかがんばっているのは、大した忍耐力だ。 彼らの共演はソビエト政府に命じられて実現したのではないだろうか。到底彼らの心が通い合っていたとは思えない。二人で一緒に演奏したいと思って互いを選んだとは思わない。リヒテルは、この若造が!と思い、ロストロポーヴィッチは、この身勝手な暴君が!と思っていたのではないだろうか。国家によって抹殺されないために彼らはこの不愉快な共演を受け入れざるを得なかったのだろう。 ロストロポーヴィッチはブリテンやアルヘリッチのような強烈なピアニストとも素晴らしい音楽を作り上げているが、リヒテルとの共演によってロストロポーヴィッチは猛獣のようなピアニストの取り扱い法を学んだのかもしれない。
2010.01.05
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グリークのソナタはCDなどの他人の演奏を意識的に聴かずに、自分自身の力で楽譜を理解するようにしてみた。これはかつて無い経験で非常に面白かった。この過程がほぼ終了したと感じたのでレッスンに行った。レッスンを受けるということは、作曲者以外の人の意見をきくということだ。 先生は曲の解釈に問題は感じないといってくれたので、そこそこつじつまの合う解釈をすることができたと思う。レッスンの最後に先生はCDを2枚貸してくれた。ロストロポーヴィッチとメルクの演奏だ。もし他人の演奏を参考にするのなら複数聴く必要があるので、2枚貸してくれたのは良いが、先生の言葉によるとメルクの演奏はロストロポーヴィッチの演奏に強い影響を受けているとのことだ。同一傾向の演奏だと参考にするのは危険なのだが、やむを得ない。 聴いてみると、両方ともかなり違和感がある。私の解釈と相容れない部分が多い。そして先生の言うとおり両方の演奏は似通っている。テンポは明らかに彼らの方が速く、私に言わせれば激しさだけを全面に押し出している。一楽章など、もっとロマンチックに歌った方がよいと思う。とりあえず、彼らの演奏をまねする気にはならない。
2010.01.04
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グリークのソナタは速い、遅い、速いの3楽章からなる。最初は弾いていて非常に長く感じた。とてもゆっくり弾いているから当然かもしれない。練習が進むにつれて短く感じるようになった。シンプルな構造と言って良いだろう。1,3楽章はわかりやすいソナタ形式だ。どの楽章もフレーズを長く取るように気をつけなければならない。1ヶ月ほどで1,2楽章がだいたい弾けるようになった。まだ、ちゃんと指が回らないとか、弓をコントロールできないところもあるが、レッスンを受けに行った。 先生は楽譜を持っていなかった。大学に置きっぱなししていたら捨てられたそうだ。それで、楽譜を見ずに1楽章を聴いてくれてレッスンが始まった。大きな問題点はないらしい。よく鳴っていると言われた。この先生は天下一品にならすことにこだわる人だからうれしい。CDを聴かずに考えた解釈にも問題はないと言われた。 最初に指摘されたのが十六分音符で弾く分散和音の弾き方だ。4本の弦で和音を押さえておき、4番線から1番線まで弾き、1番線から4番線まで帰ってくるというパターンの繰り返しだ。たとえば下から、Fis(4番線)-C(3番線)-A(2番線)-A(1番線) A(1番線)-A-C-Fis Fis-C-A-A --- という繰り返しだ。かなり速いテンポだから右手の移弦速度はかなり速くなる。右手を脱力して4番線から1番線まで行ったり来たりすればよいのだが、上のAの音が4回連続するところがクリアでない点を指摘された。この4回は、2番線のA、1番線解放のA、ここで弓を返しもう一度1番線解放のA、そして2番線のAだが、2回目が聞こえにくいという。それは右手の動きの中で2番線を弾くべき位置の意識が足りないらしい。 処方された対処法は右手の人差し指の付け根当たりをにらみつけて動きを監視することだ。右手が3番線の位置から急速に1番線の位置に行かないように、2番線の位置を正しく経由するように目で観察するのだ。これは非常に効果的だった。 家に帰って、バッハの練習中、この練習方を思い出した。私には、非常に難しい箇所になると弓を返す直前に弓の速度が無意識に増してしまうという悪癖があるらしい。自分では意識しないのだが(非常に難しい箇所でしか現れないのでわからない)録音を聴いてみると、変な雑音が入るのでわかる。これは修正しにくい悪癖なのだが、目で右手をにらみ付けながら(右手は激しく動くから目もこれを追尾する)暗譜で弾くと、この癖が出なくなるようだ。 暗譜でチェロを弾いているとき、弓の毛と弦の接点を見ていることが多いのだが、しばらくは右手を見て監視するようにしてみようと思っている。思いの外に勝手な動きをしているようだ。
2010.01.03
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ブラームスのソナタを3回本番で弾き、一応おしまいにした。無伴奏曲はバッハの6番を毎日全曲練習しているが、ピアノとのソナタも何か練習しておくことにする。ベートーヴェンの5曲のうち、5番がまだだが、これは後のお楽しみに取っておきたい。楽譜棚を眺めていたカミさんがグリークは?というのでちょっと弾いてい見た。なかなか難しいが、情熱的で魅力的な曲だ。上手く弾けたら聴き映えがするだろうと思い、これに取り組むことにする。 レコードコレクターの父親のおかげで、自分が好きな音楽のレコードやCDが家になかったことはほとんどない。自分が練習するチェロの曲は全部子供の頃に聴いた経験がある。ところが、このグリークのソナタのCDは父親の所蔵リストにないし自分でも買っていない。初めて、聴いた経験のない曲を練習するチャンスに恵まれたのだ。CDを買ったりyoutubeを調べたりせずに、自分で楽譜と対峙して曲を作ってみることにした。そういうわけで、自分が弾くのがこの曲を聴く初めての機会なのだが、何よりもグリークのピアノ協奏曲に似ている。派手で華々しい。練習途中で飽きないと良いのだが。 我々のデュオでは、最初から一緒に練習する。二人とも最初は全然弾けないのだが、極端に遅いテンポで一緒に弾く。この過程で自分のパートとピアノパートの両方を一緒に理解し、個人練習をすべき箇所をピックアップする。個人練習の時間に弓順や指使いを考えて行き、またピアノと一緒に練習する。弾けなくても良いからテンポを上げて、曲の要求するテンポを探ったりもする。 非常に指示が細かい曲だ。テンポの上げ下げ、クレシェンドとディミニエンド、fffやppp、テヌートにアクセントがうるさいくらいに書き込まれている。そのくせ、スコア(ピアノ譜)のチェロパートに書き込まれているcresc.がチェロのパート譜には書かれていなかったりする。ゆっくり一緒に弾きながら、そういう楽譜の不備をチェックしていく。 この曲はアマチュアのチェロ弾きだったグリークの兄が弾くことを想定して作曲され、兄に捧げられている。アマチュアが弾くにはずいぶん難しいじゃないかと思ったら、この兄はライプチッヒ音楽院でチェロを学んだ後、他の職業に就いたとのことで、ただの素人ではなかったのだ。
2010.01.02
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今、チェロを作っているが、ヴァイオリン族の楽器は西洋のものだから本来洋式の刃物で作る。しかし、刃物によっては日本式の方が優れているので日本式も使う。私はのこぎりは日本式、ノミとカンナは洋式と日本式を混ぜて使っている。 2009年11月25日に書いた、「櫛刃」を付けた洋式の平カンナは表板の隆起を作るのに便利だ。あまり逆目を気にしないで良いし、隆起の凸部をなだらかな曲面にするのにとても都合がよい。しかし、エッジに近くなるとへこみになるところがあり、ここは平カンナでは削れない。ここを削る道具としては小さな四方反りカンナがある。これは日本式で刃の幅が24mm, 18mm, 12mmの3つを持っている。これはよく切れるのだが、台が木製だからすぐに台が減る。減りを抑えるために材木とカンナに石けんを塗って滑りをよくしたりするのだが減る。台が減って平らになると使いにくいので、台をノミで削って刃の湾曲に合わせるのだが、何度も削ってそろそろ台の削り代が無くなってきた。師匠はこのカンナの台の一部を黒檀で作っていたが、それも大変だ。同じものをもう一つ買って、これまでの刃を「櫛刃」に加工しようかと思ったのだが、ここは洋式が良いかもしれないと思いついた。洋式のカンナの台は金属だから簡単には減らない。 洋式のカンナはその辺のホームセンターには売っていない。楽器材料の専門店に行っても好みのものがあるかどうか疑問だ。そこで、ドイツの工具の店Dick(http://www.dick.biz/dick/page/homepage/detail.jsf)のHPを開いてみた。調べてみたらちゃんと刃の幅が18mmの四方反りカンナ(Finger Planes, arched sole)と、これ用の櫛刃(Toothed Blades for Finger Planes, arched sole)があったのでこれと、ついでにチェロ用の魂柱立てをインターネット経由で注文した。 イギリスにいたとき、近くのホームセンターのような店に売っている工具が興味深く、無料でくれるカタログも面白かったのでしょっちゅうのぞきに行っていた。洋式の刃物など日本では滅多に売っていないから珍しかった。今は簡単にこういう洋式の刃物が手に入るのはありがたいことだ。
2010.01.01
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