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Bar UKマスターからのお知らせです。以前からお伝えしておりますが、明後日7月25日(火)は、天神祭の船渡御&大花火に伴う出張バーテンダーの仕事があり、バーUKは臨時休業させて頂きます。勝手を申しますが、何卒ご了承くださいませ。【Bar UK】 大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、平日に月1回不定休。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2017/07/23
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Bar UKから8月の店休日(予定)のお知らせです。 現時点では、毎日曜日のほかに、5日(土)、16日(水)、26日(土)が店休日となります(11日の祝日は、午後3時~9時半で営業する予定です)。 なお、23日(水)は「テイスティングの集い」開催のため、午後8時半まで貸切営業となります。 以上、何卒よろしくお願いいたします。【Bar UK】 大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、平日に月1回不定休。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2017/07/22
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Bar UKから再度のお知らせです。 第7回「バーUK・テイスティングの集い」を、以下の通り開催いたします。 今回のテーマは、いま何かと注目されている「ジャパニーズ・ウイスキー」です。大手はもちろん、中規模蒸留所や近年話題となっている多彩な小規模蒸留所のモルトも、できる限り飲み比べてみたいと思います。S社、N社のオールドボトルももちろん、普段よりは大幅にリーズナブルな価格でご提供いたします。 日時: 8月23日(水)午後7時から(約1時間半を予定)。 参加定員: 12名(先着順で締め切り。現在10名申し込まれており、残り2席です。満席の場合はキャンセル待ちとなりますが、ご了承ください)。 参加費: 2800円(軽いおつまみ付き。バーUKのサービス料込み)。 参加ご希望の方は、バーUKまで営業時間中に電話(06-6342-0035)、またはメール(arkwez@gmail.com)でお申し込みください。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/22
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Bar UKからのお知らせです。皆さま、バーUKは本日22日(土)、通常通り(午後2時~8時半)営業いたします。午後6時までは15種類のビールがすべて200円OFFです。オールドボトルは終日10%OFFです。皆さまのお越しを心よりお待ちしております。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2017/07/22
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61.ミスター・マンハッタン(Mr. Manhattan)【現代の標準的なレシピ】 (容量の単位はml)ジン(50)、オレンジ・ジュース(10)、レモン・ジュース(10)、シュガー・シロップ1tsp、生ミントの葉(5~6枚)=一緒にシェイクする 【スタイル】シェイク 「ミスター・マンハッタン」という名前から、有名なカクテル「マンハッタン」と何か関係があるのかと思う方も多いかもしれませんが、何の関係もありません。しかし、1920年代後半に誕生したクラシック・カクテルの一つで、あの有名な『サヴォイ・カクテルブック(The Savoy Cocktail Book)』にも収録されています。 レシピはシンプル。味わいは、柑橘系(オレンジ&レモン)ジュースと生ミントのコラボが絶妙なカクテルです。甘さと酸味のバランスも抜群で、実に爽やかな後味です。しかし残念ながら、日本での知名度はそう高くなく、バーの現場で注文されることも少ないためか、あまり知られていません。かなりベテランのバーテンダーの方でも、その存在やレシピを知らないという人に時々出会います。 欧米のカクテルブックで初めて登場するのは、現時点で確認できた限りでは、前述した『サヴォイ・カクテルブック』(1930年刊、ハリー・クラドック<Harry Craddock 1876~1963>著)です。「ミスター・マンハッタン」誕生の経緯や名前の由来については、これまでまったく謎でした。クラドック自身も同著では一切何も触れていませんでした。 しかし、2013年に出版された『The DEANS Of DRINK』(Anistatia Miller & Jared Brown共著 ※ハリー・ジョンソン、ハリー・クラドックというカクテル界の2人の巨人の伝記)が貴重な手掛かり(根拠資料)を示してくれました。 同著によれば、このカクテルの考案者は間違いなく、著者のクラドック自身であり、クラドックが働いていたロンドンのサヴォイホテル「アメリカン・バー」の顧客でもあった米国人のコラムニスト、カール・キッチン(Karl Kitchen 1885~1935)のために考案したことを裏付けるエピソードや、「ミスター・マンハッタン」とは、ニューヨーク・マンハッタンで長くバーテンダーとして脚光を浴びてきたクラドックに、キッチンが付けた「あだ名」であったことも紹介されています。 キッチンは米国の新聞での連載コラムにこう綴っています。「昨日、(アメリカン・バーで)ハリーに私のためのオリジナルカクテルをつくってほしいと頼んだ。そしてきょう、彼は3種類の『ミスター・マンハッタン』をつくってきて、どれが一番美味しいと思ったかを教えてほしいと私に言った。しかし、どれも素晴らしすぎて(私は選べなかった)。米国でも簡単に手に入る材料でつくられているのがとてもいい。新しもの好きな米国の人たちにも、このレシピをぜひ教えてあげたい」。 キッチンがコラムで紹介した「ミスター・マンハッタン」が、米国の”もぐり酒場”(米国は禁酒法時代の最中)でどの程度広まったのかは分かりませんが、ジンさえ手に入れば、後は一般家庭でも簡単につくれるレシピなので(禁酒法時代でも家庭内の飲酒は合法だった)、案外隠れた人気を得ていたのかもしれません。 ちなみに、クラドックがつくった3種類の「ミスター・マンハッタン」とは、冒頭に紹介したジン・ベースのNo.1のほか、No.2「密造(Hooch)ウイスキー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、ラズベリー・シロップまたはグレナディン・シロップ、角砂糖」、No.3「スコッチ・ウイスキー4分の3、グレープ・ジュース4分の1、グレナディン・シロップ4dash」というものでしたが、自著のカクテルブックには結局、No.1のジン・ベースのものを収録しました。 残念ながら、クラドックがこの「ミスター・マンハッタン」を考案した時期は正確には分かりませんが、おそらくは、クラドックがアメリカン・バーのチーフ・バーテンダーに昇格した1925年以降で、1927~28年頃ではないかと推察されます。 クラドックは英国人ですが、1897年に若干22歳で米国へ渡り、1920年に禁酒法が施行されるまでは、ニューヨークなど米国内の大都市でバーテンダーの仕事をしていました。しかし、禁酒法で仕事の場を奪われ、やむなく英国へ戻ります。そして翌年、ロンドン・サヴォイホテルでバーで職を得ました。カクテルブックを著すのは帰英して10年後です。 なお、クラドックのレシピは、「ジン1Glass、オレンジ・ジュース4dash、レモン・ジュース1dash、角砂糖1個、ミントの葉数枚(シェイク)」となっています(この「1Glass」の容量は不明ですが、この当時のカクテル・レシピでの表記基準を考えると、おそらく90ml前後ではなかったかと思われます)。 参考までに、1930~50年代のカクテルブックで「ミスター・マンハッタン」がどのように紹介されていたのか、ざっと見てみましょう(不思議なことに、欧米のカクテルブックでも、「ミスター・マンハッタン」を取り上げているところはあまり多くありませんでした。私が所蔵しているこの時代の文献での掲載率は約3割でした)。・「The Official Mixer's Manual」(Patrick Gavin Duffy著、1934年刊)米 ジン2jiggers(約90ml)、オレンジ・ジュース4dash、レモン・ジュース1dash、生ミントの葉4枚、角砂糖1個(シェイク)・「The Old Mr. Boston Official Bartender's Guide」(1935年初版刊=以降現在でも不定期で発刊中)米 /「Trader Vic's Bartender's Guide」(Victor Bergeron著、1947年刊)米 ジン1.5オンス(45ml)、オレンジ・ジュース1tsp、レモン・ジュース4分の1tsp、生ミント4本、角砂糖1個(シェイク)・「Esquire Drink Book」(Frederic Birmingham編、1956年刊)米 ジン2jiggers、オレンジ・ジュース4dash、レモン・ジュース1dash、生ミントの葉4枚、角砂糖1個(シェイク) 「ミスター・マンハッタン」はその後、忘れ去られたような存在になります。欧米でも1960年代以降、近年に至るまでカクテルブックに登場することは、数えるほどでした。日本でも1950年代のカクテルブックに初めて紹介されましたが、80年代末までは、生のミントはコストがかかり過ぎることもあって、国内のオーセンティック・バーではなかなか普及しませんでした。しかし、そんな状況の中、思わぬところから、このカクテルが陽の目を見ることになります。 2003年春から全日空(ANA)の機内誌「翼の王国」で連載されていたオキ・シロー氏のカクテル・ショートストーリーで、この「ミスター・マンハッタン」が取り上げられたのです(2004年1月号誌上)。そのストーリーと言えばーー。 マンハッタンのバーのカウンターで、一人寂しく飲む男。ある時、カウンターで隣に座った女性をナンパしようと、「ミスター・マンハッタン」を1杯、ご馳走する。しかし、その女性はカクテルを飲み干すと、男の誘いを無視して一人店を後にした。男の願いは潰れてしまったかに見えたが…。物語の最後に、絶妙な”オチ”が用意されています。 このストーリーとカクテルのレシピが、口コミで日本のバー業界にも広がり、オーセンティック・バーの現場でブレイクしたのです。そしてその後、海外でも、昨今のクラシック・カクテル再評価の流れに乗って、再び注目を集めるようになりました(※このショート・ストーリーは、後に「パリの酒 モンマルトル」というタイトルの単行本=2008年、扶桑社刊=に収録されています。現在絶版ですが、アマゾンでは今でも中古で購入可能なようです)。 日本でのブレークがきっかけとなったのかどうかは定かではありませんが、海外のカクテル専門サイトでは、現在、「Cocktail Mr Manhattan」で検索すると、実にたくさんのサイトにヒットします。昨今のトレンドとしては、ただ単純に昔のレシピのままつくるのではなく、現代風にアレンジ(ツイスト)することのも、ごく普通なことです。例えば(ほぼ同じレシピで)ミントジュレップ風のスタイルで提供するのも人気だとか。 日本でも90年代以降は、生ミントも使いやすい価格となり、このカクテルの良さを再認識するバーテンダーも次々に現れてきました。そして前述の「翼の王国」の記事がきっかけとなり、国内に広く知られるようになりました。今では、おそらくプロのバーテンダーなら約8割は知っているカクテルになっているのではないでしょうか。 レシピはとてもシンプルなのに、甘味と酸味と清涼さのバランスが最高な「ミスター・マンハッタン」。個人的には、もっともっと多くの方に味わって頂きたいカクテルの一つと思っています。【確認できる日本初出資料】「世界コクテール飲物辞典」(佐藤紅霞著、1954年刊)。そのレシピは(原文通り記すと)「少量の水を加えて角砂糖1個を潰し、新鮮な薄荷(はっか)の葉芽4枚をその中で潰し、レモン・ジュース1ダッシ、オレンジ・ジュース4ダッシ、ジン1を加えて振蕩し、コクテールグラスに漉し移す」です。この「薄荷」が西洋ミントなのか国産の薄荷なのかが気になるところです。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/21
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Bar UKからのお知らせです。 第7回「バーUK・テイスティングの集い」を、以下の通り開催いたします。 今回のテーマは、いま何かと注目されている「ジャパニーズ・ウイスキー」です。大手はもちろん、中規模蒸留所や近年話題となっている多彩な小規模蒸留所のモルトも、できる限り飲み比べてみたいと思います。S社、N社のオールドボトルももちろん、普段よりは大幅にリーズナブルな価格でご提供いたします。 日時: 8月23日(水)午後7時から(約1時間半を予定)。 参加定員: 12名(先着順で締め切り。現在6名申し込まれており、残り6席です。満席の場合はキャンセル待ちとなりますが、ご了承ください)。 参加費: 2800円(軽いおつまみ付き。バーUKのサービス料込み)。 参加ご希望の方は、バーUKまで営業時間中に電話(06-6342-0035)、またはメール(arkwez@gmail.com)でお申し込みください。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/19
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60.マウント・フジ(Mount Fuji)【レシピ1】(容量の単位はml) ジン(オールドトム・ジン)(45)、レモン・ジュース(15)、マラスキーノ1tsp、パイナップル・ジュース1tsp、シュガー・シロップ1tsp、卵白(1個分)、生クリーム1~2tsp 飾り=マラスキーノ・チェリー【レシピ2】ホワイト・ラム(20)、スイート・ベルモット(40)、レモン・ジュース2tsp、オレンジ・ビターズ1dash【レシピ3】ジン(25)、パイナップル・ジュース(40)、レモン・ジュース(10)、マラスキーノ・リキュール1tsp、シュガー・シロップ1tsp、卵白(2分の1個分)【スタイル】いずれもシェイク 「マウント・フジ」はもちろん日本を代表する富士山にちなんで考案されたカクテルですが、1920~30年代に誕生したという、冒頭の3つの異なるレシピが現在伝わっています。 「レシピ1」は帝国ホテルのインペリアル・バーで誕生したものです。同ホテルのHPでは「1924年(大正13年)、当時増えてきた日本を訪れる外国人観光客をもてなすために考案された」と紹介していますが、近年の研究で、誕生時期については1922~23年頃で、考案者については、当時帝国ホテルの臨時支配人、山口正造氏から依頼されたチーフ・バーテンダーの大阪登章氏だったことが分かってきました。 ただし、大阪氏が後年出版した自らのカクテルブックに「マウントフジ」を収録しなかったことからも、考案過程では山口氏がかなり主導的な役割を果たしたのではないかと考えられています(出典:洋酒文化の歴史的考察「帝国ホテルのマウント・フジ」=WEBマガジン「Food Watch Japan」=http://www.foodwatch.jp =での石倉一雄氏による連載)。 「レシピ2」は1933年(昭和8年)、スペイン・マドリードで開かれた国際カクテルコンクールに、日本バーテンダー協会(当時JBA、後にNBA)が出品し、佳作に入った作品と伝わっています(出典:上記と同じFood Watch Japan上での石倉氏の連載「赤くなかった“赤冨士”」ほか)。 ※この国際コンクールの開催年については、「1939年」としている文献もありますが、石倉氏によれば、これは「後世の転記ミス」だということです。 なお、このJBAレシピの「マウント・フジ」は、現在では冒頭にあるようなホワイト・ラムとスイート・ベルモットを使うレシピが一般的ですが、オリジナルでは、バカルディ・ラムとドライ・ベルモットを使うレシピでした。詳細は石倉氏の貴重な論考(Food Watch Japanでの上記連載)に譲りますが、「オリジナル・レシピ制作にも関わったJBA幹部らによって、長い歳月のうちにレシピに変更が加えられたらしい」とのことです。 最後の「レシピ3」は、1937年(昭和12年)、有名な箱根・富士屋ホテル内にあった「酒場」(昭和50年代からは「バー・ヴィクトリア」と改称)で誕生したレシピです(出典:富士屋ホテルのHP)。なぜ富士屋ホテルにも「マウントフジ」というオリジナル・カクテルがあるのか? その理由は、富士屋ホテルの二代目社長・山口正造の経歴に答えがあります。山口は初代帝国ホテルの建物が火災で焼失した直後の1922年6月、帝国ホテルの臨時支配人に招聘されます(すなわち「レシピ1」に登場する山口正造と同一人物!です)。山口は10カ月で富士屋ホテルに戻りますが、「帝国ホテル版マウントフジ」考案でもリーダーシップをとったという自負もあり、「帝国版レシピ」に少しアレンジを加えて自らのホテル・バーの看板カクテルにしたのです。 「マウント・フジ」は、日本人による日本生まれのカクテルであることから、当然、欧米のカクテルブックで紹介している例はほとんどありません。現時点で調べた限りでは、「コンプリート・ワールド・バーテンダー・ガイド(Complete World Bartender Guide)」(Bob Sennett編、2003年刊)が唯一の収録例です(他の収録例をご存知の方はご教示ください → arkwez@gmail.com まで)。 上記カクテルブックのレシピは、「ジン45ml、レモン・ジュース3tsp、ヘビー・クリーム(※乳脂肪が多めの生クリームのこと)2tsp、パイナップル・ジュース1tsp、卵白1個分、マラスキーノ・ビターズ2~3dash(シェイク)、マラスキーノ・チェリー=飾り」となっていて、帝国ホテルレシピをベースにしているものの、その分量比はかなり違います。 なお今回の執筆に当たって、改めて欧米のカクテル専門サイトをあちこちリサーチしていると、とても不思議で、面白い事実が判明しました。 上記レシピ1~3の「マウント・フジ」レシピを紹介しているサイトはほとんどなく、「Mount Fuji Cocktail」で検索してヒットしたレシピのほとんどは、「日本酒(Japanese Sake)45ml、スイート&サワー・ミックス【末尾注ご参照】45ml、オレンジ・リキュール2tsp(シェイクまたはステア)、飾り=レモン・スライス&マラスキーノ・チェリー」だったのです(出典:drinkmixer.com/drink9742.html ほか多数)。 ※この理由はなぜなのか現時点では不明ですが、今後さらにリサーチしてみたいと思います。【確認できる日本初出資料】「JBAカクテルブック」(1963年刊)=ジン・ベース(帝国ホテルレシピ)、「オーソドックス・カクテルズ」(落合芳明著、1955年刊)=ラム・ベース(JBA=現NBA=レシピ)。箱根・富士屋ホテルのレシピについては、現時点確認した限りでは、WEBでは同ホテルのHPも含めいくつかのサイトで紹介されていますが、カクテルブックでの掲載例には出合っていません(ご存知の方は、ご教示を宜しくお願いいたします)。【注】レモン・ジュースにシロップを加えたリキュールまたはドリンク。カクテルによく利用される。欧米では、大手のローズ社など様々なメーカーから販売されている。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/17
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約3週間ぶりのBar UK写真日記です(By うらんかんろ)。 バーUKの”生みの親”とも言える切り絵作家の故・成田一徹さんの作品が、久しぶりに雑誌「あまから手帖」7月号の神戸特集(文章は、一徹さんの盟友だった太田和彦さん)に登場しました(絵の選定ではマスターもちょっぴり協力しました)。 円熟期を迎えていた最中、2012年10月に急逝した一徹さん。早いものでことし没後5年を迎えますが、こうして忘れないでいてくれる人たちがいることは、本当に嬉しいですね。皆さんもぜひお手に取って、できれば買い求めくださいね。 マスターはこの日、ジンのセミナーに参加しました。サントリー社が発売するプレミアム・ジン「六(Roku)」です。桜花と桜葉を味を特徴的づけるボタニカル(原材料)に使ったユニークなジンです(近いうちにバーUKにも1本入荷します)。最近、プレミアム・ジンがブームですが、これが(日本で)定着するかどうか、マスターは「日本ではあまりホワイト・スピリッツをストレートやロックで飲む習慣がないので、さて、どうでしょうか。お値段も高めだしね」とまだまだ課題が多いことを指摘していました。 「水曜日はウヰスキーを飲む日」もだいぶ定着してきましたが、前回以降に登場したサービス・ボトルです。スコッチの「VAT69」と、スウェーデンのモルト・ウイスキー「Mackmyra(マックミラ)」です。マスターはこれからも店にある面白いボトルを紹介していくそうです。楽しみですね。 マスターは、土曜日の営業終了後、”お勉強”と称して、いろんなバーに出没していますが、この夜は残念ながら、その店がお休みだったそうで、「近くに代替のバーもなく、仕方がないので久しぶりに串カツ屋にしました」とのこと。まぁ、違うジャンルの飲食の店の仕事ぶりを見ることも勉強かもしれませんね。 バーUKのジン・ラインナップに新しいボトルが仲間入りです。有名ブランドである「ビフィーター」の限定ボトル「バローズ・リザーブ」です。創業時代のポットスチルで蒸留し、高級果実酒「ジャン・ド・リレ」の樽で熟成させたという大変珍しいプレミアム・ジンです。これはもう飲むしかありませんね。 マスターは本業以外にも、いろいろとお手伝いすることが多いのです。今度は雑誌(Mook)です。「タイムトリップ神戸 70~80s」(京阪神エルマガジン社)。神戸の古き良きバーを紹介するページでライターの方の取材をお手伝いしました。「懐かしい、貴重な情報も多いので、ぜひ読んでほしいですね」と。 最近注目を集めているジャパニーズ・ウイスキーですが、こんな珍品がバーUKに入荷しました。ニッカウヰスキー創業80周年を記念して2014年に限定発売された「ブラックニッカ」(写真左のボトル。右は2年前に出た「復刻版ブラックニッカ」)です。「余市、宮城峡、西宮(グレーン・ウイスキー)、ベンネヴィスという4つの蒸留所(工場)の原酒を使い、絶妙にブレンドしました」というふれ込みのボトルです。 西宮工場で連続式蒸留器を使ってグレーンを造っていたのは1999年までなので(同蒸留器は現在、宮城峡蒸留所に移設)、少なくとも15年以上の酒齢のグレーンを使っているという嬉しいウイスキーです。入荷はこれ1本だけですので、なくならないうちにぜひお試しを! マスターはこの日、またウイスキーのセミナーに参加です。スコットランド最古のボトラーズ会社「ケイデンヘッド」です。ボトラーズのセミナーを受講するのは初めてということで、「とても勉強になりました」というマスターですが、「通訳の人のレベルがひどかったのが残念。ウイスキーづくりの基礎用語や有名蒸留所の名前すら把握していないなんて、プロとしていかがなものか…」とのボヤキも。 台湾の新興ボトラーズ「ウイスキー・ファインド」の試飲会に参加したマスター。あれこれ試飲したうえで、「杜甫」という名のボトルを仕入れました。スコットランドの名門グレーン・ウイスキー蒸留所「キャメロンブリッジ」の21年熟成ものです。「コスパがとてもいいだけでなく、味わいも、上品な甘味があって旨いんです」とのこと。モルトもいいけどグレーンも最近は美味しいものがいろいろ登場していますね。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/09
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59.モスコー・ミュール(Moscow Mule)【現代の標準的なレシピ】ウオッカ(45)、ライム・ジュース(15)、ジンジャー・エール(またはジンジャー・ビア)(適量)、カット・ライム(数個)、氷 【スタイル】ビルド ※銅製のマグでつくって提供することが多い。 米国西海岸エリアで1940年代初めに誕生し、50年代に(全米で)急速に人気が広がったカクテルというのが定説でしたが、近年の研究では、誕生した場所はニューヨーク・マンハッタンのホテル・バーだったという説も出ています。 カクテル名は直訳すれば、「モスクワのラバ」。一見飲みやすいけれども、急いで飲むと「ラバに蹴られたくらいに効く(キックの強い)飲み物」という意味で名付けられたと紹介される(出典:多数の文献や専門サイト)ことが多いのですが、これを裏付ける確実な資料は、残念ながら伝わっていません。誕生の経緯については、従来、主に以下のような説がよく紹介されてきました。 (1)1940年代初頭、ロサンゼルス・ハリウッドのレストラン・バー「コックン&ブル」(Cock ’n’ Bull)のオーナー・バーテンダー、ジャック・モーガン(Jack Morgan)氏が、ジンジャー・ビアの在庫をさばくために考案した。 スミノフ・ウオッカの販売促進をしていた製造元のヒューブライン社(Heublein Brothers Inc.)のジョン・マーチン氏が、モーガンの考案したドリンクのことを知り、一緒に組んでPRしたことで全米へ普及していった。 ※「コックン&ブル」はハリウッドのセレブも通う当時の人気レストラン・バー。モーガンは当初、ベースをリキュールの「ピムズNo.1」でつくっていたとの説もあります(出典:Wikipedia日本語版) しかし、他にも以下のような3つの説(誕生の経緯)も伝わっています。 (2)1941年、ニューヨーク・マンハッタンのチャットナム(Chatnam)・ホテルのバーに集まった3人の人物によって考案された(当初は「リトル・モスクワ」という名前だった)。その3人とは、「コックン&ブル」のジャック・モーガン氏、ヒューブライン社のジョン・マーチン氏、そして、ピエール・スミノフ社の社長・ルドルフ・クネット氏。考案されたドリンクは、4、5日後に「モスコー・ミュール」と命名されたという(出典:Wikipedia英語版、原史料はthe New York Herald Tribuneの1948年の記事とのこと)。 ※その後、最初にブレイクしたのは、マンハッタンではなく西海岸でしたが…。 (3)1940年代、「コックン&ブル」のバーのチーフ・バーテンダーだったウェス・プライス(Wes Price)という人物が、店の貯蔵庫に売れ残っていたスミノフ・ウオッカとジンジャー・ビアの在庫をさばくために考案した(出典:Wikipedia英語版、原史料は、エリック・フェルテン氏によるThe Wall Street Journalの2007年の記事とのこと)。 ※なお、考案に当たっては、モーガン氏の友人でもあった銅器製造会社「Moscow Copper」のソフィー・ベレジンスキー(Sophie Berezinski)氏の協力もあり、後に銅製マグの使用が一般的になったと伝わっています(出典:Wikipedia英語版)。 (4)第二次大戦後、ヒューブライン社のジョン・マーチン氏が、スミノフ・ウオッカの販促のために、「コンクン&ブル」のオーナー、ジャック・モーガンと組んで考案。マーチン氏のガールフレンドで、銅製品メーカーを営んでいたオズライン・シュミットが自社の銅製のマグカップで提供するアイデアを提案した。このスタイルが人気を呼び、またたく間に米国内に幅広く普及した。店の常連客は「マイマグ」をキープするようになった(出典:The Craft Of The Cocktail<Dale Degroff著>、Meehan's Bartender Manual<Jim Meehan著>)。 カクテル史に詳しい米国のバーテンダー、ジム・ミーハン(Jim Meehan)氏は自著「ミーハンズ・バーテンダー・マニュアル(Meehan's Bartender Manual)、2017年刊」で、(1)と(4)の説を支持しています。どの説が正しいにしても、1942年当時の新聞・Insider Hollywoodの記事で、「モスコー・ミュールというニュー・ドリンクが、映画の都ハリウッドで人気を得ている」と紹介されており(出典:Wikipedia英語版)、少なくとも1940年代初頭にはそれなりに普及していたことは確実です。そして、コックン・ブル(またはジャック・モーガン氏)とヒューブライン社がこのカクテル誕生に深く関わっていることは間違いないでしょう。 「モスコー・ミュール」が欧米のカクテルブックで初めて紹介されたのは、現時点で確認できた限りでは、1946年に米国で出版された「The Stork Club Bar Book」(Lucious Beebe著)と言われています。そのレシピは「クラッシュド・アイスを入れたマグにウオッカ2オンス、ジンジャー・ビアを入れ、生ミントの小枝1本を飾る)」となっています。 また、その2年後の1948年に米国で出版された「The Official Mixer's Manual」(Patrick Gavin Duffy著、1934年初版)の改訂版にも登場(レシピは「氷を入れた12オンスグラスに、ウオッカ1.5ジガー、ライム・ジュース半個分(ライムの外皮はグラスに入れる)を入れ、ジンジャー・ビアで満たす」)しており、40年代後半には、「モスコー・ミュール」はバーの現場でかなり認知されていたことが伺えます。 1950年代の「Mr Boston Official Bartender's Guide」では、現代のように銅製のマグカップ(Copper Mug)で提供するように指定していますが、これはジャック・モーガンの友人の提案が定着した結果でしょう(出典:Wikipedia英語版)。 「モスコー・ミュール」は、日本には戦後まもなく伝わり、50年代のカクテルブックで初めて紹介されています。ただし、街場のバーで広く認知されるようになったのは、私の記憶でも1960年代後半~70年代前半以降だと思っています。 なお、ベースのウォッカをテキーラに替えると「メキシカン・ミュール」、またラムに替えると「ジャマイカン・ミュール」、スコッチ・ウイスキーに替えると「マミー・テイラー」、ジンに替えると「マミーズ・シスター」という名にそれぞれ変わります(出典:Wikipedia日本語版)。 ただし「マミー・テイラー」については、1899年にビル・スターリット(Bill Sterritt)というニューヨークのバーテンダーが考案したと伝わっており(出典:Webtender.com→The Washington Post, May 15th, 1900、ほか欧米の専門サイト情報)、モスコー・ミュールよりも先の誕生です(カクテル名は、1890年代に人気のあったブロードウェイの女性歌手の名前にちなむとか)。 現代のバーでは、生姜を漬け込んだウオッカをベースに使うなど、オリジナルな「モスコー・ミュール」も人気を集めていますが、シンプルなカクテルだけに、これからも様々なバリエーションが考案されていくことでしょう。 【確認できる日本初出資料】「オーソドックス・カクテルズ」(落合芳明著、1955年刊)。レシピは原文のまま紹介すると、「ライムを半分に胴切りしてマグに絞り出す。次に氷塊2個とリキュール・グラス2杯前後のウオッカを加え、残余をジンジャー・エールで満たして供する」(※リキュール・グラスのサイズについては言及はありません)。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/08
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Bar UKマスターからのお知らせです。*************************** きょう7日(金)のBar UKは、「3周年感謝ウイーク」明け初の週末でしたが、それなりにバタバタと忙しい一日でした。お越し頂いた皆さまに心から感謝いたします。 さて、明日8日(土)と9日(日)は、勝手ながら連休を頂きます。何卒ご了承ください。10日(月)以降のご来店を心よりお待ちいたしております。
2017/07/07
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Bar UKマスターからのお知らせです。***************************** 6月29日にスタートしたバーUK開業3周年「感謝ウイーク」も、きょう5日(水)が最終日となりました。きょうも大阪地方は天気がいまいちですが、午後からは少しずつ回復に向かうようです。 店はいつも通り、午後4時からオープンいたします。お近くに越しの際、もしお時間がございましたら、ぜひお立ち寄りください。 たくさん飲めば飲むほど安くなる「感謝割引き」(10%〜35%OFF)は本日までです。ぜひご活用くださ〜い(^_^;)【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2017/07/05
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58.モヒート(Mojito)【現代の標準的なレシピ】(容量単位はml) ホワイト・ラムまたはゴールド・ラム(50)、ライム・ジュース(15~20)、シュガー・シロップ1tsp(またはパウダー・シュガー2tsp)、ソーダ(適量)、ミントの葉、クラッシュド・アイス ※ソーダを入れないレシピもあります。 【スタイル】ビルド 「モヒート」はキューバ発祥で、現代のバーでも超人気なカクテルの一つです。英国が新大陸でスペインと領土戦争を繰り広げていた16世紀、英海軍の手助けをしていたリチャード・ドレイクという海賊が、1586年、キューバに持ち込んだ「ドラケ(Draque)」という飲み物がその前身と伝わっています(出典:Wikipedia英語版&日本語版ほか多数)。 カクテル研究家・石垣憲一氏の著書「カクテル ホントのうんちく話」(柴田書店、2008年刊)には、モヒートの元になったドリンクとして、キューバ人作家、ラモン・デ・パルマが1837~38年に著した小説に、現在のモヒートのレシピに近い「ドラケシート(Draquecito)」という飲み物が登場していることが紹介されています。 しかし、厳密に言えば、この「ドラケシート」には決定的なものが欠けています。それは氷です。熱帯地方のキューバには天然氷はありません。米国東海岸北東部から天然氷が輸入され始めたのは1850年代で、その後19世紀後半、バカルディ社(1862年創業)が、「ドラケ」のべースとなっている酒、「アグアルディエンテ」(サトウキビ原料とした荒削りなスピリッツ)を、同社のラムに替えたレシピをPRして普及させましたが、氷はまだ貴重品なので、そうふんだんには使えなかったと思います。 確実なところで言えば、1910年頃には首都ハバナのバーでは、モヒートは人気カクテルとして定着していたことが、同時代のバーテンダーの証言で確認されています(出典:上記・石垣氏の著書)が、この時期どの程度氷が自由に使えたのかはよくわかりません。バーの現場で氷があまり不自由なく使えるようにようになるのは、欧米はもちろん、キューバでも1920年代以降で、現代のスタイルに近いモヒートが飲まれるようになるのもこの頃からです。 「モヒート」が最も早く活字として確認できるのは、カクテル史に詳しい米国のバーテンダー、ジム・ミーハン氏によれば、1929年にキューバで発行されたバー・ガイド「Libro de Ccocktail」で、「ラム・モホ(Rum Mojo)」の名で登場します。また、1930年にスペインで出版されたカクテルブック「La Ley Mojada, Sucesores de Rivadeneyra, SA」(Pedro Chicote著)には「モヒート・クリオーリョ(Mojito Criollo)」という名前で紹介されています(出典:バカルディ・ジャパン社のHP)。 さらに、その翌年の1931年に出た「Cuban Cookery」というカクテルブックにも、「キューバン・モホ(Cuban Mojo)」という名前で収録されています(出典:「BAR-TIMES」HPの特集「カクテル・ルネッサンス:モヒート」)。「ラム・モホ」以外の2つのレシピは以下の通りです。・Mojito Criollo:氷を入れた大きめのグラスに、バカルイディ・ラム1Glass、レモン・ジュース1tsp、粉砂糖1tsp、レモンの皮1枚、ペパーミント(イエルナブエナ)数本を入れて、ソーダ水で満たす。・Cuban Mojo:氷数個を入れたミディアム・サイズのグラスに、バカルディ・ラム1jigger、ライム・ジュース&ライムの皮、シュガー1tsp、生ミントを入れて、ソーダ水で満たす。 ※いずれのレシピも、ラムは「バカルディ」を指定しており、「モヒート」の世界的な普及にバカルディ社と同社のラムの存在が大きかったことが伺えます。 ちなみに、「Mojito(モヒート)」というカクテル名は、「濡らす・浸す」という意味のスペイン語の動詞「Mojar(モハール)」に由来するというのが多数説です。「Mojar」から派生して生まれた「Moje(モヘ)=ジュースの意」、「Mojo(モホ)=ソースの意」という言葉の語尾に「-ito」が付いて誕生した言葉という説がほぼ定着しています(従って「Mojito」は、元々「ちょっとしたジュース」「のどを潤すもの」というような飲物を意味したようです)。ちゅうキューバでは「Mojito」の名で定着するまでは「Mojo」や「Mojecito」という言い方も使われていたそうです。 なお「少数説」として、アフリカのブードゥ教の言葉で「軽い魔法をかける、虜にする」という意味の「Mojo」という言葉に由来するという説を紹介しているHP(出典:日本ドリンク協会公式ブログ)もありましたが、裏付け資料は明示されておらず、信憑性は現時点では判断不能です。 ご参考までに、キューバのハバナで1935年に出版されたカクテルブック「Bar Florida Cocktails」と、同じ年に米国で出版された「The Waldorf-Astoria Bar Book」ではモヒートがどのように紹介されているか紹介しておきましょう。・Bar Florida Cocktails:8オンスのグラスにクラッシュド・アイス、バカルディ・ラム2オンス、シュガー1tsp、レモン・ジュース、生ミントの枝数本、レモン・ジュースを入れ、よくかき混ぜる。最後にソーダ水を入れる。 (※「Mojito」という名ではなく「Mojito Criollo」との名で登場します。ライムではなく、レモンを使っているところが興味深いところです。なお同著ではジン・ベースのモヒートも併せて紹介しています)。・The Waldorf-Astoria Bar Book:ハイボール・グラスに角氷を2個入れる。バカルディ・ラム1ジガー、ライム・ジュース(半個分)、シュガー少々、生ミントの枝数本、ソーダ水(作り方についての言及はなし)。 「モヒート」はその後、フロリダ経由で米国へも伝わり、米国内で急速に人気を高めていきました(なおバカルディ社は、キューバ革命(1953~59年)の影響で撤退したため、現在のキューバでは、ベースのラムには「ハバナ・クラブ」が使われることが多いということです)。 このドリンクが、いつ頃から「モヒート」と呼ばれるようになったのかは、まだよく分かっていませんが、上記の「Bar Florida Cocktails」の出版年から考えても、少なくとも1920年代後半~30年代前半までには、「モヒート」カクテルがある程度認知されていたことは間違いないでしょう。なお、英米ではかつて「モジート」と英米語式発音で呼ぶ人がほとんどでしたが、今日では、スペイン語読みで「モヒート」と正しく発音する人も少なからずいます。 「モヒート」は国内外の文献で、「フローズン・ダイキリとともに、かの文豪ヘミングウェイがこよなく愛して、(1940~50年代の)ハバナ在住時によく飲んだ酒」とよく紹介されています。しかし、併せてよく紹介される彼の有名な言葉「我がモヒートはラ・ボデギータで」については、彼自身の言葉ではないという指摘もあります。さらに、このバー「ボデギータ・デル・メディオ」に、ヘミングウェイが本当に足を踏み入れたのかどうかもについて疑う声もあるとのことです(出典:上記・石垣氏の著書)。 ヘミングウェイ伝説の真偽はともかく、この「バー・ボデギータ」は現在もハバナでの人気の観光スポットにもなっていて、モヒートはこの店の人気ナンバー1カクテルとなっています。実際に訪れた人の話によれば、モヒートの注文がやたら多いこともあって、ベルトコンベア式に次々と作られるため、“元祖モヒート”の味わいは結構大ざっぱだったということです。 「モヒート」は日本には戦後の1950年代に伝わったと思われますが、バーの現場でよく知られるようになるにはその後、かなり時間がかかりました。カクテルブックで紹介されたのは60年代に入ってからです。そしてバーの現場で人気が出るようになったのは、(私の記憶からしても)ごく最近で、1980年代後半か1990年代以降だと思っています。 日本では昨今、モヒートづくりの技術が世界でも一、二を争うレベルと言われ、新世代のバーテンダーの中では、ベースの酒や材料をあれこれ替えたバリエーションづくりがとても盛んになっています。 【確認できる日本初出資料】「カクテール全書」(木村与三男著、1962年刊)。そのレシピは「プエルトリカン・ラム30ml、ライム・ジュース4分の1個分、シュガー1tsp、ミントの葉2~3枚、クラッシュド・アイス」となっており、ソーダは使わないレシピです。 なお、同著では「Bar Florida Cocktails」が収録していた「モヒート・クリオロ(Mojito Criollo)」も収録しています。そのレシピは「バカルディ・ラム60ml、レモン・ジュース2分の1個分、シュガー1tsp、ミントの葉5~6枚、ソーダ水、クラッシュド・アイス」と、紹介しています。 ※この「モヒート」の項については、石垣憲一氏の著書(書名は本文中に)に大変お世話になりました。この場をかりて厚く御礼申し上げます。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2017/07/04
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成田一徹切り絵原画・販売用小作品の紹介(9)です。 ※絵のタイトルは、原則「仮のもの」です。絵のサイズの単位はミリ。 「ほっと一息」 サイズ=120×120 価格=¥10,000 「花びら」 サイズ=55×110 価格=¥10,000 「風そよぐ窓辺」 サイズ=89×116 価格=¥14,000 「木蓮」 サイズ=67×112 価格=¥8,000 「カエルの親子」 サイズ=90×165 価格=¥13,000 「突然の来訪者」 サイズ=181×121 価格=¥15,000 「二人だけの秘密」 サイズ=174×116 価格=¥18,000 「サクラ」 サイズ=170×125 価格=¥28,000 「栗実る秋」 サイズ=200×170 価格=¥20,000 「浜千鳥」 サイズ=85×93 価格=¥10,000
2017/07/03
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