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イザナギの命、イザナミの命、アマテラス大御神、ツクヨミの命、スサノオの命。オモイカネの命、アメノコヤネの命、タヂカラオの命、ウズメの命・・・岩戸の舞、八俣の大蛇退治、因幡の白兎、海幸彦山幸彦・・・神武天皇、ヤマトタケル、仁徳天皇・・・とりあえず、列挙(笑)八百万の神々。三種の神器(草薙の剣、八咫の鏡、八尺瓊の勾玉)などなど。物語性が強いという古事記。日本の神話、古代史をおおまかに理解して楽しむ。小さい頃、どこかで読んだことのある話。今でも、神話の名残をとどめていたり、謂れのある地。阿刀田さんが、その地を訪ねながら、古事記を軟らかくときほぐす。西表島の西はなぜ「いり」と読むのか?(これはあまり関係ないか)高千穂町で長く守られてきて、今も行われている【岩戸神楽】の神事の催し。船で通ってはいけない、魚をとるのもダメ、神域になっているという美々津の海岸。末端探求症(?)だという阿刀田さんは、半島の先端、岬に行ってみないと気がすまない。あちこちに話が飛び、神々の扱い方も一定せず、おおざっぱに楽しむという基本スタンスだが、十干十二支の組み合わせすらあやしい私には、この姿勢が丁度よい。古事記を少しでも専門的に扱っている方にとって、この本がどう写るのかはわからないが。阿刀田さんは、これと似たような入門書(さらにその一歩前といった感じか)をたくさん出されているが、私のように根気はないが色々広く浅く知りたいと思っている者にとっては、なんとも有り難い作家である。もっとも他には『ナポレオン狂』くらいしか読んでいないけど(笑)それにしても、神さまたち・・・ “ まぐわいすぎ ”古い時代に優秀な血族を増やすことが重要だった、という大義名分があるにせよ(笑)出久根達郎さんの解説も面白い(この方の作品もそのうち読みたい)幸田文が父・露伴から古事記1冊が教科書として与えられた話だとか。15歳の時に勤めていた古本屋の主人から「古事記は昔のエロ本だよ」と教えられた話だとか。
2003年07月31日
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もう5年以上も前に遡る。前回もとりあげたR校の話。三男の母校である。この年の夏は、123家にとって今まで一番暑かった。甲子園。贔屓チームが出ていれば応援するし、時間があえばテレビも観る。途中、何回戦かで負けてしまうということがほとんどだし、時間があわなくて観れなかったりなどして、そう同じチームの試合を何回も観ることはない。なので、1つのチームの熱烈ファンになる(一人一人の選手に詳しくなったりだとか)というところまではなかなかいかない。そんな私が熱烈なファンになったチームが2つある。清原、桑田の時、もしくは立浪、片岡、野村、橋本、宮本(慎)の時、ましてや今岡、松井(稼)の時のPLではなく、松坂を擁した横浜でもない。そして、伊良部、佐伯の時の尽誠学園でもない。では、どのチームか?神谷、大野の時の沖縄水産がそのうちの1チームだ。いきなりビッグネームはいなくなったが(神谷はプロ入りせず、大野は巨人→ダイエーと進んだもののパッとしなかった)このチームは沖水が、夏2年連続準優勝したときの1年目のチームだ。毎試合テレビで観て応援していた。選手一人一人が本当に好きになって、当時やっていた野球ゲームでは沖水のメンバーをモデルにして自分のチームを作ったりもしていた。結局、決勝で天理に0-1で負けてしまったが、本当に悔しかった。スタンドのお客さんの「神谷、阪神に来てくれ!」の声をきいた時には泣きそうになった(後で新聞で読んだものかもしれない)。そして、ファンになったもう1つのチーム。それがR校だ。(やっと前置きが終わった、笑)とってもヤンチャな感じのするチームで、はっきりいってマナーもあまり良くはない。でも、楽しそうに野球をするチームだった。他の部では全国大会常連校で名を知られていたが、野球ではどうもピリッとしない。スポーツ推薦による体育科があり野球部のメンバーもほとんどはその所属であったが、結果が出ていないこともあり、翌年からはその枠も無くなる方向であった。そんな中、ベンチ入りは16人(他に1年生が何人かいたが、ベンチには入れなかった)。でもなかなか個性のあるメンバーが集まっていた。要の投手は2枚看板。140キロ近い球をなげるエースは練習が好きではなさそうだ。もう一人のエースは、球は遅くフォームも全く迫力がないものの、コントロールが良く投球術、マウンド捌きが巧み。この二人のうち、投げていない方がサードをやる。キャッチャーはホームランを打ってから大振りが目立つが、意外と頼りになる。キャプテンのショートは一見、物静かな優等生タイプだが、そのギャグはつまらなそうだ。ファーストは線は細いがバッティングセンスは目を見張るものがある安打製造機で3番を打つ。ヤンチャ代表、一番センターは、ガッツ有、パンチ力有、走力有だが、守備が不安で、いつかとんでもない失敗やらかしそうな雰囲気をもっている。レフトは危なっかしい守備、怪しげなバッティンフォームだが、意外性と勝負強さを持つ。ライトは・・・・・どんな選手だったか忘れてしまった。そしてセカンドが、チーム1小柄でバッティングは非力だが守備は巧い、本当は足が遅いが相手に必要以上な警戒感を与える、唯一普通科の123家三男だった。我が家では、この三男、そしてR校を応援するためにケーブルテレビを導入した。地方の予選大会はローカルのテレビ局で放映されるからだ(もっとも、今考えるとケーブルテレビとローカル局は関係ないかも)母親は毎試合、スタンドに応援に行ったが、私は家でビデオ係をしてテレビを見ていた。勝ち進み、ビデオのタイマー予約の仕方をマスターすると、私も球場へ応援にいった。そして、こんな↑ヤンチャなチームは、あれよあれよという間に勝ち進んだ。優勝候補と言われる学校を倒して、なんと、とうとう決勝へ!!もう、123家は大騒ぎである。父は当然、会社を休んだ。父は自らも高校球児であったし、こちらに引っ越してからは、地元子供会でソフトボールの監督をしていた。次男~四男はこのチームのOBでもある。父はソフトの子供たちを引き連れ(四男はこの時、5年生)決勝の地、マリンへと応援にいった。もちろん母も。私はというと、また調子がおかしくなっていたビデオの世話をする為に、家で留守番。(試合途中にNHKでも放映していることに気付いた。それならビデオもわけなくタイマー録画出来たはずだったが)9回表ツーアウト。いきなり!そして、バッターは三男。センターに綺麗に打ち返した。おそらくその年、一番の当たり。しかし、結果は、センターライナー。この瞬間、R校、123家の夢は消え、この年の夏は終わった。途中リードしている場面、逆転された後も惜しい場面があったが、相手は何度か甲子園に出ている常連校、地力の差は大きかった。結局、弟のこの打席で試合終了となった。センターが捕球後、一塁へ走っていた弟の後姿が映る。この場面は今でも時々テレビで流れる。ローカル局で予選を放映している時のCM明け(CMにいく時かも)に、ほんの一瞬。過去の代表校が決まった瞬間の映像として。私や、母は「よくやった」という労いの気持ちが強かった。父は、「あそこまで行ったら、絶対勝たなければダメだ」と、心底悔しがっていた。「一位と二位では全く違う」と。三男がなんと言っていたかはよく覚えていない。甲子園に行ったこの年の代表校は、かなりのミラクル勝利などもあったものの3,4回戦くらいで姿を消していた。もし、R校が行ったらどうなっていたのだろう?と不思議な気持ちで観ていた。とんでもない大敗で終わっちゃったかもな、という気持ちも強い。でもやはり観てみたかった、とは思う。R校の予選決勝をスタンドで観ていた四男も今は、高一。それまで嫌々やっているようにも見えたソフトへの取り組みも試合後変わった。その時の5年生の代が子供会ソフト部の第三期黄金時代(そこまでおおげさなものではないか。二期は三男がいた時)で、6年次には大会で優勝などもしていた。彼らに三男がもたらした影響は大きい。あの時、マリンで観ていた彼らが今は、各高校に散り、甲子園を目指している。決して、甲子園常連の有力校に行っているわけでも、飛び抜けた才能があるわけでもないが、その成長ぶりを見るのも楽しいだろう。あと2年間、いつもより熱い気持ちでこの時期を迎えられそうだ。四男は相変わらず、積極性を前面に押し出すタイプではない(この当たりは三男とは全く逆で、私に似ている)が、なかなか頑張っているし、最近では体つきもだいぶ逞しくなってきたし、楽しみ。さて、ここからがメイン!(今までのは何?)5年以上前に、R校に勝った相手校。今年、四男が負けた相手校。今年、劇的勝利後(昨日の日記)のR校が、あっさりと負けた相手校。全て、同じところ(笑)。いやー、もう宿敵です(こちらから一方的に)しかも、今年はその相手校も、準決勝で負け。その時に勝った高校も、決勝で負けた。う~、まだまだ遠いぞ、甲子園。
2003年07月30日
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高校野球も各地で代表校がほぼ出揃い、いよいよ甲子園が近づいてきた。そんななか、現役野球部1年の弟(四男)の高校は、2回戦でコールド負け。3年生たちの夏は終わってしまった。そんな弟の存在もあって、今年はテレビで地方大会を久しぶりに観た。その中でとても印象に残った三男の母校・R高校の試合について書いてみる。まだ10日くらいしか経っていないが、記憶は随分あいまいだ。(手元に記録もなく嘘をついているかもしれないので匿名。笑)R校はCシードで、相手のA校はさほど難しい相手とは思えなかった。少し詳しく、試合展開をみていくことにする。序盤にR校が先制。その後、両投手が好投し、そのまま9回裏をむかえる。(早っ!)が、ドラマの始まりはここからだった。4-1で迎えた、A校最後の攻撃も1アウト。これまでの流れから、このまますんなり終了すると思われた。A校は好投していた投手に代打をおくった。背はかなり高いが細くて、あまりパワーはなさそう。セフティーバント(みえみえ)を2度試みるがいずれもファールで2ストライク。このバッターは大丈夫だろうと高をくくっていたら、見事な流し打ちでレフト前へ。この一本のヒットで流れがかわった。R校の投手の調子が狂いだす。まだ焦るような展開でもないのに、投手心理とは微妙なものだ。ストライクが入らない。初めての四球を出す。さらに、連続四球で1死満塁。リードは3点ある。まだ投手には笑顔が見えた。しかし段段と顔が引きつってきた。タイムリー内野安打、押し出し後、またもやタイムリー内野安打で、あっという間に(30字で)同点に!投手は明らかに球を置きにいっており、ストライクとボールがはっきりしている。ランナーは満塁、まだ1アウト、そしてバッターは4番。絵に書いたような絶体絶命の大ピンチ!!今まで継投で戦ってきたR校も、この日は先発投手に全てを託したのか、投手交代は無し。もう完全なA校押せ押せムードの中、バッターに投げた初球は魅入られたように真ん中へ。4番がものの見事に弾き返す!快心の当たり!ボールは右中間へ、R校万事休す!が!守備範囲の広いセンターがなんとか追いつき、キャッチ。しかしまだアウトカウントは2つ!ボールを中継に返すも、球に力がなく、内野を転々と…。この間に三塁ランナーがタッチアップしてサヨナラ!あ~あ、負けちゃったよ~、と思ったら…なんと!三塁ランナーが飛び出していたらしく慌てて塁に戻っていくではないか!R校の内野手がボールを拾い、三塁へ送球!そして間一髪アウト!!アウト~!! そして3アウトチェンジ!おぉう、凄いよ、抑えちゃったよ、あの場面を。打球が上がった瞬間、誰もがサヨナラを頭に描いただろう(もちろん私も)。そして当然、3塁ランナーも。だが、彼だけは冷静にならなくては。落ちたのを見てからでもいいのだから。湧き上がるR校応援席!もう勝ったかのような、はしゃぎぶりだ。わかる、わかるぞーと思っていたら…何かがおかしい。審判が集まっている。解説者が言う。「走塁妨害ですか?」どうやら、飛び出した三塁走者が塁に戻る時に、ホームにバックアップに来ていたR校の投手と交錯していたらしい。そうか、それで戻りきれなかったのか。確かに幾らなんでもあの深い当たりで戻れないのはおかしい。主審がマイクを使い、説明する。「只今、ライナーをセンターが捕球しまして1アウト。飛び出していた三塁走者が帰塁の際ホームベース付近で相手投手と交錯しました。塁審は三塁でアウトを宣告しましたが、もし交錯しなければセーフだったと見なし、オブストラクションB項により(うろ覚え)2アウト満塁で再開します。」投手は「わざとぶつかったのではない」とアピールするが受け入れられず。少し熱くなっているようだが、捕手がとりなしている。さすがは女房役。再開。とっても妙な雰囲気。投手は集中できてないようにみえる。そして、その初球。行った~~~!サヨナラ満塁ホームランか!というような打球は、飛距離充分もポール際で切れてファール。野球漫画のクライマックスに必ずといって出てくるような見事な大ファールであった。命拾いしたR校。しかし、またもやストライクが入らず、ボールカウントは1-3。もう投手は開き直るしかない。そして5球目を、ピッチャー、投げました!カキーンという音が響き渡る程のジャストミート!!跳んだ。チーム1小柄なセカンド(キャプテン)が横っ跳び!!!ジャピングキャッチ。こぼれんばかりの笑顔で走り返ってきた姿は、眩しかった。もう勝負は決したようなものだった。この回の攻撃でエースに代打を出さざるを得なかったA校は、延長のマウンドに2年生(来年のエース候補だろう)をおくりこんだ。しかし、彼はこの試合のこの場面が公式戦初登板だった。結局、3点を献上し、その裏の攻撃も3人で終わり、ゲームセット。高校野球では何が起こるか分からない。野球の怖さ、面白さを堪能した試合だった。劇的勝利を挙げたR校。しかし、次の試合で、あっさりと5点差で負けてしまった。これもまた高校野球。んぐ。どうも長くなってしまうなー。「いい試合を観て興奮しました」ということです。本当はこの試合はメインじゃなかったのになー。続きはまた次の日の日記にでも。
2003年07月29日
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西暦3000年。百五十代目として即位した王様には気にくわないことがあった。王の姓は【佐藤】。この国のなかで最も多いとされている名字である。同じ姓を持つ人間が数多くいることが堪えられない王が思いついた計画とは・・・【リアル鬼ごっこ】。全国500万人の佐藤さんを、王国の兵士?100万人が【鬼】として追いかける。捕まったものは、宮殿内の収容所にいれられ、やがて殺される。七日間、毎日一時間ずつ午後11時より行われる。最後まで逃げ延びたものは、何でも願いがかなえらえる。どこに逃げてもいいが、自分の足で逃げなければならない。ルールを侵したものはその場で失格。鬼によって抹殺される。前日の日記の続きです。どういうトーンで書いたらいいものか、迷ってしまう~。あまり好意的なものとはなりませんので、この作品のファンの方はお読みにならない方が無難です。さて。正直、言いたいことはたくさんある。ありすぎて止まらなくなりそうなので前日ワンクッション置きました。どうせ上手くはまとまらないでしょうから、適当に挙げていきます。まず、感じたのは、この作品には《深みがない》ということ。未来だ、という設定からしておざなりである。『鬼ごっこ』というゲームソフトに、一応設定が必要だから、取りあえず適当に書いて説明書にちょこんと載せた、というぐらい表面的で奥行きがない。この《設定の意味のなさ》が与えるマイナスイメージは大きい。細かくは後述します。仮に設定があいまいで意味をなさなくても、面白い小説というのは幾らでもあると思う。そこには別の魅力、読ませどころがあるはずだ。しかし、この話にそういったものを見つけるのは難しかった。なによりも登場人物たちに、これまた《深みがない》。ステレオタイプな人物たち。これだと感情移入の前にしらけてしまう。この王様のキャラクターは、わざと狙っているのか?と思えるほど露骨だけれども、特別な意図はないと思う。みんなあまり変わらない。性格がどうこうではなく、個性をあまり感じず面白みがない。「もしかして、こんなあまりにもお約束な展開にはならないよね?」と思っていると、そのまま、ひと昔前の決まりきった展開になってしまう。素朴といえないこともないけど、こうもあからさまだとちょっとつらい。話の展開も、妙に素直すぎるか、かなり無理があるか、どちらかといった具合。小説を読むときの高揚感があまりなくて、続きを読みたい!という状態にはなかなかならかった。そして何よりも問題なのは・・・。文章。私が人に文句が言えないのは承知しているが、プロとして、これはちょっといただけない。「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」こんな調子。もちろん全部が全部ではないけど。あと描写力、語彙力も気になってしまう。「全てが“豪華”これ以上の単語が見当たらない程、豪華であった」この前の文にも“豪華”はやたらに使われている。たま~に、こんな一文があるのは、ある意味新鮮かもしれないけれど。あまり気を使わずに書いた、それこそ日記のような文がほとんど。場面場面の描写一つとっても、経験が浅い(使う言葉がわからない)というか、幼さを感じてしまう。もしかして、『作中作』かなんかの仕掛けがあって劇的に文章が変化するのでは?という穿った見方(淡い期待)をしたのだが、そんなことはなかった。この文章、ペース、雰囲気は、終始変わらない。私が小説に求めていたものは、ここにはなかった。話を戻して、設定に関して少し細かく見ていく。西暦3000年。本当に意味が無い。「医学技術や科学技術、そして、機械技術の全てが今とは全く想像のつかないほど発達し~」という本文がある。しかし、この話の中での生活は現在と一切かわらない。普通に自転車に乗り、家にはちゃぶ台があり、スーパーで買物をし、ファミレスで食事する。大阪に行くには新幹線。といった具合だ。3000年に設定した理由は、おそらくただ1つの機械の為。【佐藤探知機ゴーグル】これである。鬼が持つもので、近くに佐藤さんがいればセンサーが反応するという。うーん、ちょっとこれはないんじゃないでしょうか。他にも、【王国管理センター】という国のデータベースが出てきますが、これなんか既存のものよりよっぽどお粗末な気がします。ここまできて、大人げないかなー、もっと素直に普通に読んで、あまり好きでなければ文句を言わずにほっとけばいいのかなーとも思う。細かいし、意地も悪い。ただ、ただ、一つ本当に気になることがある。それは、この本がベストセラーになったことだ。どうしてそれほど売れたのか?タレント本でもないし・・・。理由がよくわからない。はっきりいって、この本よりも面白い本は、それこそ幾らでもあると思う。もちろん、そんなことを言ったらキリがないのだけれど。(古本とはいえ)買っている私がいうのもおかしいのですが。『リアル鬼ごっこ』。この題名にひかれたのですが・・・全然リアルじゃない!こんな王国、成り立たないよ~。小説の中の架空世界が全く描かれてないし。自分の書いた文を軽視しすぎ。読み返してみたのだろうか?これじゃぁ書きっ放しだよ~。なんで出版社はこのままの形で売り出せたの?と、すこし壊れかけています。もちろん、この作品を読んで面白いと感じる人もいるでしょうし、人それぞれ求めているものも違うでしょう。ただ私には、キラリと光る何かを見つけることが出来ませんでした。読了後、ネットで幾つかの掲示板を見ましたが、やはり概ね評価は低いようです。かなりキツイ意見(意見とはよべない罵詈雑言までも)もありました。(『バトル・ロワイヤル』に似ているとの指摘もあるようですが、遠く及ばないと思います。)私が信頼している幾つかのミステリー中心の書評サイトなどでは、この本はとりあげられていませんでした。もし、『リアル鬼ごっこ』を読んでみようかな?と思った方がいらっしゃいましたら、何ページから立ち読みしてからのご購入をお薦めします。最後に。作者の山田さんは、お若い方のようです。使われている言葉、イメージなどはそのまま、現在の山田さんがもっているものを現しているかもしれません。背伸びをしない、ありのままの姿を。そういう意味では(山田さんにとっては)非常に、【リアル】なものなのかもしれません。とても純粋で素直な方なのでしょう(皮肉ではないです)。昼に書いたものを読み返してみて、あまりにひどかったのでちょっと訂正。すこしはマシになったでしょうか。変わらんかったりして。
2003年07月28日
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小学生の頃。授業終了後いったん家に帰って鞄を置いて、再び学校に集合して遊んだ。たいていはサッカーだったけれども、時にはバラ撒きクイズなんていうのもやってた。この遊びは【集会】と呼ばれ(ちょっと危ないネーミング)集会係なんてのもありました。夕方暗くなり始めると、学校も門を締める為、集会は解散。で、その後有志は(男のみだったけれど)、近くのマンションに直行する。駐車場、公園、1階部分が活動場所だ(住人にとっては迷惑な話であるが)第二ラウンド開始。【ドロジュウ】である。(【ドロケイ】のほうが一般的か。それとも【ケイドロ】?ともかく、二手(警察側と泥棒側)に別れ、捕まえたり捕まえられたり、というあれである)これが、めちゃくちゃ楽しかった。私はジャンパーをふたつダメにした思い出がある。捉まれて振り切ろうとして破れた時と、金網を越えようとして引っ掛けたもの。はじめは、物陰で息をひそめている。そして頃合をみて局面局面では、【鬼ごっこ】となる。あのときのドキドキ感はたまらなかった。逃げるほうが何倍も面白かった。足の速さも大事だけど、身のこなしの軽さが一番の武器になった。というわけで【鬼ごっこ】には、少し思い入れがあったりします。古本屋で見つけた『リアル鬼ごっこ』。この題名。装丁も悪くない。そういえば本屋で見た覚えがある。結構積まれていたし、売れ筋の本のようだ。というわけで購入。(もっとも古本屋では、購入基準は頗る適当。気になる→買ってしまおう!が基本)と、前置きが異常に長くなりましてすみません。で、読み始めたわけだが…。はじめの数ページを読んで面くらいました。結局読み終わるまで1ヶ月かかってしまった。(文庫ではないので、持ち運べなかったというのも一因であるが)その衝撃については次の日の日記で。
2003年07月27日
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ざぁざぁの結構な雨降り。しかし、ポォーン、ポォーンと乾いた音がする。 花火だ。この雨の中、川を鋏んだ隣の市では続々打ち上げている。当然、雲も出ている。間に障害物(家など)があると、ピンクのスモークしか見えなかったりもする。ま、でもたまにはこんなのも良いかも。 それにしても、延期or中止という選択肢はなかったのか?<流山市花火大会の途中で降って来ちゃったのか、それとも強行しなければならない理由があったのか?別にどっちでもいいけど。
2003年07月25日
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一見、謙虚なようでいて、実はもの凄く強欲です(笑)まー、タイトルどおりです。いつかどこかで書いたような気がするのですが忘れてしまいました。ドラえもん(一発変換!)私が小さい時にも見てましたが、12下の弟も小さい時に夢中になって見てました。(実際は、もっと幅広い年代で見られているのだろうけど)これは、とっても凄いことだと思います。色あせてないんだな。最近、ほとんど見てないのですが、やはり出来杉くん(改めてみると凄い名前だ)はまだ映画では一緒に冒険させてはもらえないのでしょうか?役割が難しいだろうけど。たまには違ったテーマで書いてみました。こころの叫びです(笑)月末というのにヒマ(?)な私。今日の仕事はもう終わりじゃ!
2003年07月24日
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雅とは、ロッテの守護神・小林雅英のことです。ですが、別に雅が何かしたというわけではないです。ちょっと日記のタイトルで使いたかっただけです。今日、11時近くに帰宅してみたら・・・なんと!ロッテがまだ試合中。終了するまでヤフーとロッテのオフィシャルで交互に経過をチェックしてました。で、結局、延長12回、5-5の引き分けでした。高卒ルーキー、地元千葉出身、期待の浅間が初先発するるものの、1/3回、3失点KOという、とんでもない出だしの割にはよく追いついたと思いますが、あそこまで行ったら勝ちなさい。まったく。チャンスくれているのに、あいかわらずあと一本が出ません。コバマサ(小林雅英)は、2回を投げ0点に抑えたものの、ともにランナーを出す苦しいピッチング。今年はなかなかすんなりとはいきません。西武の豊田は相変わらずもの凄い安定感だが。そしてコバマサといえば忘れられない思い出がある。以前の日記でプロ野球選手と接したことがない、と書いたが、コバマサは唯一、私が会話をかわした選手である。そう、それは何年か前のマリン開幕戦。私は、仕事をはやめに切り上げ球場に駆けつけた。(今より情熱があった)試合はもう7回くらい。外野席は埋まっていたので、ライトポール際で立って見ていた。マリンのブルペンは観客席からは見えない。が、ポールの横に、リリフカーが置いてある場所があり、投手交代時、選手はブルペンからドアを通りそこに出てくる。試合が進み、日ハムのウィルソンがライトポール際に大ファールを放った。場外だった。私は何故か、ブルペンへと通じるドアを見ていた。すると、コバマサが出てきた!そして、私に『今の場外?』と聞いた。(ように感じた)それに対して私は、『そう』と言いながら首をたてにふった。どうですか!というほどのことでもないか(笑)たったこれだけ。でも、私はこれだけでもとても興奮した。試合には負けたが関係なかった。もちろん、もっと身近に選手と接している人はいくらでもいるだろう。もしかしたら、コンサートで『アーティストと目があった』と言う人と同じレベルかもしれない。それでも私はうれしかったのだ。それ以来、ますますコバマサのファンに。(単純だ、笑)次はすっきりと抑えてちょうだい。
2003年07月23日
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見る、食べる、遊ぶ、のそれぞれ語尾を繋げて命名されたという旅行系雑誌(ムック?)の説明会に行ってきました。以前も日記で書いた(と思うが自分でも探せず)中小の広告代理店が集まってやっている勉強会での催しです。うちの会社ではこれまでに扱ったことはなく、おそらく今後もお世話になることはないであろう媒体ではありますが、一種の社会勉強みたいなものですか。以前一度参加したことのある会だったので、今回名刺交換をした人は5,6人。やはりこれくらいが限界。人の顔と名前を一致させるのが、ということです。どうも人の顔を覚えるのが苦手なのです。以前のこの勉強会や『のみのみ』で書いた集まりの時などは、一度に20人以上と名刺交換をしました。後日、もらった名刺の裏に【段田安則っぽい】【貴ノ浪似】などと書いてなんとか名前と顔と肩書きを一致させようとしてみるのですが、どうもうまくいきません。この日の会でも、人を間違って認識していたいうことがありましたし。皆が皆、誰かにそっくりというわけでもないですし(笑)その時にイメージとして記憶するのが苦手なのかもしれません。人の顔を覚えるのが苦手なのです。まぁ、これくらいが普通なのではないか、とも思ったのですが・・・。そんなことはないようです。『のみのみ』での、ほぼ同年代の方との会話。 私:「なかなか他の代理店さんの顔と名前が一致しなくて・・・」Aさん:「そうですよね、でも仕方ないですよ」 私:「後で名刺見て、どんな人だったけ?とか思っちゃいます」Aさん:「え、名刺交換した人でもですか・・・。」絶句やはり営業には向いてないなー、と再認識した瞬間でした。以前、住宅の展示場で働いていた時にも感じたことです。展示場の玄関にはモニターがあって、奥のスタッフがいる部屋で誰が入ってきたか見ることが出来ます。お客様が入ってきたとき、モニターの顔を見て「△△(営業)のお客様の○○さんだよ」と私以外の人はすぐにわかるのです。私は自分のお客様だけで精一杯(しかもたいした人数はいないのに)で、そこまではとてもとても。あと、人の電話番号とか誕生日もまったく覚えられない。電話番号は携帯に登録してたりで、覚えてない人もかなりいるとは思いますが。誕生日、家族は大丈夫ですが、彼女でもなんとかギリギリという感じだったので(ひどいっす)友達の誕生日まできちんと把握している人は凄いなぁと感心してしまいます。(林家ペーは職業みたいなものですか(笑)この間初めて人の誕生日を間違えているのを見ました)どうも何度聞いてもダメなのです。ひょっとして、私は他人に対して興味がないのか?なんて思ってしまったり。もともと「覚えよう!」と思わないと何も覚えてない性質、というのもあるのかも。また、人間関係を仕事に活かそう!という意識が薄すぎるのかもしれません。さて、話は戻りますが、この日の勉強会(の後の懇親会)でも手持ち無沙汰の手には、グラスが。しかもこの日は、ウィスキー。3杯くらいで少々酔いました。ネクタイをとってワイシャツのボタンを開け、ほろ酔い気分の帰り道、近所のおばさんにあって10分くらい立ち話。はやく帰りたかったのだけれどなかなか解放してくれませんでした。まぁ、それでも二日酔いというほどのことでもなかったのですが、次の日にまた飲み会が・・・。今度は新聞社から声を掛けられたもので半分接待を受けるような形。今まで逃げ回っていたのですが、今回は直々に名指しで誘われてしまったので、ことわれず。というわけで狂乱の宴へ導かれ(笑)、次の日の日記の『私は思う』状態になってしまったのでした。以上前日談でした。※もともと8/7分として書いた日記をこちらへ移動。7月分の日記の日にちを埋められないので(笑)へんなの。レスがあるのは日にちを替えるとわけ解らなくなるし。
2003年07月22日
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《哲学》ときくと堅くて難しいというイメージがある。自分には無理だ、という思いもあり、興味はあるが、とっつきにくくて踏み込めない。授業で『哲学史講義』を選択したものの一度も出なかった(笑)でも【考える】ということを考えてみようと思い本書をとる。難しい哲学の学術用語などはほとんどない。池田版ソクラテスはどこか人をくったような感じである。高みから見下ろしていたり、こころしてかかれよ、ということもなく、あまり肩肘をはらない、軽いタッチで書かれている。決してわかりやすくはないのだが、わかりやすいのである(笑)なんだか考えた気になってしまうのである。ソクラテス以外の人々。それぞれがまた、いかにも言いそうだなーと思う事を言う。後で覆されるんだろうなと思いながらも、うんうんと頷いてしまうことも多かったりする。で、やはり、それを打ち破っていくソクラテスがいるわけで。屁理屈にしか聞こえないもの、詭弁だなーと思うもの、ややこしくてよく解らないもの。いろいろある。自分の頭がそこまで回らないというのはあるのだが・・・いや、そうじゃないだろとか、そう言われてみればそうかもなと、考えるきっかけになるのがうれしい。刺激を受ける。悩むのでなくて、考えればいいんだというのは何となく気が楽だ。ここで対話をとりあげ、細かく見て解釈をするというのは無理なのでしない(笑)対話は全部で20編ある。このなかで印象に残ったのは【人生は語れない VS.老人、その孫】。あとは幾つか気になったセリフをあげておくにとどめる。 ソクラテス『時代はどこにあるのか』 ・具体的な人間の考え以外に、時代なんて抽象物があると思って右往左往することの方が 時代に動かされていることにならんかね。 ソクラテス『流行らすことは偉いのか』 ・本当に新しいことをしたけりゃ、新しさを気にするのをやめることだね。 サラリーマン『不平不満は誰にはく』 ・したいことをするのも自由、したくないことをしないのも自由、(中略) それはちょうど、無重力の闇の真っ只中にひとりっきりで放り出されて、 好きなように生きて死ねと言われてるようなもんだ。 老人『人生は語れない』 ・太く短く生きるのだという言葉は、若い人だけの言葉なのだよ。 ・何を為すべきかを決めるのは、いつだってその時の自分以外ではなかろう。 もしも「運命」という言葉で言うのなら、運命を決めたのは私の決断でしたな。 ソクラテス『死ぬのは誰だ』 ・存在しないということは存在しないのだ。だからやっぱり存在するのだ。 存在するということは、存在するということだからだ。 と、それぞれ一文だけ抜き出してもよくわらかんですな(笑)
2003年07月21日
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耄碌した老スリ。壺振りしか出来ないヤクザ。馘になった元刑事。行くあてのなかった奇妙な三人が峠を降りて辿り着いたのは・・・。【オサキ持ち】-尾裂狐・憑きものの家筋。野菊が咲き乱れた中で、大利鎌を両手で持った少女が立っていた。憑き物。犬、狼、猫、狸、鼬、オコジョ、蛇。地方により異なる。中でも忌み嫌われるというオサキ・尾裂狐は九尾の狐からきている。こうした憑依霊はかつて、政治のために考案された。村一番の金持ちがやられるのである。村や町を分限者だけのものにしないための自衛手段であり、作り出された差別であった。憑き筋の家のものは村八分にされる。元服、婚礼、葬式、普請、火事、病気、水害、旅行、出産、追善村での交際である十の行事。このうちの葬式と火事をのぞいた他の八分を断つ。迫害されてきた出雲家。もともとの原因は祖父にあるものの…母が、父が、そして兄までが犠牲に。残されたのは少女・阿紫、犬、猫、猿、そして狐。復讐を決意する。いきなり出会った怪しい三人。なんか唐突だなーと思うまに、さらに妖しい少女が登場。いつの間にやら、話に引きずり込まれていきました。何か事情のありそうな男たち、事情がありそうな村。影のある独特な雰囲気。↑にも書いたような、古くからの慣習、【憑き物】と村。この辺りの話はとても興味深く読めて面白かった。一つの村の暗い歴史。とり憑かれる人びと。坂東さんの『狗神』を思い出しますが、あまりネチネチした感じはせず、大雑把というか男くさい。それはやはり男の視点(この話では三人組の中のひとり)で描かれているからなのでしょうか。逆に阿紫の視点では描けばもっと怖い話になるのでしょう。初めて読みました、西村寿行。(声にこそ出したことはないが、何となく「ブギョウ」だと思っていた頃も。笑)本屋などでよく名前を見かけるわりには、全く馴染みのなかった作家。以前(だいぶ前ですが)HIMEGUMAさんに何点かお薦め作品を教えて頂いたうちの一冊です。どうもありがとうございました。西村さんはハードバイオレンスの巨匠と言われているようで、当然この話もそういった場面は何度かあります。でもこちらは逆にパッとしないように思えた。男への暴力は、結構描写もあっさりしているのに比べ、女への暴力は、やはり一つのところに行き着く。で、皆同じ反応を示してしまう。この本がたまたまそうなのか、それともこの作者が書くと必ずこうなるのか・・・。迫力や、痛さ、エグさなんていうのは花村萬月とかのほうが数段凄いかな、と。ただ、この本の発行は20年近く前だし、時代なども考慮に入れないといけないでしょう。この方、ストーリー展開も巧いし、登場人物も魅力があるので、バイオレンスなしでも面白いのでは、と思います。ジュコウさんのお兄さんは、何度か直木賞候補になった西村望。私は読んだ事がありませんが。やはり似たような作風なのでしょうか?
2003年07月20日
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アルセーヌ・ルパン。世間では死んだものと信じられていた。しかし、ある殺人事件の現場にて。被害者のシャツに止めてあったカードはルパンの名刺だった。殺されていたのは《ダイヤモンド王》ケッセルバック。これまでルパンは殺人を犯したことはなく、騎士的な義賊として民衆の英雄でもあった。犯人はルパンなのか?そしてその正体は?【813】と数字が書かれた、青いふちをとって小さな2つのレッテル。現れたもう一人の謎の男。犯人の捜索を手伝うというルパンから警視庁にあてた公開状。戦闘が始まる!実は今までルパン関係のものをきちんと読んだ事はありません。なので、今回は入門篇をということで新潮文庫で一番初めに発行された本書を選びました。(背表紙の識別(?)の番号も【1】だし、本のタイトルの副題には【ルパン傑作集Ⅰ】とある。)しかーし、どうやらこれは・・・。↑で書いたようにルパンは死んだと思われるている。数々の冒険、事件が、これより前に起こっているではないか!もちろん、原作の刊行もこの話の前のもののほうが先だろう。代表作には間違いないのだろうが、いきなり読む分にはこの話はどうなのだろう?翻訳物は、原作の刊行順と日本で約して出版される順番が違うケースがたまにあるから注意が必要だと改めて感じた。とういのも。このシリーズ、読んではいないものの、それでも幾つかのルパンのイメージがある。冷静沈着、余裕綽々、鮮やか手並み、神出鬼没でどこか人間離れした・・・というような。だが、この話の中のルパンはどうも違う。してらやられている感が強いし、かなり追い詰められている。よく言えば人間くさいのだが、感情が前面に出ているというか、泰然としたものがそれほど見受けられない。逆にシリーズで読んでいると、これも一風変わった面で面白いかもしれないが。結末も凄いといえばもの凄い(!)のだが、感服しました!というよりは、それは無理あるんじゃない?という感じを持ってしまう。もっともラストがかなり唐突に終わってしまうので、「あれ?まだこれからなのに・・・」と肩透かしをくったような何とも言えない読後感。そもそも【813】って何だー!と叫んでしまう(笑)『続813』があるようですが、もうちょっと終わり方何とかならなかったのかな。さぁ、ルパンについてろくに知らないのに随分なことを言いました。ファンには怒られそう。他のシリーズ、特に始めのほうのものを読んでから再読したら印象も変わるかも。
2003年07月19日
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夏期講習で小学生の算数を教えている塾講師。ある日の算数の授業中。逆算について、いい説明の仕方が頭に浮んだ。【橋をわたる】・・・数式の=(イコール)は【橋】なのだ。授業が終わる頃、1人の少女が立ち上がる。右手にはシャーペン。そして自分の顔を・・・角川ホラー文庫。ホラーです。夏だし(?)【橋】というのは、異世界との境界という感じでしばしば使われますが、まずそれを数式に当てはめてしまうといのうが、かわっていて面白かった。もっともこの時主人公は暴走気味で、作者も一緒に変なところに突き進んでいってしまうのではないか、という危惧も多少あったが(初めて読む作家だし)なんとか踏みとどまった(笑)。すると、今度はショッキングな事件がおこる。この辺りの描写は流石にホラーらしく、それなりに怖さもあるのだが、全体的にはミステリーの要素が強い感じがしました。主人公はある特殊な能力を持っている。スーパーマンになれるわけではない、どちらかという気が重たくなるようなものだが、この設定は良いのでは。主人公は苦悩するわけだけど。真相はやはり陰鬱なものになるし、少女が絡んで、またそこに行き着くのかという感も強い。まぁ、でもその辺りをネチネチと書いているのではなく(掘り下げが足りないともいう?)内容のわりには重くない。そしてちょっと?なラストではあるけれど私は嫌いではないです。純粋なホラー(?)を求めている人にとってはどうなのかな?というのはありますが。きっとこの人も若いんだろうなー(名前の雰囲気その他から)と思っていたら、なんと昭和23年生まれ! とてもそのような感じはしないのだが・・・ネットで見つけたのだが間違いないかな?あまり飾り気のない文章で、割合スラッと流して書いているような印象。年齢的な深みはそう感じず、そのギャップは微妙ではありますが(私の自分勝手な思い込み)、違う作品も読みたいなと思わせる本ではありました。
2003年07月18日
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「おじょうちゃん、お乗りになりませんか」そう声をかけられて車にのり、私は誘拐された。夏休み1日目のことだった。犯人のことはよく知っている。最近会ってなかったけれど。そう、犯人は・・・・・・おとうさんだった。キッドナップ=誘拐、ではありますがミステリーっぽくはなく、父と娘のちょっと切ない話である。ユーモラスな雰囲気で進みながらも、時折しんみりとしてしまう。逃避行である旅を通じて、親子ってなんだろう?と問い掛けてくる。ハルは、おとうさんにに誘拐された。【ユウカイごっこ】ではない、という犯人。行く先は決まってない。犯人はおかあさんに要求があるらしく、交渉をしているが上手くまとまらない。二人の旅は続く。お父さんは、相変わらず情けない。お金もない。ハルの気持ち。言葉。行動。揺れ動き、変わっていく。ハルの人物造形に関して、私はどうも捉えにくくて中途半端に感じてしまうところがあった。特に言葉使い(言葉には出していない思いも含めて)などが、小学生らしくない。クールで大人びていてる、というのも少し違う気がする。解説の重松清さんによるとそれも角田さんの狙いだという。簡単に幾つか引用すると、ハルの性や年齢は普遍へと開かれていく。~ 【ひと】と【ひと】との関係について綴られた物語。~ その幸福な関係こそが、本書のキモなのではないか、と。さすがは清!そういう読み方があるんだなぁと感心してしまった。もっとも私も、これはいいなぁーという場面が幾つかあった。二人で浮ぶところや、二人で自転車に乗っているところなど。二人で過ごした幾日かは本当に楽しそうで、帰りたくなくなるハルの気持ちが良くわかった。おとうさんの言葉。ハルが見た姿。かっこ悪いけど、かっこいい。「親であることの窮屈さに苦しんでいるオトナにこそ必要な物語なのかもしれない」やはり重松清さんの言葉であるが、子供がいたら感想も変わってくるのだろうな。
2003年07月17日
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このホームページをはじめて、少し経った時に思ったこと。それは・・・毎日分の日記をつけよう!でした。毎日、日記を・・・、ではなく毎日分の、というところがミソ。それこそ当初は、毎日読書の感想を少しずつでも書ければ、と夢見て(笑)ましたが、すぐに無理だとわかり、ならばせめて毎日書こう!と・・・。いや、でもやはりそれも難しいぞ!ということで。遅れてもいいから、日にちは埋めていこう!という何の意味があるのか、日記と呼べるのか、自分でも疑問がわき起こるなか、決意したのであります。まぁ所詮自己満足の世界なので、どうせなら、ちょっと目的意識を持とう、ということで。さてさて、これを書いているのは7月31日(笑)。半月遅れています。後でみて、どういう順番に書かれたのか絶対分からねぇーぞ。昨日、叔母が家に泊まり、朝、一緒に家を出た。なので、いつもより1時間近くはやく会社に着いてしまった。本当は今日の朝、『沈まぬ太陽』の感想を書こう!と思っていたのに・・・。なかなか続かないものです。以前、一緒に住んでいたこともある叔母。相変わらずパワフルです。また、「税理士の資格でもとったら?」と言われる。そんな簡単にとれるものでもないでしょ。近い将来に考えてないでもないのだが、まだちょっと踏み切れない。というのも、いったん勉強を始めてしまうと、絶対それにかかりきりになる。おそらく、本を読むのもバタリと止む。常に参考書を持ち歩くようになるだろう。うーん、それはちょっと嫌だ。軟弱な私。やはり、仕事に関係のない本を、のほほんと読み散らかすという贅沢な生活は手放せない。自己啓発とか、スキルアップとかダメなのだ。そんなのより今を楽しみたい。元が怠惰なのでしょうか。うーんダメ人間。競争社会で生き残れなそうな私です。というわけでまだしばらくは、本読みに集中!です。
2003年07月16日
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「今更、こんなことを感」は満点なのだが、大いなる目的の為に書いておく。この数日前、「ちょっと俺の代わりにこの会に出てくれ」と社長に言われる。さしだされたFAX用紙には・・・☆暑気払いのお知らせ日時:7月15日時間:18:00~以後適当に場所:明るく健全な大人の館(当日は気持ちが悪くなるまで乾杯しましょう)うげぇ。ただの飲み会じゃん!しかも社長の代理って・・・ただ今、広告代理店業界はなかなか大変です。どこも一緒か。リ○ルートは小さい代理店締め出そうとしているしね。そんなわけで、中小の代理店が一同に会して、「景気のいい話でもしようや」ということらしい。当然集まるのは社長、もしくはNo2,3クラス。そうでなくとも、何故かこの業界、やーさん紛いの強面の方が多い。そこにきて、私はしがないヒラ社員である。うーん、困ったぞ。何はともあれ、現地に30分ほど遅れて到着。普通、こんな時間に仕事終わりません。会合場所は、一応普通の居酒屋というか一品料理屋で、一安心。が、30人に以上集まってるよ~。貸切だ~。やはり、年齢層は高い。ぐぐゥ。うちの会社と実際に取引をしている会社の数はそれほど多くは無い。しかも私は経理なので、他の代理店の方と接する機会はほとんど無い。知っている人は2人だけ。しかーも、話がよくわからない。どこの誰がどうしただとか、経営上の話だとか。大きなテレビでは、オールスターがやっているものの、背を向けて座ってしまった。思いっきり、手持ち無沙汰である。こんな時には思う。タバコが吸えればな~、と。私はタバコを吸わない。吸おうとは思わない。だけど、間がとれる気がするんだよねぇ。吸っているだけで。話をしなくてもさ。でも、こんな時だけ慣れないタバコを吸うわけにもいかず、仕方なしに、手にはビールを持つ。飲むしかない!飲んだ!ビールオンリー。中ジョッキで5,6杯。気が付いたら、結構あっさりと解散した。11時前くらい。電車に乗って帰るときも平気だったのだが、最寄駅に着いたら、いきなり酔いがまわってきた!フラフラ~である。家につくまで、いつもより10分以上時間がかかった。て、2週間以上前の話を書いているのは間抜けです。タバコ。中学生の時、肺のレントゲンを取った時、「タバコ吸ってないでしょうね?」といわれた。少し荒れ気味らしい。それが原因なのか知らんけど、昔から苦手、あの煙、匂いがダメ。もう全然ダメだと、ずーっと思っていたのだが、最近あることに気付いた。自分の知り合いが吸う分には(特定の人が、ということではなく)隣で吸おうが向かい合ったテーブルで吸おうが気にならない。嫌じゃない!何故か平気なのである。(無意識に気を使っているのだろうか?)だが、全然知らない人だと、駅のホームで4,5Mくらい離れた場所で吸っているのも「勘弁してくれ~」なのだ。匂いを感じてしまう。何でだろう?自分が吸ったのは2度だけ。お子様な私。いづれも、前の会社で酔っ払った先輩に勧められて。強制?いいや違う。なぜか、「吸ったらネクタイやる」とかわけわからんこと言われて(笑)結局、20本くらいもらった(タバコじゃなく、ネクタイを)ま-、あえて吸うこともないというのが感想。おいしくもないし。それ以来、吸ってない。酒だけで充分(笑)
2003年07月15日
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長野県にあるダムの人造湖でバラバラ死体が発見された。死体を運んだかもしれないというタクシー運転手。捜査線上に浮んできたビルの管理人夫婦。当初はやっかいな事件に思われたが、犯人は早々特定され解決へと向かう。しかし、初めに「バラバラ死体発見」の通報を受けた巡査部長・竹村には何かが引っかかっていた・・・大御所中の大御所!の内田康夫。初めて読みます。(私のイメージでは、赤川次郎、西村京太郎に次ぐ)読み終えた第一印象としては、非常にオーソドックスな推理小説。奇抜なトリック、意外な犯人、というようなところがあるわけではないですが、安心して読める(?)正統派というところ。解決した、と思った事件。しかし不審に思い独自調査する一人の刑事。そしてお約束の行き過ぎがあり、次々と新たな死者が・・・。あまり細かい内容には触れませんが、なかなか楽しめました。なかでも、中盤にあった1つのトリックには思わず唸りました。私が鈍いだけかもしれませんが、登場人物の推理を聞いて「おーなるほど!言われてみればまさしくその通り!」と。決してアクロバティックに飛びワザを使っているといった感じではなく、気を付けていればわかりそうなのにわからなかったというのが、とても心地よく、気分のいい【やられたー感】がありました。私が読んだのは角川文庫で今年3月に発行されたものですが、実は再文庫化で(こういう言い方でいいのかな?)もともとは83年に文庫化されている作品のようです。さらに特徴を挙げるとすれば、内田康夫の【処女作】であるということ。裏表紙を読むと、この本の内容よりも“処女作であること”をやたら強調していてこれで一商売しようかというちょっと嫌な感じもありますが、この“処女作”に惹かれてこの本を読んだ私には文句をいう資格はない(笑)もっとも自作解説で本人が触れている『死者の木霊』が出来るまでの経緯はなかなか興味深いし、“これが作家内田康夫のスタートなのだ”と思うと感慨深いものがある読者も多いのでは。うちの母が唯一読むのがこの方の本。言わずと知れた【浅見光彦】もの。機会があればこちらも読んでみたいです。と思っている作家が何十人(笑)なお、今回【内田康夫】と呼び捨てですが、たいした意味はありません。作家に【さん】を付けることも多くてはっきりしませんが、単なる気分です。そのほうがいいやすかったり、名前がもうブランド化してる場合、外国人の場合は呼び捨てが多いです。まぁ、私の場合、野球選手などには【さん】はまず付けないし、親近感のあらわれみたいなものですか。 って、くどいな毎度。
2003年07月14日
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相変わらずめちゃくちゃ重いときがある楽天。昨日の夜は全くページまでたどりつけず。んで、今日、ログインしてみると、日記はまだ書かれていません。前にも何回かあったので、そんなに吃驚はしなかったが、今回は何回かつなぎなおしてみてもダメ。こりゃ、ホントに消えたか、とあせりました。まぁ無事復帰できてよかったのだけれど、日記を1週間ぶんくらい書くつもりだったのに予定が狂った。もはや、これは日記ではない。と前にも書いたが本当にその通り。あやうく1ヶ月経つところだった。はたして意味があるのか自問自答。とりあえず、市原の阿部とヤクルトの五十嵐・高津を観にいった話は書くぞ!そのうち(笑)
2003年07月13日
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珊瑚礁に囲まれた、縦に切って伏せたパパイヤのような形をしたある【南の島】。十二歳のティオは父のホテルで手伝いをしている。ホテルに泊まる旅行者、不思議なおじさん、島の仲間たちと大人たち。南の島でティオが見て、感じて、体験した十の物語。連作短編集。とっても月並みな言い方ですが、心が洗われて、なんかいい気分になれる、そんな話でした。まず、この舞台となる【南の島】がいいです(解説によると、ミクロネシアの“ポナペ島”だそうですが)。山、川、森、岬、珊瑚、椰子の木・・・・。青い空と海、木々の緑と太陽と。これぞ“南の島”なのですが、この島にはまだ精霊たちも棲み着いているし、冒険、探検という言葉も全く違和感がないです。そんな魅惑的な島を舞台に、【不思議な絵はがき屋さん】や【花火で空に絵を描く謎の男】がやってくる。【遠くへいこうとする少女】や【預言者のような不思議な婆さん】もいる。空をおおうほどに大きな海ガメが空を泳いでいたり、幸運を皆に分け与える為にいい物を十字路に埋める習慣があったり。ちょっぴり幻想的で神秘的、そんな話が続きます。なかでも私が気に入ったのは『昔、天をささえていた木』と『エミリオの出発』。ティオの優しい眼差しがとても心地よいです。どこかで書いた気がしますが、池澤さんの“自然との距離感”がとても好きです。自然と人の中間に立っている、という感じがします。以前、週間ブックレビューに出演なさってましたが、時折見せる鋭い眼光と、終始穏やかな語り口が印象的でした。実はこの本はとっくの昔に読んでいたものだと思っていました。が、ページをめくり“島の地図”を見て、見覚えがないことに気付いて読み始めました。『マリコ/マリキータ』辺りとごっちゃになっていたのかもしれません。もっとも内容的には全く違っていて、この本は児童文学の趣も強いです。こういうの好きです。『沈まぬ太陽』を読んだ後だったので、なおさら癒された気がして救われました。
2003年07月12日
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18年前の今日8月12日。日航ジャンボ機の墜落事故がありました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。航空業界を襲った相次ぐ衝撃の中、顧客獲得のために様々な手をうち、価格競争等もおこっておりますが、もっとも大切な使命である【安全の確保】を決して、決して怠ることのないように、最優先事項として片時も忘れることのないようにお願いしたい。もう悲劇は繰り返してはならない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上、上書きしました。以下は前に書いたものそのままです。前日の日記の続き。会長室篇・上下と全体を通して。恩地の戦いは終わらない。やがて、新設された【会長室】の部長に抜擢される。遺族係の仕事に未練を残すものの、新会長・国見の熱意にほだされ引き受ける。ともに、国民航空の体質改善に乗り出すが、前途は多難だった。社内利権を貪る不正と腐敗。自分の懐具合のみが心配な上層部と、その周辺に巣食う者達。政官財の癒着。マスコミ操作。使える限りのありとあらゆる手段で邪な権益を死守する。ゾッとする。その悪知恵を、エネルギーを正の方向、公の方向に使えさえすれば…全くのゼロからでは、ここまで酷く書く事は出来ないのではないかと思うほどだ。もちろん、本書は事実をありのままに書いたものではなく、脚色もあるだろう。現実はここまで酷くはないと思いたいところだが、最近の道路公団の人事などを見ていると、全く同じことをやっているな、と目の前が暗くなる。明るみに出ていない同じような事例も幾つもあるのだろう。安全面についてみても、NASAですら、技術者の声が幹部にまで届かないという状態だったようだ。安全管理というのは大前提ではないのか?組織の在り方を考えなければならないのではないか。経済至上主義の価値観を考え直さなければならないのではないか。自ら望んで得たわけではない地位。固辞したものを押し付けられた役目。それでも新会長の国見は、国民航空の建て直しの為に、真摯な姿勢と情熱を持っていた。畑違いのところから担ぎ出されたものの、引き受けたからには、全精力でもって改革に取り組む。地位、就任の経緯に多少の違いはあるが、その姿は恩地と重なる。国見が改革の柱として恩地にこだわったのもわかる気がする。しかし、そのことが逆に国見を境地に追い込んでいくことにもなってしまう。二人が初めて顔をあわせた時に、恩地は自分のことを『今昔物語』の【“片目の猿”の中の異端者の存在】だと例えた。本来は当たり前であることが、当たり前のこととして通らない。一人ではたいしたことは出来ない。似たような人間が集まって集団をつくる。集団が巨大になり組織化され、一人一人の輪郭が希薄になる。組織の問題は誰のせいでもないのだという錯覚をおこす - 組織の力は自分の力だと錯覚する。本当は一人一人の責任の重さはかわらないはずなのに - 自分の力だけは何倍にも膨れ上がる。そして自分たちの考えこそが、当たり前なのだ、正しいのだと思い込む。思い通りに動かせると思い、自分の都合のみで押し付ける。他人も自分と同じように搾取したいのだ、と思っている。見込み違いがあると、今度は全力で潰しにかかる。何なのだろう?この浅ましさ、卑しさは。恩地がブロンクス動物園の《鏡の間》で見た物。THE MOST DANGEROUS ANIMAL IN THE WORLDこう書かれた文の下、鏡に映るのは・・・もちろん人間である。ショックを受けると共に、長らくアフリカに居た恩地こそが、いちばん実感出来る言葉だったのだろう。ここに“ UGLY ”(醜い)という単語を置き換えても反論することは出来ない気がしてしまう。とても悲しいことだけれども。その中で恩地、国見のような良心的存在には、まだ救いがある。何度か触れたが、この話は【事実に基づいて、小説的に再構築】されたものである。脚色がどれほど入ろうとも、モデルは明らかなわけで、当然その反応が気になる。ここまで書いてしまう(しかもベストセラー)と当然穏やかではない反応が予想される。リアルタイムで読んでいない悲しさ、週刊朝日が載せたという“『沈まぬ太陽』を「私は許せない」”の記事も読んでいない。 日本航空機長組合のHP 、左にあるインデックスの【特集】欄に“考察・「沈まぬ太陽」”というページがある。読んでみると、この小説の中身そのままに、子飼いの記者に捏造させたというように感じられて、呆れるのを通り越して哀れでもある。また、鵜飼清『山崎豊子 問題小説の研究』(目次)のように山崎豊子さん自身の小説の書き方についても幾つかの批判があるようだ。(未読ですが、この目次をみてみると、以前本屋でパラパラとみた田口ランディの批判本などよりは真面目な内容か?)それでも、この本が与える衝撃は大きい。ちょっと受け止めきれない部分もあるし、問題提起のみで終わっているのも否めないが。小説の最後でも決して希望に満ちて大団円を迎えるわけではない。むしろ前途の険しさが感じられ、闘いの終わりは見えない。けれども【沈まぬ太陽】がある限り、前を向ける気がする。この本は、私に読書の楽しさを教えてくれた方の(デュマや池澤夏樹などを薦めてくれた)「読んでると熱くなります。血が。」というお薦めの言葉もあって読みました。おそらく私の知り合いで唯一HPを見てくれた人。ありがとうございました。久しぶりに、本を読んでいて電車を乗り過ごしてしまいました。いやー、熱くなりました。(↑の感想は、少し熱くなりすぎてしまったかも。)
2003年07月11日
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ナショナルフラッグ・キャリアである国民航空。労働組合の委員長を務めた、恩地元(はじめ)はナイロビに居た。十数年に及ぶ苦悩。待っていたものは・・・アフリカ篇上下、御巣鷹山篇、会長室篇上下、の5冊からなる。各巻、本文に入る前のページになる次の言葉が重く圧し掛かる。「この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基づき、小説的に再構築したものである。」舞台はナイロビから。憑かれたように、ハンティングに打ち込むしかない恩地。このナイロビに来るまでに、カラチ → テヘラン と赴任して来ており、日本を出てから十年近くが経っていた。【僻地勤務は二年】という内規がある中での異例な人事。しかもナイロビには、路線がない。オフィスもなく、駐在員さえいなかった。全ては、国民航空労組の新委員長に選ばれたこと、から始まっていた。強引に押し付けられた委員長。しかし、恩地は社員の労働条件の改善に意欲的に取り組む。そして、今まで御用組合と批判されてきた組合と会社の馴れ合いが徐々に明らかになっていく。航空会社として初のスト決行。任期の延長。そして二度目のスト。これは首相フライトを止めかねない事態となった -恩地は、アカ・革命分子とレッテルを貼られ僻地へと追いやられる。巨大企業の知られざる内幕。不当人事。あまりに理不尽で、露骨な嫌がらせ。姑息な手段を使い囲い込もうとするが、あくまで真直ぐ突き進もうとする恩地。何でこんな企業でそこまでして働かねばならないのか?当然、疑問に思う。辞めることも一人だけ逃げることもせず。そこにあるのは、仲間を思う責任感、指名感であろうか。不器用で要領が悪いと言えないこともないが、一貫した恩地の行動には心を打たれるものがある。やがて、恩地を慕う残された組合員の努力により、労働委員会の審問会が開かれた。長年の不当人事が明るみに出て恩地は日本に帰ってきた。ここで話が終われば良かった。一人の信念を貫く男の物語、だけで終われば。国民航空は、いうまでもないが、航空会社である。この企業の体質は、一番大切なはずの安全面にも影響を与えてしまった。- 1972年、連続事故を起こした -安全工学で古くから知られているという【ハインリヒの法則】。“1つの事故”の背後には“300の異常”がありその影には“数千もの不安全行動と不安全状態”があるという。しかし、こんな経験をしても、根本的には何も変わらなかった。そして、想像を絶する悲劇が起こってしまう。【航空史上最大のジャンボ機墜落事故】この時私の家には、沖縄から叔父が来ていて、ニュース速報のテロップを見て「こりゃぁ、ダメだ」と一言もらしていたのを覚えている。あれから18年が経とうとしているのか・・・第三巻では、冒頭の文に次の一文が加わる。「但し御巣鷹山事故に関しては、一部のご遺族と関係者を実名にさせて戴いたことを明記します。」日本に戻ってきた恩地は、“閑離職”に追いやられていたが、この日より“遺族係”となる。遺体の回収、検死、そして確認。身元がわからないたくさんの遺体。進まない事故の原因究明(これは未だに明確な答えが出ていない)、簡単に数字をはじく補償交渉。自分の身の上のみを心配する上層部。そこに償いの意識はあるのだろうか?作者が一人一人の遺族の気持ちを投影させたという、息子夫婦と孫を亡くしたある遺族のお遍路姿。「私の人生は終わったのです」- 言葉にならない。4~5巻の内容と全体の感想などは、次の日の日記へ。
2003年07月10日
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今頃になってやっと、観戦記を書きます。7月9日 ヤクルト 対 巨人 (神宮)この数日前、会社にチケットが4枚ほどあり、時間がある人は自由に行きなさい、という状態であった。私はそれほど行く気もなかったのだが、前日に友人から電話が来た。「明日の野球のチケットがあるんだけど、いかない?」と。友人は巨人ファンなのでもちろんそれも、同じ【ヤクルト対巨人】。しかももらい物らしくて、タダ。こちらの方がいい席。誘われたら断れない私(笑)。このチケットで観ることに決定!で、当日。前日、後日と残業したものの、流石に試合開始には間に合わず。(ドームならなんとかなったかもしれないが。)雨がぱらつくなか、途中のコンビニでカッパを買う。それでもなんとか2回表までには着いた。先発は、鎌田と上原。(観に行った巨人戦、上原率が結構高い)席は、1塁側内野指定。ブレペンよりも少し外野よりだけれども、一番前!ナイス!このポジションは、ドームにイチローを観に行っていらい。ヤクルト先発が鎌田ということもあってか、早くからブルペンに多くの投手がはいる。ネットが(もしくはブルペンで投げている投手が)邪魔(失礼)で、イマイチバッターが良く見えない。試合に集中出来ないでいたら、投手戦でめちゃくちゃ展開がはやい。ヤクルトが2回に一点をとってそのまま、スイスイと。こりゃ、今期最短試合だぞ、と思いつつ、中盤から後半に入ると・・・ブルペンには五十嵐と高津が!!ちけぇ。近いよ!すぐ目の間にいる。私は、ファン感謝デーなどには行かず直に選手と触れ合ったことはないので、この距離で見る野球選手は、もう新鮮。五十嵐なんてあんな顔してるのに、ゴッツイよ。腕太ぇし、尻でけぇ。そして五十嵐がブルペンで投げ始めた途端、カメラ、携帯をもった女性が続々登場。それがちょうど、私たちの席の横の少し空いたスペースに来るのだ。そこに立たれると試合が全く見えんのだよ。係員が注意しても入れ替わりやってくる。まぁー、気持ちはわかるが、試合も見ましょう。んで、高津。もう、存在感ありすぎ。かっこいい~。男だ!オ~ラが出てます。最多セーブはだてじゃない!ブルペンのマウンドから少し後ろに下がってキャッチボールをしているので、さらに近くに。席に居ながら、携帯で撮れちゃうのです。でも、肖像権だとかで本当はいけないらしいですね(特に五十嵐は事務所がついてるから大変、と友人が言ってました)もっとも私は普段写メール使ってなくて、やり方忘れていたので撮れませんでしたけど。と、高津に見とれているあいだに、試合は進む。7回も終わって1-0でヤクルトリード。鎌田の出来が抜群で(上原も今期最高?ってくらいの出来)、こりゃ完封かなと思っていると・・・2アウト満塁のピンチになって、山本にスイッチ。ここでバッターは、ペタジーニ♪ ヤクルト側からは当然のブーイング。もっと激しいのかと思ったけど、それほどでもなく。もっともシーズン当初は凄かったのでは?と、ここでヤクルトファンにとって最悪の展開。ペタジーニ逆転満塁ホームラン!!もう、後ろの席でメガホンたたいて応援していたヤクルトファンも、笑うしかねぇ、といった様子。しか~し、試合は動いた!いよいよ面白くなるぞ!と思っていたら、案の定。今年の巨人はすんなりとは終わらない!(悲しいかな粘りがあるという意味ではないです。)その裏ヤクルトは、前田、真田から2点奪取!うー、いよいよわからなくなってきた!そして9回裏、ワンアウト2塁から。マウンドにはかつてのロッテの守護神・河本。ここで鈴木健が同点ホームラン!!!(おーい、河本、帰ってこい。)ヤクルトファンはお祭り騒ぎ。久々に生で見たカサ付東京音頭は迫力がありました。見所はここから。延長に入ってから、五十嵐登場!もう、ほとんど直球。今までの投手とはノビが違う。そして出た、157キロ!ボール球でしたけど流石に速かったです。150キロ台半ばも相当数出てました。12回に入り、ヤクルトの締めは、当然高津。うーん、貫禄。三人でピシャリ。そしてその裏、土橋が岡島からサヨナラヒットを打ちました。終わってみれば長い試合でしたが、後半からは見所満載でした。結局、雨も降らなかったし。満足。応援について。チャンスになったとき、ずっと同じ応援をくりかえす(選手がかわっても)いわゆるチャンステーマ。おそらく一番初めにやったのはロッテだと思うのだが(定かではない)やがて巨人がヒッパレーをやり、今ではヤクルトもやっていた。ジッタリンジンの『夏祭り』をアレンジしたやつ。あまり迫力ないし、間延びしている気がする。もう少し工夫したほうがいいのでは?さて、すっかり遅くなって家に帰ると、弟(三男)が野球の話をしている。聞いていると、どうやら今日のヤクルト対巨人の話。なんと、観に行っていたらしい。会社で券をもらったとかで。しかもベンチの上の当たりだったとか。なにやら、この日の試合とは縁があったようで。
2003年07月09日
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買った本について少々。ちょっと以前のことだけど。なお、夫への愚痴を綴ったものではありません。(んなものはいません、笑)うー、梅雨もあけようやく夏らしくなってきました。『楽園ベイベー』を聴きながら(歌いながら)書いてます。最近、駅の近くなどで、出たばかりの週刊誌等を売っているところを見かけます。これは合法なのかよくわかりませんが、目の前を通る警官も素通りですし、問題ないのかな。また、チケットショップのような所で、雑誌、週刊誌を少しだけ置いてある、というところも多い。そこには、文庫も幾冊か置いてあって時々、とんでもないものが出ていることがあるのでよくチェックしています。そんなお店が幾つかあるが、夫々値段のつけ方が面白い。基本的には文庫は100円なのだが、いわゆる官能小説は¥200である。今のところ、そういったものを読む趣味はないが、「おい、その本もこっちなの?」というのが偶にあり買ってしまったものもある。『13のエロチカ』坂東眞砂子・・(この題名では仕方ないか)『ブラッド』倉阪鬼一郎・・(作者名の【鬼】のイメージか)『ドグマ・マ=グロ』梶尾真治・・(雰囲気?)『猫背の王子』中山可穂・・(表紙の裸でナイフ持っている写真?)他にも、発行が新しいものは多少高くなったりする。そんな中、文庫で一番高かったのは、【浅草キッド】の本だった。そんなに新しいものではなかったが、店の主人の趣味だろうか(笑)古本は、一度人の所有になっているということで、その点では既に定価に比べると、その価値は減っているのだろうが、古本購入した際には、定価と比べて「いくら得した」とニンマリしていたりする。まぁ、その分余計に買ったりするので実際には損得は微妙なところだけれども。今の古本は綺麗なものも多いし、まぁ得をしたのだ、という貧乏根性でこれからも買いつづけるのだろう。そんなわけで最近の成果を。値段は定価(笑)『セッション』綾辻行人 476『てとろどときしん』黒川博行 590『五輪の薔薇Ⅰ』チャールズ・パリサー 800『五輪の薔薇Ⅱ』チャールズ・パリサー 1000『1980ハンター』デイヴィッド・ピース 1000 『二人がここいる不思議』レイ・ブラッドベリ 705 ↑ここまでは文庫『きみが住む星』池澤夏樹 1000『きぐるみ』D 1600『永遠の出口』森絵都 1400『100人の森博嗣』森博嗣 1500『肩胛骨は翼のなごり』デイヴィッド・アーモンド 1450『リトルターン』ブルック・ニューマン 1400以上12点を、¥2800で購入。自分では、買物上手!とか思っているのですが・・・最近、児童書っぽいものが増えている。上記の中で、数々の積読本を飛び越えて近いうちに読む可能性が高いものは、アーモンド、ブラッドベリ、森絵都でしょうか。それすらいつになるかわかりませんが。
2003年07月08日
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前日の日記の続き。二人のねぇねぇと叔母、叔父、父と酒を飲んだ。沖縄の親戚関係は難しい。特に父方。関係がよくわからないのである。これがうちの一族(123家とする)だけの話なのか、それとも島全体そうなのか、沖縄自体がそうなのかはわからない。とにかく、人が沢山、ごっちゃまぜ、という感じなのである。島で結婚式なんてやろうものなら、そりゃもうとんでもない人数が集まるそうだ。島の123家の本家。母親は一緒だが、父親は違う(またはその逆)、父も母も違うけど同じ家に住んでいた、とかいろいろあるようだ。戦争の爪あとというようなこともあるのだろう。で、その中には対立関係みたいなものもあったようで、今回はじめて、叔父からこのての話を聞いた。以前読んだ『煙か土か食いもの』ばりの家族間、兄弟間の争い(もちろんあそこまで血腥くはないが)叔父が家の中で居場所がなかったときにかくまってくれたのが、このねぇねぇらしい(長姉ではないほう)。この人は皆の憧れだったようで、父が接する態度もはじめてみるような感じだった。長姉のねぇねぇ。旦那はシローさんという人。うちの父にとっては、にぃにぃ、ということになる。このにぃにぃは我が一族(123家)にとっては神様なのだ。もともとは山形出身のシローさん。ねぇねぇと結婚して沖縄に住むようになった。それまで全く縁もゆかりもないところである。もう30年以上になるようだ。私の父は20歳で上京しているので、父よりも沖縄に住んでいる時間が長いことになる。で、沖縄独特の大変な親戚付き合い、島での行事、習慣事など、このシローさんが全て123家の面倒をみてくれている。父には「こっちのことは俺にまかせてお前は東京で頑張れや」と言ってくれたようだ。シローさん、私にとってのイメージは、柔和な高倉健だ(笑)(よくしらんのだけぢ、高倉さん)無駄なことは一切しゃべらない。とにかく渋いのである。でも、表情はとても穏やかだ。そしてもちろんやるときはやる人である。シローさんがいるから、うちの家族は千葉でのうのうと暮らせる。(本来ならうちの父が本家を守らねばならない)で、ねぇねぇ(シローさんの奥様ではないほうの)がいう。「シローさんは神様だよ」この言い方がまたいいのだ。おばばが子供に諭すような感じ。思わず、うなずいてしまう。シローさんは123家にとって神様なのだ。シローさんの息子は、今、20。数回しか会ったことはないが。その時に聞いた彼の好きなスポーツ選手が、原とカズ。すごーい王道でしょ?絶対ひねくれたヤツではなそうでしょ?今、私に出来ることは、彼が上京した来た時に(ただ単に遊びに出てきた時なども)面倒をみる、ということだ。なんでもいいから力になってやること。それが家族というものだと思う。父は次男だが、24の時に私が生まれているので、この世代では親戚のなかで私が一番上。ちょっとは長子らしいところもみせんといかんな、とは思っている。にぃにぃとして。それにしても、皆、酒つよすぎ。沖縄行くのが怖かったり・・・
2003年07月07日
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沖縄から【ねぇねぇ】が二人、上京。ねぇねぇ=姉姉?=姉さん。これは沖縄の言葉なのでしょうか?(そんなこともないか)で、にぃにぃ=兄さん。となるのだが、じゃぁ、「弟や妹は?」と母に聞いたところ「??」だった。確かに、姉さんに相当する弟や妹をさす言葉ってない。(兄貴、姉貴にあたる言葉もないかな?)まぁ年下を『さん』付けで呼ぶということはない、ってことか。普通は名前で呼ぶからかな。二人のねぇねぇ。一人は父親の姉(長姉)なのだが、もう一人はよく関係がわからない。父も叔母も叔父も、みんなねぇねぇと呼んでいる。年代は少し上なので、父達にとっては親戚のお姉さんといった感じ。うちにはよく沖縄から荷物が届く。ゴーヤ、ポーク(ランチョンミート)の缶詰、チョコレート、マンゴー、ドラゴンフルーツなどなど。ポークなんて小さい頃から毎日食卓に出ていた。だから、友達から「ポークの缶詰なんて見たことがない」と聞いた時は驚いたものだ。うちで沖縄料理を日常的に食べられるのも、ねぇねぇ方のおかげだったのだ。ありがとう。父と叔母、叔父そして二人のねぇねぇとお酒を飲んだ。もういつだか正確の日は覚えてないくらい前の話なのだが。この話は次の日の日記にでも。
2003年07月06日
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一ヶ月以上間が空いて、久しぶりのフットサル。父のゴルフほどではないが、平日よりもはやく起きなければいけないのは少々ツライ。が、やはり楽しみの為ならば、不思議と起きれるものだ(笑)以前の活動後から、どうも左足の踵が痛い。日によっては、歩くのもちょっと嫌だな、と思うほど。なので、この日は足の状態がかなり不安で、アップも念入りにし、かなり慎重に。で、正味2時間半、球を蹴る。いやー、全く足は痛くなくて拍子抜けしてしまうほど。快調でした。ここのところ下降していた体調までが復活!適度の運動、心地よい疲れ。身体を動かすのは気持ちいい。んが、やはり活動後数時間経つと頭痛にみまわれる。帰ってから、冷えピタを頭に貼って2時間ほど眠り、柏へ。ジェフ・サポの先輩に誘われて、日立柏サッカー場にて蹴球観戦。Jリーグ再開第一戦、レイソル 対 ジェフ (千葉ダービー)Jリーグの試合を見るのは久しぶり。何年か前に、国立でレッズ対レイソルを見て以来。サッカー観戦自体は、俊輔がイタリアに渡る直前の、日本代表の試合以来。もともとJリーグ開幕当初から、特定の贔屓チームはない。あえて言えば、鹿島、磐田などの常に上位にいるチーム以外が勝ったほうがうれしい。なので、この試合はどちらを応援するということもなく、個々のプレーを楽しみに。この日出場した選手で知っていたのは、明神(柏)、阿部、中西(市原)くらいでした。結果は、アウェーにもかかわらず、市原の2-0勝利。さすがは、【現在の首位チーム】といったところか、勢いの差は歴然でした。午前中に自分が球を蹴っていたこともあり、プレーヤーとしての視点(もちろん実力は比べるべくもないが)で観てみた。ボールを追うというよりも一人の選手の動きをずっと追ってみる、などして。日本のレベルうんぬんの話はあるだろうが、やはりプロは巧い。このスタンドがサッカー専用で、選手との距離感がめちゃくちゃ近い、ということもあり、ボールの奪い合い、ポジショニングの競り合いなど迫力があった。思ったよりも、選手の身体がでかくて、ごっつい。(市原のFW・巻とか)サンドロが何本も決定的なシュートを外していた。オレなら一本くらい・・・というのはもちろん冗談ですが。(私とJリーガーでは、洋弓で例えるならば、森末と山本博くらいの実力差かな。って誰もわからんって、笑)圧巻は、市原・阿部が魅せた、ドリブルシュート! 3,4人抜いて一人でもっていった。負けたぜ(笑)ともかく、ジェフが勝ったので先輩夫婦も大喜びでした。(計6人で行ったのだが、人数分のメガホンを用意していたのには吃驚!)あと隣に居たおばちゃん二人組み(50代くらいかな)。めちゃくちゃ詳しかった。サッカーについて。だが、どうやらレッズのサポーターらしく、携帯でずっと途中経過を気にしていた。熱いぜ!おばちゃん!これからもレッズとともに!と、これを書いているのは試合の2週間後。ジェフは変わらず、快調のようで。このまま行くかな?今度は、マリンへ行きましょう!と約束しました。行くぞ。んで、明日はまたもや、朝9時から、フットサル!やはりどうも体調イマイチなので、爆笑オンエアバトルを見たら寝ようっと。さて、この日記はいつ、リアルタイムで書けるのだろうか(笑)
2003年07月05日
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次々と語られる奇妙な話。・夫に自分と同姓同名の愛人がいると思い込む主婦・自殺しようとする度に信じられない体験をして死にきれない画家・あなたは交通事故で死んでいるのだと妻から諭される葬儀屋・知らぬ間に妻が別人と入れ替わっていることに恐怖する外科医(有栖川有栖さんの解説がわかりやすかったので、ほぼそのまま使いました。)一見、なんの関わりもないように思われる4つの幻想的な出来事。これが、ある病院につながり、やがて少しずつ重なっていき・・・クラクラクラクラクラクラクラ。もうとにかくクラクラである。どの話が真実なのか?誰を信じたらいいのか?妄想?現実?これでもか、これでもかと足元がふらつく話が続いていく。このまま、ただの不思議な話で終わってしまうのではないか?という不安がかなりの間続く。残りページは少なくなっているのに、収拾がつきそうにない。まだまだまだまだ、と容赦ない。だが、着地しているのだ!これは凄い!偶然に頼りすぎでは、と感じるけど、決着はつけてます。転々もしてます。クラクラで麻痺してきた分、あまり爽快感はないような・・・。これで最後がスッキリとしたら本当に凄い作品だと思いますし、ミステリーとして充分楽しめるのかもしれませんが、私には体力が足りませんでした(笑)これが処女長編とのこと。多少の強引さも仕方ないというか、納得はできます。(85年に新潮文庫で出ているようです、読んだのは今年6月に出た文春文庫)タイトル自体は面白いと思います。けど、この内容に対してどうかとなるとピンとこない。コメディとついてはいても、幻想的、もしくはホラー的要素のほうが強い。あくまで【暗色】コメディなので、大笑いできる明るい話ではありませんのでご注意を。もっとも、基本はミステリーです。ただ、ちょっと覚悟して読んだほうがよいかも。連城さんは初めて読みました。流石の描写力。一つ一つの話は怖くもあり魅惑的でもある。それでも、やはり定評のある短編から読めば良かったかなー。ちょっと疲れました。今回、ほとんど【クラクラ】としか言えず。クラクラしたい人にはお薦めです(笑)
2003年07月04日
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半年に一度くらい、急にネットにつながらなくなる。大抵、原因は不明だ。少し様子がおかしくなると、変にいじってしまって、余計機嫌が悪くなる。でも、そのうち何とかなるものだ。うちは、未だにISDN。そして無線TAを使っている。(きっと多分)今回はいろいろやってみた末に、TAの親機(弟の部屋にある)の電源を入れなおしたら繋がった(何だよ、まったく!)おかしくなった直後にもやったはずなんだけど。ここまで到達するのに何日かかったのか・・・。ここまででも分かるかと思うが、私は機械が苦手である。以前、日記にもちらっと書いたが、私は渋渋、車の免許をとった。本当は、免許なんていらない次世代の乗り物をまっていたのに。携帯をもったのは、当然社会人になってから。ほとんど電話としての機能しか使っていない。さすがに迷惑メールが50件以上もたまるとアドレス変えようかなと思う。今は、初期設定のままなので。ビデオを買い換えた時、それまで普通に見れたケーブルTVが画面を出すのを拒否した。音だけ聞こえたり。映像と音声が全くあっていなかったり。チャンネル設定が上手くいかなかったのであるが、NHKのニュースの映像に民放のバラエティーの音声が合わさった時など妙におかしかった時もあり、必ずしもマイナス面ばかりではなかった(笑)だが、お金を払っているのにWOWWOW横線ザアザアとか、ビデオは見れても録画が出来い、などあまりに代償が大きかった。でも、いつの間にか視聴可能、録画可能となった。なんで?高校入学と同時に買ったミニコンポ。いつの日かチェンジャーがおかしくなってCDが聴けなくなった。お向かいの鈴木さんにもらったCDラジカセ(大きめ)。いつの日かカセットが聴けなくなった。まぁ、でもこれらは私が悪いのではない。と思う。そして、つい最近、コンパクトなMDCDラジカセを買った。ところが、こいつがかなりの働き者で、電源を切ることが出来ない。おそらく何らかのプログラムがきいているのだろうが、解明出来ていない。まぁ、でもこれで久久にカセットが使えるので、台正宵(“台”はオオザトがつく)の『愛的狂風』(凄い題名!)という昔聴いていた歌を聴こうと思っていたら、カセットケースのなかに中身がなかった。何処いった?PCを買ったのは、前の会社を辞めたとき。打つのだけは多少速くなったけれど、未だに使いこなせない。このページがシンプル(でも見にくい)なのはそのおかげである。しかし、そもそも私の機械に対する能力で、HPを持つ、というのが生意気だ。というわけで、楽天よ。重くて文句を言っている時もあるけど、基本的には恩に着るよ!
2003年07月03日
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ドラム罐から顔と腕を突き出しているような姿。脚は無く、顔はホログラフだ。病院で介護の仕事をしている私の名前は【ミキ】。専門知識や数値データがすらすら出てくる。そして時折、奇妙な記憶も。私は誰なのだろう?近未来を舞台にした中編SF。エナリ病院で働くミキ。家政婦ロボットが一般化されているとはいえ、患者の目にミキの姿は奇異に映る。患者の心身ケアをする為には、会話が必要だ。ミキは問題なくこなす。そして、思考し、満足し、悩みもする。全てプログラムされているから可能なのか?この悩みも?記憶。私の記憶はどこから?ロボットなのか?人間なのか?私はいったい何?各病棟で様々な患者と接していくミキ。視覚、発声、簡単な動作を機械に肩代わりさせている全身麻痺の患者。7歳の末期癌患者とその親族、進行性筋ジストロフィー症の子供など。外科病棟 → 小児科病棟 → ホスピス棟 へと配属されていく。自分探しをするミキ。そして【私のいる場所へ】と辿り着く。何をしても無駄だと思うと、見るもの聞くもの全てがにくい。という重病患者親族の諦念と怒り。本人の憤りはそれ以上だと思うけれども、それを解決する1つの手段としての科学があればいい。どうも、最近はマイナス面ばかりが強調されてしまう(特に小説などでは)。至極当然だが、ようは、最先端の研究者の、そして利用する一人一人の心がけ次第ではないか。「ミキのようになれるなら怖くない」という子供の患者。身体が自分の言う事を全くきかないという人にとって、思い通りになるのならば機械でも構わない、という感情はある意味当然のことだと思う。義足などがもっと究極的に進化したものと考えればいいだろうか。しかし「機械をとおして感じるものは、何かが欠落している気がする」と、瞼が固定されてままの半眼の瞳で直に景色を見たい、と言った患者の声が、やはり心に響く。これはラストシーンにも通じるけれども。生身ってかけがえの無いものだな、と改めて思う。いやー、、とても面白かったです。こういう、特殊な存在の主人公が自分の存在意義を探す、というのはよくありそうな話。(実際よくあるのだろうが私はあまり読んだ事がなかった)結末はある程度予想できるものだし、お約束的なところもあるのかもしれない。それでも、これは良かった。読ませます!重たい大変なテーマだと思うけど、この分量で見事に消化しきっているなーと。今まで読んだ祥伝社の400円文庫では、文句なしに一番です。この人の長編も読んでみたいと思わせる内容でした。
2003年07月02日
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怪異が起こる屋敷。道士は【桃の木霊】が原因だという。呪法でもって厳重に懲らしめよう、ということになる。が、道士は騙りだという白衣の青年が現れる。自らが怪異を断つ、といとも簡単にいってのけるこの男の正体は?『桃夭記』他3作収録の短編集。中国を舞台にした、幻想的な雰囲気のある短編集。唐の時代を描いたもの(特定されてはいないが)から、近代までと幅広い。さっぱりとした読みやすい文章で、伝奇小説といってもオドロオドロしさはない。表題作『桃夭記』よりも、『迷宮譚』のほうが好き。江南にある古い広大な屋敷。元の持ち主は、古い友人であり、商売敵であったが、二ヶ月前に亡くなっていた。そして今「屋敷を守るのが私の使命」と言う青年と、この屋敷の売買交渉をしている。「この屋敷には、化け物が出るというわさがありまして」房の隅にある磁器の甕(かめ)には不思議な力が・・・読み進むうちに、結末のシーンは予想出来るが(使い古された感がある)、全体を通しての妖しさ、ちょっとしたクラクラ感がなかなか良いです。他にも、まさに中島敦の『山月記』(しっかり読みたい)を連想させる『虎嘯録』、かつては師弟関係にあった二人の墨匠(墨(すみ)をつくる)の浮沈みを描く『墨匠伝』、といった具合にバラエティに富んでいて面白い。重々しい感じはあまりしないし、場面設定やらの描写がさりげなくて、すんなりと話に入れる。この方はいろいろな文庫で名前を見かけ、作品数もかなりあると思う。シリーズものを読む前に本書を選んでみたが、正解でした。
2003年07月01日
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