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2026.07.30
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カテゴリ: 遠州報徳
福山瀧助翁 

 第六章 福山家を継ぎ独立する
 弘化元年、二十八歳の時、兄より二十両の資を受け独立し、新宿町に一戸を構えた。小田原町報徳社これを聞き、翁の独立を喜び、先年の約束として金十両を貸与した。しかしこの頃は新しく分家する事は規則をもって差し止められていたので福山なる潰れ小家を継ぎ、これより(里見から)福山と改姓したのである。
 翁一戸を構えその経営法を考え、ある日資本金三十両を一割、利倍の法により、六十年の積算を見たところが驚くなかれ、その額九千百二十四両の大金になった。翁これを見て大いに喜び、これこそ自分の取りて以て行うべき道である。折角兄よりまた報徳社より受けたる資本金、下手な商売をして一時になくすよりも危急の場合の準備金として手をつけず、自分は一生懸命に働いてその勤労の余徳によって生活してゆこうと考えた。
 そうしてその意を兄に告げ、同意を得、資本金三十両を一割で兄に預け、自分は相変わらず日雇いをうけて、兄の製造する菓子を背負い近在を売り歩き、雨の日は兄の家の菓子製造に余念なく働いた。その頃の翁の生活を見るに、実に質素なものであった。間口三間半の店半分を一ヶ月十二文で借り受け、三度の食事は兄の家に依頼し、こうして独立してより一ヶ年後、現金は少しも余すところがなかったが、その間に買い求めた下駄、傘等の日用品だけが残った。それらを金額に見積もったところが約七両、これでは妻を迎えても生活してゆけるだろうと、ある人の媒酌により、明くる年弘化二年四月大工町某の女(むすめ)を娶った。
二十九歳の時である。そこで間口三間の家に移り、自ら菓子製造業を始めた。報徳趣法により薄利多売主義を取り、百文につき一文の利を見て売ったところが店頭市をなすというありさまで終日寸暇もなかった。
 これより先生年々一定の時に収支を見るに、いつも一割利倍以上になっているが、開業八年目、翁三十五歳の年、思わざる失費多く一割利倍の計算より三両程不足を来した。翁はこの一割利倍の法の行いやすく見えて行い難いのを思い、他の法を考えるに至った。この時分は年々六、七両の剰余金を生じたので、この中六両を天分と定め、この金を年に報徳社に加入することにした。そうして無利息五ヶ年賦法により貸付を行い元恕金(六年目に出すお礼の意味の金)を一ヶ年分とすると、六十年後にはその高六千四百八十四両となる。これは一割利倍の法には勿論及ばないが、一割利倍の法はただ自家を富ませるだけの事である。この法は自分の剰余金を他に押し譲りて社中を潤す。ひいては国を潤す。これが本当に報徳の精神に合致するものであると考え、決然この法によろうと決意した。この年より翁四十五歳の年まで十一年間年々金六両ずつ加入し、その他余裕がある年は、その金額をも加入したが、生活に困難を生じた事はなかったという事である。後に加入金は二割せよと教えられているが、これはこうした自分の長年の尊い体験よりの法である。





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最終更新日  2026.07.30 04:00:05


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