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「バカ者の数は限りない」と、世界地図の上に書き込んだのは、16世紀フランスの数学者にして地図製作者オロンス・フィネ。【後註】 道化師(フール)の帽子を冠った世界地図の、その帽子には、ラテン語で「おー、バカに付ける妙薬(O Caput elleboro dignum)」と書いてある。 まあ、16世紀と断りをいれなければ、21世紀の今このときの世界そのものと言ってさしつかえあるまい。 病的なまでに肥大化した自己愛精神のバカな権力者は、己の病を国家的な病に変えてしまう。挙げ句の果ては殺人の喜びに耽り、それさへ国民のためと嘯く。地獄の釜開きとはこのことだ。赤き馬、青き馬がここぞとばかり飛び出し、ウィルスのごとく拡散する。 異人種憎悪、異民族憎悪、異宗教憎悪、異文化憎悪-------。 そこから何事も生まれはしない。こころの壁も含めてこの地球上に壁を築いて、ただ孤としてぽつりと生きて行けるものではない。それは自明の理と言ってよいはずのものだが、その逼塞的精神はもともとその精神をかろうじて支えている自己愛、すなわち異常なまでの愛国主義によって理をわきまえられなくなっている。そして、どこに解決を求めるかといえば、他者侵略、暴虐である。それは精神病理学的見地に立てば、自他共に滅亡をめざすタナトスへの固着である。 英語にこんな「ことわざ」がある。 Half the world knows not how the other half lives. すなわち「世の中の半分は、他の半分の暮しを知らない」ということ。自分の狭い社会に閉じこもっていると、ほかの社会を理解できない、と解釈しても良いだろう。そして、このことわざ、裏返せばオロンス・フィネの言ったように「世界はバカばっかり」ということになる。 さて、世界は自分のものとばかりバカを発揮している者たちに付ける妙薬は、何だろう?【註】「バカ者の数は限りない」------世界地図の下,襟の上の三角部分にラテン語で「Stultorum infinitus est numerus」と書かれている。
Feb 28, 2017
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ただいま22時20分、きょうの制作を終了した。さすがに少し疲れた。お茶を飲みながら、このブログを書いている。と言っても、一日中仕事場に閉じこもっていたのだから、自分のことは書く事も無い。 制作の方は、きょうは筆が走り過ぎるぞと、ブレーキをかけるほど。 つまり、色によっては塗りを一日くらい寝かせた方が良い。そこを突っ走るとどこかで失敗する。------そう思いながらも、12,3時間描きつづけ、とうとう意欲に身体が付いてゆけなくなって、終了した。やっぱり年である。20代、30代の頃は、36時間ぶっつづけに執筆することを繰り返す日常だったのに------ 猫のサチが、私が仕事を終わったことを敏感に察して、鳴きながらやって来て膝に乗った。抱えている私の左手に顔をこすりつけている。-----さあ、サチ、もう寝るよ。 ここ数日、ベッドに横になってから、ヘミングウェイ短編全集の原書(The Complete Short Stories of Ernest Hemingway)を読んでいる。もう何十回と読み返して来たが、またぞろ書棚から引っぱり出した。 彼の小説作法は実に特異で、ほとんど全ての小説がほとんど会話で成り立っている。いわゆる地の文が少ない。それでいて戯曲はたしか『第5列』1作だけではなかったか。 それはともかくとして、じつは制作に疲れていながら頭は熱をもっているから、スイッチを切り替えるようなつもりで日本語でないものを読んでいる。ヘミングウェイの短編が、長さとしてはちょうど良い。几帳面に第一短編から順に読むのではなく、適当に好きなところを読んでいる。昨夜など、読んでいるうちに眠ってしまい、持ち重りのする本がドサりと顔に落ちてびっくりした。------ハハハ、どうやらクールダウンしたというわけである。
Feb 27, 2017
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28日前に作品1点を完成。まだ次々に作りつづけなければならない。
Feb 26, 2017
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きょうも一日中、制作。今月末日までに1点完成しようと、夜10時まで執筆。あと3日でその末日だ。 先日、いくつかの店を巡って見つけて購入した、頭の中だけで試行錯誤していたまったく新しい素材を、きょうの段階で使用してみた。効果はほぼイメージどおりになった。最終仕上げで今日の状態が保てるかどうか。その素材の上にどのように刷毛を動かすか、またまた頭の中でシミュレーションしている。-----しかし、今日の狙いどおりの効果に、少しばかり気持が高ぶっている。寝る前にクールダウンしなければ------
Feb 25, 2017
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終日,作品制作。ようやくカタチが見えてきたが、遅々として進まない。
Feb 24, 2017
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夕方まで制作をし、その後、合唱団の練習に行く。 わずか1時間半ながら、作品のことが頭から離れるほとんど唯一の時間。愉快に、先生の望む音楽をつくりあげることだけに専念する。 きょうは団員を半々にグループ分けし、互いの合唱を聴き合う。まあ、なかなかのものだ。自分の歌は聴けないけれど、他の仲間の響きを聴けば、自分たちがどの程度のことをやっているか分かる。おもしろい練習だった。 次回にまた新しい曲の練習を始めるという。本番ステージで私たちの合唱団は4曲披露することになる。私は、本番が好きなので、楽しみだ。楽譜には歌い方の私なりの書き込みがしてある。それを楽譜ごと本番までに記憶してしまわなければならない。
Feb 23, 2017
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映画作家・鈴木清順氏が亡くなられたという。享年93。 そのスタイリッシュな作品群は、日本映画のなかでも断然異彩を放っている。わけのわからない映画という言われ方をしてきたらしいが、映画を物語の筋を追うような見方をする人には、何を言っているのだか分かりはすまい。歌舞伎のようなイメージのケレンに酔い、シュルレアリスムのデペイズマン(異化作用)のように現実の意味を剥奪されて、想像力を駆使して迷宮を彷徨う楽しみ-------私はそんなふうに捉えているのだが、それで言い得ているとしたら、まさに日本映画をまったく新しい地点に引き上げた映画作家である。それは孤高といっても良かろう。 しかし、また、高橋英樹氏主演の『けんかえれじい』(1966年)は、どうだ。テンポある演出による、バンカラ旧制中学生が喧嘩にあけくれる痛快娯楽映画。 若さをもてあまし、ペニスでひそかに恋するひとのピアノを弾くシーン! それは10年前の石原慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』の引用かもしれない。他校と張り合って繰り広げる喧嘩のシーンは、稲垣浩監督の『無法松の一生』からの引用かもしれない。その馬鹿馬鹿しいほどの乱闘シーンに、屹立する「火の見やぐら」のセットは、黒澤明『用心棒』からの引用か。いずれにしろ明治から昭和初期頃までの旧制中学生は、どこでもかしこでも、そんな学校同士が張り合う喧嘩が、娯楽のようなものだったのだろう。2.26事件の理論的指導者・北一輝がさらりと登場して時代性を映しもする。それは、この若さ輝く青年達が、やがて戦争に駆り立てられるようになる、暗い時代の予感なのである。助演の野呂圭介氏も良い。-------私にとっては、会津が舞台ということで、フィクションではあるが何だか郷愁に似た親しみが起るのである。尤も、映画の中の旧制中学校は、私の母校の前身である会津中学校ではなく、喜多方中学校のようだ。 やはり高橋英樹氏主演、同1966年の『刺青一代』もおもしろい。この作品で鈴木清順スタイルが確立したのではないか。ヤクザの殴り込み、日本家屋内での立ち回りシーンは、つぎつぎと襖を開くたびに画面の色彩が変わる。赤、青、黄-------という具合にだ。そして、ちょっと記憶が不確かだが、人物を(おそらく厚板ガラスに乗せて)真下から撮影したシーンがあった。-------私の好きな作品である。 翌1967年、宍戸錠氏主演『殺しの烙印』。この作品もおもしろかった。 たしかこの作品が原因で、「わけのわからない映画を撮るな!」と、氏は日活を放逐されたのではなかったか。以後、しばらくの間、鈴木清順監督は映画を撮る機会を失った。 1988年の『ツゴネルワイゼン』は原田芳雄氏主演。木村威夫氏美術のイメージが奔流のようにスクリーンにあふれる。原作は内田百けん(門のなかに月)の名作『サラサーテの盤』。原作が小説の醍醐味-------ぼんやりした曰く言いがたいことを、だが確実に言葉にしてしまう凄さ--------を思い知らせる,私の好きな小説。その、ぼんやりした、いわゆる「逢魔が刻」を映画はみごとに表現した。 こうして数えあげていては切りがない。93歳というお年では、もう新しい映画を撮ることはできなかったであろうが、衷心よりお悔やみ申しあげます。
Feb 22, 2017
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作品制作の多忙をそっちのけにして、午後1時30分から4時まで民生委員月例会議に出席。東京都および日野市の平成29年度年間スケジュールを渡される。民生委員制度創設100周年記念年度ということもあり、相変わらず忙しく奉仕することになろう。 帰宅した途端にザーっと雨が降りだした。11日ぶりの雨だ。
Feb 20, 2017
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終日作品制作。進行中の作品に加えて、あらたなイメージが出てきたので急遽、キャンバスに下絵を写して下塗りをした。同時に2点を描いてゆく。するとさらに新たなイメージが出て来た。構図をつくり、明日下絵をつくって、同時に3点制作することにする。こうでもしなければ約束が果たせなくなる。とにかく忙しい、忙しい。
Feb 19, 2017
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日毎の寒暖の差が激しい。昨日は3月4月なみの陽気で、若い訪問者も「温かいですねー」と私の顔を見るなり言った。日中の気温は14℃だった。それが今日は一転して、最高気温が昼前後に9℃である。 それでも春なのである。弟が植物園に行ってきたと言った。昨日は梅園に行き梅を見て来たのだと言う。我家の小庭の木瓜(ぼけ)が、小さいながら濃い紅色の莟がふふんでいる。木々の芽も、もう芽というより若葉の形だ。 さて、私は時間に追われるように作品を制作している。カレンダーを横目に見ても、それで制作が捗るわけでもないが、だからこそ一層神経がとんがってしまう。猫のサチが鳴く「ラ(無調A)」の音が聴覚を苛立たせる。「泣くなと言えば、なお泣いた」だ。 誰かの歌にこんな文句があった。
Feb 18, 2017
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歌謡曲作曲家・船村徹氏が亡くなられたという。享年84。最近、TVでお姿を拝見しながら、ちょっとお顔の痩せ方が気になっていた。しょっちゅうお見かけしていたわけではないので、その面変わりはお年ゆえのことであったかもしれない。 訃報に接して、あらためてウィキペディアでどんな曲を作られたかを当たってみた。もちろんそこに掲出されていたのは膨大な数の作品のごくわずかであったが、代表曲38曲のうち、私は自分でも驚いたが14曲を歌えるのである。先日、スナック・バーのカウンターに坐りながら初めてカラオケで歌ったが、ことさら左様に、まず声に出して歌うことなどないにひとしい。それなのに、いつのまにか耳から入って、歌詞はうろ覚えながらメロディーはしっかり記憶されているのである。それにしても、14曲とは! ちなみにその14曲。 「柿の木坂の家」「王将」「別れの一本杉」「なみだ船」「風雪ながれ旅」「兄弟船」「さだめ川」「矢切の渡し」「東京だよおっ母さん」「波止場だよ、お父つぁん」「哀愁波止場」「ひばりの佐渡情話」「みだれ髪」「ダイナマイトが百五十屯」 自分で声に出して歌わなくても、私は普段から芸能としての歌謡曲に関心を寄せて来た。そして何より賛辞を惜しまないのは、その人心掌握と言ってよかろうが、人の心への浸透力、影響力、そしてまさしく民族的情緒を形成し文化的意識をおのずと変革する力である。 私が今、船村徹氏の曲を譜面も無しに曲がりなりにも14曲も歌えることに気づいて驚いているが、そこに船村氏の曲の凄さを指摘しないではいられない。 船村徹氏の逝去を悼みます。
Feb 17, 2017
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レンブラントの作品であると判明したと、1点の犬の素描について、CNNが伝えている。1770年にアントン・ウルリッヒ公爵の所蔵となり、以来250年近くドイツ人画家の作品とされてきたが、同美術館が所蔵する膨大な素描をデジタル・アーカイブ化する作業中に、プロジェクト・キューレーターが素描の筆法からレンブラントの作品であると断定したという。 私は、昨日の美術講義のなかで、オランダ黄金時代の画家としてレンブラントについて少しふれたばかりだ。おやおやと思いながらこのニュースに接したのだが、CNNが掲載しているその画像と、私の手元にあるレンブラントの素描画像25点ほどを比較してみた。 巨匠と讃えられるような画家は、独自の筆運びがある。もちろんデッサンにおいても、ほとんど一目瞭然の特徴を有している。たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチの優雅な擦筆法、あるいはミケランジェロのハッチング(斜線による陰影法)。しかもミケランジェロのハッチングは、ためらいも無駄もない、まことに的確な美しい線の集積である。 さて、レンブラントのデッサンをいろいろ比較して、その筆法の特徴を探ってみると、なるほどアントン・ウルリッヒ公爵美術館のキューレーターが述べているように、このたびの犬の素描はレンブラントの特徴が見てとれた。対象の形体的本質を一瞬にしてとらえ、大胆な一筆で表現する。その、腹の据わったとでも言いたい、細部にこせこせと拘泥しない雄渾な筆さばき。------それこそレンブラントのデッサンの特徴である。 この素描の同定が、レンブラント芸術に新たな一石を投じるとまではいかないにしても、めずらしい発見であることは間違いあるまい。おもしろいニュースだ。
Feb 16, 2017
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きょうは地域のみなさんのために、約束していた第一回のボランティア美術講座。1時30分から3時30分まで。その後、主催者と休憩しながら5時までおしゃべり。 一気に2時間の講義をしたので、高齢者には中休みを入れるべきだったと秘かに反省しながら帰宅。 私が忙しくない時にまた話しを聞きたいと言うので、いつでも声をかけてくださいと応えた。お客さんのなかには、美術の関係の本には書いてないような内容だったので、ひどく刺激的で新鮮だったが、すこし難しかったと言われた。 次回はレベルを下げてほしいということらしかった。しかし、傍目八目という言葉があるとおり、講義をしている私よりずっと深い知識を持っていられたり洞察をしている人がいると考えて、「レベル」などということは初手から考えたことはない。いつでも全力投球していなければ、斬りつけられたときに相手に対処できない。相手に力があれば、へなちょこな私を斬りようもあるまい。それではおもしろくない。斬りつけられる覚悟がなければ、講義などしないほうがよい-------そう、私は思っている。たとえどんな人がお客さんになろうとも、私はその考えを変えるつもりはない。 さて、明日から制作に専念しなければ、すでに日数的に尻に火がついている。留守中に画廊の担当者から電話があったという。何の話があったやら。
Feb 15, 2017
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右足首のねん挫も、どうやら痛みは引けた。階段の降りの困難も、さほどではなくなった。しかし用心に越したことはないので、壁や柱につかまりながら一段毎に両足そろえてゆっくりゆっくり下りている。さきほど21時過ぎに今日2度目の湿布薬を貼り換えた。 夕食後、茶を呑みながら、昨日録画しておいたNHK・Eテレの「クラシック音楽館」を観た。「20世紀日本の知の巨人柴田南雄の音楽」と題されていたが、昨年1月7日にサントリー・ホールで開催された「作曲家柴田南雄生誕100年・没後20年記念コンサート」の録画である。 指揮は山田和樹氏、演奏は日本フィルハーモニー交響楽団、東京混声合唱団、武蔵野音楽大学合唱団。 プログラムは、「ディアフォニア」(1979年作)、混声合唱曲「追分節考」(1973年作)、交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」(1975年作)。 すばらしい演奏だった。ライブで聴かなかったのがまことに残念。 このTV録画、後日、また視聴することにする。
Feb 13, 2017
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頼まれている小品で、新しい材料を実験的に使ってみようと、それを探しに昼前に外出した。イメージに適するものがなかなか見つからず、あちらの店、こちらの店と歩き回った。ようやくこれは使えるかもしれないと思ったものを、失敗を考慮して少し多めに買った。 作品の引渡しまで、もう日にちもないが、新しい材料のためにこれまで考えていた構図を少し変えなければならない。何をやっているんだか! と、主題以外は常に新たらしいことを付け加えなければ気がすまない自分自身に呆れる。ヘソ曲がりとつきあっていると思う、もう一人の自分がいる。 それはそれとして、帰宅して気がついたのだが、どうも右足首をひねってしまったらしい。ふとしたはずみに痛みが出る。階段を、上るときより、下りるときが、あれッ?と思うほど痛くて力が入らない。 一晩様子を見ることにして、とりあえず足首をぐるりと囲むように湿布薬を貼った。今夜はおとなしくしていよう。
Feb 12, 2017
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遠方から電話を頂戴し、「雪はいかがですか」と言うので、「予報では降ると言っているのですが、さいわい今は降っていません」と応えた。昼前のことだった。電話を切ってから庭へ出ると、ちらりちらりと降り始めた。おやおや、と思いながら、雪をかぶらせたくない鉢植えを三つ屋内に取り込んだ。しだいに振り方がはげしくなり、やがてブロック塀の上は白くおおわれた。 夜間に積もるかもしれないと思ったが、間もなく23時になろうとする現在、雨に変わった。隣の建築現場のブルーシートに降る雨音が、夜の静寂を破っている。 閑話休題 ビートルズ結成前のジョン・レノンとポール・マッカトニーが出会った高校生時代を、レノンの生い立ちを中心に描いた『ノーウェアー ボーイ(Nowhere Boy)』(サム・テイラー=ウッド監督、2009年、イギリス)という映画を観ていたら、ちょっとおもしろいセリフが出てきた。 レノンの生みの母親と、その姉である育ての親、つまりレノンには伯母にあたるふたりが、喫茶店で待ち合わせをしている。妹が先に来て、遅れてやって来た姉が、「もう何か頼んだの?」と訊き、妹は「紅茶を」と言う。ウェートレスが通りかかったので、姉は、「アール・グレーはある?」と訊く。するとウェートレスが、こう言ったのだ。「宮殿ではないですが、ありますよ」 私は思わず、「おもしろいセリフだなー!」と声に出してしまった。 つまり、アール・グレーは女王陛下のお気に入りの最高級銘柄。そのことはイギリス国民は誰でも知っている。その紅茶を、場末の喫茶店でこの姉は注文しようとして、おそらく何気なく銘柄を確認したのだが、ウェートレスの受け取り方はちょっと違った。もちろん嫌みではなく、軽いユーモアをこめて、私どもでもアール・グレーを提供できますよ、と応えたのだ。 このシーン、ほんの数秒ほど。映画の本筋とは何の関係もない。ウェートレス役の俳優は顔さへ見せない。歩きながらこの2秒ほどの一言を残して去ってゆく。しかし、私には大変おもしろかった。たった数秒でイギリス社会の文化的重層を見せてしまっている。すごいものだ。脚本はマット・グリーンハルシュ。
Feb 9, 2017
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私がイラストレーターをめざして絵の勉強を開始した当初、それとなく見守り、親切な言葉で励ましてくださっていた丸山昭氏が亡くなった。享年86。 丸山昭氏は講談社『少女クラブ』の元編集長、フェーマス・スクールズ(後に講談社フェーマス.スクールズと改称)の初代スクール・ディレクターを歴任。編集者としては手塚治虫作品を手がけ、また、有名なトキワ荘に住んで活動した石ノ森章太郎氏や赤塚不二夫氏など多数の漫画家を育てた。2001年に、手塚治虫文化賞を授賞した。 私の最初のグループ展を全面的にサポートしてくださり、あるいは会社でアルバイトに使ってくださった。私が24、5歳の頃のことだ。氏の部下の方々にまじって、ときどき一緒に飲み歩いたこともある。とある会員制クラブで、どなたかのギター伴奏で私が『悲しい酒』を歌わされたことも思い出す。 最後にお目にかかってから随分長い年月が過ぎたが、あのとき、私の海外での作品発表を喜んでくださったその笑顔が、目に浮かんで来る。 丸山さん、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
Feb 8, 2017
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暦の上では立春を過ぎた。きょう私の処では昼頃に気温が10℃まで上がったが、すぐに下がりはじめ、22時現在、2℃である。一日中、風が吹いていた。「春一番」と言いたいところだが、寒風である。 しかしながら、やはり春は近づいている。庭の落葉樹、木瓜(ぼけ)や紫陽花や、盆栽の楓の枯れていた枝先に、小さな芽が萌えはじめていた。 隣の敷地に新しい家の建築がはじまって一ヶ月以上になる。 先日、日曜日、きょうは工事が休みかと思っていたら、昼前になって大工さんが一人やって来て仕事をはじめた。小学校低学年と思われる息子さんを連れて来た。その聡明そうな声が、ときどき私の仕事場まで聴こえ、お父さんの仕事を手伝っているらしかった。お父さんは簡単な指示を出し、あとは口やかましく言うではなく、息子が仕事を成し遂げるのをそれとなく見守りながら、自分の仕事を手際よく進めているようだった。 私は、その父子の声を聞きながら、とても良い関係、とても良い教育をしているなーと、感じ入ったのだった。 おそらく他の大工さんたちは休日なのであろう。同僚の邪魔にならない日に、父親の仕事場と仕事ぶりを息子に見せておこうと思ったのかもしれない。 かなりの大きさの邸宅になりそうな建築を、お父さんが作っている現場を見て、誇らしく思わない息子があろうか。幼い息子の思いは、そのはきはきした明るい声を聞けば分かる。 私にとっては連日の建築現場の騒音? ------いやいや、私はまったく騒音などとは思わない。すばらしい父子の声が聞こえるのだもの。
Feb 7, 2017
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『ファシズムの初期予兆』チェックリスト ローレンス W.ピアース1)強力かつ持続する愛国主義2)人権に対する侮蔑3)統一のための敵あるいは犠牲にすべき人物の名指し4)軍隊支配主義5)男女差別の横行6)マスメディアに対する管理7)国家安全強迫観念8)宗教と政府の内的癒着9)法人組織の力が保護されている10)労働者の権利が抑圧されている11)知性と芸術に対する侮蔑12)犯罪と罰則とが一緒になった強迫観念13)仲間意識と堕落のひろまり14)不正選挙【注】日本語訳の責任は私、山田維史にあります。EARY WARNING SIGNS OF FASCISM by Lawrence W. Pierce1) Powerful and Continuing NATIONALISM2) DISDAIN FOR HUMAN RIGHT3) IDENTIFICATION OF ENEMIES / SCAPEGOATS as a Unifying Cause4) SUPREMACY OF THE MILITARY5) RAMPANT SEXISM6) CONTROLLED MASS MEDIA7) OBSESSION WITH NATIONAL SECURITY8) RELIGION AND GOVERNMENT are Intertwined9) CORPORATE POWER IS PROTECTED10) LABOR POWER IS SUPPRESSED11) DISDAIN INTELLECTUALS & THE ARTS 12) OBSESSION WITH CRIME & PUNISHMENT13) RAMPANT CRONY & CORRUPTION14) FRAUDULENT ELECTIONS
Feb 5, 2017
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きのう一日休養し、きょうも午前中まであまり調子が良くなかったが、午後になってどうやら持ち直した。制作期日に追われて、そうそうゆっくり休んでもいられなかった。気をとりなおして筆を執り、後々ほとんど影響が出て来ない部分の下塗りをした。 さて、さきほど23時までちょっと前に録画しておいたNHKBSの番組『新日本風土記 奥会津檜枝岐』を観ていた。 檜枝岐(ひのえまた)は、昔私が住んでいた八総鉱山からさらに山奥に入った地である。私たち一家がこの地を離れてずっと後に、我家のあったまさにその場所から入ってゆく国道352号線が開鑿された。それはどうやら私が植物や蝶を探し求めて分け入っていた獣道のような山道が基礎となっているらしかった。 檜枝岐は尾瀬国立公園への入口として知られてもいる。しかし、私がその地に懐かしい響きを感じるのは、八総鉱山小学校が開校した昭和30年、4年生の私の担任だった生亀(いき)先生が、翌々年に転任されたのが檜枝岐だったからだ。 生亀先生は柔道家だった。課外活動で私に柔道を教えてくださった。6年生を差し置いて同級生の木村君を主将に、私を副主将にして。また、ピアノ演奏の手ほどきもしてくださった。たしか先生は音楽大学の出身だったと記憶する。 家庭訪問で我家に御出でのとき、父の古いSPレコードのなかに、フリッツ・クライスラーが演奏するファリャ作曲『七つのスペイン民謡』からの『ホタ』を見つけられて、それが非常にめずらしいクライスラーの記念的なレコードなので大切にするようにと言われた。 じつはそのレコードは度重なる引っ越しの間に失われてしまい、私は演奏者も作曲者も、無論曲名さへも忘れていたのだが、後年、私が30歳くらいの頃、忙しく出版社と自宅のあいだをタクシーで駆け回っていると、カー・ラジオから流れてきた曲に一瞬鼓動が高鳴った。まぎれもなく、生亀先生が大切にしろと言ってらしたレコードの「あの音」だったからだ。そのラジオの解説によって、「フリッツ・クライスラー」「ファリャ」「ホタ」がつながった。そして、私は子供の頃に親しんだ「ホタ」を、クライスラーのヴァイオリンに合せて、タクシーの中で、小声で口ずさんだのだった。 檜枝岐に転任になった生亀先生は、その後、一度だけ八総鉱山の我家に遊びに来てくださった。父が先生と私の写真を撮った。その写真が私のアルバムにある。 TVのドキュメンタリー番組を観ながら、私は生亀先生の面影に重なる檜枝岐とのかすかな縁を感じていた。【後記】 Google地図で檜枝岐を検索すると、国道352号線の檜枝岐の手前に「八総」という地名がみつかる。おそらく江戸時代にはすでに存在していた古地名で、八総集落である。この八総は、「八総鉱山」の名称の由来となった地ではあるが、八総鉱山とはちがう。 南会津は、会津藩が幕府から預かって管理していた南山御蔵入領であった。いわゆる天領である。したがって会津若松と江戸とを結ぶ要路が開けていた。会津若松と今市を結ぶ下野街道は、今市で日光街道に入る。 下野街道には多くの準街道が開かれていて、糸沢ー羽塩ー滝原ー(中山峠)ー内川ー古町ー山口ー(駒止峠)ー針生ー藤生ー関本へと戻る道は、現在も奥会津の重要な道路である。 昔は内川から左に道をとると檜枝岐に至り、滝原から中山峠を越えてしばらく行ったところに八総集落があった。そして滝原(滝ノ原)の一部として一里ばかり入ったところに八総鉱山はあった(現在は無い)。 江戸時代の物資運搬資料には「八総(集落)」から鉱石を運んだという記録はない。大正時代には田島から会津若松へ砥石を運んだという記録がある。八総鉱山は古地名八総(集落)に由来はするけれど、銅鉱山としては現代の発見と言ってよかろう。 亡父が昭和28年に八総鉱山に赴任した時点で、まだ探鉱の最中であった。しかし、後に赤倉口と称される地点から山腹を貫くように900メートル掘れば「ヒ」に当たることが予想された。「ヒ」というのは鉱床の心臓部のいうならば扉口である(金ヘンに通と書く)。すぐに本坑「赤倉通洞」の掘削が開始され、予想は的中し、昭和29年に大鉱床にぶつかった。 赤倉通洞は完全に山腹を貫いてい、一方を赤倉口、もう一方は館岩口と称し、奥会津館岩方面に開けていた。【注記】私がこの日記を書いた当初、いわばオリジナル原稿では、ヴァイオリン演奏者をヤッシャ・ハイフェッツと書いていた。これはフリッツ・クライスラーの間違いである。ファリャ作曲『ホタ』をヴァイオリンとピアノの為の曲にアレンジしたのはクライスラーである。(2020.12.24記)
Feb 4, 2017
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風邪気味かな? だとしたら10年ぶりくらいだなー。 食欲もあるし、睡眠も充分。まったくいつもと変わりないのだが、音に敏感になっていて、可愛い猫達の鳴声にもイライラする。仕事に手がつかない。 こんなときに制作しても絵が病気になるので、むしろ作品には一切近づかなかった。 「絵が病気になる」というのは、他人には気付かれないことだろうが、線がゆがんでいるとか、筆勢が無いとか、彩色がどことなく散漫だとか、-----まあ、作者である私自身には分かることで、問題は、気付いても修正する気力がおこらないのである。 というわけで、今日はまるでヘンな一日を過ごしてしまった。指折り数えながら過ごしている人生の無駄遣いである。
Feb 1, 2017
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