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ああびっくりした。一万文字超えてたんだ!(笑)。初の二回分け!?、続編じゃなく、仕方なく分けざるをえなかったというブログ。 くれぐれもこの新しいほうから読まないようにしてください。さあ、まずは一個前の文章から、張り切って読んでもらい(笑)、その後、以下に行ってください。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(前回からのつづき) 例えば、俺が今後突然とある世界でそこは「腹筋を500回やらされる」場所で生きていかなきゃいけなくなったとしょう。なんだそりゃ(笑)。そして、ここの世界(どんな世界よ)には俺のほかにも人がいる場合、腹筋500回という数値は物理的・人間生理学的に不可能なことではないんだというのが、わかり安心する。そこにいる人がどんなに死にそうに苦しい!とか絶望的な顔をしていても、死にそうであって死んでいないならば、とりあえず安心する。 ここの世界というのが仮に運動部のシゴキとか刑務所の刑罰の一貫とかだとしたら、それは当然、厳しくてナンボなわけだから、一筋縄ではいかないレベルなんだろうけど、そのような行為の回数を決定する側が、いわゆるこの世界のスタンダード、いや「どうしようもなく辛い!」というレベルの中で結構ギリギリのラインの「スタンダード」というものを踏まえている、はずなのだ。そうじゃないと、この目的である「シゴキ」や「刑罰」は達成されず、死んでしまうからだ。だからもしこんな場面に遭遇した場合、「そんなの絶対無理!」とか「絶望だ」などという不安になることはないっていうこと。ちなみに腹筋500回っていうのは、俺は高校時代の部活で実際にやらされていた、やれていた、ことなので、当然、人間生理学的に可能であることは実証済みなのだが、今の俺にとってはもちろん「絶対無理!」って思いそうになるし(笑)、本当にどこかおかしくしそうだと思うんだけど、それでもやはり「絶対無理」とか「絶対的な不安」にはならない。そうだなぁ、結果的に「無理」かもしれないが、最初からどうしようもないほどの不安にさいなまれることはないってこと。そこに他の人がいて、達成している人もいる、または過去にはいた、という限り。この理論を踏まえる限り、未だ体験してない世界に入ろうが、不安や恐怖はない。あ、でも世界とはいえ外国ははずして考えてみたい。やはりこれらのスタンダードというのはそこの人間の文化とかが重要なバックボーンになるから。恐怖もない、といったが、例えば暴力団にしても、普通の「怖くないレベル」みたいなものがまず無意識にあって、それを踏まえていかに怖くするか、ということを追求した末の完成形だということを、まずこっちが自覚しているかいないか、ということで恐怖の質は全然変わってくると思う。 こう考えると、絶対的な不安や恐怖というものは、雪山の遭難等の自然相手や、熊に会うなどの動物系、またはどこか外国の人食い人種とか、はたまた怪獣とか・・・。つまり同じ文化にいる「人」が介在する世界においては煎じ詰めれば、必ずやそこにスタンダードが存在し、それを知りさえすれば、絶対的な不安や恐怖というものからは解放されるはずなのだ。 究極のプラス志向、思考、の斎藤一人さんが、「困ったことは起こんない」というのも、きっとこういうことなんだろうと勝手に思う。 だいたいにおいて人が悩んだりすることっていうのは、スタンダードが存在し、人が存在する中で起こることに関する悩みであり、さらに自分の身近に起こっていることであるはずだろうから。 例えば俺が「総理大臣にどうしてもなりたい、どうしたものか」っていうことになると、かなり今までのスタンダードから外れ、チグハグになり、不安、諦めへと続いていくのかもしれない。でも、だいたいにおいて、人が悩むことはもっと身近なことだ(笑)。だいたいが自分自身が学校に通っていた頃のクラスメートみんなが織り成すレベル内での話、とでも言おうか。だからこそ悩むんだよ、という意見があるのもわかる。 人は女優やアイドルに恋の悩みを持ったことはないけど、クラスなり職場なり、何らかの人間関係の中で人を好きになり、恋をして悩むことのほうが多い。それももちろんわかる。ではこう考えるのはどうだろう、それは確かに「悩む」のだろうけど、何の手の施しようも無い「絶望的」なことではないはずだ。「絶望」っていうものは、もっとどうにもならないこと、悩みようもない次元のもの、それが突然自分の身に課された場合、やらざるをえなくなった場合、その時「不安」や「絶望」が顔を出す。そう、女優やアイドルに恋をしたほうこそがこれに近い(これにしても完全な「絶望」ではないのだが)。だから矛盾するようだが、「悩める」ような世界の場では「不安」「絶望」は無い、というのがここで俺が言いたい発想。これらのことを踏まえて言える。「困ったことは起こんない」と。 このたび俺は脱サラし、起業しようとしている。 今の時代、世の中の飲食店の7割が廃業に追い込まれ(賃貸料がなく自己所有物件というだけで、なんとか損益分岐点は超えているという店を含めると、実に9割の店は赤字)ている中、「だからやめといたほうがいい」という考えに現在なっていないのも、これらの大発見によるものである。 飲食業界でのスタンダード、黄金律、なるもの(例えばクオリティー・サービス・クレンリネスなど)を踏襲することで、くどいようだが本当に実践することで、廃業になることはないだろう、という自信、確信が持てるようになった、というだけでも大きいことだと思う。世の中の喫茶店の7割以上はこれらQ・S・Cのどれかは欠けている。これは実際に俺がカフェや喫茶店を何件も何件も行って、この目で直接確かめたことである。まさに確率どおりなのだ。 「廃業にならない」なんて、人によっては妙に後ろ向きだと思う人もいるかもしれないが、規模の大小は違えど、「廃業にならない」、「ビジネスを継続させる」ということが、起業を志す人全員の最初のテーマでであると思う故、俺にとってこの自分なりの「相対性理論」の発見は本当に驚異であった。多くの人は、そんなことは知ってるんだと思う。そして、特にそれが自信につながったりはしないのだろう。きっと、俺は元来ものすごい「不安がり」だっただけなのかもしれない。でも、とにかくこの発見によって自分自身の精神が強靭になったのは確かなのだ。ほらね、やっぱりピンとこないでしょ? 実はもっともっと言葉を必要とするほど深い話だと俺は思っているんだが、あんまりこのことを頑張って表現することに労力を割かなくてもいいと思うし、でも、今回こうして半端なりにここに書き留めておく機会があっただけでもよかったと思う。(つづく)
September 28, 2006
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Vol.43 「大発見!我が相対性理論」 前回「大発見をした!」といったことを書きたい。おそらく大半の人は「そんなことはあたりまえのことだ」とか、「それがどうしたの?」みたいな感想になると思うのだが、まぁいい、少なくとも自分自身にとっては凄い発見なんだから。 アインシュタインの「相対性理論」っていうのがいったいなんなのか、全くわからない自分の無知を嘆いてしまうが、これとは全く違う自分の中での「相対性理論」っていうのが、自分の中での大発見である。今回は完全に自分だけの大暴走の文になることをここに宣言しておきます。 世の中の様様な事柄は「相対的」なことにより、その世界での「スタンダード」が生まれる、ということ。例えば学生時代の勉強内容、テスト問題。ここで言いたいことは「相対評価」などという成績のことじゃない。 先生がテスト問題を作成するとき、平均点が60点~70点の間になるのが良い問題とされる。じゃあそのためにはどんな問題にすべきなのか、それは先生たちの長年の経験なり、現場の感覚なり、で決めているかのように見えるが、市販の問題集や参考書にしても標準的なレベルというものが暗黙のうちに出来上がっている。別に不思議ではないのかもしれないが、よくよく考えるとやっぱりこれは非常に不思議なことだと思う。標準的なレベルって何よ。どうしてこのへんから先のことになると「発展」とか「応用」って呼ばれるのよ、いつ決まったのよ。どうして子供たち側もうまい具合に(大量の集計、統計をとると)平均点60点~70点になるのよ。っていうこと。 これはその時代・学年の子供がおくる生活リズムや文化に起因すると考える。だいたい何時に起きて、寝て・・・そんな単純なことではなくて、だいたいはこういう息抜きをして、こういうテレビ番組を見て、こういう話題をし、こういう人が好きで、こういう人が嫌いで、こういう悩みになり、こういうトラブルになり、こういう解決をし、こういう病気になり、怪我をし、感動し、爆笑し、興奮も快感もあり、ありとあらゆる無数の出来事が相対的に機能し、ある平均的、標準的、とよばれるものがその時のその世代の人の間でひとつのベースとなり、それをもとに簡単、困難、苦楽、優劣、正常、異常、といったものもいつしか決まっている、という考え。今挙げた中で「善悪」は入れなかった。善悪も特に時代などに左右されるという考えもあろう、でもこれら善悪に関しては、ぜひとも絶対的であってほしいなぁと思う。「戦争=悪」「犯罪=悪」など(悪ばっかりだが)は時代も相対も超えて「悪」であってほしい。話がそれた。こういったことがベースとなり、テスト問題のレベルなどはだいたい全国区でいつのまにか標準化が起こる。いやいや地域や人それぞれでたくさん差は生まれてるよ、という人もいると思うが、でもそういった差はこれらの何とも言えぬ多くの要素が結集された結果生まれた標準化がベースとなって、それを踏まえての「差」にすぎない。さて、今述べている話を敢えて思いっきり簡略化、単純化してみる。このようにして決まったその学年のスタンダードレベルを上回るには、何かでどこかで平均部分を上回ることをすればいい。これまた単純な例を出すと、睡眠時間の平均が仮に8時間の学年の生徒が6時間の睡眠で、この短縮された2時間をそっくり勉強オンリー(他の要素は絶対含まない)に組み込んだ場合、この生徒は間違いなく得点が上がる。敢えて言い切る。絶対に上がる。でも上がらない生徒がいる。これは短縮した睡眠時間以外のどこかで(実はその分テレビを二時間見てた、睡眠を削ることで身体を壊したなど)平均以下のことをしていたに過ぎない。 「なんだよ、結局、普通よりも頑張ればいいってことじゃん!」って言われれば本当にそれまでなんだけど(笑)、この「普通」とか「標準」っていう概念を、あらゆるシーンで意識することの重要性を俺は痛感するようになった。 仕事においても、数値的な結果が問題となる場合、標準的にやるべきことを標準ジャストのレベルでやれば、結果もほぼジャスト標準になる。う~ん、こうやって書くとやっぱり「標準的」でつまんないことになってるなぁ・・・。やっぱり伝わんないかもなぁ・・・。伝わんなくても全然いいや(笑)。 じゃあ休日出勤をして人一倍、労働時間を延ばせばその人の仕事成績は上がるか?その他の要素が他の人と一切において同じである場合、成績は上がる。と断言しよう。でも、休みをとらないがために何かで支障をきたし、ストレスや人間関係、「付き合い悪いなぁ」「仕事と私どっちが大事なの」「今ごろ日本代表の試合テレビでやってんだよなぁ」などのことがマイナスとなり、労働時間のわりに結果がイマイチだったりする。そもそも週に一回なり二回なりの休日っていうのも、いつのまにか出来上がった何ともいえない国家的スタンダードなわけで、この標準的感覚でおよそ人というものは動いている。 いつのまにか生まれたこれらの標準的感覚のひとつひとつが出来るまでのプロセスに思いを馳せる(?)と、本当にいろんな要素が複雑に絡み合って生まれたことなんだなぁ、と思ってしまう。需要と供給のバランスで、適正価格っていうものがいつのまにか生まれている資本主義経済界のあまりにも劇的な構造に近いものがある。 学校なら学校で、職場なら職場で、ある世界に身を置けば、その世界の「スタンダード」というものが見えてくる。職場でよくいわれる「あたりまえのことをあたりまえにやる」ことや「基本を大事にする」ことは、俺の経験上、決してスタンダード、平均値には実はなっていない。それを本当に実践しているならば、確実にそこの世界では平均以上の結果になる。人間というものはそれほどにやはり怠惰であり弱いものだと思う。実際俺は自分がいた会社、あるいは業界のスタンダードとよばれることを確実にやりきろうということを自分に課した。それだけで簡単に平均はクリア出来た。ただ実践するのが簡単ではなかった。おそらく同じ会社にいたほかの多くの社員もわかっちゃいるはずのごくごくスタンダードなこと。でもこれを実践することのなんと多くの障壁があることか。 この「そこの世界におけるスタンダード以上のことをやれば、平均以上の結果に必ずなる」という、あまりに素朴な考えは、俺の中でいろんな不安を払拭してくれて、かつ強烈な自信となりえたものである。そしてこれらのスタンダードの多くはセンスや才能といった曖昧なものじゃなく、「それを本当にやるかどうか」という一点で成し得てしまうことなのだ。言うは易し行うは難し。だが、このことに一抹の不安もなく、意識していることだけでも、今後の人生相当違うと思う。 自分の中で、これらのことの具現化としては、過去にさかのぼると、1500メートル走の記録、大学受験などがあげられ、これらのことは「やる前」は明らかに並以下、平均タイムや偏差値にすると50以下だった自分が「やる(走りこむ、勉強する)」ことで、クリア出来た。 しかし、ビジネスの世界で、特に長いことフリーター(ニート!?)だった俺はやはり劣等感満載だったわけで、自信となる根拠すらない状態だった。 でも、実際に社会人を体験してみて、その世界のスタンダードをまずは目指し、その後そのスタンダード以上のことをやればある程度は「優秀」という判は押されることもわかった。じゃあ、この会社を辞めた今、新たな職場に行った場合、今度はどうなるかわからないじゃないか、とはもう思わなくなったのだ。これら「相対性理論」を意識することで。職場のみならず、世の中のほぼあらゆることに対し、不安がなくなるという、まさに俺にとっては信じられない大発見なのだ。 ------------------------------------------------ とここまで書いたらなんと字数オーバー! そんなわけで、つづきます。すぐに次にいきます。
September 28, 2006
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Vol.42「最終決戦」 前回、11月から「最終決戦」が開始する、と言った。何故11月か?冬期講習のコマ数を決める定例保護者会というものが、11月に始まるからである。 10月末あたりに、講師たちに「11月からは面談席に缶詰になり、なかなか教室全体に目が届かないことも多くなると思う。でもなるべく多くの授業数を確保することも相当重要なことなので、このことに関しては俺に任せてほしい。そのかわり、当分の間、教室内のことを全面的に任せるので、よろしく。保護者会が進むにつれ、生徒の口からも「コマ数多いよ。金高いよ。」っていう言葉が出るかもしれない。俺も講師時代にそうだよね高いよね、っていう言葉で何度も同意しそうになったものだけど、それはやはり保護者との間で了承がとれているならば、こっち側が言うことではないと思う。同意してもいいけど、「そうだよ、高いんだからしっかり無駄にしないように頑張ろうね」っていうようにして、更に講師のみんなには同じような考えのもと、一回の授業を無駄にしないように頑張ってほしい。協力よろしく!」というような、非公式ミーティングのようなものを行い、講師たちの協力を仰いだ。 そして保護者会を迎えるにあたっての「定例保護者会のお知らせ」というものを配るのだが、古くからいる生徒の家などは、「保護者会に出席する=講習をたくさん取らされる」という考えに結びつく保護者もいて、欠席にマルをしてくる家もあり、そうでなくともそのような気持ちで保護者会にのぞまれる時点で、良いことではないので、何か打開策が必要だった。どうしても保護者会に出席したくなるような案内にするべく、自分が親の立場で心底これは出席しなければ、と思うような案内・・・考えた挙句、以下のようなガイドラインを案内に同封することにした。―――――――――――――――――――――――――― ~受験相談会(三者面談)のガイドライン~来る11月より高校受験生を対象にした「受験相談会」を行います。つきましてはその内容のガイドラインを一部ご紹介しておきます。学校での三者面談とは一味違う、より具体的に受験への戦略的なことも踏まえて、深い部分をお話します。必ず(生徒本人も)参加されるよう宜しくお願いします。・ 県立高校入試過去5年間の傾向とポイント(科目別)・ 倍率は最終的にどうなる?・ 調査書の中身はどうなってる?・ 学校の先生に志望校のレベルを下げるように言われた生徒はどうすればいいの?・ 私立との併願について・ 教達検、通知表、入学試験の重要性比率はどうなっているの?・ 結局のところこれから何をどうするのが最もいい方法なの?この他にも「学区について」「専門教育学科及びコースについて」「推薦について」「再募集について」など、必要に応じていろいろとおこたえしていきたいと思います。―――――――――――――――――――――――――――――――― かくして、受験生の保護者は一人の欠席もなく、本当に都合がつかない保護者が「土曜日の夜遅くしか行けなくて、でもどうしても参加したいのでなんとかなりませんか?」など、ありがたい言葉ももらえたりした。 そして始まった受験生の保護者会。今回は生徒も同席するので、「家に帰って本人と相談します」などの講習コマの保留といったことがなく、全てその場で決着をつけていった。この講習申込書にサインをしてもらう時に、授業を無駄にしそうな生徒に対しては、「いい?今こうやってお母さんが申込書にサインしてるこの場面をよく見ておくんだよ。学校と違って塾はお金がかかってるわけだし、そんな中お母さんが申し込んでくれたこの瞬間をいつまでも忘れないようにね。そう、本当にいつまでも。高校に合格したあとも、自分が大人になって稼ぎが生まれたあとこそ忘れずに思い出してほしい。」 明らかに今までの保護者会とは違う、生々しい話などを交え、本音でエモーショナルに行うことで、生徒自身の顔も引き締まっていくのを感じた。 一年前の冬期講習も我が教室は目標達成が出来て、山梨の中では一番の成績をあげることが出来たが、東京の教室に比べればやはりまだまだ、全然であった。東京の達成教室っていうのは受験生の保護者会だけで、既に目標達成を完了してしまって、受験生以外の生徒は逆にあんまり講習を受けていない、というところも多かった。 今回の富士吉田も受験生だけではまだ目標に届かなかったので、鍵を握っているのは受験準備性と呼ばれる中二、高ニ生への対応だということは感じていた。 授業を無駄にしそうな生徒には受験生と同じように保護者会に同席させて三者面談の形にした。そして、やはり受験生じゃないところの保護者となると、危機感がない家が多く、コマ数提示も合計金額からの逆算が必要だと思った。本部的にはこういうやり方はよくないことで、生徒のことをまず考えて、納得いくコマ数をまず提示しなきゃ!っていう教えであるわけだが、それで何十万もの金額になり、とても払えませんとなって、だんだん回数を落として、両者が落としどころを探る、みたいなやり方のほうがよっぽど感じが悪い気がしてた。 だんだん落としていけるなら、最初からそんな提示するなよ!って俺が親ならやっぱり思うし。 俺は中二、高ニ生の講習時の授業料引き落としを何とかして10万円未満にすることを出発点にした。講習費の他に通常の授業料(富士吉田の場合、週に3回の生徒が一番多かった)や維持費やテキスト代もあるわけで、それを考えると講習コマ数は24回(6万円)にすることで、総計9万8千円となった。 使用するテキストの目次の中から本当に必要だと思われる項目を24回の授業でまかなえるようなカリキュラムを予め作成して提示した。金額的に渋る家で、例えば「20回でなんとかお願いします」という家も少なくなかったが、そこでそれを受け入れてしまったら、何が何やらわからない、24回とった家は何だったのかっていうことになるわけで、俺は「こことここの単元を切ってその代わり絶対に自分でやることを信じたならば16回になりますので、それでいきましょう。そのかわり、このカットした8項目は本当に重要なことに違いはないので、自分でやるように、っていう言葉で終わらせたくはありません。つきましては半強制的自習として、塾に8コマ分の自習に来てもらいます。」というような削るなら削るでその根拠を明示し、値下げ合戦みたいなことにはしたくなかった。 一方、俺の中で受験情報の収集には、なりふりかまっていられなかった。この教室からは今まで受けた人がいない珍しい私立を受けようとする生徒がいて、俺はそこの高校に電話をかけて、「今度受験することになる娘を持つ親なんですがね・・・」という感じで、かなり年輩風の声色を装い(笑)、自分の生徒のためになることならウソだっていくらでもつくぜ!っていう気持ちで、微に入り細に入り、情報収集した。 保護者会が終わり、冬期講習が始まった。史上最大の合計コマ数になったので、生徒の時間割予定表の作成や毎日の座席表作成に大苦戦し、講師の絶対数の不足にも悩まされ、シフト調整には本当に苦しんだ。授業中は全体を見るためにも俺自身は原則として授業をしないように心がけていたが、そうも言ってられない事態も頻発し、結構授業もするようになってたが、それはそれで昔の講師時代を思い出す感じで懐かしかった。 そんなこんなで、毎日が必ず午前様となり、かつての大月で感じた、仕事が忙しくて死ぬかと思った、みたいなレベルに追い込まれることとなった。 大月のときは要領も悪く、わざわざ苦行の方に向かっていた感じだが、今回は全体の流れも熟知して、要領も得て、抜きどころも知ってる中で、敢えてマックスに仕事に専念したらいったいどんなことになるのか、という、仕事人としての自分の限界を見てみたいっていうのがあったとも思う。 最終決戦の結果として・・・~2005年9月~2006年2月末までの半年間で~・一ヶ月あたりの平均売上¥4048000・一ヶ月の生徒一人当たりの単価¥42543・ 平均生徒数95・2人(前年比141.4%)・ 冬期講習目標達成率112.2%冬期講習結果に関しては、山梨の他に群馬、栃木、茨城の計4県の北関東での総合売上第一位。東京も含む我が会社のグループ(50教室)全体で第五位。ということになった。本気の本気になった人間がイマイチな結果になったら悲しかったけど、自分でも納得の結果とそれに対する評価が与えられた。 それにしてもこれだけやっても我が会社内では5位っていうのは、東京の教室ってのははいったい・・・。まぁ我が会社で5位っていうのは全国でも5位とも言えて、いや百歩譲っても10位には入るだろうから、1550教室の中のベスト10入りは良しとしよう。 かくして、俺のサラリーマン人生最終決戦は幕を閉じた。そして、仕事をしてきた中で、とんでもない大発見をした。このことに気付いただけでも、サラリーマン時代に意味があったと言えるし、それは俺の中で、今後の人生にも大きく影響を与える大発見だった。(つづく)
September 21, 2006
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Vol.41「史上最大の作戦」 来年の3月で退職する俺は、11月より突入する「最終決戦」に向けて、史上最大の作戦を練っていた。 って、何のことやらって感じだと思うので、詳しく述べよう。我が会社のいわゆるボーナス査定というやつは、なんてことない結局は夏期講習と冬期講習という、年に二回の数値達成率による算定が全てといっても過言ではないものであった。過去の実績とか、努力賞とか、リーダーだから(リーダー手当てはスズメの涙)とか、一切関係なく、数値達成により、それこそタクシーのメーター的に変わっていくものである。 この目標数値のハードルがどれだけ高いものかを言い表してみると、全国に1500以上ある我が塾の室長達全てにこの数値を当てはめると、8割、いや9割近い室長達はボーナスはゼロになる(笑)、という(全国的に見ると)果てしない数値である。ちなみに目標達成出来なくてもボーナス発生開始にはなるが、そのボーナス発生開始の数値までに我が会社以外のオーナー教室のほとんどは届かないということである。 まぁでもこれはトップメガフランチャイジーに属してしまった運命として、受け入れるしかない。実際、我が会社内では最終的に多くの教室がズバズバ目標は達成していたわけだし。ただ、目標達成教室のほとんどはやはり東京の教室が占め、山梨や静岡は苦戦を強いられていた。 いいわけはしたくないが、こういう時やはり地方はいろいろと不利なのは確かである。これを如実に表してるいい例として、去年の夏期講習達成率第一位だった高島平駅前教室の室長が、今年静岡の第一号として伊東駅前教室に異動になり、いきなりビリになった、というわかりやすい実例がある。 山梨もしかりで、不利なのは否めないが、まぁその分例えば生活するにあたって、家賃が安いなどのメリットはあるわけで、考え方次第かなとも思ってみたりもした。 今、こうして「ボーナスは完全成果主義」みたいなことを述べているが、そういえばボーナスだけじゃなく、毎月の給与も基本給に加え、かなりの部分が「成績考課」や「情意考課」といった査定があった。俺は「成果主義」そのものには特に異は唱えないつもりだが、ものすごい謎なのがこの中の「情意考課」というやつである。「成績考課」というものは「生徒数」や「単価」や去年との伸び率など、数字で出るからそれなりに客観性があり、俺も納得できたのだが、「情意考課」というやつの中には、例えば「会社の経営理念をよく理解し、その上で仕事に取り組んでいる」という欄があり、10点満点での採点になっているのだが、どう考えても毎月(ワンシーズンなどの期間でならまだわかるが)室長何十人分のそれを正確にジャッジ出来る術はないだろうと思うし、極めつけは「教室の清掃、整理整頓、掲示物など環境整備に気を配っている」という項目があって、富士吉田教室に丸一ヶ月間本部の人から他の室長から何から誰一人来なかったという月は何度もあったのに、毎月これに対して評価が変わるのはお笑いである。 幸いに俺への査定は結構評価してもらっているようだったので、文句言うのも変かもしれないが、教室内清掃に特に燃えて、大きな模様替えをはかった月に誰も教室に来なくて評価が変わらない月があるっていうのは、モチベーションが下がる室長も多いはずだし、明らかに査定内容が形骸化している。 話がそれた。そんなわけでボーナスを手にするには毎回の講習を頑張らなければ冗談でもなんでもなく、収入はなくなるから、それはそれはみんな真剣である。俺の貯金にしても結局年間にするときっちりボーナス分がそっくり貯金出来てる計算になってて、なんだかんだで月給は消えてなくなっているという結果になっていた。特に最終年のこの時はなんだか出費が多かったのか、相当ボーナスで稼がなければ年間目標額に届かないという状況でもあったので、ますます燃えた。 ところで、こんなことばっかり書いてると、生徒の学力のこととかが置き去りになってる、と思われるかもしれないが、ここで以前に述べた「矛盾」との戦いが始まるのだ。 もちろん、完全なる矛盾ではなく、基本的には「講習コマ数が多い(勉強する時間が多い)=学力が上がる」というのが大前提としてあるわけだから、講習コマ数を獲得するという経営努力は生徒の学力アップ及び家庭の希望と合致する。 しかし前にも述べたとおり、この理屈だけでその他の一切の要素を考慮しないというのは健全ではないと思う。いろんな矛盾点とせめぎ合いあいながら、最良の結果にしたい、そんな理想に向け自分自身が納得するための最終決戦にしたかった。 例えば、めでたくコマ数を多く獲得したとしても生徒本人がイマイチやる気がなければ、どうにもならないし、お金をドブに捨てることに等しい。 そして、実際に授業をする講師側全員に「なんとかして学力をあげてやろう!」という気持ちが浸透しなくてはいけない。 ごくごく当たり前のことばかり言ってるようだが、これらに対しての解決策はこれまた当たり前すぎることだが、熱意を持って「生徒・保護者・講師」に話をするほかない、というのが、史上最大の作戦である。それだけかい!(笑)。いやいや、詳細は次号で。(つづく)
September 18, 2006
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Vol.40 「辞意表明とその後」 宮路部長という人がいて、思えば常に俺の上司だった人であり、大月の時から、随分俺のことを高く評価してくれていた。目立たぬ部分にもスポットを当てて、大月や富士吉田の教室のことを東京の教室にも紹介してくれ、モデル教室のように取り扱ってくれた。多くの子供達がそうであるように、俺も誉められて伸びるタイプである(笑)。34になってから就職し、社会に通用するのかどうか不安とともに、自分なりに全速力で全力で、取り組んできたことを、しっかりと評価してくれたことがどれほど自分の自信につながったことか。 2005年の3月、宮路部長に「現在の中2生というのは私が富士吉田に来た時の中1生で、この子たちが受験生となり入試が終わる来年の3月に、私はこの会社を退職しようと考えています。30過ぎまで実務経験ゼロで音楽ばっかりやってきた人間を迎え入れてくれたこの会社には本当に感謝してます。せめて今後の教室に起こる混乱や弊害を最小限にするために、一年前の今の時期から部長の耳には入れとこうと思いました。」と言った。 かなり切実に引き止められた。部長は、「赤澤さんは絶対にいなければならない存在。山梨全体を大きくするためにも会社にとっても絶対必要です。」というありがたい言葉だった。「生徒のために」とか、っていう引き止めフレーズじゃなく、結構直球で「いなくちゃまずい!」と言ってくれたことは、ありがたいことであり、心苦しいことだった。 部長自身のこともいろいろと、さらけ出して話してくれた。そんなこと言っちゃっていいの?っていうくらいのことまで、話は多岐にわたり、話し合いは3時間以上に及んだ。 それから半年が過ぎたある日、専務から食事に誘われた。そして、かなりの驚愕話が専務の口から出た。「来シーズンから、赤澤さんには、H町教室で室長をやってもらおうと思ってます。」という話が出た。 H町教室・・・、言わずと知れた全国No1のキング教室。入社したての右も左もわからない俺が最初に机を拭いた教室。政治結社団体が来るほどの教室。居場所がなく、ひたすら雑用に励んでいた教室。社長がどん底から起業し、最初に作った教室。この教室の意味することはどれだけ深いことなのか、もちろん俺は知っている。インパクトありすぎの人事異動話だった。 話そのものはひたすらありがたく、すごく高い評価をしてくれているんだということには感謝しきりで、それこそ人生が二度あったら、間違いなく受けてたち、でも一生の仕事ではないけど、その後数年間は自分の力量を試してみたかった。 でもあまりにも少し会社側も俺を買いかぶりすぎというか、いやそれよりも辞意表明がトップに知れ渡り、それゆえの措置だったんじゃないかと思う。辞意表明は部長にだけして、全然正式なものではなかったが、トップまで話がいったことだけは確かである。それを専務はまだ知らないという設定で、お互いに話が進んでいくという、実に大人の(?)探りあいみたいなランチとなった。 経営陣の方々は、おそらく俺が「今いる場所(山梨)が不満で物足りない」、「給料が不服」といった理由が根底にあるんじゃないか、と思っていたような気がする。確かにH町教室長に就任したならば、これら二つのことは大きく改善されるのは事実だ。でも、俺の考えは全然違うんだよなぁ、と思いながらも、まぁ火が出るほどの忙しさの中で仕事人としての自分の可能性を試してみたい、ていう気持ちは多少あり、自分の先に具体的な夢や目標がその時になければ、気持ちは大いに揺れていたのかもしれない。 なんだかんだと、いろんな引止めにあい、何より板ばさみとなっている宮路部長に申し訳なかった。この話は他の教室長に対してはずっとシークレットで、その後、他の教室長が辞めたい、という場合の引き止め役を俺がしたりもしていたほどだ(笑)。 でも俺の決意もこういったことによって意志が覆るほど軽くはない。来年の3月まで。これを変える気はなかった。そして9月になり、最終クール(うちの会社は3月と9月が半期)にさしかかった。 辞めることを決めた人間がグダグダになり、無責任になるっていうのはカッコ悪いし、何より自分の中での仕事上の限界点を見て、そこに到達して辞めたいというのがあった。 最後の半年間を俺は「最終決戦」と呼んでいて、ただならぬ決意で仕事に埋没した。(つづく)
September 15, 2006
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Vol.39 「一生の仕事」 ここ2,3回は「仕事上の矛盾」的なことを述べてきた。あらかじめ強調しておきたいのは、これらのことが原因で、「こんなんならCAFÉでもやろう!」って思ったわけではないということ。 CAFÉのことは3年以上前、完全に仕事が軌道にのった頃に決めてたことだし、もともとこの仕事が「一生の仕事」とは思ってなかった、ということも既に述べた通りである。 ここでは、じゃあ何故「一生の仕事」とは思えないのか?ということを述べることにしよう。教室長の仕事は自分にとっては実にピッタリだったなぁ、と今でも思う。いわば雇われ店長みたいなもの、いやまさしく雇われ室長というわけで、本部の管理下に置かれるのは確かなのだが、実際のほとんどの一日は、上からの目を気にすることなく、自分が采配を振るい、教室をプロデュースし、運営していく、というこの仕事形態はかなりの自己責任は伴うが、こういう仕事のほうが断然俺はおもしろいと思った。 人生がもし二度あれば、いや二度でもダメかもなぁ、もし三度あるならば、俺はこの仕事をずっと続けていたのかもしれない。「たられば」話をしてもしょうがない。人生は一度。だからもっと自分が思いきって、直接的に物事に関与し、己の意志を貫き通して人生を終えたいなという思い。単純な話だが、これが俺が考える「一生の仕事」のすべてである。 年末に行われる塾の全国総会というもので、生徒数や売上による表彰というものがあって、千人以上収容のホテルの「飛天の間」だかなんだかという広間の大画面に、表彰される教室名と、オーナーと教室長の写真が映し出される。毎年これらの写真を見てるとまた矛盾というか違和感というかを感じてしまう。オーナーに対して各教室長のみんな若いこと若いこと。 教室長はあたかも自分が表彰されているかのような気になってるかもしれないが、ここで表彰されているのは教室長じゃなく、オーナーなんだってことを若者達(?)はわかっているのだろうか、これらの教室長たちは果たしてどのように自分の人生を考えているのだろう、とぼんやり考えていたものだ。なんて、俺も随分年寄り風な物言いだ。 まぁ、全国表彰の上位30位(1550教室中)があるとするならば、そのうちの20以上は我が会社のグループが独占という、本当に驚異的なグループが我が会社であり、だから最後の上位ランキングになると、オーナーの写真はずーっとうちの社長っていう現象が毎年起きており、全国の他のオーナーさん達は半ば諦めていたようだが。 話がそれた。自分の仕事を「一生の仕事」へとシフトするべく、退職する日が来る。でもその前に「辞意表明」というものを、その後の会社に迷惑のかからないように、なるべく早めにする必要があった。就業規則には「退職の意向は一ヶ月前までに」(法的には10日前だっけ?)となっていたが、俺は一年前に部長に退職の表明をした。(つづく)
September 12, 2006
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Vol.38 矛盾と向き合い、もがく 大学卒業後すぐには就職しなかった俺は、引いた立場で新卒で就職していった友人を見ることができた。もうかなり昔のことだが、男にして呉服屋に就職し、営業担当になった知人がいた。彼と呑んでる時、俺は「着物って、一回売れたら同じ人が次に買うことが当分ないっていうのが辛いとこでしょ」っていう素朴な疑問を投げかけたことがあって、その時の彼のセリフは、「着物っていうのはさ、必要なものなんだよ。季節にあわせてもそうだし、多くの種類を持ってないといけないものなんだよ。そういう人はちゃんといるし、それが俺のお客だし、本来一般の人もみんなそうならなきゃいけないと思うよ。」というものだった。 彼は非常に素直で、真面目なタイプであるだけに、このような考えになったのだと思う。彼を非難するつもりは全く無いし、それにこれは全くの正論にも聞こえる。 しかし、俺は敢えて言いたい、あくまでも予想にすぎないことではあるが、そして彼に失礼なことだが、彼は本当の本当、根源的にはここで言ってるほどの着物の必要性は感じていない、いや感じていなかったはずだ、といっておこう。 確かに彼が営業の場や顧客相手に話しているわけでなく、男の俺に対して(あたりまえだけど)着物を売ろうなどという考えは全くなかったろうし、これは何の利害も絡まない呑みの席での彼の意見である。彼のこの言葉に偽りはないのだろう。そして、彼はこのとき本当にそういう人になっていたのも確かだと思う。 でも、だからこそ俺にとって、それは違和感となって残った。 彼が昔から呉服業界一筋を目指していたわけじゃないことはわかりきっている。つまり、この呉服屋に就職することによって、後天的にこのような考えになったということだ。 これももちろん悪いことでもなんでもない。会社にとっては初回研修大成功といったところだろう。彼にとってもある種の使命感、生きがいをもって着物の営業をしてるわけだから、彼自身の精神的にももちろんいいと思う。 ただ、もともと根源的にはそういうことは思っていなかったわけだから、やはり会社や上司が研修でいろいろと言うことに対して、どこかで自分がこれを心底受け入れることでアイデンティティークライシスから無意識的にも逃れたんだと、俺はどうしても考えてしまう。 彼のようなタイプを他にもたくさん目にしてきた。本屋に勤めることになってから、「本というものは・・・」というような自分なりの哲学を持ち始める人や、「保険というものの素晴らしさというのはね」っていう言葉が本当に本音の場で出てくるのである。何度も強調するが、これは全然悪いことではない。が、根源的な自分の思いにそむくことなく、疑問を投げかけ、矛盾を胸にしまったまま、仕事をし続ける、ということも深い意味での自分の幸福への使命感や生きがいにつながるのではないかと思う。 矛盾をもちながらも自分のやってる仕事に自信と誇りをもってやることは出来るはずだ。前述の呉服屋の彼のような境地(?!)に入るほうがきっと、本人もラクだし、仕事成績も上がるし、会社側もそういう人たちで埋め尽くしたいと思っているにちがいない。 しかしそういう人たちで埋め尽くされた場所というものは「会社」ではなく「宗教組織」だと思う。 かなり粗暴な意見なので、多くの反論や批判ありそうだが、俺にとっても今回のこの文章の内容にある考えは相当重要なことなので、考えを変えるつもりはない。 夏期講習のコマ数は講習案内(リーフレット)に「100回」とか「140回」などのコースが書かれてあり、そういうコースを室長は保護者や生徒に対して提示する。中三生の授業単価は2750円だから、100回であれば27万5千円ということになる。これが高いか安いか、という考えはここではしないでおくが、会社側は「生徒のためを思って、回数提示はするように。そこの家計が苦しいとか、所得とかを考えて回数提示するなんていうのは、逆に失礼。あくまでも生徒のために、自信をもって提示すること」という教えだった。 確かに一理あるのだが、そもそもこの100回や140回の回数そのものにどれほどの根拠があるものなのか、俺の中ではまずこの点が大いなる矛盾点であった。俺の中で大前提としてあるのは、とにかく「最大限に塾に来て少しでも多く勉強するように仕向け、学力を上げる」ということ、だからこそ俺も最大限のコマ数提示をし、結果的には山梨の他のどの教室よりも100回以上のコマ数の生徒が多いということにはなった。でもこの「最大限」というのは「生徒のやる気」だけを問題にすることではない。当然ながらボランティアではなく、費用がかかる話なのだ。こっちとしても仕事であるし、生徒の成績も少しでも上げたいとなると最大限勉強してほしいと思うし、家計における教育費の割合も最大限に上げたいと思うので、当然家庭の負担は相当なものとなることを承知で、保護者とはお話をするのだが、そこの家の状況とか、家計とかも無視してはいけないとやはり思う。山梨の他のとある教室で、給料が9万円の家庭が10万円以上の授業料を未納してる、という例もあった。 俺みたいにいろいろ汚れている(笑)教室長ではなく、純粋かつ熱血な新卒の教室長が、会社の研修を受けたりして、先の「とにかく生徒のために」ということで、キラキラした瞳で一点のやましさもなく、保護者に講習のコマ数提示をしてたりして、そしてこの手の室長がよい成績を上げ、本人も生き生きとしてたりしがちなんだが、俺はやっぱりある種の違和感を感じる。呉服屋の彼(何度も登場させて恐縮だ)に対して感じた違和感と同じものを・・・。 俺の親友にやはり塾業界にいて、しかも俺の塾と業態が同じ個別指導塾にいて、まぁ言わば超競合会社なんだが(笑)、先日久しぶりに彼と飲んだ。彼の塾は完全一対一の授業形態の塾なので、更に単価が高い。そしてやはり極限まで教育費を捻出してもらうべく、彼の会社では「車を売ってでもやらしてください」というような話をする場合もあるらしい。 そんな中、先日彼の教室に、「もう老後の蓄えから何から全て使い果たしました」という保護者がいたらしく、彼としてももう何も言えなかったし、とっても複雑な気持ちになったという。 俺よりもはるかに業界が長いベテランの彼が、今でもこのように複雑な気持ちになり悩み、もがいてることは、「子供のためを思って、車売ってください」と涼しい顔で言える人よりもずっと健全であると俺は思う。 仕事上の矛盾を矛盾のままに受け入れ、目をそむけず、もがきながら、それでも懸命に取り組む、これが「仕事」だろうし、こういう人こそが健全なビジネスマンといえるのではないだろうかと強く思う。(つづく)
September 9, 2006
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Vol.37「ビジネスにおける二大悪」 仕事をするにあたって、俺の中でどうにもしっくりこないことが二つある。「会議」というものと「報告書・企画書」というものである。ぜひとも断っておきたいのだが、「会議」も「報告書」も組織ではとても重要で必須であるということは俺も大いに認める。 ただ、その中に意義深いものと、どうでもいいものが絶対にある。「会議」というのは、会社側の意志伝達や話し合い等で効率よく決めるためにはぜひとも必要だと思う。例えば、吉越浩一郎氏率いるトリンプ・インターナショナル・ジャパンの早朝会議などは、まさに即断即決で、社運をかけた一大プロジェクトや超重要事項にしても、必ず2分以内で決断が下される、といった気持ちいいほどのトップダウン方式で、これはこれで十分会議としての意義はあると思う。トップダウン方式ならむしろ会議は不要でメールで決定事項として流せば、っていう人もいるかもしれないが、俺は逆でこの場合、会議だからこそ生きると思う。 俺がとても虚しいと思う会議は、いわゆる「会議のための会議」というもの。毎週必ず会議をしてると、時にはネタにつまる時もあり、そういう時に「~プロジェクト」みたいな話が持ち上がり、それぞれの室長が何らかのプロジェクトを担当して実践していこう、ということになったりする。「プロジェクト」といえば聞こえはいいが、それは「チェックテストプロジェクト」とか「ニュースレタープロジェクト」とかで、各室長にとって新たな仕事が増えるのだが、ネタにつまる時期であるほどだから、そういう時期は出来るのかもしれないが、繁忙期の室長業務はそういうことをやるほど甘いものじゃなく、結局だんだんとその企画が消えていったりした。例えば、ニュースレターにしても途中で止めてしまったならば、以前もこのブログで述べたことだが、それは顧客に対して途端にマイナスになることなので、それくらいなら最初からやらないほうがいい。 俺も「それは結局やれなくなることは目に見えているので、やめといたほうがいいと思います」という消極案は結局言う勇気がなかった。 過去に各室長が手がけたもので、教達検対策(山梨の中学生にとって非常に重要なテスト)の冊子というものがあって、それは本当に素晴らしい出来ばえだったと今でも思うが、翌年はまた更にそれぞれがゼロから作りだしたりした。多少の改訂は当然としても、使えるところは使って、改良していけばいいのに、ご丁寧にゼロからまた作ろうとする。 俺と櫛形教室の杉浦さんで作成した渾身の「新人講師マニュアル」にしても、作ったその年だけそれを使用し、翌年は東京のマニュアルと統一になったりした。作成当初は概要やルール説明よりももっとOJTというか実践形式を重視して、山梨の地域性も考慮しようということで、作ったものだが、翌年やっぱり概要とかが大事で東京だろうが山梨だろうが、ルール説明のようなものはやはり時間をかけるべきで、とそれならそれでいいんだけど、こういうときにだいたい「全面改訂」になる。物事もっと複雑というか中庸的というか、そんな極端に振り幅が激しいと混乱もひとしおである。 結果的にいい方向に進んでいればもちろんいいんだが、いろいろとやってはみるが、すぐに変化させ、その変化が、ちょうどこれまでの真逆の方向になる、というか・・・。 やはりこれは会議=改善(勘違いの)、改良の場 ということだけでやってる、とだいたいこのような結果になるんだと思う。 それと、翌日が山梨エリア会議という時に俺は甲府エリアマネージャーと二人で電話で、明日の会議の議題とか進行表などを電話で話し、作成し、それを本部の部長にFAXする、という段階を踏んでいたが、このワンクッションがあるおかげで、ずいぶんと「ミテクレ重視」の企画書になってしまっていたし、いろんなやりとりをするうちに、だんだんわけがわからなくもなっていった。山梨は二人のリーダーに任せるとなったならば、企画書の検閲も無し、というところまで任せてほしかったし、そもそも翌日の会議にはこの部長も来るわけで、まずい点があったら、会議中に割って入ってでも訂正してくれたほうがよっぽど合理的だと思った。会議のための会議、というより、会議の準備のための会議みたいになってた。そして忘れてはならないのが、この一連のやりとりは自分の教室の授業中にしてたわけで、その間、完璧に現場に背を向けていたことになる。 もうひとつ、「報告書」とよばれるもの。例えば入会や休会の数や経理上の動きなど、数字的な報告書は絶対に重要で、これを怠ると会社全体も大変なことになるのはもちろんわかる。 俺がなんとも疑問だったのは「夏期講習総括シート」とか「今期の目標」とかを文書化して書くという報告書である。過去を反省し振り返り、未来の目標を設定する、っていうことはもちろん大事なんだが、そんなことは常に心がけているし、目標とかも俺の場合、相当戦略的で細かいことを考えてはいるんだが、それを書き表すのが面倒ということと、目標や反省にしても、会社に対して書く報告書はやはり本音ではない。ちなみに本音のほうが会社の利益に貢献する考えを俺はしていたと思う。が、それを書いてもやはり少しそれは良くない報告書となるのがわかりきっていたし。 うーん、まぁこれらの会議や報告書の意味はやっぱりあるのかもしれないが、少なくとも現場で起きてる、教室のことや生徒や講師のことに背を向けながらやることではないと思う。(つづく)
September 4, 2006
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Vol.36 「コスト削減とケチの違い」 今のところ、このブログ全体に流れるトーンは、「大変働きやすい環境で、かつ社長は凄い人だし、会社も素晴らしいところだ!」といったところだろうか。全面的にこれを認めるつもりはないが、このブログを自分のいた会社批判や内部告発的な文章にするつもりもない。 しかし、もちろん納得のいかない出来事もあったことは事実であり、そこから目をそむけるというのも違うので、今回は毒を吐くことにします。 イチ労働者としての不平不満となると、だいたいが仕事量や仕事内容のことに集約されると思うのだが、これを今度はオーナー側、会社側からみた場合は「ごもっとも」となることが多い。 最初から俺はこの仕事を一生の仕事と考えておらず、(規模はあまりに小さいながら)「オーナー」と呼ばれる人になろうとしていたこともあり、経営側から仕事というものを俯瞰して見ることも出来たので、不満は感じながらも、納得が出来ることも多かった。 コスト削減関係のことなんかはその良い例だろう。たとえば、本部に発注した教材や備品は配送されてくるのではなく、原則的には会議等で室長達が本部に行った時に直接持って帰ってくることになっていた。山梨の場合、会議会場となった教室に他の教室の分も全て一括で届き、それぞれの室長が手で持って帰る、といった具合で、配送コストを抑えていた。山梨の室長はみんな車で来てるもんだと思い込んでるのか、月一回の本部全社会議では相当量の備品を持って帰ることになった。俺はポスターやら教材やらファイルやらスタンプやらをチンドン屋みたいになって電車で持って帰ったりしたもんだが、この配送コスト削減の体制はさすがだなぁとむしろ感服してた。 他にも会議で配られる文書が暗黙のうちにA4で統一されて使用されていた時、社長が「なんで無理してA4にしないといけないの?2枚をA3にひとつにすれば、枚数は半分ですむんだから、内部連絡だけのものはもう少し頭使って考えてコピーするように」と言った。大概の会社もそうだと思うが、コピーはリースで、用紙のサイズではなくカウンターによって請求が変わる仕組みなので、これまたなるほどなぁと思った。 他にも、コスト削減に関する様様なことが励行されており、労働者サイドからすると面倒くさいことも多いのだが、そうやって会社は大きくなってきたわけで、そこで働く従業員はそこに文句を言ったらおしまいだと思う。 あれ?なんだかちっとも毒吐いてないな。そう、コスト削減っていうことは本当にこの会社は徹底しており、こういうことは企業の規模が大きくなればるほど、累乗的に結果も変わっていくことなので、大企業とかがこれを見習えば凄いことになるのになぁ、と思うが、プライド高い大企業の労働者の不平不満の大爆発も目に浮かぶのも確かだ。しかし、「コスト削減」と「ケチ」はやっぱり違う。断じて違う。こんなことがあった。会社全体でボランティア活動をしよう!ということになり、各教室がそれぞれ自由に企画し、講師たちにも協力を仰ぎ、盛り上げていこう、みたいなことになり、富士吉田教室はせっかく富士山の近く(というか一部というか)にいるので、富士山にからめたことにしたかった。そして調べると幸いに「エコツアー」というものがあり、富士山の5合目から6合目にかけて一人ガイド役の人が付いてくれながらゴミ拾いをする、といううってつけのボランティアがあった。 講師たちもほとんどが参加してくれて、大月の主力講師も参加したり、非常に意義深いものとなった。「ゴミが多いから」という本当に愚かな理由だけで未だ世界遺産になり得ていない日本最高峰の山。最高峰というだけではなく、あのなんともいえない形、あの強烈なインパクト、「日本一の山」は言うまでも無いどころか、2位とか3位とかの山は無くて、次にくるのは5位くらいになるんじゃないかという、やはり近くで見るほどに富士山っていう山はそれぐらいの山だと思う。いつの日にか、遅ればせながらこの山が世界遺産になった時に、「俺も(私も)、ゴミ拾いでちょっとは貢献したんだよ」って言えることが嬉しかったし、また、このようなことが出来る場所の教室にいるという自分が幸せだと思った。 さて、このエコツアー、ガイドさんもボランティアなので、一銭の出費もないのだが、5合目までは車やバスの交通手段が絶対に必要であった。河口湖駅前から出てる5合目までのバスは一人往復¥2000である。とてもじゃないが10人ちょいで行った場合の2万円以上の交通費は本部にも請求出来ないということで、大月教室長の車と講師の車の計3台を出すことにして、それにみんなで乗っていくことにした。通常、車で来る講師の交通費は1キロ10円という、(この算出もどうかと思うが)ガソリン代で、でもまぁそれはいいとしよう。月末になり、車を出してくれた寺尾先生がこのときのガソリン代を申請してないのを知った俺は、「寺尾先生、エコツアーの時の交通費も書いときなよ」と言い、寺尾先生は「あ、いやあれはボランティアなわけですし、いいですよ」と言ってくれたが、「いいから書いときな」と俺は言った。そして、この月の講師給を本部に計上したところ、総務からご丁寧に電話がきた。「ボランティアの交通費は不支給となるので、すみませんがよろしくお願いします」ときた。 会社全体、全教室を上げて、ボランテイアをする、という思惑の中には、もちろん偽善ではなくいいことに違いないのだが、会社側にはそれで企業イメージを良くするという、ちょっとした「計算(打算とはいいたくないが)」もあってのことだと思う。そして、それもそれでいい。 この時に参加した講師達に給料が発生しないというのも勿論当然である。しかし、バスでいった場合の何万という交通費を、寺尾先生が車を出してくれることによって、数百円(確か800円位だった気がする)のガソリン代ですむという、素晴らしい貢献度のはずなのに、寺尾先生への交通費は不支給なのは理不尽であろう。少なくとも寺尾先生が損をするっていう結果は、誰がどう考えてもおかしいので、俺はあとから個人的に現金で、直接寺尾先生に千円渡した。 エコツアーそのものは本当に気持ちよく、青木ヶ原樹海や富士五湖を見下ろす景色は絶景だったし、その年の夏、俺は富士山頂に登る予定もあり、それへの格好のリハーサルともなった。一人の講師への数百円の交通費不支給という「経費削減」が、この大変素晴らしく、清々しい思い出に水を差す出来事になってしまった。 こういうのは「経費削減」とは言わず、「ケチ」というのだと思う。ちなみに、このボランティアの時の不平不満話は実はその年の暮れに、会社に対し、いう機会もあり、しっかりと直訴させてもらった。故に、ここに述べたことは会社への陰口ではなく、大声で(!?)ぶちまけた会社公認の(?!)俺の不満である。(つづく)
September 1, 2006
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