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1960年を境にお湯を注いで 2分待って食べられる袋ラーメンが登場しました。 魔法ビンでお湯入れて食べる魔法のラーメン などと斬新なものは、みんな魔法と付けたのです。 この即席麺の味は、子供たちの舌にしっかりと粘着されたのです。 1971年にカップラーメンが発売されます。 一個100円を上回るお値段 袋ラーメンはその3分の1のお値段 質素に暮らしを満喫することで 夢が叶えると信じた人にとって 聖食と言える袋ラーメンが主体の 食生活を送っていたのです。 昭和の特に演歌歌手の方は、生い立ちに恵まれなかったり 貧窮し、苦節した自分の歴史を刻んでいる方が多かったですね。 却ってそれがステータスでありニーズでもあったりしたのです。 それを語るのに 袋ラーメン は活躍しました。 過去に苦労や貧しさ 血の滲むような努力などあれば、 歌唱に重みが入り ファンは増えるしレコードも売れたのです。 才能はもちろんですが 即席ラーメン食べて苦労を克服し努力した人は 立派 ですね。
2021.10.28
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大手製薬会社にとって、番組を一社提供するのがプロパガンダであった昭和日曜のお昼のゴールデンタイムに放送していた寄席番組 人気でした。司会の牧伸二さんが「日曜のお昼ですよーっ!」と叫ぶと会場からどっと笑いが起こる・・・この頃 ばらす という行為が笑いを取れたのです。それにしても、漫談の内容、今であれば「え~~~っ?」と抗議が起こるような内容ありましたね。帽子を使った形態模写名人の 早野凡平 さん帽子となる布は、習字の下敷きのフェルト素材のもの自由に操り、客を沸かせました。昭和の漫談家は話すことと、もう一つ強みのある特技を持ち備えているのが特徴でした。医事漫談の ケーシー高峰 さん医師家系の生まれなので医療知識はもちろん豊富です。健康を推進する漫談が 突如下ネタに変化したり隆起落が激しく、毒舌で客いじりを絡めながらダジャレを連発するという・・・昭和の漫談家は、今の時代であったなら「う~~~ん?」と発言の可否を問われるような事をネタにして、そして客は大爆笑していたのですね。
2021.10.15
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坂本龍馬のポートレート、よく目にしますが足元はあまり目に触れることないですよね。その龍馬は ブーツを履いているのですね。亀山社中という貿易会社を立ち上げた龍馬は新しい物好きで、海外に憧れを持っていたそうです。各地を馬のように駆け回る龍馬にとってブーツは足進を速めてくれ、そして何よりもおしゃれで自分を格好よく見せたかったのでしょうね。明治後期から大正にかけ女学生はファッションリーダーだったのです。西洋への憧れを抱き、明治の終わり頃皮のブーツが販売されると 即取り入れ袴にブーツを流行させたのです。そして髪には極大のリボンを付けて・・このスタイルは現代に色濃く受け継がれていますね。毎年3月には、このファッションの女子卒業生が堂々と街を闊歩しまくるのです。文金高島田の髷がノーマルであった昭和30年代中頃和洋折衷の上のような花嫁さんいたのです。洋文化が大量に流れ込んできた時期です。おそらく着付けをする美容師さんの発案だったのでしょうか?この逆 高島田にウェディングドレス を想像すると大笑いになりますね。
2021.10.06
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