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いまの子どもの放課後は、町の子どもも山の子どももたいして変わらないと言われるし、私もそう感じていた。ゲーム、テレビ、マンガ、ネット。部活、学習塾。複数の友達が一緒にいても、一つの遊びに興じることはなく、例えば別々のマンガを読んで過ごす。野原で日が暮れるまで鬼ごっこをするにも、場所がない、子どもがいない、あぶないから行くなとも言われる。夏休みに入ったが、外で遊ぶ子どもの姿は殆ど見ない。過密スケジュールの彼らは、時間があれば体を休めているとも聞く。***先日町内の中学3年生が学年行事で森を訪れた。学校から歩いてきて、午前中はトン汁作り。午後は草木染めの予定だった。森はキャンプ場ではないので、便利なものが全くない。かまどつくりから始めなければならない。果たして1時間で作ることが出来るのか。出来ない班が大半であろうと、私は予想をしていた。学年主任の先生がリーダーシップを取って、生徒たちにかまどの作り方など手順を伝授する。てきぱきと鍬で穴を掘り、川原から適当な大きさの石を運ぶ生徒。燃料になる焚き木を拾いに行く。野菜を刻む。まったく急ぐ様子もなく、のんびり楽しげに活動している。大丈夫か?なかなか火がおきない班には、校長先生が教えている。1時間後。なんと10班全てが美味しいトン汁に舌鼓を打っているではないか。彼らを見ていて、どこか町の中学生と違うと感じた。それは仕事をする身体ができているということ。不整地面での身のこなしが鮮やかであること。彼らの行動を安心してみている自分に気が付いた。コンクリートの上を歩いてばかりいる子どもたちは、山に来るとすぐにつまずく。駆け出すと、転ぶのではないかとひやひやとする。同じ15歳。アウトドアを知識で知っているのと、そばで見て育つのでは開きが出るようだ。子供の時からの小さな経験の積み重ねが、身体にしっかりと顕れるのだと感じ入った1日だった。
Jul 29, 2004
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火打山トレッキングから帰ってきた。今回のコースは燕温泉から麻平、黄金清水、三ッ峰、黒沢池、高谷池。高谷池ヒュッテ泊まり。翌日、天狗の庭、火打山、黒沢から大倉乗越、長助池をまわって黄金清水、燕温泉というものだった。笹ヶ峰からのコースが人気があるようだが、燕温泉からは展望のよいポイントが随所にあり道中楽しめる。ただ登山道の整備が行き届いていない箇所もあり、お子さん連れにはあまりお勧めは出来ない。火打山へのトレッキングは初めて、山歩きも久しぶりだった。ゆっくりのペースで道々の花を愛でながら歩いた。ハクサンコザクラ、クルマユリ、ワタスゲ、ハクサンシャクナゲ、キヌガサゾウ、ヨツバシオガマ、ツマトリソウ、アオノツガザクラ・・・・。こんなにも花が咲き乱れる山を歩いたことがない。そして道中霧で見え隠れしながらも雄大な姿を誇る妙高山。毎日見ている姿の丁度裏側を拝む形になる。圧倒的な大きさと美しいフォルムに神々しさを感じた。天狗の庭から見る火打山の景色は、パンフレットなどの写真で何度となく見ているが、直接目の前に現れたときは思わず声が出た。火打山の険しい所のない丸みを帯びたフォルムは、安心感を覚える。濃い緑と岩の茶色、残雪の白のバランスが絶妙だ。山の手前に広々とした池溏が広がる。その周りには高山植物の花々が咲いている。神が地球上にぽっかりと美しい場所を残してくれた、そんな気持ちになる景色だ。あちこち旅行したわけではないけれど、天狗の庭は私の中でベスト3にはいる絶景である。できれば数日そこで過ごし、毎日山を眺め風に吹かれていたい場所だ。下界のことをすっぽりと忘れてしまう。ここに山好きなあの人を連れてきたい、足腰が弱らないうちにあの方も案内したい、若いあの人にこの景色を見せたい・・・。その美しい場所の入口(燕温泉登山口)まで車で20分。またここに暮らしていることを幸せに思った。
Jul 16, 2004
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今日の午後、町内をパトカーがゆっくりと巡回し「熊が出ているから気をつけるように」と注意を呼びかけていた。それを聞いたMさんはナタを手近に用意したそうだ。何に使うのか。「無理だと思うけど、一度熊と面と向かって闘ってみたいんだよね」元柔道部はのたまう。山菜採り、特に竹の子採りに行って熊と出くわしたと言う話をよく聞く。Tさんは竹の子を採っていてひょいと頭を上げたら、熊の顔が目の前にあったそうだ。ビックリしたのは熊も同様。振り下ろした熊の腕で怪我をしたそうだ。この話を聞かせてくれたSさんも、季節になれば竹の子採りに出かけるが「熊の食べ物をちょこっと分けてもらう」と言う気持ちで山に入るという。桑の実は今が食べごろ。熊も好きだと聞く。熊との競争、否、熊さん分けてくださいな。実には小さな虫がたくさんついていた。虫との闘い、否、分けてください・・。桑の実は甘くてうまい。
Jul 7, 2004
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今日は最近近所に出た熊が怖いので、用心の為犬2匹を従えて森へ。一気に草が丈を伸ばしている。ヘビが出そうでいやな感じ。と、前方に犬と同じ薄茶色の動物が出現。犬の半分ほどの顔。三角の顔。太くて長い尾。多分キツネだ。ひょいっと草むらから出てきて、私に姿を認めたらまたさっと草の中に隠れてしまった。しかし、嬉しい。昼間に野生の動物に会うのは初めてだからだ。熊でなくてよかった。
Jul 2, 2004
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東京出張から戻ると、すっかり出来上がっていた。仕事の取っ掛かりは6月23日頃。嘴でくわえてきた土を、梁の隙間に詰めていく。土と枯れた草で作った新しい巣。今年は作らないのかと気を揉んだ。彼らを今年初めて見たのは4月13日だった。夜、軒に打たれた釘にとまっているのを見つけた。おー、一年ぶりと喜んだが、果たして去年のツバメなのか。翌日から彼の求愛行動が始まる。急にベランダが賑やかになった。物干しに2羽でとまり歌を歌ったり、一緒に優雅に飛翔する。5日ほど経って巣作りに入るが、土の塊がベランダの床に落ちていることが多い。作り方が下手なのかと疑った。結局巣を作ることはなく、しばらく姿を消す。再び姿をあらわしたのは6月中旬。そして巣つくり再開。(しかし、4月と同じツバメとは限らない。。。)現在内装工事中と思われる。夜は1羽が巣の端で休み、もう1羽は軒に打たれた釘で熟睡。(首を体にうずめて、寝ているのだ)そろそろ交尾をして産卵か。最近日の出と共に目覚める私は、寝床から彼らの様子を見るのが一日の始まりの儀式となっている。
Jun 30, 2004
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晴天なのに標高700Mの朝は涼しい。寒さに耐えられず(寒がりです)デスクワークはやめ、犬2匹を車に乗せて森へ行った。いつもどおりスズメバチトラップの確認。大スズメ1匹がまだ泳いでいた。液体の上に浮いた蛾を取り除く。昨日Fさんが枝打ちした杉の枝が山になっていたので、早速燃やしにかかる。杉なのでよく燃える。枝をどんどん積み上げ、燃えるに任せる。白い煙が勢いよく出ている。火の粉が降って、髪が少し燃えた。犬と森の中を散歩したら疲れてきたので、折りたたみの寝椅子をホウの木の下に置いて横になる。大きな葉の間から太陽の光が透かして見える。風も心地よい。2匹とも寝椅子の脇で寝そべっている。午前中で帰るつもりだったのだが、木も燃やし始めてしまったし、今日はここで休憩の日にしよう。まだ子どもの一匹が寝椅子に攀じ登って、私の顔を舐める。ひとしきり舐めたら、私の足の間で横になって寝始めた。じいさん犬は既に寝息を立てている。気持ちのいい昼寝。私もちょっと眠ったようだ。肌寒くなって目が覚めた。焚き火から、もくもくと出ていた煙もおさまり、杉の山はおおかた燃え尽き、白い灰になっていた。昨日はあまり聞かれなかった鳥の声が、今日は賑やかに聞こえる。いつもは見えない鳥の姿も見える。犬と私は森の中に溶け込んでいるのだろうか。
Jun 20, 2004
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同僚の娘さんが、1歳になったばかりの坊やを連れて事務所に来た。人見知りをするので、今まで抱いたことも遊んだこともなかったのだが、この日は小1時間遊んだ。事務所の隅に置いてあるキャンプ道具。そこからブリキのバケツを出し、割り箸で叩いて音を出す。飯盒の中に胡桃をひとつ入れ、揺らして音を出す。プラスチックの雪はね(まだ仕舞ってない・・)の小さな穴に、割り箸を擦らせて出す音。スキーのビンディング(まだ仕舞ってない・・)をガチャガチャ鳴らす音。そんな音探しみたいな遊びをした。まだ言葉を言わないのだが、なにか発声している。じっとそれを聞き表情を見ていると、なんとなく伝えようとしている事がわかってくる。「○○だね」と聞くと、「そうだよ」って言っているような顔をする。新しい「おもちゃ」を手にするたびに、好奇心一杯の表情になってやってみようとするのが見ていて面白い。色々な刺激が彼の中に入っていく感じ。言語は介在しないが、表情やしぐさに注意を集中することで成立する対話。コミュニケーションの鍵は全身を耳にして聞くことにあると実感したひと時であった。
Jun 17, 2004
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長崎の事件を受けて、教育委員会がパソコンとカッターの使用検討をしたとあった。パソコンについては、以前から学校で教えるものなのかと疑問に思っていた。が、ここで言及することは置く。問題は刃物だ。取り上げればいいと言うものではない。授業の時だけ学校備品のカッターを使わせる?ますます子どもたちは、刃物から遠ざかってしまう。それは子どもから生活体験を奪うことだ。刃物を使い多少の傷を作ることで、使い方を体で覚える。使い方を間違えれば危険であることもそこで学ぶ。危険と思われるものを大人が先回りして取り上げていては、生物としてもつ危険を回避する能力を奪うことになる。取り上げても問題の解決にはけしてならないと考える。いや、かえって知らないだけに問題は深刻になるであろう。この使用制限は単に子どもを管理する側の責任回避に思えてならない。(新潟日報 投書欄掲載)
Jun 12, 2004
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梅雨の晴れ間、51人の5年生が森で遊んだ。枯れ枝を組みロープで結わえてテント型にし、緑の葉で覆った秘密基地。10人の子どもたちがしゃがんで入れる。「さわやかな匂いがする」「リフレッシュ!!」と中に入った子どもたちは、アブラチャンという木の葉の匂いに驚いている。森の中にあるもので火をたき湯を沸かしてお茶を飲む班は、ワイワイがやがやと何度も火をつけては消し、マッチをひと箱使いきってしまったところもあった。森の中にあるものという約束なのに、リュックからポケットティッシュを出して、焚き付けにするもののあっという間に燃え尽きて、途方にくれる子ら。初めて焚き火をした子どもたちは、約2時間後にようやく落ちついた焚き火にすることができた。熾きの上に水を入れた缶を置き、沸いたお湯で紅茶を入れた。子どもの言葉に驚いた。「いつものお湯と味が違う」現場で総監督をしている私のところに子どもが来る。「いつもここに住んでいるの?」(森の中に私の家があるとおもったらしい)「蜂は死んだ?」(蜂のトラップを見せたとき、大スズメが入っていた)「結婚しているの? 何歳?」(子どもには必ず聞かれる質問。いつも正確に答える。すると子どもは驚く)この学校、設立第1号のお客様でずっとリピートして下さる。そして一緒にいてこちらが楽しくなる子どもたち。引率の先生は存在を感じないくらい、黒子に徹している。困るのは、子どもの傍でああしなさい、こうしなさいと指示を飛ばす先生。この学校はそんな心配はない。そういえば子どもたちは自分のカッターナイフを持ってきていた。それで枝の先を削って尖らせ、マシュマロを刺すのだといっていた。事件があると、学校はすぐに刃物などを禁止する。これは間違い。必要な時には使わせたほうがいい。使い方を教えれば子どもは正しく使う。ちょっとした怪我は当たり前。指を落とさなければいい。稲刈りをしたとき、4歳の子どもが稲刈り鎌で怪我もせず活動したのを見てるので、刃物禁止には反対だ。たくさんのエネルギーを子どもたちからもらった。
Jun 11, 2004
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昨日この地方も梅雨入りしたという気象情報通り、雨だ。かなり激しく降っている。車利用が多いのでほとんど傘を使わないが、さすがに今日はさした。この仕事は天気が気になる。自分の力ではどうしようもない事なのだが、お客様の予約された日の天気がどうか気になって仕方がない。特に台風シーズンと、雪の活動をするときの積雪状態。荒天の場合や雪不足の時の代替案を用意しているが、性格なのだろう、週間天気予報を毎日のようにチェックする。チェックした所で、天気が変わるわけはないのに…。明日は3年連続で来ていただいている小学校の自然体験教室がある。どうやら晴れそうだ。初めて来ていただいた時、丁度台風が上陸した。学校の近くを流れている河川の源流近くまでのトレッキングを予定していたが、水量が多く危険であると判断してトレッキングは中止、他の活動に振り替えた。その時引率してきた教頭先生の言葉が今でも忘れられない。「大きな石がごろん、ごろんと流れる音を子どもに聞かせてあげたかったな。それが本当の自然の姿なんだよな。」雨も自然のうち。森の中を歩くと、晴れた時には気がつかない土の匂い、枯葉の濡れた匂いが気持ちを落ちつかせてくれる。台風の時、ひとり森の中を歩くことが実は好きだ。
Jun 4, 2004
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フィールドにしている森にはいろいろな生き物がいる。うまく共存できるといいのだが、こちらの都合で退治させていただくものもある。スズメバチだ。 刺されると大事に至る。我々が利用する場所に出てきてもらわないように、罠を仕掛けた。実は昨年も仕掛けたのだが、1-2匹しか取れなかった。今年は林業振興課岩井さんから教わった配合で試したところ、よく取れる。あまりによく取れるので、記録していくことにした。さて今日はすごい場面に遭遇した。いつものように罠にかかった蜂を調べにいったところ、オオスズメバチが飛んできた。5Mほど離れて見ていると、蜂は明らかに罠の中から漂う匂いに引き寄せられている。透明のペットボトルで作った罠には日本酒と酢、砂糖を混ぜた液体が入っている。蜂はペットボトルの周りを飛びまわり、入口を探しているようだ。ペットボトルには3センチ角の窓を4箇所開けている。そのひとつから蜂は中へ入った!! やった!ペットボトルの内側についている液体の雫を舐めながら、どんどんと下へおりていく。底には10センチほどの液体のたまりがある。そこにたどり着くと蜂は溺れるという寸法だ。 もう少しだ、進んでくれ・・よし!蜂は快楽の海に沈んだ。と、思いきや奴は必死に泳いでいるではないか。 なんと! そのまま溺れてくれ、這い上がってくるな。そんな私の叫びは通じず、奴はギザギザの付いた触手でプラスチックの壁をよたよたと登り始めた。 滑ってくれ!しかし、奴は見事四角い窓までたどり着いてしまった。 あーもっと窓を小さくすべきだ。 入りにくいが、入ったら出られないようなものにしないと・・。窓のふちでしばし息を整えるように留まった後、多少ふらつきながらも精一杯の力を振り絞って上空へ飛んでいってしまった。奴は仲間に教えるのであろうか。できたら伝えないで貰いたい。今日は蜂が溺れるまでは、なかなか時間がかかるのだとわかった。本日の捕獲数:オオスズメバチ 4匹 黄スズメバチ 4匹現在の罠の数:9個今日の教訓を生かし、ペットボトルの細工に工夫したい。
Jun 1, 2004
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先日、森でSさんが鳥の巣を見つけた。昨年冬に東京の中学生が作った茅葺の小屋。その側面の通気口としてあけた空間に苔で出来た巣があった。丁度顔の高さくらいか。「親鳥がこっち見てる!」とSさん。「えっ、どこ? あっ、あんなところにいつからあったんだろう」翌日に150人からの中学生が訪れる予定だった。小屋のある場所は通り道。巣を動かそうか、でもどこに。勝手に動かしたらダメじゃないか?卵に人が触れてしまうと親鳥は温めることをしなくなるらしいよ。結局は小屋の周りに近づけないようロープを張り巡らせることにした。Sさんによるとクロツグミの巣らしい。森での用事が終わってみんなが帰った後、巣の方を見てみるとさっきまでいた親鳥の姿が見えない。私たちが驚かせて消えてしまったのか?私は好奇心に負け、巣に近づき一枚だけ写真を撮らせて貰った。翌朝、巣を見るとちゃんと親鳥がいた。ほっとした。中学生たちもロープのそばで騒ぐこともなく、静かに双眼鏡で観察していた。1日中巣から離れることなく温めつづけていた。人間からは守られているけれど、ヘビから卵を守ることができるか。時々様子を見に行こう。
May 29, 2004
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森の整備も終盤に入りました。整備に終わりはないのですが、今回の目標であった広場の増幅と小道作りは完了し、細かい片付けを残すのみとなりました。人間二人の力でもここまで出来るのだなと、きれいになった森を見て思います。蔓と雪で枯れて倒れそうな木が数本ありました。これは山仕事のプロ、福田さんに登場願いました。チェーンソーで切断すれば、さっと倒れるわけではありません。絡まった蔓で予想もしないところに倒れる可能性もあります。枯れた木はたいてい木が混んでいるところにあるので、他の樹木が邪魔になる場合が多いです。遠くから作業の様子を見ていましたが、大変危険な仕事です。そして知恵と腕力の要る仕事でもあります。倒した木を1.5mほどの長さに揃えて切断し、積み上げて片付けます。スツールによさそうな太さのカラマツがありました。福田さんは作業の合間に樹皮をはぎ、チェーンソーをまるで彫刻刀のように使って10個のスツールと背当てのついた椅子を作り出しました。これを新しく出来た広場に円形に並べると、素敵な森の教室になりました。さて今日は早速この教室で楽しい会議を開催しますよ。*****来月NHKハイビジョンの番組でリブランの森と、うえむらさんの「音を探しに行こう」のプログラムが紹介されます。番組のテーマは「里山の音景色」初夏の森の音はどんなものがあるでしょうか。放送日時は 2004年6月27日(日)午後1時から4時45分(午後1時から2時はBS2のみ放送)放送局はNHKBSハイビジョン、BS2です。私たちのフィールドと、お勧めプログラムの様子を皆さんに知っていただけるチャンスです。BSが見られる環境の方、是非ご覧下さい。
May 26, 2004
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今日は7時前に起き、卵焼きを作って出勤。事務所でメールチェックし、身支度を整えていざ森へ。28日に150人のお客さんを迎えるので、間に合うかとだんだん気がかりになってきている。細かい性格なので、地面から突き出た切り株をもっと短くしたいし、枯れた木は全部倒してしまいたい。落ちた杉葉が堆積しているのは見たところ悪いから全部燃やしてしまいたい。スズメバチのわなも作らなくては。私は今日もひたすら火焚き。刈り払った枝をどんどん燃やす。今日は自分の髪まで燃やしてしまった。手ぬぐいから出ていた襟足の一部が燃えた。まだ眉はある。こういう外仕事で嬉しいのはお茶の時間だ。コッフェルとシェラカップ、インスタントコーヒー、紅茶のティーバック、急須と緑茶を持ってきている。疲れた体には甘いもの。クッキーもある。焚き火で出来た熾きの上にコッフェルを置くと、500mlの水が2-3分で沸く。ぱちぱちと枝のはぜる音と鳥の声を聞きながらいただくお茶は本当においしい。カッコーの初鳴きを聞いた。カッコーは渡り鳥でたいてい今頃やってくるそうだ。今日のお昼はお赤飯と卵焼き、沢庵。
May 18, 2004
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雨続きで中断していた山仕事を再開した。しかし、作業をはじめて1時間ほどでまた雨。濡れながら続ける。私は専ら刈った木を燃やす役目。生木を燃やすのだ。火が安定するまでが難しい。燃え易い杉の葉を一抱え集め、その上に乾いた小枝、燃え易い種類の木の枝(あぶらちゃん など)と順番に燃え移らせていく。団扇であおぐことも大事だ。煙が出なくなったら安定してきた証拠。刈り払った枝を次々と燃やしていく作業になる。枝はいちいち短くしない。4-5mの枝をどんどん積み上げて燃やしていく。木を並べる方向を揃えるのが秘訣だ。井桁に組んだりしてはいけない。燃えているところは枝の中央1.5mくらいだろうか。あまりいじらないで燃やす。途中でガサリと中央が落ちる。中央が燃え尽きて白っぽくなったら、両端が簡単に外れる。それを焚き火の山から引き抜いて、燃えているところへ入れていく。全てが燃え尽き、白い灰になればいい燃やし方だ。去年は下手で、黒い炭のなりそこないみたいなものになってしまった。今年はうまくいっている。この焚き火は火柱が身長くらいになるので、作業中はとても熱い。去年は前髪、眉毛を燃やしてしまった。今年はまだ大丈夫、麻呂にはなっていない。髪も手ぬぐいで覆って守っているし。石油系の衣料はすぐに穴が開く。といって今日は木綿だったが、小さな穴が2つあいていた。背中がちくりとしたとき、火の粉が木綿のシャツの上に落ちていたのだろう。雨降りのなかだったが、汗をかき、着ていた物は雑巾のようになった。今日は腰が痛い。けれど火炊きは楽しい。明日も続く。
May 17, 2004
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昨日から本格的に山仕事を始めている。この森は20数年放置されていて、雪の重みで途中で折れていたり蔓が絡み付いて真っ直ぐに伸びられない樹木等が多く、とても荒れていた。昨年の今頃、手入れを始めた。藪や下草を刈り払い、蔓を切る。枯れた樹木は倒す。木の混んでいるところは間伐し、日が入るようにする。刈り払った枝などは燃やす。5人で約10日働き、森の中に小道が出来、広場も出来た。たくさんの子どもたちが昨年は訪れ、森の中で遊んでいった。今年の仕事は冬の間、雪で折れた樹木や落ちた枝の整理。昨年手が回らなかったエリアの藪刈りと間伐。新しい小道作り。森林内の谷地の復活。 などなど。昨日と今日でツリーハウスを設置した。解体設置が簡単で樹木に負担が少ないツリーハウスを昨年設計制作した。冬の間は物置にしまっておいたのだ。それを森まで運び、木の上に設置。ツリーハウスの周りの下草を刈り、枯れ木を倒した。森の中を歩きまわっていて、スミレの群生を見つけた。日光が入るからだろう、一面紫色の小さな花のジュータンだ。足の踏み場もないくらい。土壌が酸性だとスミレが咲くときいた。小川の脇の小道には白い花をつけたニリン草の群生。こちらも足の踏み場もないくらい、びっしりと咲いている。夕方から雨になった。久々の肉体労働は心地よい。
May 9, 2004
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目が喜んでいる。白一色の雪の世界から黒い土と灰色の木立の季節を過ぎ、今や緑のグラデーションである。あらたふと青葉若葉の日の光 芭蕉若葉の色に自然の恵み、神の恩寵を感じるのは北半球の北回帰線以北に住む人々に共通の感情であろう。常夏の国の住人には緑色に対する特別な感情はないらしい。冬枯れの後に必ず春が巡ってきて緑が再生されるのを毎年経験する人間だけが、若葉の色の輝きを尊いと感動するのである。それにしても緑色の多様さに驚いている。若葉色、裏葉色、浅緑、柳色、若苗色、若竹色、鶸色(ひわいろ)、若草色、萌黄色、鴨の羽色、青丹、苔色、草色、木賊色(とくさいろ)、青竹色・・・。連なる山々を彩る緑に目が喜んでいる。新井市南部の平丸にぶなの林がある。雪融け水が幾筋も斜面を流れ、若芽が伸び、葉は陽光を浴びて輝いている。林内には清々しい風が吹き渡る。大きなぶなの木の下で空を見上げ深呼吸をした。
May 7, 2004
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春になってから体調がすこぶるよい。空腹感で目が覚める。冬の間はこうではなかった。この暖かさで内臓も動いているのだろうか。最近、カーテンを開けて寝ることにした。朝日で目を覚ましたいと思いついたのだ。実行初日から6時前に目が覚める。眩しくて仕方がない、というのではなく自然と目が覚めるのだ。出勤までの時間をゆっくりと過ごせるだけで、1日の質が上がるように感じられる。窓の外は物干しになっている。横になったまま見えるのは去年ツバメが作った巣のあと。土の茶色いあとがうっすらと残っている。4羽の雛を育て旅立った後、長雨で巣の下部が濡れ見事に崩れ落ちてしまったのだった。今年はどうかと思っていたら、4月12日の夜中、さあ寝ようとカーテンを開けたところ1羽のツバメが寝ているのを発見した。帰ってきたんだ。翌朝には2羽が物干し竿に止まっていた。さっそくお相手を見つけたのだ。一緒に飛行したり美しい声でさえずったりと求愛している姿がとても微笑ましい。これから巣作りに入るのだ。毎朝の観察が楽しみとなる。そしてしばらくはモノを干せなくなる。
Apr 16, 2004
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皆さんは春の到来をどんなことで感じるだろうか。雪国に生まれ育った私は、雪の合間から土が見えそこから緑色の草が顔を出しているのをみると、やっと春になったと嬉しくなる。標高約600Mのこの近辺も、気がつけば3M近くあった雪の壁が背の高さほどになっている。日の当たる場所はすっかり土が出ており、宍色の芝に混じって若緑色の草が1センチほど伸びている。その上を走り回る犬も楽しげだ。新井市南部の山里に出かけた。すっかり雪が消え蕗のとう、土筆がたくさんでていた。開ききらない蕗のとうを摘んで今晩は「蕗味噌」を作ろう。下って市内に入るともう桜が開花していた。リブランの森はどうだろう。日当たりのいいところは30センチほどの雪が残っていて、ところどころ雪が割れ土も見えている。日陰はまだ1メートル近くある。スキーでハイキングするのにうってつけの時期だ。雪は締まり歩きやすく、ぽかぽかと暖かい日差しはとても気持ちがいい。と、視界に白く動くものが入った。うさぎだ。50mほど先の斜面を駆け上っていくところだった。この森で彼らの足跡は幾度となくみてきたが、姿は初めてだ。ちょっと感激。昨年暮れに駒場東邦中の生徒さんたちが作った小屋で持参したお結びを戴く。雪の重みにも全くびくともせず建っていた。2週間もすればスキーなしで歩けるだろう。雪は融け始めると意外と早いのだ。スキーハイキングをするなら今のうちです。
Apr 2, 2004
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2月に初めてわらぞうりを教わってから編む手作業に魅了されている。なまくらな自分の手指の訓練にもなるだろうと、実家に帰った時に母から編物を教わってきた。棒編みとカギ編みの2種類。棒編みでは目下靴下を、カギ編みではモチーフを数多く編むことを練習課題としている。使う毛糸は以前セーターや帽子だったものを解いた古毛糸だ。細く痩せた糸は2-3本とりまとめたり、他の色と混ぜたりする。編物の魅力はたくさんあるだろうが、私には一本の糸が面になり形が出来上がるところと、何度でも再生が可能だと言うところだ。わら細工の魅力もこの再生と循環だ。お米をとった残りのわらで神様へ奉納する飾りを作り、生活に必要な道具を作る。奉り終えた飾りや使い込まれた道具は、また形をかえて土へ返る。けして「ごみ」として扱われない。その土からまたお米が取れる。無駄なものがなく、利用し終えると姿が消えてしまう(変わる)ことが美しいと思う。そして気持ちがいい。食品トレイやペットボトルのように再生に新たなエネルギーを使う必要もない。物が出来上がる喜びと共に、わらと糸を通して暮らし方を見直すようになっている。
Apr 1, 2004
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一人東京から修行にきているF君の最終日はスキーツアーだった。新潟県新井市の長沢から風野山に登り、平丸峠を越えて長野県飯山方面まで。そのほとんどが歩きというかなりハードなツアーであった。天気は快晴、風野山を登る途中振り返って見える景色は素晴らしい。妙高、火打など頚城山塊がくっきりと青空を背景にして白い峰を輝かせていた。何度も振り返り写真をとる穂高君。山頂でシールをはずし手早く赤飯お握りを頬張って峠を目指す。F君はご両親に連れられて小さい時からスキーをしている。だから地元の子供のようにスキー操作に慣れている。下りはへっぴり腰になる私と違い、さっさと木の間を縫って下りてゆく。全く転ばない。たいしたものだ。F君の得意なすべりが堪能できるのはここだけ。あとはひたすらの歩き。縦横無尽についているウサギやリスの足跡を見、鳥のさえずりを聞きながら歩く、歩く。ウサギの足跡の隣にシュプールをつけていくとなんとも不思議な気持ちがしてくる。姿は見えないが彼らと一緒にいるような、彼らの世界に足を踏み入れさせてもらったような気持ち。新潟県と長野県の県境を過ぎ大きな池を回ると峠に出た。眼下に千曲川が黒い横線となって見え、夕暮れの町の灯りがともり始めている。ゴールまでもう少しだ。F君はヘッドランプも用意してきていた。それが役に立った。薄暗い中、閉鎖されているスキー場の斜面を注意深く見てゆっくり、ゆっくりと下りていった。体力は消耗しているはずなのに、緊張感からか体も声もしゃんとしてくる。日が落ちて真っ暗になるまでに下りたい。時間との勝負だった。そして無事に到着。小学6年生にはかなりハードなツアーだったが見事やり遂げた。修行の旅の最終日にふさわしい「旅」であった。
Feb 14, 2004
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田植えかと見紛うほどの水量がある田。今年は例年になく雨続きであったため、田が乾く暇もなく稲刈りの時期になってしまった。この日は日曜日で快晴でもありあちこちの田で作業をしていた。県外ナンバーの車がとまっているから、この日のために手伝いに駆けつけたのだろう。狭い田には大きなコンバインは入らないから、旧式の機械か手作業となる。民俗資料館で見たことのある木製の脱穀機も健在だ。プラスチック製のそりを田の中に入れ、刈り取った稲を積み入れ滑らせて畦まで運ぶ。畦道には藁で編んだ背当てが置いてあった。束ねた稲を背負ってはさ木まで運ぶためだろう。重労働であることは想像に難くない。田の脇にはお年寄りが使う電動の乗り物。働く人のほとんどがお年寄りだ。「いいご身分だね」目が合ったご婦人に挨拶をするとこう声をかけられた。じきに80歳になるという。「子ども達は外へ働きにいっているから生活は成り立つんですよ。せがれは米作りはもうやめろというんだけれど、私は田んぼ一筋できたし田んぼを大切にする世代。田んぼは捨てられませんよ。祖先に申し訳ないしね」松之山の棚田は全国的に有名だ。日本の原風景を求める写真家たちはこぞってここを訪れる。町役場にいけば職員の方が町で作成したフルカラー印刷の「棚田マップ」を開いて、どこが今素材として適当かを詳しく話してくださる。過疎化が進む町は棚田を観光資源として観光客の誘致に力を入れている。確かに美しい。黄金色の棚田の帯。藁葺き屋根の家。光に輝くはさ木の稲束。畦に実った橙色のかぼちゃ。真っ赤な唐辛子。屋敷の前にむしろを広げて豆の束を打っている姿は、幼い頃母の実家の近くで見た光景と同じだ。実った稲の香りを存分に吸い込み、秋の一日を気持ちよく歩いたが、一心に働く人にカメラを向けることはどうしても出来なかった。
Oct 5, 2003
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