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■豊昇龍関 横綱推挙式について 動画 こちら1月31日午後3時より、豊昇龍智勝(ほうしょうりゅうともかつ)関の横綱推挙状授与式を行います。日時:1月31日(金)午後3時 ※雨天決行場所:御本殿で横綱推挙状授与式を行った後、 御本殿前で手数入(でずいり=土俵入り)を奉納します。引用サイト:こちらトピックス:豊昇龍 綱打ち。15分で雲竜型土俵入り習得綱締めで笑顔を浮かべる豊昇龍(中央)=撮影・西岡正© (C)デイリースポーツ 大相撲の第74代横綱に昇進した豊昇龍(25)=立浪=が30日、都内の部屋で、新しい綱を作る「綱打ち」を行った。白い綱は、叔父で優勝25回を誇った元横綱朝青龍(44)を意識した極太仕様。また、同じ出羽海一門の武蔵川親方(53)=元横綱武蔵丸=から雲竜型の土俵入りの指導も受けた。31日に東京・明治神宮で行われる新横綱の推挙式と奉納土俵入りへ、準備を整えた。引用サイト:こちら横綱土俵入りの見せ場となるせり上がりは、初稽古とは思えない迫力だった。「なかなか難しい」。真新しい純白の綱を締めた豊昇龍は、最初は武蔵川親方に質問しながらぎこちない動きだった。2回目になると硬さが消え、軽く所作を確認して臨んだ3回目には滑らかな雲竜型を披露。特に鋭いまなざしでのせり上がりは美しく、力強さもあって風格を感じさせた。 せり上がりで右手を伸ばしたとき「石が乗っているように」などの助言をしながら15分の指導を終えた武蔵川親方は「うまい」とうなり、「2、3回ですぐにできた。勘がいい。覚えるのが早いね。せり上がりがきれいだった」と“花丸”を付けた。叔父の元朝青龍ら先輩横綱の映像などは見ないで臨んだ豊昇龍も「もう満点です」と胸を張った。 午前9時過ぎから始まった綱打ちには、元大関・御嶽海ら出羽海一門の力士たちが参加。豊昇龍が上がり座敷から見守る中、ねじり鉢巻き姿で「ひい、ふの、み」などと威勢のいいかけ声と太鼓の音に合わせ、3本の綱をより合わせた。同一門からの横綱誕生は武蔵丸以来26年ぶりのため、通常より長い約2時間をかけて完成した。「子どもの頃に見ていた叔父さんは、太い方が好きだと協会の人から聞いた」と、元朝青龍を参考に太めの綱を希望して重さは7・8キロ、長さは4・1メートル。できた綱を付け人に締めてもらうと「重い。思っていたより重い」と言いながらも、声は弾んだ。 これからは単純な綱の重みだけではなく、角界を背負う横綱としての重みがのしかかってくる。「ずっと夢に見てきた。自分の責任が重くなる」。31日には奉納土俵入りが行われ、昇進後初めて公の場で披露する。武蔵川親方が現役時代に使った波が描かれた三つぞろいの化粧まわしを借り、太刀持ちは幕内・平戸海(境川)、露払いには兄弟子の明生を従える。「もう緊張している」と話すが、どこかうれしそう。新横綱・朝青龍が明治神宮で初めて土俵入した2003年1月31日から、ちょうど22年。おいが第74代横綱として雲竜型を披露する。(山田 豊)引用サイト:こちら動画 NHK こちら
2025.01.31
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2003.01.31の日記 こちらちょっとおさらい:「MOTTAINAI」プロジェクト「MOTTAINAI」には、リスペクトの念が込められている。「もったいない」いう単語には、以下の意味が込められているんだそうです。 Reduce(ゴミ削減): Produce less waste. Reuse(再利用) : Use things over and over for a long time. Recycle(再資源化): Spread things around so they can be used repeatedly.+ Respect(尊敬): Respect people who value the MOTTAINAI concept.・・・・MOTTAINAI キャンペーンの提唱者、ワンガリー・マータイさんは、こう言います。考えるのではなく。感じることからはじめよう。暮らしの中で、できることから少しずつ。みんなのMOTTAINAIが、やがて大きな輪になるように。引用サイト:こちらプロジェクトホームページ こちら
2025.01.31
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結果 こちら日本海新聞 250126大賞 そらいろコアラ(栃木県真岡市、団体所在地は栃木県小山市)出産前からSOSキャッチ 望まない妊娠や経済的困窮といった出産・子育て期のSOSをLINE(ライン)の無料相談で受け止め、安心して過ごせる居場所を提供している。長いスパンで親子に寄り添い「助けてって言っていいんだよ」と伝え続ける。虐待を受けて育った子が、親になって不適切な養育を繰り返すことのないようにとの思いが出発点だ。 2020年に活動を始めた。医師や助産師、看護師、社会福祉士、保育士といった専門家、かつて同じように悩んでいた人、多くのボランティアがメンバー。行政や医療機関と連携し、栃木県内で約40の家庭を継続的に支援している。妊娠した若い人とやりとりを続け、病院の受診につながるケースもあった。 23年度はラインに700件近くの相談が寄せられた。妊産婦や赤ちゃんの居場所は延べ約170人、子どもと親の居場所は延べ約790人が利用した。 自宅訪問や物資提供でつながる。子ども食堂や親子体験イベントといった「入り口のハードル」を下げる工夫は民間のNPO法人ならではだ。優秀賞 中国・四国ブロック 米子観光まちづくり公社城下町の町家を拠点に観光客をおもてなし鳥取県米子市の中心市街地に残る約720棟(2014年調査)の町家の再生と保存を目的に、2018年に設立。築約160年の町家を活用して「米子まちなか観光案内所」を開設し、米子城や城下町を訪れる観光客をもてなし、地域住民のまちづくりの拠点にもなっている。20人の観光ガイドが活躍し、地域の歴史を紹介。町家・街並み保存再生プロジェクト等の事務局も兼ね、住民による自主的なまちづくりを推進している。
2025.01.31
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日本海新聞 250126関連サイト:モニタリングサイト1000 第4期とりまとめ報告書概要版 こちら
2025.01.31
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日本海新聞 250126第60回「わかば」作文・図画コンクール 本コンクールは、未来を担う児童、生徒のみなさんに農業に親しみ、食や農業を支える人々の大切さを理解してもらおうと、食農教育の一環として毎年実施しています。審査の結果、次のとおり入賞者が決まりました。 図画の部の受賞作品を地場産プラザ「わったいな」、JA鳥取いなば「愛菜館」、JA鳥取中央「満菜館」、JA鳥取西部「アスパル」の4つの直売所と後援団体の中国電力鳥取支社の協力を得て「中電ふれあいホール(鳥取市片原)」で展示しています。 展示期間は令和7年1月17日~2月17日の予定です。※但し中電ふれあいホールは、2月1日~2月14日の予定です。 ぜひ、家族揃ってご覧下さい。受賞者一覧作文の部最優秀賞・鳥取県知事賞 三朝町立三朝小学校 4年 佐々木 陽真(ささき はるま) おばあちゃんの畑・鳥取県教育長賞 鳥取市立湖山西小学校 2年 田川 瑛大(たがわ えいた) ぼくのちょうせん・新日本海新聞社賞 米子市立湊山中学校 1年 青戸 未希(あおと みき) おばあちゃんに金メダル優秀賞・鳥取県農業協同組合中央会代表理事会長賞 琴浦町立赤碕小学校 1年 山口 悠月(やまぐち ゆづき) ごはんだいすき 米子市立車尾小学校 6年 米原 花恵(よねはら かえ) 未来につなげる「農業」 米子市立湊山中学校 1年 河野 あかり(かわの あかり) 心を込めて・鳥取県信用農業協同組合連合会理事長賞 倉吉市立社小学校 3年 松添 萌花(まつぞえ もえか) ごはんのためにしていること 琴浦町立船上小学校 5年 松田 蒼大(まつだ そうた) ブロッコリーの九十五日 北栄町立北条中学校 3年 門脇 里桜(かどわき りお) 後継者不足・全国農業協同組合連合会鳥取県本部長賞 八頭町立郡家東小学校 2年 中村 廉(なかむら れん) 元気にそだってね 八頭町立郡家東小学校 5年 田中 紗輝(たなか さき) おばあちゃん、いつもありがとう 米子市立美保中学校 3年 津川 陽希(つがわ はるき) さつまいもとの出会いと今のさつまいもの汎用性・全国共済農業協同組合連合会鳥取県本部長賞 八頭町立郡家東小学校 1年 田中 逸稀(たなか いつき) ぼくのキャベツくん 倉吉市立上灘小学校 4年 谷口 莉音(たにぐち りん) 梨を未来へ 米子市立湊山中学校 1年 菅澤 瑶絵(すがさわ たまえ) 水田がくれたもの特別賞・鳥取いなば農業協同組合代表理事組合長賞 鳥取市立用瀬小学校 5年 松尾 美優(まつお みゆう) 美味しい米作りと山積みの問題・鳥取中央農業協同組合代表理事組合長賞 倉吉市立上灘小学校 3年 日野 衣織(ひの いおり) お米は形をかえて・鳥取西部農業協同組合代表理事組合長賞 米子市立美保中学校 3年 森脇 花香(もりわき はなか) 「ひと粒の願い」図画の部最優秀賞・鳥取県知事賞 倉吉市立久米中学校 1年 田中 万絢(たなか まひろ) 給餌作業・鳥取県教育長賞 八頭町立郡家東小学校 3年 西垣 稜己(にしがき いずき) こんにちは牛さん・新日本海新聞社賞 米子市立車尾小学校 6年 米原 花恵(よねはら かえ) 交流田での田植え優秀賞・鳥取県農業協同組合中央会代表理事会長賞 米子市立福米東小学校 1年 中田 真容(なかた まひろ) 田うえをしたよ 鳥取市立東郷小学校 6年 下田 煌稀(しもだ こうき) 親子三代梨作り 鳥取大学附属中学校 1年 椋田 智香(むくだ ともか) 祖母の誇り 東郷梨・鳥取県信用農業協同組合連合会理事長賞 日吉津村立日吉津小学校 3年 田中 陽(たなか みなみ) おじいちゃんのすいか 境港市立渡小学校 5年 谷垣 遥仁(たにがき はるひと) とれたてスイカですいか割り 米子市日吉津村中学校組合立箕蚊屋中学校 3年 今倉 花奈(いまくら はな) 夏の目覚まし・全国農業協同組合連合会鳥取県本部長賞 米子市立義方小学校 2年 博田 桜太朗(はかた おうたろう) ばあばといっしょに水やり 米子市立明道小学校 5年 西谷 奏志(にしたに そうし) 稲の消毒 鳥取大学附属中学校 2年 梶川 莞奈(かじかわ かんな) 祖父のトマト・全国共済農業協同組合連合会鳥取県本部長賞 鳥取市立散岐小学校 3年 山田 想輔(やまだ そうすけ) 大きくなれよ 倉吉市立関金小学校 5年 向井 大登(むかい だいと) おいしい関金のお米 境港市立第三中学校 2年 谷垣 千尋(たにがき ちひろ) じいじの畑でかくれんぼ特別賞・鳥取いなば農業協同組合代表理事組合長賞 鳥取大学附属中学校 2年 藤本 陽由(ふじもと ひより) みんなの夏を助ける野菜・鳥取中央農業協同組合代表理事組合長賞 北栄町立大栄小学校 2年 河本 真歩(かわもと まほ) ぬくぞ たまねぎ どっこいしょ・鳥取西部農業協同組合代表理事組合長賞 米子市立加茂小学校 5年 岡本 義正(おかもと よしまさ) 田うえ■主催 JA鳥取県中央会■後援 鳥取県・鳥取県教育委員会・新日本海新聞社■特別後援 中国電力鳥取支社引用サイト:こちら
2025.01.31
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2004.01.31の日記 こちらちょっと寄り道:植木の手入れ「三つ葉透かし」前↓後引用サイト:庭師の日記「日々是好日」 こちら「常緑樹の整枝と剪定 プロのコツ」永岡書店
2025.01.31
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政府は30日、防災庁の設置に向けた有識者会議の初会合を開いた。強化すべき防災施策の方向性や防災庁に求められる役割を議論し、今年夏までにとりまとめる。石破茂首相が掲げる2026年度中の防災庁設置に向けて、制度設計の作業が本格化する。 初会合を開いた「防災庁設置準備アドバイザー会議」は、防災の専門家やボランティア団体の代表ら20人で構成。会議冒頭、赤沢亮正・防災庁設置準備担当相は「我が国全体の防災力を徹底的に向上させる。そのための効果的な組織のあり方はどのようなものか。議論の上で作り上げていきたい」とあいさつした。 有識者会議は今後、避難生活の環境改善や、災害対応の官民連携、防災教育、デジタル技術の活用などをテーマに意見を交わし、防災庁の役割を整理する予定。議論のとりまとめ役は、能登半島地震の政府対応を検証する有識者会議にも参加した福和伸夫・名古屋大名誉教授が務める。政府は議論の結果を、今夏に策定する「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に反映する方針だ。引用サイト:朝日新聞 こちら関連サイト:防災庁設置準備アドバイザー会議(第1回) 内閣府 こちら関連日記:2024.11.02の日記 防災庁設置準備室 こちら
2025.01.30
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島根県松江城周辺の景観を議論する委員会が1月30日に開かれ、街中から天守閣が見える、「視点場」について話し合いました。島根県松江市では、松江城の近くに高層マンションが建設される事をきっかけに、松江らしい景観を守るため新たな基準を作ろうと話し合いが進められています。松江市景観計画には、これまで松江城からの眺望を守る基準しかなく、松江市役所で行われた1月30日の委員会では、市内の代表的な場所から見える松江城の景観を守る「視点場」について議論しました。委員会では、松江城築城にゆかりのある歴史的な場所や物語性のある堀、それに観光地など最大で11か所を「眺望を守る視点場の候補」とすることを決めました。松江市では、来年4月の景観計画見直しを目指していて、年度内に視点場の候補地を視察し、具体的な規制基準を決めていくことにしています。引用サイト:こちら関連日記:2024.01.26の日記 景観法 こちら
2025.01.30
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日本海新聞 0130関連記事 令和の改新 鳥取県民会議日本海新聞 0130
2025.01.30
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0203石破総理「地球温暖化阻止にアメリカに適切な関与求めねばならない」 米がパリ協定再離脱 今週、日米首脳会談今週、日米首脳会談を控える中、アメリカのトランプ大統領がパリ協定からの再離脱する大統領令に署名したことを受け、石破総理は「地球温暖化阻止のため、引き続き合衆国の適切な関与は求めていかなければならない」と訴えました。立憲民主党 岡田克也 常任顧問「トランプ大統領はパリ協定からの脱退を表明しました。日本をはじめ、先進国の責任というものがより重くなっているというふうに思うんですが、総理いかがですか」石破総理「地球温暖化阻止のために、引き続き合衆国の適切な関与というものは求めていかねばならない」石破総理はトランプ大統領がパリ協定からの再離脱の大統領令に署名したことを受け、このように話した上で、「日本が地球温暖化阻止のために果たすべき役割は極めて重要になってくる」との認識を示しました。引用サイト:こちら0202 こちら衆院予算委員会は週明けの3、4両日、石破茂首相と全閣僚が出席して2025年度予算案の基本的質疑を続行する。野党各党は引き続き「政治とカネ」を巡る政権対応を追及しつつ、それぞれの看板政策を予算案に反映するよう迫る構えだ。省庁ごとに予算内容を精査する初の試みもスタート。与野党の攻防が一段と熱を帯びそうだ。 3日は立憲民主党の岡田克也前幹事長や日本維新の会の岩谷良平幹事長らが質問に立つ。トランプ米大統領との向き合い方などに加え、野党が足並みをそろえる企業・団体献金の禁止も論点となる見通しだ。 少数与党の石破政権が予算案を成立させるには、野党の要求を踏まえた修正が不可欠。首相は1月31日の予算委で「いろいろな提案や考え方がある。その議論を承り、より良い方法を目指したい」と述べた。 高校無償化を巡り、自民、公明両党と維新は3日に実務者協議を開催。自公は「年収の壁」見直しに関する国民民主党との協議再開も調整中だ。維新、国民は予算委でも看板政策の実現を迫る方針で、首相の対応に注目が集まる。 野党の賛成多数で参考人招致を議決した旧安倍派会計責任者(当時)からの出欠回答も3日が期限だ。議決に強制力はなく、本人は拒否する意向とされる。 招致が実現しない場合、野党の出方次第で予算委が停滞する可能性も否めない。立民などは強制力のある証人喚問もちらつかせながら、真相解明に後ろ向きな政権の姿勢をあぶり出したい考え。ただ、国民生活に直結する予算案の審議日程を交渉材料とすることには「簡単ではない」(立民国対筋)との慎重論もある。 基本的質疑の終了後は、5~7日に「省庁別審査」が初開催される。従来も審議の終盤に「分科会」を実施してきたが、序盤で予算案の細部にスポットを当て、修正要求につなげたい野党の意向で実現した。 立民はまた、過去最大となる予算案の規模も問題視。政府基金の圧縮など減額修正を視野に入れる。野田佳彦代表は1月31日の記者会見で「無駄を洗い出し、首相にただしていかなければいけない」と強調した。0201公明「予算案修正は必然」 野党に財源明示要請公明党の斉藤鉄夫代表は1日、衆院予算委員会で審議中の2025年度予算案に関し「少数与党であり、野党の賛成を得られなければ衆院を通過しない。現実を見れば、修正するのは必然だ」と述べた。修正を主張する野党側に対し、理由や財源を明示するよう要請した。鳥取市で記者団の質問に答えた。 「野党にも責任感を持って議論してもらい、財源も明確にする形で、与野党で真摯に話し合いたい」と指摘。政府による修正となる可能性に言及し「どのぐらい時間がかかるかも含め、全体の修正の在り方を検討している」と説明した。引用サイト:こちら0131石破総理はTBSのCS番組の収録で「103万円の壁」について、123万円からの更なる引き上げを容認する考えを示しました。与党と国民民主党は“178万円への引き上げを目指す”ことで合意していますが、石破総理は引き上げた場合の財源や、働き控えがどの程度解消されるのかなど、「精緻に分析して決めることであって雑な決め方をするわけではない」とも強調しています。引用サイト:こちら0131衆議院予算委 野党側、石破首相に繰り返し予算案の修正迫る こちら0131 【速報】自民幹部“「楽しい日本」よりも、まずは「強い日本」” 石破総理の方針に異論 こちら0130 【速報】衆院予算委で安倍派元会計責任者の参考人招致を議決 自民派閥の裏金事件巡り こちら0129 旧安倍派会計責任者の参考人招致 衆院予算委 あす議決へ こちら参考人招致は全会一致が原則ですが、30日は野党の賛成多数で議決される見通しです。一方、予算案については30日に趣旨説明を行い、31日に実質審議に入る日程で与野党が合意しました。0129 「楽しい日本」めぐり論戦 皮肉交じりの質問に笑い誘う答弁も こちら0128立民が関連法案の提出を目指す選択的夫婦別姓についても、首相は「党としての考えを明らかにすべく議論の頻度を上げ、熟度を高めていきたい」と述べるにとどめた。・・・・日本維新の会の前原誠司共同代表は、高校授業料の無償化について「全国一律で教育水準を引き上げ、教育・子育ての大幅な負担軽減を実現すべきだ」と訴えた。首相は「国の制度と地域の実情を踏まえ、自治体が独自に実施する支援とのバランスや、安定的な財源の確保といった論点も考える必要がある」と語った。引用サイト:こちら
2025.01.30
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鉄筋コンクリート製から史実へ近づく天守閣。会津若松城・小田原城・大垣城・岡山城・福山城は改修でどう変化を遂げたのか© FNNプライムオンライン引用サイト:こちら内部の見どころも増した岡山城昭和41年(1966)に竣工した岡山城の外観復元天守は、令和4年(2022)11月に、約1年を費やした改修工事が終わった。外壁をおおう下見板には、艶やかな漆黒の壁面がよみがえり、最上階の壁面にあった華灯窓も、再建時には省略されてしまっていたのが再現された。また、内部にも見どころができた。空襲で焼失する前は2階に、床の間、違い棚、帳台構がしつらえられた書院造の城主の間があった。それが鉄筋コンクリート造の内部に木造で再現されたのである。小田原城天守の最上階のように、往時の空間が一部であっても、視覚をとおして確認できるようになったのはうれしい。とはいえ、石垣を崩してもうけた地階とその開口部は、以前と変わらず天守の入口として使われている。史跡の状況が、破壊をともなって根本的に改変されてしまうと、もとに戻すのはきわめて困難だという例で、教訓にすべきだろう。改修でもっとも変わった福山城改修をへて見た目がもっとも変わったのは福山城天守だろう。この城は昭和41年に再建された際は、戦災で焼失する前の姿と大きく変わってしまっていた。しかし、令和4年8月の築城400年に向け、その2年近く前から耐震補強を兼ねた改修工事が進められた結果、天守は戦前の雄姿に近い外観を取り戻すことになった。・・・・追記関連日記:2026.01.11の日記 大洲城 城関連まとめ日記 こちら関連日記:2026.03.28の日記 広島城天守 今後は「木造復元」検討 こちら
2025.01.30
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南米ペルーのアンデス山脈に、突如として姿を現す空中都市「マチュピチュ」。神秘的な景観から人気のスポットですが、日本にもマチュピチュのようだと言われる景観地が存在します。 そのなかのひとつ、福井県大野市の「越前大野城」は、雲上に浮かんで見えることから注目を集めています。 越前大野城とは、織田信長や豊臣秀吉に仕えた戦国武将、金森長近によって建てられたお城です。金森長近はあわせて城下町を整備し、大野の地を発展させました。 大野市では10年ほど前から「天空の城」としてPRしていますが、2024年度の来場者は6万人と予想されるなど、多くの人が越前大野城を訪れています。 そんな越前大野城が建つのは、大野盆地の真ん中で250mほど盛り上がった亀山の上です。 大野盆地は全体が雲に包まれることがあり、そのときに亀山の上の越前大野城だけが浮かんで見えたことでマチュピチュのようだと言われるようになりました。引用サイト:こちら関連サイト:越前大野城の概要 こちら
2025.01.30
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2004.01.30の日記 こちらゼンマイ仕掛 おもちゃ引用サイト:こちらちょっとおさらい:植物「わらび」「ぜんまい」「こごみ」の違いわらび・蕨ぜんまい‣薇こごみ引用サイト:こちら関連日記:2025.01.29の日記 こちら
2025.01.30
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2003.01.30の日記 こちらちょっとおさらい:江戸の風水引用サイト:こちら引用サイト:四神相応した「完全風水都市」江戸 こちら関連サイト:風水で見た都市のあり方 こちら関連日記:2025.12.21の日記 治水 こちら関連日記:2023.10.10の日記 埋立 こちら関連日記:2026.04.25の日記 五街道 こちら関連日記:2022.02.18の日記 山陰「風・水」 こちら関連日記:2023.01.27の日記 横浜中華街 風水 こちら関連日記:2023.02.20の日記 屋根裏のノミは「忘れ物」か「願掛け」か こちら
2025.01.30
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2004.01.29の日記 こちらゼンマイ仕掛 時計引用サイト:こちらちょっとおさらい:植物「わらび」「ぜんまい」「こごみ」の違いわらび・蕨ぜんまい‣薇こごみ引用サイト:こちら関連日記:2025.01.30の日記 こちら
2025.01.29
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引用サイト:北極域研究船「みらいⅡ」の建造 こちら 海洋に関する幅広い研究と調査を担っているJAMSTEC(海洋研究開発機構)の新たな船「みらいII」がまもなく進水する予定です。 同船は北極海を観測するために砕氷能力が付与されていますが、そのような船の導入は日本初。国際研究プラットフォームとして活用できる設備を整えるほか、環境負荷を低減できるLNG(液化天然ガス)燃料が使用できる発電機を搭載し、時期によっては北極点付近まで到達を目指す最新鋭の研究プラットフォームとして設計されています。 同船は現在、JMU(ジャパン マリンユナイテッド)横浜事業所磯子工場で建造しており、竣工後は商船三井が運航を担います。 近年、北極海は地球温暖化といった環境変化と、それに伴う北極海航路の開拓といった社会経済活動の活発化という側面で注目されています。これについて、JAMSTEC北極域研究船推進部の赤根英介部長にハナシを聞いたところ、「北極というデータの空白域を埋めていくことが、この船の1丁目1番地の役割」と話していました。 これまで北極海は分厚い氷に覆われており、海氷が太陽の熱を跳ね返すことで地球温暖化を防いでいました。しかし海氷が減少することで、北極海そのものが太陽の熱を吸収しやすい状態へと変貌。海水が温まりやすくなり、それがさらに海氷の減少を促すという負のサイクルが発生しています。北極海の海氷減少は、巡り巡って日本に対しては豪雪の増加などの形で影響をもたらしており、防災という観点からも実態の解明が重要となっています引用サイト:こちら
2025.01.29
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気象庁は27日、関東甲信、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州北部、九州南部・奄美、沖縄に「低温に関する早期天候情報」を発表しました。これらの地域では2月3日~4日頃から、この時期としては10年に一度程度しか起きないような著しい低温になる可能性があるとしています。引用サイト:こちら
2025.01.29
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28日朝日本海新聞 0130
2025.01.29
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2003.01.29の日記 こちら東京風ぐるま引用サイト:こちら東京臨海風力発電所(とうきょうりんかいふうりょくはつでんしょ)は、東京都江東区海の森三丁目にある風力発電所。2003年(平成15年)3月事業開始、20年間運用の予定。愛称は「東京風ぐるま」。引用サイト:Wikipedia情報 こちら
2025.01.29
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2004.01.28の日記 こちらネット散策:東京うど引用サイト:こちら日本原産の野菜うどはウコギ科(朝鮮人参やたらの芽と同じ仲間)の植物で、数少ない日本原産(やまいも、セリ、にら、ふき、わらび、みずな、じゅんさい、みつば、つるな、ゆり、はまぼうふう)の野菜で、ビタミンB1、B2、アスパラギン酸、アミノ酸等を含む、低カロリーで繊維質が多く、昔から痛風に効くとされ、利尿作用や血行促進、便秘改善等の薬としても用いられています。歴史うど栽培の発祥は京都付近と推定され、平安京の貴族たちに珍重されたといわれています。その後愛知から三重方面に広がりました。「東京うど」は江戸時代(1600年代)以降から栽培が始まり、初ガツオなどのように初物を楽しむ江戸っ子の粋な楽しみの一つでした。立川でうどの生産が始まったのは、養蚕が衰退した昭和20年代からで、本格的に生産が始まったのは昭和30年代に入ってからです。収益性が高く、冬場の農閑期の貴重な収入源として栽培が盛んになりました。武蔵野、小平、国分寺を経て立川に栽培技術が伝わりました。武蔵野で行われていた室(むろ)での栽培は、立川の地質(崩れにくい関東ローム層や温度、湿度保持)が適していたため、立川が一番盛んになりました。昭和40年代から栃木などの高原に根株の栽培を委託し、連作障害が出やすいうどの優良根株の確保と早出し生産に努めるようになりました。ウドは数少ないわが国原産の野菜の一つで、古代から自生のものが利用されていました。 武蔵野八幡宮周辺は旧武州多摩郡吉祥寺村として、江戸時代より畑作農業が盛んな所でした。記録によれば、この地で栽培されるようになったのは、江戸時代後期の天保年間(1830〜44)とされています。 五日市街道に面していたので、江戸との交流も多く、野菜や薪の供給地でもありました。(吉祥寺ウド) また、井草八幡宮を中心とする地域は、武州多摩郡遅野井村として古くより開けました。この地で栽培されたのは江戸時代後期で、記録によれば文政年間(1818〜30)旧武州多摩郡上井草村寺分(現在の杉並区西荻北)の古谷岩右衛門が尾張(現愛知県)で栽培法を習い、試した結果、立派なウドができたので付近一帯に広まっていきました。 江戸時代に入ってからは、青梅街道を通じて野菜の生産や薪で生計をたてる農村として発展しました。(井萩ウド) 昭和23年(1948)から、高橋米太郎氏が横穴を掘って穴蔵でのうど軟化法の研究に本腰を入れて取り組みました。昭和26年(1951)の1月になって、軟化うど560キログラムをいままでより一ヶ月も早く市場に出荷しました。高橋氏の出荷した軟化うどは全く土がついておらずまっすぐに育っていて、そのできばえの良さに卸売りの業者たちは高い評価を与えたといいます。 高橋の考案したうど軟化法は北多摩地域に広まり、昭和30年(1955)に実用新案を申請し、昭和35年(1960)に「軟白野菜促成穴蔵」として認可を受けました。 この軟化法は他の産地にない独特のもので、軟化うどは日本料理向けの高級食材として受け入れられました。 なお、武蔵野市境の玉川上水には昭和40年(1965)に"うど橋"がかかり、橋の南側たもとには、うど記念碑が建てられています。引用サイト:こちら
2025.01.28
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住所:鳥取県鳥取市湖山町東5丁目駐車場:無し 祭神は二十世紀梨(の神?)。昭和15(1940)年、鳥取県果物同業組合が皇紀2600年の事業として二十世紀梨に感謝を捧げ栽培意欲向上を目的とする神社の設立を決議し千葉県松戸市にあった原木の一枝を鳥取県に移した。翌、昭和16(1941)年に鳥取県農業試験場津ノ井園芸試験地内に一枝を御神体として創建される。昭和48(1973)年、現在地に移転され宗教法人「木乃実神社」が設立された。 毎年、6月と11月に例祭が催される。祭礼に酒を出さなかった年は梨が不作になったため、翌年再び酒を出したところ豊作になったという。引用サイト:こちら関連サイト:「JA全農とっとり」 こちら 昭和15年に鳥取県果物同業組合が県内の梨生産者より浄財を募って計画し、昭和16年6月25日に県農業試験場津ノ井園芸試験地内に造営されました。 以来、毎年この日を例祭日として果実の豊穰祈願祭が行われ、さらに昭和59年11月からは秋の収穫感謝祭が加わりました 現在地に遷座されたのは昭和48年のことで、鳥取県果実会館の建設に際し、木乃実神社造営奉賛会が組織され、当地に新築・移転されたものです。同時に宗教法人「木乃実神社」が設立され、現在はJA全農とっとりが管理しています。 ちなみに、果物が「神」になったのは、「二十世紀梨」と「桃」、「橘」の三つです。とのことです。関連日記:2025.01.26の日記 こちら
2025.01.28
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神戸市が新たに整備する「樹林葬墓地」のイメージ=神戸市提供© 朝日新聞社 神戸市は、山林に埋葬する「樹林葬墓地」を新たに整備すると発表した。焼骨は粉状にして土に埋め、約50年後には分解されて自然にかえるという。墓の管理や継承について、子どもらに負担させたくないという市民のニーズに応えた形だ。【写真】実家の「墓じまい」したいのに 寺が拒否、離檀料300万円請求も 整備する場所は神戸市北区のひよどりごえ森林公園内の約1200平方メートル。1年あたり80体、20年にわたって約1600体を埋蔵することを想定している。粉にした骨は60センチおきに埋め、他の人の骨と混ざらないようにするが、個別の墓標は立てない。費用や利用対象は未定で、2026年夏ごろからの利用開始を予定している。 整備に至った背景には、子どもらへ引き継ぐことを前提としない墓地のニーズの高まりがある。 市によると市立墓園では15年度以降、墓じまいなどで返還される区画数が、新たに使用を許可する区画数を上回っている。一方、永続的に安置される市の合葬墓は、供用を始めた18年度以降毎年1300~2千体の申し込みがあるなど需要は高いという。樹林葬墓地を指定市で整備するのは初めてという。 22日の記者会見で久元喜造市長は、東屋(あずまや)やベンチの設置、樹林の間伐も行うなど計画の概要を説明した。「光が差し込む明るいエリアにし、来た人が静かに故人をしのぶことができるイメージの公園をつくりたい」と話した。(杉山あかり)引用サイト:こちら
2025.01.28
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宇宙ゴミの厚いリングが地球を周回する、この空想的なアーティストの「ケスラー症候群」のコンセプトです。 シャッターストック引用サイト:こちら「ゴミ」だらけの地球の周回軌道、管制官は1日に1000件以上の衝突警報を出しているこうした警報のほとんどは、スペースXのスターリンク衛星が周回している高度550キロメートルの地球の周回軌道付近から発信されている。「衛星通信事業者にとって、こうした警報の中でもどれが重要で、どれに注意を払わなければならないか判断するのが難しくなってきている」とバーガー氏は言う。同氏はコロラド大学ボルダー校宇宙気象技術調査教育センター(Space Weather Technology, Research and Education Center)のエグゼクティブ・ダイレクターを務めている。トラッカーは宇宙の物体の位置を完全に予測することはできないため、こうした衝突警報は物体が近い距離ですれ違うと見込まれる時に出される。出された警報のうち、実際の衝突に至るものはごく一部だ。宇宙物体が衝突すると、高速のデブリが多方向に放出され、周回軌道上に新たな"危険地帯"ができる。「さらなる衝突の連鎖反応が止まらなくなり、最終的にデブリだらけの宇宙環境になる可能性がある」とバーガー氏は言う。最悪の場合、周回軌道があまりにも混雑し、新たなロケットを打ち上げるための安全なスペースがなくなってしまうかもしれない。これが専門家たちが「ケスラーシンドローム」と呼ぶ状況で、バーガー氏は「わたしたちはそれを防ぎたいと考えている」と語った。引用サイト:こちら関連日記:2024.11.03の日記 デブリ除去技術実証衛星 こちら
2025.01.28
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2003.01.28の日記 こちら献花 露のふる先にのぼるや稲の花 土方歳三引用サイト:こちら引用サイト:こちら引用サイト:こちら関連日記:2022.11.17の日記 こちら関連日記:2022.06.30の日記 こちら関連日記:2023.12.27の日記 こちら関連サイト:新選組紀行 こちら
2025.01.28
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国際政治学者のイアン・ブレマー氏が率いるアメリカの調査会社「ユーラシア・グループ」は、恒例となっている「ことしの10大リスク」を6日発表し、最大のリスクとして「深まるGゼロ世界の混迷」をあげました。「Gゼロ」はブレマー氏が国際秩序を主導する国家が存在しない状態をさして使ってきた用語で、ブレマー氏はオンラインでの会見で、「アメリカは世界で圧倒的な強国だが、きたるトランプ政権が単独主義を志向するなか、外交政策はより取引的になり、多国間主義や国際機関、法の支配などへの支持を放棄するようになるだろう」と指摘しました。引用サイト:こちらGゼロ(英語: G-Zero world)とは、欧米の影響力の低下と発展途上国政府の国内重視によって生じた国際政治における権力の空白のことである[1][2][3]。経済的にも政治的にも、真に世界的な目標を推進する能力と意志を持つ単一の国や国のグループが存在しない世界を説明する際に用いられる。引用サイト:Wikipedia情報 こちら
2025.01.27
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【全文】戦後50年「村山談話」を振り返る 「侵略、心からおわび」戦後50年の1995年8月15日、村山富市首相(当時)は「村山談話」を発表しています。「侵略、心からおわび」と述べた談話を振り返ります。【全文】「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(村山談話) 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。【全文】戦後60年「小泉談話」とは何だったのか 「改めておわび」戦後60年の2005年8月15日、小泉純一郎首相(当時)が発表した「小泉談話」を振り返ります。 戦後70年の「安倍談話」から10年前。戦後60年の2005年8月15日、小泉純一郎首相(当時)は「小泉談話」を発表しています。「改めて反省とおわび」と述べた談話の内容を振り返ります。【全文】内閣総理大臣談話(小泉談話) 私は、終戦六十年を迎えるに当たり、改めて今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに思いを致し、二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするものであります。 先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。 また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。 戦後我が国は、国民の不断の努力と多くの国々の支援により廃墟から立ち上がり、サンフランシスコ平和条約を受け入れて国際社会への復帰の第一歩を踏み出しました。いかなる問題も武力によらず平和的に解決するとの立場を貫き、ODAや国連平和維持活動などを通じて世界の平和と繁栄のため物的・人的両面から積極的に貢献してまいりました。 我が国の戦後の歴史は、まさに戦争への反省を行動で示した平和の六十年であります。 我が国にあっては、戦後生まれの世代が人口の七割を超えています。日本国民はひとしく、自らの体験や平和を志向する教育を通じて、国際平和を心から希求しています。今世界各地で青年海外協力隊などの多くの日本人が平和と人道支援のために活躍し、現地の人々から信頼と高い評価を受けています。また、アジア諸国との間でもかつてないほど経済、文化等幅広い分野での交流が深まっています。とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。 国際社会は今、途上国の開発や貧困の克服、地球環境の保全、大量破壊兵器不拡散、テロの防止・根絶などかつては想像もできなかったような複雑かつ困難な課題に直面しています。我が国は、世界平和に貢献するために、不戦の誓いを堅持し、唯一の被爆国としての体験や戦後六十年の歩みを踏まえ、国際社会の責任ある一員としての役割を積極的に果たしていく考えです。 戦後六十年という節目のこの年に、平和を愛する我が国は、志を同じくするすべての国々とともに人類全体の平和と繁栄を実現するため全力を尽くすことを改めて表明いたします。平成十七年八月十五日内閣総理大臣 小泉 純一郎戦後70年 安倍首相談話の全文2015年8月14日 22:24終戦70年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。世界を巻き込んだ第1次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。当初は、日本も足並みをそろえました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。そして70年前。日本は、敗戦しました。戦後70年にあたり、国内外にたおれたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫(えいごう)の、哀悼の誠をささげます。先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱(しゃくねつ)の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜(むこ)の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々のつらい記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。ですから、私たちは、心に留めなければなりません。戦後、600万人を超える引き揚げ者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた3千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、オーストラリアなどの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。戦争の苦痛をなめ尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後70年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵としてしれつに戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩しゅうを越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り開いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界のさらなる繁栄をけん引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。終戦80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。引用サイト:日経新聞 こちら
2025.01.27
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豊橋駅東側には豊橋ビル(1棟)、大豊ビル(9棟)、大手ビル(5棟)という3~5階建ての三つのビル群が東西約800メートルにわたって連なっている。農業用水路の上に建つことから、まとめて水上ビルと呼ばれる。 最も古い大豊ビルが完成したのは1964年。戦後の闇市をルーツとする雑居マーケットがそこへ移転し、同年12月に現在の大豊商店街として再スタートした。1階が店舗、2階以上は事務所や住居として使われている。引用サイト:こちら豊橋駅から東に向かって、豊橋鉄道東田本線(路面電車)が走る駅前大通りが伸びており、その南80mには駅前大通りに並行して農業用水の牟呂用水が流れている[2]。牟呂用水を約800メートルにわたって暗渠化し、その上に建つ3階建 - 5階建のビル15棟の通称が水上ビルである[2][3]。西端には穂の国とよはし芸術劇場PLATがあり、国道259号(田原街道)と交差する東端部にはレインボータワーと呼ばれるモニュメントが設置されている。西側から順に「豊橋ビル」、「大豊(だいほう)ビル」、「大手ビル」の3群に分けられ、それぞれ所有者が異なる[4][5]。ビルの両側にはアーケードが設置されている[6]。商店街には小売店と問屋が共存しており、一般客が問屋で買い物を行うことも可能である[7]。ビルの入店者や入居者は、豊橋市に対して河川占用料を納入している[8]。水路は水資源機構、土地は豊橋市、建物は個人・企業・愛知県が所有する複雑な関係にあるため、建て替えは困難であるとされる[1]。引用サイト:Wikipedia情報 こちら
2025.01.27
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2004.01.27の日記 こちら生産量日本一!白神山地の麓で育つ“食べるエメラルド”じゅんさい引用サイト:こちら国内で流通しているジュンサイの9割は中国産ジュンサイは秋田県の名物ではありますが、国内の流通量に占める割合は1割程度です。国内で流通しているジュンサイのほとんどは中国からの輸入品で、国産のジュンサイは貴重で価値のあるものです。引用サイト:こちら関連日記:2024.02.17の日記 市川市 国府台 じゅんさい池緑地 こちらちょっと寄り道:国府台 じゅんさい池緑地国府台と国分の台地間に深く入り込んだ古くからの沼があり、これを国分沼といいましたが、この沼にはじゅん菜がたくさん生えていたことから、じゅん菜池と呼ばれるようになりました。 昔は近隣の農家の人々が、じゅん菜を摘んで出荷したこともありましたが、昭和の初期に沼が何度も干上がり、ついにじゅん菜は絶滅してしまいました。 戦後、沼は田んぼに変わりましたが、地元の人々から昔のようなじゅん菜池を復元してほしいとの要望を受け、 昭和54年に現在のじゅん菜池緑地へと整備しました。引用サイト:こちら参考サイト:こちら
2025.01.27
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abema.tv スクリーンショット引用サイト:abema.tv こちら伯桜鵬 千秋楽攻め続け二桁 通算100勝目 高安ー伯桜鵬 初場所千秋楽 取組動画 NHK こちら関連日記:2024.04.11の日記 伯桜鵬へ贈る化粧まわしが完成 こちら関連日記:2024.11.22の日記 こちら関連日記:2024.03.23の日記 こちら引用サイト:「こんな可愛らしい化粧まわしもあるんだ」超キュートな"ゆるふわ"化粧まわし こちら呼び出し次郎定年、最後の役目まっとう「自分はお相撲さんの引き立て役。裏方に徹した」 こちら今場所限りで定年を迎えた立呼び出し次郎(65、春日野=本名・西出和夫)が、最後の役目をまっとうした。47年間の相撲人生を終え、「早かった。ほっとした感じだし、寂しさもある」と実感を込めた。実直な性格で人望も厚かった。「自分はお相撲さんの引き立て役。裏方に徹した」と振り返る。千秋楽では結びの一番に続き、優勝決定戦でも声を響かせた。0130大相撲で場内騒然も即座に対処、行司の所作が「美しい」と話題 「前代未聞」の珍事も発生 こちら熱戦が続いた大相撲初場所大相撲初場所(東京・両国国技館)は、26日の千秋楽で優勝決定ともえ戦を制した大関・豊昇龍(立浪)の2度目の優勝で幕を閉じた。さまざまな話題で盛り上がった2025年最初の本場所。熱戦の土俵上では珍事も発生し、ファンを騒然とさせた。取組を一時中断させた行司の所作に注目が集まった一方、勝負が決する前に土俵下からまさかの合図が送られたことで、ネット上では「こんなバグみたいなことが起こるとは」「前代未聞すぎる」といった声が上がっていた。〇場内騒然の珍事 即座に気づいた行司の所作にネット感嘆「美しい」三日目の御嶽海―美ノ海の一番は、立合いから御嶽海が攻勢。美ノ海も1枚まわしの上手を取って粘ると、御嶽海のまわしが緩んでしまった。すかさず行司の木村秋治郎が組み合った両者の背中を叩き「待った」をかけて中断。場内が騒然とする中、行司は御嶽海の締め込みの結び目部分を引っ張り上げ、端を下から上に通して調整した。その後、美ノ海の結び目も調整すると、再び両者の背中を叩いて再開。35秒間の中断の末、最後は御嶽海が寄り切りで白星を手にした。行司の判断で十両以下の土俵でも時折見かける「まわし待った」。中継で目撃した視聴者も多かったようで、ネット上のファンからは「木村秋治郎の手際の良さ」「行司さんがまわし待ったをして、まわしを直す際に、軍配の紐を口に咥えて軍配を背後に回すのって美しいよね」などの感嘆の声も上がっていた。御嶽海は2勝13敗、美ノ海は4勝11敗で場所を終えた。〇大相撲の異例事態に錯乱「何だコレ?」「前代未聞」 白星と思ったら…六日目の琴櫻―熱海富士の一番は、右四つとなって体勢有利の熱海富士が琴櫻を寄り切ろうと土俵際へ。だが、土俵を割る前に勝負審判が手を挙げるというまさかの事態が起こった。行司は熱海富士に軍配を上げたものの物言いがつき、審判団は2分10秒にも及ぶ長い協議。その結果、実際に琴櫻の右足が出ていなかったことが確認され、まさかの「やり直し」ということになった。前代未聞ともいえる事態に、中継を観ていたネット上のファンも驚き。「こんなバグみたいなことが起こるとは」「周りの人達も『なんで?』だったわ」「なんだこれ?」などと混乱。やり直しの一番は熱海富士が極め出しで勝ったこともあり「熱海富士が勝って良かったよ」「もし負けてたら可哀想すぎる」といった声も上がっていた。綱とりが懸かっていた大関・琴櫻だったが5勝10敗と負け越し来場所はカド番。熱海富士も5勝10敗だった。〇3分半超で決着つかず「2番後取り直し」に騒然「初めて見た」「そんなのあるんだ」九日目の幕下、琴挙龍―栃武蔵の一番は、立合いから攻めた栃武蔵の投げや寄りを琴挙龍が何度もこらえ、土俵際で際どく残し続けたことで3分41秒の相撲となった。両者の動きが止まったところで勝負審判が手を上げ、取組を中断。行司が組み合った両者を分け、2番後取り直しを告げた。十両や幕内では「水入り」となってしばらく休憩のあとに取り直しというケースも過去には見られたが、幕内以下の相撲では「水」がないため2番後に取り直しという激レアな展開。ネット上のファンからは「2番後取り直しとか、そんなのあるんだ」「初めて見た」「まだまだ知らないことが沢山…」といった声が上がった。なお、取り直しの一番も激しい攻防の末、琴挙龍が寄り切って白星を手にした。今場所、琴挙龍は5勝2敗、栃武蔵は4勝3敗だった。THE ANSWER編集部0129気魄一閃(いっせん) 豊昇龍 横綱昇進 こちら
2025.01.26
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abema.tv スクリーンショット引用サイト:abema.tv こちらこちら
2025.01.26
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鳥取県は、全国1位の生産量を誇る「二十世紀梨」の名産地。2024年は二十世紀梨導入120周年の年、8月26日(月)から出荷も始まっています。・・・・二十世紀梨は、1888年(明治21年)、千葉県葛飾郡大橋村(現・千葉県松戸市)で高等小学校2年(13歳)の松戸覚之助(まつどかくのすけ)が、分家の石井佐平の家のゴミ捨て場に芽を出す苗を偶然発見し、自宅に植栽。10年後の1898年(明治31年)にようやく結実し、当初は「新太白」と命名していましたが、後に「二十世紀梨」となって普及していきます(原木は松戸空襲の傷がもとで枯死)。1904年(明治37年)、北脇永治によって10本の苗木が鳥取県に導入され、鳥取県内の各地に広がり、松葉ガニの「蟹取県」とともに「梨取県」としての代表的なブランドに成長したのです。二十世紀梨の花は、1954年、鳥取県の県花にも選定。現在栽培されている二十世紀梨の祖先に当たる親木は「とっとり出合いの森」(鳥取市桂見)で今も秋になると立派に実を成らしています。引用サイト:こちら関連日記:2024.03.21の日記 梨の架け橋 原木標本 こちら関連日記:2024.09.21の日記 梨の架け橋 原木里帰り こちら関連日記:2024.07.07の日記 親木を守る こちら関連日記:2024.03.11の日記 鳥取二十世紀梨記念館 こちら関連日記:2025.01.24の日記 鳥取駅北口 梨の木保存 こちら関連日記:2025.01.25の日記 花粉確保 こちら関連日記:2024.03.30の日記 友好都市・松戸市 こちら
2025.01.26
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鳥取県西部の白ネギの歴史は古く、明治の中期から栽培が始まり昭和の初期には弓浜半島の主要品目となりました。その後、各地区に栽培が広がり、現在、京阪神を中心に出荷しており、西日本では有数の産地となっています。 平成に入ると中国産の輸入量が増加し、単価の低迷が顕著に現れました。しかし、輸入品にさまざまな問題が発生し、再び国内産に消費者の目が向けられるようになりました。そのため新しい国内産地が参入してきましたが、JA鳥取西部の白ネギは、古い歴史と先人のたゆまぬ努力により確立してきた栽培技術や信頼により、ブランド産地として、ゆるがぬ地位を保っています。 春ネギは3月〜5月(標高の低い平野部を中心に栽培)、夏ネギは6月〜9月(標高の高い中山間地を中心に栽培)、秋冬ネギは10月~2月(地域全体で栽培)、というように地域間でリレー出荷を行い、周年出荷体制を構築しています。 JA鳥取西部産白ネギが他の国内産地にない大きな特徴として、一年中白ネギを生産し、また出荷を行っているという点です。「春ネギ」を一年のスタートとし、「夏ネギ」「秋冬ネギ」と年間を通じ、切れ間なく消費地に出荷を行っています。引用サイト:こちら関連サイト:白ネギ栽培用農業用機械 こちら地理的表示(GI)保護制度・伯州美人登録番号第153号名称伯州美人 (ハクシュウビジン)、Hakushu Bijin区分第1類 農産物類 野菜類(ねぎ)生産地鳥取県米子市、境港市及びその周辺の大山山麓(鳥取県西伯郡日吉津村、南部町、伯耆町、大山町、同県日野郡日南町、日野町、江府町)登録生産者団体鳥取県米子市東福原1-5-16 鳥取西部農業協同組合特性軟白部分が太くて柔らかく、加熱すると甘くとろけるような食感をもつ。食味重視のブランドねぎとして需要者から高く評価されており、一般的な白ねぎより高値で取引されている。地域との結び付き白ねぎ栽培の長い歴史をもつ大産地において、在来種の改良を重ねて育成した鳥取県のオリジナル品種を使用。品種特性に加え、肥沃な土壌、冬の低温という自然条件を活かし、丁寧な肥培管理、甘みの増す厳冬期に限定した栽培・出荷を実施。引用サイト:こちら
2025.01.26
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2004.01.26の日記 こちら天然のオカヒジキは絶滅が危惧されていますオカヒジキはアカザ科オカヒジキ属の一年草で、日本全国の日当たりの良い海岸の砂浜等に自生していますが、近年では天然の物は各地でその数が減っているため、流通しているものの大半は栽培物です。栽培には露地栽培とハウス栽培のものがあり、山形県で長野県や静岡県、千葉県など広い地域で栽培されています。オカヒジキは東北地方などでは古くから食用として自然に浜などに生えているものを採っていました。江戸時代初期には栽培が行われていたようで、庄内地方の浜で採れた種が船で最上川を上り、船着き場の砂塚村(現在の山形県南陽市)で植えられ、発祥の地となったとされています。オカヒジキは花が咲くと葉が固くなってしまうので、路地栽培の旬は 4 月から 5 月の若葉の時期となりますが、ハウス栽培のものは花を咲かせないように管理しているため、通年で店に出回っています。また、イタリアの高級食材で知られるアグレッティとよく似ていて、同じアカザ科の植物ですが別属にあたるようです。栽培している他の野菜には害虫などが付いたりしますが、オカヒジキには虫が付かないので、無農薬栽培されています。かつて認知度はそれほど高くなかったのですが、最近では栄養価の高い食材として認識され、スーパーなどでもよく見かけるようになりました。引用サイト:みなとの野菜大辞典 こちら
2025.01.26
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2003.01.26の日記 こちら国土強靭化 基本的な考え方 抜粋引用サイト:官邸資料 こちら
2025.01.26
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2004.01.25の日記 こちら「山葵」の正しい読み方「山葵」は「わさび」と読む。山は「やま」、葵は「あおい」と訓読みで読むことができる。しかし、「山葵」を「やまあおい」とは読まない。「山葵」と書いて「わさび」と読むのは、熟字訓といわれる読み方である。熟字訓とは、二字以上の漢字を合わせてできた言葉である熟字を訓読みにすることである。熟字訓は熟字をひとまとまりの言葉として訓読みにしたものであるため、「山」を「わ」、「葵」を「さび」と分解して読むことはできない。ちょっと息抜き:熟字訓テスト引用サイト:こちらちょっと寄り道:熟字訓一覧 こちら
2025.01.25
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国立極地研究所(極地研)の南極隕石ラボラトリーは、南極観測活動の過程で多くの隕石を収集し「南極隕石コレクション」として保管・研究してきました。2024年8月に開催された第37回国際地質学会議にて、同コレクションは国際地質科学連合(IUGS)のIUGS Geo-collectionに選定されました。選定された11のコレクションのうち、アジアとしては唯一のものになります。引用サイト:こちら関連サイト:南極隕石ラボラトリー こちら 国立極地研究所の分析によると、今回の『火星の石』は約1000万年前に火星を離れ、その後かなり長い年月をかけて、地球に到達したのが約数万年前といわれています。 実は、発見したのは日本の観測隊で、2000年に南極の『昭和基地』近くで採取されました。火星に関する隕石としては、世界最大級だということです。火星進出の夢に近づくか 『火星の石』を保管している国立極地研究所の担当者によると、「『火星の石』は火星に水があることを証明する、とても意義のあるもの」だということで、“人類が火星に進出する夢に一歩近づくものではないか”という期待の声があがっています。水があることは、人類にとって、非常に大切なことだからです。引用サイト:『火星の石』は大阪・関西万博に“一石”を投じられるか? こちら関連日記:2023.10.18の日記 大阪万博 こちら関連日記:2023.06.11の日記 隕鉄 こちら関連日記:2024.02.29の日記 隕鉄 こちら関連日記:2023.10.24の日記 初代南極観測船“宗谷” こちら関連サイト:日本の南極観測 こちら
2025.01.25
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日本海新聞 0120AGRIST株式会社が開発し実用化しているピーマンの自動収穫ロボット。AIの画像認識技術の精度をあげ夜間でも収穫可能出典:株式会社PR TIMES(AGRIST株式会社 ニュースリリース 2022年1月12日)引用サイト:AIは農業をどう変える? 効率化を叶える“スマート農業技術”と活用事例 こちら参考サイト:農業へのAI導入事例15選!メリット・デメリット、スマート農業・自動化ロボットで変わる?【2025年最新版】 こちら
2025.01.25
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本研究課題は、国内の果樹生産が安定して行えるよう、受粉用の国産花粉の安定供給システムの開発を目的としています。国内で生産されている多くの果物は、自身の花粉による受粉では結実しない機構をもっているため、他品種の花粉を使っての人工受粉が必須となっています。 一方、受粉に使用する花粉の多くは海外からの輸入に頼っており、「価格高騰」、「供給体制の不安定化」など多くの問題が挙げられています。さらに、花粉からの「重要病害の進入」というリスクも抱えており、輸入停止時には国内での果樹生産ができなくなるため、国産花粉の安定供給システムの開発は急務とされています。 そこで本研究課題では、『花粉の輸入停止時における緊急対応技術の開発・実装化』として、国内の生産者が花粉採取作業を効率的に行い、受粉に使用する花粉量を削減する技術を開発します。これと同時に、『国産花粉ビジネス実現のための安定供給システム』の開発として、花蕾を一斉に採取する自走式の大型機械を開発するとともに、輸入花粉より安全で付加価値の高い国産花粉の供給体制を強化していきます。 研究統括者 竹村圭弘(鳥取大学農学部)関連サイト:梨の「火傷病」 中国で発生 花粉の輸入停止で緊急対策 千葉の“ナシ”は来年“アル”のか!? こちら関連日記:2025.01.24の日記 赤澤内閣府特命担当大臣(経済財政政策)の経済演説 こちら
2025.01.25
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2003.01.25の日記 こちら土用とは?土用とは、季節の移り変わりのタイミングにあたる約18日間の期間を指します。古代中国の五行思想(木・火・土・金・水)に基づき、「土」のエネルギーが強くなる時期とされています。この土の気は自然界や人間にも影響を与えると考えられ、体調や運気が乱れやすい時期とされているのです。・・・・実は土用は夏だけでなく、春・夏・秋・冬の年に4回あります。それぞれ次のようなタイミングで訪れます:春土用(4月中旬~5月初旬)春から夏への移り変わり。夏土用(7月中旬~8月初旬)夏から秋への移り変わり。うなぎを食べる「土用の丑の日」が有名。秋土用(10月中旬~11月初旬)秋から冬への移り変わり。冬土用(1月中旬~2月初旬)冬から春への移り変わり。この時期は立春の直前にあたります。・・・・2025年の冬土用の期間2025年の冬土用は、1月17日(金)から2月2日(日)までの18日間です。この期間を乗り切るために、特に体調管理や過ごし方に気を配ることが重要です。土用期間の注意点と過ごし方土用の時期はエネルギーが乱れやすいため、次のことを意識して過ごすと良いとされています1. 土を動かすことを避ける土用期間中は、「土の神様(土公神)」が地上にいるとされ、土を掘る、動かすといった行為は避けるべきとされています。庭いじりや建築工事、引っ越しなどもできるだけ控えましょう。どうしても必要な場合は吉日を選ぶのが良いとされています。2. 無理せず心身を整える土用は、心身をリセットするための準備期間でもあります。新しいことを始めるよりも、体を休め、身の回りの環境を整えることを優先しましょう。大掃除や断捨離をして、新しい季節を迎える準備をすると良いです。3. 火のエネルギーを取り入れる冬は「水」のエネルギーが強くなるため、バランスを整えるために「火」のエネルギーを積極的に取り入れることが推奨されています。「火の食べ物」や「赤い色の食べ物」を食べることで、体を温め、気の流れを整えることができます。冬土用におすすめの食べ物「ひのつく食べ物」や「赤い食べ物」冬土用では、「火(ひ)」のエネルギーを象徴する食材を摂ると良いとされています。引用サイト:こちらトマトたっぷりトマト鍋引用サイト:こちら
2025.01.25
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石破首相、野党に「熟議」呼びかけ 就任後初の施政方針演説 こちら政府4演説 動画 こちら石破茂首相の施政方針演説全文は次の通り。一 国づくりの基本軸今年は戦後80年、そして昭和の元号で100年に当たる節目の年です。これまでの日本の歩みを振り返り、これからの新しい日本を考える年にしてまいります。そのためには、わが国の直面する現実を直視しなければなりません。わが国の生産年齢人口は、これからの20年で1500万人弱、2割以上が減少すると見込まれます。このような中、かつて人口増加期に作り上げられた経済社会システムを検証し、中長期的に信頼される持続可能なシステムへと転換していくことが求められています。今や、わが国は「人材希少社会」に入っています。年齢や障害の有無にかかわらず希少な人材を大事にする社会づくり、すなわち、国民一人一人の幸福実現を可能にする、人中心の国づくりを進め、すべての人が幸せを実感できる、人を財産として尊重する「人財尊重社会」を築いていく必要があります。加えて、食料自給力、エネルギー自給率が低い現状では、外的な事象に国民生活が大きく影響を受けてしまう懸念があります。より自立した形で国民生活を守ることができるよう、戦略的な国家運営が必要です。新しい日本を創る上で、「サステナブル」で「インディペンデント」であること、すなわち持続可能で自立することを重視しなければなりません。そのため、価値観の転換が必要だと考えます。故・堺屋太一先生の著書によれば、わが国は、明治維新の中央集権国家体制において「強い日本」を目指し、戦後の復興や高度経済成長の下で「豊かな日本」を目指しました。そして、これからは「楽しい日本」を目指すべきだと述べられています。私もこの考え方に共感するところであり、かつて国家が主導した「強い日本」、企業が主導した「豊かな日本」、加えてこれからは一人一人が主導する「楽しい日本」を目指していきたいと考えます。「楽しい日本」とは、すべての人が安心と安全を感じ、自分の夢に挑戦し、「今日より明日はよくなる」と実感できる。多様な価値観を持つ一人一人が、互いに尊重し合い、自己実現を図っていける。そうした活力ある国家です。外交・安全保障体制、防災立国、感染症対策など危機管理を確立し、賃上げと投資が牽引(けんいん)する成長型経済を実現するとともに、人財尊重を基軸として、楽しさを実現できる、バランスの取れた国づくりを目指します。二 地方創生2・0、「令和の日本列島改造」の具体化(「令和の日本列島改造」)「楽しい日本」を実現するための政策の核心は、「地方創生2・0」です。これを、「令和の日本列島改造」として強力に進めます。都市対地方という二項対立ではなく、都市に魅力を感じる方、地方に魅力を感じる方、そうした一人一人の多様な幸福が実現できる場として、都市も地方もその魅力を高めていきます。かつて、田中角栄元首相の「日本列島改造」では、道路や鉄道といったハードなインフラの整備を起点として人の流れを生み出し、国土の均衡ある発展が目指されました。「地方創生2・0」は、官民が連携して地域の拠点をつくり、地域の持つ潜在力を最大限引き出し、ハードだけではないソフトの魅力が新たな人の流れを生み出す。新技術を徹底的に活用し、一極集中を是正し、多極分散型の多様な経済社会を構築していくものです。「令和の日本列島改造」は、5本の柱で、厳しい国際競争の中、日本全体の活力を取り戻すべく進めてまいります。(若者や女性にも選ばれる地方)第1の柱は、「若者や女性にも選ばれる地方」です。若者や女性が「楽しい」と思えるような新しい出会いや気づき、そこから生まれる夢や可能性が重要です。新たな人の流れを太くするため、いわゆる関係人口に着目し、都市と地方といった二地域を拠点とする活動を支援します。地域に継続的に関わる方々が登録でき、地域づくり活動に参加する担い手となっていただける「ふるさと住民登録制度」等の有効性について検討を行い、結論を得てまいります。地域の外の方々がリモートワーク等で地方の取り組みを応援しやすい環境を作ります。若者や女性が働きやすく魅力ある職場づくりを進めるため、アンコンシャス・バイアス、すなわち無意識の思い込みの解消を図るとともに、男女の賃金格差の是正を促進する法案を提出します。車座対話の開催や地域に対するサポートを進めることにより、日本全体の機運を高め、取り組みの裾野を広げてまいります。日本各地で事業を起こそうと考えている若者や女性の方々の声を伺い、起業の障害を解決し、ネットワークの構築を支援する等の取り組みを強化します。日本全国に約9千社存在する中堅企業や成長志向の中小企業は、地方経済を支える存在です。こうした企業の賃上げを伴う成長投資を強力に支援し、全都道府県での地方版政労使会議の開催等により、最低賃金を含め、地方で賃金が上がっていく環境を創り出していきます。暮らしやすいまちづくりには、官民で、AI(人工知能)・デジタル技術を活用し、地方の持続可能な生活インフラを作っていくことが重要です。自動運転の実装加速に向けた制度整備を進めるとともに、電子カルテ等の医療機関での共有、遠方の医療機関まで行かずともオンラインで適切な診療を受けられる体制の整備を進めます。人口減少下においては、官民が連携した人づくりや公教育の再生・改革により、一人一人が持つ可能性を最大限引き出すことが必要です。そのために大事なことは、教育の内容と質であり、子供たちをどのように育てたいのかを明確にすることです。知識や能力だけでなく、歴史や文化、地域や周りの人を大切にし、行動する力を有した人材や、大学や農業・工業高校等における観光等の地域の魅力やニーズを捉えた産業やサービスを支える人材を育成します。教職員の働き方改革や給与面を含む処遇改善等を進めます。これらの取り組みを応援するため、地方公務員の兼業・副業の弾力化、会計年度任用職員の在り方の見直し等により、地域の中の方々が力を発揮できる環境を整備します。国の職員が、課題を抱える市町村に寄り添って、顔が見え、熱が伝わる伴走支援を行う仕組みを新たに始めます。(産官学の地方移転と創生)第2の柱は、「産官学の地方移転と創生」です。まずは、官が一歩前に出ます。防災庁など政府関係機関の地方移転、国内最適立地を推進します。これまでの取り組みを検証し、地方からの提案を改めて募り、日本全体にとって望ましい効果を生み出すのはどこかという視点を踏まえ、順次結論を出してまいります。「地方創生2・0」では民の力を活(い)かすことが不可欠です。地方創生に取り組む経営者や現場の方々との意見交換を重ね、都市部に立地する企業の本社機能の移転などを実現する環境整備を進めます。地方でも地域の中核となる特色ある地方大学が育ちつつあります。東京23区内の大学等の定員の抑制を行いつつ、地方大学による実践的な人材の育成を進めます。(地方イノベーション創生構想)第3の柱は、「地方イノベーション創生構想」です。地方創生1・0では、優良事例が点の取り組みで終わり、相互に作用し合い面的な広がりにつながる化学変化が起きませんでした。その反省を踏まえ、地方における新結合を通じた新たな産業分野の創造やイノベーションの開花を目指します。大学・企業・自治体等が連携し、地域にイノベーションの主役を生み出し、地域活性化や社会課題解決を実現するスタートアップとして大きく育てていける環境を整備します。スタートアップ育成5カ年計画を強化し、地域における拠点都市の拡充や自治体による調達の促進など、独自性ある取り組みを大胆に支援します。グローバル、あるいはローカルなさまざまな社会課題が、その解決に向けたイノベーション、革新的な製品・サービス、新たな市場を生み出す可能性を秘めています。大学や研究機関等の産学連携拠点に対する支援を抜本的に強化します。世界有数の潜在力を持つ日本の農林水産業・食品産業を、徹底的な高付加価値化により、基幹産業として確立します。これらが儲(もう)かる産業となるよう、スマート化・大区画化など生産基盤を強化します。米を世界へ輸出するプロジェクトの推進、安定的な輸出入と備蓄の確保などを通じて、食料安全保障を確保します。総合的な林業・木材産業施策として、施業地の集積・集約化やCLT(直交集成板)等の技術開発・普及など、森林資源の循環利用を進めます。水産業の発展のため、水産資源管理を行いつつ、スマート化や海業(うみぎょう)の全国展開を進めます。新たな重点として、官民連携により文化芸術・スポーツの振興を図ります。その効果的な広報等により地方創生に繫(つな)がる観光産業の活性化を進めます。海外売り上げで半導体や鉄鋼に肩を並べるエンタメ・コンテンツ産業について、2033年までに海外売上高を5兆円から20兆円とする目標を掲げ海外展開を支援し、クリエーターの方々の育成や安心して働ける環境の整備を含めその発展を強力に支援します。今年はいよいよ大阪・関西万博が開催されます。明日の世界を担う子供たちに、未来社会への希望を持って、将来について考える機会となることを願って止(や)みません。開催国である日本そして各地域が世界との交流を深め、自らの魅力を世界に向けて発信する絶好の機会となるよう、政府として最大限の力を尽くします。多くの方々にご来場いただき、各地を訪ねていただいて、万博と地方創生のシナジー効果を実現します。(新時代のインフラ整備)第4の柱は、「新時代のインフラ整備」です。GX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)を支える「新時代のインフラ」を軸として、産業拠点や生活拠点の再配置を促進します。再生可能エネルギーや原子力といった脱炭素電源、そして水素等の次世代燃料供給拠点を拡大するとともに、その供給網を効率的に整備していきます。脱炭素電源の整備と新たな産業用地や関連インフラの整備を共に促す施策を具体化します。150兆円超のGX投資を呼び込むための成長志向型カーボンプライシングの制度化および循環経済への移行に向けた法案を提出します。AIは、今や、国の競争力や社会の豊かさを左右する極めて重要な技術です。イノベーションの加速とリスクへの対応を両立させる法案を提出します。AI、データセンター等を繫ぐ情報通信ネットワークを、サイバーセキュリティーを確保しつつ整備していきます。AI・半導体分野に50兆円を超える投資を引き出す環境整備のための法案を提出します。(広域リージョン連携)第5の柱として、都道府県域を超えた広域連携の新たな枠組みである「広域リージョン連携」を強力に推進します。自治体が、他の自治体との縦横のつながりを最大限生かせる最適な体制を築きます。必要な制度改革を進め、自治体同士の広域連携を抜本的に強化します。三 経済・財政・社会保障(物価上昇に負けない賃上げ、資産運用立国)「人財尊重社会」における経済政策にとって、最重視すべきは賃上げです。「賃上げこそが成長戦略の要」との認識の下、物価上昇に負けない賃上げを起点として、国民の皆さまの所得と経済全体の生産性の向上を図っていきます。33年ぶりの高水準の賃上げとなった昨年の勢いで、大幅な賃上げを促すとともに、最低賃金を着実に引き上げ、2020年代に全国平均1500円という高い目標に向かってたゆまぬ努力を続けることにより、賃金は据え置きで動かないという縮み志向を過去のものとします。賃上げができるよう、多くの中小企業に利益を上げていただくためには、取引の上流から下流まで、適切な価格転嫁や生産性向上を実現することが重要です。下請法の改正法案を提出するとともに、自治体等の官公需での価格転嫁を促進します。賃上げの原資となる生産性の向上への支援を強化するため、各業種の実態に即した省力化投資を進めるための計画を策定し、現場での支援体制を整備します。人材・経営基盤を強化する事業承継やM&A(企業の合併・買収)を後押ししてまいります。望まない非正規雇用を減らし、同一労働同一賃金を実現するとともに、リスキリング、ジョブ型人事、労働移動の円滑化の三位一体の労働市場改革を強力に進めます。求職者の状況に応じたきめ細かい就労支援を行います。現在や将来の賃金の増加等を活かした資産形成の後押しも重要であり、NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)の充実など資産運用立国の取り組みを強化します。賃上げの効果が出るまでの間にも物価高対策を講じます。地域の実情に応じて、エネルギーや食料品価格の高騰に苦しむ方々、価格転嫁が困難な中小企業、学校給食費への支援等を行う重点支援地方交付金や、低所得者世帯の方々に対する給付金など総合経済対策で決定した施策を迅速に執行してまいります。(日本経済の活力向上、投資立国)日本のGDP(国内総生産)は、1994年には世界の18%を占めていましたが、直近の2023年では4%となっています。「今日より明日はよくなる」と実感できる「楽しい日本」となるには、こうした流れを転換し、持続的な成長が必要です。このため、コストカット型経済から高付加価値創出型経済への移行、「賃上げと投資が牽引する成長型経済」を実現していきます。官民投資フォーラムを開催し、国内投資目標を示し、規制改革の検討を深め、大胆な国内投資促進策を具体化することを通じ、投資立国の取り組みを強化します。科学技術・イノベーション基本計画の改定を進め、AI、量子、バイオ、宇宙、フュージョン等の戦略分野での投資を促してまいります。企業が未来に向けた成長投資にさらに踏み込むための会社法改正に向けた具体的議論を開始します。長期の企業価値向上に向けた投資家との対話等を通じて、人や技術への投資を進める環境を整えます。(経済安全保障)経済安全保障の観点から、わが国の自律性と不可欠性を高めるため、重要サプライチェーン(供給網)の国内回帰・立地促進を含む強靱(きょうじん)化や技術流出対策等の取り組みを進めます。官民が連携し脅威・リスクを分析する経済インテリジェンス機能の強化を図ります。国、重要インフラ等に対するサイバー攻撃を排除するため、能動的サイバー防御を可能とする法案を提出します。(財政の健全化)「経済あっての財政」の考え方の下、成長率の引き上げに重点を置いた政策運営を行うとともに、歳出・歳入両面の改革を継続し、引き続き財政健全化を目指します。金利のある世界となる中、大災害や有事に備えた財政余力を確保する観点も踏まえ、経済・財政新生計画の枠組みの下、今年の骨太方針において、早期のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化実現を含め、今後の財政健全化に向けた取り組みを示します。(社会保障)社会保険料は安心のための拠出であり、すべて必要な給付として再分配されます。国民所得に対するその割合は、コロナ禍以前の水準に低下しています。一方で、少子高齢化に対する将来不安があるため、社会保障制度への不安が解消しません。年齢にかかわらず適切に支え合うことを目指す全世代型社会保障の理念にのっとり、改革工程に沿って着実に進めます。高額療養費制度の見直しなどにより、保険料負担の抑制につなげます。来年度、少子化対策は本格実施の年を迎えます。父母がともに育児休業を取得した際の給付率を手取りで10割に引き上げるとともに、保育士等の配置・処遇を改善します。コロナ禍の検証を踏まえた万全の感染症対策の実施に加え、入院だけでなく、外来・在宅医療や介護との連携も含む新しい地域医療構想を策定し、地域での協議を促進します。あわせて、医師偏在対策を総合的に推進するための法案を提出します。年金制度の財政状況は、支え手の増加などにより前回の見直し時に比べ好転しています。今後とも成長型経済の実現に努めるとともに、働き方に中立的な制度とするなど、将来にわたる安心をより確実なものとしてまいります。単身の高齢者が増加する中、介護体制の整備とともに、生活に困難を抱える方、障害のある方、子育て世帯が、地域の中でつながり、支え合い、共に地域を創っていく地域共生社会の実現を目指します。旧優生保護法を執行してきた立場として、真摯(しんし)な反省に立ち、補償金の着実な支給と差別のない社会の実現に力を尽くします。令和7年秋に日本で初めて開催される東京2025デフリンピックを強力に支援します。四 防災・治安(防災・復興)能登半島地震から1年、復興中の奥能登を襲った豪雨から4カ月が経過しました。復旧・復興への着実な取り組みにより、地震に係る応急仮設住宅は全て完成し、農林水産業や輪島塗の再開も進みつつあります。能登の賑(にぎ)わいと笑顔を一日も早く取り戻すため、災害廃棄物処理の加速、公営住宅の建設等により被災者の生活・生業の再建を強力に支援します。「福島の復興なくして、東北の復興なし。東北の復興なくして、日本の再生なし。」。引き続き、復興庁が司令塔となり、被災者の生活や産業・生業の再建、福島イノベーション・コースト構想の推進等に取り組みます。阪神淡路大震災から30年が経(た)ちました。その経験・教訓を忘れることなく継承し、災害対策に活かしてまいります。わが国は、世界有数の災害発生国であり、平時の備えにより被害の最小化を図るとともに、発生時にはスフィア基準を踏まえた環境を迅速に提供する必要があります。こうした国家の責務を果たすため、災害対策基本法等の改正案を提出し、被災地での福祉支援やボランティアとの連携を推進します。豪雨等の災害の発生予測を高度化し、情報発信を強化します。防災対応の司令塔として防災監を内閣府に設置するとともに、内閣府防災担当の機能を予算・人員の両面から抜本的に強化します。その上で、防災庁を令和8年度中に設置するべく、準備を加速します。今後30年以内に、首都直下地震は70%程度、南海トラフ地震は80%程度の確率で発生するとされています。被災の地域や規模が予想できる大規模災害に対しては、自治体間の支援・受援の組み合わせの事前決定、支援物資の計画的備蓄など、事前防災を一層具体化してまいります。防災・減災、国土強靱化を着実に推進します。令和8年度からの実施中期計画については、施策の評価や資材価格の高騰等を勘案し、おおむね15兆円程度の事業規模で実施中の5カ年加速化対策を上回る水準が適切との考えに立ち、本年6月を目途に策定します。人命・人権最優先の防災立国を構築し、世界一の防災大国にしてまいります。災害対策の知恵や技術を海外に発信し、世界の防災に貢献するとともに、新たな産業の柱にいたします。(治安)犯罪は長期的に減少傾向にありますが、多くの国民が治安の悪化を感じています。「闇バイト」による強盗・詐欺、巧妙なサイバー犯罪等が後を絶たず、女性が悪質ホストクラブに搾取される問題も生じています。犯罪対策を強力に推進し、「世界一安全な日本」を実現します。匿名・流動型犯罪グループに対し、仮装身分捜査等により検挙を徹底いたします。「闇バイト」の求人情報の削除の促進、SNS(交流サイト)等での若者向けの注意喚起、防犯カメラの整備の支援等を進めます。学校と連携したサイバー防犯指導、官民連携でのサイバー攻撃対処訓練等を推進します。また、悪質ホストクラブへの規制を強化する法案を提出するとともに、性暴力、DV(ドメスティックバイオレンス)、虐待等を防ぎ、被害者支援を推進します。五 外交・安全保障間もなく4年目を迎えるロシアによるウクライナ侵略。わが国周辺での中国・ロシアの軍事活動の活発化。北朝鮮による核・ミサイル開発。戦後最も厳しく複雑な安全保障環境において、わが国の独立と平和、人々の暮らしを守り抜くためには、バランス・オブ・パワーに常に最大限の注意を払い、わが国自身の能力を高める、日米同盟をさらなる高みに引き上げる、同志国との連携をさらに拡大・深化する、こうした取り組みを進めなければなりません。同時に、彼我(ひが)の誤解・誤算を避けるために、関係国との緊密な意思疎通を重ねることが死活的に重要です。防衛力はわが国の安全保障の最終的な担保です。わが国への侵攻に自らが主たる責任をもって阻止・排除する能力を保有し、もってわが国への侵攻自体を抑止することを主眼に、国家安全保障戦略等に基づき、防衛力の抜本的強化を着実に進めます。シェルターの確保等を着実かつ早急に進めるなど、国民保護の取り組みを強化します。自衛隊の人的基盤の強化に取り組みます。自衛官が十分に充足されていないことは極めて深刻な課題です。30を超える手当等の新設・金額の引き上げなど過去に例のない取り組みを令和7年度から実現します。自衛官の処遇の魅力向上、若くして定年退職を迎える自衛官が退職後も活躍できる環境の創出等を内容とする法案を提出します。基地負担の軽減、駐留に伴う諸課題の解決に引き続き取り組みます。昨年末、大浦湾側の地盤改良工事に着手することで、普天間飛行場全面返還の実現に向け大きく前進しました。引き続き、着実に工事を進めてまいります。また、沖縄振興の経済効果を十分に域内に波及させ、それを実感していただくため、地元事業者の成長や県産品の活用に配意し、沖縄経済の構造改革に向けて支援を継続します。日米同盟はわが国の外交・安全保障政策の基軸です。地域におけるパワーバランスが歴史的変化を遂げる中、力の空白が地域の不安定化につながることのないよう、日米の協力をさらに具体的に深化させ、合衆国の地域へのコミットメントを引き続き確保せねばなりません。また、日米豪印、日米韓、日米比を含め、地域における安全保障の重層的なネットワークを構築し、自由で開かれたインド太平洋を強化する上では、日米のリーダーシップは不可欠です。その際、わが国は同盟国として責任を共有し、応分の役割を果たさなければなりません。来たるべき日米首脳会談においては、トランプ大統領との間で、こうした安全保障や経済の諸課題につき、認識の共有を図り、一層の協力を確認し、日米同盟をさらなる高みに引き上げたいと考えます。韓国は国際社会の諸課題にパートナーとして協力すべき重要な隣国です。内政上の動きはありますが、現下の戦略環境の下、日韓関係の重要性は変わりません。韓国側とは、引き続き、国交正常化60周年を含め、緊密に意思疎通してまいります。年頭にはマレーシアおよびインドネシアを訪問し、先日はラオス首相をお迎えしました。国際社会が対立と分断を深める中、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国との関係強化は、わが国のグローバルサウス(南半球を中心とする途上国)外交の観点からも、最優先事項の一つです。今後とも、海洋安全保障、災害対応、脱炭素化等につき実務的な協力を進めてまいります。対ウクライナ支援、対露制裁を今後とも強力に推し進めます。中国との関係では、懸案や意見の相違につき、主張すべきことは主張する、その上で、協力できる分野では協力していく、そうした現実的な外交を行ってまいります。価値を共有する同盟国・同志国との確固たる連携を大前提とした上で、中国の安定的発展が地域全体の利益となるよう、習近平主席とも確認した、「戦略的互恵関係」の包括的推進、「建設的かつ安定的な関係」の構築という大きな方向性に基づき、今後も首脳間を含むあらゆるレベルで中国との意思疎通を図ってまいります。日中韓の枠組みも前進させます。日露関係は厳しい状況にありますが、わが国としては、領土問題を解決し、平和条約を締結するとの方針を堅持します。拉致問題は、単なる誘拐事件ではなく、その本質は国家主権の侵害です。拉致被害者やご家族がご高齢となる中で、時間的制約のある、ひとときもゆるがせにできない人道問題であり、政権の最重要課題です。日朝平壌宣言の原点に立ち返り、すべての拉致被害者の一日も早いご帰国、北朝鮮との諸問題の解決に向け、断固たる決意の下、総力を挙げて取り組んでまいります。気候変動、軍縮不拡散といった地球規模の課題、各地の人道状況にも、引き続き正面から取り組みます。ガザ傷病者への医療支援を早期に実現すべく、関係国等との調整を進めます。私は、年頭の外国訪問において、LNG(液化天然ガス)の安定供給に向けた協力、脱炭素化に向けたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)を通じた連携を確認しました。資源外交を引き続き強力に推進します。六 政治改革戦後80年は民主主義を考える年でもあります。政治改革の課題について結論を得るのはわれわれ政治家の使命であり、民主主義をどのように支えるかについての議論が重要です。国費による助成、企業団体や個人からの資金、そして政治家本人からの支出、それらのバランスはどうあるべきか。国費による助成を受け、原則として非課税であるという特別な扱いを受ける以上、それにふさわしい政党や政治団体としての規律の在り方をどのように考え、また、その規律をどのように担保していくか。そのための法制度の在り方も含めて、与野党の枠を超えて議論を深めていきたいと考えます。民主主義の根幹である選挙についても、課題があります。選挙活動について、これまで想定されなかったことが起き始めており、それらを踏まえた議論も求められています。民主主義は、多くの意見が健全な言論の場において戦わされてこそ成り立つものであり、それが担保される必要があります。政治資金にしても、選挙活動にしても、重要なことは、有権者に判断材料が正しく提供されることであり、そうした正しい判断材料に基づいて、より幅広い世代のより多くの民意が政治に適切に反映されることです。それが国民主権の本質であり、今の選挙制度がそれにふさわしいものなのか、約30年の歴史を踏まえ、改めて党派を超えた検証を行い、あるべき選挙制度を議論していきたいと考えます。七 憲法改正等今年は戦後80年の節目の年となります。国民の意識や国際情勢の変化を踏まえ、国のかたちを定める憲法のあるべき姿について、主権者である国民の皆さまに案を示すのは、われわれ国会議員の責務です。国会による発議の実現に向け、今後、衆議院および参議院に設置された憲法審査会において建設的な議論を行い、国民的な議論を積極的に深めていただくことを期待します。皇位の安定的な継承等は極めて重要であり、とりわけ皇族数の確保は喫緊の課題です。国会において、早期に「立法府の総意」が取りまとめられるよう、積極的な議論が行われることを期待します。八 結語昨年の所信表明演説に引き続き、本施政方針演説におきましても、石橋湛山元首相の言葉を引いて、結びとしたいと存じます。石橋湛山元首相は、昭和32年の演説会で国会の運営の正常化、政界および官界の綱紀粛正、雇用の拡大と生産の増加、福祉国家の建設、世界平和の確立という「5つの誓い」を述べられました。その第一である国会の運営の正常化については、自ら「反省すべき点は十分に反省するが、同時に反対党その他の協力を求め、国会がまっすぐに行くように」したいと表明されました。昨年の総選挙の結果、約30年ぶりの少数与党となりましたが、比較第一党として、自由民主党は、公明党とともに、今の、そして次の世代の国民の皆さまに対して責任を持つ、責任与党でなければなりません。党派を超えた合意形成を図るため、臨時国会に続き、与党、野党ともに、責任ある立場で熟議し、国民の納得と共感を得られるよう努めることが必要です。多様な国民の声を反映した真摯な政策協議によって、より良い成案を得るという民主主義の本来の姿に立って、政権運営に当たります。令和7年度予算や税制改正、さらには社会保障や教育など各分野の施策について、多くのご賛同が得られるよう、説明を尽くしてまいります。各党のご主張も十分に拝聴し、議論を重ねます。中長期的な政策の方向性や制度の持続可能性についても、給付や負担の在り方を含め、真摯に議論してまいります。国民の皆さま、ならびに、この場に集う全国民を代表される国会議員の皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。引用サイト:こちら関連サイト:岩屋外務大臣の外交演説 こちら関連サイト:加藤財務大臣の財政演説 こちら関連サイト:赤澤内閣府特命担当大臣(経済財政政策)の経済演説 こちら
2025.01.24
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2003.01.24の日記 こちらネット拾い読み:ショートコントイカ娘6さん2019/10/28 13:58石破茂が好きなタバコはなんですか?ベストアンサーtek********さん2019/10/28 15:22「ショートホープ」短い間でしたが、希望を持たせてもらいました。引用サイト:こちら引用サイト:こちら関連日記:2025.01.18の日記 スモーカー 3種 こちら
2025.01.24
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黒田セリの由来黒田セリの黒田とは、江戸期の黒田村の地名による。明治 39 年刊の「法吉名勝案内」には「昔、大字黒田、未次の平地は宍道湖より続く一帯の沼沢にして、これに繁茂する野生の芹夛かりしを取りて栽培せしに始まり其期源凡そ今を距ること 170 余年以前に在り」と記されている。さかのぼると、松江藩第 5 代藩主松平宜維の時代であり、宜維は有用植物の奨励をはかり、「宜維の助言により、野生種のセリを改良栽培し今日も黒田セリとして有名である。」(角川日本地名大辞典) とある。宝歴年間に著わされた「雲陽大数録」には、各地の名産として、薦津芹、岡本牛房、大井芹などとあり、薦津芹が黒田芹のことと云われている。島根県立農事試験場臨時要報第 14 号には「小林金太郎、森 善太郎両氏の祖先卒先して栽培を試みたり、然れども当時、他の農家は冬季厳寒の候水田に入りて採収するは生命を短縮するもの、として久しく両家の他栽培するものなかりしと云う」とあるように藩政時代には、限られた栽培面積であり、藩主や家臣の食用で一般には、栽培、食用とも明治維新以降に広まったものとされている。藩政時代のセリ栽培は、連綿と続いたであろう品種改良の努力の他、収穫作業は「冬季厳寒の候水田に...」とあるように、素手素足での採取であり、地区内にある大井戸から水を桶に汲み、膝までつかる、湯桶に腕を入れて暖をとるということがなされたが、草鞋、手足に甲掛、更に足には爪掛 (ワラ製の足袋) へと進み、明治初期には木製の田靴 (長靴) が考案され、明治末期頃には空の肥桶も利用された。大正初期にはセリ田靴 (ブリキ製)、湯沸し桶が登場して、収穫作業は格段に楽になったようである。ゴム製の長靴は昭和 6 年頃より使用され始め、田舟の一端に湯沸桶をのせセリを獲っては湯で暖をとる、ということが近年まで続いた。引用サイト:こちら江戸時代には黒田村と呼ばれていたこの地域一帯は当時広い湿地帯で、野生のせりがたくさん自生していました。当時のお殿様による有用植物の生産奨励を受けて、その野生せりが改良されて黒田せりが生まれたそうです。明治時代以降に盛んに栽培されるようになり、昭和の時代には野菜売りのおばちゃん達が松江市内を回って売り歩いたり、少し前までは関西方面にも出荷されたりしたという、地域自慢の野菜です。アクが少なく香りが強い黒田せりには、北大路魯山人*から「日本一」の折り紙を付けられたというエピソードも残っています。引用サイト:こちら松江市黒田町の野津宏三さん(85)は、地区で江戸時代から続く伝統野菜「黒田セリ」を20㌃で栽培する傍ら、次世代につなぐため栽培農家の育成に力を注いでいる。黒田セリは、かつて沼地だった地区で群生していた野生のセリを改良したもの。冬場の野菜として栽培され、「セリ田」での収穫風景は冬の風物詩だった。「昔、冬場の青い野菜といえばセリだった。香りが良く、おでんや鍋の食材としてもよく使われ、市外や県外へ出荷していた」と野津さん。 最盛期の昭和40年代頃には、市内で約30戸のセリ農家があったが、最近では市街化や高齢化、冬場に水を張ったセリ田での収穫作業の辛さなどから、出荷農家は5戸まで減少していた。「歴史があり先人から受け継がれてきた黒田セリを、自分たちの代で絶やしてはいけない」。野津さんが始めたのが、新たなセリ農家を育てることだった。ハウス農家の高橋裕介さん(38)は、野津さんから声を掛けられたうちの一人。「冬場のホウレンソウや菜っ葉は競合が多いが、それに比べて黒田セリは安定している」と評価する。引用サイト:こちら松江の冬の味覚「黒田セリ」 動画 こちら伝統野菜 まとめ日記関連日記:2025.01.26の日記 二十世紀梨 こちら関連日記:2025.01.26の日記 伯州ねぎ こちら関連日記:2025.01.23の日記 出西生姜 こちら関連日記:2025.01.21の日記 砂丘らっきょう こちら
2025.01.24
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一度は撤去されることが決まったJR鳥取駅北口の二十世紀梨の木について、梨農家の男性が管理を引き継ぐ意向を示していることが分かった。男性は維持管理しながら、駅利用者向けの梨狩り体験の実施なども検討中で、鳥取の名産である二十世紀梨をPRしながら、駅前の観光資源として守り継ぐ方針だ。なくしてはだめだ 梨の木は2本あり、2011年に鳥取商工会議所が県から無償で借り受けた県有地約100平方メートルに移植したもの。樹齢35年程度で、駅を利用する観光客や地元住民に県の名産である二十世紀梨をPRしてきた。 ただ、近年の猛暑やカメムシ被害などで不作が続き、「おいしい二十世紀梨をPRする」という当初の目的に適さなくなったことや、昨年10月の強風で損傷した梨の木を支えるワイヤの修繕費が発生することなどを総合的に判断し、今年3月の撤去を決めていた。 16年前に大阪府豊中市から鳥取市内に移住し、八頭町内で梨農園を営む渡部寛之さん(56)は、本紙の報道で梨の木が撤去されることを知った。「鳥取といえば梨。せっかくいい取り組みなのに終わらせてはならない」と管理を引き継ぐことを決意した。 県外の梨農家の知り合いたちから「駅にある梨の木は鳥取らしいもの。なくしてはだめだ」「なんとか引き継いで」という応援の声が届き、地元の農家からも「ぜひやってほしい」という激励があったという。収穫など体験会も 渡部さんの熱意を受け、2本の梨の木は同商議所から無償で譲渡された。同商議所経済振興課の佐藤順課長は「撤去は苦渋の決断だっただけに、管理してくれる人が現れて大変ありがたい。木も、鳥取の梨をPRするためにもう一踏ん張りしてほしい」と喜ぶ。 今後は、維持管理費や破損しているワイヤの修繕費などをクラウドファンディングで募りながら、個人で管理する方針。交配や袋がけ、収穫の際には、駅を利用する観光客や地元住民を巻き込んで体験会を実施することも検討している。 渡部さんは「せっかくのシンボル。県内外に二十世紀梨をPRできるよう守っていきたい」と意気込む。(西田周平)引用サイト:日本海新聞 こちら名産二十世紀梨シンボル撤去へ 鳥取駅北口の木、3月までに鳥取商議所 収穫量減、コスト考慮2024年12月16日JR鳥取駅北口にあり、観光客や鳥取市民を出迎えてきた二十世紀梨の木2本が撤去される。果実の収量が大幅に減少し、「おいしい二十世紀梨をPRする」という目的が達成できなくなりつつあることや、維持管理面のコストなどを考慮し、管理している鳥取商工会議所が撤去を決めた。 梨の木は、2011年に同商議所が県から無償で借り受けた県有地約100平方メートルに植樹したもの。樹齢は現在35年程度で、駅を利用する観光客や地元住民に県の名産である二十世紀梨をPRしてきた。 同商議所が維持管理し、袋がけや収穫は同商議所女性会が行っている。収穫の際には、もぎたての梨を駅を訪れた観光客や市民に振る舞っている。 近年は猛暑の影響で果実の収穫量が減少。今年は大量発生したカメムシによる被害もあり、サイズも小さく、例年の半数以下となる約200個しか収穫できなかった。 「おいしい二十世紀梨をPRする」という当初の目的に適さなくなったことや、10月の強風で損傷した梨の木を支えるワイヤの修繕費などを総合的に判断し、同商議所が「維持管理が限界」と撤去を決定した。 同駅で客待ちをすることが多い毎日タクシーの運転手、横山和通さん(78)は「観光客はこの木の写真を必ず撮っている。これほど県産品をPRできるものはない」と残念がる。 同商議所は来年3月までに撤去する方針で、引き取り先が見つかれば移植することも検討しているという。 同商議所経済振興課の佐藤順課長は、「皆さんの支えでここまで続けることができた」と感謝し「地元名産の発信や地域活性化事業など、別の形での地域貢献を考えたい」と話した。(西田周平)引用サイト:日本海新聞 こちら関連日記:2024.03.21の日記 梨の架け橋 原木標本 こちら関連日記:2024.09.21の日記 梨の架け橋 原木里帰り こちら
2025.01.24
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徳川昭武は黒船が来航した1853(嘉永6)年に水戸藩中屋敷(現在の東京都文京区弥生2丁目・東京大学浅野キャンパス)で水戸藩主徳川斉昭の十八男として誕生した。最後の将軍となる徳川慶喜は16歳年上の異母兄に当たる。慶喜は弟の資質を高く評価し、13歳の昭武は将軍家へ迎えられ、67(慶応3)年パリ万国博覧会に将軍名代として派遣された。それはフランスとの連携で幕府の窮地を打開するためだった。 昭武はフランス以外にも欧州5カ国を歴訪して各国元首と交流し、イギリスの新聞では「プリンス・トクガワ」と報じられた。しかし、昭武の留学中に幕府は瓦解(がかい)する。留学を打ち切っての帰国、最後の水戸藩主への就任、廃藩置県を経て、一華族となった。 アメリカのフィラデルフィア万国博覧会に御用掛(ごようがかり)として派遣された後、パリで再び4年半の留学生活を送る。帰国後、明治天皇から定期的に拝謁を賜る麝香間祗候(じゃこうましこう)となり、29歳の時に隠居。翌年、松戸に戸定邸を完成させた。 現在の東京都墨田区立隅田公園に立っていた水戸徳川家本邸(小梅邸)と私邸の戸定邸とを行き来しながら、昭武は趣味の狩猟、魚釣り、作陶、写真撮影、自転車などを楽しむ生活を送り、兄の慶喜も戸定邸に何度も訪れたという。 この戸定邸と庭園は1951(昭和26)年に昭武の次男武定(たけさだ)から松戸市に寄贈され、91年に戸定が丘歴史公園として開園した。戸定邸を訪れる際は、幕末から明治の激動の時代を生きた幻の将軍徳川昭武の生涯を知っているとさらに味わい深くなる。(千葉スリバチ学会会長・稲垣憲太郎)引用サイト:こちら関連日記:2024.03.30の日記 こちら関連サイト:Te5G 戸定邸見学 写真集 こちら
2025.01.24
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2004.01.24のの日記 こちら蕗の薹(ふきのとう、ふきのたう) 初春【子季語】蕗の芽、蕗の花、蕗のしゆうとめ【解説】蕗は菊科の多年草で山野に自生する。早春、新葉が出る前に根茎から卵の形をした緑色の花茎を出す。花茎は数枚の大きな鱗のような葉で包まれ、特有の香気とほろ苦い風味が喜ばれる。花がほうけたものを蕗の姑という。【例句】にがにがしいつまであらし蕗のたう 宗鑑「真蹟短冊」里山や下葉撥るる蕗の薹 嵐雪「為延追善集」山陰やいつから長き蕗の薹 凡兆「芭蕉袖草紙」莟とはなれもしらずよ蕗のたう 蕪村「蕪村句集」皆水に浮きぬ手桶の蕗の薹 星野立子「句日記Ⅱ」ほろ苦き恋の味なり蕗の薹 杉田久女「杉田久女句集」甦る春の地霊や蕗の薹 杉田久女「杉田久女句集」猪を炙り蕗の薹まぶしかな 長谷川櫂「初雁」引用サイト:こちら
2025.01.24
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「遠山を守る会」の方々と一緒に、野焼きのお手伝いをしていただけませんか?四万十町観光協会事務局です。今回はボランティア募集についてになります。遠山では数多くの貴重な植物や生態系を守るため、毎年この季節には「遠山を守る会」の方々が次に芽吹く植物たちのために野焼きを行ってくれています。より多くの人にお手伝いしていただけたらと思いますので、ぜひご予約ください。引用サイト:こちら関連日記:2023.02.14の日記 四万十川の野焼き こちら関連日記:2022.04.24の日記 害虫駆除と野焼き こちらちょっと寄り道:私見・火入れ、水入れで冬鳥のサテライト水田化 こちら
2025.01.23
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© テレビ朝日政府は石破総理大臣が掲げる「楽しい日本」の実現に向け、地方での働き方改革を支援するためのサポートチームを新たに立ち上げました。矢田総理補佐官「未来ある若者・女性が『この地域に残っていきたい』『地元に戻りたい』と、そう思える地域社会を作っていかなければなりません」 地方で若者や女性が生活し続けられるよう働き方や職場改革を支援する省庁横断のサポートチームの座長は矢田内閣総理補佐官が務めます。 矢田氏は若い女性が地方を離れる要因について「職場を含む地域社会のアンコンシャス・バイアス(=無意識の思い込み)による息苦しさがある」と指摘しました。 支援チームは近く、改革意欲のある地方自治体の公募を始め、4月からは有識者の意見も取り入れてモデルとなる地域づくりに向けた支援に入る予定です。引用サイト:こちら言葉の森:アンコンシャス・バイアスアンコンシャス・バイアスを減らす3つのポイント!誰もが活躍できる社会にアンコンシャス・バイアスとは、日本語で「無意識の思い込み」などと表現され、誰にでもありうるものです。これまでの経験や見聞きしてきたことなどから生み出されるため、完全に払拭するのは難しいかもしれません。しかし、気付かないままでいると自分や周りの人の可能性を狭めてしまったり、誰かを傷つけてしまったりする場合があります。・・・・Point1「べき」「普通は…」に注意!「男性なら残業するべき」、「普通は女性なら結婚するものだ」本当にそう言い切れますか?「べきだ」といった押し付けの言葉や「普通は…」といった決めつけの言葉が出たら、立ち止まって考えてみましょう。Point2相手の「サイン」を見逃さない家族や友人、同僚と話しているときに、急に相手の表情が曇ったり、声のトーンが変わったりしたことはありませんか?そんなときは、自身のアンコンシャス・バイアスから出た言動で相手を傷つけたのではないかと振り返ってみてください。Point3常に自分に問いかける先にも説明したとおり、アンコンシャス・バイアスを完全に払拭するのは難しいです。だからこそ、常に自身の言動を振り返り、問いかけることが大切です。違和感のあったことをメモしていけば、自分の考え方や物の見方の傾向がつかめるかもしれません。引用サイト:政府広報 こちら
2025.01.23
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引用サイト:こちら斐川町出西地区でしか育たない希少品出西生姜が、出西地区でしか育たない希少品と言われているのは、土壌に理由があります。生姜は温暖な気候と肥沃な砂質壌土でかつ、排水が良く適度な保水力を持つ畑が適地とされているのですが、それらの条件を備える土壌は、出西地区に限られるからです(注1)。優れた排水性と適度な保水力は南高瀬川の恩恵とされます。南高瀬川の川水が両岸に点在する畑へ流れることで自然に土壌に浸透し、保水の役目を果たしているのです。出西地区は、国内で2番目に古い開閉式運河の出西岩樋があるなど、水の起点と言われていますが、豊かな水資源がもたらす恩恵が出西生姜の生育に好影響をもたらしているのでしょう。引用サイト:こちら
2025.01.23
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2004.01.23の日記 こちら気になる見出し:テレビ画面 ワンショット
2025.01.23
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2003.01.23の日記 こちらヨルダンの名称は、国土の西を流れるヨルダン川の名に由来する。ヨルダン川はヘブライ語起源の河川名で、聖書に名が記される。アラビア語ではウルドゥン、ヨーロッパ諸言語ではヨルダンあるいはジョルダンとなる。ヨルダン川の名前が国名となったのは、この国が第一次世界大戦後に成立したイギリスの委任統治領トランスヨルダン(「ヨルダン川の向こう」の意)を前身とするためである。引用サイト:こちらヨルダン Jordan (国名)ヨルダン・ハシミテ王国PC 略称 JORPC 和名 約旦正式名称 المملكة الأردنّيّة الهاشميّةアル=マムラカ・アル=ウルドゥニーヤ・アル=ハーシミーヤ)。通称 الأردنّ(al-Urdunn; アル=ウルドゥン)。英語 Hashemite Kingdom of Jordan ハシミテ・キングダム・オブ・ジョルダン読書 アラビア語 ウルドゥン الأردن関連日記:2025.01.10の日記 こちら
2025.01.23
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